「どうですか、パチュリー様?」
見た感じ、それはプディングのようである。だがしかし紫色。紫芋プリンという事にしておけばいいのだろうか。
「むきゅ……どうもなにも、頭が重くて読書に支障が出るからどけてもらえるかしら」
「重くないですよ、コレ」
「なんていうか、精神的なプレッシャー。無言の圧力とでも言えばいいのかしら。とにかく外してよ」
「え~、可愛いのに。貯金半分くらい崩して、カメラ買おうかなぁ」
「お願いだから、これ以上幻想郷にパパラッチを増やさないで」
師走も半ばを迎えたある日の図書館。司書見習いの小悪魔は、主たるパチュリー・ノーレッジを飾り付けして遊んでいた。
否、飾りを倉庫から出すついでにパチュリーに飾って遊んでいた。大して変わっていないが、まあいい。
読書に興じていたら、いきなり頭にふわふわの綿やらモールやらを巻かれ、挙句の果てに大きなチェリーの飾りを乗っけられてしまったパチュリー。
カラフルなプディングとしか言えないその見た目を小悪魔はいたく気に入った様子ではあるが、本人は不服そうだ。
小悪魔は鼻歌を歌いながら飾りを外す。傍らに置いたダンボールにそれらを放り込み、彼女は再び読書へ戻ったパチュリーに尋ねた。
「そういえば、これを出すってことは今年もやるんですか?クリスマスのパーティ」
「そのようね。まったく、毎年の事とは言え悪魔がクリスマスを祝うなんて世も末じゃないの……」
「いいじゃないですか。宗教的なコトはこの際言いっこなしで、みんなで楽しみましょうよ」
「そういうもんかしら」
ため息交じりのパチュリーだが、その顔はまんざらでも無さそうだ。
「さっき悪魔が祝うなんて、って言ってましたけど、てことはやっぱりお嬢様が?」
「ええ。本人は”このレミリア・スカーレットともあろう者がクリスマス如きに負ける訳にはいかない”なんて言ってたけど。
ただ、パーティを開いてどんちゃん騒ぎしたいだけでしょうね。毎年、小食のくせにパーティのごちそうは限界まで詰め込んでるし」
毎年の恒例企画となりつつある、紅魔館のクリスマスパーティ。近年は知り合いを招待するようにもなり、年々開催の規模が大きくなりつつある。
主催者は当然、紅魔館の当主であるレミリアなのだが、パチュリーの言い分など微塵も気にしていないように思われる。
常識に囚われない、とはこういう事なのだろうか。
「招待はどうなってるんですか?」
「レミィがバンバン出してるわ、招待状。私も魔理沙やアリスなんかに出したし、美鈴がお子様組にせがまれてあちこちバラまいてる。
だから、知り合いはほぼ全員来ると思っていいわね。あなたも呼びたい人がいるなら早めに出しなさい。用事を入れられる前にね」
「もう出しました!」
「ふぅん、ならいいけど……っと。その飾り、持って行かなくていいの?」
「あっ、いけない」
ようやく仕事を思い出し、会話に一区切りつけて小悪魔はダンボール――― クリスマスツリーの飾りが満載――― を抱え直す。
そのままバタバタと図書館を出て行った。彼女が歩く度、箱の中からシャンシャン、ガラガラと賑やかな音色。
ドアが閉じられると同時に遠ざかっていくそれらの効果音と、小悪魔の足音。パチュリーは本を閉じると、息をついて天井を仰いだ。
「……もう、そんな時期なのね……」
古人曰く、光陰矢の如し。今年もまた、クリスマスがやって来る。
・
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・
・
・
「……でさ、今おっきなツリーに飾りつけやってるんだ!後で見に行こうよ」
「うん、どんなのか楽しみ」
翌日、場所は同じく大図書館。この日は昼頃から湖の大妖精が遊びに来ていた。
名無し仲間、本も好きと見事に共通項の多かった二人はいつしか親友同士。こうして図書館で会う機会も最近は格段に増えた。
昨年度のクリスマスにも招待を受け、大妖精もパーティに出席。楽しみつつも、ちょっとした気遣いのつもりで空いた皿などを片付けたりもしていた。
しかし、メイドに混じって片付けや給仕を手伝う姿があまりに自然で、メイド長の十六夜咲夜が気付いて止めるまで一時間近く手伝いを続けていたという伝説を残す。
「去年さ、いつの間にか大ちゃんがいなくなった、ってチルノちゃん達にも手伝ってもらって探したらさ、メイドの子に混じってお皿洗ってたから驚いちゃった。
その影響だと思うんだけど、今年ははっきり区別がつくようにメイドのお洋服がサンタクロースみたいな赤と白の特注コスチュームになったよ」
「へ、へぇ……なんていうか、かえって悪いことしちゃったかな」
「そんなことないよ。新しい服すごく可愛いし、それに咲夜さんも大助かりだったって言ってたよ。今年は赤い服着てきてくれないかしら、って」
「あはは……」
大妖精は乾いた笑い。何となく気恥ずかしい思いになる。
話題を少し変えよう、と彼女は口を開いた。
「そうだ。去年は美鈴さんが曲芸やったりとかあったけど、今年も何か目玉があるの?」
紅魔館でのパーティにおける目玉の一つに、紅魔館側が用意する何らかの演目や企画がある。
『せっかく招待までするんだから楽しんで帰らなかったら許さない』というレミリアの言葉の下、毎年変わった催しが場を盛り上げた。
昨年度は門番・紅美鈴が持ち前の運動神経を駆使した大道芸を披露。
それもクリスマスらしくジャグリングしたナイフでケーキをカットしたり、火を噴いてロウソクに火を灯すなど気の利いた演出で大喝采を勝ち取った。
「そうそう。今年は少し大人しめだけど、咲夜さんが大きなケーキを作るって話だよ」
「大きなケーキ?咲夜さん料理上手だから楽しみだね」
「大きいって言っても、三段積みとかそういうレベルじゃないって言ってた。平方メートル単位で作るってさ。
里の金物屋さんに、ものすごく大きなケーキの型を作ってもらってるって」
「そんなに大きいんだ……」
紅魔館の財力が為せる業だ、と大妖精は心底驚いた表情を見せた。
すると小悪魔は、人差し指を伸ばして提案。
「そうだ、今から厨房見に行ってみる?咲夜さん、ずっとケーキ作る練習してるって話だし」
「もう大きいの作り始めてるの?」
「ううん、まだ。だけど、少しでも美味しいケーキにするんだって、今すごい練習してるの。元々上手いのにね。
実際に見てみれば、咲夜さんの気合が伝わると思うんだ」
強く勧めてくる小悪魔に、大妖精も頷いた。邪魔にならないかという懸念はあったが、そこまで言われると見てみたくなる。
