「椛、兎年といえばなんだと思う!」
「鍋ですね、ハツとか意外と」
「ちげぇし」
テンションあげようと犬ッころに話題を振った麗らかな午後の昼下がり、まさかそんなヘヴィな返しを喰らうとは思わずげんなりとため息を一つ。
私、姫海棠はたてのため息など気にした風もなく、目の前の哨戒天狗の犬走椛はくぁッと欠伸をして今にも寝てしまいそうだ。
場所は人里の人々行き交う大通り。世間様ではまだまだ正月気分が抜けきっていない微妙な時期。
私達がこんな場所にいるというのも、私自身が内緒で進めているある企画のためなのである。
「兎年だから幸運の兎の特別リポートって、誰が得するんですかそんなの」
「何をいってるのよ、縁起がいいでしょう? ほらほら、アンタも探してよ。永遠亭の医者に聞いたら、人里にいるって話なんだからさ」
「めんどいダルイかったるいんで帰っていいですか?」
「やる気ゼロ!?」
いやまぁ、無理やり引っ張ってきた私が悪いんだろうけれども。
それでもさ、もうちょっとやる気を出してくれてもいいんじゃないかなーとか思うわけで。
文は文で博麗神社で朝からニャンニャンしてるしさぁ、一人じゃ寂しいじゃん?
「大体、今時あなた方の新聞なんて誰も真面目に読まないんですから、適当に代役立てればいいじゃないですか。
例えばほら、そこのお婆さん。このウサ耳着けて杵を持ってもらえれば、……ほら完璧」
「お婆さん、その杵でそこの犬ッころの頭をカチ割って頂戴」
失礼にも程があんだろうこの犬。たとえそれが事実だとしても遠まわしにオブラートに包むのが人情ってもんでしょうが!
……言ってて今、悲しくなってきた。
ていうか、何ゆえチョイスが老婆なのか問い詰めたい。めでたくもなんともないし!
「何がご不満か知りませんが、この老婆はただの老婆じゃないんですよ。この皮を剥げば、ほら―――ガ○ダムです」
「ありえないでしょうがぁぁぁ!!?」
老婆の顔面の下から現われたロボット顔に思わずツッコミいれた私は何も間違っていないと思いたい……つーか、むしろ断言したい!!
いや、それよりもどこからつれてきたその老婆!!?
「ワシが……ワシ達が、」
「すんませんお婆さん黙っててくださいお願いします!!」
「息、……してもええよね?」
「お亡くなりになるぅぅぅぅぅ!!!?」
慌てて顔面に張り付いていたロボ顔を外したら、お婆さんの顔が真っ青だった。
危ねぇ、本当にお亡くなりになるところだったよこのお婆さん。
そしてこのお婆さん、椛に文句言うかと思いきや、何ゆえか真っ青な顔のまま非常にいい笑顔でサムズアップして去っていった。
……なんでやねん。
「あらら、なんだか珍しい組み合わせですねぇ」
「本当だ。たまには小悪魔と二人っきりで里に来るものね」
なんだか後ろから声が聞こえて其方に振り向けば、紅魔館のフランドール・スカーレットと、彼女を守るように大きな日傘を差した小悪魔の二人。
珍しいって言えばそっちもよっぽどだと思ったけど、確かに私と椛が文を連れずに一緒にいるのは珍しいことかもしれない。
「何かお困りごとですか? なにか揉めていたようでしたけど」
「いや小悪魔さん、兎年だから幸運の兎の特別記事を作りたいと、そこのほたてが」
「誰がほたてだコラ」
いちいち一言多い椛にジト目を向けるが、当の本人は我関せずといった様子。
そんな私達に苦笑しつつ、何かいいこと思いついたのか、小悪魔はポンッと手を叩き。
「ならばこうしてはどうでしょう! 近場のお爺さんに兎の耳と杵を渡せばほら……完璧です!」
「お前等思考回路一緒かよ」
まさかの椛と同じ意見について出た言葉。
しかし、それがよっぽど気に入らなかったのか、近場のおじいさんをコーディネイトした小悪魔はぷんすかとご立腹な様子。
「まぁ、これを見てもおんなじことが言えますか!? この皮を剥がせばほら―――」
ずるぅぅぅぅり……。
「クト○ルフさんです!」
「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
SAN値が!!? 私のSAN値がガリガリ削れて行くぅぅぅぅぅぅぅ!!?
