この日、レミリア・スカーレットは、親友であるパチュリー・ノーレッジの部屋へと向かった。扉の前で行ったり来たりをすること数十往復。ドアハンドルに手を掛けて躊躇すること数十分。遠巻きで心配そうに自分を見守る妖精メイドに、大丈夫だと微笑み返し、汗で滑るハンドルを握り締めると、意を決して全力で扉を開放した。
「パチェ! 聞きたいことがあるんだ!!」
書斎の椅子に座り、背を向けていたパチュリーは、レミリアが言い終わると同時にゆっくりと椅子を回転させ、呆れた顔を親友に向けた。
「そんな大きな声で言わなくても聞こえているわよ。って言うか、用があるならさっさと入ってきなさい」
「来たのがわかっていたなら声ぐらい掛けろ。いや、それより、だ。実は少し気になることがあって……」
珍しく真剣な表情の親友を目にしたパチュリーは、両手に持っていた分厚い魔導書を閉じると、椅子から立ち上がった。
「何かしら?」
「「%p&(′・ω・`)#@♭*」ってどういう意味かわかる?」
「え?」
「だから、「%p&(′・ω・`)#@♭*」」
パチェリーは眼を閉じて、先程のレミリアの「音(おん)」を頭の中で繰り返す。
「ごめん……全然意味がわからないんだけど。レミィが何をしたいのかも」
こめかみに手を当てると、パチュリーは大きくため息を吐き、再び椅子に腰を下ろす。神妙な顔をする親友を心配し、何事かと聞いてみれば、突然の意味不明な言葉。パチュリーにしてみれば、研究を中断してまで心配したのはなんなんだという気分だ。
「とにかく、落ち着いて。何があったか教えてちょうだい」
小悪魔にレミリアが全開にした扉を閉めさせた後、お茶を煎れてくるよう依頼し、レミリアには自分の隣にある椅子を勧める。レミリアは出された紅茶を三口程飲んだところで、事の顛末を話し始めた。
昨日の夜、レミリアはいつものようにフランドールを誘いお茶を飲んでいた。唯一異なるのは、その場所がテラスではなく城壁の外であること。現在テラスが修復中の為に使用不可能となり、代りに咲夜が「眺めがよい」という理由で、博麗神社に近い小高い丘にお茶の準備をした。
その日は珍しく静かな夜だった。咲夜が傍を離れるこの時間、ちょっとした言葉の応酬や実力行使は、二人にとって日常の一部みたいなものになっていたが、今は特に何をするでもなく、何を話すでもない。ただ、時間だけが流れている。
レミリアは紅茶を一口飲み、正面に座る妹を見る。フランドールもレミリアと同様に、眼を伏せながら静かに紅茶を飲んでいた。そんな穏やかな妹の様子を見て、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない、とレミリアは思う。
前回の喧嘩では、咲夜に二人揃って呼び出され、注意された。主に自分が矢面に引きずり出されたので、抗議したら「お嬢様はお姉さまでしょう?」と理不尽な、けれど痛いところをついてきた。おまけに翼も痛かった。どうせこの子は手加減したんだろうが、結構な火焔で片翼を焦がしてくれた。紅魔館を庇っての名誉の負傷……と思いたい。やけに楽しそうだったから、いいけどな、別に。ちょっと、熱かったけど……。
レミリアは既に治癒している片翼を少し動かすと、白い陶器に添えられているフランドールの右手に視線を移し、それからそっと目を伏せた。
お互い無言のまま、時間の感覚もなくなりかけた頃、遠くから朝焼けを予感させる烏の声が耳に届き、レミリアはゆっくりと顔をあげる。その時、ちょうどフランドールと目があった。
「で、暫く私を見た後、さっきの言葉を口にしたんだよ。「なんだ?」って聞いたら、どこかの世界の言葉だって」
「言葉ね……。でも、幻想郷ってひとつの共通言語で括られているじゃない? だとしたら、それは外界の言葉でしょうけれど、外から来た連中も幻想郷に入り込んだ瞬間にここのシステムに組み込まれるから、わからない、なんてことはないはずだけれど」
「システム?」
「言葉の違いは事実としてあっても、意思疎通したいという意志がそれを捻じ曲げるらしいの。だから、どの言語体系でも「言葉」としての機能があるなら、幻想郷においては誰もがそれを理解できるようになっているのよ」
「でも、私にはあの子の言葉がさっぱりわからなかった」
「あなたが音でしか認識できないのは、あなたに伝える意志が妹様にないということかしら」
「音だけでもパチェならわからない?」
「わかるわよ。システムが機能しなくても、記号を解読すればいいのだから。でも、さっきの音は私にはまったく馴染みのないものだったわ。だとすると、レミィがちゃんと音を聞き取れていない可能性が大きいと思うのだけれど」
「う~む。そう言われると一度しか聞いていないから自信がない。若干……1、2度程、音がずれているか、飛んでいるのかもしれない」