「そっか。なら、邪魔にならない程度に見に行ってみようかな」
「よし決まり!パチュリー様、ちょっとお外行ってきますね」
「ん~」
勢い良く立ち上がる小悪魔に、パチュリーは本から顔を上げないまま手をヒラヒラ振って答えた。
大妖精が遊びに来ると、時折二人で館のどこかへ行くというのを彼女も知っているのだろう。
ドアを開けると、少しばかり冷たい空気が肌を刺す。
「図書館は暖房効いてるからねぇ。廊下はやっぱちょっと寒いや」
「暖房って、どういう仕組み?」
「パチュリー様の魔法」
なるほど、と大妖精も納得。それだけ、パチュリーは腕利きの魔法使いとして通っている。
図書館を出、暫く歩いて角を曲がる。小悪魔の自室前を通り過ぎた辺りで、彼女は考え込みながら口を開いた。
「何か、できることないかな」
「何かって、クリスマスに?」
「うん。せっかくだし私もなんかやりたいなぁ、とは思うんだけど。芸じゃ美鈴さんに勝てる気しないし、料理でも咲夜さんには勝てっこないし。
お手伝いくらいならできそうだけど、ただ手伝っただけじゃ面白くないなって。何かないかなぁ」
さらに角を曲がり、廊下を直進。すると、どこからか何とも甘い香りが漂ってくるではないか。
「わ、ケーキのいいにおい」
「ホントだ。今まさに焼いてるねこれは」
自然と二人の足も早まる。どんどん強くなるスポンジケーキの香ばしい香りに誘われるまま、二人は厨房前へ。
そこには既にメイドが数人。食欲を直接的につついてくるこの芳香には、女の子はどうあっても抗えないもの。
「甘い香りに誘わるるまま、一羽、二羽と集う綺麗なチョウチョたち……けど、ああ!それははんぐりーなスパイダーのワナだったのです!」
「ワナって……別に、ただケーキ焼いてるだけだよきっと」
芝居がかった口調でおどける小悪魔に、大妖精は苦笑い。
しかしその時、厨房へと通じる扉がいきなり開かれた。
「……満員御礼ね」
いつもより大きなエプロンをつけた咲夜が呟く。突然の登場に、メイド達は蜘蛛の子を散らすが如くわらわらと逃げていった。
小悪魔の言葉が何故か妙な真実味を帯びた瞬間である。
「きゃー!」
「ごめんなさい、すぐお仕事にもどりますぅ!」
ばたばたばたばたばた。騒がしい足音が遠ざかると、彼女は小悪魔と大妖精へ視線を向ける。
「あっ、その、ごめんなさい!邪魔するつもりは」
「別に帰れなんて言ってないのに、あの子らも早合点するわねぇ。
丁度いいわ。あなた達、ちょっと来てくれる?」
「へ?」
怒られるかと思ったら、咲夜は手招きして厨房の中へ引っ込んでしまった。
一旦顔を見合わせた二人だが、来て欲しいと言われたら行くのが人情というもの。
「お邪魔します」
「失礼します」
一言と共に、厨房へ足を踏み入れた。
言うなれば、そこは桃源郷であろうか。何せ、そこかしこに白いクリームを被ったスポンジケーキ達が所狭しと並べられ、飾り付けされるのを待っている。
音を立てるオーブンからは、一際舌をうずかせる甘い匂い。右を見ても左を見てもケーキ天国。上には流石に無いし、下にあったら衛生的に宜しくない。
「こ、これ……全部作ったんですか?」
「そうよ。せっかく作るんだし、大きいだけで味も大味、なんてのはね。
お嬢様も楽しみにして下さっているのだから、全身全霊を込めて最高のケーキを作るの。
そのためには、普通のサイズで練習ってコトで……あ、焼けたやけたっと」
ナイスタイミングでオーブンからりんりんとベルの音。『ちょっと待っててね』と一声掛け、彼女はミトンを装着してオーブンを開ける。
漂うだけだった香りは一気に厨房内へと流れ出し、二人の腹の虫も最早限界だ。
「ほら見て、いい感じでしょ?結構練習したんだから」
「お、お宝級です……」
「三食これでも文句言わないよ、私」
「えっへん」
こんがりキツネ色の焼きたてスポンジケーキを前に、大妖精の目は最早理性を失いかけ、小悪魔は半開きの口からヨダレをこぼす。
賞賛の言葉を浴び、咲夜も思わず胸を張って得意気だ。
『えっへん』なんて言葉を彼女の口から聞く日が来ようとは。これもクリスマスの魔力か。
「で、本題。これはまだ熱いからダメだけど、そこら中に作ったケーキ。
作りすぎたのはどう見ても明らかだし、おやつ兼味見兼処分、って事で食べてくれないかしら」
がばっ、と二人が顔を上げれば、完璧メイドの称号に恥じぬ咲夜の優しい笑み。
「……私、紅魔館の子でよかった……」
「……わたし、紅魔館の近くに住んでてよかった……」
「褒めるのはいいから、ほら。一人一ホール、よろしく」
「えっ!?」
「冗談。お夕飯食べれなくなっちゃうし、一ホールを半分ずつ食べて頂戴な……あ、これはおまけ」
手近なケーキに苺をいくつか乗せ、皿ごと小悪魔へ手渡す咲夜。
「ありがとうございます!」
揃って頭を下げた後、ふと気付いて大妖精は彼女へ向けて問うた。
「あれ、じゃあさっき集まってた子たちも」
「ええ、せっかく集まったなら食べて欲しかったのだけれど……早合点して逃げちゃったわね。
とは言え、もう再集合は完了してるみたいだから。戻る時に一声かけてもらっていいかしら」
「え、分かるんですか?」
「分かるわよ」
肩を竦める咲夜にもう一度頭を下げ、皿を持った小悪魔の代わりに大妖精がドアを開ける。
すると、先程よりも更に増えて十人近くなったメイドがやはりそこに集っており、一斉に驚きの表情。
だがすぐに小悪魔の手で燦然と輝くホールケーキを目ざとく発見。
「咲夜さんがさ、食べて欲しいって」
去り際、小悪魔が一声。次の瞬間、大歓声と共に彼女達は厨房へと突撃していった。
「みんな喜んでたね」
「そりゃそうだよ、咲夜さんのケーキ食べ放題なんて私でもほとんど……うん?ケーキ、ケーキか……」
「? どうかした?」
「あ、いやちょっと」
廊下を歩きつつ、小悪魔は何やら考え事。やがて図書館へ辿り着き、再び大妖精がドアを開けた。
・
・
・
大きなテーブルの隅で、大妖精は待っていた。
目の前には薄暗い図書館で一際眩しい輝きを放つ、純白のショートケーキが丸々一ホール。
じっ、と視線を注ぐ大妖精の背後から声が掛かる。
「大ちゃん、お待たせ!お茶いれてきたよ。さ、食べよっか」
「うん、それじゃ……」
「いただきます!」
小悪魔が運んできた紅茶をそれぞれ取り、きちんと手を合わせてからケーキに挑みかかる。
切り分けようかとも思っていたのだが、包丁を取りに行くのが面倒なのと、せっかくだからという理由でそのまま直接食べる流れに。