誰か、誰かあの見た目蛸っぽい生き物にモザイクかけてぇ!!?
「アンタ、どういうことよコレ!!?」
「いやぁ、最近クト○ルフ神話にハマってましてね、文通してたら本物の一部を呼び出せるようになっちゃいまして」
「お亡くなりになれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
なんつー危険なもん呼び出せるようになってんのよこの悪魔!!?
物騒にも程があるっていうか、さっきのおじいさんどうすんのよ!? 体そのまま顔面クト○ルフって生き地獄じゃないのさ!?
「はたて、あのお爺さん邪神とナチュラルに会話してますよ」
「あー、あー、聞こえない聞こえない!!」
私は何も見てない聞いてない覚えてない!
ていうかそんな場面見たくもないよ! ある意味大スクープだけども!!
「ていうか、アンタも何とか言ってよ! あんな見ただけで発狂するもの見てなにか思うことないわけ!!?」
「え? あれってそんな危険なもんだったっけ? 私、見ててもなんともないんだけど」
「そういえば元からSAN値ゼロだよこの子!!?」
そういえば、元から気が触れてるだの狂ってるだの情緒不安定だの色々言われてるのが彼女、フランドール・スカーレットという吸血鬼なのだ。
そりゃあSAN値があさっての彼方にぶっ飛んでいてしまっても不思議ではなかったか!!?
フラン……恐ろしい子!
「……私以外にツッコミがいるって楽だなぁ。小悪魔、いい加減戻してあげようよ」
「はーい」
フランの言葉に小悪魔が返事をして、手のひらをポンッと叩けばあら不思議、先ほどまで記すこともはばかれる状態だったおじいさんが元に戻って会釈をして去っていく。
人里に入ってからはや20分、なんかもう疲れてきたんだけど、大丈夫なんだろうかこんな状態で。
「はたて、もう帰ろう。正直眠たいんだ、私」
「いいえ、幸運の兎の記事を作るまでは諦めないわよ! あと、アンタはもう少し本音を隠せ」
ドンだけドライなのよこの犬ッころは。やる気ゼロじゃないの。
巷では真面目な子だって評判なのに、どうしてこんなに冷め切った性格してんのよ。
あれか、寝てるところにフライングボディプレスで無理やり起こして拉致ッたのがいけませんでしたか!?
なんて葛藤をしていると。
「その話、聞かせてもらったぁッ!!」
私達の目の前に、巨大な要石が着地。
その上に乗っていたのは不良天人こと比那名居天子。
突然の彼女の登場に呆然とする私達。何事もなかったかのようにいつもどおりの里の人々。
そんな私達の温度差などなかったかのように、華麗に舞い降りた天人はニィッと笑みを浮かべた。
「あなた達には残念だけど、幸せの兎は私と衣玖のお鍋になるのよ!」
「何言ってんのこの子!!?」
「是非、お供させてください!」
「椛ぃぃ!? 涎だっらだらですよぉぉ!!?」
さっきまで眠そうだったくせにいきなり目が輝いたよ!? 水を得た魚のごとく潤いだしたよこの犬ッころ!!?
どんだけ兎鍋好きなの!? 狼だけに兎の肉は大好物だってか!!? つーかその兎は食べちゃダメ!!
「よろしい、そこまで言うなら私にジャンケンで勝ったらご馳走してあげるわ!」
「望むところ!」
「弾幕勝負じゃないんだ。……ていうか、椛本当に活き活きしてるなぁ……」
いや、なんだか私のあずかり知らぬところで話がズカズカ進んでしまっているというか、あらぬ方向にマッハで飛び去っているというか。
ふと、肩を優しくぽんぽんと叩かれたんで其方を振り向いてみると、哀愁に満ちまくった吸血鬼が哀れみの視線をこちらに向けておいでだった。
「大変だね、あなたも」
「くぅ!!? まさか見た目子供な相手にそんな視線を向けられる日がこようとはッ!!」
なにこの屈辱感!? あまりの情けなさに涙が止まらない!
