博麗霊夢が彼女を見つけたのは、香霖堂からの帰り道のこと。
いつものように御代を払わずにツケで持ち帰ったお茶の入った袋を抱え、空をゆっくりと飛んでいると森の広場に件の人物が一人立っている。
そしてその手には、普段の彼女からは想像も出来ないようなシロモノが握られていて、思わず霊夢はキョトンと目を瞬かせた。
「アイツ、刀なんか持ってたんだ」
ポツリと呟いて、物珍しさからか霊夢はゆっくりと其方に向けて降下を開始。
静かに、音もなく着地した巫女にも気付かぬまま、刀を携えた少女は静かに瞑目している。
ザァッと、一陣の風が吹いた。
まるでそれが合図であったかのように、少女は刀を抜き放つ。
鞘走りで加速された一閃は風で運ばれた木の葉を断ち切り、それでは足りぬと反す刃が空を切る。
手首を利かせて刀を半回転、円を描くような足運びはまるで舞を披露しているかのようでもあった。
いや、事実それは剣舞と呼ばれる類のものであったのだろう。
よどみなく流水のごとく、腰を捻らせ、足を運び、腕を伸ばし、刀を振るう。
一つ一つが完成された武芸の舞。見るものを魅了するのは少女の体捌きと、虚空に煌く銀色の剣閃に他ならない。
息を呑む。視線が釘付けになる。ただ呆然と、少女のその舞に魅了された。
そうして、少女の細腕で大上段から刀が振り下ろされた。
ビュッという風きり音。空気を断ち切ったその音を最後に、辺りがシンっと静まり返る。
まるで、音を両断したのではないかと錯覚するほどの静寂は、はたしてどれほど続いただろうか。
カチャリと、鍔鳴りがその静寂を打ち破り、残心していた少女が静かな動作で刀をその鞘に収めた。
チンッという刀が納められた音に、ようやく霊夢は剣舞が終わったのだと理解した。
名残惜しいような、もう少し見ていたかたような、不思議と、ようやく終わったかなどと言う感想は頭に浮かんではこない。
だからだろうか。自然と霊夢は、パチパチと惜しみない拍手を送ったのだった。
「お見事。正直、見直したわよ」
「れ、霊夢!!?」
彼女の存在に今頃気がついたのか、少女は珍しくぎょっとした表情を浮かべてうろたえ始めた。
見る見るうちに顔を赤くして、まるで恥ずかしいものを見られたかのような仕草に霊夢は呆れたようにため息を一つ。
よっぽど霊夢がいたことが予想外だったみたいで、おたおたと慌てる彼女の様子は普段見ることの出来ない新鮮な表情だ。
何しろ、この少女は笑顔を絶やさないが裏で何を考えてるかわからないし、いつも余裕綽々で仕事人としての顔と種族としての顔を持っている。
そんな彼女が、顔を真っ赤にしてうろたえているのだ。一生に一度見れるかどうかと言うレアな表情だった。
しかし、普段余裕を持つことの賜物か。しばらくして少女は静かに深呼吸をして、コホンと咳払いを一つ。
「こ、こんばんは霊夢さん!」
「文、今昼間なんだけど」
残念ながら、少女こと射命丸文がいつもどおりに戻るにはもう少し時間が必要なようである。
▼
鈍く光る鏡のように磨き上げられた刃が、少女の顔を映し出す。
その刃を注意深くなぞりながら、自宅の博麗神社の縁側にて、霊夢は「へぇ~」と感嘆の声をこぼしていた。
そんな少女の隣で、刀の持ち主である射命丸文は気難しそうな表情でお茶を啜っていたりする。
「霊夢、いい加減返してもらえないかしら?」
「何を?」
「あなたがその手に持っている物騒な凶器よ。……まったく、ペンを手に世と戦う新聞記者が刀を持って振り回しているとこを見られるなんて、不覚だったわ」
「黙れよパパラッチ」
新聞記者としての顔などとうの昔に投げ捨て、ジト目で愚痴をこぼす文の言葉には既に敬語など欠片もない。
そんなんだから霊夢の口調も自然と刺々しくなるのだが、大体いつものことなんでその事で腹を立てたりしない二人だった。
むしろ、そんなことよりも文にとっては剣舞を見られたことの方がよっぽど気に入らないようで、そんな彼女に霊夢は小さくため息を一つつく。
「別に、見られてへるようなもんじゃないでしょう?」
「そういう問題じゃないのよ。記者としてのあり方の問題と言うか、なんというか……」
「知られるの嫌だったんなら、妖怪の山でひっそりとやってればよかったのに」
「地元に知れ渡るのはもっと嫌よ。特に、椛に見つかった日には刀の振るい方がなっちゃいないなんて言われるの目に見えてるんだから」
げんなりとして言葉にした文に、「あぁ、なるほど」と不思議と納得した霊夢は刀を鞘に収めた。
確かに、普段から太刀を扱うあの少女ならそのくらいのことは言ってきそうな気がしないでもない。
「大体さ、アンタ何で刀なんて持ってるのよ。その様子だと、刀を普段から使うってワケじゃないみたいだし」
「当たり前じゃない、新聞記者が刀片手に飛び回ってどうするのよ。ペンは剣よりも強しって、よく言うでしょ?」
「余計に刀を持ってる意味がわからないわね」
「確かに普段は刀なんて使わないけど、その刀は大事なものなのよ」
刀を受け取りながらよくわからないことを口走る文に、霊夢は怪訝そうな表情を浮かべて睨みつけている。
そんな巫女の様子に苦笑して、文は納められていた刀を少しだけ抜く。
鈍く光る刀身は自身の表情を映し出して、文は少しの間だけ瞑目した。
数秒だったのか、あるいは数分だったのか。
やがて、文は静かに瞼を上げると、霊夢に視線を向けた。
いつもとは少し違う笑みを浮かべた彼女に面食らった霊夢だが、すぐに怪訝な表情を浮かべるのは彼女らしいのかもしれない。
「聞きたいですか? 私が何でこの刀を持っているのか」
「げ、仮面被ったわねこの天狗。まぁいいや、気になるから聞いておく」
何分いつものことだ。それに、気になることがわからないという状況ほど苛々するものはない。
そういうわけで、とっとと先を促すことにした霊夢に「相変わらずねぇ」なんて苦笑した文は、懐かしむように空を見上げた。
視界に映るのは、澄み渡った青空。あの時もこんな日だったかなぁなんて、そんなことを思う。
「始まりはそうね、ずっとずっと昔のこと。ざっと450年ぐらい昔の話よ」
ポツポツと、文は静かに語り始める。
空を見上げたまま、何かを見つめるように、何かを懐かしむように、ただ、淡々と。
▼
空に輝く太陽は燦々と輝き、夏らしい陽気と日差しを降り注がせている。
辟易しそうな暑さにも負けず、小さな集落の人々は賑やかに祭りごとの準備を進めていた。
そんな人々を気だるそうな表情で、一人の少女が大木の上から見下ろしていることに、誰も気がつかぬまま。
「まったく、天魔様にも困ったものね。私まで偵察に借り出すなんて」
不満を丸ごと吐き出すように、大木の上の少女はため息をついた。
艶やかな黒髪は腰まで届くほど長く、真っ赤な瞳に、背中には漆黒の翼と言う人間らしからぬ少女は、その山伏装束を見てわかるように鴉天狗と呼ばれる妖怪だった。
時は1560年。
世は戦国時代のまっ最中。どこもかしこも覇権を巡って戦を起こし、つい先月にも戦が開かれたばかり。
世の戦乱の勢いは苛烈を極め、妖怪たちの間でさえ巻き添えを食うものたちが続出する始末。
閉鎖された天狗社会でも今のままでは不味いと判断されたのか、その情報収集の体制を強化したのがつい先日のこと。
その事に異論はないのだが、だからといって進んでこんな辺境の地まで偵察をしたいかと問われれば、少女は否と答えることだろう。
加えて、今の戦乱のせいか酒の席がめっきり減ってしまったのも、少女の陰鬱な気分に拍車をかけていた。
もう一度、深いため息がついて出る。
長い髪を指で弄びながら、鴉天狗の少女―――射命丸文は暢気な人間達に恨みがましい視線を向けるのだった。
人々は笑い、楽しそうに辺りを駆けずり回る子供達の、なんと暢気なことか。
「平和ねぇ。世の中が戦乱の真っ只中だなんて思えないくらいに」
人々を見つめながら、文は思ったことをそのまま言葉に乗せる。
人だかりの中心では、一組の男女が人々に祝福の言葉を送られ、どこか照れくさそうに頬を染めていた。
風が運んできた言葉の羅列を聞き取れば、近いうちにあの二人が祝言を挙げるのだという。
平和ねぇなどとのんびり思いながら、文は小さくあくびを一つ。
少なくとも、現状ではこの辺りに危険性は感じられない。
そもそも、文自身は人間相手に遅れをとるなんて微塵も思っていないし、むしろ天魔こそが過剰に気にしすぎではないかとさえ思う。
いざとなれば、人間達に自分達の力を見せ付ければいいのだと、そんなことさえ思った。
驕りだとも思ったが、その考えを間違っているとも思わなかったし、訂正する気だってさらさらない。
だから適当に偵察を切り上げようと、文はくぁっとあくびを一つこぼし。
「ん?」
ふと、奇妙なものを見つけてそちらを凝視した。
人々が賑わっている森に囲まれた集落のはずれ。まるで人々から姿を隠すように大木の陰に背を預けている男がいたのだ。
黒色の着物に腰には二本の刀、それだけなら浪人と判断して気にも留めなかっただろうが、異様なのはその男が身に付けている面だ。
目も鼻も口もない純白の面は、その異質さから不気味なものを感じさせるだろう。
「平和な集落に見え隠れする怪しい者が一人、はてさて、人間かそれとも妖怪か……」
呟き、知らずと笑みが浮かぶ。
丁度退屈していたのだ。こんな何もないところで偵察をするよりも、面白そうなものにちょっかいをかけるのも悪くない。
何しろ、自分が行うのは偵察なのである。何の変哲もない集落よりも、より怪しいナニかを調べるのは当たり前のことなのだ。
どこか言い訳のような理屈であったが、文の胸の内では次の行動は既に決定していたのである。
男が僅かばかりの咳をこぼしながら、寄り添っていた大木から離れ、森の中へと姿を消していく。
それを見逃さぬよう、文は大木から飛び降り、漆黒の翼を広げて空を舞った。
ブワリと、風が体を包み込む。撫でるように通り過ぎる風が心地よくて、この感覚は何度感じても飽きが来ない。
少しずつ高度を下げていき、男の姿を確認した文は、先回りすると少し開けた場所で目的の相手を待った。
そうして、鬱蒼と茂った森の木々の間から姿を見せた白面の男。文よりもやや長身らしい男は、まるで彼女が見えているかのようにピタリと止まる。
その事実に多少面を食らった文だったが、それを表情に出さないくらいには、長い時間を過ごしたつもりだ。
「どうも、こんにちは。奇妙なお侍さん?」
気に背を預けた形で、彼女は男に言葉を投げかける。
挑発的に、クスクスと笑みをこぼして腕を組んだ少女は、ただただ目の前の男の反応を楽しんでいた。
男からの返答は、無い。
ただ黙して語らず、身動きもしないまま静かにその場に立ち尽くしている。
喋る気が無いのか、あるいは喋る機能そのものが無いのか。
こうして目の前に立っているというのに、生きているのか、死んでいるのか、それすらあやふやだ。
そんな印象を抱いていた文を他所に、男がようやく一息を着く。
合点がいったと、そんな印象を抱くような、そんな様子で。
「……あぁ、なるほど。先ほどの大木の上にいたのは、そなたであったか」
「はて? なんのことやらさっぱりわかりませぬが?」
「とぼけずともよい。あの木の上で愚痴をこぼしていたであろう? 声がまったく同じだ」
パチクリと、目を瞬かせてしまったのは、はたして文に非があっただろうか。
男の言葉が事実であるのならば、あの大木の上にいた文の愚痴を、遠く離れた距離から聞いていたという事になる。
人間ではありえぬ聴覚にやはり妖怪だったかと考え始めた文がおかしかったのか、男は仮面の中てクツクツとくぐもった笑みをこぼした。
「何、幼き頃に顔もろとも目を駄目にしてしまってな、その分、耳がよく聞こえるようになった……それだけの話よ」
「まぁ、確かにそういう話も聞いたことはあるけれどねぇ……。で、つまり?」
「カカッ! 察しの通り、ただの耳がいいだけの人間よ。つまらぬ回答で申し訳ないが……まぁ、怪しい者には変わりないゆえ、許せ。妖怪の娘よ」
先ほどまで黙していたのが嘘のように、男は笑う。
仮面に隠れて表情が見えぬが、それでもどこか楽しそうな様子は見て取れた。
拍子抜けしたといえばいいのか、はたまたは期待はずれといってしまえばいいのか。
どちらにしろ、文にとっては望んだものとは違う結果にげんなりと肩を落とした。
「まったく、もうちょっと気の利いた生き物だったらよかったのに、つまらないわね。仮面のお化けの方が似合うと思うから、いまから生まれ変わりなさいな」
「ふむ、それも悪くはないやもしれんな。見てくれはホレこの通り、仮面のお化けには違いなかろうて」
恨みがましい言葉をつむいでみたものの、男は特に気にした風もない。
こちらに油断を誘っているのかとも思ったが、肝心の刀には手をかけるそぶりすらない始末。
馬鹿にされているのだろうかと思えば、相手が人間であると言う事実もあいまって腹立たしいことこの上ない。
「で、随分余裕ね? 私が妖怪だと気付いているなら、どうしてその刀を抜かないのかしら?」
「抜く必要などあるまい。襲うつもりならわざわざ声を掛ける意味などないし、戦意のない相手にこちらから刀を抜くのは無礼であろう?