円柱形の一角をフォークで削り取れば、中から黄金色の大地が顔を覗かせる。小悪魔はそれを一口、口に運んで何とも言えない表情。
「……このために生きている、って言葉は真理だと思うよ」
「わたしも。おいしさで感動したっていうのは、初めてかもしれないよ」
大妖精もフォークをくわえたまま、うんうんと頷く。
白と黄色、そしてアクセントのような赤の対比。舌に乗せれば、優しい甘さが口いっぱいにとろけだす。
グルメリポーターのような感想をひねり出す事は出来ないが、それが絶品である事は紛れも無い事実。
「あれ、そういえばパチュリー様は?」
「こあちゃんがお茶いれてくれてる間に、『それ、どこから?』って訊かれて。
咲夜さんがいっぱい作ってたのをいただきました、って答えたら、ものすごい勢いで図書館から出ていっちゃった」
ひっきりなしなケーキの甘い匂いに、さしものパチュリーも耐えられなかったのだろう。
超高機動型大図書館へと変貌した彼女は今頃、厨房へ吶喊(とっかん)してもぐもぐむきゅむきゅやってるに違いない。
「まあ、こんなおいしそうなの目の前に出されて、ガマンなんてできないよねぇ」
更に一口フォークを運び、生クリームのようにとろけた笑顔で小悪魔。女の子にとっての最大の至福がそこにはあった。
そんな折、湯気を立てる紅茶を一口啜ってから大妖精は小悪魔へと尋ねる。
「あ、そうだ。さっき廊下を歩いてる時なんか考えてたけど、あれって?」
すると彼女は、手にしたフォークを振りながら少し興奮したご様子。
「そうなの、聞いてきいて!クリスマスになんかやりたい、って言ったよね?それ、思いついたの!」
「へぇ、なになに?」
大妖精が尋ね返す。
「ふふ……それはね、これ!」
そう言って小悪魔が指差したのは、目の前に置かれた、双方向よりあちこち削り取られたケーキ。
「ケーキ?ケーキ作るの?」
「ううん、それは咲夜さんのお仕事。私はね、それも盛り上げる役に回ろうと思うの……なんでしょう?」
どこかもったいぶった言い回しに、大妖精は首を傾げた。
「ん~、ただのお手伝いってわけじゃなさそうだね。よかったら教えてくれる?」
そこで、小悪魔は質問を打ち返した。
「大ちゃんはさ、ケーキにのっける砂糖菓子のお人形を見たことはある?」
唐突な問いに若干戸惑いつつ、大妖精は記憶を辿る。
デフォルメでサンタクロースを模した、砂糖で出来た人形。確かに覚えがある。
「うん、知ってるよ。何かで見たと思う」
「なら話は早いや。私はね、その人形を作って飾ろうと思うの!」
「なるほど……面白そうだね。ケーキの上に飾れば、見栄えもよくなるし食べられるし」
幻想郷においてはあまり頻繁に見かける物でも無いし、来場者に良いインパクトを与えられるかもしれない。
しかし、ここで彼女はふと思いついた懸念を口にする。
「でもさ、わたしが知ってる砂糖菓子人形は、手の平に乗っちゃうようなサイズだよ。咲夜さんの大きなケーキに対しては、小さくないかな」
心配そうな大妖精とは対照的に、小悪魔は不敵に笑ってみせた。
「心配ご無用!一つじゃなくて、たくさん作って飾れば十分カバーできるよ」
「サンタさんをいっぱい?」
「そこが最大のポイント!」
大妖精の言葉に、ビシッと指を突きつける。少しタメを作り、小悪魔は口を開いた。
「私の場合はね……来場する知り合いのみなさんを模した砂糖菓子人形を作ろうと思います!」
「えぇっ!?それはつまり、レミリアさんや咲夜さんなんかはもちろん……」
「そう!霊夢さん魔理沙さんその他いっぱい!たくさんの人が来るんだから、数的には十分でしょ?」
そこで大妖精はイメージしてみる。咲夜が丹精込めて作り上げた、銀世界を思わせる純白の土台。
その上に飾られる、自分とも馴染みの深い幻想郷住民達。
人も妖怪も妖精も神も入り乱れ、そこはまるで白銀のダンスホール。
「それすごく面白そう!わたしも手伝うよ!」
「本当に!ありがとう、一緒に頑張ろうね!」
小悪魔のアイディアは、彼女の胸を打つには十分だった。
紅魔館総出で作り上げられる巨大ケーキ。そこに彩りを添える事が出来るのならば、やってみたい。
きっと素敵なモノが出来るに違いない。
「じゃ、とりあえず成功を祈って……」
「かんぱ~い!」
かちん、と紅茶のカップを合わせる。と、それと同時にパチュリーが帰ってきた。
「あら、もうパーティ気分?」
彼女はいつもの席に座り、肩を竦める。
「二人一緒ならどこでもパーティ会場、か。仲がいいのは大変宜しいけれど、気が早すぎないかしら」
「あの、お言葉ですが」
「へ?」
「お鼻の頭にクリームのっけてるパチュリー様に言われても、といいますか」
「あと、ほっぺたにも」
パチュリーはひどく赤面した。
・
・
・
・
さて、皆を模した砂糖菓子人形を作るという大きな目標が出来た二人。クリスマスまで、あと二週間ほどだ。
しかし、目標に燃える名無しコンビにいきなり立ち塞がる、焦眉の問題。
「……でさ、砂糖菓子人形ってどうやって作るの?」
「え、それは……お、お砂糖で作るんだよ」
「お砂糖をどうするの?」
「……ごめん、わかんないや」
「わたしも。水混ぜてこねるとか?でも融けちゃうし、ベタベタするだけのような」
「水あめとか使うのかな……べっこうあめみたいなさ」
「そういうのもあるだろうけど、それと砂糖菓子人形は別じゃない?」
「うぅ~ん……」
腕組みし、二人は考え込む。ちなみにケーキは既に完食済み。
「ああ、考えごとをする時は甘いものが必要だよ」
「さっきいっぱい食べたような……また咲夜さんにもらってくる?」
テーブルに顎を乗せ、ぐでーっと溶けながら言う小悪魔に、大妖精は提案。しかし正直、二つ目は食べきれる気がしない。
だが、その言葉を受けた小悪魔は不意に顔を輝かせた。
「それ!咲夜さん!咲夜さんならきっと知ってるよ、砂糖菓子人形!」
「ああ、なるほど!」
最も身近な料理のエキスパート。これぞ名案と二人は席を立ちかけたが、提案者の小悪魔はすぐに顔を曇らせる。
「あ、でも……咲夜さん、ケーキ作りで今すごく忙しいんだった。邪魔はできないよ」
「そっか……教えてもらうにしても、聞いただけじゃ難しいだろうし。造形とかさ。
手取り足取りとまでは言わずとも、指導してもらいたいよね。咲夜さんじゃ忙しくて無理そうだなぁ」
浮かんだ名案はものの数秒で却下。しゅるしゅると収束していく覇気。
