Coolier - 新生・東方創想話

傍にいたい

2011/01/06 18:29:44
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・この作品は他の『ゆかてん幻想郷』ジェネ)タグの作品と繋がっております。時系列的には一番最初のお話です。
・同タグの作品と一緒にお読みになられればよりお楽しみいただけると思います。





暦はそろそろ11月の下旬に入ろうとした頃。
幻想郷も最近は随分と寒くなってきており、もうお茶の間に炬燵を出す家も少なくはない。
ここ八雲家でも炬燵が押入れから引っ張り出され、その魔力ともいうべき暖かさで入る者をみな虜にしていた。

「お風呂上がったわー」
「あら、おかえり。蜜柑食べる?」
「食べる食べる!」

風呂から上がって来た天子も虜にされた一人、紫から差し出された蜜柑を受け取ると炬燵の中に下半身を潜り込ませた。

「はぁ~、冬は寒いけどその分お風呂が気持ち良いわね。それにこの炬燵! これは本当に凄いわ」
「本当ね、思わずこのまま寝入ってしまいそう……」

そう言う紫は頭をこっくりこっくりと上下させ、目を今にも舟をこぎ始めそうであった。
頻繁にまぶたをしばたたきながらも、必死に襲い掛かる睡魔と格闘している、

「あはは、紫今の顔凄い間抜けー」
「この炬燵がいけないのよ、この魔力の前ではいかな大妖もなすすべはないの」
「炬燵で寝ちゃったら風邪引くわよ? ……そう言えば橙と藍は?」
「橙はもうやられてしまったわ。今は藍が布団に寝かせに行ってる」
「あらら」

天子は貰った蜜柑の皮を剥き終えると、口の中に放り込むんだ、噛み締めれば甘酸っぱい果汁が口の中に行き渡る。
暖かい炬燵で美味しい蜜柑、あぁ素晴らしきかな日本の文化。
そうやって天子が夢中になっていると、部屋の戸が開いて藍が入ってきた。

「らーん、お風呂空いたわよー」
「おぉ、そうか。では次は私が……って、紫様、随分眠たそうですね」
「全てはこの炬燵がいけないの。己炬燵目が、大妖怪の威厳を見せてやろうか」
「テンションおかしくなってますよ。布団を敷いてきますからもうお眠りになってはいかがですか?」
「もうそうしようかしら……それじゃ藍、布団を敷いてきて」
「はい、かしこまりました」

紫からの命を受け、再び部屋を出て行く藍。
その会話を聞いて、天子もこの蜜柑を食べ終えればもう帰ろうと考える。
それから特に会話もないままに、天子は蜜柑を食べ終えて席を立つ。炬燵の暖かさが名残惜しいがここは我慢だ。

「私もそろそろ帰るわね、それじゃばいばい紫。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

紫に別れの挨拶をすると部屋を出る。廊下で藍とすれ違い、彼女ともその時に挨拶を済ました。
今にも寝そうな紫の元に、入れ違いで藍がやってくる。

「紫様、お布団敷き終わりました」
「ごくろうさま、それじゃ寝させてもらうわ。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいませ」

欠伸をしながら紫は自室に向かう。
それを見届けると、藍は疲れた身体を癒そうとお風呂場へ向かった。

「それにしても、今年の紫様は中々冬眠しないな」

ついそんな疑問が口に出た。
紫は毎年この頃には冬眠し、春まで起きることはなかった。
こんな時期にまで起きて炬燵で温まるなんて、もしかしたら初めてのことではないだろうか。
それに冬眠前の紫は長い眠りに備えて食い溜めしていたが、今年の食事量は多くもない……いや、寧ろ小食気味か。

「天子がやってきてから、紫様もだいぶ変わられたからな、前より肌のツヤが増したし。もしや冬眠が必要なくなった……?」

精神がもろに体に影響が出る妖怪なら、ありえない話でもない気がする。
紫は天子に対し恋心を抱いている、そのことが紫の体に影響を与えこうなったのだろうか?
まぁなんにせよ、心配することではないだろう。眠くなったら紫本人も冬眠に着くだろうし。
なるようになるか、という結論に行き着くと、藍は衣服を脱ぎだした。



* * *



「ふぅ、さっぱりした」

脱衣所から風呂に入り終わった藍が出てくる。
やり残した仕事はなし、主も式も寝ていることだし、今日はもう寝ようと自室に向かった。
しかし途中である部屋から明かりが漏れていることに気付き、足を止める。

「紫様の部屋?」

もう寝ているだろう主の部屋から漏れる明かり、もしや明かりを消すのを忘れて寝たのだろうか。
もしそうなら蝋燭がもったいない。あの主なら一度寝れば部屋に入っても起きないだろうし、部屋に入って確かめよう。

「紫様、失礼しま」
「ゆかりん、がんばれがんばれ寝るな寝るな絶対寝るながんばれもっと起きれるって!! 起きてられる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだ! そこだ! 諦めんな絶対にがんばれ積極的にポジティブに寝るな寝るな!! 天子だって可愛いんだから!」

藍は襖を閉め、目蓋を押さえた。
なんだろうか、今一瞬鏡に向かってひたすら熱い言葉をかけてる、主の姿が見えたような気がしたが。ただ言ってる内容は意味不明。
多分疲れているのだろう、思えばこの前の結界の更新作業をしてからもゆっくり休んでいない、まさか変な幻覚まで見るほどとは。
明日は急ぎの仕事もないしゆっくり休むべきか、でもその前にやっぱり蝋燭がもったいないので消さないと。
意を決すると、再び藍は紫の部屋の扉を恐る恐ると開けた。

「紫様、失礼しま」
「もっと熱くなれよ……熱い血燃やしてけよ……妖怪熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ! だからこそ、もっと! 熱くなれよおおおおおおおおおおお!!! 寝るな紫いいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「何やってんだあんたー!!?」

幻覚じゃなかった、現実として八雲紫は鏡に映る自分に向かって、必死に寝るな寝るなと叫んでいた。
いやホントになにやってんだ。

「藍っ!? いや、違うの。これは違うのよ」
「違うとかじゃなくて何やってるんですか!?」

慌てて誤魔化そうとする紫の目の下には、滅茶苦茶くっきりとした隈ができていた。真っ黒すぎてそういう化粧にも見える。
更に紫の傍には、藍にも見覚えのある瓶が十本以上転がっていた。
以前徹夜で結界の更新作業をしたときに、「これを飲みなさい、外界で徹夜する人用に作られたドリンクよ」と言われて渡されたのと同じ瓶だ。
ドリンクの名前は眠眠○破、これを飲んだら眠気も吹っ飛んで作業がとてもはかどった。
もしかして、いやもしかしなくても。

「あんた寝るの我慢して冬眠するの防いでたな!!?」
「な、何のことかしら。ゆかりんわかんなーい」
「誤魔化さないでください!」

多分隈は能力を使って隠していたんだろう、全くもって無茶苦茶だ。
冬眠前なのに食事量が少なかったのは、体調不良のため食欲が落ちていたからか。

「あなたもう何徹してるんですか、怒らないから正直に言ってください」
「お、怒らない?」
「怒りませんから、早く答えてください」
「え、えぇと……一週間?」
「寝ろー!!!」
「怒った!?」

そりゃ怒るさ、叫びもするさ。幾らなんでも一週間連続で徹夜なんて正気の沙汰じゃない。
そう言えば最近は、隙間を使ってるところを見かけなかった気がする。きっと限界ギリギリの体調では、使いたくても使えなかったのだろう。
そこまでして起き続ける理由とは何なのか、まぁなんとなく想像できるが。

「だって寝てる間に天子に悪い虫が付かないか心配なんだもーん!」
「やっぱりそれですか……」

案の定、天子が原因だった。
たった一人の少女が、ここまで妖怪の賢者を狂わせてしまうとは。
藍の頭には、大昔にいくつもの王を手玉に取ったことが思い起こされる。どれもこれも王族として民を導く使命を放棄し、酷い有様であった。
だが青春時代の良き思い出に浸ってる暇はない、とっとと主を寝させなければ。
とりあえず布団の中に押し込めればすぐに寝てしまうはずだ。藍は紫の体を引っ張り無理やり布団に寝かしつけようとする。

「ほら、もう寝てください! 悪い虫なんて付きませんから!」
「いやー! 付かなくても寝ないー! 天子とクリスマスにプレゼント交換して、正月にはお年玉上げるんだもーん!!」
「ちょっ……抵抗しない……あいたっ! もう……いい加減にしろコラー!!」
「ぐぎゃぁ!?」

藍の怒りのボディーブローが、紫の鳩尾に突き刺さった。
あえなく崩れ落ちる紫の体を布団に寝かせ、掛け布団をかぶせる。
気絶も睡眠も似たようなものだろう、このまま春まで起きないはずだ。

「むっ、しまった首飾り」

無理矢理寝かれたため、いつも紫が首に掛けている青色の首飾りが付けられたままだ。
天子が付けている、紫色の首飾りとはお揃いの品である。

「……まぁ良いか、寝よう」

今から取り外すのも億劫だ。冬眠中はあまり寝返りを打たないので、首が絞まったりはしないだろう。
とにかく疲れた、一日の最後にこんな仕事が待っているとは思わなんだ。今日はもうさっさと寝てこの疲れを癒そう。
散らかっている空き瓶を回収すると、藍は哀愁を漂わせながら部屋を出て行った。



* * *



「はぁ、冬眠!?」

そして翌日、毎朝弾幕勝負に付き合わせるため紫を毎朝起こしに来る天子に、藍が昨日主が冬眠したことを伝えると、信じられないと言いたげに声を上げた。

「そう、冬眠だ」
「……隙間って冬眠するものなの?」
「それは私でもかなり疑問に思ってることだが、とにかくこの時期、紫様は冬眠するんだ」
「そう言えば最近弾幕ごっこしてる時様子が変だったわね」
「変とは、どんな風にだ?」
「何だかすっごい無理してるような……結局勝てなかったけど」

意地になって、毎日飽きもせず弾幕勝負を挑む天子も天子だが、案外紫も負けないように意地になってるのかもしれない。

「……それってさ、どれくらいまで寝てるの?」
「今までのことを考えれば、春明けぐらいまで寝ているだろうな」
「ながっ、寝すぎでしょ」
「それはまぁ、冬眠だからな」
「はぁー、冬眠……」

