物事には、やはり知らなくても良い事というのはあるようだ。しかしそれは僕のような知識を満たす事に充足を得る者にとっては、いささか残酷なことのようにも思える。
この季節になってくると、流石に暖房器具無しでは居られない。灯油の入った器具のつまみを回し、マッチで火を入れる。点けるというより入れるという表現の方が適切なような気がするから僕はそう言う。他の人がどう言うかは知らない
「そりゃあ、点けるだろ」
だから今日、こうしてお店の常連に聞くというのは、間違った判断だったのかもしれない。僕は自分の常識を真っ向から否定され、少し嫌な気持ちになった。
常連というのは、2人の少女の事だ。黒白の方は親子揃って縁のある魔法使いの少女、霧雨 魔理沙。紅白の方は博麗の巫女である霊夢だ。常連の後に「客」を付けないのは、いつも商品をツケにする二人への僕からのささやかな抵抗だ。
「霊夢、お前はどう思う?」
ストーブの上に置かれた薬缶の口から蒸気が出るのを眺めながら魔理沙は尋ねた。
霊夢は、その薬缶をストーブの上から離しながら答えた。
「別にどっちでもいいんじゃない?温かいお茶が飲める事に変わりは無いんだし」
そう言って、霊夢は勝手に台所へと入り、勝手に茶葉の入った筒を開け、勝手に僕の分までお茶をいれて来てくれる。
「はい、どうぞ」
「ああ、悪いね」
勝手に使われても、そういう風に渡されたら文句も言えないじゃないかと心の中で悪態をつく。しかも、しっかり一度お湯を移してから注いで来てくれたらしい。湯呑みは温かく、お茶も火傷しない程度の熱さだ。
「そう言えば、そろそろクリスマスだね」
紅白で思い出し、ふと口にする。魔理沙は直ぐにその言葉を聞いて「ああ、そうだな。それがどうかしたのか?」といかにも興味の無いような返事を返す。霊夢の方は最初は少し首を傾げたが直ぐに思い出したように拳で掌を打って「ああ、クリスマスってあれの事ね」と魔理沙よりは言葉に興味を示した。
「おや、魔理沙は興味が無いのか?」
どちらかというと、これは意外な反応だった。魔理沙の事だ、こういう煌びやかな行事は嫌いでは無かったと思ったのだが。
「別にクリスマス自体は嫌いじゃないぜ。でもさ、不公平な日だろ、それって」
「不公平?」
「ああ、そうさ。欲しい物を何でもくれるって言うから、解読されてない古代文字の魔道書が欲しいって書いた紙を分かりやすいように部屋中にばら撒いておいたのに魔道書どころか本一冊も置かれてなかったんだぜ。私には何も無い癖に他の子供達は何かかしらもらっているって聞くじゃないか。全く不公平だよ」
それを聞いて、僕と霊夢は二、三度も目を見合わせた。
僕は自分の予想に自分で否定しながらも、魔理沙に尋ねる事にした。
「…なあ、魔理沙、まさかとは思うけれど、サンタクロースの存在を信じているわけじゃないよな?」
「え?」
「…まさか」
氷の妖精が活発だが、今の魔理沙にとってはそんなことはどうでも良い。無論、いつもの魔理沙であったとしても気にするかどうかは五分の確率といったところだが。
「だあああ、くそっ!かかなくてもいい恥かいたぜ!」
魔理沙が箒で飛んでいる間はほとんど1人の時間である。周りに天狗が居ない事を確認してから、魔理沙は他人に聞かれるかもしれないくらいの声で先程あった出来事を愚痴り始めた。
「誰だよサンタクロースが寒い国に住んでいるとか言っていた奴は!それに赤ん坊はコウノトリに運ばれて来るだとか、キャベツ畑で拾って来るとか言っていた奴は!!?」
サンタの話の後に妙に勘の冴えた霊夢に「まさか…」と言われながら聞かれた事に全て正直に答えた魔理沙は、笑い声が響き渡る香霖堂を顔を赤くして出て行き、そして八卦炉を手に持ち、お得意のを香霖堂めがけ「ぶちかまし」、そして現在に至る。
「あー、思い出すだけで無性に腹が立って来るというのはこういう事か…」