「あ~あ、いい案だと思ったのに。人生はうまくいかないなぁ。大ちゃんの言うとおり、みんなの姿を作るんだから造形術も大事だよね」
「誰かに教わるって言うのはいい案だと思う……本に載ってそうな気はするけど、こういうのは実際見た方が絶対分かりやすいだろうからさ。
でも、誰に教わればいいのかな。手先が器用で、料理ができて、しかも人形なんかの造形に詳しそうな人……」
「そんな都合のいい人、そう簡単には……」
「――― あっ!」
・
・
・
・
――― 翌日、昼過ぎ。
早々に仕事を片付けた小悪魔と共に、大妖精は森を歩いていた。手には、箱に詰めた咲夜のケーキ。量産品とは言え、味は一流だ。
「ここ来るのも、ちょっと久しぶりだなぁ」
「わたしは時々遊びに来るけど、この時期はかなり寒いからね、ここ」
枯葉の絨毯を踏みしめながら歩き続け、やがて見えてきた木造一軒屋。
よく整備された庭やカーテンなど、同じ森に住む霧雨魔理沙の家よりも、大分小洒落た印象を受ける。
玄関前のステップをトントンとリズミカルに駆け上り、代表で小悪魔がドアを三回ノック。
木を叩く、素朴で澄んだ音が乾いた森の空気に吸い込まれていく。
「はぁい、今開けます」
すぐに中から返答があった。待つ事数秒、ドアが開かれる。
「――― あら、ちょっと珍しいお客さんね」
人形師、アリス・マーガトロイド。彼女は名無し二人の姿を見て、その言葉通りの反応を示した。
すぐ、二人で揃って頭を下げる。
「こんにちは!」
「お忙しい所にごめんなさい。今、お時間ありますか?」
「いいわよ、とりあえず今は暇だったし。寒かったでしょ、早くお上がりなさいな」
「お邪魔します!」
アリスはそう言い、笑顔で二人を招き入れた。きちんと挨拶し、二人は靴を脱いで室内へ。
リビングルームへ行くと、既に彼女は三人分のカップを並べていた。
小悪魔が台所を見える部分だけこっそり覗いてみると、人形達がお湯を沸かしている。
「わ、上海ちゃん久しぶり!」
大妖精は、ソファに置かれて――― 否、座っていた上海人形を嬉しそうに抱き上げる。
「ありがとう、上海もあなた達が来てくれて喜んでるわ」
「大ちゃんいいなぁ」
「蓬莱が寂しそうにしてるのだけれど」
「私の胸でよろしければッ!」
アリスの言葉を受け、小悪魔もまた彼女から蓬莱人形を受け取り、優しく胸に抱いた。
銘々人形と遊んでいる内に、室内に紅茶の良い香りが漂い始める。
「お茶が入ったわよ。ところで、お話があるのじゃなくて?
人形と遊んでくれるのは嬉しいけど、それだけのために来てくれたって訳じゃなさそうだしね」
「あ、そうだった……大ちゃん、本題に入らなきゃ」
「そうでした……っと、これどうぞ。咲夜さんのケーキです、おみやげに」
「ありがとう、じゃあ早速みんなで頂きましょうか」
席を勧められ、大妖精と小悪魔が先に着席。アリスは人数分の皿とフォーク、それに包丁を持って来てから座った。
ちなみに、二人は上海蓬莱をそれぞれ膝の上に乗せたままだ。
「はい、これで準備完了……それで、どんな御用かしら?」
ケーキを綺麗に切り分け、紅茶のカップと一緒に勧めてから、アリスはそう促す。
一旦顔を見合わせ、互いに頷いてからまずは大妖精が口を開いた。
「えっとですね……アリスさんは、クリスマスケーキの上に乗っける砂糖菓子人形はご存知ですか?」
いきなり教えを請うのも変な話だと思い、そのように尋ねてみる。
すると彼女は少し考える素振りを見せてから、ポンと手を打った。
「砂糖菓子人形……ああ、マジパンのこと?」
「まじぱん?」
聞き慣れたようで全く未知の単語が飛び出したので、二人揃って首を傾げる。
「あ、ごめんなさい。マジパンっていうのは、アーモンドの粉に砂糖、場合によっては卵白とか洋酒なんかを混ぜて練った生地の事なの。
この生地を着色したり色々な形に造形して、お祭り用の飾りにしたりもするんですって。粘土みたいな感じで造形の幅は広いのよ。
で、このマジパンで人形を作って、ケーキの上に乗せたりするのが、あなた達の言う”砂糖菓子人形”の一般的な形じゃないかしら」
「なるほど……」
「アーモンド、ですか。それに粘土みたいって、砂糖菓子人形っててっきりさくさくした物だと」
「別物でそういう物もあるでしょうけど、造形が簡単という点ではマジパンが最も一般的ね」
アリスの説明に深く納得した様子の二人。そのままの流れで、今度は小悪魔がいよいよ本題へと入る。
「ありがとうございます。それで、その……マジパンで作った人形を、私と大ちゃんの二人で今度作ろう、と思っているんですけど。
何分、普通の料理とも結構違う作業がいりますし、今の説明で初めてどういう物なのか具体的に知ったくらいだったので……」
「何も分からないんです。そこで、今日アリスさんにお願いがあって来たんですけど……」
後を引き取った大妖精の言葉が一瞬途切れたので、アリスは口を挟む。
「作り方、及び造形術を習いたいってトコかしら」
「……ご名答、です」
「年末のお忙しい時期なのに、面倒なお願いであることは分かっています。けど……その、できたらで構いませんから……」
頼み辛そうな、歯切れの悪い口調で言葉を続ける小悪魔を見てアリスは、ふっと笑って答えた。
「別に年末だからって、年末進行のきっつい仕事抱えてるわけじゃないし、普段とあまり変わらないわよ。
教えるのは全然構わないし、むしろ最近は料理とか人形造形で腕を振るう機会がなかったから大歓迎ね」
「え……」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
二つ返事での承諾に、喜んだ勢いのまま深く頭を下げる二人。
そんな二人を見てまた笑ってから、彼女は思い出したような顔になって尋ねた。
「ところで、その人形を作るって……今度のパーティでの咲夜のケーキと何か関係があったりする?」
「え、ご存知なんですか?」
驚いた様子で小悪魔が尋ね返すと、彼女は事も無げに頷いた。
「知ってるわよ。ケーキのデザインとかで私もアイディアを出したんですもの。型製作の現場にも何度も立ち会ってるし。
今度、手伝いと様子見に紅魔館へ足を運ぶ予定だったから。当日には、スタッフとして名前を挙げてくれるとか言ってた……恥ずかしいわね」
「そうだったんだ……」
「だから、私が今度紅魔館に行った時、ついでに人形作成の経過を見てあげるわ。その場でも何か教えてあげられると思う。