そんな私達のことなど知ったことではないのか、小悪魔レフェリーの下、椛対天子のジャンケン勝負の火蓋が今、切って落とされようとしていた。
……もりあがらねぇ。
「合意と見てよろしいですねぇぇぇ!!?」
「もちろんです」
「ふふ、天人と妖怪の格の違いを見せてあげるわ」
こんな騒ぎの中、それでも日常生活を続ける猛者だらけの人間の里。
誰一人としてこの光景に驚きもしなければ、気にも留めないこの不思議。
お前等普段どんな生活送ってんのよ。と、げんなりとため息をついたとき。
『最初はグーッ! ジャン! ケン!』
「死ねぇぇぇーッ!!」
「ぷりおばっ!?」
『椛さぁぁぁぁぁぁん!!?』
ジャンケンそっちのけで右ストレートを天子に叩きつけた椛に、私とフランドールから盛大なツッコミが上がったのだった。
だがしかし、そこは体の頑丈な天人こと比那名居天子。
吹っ飛ばされていた体を踏ん張るように押しとどめ、クツクツと怪しい笑みを浮かべて立っている。
「ふふふ、さすがは白狼天狗といったところかしら。でもね、サドとマゾのハイブリットヒューマンの私にはその程度の攻撃なんて屁でもないわ!
殴って気持ちイイ。殴られて気持ちイイこの勝負になった時点で、あなたに勝ち目なんてないのよ!!」
「チィッ! 相変わらず性質の悪い! 自給自足できるじゃないですか!?」
「今度は私の番ね! ジャン! ケン! 死ねよやぁぁぁぁぁ!!」
『ジャンケンしろお前等』
激しくなっていくジャンケンとは名ばかりの殴り合い。
一応、グーだったり、チョキだったり、パーだったりするのは彼女たちなりの唯一の良心だったのか。
渦巻く風。切り裂かれる大地。粉砕される家屋。それでも日常どおりの人里の方々。
いや、なんていうかもう……どうでもいいや。
「ねぇフランドール、これからカフェー行かない? 記事とか正直もうどうでもよくなってきた」
「そうね。もう好きにさせたらいいと思うわ、うん」
語りかけた少女の目は、どこか遠い。目が死んだ魚のように濁りきっている。
多分、私も同じ目をしてるんじゃないかなーなんて、半ば確信にも似た気持ちを抱いて目の前の光景を眺めている。
いつのまにか、剣と剣の剣戟の応酬になっている時点で、もはやこの二人は当初の目的なんか覚えちゃいまい。
そうして、私達はカフェーに向かう。
なんかもう、目の前の現実から逃げさるように。
後ろで聞こえる剣戟の音も、幸せ兎の記事も、もはやどうでもいい。
サラバ、我が新聞の特集記事。グッバイ、幸せの兎特集。
そして今頃霊夢とニャンニャンしてる文へ。
盛大に爆発しろこんちくしょう!!
▼
博麗神社の縁側にて、鴉天狗が巫女を膝枕にして休ませている。
その表情はどこか優しさに満ちていて、さわさわと髪を撫でるが巫女は起きる気配がない。
クスクスと、文は静かに顔を巫女に近づけた。
「霊夢がイケナイのよ。妖怪の私にこんな無防備な姿を見せるんだから。だから、私に食べられたって文句は言えないわよね?」
聞こえているんだか、それともいないのか、眠っているのか、それとも起きているのか。
そんなことも、きっと文には些細なことだったのだろう。
静かに、巫女の前髪を上げて額に口付けするかのように静かに目を閉じて。
はたての念写能力が変にこじれてジョグレス進化した力が遠くからやってきて、二人もろとも博麗神社は爆散した。
と、いうか椛と天子ちゃんとじゃんけんしろw
ていうかまずは熱を下げましょう。
熱ってww
言い回しが酷似してますね。
ハイブリッドヒューマンに笑いました
>はばかれる→はばかられる
追伸:作者様へ
とりあえず、寝ろ。
羨ましいようなそうでないような微妙な相手だけど
クト○ルフさん直視してなんともないフランちゃんマジパネェwww