ぶつぶつと愚痴を吐きながら目的地へと着いた頃には、幾らか魔理沙の気分はすっきりしていた。元々そういうのをあまり気にしない性質という事もあるのか、それとも気にしていても仕方ないと判断したのか。そして目的地である紅魔館に着いた瞬間に、魔理沙の些細な悩みは消え去った。
「…何やってるんだ、門番?」
「クリスマスツリーです」
いつもの動き易い人民服の下に、冬用の動きを制限しないくらいの厚手の長い服装をしている。
そこまでは良い。いつもの、冬の紅魔館の、看板ならぬ門番風物詩だ。
だが、今はそれに帽子のサイズとは余りに不釣り合いなほど大きな星が付いている。更にその星に書いてある文字は龍では無く、何故か横文字で「Stop Christmas!」と書かれていた。
「クリスマスツリーなんです」
「………」
何かを言う前に、そう遮られた。
そして魔理沙はその後に言葉を続ける事が出来なかった。
魔理沙は体に雪の積もる自称クリスマスツリーの門番を尻目に、暖かな紅魔館の中へと正門から入って行った。
その時の門番の姿が何故だか光って見えたような気がした。
「で、どうしてあなたはこう性懲りも無く私の本をつけ狙うのかしら?」
「そこに本があるから、だぜ」
先程魔理沙が味わった感情を、今度は紅魔館内の図書館の館長であるパチュリー・ノーレッジが味わっていた。
魔理沙がここへ本を盗みに来る(本人は借りるだけと豪語している)事は前からあったことだが、今日は何時もよりパチュリーの機嫌が悪そうに見えた。
そしてそのことを魔理沙は、自分が原因ではないと断定して聞いた。
「なんか何時もより機嫌が悪そうだな」
パチュリーは目の前に居る機嫌の悪さの原因の一つにため息をつきながらも、自分の感情を敏感に感じ取った事を賞賛した。
「…貴方に言われたくない事の一つだけれどご名答よ。たしかに私は今機嫌が悪いわ」
パチュリーはカップに半分ほど残っていた紅茶を一気に飲み干し、盛大にむせた。
「ゴッホッゲッホ…ああ、もう。レミィの所為よ」
「あのお嬢様がどうかしたのか?」
「ほら、『あの日』が近いでしょう。それで対抗心燃やしていて困るのよ」
「『あの日』…って吸血鬼にもあるのか?」
「…ああ、そうだった。あなたはこういう言い方じゃ理解出来ないのよね」
「冗談だよ。私だってそのくらい分かるさ」
「何が?」
「吸血鬼にはその日がないことくらい」
「あるわよ」
「マジか!?」
「冗談よ」
本当に冗談か本当なのかを不明瞭にするような不敵な笑みをこぼす。
「それで、本当は何の日なんだ?」
「あら、あなたは本当に分からないの?ヒントを挙げるとすれば聖人の誕生日よ」
「…それなら知っているぜ」
その話が原因でうさを作り、そのうさを晴らすために目ぼしい魔導書を何冊か借りて(頂いて)いこうなどということは流石に口にはしなかった。もしそんな事を口にでもすれば、もれなくロイヤルフレアか、調子が良ければ賢者の石が飛んで来る事は目に見えていたからだ。
「ほら、ここは仮にも吸血鬼の館でしょ。十字架との飾ってある礼拝堂とは正反対に位置するような場所ってことで、レミィが突然我が儘言い出したのよ。『クリスマスを中止せよ!』ってね」
魔理沙はふと門の前で見た自称クリスマスツリーに書いてあった言葉を思い出した。
「だからStop Christmas か…いや、だが待てよ。それならそもそもクリスマスツリーを飾ること自体がおかしいんじゃないか?」
「…ツリーって、何の為にあると思う?」
「…象徴…か」
「まあ、燃やすような事はしないと思うけど」
パチュリーはさも無関心そうに、迷惑そうに話した。
「で、私の悩みの種はその時レミィが言い出した事」
小悪魔が注いでくれた紅茶を一口飲み、一呼吸置いてから言った。
「妹をクリスマスの日まで館内限定で解放するって」
「…それって…つまり…」
見てはいけないラクガキを見てしまったかのように魔理沙はゆっくりと後ろを振り向く。
そこには虹色の羽根を持つ、金髪の幼い悪魔の妹がいた。
「魔ー理ー沙っ!遊ぼっ!」