とりあえず今日は、材料の事と基本的な造形の方法だけね。まずは自分達で自由にやってみた方が楽しいでしょうし」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
がたんと椅子を鳴らして立ち上がり、揃って一礼。少しばかり気恥ずかしそうな顔で、アリスは二人に声を掛ける。
「ちゃんと教えてあげるからね。じゃ、まずはこのケーキだけ食べちゃいましょうか」
頷き、二人は改めて椅子に座り直す。落とさぬよう手に持っていた人形もきちんと膝の上へ。
「……この分なら、当の巨大ケーキもかなり期待できそうね」
フォークを口に運び、アリスは何とも幸せそうな顔で呟いた。
・
・
・
・
「それじゃ、早速やってみましょうか」
台所にて、三人は揃ってエプロン着用。既に準備は整っている。
「と言っても、材料はかなり簡単だけどね。アーモンドの粉末と砂糖を混ぜて……」
言いながら、アリスはボウルにアーモンド粉末と白糖を入れ、手で軽く混ぜる。
「んで、少しずつ卵白を加えながら練っていくだけ。やってみる?」
「じゃ、じゃあわたしが」
アリスが別の器に取っていた卵白を少しボウルに加え、大妖精がそれを練っていく。
「段々追加していくと……」
「あ、固まってきた」
傍で眺めていた小悪魔にも、ボウルの中の変化の様子がはっきりと分かるようになってきた。
やがて卵白は全てボウルの中へ投入され、練り上げていく内にちゃんとした生地の様相を呈していく。
「何だか本当に粘土みたいです」
大妖精はどことなく楽しそうだ。
「でしょ?だから造形も簡単と言えば簡単。あんまり細かく作るならそれなりの技術がいるけど」
「いえ、そこまでこだわらなくても……一目見てあの人だ、って分かるくらいでいいんです」
「まあ、デフォルメの方が可愛いわよね」
うんうんと頷く二人。あっという間に生地としてのマジパンは完成した。
「ここからは、殆ど完全に粘土細工ね。とりあえず、好きなように形を作ってみて」
場所をテーブルの上に移し、アリスは二人にそう促した。
テーブルにはクッキングシートが引かれ、マジパンの入ったボウルやへら、細かい細工用の竹串なども置いてある。
「何だか緊張するなぁ」
まだマジパンに触れていない小悪魔は、そっとへらで生地の一部をカットし、手の平に乗せて軽く練る。
「おお~……本当に粘土みたい」
「クッキーみたいに型抜きしてもいいし、人形にしてもいいし、職人技になるとリアルな果物や動物、果ては建造物なんかも再現できるわ。
ちなみに、色をつける場合は食紅を練りこめばオッケー。里でも手に入ると思うけど、なかったら私があげるから」
「大ちゃん、後で買いに行こうよ」
「うん……っと、楽しいけど形を作るのは難しいなぁコレ」
アリスの説明を受けつつ、大妖精は何とか人の形を作ってみようと悪戦苦闘。
「顔を作る時は、目なんかは後付けね。髪の毛は、頭部のベースにすっぽり被せる感じの方がやりやすいかしら」
「指でへこませる感じですか?」
「そうそう、平たいのを加工してね。髪の毛自体は、太いのを数本くらいで十分見栄えはいいわよ」
その後もいくつか指導を受けつつ、どうにか原型と呼べる形を作っていく。
身体は三角錐に近い胴体に手足というデフォルメ形にする事で、見た目と造形効率の両立を図る。
一時間程の製作を経て、ようやく二人は”人の形”を作る事に成功した。
着色もしていなければ顔もつけていないので、まさに”人形”という状態だが、大きな一歩だ。
「飲み込みが早いわね、ちゃんと人の形よ」
「よかった……最初は不安だったんですけど、やってみたら結構ちゃんとした形を作ってくれるので驚きました」
冬だというのに額に浮かんだ汗を拭い、大妖精はため息。
「で、顔はどんな感じで作ったらいいですか?あと服とかも」
小悪魔が尋ねると、アリスは少し考えてからマジパンを少し手に取る。
「そうね、顔はこれも出来るだけデフォルメで、目は小さな丸をくっつける。口も小さく細長いパーツを加工してつければ、十分顔に見えるわ」
言いながら彼女は、丸めた生地に小さな丸点を二つと、三日月状に曲げた棒状の生地をくっつける。
「ほら、ちゃんと顔に見えるでしょ?」
「可愛いです!」
単純な造形だが、ちゃんと笑顔に見える。素朴な愛らしさに二人も歓声を上げた。
「目の色は着色で調整してもいいし、いっそ全員黒でもいいとして……服ね。
これも、ベースになる部分は着色でいいんじゃないかしら。例えば、私やあなた」
「わたし、ですか?」
アリスは大妖精を手で示し、説明を続ける。
「お互い青い服がベースだから、胴体を青にしちゃえばそれっぽく見える。上下で色が違うならパーツを分けて後から合体。
色が違う部分は、パーツを上からつけるのもアリね。袖は腕の一部でいいけど、襟やリボンなら上からつけた方がいいかしら。
まあでもディティールにこだわらずとも、大雑把でもいいから特徴さえ掴んでいれば違和感なんて生まれないものよ」
「はーい」
「それと、何よりも大切なのは心を込めて作ること。抽象的かも知れないけれど、大事よ。
作り手の心が篭って、初めて人形は輝きを放つ。命を吹き込む、と言うのはあながち比喩じゃないのよ?」
手を上げて返事。アリスも満足気に頷き、時計を見る。午後四時半。
「で、どうする?まだ練習したい?」
「アリスさんがよろしければ、もっと練習したいんですが……」
小悪魔が答えると、彼女は大きく頷いた。
「よし、それじゃ今度は顔も含めてもう一度身体を作る練習ね。服はそれから」
「らじゃ!」
何となく敬礼で応え、二人は再び生地を練って形作る作業に入る。
結局、この日はアリスの家で夕食をご馳走になりつつ夜まで練習は続けられるのであった。
・
・
・
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明くる日の紅魔館。
買い物袋を持って館へと戻った小悪魔は、同じく袋を抱える大妖精と共に自室へと向かった。
『せっかくだから皆をあっと言わせよう』という方針で、この砂糖菓子人形計画を知るのは名無し二人とアリスだけ。
今後、人形の製作及び保管は小悪魔の部屋でひっそり行われる事となった。
「アリスさんが昨日言ってたけど、マジパンは元々保存用みたいな意味合いもあったんだって。
だから、冷暗所で密封しておけばそれなりに保存が利くらしいよ。一週間くらい前に作っても全然問題ないって」
「じゃあ、今日からもう作っちゃおうか。おおまかなパーツだけでも作って、直前で組み立てるとか」