「妹様に直接聞けばいい話でしょう?」
「聞いたさ……「ご機嫌いかが」という挨拶だそうだよ」
「だったら、改めて私に聞かなくてもいいじゃない。そういう意味なんだから」
「それはない」
「何故?」
「姉の勘」
「あのねぇ……」
結局、その後レミリアがフランドールに問い質すも、いつものようにはぐらかされて、うやむやのうちにお開きになったのだという。漸く事情が呑み込めたパチュリーは、どうしたものかと思案する。
「そう言われても、正しい綴りか音がわからないと、私も答えようがないのよ。もう少しまともな情報を収集してきてちょうだい。でも、レミィ。それを聞いてどうするの?」
「どうもしないよ。あの子が私のいないところで、私のことを「あいつ」呼ばわりしているのは知っているし、それだって自由にさせている。ただ、あの子が何を言っているのかわからないのが不安なんだよ。どんな結果だとしても、事実だけは知っておきたいじゃないか」
「で、意味を聞いて、ショックを受けて落ち込むのよね」
レミリアに対し、既に行動パターンが読めてしまうパチュリーは、先ほどとは別の意味で頭を悩ませ、再び額に手を置いた。どうしようもない姉馬鹿で、そのことにレミリアが自覚していないのは、パチュリーも重々承知していた。それは妹が地下から出られるようになってからも、変わらないらしい。レミリアは、すでに自身の翼を心持ち垂らしている。パチュリーはそれに気付くと、どうにか取り成そうと声を掛ける。
「ともかく、もう少し手掛かりが欲しいわね。もしかしたら、本当に「ご機嫌いかが」かもしれないし」
「だといいけれどね。でも、お茶を飲んだ後にいきなり言うのも不自然じゃないか」
「そうね。レミィの言うように違う意味があるのかもしれないけれど」
「だよな……死ねとか、嫌いとか……甲斐性なしとか……」
「「死ね」は流石にないと思うけれど。言われたことがあるの?」
「ないけど。「殺してほしい?」は言われたことがあるな」
「それは昔の頃の話でしょう? ねぇ、レミィ。能天気なのがあなたの取り得じゃない。あまり悪い方向に考えないで。妹様が素直じゃないことを思えば、「ごちそうさま」かもしれないし「おやすみ」かもしれないわ」
「永遠に、が付いていたかもよ?」
レミリアはどんよりとパチュリーに笑いかける。
「それは……妹様なら言いかねないけれど」
そこは否定しないんだな……、というレミリアの呟きは、パチュリーには届かなかった。しかし、基本的にはレミリアの良き友人である魔法使いは力強く言いきる。
「とにかく! レミィはどこかの閻魔みたく白黒はっきりつけたいんでしょう? だったら、もう一度その音を正しく頭に焼きつけてくるしかないわ。そうしてくれたら、私も調べてあげられるから。落ち込むのはそれからよ。その方がずっと有意義な時間の使い方だと思うわ。これからお茶の時間なんでしょう?」
「あぁ……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レミリアは、正面に座り静かに紅茶を飲んでいるフランドールを見る。
確かに、昔に比べこの子は変わった、と思う。泣き顔さえ見たことがなかったが、此処にきて、ようやく笑顔らしきものが見られるようになった。他者との交流もある。ずっと望んでいた、喜ばしい変化だった。それでも、この先、運命はいくらでも分岐していることを、自分だけは知っている。今居る場所は、気を抜けば簡単に道を踏み外してしまう、そんな心許ない道程の一部にすぎない。だから、あの言葉の内実を確かめたかった。それはやはり、罵詈雑言かもしれないし、ただの言葉遊びなのかもしれない。けれど、そうじゃなかったら? 元気でいい子に暴れまわっていた子供が、急に大人しくなったと思ったら、意味不明なことを言う。親だったら不安に思わない方がどうかしている。自分は姉だが。もしかしたら、病気かもしれないし、誰かに虐められたのかもしれない。何か悲しい事があったのかもしれないじゃないか。
レミリアは手に持っていたカップをソーサーに置き、テラスの先にある石垣の遥か先。何処か遠くを見ているフランドールの視線を辿る。そこには、何もない。月も星も、美しい花もなく、夜に生きる動物もいない。目の前に広がるのは暗闇に溶け込む荒野ばかりで、およそ生命や輝きを感じられるものは何ひとつ存在しない。
だから、ただ、知りたかった。瞳に映るその光景を。
「フラン……」
「ん?」
「昨晩の外界の言葉、もう一度聞かせてくれないか」
「どうしたの、急に?」
「聞き取れなかったから、もう一度聞きたいだけだよ」
「……」
無言のままのフランドールに、レミリアは溜息を吐く。
「それに、挨拶だと言うのなら、それを返すのが礼儀だしな」
「喧嘩を売られたら、売り返すみたいに?」