そう呟いたきり、天子はポカンと口を開けて玄関で立ち尽くしていた。
いきなり仲の良い友達が冬眠で春先まで会えない、などという予想外のことに、若干頭が追いついていないようだ。

「……とりあえずそこに立っているのもなんだ、朝食は食べていくか?」
「あっ、うん、食べていくわ」

ボーっとする天子を招きいれ朝食の準備を終わらせると、藍と橙と天子は三人で食事を始めた。
食べている間も、天子は心ここにあらずという感じだ。
いつもならば注意されようが話しながら食べているのに、今日に限ってはただ口をもしゃもしゃとさせるだけ。時たま紫と御揃いの首飾りを手で弄くってる。

「天子、元気ないけど大丈夫?」
「へっ!? あ、いやなんでもないわよ、ホラ元気元気!」

思わず橙が心配して天子に声を掛ける。慌てて天子は無理矢理気持ちを盛り上げると、ご飯を口に中にかきこんだ。
しかし今度は喉を詰まらせ、苦しそうに喉を抑えた。

「わ! わ! 天子これお茶!」
「ん……んん! …………プハァー! た、助かった……」
「全然大丈夫じゃないようだな、そんなに紫様の冬眠がショックだったか」
「大丈夫だよ天子。私も初めて紫様が冬眠した時は驚いたけど、ちゃんと春になれば起きてくれるよ?」
「……そうじゃないのよ、私ってさ、なんだかんだでそのー……紫と一番仲良いのよね、その紫と春まで話せないってのは、こうなんかね……」

春まであと四ヶ月ほど、それまで紫とは言葉すら交わせない。

「なんか……胸がちょっと苦しい……?」

それを聞いて藍と橙は天子の気持ちを察する。
程度はともかく二人がわからない筈がないのだ、彼女らだって同じなのだから。
寂しいのだ、いつも胡散臭いながら優しい人物と、しばらく会えなくなって。

「紫がいないと暇が増えるわねー……あはは、でも新しいことでもしてみようかしら」
「……だったら天子、料理でも始めてみる気はないか?」
「えっ?」

では紫本人はどうなのだろうか。
冬の間誰とも関わることもできず、ただ寝ることしかできない紫は

「なんでいきなり料理?」
「いやな、紫様は春まで寝ているわけだ、食事も取らずにただひたすら、するとどうなると思う?」
「……お腹が空く?」
「そう、その通りだ」

藍は昨日の主の姿を思い出す。
紫は冬眠するのを拒んでいた、嫌がっていた。

「寝っぱなしでも腹は空く、起きた直後なんて栄養を求めてフラフラの状態なんだ。その為凄い量の食事を取る」
「紫様がお目覚めになったら、私と藍様で一杯料理作るんだよ!」

藍は紫のことを尊敬している、幻想郷を愛し守っている彼女の事を。
その主と、主の想い人が悲しんでいては、黙って見てはいられなかった。

「お腹一杯に食べた美味しい料理が、実は天子が作ったものだと知れば紫様はたいそう驚くだろうさ」

だからこそ藍は一計を案じた。

「どうだ、紫様の鼻を明かせてみないか?」

あの主は、天子が自分の為に用意した料理だと知ったら喜ぶし、天子は寂しさを紛らわせるだろう。
きっと悪いことにはなりはしない。

「……中々面白そうじゃないの」

藍からの提案を聞いた天子は、楽しげに笑った。



* * *



「第一回! 紫の鼻を明かそう、お料理練習会開始ー!!」
「わーい!」

その日の、昼前天子は早速料理の練習を開始した。
隣で橙が手をパチパチ叩いている。

「本日は指導役に、八雲藍先生をお呼びしましたー!」
「わー、わー!」
「今日だけじゃなく、ずっと私の予定だがな」

それにしても随分とノリノリだ。

「それではまず、料理を始める前に」
「前に!」
「前に!」
「その帽子邪魔だから外しなさい」
「はい……」

出鼻を挫かれたか、天子のテンションが大幅に下がった。

「それと天子は髪が長いからまとめるべきだ、これで髪を束ねてくれ」
「何これ?」

藍から渡されたのは、ドーナツ状の布。
ピンク色をしたそれは、中にゴムが入っているのか伸び縮みする。

「シュシュと言う、髪を束ねたり腕輪にしてみたり、まぁ色々できる物だ」
「色々あるのねぇ……っと、こんなもんかしら」

蒼い髪をシュシュで束ねて、ポニーテールにすると軽く頭を振ってみる。
ただ髪を束ねただけだが、髪の揺れる感覚が少し違い新鮮な気分だ。

「それじゃ今度はエプロンを着けようか。その次は手を洗う、口に入るものだ、汚い手で扱ってはいけないからな」
「はいはーい……どう? ちゃんと紐結べてる?」
「あはは、ちょうちょ結び逆さまになってるよ天子」
「あっ、やっちゃった」

あらかじめ藍が用意したエプロンを受け取ると、天子は早速身に付ける。
ちなみにそのエプロン、こっそり紫が「これは天子に似合うんじゃないかしら」と用意していた物だったりする。
先程藍が箪笥の整理をすると出てきたので、せっかくなので着せてみた。

「よーし、手も洗ったしまずは何するの?」
「うむ、まずは野菜を切って包丁の扱い方を覚えよう」
「フフン、刃物の扱いは任せておきなさい、なんならクマだって彫ってやるわ!」
「クマ……?」

妙に自身ありげな天子を見て、寧ろなんとかに刃物を持たすなじゃ……と内心思う藍だったが、実際に切らせてみれば杞憂だったとわかる。

「どーよこれ! 上手くできたんじゃない?」

天子が自信満々で、まな板の上に切り揃えられた人参を示した。

「ほぉ……ちゃんと等間隔で斬れているし、皮剥きも厚く剥き過ぎず……」
「凄い凄い! 私が初めて藍様と料理した時は、こんなに上手にできなかったよ!」
「フフフン、どーだ見たか!」

料理が初めてだとは思えないほどの出来栄えだ。大抵はまっすぐ切ろうとしても斜めに切れたりするものだが、そんなことも一切ない。
褒められた天子は鼻を伸ばして、すっかり調子に乗ってしまったようだ。

「天子」
「なによ藍? もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「危ないから包丁を置きなさい」
「はい……」



* * *



『頂きます』

調理を終えて、三人で食卓を囲む。その三人共がまず最初に、天子が作った野菜炒めに箸を伸ばした。
綺麗に切り刻まれたが、若干色が濃い気がする料理を口に運び噛み締める。
若干三人の顔色が曇った。

「うげ、ちょっと焦げてて苦い……」
「うーん、ちょっと味付けがきつい……」
「初めての料理だ、こんなものだろう……いや、寧ろ良い出来だと思うぞ? 少しくらい失敗しても初めてなんだから仕方ないさ」

あの後致命的なミスもなく調理は完了したが、流石に全てが完璧とは行かなかった。
火を通しすぎて、ところどころに焦げた野菜があるし、塩と胡椒を入れすぎた。
しかし初めて作った料理としては十分及第点だ。

「大事なのは失敗を次に生かすことさ、夕食の準備はどうする?」
「勿論やるわよ! 次は完璧なの作ってやるんだから!」
「うむ、その意気だ。橙も天子のこのやる気は見習えよ?」
「はい、藍様!」
「よぉーーーーし!」

天子は勢い良く野菜炒めとご飯を口の中にかきこみ、今度は詰まらせずに飲み込むと箸と茶碗を持ったまま立ち上がった。

「絶対驚かせてみせるんだから、待ってなさい紫!」
「行儀が悪いから座りなさい」
「はい……」



* * *



それから今まで紫目当てで毎日八雲邸に来ていた天子は、料理の為に毎日来るようになった。
天子も伊達に数百年も生きてはいない、積み重ねた経験からか非常の要領が良く、藍が悪いところを指摘すればすぐに直していく。

「最近は美味しいご飯を作れるようになってきたのよ、藍からも上達が早いって褒められちゃった」
「ふふ、橙さんが嫉妬してしまいそうですね」
「そうなのよ、横から膨れっ面で割って入ってきてね「藍様に褒めてもらうのは私ー!」って」
「微笑ましいですね」

だがその日は、天子は空を飛びながら、並んで飛んでいる衣玖に最近の料理修行のことを話していた。
今日は博麗神社の要石の様子を見に行きたかったので、藍に料理を教えてもらうのは夕食の時の約束だ。
雪が降り積もり、真っ白の木々に黒い影を映しながら博麗神社に向かう。

「そろそろ作れる料理の種類を増やしていこうって話なのよ、紫が起きた時には満漢全席よりも凄いの作ってやるんだから」
「それ、全部食べられるんですか?」
「寝起きは一杯食べるって言うから大丈夫でしょ、あまればみんなで食べればいいんだし……その時は衣玖も食べに来る?」
「そうですね……」

天子のお誘いは中々魅力的だ。きっと紫が冬眠から目覚めた頃には、料理人としてかなりの腕前を誇っているだろう。
しかし誘いに乗って八雲家に赴けば、目覚めたばかりの家主が「何故お前がここにいる」と睨んでくる図が容易に想像できた。

「まだ先のことですし、その時に決めさせていただきます」
「あー、そうよね、今から春先にどんな予定入るかなんてわからないし。それに紫が起きる日も正確にはわからないし……まっ、来れるようなら来てね、頬っぺた落っことしてやるんだから!」
「楽しみにしておきます」

などと言っているが、丁度紫が起きたときだけ、衣玖は予定が詰まっていることだろう。
大妖怪の恨みを買うのは真っ平ごめんであるし、人の幸せを邪魔するのも申し訳ない。
永江衣玖と言う妖怪は、一歩後ろから見守って、時に後押しするくらいの位置が似合って――