そも、今更剣を抜いたところで、妖怪相手にそのような行動は自殺行為以外の何物でもなかろうよ。まぁ、いざとなれば抜けばいいだけの話ではないか?」
へぇ……と、感嘆の言葉が自然とこぼれた。
目も見えぬ不自由な身であるからか、よくもまぁ頭が回る。
こちらが興味本位でついてきたのを承知で、この男はあえて無防備をさらしている。
攻撃する気が無いと知っているからか、あるいはよほど自分の腕に自信があるのか。
まぁ、どちらにしても、文にしては面白い話ではなかったという事実に違いはないのだが。
「そう、引き止めて悪かったわね。精々、他の妖怪に食われぬように気をつけなさい」
「ふむ、確かに今はまだ死ねぬのでな。肝に銘じておこう」
踵を返して言葉にした皮肉にも、男は神妙に頷いて「忠告、感謝する」なんてすっとぼけた言葉をのたまう始末。
その場でズルッと足を滑らせそうになった文だったが、何とか踏みとどまったのは彼女なりの意地だったのかもしれない。
疲れたようにため息を一つついて、彼女は空へと舞い上がった。
眼下を見下ろせば音でこちらの場所を把握できるようで、男がこちらを見上げている。
「機会があれば、また語ろうぞ娘よ」
「生憎、もう二度と会うこともないでしょう。人間よ」
そんな言葉が交わされて、少女は生まれ育った故郷の山へと飛び去っていく。
もう一度後ろを振り返ってみれば既に男の姿は見えず、やれやれといった様子で文は肩をすくめた。
どちらにしろ、もう二度と会うことはないだろう。そう思って。
▼
ところがどっこい、そうは問屋が卸さないのが世の常なのである。
そも、文に集落付近の偵察を命じたのは他ならぬ天狗たちの長の天魔であり、鴉天狗の文が逆らえるはずもなく、何度も集落へ足を運ぶ結果となった。
結果、文は何度も何度もあの男と遭遇する羽目になり、こちらが無視していても向こうが話しかけてくるようではたまったものではない。
しばらくすれば勝手に帰っていくのだが、言いたいことを一方的に話して勝手に帰っていくその様子に、文が何度頭を悩ませたことか。
そも、彼女が男の話ぐらい聞いてやればイイだけの話ではあるのだが、二度と会うことはないと言った手前、意地でも返事をしないつもりだった。
後に巫女がこの時の話を聞いて、「アンタにもそんな意地っ張りな時期があったのねぇ」などとしみじみ語り、文が赤面したりするのだがそれはまた後の話。
さて、そんな奇妙な文と男のやり取りはどれほど続いたか。
一度、二度、一週間、そして一月。
時間はめぐり、秋が近くなったそんな季節。
一層活気付いた集落を視界に納め、文は感慨深そうにほぅっと一息。
ここで偵察を続けてはや一ヶ月、男に話しかけられ続けてはや一ヶ月。
そう思うと気分が急降下しそうだったが、まぁそこは慣れだ。それに、集落では明日に例の男女の祝言らしい。
慎ましい集落らしく、ひっそりとだが華やかに行われるだろう祝言には、文もちょっぴり興味があったりする。
文だって長生きしているとはいえ女である。気持ちはまだまだ乙女な部分を捨てきれずにいるのだ。
そんな風に、ちょっとうらやましそうな視線を件の人物達に向けていると、下のほうから「おーい」といつもの声が聞こえてきた。
げんなりとジト目で声のほうに視線をやれば、いつもの白面の男が大木の上のこちらを見上げている。
無視無視、放っておけば帰る存在である。
ここに登れないのはこの一ヶ月で既にわかっているし、一方的に喋りかけてくる言葉が非常に鬱陶しいが、もうすでに慣れた。
だから、文は既に聞く気もない様子でぼんやりと、集落の様子に視線を戻す。
退屈な偵察ではあるが、既に興味をなくした相手の言葉を聞き続けるよりはずっといい。
そう思っていたのだが。
「いい酒が入ったのだが、共に飲まぬか?」
ピクリと、酒という一文字に思わず反応してしまった。
ギリギリと首を軋ませながら其方に振り向けば、男は片手に酒を持っている。
元々、天狗と言う種族は酒好きの飲兵衛が非常に多い。
その例に漏れず文もそのうちの一人で、しかしながらここ最近の乱世で緊張した妖怪の山では酒なんて出てこないのだ。
安酒であることは想像するに難くないが、それでも一ヶ月と少し以来のお酒である。
つまり、文にとっては久方ぶりの酒というわけで。
けれども、二度と話すものかという意地も忘れたわけではないわけで。
酒は飲みたい。でも意地でも言葉は返したくない。
そんな葛藤を繰り広げているなど露知らず、男のほうはと言うと返事のない文に今日も駄目かとため息を一つ。
「そうか、邪魔をしたな娘よ」
「ちょーっとまったぁ!!?」
ピタリと、踵を返した男の歩みが止まる。
言葉にしてからしまったと思ったが、言ってしまった以上は後の祭り。
物に釣られてしまうなんて一生の不覚! とは思いもしたのだが、お酒飲めるならイイや。なんて既に思い始めている辺り、なんともいい加減だ。
とにもかくにも、言ってしまったものは仕方がない。つられてしまったものは仕方がない。
こうなってしまっては意地を張っていたって仕方のないこと。パーッと楽しんでしまった方が気持ちもいいことだろう。
そして何より、お酒が飲みたい。とにかくお酒が飲みたい。大事なことなので二回言いました。
「しょ、しょうがないですから付き合ってあげましょう! 暇だったことですし!」
「む、そうか? 某には忙しそうに思えたのだが?」
「今暇になったわ! さぁ、ちょっと待ってなさい!」
とにもかくにも、こうなったら男(と言うよりもお酒)に逃げられてはたまらない。
大急ぎで大木から飛び降りた文は、一目散に男の下へと滑空する。
風を切り裂きながら大地に接触し、一本下駄がガリガリと地面を抉りながらめり込み、しばらくしてようやく文の体は止まった。
「……」
「さぁ、どこで飲むの!?」
振り向きざまの文の台詞がこれである。
彼女が飢えていた酒への執念、恐るべしといったところか。
「……」
「……ねぇ、もしかして呆れてない?」
「いや、意外にも素早いのだと少々驚いた」
「当たり前でしょう。私、鴉天狗だし」
久しぶりの酒で気分が舞い上がっていたせいだろうか。
うっかりと口走ってしまった鴉天狗と言う言葉に「しまった」と思ったがもはや後の祭り。
白面に隠れて見えはしないが、おそらく男の表情はぽかんとしていたに違いない。
しまったなぁなんて、文が自分の失敗を呪っていると。
「……そうか、天狗か。カカッ! あぁ、そうかそうか。それはなんともまぁ、某も大層な相手に話しかけ続けたものよ。それは無視もされようて」
「何が楽しいのよ」
「なに、山の神とも呼ばれる天狗相手に、暢気に話し続けていた自分に呆れているだけの話よ」
「そうでなくても、妖怪とわかっていながら話しかけ続けるあなたは大層なうつけものかと思うけどね」
「なるほど、違いない」
ケタケタと、くぐもった声で男が笑う。
あいも変わらず、こちらを警戒するそぶりも無い男に呆れる文だったが、視線だけは男の手にあるお酒に釘付けだった。
自分も人のこと言えないかとため息をついていると、男がすたすたと足を進める。
「こっちだ。某の住処の小屋がある」
「他にもお酒はあるんでしょうね? 言っとくけど、天狗は結構飲むわよ?」
「そこは抜かりない。今日は祝い酒ゆえ、たーんと用意してある」
ケタケタと笑いながら、男が歩き出す。
その後ろをついて行きながら、ふと、文は違和感を覚えた。
歩き方がぎこちないというか、頼りないというか、平然と歩いているように見えて、それでいて今にも倒れてしまいそうな。
よくわからに違和感に首を傾げたが、自分には関係のない話かと結論付けて男の後を付いていく。
紅葉に色づいた森の中を歩き続け、どれほどの時間がたっただろうか。
ザクザク、ザクザクと踏みしめ歩き続けていると、森の中に小屋が見えてきた。
あまり大きくないが、二人が入るには十分な大きさの山小屋のような場所。。
「あそこ?」
「あぁ。あまり綺麗なものではないが、ゆるりとしていくがよい」
聞かれればあっさりとそれに答え、そしてあいも変わらず無防備な背中はまさに襲ってくださいといっているようにしか見えないわけで。
こいつ、こっちが妖怪なの忘れてるんじゃなかろうかと思いもした文だったが、そんな彼女の気持ちなど知るわけもなく、男は引き戸を開けて中に入っていった。
なんだか、いちいち気にするのが馬鹿らしくなってきた。
そんな考えがため息としてついて出て、文は遠慮なしにズカズカと上がりこむ。
中はあまり手入れされていないことは明白で、最低限人が住めればいいと言わんばかりだ。
風でカタカタと引き戸は揺れ、吹き抜ける空気は非常に冷たい。
よくもまぁ、こんなところに住めたものだとある意味感心していると、奥の部屋から男が両手一杯に徳利を抱えて戻ってきた。
「生憎、安酒だが許せよ娘」
「別にかまわないわよ。安酒だって、飲み方しだいでいくらでも美味しくなるわ」
「なるほど、違いない」
クツクツと、男は楽しそうに仮面の内で笑う。
胡坐をかいて囲炉裏の前に座ると、用意した杯を文に放った。
それを難なく受け止めた文は男の対面に座り、男が持ってきた徳利を風で舞い上げて奪い取ると、コポコポと自身の杯に注ぎ込む。
「さすがは天狗、と言うべきか。まこと、面妖な技よな」
「鴉天狗だもの。風を操るなんて造作もないことだわ。むしろ、妖怪と知りながら何度も話しかけるあなたのほうこそ面妖だと思うけど?」
「カカッ! それもそうだな! いやいやまったく、そなたよりも某の方こそ面妖であったか」
クツクツと、くぐもった声で男は笑う。
コポコポと酒を自身の杯に注ぎ込めば、ゆるりと、己の真っ白な面に手をかけて。
音もなく、その面が外されて男の素顔が文の前に晒された。
「……なるほど、どうりで集落に入らないわけね」
「然り。この面構えでは、某も妖怪と変わるまいて」
悲観した風もなく、男は笑う。
醜く焼け爛れた鼻のない顔面と、眼球のない双眸でケタケタと。
怖気すら感じるその笑みを見ながらもなお、文は「ふーん」と気のない返事をしながら酒を煽った。
妖怪である文にとって、男以上に醜い相手など何度もお目にかかったこともあるだろう。
だからこそ、男の顔を見ても彼女はこうして平然とした様子で、気にかけた様子もなく酒をあおっていた。
「幼き頃に火事でな。両親は死に、某は体を包む火を消そうと水辺へ走ったものよ。目は、その時に己で潰した」
「うつけですね」
「カカッ! 確かに、そうやも知れぬ。しかし、水辺に映った醜い顔が己のものだと知ったあの時の某は、その事実に耐えられなかったのだろうよ」
「まるで他人事ね。自分のことでしょうに」
「然り。しかし、時がたてば己のことであっても他人事のように感じる日が来ることも、また事実だろうて」
そう言葉を紡いで、男はグイッと酒を煽る。
杯の中身を一気に飲み干し、ゲホゲホとむせ返りながらもやはり楽しそうだ。
対して、文はと言うと男のそんな様子に呆れながら、グイグイと注いでは飲み、注いでは飲みを繰り返している。
「うむ、うまい」
「不味いの間違いでしょう?」
「ふむ、最高の酒の肴だと思って過去を披露したが、つまらなかったか」