部屋で荷物を降ろしながらの会話。袋の中には砂糖とアーモンド粉末、そして食紅等着色用素材。里で購入してきたものだ。
アリスにも分けてもらったのだが、沢山持っていったら迷惑になると思ったので少しだけ。大部分は購入だ。
「手、洗った?」
「おっけ。じゃ、やろっか!」
エプロンを着用し、二人は用意したテーブルと椅子に着席。
昨日と同じ手順で生地を作り、別のボウルに半分ずつ取ってそれぞれの手元へ。
テーブルには既にクッキングシートが敷かれ、準備は万端だ。
「誰から作る?」
「あ、そういえば……具体的な参加者をまだ聞いてなかったっけ。
じゃあ、絶対にいる紅魔館のメンバーからいこっか。私は……とりあえず、パチュリー様から」
「じゃあ、わたしは咲夜さん作るね」
互いに頷き、作業開始。
昨日の事を思い出しつつ、おおまかな人の形を作る。
流石に一日みっちり練習しただけあって、あたりを取るのはあっという間だった。
「パチュリー様のお洋服、どうやって再現しよう。ストライプ模様とか難しいなぁ」
「白をベースにして、紫は上からつけて再現とか」
「うん、そうする。咲夜さんは、エプロンを後付けにするくらいかな?」
「頭のやつが少し細かい作業になりそうだけど。小道具でナイフとか持たせられたらいいな」
互いに助言などしつつひたすら手作業。大妖精は上手い事紺色を作り出し、着色した胴体部分を形成。
銀色は再現し難いので灰色で代用し、髪の毛も作る。緑色の生地で小さいリボンも忘れない。腕部は手だけそのまま、腕を白。
簡単な靴を作って胴体部分の下に一対くっつけ、顔を作り、最後に白い生地をエプロンっぽい形に細工して胴に巻く。
以上、おおよそ二時間。
「できた!どうかな、変じゃない?」
「うん、すごくいいと思うよ!ちゃんと咲夜さんに見える!」
小悪魔のお墨付きも貰えて、大妖精は何となく誇らしげな気分だった。目の前には、ただの生地のカタマリから十六夜咲夜へと変貌を遂げたマジパンが立っている。
可能な限りのデフォルメ、といった感じだが、むしろその方が可愛くて良いとアリスも言っていたし、自分でも可愛いと思えるからいい。
「これ、どうしようか」
「密封できる容器あるから、そこに入れて容器ごと立たせておこう。飾る時に取り出して、ちょっと形を整えれば大丈夫だよ」
いつまでも眺めていたい気持ちになったが、それでは乾燥してしまうので言われた通りに密封容器へ入れ、蓋をする。
小悪魔はパチュリーの独特な服及び帽子の造形が難しいのか、まだ途中のようだ。髪型はまとまっているので若干楽そうだが。
「もうちょっと紫は濃い方がいいかな。青を足す感じで」
「ううん、これでも十分いいと思うよ。途中から色を変えるのも難しそうだし」
『そっか、そうだね』と頷き、小悪魔は髪の毛の造形を続ける。
大妖精も作業を再開しようと思い立ち、生地を手に取る。
「じゃあ、次は……レミリアさん作るね」
「おねが~い」
再びあたりを取るべく、人形へと成形していく。先の咲夜よりも生地は少なめだ。
出来る範囲で背格好も再現しよう、という大妖精なりのこだわりでもある。
「よーし、できたー!本物にはかなわないけど、可愛いパチュリー様の完成!」
小悪魔からもやがて歓声が上がる。
この日、午後二時くらいから夜までの作業で、紅魔館メンバーの半分以上を作り終える。初日にしてはハイペースだと思える出来であった。
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更に翌日、昼から小悪魔の自室にて作業再開。
二人がかりでフランドール・スカーレットの羽を作る。一つ一つ色が違うので苦戦は必死だった。
一時間近くかけ、羽そしてフランドール完成。
「よし、紅魔館コンプリート!」
「こあちゃんいないけど、それはしょうがないか」
話し合った結果、まだ時間が足りると言う保障が無かったので、大妖精及び小悪魔自身の人形は後回しにする事となった。
ゲストの人形が足りない、という事態だけは避けようという意向だ。
「じゃ、そっちで手を洗って……他に誰が来るのか、聞きに行こう」
「うん。でも、誰が知ってるの?」
「お嬢様。主催者だから、招待を受けた人達をちゃんと名簿にして管理してるって咲夜さんが言ってたから」
「しっかりしてるなぁ、さすがレミリアさん」
手を洗い終え、二人で連れ立ってレミリアの部屋を目指す。
時折すれ違うメイド達は、皆一様にご機嫌な様子だ。近付くクリスマスの足音に、心を弾ませている。
暫く歩き、やがてレミリアの部屋の近くへ。廊下の突き当たり、扉も装飾が為されていて一目で主の部屋だと分かる。
ただ、今はその扉にモールがかかっていたりリースが飾ってあったりと、吸血鬼の部屋とはおよそ思えぬ仕様。
「あはは、きれいになってる」
歩きながら扉を指差し、笑い合う二人。と、その時であった。
突如その扉の向こうから、がしゃん、という騒音が響いてきたのである。
何かが割れた訳では無さそうだが、物が落ちたのは間違いあるまい。続いて、
「んああああああっ!また失敗したぁぁぁぁ!!」
という悲鳴のような声。明らかにレミリアのものだ。
「……?」
互いに首を傾げ、小悪魔が扉をノック。
「お嬢様、お尋ねしたい事があるのですが……どうされました?」
「ちょ、ちょっ……待っ……」
すると、中からどったんばったん、かちゃかちゃと騒音再び。
それから、ずずずーっ、と何かを引きずるような音がした後で、
「……ふぅ、いいわよ。入りなさい」
落ち着き払ったような声。素直に従い、扉を開ける。
「失礼します」
「失礼します……何かあったのですか?」
部屋に一歩踏み入れる。当のレミリアは、はぁ、はぁと息を弾ませながら立っていた。
「な、何でもないわ。それより、何を訊きたいって?」
平静を装っているが、彼女は後ろ手に隠したつもりらしい真っ赤な大きい布は、きちんと端を持っていない為床に垂れ下がってて丸見えだ。
彼女と小悪魔達の間の床には、シャンパングラスが一つコロコロと転がっている。
さらに、部屋の隅には倒した状態で置かれた小さなテーブル。その後ろにも隠し切れないシャンパングラスの山。
息を切らせただけでなく、この冬にレミリアの頬を汗が伝っている。暖房が効いているとは言え。
「お嬢様、それは……」
「おおっと、何も聞いちゃいけないし詮索も禁止!何でもない!何でもないの!」
ぶんぶんと首を振って必死に隠そうとするレミリアは、まるで外見相応の小さな女の子のよう。
