Coolier - 新生・東方創想話

アリス・マエステラが死んだ日 ~ マエステラの章 1

2011/01/01 05:51:34
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 幼い少女の、ごくありふれた出会い。

「誕生日おめでとう、アリス」

 4度目の誕生日に父親が買い与えた人形との出会い。

「わぁ、おにんぎょさんだ!」
「この子はね、上海人形というんだよ」

 無垢な幼女と、可憐な人形との出会い。

「……はじめまして、あたしはアリスよ。あなたはどこからきたの? ……そう、とっても煩い所なの。え、はしらの音? がんがん?」

 さっそく人形とお話しを始めた我が子の姿に、両親は目を細めていた。
アリスのその小さな心は、すっかり人形に魅せられてしまってる。

 家族の間に流れる暖かな空気。
 それは暖炉に火がくべられていたからとか、キャンドルの灯が綺麗だからとか、姉と兄が二人で編んでくれた桃色のマフラーがアリスの首に巻きつけられていたからとか、そんな理由だけではない。
 もっと、確かなものがあったからだ。





 昨日は私の誕生日。 15回目だった。 数日後にはクリスマスだけど、私のスケジュールには入っていない。

 昨日の食事はいつも通りで、居間には家族全員が集まっていた。 
 それは今晩も同じで、テーブルに載った夕食と、席につく家族の顔が私の視界に入っている。
 暖炉にくべられた炎は汗ばむくらいの熱を放っていたが、私達の間に流れる空気は冷えて澱んでいた。

 私はまず、15回目の誕生日を迎えたことを家族へ伝えた。
 流れていた空気が一瞬で固まったの感じる。 両親の顔は凍りつき、姉兄は申し訳なさそうにお互いの顔を見合わせていた。

「そ、そんなのアンタが悪いんでしょ!? いい年していつまでもオトモダチとお人形遊びにかまけてさぁ!」

 姉は困惑した気持ちをぶつけてきたが、それがこれでも随分とオブラートに包んだ言い方なのだ。
 でも私は、もうそんなこと気にしてない。
 ここ2年は誕生日を祝ってもらっていない事なんて。 私より年上の姉兄は去年も今年も、そして来年も誕生日を祝ってもらえる事なんて。
 私がこの状況を受け入れてしまうことは、家族の思惑から外れているのだろう。
だが、どんなに冷遇を与えたところで末っ子娘の更正はありえない。
 もっとも更正といっても、学校での成績は上から10も数える必要がなかったし、他生徒と喧嘩沙汰を起こすことなんて一度もしなかった。

「私が悪いって一体何の話かしら。それよりお父さん、お母さん」

 私に声をかけられた両親は、凍りついた表情のまま、サッと顔をこちらに向けた。
 何かに怯えたような表情にも見えた。
さすがにこれには、少々胸がチクリとする。
 両親がこんな反応するのには訳がある。この村の神官に言われたことが未だに応えているのだ。
近所の住人や、校の教師達、一部の信心深い同級生たち、その親。 皆一様に、神官の言葉は正しいと復唱した。
 でも私は、自分の決心を曲げるわけにはいかない。
ここで流されてしまえば、一生自分に嘘を吐き続けなくてはいけないし、友人の声を無視し続けなくてはならない。
 しかしその葛藤も、決心を打ち明けてしまえば、全て終わる。

 私が再び口を開くまでは時間にしてたった5秒ほどの間だったが、異様に長く感じられ、両親を含む私の家族は皆、私が言葉を続けるのを待っているのが分かった。

「私、もう15歳だし良い区切りだと思うの」

 ここまで言って両親と、目の端に映っていた姉兄の表情が、少し緩んだのが見えた。一瞬でも更正を期待したのか否か、それは判らない。 

「……だから、家を出るわ。 ここから300里ほど離れた街に移り住むの」

 暫く相槌を打つ者が居なかったからか、ふと気付いたように姉は、
「そう、ここに比べたら随分と都会よね」と独り言をつぶやくように返した。

「明日には発つから」
 両親の表情が少しずつ、
「準備はもう整ってるの」
 少しずつ柔和になっていくように見えた。だが、

「”もう安心してくれていいわよ”」

 言うと、またサッと表情から色が失せ、申し訳なさそうな、後ろめたそうな表情に戻り、いつのまにか肩はこわばっていた。
 再び沈黙が流れる。
 家を出て何をするのかとか、どうやって食べていくのかとか、そんな質問が出る気配は無い。 
 そういう質問が出ないのは一応分かってはいた。
でも無駄と知って、沈黙に消費されると読んであえて、少しの合間を作った。
これは会話におけるマナーみたいなものだと私は思っている。
 だが、さすがにそのままにして置いては、5人分の時間が無駄になるので、出るかもしれなかった質問の答えを与えることにした。

「……家を出たらしばらくは宿暮らしね。 生活費は自分で稼いだ分があるから、半年は働かなくても大丈夫よ。 家を出る目的は、村の皆様の予想とはちょっと外れて、普通の人形職人」