無邪気な声と共に魔理沙の背中に重みがかかる。
「は、はは。やっぱりこうなるのね」
紅魔館の当主であるレミリア・スカーレット。その妹であるフランドールは凶悪すぎる能力の故、いつもは地下に閉じこもって居る。以前は、本人としてもその事については特に不満は無かったのだが、今は違う。その原因は、魔理沙だ。
フランにとって、魔理沙は特別な人間である。今まで料理としてでしか見た事のなかった人間が己を打ち負かしたというのは、吸血鬼として、悪魔の妹として、そしてフランドール・スカーレット個人としても多大な興味を抱かせた。
「で、あのお嬢様がどんな酔狂でフランを外に出したんだ?」
フランが椅子の背に手をかけ、ぎしぎしと少し怖い音をさせながら椅子の前脚を浮かせる。勿論魔理沙はそんな些細な事は気にしていない。
「『クリスマスのような日に吸血鬼が部屋に閉じこもっているだなんてとんでもない!そんな事があれば末代までの恥だわ!』ってね」
「まあ、私からしたらお姉様のそういう論理とかは、結構どうでもいいんだけど」
フランは姉の気心なんとやらとでもいうような態度を見せていた。
背もたれの角度が160度くらいになりつつも、魔理沙は動揺を見せない。弾幕勝負で鍛えられた胆力の賜物と言えるだろう。
「あ、それでね魔理沙、渡したい物があるの。ちょっとここで待ってて」
そう言うなり、フランは姉に劣らないスピードで飛び去って行った。パチュリーの「図書館での高速移動禁止」という言葉は、確実にフランの耳には届いていなかった。
「何を渡されるんだ?」
期待が八割、不安を二割くらい感じながら魔理沙は尋ねる。
「…直ぐに分かるわ…。私の機嫌の悪さの原因も」
「ただいまっ」
パチュリーが言葉をを完全に言い終えぬ内にフランが再び現れた。先程と違う点は、綺麗な包装のされた箱を持っているという点だ。
「はい、魔理沙」
「え、私にか?」
戸惑いながらも、遠慮という言葉とは無縁な魔理沙が箱を受け取る。パチュリーがため息をついた。
「…受けとったよね?」
「ん?ああ。遠慮無く貰ってやるぜ。開けていいか?」
「うん、いいよ」
思わず顔が笑顔で綻ぶ魔理沙とは対照的に、パチュリーは諦めたような顔をしていた。
「おっ、こりゃあ…まさか…外の世界の海に沈んだと言われている都の教典か!?」
埃がかぶり、少し力を入れれば頁が抜け落ちてしまいそうな古い本だったが、魔理沙にはその価値がすぐに分かった。
「えへへ、何か私の部屋にあったんだけれど、どうかな」
「素直に礼を言わせてもらうぜ。よく私の欲しがっている物が分かったな」
魔理沙が興奮しているのを見て、パチュリーが何時の間にか手に取り開いた本の陰で「当たり前でしょ、私が選んだのだから」と呟いたが、魔理沙には聞こえず、聞こえたフランからは一瞬視線を送られた。だがフランはパチュリーに対し何かを言うという事はせず、すぐにまた魔理沙の方を見た。
「じゃあ、代わりに何か頂戴?」
「へ?」
突然の言葉に、魔理沙は教典を持ったまま唖然とする。
「…なんだよ、タダじゃないのか」
「お姉様が言っていたわ。『この世はギブアンドテイク。無償の施しなんてあり得ない』って」
なるほど、と魔理沙は思った。レミリアはどうしてもクリスマスを真っ向から否定したいらしい。その為にプレゼントを与えて返してもらうという形を作ろうとしているのだ。
「…さっきも言ったような気がするがそれならそもそもプレゼント渡さなければいいんじゃないか?」
「旨味は頂こうっていう考え方なのよ、レミィは」
楽しい事はする。だけどクリスマスは否定する。
「面倒な奴だな」
魔理沙の率直な感想に、図書館内の全員が同意した。
「それで、魔理沙は何をくれるの!?」
意気揚々としているフランを見て、魔理沙は自分に拒否権がない事を知る。
魔理沙は困った。特にフランに手渡せるような物を持っていないからだ。それは家に戻ったとしても同様。渡して喜ばせられるような物は魔理沙にとっても大切な物であり、喜ばれなさそうな物は自分の身がやばい。