「まぁ、そうだ。なんて言うんだ?」
「……忘れたよ」
「忘れた?」
「幻想郷じゃない、此処以外の、遠い世界の言葉だったからね。私も一度聞いただけだし。だから忘れた」
「そうか……誰かに教えてもらったんだな……」
レミリアが嬉しそうにフランドールを見る。
フランドールはそんなレミリアから目線を外すが、レミリアは別段気にするふうでもなく「誰なんだ?」と続けて問う。
「さぁ、誰だろうね?」
「何だよ。隠す事でもないだろう?」
「そんなのどうでもいいじゃない。お姉さまにとって意味ある言葉とも思えない。だったら聞くだけ無駄なんじゃない?」
「……無駄なんかじゃないさ」
「へぇ? 言っておくけれど、「%p(´・ω・`)&#@♭*」じゃないから」
「お、お前聞いて……」
「最初だけね。あぁ、盗み聞きなんて悪趣味なことはしてないよ。図書室の前を通りかかったら、たまたま聞こえてきただけだから。内緒話をしたいのなら、扉は全開にしておかない方がいいと思うな。お姉さま」
「――今度からはそうするよ。それよりお前、忘れたとか言っておきながら、しっかり覚えているじゃないか」
「今、思い出したんだよ。で、また忘れた」
あからさまな嘘を悪びれもせず口にする妹を、レミリアは苦々しく見やる。フランドールはそんな姉に気が付くと、身を乗り出した。怪訝な顔をするレミリアに構わず、二人の間に置かれたテーブルに両手を着いて、顔を近付けると、笑顔でそっと耳打ちする。
「お姉さまの分のお菓子も食べたいなぁ。食べさせてくれたら、思い出すかも」
「……本当だろうな」
「言ってるじゃない。「かも」て」
「このっ!」
「あはっ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
爆音の音が響き渡り、正門で立哨していた美鈴は、部下と共にその音の方向に顔を向ける。目線の先には、煙を巻き上げながら、一部崩壊しているテラスがあった。
「あぁ、今日もお静かだと思ったら、やっぱり始まってしまいましたね」
隣にいる部下が、心配そうに美鈴に話しかけてきた。
「いいんじゃない? どうせ本気じゃないんだし。妹様は何だか楽しそうだし」
「隊長はいいんですか?」
「何が?」
「お嬢様にお仕えしているんですよね」
「そう。でもお嬢様至上主義でもない。全ては雰囲気よ。大事なのは雰囲気」
「雰囲気ですか」
「険悪そうに見えて、全然そうじゃないからいいの。じゃなきゃ、毎晩一緒にお茶を飲んだりしないって」
言い終ると、美鈴は一つ大きなあくびをして背筋を伸ばした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その翌日の夜、咲夜は主の部屋の扉を二度叩いた。
主からの返事を確認すると、声を掛け、扉を開く。
「おはようございます。お嬢様」
「あぁ。おはよう咲夜」
レミリアは既に着替えを終え、ソファの背もたれに肘を預け、腰かけていた。そのすぐ側までいくと、咲夜は若干、面白がる口調でレミリアに話しかける。
「ご機嫌が優れないようですね。昨晩の爆音は、私の部屋にまで届きましたものね」
「あぁ、いろんな意味で最悪だ。いや、……ひとつ、良いこともあったか」
「どのような?」
「あの子に友人がいるらしいんだ」
ソファから体を起こし、自慢げに言った後、「「誰か」は教えてくれなかったけれどな」、と肩を竦めるレミリアに咲夜は微笑む。
「良いではありませんか。そのうち、紹介してくださいますよ。その方に先を越されてしまったのは残念ですが」
「なんだ、お前。フランの友人になりたいのか?」
「ええ。フランドール様とは話が合うのです。お互い好きなものも似ていますしね」
咲夜の言葉にレミリアは敏感に反応する。
「あの子の好きなもの? なに?」
「ところで、お伝えしなければならないことがあるのですが」
「……教える気がないなら話題に出すなよ。気になるじゃないか。で、なんだ?」
「申し訳ありませんが、昨晩の後片付けに追われ、本日のお菓子はご用意しておりませんので、ご了承ください」
これは罰ゲーム的な意味で恒例のこと。なので、レミリアとしても予想していたことではあったが、それでも呻き声が漏れた。そんな主を咲夜は可笑しそうに見つめると、枕元に置いてある、簡易に畳まれた夜着を回収する。
「咲夜……どうせ他の連中の為には作るんだろう? パチュリーも美鈴も、お前の作るお菓子は絶品だと誉めていたよ」
「ふふ。それは嬉しい知らせですね」
「二人だけじゃなくて、フランもね。お前の作るお菓子が好きみたいだよ。果ては妖精メイドに至るまで。おかげ様で罰ゲームの当日は、品名から感想まで、嫌っていうほど聞かされている。妖精達はともかく、あの二人に関しては嫌がらせも含まれているがな」