その可愛らしさにもう少し質問を続けようかと思った小悪魔だったが、怒られかねないので諦めて本来の質問へ。
「失礼しました……あの、もし差し支えなければ、今度のクリスマスパーティに参加する方々の詳細を知りたいのですが」
「ああ、名簿ね。いいわよ、ちょっと待ってて」
頷き、レミリアは後ろ手に持っていた布をぽーんとベッドへ放り投げた。
それからベッドの横にあったテーブルの引き出しをごそごそと探る。
やがて彼女は、一枚の紙を手に戻ってきた。
「はい、これが名簿。ここに紅魔館関係者以外は皆載ってるわ。悪用しないなら、持ってっていいわよ」
「え、いいんですか?」
「パチェに転写してもらったやつだから、それ。まだあるし」
「ありがとうございます!」
「……その代わり、この部屋で見たものは全て忘れなさい。いいわね?」
「は、はい」
念を押されつつ、レミリアの言葉に甘えて名簿ゲット。挨拶も忘れず、二人は部屋を後にした。
廊下を歩きながら、二人は顔を見合わせる。
「……布、小さなテーブル、そして大量のグラス」
「テーブルクロス引き……だよね、あれ。もしかして、パーティで披露するために練習してたのかな……」
「ちゃんと秘密にしとこっか」
「うん」
互いに頷き、二人は再び小悪魔の自室へと引き上げた。
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名簿を眺めつつ、作業を続ける。
幸い、パーティへ招待された者達は皆紅魔館、延いては二人にとっても知り合いと言える者ばかりだったので、誰だか分からないという事態には陥らずに済んだ。
服装も記憶の中にあったので、それを頼りに造形を行う。
「大ちゃん、霊夢さんの胸のリボンって黄色でいいんだよね」
「うん、あってると思う。ついでに訊きたいんだけど、妖夢さんの頭のリボンはどっち側だっけ」
「確か、向かい合って左だったはずだよ。ルーミアちゃんの逆」
「あ、そっか」
ポンと手を打ち、大妖精も作業に戻る。手元にあった小さな黒い生地を四角く整え、予め頭部につけていたリボンの左隅へ添える。
若干記憶が曖昧な部分もあるにはあったが、元よりデフォルメ。細かい事は気にしない方針で作業を進めていった。
むしろ思い切りが良くなった分、作業効率も多少は上昇した。
しかし、名簿を手にして数日後のある日。
「……ねぇ、トランペットってどういう感じで作ったらいいのかな」
「そういえば、ヴァイオリンも大まかな形しか分からないや」
「よく考えたら、あの服もデザインが独特で難しいよね」
騒霊音楽家・プリズムリバー三姉妹。彼女らを作るにあたって、当然各々の楽器を持たせようという方針になった。
だが、普段からそこまで密接に楽器に触れる機会の無い二人にとって、楽器の造形というのは未知の世界。
大まかなシルエットや色は分かるが、ただそれっぽい色と形のカタマリ、ではいくらなんでも手抜きにならないだろうか。
少しの間考えていた大妖精は、不意に立ち上がった。
「……よし、取材だ!」
「うん、私も行く!」
ボウルにラップを被せ、二人は手を洗って部屋を出た。
館を飛び出し、湖沿いに飛んでいく事五分。古びた屋敷が見えてくる。
玄関前に下り立ち、大妖精が扉をノック。
「はいは~い、今開けま~す!」
やたら明るい声が聞こえたかと思うと、すぐに玄関が開かれた。
「およ、お二人揃っていらっしゃい。とりあえず上がりなよ!」
応対したのはメルラン・プリズムリバー。いつもと変わらぬ笑顔で二人を招き入れた。
リビングに通されると、そこには偶然かは分からないがルナサにリリカも揃っている。
「すみません、突然お邪魔しちゃって」
「いいよいいよ、今はライブの練習とかもなくって暇だったし」
リリカはソファの背もたれから身を乗り出しつつ、そう言って手をヒラヒラとやる。
「寒いのにお疲れ様。急ぎでないなら、ゆっくりしていって」
ルナサが紅茶のカップを五人分運んできた。それを受け取りつつ、ソファに腰掛けた二人は早速切り出す。
「えっと、ちょっとしたお願いみたいなのが」
「なになに?今度の紅魔館パーティでのライブ依頼ならとっくに承諾してるよ。
練習ほとんどナシのアドリブ祭りだけど、その方がきっと盛り上がるだろうし」
メルランはそう言って上機嫌な様子だが、小悪魔は首を振った。
「それは楽しみ……なんですけど、それとはまた別件で」
「うん?」
「あの、楽器を少し見せていただきたいんです」
「楽器?」
大妖精の言葉にルナサが反応。
「楽器と一口に言っても色々あるけれど、どんなのがご所望かしら」
「えと、普段皆さんが使ってるやつでいいんですけど。ヴァイオリン、トランペット、キーボード」
「なんだ、そんなのお安い御用。リリカ、持ってきて~」
「え~、姉さんが行ってよ!妹遣いが荒いんだから」
「ああ、何と言う仕打ち……おねーちゃんを労わる優しいリリカちゃんはどこへ行ってしまったの?それとも、あの眩しい日々は幻……?」
「勝手に芝居の世界に入らない!公平にポーカーかババ抜きで決めようよ」
互いにソファで溶けながらの言い争い、もとい姉妹コント。
はぁ、とため息が聞こえたので見やればそれはルナサで、やれやれと言いたげな様子で立ち上がった。
「ポーカーもババ抜きも時間かかるでしょう。客人を待たせないの……ごめんなさい、すぐ持ってくるから」
後半は大妖精及び小悪魔へ向けた台詞。彼女はそのまま廊下の奥へ消えていき、四人が残されたリビング。
ぼけーっと待つ事になるかと思われたが、すぐメルランが話しかけてきたのでそうはならなかった。
「ところでさ、楽器を見たいっていうのはどうしてまた?借りるでもなく、見るっていうのがちょっと気になって」
「あ、え、えっと……それは、そのですね」
どきりとして、大妖精の視線は宙を彷徨う。秘密裏に進めている砂糖菓子人形プロジェクト、ここでバラす訳にもいかない。
少し考えた挙句、彼女はぼやかした回答で乗り切る事に。
「その、げ、芸術の題材と言いますか……」
「芸術?絵とか?」
「そ、それに近い感じです。その中に楽器を出そうと思ったんですけど、資料がないと描きにくくって」
「へぇ、面白そうだね。二人ともそうだけど、大ちゃんなんか特に器用そうだし」
リリカは興味津々といったご様子。ここだな、と判断した小悪魔はさらに口を開いた。
「そのついでみたいな感じでもう一つなんですけど……皆さんのお洋服も少し見せていただけませんか?
