「わからないよ。ただ―――」
月は静かに煌々と輝いていた。
新年となっても変わらぬ静寂を保つ夜空に私は一つの言葉を言い放った。
――
時期は冬。人も妖もこの日はせわしなく慌てふためいている。そう、今日は年の最後の日。
世間一般で言う『大晦日』だからだ。日はもうすぐ暮れ妖怪の山へと沈んでいき、太陽は今年の仕事納めをし始めていた。
人里には灯りがぽつりぽつりと。そして私は今頭の後ろで手を組み、竹林での日課の見回りをしていた。見回りというよりは散歩なのだけれど。
空気はとても張り詰めていて風が吹くと、針で突き刺されているような冬独特の痛みを感じた。
しかし、私は慧音からこの間のクリスマスとやらに贈られた、マフラーがあったので風に当たっても少しだが、寒さは和らげられた。
私はこういうのをあまり好まない。というか私には似合わないような気がしていたので、当人に『いや、私寒くなったら火出すしいいよ』といったら、
『人里の人からな、竹林で頻繁に火事が起こって心配して安心して過ごせないという苦情が来ているんだが妹紅少しでも減らしたいんだがいい解決法知らないか?』と皮肉を喰らったので大人しく頂いた。
しかし、人里のおっちゃんからは『よっ!妹紅ちゃん!男前だね!』とか『慧音先生この間妹紅ちゃんの話題で寺子屋の授業一時間潰したらしいぞ!羨ましいね!』とか『妹紅ちゃんそのマフラー1万で譲ってくれないか?』などなど言われた。
霊夢に見せたら『そんなことより、あんた火燵毛布の中にはいっときなさい。寒いのよ』と無理やり火燵毛布の中に押し込められた。
霊夢はともかく、人里の主におっちゃんからは好評だった。どうやら以外にも似合っているらしい。
私はそれが嬉しくなりこのマフラーを大切にしている。ちなみに毛糸の色が慧音の髪の色に似ているため、貰ってから外出するときは慧音といつもいられる感覚がしてどこか幸せだった。
それを思い返すだけで私は嬉しくなり自然と鼻歌を歌ってしまった。曲はもちろん月まで届け、不死の煙。
私は見回りを終えて、庵に帰ってきて扉を開け寒かったので囲炉裏にでも当たろうかと思い、急いで居間に向かった。
「あら、お帰り妹紅。遅かったわね」
何故か輝夜が囲炉裏に当たりながら、私が香霖堂から買って来たジョジョを見てた。
「何でお前がここに居るんだよ!」
「もう、せっかちねぇ。事情はちゃんと話してあげるから落ち着きなさいよ」
私は輝夜に言われる通り落ち着いて、輝夜の向こう側に座り囲炉裏に当たり始めた。
「で?なんで来たんだよ?」
「あー、そうね……」
「なんだよ。もったいぶらずに早く言えよ」
輝夜は言葉を濁して少し『んー』と唸り声を上げしばらく腕組みして黙っていたが、しばらくして口を開けた。
「実はね、永琳が『毎年このメンバーで年を過ごすのも飽きましたし、妹紅呼びません?』って今日唐突に」
「はぁ?なんで永琳がそんなことをいきなり言うんだよ」
私は意味わからん。といった顔で輝夜に疑問をぶつけた。すると輝夜も同じような顔で
「私もわからないわよ。ってか寧ろ教えてほしいくらいよ。永琳に聞いても教えてくれないし」
と返事が返ってきた。しかし私はこの大晦日には予定があった。もはや恒例行事ともいえる慧音との年越しだ。
毎年、慧音が私の庵にきて、二人で静かに酒盛りをするという行事だ。盛り上がりには欠けるが、来年もよろしくなど今年の反省などをお互いに言い合うという大事な行事だ。
「ってか私は今日用事あるんだが」
「あぁ、どうせ慧音関係でしょ?永琳が慧音も呼んでいいっていってるから連れてきなさいよ」
なんでこいつは私の用事関連=慧音関係ってことになっているんだろうか。
「なんで私の用事が慧音関係ってことになるんだよ。他の奴との用事かわからんだろうに」
「だって貴女、永遠亭と慧音以外に友好関係ないじゃない」
……来年は友好関係を広めよう。
「まぁ、そんなわけだから着なさいよ。夕餉とかはこっちで用意するから慧音も連れてきなさい」
輝夜はそういうとすくりと立ち上がって、
「ザ・ワールド!時よ止まれ――」
そういったときには輝夜の姿は私の前からなくなっていた。
どうやら永遠と須臾を操る程度の能力を行使したらしい。
なんという能力の無駄遣いだ。ってかこれがやりたかっただけだろ。
私は厄介ごとに巻き込まれたなぁと思いながら、どこか楽しみにしている反面もあった。