「でかすぎて胃がもたれるわよ。もうちょっと面白おかしい話題になさい」
「妖怪はこういう話題が好きかと思ったが……そうか、それはすまぬことをした」
「アンタが妖怪をどう思ってるのかがよくわかる一言よね、それ。偏見だから改めなさい」
中々失礼な物言いにジト目で言葉を紡げば、男はケタケタと可笑しそうに笑う。
文だって妖怪ではあるが、常識ぐらい持ち合わせているし、他人の不幸を無遠慮に笑えるほど性格は悪くない……つもりである。
もう何度目かわからないため息をつき、次の徳利を引っつかんだ。
そんな彼女の様子に、「ふむ」と顎に手を当てた男は、次の話題でも考え付いたのかウンウンと頷いた。
「なによ、今度は何か面白い話?」
「さて、天狗の娘に興味があるかはわからぬが……明日、祝言を挙げる男と女が居るだろう?」
「あぁ、あのちっぽけな集落のね。それが?」
「うむ、あの二人はな、幼きころの某の友と某が惚れた娘だ」
「ほほぉーう!?」
明らかに興味のなさそうだった文の表情が、今度は正反対の興味で彩られた。
長い時間を生きていたって心は乙女、まだまだ恋もしていない歳若い鴉天狗。
よーするに、他人の恋の話だとかそういった話には目がない年頃なのである。
そんな彼女の様子に、男はニタニタと楽しそうに笑みをこぼす。
グイッと酒をあおり、そして咳き込んでから、彼女に眼球のない双眸を向ける。
目が見えぬというワリには、相手のいる位置をちゃんと把握している辺り驚嘆に値すべきことかもしれないが、当の文は目の前の男の話に興味津々な様子。
「あなた、あの村の出身だったのね」
「この面構えになってから一度も戻ってはおらぬがな。あ奴等二人も、もはや某のことなど忘れていよう。
何しろ、二人そろって物覚えの悪い阿呆であったからな」
そうして、男が語った過去は文の興味を引くには丁度よいシロモノだったのだろう。
三人でよく外を駆けずり回っただとか。
木に上って降りられなくなった娘を、二人で何とか助け出そうとしたこととか。
娘をかけて喧嘩したことも一度や二度ではなかったとも、男は語った。
そのたびに、男と友は娘に叱られるのだが、何度も何度も繰り返しているあたり、本人含めてモノ覚えが悪かったのだろう。
その時の男ははたしていつもどおりだったのか、あるいはいつも以上に饒舌だったのか。
まともに会話するのは今日が始めての文には生憎見当もつかなかったが、それでも、酒の肴には十分なおかしさであった。
不味かった酒が、いつの間にか美味しいと感じるようになるくらいには。
▼
はたして、そんな話をいつまで聞いていただろうか。
酒を飲み明かし、いつしか文の方も上司の愚痴をこぼす程度には打ち解けていた。
天魔に対する不平不満をのたまう彼女を、男はケタケタと笑って酌をする。
「そんなものは飲んで忘れてしまえ!」などと注がれて、複雑な表情をしながらもグイグイと酒を飲む手は緩めない。
気がつけば、外はすっかりと夜になっていた。
今日は満月なのか月明かりが部屋に差込み、うっすらと二人を照らしている。
もうこんな時間かと、今の今まで飲み明かしておきながら飲みたりないと感じているあたり、文の飲兵衛っぷりが伺えるが、それに付き合うこの男もまた大概であった。
「もう帰るのか?」
「えぇ。そろそろ天魔様にも報告しなくてはいけないからね」
「ふむ、そうか。つき合わせてしまってすまなかったな」
「別にいいわよ。久しぶりにいい酒を飲めたわ」
少し頬は赤いが、それも風に当たれば冷めてしまう程度。
危なげなく立ち上がった文は、すたすたと軽快な足取りで引き戸へ向かう。
玄関を開け放てば、秋特有の涼しい風が頬を撫でた。このまま空を飛んでいけば、山につくころには酒も抜けきってしまうだろう。
そう、そんなことを思いながら。
「それで、あなたの体はいつまで持つの?」
そんな言葉を、男に投げかけていた。
カタカタと、スキマ風が入り込む音だけがこの場を包み込む。
しばし続いたその時間は、どれほどのものであっただろうか。
やがて、男が白い面を顔に付けた。まるで、表情を読み取られぬようにするかのように。
「いつ、気付いた?」
「違和感は……そうね、最初ッからあったわ。目の前にいるのに、あなたはまるで生きている気がしない。まっすぐ歩いているはずなのに、どこか頼りない。
決め手は、この部屋の匂いね。喀血してるんでしょ? そこらじゅうから血の匂いがするもの」
普通の人間ならば、わからないような微細な匂い。
しかし、相手がこと妖怪であるのならば、話は別だ。
それに、綺麗に拭いたとしても、血の跡はどうしても残ってしまうものだ。
それが目の見えぬ男が拭き取ったというのであれば、尚更。
やがて、男はため息をついた。
今までとは違う、老衰した人間のような、そんなくたびれた印象で。
「肺を病んでいてな、いつ死ぬかも見当もつかぬ。今日かも知れぬし、明日かも知れぬし、あるいはもっと先かも知れん。
だがまぁ、……長くは生きられまいよ。己の体の事ゆえ、よぅくわかる」
「私に話しかけ続けたのは、それを知っていたから?」
「いや、そなたに話しかけ続けたのは純粋な興味よ。何しろ、この面構えとそれを隠すこの面だ。
この姿になって出会う者といえば、逃げる者か、あるいは某を斬ろうとする武士(もののふ)ばかりであったからな。
殺意でもなく恐怖でもなく、興味本位で自ら話しかけてきたのはそなたが初めてであった。
笑われるやもしれんが……某はこの顔になってから初めて、人と話をした気がしたのだ」
ゴホゴホッと、男が咳き込んだ。
何かを吐き出すのにもにたその咳は、男の様態が芳しくないことを如実に伝えていた。
今までそんなそぶりを見せなかったのは、我慢していたのか、あるいは隠していたのか。
どちらにしても、彼女に気付かれた以上は全てが無意味であったという事だが。
「くだらない。私は妖怪で、あなたは人間よ。あなたが感じたのは、ただのまやかしだわ」
そうして、彼女は男の言葉を切って捨てた。
お前が感じたものは幻だと、無意味なものだと、突きつけるように。
それでも―――男は笑った。
カカッと、力なくとも心の底からの、そんないつもの笑みを。
「左様、まやかしよ。そなたは妖怪、そも人ですらない。だがな、娘よ。某はそなたと話せて、こうやって酒を飲み交わせて―――久しぶりに人間に戻れたのだ」
「呆れた。妖怪にでもなったつもり? 顔を失った人間如きが」
「否、某は人にも妖怪にもあらず。生きるためにコレしか道を見出せなんだ、侍とは名ばかりの獣に過ぎん」
カチャリと、腰に差した刀に手を置いた。
抜く気はないと、気配でわかっているからか、文はただ男の言葉に耳を傾けている。
そうして、合点がいった。
どうしてあの時、生きているのに死んでいると感じたのか。
なんてことはない。この男は顔を失ってからずっと、生きたままの死人だったのだ。
人間として生きられぬ。視界は自ら潰し、漆黒の闇の中で永遠と彷徨っている。
生きるために刀を取り、生きるために醜い顔を隠す仮面をつけ、そして生きるために敵を殺し、殺した者達の無念からか肺を病んだ。
目的もない、思いもなければ、思想もない。ただただ、生きようと足掻くだけの、生者の皮をかぶった死人。
そんな男にも、かつて友だった男と、かつて惚れた女が祝言を挙げると、風の噂で耳にした。
何もなかった男に、目的が出来たのはその時だったのだろう。
そうして、ふらふらと生まれ故郷に人知れず戻った男に声をかけたのが―――他でもない、射命丸文という鴉天狗だったのだ。
死人が、生者へと立ち戻った。
十数年ぶりの会話。なんでもない軽口のような、そんな変哲もない言葉。
その言葉が、その会話が、男が心の奥底で、どこかで渇望した人とのふれあいだったのだ。
殺伐とした戦場でも、生きるか死ぬかの殺し合いでもない。
顔を失う以前に、友や女と交えたような―――なんでもない言葉が。
死人だった男を、人間へと戻したのだ。
「某の望みは、友が幸せになったのを知ること、確認すること。それだけで、十分」
「……呆れた。もう相手は忘れてるって、あなた言ってたじゃない」
「然り。だがな、娘よ。それさえ見届けられたならば、某は心置きなくあの世に逝ける」
晴れやかに、男は笑ったのだろう。
それだけ、その言葉は穏やかなもので。
ともすれば子供のようだと、そう感じてしまうほどの純粋さに満ちていた。
「……呆れるわ。理解できないし、したくもないけど」
「カカッ! それでよいのだろうさ、鴉天狗。人間と妖怪、我等はやはりどこかで相容れぬ。
しかしな、娘よ。いつかそなたがこの心を理解できる日が来るのならば、あるいは」
もしかすれば、人間と妖怪が笑って酒を酌み交わす日が来るかも知れぬと、男はそんな言葉をのたまった。
それは、本来ありえぬ未来像。
妖怪は人間を恐れさせ、人間は妖怪を退治する。それこそが、人間と妖怪の、あるべき姿のはずだ。
この一ヶ月のように、文と男のような関係は本来ありえぬ話に他ならない。
「くだらないわね、そんなありえない話は。さようなら、人間。次がない事を祈りなさい」
だから、文はそんな突けはなすような言葉を紡いで、空へと舞い上がった。
次は、妖怪として、鴉天狗として、気まぐれの入り込む余地がない対応をすると、言外にそう告げて。
月明かりだけの空を舞う。うっすらとした明かりの中、彼女は音もなく故郷の山へと進路をとる。
再び眼下を見下ろせば、先ほどまでいた男の小屋と。
そこから少し先、甲冑姿の人間の群れがゾロゾロと歩みを進めていくのが見えた。
進路は、このまま行けば男の小屋を通り、やがてその先の小さな集落に当たることだろう。
大方、怪我をしたものもいるのを見るに、近場の戦場で落ち延びたものたちだと想像するのは容易だった。
このまま、あの集団が小さな集落にたどり着けば何が起こるか。
この戦乱の世だ。たやすく蹂躙されることなど、火を見るより明らかだった。
「残念ね、あなたの望み、叶わないみたいよ」
酷く冷めた言葉を残して、鴉天狗は夜空を駆けた。
元々、文と男の関係などその程度のもの。男が一方的に話しかけ、彼女はただ聞き流す、たったそれだけの関係。
あの集団を止める義理も、男に危険を伝える意味も、彼女にはありはしないのだから。
▼
―――そうして、一夜が明けた。
「……」
いつもどおり、偵察に訪れた文の目には、これまたいつもどおりの集落が目に映った。
予想していた惨事はどこにもない、ただただ一組の男女が人々に祝福されている光景だけが、いつもと違う光景だった。
昨日の集団はどこへ消えたのか。途中で引き返したのか、あるいは別の進路を進み、この集落をそれて進んだのか。
どちらにしても、余りにも……不自然。
ふと、この祝言を見に来ているだろう男の姿を探す。
いつも寄りかかっていた木の陰には、目的の姿はない。
ありえないと、文は思った。
あんなにも友の祝言を活力にしていた男が、今この場にいないなどと不自然にも程があろう。
そう、疑問に思った瞬間。
―――血の匂いが、風に乗って流れてきた。
妖怪の彼女だからこそ感じ取れた、僅かな匂い。
この匂いの場所に、自分の感じていた疑問の全てが詰まっているような気がして。