「それは申し訳ないことを致しました」
「まったくだ。代りに咲夜」
「はい」
「良いお茶の葉をアリスからもらったんだ。それを今日は出してもらえないかな。館にいる他の連中にも」
「よろしいのですか?」
「ものがいいからね。フランと二人でちびちび飲んで、香りが薄れたらもったいない。紅魔館全員で使い切るのにちょうどいい量だと思う。あぁ、あの二人は寝ているかもしれないから、明日の朝。私が自慢した後にでも煎れてやるといい」
「かしこまりました」
微笑みながら咲夜は軽くお辞儀をする。レミリアが館の住人から慕われているのは、こういう些細な労りにあるのだろう、と思う。
「「吸血鬼」らしくないよね。お姉さまは」
フランドールの呆れたような口調を思い出す。
「知ってる? お姉さまがいつも神社に行く理由。霊夢が好きなだけじゃなくて、お姉さまは、元々あの場所が好きなんだよ」
「桜ですね」
「そう。桜は里にも山にもあるけれど、お姉さまの桜はあの場所にしか咲いていない。だから、あの場所にしか行かない」
「桜が好きで、人間が好き。紅茶も、甘いお菓子も大好き。好きなものが多いですね。お嬢様は」
「そうそう。そんなところも「吸血鬼」のイメージからは程遠いんだよ。冷酷非道で残虐で、全てを恐怖で支配するってキャッチフレーズは、お姉さまだけには当てはまらないな」
「確かに」
咲夜が短く答えると同時に、二人で小さく笑いあった。
咲夜は、身なりを整えているレミリアの背後に控える。
冷酷非道どころか、とその後ろ姿を目にしながら思う。
妹や住人をとても大切にしているこの吸血鬼なら、たとえ最悪の侵入者が来たとしても、我々を押し退け、先鋒で悠然と構えているに違いない。おそらく、美鈴が止めるのも聞かずに。
(――自分が、彼女を殺しに来た時のように)
かつての出会いを思い出し、咲夜は笑みが零れる口元を、そっと片手で隠した。
「それでは行こうか」
暫くしてレミリアは振り返り、咲夜を促しながら廊下へ出る。レミリアに続いて廊下に出た咲夜が扉を閉めようとした時、室内の小窓が未だ閉じられているのに気が付いた。咲夜は時を止めて足早に窓際へと近づくと、固く閉ざされていた小窓を開く。そして、レミリアとフランドールのお茶会を思い、吸血鬼達の為に空を仰いだ。その時、向かいの尖塔の上で、自分と同じように夜空を見上げている影に気が付いた。咲夜は短く何かを呟くと、微笑みながら踵を返し、扉を閉めた。
残された部屋には、雲間から溢れた光が射し込み、焔が灯されたばかりの薄暗い部屋を柔らかく照らしていた。
「咲夜」
「はい」
渡り廊下の途中、レミリアは背後に控えている咲夜を一瞥すると、歩きながら声を掛ける。
「さっき……なんて言ったんだ?」
「本日のオヤツはご用意しておりません」
「あ……いや、そうじゃなくて。その後。私が部屋を出た直後だよ。時を止めたんだろ。おまえの声が遠くに聞こえた」
微かな呟きが、扉を隔てたレミリアの耳にまで届いていた事に、咲夜は少なからず驚かされた。
「実はちょっと聞き覚えのある音なんだ。もしかして、フランにも教えた?」
「ええ。図書室にご一緒した時に、尋ねられましたので」
「……なんて意味なんだ?」
ほぼ同じ刻、廊下を歩いていたパチュリーは、レミィの夜着を手に、一人廊下に立ち尽くしている咲夜を認め、声を掛ける。
「咲夜? 今そこで身体能力全開にして、猛ダッシュしているレミィとすれ違ったんだけれど。何かあったの? 何で走ってんの?」
「いえ、外界の言葉をお伝えしただけですが……」
「あぁ、やっぱり咲夜だったの」
目線で問いかけてくる咲夜に気付き、パチュリーは簡単に説明する。
「昨晩の姉妹喧嘩の原因。後で話すわ。それより、その外界語。正しくはどんな発音なの?」
「「%p(′・ω・`)&#@♭*」です――って、どうされました? 発作ですか?」
突然、地面に突っ伏したパチュリーを心配し、顔を覗きこんできた咲夜に、パチュリーはなんでもないわ、と言いながら顎を伝っている血を拭う。そして、ふらりと立ち上がった。
「ちょっとね。自分の無知を思い知らされて、衝撃を受けていただけよ……初めて聞く音だったわ。外界の言語についてもある程度は、網羅したと思っていたのだけれど。辺境で使われている言葉なのかしら」
「えぇ、知っている方が稀なのでは」
「未知のものが気になりますか」と、笑いながら言う咲夜に、「まあね」と、パチュリーは返す。脳裏には、昨晩の自分の失態が再生されていた。
ごめん、レミィ。まさか、あなたの発音が正しかったなんて……今日は私が取っておいた、咲夜特製のオヤツをあげるから、それで許して。
そう心の中で謝罪する。そして、純粋に未知の言葉に対する興味がわいてきた。
パチュリーに断りを入れ、レミリアを追うために咲夜が時を止める間際、その後ろ姿に問い掛ける。