 やっぱり人形という単語が出ると、場の空気が一瞬澱む。 不快だが……いや、もう慣れた。

「……私からは以上」

 言い終わって両親、姉兄ともども一気に肩の力が抜けたようで、わざとらしい位に同時にハァ、とため息を吐いた。 それはまるで、全身を締め付ける拘束具から開放された囚人のようだと思った。
 息を吐いたタイミングが揃っていたのが、本人達もわざとらしいと感じたのだろう、しばらくの間、どこか気まずそうに視線を泳がせていた。
 誰に対して気まずく思っているのかを考えると、虫唾は走る。 思わず眉間に力が入る。
 反対なんてされないのは分かっていた。
 未熟な一人娘が家を出ようと、遠く都会にたった一人で離れ住もうと、人形職人なんて卑しい職に就こうとも。
 当然、その場に聞いていた家族全員の表情に、ここ数年見覚えの無かった”真の安心からくる安堵の色が浮かぶことも”予想通りだった。いくら表情では申し訳なさそうに、後ろめたそうに取り繕ったところで、仕草から本音が明るみに現れてしまう人達なのだ。



 翌日の早朝。 家族はまだ誰も起きていない。 早速発つ準備を始める。
 リュックの中身は、裁縫セット、綿、端切れ布、ランプ、方位磁針、地図、水筒、ノートや筆記用具、財布、自宅の鍵は要らないので置いていく……祖母の写真が入ったロケット。
 それと、コートの内ポケットにも財布を。 財産を一箇所にまとめてしまうと、もし盗まれた時には無一文だ。
 そうなるとまた実家に出戻り。 さすがにそれは格好がつかない。 家族の前で見得を切った以上、生半可なことでこの村に戻るつもりはさらさらない。
 腰には皮の鞘に入ったナイフを携える。
 最初に刺したのは母親だった。
 次は父親だった。
 仕方がなかった。 
 私の大切なものを取り上げていく魔の手を退ける為だった。

 二階の自室のノブを捻り、居間に続く階段を下りる。 
暖炉の炎はすっかり弱まり、静かな橙色の灯りを染み込ませた焚き木が、全身を白い灰に変えようとしている。
 水差しの水を水筒に移す際、台所に置かれたバスケットに、フランスパンが突き刺さっていたのを見つけた。
 それを抜き取り、ひとかじりしてから、水差しごと口をつけて、ごくりと。
 寝起きの粘着質な口内を、透き通った冷たさが洗い流していく。
 たかが共用の水差しに口を付けた程度だが、私の中では、ここ最近で一番悪質ないたずらだった。 ナイフで人間の手を裂いた事よりも。

 水筒をリュックにしまい、忘れ物の確認をしてから、玄関の戸を開ける。 すると真夏に氷冷蔵庫を開けたような清涼感が体を通り過ぎたが、それはたった一瞬のことで、すぐに12月の気候が冬であり、しかも早朝であるという事を思い知らされた。
 防寒具が入っていることを思い出してリュックを床に下ろす。 
 中から桃色のマフラーを取り出して首に巻きつけたら、リュックを背負いなおし、再び玄関の方へ振り返る。
 ドアの外を見回せば、枝葉は白いギザギザで薄くコーティングされいて、普段の景色を白く滲ませていた。 霜が降りている。
 息はいつも以上に白く染まっているように感じたが、それは早朝に起きることが無いからそう思うだけで、最近は普段からこの調子なのだろう。
 玄関を一歩踏み出し、霜の降りて白く滲んだ地面を踏みしめる。
 と、ふと大事なことを一つ思い出して、振り返った。
 そういやもう一人居たんだった。
「おばあさん、いってきます。 ではまた、会うことがあったら……」
 玄関からの朝日に照らされ、薄黄色に染まった無人の居間。 そのどことも付かない空間をしばらく眺めてから、音を立てて家族を起こさぬよう、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。

 ここから東北東にある山道を、ひたすら東の方へ歩けば、夕方ごろには、隣の隣の隣町に着くので、そこで宿をとる予定。 その町の隣が、私が目指している都会の街だ。
 東北東の山道を目指し、村の街道を歩いていると、舌っ足らずなかすれ声に呼び止められた。