いつもの大木から飛び降り、匂いのする方角へと彼女は飛んだ。
森の木々の間を縫うように、匂いを頼りに進んでいく。
段々と血の匂いが濃くなる方角へ、ただただまっすぐに。
そうして、たどり着いた場所は、夥しい凄惨な惨状が広がっていた。
昨日見た甲冑を着込んだ男達、その誰も彼もが、物言わぬ骸となって転がり絶命している。
そんな、噎せ返るような血の匂いの中、地獄のような惨状の中で、男は立っていた。
血にまみれた刀を握り、返り血を浴びた衣服と面は元の色がわからぬほどに血で染まりきってしまっている。
「……娘か」
生気のない声。文字通り死人のような、怖気のするような男の声。
音はなく、ただ血の赤を誤魔化すようにひらひらと残酷な紅葉が舞い落ちるのみ。
やがて、男は身を折り、激しく咳き込んだ。
何度も、何度も、内臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど、何度も。
傷だらけの体を折り、膝をついた男の肌は蒼白で、先が長くないことを如実に語っていた。
「馬鹿な男。こんな奴等相手にしなければ、少しは長生きできたでしょうに」
「カカッ! ……あぁ、そうやもしれぬ。だがな鴉天狗、……それは出来ぬ相談よ。それをすれば某は―――心すらも己で殺したことになるではないか」
咳は止まらない。仮面の下では、既に何度も喀血していることは想像するのに難くない。
身を折り、己が体を削り、それでもなお、男は友のためにとこの場で踏みとどまった。
顔をなくし、死人のように彷徨い、それでもなお―――心だけは、人間でありたいと願ったからか。
「娘よ、祝言は……どうだった?」
「……幸せそうだったわよ。暢気で、楽しそうで、呆れるくらいに」
彼女の言葉に、男はなにを思っただろう。
仮面の下に隠れたその表情は、一体どのような顔をしているだろう。
ゆらりと、幽鬼のように男は立ち上がった。
―――「あぁ、よかった」と、今にも泣き出してしまいそうな言葉をこぼして。
「娘よ、最後に頼まれてくれぬか」
そう言葉にしながら、男は腰に差した一本の刀を文に投げ渡した。
鞘に守られた鉄の重みが、ズシリと文の手のひらに圧し掛かる。
一体なにをと問いかける間もなく、男は腰溜めに刀を構えたのを見て……文は、男の真意を悟った気がした。
「正気ですか?」
「あぁ、某はもう長くはない。死ぬのならば……病でではなく、獣としてでもなく、ただの武人として」
立会いの中で、斬られて死にたいと。
人間では彼女に敵わぬ事はわかっている。人間と妖怪との差は、それほどまでに大きく隔たっている。
それでも、病でいつ死ぬかも知れぬというのならば。
「迷惑な話ですね。自殺に妖怪を使いますか」
「耳が……痛いな。返す言葉も、無い」
息も絶え絶えで、今も咳き込んでは倒れてしまいそうな男。
それでも、彼は立っている。刀を鞘に収めたまま、居合い抜きをするような態勢のまま。
小さく、彼女は息を吐く。
諦めだったのか、あるいは達観か。
どちらにしても、面倒な奴に絡まれたと感じたのは、間違いなかっただろうが。
「いいでしょう」
それでも、文は了承した。
カチャリと、鍔鳴りの音がなる。
偶然か、構えは男と同じ居合い抜きの構え。
鴉天狗とは、そもそも剣術の達人とされる種族である。かの牛若丸に剣術を教えたのも、鞍馬山の鴉天狗だとされるほどだ。
その例に漏れず、文も剣術は心得ている。
噎せ返るような血溜りの中、男と女が向き合っている。
ひらひらと舞い落ちる紅葉だけが、二人の視界で動く唯一のものとなる。
無音の世界、静まる心。あれだけ咳き込んでいた男の咳も、今だけはピタリとやんだ。
そうして、一陣の風が吹いた。
まるでそれが合図であったかのように、二人は一斉に踏み込んだ。
鞘走りで加速され、抜き放たれた剣閃が交差する。
キィンッと、甲高い音と共に文の刃で男の刀を断ち斬られて宙を舞った。
バシャリと吹き上がる血潮。袈裟に両断された男の体。
抜き放たれ、切っ先をなくした男の刃は、文の長い髪を僅かに掠め。
勝負は、刹那の時を持って幕を下ろした。
ガリガリガリと、一本歯の下駄が地面を削り、彼女の体を減速させる。
背後で、ドチャリと重く湿った音が聞こえて、それでも振り向かぬまま文は刀を鞘に戻した。
あまりの抜き身の速さに刀には一滴の血もつかぬまま、彼女の刃は再び鞘に収められた。
そうして、ようやく彼女は振り向いた。
真っ二つに体を断たれ、それでもクツクツと笑う男の方に。
「で、これで満足ですか?」
「あ……ぁ、すま……な、かった……なぁ」
「謝るぐらいなら最初から頼まないの。いい迷惑だわ」
やれやれと、呆れたように彼女はため息をつく。
男の知る文の表情に、「違いない」と呟いた言葉が、はたして彼女に聞こえていただろうか。
ひらりひらりと、舞い落ちる紅葉が男を埋めていく様が、文に棺桶のようだと思わせて。
「その刀は、……礼だ。持っていけ」
「……まぁ、イイですけど。それで、未練はありませんか? 化けて出られたらたまったもんじゃないんで」
少女の言葉に、男はなにを思っただろう。
ただ、いつものように。
カカッと、彼は笑って。
「未練はない! 悔いもない! 見よ、鴉天狗! 俺は病に敗れたのではない!! 獣としてではなく武人として、俺は、そなたに……―――」
俺は、そなたに敗れたのだ。
そう、ついぞ言い終えることも出来ぬまま、男は息を引き取った。
ザァッと、風が遠くの紅葉を運んできて、男の体をうめていく。
ため息をつき、つかつかと文は男に歩み寄る。
すっかり真っ赤に染まってしまった仮面に手をかけて、そっと、仮面をはがした。
「……なにを笑ってるんだか」
その言葉に、どんな感情が宿っていたのだろう。
自分自身、よくわからない感情を抱きながら、ふと、肩口で切り裂かれた一房の髪が目に入った。
男は、満足そうに笑っている。そんな彼を見下ろしながら、文は刀を抜き、残っていた髪を肩口でばっさりと切り落とす。
ザァッと、切られた髪が風に乗って流れていくのにも、目もくれない。
ただ静かに、誰にも看取られぬ男の最後を、目に焼き付けるように。
「誇りなさい人間。あなたは最後まで武人であり……その刃、しかと私に届いていたわ」
▼
「とまぁ、そんなことがあったわけですよ」
カチャリと、文は抜き身の刀を鞘に戻す。
そんな彼女の様子にか、それとも話の内容にか、珍しく巫女がぽかんとしているのを見て、なんかまずいこと言っただろうかと首をかしげた。
「文に、彼氏がいた!?」
「いや、違いますから」
全否定だった。しかも即答。
一体、霊夢は彼女にどんな反応を期待していたというのやら、舌打ちして「つまんないわね」と吐き捨ててズズーッと茶をすする。
「大体、どこの世界に彼氏真っ二つにする乙女がいますか」
「いや、あんたなら平気な顔でやりそうだわ。幽香と同類っぽいし」
「人をドSの筆頭みたいに言うのやめて頂戴!? ていうか。人をどういう目で見てるのよ!?」
「うーん……へたれS?」
「へたれ!?」
思わずその場に突っ伏した文にはたしてどれほどの非があっただろう。
対称的に、巫女は鴉天狗を弄れてほんわか満面の笑顔である。
この場合、一体どっちがドSなのやら。一見して明らかな気がするが、それはさておき。
「で、実際はどう思ってたのよ?」
「別になんとも思ってないわよ。第一、まともに話したのも全部纏めて二日程度だし、そのころは私も人間見下してたからね。
でもまぁ……あれがきっかけで、人間に興味を持つようになったわけだけど」
あの時、あの男に会わなければ、彼女は人間に興味を示さなかっただろう。
いいように自分を振り回し、壮絶な最期を遂げた、名も知らぬ男。
残ったのは人間への興味と、この刀ぐらいのものか。
「そうなんだ」
「そうなのよ」
人間に興味を持ち始め、多くの出会いと別れがあった。
新聞と言う転職にめぐり合い、偵察はいつしか人々の記録をとり続ける日々へと取って代わった。
誰かが笑っていることが、楽しいと知った。
誰かにも、譲れぬ何かがあると知った。
一度失っても、取り戻せるものがあると知った。
だから、その出会いにだけは、価値があったのだと、そう思うから。
「そんじゃ、そいつには感謝しないとね。この馬鹿が、いつもここに来てくれるのは、多分そいつのおかげだろうし」
「……へ?」
背筋をんーッと伸ばしながら言った巫女の言葉に、文が目をきょとんとさせた。
さーって、メシメシといいながら奥に引っ込もうとする霊夢の耳は、ほんのりと赤い。
先ほどの言葉の意味が、だんだんと脳に染み渡ってくる。
文が完全に理解して、顔が茹蛸みたいに真っ赤になるのはすぐのことだった。
「ちょ、霊夢! 今の言葉、もう一回言って!?」
「だぁぁぁもう、言うか馬鹿! 帰れパパラッチ!!」
「いいえ、帰りません! もう一度聞くまで帰りませんよ!」
どたばたと喧しくなる博麗神社。
これもまた、彼女たちにはなくてはならない日常の一コマである。
その内、ここに魔法使いやら妖怪やらが集まって今以上に騒がしくなるに違いない。
少女たちは笑いあっている。
人と妖怪の溝を越えて、楽しそうに、幸せそうに。
文があの日聞いた様に、人間と妖怪が笑いあって酒を飲み交わせるそんな時代で。
いつものように御代を払わずにツケで持ち帰ったお茶の入った袋を抱え、空をゆっくりと飛んでいると森の広場に件の人物が一人立っている。
そしてその手には、普段の彼女からは想像も出来ないようなシロモノが握られていて、思わず霊夢はキョトンと目を瞬かせた。
「アイツ、刀なんか持ってたんだ」
ポツリと呟いて、物珍しさからか霊夢はゆっくりと其方に向けて降下を開始。
静かに、音もなく着地した巫女にも気付かぬまま、刀を携えた少女は静かに瞑目している。
ザァッと、一陣の風が吹いた。
まるでそれが合図であったかのように、少女は刀を抜き放つ。
鞘走りで加速された一閃は風で運ばれた木の葉を断ち切り、それでは足りぬと反す刃が空を切る。
手首を利かせて刀を半回転、円を描くような足運びはまるで舞を披露しているかのようでもあった。
いや、事実それは剣舞と呼ばれる類のものであったのだろう。
よどみなく流水のごとく、腰を捻らせ、足を運び、腕を伸ばし、刀を振るう。
一つ一つが完成された武芸の舞。見るものを魅了するのは少女の体捌きと、虚空に煌く銀色の剣閃に他ならない。
息を呑む。視線が釘付けになる。ただ呆然と、少女のその舞に魅了された。
そうして、少女の細腕で大上段から刀が振り下ろされた。
ビュッという風きり音。空気を断ち切ったその音を最後に、辺りがシンっと静まり返る。
まるで、音を両断したのではないかと錯覚するほどの静寂は、はたしてどれほど続いただろうか。
カチャリと、鍔鳴りがその静寂を打ち破り、残心していた少女が静かな動作で刀をその鞘に収めた。
チンッという刀が納められた音に、ようやく霊夢は剣舞が終わったのだと理解した。
名残惜しいような、もう少し見ていたかたような、不思議と、ようやく終わったかなどと言う感想は頭に浮かんではこない。
だからだろうか。自然と霊夢は、パチパチと惜しみない拍手を送ったのだった。