大人数で過ごす大晦日は初めてだから少し気持ちが高揚して再び鼻歌を歌い始めた。
―――
太陽は見事に仕事納めをして、妖怪の山に沈んでいってしまった。今は夜勤のお月様と交代している。
大晦日なのに夜勤なんてついてないなお月様。そんな戯言を思いつつ永遠亭の門を慧音と一緒にくぐり抜け、
永遠亭の玄関を開け、来たことを知らせるためにやや大きめの声で輝夜を呼ぶ。
玄関を開けると食欲をそそる香りが漂ってきて、私の鼻腔を余儀なく刺激した。
「おーい、輝夜ー約束どおりきたぞー」
パタパタと廊下からは誰かが小走りにこちらへ向かってきているのがわかった。
しかし出てきたのは私が呼んだ人物ではなく別の人物だった。
「あら、いらっしゃい。妹紅、御免なさいね。急に呼んじゃったりして、そして貴女も久しぶりね」
私が呼んだ人物とは違う人物が出てきたことにやや驚いた。
しかしもっと驚いたのは永琳が普段の姿ではなく、エプロン姿で出迎えてくれたことだ。
どうやら夕飯の準備をしているところにきてしまったらしい。
「ああ、久しぶりだな。ここ最近は寺子屋のほうが忙しくてな」
「まぁ、忙しいのはお互い様ね」
「全くだな」
慧音と永琳はお互いに相変らず労働に慎んでいることがわかると、笑いあった。
「まぁ、あがって居間にでも行ってて、もうすぐできるから」
「すまないな。上がらせてもらう」
「じゃあ私も」
私達は靴を脱ぎ揃えて、居間へと向かう。しかし相変らず永遠亭の廊下は無駄に長い。
彼是、5分間歩き続けているが居間につかない。ただ廊下をエプロン姿で走り回る妖怪兎ばかり見かける。
ほらまた、兎。兎。輝夜。兎。兎。兎。兎。輝夜。兎。兎。
……ん?なんか今さっき2回ほど見てはいけないようなものを見た気がする。
私は恐る恐る、今さっき廊下ですれ違った物を振り返って見ると、エプロン姿でバンダナをした輝夜が皿を運んでいた。
「輝夜何やってんだ?」
「いや、永琳の手伝いだけど?」
「いやいやいやいやいや、お前が居ると邪魔になるだろう」
私は手と首を横に振り、否定した。
ありえない。私が知っている輝夜はもっと怠惰で自分勝手な奴だ。
「はぁ?妹紅、あなた勘違いしているようだから言っておくけど私料理はうまいのよ?白玉楼の庭師と同じぐらいよ」
白玉楼の庭師というとあの銀髪の剣士か。以前宴会であいつの料理を食べる機会があったので食べてみたが、あれはかなり熟練の腕だった。
それと輝夜が同格か。信じられない。
「おいおい、嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ。もし本当だったら何かしてくれるのかしら?」
「ああいいよ、ミニスカートでも黒ニーソでも履いてやるよ。ただしお前のほうが嘘だったら人里のおっちゃん3人と飲み会な」
そういった瞬間輝夜の口の両端が吊りあがり三日月を作った。
輝夜はそれを袖で隠し、楽しそうにぱたぱたと去っていった。
「そういえば、妹紅この間永遠亭に薬貰いにきたとき、お茶請けとして輝夜殿の手作りいきなり団子が出てきたんだが、美味だったぞ」
「えっ?」
「あれは中々まねできない味だったよ。人里の甘味処でも太刀打ちできないかもな」
「何で今それをいうの慧音?」
「ミニスカ、黒ニーソ超見てみたいからに決まってるだろ」
真顔で私はそれを言われた。そして私は強く思った。
来年はもうちょっと常識のある友人を作ろう。私はそれだけを胸に刻み永遠亭の居間に行った。
――――
「あらあら、妹紅もうちょっと行儀よく座らないと見えちゃうわよ」
「……ッう、うるさい!輝夜!食事中だ!」
「妹紅、そういうお前が一番うるさいぞ」
「あはは、スカート慣れないと大変ですからね」
「妹紅さん、お楽しみウサね」
「おい、てゐちょっとこっちこい」
結果輝夜の手料理はうまかった。世辞抜きでだ。
そんなわけで私は今赤色のミニスカートと黒ニーソで恥辱を受けながら食事中だ。
どうにも太股の付け根が寒くてしかない。そして正座で食べなきゃいけないので足が辛い。
ちなみにこれがどこから出てきたかというと優曇華の私服らしい。
皆で鍋やら料理を囲んでわいわいと騒がしく食事をしている中、永琳が部屋の隅で
「え!?今博麗神社で飲み会!?そんなのどうでもいいから写真取りに着なさいよ!え?椛がかわいすぎて離れたくない?貴女いつものジャーナリズムはどうしたのよ!昨日でもう仕事納め?