渡された教典がプレゼントのハードルをたかくしているのだ。魔理沙はこれ程までにプレゼントの存在を疎ましく思った事はなかった。
「…3日だけ、待ってくれないか?今は何も手渡せるような物を持っていないんだ」
「えー、魔理沙もパチュリーと同じ事言うの」
そう言われて魔理沙はパチュリーの方を見る。よく見ると、機嫌が悪いだけでなく、少しやつれているようにも見える。元々健康的とは言えないパチュリーがやつれるような事…。そう考えて魔理沙は気づいた。
「…パチュリーは…何を貰ったんだ?」
「…創られた神話上の神について書かれた高名な魔導士の本……三日でそれに見合った対価を出さなければギュッとしてむきゅーん付き」
「…それで、何を対価に?」
パチュリーは少しやつれた顔で笑みをこぼしながら言った。
「部屋を埋め尽くすお菓子の山よ」
魔理沙はやられた、と思った。大量に作るには確かに労力こそいるもの、特別な材料を必要としないお菓子は魔理沙の中で第一候補に挙がっていたのだ。
「それで、魔理沙は何をくれるの?」
フランが笑みのまま魔理沙にお願いを続ける。だがその姿は、笑みの中に断頭台を隠しているかのような、身体の内側から狂気と恐怖を感じさせるものに、魔理沙は感じた。
そして、自分が今その階段を登っている最中であり、そのままでいれば確実に首を落とされる事を理解した。
(どうすれば、どうすれば切り抜けられる!?)
魔理沙は考えた。一つは、受け取ったプレゼントに見合う物を普通に用意する事。だがそれは生命の保証と引き換えに自分にとって価値のある物を失うということであり、魔理沙のプライドがその選択肢を許さなかった。
もう一つは力づくでプレゼントだけを貰って行く事。いつもの行為(弾幕勝負)で決着をつければ文句は出ないだろう。
魔理沙は、後腐れ良くだとか正々堂々だとかそのような便所の鼠にも劣る様な考えは持ち合わせていない。迷わず、後者を選択しようとした。
だがその道は、一言で封鎖された。
「私、魔理沙からプレゼントをもらうの、すごい楽しみにしているからね」
それはまさに、天使の微笑みだった。悪魔の妹だが、その姿はまさしく天使だった。
その時、魔理沙の中で何か決定的なものが、切れた。
「おーーっっし!やってやろうじゃないか。楽しみにしていろよフラン!」
そういって腕まくりをしながら魔理沙は愛用の箒に飛び乗り、窓を突き破って出て行く。あとに残ったガラスの破片が星の様に煌めいていた。
「…扉くらい、開けて出て行きなさいよ」
パチュリーの悲痛な懇願は、既に魔理沙には届いていなかった。そしてその横で、小悪魔も隠れてしまうような文字通りの悪魔が、笑っていた。
何も無策で飛び出した訳ではない。
一応策はある。だがそれはそれなりの代償を伴う。
そこで、魔理沙は自分の部屋の倉庫を開けた。そこには、一見するとガラクタだが見る人が見れば宝に見える山があった。
魔理沙はその中からいくつか目星そうな物を探しだし、「丁寧に」倉庫の外へと投げ出していく。
そして魔理沙の背後に小さな山が出来る程になると、満足した顔つきで倉庫の戸を閉めた。
「準備完了、くうー、やっぱ捨てずにとって置いて良かったぜ」
魔理沙には蒐集癖がある。珍しい物を見つければとりあえず貰っておくか借りておく。更に物をなかなか捨てる事のできない性質でもあるので、魔理沙の家の中は常に本やガラクタや、その中にある本当に価値のある物などで一杯だった。
「あいつにはこれでいいかな、あとあいつはこういうのが好きそうだからこれで、と」
魔理沙の考え出した策というのは、先程フランにされた事と同じ事である。
「ふっふっふ。名付けて『押し売り大作戦!~タダより高い物はない~だぜ!」
適当に価値のありそうな物を、それに対して興味を持ちそうな奴に無理矢理押し付け、そして後日それに見合った物を貰う。そしてその中からフランに何かを渡せば万事解決、そして自分は不要な物の整理も出来る。一石で何鳥落とせるのか数えきれないほどだ。