「その言葉の意味は?」
咲夜は振り返り、微笑みながら答えを返した。
「「全てが美しい」という意味ですよ」
「パチェ! 聞きたいことがあるんだ!!」
書斎の椅子に座り、背を向けていたパチュリーは、レミリアが言い終わると同時にゆっくりと椅子を回転させ、呆れた顔を親友に向けた。
「そんな大きな声で言わなくても聞こえているわよ。って言うか、用があるならさっさと入ってきなさい」
「来たのがわかっていたなら声ぐらい掛けろ。いや、それより、だ。実は少し気になることがあって……」
珍しく真剣な表情の親友を目にしたパチュリーは、両手に持っていた分厚い魔導書を閉じると、椅子から立ち上がった。
「何かしら?」
「「%p&(′・ω・`)#@♭*」ってどういう意味かわかる?」
「え?」
「だから、「%p&(′・ω・`)#@♭*」」
パチェリーは眼を閉じて、先程のレミリアの「音(おん)」を頭の中で繰り返す。
「ごめん……全然意味がわからないんだけど。レミィが何をしたいのかも」
こめかみに手を当てると、パチュリーは大きくため息を吐き、再び椅子に腰を下ろす。神妙な顔をする親友を心配し、何事かと聞いてみれば、突然の意味不明な言葉。パチュリーにしてみれば、研究を中断してまで心配したのはなんなんだという気分だ。
「とにかく、落ち着いて。何があったか教えてちょうだい」
小悪魔にレミリアが全開にした扉を閉めさせた後、お茶を煎れてくるよう依頼し、レミリアには自分の隣にある椅子を勧める。レミリアは出された紅茶を三口程飲んだところで、事の顛末を話し始めた。
昨日の夜、レミリアはいつものようにフランドールを誘いお茶を飲んでいた。唯一異なるのは、その場所がテラスではなく城壁の外であること。現在テラスが修復中の為に使用不可能となり、代りに咲夜が「眺めがよい」という理由で、博麗神社に近い小高い丘にお茶の準備をした。
その日は珍しく静かな夜だった。咲夜が傍を離れるこの時間、ちょっとした言葉の応酬や実力行使は、二人にとって日常の一部みたいなものになっていたが、今は特に何をするでもなく、何を話すでもない。ただ、時間だけが流れている。
レミリアは紅茶を一口飲み、正面に座る妹を見る。フランドールもレミリアと同様に、眼を伏せながら静かに紅茶を飲んでいた。そんな穏やかな妹の様子を見て、たまにはこんな日があってもいいのかもしれない、とレミリアは思う。
前回の喧嘩では、咲夜に二人揃って呼び出され、注意された。主に自分が矢面に引きずり出されたので、抗議したら「お嬢様はお姉さまでしょう?」と理不尽な、けれど痛いところをついてきた。おまけに翼も痛かった。どうせこの子は手加減したんだろうが、結構な火焔で片翼を焦がしてくれた。紅魔館を庇っての名誉の負傷……と思いたい。やけに楽しそうだったから、いいけどな、別に。ちょっと、熱かったけど……。
レミリアは既に治癒している片翼を少し動かすと、白い陶器に添えられているフランドールの右手に視線を移し、それからそっと目を伏せた。
お互い無言のまま、時間の感覚もなくなりかけた頃、遠くから朝焼けを予感させる烏の声が耳に届き、レミリアはゆっくりと顔をあげる。その時、ちょうどフランドールと目があった。
「で、暫く私を見た後、さっきの言葉を口にしたんだよ。「なんだ?」って聞いたら、どこかの世界の言葉だって」
「言葉ね……。でも、幻想郷ってひとつの共通言語で括られているじゃない? だとしたら、それは外界の言葉でしょうけれど、外から来た連中も幻想郷に入り込んだ瞬間にここのシステムに組み込まれるから、わからない、なんてことはないはずだけれど」
「システム?」
「言葉の違いは事実としてあっても、意思疎通したいという意志がそれを捻じ曲げるらしいの。だから、どの言語体系でも「言葉」としての機能があるなら、幻想郷においては誰もがそれを理解できるようになっているのよ」
「でも、私にはあの子の言葉がさっぱりわからなかった」
「あなたが音でしか認識できないのは、あなたに伝える意志が妹様にないということかしら」
「音だけでもパチェならわからない?」
「わかるわよ。システムが機能しなくても、記号を解読すればいいのだから。でも、さっきの音は私にはまったく馴染みのないものだったわ。だとすると、レミィがちゃんと音を聞き取れていない可能性が大きいと思うのだけれど」
「う~む。そう言われると一度しか聞いていないから自信がない。若干……1、2度程、音がずれているか、飛んでいるのかもしれない」
「妹様に直接聞けばいい話でしょう?」
「聞いたさ……「ご機嫌いかが」という挨拶だそうだよ」
「だったら、改めて私に聞かなくてもいいじゃない。そういう意味なんだから」
「それはない」
「何故?」
「姉の勘」
「あのねぇ……」