貴女一生に一度あるかないかの写真が取れるかも知れないのよ!?え?今、はたてと椛に囲まれてそっちのほうが一生に一度あるかないか?ちょっと待ちなさいよ!あ、ちょ!」
なにやら小さな機械を持って誰かとこそこそ会話していたようだが気にしないでおこう。ってか気にしたくない。
しばらくしてがっくりと肩を落とした永琳が輝夜の横に座り、輝夜に肩をぽんぽんと叩かれた。
しばらくすると騒がしかった、食事も終わり後片付けに入った。
全員で皿を持って永遠亭の台所にいって自分が使った食器などを片付つけて、現在永遠亭の居間に戻ってきてごろごろとしていた。
私は正座をせずに足を伸ばして背を柱に任せて楽な体勢を取っていたところ、台所で戦争していたらしい妖怪兎がへとへとで居間に入ってきて
私の横で私と同じく背を柱に任せて楽な体勢を取っていた。私はしばらくその様子を見て休ませてあげようと思ってそいつの肩を叩き
「疲れているなら休むか?膝枕ぐらいしてやってもいいぞ」
といったら首を縦に振り、私の太股に頭を置きすぐに眠りに着いた。
私はその様子がかわいらしくて、ついその妖怪兎の髪を優しく撫でてしまった。
そしたらなんか慧音が私の太股に頭を置きすぐに眠りについた下手な芝居を打ち始めた。
私はその様子がにくたらしくて、ついその慧音を軽く殴った。
「何をするんだ。妹紅」
「その言葉そのまま返すよ」
「愛してるぞ妹紅」
「その言葉はクーリングオフでよろしく」
そんなやり取りをしばらくして、寒かった太股が妖怪兎の体温で温まってきた頃、永琳がエプロン姿から普段の姿に戻っていた。
ただし、なんかマイクをもって「あー」とか「うー☆」とか「あーうー」など言ってた。恐らくマイクテストだったんだろう。
そして今の中央に立ってマイクをぽんぽんと叩き、感度を確認した。
『マイクテスマイクテス。姫と妹紅は私の嫁。マイクテス』
なんだろう。千年生きてきたがこの形容しがたい感情は初めてだ。
しかも「あー」とか「うー☆」などはマイクテストじゃなかったみたいだ。
慧音が「妹紅は私の嫁だ!」とか抗議しているけどもうスルーしよう。
あ、妖怪兎が今の慧音の抗議で起きてしまった。
ああ、だめだって目を擦っちゃ。そうそう。解ればよろしい。
おお、びっくりしたいきなり抱きついてきたから。ん?私の体そんなにあったかいのか?