「お見事。正直、見直したわよ」
「れ、霊夢!!?」
彼女の存在に今頃気がついたのか、少女は珍しくぎょっとした表情を浮かべてうろたえ始めた。
見る見るうちに顔を赤くして、まるで恥ずかしいものを見られたかのような仕草に霊夢は呆れたようにため息を一つ。
よっぽど霊夢がいたことが予想外だったみたいで、おたおたと慌てる彼女の様子は普段見ることの出来ない新鮮な表情だ。
何しろ、この少女は笑顔を絶やさないが裏で何を考えてるかわからないし、いつも余裕綽々で仕事人としての顔と種族としての顔を持っている。
そんな彼女が、顔を真っ赤にしてうろたえているのだ。一生に一度見れるかどうかと言うレアな表情だった。
しかし、普段余裕を持つことの賜物か。しばらくして少女は静かに深呼吸をして、コホンと咳払いを一つ。
「こ、こんばんは霊夢さん!」
「文、今昼間なんだけど」
残念ながら、少女こと射命丸文がいつもどおりに戻るにはもう少し時間が必要なようである。
▼
鈍く光る鏡のように磨き上げられた刃が、少女の顔を映し出す。
その刃を注意深くなぞりながら、自宅の博麗神社の縁側にて、霊夢は「へぇ~」と感嘆の声をこぼしていた。
そんな少女の隣で、刀の持ち主である射命丸文は気難しそうな表情でお茶を啜っていたりする。
「霊夢、いい加減返してもらえないかしら?」
「何を?」
「あなたがその手に持っている物騒な凶器よ。……まったく、ペンを手に世と戦う新聞記者が刀を持って振り回しているとこを見られるなんて、不覚だったわ」
「黙れよパパラッチ」
新聞記者としての顔などとうの昔に投げ捨て、ジト目で愚痴をこぼす文の言葉には既に敬語など欠片もない。
そんなんだから霊夢の口調も自然と刺々しくなるのだが、大体いつものことなんでその事で腹を立てたりしない二人だった。
むしろ、そんなことよりも文にとっては剣舞を見られたことの方がよっぽど気に入らないようで、そんな彼女に霊夢は小さくため息を一つつく。
「別に、見られてへるようなもんじゃないでしょう?」
「そういう問題じゃないのよ。記者としてのあり方の問題と言うか、なんというか……」
「知られるの嫌だったんなら、妖怪の山でひっそりとやってればよかったのに」
「地元に知れ渡るのはもっと嫌よ。特に、椛に見つかった日には刀の振るい方がなっちゃいないなんて言われるの目に見えてるんだから」
げんなりとして言葉にした文に、「あぁ、なるほど」と不思議と納得した霊夢は刀を鞘に収めた。
確かに、普段から太刀を扱うあの少女ならそのくらいのことは言ってきそうな気がしないでもない。
「大体さ、アンタ何で刀なんて持ってるのよ。その様子だと、刀を普段から使うってワケじゃないみたいだし」
「当たり前じゃない、新聞記者が刀片手に飛び回ってどうするのよ。ペンは剣よりも強しって、よく言うでしょ?」
「余計に刀を持ってる意味がわからないわね」
「確かに普段は刀なんて使わないけど、その刀は大事なものなのよ」
刀を受け取りながらよくわからないことを口走る文に、霊夢は怪訝そうな表情を浮かべて睨みつけている。
そんな巫女の様子に苦笑して、文は納められていた刀を少しだけ抜く。
鈍く光る刀身は自身の表情を映し出して、文は少しの間だけ瞑目した。
数秒だったのか、あるいは数分だったのか。
やがて、文は静かに瞼を上げると、霊夢に視線を向けた。
いつもとは少し違う笑みを浮かべた彼女に面食らった霊夢だが、すぐに怪訝な表情を浮かべるのは彼女らしいのかもしれない。
「聞きたいですか? 私が何でこの刀を持っているのか」
「げ、仮面被ったわねこの天狗。まぁいいや、気になるから聞いておく」
何分いつものことだ。それに、気になることがわからないという状況ほど苛々するものはない。
そういうわけで、とっとと先を促すことにした霊夢に「相変わらずねぇ」なんて苦笑した文は、懐かしむように空を見上げた。
視界に映るのは、澄み渡った青空。あの時もこんな日だったかなぁなんて、そんなことを思う。
「始まりはそうね、ずっとずっと昔のこと。ざっと450年ぐらい昔の話よ」
ポツポツと、文は静かに語り始める。
空を見上げたまま、何かを見つめるように、何かを懐かしむように、ただ、淡々と。
▼
空に輝く太陽は燦々と輝き、夏らしい陽気と日差しを降り注がせている。
辟易しそうな暑さにも負けず、小さな集落の人々は賑やかに祭りごとの準備を進めていた。
そんな人々を気だるそうな表情で、一人の少女が大木の上から見下ろしていることに、誰も気がつかぬまま。
「まったく、天魔様にも困ったものね。私まで偵察に借り出すなんて」
不満を丸ごと吐き出すように、大木の上の少女はため息をついた。
艶やかな黒髪は腰まで届くほど長く、真っ赤な瞳に、背中には漆黒の翼と言う人間らしからぬ少女は、その山伏装束を見てわかるように鴉天狗と呼ばれる妖怪だった。
時は1560年。
世は戦国時代のまっ最中。どこもかしこも覇権を巡って戦を起こし、つい先月にも戦が開かれたばかり。
世の戦乱の勢いは苛烈を極め、妖怪たちの間でさえ巻き添えを食うものたちが続出する始末。
閉鎖された天狗社会でも今のままでは不味いと判断されたのか、その情報収集の体制を強化したのがつい先日のこと。
その事に異論はないのだが、だからといって進んでこんな辺境の地まで偵察をしたいかと問われれば、少女は否と答えることだろう。
加えて、今の戦乱のせいか酒の席がめっきり減ってしまったのも、少女の陰鬱な気分に拍車をかけていた。
もう一度、深いため息がついて出る。
長い髪を指で弄びながら、鴉天狗の少女―――射命丸文は暢気な人間達に恨みがましい視線を向けるのだった。
人々は笑い、楽しそうに辺りを駆けずり回る子供達の、なんと暢気なことか。
「平和ねぇ。世の中が戦乱の真っ只中だなんて思えないくらいに」
人々を見つめながら、文は思ったことをそのまま言葉に乗せる。
人だかりの中心では、一組の男女が人々に祝福の言葉を送られ、どこか照れくさそうに頬を染めていた。
風が運んできた言葉の羅列を聞き取れば、近いうちにあの二人が祝言を挙げるのだという。
平和ねぇなどとのんびり思いながら、文は小さくあくびを一つ。
少なくとも、現状ではこの辺りに危険性は感じられない。
そもそも、文自身は人間相手に遅れをとるなんて微塵も思っていないし、むしろ天魔こそが過剰に気にしすぎではないかとさえ思う。
いざとなれば、人間達に自分達の力を見せ付ければいいのだと、そんなことさえ思った。
驕りだとも思ったが、その考えを間違っているとも思わなかったし、訂正する気だってさらさらない。
だから適当に偵察を切り上げようと、文はくぁっとあくびを一つこぼし。
「ん?」
ふと、奇妙なものを見つけてそちらを凝視した。
人々が賑わっている森に囲まれた集落のはずれ。まるで人々から姿を隠すように大木の陰に背を預けている男がいたのだ。
黒色の着物に腰には二本の刀、それだけなら浪人と判断して気にも留めなかっただろうが、異様なのはその男が身に付けている面だ。
目も鼻も口もない純白の面は、その異質さから不気味なものを感じさせるだろう。
「平和な集落に見え隠れする怪しい者が一人、はてさて、人間かそれとも妖怪か……」
呟き、知らずと笑みが浮かぶ。
丁度退屈していたのだ。こんな何もないところで偵察をするよりも、面白そうなものにちょっかいをかけるのも悪くない。
何しろ、自分が行うのは偵察なのである。何の変哲もない集落よりも、より怪しいナニかを調べるのは当たり前のことなのだ。
どこか言い訳のような理屈であったが、文の胸の内では次の行動は既に決定していたのである。
男が僅かばかりの咳をこぼしながら、寄り添っていた大木から離れ、森の中へと姿を消していく。
それを見逃さぬよう、文は大木から飛び降り、漆黒の翼を広げて空を舞った。
ブワリと、風が体を包み込む。撫でるように通り過ぎる風が心地よくて、この感覚は何度感じても飽きが来ない。
少しずつ高度を下げていき、男の姿を確認した文は、先回りすると少し開けた場所で目的の相手を待った。
そうして、鬱蒼と茂った森の木々の間から姿を見せた白面の男。文よりもやや長身らしい男は、まるで彼女が見えているかのようにピタリと止まる。
その事実に多少面を食らった文だったが、それを表情に出さないくらいには、長い時間を過ごしたつもりだ。
「どうも、こんにちは。奇妙なお侍さん?」
気に背を預けた形で、彼女は男に言葉を投げかける。
挑発的に、クスクスと笑みをこぼして腕を組んだ少女は、ただただ目の前の男の反応を楽しんでいた。
男からの返答は、無い。
ただ黙して語らず、身動きもしないまま静かにその場に立ち尽くしている。
喋る気が無いのか、あるいは喋る機能そのものが無いのか。
こうして目の前に立っているというのに、生きているのか、死んでいるのか、それすらあやふやだ。
そんな印象を抱いていた文を他所に、男がようやく一息を着く。
合点がいったと、そんな印象を抱くような、そんな様子で。
「……あぁ、なるほど。先ほどの大木の上にいたのは、そなたであったか」
「はて? なんのことやらさっぱりわかりませぬが?」
「とぼけずともよい。あの木の上で愚痴をこぼしていたであろう? 声がまったく同じだ」
パチクリと、目を瞬かせてしまったのは、はたして文に非があっただろうか。
男の言葉が事実であるのならば、あの大木の上にいた文の愚痴を、遠く離れた距離から聞いていたという事になる。
人間ではありえぬ聴覚にやはり妖怪だったかと考え始めた文がおかしかったのか、男は仮面の中てクツクツとくぐもった笑みをこぼした。
「何、幼き頃に顔もろとも目を駄目にしてしまってな、その分、耳がよく聞こえるようになった……それだけの話よ」
「まぁ、確かにそういう話も聞いたことはあるけれどねぇ……。で、つまり?」
「カカッ! 察しの通り、ただの耳がいいだけの人間よ。つまらぬ回答で申し訳ないが……まぁ、怪しい者には変わりないゆえ、許せ。妖怪の娘よ」
先ほどまで黙していたのが嘘のように、男は笑う。
仮面に隠れて表情が見えぬが、それでもどこか楽しそうな様子は見て取れた。
拍子抜けしたといえばいいのか、はたまたは期待はずれといってしまえばいいのか。
どちらにしろ、文にとっては望んだものとは違う結果にげんなりと肩を落とした。
「まったく、もうちょっと気の利いた生き物だったらよかったのに、つまらないわね。仮面のお化けの方が似合うと思うから、いまから生まれ変わりなさいな」
「ふむ、それも悪くはないやもしれんな。見てくれはホレこの通り、仮面のお化けには違いなかろうて」
恨みがましい言葉をつむいでみたものの、男は特に気にした風もない。
こちらに油断を誘っているのかとも思ったが、肝心の刀には手をかけるそぶりすらない始末。
馬鹿にされているのだろうかと思えば、相手が人間であると言う事実もあいまって腹立たしいことこの上ない。
「で、随分余裕ね? 私が妖怪だと気付いているなら、どうしてその刀を抜かないのかしら?」
「抜く必要などあるまい。襲うつもりならわざわざ声を掛ける意味などないし、戦意のない相手にこちらから刀を抜くのは無礼であろう?