結局、その後レミリアがフランドールに問い質すも、いつものようにはぐらかされて、うやむやのうちにお開きになったのだという。漸く事情が呑み込めたパチュリーは、どうしたものかと思案する。
「そう言われても、正しい綴りか音がわからないと、私も答えようがないのよ。もう少しまともな情報を収集してきてちょうだい。でも、レミィ。それを聞いてどうするの?」
「どうもしないよ。あの子が私のいないところで、私のことを「あいつ」呼ばわりしているのは知っているし、それだって自由にさせている。ただ、あの子が何を言っているのかわからないのが不安なんだよ。どんな結果だとしても、事実だけは知っておきたいじゃないか」
「で、意味を聞いて、ショックを受けて落ち込むのよね」
レミリアに対し、既に行動パターンが読めてしまうパチュリーは、先ほどとは別の意味で頭を悩ませ、再び額に手を置いた。どうしようもない姉馬鹿で、そのことにレミリアが自覚していないのは、パチュリーも重々承知していた。それは妹が地下から出られるようになってからも、変わらないらしい。レミリアは、すでに自身の翼を心持ち垂らしている。パチュリーはそれに気付くと、どうにか取り成そうと声を掛ける。
「ともかく、もう少し手掛かりが欲しいわね。もしかしたら、本当に「ご機嫌いかが」かもしれないし」
「だといいけれどね。でも、お茶を飲んだ後にいきなり言うのも不自然じゃないか」
「そうね。レミィの言うように違う意味があるのかもしれないけれど」
「だよな……死ねとか、嫌いとか……甲斐性なしとか……」
「「死ね」は流石にないと思うけれど。言われたことがあるの?」
「ないけど。「殺してほしい?」は言われたことがあるな」
「それは昔の頃の話でしょう? ねぇ、レミィ。能天気なのがあなたの取り得じゃない。あまり悪い方向に考えないで。妹様が素直じゃないことを思えば、「ごちそうさま」かもしれないし「おやすみ」かもしれないわ」
「永遠に、が付いていたかもよ?」
レミリアはどんよりとパチュリーに笑いかける。
「それは……妹様なら言いかねないけれど」
そこは否定しないんだな……、というレミリアの呟きは、パチュリーには届かなかった。しかし、基本的にはレミリアの良き友人である魔法使いは力強く言いきる。
「とにかく! レミィはどこかの閻魔みたく白黒はっきりつけたいんでしょう? だったら、もう一度その音を正しく頭に焼きつけてくるしかないわ。そうしてくれたら、私も調べてあげられるから。落ち込むのはそれからよ。その方がずっと有意義な時間の使い方だと思うわ。これからお茶の時間なんでしょう?」
「あぁ……」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レミリアは、正面に座り静かに紅茶を飲んでいるフランドールを見る。
確かに、昔に比べこの子は変わった、と思う。泣き顔さえ見たことがなかったが、此処にきて、ようやく笑顔らしきものが見られるようになった。他者との交流もある。ずっと望んでいた、喜ばしい変化だった。それでも、この先、運命はいくらでも分岐していることを、自分だけは知っている。今居る場所は、気を抜けば簡単に道を踏み外してしまう、そんな心許ない道程の一部にすぎない。だから、あの言葉の内実を確かめたかった。それはやはり、罵詈雑言かもしれないし、ただの言葉遊びなのかもしれない。けれど、そうじゃなかったら? 元気でいい子に暴れまわっていた子供が、急に大人しくなったと思ったら、意味不明なことを言う。親だったら不安に思わない方がどうかしている。自分は姉だが。もしかしたら、病気かもしれないし、誰かに虐められたのかもしれない。何か悲しい事があったのかもしれないじゃないか。
レミリアは手に持っていたカップをソーサーに置き、テラスの先にある石垣の遥か先。何処か遠くを見ているフランドールの視線を辿る。そこには、何もない。月も星も、美しい花もなく、夜に生きる動物もいない。目の前に広がるのは暗闇に溶け込む荒野ばかりで、およそ生命や輝きを感じられるものは何ひとつ存在しない。
だから、ただ、知りたかった。瞳に映るその光景を。
「フラン……」
「ん?」
「昨晩の外界の言葉、もう一度聞かせてくれないか」
「どうしたの、急に?」
「聞き取れなかったから、もう一度聞きたいだけだよ」
「……」
無言のままのフランドールに、レミリアは溜息を吐く。
「それに、挨拶だと言うのなら、それを返すのが礼儀だしな」
「喧嘩を売られたら、売り返すみたいに?」
「まぁ、そうだ。なんて言うんだ?」
「……忘れたよ」
「忘れた?」
「幻想郷じゃない、此処以外の、遠い世界の言葉だったからね。私も一度聞いただけだし。だから忘れた」
「そうか……誰かに教えてもらったんだな……」