だが、ただ渡すだけでは何の拘束力も持たない。場合によっては渡した物だけ持ち逃げされるかもしれない。自分ですら実力行使を選ぼうとしたのだ、そう考える者が他にいてもおかしくはないと魔理沙は考えた。
「…許せ、霊夢」
その対策が、これである。
いかにもプレゼントらしい包装箱に添えられた一通の手紙。そこにはこう書かれていた。
「プレゼントをあげるから後で私にそれに見あった物を返す事。さもないと夢想封印よ!…っと、これでいいだろう」
こう書けば、例え相手が妖怪だろうがなんだろうが霊夢にプレゼントを返しにくるだろう。そして、その時に身に覚えのない霊夢の代わりにお返しを頂くという策だ。
そうして、魔理沙はひたすら包装箱を作り続けた。人間、妖怪を問わずにお礼をしたくなようなプレゼントを。一つ一つ相手の事を考え、丁寧に包装し、箱に詰めていく。
日が落ちる前から始めた作業は、夜中までかかった。
「ふう…これで、ラストだぜ」
最後の箱を袋の中に投げ込むと、すっかり固まった身体を伸ばした。
「さて、と。それじゃあ、行くぜ」
思い立ったが吉日、と魔理沙は思い、大量のプレゼントの箱が入った袋を呻き声を漏らしながら担ぎ、箒に跨がり飛ぶ。荷の重さで少しふらついたが、辛うじて持ちこたえ、荷を配りに行った。
冬の夜中は寒さが支配し、街頭のない道は暗さが包んだ。その中を、白い袋を担いだ魔法使いが飛んでいく。
鍵が空いてなければ煙突から。煙突がなければ窓から侵入し、箱を置いて出て行く。
ばれない様に、こっそりと、しかし堂々と。
「ありゃ、ここも留守か?」
既に数軒周って、魔理沙が気づいた事がある。留守の家が多いのだ。
「随分不用心だな、空き巣にでも入られたらどうするんだよ…。お邪魔するぜー」
段々と袋の中身は減っていき、そして、
「よっと、こいつで最後だなっと」
袋の中身がとうとう無くなった。
真っ白で巨大な袋を逆さにし、達成感を噛み締める。魔理沙は心地よい疲労を味わっていた。
「あとは、霊夢のとこに行って待つだけだな」
普通に考えれば、プレゼントを返しにくるまでにはまだ時間がかかるものと分かるはずだが、魔理沙は一分一秒も待っていられなく、早々と博麗神社へと向かった。
魔理沙全速で飛ばし、朱塗りの鳥居が直ぐに視界へと入った。そして、境内に立つ少女の姿も。
「ん…?霊夢か?」
てっきりこの時間ともあれば寝ているか、部屋の中で鬼の酒に付き合わされているかのどちらかだと魔理沙は踏んでいたのだが、予想は外れた。
「よう、霊夢。どうしたんだ、こんな時間に」
箒から降り立った魔理沙が声をかける。
そっくりそのまま返されそうな言葉だったが、霊夢は特に驚くような表情も見せずに口を開いた。
「あら、遅かったじゃない。もう皆始めてるわよ」
「…え?」
言われた言葉の意味をいまひとつ理解していない魔理沙を尻目に霊夢は神社の母屋の戸を開ける。明かりが隙間から勢いよく漏れ出す。中から騒がしい声や笑い声、怒ったような声も聞こえてくる。
「わっ、寒いから早く閉めてよ」
「はいはい。お酒が切れそうだったからわざわざ蔵から出して来たのよ?何か言う事あるでしょ」
「ははあー、霊夢様。ありがたき幸せにございます。じゃ、早速」
宴会だ。いつも通りというのか、ただ酒が飲みたいから集まるというような妖怪や、人間が集まる場。
別に誰かが呼んだ訳ではない。自然と集まり、そして楽しむ。霊夢は、その中心に何時も居た。
「おお、魔理沙も来たのか。ほら、駆けつけ十杯だ」
「ちょっと、来て早々に潰す気!?魔理沙、受け取らなくてもいいからね!」
静止する声も聞こえたが、私は惑う事無く杯を受け取り、十杯も鬼用の酒を飲み干した。そして、勢いが良かったからか、身体が予想より疲れていたからか、その場に倒れこんでしまった。
薄れていく意識、回る世界、熱い身体。
(やれやれ、やっぱりサンタクロースは紅白色ってことか)