「ひゃう!?」
「きゃっ! いきなり変な声出してどうしたの衣玖?」
「い、今何かがお尻を触って……」

顔を赤くする衣玖の目の前を、突然半透明の何かが通り過ぎた。
ふよふよ浮いていて、ひんやりしてて、これは。

「これは……幽霊?」
「ホントだ、何でこんなとこに……って、衣玖何か一杯いる!!」

話し込んでいたためか、幽霊自体が半透明で見え辛かったためか、天子と衣玖は大量の霊に周りを取り囲まれていた。

「何故こんなに霊が、まだ日も高いのに」
「なんなのよこいつら、うっとうしいわね……とりあえず緋想の剣で斬っちゃえば良いかしら」
「駄目です! 良いですか総領娘様、気に入らないからって斬ってしまってはいけません。幽霊だって確かに心を持っていて、それは人や妖怪と変わりなく」
「わ、わかったわよ、斬らないから説教止めて……あっ、今度は衣玖の胸に」
「えっ? ひゃんっ!」

油断した衣玖の胸を、霊が突撃して一揉みしたかと思うと電光石火で離脱する。
対して天子には何の危害も与えられず、寧ろ霊達は逃げるように天子の周りから遠ざかる。
衣玖みたいに触られないのは安心するが、それはそれでなんだかムカついてくる。胸か、やはり胸なのかちくしょう。

「こ、ここは危険です総領娘様! 早く神社まで行きましょう、霊夢の近くならきっと安全です!」
「危険なのは衣玖がだけど……せめて、触ってくる幽霊だけでも斬っといた方が良いんじゃないの」
「いえ、大丈夫で、ひゃあっ!」

三度目の来襲。真下から霊が突っ込んできたかと思えば、衣玖のスカートに入り込み、すぐにまた出て行った。

「い、衣玖……?」
「……早く神社まで行きましょう。でもその前に総領娘様の要石を貸してくれませんか、せめてスカートからの進入だけでも……」
「う、うんわかったわ」

赤面でスカートを抑える衣玖を、人が乗れるサイズの要石を作り上に乗せた。
霊がうじゃうじゃと群れを成す中二人は突っ切り、博麗神社までへと急ぐ。
すると二人の目に予想だにしないものが映った。

「……何これ」
「……間欠泉でしょうか」

神社の近くに湯気を出しながら、白く立っているのは間欠泉だ。
周りの雪を溶かすそれからは、熱湯の他に霊まで飛び出している。周りにいる霊達はそこから出てきていたようだ。
そして博麗神社に辿り着けば、霊夢が何食わぬ顔で縁側でのんびりお茶を飲んでいて再び驚いた。

「霊夢……あなたってば博麗の巫女でしょ、どうにかしたらどうなのよ。異変でしょこれ」
「神社にお客を呼べるチャンスなんだからほっとくわ。温泉が湧けば里の人間だって参拝に来るに違いない」
「温泉目当てだけどな」
「これだけ霊がいては、普通の人は来ないと思いますが……」

横にいた魔理沙から冷静なツッコミが飛んでくる。
しかしこの巫女気にせずお茶をすするだけ、周りに霊がうじゃうじゃいるのに冷静なものだ。

「それにしても、間欠泉はともかく何で霊が湧き出てくるのよ」
「さぁ、もしかして地獄にでも繋がってるのかしら」
「おいおい、物騒な話だな」
「ふーん……そうねぇ、この前は異変起こしたんだから、今度は異変解決とか面白そう。間欠泉と霊の原因を探ってみようかしら」
「オイコラ、霊はともかく間欠泉まで止めたらただじゃ済まさん」
「全く……博麗の巫女が呑気なこと言ってるわね」
「お?」

面白がる天子に、殺気立った霊夢が食って掛かろうとしたところを、何者かが割り込んできた。
声のした方を見てみれば、ネグリジェのような服を着た魔女が一人

「あなたはいつぞやの……」
「あっ! 異変起こした時に来た魔女じゃないの」
「パチュリーじゃないか、宴会誘われてもあんまり来ないのに、自分から出掛けてくるなんて珍しいな」
「間欠泉と一緒に霊が出たって聞いたから、様子を見に来たのよ」
「あらそうなの、それでこの霊がなんなのかわかるの?」
「恐らくは地底から出てきた怨霊ね。でも私が見に来たのは霊じゃないわ、あなたよ霊夢」

パチュリーが霊夢を指差し、見据えた。

「この地上に怨霊が湧き出すこの現象、間違いなく異変よ。なのに何故あなたは動かない」
「さっき魔理沙と天子にも言ったけど、温泉が湧けば里の人間だって参拝に来るわ、だからほっとくの」
「なら間欠泉はそのままに怨霊だけ止めれば良い」
「まだ実害は出てない、私が動く必要はないわ」
「怨霊が出てきているということ事態が既に害よ」

百年を生きた魔女の眼光、そして放たれる威圧感。
脇にいた魔理沙が少しばかりたじろいたそれを受けて尚、霊夢は全く動じない。

「ちょっと良いかしら? 異変を解決できる天人だってここにいるわよー?」
「あなたじゃ不安だわ」
「なんですってー!?」
「総領娘様、剣を下げてください」
「……何だか変ねパチュリー、どうしてそんなに焦っているのかしら」

彼女らしくない、異変が起こっても大抵の場合は意に介さず、知識を集めることに時間を割く動かない大図書館が。
以前天子が起こした異変では、魔法を使う者として気質の変化が気になり動いたが、今回わざわざ博麗神社にまで足を運ぶ理由は何だ。

「……あなた地底のことを知らないの? 博麗の巫女なのに?」
「なら教えてくれる?」
「あれは……いや、止めておくわ。どうせ今教えたところであなたは動かないでしょうから……はぁ」

信じられないとでも言いたげ息を吐くと、パチュリーは背を向けて博麗神社から飛び立とうとした

「おいおいそこで止めるなよ、気になるじゃないか」
「気になるなら自分で地下へ行って確かめることね」
「そう、ならここでのんびりお茶飲んどくわ」
「私は地下に行ってみようかなー」
「……動かないならもう良いわ。あれに相談するのも癪だけど、八雲紫からあなたに行かせるようにさせる」

地下に行くにはどうしたら良いかと考え始めた天子が、パチュリーの口から出た名を聞いて思考を遮られた。

「……紫に?」
「残念だけど、あいつは今冬眠中よ」
「そんなの関係ないわ。彼女だって妖怪の賢者なら、冬眠の間でも短い間くらいは活動できる備えがあるはずよ。きっと式の九尾に頼めば起こしてくれる……まずはあの式を探す」
「それなら! 後で紫の家行った時、藍に伝えとくわよ」
「……えっ?」

天子がパチュリーに申し出たが、それこそ信じられないという顔でパチュリーは天子に振り向いた。
パチュリーだけではない、魔理沙も驚いた表情で天子を見ていた。

「あなた……知ってるの? 八雲の隠れ家を」
「うん、知ってるわよ……何よ、二人とも変な顔して、私変なこと言った?」
「いや、だってなぁ? なんか宴会の時とか、妙に仲がいいとは思ったけどよ、家まで知ってるなんてな」
「彼女の住処を知る者は、数えるほどしかいないはず。何故、紫を怒らせたあなたが知ってるのかしら」
「それはね……えぇーと……」

普通に答えようとした天子だったが、突然歯切れが悪くなった。
理由は実に簡単なもの、異変の時に怒らせてしまった紫に謝りたくて、必死に藍にお願いして連れてってもらったなんて、恥ずかしくて言えないとなんて子供みたいな理由だ。
そうと知らない二人は、まさかよほど酷い手を使って知ったのではと変に勘繰ってしまう。

「どうした、そんなにどもって……橙を脅して案内させたとかじゃないだろうな?」
「ちがっ、そんなんじゃ!」
「総領娘様は、紫さんに弾幕勝負で負けたのが余程悔しかったらしく、藍さんに頼み込んで連れてってもらったのですよ。そうですよね総領娘様?」
「えっ? ……あぁ、うん、そうそう!」

天子の気持ちをそれとなく察した衣玖が、咄嗟に助け舟を出す。
まだ少し疑いが残っているようだが、それだってすぐに解かしてみせた。

「第一、そんなことしたら総領娘様は、今頃ここにはおられませんよ」
「まぁ、やってたら地獄行くだけじゃ済まないか。ってことは本当に藍が連れて行ったんだな」
「もっと意外ね、あの八雲紫が、頼まれて弾幕ごっこだなんて」
「……いや、私には何となくわかったぜ。天子が家にまで行ってるって聞いてピーンときた」

そう言うと意味深な笑いを浮かべる魔理沙を見て、霊夢は前から気付いていたのか「何を今更」と漏らした。
しかし魔女と、当の本人は首をひねるだけだ。

「紫と毎日弾幕ごっこするのって、そんなに変?」
「毎日って……ますます変よ、どんな手品使ったのあなた」
「まぁまぁパチュリーさん、あんまり顔をツッコミすぎると馬に蹴られますよ」
「「馬?」」

パチュリーをなだめつつ、衣玖は魔理沙にそれとなく正解を伝える。
他人の恋路に邪魔するやつはなんとやらだ。

「……とにかく紫の家に行って、藍にパチュリーがこの異変について話があるから、紫を起こせって伝えれば良いのね?」
「えぇ、もっとももう起きているかもしれないわ」
「ホント!? こうしちゃいられないわ、じゃあ行ってくる!!」
「あっ、ちょっと総領娘様! 要石の様子を見に来たのでは!」

ここまで来た本来の目的を、衣玖が思い出させようとしたが間に合わず、天子はまるで矢のように八雲邸へと向かって行ってしまった。

「なんなのかしら、あの急ぎよう……」
「天子の方は紫のこっどう思ってるんだろうな」
「あの様子じゃ気付いてないんじゃない、仲が良い友達ぐらいでしょ」
「やはり勘が良いですね霊夢さん、大当たりです」
「だからあなた達は何の話をしてるの」

あまり図書館から出ないからか、人の気持ちに鈍感なパチュリーは蚊帳の外で不満気だ。
そこに雪の降る季節でも、もふもふとあったかそうな尻尾を抱えた妖獣が、天子と入れ違いでやってきた。