レミリアが嬉しそうにフランドールを見る。
フランドールはそんなレミリアから目線を外すが、レミリアは別段気にするふうでもなく「誰なんだ?」と続けて問う。
「さぁ、誰だろうね?」
「何だよ。隠す事でもないだろう?」
「そんなのどうでもいいじゃない。お姉さまにとって意味ある言葉とも思えない。だったら聞くだけ無駄なんじゃない?」
「……無駄なんかじゃないさ」
「へぇ? 言っておくけれど、「%p(´・ω・`)&#@♭*」じゃないから」
「お、お前聞いて……」
「最初だけね。あぁ、盗み聞きなんて悪趣味なことはしてないよ。図書室の前を通りかかったら、たまたま聞こえてきただけだから。内緒話をしたいのなら、扉は全開にしておかない方がいいと思うな。お姉さま」
「――今度からはそうするよ。それよりお前、忘れたとか言っておきながら、しっかり覚えているじゃないか」
「今、思い出したんだよ。で、また忘れた」
あからさまな嘘を悪びれもせず口にする妹を、レミリアは苦々しく見やる。フランドールはそんな姉に気が付くと、身を乗り出した。怪訝な顔をするレミリアに構わず、二人の間に置かれたテーブルに両手を着いて、顔を近付けると、笑顔でそっと耳打ちする。
「お姉さまの分のお菓子も食べたいなぁ。食べさせてくれたら、思い出すかも」
「……本当だろうな」
「言ってるじゃない。「かも」て」
「このっ!」
「あはっ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
爆音の音が響き渡り、正門で立哨していた美鈴は、部下と共にその音の方向に顔を向ける。目線の先には、煙を巻き上げながら、一部崩壊しているテラスがあった。
「あぁ、今日もお静かだと思ったら、やっぱり始まってしまいましたね」
隣にいる部下が、心配そうに美鈴に話しかけてきた。
「いいんじゃない? どうせ本気じゃないんだし。妹様は何だか楽しそうだし」
「隊長はいいんですか?」
「何が?」
「お嬢様にお仕えしているんですよね」
「そう。でもお嬢様至上主義でもない。全ては雰囲気よ。大事なのは雰囲気」
「雰囲気ですか」
「険悪そうに見えて、全然そうじゃないからいいの。じゃなきゃ、毎晩一緒にお茶を飲んだりしないって」
言い終ると、美鈴は一つ大きなあくびをして背筋を伸ばした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その翌日の夜、咲夜は主の部屋の扉を二度叩いた。
主からの返事を確認すると、声を掛け、扉を開く。
「おはようございます。お嬢様」
「あぁ。おはよう咲夜」
レミリアは既に着替えを終え、ソファの背もたれに肘を預け、腰かけていた。そのすぐ側までいくと、咲夜は若干、面白がる口調でレミリアに話しかける。
「ご機嫌が優れないようですね。昨晩の爆音は、私の部屋にまで届きましたものね」
「あぁ、いろんな意味で最悪だ。いや、……ひとつ、良いこともあったか」
「どのような?」
「あの子に友人がいるらしいんだ」
ソファから体を起こし、自慢げに言った後、「「誰か」は教えてくれなかったけれどな」、と肩を竦めるレミリアに咲夜は微笑む。
「良いではありませんか。そのうち、紹介してくださいますよ。その方に先を越されてしまったのは残念ですが」
「なんだ、お前。フランの友人になりたいのか?」
「ええ。フランドール様とは話が合うのです。お互い好きなものも似ていますしね」
咲夜の言葉にレミリアは敏感に反応する。
「あの子の好きなもの? なに?」
「ところで、お伝えしなければならないことがあるのですが」
「……教える気がないなら話題に出すなよ。気になるじゃないか。で、なんだ?」
「申し訳ありませんが、昨晩の後片付けに追われ、本日のお菓子はご用意しておりませんので、ご了承ください」
これは罰ゲーム的な意味で恒例のこと。なので、レミリアとしても予想していたことではあったが、それでも呻き声が漏れた。そんな主を咲夜は可笑しそうに見つめると、枕元に置いてある、簡易に畳まれた夜着を回収する。
「咲夜……どうせ他の連中の為には作るんだろう? パチュリーも美鈴も、お前の作るお菓子は絶品だと誉めていたよ」
「ふふ。それは嬉しい知らせですね」
「二人だけじゃなくて、フランもね。お前の作るお菓子が好きみたいだよ。果ては妖精メイドに至るまで。おかげ様で罰ゲームの当日は、品名から感想まで、嫌っていうほど聞かされている。妖精達はともかく、あの二人に関しては嫌がらせも含まれているがな」
「それは申し訳ないことを致しました」
「まったくだ。代りに咲夜」
「はい」
「良いお茶の葉をアリスからもらったんだ。それを今日は出してもらえないかな。館にいる他の連中にも」
「よろしいのですか?」