へーそうなんだ。ああ、しばらく抱きついてたいなら好きにするといいよ。今はお前だけが私の精神安定剤だから。
私はその妖怪兎のしなやかな黒い髪を優しく撫でながら、中央の永琳を見続けていた。
『恒例行事!大晦日だよ!永遠亭関係者全員集合!お酒もあるわよ!八意永琳のすべらなーい話!』
その場に居た妖怪兎たちが楽器やら歓声を上げて盛り上がっていた。その中に輝夜を見ると笑顔で拍手をしてた。
どうやら物凄くこれを楽しみにしてたらしい。輝夜がここまで興奮しているなんて中々ないだろう。
私は何気なしに、兎の集団を見ているとその中に慧音がいた。トランペット演奏してた。もう友達やめてやろうかなと思った。
『では内容を説明するわ。各一人今まで過ごしてきた中で滑らない話を持ち寄り、みんなで笑いあって年を楽しく過ごそうという企画よ!』
へぇー、永遠亭こんなのやってたんだ、どうりで毎年大晦日になると永遠亭騒がしいなと思ったんだ。
『ちなみに、全員で話してちゃきりがないので、話し手はくじで六人まで限定し、話し順もくじで決めるわ』
へぇ、まぁこんだけ兎とかいるんだし私が選ばれることはまずないかな。傍観しながらのんびり過ごすかな。
てゐが運んできたくじの入った箱に永琳が手を突っ込み、話し手を抽選し始めた。
『では一人目ひきまーす!はい出ました……!』
ありゃ、また寝てしまったか。まぁ、いいか。わー、寝顔可愛い。輝夜はこんなのがたくさん居るなんて幸せだなぁ。
ちくしょう、羨ましいなぁ。そういや、くじのほうは誰が当たりになったんだろう?
『当選者は……藤原妹紅!』
「えええええええええええええ!!!」
私は思わず叫んでしまった。だって余裕で二百以上の妖怪兎がいるのにその中の6人の内の一人に当たるなんて。
『えー、めんどくさいので次々行きます!二人目姫様!三人目優曇華!四人目慧音!五人目てゐ!六人目私!』
「おい、まてや」
「何よ?」
「このくじ作ったの誰だよ?」
「てゐと輝夜だけど?」
もういいや……。私はもう疲れたよ、サクヤッシュ。
永琳が再び、箱の中に手を突っ込み話し手を決め始めた。
『というわけで、まず一人目の話し手は……!因幡てゐ!』
兎達からはおおーっという歓声が上がった。どうやら結構人気があるらしい。
永琳はてゐにマイクを渡しにいき、てゐはそれを受け取るとすくりと立ち上がった。
『あー、そうウサね。じゃあ私の知り合いに0仙U曇華inEナバっていう兎がいるんだけど』
「それてゐもろに私じゃない!?」
『で、ですねー。ある日その兎が用事で香霖堂にいったんですよ』
周りの兎はふんふんと相槌を打ちてゐの話を聞いていた。
『そしたらそこの店主がテレヴィジョンなるものを売っていてですね、外の世界ではそれで創作話などを映像化して電波で配信しているそうなんですよ』
「あ、その話はやめててゐお願いだから!」
『で、その兎は狂気を操る程度の能力をもっていて、その能力は波長を自在に操ることが出来るわけで、電波で配信されているのだからその兎はなんとかして自分の能力を応用してそれが再現できないかと試行錯誤してて遂にそれが出来たわけで』
周りの兎に釣られて私も自然と相槌を打っていた。
『で、ある夜、私に見せてくれるというもんだから、その兎の部屋にいったんですよ。で、目から映像を出して、壁に映し出してたんですね』
「お願い!てゐそれ以上はやめて!」
『まぁ、見事映像も映し出されて、映しだされていたのがどうやら創作話を映像化したやつで、少年少女が銃を持った男と対立してたんですよ。で、その兎がですね、余程うまくいったことが嬉しくて私のほうを振り向いたんですよ』
あ、鈴仙があまりの恥ずかしさに崩れ落ちている。
これはオチを期待かな。
『で、まぁその部屋には大きな姿見があったわけで、ちょうどそれが私の後ろにあったんですね。で、映し出された映像は当然光なわけですから鏡に反射してしまってですね、反射した光のあまりの眩しさに兎は目を押さえてしまったんですね。
でもまぁ、不思議なことに音声は流れていて、そして次言った一言が『目がぁ、目がぁああ!うわあぁあああ!!』ってそれが映像の男と寸分狂わぬ一言だったんですよ!』
