空に浮かぶ太陽。
それは私達にとっての天敵だ。
直接見るくらいであれば何の問題も無い。
問題は、太陽が放つ光。
日光というやつだ。
それを浴びるとたちまちの内に体は焼かれて、灰と成って消滅する。
不死者と呼ばれ、絶大な力を誇る吸血鬼の弱点の一つ。
浴びる事の出来ない光。
全てを屈服させるはずの夜の貴族が唯一及ばないもの。
手を伸ばしても、手を伸ばしても届かないもの。
ただ、気にはなるのだ。
あの光を浴びた者たちは皆、とても気持ちよさそうにしている。
門番をしている大好きな美鈴や、ときおり遊びに来てくれる魔理沙。
日傘をさして庭をぶらつけば、植物を原種とする妖精が光合成をしている事さえある。
もし、消滅しない前提であれを目一杯に浴れたらどんな感じなのだろうか。
「ねえ、貴方にとっての太陽とは何?」
庭先で両手を開いて日光を受け止めている妖精メイドに、そんな事を聞いてみた。
「私にとっては本能ですね」
妖精メイドはそう言った。
「陽の光を浴びる事、それは欠かせない事。
それは受ければ力を与えてくれて、気分を穏やかにさせてくれます」
「もし、浴びなければどうなってしまうの?」
「そうですね、少しずつ弱って、私は消滅してしまうでしょう」
「そうなんだ」
答えてくれた妖精メイドに礼を言って、私はその場を後にする。
太陽は力を与えてくれて、気分を穏やかにさせてくれるものらしい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お姉さまにとって太陽は何?」
目の前で紅い瞳が戸惑う様に揺れた。
青銀の髪を揺らして、お姉さまは考え込む。
「太陽が気になるなんて、フランもそんな年頃なのね」
何か感じ入る様に感慨深げに瞳を閉じる。
「お姉さまも、気になった事があるの?」
「ええ、そうねえ」
お姉さまは少しだけ困ったような笑みを浮かべて紅茶を一口すする。
「まずは言っておくと、アレが私達の天敵なのは間違いないわね」
「うん」
「でも、私にも若気の至りというものがあってね……」
溜息の様な、そんな息を吐いてお姉さまは続ける。
「太陽なんて敵では無いと、この私の道を遮る事は出来ないと証明しようとした事があって……」
お姉さまが語り出した内容は、少し私の気になっている太陽の意味とは違うと思うけれど。
でも、お姉さまにもそんな若気の至りというか、そんな過去があった事に興味を引かれた。
だって私の知っているお姉さまは優しくてとぼけた所もあるけれど、いつもほぼ完璧に何かをこなしてしまう様な人だから。
ただ、遊びに来た魔理沙の話では、私の……妹の前だからそう頑張っているだけで、本当はかなり子供っぽいらしいけれど。
でもそれもお姉さまの一面なんだと思うし、そういう面が今、少しでも知ることができるかもしれない予感に胸がドキドキした。
「ありったけの魔力を体に纏って鎧を作ってね、その……何も身につけずに外に飛び出した事があって……」
「うん、それでどうなったの?」
お姉さまは少しだけ困った様に、あるいは自虐している様に笑う。
「数日の記憶が飛んだわ。
目覚めた時にそこにあったのは、一回り小さくなった自分と、それを抱きしめて本気で泣いている美鈴だった」
あの時はまいったわね~とお姉さまは気まずげに軽く頬を掻く。
つまりは太陽の、日光の力は絶大だったというわけだ。
私よりも随分と力の扱いがうまいお姉さまでも、まったく太刀打ちできないほどに。
というか、美鈴が本気で泣くなんて、どれだけ危ない状況だったんだろう……
「ふふ、笑ってもよいのよ」
そう、呟くお姉さまに私は首を横に振った。
「そう、フランは良い子ね」
これは笑い話なのかもしれないけれど、笑う気にはならなかった。
むしろお姉さまもちゃんと失敗というものを経験して来たという事実に、私はますます親近感を抱かざるを得なかった。
「というわけだから、絶対に浴びに行ってはいけないわ。
恥を忍んでこんな事を話したのは、貴方に消滅して欲しくないからなのよ」
「うん。分かったよ、お話ありがとうお姉さま」
「どうしたしまして」
にこりとお姉さまが微笑んで、その話は終わった。
やはり私達は姉妹だと、そう思う。
………だって実は……私も同じ方法を最終手段として考えていたのだから。
危なかった、あやうくお姉さまや皆とお別れしなければいけなくなるところだった。
しばし他愛も無い話をして、お姉さまとのティータイムは終わった。
太陽とはやはり私達の天敵で、どう頑張っても日光を浴びる事は出来ないらしい。
……いきなりドン詰まりだ。では、どうやって調べた物か。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
何か小腹がすいたので、とりあえずと向かった食堂。
咲夜が何か調理の準備をしていた。
「ねえ、咲夜」
「はい、何でしょうか、妹様」
優しい笑みで彼女は応じてくれる。
「咲夜にとって太陽は何?」
「はい、それはですね……」
笑顔を此方に向けながら、その腕は止まらない。
次々と包丁で野菜や果物を刻みながら咲夜は答える。
「頼もしい味方ですね」
「どういう意味?」
私達にとっては天敵であるのに。
彼女にとっては味方でもあったりするようだ。
「良く晴れた日はお洗濯物が良く乾きます」
それは確かに、紅魔館の雑事を手掛ける咲夜にとってはそういう意味では頼もしいのだろう。
「咲夜は太陽が好きなのね」
「そうですね。どちらかと言えば好きです」