「霊夢、こんな時に何を暢気に過ごしているんだ」
「あら藍じゃない」
「あら藍じゃない、じゃないだろう。こんな異変が起こっているというのに」

どうやら藍は、パチュリーと同じく霊夢の様子を見に来たようだ。何もせずに、のんびり過ごしている霊夢を見ると眉をひそめる。

「天子に伝言頼んだのに意味なかったな」
「天子? 伝言? 何の話だ」
「……丁度良いわ、わざわざあの信用できなさそうな天人に、仲介させなくても済んだ。八雲藍、あなたの主人を叩き起こしなさい、この怨霊の事で話がある」
「ふむ、どうせこの騒ぎだし一度起こすつもりでいた。わかった、紫様にパチュリー・ノーレッジが面会を望んでいると伝えよう」
「……ホントに起きるんだな紫のやつ、春雪異変の時はグースカ寝てたのに」

パチュリーの言うとおり、この真冬に紫が起きるのか疑っていた魔理沙が意外そうに呟いた。

「今回はいつもと勝手が違うというわけさ……それを考えると霊夢がまだ動いていなかったのは、寧ろ良かったのかもしれないな」
「藍のお墨付きも貰えたし、ゆっくりしとこうかしら」
「ゆっくりしてるのはいつもだろ」

暗に今度の異変は大変なものだと言ったのにもかかわらず、終始のんびりお茶をのんでいるだけの霊夢を見て、本当にこれが博麗の巫女で良いのかと、藍は幻想郷の行く末が不安になった。



* * *



場面変わって八雲の隠れ家。自室で冬眠していた八雲紫は目を覚ましていた。
しかしそれは異変を察知して、目を覚ましたと言う訳ではなかった。

「お腹が……空い…た……」

単純にあまりの空腹に目が覚めただけである。
冬眠せずに起きっ放しだったのが悪かった。何日も連続で徹夜したせいで体調は悪くなり食欲も失せ、冬眠前なのに食い溜めができていなかった。

「ご飯…栄養………藍……」

式の藍を呼んでご飯を持ってこさせようとも思ったが、それでは時間が掛かりすぎる。
一分でも、いや一秒でも早く、栄養補給しなければ存在自体が危うい、それほどまで紫の身体は飢えていた。
ほんの僅かに残ったエネルギー、それを振り絞って紫は境界を操る。今いる場所と、どこか遠くの場所との境界を操り、距離を零にした。
そうして開いた隙間に手を突っ込むと、向こう側から"ご飯"を引きずり込んだ。

「新鮮な……ご飯……」
「……はぁ? ここどこだ、誰だおま――」

齧り付く、ご飯から血が噴出する。

「美味しいわぁ」

久しぶりに食べたご馳走に、紫はうっとりとした表情でまた齧り付いた。



* * *



「紫が起きるのねー、何作ろうかな。みそ汁でしょ、卵焼きでしょ、後はー…藍の意見も聞いた方が良いかしら、材料だって何があるか知らないし」

上機嫌に天子は森の中を飛んでいた。思考中でも紫の家に行く道は身体で覚えていて、無意識にそれを辿る。

「それに何話そうかなー……でも用事があって起きるんだし、あんまりゆっくりする時間はないかしら。とりあえず美味しいご飯食べて、驚いた顔だけでも拝ませて貰おう――っと、着いた着いた」

玄関の戸を開けてみると、靴が一足も置かれいない。

「ありゃりゃ、藍のやつ留守みたいね……」

いないものは仕方ない、家に上がってこたつで温まりながら藍が帰ってくるのを待とう。
出直してくると言う選択しが初めから頭にない天子は、靴を脱いで廊下を歩く。靴下越しでも、真冬の床はとても冷たい。
とっとと温まろうとこたつに急いでいたが、どこからかかすかな物音が聞こえてきて足を止めた。

「何かしら今の音……?」

音の出所を探ってみようと耳を澄ます。音の大体の位置を掴むと宙に浮き、聞き漏らさないようにしながら音のする方へ向かって行く。
どうやら紫の部屋から音が出ているらしかった。

「あっ、もしかしつ紫もう起きたのかしら!?」

そう思えば、考えるより先に身体が動く。天子は堂々と部屋の戸を開け放って。

「紫ー!! おはよ……」

そして絶句した。

「……なに、これ…………」

紫の部屋に広がっていたのは、天子が始めて目の当たりにする光景。
真っ赤にそまった布団と畳。
既に死に絶え、身体中を貪られ、骨や内臓が露出した人間だったもの。
そして人間に覆いかぶさり、真っ赤に染まった女性。

「天、子……?」

八雲紫が、人間を食っていた。

「うぇ……うぷっ………」

思わず後ずさりして壁に寄りかかる。
その光景と生臭い臭いに、喉元から何か込み上げてきて口を押さえる。

今見ているこれは、一体何なのか。
何で人が死んでいる。
何で紫が人を食っている。
何で、何で、何で――


――あぁ、そうだ、思い出した。
紫は妖怪だったんだっけ。

「て、天子! これはその……」
「ひっ!?」

怯えた天子を見て、紫は手を伸ばした。
だが差し出された血塗れた手を見て、天子は小さく悲鳴を上げる。
少しでも遠ざかろうとして、頭を壁に打ち付ける。

「あっ……」

そして一瞬の間の後で悲しそうな声を出したのは、どちらだったのか。
自分が悲鳴を出したのだとわかると、ただ恐怖から怯えるだけだった天子が、別の気持ちを感じていたたまれなくなる。

「う、あ……ご、ごめん紫!」

場の重圧に耐えられなかったか、天子はそこから逃げ出してしまった。
冷たい廊下を必死に走りぬけ、生臭い臭いを振り払う。
途中帰ってきたらしい藍とぶつかったが、何も言わずに逃げ続ける。

「天子? どうしたそんなに慌てて……おい天子どこへいく!?」

靴も履かずに玄関を飛び出すと、そのまま空へと飛び立って、紫の家から逃げて行った。
その天子を追いかけようとした藍だったが、玄関まで来て追いつけないと悟ると、呆然と空を見上げた。

「何だったんだ一体……」

果たして、天子の身に何が起こったのか。
天子の尋常じゃない様子、そして屋敷の奥から僅かに漂ってくる生臭い臭い。

「まさか……」

嫌な予想を打ち立てた藍は、どうかそれが外れることを祈りながら、臭いのする方へと向かう。
だが予想は裏切られることはなく、天子が逃げ出した理由がはっきりとわかってしまった。

「紫様……」
「……ごめんなさい藍。今は、そっとしておいてくれないかしら」

食いかけの死体と、悲しそうに声を震わせる己が主。
きっと天子はこれを見て、恐怖して逃げ出したのだ。
そして想い人に恐れられ、挙句逃げられてしまう、どれほどにまで辛いことだろうか。
言われたとおり、そっとしておいてあげたい。だが今はそう言っていられる状況ではなかった。

「すみません紫様、そうもいきません。神社近くで間欠泉が発生、そして怨霊が出現しました。おそらくは地底からだと思われます」
「……怨霊が、地底から?」
「はい、それに加えて、此度起こった異変について、パチュリー・ノーレッジが話があるそうです」
「……そう、わかったわ。藍、お風呂を焚いておいて」
「お食事のほうは……」
「ご飯は……」

紫は醜い姿の死体に目を移した。
これを食べている自分、それを見たのが妖怪であったなら食事をしていると思われるだけで終わるだろう。
だがそれを見たのが妖怪でなく、人間心を濃く残した天人であったなら。
この姿は、どれほどまで醜く映ったであろうか。

「これを、食べるわ。まだたくさん残っているもの」
「……承知しました。お食事が済むまでにご入浴の準備を整えておきます」

それだけ言うと、藍は戸を閉めて立ち退いた。
今の自分が何を言ったところで、主の心を癒すことは出来ないとわかっていたから。
再び一人っきりになった紫は、ただ目の前の屍を貪った。

「……しょっぱい」

先程までこれ以上ないくらいに美味しかったはずのご馳走は、今は塩辛かった。
あまり美味しく感じられないまま食べ終えると、風呂で身体に付いた血の汚れを洗い流そうとする。
その時、首元にまで血が滴っていた気付いた。

「あっ……!」

思わず息を呑んで、首に掛けていた首飾りを外す。
だが気付くのが遅すぎた。天子とお揃いの首飾りは青色の輝きを失い、赤黒い血で濡れてしまっていた。
洗えば血は落ちる程度の汚れだが、一度でも汚してしまったことが、悲しかった。



* * *



紫の家から逃げて来た天子は、天界にまで戻ってきていた。
雲の端っこで膝を抱えて俯いたまま、じっとしている。
落ち着こうとしても頭の中はグチャグチャで、混乱しきったままだ。

「――総領娘様?」

そんな時、突然声を掛けられて体がビクリと震えた。
天子が顔を上げてみると、綺麗な羽衣を身に付けた天女のような、見慣れた妖怪。

「衣玖……」
「総領娘様、靴も履かずどうして……」

どうしてこんなところにいるのか、そう問おうとした衣玖だが、不穏な空気を感じ取って口を閉じた。
天子から覇気が感じられない。
いつもの元気さは微塵もなく、弱弱しく儚い、今にも泣きそうな顔をしている。

「……何かあったんですか?」
「…………」

衣玖の問いかけるも、天子は何も答えずまた顔を俯けてしまった。

「話してみて下さい、胸の内を誰かに聞いてもらうだけで楽になるものですよ」
「……衣玖」

もう一度天子は顔を上げると、ゆっくりと口を開いた。

「衣玖は人を、食べたことある?」





「そうですか、紫さんが人を食べてるのを見て」
「うん……」

紫の家に行ってそこで見たことを、天子は今は横に座っている衣玖に話した。

「私はずっと雲の上にいて、たまに地震が起きるのを伝えるだけでしたから、人を食べたことはありません。ですが幻想郷に住む妖怪の大半は、人を食べたことはあるでしょう」
「……まぁ、そうよね。元々妖怪ってそういうものだし……けどさ、私はそのことを知ってても、ちゃんと理解してたんじゃなかったみたい」