そも、今更剣を抜いたところで、妖怪相手にそのような行動は自殺行為以外の何物でもなかろうよ。まぁ、いざとなれば抜けばいいだけの話ではないか?」
へぇ……と、感嘆の言葉が自然とこぼれた。
目も見えぬ不自由な身であるからか、よくもまぁ頭が回る。
こちらが興味本位でついてきたのを承知で、この男はあえて無防備をさらしている。
攻撃する気が無いと知っているからか、あるいはよほど自分の腕に自信があるのか。
まぁ、どちらにしても、文にしては面白い話ではなかったという事実に違いはないのだが。
「そう、引き止めて悪かったわね。精々、他の妖怪に食われぬように気をつけなさい」
「ふむ、確かに今はまだ死ねぬのでな。肝に銘じておこう」
踵を返して言葉にした皮肉にも、男は神妙に頷いて「忠告、感謝する」なんてすっとぼけた言葉をのたまう始末。
その場でズルッと足を滑らせそうになった文だったが、何とか踏みとどまったのは彼女なりの意地だったのかもしれない。
疲れたようにため息を一つついて、彼女は空へと舞い上がった。
眼下を見下ろせば音でこちらの場所を把握できるようで、男がこちらを見上げている。
「機会があれば、また語ろうぞ娘よ」
「生憎、もう二度と会うこともないでしょう。人間よ」
そんな言葉が交わされて、少女は生まれ育った故郷の山へと飛び去っていく。
もう一度後ろを振り返ってみれば既に男の姿は見えず、やれやれといった様子で文は肩をすくめた。
どちらにしろ、もう二度と会うことはないだろう。そう思って。
▼
ところがどっこい、そうは問屋が卸さないのが世の常なのである。
そも、文に集落付近の偵察を命じたのは他ならぬ天狗たちの長の天魔であり、鴉天狗の文が逆らえるはずもなく、何度も集落へ足を運ぶ結果となった。
結果、文は何度も何度もあの男と遭遇する羽目になり、こちらが無視していても向こうが話しかけてくるようではたまったものではない。
しばらくすれば勝手に帰っていくのだが、言いたいことを一方的に話して勝手に帰っていくその様子に、文が何度頭を悩ませたことか。
そも、彼女が男の話ぐらい聞いてやればイイだけの話ではあるのだが、二度と会うことはないと言った手前、意地でも返事をしないつもりだった。
後に巫女がこの時の話を聞いて、「アンタにもそんな意地っ張りな時期があったのねぇ」などとしみじみ語り、文が赤面したりするのだがそれはまた後の話。
さて、そんな奇妙な文と男のやり取りはどれほど続いたか。
一度、二度、一週間、そして一月。
時間はめぐり、秋が近くなったそんな季節。
一層活気付いた集落を視界に納め、文は感慨深そうにほぅっと一息。
ここで偵察を続けてはや一ヶ月、男に話しかけられ続けてはや一ヶ月。
そう思うと気分が急降下しそうだったが、まぁそこは慣れだ。それに、集落では明日に例の男女の祝言らしい。
慎ましい集落らしく、ひっそりとだが華やかに行われるだろう祝言には、文もちょっぴり興味があったりする。
文だって長生きしているとはいえ女である。気持ちはまだまだ乙女な部分を捨てきれずにいるのだ。
そんな風に、ちょっとうらやましそうな視線を件の人物達に向けていると、下のほうから「おーい」といつもの声が聞こえてきた。
げんなりとジト目で声のほうに視線をやれば、いつもの白面の男が大木の上のこちらを見上げている。
無視無視、放っておけば帰る存在である。
ここに登れないのはこの一ヶ月で既にわかっているし、一方的に喋りかけてくる言葉が非常に鬱陶しいが、もうすでに慣れた。
だから、文は既に聞く気もない様子でぼんやりと、集落の様子に視線を戻す。
退屈な偵察ではあるが、既に興味をなくした相手の言葉を聞き続けるよりはずっといい。
そう思っていたのだが。
「いい酒が入ったのだが、共に飲まぬか?」
ピクリと、酒という一文字に思わず反応してしまった。
ギリギリと首を軋ませながら其方に振り向けば、男は片手に酒を持っている。
元々、天狗と言う種族は酒好きの飲兵衛が非常に多い。
その例に漏れず文もそのうちの一人で、しかしながらここ最近の乱世で緊張した妖怪の山では酒なんて出てこないのだ。
安酒であることは想像するに難くないが、それでも一ヶ月と少し以来のお酒である。
つまり、文にとっては久方ぶりの酒というわけで。
けれども、二度と話すものかという意地も忘れたわけではないわけで。
酒は飲みたい。でも意地でも言葉は返したくない。
そんな葛藤を繰り広げているなど露知らず、男のほうはと言うと返事のない文に今日も駄目かとため息を一つ。
「そうか、邪魔をしたな娘よ」
「ちょーっとまったぁ!!?」
ピタリと、踵を返した男の歩みが止まる。
言葉にしてからしまったと思ったが、言ってしまった以上は後の祭り。
物に釣られてしまうなんて一生の不覚! とは思いもしたのだが、お酒飲めるならイイや。なんて既に思い始めている辺り、なんともいい加減だ。
とにもかくにも、言ってしまったものは仕方がない。つられてしまったものは仕方がない。
こうなってしまっては意地を張っていたって仕方のないこと。パーッと楽しんでしまった方が気持ちもいいことだろう。
そして何より、お酒が飲みたい。とにかくお酒が飲みたい。大事なことなので二回言いました。
「しょ、しょうがないですから付き合ってあげましょう! 暇だったことですし!」
「む、そうか? 某には忙しそうに思えたのだが?」
「今暇になったわ! さぁ、ちょっと待ってなさい!」
とにもかくにも、こうなったら男(と言うよりもお酒)に逃げられてはたまらない。
大急ぎで大木から飛び降りた文は、一目散に男の下へと滑空する。
風を切り裂きながら大地に接触し、一本下駄がガリガリと地面を抉りながらめり込み、しばらくしてようやく文の体は止まった。
「……」
「さぁ、どこで飲むの!?」
振り向きざまの文の台詞がこれである。
彼女が飢えていた酒への執念、恐るべしといったところか。
「……」
「……ねぇ、もしかして呆れてない?」
「いや、意外にも素早いのだと少々驚いた」
「当たり前でしょう。私、鴉天狗だし」
久しぶりの酒で気分が舞い上がっていたせいだろうか。
うっかりと口走ってしまった鴉天狗と言う言葉に「しまった」と思ったがもはや後の祭り。
白面に隠れて見えはしないが、おそらく男の表情はぽかんとしていたに違いない。
しまったなぁなんて、文が自分の失敗を呪っていると。
「……そうか、天狗か。カカッ! あぁ、そうかそうか。それはなんともまぁ、某も大層な相手に話しかけ続けたものよ。それは無視もされようて」
「何が楽しいのよ」
「なに、山の神とも呼ばれる天狗相手に、暢気に話し続けていた自分に呆れているだけの話よ」
「そうでなくても、妖怪とわかっていながら話しかけ続けるあなたは大層なうつけものかと思うけどね」
「なるほど、違いない」
ケタケタと、くぐもった声で男が笑う。
あいも変わらず、こちらを警戒するそぶりも無い男に呆れる文だったが、視線だけは男の手にあるお酒に釘付けだった。
自分も人のこと言えないかとため息をついていると、男がすたすたと足を進める。
「こっちだ。某の住処の小屋がある」
「他にもお酒はあるんでしょうね? 言っとくけど、天狗は結構飲むわよ?」
「そこは抜かりない。今日は祝い酒ゆえ、たーんと用意してある」
ケタケタと笑いながら、男が歩き出す。
その後ろをついて行きながら、ふと、文は違和感を覚えた。
歩き方がぎこちないというか、頼りないというか、平然と歩いているように見えて、それでいて今にも倒れてしまいそうな。
よくわからに違和感に首を傾げたが、自分には関係のない話かと結論付けて男の後を付いていく。
紅葉に色づいた森の中を歩き続け、どれほどの時間がたっただろうか。
ザクザク、ザクザクと踏みしめ歩き続けていると、森の中に小屋が見えてきた。
あまり大きくないが、二人が入るには十分な大きさの山小屋のような場所。。
「あそこ?」
「あぁ。あまり綺麗なものではないが、ゆるりとしていくがよい」
聞かれればあっさりとそれに答え、そしてあいも変わらず無防備な背中はまさに襲ってくださいといっているようにしか見えないわけで。
こいつ、こっちが妖怪なの忘れてるんじゃなかろうかと思いもした文だったが、そんな彼女の気持ちなど知るわけもなく、男は引き戸を開けて中に入っていった。
なんだか、いちいち気にするのが馬鹿らしくなってきた。
そんな考えがため息としてついて出て、文は遠慮なしにズカズカと上がりこむ。
中はあまり手入れされていないことは明白で、最低限人が住めればいいと言わんばかりだ。
風でカタカタと引き戸は揺れ、吹き抜ける空気は非常に冷たい。
よくもまぁ、こんなところに住めたものだとある意味感心していると、奥の部屋から男が両手一杯に徳利を抱えて戻ってきた。
「生憎、安酒だが許せよ娘」
「別にかまわないわよ。安酒だって、飲み方しだいでいくらでも美味しくなるわ」
「なるほど、違いない」
クツクツと、男は楽しそうに仮面の内で笑う。
胡坐をかいて囲炉裏の前に座ると、用意した杯を文に放った。
それを難なく受け止めた文は男の対面に座り、男が持ってきた徳利を風で舞い上げて奪い取ると、コポコポと自身の杯に注ぎ込む。
「さすがは天狗、と言うべきか。まこと、面妖な技よな」
「鴉天狗だもの。風を操るなんて造作もないことだわ。むしろ、妖怪と知りながら何度も話しかけるあなたのほうこそ面妖だと思うけど?」
「カカッ! それもそうだな! いやいやまったく、そなたよりも某の方こそ面妖であったか」
クツクツと、くぐもった声で男は笑う。
コポコポと酒を自身の杯に注ぎ込めば、ゆるりと、己の真っ白な面に手をかけて。
音もなく、その面が外されて男の素顔が文の前に晒された。
「……なるほど、どうりで集落に入らないわけね」
「然り。この面構えでは、某も妖怪と変わるまいて」
悲観した風もなく、男は笑う。
醜く焼け爛れた鼻のない顔面と、眼球のない双眸でケタケタと。
怖気すら感じるその笑みを見ながらもなお、文は「ふーん」と気のない返事をしながら酒を煽った。
妖怪である文にとって、男以上に醜い相手など何度もお目にかかったこともあるだろう。
だからこそ、男の顔を見ても彼女はこうして平然とした様子で、気にかけた様子もなく酒をあおっていた。
「幼き頃に火事でな。両親は死に、某は体を包む火を消そうと水辺へ走ったものよ。目は、その時に己で潰した」
「うつけですね」
「カカッ! 確かに、そうやも知れぬ。しかし、水辺に映った醜い顔が己のものだと知ったあの時の某は、その事実に耐えられなかったのだろうよ」
「まるで他人事ね。自分のことでしょうに」
「然り。しかし、時がたてば己のことであっても他人事のように感じる日が来ることも、また事実だろうて」
そう言葉を紡いで、男はグイッと酒を煽る。