妖怪兎は一同大うけしてた。私も少しくすりと笑ってしまった。鈴仙はなんか顔から煙が出ていた。
てゐは永琳にマイクを返しその場に座り込んだ。
『あー、それは災難だったわねぇ。はい次行きます!……藤原妹紅!』
妖怪兎はおおーっと期待の眼差しでこちらを全員向いた。
永琳からマイクを受け取り、少し困惑して一つ話してもいいような話があったので、それを話そうと私は思いしゃべり始めた。
『えーっとね。まぁ、皆さん知ってのとおり私は慧音と行動しているわけですよ』
妖怪兎や輝夜がうんうんと頷き、こちらの話を真剣に聞いてきていた。
『それで、ですね。あの皆さんミスティアの屋台いったことあります?いったことある人少し挙手してみて』
ああぁ、大分皆行ったことあるんだなぁ。殆どの奴が手を上げてるもん。
『ああ、よかった。で、私と慧音がある日その屋台にいったんですよ。まぁ、私は常連で慧音は初めてだったんですけど。ミスティアってリクエストしたら歌を歌ってくれるじゃないですか』
「……ああ、あれはよかったな。今度もう一回連れて行ってくれよ。妹紅」
『それでまぁ、私は殆ど常連だからミスティアが何歌えるか熟知しているんですよ。でも慧音は初めてだから何が歌えるのか知らないんですよ』
皆がふんふんと頷いているあたり、大分話を聞き込んでいるみたいだ。
私は安心して話を続けた。
『で、まぁ私は当然好きな曲をリクエストするんですよ。まぁ、歌い終えて今度は慧音のリクエストを聞くじゃないですか』
「まぁ、そうだよね。ちなみに妹紅さんは何をリクエストしたウサ?」
『ああ、私は恋は盲目をリクエストしたんだけど、慧音はなんとまた私の後に恋の盲目をリクエストしたんです』
ええー!と一同驚いた様子で慧音を見た。慧音は「別にいいじゃないかと……」と顔を俯けて小さく照れくさそうに言っていた。
『でまぁ、ミスティアも当然苦笑いで、答えてまた歌うんですよ。それでまた私のリクエストに答えて歌って、
慧音のリクエストに行くんですが、なんとまた慧音は恋は盲目をリクエストしたんですよ。まぁ、その頃には慧音はすっかり出来上がっていたので、断るにも断れなかったんでしょうね』
一同は今さっきの声よりも大きな声で驚愕していた。
『まぁ、それが何回か続いて私が、もう歌しか歌えないをリクエストしたら、もう混ざっちゃったみたいで恋は盲目のリズムで歌ってしまったんですよ!』
一同慧音以外除いて沸いた。まぁ、中々の手ごたえだったかな。
私はマイクを取りに来た永琳に渡した。
『それはそれはミスティアも困惑したでしょうね』
「もう勘弁してくださいって言われたからね」
『じゃあ次いきます……!八意永琳!あれは姫様が寝ぼけて蓬莱の樹海を打ってしまった話なんですが――』
―――そんなぐあいで次々と身内の赤裸々な話も交えつつ、酒を嗜みながら皆で笑いあいながら大晦日を過ごしていった。
最後は輝夜の『永琳がロケットペンシルで幻想郷を滅ぼしかけた』話で爆笑を取って、終わった。
そして皆、酒が回ってきたのか私も例外なく全員酔いつぶれて寝てしまった。
―――
ぺしぺしと私は頬に何かが当たる感触がして、ぼやけた視界で何が当たっているのかを確認する為に大きな欠伸をして、目を擦ろうとするところで、
妖怪兎に自分自身が注意したことを思い出したので、擦らずに目の前をみるとぼやけた視界が徐々に晴れてきて輝夜が私の頬を叩いていた。
私は何も考えずに、輝夜の頭に空手チョップを軽く食らわした。輝夜は頭を抑えて、しばらくして私の頬をつねってきた。
「いたいいたい!なにすんだよ!」
「ちょっと話があるから縁側まで着なさい。あと真剣な話だからいつもの服に着替えなさい」
輝夜はそういうと私の膝元にいつものもんぺを投げ捨て、先に縁側に行ってしまった。
そういえばと思い私の太股あたりをみるとそこで寝ていた兎はいつの間にか隣で寝ていた。
どうやらずっと甘えっぱなしで、申し訳ないと思ったみたいで起きて横で眠っていた。