天子は自分の気持ちを吐き出そうと、まとまらない言葉を必死に組み立てて、少しずつ言葉を紡いでいく。

「私は、妖怪を見たのは、異変を起こしたときが初めてだったのよ。だから妖怪が人を食べる、妖怪が怖いんだってことがわかってなかった」
「…………」
「紫が人を食べてるの、怖かった。人がぐちゃぐちゃになってて、中身が見えて、変な臭いがするのも気持ち悪くて怖かった。けど、それより紫の目が怖かった」

思い出す必要もない、戸を開けた瞬間の光景はずっと頭から離れない。
紫が天子に気付いて表情を変えるまでの一瞬、その一瞬だけだったが、紫はいつもと違う目をしていた。

「凄くギラギラした目だった。その目が一番怖かった。あの目を見たときに、初めて妖怪が人を食べるんだって感覚でわかった」
「……そうですか、総領娘様は天人でも、元は人間ですからね。妖怪の本質を見て、怖くなって逃げても仕方ありませんよ」
「……違うの」
「え?」
「いや違わないけど、けどそれよりももっと怖かったのは、紫のこと怖がった私なのよ!」

天子は抑えきれない感情を爆発させ、声を張り上げた。
だがそれでも心は暴れたりなく、頭を抱えて体を震わせる。

「怖がって、それが治らなかったら紫と今までみたいにいられない! 紫だけじゃなくて萃香も藍も橙も! 衣玖は人を食べないって言うなら大丈夫かもしれないけど、他の妖怪とはみんな一緒にいられなくなる、それが嫌なのよ!」

あの時自分は小さく悲鳴を上げた。みっともない顔で、紫から逃げようとした。
紫が悲しそうな顔をして、ようやくそのことに気付いた時、頭を鉄鎚で叩かれたように感じた。

「……私が怖がったとき、紫は凄く悲しそうだった。紫をそんな風にしてる自分が一番嫌で、胸が痛くて、気が付いたら逃げてた。もし怖いのを我慢して一緒にいても、何かあるたびにそんなんじゃ意味ないじゃない。楽しいから一緒にいるのに、怖がっちゃ意味ないじゃないの」
「総領娘様……」
「ねぇ衣玖、私どうしたら良いの。どうやったら怖くなくなるの。私、どんな顔して紫に会えばいいのよ……」

衣玖は声を震わせ弱弱しく訪ねてくる天子を見て、この娘は今壁にぶつかっているのだとわかった。
人間側の存在と妖怪の間にたたずむ壁、その存在に天子は気付き、苦悩している。
今まで何の問題もなく天子が妖怪と遊んでいられたのは、彼女があまりにも無知だったからだ。
そのまま何も知らずにいられたなら、それはそれで良かったかも知れない。だが壁があることを知ってしまったなら、乗り越えなくてはならない。

「確かに妖怪は人を食べます、しかし人も色んなものを犠牲にして生きていますよ」
「犠牲?」
「はい、例えば総領娘が魚を食べたのなら、それはつまりその魚を犠牲にしたという訳です。しかし魚を食べたからといって普通の人々は気にかけません、何故だかわかりますか?」
「……一々気にしてられないから?」
「そうです、全ての存在を心で受け止めていては、あっという間に押しつぶされてしまいます。だから誰もが、食べ物のことなど考えないようにして生きている、そしてそれは妖怪も同じでしょう」

全てを受け止めてまだ立っていられるほど、心は頑丈に出来てはいない。それは人はもちろんのこと妖怪もだ。

「適当なところで仕方がないことだと妥協して、自分を納得させて生きているものです。紫さんが人を食べたのも、仕方がないことだと無理矢理にでも納得するしかない」
「そんなすぐに、納得できないわよ。それに納得しても、怖いのは、どうすればいいの」
「……それは、自分でどうにかするしかありません。怖くて逃げても、また立ち向かって、最後には乗り越えるしかありません。ですが、三つだけ言わせて下さい」
「三つ?」
「えぇ、三つです」

顔を上げた天子は、潤んだ瞳で衣玖を見た。
衣玖もまたそれに答えようと、天子に面向かってしっかりと見据える。

「まず一つ目、妖怪のことを怖いと思ったのなら、その気持ちを忘れないで下さい」
「……どうしてなの、もし忘れれば、思い出して怖がることもないじゃない」
「それでは駄目です、妖怪は元々人に恐れられるもの。この先妖怪と一緒にいるのなら、恐怖を感じながらもそれを受け止めてあげて下さい」

一度感じた恐怖を忘れると言うことは、その妖怪のことを忘れるに他ならない。

「妖怪は人々に忘れられ、この幻想郷に集まりました。この地でまた忘れられるなんて、それは悲しすぎます。それだけは、絶対に駄目です」
「忘れたら、悲しい……」

部屋の中、こちらを見て悲しそうな顔をした紫。
忘れると言うことは、あの時の紫よりも悲しいことなのだろうか。
そうさせないためには、恐怖を乗り越えるしかないのか。

「そして二つ目、あなたが一番したいことを考えてください」
「私がしたいこと?」
「はい、他の誰でもない、比那名居天子自身が望むことがなんなのか。それを考えて、決めて、それのために行動するんです。異変の時みたいにです」

衣玖は言外に、突っ走れといっている気がした。
異変の時みたいに、なんなら周りに迷惑を掛けてでもいい。最悪後で謝れば良いだけだ。
だけど、またあの時みたいに出来るだろうかと、天子は不安に思った。
今の自分には、何だかパワーが足りない。もう一度恐怖に立ち向かえる気がしない。
こんなんじゃ、一番の望みなんか、叶えられないのでは。

「最後に三つ目です、これが一番大切です」
「うん……できるかな」
「なに、きっと総領娘様なら簡単なことですよ」

衣玖は人差し指を立てると、天子に柔らかく微笑んで見せた。

「次に紫さんに会うときは、笑いなさい。きっとあの人もそれを望んでいます」
「笑う……」
「いつものあなたらしく、ただ笑っていれば良い」
「いつもの、私? でも笑うだけなんて」
「いえ、笑っていられるなら、きっと大丈夫です。笑うことを忘れなければ、その時は怖くて落ち込んでしまっても、また立ち上がれます。また向かって行けます」

『あなたは本当に、いつもよく笑うわね』

衣玖の話を聞いて、いつか紫と話した時のことが天子の頭に思い出される。

『へ? 何よ突然』
『あぁ、あなたいつも楽しそうに笑ってるからね、どうしてそんなにいつも笑ってるのかと』
『そんなにいつも私笑ってる?』
『そりゃあもう、いつもよ』

確か夕焼けの綺麗な場所で話して、自分はその後に、「ここが楽しいから笑ってる」と言った。
幻想郷は楽園だ、妖怪にとっても、自分にとっても。ここにいれば、悲しいことがあってもまた笑えるだろう。
きっと衣玖の言った通り大丈夫だ。
笑う限り立ち上がれるなら、突っ走れるなら、なんだってできるししてみせる。

「私らしく、笑ってれば」
「えぇ、いつも馬鹿みたいに五月蝿い人が、急に黙り込んでいると空気が悪くなりますしね」
「さり気に馬鹿って言ったわねあんた」
「おっと失礼、口が滑りました」
「こいつ」

わざとらしく口元を押さえる衣玖を、天子は軽く小突いた。
ちょっとした冗談だが、少しだけ、口元が緩む。
あぁ、ほら、やっぱりまた笑えた。

思えば異変を起こしてからは、毎日が楽しくていつも笑ってた。
弾幕ごっこをしてる時、下らない話をしてる時、宴会で酒を飲んでる時だって笑っていた。
記憶を辿るだけでも、自然と笑みが零れてくる。
だけど一番笑っていられたのは、紫の傍だった気がする。

「――じゃあまた、立って進もうかしら」

そう言うと天子は立ち上がった。さっきまでは全然そんな気がしてなかったけど、笑ってみればまた力が沸いてきたから。
長時間座っていたからふら付いたが、二本の脚でその場に踏ん張る。

「ほら、大丈夫でしょう」
「うん、大丈夫ね。また怖くて逃げちゃっても、これだったらまた立ち向かえると思う」

何度も何度も立ち向かえば、やがては高い壁も越えるだろう。

「ありがとね衣玖、色々教えてくれて」
「いえいえ、私は後押しをしただけですし。それに総領娘様なら、その内自分で立っていたことでしょう」
「当然よ! この比那名居天子を舐めないことね!」

さっきまでの落ち込みようはどこへやら、天子は胸を張って不敵に笑って大見得を切った。

「衣玖! 今度お礼したいから、そうねぇ……紫の家に来てよ、私の絶品手料理を振舞ってあげるわ」
「人の家使ってお礼とか、何かおかしくないですか」
「気にしない気にしない」
「それこそ気にして下さい」

下らないことを良いながら、天子は髪をシュシュで纏める。

「それじゃ、今一番したいこと、やってくるわね」
「はい、頑張ってくださいね総領娘様」
「……うん」

そこいらに生えている桃の木から、桃を一つむしり取ると天界から降りて行った。
一直線に空を駆け、目指すのは逃げてしまったあの場所。

「見てなさいよ紫、その胡散臭い顔を驚きで変えてやるんだから!」



* * *



一方の紫は博麗神社で、霊夢の異変解決を支援していた。
天子に人を食っているところを見られ、恐れられ、そして逃げられたのは、それこそ胸を裂けるような悲しみであった。
できることなら一人部屋に籠もり、ゆっくりとその胸の痛みを癒したい。
だが今は、地底から怨霊が湧き出てくるという異常事態、そうも言っていられない。
八雲紫は妖怪である前に、幻想郷の賢者だ。地底には地上の妖怪は立ち入ってはいけないと言う約束があるが、なんとか原因を突き止めて解決する必要がある。
そのために今回は、博麗の巫女を使って異変の原因を探らせていた。

「それはともかく、今度は貴方の心当たりを霊夢に教えてやってくださる?」
『えーっと、間欠泉を止める方法でしたっけ? それなら私のペットに会うと良いわ』
『ペットって猫の事? それならさっき会ったけど……』

陰陽玉を通じて、地底の様子が送られてくる。霊夢は地霊殿の主の覚り妖怪を倒したところで、今のところ何も問題はなかった。
これまでに妨害してきた妖怪のどれもを倒せてこれたし、紫も霊夢のサポートと言う役割を完璧にこなしている。