誰とでも公平に接する。だから妖怪だろうが人間だろうが、惹きつける。
理想のサンタクロースは、もしかしたら霊夢のような奴だったのかもしれない。魔理沙はそう考え、高いびきをかき始めた。
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僕の横で、先ほどから唸り声を上げている者がいる。
白黒の装束にとんがり帽子。いかにも魔法使いですという風体。
この店の常連で、口は悪く、性格も捻くれているが、実は人一倍努力をしている少女。
僕は彼女を赤子の時から知っている。だから、もうすぐ彼女が僕に泣きつく「何が悪かったんだろうなあ、完璧だと思ったのに」
……はずはない事も知っている。
話を聞く限りは、どう考えても魔理沙の自業自得だ。僕は反省しない彼女に、呆れながら諭すように言う。
「他人の名前を勝手に語って、上手くいくはずが無いだろう。世の中にそんな旨い話は無いってことだよ」
「しっかし霊夢の奴が渡されたものを全てつき返すなんて、予想外だったぜ」
確かに、そのことについては僕も少し同意だ。だが今はそれが問題ではなく、魔理沙が話を聞かないほうが問題だ。おそらくだが、彼女は研究などをしている時もこのような感じに他人の話を聞かないのだろうなと僕は納得する。
そのとき、勢いよく店の扉が開けられた。
僕が客を迎える愛想のよい声を作るために咳払いをして声を発する前に、怒声が店の中へと飛び込んできた。そしてその声の主は魔理沙と同じく店の常連で、別に愛想のよい声をかける必要も無いことが分かった。
「魔理沙、いるわね!」
疑問ではなく断定的な言い方をしながら店の中へと入ってきたのは、勝手に名前を語られた方の少女だった。
「げっ、霊夢……な、何か用か……?」
恐る恐る尋ねる魔理沙に、霊夢が詰め寄る。
「何かじゃ無いわよ!あんた私の名前を語って色々好き放題してくれたそうじゃないの!」
「へ……た、確かにお前の名前は使ったが、それ以外は何も」
「それ以外は……ですって……!?全部聞いたんだからね、紫に!」
「そ、そりゃ多分濡れ衣だ。私は何も」
「していないって、言うのかしら……?」
じりじりと詰め寄る霊夢から一定の距離を保つために後ずさりをする魔理沙。
どうやら、暴れるなら外でやってほしいという僕の小さな願い事は、この紅白には届かないようだ。
皮肉にも、昨日は魔理沙に店を壊されそうになったのを咄嗟に守ってくれた霊夢に今は店を台無しにされそうになっている。
一瞬、魔理沙の視線が窓へと走り、そして向き直った魔理沙の顔は信じられないようなものを見たかのように真顔になっていた。
「……なあ、お前の後ろにいるその紅白色の服を来た爺さんは誰だ?」
真剣な面持ちの魔理沙に言われ、霊夢は思わず我に帰り、後ろを振り向く。
その隙に魔理沙は鍵のかかっていない事を確認した窓を開き、箒と共に飛び出す。
「逃げるがなんとやらだぜ!礼を言うぜ、サンタクロース!」
魔理沙の言葉が嘘だと気付いた霊夢はすぐに玄関から外に飛び出し、とても一応は神に仕える巫女とは思えないような形相で小さくなりつつある黒い点を追いかけ飛んでいった。
僕は窓の外から二人が見えなくなったことを確認し、胸を撫で下ろしながら窓を閉じた。どこにいるかは分からないが、僕もサンタクロースに礼を言うことにした。
開きっぱなしの戸を閉めるために、戸口へと立つ。突然、鼻先に何か冷たいものが当たり、思わず顔を下に向ける。水滴以外何もついていないことを手で確認して、空を見上げる。雨とは違う、白く小さな粒が落ちてくる。雪が降り始めていた。
雪は雨が雲の中で固まったものだと、前に何かの本で読んだことがある。雨は天(あま)に通じる。ならば、それを固めたものは一体何になるのだろうか。
暖めた部屋の中で読書をしながら考える事が出来たのを少し嬉しく思いながら、僕は店の扉を閉めた。
文が少し雑かな。でも将来に期待。