「おはよう、アリス! 今日も人形見せてよ!」

 振り返れば、私の腰の位置よりも更に低いところから、こちらを見上げる笑顔があった。

「おはよう、上海ならここにいるわよ。 でもまだ眠っているからまた今度ね」

 と、懐を指差して断った。 ”今度”なんて二度と来ないのに。 というより、今度が来てしまうような事態だけは避けたい。

「そっかぁ、無理やり起こしちゃうと可哀想だもんね。 私のおにんぎょさ……ミリアもほんとは眠たいのかな」

 言いながら幼子が、笑顔を消さないままに困った表情を浮かべていると、私はふとあることに気付いて懐をまさぐった。

「あら、起こしちゃったかしら。 ごめんなさいね」

 そう詫びてから私は、懐に潜んでいた彼女の顔だけを、コートの隙間から出してあげた。

「あっ、上海だー! おはよう! ねぇアリス、上海は今何て?」
「おはよう、今何時なの? って言ってるわ」
「今はねー、だいたい朝の5時かな?」

朝の5時、と自分で言って何かを思い出したのか、幼子は「あ、そうだった!」と大きな声を上げた。

「わたしね、これから畑のお手伝いがあるの! アリス、上海、またね!」

 そう告げると、とてとてと走り去っていった。 
それは少々慌てた様子で、勢い余って転びやしないかと、ちょっと心配してしまう。 あの子もいつかは、私を蔑むようになるというのに。
 幼い子たちも最初は私に懐いてくれる。 でも、ある程度成長してしまうと皆気持ち悪がって近寄らなくなってしまう。 狂人や気違いと蔑まれるのは日課のようなもので、石を投げつけられる事だって珍しくない。



 ねぇ、アリス。 やっぱり、決心は変わらないの?

「ええ」

 後悔しない?

「別に独りきりってわけじゃないし、寂しくなんてないわ」

 そう。

 たった二文字の短い相槌だった。
 けれでもそっけなくなんてない、むしろとても温かい声だった。 彼女の表情は変わらないけど声でわかる、彼女は微笑んでいる。 私の知り得る限り、今の私へこれほどまでに温かさのこもった声を返してくれる人間は、もうこの世には存在しない。
 彼女と私は親友同士だ。 同時に姉妹のような存在でもある。 
私の一番の理解者であり、時には互いを励ましあい、たまに喧嘩したとこもあった。 
 大喧嘩の末に、私が一方的に三日も口をきかなかった事があったが、それ以上は耐えられなくて、勝手に涙が頬を伝って、悲しくて、辛くて。 そんな私の様子を見ていられなくなったのか、彼女の方から謝ってくれたこともあった。
 私は彼女を力一杯抱きしめて何度もごめんね、と謝った。 ちょっと苦しいよ、という声も無視してぎゅっと抱きしめた。
 彼女が返すものは声だけで、体温さえもなかったが、自分の体温が移った温もりさえ愛おしかった。 その日の晩は、お互いに抱きしめ合い、おでこを合わせたまま朝まで語りあった。
 それくらい彼女の存在は近い位置にあって、私の心の大部分を占めていた。

 私が家を出ることを告白した最初の人物が、彼女だった。
 その決心に対して彼女は、自分との会話を、人間の居ないところでのみに留めれば、家を出る必要は無いと提案、もといやんわりと反駁した。
 でも、それを受け入れる事は出来ない。 だって彼女にも立派な人格があるじゃないか。 こんなに、こんなに立派な……。 
 なのに日中は会話することを許されず、夜中家族が寝静まった後の数刻しか話が出来ないなんて、酷い差別じゃないか。
 許せなかった! こんなに互いを想い合った親友同士なのに!

 私は半ば人間に失望してしまっていた。
 彼らは皆、愛が大事だと言う。
 家族愛、親子愛、兄弟愛、姉妹愛、友愛、隣人愛などと御高説のたまう癖に、何故私達を認めようとしない。

 人間と人形が姉妹のように愛し合って何が悪い。

 あいつらは、ただ愛という単語を無意味に、空虚に復唱する事しか能の無いオウムだ。

 彼らが愛を振りかざし、私たち二人を切り裂くのなら、私は……!
 あけまして、おめでとうございます。
 年明け早々に重ったるい内容で申し訳ないっす。
 そそわデビューしたい!したい!と思いつつも、書いては破綻して諦めてを長いこと繰り返していましたが、今作なんとか破綻しなさそうな物を書けました。
 SSにしては長めな連載(?)になりそうですが、ひるまず挑戦してみようと思います。
 来ましたコレ、早速新年の抱負ですね。
 あとから証拠隠滅したくなっても、アップしたらもう逃げられませんからね。
 堪りませんねコレね。

 さて、読んでの通り表現力が貧相な文章でございますが、ここまで読んで頂けて、とってもとても嬉しいです。
 次回作でもお会い出来たら、もーっと嬉しいです。
 では、これからもよろしくお願いしまーっす。
兎に角
http://twitter.com/A_Tonic
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コメント



0.400簡易評価
11.70コチドリ削除
初投稿おめでとうございます。
デビューからいきなり続きもの、それも章立てってことはかなりの連載話数になるのでしょうか。
釈迦に説法かもしれませんが、一話完結の連作やその作品集内での一気投稿・完結形式をとらない限り、
創想話での連載ものは回を重ねるごとにポイントやコメが先細りしていくことは覚悟すべきかと。

第一話を拝読するに、よくあるプロローグ物とは一線を画す作品の出来だとは思います。
とにかくゴールに向かってゆっくりとでも構わないのでコツコツ進んでいって下さいね。
陰ながら応援しております。ガンバレ!
14.100名前が無い程度の能力削除
中々面白いのに評価が伸びないのが残念だな。