「……大丈夫、やれるわ。これくらいのことで」

痛む胸を抑えて、紫はボソリと呟く。
妖怪のとって精神の乱れは力に強く影響する。天子のことで傷心の紫にも同じことが言えるはずだが、霊夢のサポートに集中し、天子のことを意識しないようにすれば、問題なくやってこれた。
しかし一度戦闘が終われば、すぐに思い浮かぶのは怯えた表情の天子。

――余計なことを考えるな、今は異変解決のことだけを考えてればいい。
心を殺し務めを果たす、それが自分がなすべきこと。

『……え? 「ペットなら呼べばいいのに」ですか? どうも、私はペットに避けられるのですよ、この力の所為かしらね』
『ペットだけじゃなくて誰からも好かれなさそうね。会話が成立しなくて 』

紫が自分に言い聞かせている間に、霊夢は覚り妖怪から話を聞き終えていたようだ。
――いけない話を聞きそびれた。

「あら、もうお話は終わり? 覚り妖怪はなんと言っていたのかしら」
『あんた聞いてなかったの?』
「陰陽玉に少し不具合が発生してね、もう直したから大丈夫ですわ」

適当な嘘でその場をしのぐ。
今の心情を誰にもさとられたくない。自分でも考えないようにしているのに、他人に追求されて傷口をえぐられたくない。

『……さとりってやつが言うには、あいつのペットに会えば良いらしいわ』
「それはさっきの猫のことかしら?」
『同じこと聞いたけど別にやつみたい。この奥に行けば会えるって言ってたわ』

そう言って霊夢が覗き込んだのは、地霊殿の中庭に存在するさらに地下深くへと通じる穴であった。
奥からは熱気が噴出していて、霊夢の髪をなびかせる。

「そう、それじゃあ早く行きなさい。異変の原因を突き止めるのよ」
『…………』
「……どうしたの霊夢、何故動かない」
『紫』

穴の手前に降り立って霊夢は、陰陽玉へ――否、紫へと振り返った。

『あんた、天子と何かあったでしょ』
「……っ」

霊夢の言葉が、紫の胸を締め付ける。
堪えるように紫は下唇をかみ締め、無駄だとわかりながら白を切る。

「……何を言っているのかわからないわ、どうしてここであの天人の名前が出てくるのかしら?」
『とぼけないでよ、前に手を組んで永遠亭に行った時は頼りになって、背中を安心して預けれた。だけど今回は全然違う。危なっかしい感じがして、逆にこっちがハラハラさせられる』
「ありえないわ、一体何を根拠にそんなことを言ってるのかしら」
『勘よ』

きっぱりと一言で言い捨てる霊夢。ただそれだけのことなのに、彼女が言えばなんと確信を持たせる言葉か。

『それに今日のあんたは不機嫌じゃない。妖怪に会ったら問答無用で倒せってうるさかったり』
「地底の妖怪は危険だから、それだけのことですわ」
『それだけじゃ納得行かない』
「……大体、私の機嫌が悪かったとして、何で天子なのかしら。そこで彼女の名前が出てくる意味がわからないわ」
『いや、だってあんた天子のこと好きなんでしょ』
「なっ!?」

何故バレた!?
先程までの落ち込んだ気持ちはどこへやら、紫は恥ずかしさで顔が真っ赤にして取り繕う。

「な、ななな、何を言ってるのかしら霊夢、おほほほほほ。私があんなわがままで、幻想郷を傷を付け掛けた、貧乳絶壁小娘に惚れるはずがないじゃないの」
『焦りすぎ、落ち着きなさいって。って言うか、隙間で天子と一緒にちょっかいかけてきたり、お揃いの首飾りつけたりでバレバレだっつの。それに衣玖から確認取れたし』
「あの深海魚ー!!」

空気を読んでそれとなく教えときました☆とウィンクする魚類が脳裏を掠めた。いっそ藍に晩飯の材料にしてもらおうか、でも天子のトラウマになりそうなので却下。

『それにしても、紫でもそんなに取り乱すもんなのね。あれのどこに惚れたんだか』
「だから惚れてなんて……で、でも、天子はよく笑う娘で、いつも笑顔が眩しくって。なんだかんだで幻想郷が好きだって言ってくれたし、あれで素直なところもあって……」
『急に惚気るなうっとうしい。話を戻すけどその天子と何があったの』

クネクネした動きで天子のことを語っていた紫だったが、ピタリと動きを止める。
赤かった顔も、少しずつ熱を引いていく。

「……何てことのない、つまらない話。妖怪は天人のことが好きだったけれど、その天人は逃げて行ってしまった。ただそれだけ」
『逃げた?』
「見られたのよ、私が人を食べてるところをね」

陰陽玉を介して話しているというのに、急に場の空気が重く圧し掛かってきた。
天子のあの時の目が胸を貫いてきて、まるで胸に穴が空いたかのよう。

「あの娘は、人を食べてる私を見て怯えた。小さかったけれど確かに悲鳴を上げて、最後には逃げていってしまった。所詮妖怪と天人だなんて、相容れない存在だったのよ」
『あいつがそんなことくらいで、逃げて帰ってこないようなやつかしら』
「人を食べているのをそんなことで済ませれるのは、人間ではあなたくらいだわ。それに天子は、天人になってからずっと天界で独りぼっちだったから、精神的に成長していないようだし」
『それで諦めるわけ? 天子を連れ戻そうとか思わないの?』
「……私が、あの娘に何て言えば良いの。私に出来ることは何もない」

出来ることなら今すぐに会いたい、どうでもいいことで良いから話がしたい、またあの笑顔を、輝くような笑顔を見たい。
けれど自分はその笑顔を汚してしまった、怯えた顔にさせてしまった。
自分が一番好きなあの笑顔を、自分で壊してしまった。

「……さあ、無駄話はここまでよ霊夢。早く異変を解決しなさい」
『だから、天子のことは放っておいていいの? あんたも心がグラついてるし』
「霊夢、私は幻想郷の賢者が一、境界の妖怪八雲紫。心が傷付いていようが関係はない、なにがあろうとも使命を果たす」
『……まぁ、良いけどさ。どうせなるようにしかならないだろうし、けど』

ようやく霊夢は地面を蹴ると、熱気が渦巻く穴へと身を投じた。

『暇だからで異変起こすような馬鹿が、そう簡単に諦めるとは思えないけどね』

後を追った陰陽玉は熱風に阻まれ、霊夢の声を送り届けれなかった。



* * *



「あぁー、終わったぁぁぁ……」
「お疲れ様……と言いたいけれど、まだ幾つか問題は残っているわよ」
「あの鴉に八咫烏を食わせたヤツでしょ。そんなの明日からで、今日はもうゆっくりさせてもらうわ」

中庭での会話後、霊夢と紫は無事に間欠泉の元凶を倒し、異変は一応の解決を見た。
しかしまだ幾つかの謎が残っており、全てが終わったわけではない。

「他にも怨霊についてもね、どちらも目星は付いているけれど……もう少し、起きていなければなならないようね」
「さっさと寝れば? 紫がいなくたって、こっちで勝手にやっとくわよ」

隙間を使って地底の最深部から神社に戻された霊夢は、畳に突っ伏しながら手の平でシッシッと紫を追いやる。
だが異変が起こっても、のんびり茶を飲んでいた身で言われたところで、説得力のかけらもない。

「こちらで調査しておくから、何かわかったら顔を出すわ」
「だから寝といて良いって言うのに、面倒臭い」
「あなたがそんなのだから、寝れないのだけれどね。それじゃあ霊夢おやすみなさい、風邪を引かないようにね」
「はいはい、おやすみ……うわ、もう十時過ぎじゃないの。お腹空くわけだわ」

霊夢に別れを告げると、紫は隙間を開いて我が家へと帰ってきた。隙間から居間に降り立つと机の前に座り込む。
本当なら一度仮眠を取りたいところであるが、その前にお腹が空いた。自慢の式にご飯を作ってもらうこととする。

「藍、起きてるかしら?」
「はい、ただいま」

紫が呼びつけると、藍はすぐに居間までやってきてくれる。

「おかえりなさいませ紫様、異変の方はいかがなさいましたか」
「一応は解決したわ。まだ幾つか調べないといけないけれど、それよりも今はお腹が空いたわ。ご飯を作ってきて頂戴」
「かしこまりました、すぐに用意します」

命令を受けて、藍は台所へと向かっていった。
部屋に一人になった紫は、物思いにふける。

――天子は今、何をしているのであろうか。
やはりどうしても、彼女のことが気になる。まだ恐怖を引きずって、落ち込んでいるだろうか。そしてその恐怖から、天界に籠もってしまったりしないだろうか。
天子は天人になってからの数百年を、ただ暇に、苦痛に過ごしてきたと言う。異変を機にようやく楽しい日々を手に入れたというのに、自分のせいでそれを捨ててしまわないだろうか。
その場合、自分が彼女のために、何かしてやれることはないだろうか。
また天子と一緒にいれなくてもいい、けれど彼女には笑っていて欲しい。

「紫様、用意出来ましたよー!」
「紫様、どうぞお召し上がり下さい」
「あら、橙も来ていたのね、ありがとう。頂くわ」

隙間で様子を見ようかと言うところで、藍と橙が料理を持ってきた。
天子のことも重要だが、まずは栄養補給だ。明日からまた異変に関しての調査があるのだし、英気を養っておかなくてはならない。

「……?」

しかし料理を口に含んだところで、何か違和感を感じた。
なんとなくだが、いつもの藍の料理とは味付けが違う気がする。
傍にいたままの藍と橙の方へ目を向けてみれば、可愛い式の式は二股の尻尾を逆立てて緊張しているようだった。もしかして、彼女がこの料理を作ったのだろうか。
料理を全て食べ終えると、おずおずと橙が尋ねてくる。