私は可愛いやつめと思い、少し髪をなでて、もんぺを着て、黒ニーソとミニスカートを脱いで、輝夜に催促されたとおり縁側に向かった。
縁側は月の光が直接当たり、真夜中というのにとても明るかった。
そしてその月明かりの下に縁側で佇んでいたのが、永琳と輝夜だった。
月明かりに照らされて輝夜の艶のある髪はより一層小奇麗に見えて、永琳のほうは落ち着きのある穏やかな髪が月明かりに反射して煌々としている。
私は永琳の右隣に座り、輝夜が永琳の左隣に座った。そして座ってすぐに永琳から湯飲みを渡された。
湯飲みの中の液体は、濁りもなく無色無臭だった。私はその余りにも透き通った液体にある種の不気味さを抱いた。
「なぁ、永琳なにこれ?」
「それは人や妖には毒であり、蓬莱人には娯楽の酒よ」
「なんでこんな物を勧めるんだ?」
「それは永琳が今から蓬莱人としての話をするからよ」
輝夜が湯飲みをくるくると回しながら、詰まらなそうに言った。
そして永琳は湯飲みを口に当て、そして喉を鳴らして酒を一口飲んだ。
永琳は、ばつが悪そうに出だしを濁して私にゆっくりといい始めた。
「……ねぇ、妹紅」
「なんだよ」
「貴女は蓬莱人になったことを今も恨んでる?」
永琳は、真剣な眼差しで私の目を見てきた。それは今さっきのふざけたような話題をしていたときは全然違う目。
私は、その目を見て少し戸惑ったが、考えて今自分が思っていることを永琳に伝えた。
「いや、今は恨んでないかな。でも将来一度だけ少なからずとも恨むことがあるって事は断言できるよ」
「聞かせて欲しいわね。その確定している将来とやらを」
輝夜が、話に割り込んできた。ただ割り込んできた割には此方を見ずに酒を飲んで、詰まらなそうに月を見ていた。
「まぁ、慧音が死んだときは絶対に蓬莱人ということを恨むよ。私は置いていかれて辛い思いをするだろうし。たぶん自殺を何十回もするかもしれない。そして死ねないことを恨むだろうな」
「予想通りね。永琳あのこと伝えてやって」
輝夜に永琳がそういわれると、ポケットから小さな処方箋を取り出し私と永琳の間に置いた。
私はそれを拾い上げ内容を見てみると、絶対に忘れるわけがない薬の名前が描いてあった。
「永琳これはどういうつもりだ?」
「貴女が慧音と分かれ、その後が辛いというなら飲みなさい」
永琳はもう一口酒を口に含み、飲み込んだ。
そう、この処方箋に書かれた薬の名前は『蓬莱之薬解薬』。これが全てきっかけで私の千年間は生まれた。
人々から蔑ろにされ、迫害を受け、暴行を受けたこともあるこの千年間を。
「ついね、出来心で作ってしまったのよ。貴女がこの先確定している苦しみを味わいたくないならそれを飲み普通の人間として生きていき、その苦しみを背負って行くならば捨てなさい。
こんなことを言うのもなんだけど実質あなたを蓬莱人にしてしまったのは私。今更なんだけども私が行う罪滅ぼしって奴よ」
永琳は湯飲みを縁側に置き、月を見ながらそう静かに言った。
輝夜は何もしゃべらずに、湯飲みを持ってその中の酒をずっと見ていた。
誰も喋らずに、数分がすぎた。確かにこれがあれば私はこの先再び人間として生き、慧音より少し先に逝くだろう。
それは私がこの千年間思ってきたことのある人間に戻りたいという願いでもあった。
どうして、私はこんなにも蔑ろにされ、迫害を受けなければならないのだろうと過去幾数思ったことがあった。
死にたいと思っても、一度死んでは再び何事も無かったかのように蘇生する。
心底人間に戻りたいと思ったこともあった。
私はその処方箋から中身を取り出し手に平に置いた。
薬紙に包まれていた薬はただの変哲も無いどこにでもありそうな粉末状の薬だった。
これを飲めば、私は普通の人間として生きる事が出来るようになる。
何回も望んできたことが今目の前に転がっている。
――この話を切り出されたとき、私の答えは既に確定していた。
私は、その薬をゆっくりと顔の前にまで持ってきて―――
勢いよく燃やした。
永琳と輝夜は呆然と驚いた顔をしていた。どうやらこれを私が飲むと思っていたらしい。
「悪いね。確かにこれを飲めば人並みに暮らせるようにはなるんだろうけども、この蓬莱の薬が無かったら私は慧音とも会わず、