杯の中身を一気に飲み干し、ゲホゲホとむせ返りながらもやはり楽しそうだ。
対して、文はと言うと男のそんな様子に呆れながら、グイグイと注いでは飲み、注いでは飲みを繰り返している。
「うむ、うまい」
「不味いの間違いでしょう?」
「ふむ、最高の酒の肴だと思って過去を披露したが、つまらなかったか」
「でかすぎて胃がもたれるわよ。もうちょっと面白おかしい話題になさい」
「妖怪はこういう話題が好きかと思ったが……そうか、それはすまぬことをした」
「アンタが妖怪をどう思ってるのかがよくわかる一言よね、それ。偏見だから改めなさい」
中々失礼な物言いにジト目で言葉を紡げば、男はケタケタと可笑しそうに笑う。
文だって妖怪ではあるが、常識ぐらい持ち合わせているし、他人の不幸を無遠慮に笑えるほど性格は悪くない……つもりである。
もう何度目かわからないため息をつき、次の徳利を引っつかんだ。
そんな彼女の様子に、「ふむ」と顎に手を当てた男は、次の話題でも考え付いたのかウンウンと頷いた。
「なによ、今度は何か面白い話?」
「さて、天狗の娘に興味があるかはわからぬが……明日、祝言を挙げる男と女が居るだろう?」
「あぁ、あのちっぽけな集落のね。それが?」
「うむ、あの二人はな、幼きころの某の友と某が惚れた娘だ」
「ほほぉーう!?」
明らかに興味のなさそうだった文の表情が、今度は正反対の興味で彩られた。
長い時間を生きていたって心は乙女、まだまだ恋もしていない歳若い鴉天狗。
よーするに、他人の恋の話だとかそういった話には目がない年頃なのである。
そんな彼女の様子に、男はニタニタと楽しそうに笑みをこぼす。
グイッと酒をあおり、そして咳き込んでから、彼女に眼球のない双眸を向ける。
目が見えぬというワリには、相手のいる位置をちゃんと把握している辺り驚嘆に値すべきことかもしれないが、当の文は目の前の男の話に興味津々な様子。
「あなた、あの村の出身だったのね」
「この面構えになってから一度も戻ってはおらぬがな。あ奴等二人も、もはや某のことなど忘れていよう。
何しろ、二人そろって物覚えの悪い阿呆であったからな」
そうして、男が語った過去は文の興味を引くには丁度よいシロモノだったのだろう。
三人でよく外を駆けずり回っただとか。
木に上って降りられなくなった娘を、二人で何とか助け出そうとしたこととか。
娘をかけて喧嘩したことも一度や二度ではなかったとも、男は語った。
そのたびに、男と友は娘に叱られるのだが、何度も何度も繰り返しているあたり、本人含めてモノ覚えが悪かったのだろう。
その時の男ははたしていつもどおりだったのか、あるいはいつも以上に饒舌だったのか。
まともに会話するのは今日が始めての文には生憎見当もつかなかったが、それでも、酒の肴には十分なおかしさであった。
不味かった酒が、いつの間にか美味しいと感じるようになるくらいには。
▼
はたして、そんな話をいつまで聞いていただろうか。
酒を飲み明かし、いつしか文の方も上司の愚痴をこぼす程度には打ち解けていた。
天魔に対する不平不満をのたまう彼女を、男はケタケタと笑って酌をする。
「そんなものは飲んで忘れてしまえ!」などと注がれて、複雑な表情をしながらもグイグイと酒を飲む手は緩めない。
気がつけば、外はすっかりと夜になっていた。
今日は満月なのか月明かりが部屋に差込み、うっすらと二人を照らしている。
もうこんな時間かと、今の今まで飲み明かしておきながら飲みたりないと感じているあたり、文の飲兵衛っぷりが伺えるが、それに付き合うこの男もまた大概であった。
「もう帰るのか?」
「えぇ。そろそろ天魔様にも報告しなくてはいけないからね」
「ふむ、そうか。つき合わせてしまってすまなかったな」
「別にいいわよ。久しぶりにいい酒を飲めたわ」
少し頬は赤いが、それも風に当たれば冷めてしまう程度。
危なげなく立ち上がった文は、すたすたと軽快な足取りで引き戸へ向かう。
玄関を開け放てば、秋特有の涼しい風が頬を撫でた。このまま空を飛んでいけば、山につくころには酒も抜けきってしまうだろう。
そう、そんなことを思いながら。
「それで、あなたの体はいつまで持つの?」
そんな言葉を、男に投げかけていた。
カタカタと、スキマ風が入り込む音だけがこの場を包み込む。
しばし続いたその時間は、どれほどのものであっただろうか。
やがて、男が白い面を顔に付けた。まるで、表情を読み取られぬようにするかのように。
「いつ、気付いた?」
「違和感は……そうね、最初ッからあったわ。目の前にいるのに、あなたはまるで生きている気がしない。まっすぐ歩いているはずなのに、どこか頼りない。
決め手は、この部屋の匂いね。喀血してるんでしょ? そこらじゅうから血の匂いがするもの」
普通の人間ならば、わからないような微細な匂い。
しかし、相手がこと妖怪であるのならば、話は別だ。
それに、綺麗に拭いたとしても、血の跡はどうしても残ってしまうものだ。
それが目の見えぬ男が拭き取ったというのであれば、尚更。
やがて、男はため息をついた。
今までとは違う、老衰した人間のような、そんなくたびれた印象で。
「肺を病んでいてな、いつ死ぬかも見当もつかぬ。今日かも知れぬし、明日かも知れぬし、あるいはもっと先かも知れん。
だがまぁ、……長くは生きられまいよ。己の体の事ゆえ、よぅくわかる」
「私に話しかけ続けたのは、それを知っていたから?」
「いや、そなたに話しかけ続けたのは純粋な興味よ。何しろ、この面構えとそれを隠すこの面だ。
この姿になって出会う者といえば、逃げる者か、あるいは某を斬ろうとする武士(もののふ)ばかりであったからな。
殺意でもなく恐怖でもなく、興味本位で自ら話しかけてきたのはそなたが初めてであった。
笑われるやもしれんが……某はこの顔になってから初めて、人と話をした気がしたのだ」
ゴホゴホッと、男が咳き込んだ。
何かを吐き出すのにもにたその咳は、男の様態が芳しくないことを如実に伝えていた。
今までそんなそぶりを見せなかったのは、我慢していたのか、あるいは隠していたのか。
どちらにしても、彼女に気付かれた以上は全てが無意味であったという事だが。
「くだらない。私は妖怪で、あなたは人間よ。あなたが感じたのは、ただのまやかしだわ」
そうして、彼女は男の言葉を切って捨てた。
お前が感じたものは幻だと、無意味なものだと、突きつけるように。
それでも―――男は笑った。
カカッと、力なくとも心の底からの、そんないつもの笑みを。
「左様、まやかしよ。そなたは妖怪、そも人ですらない。だがな、娘よ。某はそなたと話せて、こうやって酒を飲み交わせて―――久しぶりに人間に戻れたのだ」
「呆れた。妖怪にでもなったつもり? 顔を失った人間如きが」
「否、某は人にも妖怪にもあらず。生きるためにコレしか道を見出せなんだ、侍とは名ばかりの獣に過ぎん」
カチャリと、腰に差した刀に手を置いた。
抜く気はないと、気配でわかっているからか、文はただ男の言葉に耳を傾けている。
そうして、合点がいった。
どうしてあの時、生きているのに死んでいると感じたのか。
なんてことはない。この男は顔を失ってからずっと、生きたままの死人だったのだ。
人間として生きられぬ。視界は自ら潰し、漆黒の闇の中で永遠と彷徨っている。
生きるために刀を取り、生きるために醜い顔を隠す仮面をつけ、そして生きるために敵を殺し、殺した者達の無念からか肺を病んだ。
目的もない、思いもなければ、思想もない。ただただ、生きようと足掻くだけの、生者の皮をかぶった死人。
そんな男にも、かつて友だった男と、かつて惚れた女が祝言を挙げると、風の噂で耳にした。
何もなかった男に、目的が出来たのはその時だったのだろう。
そうして、ふらふらと生まれ故郷に人知れず戻った男に声をかけたのが―――他でもない、射命丸文という鴉天狗だったのだ。
死人が、生者へと立ち戻った。
十数年ぶりの会話。なんでもない軽口のような、そんな変哲もない言葉。
その言葉が、その会話が、男が心の奥底で、どこかで渇望した人とのふれあいだったのだ。
殺伐とした戦場でも、生きるか死ぬかの殺し合いでもない。
顔を失う以前に、友や女と交えたような―――なんでもない言葉が。
死人だった男を、人間へと戻したのだ。
「某の望みは、友が幸せになったのを知ること、確認すること。それだけで、十分」
「……呆れた。もう相手は忘れてるって、あなた言ってたじゃない」
「然り。だがな、娘よ。それさえ見届けられたならば、某は心置きなくあの世に逝ける」
晴れやかに、男は笑ったのだろう。
それだけ、その言葉は穏やかなもので。
ともすれば子供のようだと、そう感じてしまうほどの純粋さに満ちていた。
「……呆れるわ。理解できないし、したくもないけど」
「カカッ! それでよいのだろうさ、鴉天狗。人間と妖怪、我等はやはりどこかで相容れぬ。
しかしな、娘よ。いつかそなたがこの心を理解できる日が来るのならば、あるいは」
もしかすれば、人間と妖怪が笑って酒を酌み交わす日が来るかも知れぬと、男はそんな言葉をのたまった。
それは、本来ありえぬ未来像。
妖怪は人間を恐れさせ、人間は妖怪を退治する。それこそが、人間と妖怪の、あるべき姿のはずだ。
この一ヶ月のように、文と男のような関係は本来ありえぬ話に他ならない。
「くだらないわね、そんなありえない話は。さようなら、人間。次がない事を祈りなさい」
だから、文はそんな突けはなすような言葉を紡いで、空へと舞い上がった。
次は、妖怪として、鴉天狗として、気まぐれの入り込む余地がない対応をすると、言外にそう告げて。
月明かりだけの空を舞う。うっすらとした明かりの中、彼女は音もなく故郷の山へと進路をとる。
再び眼下を見下ろせば、先ほどまでいた男の小屋と。
そこから少し先、甲冑姿の人間の群れがゾロゾロと歩みを進めていくのが見えた。
進路は、このまま行けば男の小屋を通り、やがてその先の小さな集落に当たることだろう。
大方、怪我をしたものもいるのを見るに、近場の戦場で落ち延びたものたちだと想像するのは容易だった。
このまま、あの集団が小さな集落にたどり着けば何が起こるか。
この戦乱の世だ。たやすく蹂躙されることなど、火を見るより明らかだった。
「残念ね、あなたの望み、叶わないみたいよ」
酷く冷めた言葉を残して、鴉天狗は夜空を駆けた。
元々、文と男の関係などその程度のもの。男が一方的に話しかけ、彼女はただ聞き流す、たったそれだけの関係。
あの集団を止める義理も、男に危険を伝える意味も、彼女にはありはしないのだから。
▼
―――そうして、一夜が明けた。
「……」
いつもどおり、偵察に訪れた文の目には、これまたいつもどおりの集落が目に映った。
予想していた惨事はどこにもない、ただただ一組の男女が人々に祝福されている光景だけが、いつもと違う光景だった。