澄まし顔で吸血鬼の従者らしくはありませんけど、と鍋を掻きまわしながら咲夜は言葉を続けた。
「それに……」
両手で何かの生地をこねくり回しながら咲夜は眉を下げた笑みを浮かべた。
「あの日光の暖かさは、どこか安心を与えてくれるのですよ」
と、そう言った咲夜は私にそれを差し出した。
おいしそうな焼きたてのアップルパイといれたての紅茶。
話しながらもさりげなく時間を操って準備をしていたのだろう。
まだ小腹が空いた事は告げていなかったのに察してくれていたのだ。
さすが完全で瀟洒なメイドだと思う。
「ありがとう」
と、そういうと彼女は嬉しそう微笑んだ。
太陽とは頼もしい味方であり、暖くて安心を与えてくれるものらしい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
本を読んでいたパチュリーが顔をあげる。
「太陽とは何か、そうね」
紅魔館で一番の知識を持つ魔女は淀みなく言葉を紡いだ。
「銀河系の恒星の一つね。
地球を含む太陽系の物理的中心であり、太陽系の全質量の99.86%を占め、太陽系の全天体に重力の影響を与えるものよ」
なんだか私の求めている答えと違う様な気がする。
なおも説明を続けようとするパチュリーを私は慌てて止めた。
「違う?……ならば魔術的な意味での太陽かしら」
「あ、それも違うの。そうでなくてね……」
またもや何か説明を始めようとするパチュリーを阻止する。
彼女は二度も説明を止められて、少々困惑した様な様子を見せていた。
「自分にとっての太陽とは何か?ですよね」
さて、どう説明したものかと悩んでいると割り込んできた声がある。
パチュリーの使い魔である小悪魔だ。
彼女はにこにこと笑いながらそうですよねーと同意を求めてくる。
「私にとっての太陽、それは当然……」
私が頷くと小悪魔は聞いてもいないのに語り出した。
「……パチュリー様です」
「…私?」
「はい、眩しくて、ドキドキして、でも惹かれざるを得ない。
その先の未来がどうなるのか分からずとも傍に居たいと思えるものです」
「むきゅ~」
小悪魔の台詞が終わると同時にパチュリーがおかしな声をあげた。
見ると、本で顔を隠す様に俯いている。
「フランの前で何を言っているのよ……」
「パチュリー?」
「面と向かってそう言われると、恥ずかしいわね」
少々、照れたような声。
小悪魔がうっとりとパチュリー様可愛いですと呟いて。
その小悪魔に何故か突然、宙を待った辞書が直撃する。
そしてきりきりと勢いよく回転して地面へと倒れ込む。
「ああ、照れ隠しするパチュリー様も素敵……ぎゃん!?」
それでも恍惚とした表情で呟いた小悪魔。
それに駄目押しの様にもう一つ辞書が直撃して、彼女は動かなくなった。
パチュリーは素知らぬ顔で本を読んでいけれど、顔は少々朱に染まっている。
しばらく観察するとちらちらと倒れた小悪魔を気にしているのが見て取れた。
だから、私はそのまま彼女達に背を向ける。
「もう、行くの?」
「うん」
「そ、そう」
図書館出口の大扉を潜って閉める。
ついでにくくりつけられたドアプレートを閉館の方へと裏返しておいた。
どうぞごゆっくり、と呟いて、私はその場を後にする。
太陽とは、眩しくて、ドキドキして、でも惹かれざるを得ない。
その先の未来がどうなるのか分からずとも傍に居たいと思えるものらしい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
これまでに太陽について分かった事。
太陽は力を与えてくれて、気分を穏やかにさせてくれるもの。
頼もしい味方であり、暖くて安心を与えてくれるもの。
そして、眩しくて、ドキドキして、でも惹かれざるを得ない。
その先の未来がどうなるのか分からずとも傍に居たいと思えるものらしい。
でもやはり私達の天敵で、決して敵わないもの。
直接、日光を浴びて太陽を感じるのは無理なのだ。でも……
「妹様は、本当に甘えん坊ですね」
しがみ付いた美鈴のその体はしっかりと頼もしくて、とても暖かくて安心できる。
「いつもいつも、迷惑かな?」
「そんな事はありませんよ」
優しい笑みで頭を撫でてくれる。
そうすると心がきゅっとなって気分が穏やかになる。
どんなに気分が沈んだときだって、美鈴に抱きしめてもらうと力が湧いてくる。
「そっか、嬉しいな~」
真近で見るその深い湖面の様な瞳は眩しくて、目が合うとドキドキして。
でも目が離せなくて。そして、いつも見ているのに惹かれてしまう。
私は美鈴が好きで、でも美鈴は私を娘としか見ていなくて。
だからこの先の未来がどうなるか分からなくても。
ずっと彼女の傍に居たいと、そして居て欲しいと思う。
空に浮かぶ太陽。
浴びる事の出来ない光。
全てを屈服させるはずの夜の貴族が唯一及ばないもの。
手を伸ばしても、手を伸ばしても届かないもの。
もし、消滅しない前提であれを目一杯に浴れたらどんな感じなのだろうと、そう思っていた。
でも、もう知りたいとは思わない。
だって私はもう、既に知っていたのだから。
この掌にしっかりと感じる美鈴。
それこそが、私にとっての太陽なのだと、そう気が付いたのだから。
-終-
むしろもっとやってくれ!
フランちゃんは美鈴をモノにできるようがんばれ!
東方の吸血鬼は太陽平気なず(ry
この照れ屋さんめ!
と思っていましたがあとがきで全部吹っ飛んでしまいました;ww
クサくないwwクサくないよこれはwww
ほんわか暖かくて。
あとがきw
あとがきに全てを持っていかれたwww