そして輝夜との殺し合いすらも出来ずに途中で無念を抱いて死んでいたし。だから、そういう意味では蓬莱の薬無しでは成し遂げなかった目標が達成できているんだから
感謝はしているよ。――それに私はこの無茶が出来る体に慣れてしまって普通の体だと早死にしそうだし」
私がそう言い切ると、輝夜が腹を抱えて笑い出した。
「そうよねぇ。もこたん私に何回も殺されたからねぇ。もしあなたがその薬を飲んでしまったら私はもうあなたには二度と関わらないと決めていたけども、やっぱり妹紅はそうこなくちゃねぇ」
輝夜はそういうと、酒を思いっきり飲んで、満足そうな顔で月を眺めた。
永琳は、ただ静かに「そう」と呟いて、また酒を静かに飲み始めた。
私も、湯飲みを口に近づけ傾けた。うっへぇ、胸が焼ける思いだ。
しばらくの間、静寂が続き私はその間ただぼーっと月を眺めていた。今夜は月は三日月で、月光はとても強く輝いていた。
夜空には星が散りばめられているが、その光は月光に呑まれ、あまり目立っては居なかった。
そしてその静寂を永琳が破った。
「妹紅、あなた慧音が死んだ後落ち着いてきたら何をするつもりなの?私たちは何も変わりなくこの先も、幻想郷に医者としての立場を続けていくつもりだけど」
私は永琳からの問いかけにしばらく悩み、少し考え結論をだした。
「わからないよ。ただ―――」
月は静かに煌々と輝いていた。
新年となっても変わらぬ静寂を保つ夜空に私は一つの言葉を言い放った。
「今年も楽しい年になるってことだけは、解りきっているからそれを全力で楽しもうと思う」
私は、酒を思いっきり口に流し込み、そして未来への悩みなどと共にこの朽ち果てない身体の中へと押し入れた。
先のことを考えるだけ無駄だ。今の立場から未来のことで悩んでも、その未来では状況が全く違うかもしれないのだから。
それならば、悩む場面で悩んで、それまでは頭空っぽで今日みたいにバカのように騒いで楽しめばいい。
そう、未来は誰にもわからないから楽しいんだ。以前の私ならば、こんな答えにはたどり着かなかっただろう。
私をこんな風に変えてしまったのは他でもない、ただ唯一無二の頭が堅い親友だ。
あいつは歴史家とか言いながら、『過去のことばかり見るな。過去は最善の選択のするための参考みたいな物だ。妹紅、常に今を全力で生きろ』と説教してきた。
どうにもそれが私の心の基盤となってしまったらしい。
「そう。姫様じゃあ私たちも楽しみましょうか」
「そうね。妹紅の言葉に賛成しておきましょう。じゃあ今年を楽しく過ごす為に、今年の最初だけども」
永琳と輝夜が此方によって、酒の入った湯飲みを手に持ってきた。
どうやら乾杯の音頭取るらしい。やれやれ、これじゃあただの飲み会だ。
だが、私はこれで満足している。生まれてから千年以上経つが、私は今とても充実した毎日を送っている。
寺子屋の子供達と遊んだり、慧音に説教喰らったり、輝夜と殺しあったり。
毎日どたばたと騒がしい日々が続くが、私はこれ以上の贅沢は無いだろうと考えている。
この千年無気力な日々もあった、その日々から今の状況が予想できるはずが無かった。
そう、未来は予想外の状況になるから楽しいんだ。だから私は慧音が死んだ後無気力になるということはないだろう。
私は慧音が死んだあとでも未来を楽しみに生きていくだろう。その信条が変わることは無いだろう。
それは私に未来の楽しさを教えてくれた友人の言葉なのだから。私はその言葉を信じ来年に期待しながら、私は湯飲みを強く握った。
そして三者それぞれの湯のみを静かに静寂の夜を照らしている月に向かって掲げ、そして湯飲み同士がぶつかる音が静寂の夜に響き渡った。
「乾杯」
夜はそのあと再び静寂を取り戻した。
二人が妹紅の太ももに目が行って話に集中できないからだって信じてるww
途中までギャグだと思っていたら、ラストのシリアスパートはずいぶん考えさせられる話でした。
ところで、けねもこは珍しくないけれど、えーもこ?の描写があるのは珍しいですね。
しかも姫も妹紅も自分の嫁とは、随分欲望に正直な永琳だなあ。