「ものがいいからね。フランと二人でちびちび飲んで、香りが薄れたらもったいない。紅魔館全員で使い切るのにちょうどいい量だと思う。あぁ、あの二人は寝ているかもしれないから、明日の朝。私が自慢した後にでも煎れてやるといい」
「かしこまりました」
微笑みながら咲夜は軽くお辞儀をする。レミリアが館の住人から慕われているのは、こういう些細な労りにあるのだろう、と思う。
「「吸血鬼」らしくないよね。お姉さまは」
フランドールの呆れたような口調を思い出す。
「知ってる? お姉さまがいつも神社に行く理由。霊夢が好きなだけじゃなくて、お姉さまは、元々あの場所が好きなんだよ」
「桜ですね」
「そう。桜は里にも山にもあるけれど、お姉さまの桜はあの場所にしか咲いていない。だから、あの場所にしか行かない」
「桜が好きで、人間が好き。紅茶も、甘いお菓子も大好き。好きなものが多いですね。お嬢様は」
「そうそう。そんなところも「吸血鬼」のイメージからは程遠いんだよ。冷酷非道で残虐で、全てを恐怖で支配するってキャッチフレーズは、お姉さまだけには当てはまらないな」
「確かに」
咲夜が短く答えると同時に、二人で小さく笑いあった。
咲夜は、身なりを整えているレミリアの背後に控える。
冷酷非道どころか、とその後ろ姿を目にしながら思う。
妹や住人をとても大切にしているこの吸血鬼なら、たとえ最悪の侵入者が来たとしても、我々を押し退け、先鋒で悠然と構えているに違いない。おそらく、美鈴が止めるのも聞かずに。
(――自分が、彼女を殺しに来た時のように)
かつての出会いを思い出し、咲夜は笑みが零れる口元を、そっと片手で隠した。
「それでは行こうか」
暫くしてレミリアは振り返り、咲夜を促しながら廊下へ出る。レミリアに続いて廊下に出た咲夜が扉を閉めようとした時、室内の小窓が未だ閉じられているのに気が付いた。咲夜は時を止めて足早に窓際へと近づくと、固く閉ざされていた小窓を開く。そして、レミリアとフランドールのお茶会を思い、吸血鬼達の為に空を仰いだ。その時、向かいの尖塔の上で、自分と同じように夜空を見上げている影に気が付いた。咲夜は短く何かを呟くと、微笑みながら踵を返し、扉を閉めた。
残された部屋には、雲間から溢れた光が射し込み、焔が灯されたばかりの薄暗い部屋を柔らかく照らしていた。
「咲夜」
「はい」
渡り廊下の途中、レミリアは背後に控えている咲夜を一瞥すると、歩きながら声を掛ける。
「さっき……なんて言ったんだ?」
「本日のオヤツはご用意しておりません」
「あ……いや、そうじゃなくて。その後。私が部屋を出た直後だよ。時を止めたんだろ。おまえの声が遠くに聞こえた」
微かな呟きが、扉を隔てたレミリアの耳にまで届いていた事に、咲夜は少なからず驚かされた。
「実はちょっと聞き覚えのある音なんだ。もしかして、フランにも教えた?」
「ええ。図書室にご一緒した時に、尋ねられましたので」
「……なんて意味なんだ?」
ほぼ同じ刻、廊下を歩いていたパチュリーは、レミィの夜着を手に、一人廊下に立ち尽くしている咲夜を認め、声を掛ける。
「咲夜? 今そこで身体能力全開にして、猛ダッシュしているレミィとすれ違ったんだけれど。何かあったの? 何で走ってんの?」
「いえ、外界の言葉をお伝えしただけですが……」
「あぁ、やっぱり咲夜だったの」
目線で問いかけてくる咲夜に気付き、パチュリーは簡単に説明する。
「昨晩の姉妹喧嘩の原因。後で話すわ。それより、その外界語。正しくはどんな発音なの?」
「「%p(′・ω・`)&#@♭*」です――って、どうされました? 発作ですか?」
突然、地面に突っ伏したパチュリーを心配し、顔を覗きこんできた咲夜に、パチュリーはなんでもないわ、と言いながら顎を伝っている血を拭う。そして、ふらりと立ち上がった。
「ちょっとね。自分の無知を思い知らされて、衝撃を受けていただけよ……初めて聞く音だったわ。外界の言語についてもある程度は、網羅したと思っていたのだけれど。辺境で使われている言葉なのかしら」
「えぇ、知っている方が稀なのでは」
「未知のものが気になりますか」と、笑いながら言う咲夜に、「まあね」と、パチュリーは返す。脳裏には、昨晩の自分の失態が再生されていた。
ごめん、レミィ。まさか、あなたの発音が正しかったなんて……今日は私が取っておいた、咲夜特製のオヤツをあげるから、それで許して。
そう心の中で謝罪する。そして、純粋に未知の言葉に対する興味がわいてきた。
パチュリーに断りを入れ、レミリアを追うために咲夜が時を止める間際、その後ろ姿に問い掛ける。
「その言葉の意味は?」
咲夜は振り返り、微笑みながら答えを返した。
「「全てが美しい」という意味ですよ」
何だかホッとしたw
紅魔館メンバー、それぞれの距離感がとても良かった。
この設定でまた次の作品を期待したいです。