「紫様、どうですか? 美味しかったですか?」
「えぇ、とっても美味しかったわ」

橙が期待を込めた瞳で聞いてくるので、紫は辛い心でなんとか笑顔を作って答える。
すると橙の顔にも笑顔が広がって、尻尾が嬉しそうに揺れた。

「ねぇ、このご飯は橙が作ったんじゃないかしら?」
「あっ、いえ違うんです! それを作ったのは私じゃありません」
「あら? そうなの」

予想は外れてしまったが、だとしたら作ったのは一体誰なのか。藍ではないだろうし。

「紫様、今回料理を作りましたのは私でも、橙でもありません」
「それじゃあ誰なの、これを作ったのは」
「それはですね……この方です!」

紫が疑問を唱えると、橙は居間から廊下に出る戸を開けた。
廊下に立っていたのは、長い髪を一つにまとめて、いつもと違ってぎこちなく笑う少女。

「や、やっほ、紫!」

天子が、そこにいた。

「て、天子!? 何でここに……」
「藍様、私そろそろ眠くなってきましたー」
「そうかそうか、では先に寝ようなー。紫様橙を寝かしつけてくるので、私達はこれで」

誰が聞いても演技だとわかる棒読みで、橙と藍は居間から退出していった。
入れ違いで天子が居間に入って戸を閉めれば、部屋には二人だけになる。

「え、えぇーと」
「あ……て、天子?」
「はい!?」
「その……髪型、似合ってるわよ?」

思わず名前を読んでしまったが、何を言えばいいのか良くわからず、とりあえずいつもと違う髪形を褒めておいた。
そんな紫がおかしかったのか、天子は突然吹き出した。

「プッ、ハハハハハハ!」
「な、何でそこで笑うのかしら」
「いやだって、こんな間抜けな紫初めてで。アハハ!」
「相変わらず失礼な娘ね……」

などと言いつつ、紫の顔にも笑みが浮かんだ。
橙に見せた作り物ではない、心から出た笑顔だ。

「この料理、本当に天子が作ったの?」
「うん、そうよ」
「驚いたわ、いつの間にこんな物を作れるように」
「フフン、あんまり私を舐めないことね。ちょっと教えてもらえば、このくらい朝飯前よ! ……ねぇ、紫」

いつものように振舞った天子だったが、神妙な顔で腰を下ろし紫と向き合う。

「……ごめん、あんなに怖がっちゃって」
「そんな……天子が謝る必要なんてないわ。あんなところを見たら、誰だって怖がるわ」
「それは確かにそうだろうけど、あの時はあそこから逃げちゃったりしたし……」

会話が途切れて、気まずい雰囲気が流れる。
紫は唾を飲み込んだ、天子がまた自分の前に姿を現せてくれたのは非常に嬉しい。けれども、どうしても気になることがあった。

「……天子、あなたは私の傍にいても良いの?」
「え……?」

沈黙を破って、それを問いかける。

「また私は人を食べるかもしれない、いや妖怪である以上食べる時はきっとくる。その時もきっと私はあなたを恐がらせてしまうそれでも……」
「確かに、紫が人を食べるなんて嫌だって思うし、その時はまた怖がると思う、って言うか、正直言うと今もちょっと怖い……でも!」

天子は声を張り上げた、ありったけの思いを込めて自分の考えを紫に伝える。

「だからって、怖いからって紫とはもう会わない、一緒にいないなんて、そっちの方がずっと嫌!」
「天子……」

矢継ぎ早に声を荒げて、天子は紫の懸念を蹴散らしていく。

「それにね、衣玖に相談に乗ってもらったときに言われたわ。笑っていれば落ち込んでもまた立ち上がるって、だからいつの日か、怖くても逃げないで踏み止まれる日がきっとくる。だってここは幻想郷だから。ここにいれば笑っていられるから、何度だって立ち上がって、怖いのだって乗り越える、絶対に!」

自分の思いを言い放った天子は、大きく息を繰り返して肩を上下させた。
顔を伏せて、荒れた呼吸を少しずつ整える。

「……だけど紫、その時まで私は何度も逃げたりすると思う。情けない声だしたりして、紫のこと悲しませると思う。それでも」

おそるおそる天子は顔を上げた。
聞くことは決まってる、帰ってくる答えもきっと決まってるはずだ。けれども不安は拭い切れない。

「傍に、いていい?」

それでも紫のことを信じて、最後の言葉を紡いだ。
それを聞いた紫は、軽く微笑む。

「えぇ、もちろんよ天子」
「……ありがと、紫」

微笑んだ紫の優しい目が、天子の脳裏に残るギラギラした人食いの目に重なった。
そのどっちの目も、同じ紫の目だと思うと不思議だ。
ただこの優しい目を見ていると、何故だか安心してくるからまた不思議。緊張が解けた天子は、その場にへたれこんだ。

「あー、疲れた……こんな真剣なのはもう勘弁ね」
「あら良かったじゃない。その分、大人近づけただろうから」
「そんなもん?」
「そんなもんよ。お茶いる?」
「うん、飲む」

紫は隙間から湯飲みを取り出すと、料理と一緒に持ってこられたお茶を注いで、机越しに差し出した。
受け取った天子は、音を立ててすすると一息吐く。

「天子、やっぱりまだ恐いのかしら?」
「……まぁ、まだちょっとね。しばらくはお肉食べたくないわ」

憂鬱そうに溜息を吐く天子を見て、紫は何か思いついたようで口元を吊り上げた。

「天子、こっち側に来てくれないかしら」
「ん? 良いけど……」

紫の表情に怪しい何かを感じた天子だったが、言われたとおり机を回り込んで傍に寄った。
怪しい微笑で紫は天子を迎える。

「一体何なのよ」
「うふふ……」

その瞬間、天子には紫の目が異様な輝きを発したように見えた。人を食べてるときとはまた違った、獲物を狙うような目。
それを見て怯んだ天子を、紫は胡散臭い笑みを湛えたままで引っ張って抱きしめた。

「きゃ! ゆ、紫!?」
「怖がってる娘には、こうするのが一番よ」

桃の付いた帽子を外すした紫は、天子の頭を優しく撫でる。
柔らかい胸に押し付けられてドキドキする天子だったが、そうされるとこれまた不思議だが心が静まってきた。

「いつもはこんなことしないくせに……」
「ふふ、今凄く眠いからね、大胆になっちゃうわ」
「なによそれ」
「それでどう?落ち着いた?」
「……うん」

天子も腕を紫の腰に回し、抱き返した。より密着して体温を感じ、心まで温かくなる。
心臓の音が、紫が傍にいると実感させてくれる。

「……紫」
「うん?」
「眠いって、また冬眠しちゃうの?」
「本当はそうしたいんだけれど、異変の後始末とかがまだ少し残っているわ。全て片付くまでは起きて調査をしないと」
「そうなの。じゃあ明日は、起こしに来るわね」
「えぇ、お願いね」

「衣玖にさ、今日のことで相談に乗ってもらったのよ。だから今度お礼がしたいの、ここで料理ご馳走しても良い?」
「そう言えば、さっきも少し名前が出てたわね。彼女のお陰なら私もお礼がしたいし、いつだって良いわ。料理はあなたが作るの?」
「うん、そのつもり」

「今回の異変って、何が原因だったの?」
「地底にいた地獄鴉が、八咫烏を飲み込んだのが原因だったわ。神の火の力で間欠泉が出来上がっていた」
「八咫烏って神様じゃないの、どうやってそんなの手に入れたのよ。それに間欠泉はわかったけど怨霊は?」
「それは明日から調べるわ。もっとも目星は付いているけれど」

「それにしても残念だったなぁ。この前異変起こしたから、今度は異変解決でもしようかと思ったのに」
「……あなたが出てきたら、異変が解決するどころか加速しそうね」
「どういう意味よそれ」
「言葉通りの意味ですわ」

「そうそう、紫の部屋に桃が置いてあるけど。あれお供え物だから触らないでね」
「……そう、わかったわ」
「私があの食べられた人に出来ることなんて、それくらいだから」

「……あれ、紫あの首飾りは?」
「……ごめんなさい、あの時に血で汚れてしまったわ」
「そうだったの……まぁ、汚れたなら、洗えば良いわよね」
「いざ解決してみたら軽いわねぇ。悲しんでいたのが馬鹿らしくなるわ」
「良いじゃない。重いより、軽いほうがさ」

他愛ない話がそこで途切れると、それからは互いに何も言わず抱き合っていた。
ただ目を閉じて、相手の存在を肌で感じる。
しばらくそうしていると、天子を撫でる紫の手の動きが、次第に遅くなっていく。

「天子……」
「ん?」
「おやすみなさい……」

それだけ言うと手は止まり、天子の頭上から寝息が聞こえてきた。

「……もう寝ちゃったか。こんなとこで寝ちゃ風邪引いちゃうのに」

少し残念そうに呟くと、天子は紫の腕を退けて、倒れそうな身体を支える。

「おやすみなさい、紫。また明日ね」

もう聞こえないだろうが、寝ている紫にそう囁く。

「さてと、とりあえず紫を部屋まで連れてかないと」

しかしどうやって連れて行くべきか、自分より大きい紫を部屋までおぶっていくのは中々に大変だ。
引きずって行っても起きないだろうが、流石にそれは可哀相なので却下。

「……って言うか紫の部屋、今使えないじゃない」

そうだった、血で濡れた畳の交換がまだされていない。桃を供えた時に、畳が外されていたのを見た。
益々どうするべきか、一体どこに連れて行けば……。

「何でそこで寝るんですか紫様! そこはガバーッと押し倒して!」
「藍様、何事も順番があると思います。もうちょっと落ち着いて」

……戸の向こうで聞き耳立てていたらしい、九尾と化け猫に押し付けておけば良いか。と言うか押し倒すとか九尾は何を言ってるんだ。
雰囲気は見事にぶち壊しで、絞まらないなぁと天子は呟いた。



* * *



あれから数日、間欠泉と一緒に湧き出てきた怨霊の出所も判明し、八咫烏は山の神が与えたものとわかった。
異変の全てが解決し、紫はまた冬眠した。今度こそ春まで起きないだろう。

「はい衣玖、ご飯できたわよ!」

その日は衣玖に対するお礼にと、天子が料理を作ってもてなしていた。ただし場所と材料は八雲家提供。
何か間違っている気がしないでもないが、紫から許可は下りているので何も問題は無い。