昨日の集団はどこへ消えたのか。途中で引き返したのか、あるいは別の進路を進み、この集落をそれて進んだのか。
どちらにしても、余りにも……不自然。
ふと、この祝言を見に来ているだろう男の姿を探す。
いつも寄りかかっていた木の陰には、目的の姿はない。
ありえないと、文は思った。
あんなにも友の祝言を活力にしていた男が、今この場にいないなどと不自然にも程があろう。
そう、疑問に思った瞬間。
―――血の匂いが、風に乗って流れてきた。
妖怪の彼女だからこそ感じ取れた、僅かな匂い。
この匂いの場所に、自分の感じていた疑問の全てが詰まっているような気がして。
いつもの大木から飛び降り、匂いのする方角へと彼女は飛んだ。
森の木々の間を縫うように、匂いを頼りに進んでいく。
段々と血の匂いが濃くなる方角へ、ただただまっすぐに。
そうして、たどり着いた場所は、夥しい凄惨な惨状が広がっていた。
昨日見た甲冑を着込んだ男達、その誰も彼もが、物言わぬ骸となって転がり絶命している。
そんな、噎せ返るような血の匂いの中、地獄のような惨状の中で、男は立っていた。
血にまみれた刀を握り、返り血を浴びた衣服と面は元の色がわからぬほどに血で染まりきってしまっている。
「……娘か」
生気のない声。文字通り死人のような、怖気のするような男の声。
音はなく、ただ血の赤を誤魔化すようにひらひらと残酷な紅葉が舞い落ちるのみ。
やがて、男は身を折り、激しく咳き込んだ。
何度も、何度も、内臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど、何度も。
傷だらけの体を折り、膝をついた男の肌は蒼白で、先が長くないことを如実に語っていた。
「馬鹿な男。こんな奴等相手にしなければ、少しは長生きできたでしょうに」
「カカッ! ……あぁ、そうやもしれぬ。だがな鴉天狗、……それは出来ぬ相談よ。それをすれば某は―――心すらも己で殺したことになるではないか」
咳は止まらない。仮面の下では、既に何度も喀血していることは想像するのに難くない。
身を折り、己が体を削り、それでもなお、男は友のためにとこの場で踏みとどまった。
顔をなくし、死人のように彷徨い、それでもなお―――心だけは、人間でありたいと願ったからか。
「娘よ、祝言は……どうだった?」
「……幸せそうだったわよ。暢気で、楽しそうで、呆れるくらいに」
彼女の言葉に、男はなにを思っただろう。
仮面の下に隠れたその表情は、一体どのような顔をしているだろう。
ゆらりと、幽鬼のように男は立ち上がった。
―――「あぁ、よかった」と、今にも泣き出してしまいそうな言葉をこぼして。
「娘よ、最後に頼まれてくれぬか」
そう言葉にしながら、男は腰に差した一本の刀を文に投げ渡した。
鞘に守られた鉄の重みが、ズシリと文の手のひらに圧し掛かる。
一体なにをと問いかける間もなく、男は腰溜めに刀を構えたのを見て……文は、男の真意を悟った気がした。
「正気ですか?」
「あぁ、某はもう長くはない。死ぬのならば……病でではなく、獣としてでもなく、ただの武人として」
立会いの中で、斬られて死にたいと。
人間では彼女に敵わぬ事はわかっている。人間と妖怪との差は、それほどまでに大きく隔たっている。
それでも、病でいつ死ぬかも知れぬというのならば。
「迷惑な話ですね。自殺に妖怪を使いますか」
「耳が……痛いな。返す言葉も、無い」
息も絶え絶えで、今も咳き込んでは倒れてしまいそうな男。
それでも、彼は立っている。刀を鞘に収めたまま、居合い抜きをするような態勢のまま。
小さく、彼女は息を吐く。
諦めだったのか、あるいは達観か。
どちらにしても、面倒な奴に絡まれたと感じたのは、間違いなかっただろうが。
「いいでしょう」
それでも、文は了承した。
カチャリと、鍔鳴りの音がなる。
偶然か、構えは男と同じ居合い抜きの構え。
鴉天狗とは、そもそも剣術の達人とされる種族である。かの牛若丸に剣術を教えたのも、鞍馬山の鴉天狗だとされるほどだ。
その例に漏れず、文も剣術は心得ている。
噎せ返るような血溜りの中、男と女が向き合っている。
ひらひらと舞い落ちる紅葉だけが、二人の視界で動く唯一のものとなる。
無音の世界、静まる心。あれだけ咳き込んでいた男の咳も、今だけはピタリとやんだ。
そうして、一陣の風が吹いた。
まるでそれが合図であったかのように、二人は一斉に踏み込んだ。
鞘走りで加速され、抜き放たれた剣閃が交差する。
キィンッと、甲高い音と共に文の刃で男の刀を断ち斬られて宙を舞った。
バシャリと吹き上がる血潮。袈裟に両断された男の体。
抜き放たれ、切っ先をなくした男の刃は、文の長い髪を僅かに掠め。
勝負は、刹那の時を持って幕を下ろした。
ガリガリガリと、一本歯の下駄が地面を削り、彼女の体を減速させる。
背後で、ドチャリと重く湿った音が聞こえて、それでも振り向かぬまま文は刀を鞘に戻した。
あまりの抜き身の速さに刀には一滴の血もつかぬまま、彼女の刃は再び鞘に収められた。
そうして、ようやく彼女は振り向いた。
真っ二つに体を断たれ、それでもクツクツと笑う男の方に。
「で、これで満足ですか?」
「あ……ぁ、すま……な、かった……なぁ」
「謝るぐらいなら最初から頼まないの。いい迷惑だわ」
やれやれと、呆れたように彼女はため息をつく。
男の知る文の表情に、「違いない」と呟いた言葉が、はたして彼女に聞こえていただろうか。
ひらりひらりと、舞い落ちる紅葉が男を埋めていく様が、文に棺桶のようだと思わせて。
「その刀は、……礼だ。持っていけ」
「……まぁ、イイですけど。それで、未練はありませんか? 化けて出られたらたまったもんじゃないんで」
少女の言葉に、男はなにを思っただろう。
ただ、いつものように。
カカッと、彼は笑って。
「未練はない! 悔いもない! 見よ、鴉天狗! 俺は病に敗れたのではない!! 獣としてではなく武人として、俺は、そなたに……―――」
俺は、そなたに敗れたのだ。
そう、ついぞ言い終えることも出来ぬまま、男は息を引き取った。
ザァッと、風が遠くの紅葉を運んできて、男の体をうめていく。
ため息をつき、つかつかと文は男に歩み寄る。
すっかり真っ赤に染まってしまった仮面に手をかけて、そっと、仮面をはがした。
「……なにを笑ってるんだか」
その言葉に、どんな感情が宿っていたのだろう。
自分自身、よくわからない感情を抱きながら、ふと、肩口で切り裂かれた一房の髪が目に入った。
男は、満足そうに笑っている。そんな彼を見下ろしながら、文は刀を抜き、残っていた髪を肩口でばっさりと切り落とす。
ザァッと、切られた髪が風に乗って流れていくのにも、目もくれない。
ただ静かに、誰にも看取られぬ男の最後を、目に焼き付けるように。
「誇りなさい人間。あなたは最後まで武人であり……その刃、しかと私に届いていたわ」
▼
「とまぁ、そんなことがあったわけですよ」
カチャリと、文は抜き身の刀を鞘に戻す。
そんな彼女の様子にか、それとも話の内容にか、珍しく巫女がぽかんとしているのを見て、なんかまずいこと言っただろうかと首をかしげた。
「文に、彼氏がいた!?」
「いや、違いますから」
全否定だった。しかも即答。
一体、霊夢は彼女にどんな反応を期待していたというのやら、舌打ちして「つまんないわね」と吐き捨ててズズーッと茶をすする。
「大体、どこの世界に彼氏真っ二つにする乙女がいますか」
「いや、あんたなら平気な顔でやりそうだわ。幽香と同類っぽいし」
「人をドSの筆頭みたいに言うのやめて頂戴!? ていうか。人をどういう目で見てるのよ!?」
「うーん……へたれS?」
「へたれ!?」
思わずその場に突っ伏した文にはたしてどれほどの非があっただろう。
対称的に、巫女は鴉天狗を弄れてほんわか満面の笑顔である。
この場合、一体どっちがドSなのやら。一見して明らかな気がするが、それはさておき。
「で、実際はどう思ってたのよ?」
「別になんとも思ってないわよ。第一、まともに話したのも全部纏めて二日程度だし、そのころは私も人間見下してたからね。
でもまぁ……あれがきっかけで、人間に興味を持つようになったわけだけど」
あの時、あの男に会わなければ、彼女は人間に興味を示さなかっただろう。
いいように自分を振り回し、壮絶な最期を遂げた、名も知らぬ男。
残ったのは人間への興味と、この刀ぐらいのものか。
「そうなんだ」
「そうなのよ」
人間に興味を持ち始め、多くの出会いと別れがあった。
新聞と言う転職にめぐり合い、偵察はいつしか人々の記録をとり続ける日々へと取って代わった。
誰かが笑っていることが、楽しいと知った。
誰かにも、譲れぬ何かがあると知った。
一度失っても、取り戻せるものがあると知った。
だから、その出会いにだけは、価値があったのだと、そう思うから。
「そんじゃ、そいつには感謝しないとね。この馬鹿が、いつもここに来てくれるのは、多分そいつのおかげだろうし」
「……へ?」
背筋をんーッと伸ばしながら言った巫女の言葉に、文が目をきょとんとさせた。
さーって、メシメシといいながら奥に引っ込もうとする霊夢の耳は、ほんのりと赤い。
先ほどの言葉の意味が、だんだんと脳に染み渡ってくる。
文が完全に理解して、顔が茹蛸みたいに真っ赤になるのはすぐのことだった。
「ちょ、霊夢! 今の言葉、もう一回言って!?」
「だぁぁぁもう、言うか馬鹿! 帰れパパラッチ!!」
「いいえ、帰りません! もう一度聞くまで帰りませんよ!」
どたばたと喧しくなる博麗神社。
これもまた、彼女たちにはなくてはならない日常の一コマである。
その内、ここに魔法使いやら妖怪やらが集まって今以上に騒がしくなるに違いない。
少女たちは笑いあっている。
人と妖怪の溝を越えて、楽しそうに、幸せそうに。
文があの日聞いた様に、人間と妖怪が笑いあって酒を飲み交わせるそんな時代で。
これからも応援させていただきます。
流血表情タグも不快な凄惨さは無く、小気味良いテンポに最後まで一息で読めました。
いつものノリも好きですが、こういうのも大好きです。
次もまた期待しています。
目も鼻も、口すらもない白面の男。 そなたの生き様、しかと見届けた。
オリキャラが出てても全然気にならないくらい素晴らしいお話でした。
長かったかもしれませんが、苦にならないほど面白かったです。
さりげない、あやれいむもありがとうございました。
オリキャラに違和感を感じさせられなかったのが素晴らしかったです。
あと、一箇所だけ誤字と思われる部分が…「新聞と言う転職」→「天職」かな?
男の刀を断ち斬られて→男の刀が断ち斬られて
文と霊夢の友情恋慕どっち付かず離れずな距離感も素晴らしい
あと、あやれいむは我が青春の風
文も男も素敵でした