「どうもありがとう御座います、総領娘様。こんなにもてなして頂いて」
「いーの、いーの。この前助けてもらったんだから」
「人の家と食材を使って、よくもそんな我が物顔でいられるな」
「気にしない気にしない」
「自分で言うな」

深々と頭を下げる衣玖の横から、藍が天子に不満を述べる。
主から許可があったとはいえ、天子が作った料理は豪勢過ぎる気がする。酒まで用意されてるし。

「後一つ取って来るものあるから、ちょっと待っててね」
「まだあるんですか、これ以上あると食べ切れませんよ」
「衣玖が思ってるようなのじゃないから大丈夫よ、それじゃ」

最後に用意したものを持ってくるため、天子は足早に部屋を後にした。
どれだけ備蓄を消費する気だとぼやいた藍だが、すぐに顔を正して衣玖に向き直る。

「さて、衣玖殿。先日、天子を導いて、再び紫様と会わせてくれたことを、深く感謝する」
「そんな、大したことはやっていませんよ。私はただ、総領娘様を後押ししただけです」
「いやいや、それでもあなたのお陰で紫様が救われたのは事実だ。天子にはああ言ったが、遠慮せずに思う存分楽しんでくれ」
「それでは今日は楽しませて貰いますが。それよりも藍さん、総領娘様と紫さんとの間で何か進展は?」
「むぅ、やはりそれを聞いてくるか」

衣玖からの質問に、つい藍は唸る。まさかまた二人の間でトラブルでもあったのだろうか。

「前よりも更に距離が縮まったとは思う、あの日の夜は抱き合ったりしていたしな」
「凄いことじゃないですか。それなら言うことなしでは?」
「しかしだな、衣玖殿が気を利かせて、紫様が寝るまでお礼の日を延期してくれたように、私や橙もできるだけ二人っきりになるようにしていたのだが、あの日以降特に変わった様子もなく普段通りで」
「目に見えての変化がなくとも、お二人の気持ちが少しでも変わっているでしょう。なら我々は遠くから見守るだけです」
「だが見ている側としてはじれったい……えぇい、やはりあの日に抱きしめるんじゃなく、押し倒すべきだったんだ。紫様はこの手に限って奥手で困る」
「それもどうかと思いますが」

この九尾は過去の経歴から、恋愛観が非常に歪んでるんじゃないかと衣玖は不安に思う。
式の式の化け猫が将来恋をした時に、変なアドバイスでも受けないか心配である。

「藍、手が塞がってるからここ開けてー!」

とかなんだと言っている内に天子は戻ってきたようで、藍が言われた通りに戸を開けた。
すると戸の向こうから姿を現したのは、天子でなく大皿に乗った白鳥。

「おぉ!?」
「総領娘様、これは?」

驚く二人をよそに天子は部屋に入ると、机の上にそれを置いた。
威風堂々と机の中央を占領する白鳥は、今にも動き出しそうだ。

「ふふふ、どーよこれ!」
「どーよと言われましても……これは作り物ですか?」
「もしや飴細工か? いやしかし、家に飴などあったか……」
「いや大根」
「「えっ」」

試しに顔を近づけて嗅いでみれば、なるほど大根の匂い。
改めて白鳥を見てみれば、滑らかな直線も大根の光沢だ。

「別々のパーツを彫って、串で繋げてみたのよ、凄いでしょ!」
「いやまぁ凄いですが、何故大根……」
「やってみたかったけど、飴がなかったから」

じゃあやるなよと言いたいが、言ったところで聞く相手ではない。
良く見れば料理も大根尽くしである、削った余りを利用したのか。

「……総領娘様、これ一応私へのお礼ですよね?」
「うんそうよ、一杯食べてね!」

笑顔で言ってくる天子に、嫌がらせとかの邪な気持ちは一切感じられない。
心からお礼がしたいようだが、大根ばかりで喜びにくい。

「と言うか天子、無駄遣いしすぎだ! あぁ、我が家の備蓄が……」
「えぇー、良いじゃない別に、おもてなしおもてなし」
「もてなすなら、他にやりようがあるだろうが!」
「おぉう、藍が怒った」

勝手に大量の大根を消費されいきり立つ藍だが、天子は全く悪びれず笑いながら逃げていってしまった。
もう完全におもてなしの場ではない。

「と言うか、どうすれば良いんですかこれ……」

まさかこれを食べろと言うのか、衣玖は呆然と白鳥を見た。



* * *



「流石に使いすぎちゃったかなー……藍に悪かったかしら」

かしらも何も十分に悪い。しかし天子は内心それをわかっていながら、反省も後悔もしていなかった。
さて逃げてきた訳だが、これからどうしようか。などと考えていると、気が付けば紫の部屋の前に立っていた。

「……失礼しまーす」

特に用はないが部屋に入ってみれば、布団の中で紫が冬眠していた。
静かに息をしていて、まるで死んだように眠っている。
つい不安になって頬に触れると、冬の冷たさの中でも確かに温かみを持っていた。

「本当、よく寝るわね。早く起きなさいよバカ」

小言を呟きながら、頬っぺたを突っついた。張りのある頬が天子の指を押し返す。
何も言わない紫に天子はほんの少し寂しげな顔をするが、すぐにいつもの笑顔に戻ると立ち上がった。

「じゃあね紫、また春にね」

それだけ言うと、そろそろ衣玖と藍のところに戻ろうと部屋を出た。
戸を閉めるとき、もう一度だけ紫を一瞥する。

「……それまで待ってるから!」

天子は戸を閉めると、冷たい廊下を早く抜けようと走っていく。
一人部屋で眠り続ける紫は、ほんの少し笑っているようにも見えた。
3・2・1 笑う心あれば、無敵だから。
現時点じゃ解決したわけではないが、その内なんとかなるだろう。と言う話。
シリアスなシーンとか書くの難しいですね、凄い時間掛かります。クリスマスくらいには書き上げるつもりだったのに、どうしてこうなった。
おまけにこの内容で読者に受け入れてもらえるかどうか不安で、心臓バックバク。でも今はこれが精一杯。
アドバイスがあればどんどんおっしゃって下さい。


何故か手違いで、『宴会と謝罪と桃と友達』が上書きされてた……。
気付くのにかなり遅れましたが修正させていたっだきました。
ご迷惑掛けて申し訳ありません。
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コメント



0.3420簡易評価
5.100奇声を発する程度の能力削除
>天子の方は紫のこっどう思ってるんだろうな
こと?
大根の白鳥すげえwww
やっぱり笑顔が一番!
9.100名前が無い程度の能力削除
楽しく読ませていだきました。
それにしても後書きの一文だけで俺の少年時代カムバックな件。天子は崖っぷちですか。HA☆HA 弾ける要石ですか。
10.100名前が無い程度の能力削除
進展している、確実に
ゆかてん素晴らしい
11.90名前が無い程度の能力削除
「恐怖そのものより、怖がった事で紫を傷つけた自分が一番嫌」な天子様が真っ直ぐすぎて眩しい。
そして、そんな天子様と紫を直接間接問わず応援し、見守る周りの人達が暖かくていい。

ただ、少し「話が綺麗に回りすぎている」きらいがあるような。
個人的には、もう少しタメがあるといいです。
17.100名前が無い程度の能力削除
甘酸っぱい
18.100名前が無い程度の能力削除
氏のゆかてんごちそうさまです
次回も期待です
24.100名前がな(ry削除
あなたのゆかてんが大好きです。
27.100名前が無い程度の能力削除
黄色い白鳥の沢庵に、
喰われた人よりどんぶり一杯の御飯が怖い
おあとがよろしいようで。

……紫様になら喰われてもいいや 次は私でお願いしm
28.100名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです!
30.100名前が無い程度の能力削除
ゆかてんごちそうさまでした。@脱字?報告を
>その分大人近づけただろうから
大人にですかね?
33.100名前が無い程度の能力削除
すごく良かったです
ただイチャイチャしてるのも好きですが、障害が発生して乗り越えるのも恋愛には必要不可欠ですよね
それが天人と妖怪ならば時間も掛かるでしょうが、この二人なら大丈夫でしょう
素晴らしい作品ありがとうございます
38.100名前が無い程度の能力削除
いつもながら貴方の書くゆかてんは非常にすばらしい

>見ている側としてはじれったい
藍様は全然判ってないなあ
それが良いんじゃないか
42.90名前が無い程度の能力削除
この作品はまさに作中の天子のような作品でした(主人公だし当然ですかねw)。渾身のストレートを色んなコントロールで決められました。少し気になる点は、起承転結の転の部分がもう少し紆余曲折あればいいかなと個人的に思いました。
49.100名前が無い程度の能力削除
良い話ですね
ハラハラしながら読み進めましたが、こうやって徐々に難関を克服していくことも大切なのでしょうね
50.90ワレモノ中尉削除
壁を乗り越えて、成長していく天子が素晴らしいですね。
二人がまた笑えるようになって良かった…。
53.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
54.100名前が無い程度の能力削除
やっぱ障害があった方が燃えるね!
よーしパパ天子ちゃんの元カレ装ってゆかりんの前に現れちにゃ
57.100花梨糖削除
全部見ましたが……

ゆっかっりwwwwwwww

意外に感想が思い浮かばない……(笑)
天子も可愛いのに……っかしーなー。
まあ、萌えました。
61.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです!

誤字?報告です
>思わず名前を読んでしまったが、何を言えばいいのか良くわからず
呼ぶじゃないですか?
62.100名前が無い程度の能力削除
天子は本当に健気で強くていい子だなあ
それに比べてゆかりん、あんたヘタレすぎだよ…
63.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれ、こういう落とし方もあるのか
68.100武蔵削除
ゆかてん。いいなぁ。また新たなカップリングに目覚めました。話の内容も山あり谷ありで美味しゅうございました。
75.100名前が無い程度の能力削除
誤字報告を
『同じこと聞いたけど別にやつみたい
別のやつかと
ゆかてんはいいものだ
78.無評価名前が無い程度の能力削除
完璧に書き換えちゃってますよー
79.無評価名前が無い程度の能力削除
どうりで探してもないわけだ
間違えたのかな?
88.100絶望を司る程度の能力削除
「なんたかんで、傍に居てくれてるあなたが好きです」という某アニソンの歌詞が浮かびました。お幸せに!