別に脱いでもらったりはしなくてもいいので。むしろ、着た状態でお願いしたいんですが」
「いいよ~……ってもしかして、私達を題材にしてくれるってこと?」
「は、はい。ご迷惑でしたか?」
「とんでもない、大歓迎だよ!カッコよく、かつ可愛くお願いね!」
「私を一番可愛くしてね、ヨロシク!」
途端に大喜びで身を乗り出す二人に、思わず大妖精も苦笑い。ここで、ルナサが帰ってきた。
受け取った楽器をしっかり細部まで観察、要点をメモする。再現はおおまかだが、細かく知っておくに越した事は無い。
楽器が終われば、今度は三姉妹の服装だ。ここで二人は、彼女らの服装が単なる色違いでは無く、割と細かい部分で差異がある事に気付かされた。
「なんだか緊張するなぁ。ファッションモデルになった気分」
「ポージングでもとろっか?」
「動かない方がいいと思うけど」
二人が服装を観察している間も、棒立ちのまま三人は喋りっぱなし。これぞ騒霊たる所以か。
全ての取材を終え、二人は紅魔館へと戻る事に。
「完成したら見せてね!楽しみにしてるから」
去り際メルランにそう言われ、力強く頷いてから二人は屋敷を後にした。
帰ってすぐ、騒霊三姉妹の人形を完成させるつもりでいたが、
「あら、丁度いい所に」
咲夜の手伝いで来たらしい、アリスの姿がエントランスにあったので彼女へ話しかける。
「ちょっと待ってて、もう少しで終わるから」
彼女はそう言って廊下の奥へ行こうとしたので、小悪魔がそっと耳打ちした。
「私の部屋に大ちゃんといますから、もしお時間がありましたら……」
「ええ、行くわ」
アリスがそう答えたので、二人は安心して部屋へ戻り、作業再開。
頭の中のヴィジョンが明確な内に作業を行ったのが幸いし、それほど労せずに完成へと漕ぎ着ける事が出来た。
「ちゃんとトランペットに見えるかな」
「うん、大丈夫!これなら喜んでくれるよ」
当日、彼女達の驚く顔が早くも楽しみだった。やれやれと背伸びをしていると、ドアをノックする音。
(やば、誰か来た!大ちゃん、隠さなきゃ!)
(う、うん!)
慌ててテーブルの上のボウルやクッキングシートを部屋の奥へ運び込もうとする二人。だが、
「片付けなくても平気よ、私だから。他には誰もいないわ」
アリスの声がしたので、安堵の息をつきつつ道具類を全て戻す。
ドアを開けると、確かに彼女一人だった。
「いい匂い、まさに今しがたまでやってたわね。どう?調子は」
部屋を見渡しながら彼女がそう尋ねるので、二人は今さっき出来たばかりのプリズムリバー楽団をお披露目。
「ちゃんと取材にも行ったんですよ」
「へぇ……すごいじゃない、予想以上の完成度で驚いちゃった。あなた達、才能あるんじゃないかしら」
きちんと並んで立つ三姉妹を見て、アリスは素直な賞賛を贈る。流石にこうまで褒められては恥ずかしいが、小悪魔はもう少しアピールしてみた。
「細かいですけど三人とも、少し表情を変えてあるんですよ。ボタンの色とか、帽子とか、結構大変だったけど頑張りました!」
確かによく見れば、ルナサは目を閉じ、メルランは満面の笑みで、リリカがスタンダードな表情と細かい違いがある。
胸を張る彼女に、アリスはぱちぱちと拍手。しかし、少しばかり顔を曇らせて続けた。
「作りの面では、問題なさそうね。後は……」
「後は?」
「時間、ね。参加人数は結構多いし、間に合うかどうか」
それは二人にとっても一番気掛かりな部分。実際、進み具合で言えばようやく全体の半分に届くかといった程度だ。
作業効率をさらに高めないと、余裕が無い。
「手伝ってあげたいけれど、この後もまだケーキ関連で打ち合わせがあって。ごめんなさい」
「いえいえ、そんな。わたしたちで頑張りますから」
「どーんと任せちゃって下さい!」
頭を下げるアリスに、各々返しの言葉。彼女も頷いて、ドアノブに手を掛けた。
「今後も、ここで作業するのね?」
「はい、作業場所は変えないつもりです」
「なら、また紅魔館に来る事もあるから、その時は声掛けてね。やれる事なら手伝うから。じゃ、頑張ってね!」
彼女はそう言い残し、部屋を出て行った。
残された二人は互いに顔を見合わせ、頷く。
「よし、続きだ!」
「頑張ろうね!」
椅子に座り、作業を再開した。クリスマスまで、あと一週間。
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それからは、時間との戦いだった。
作業自体に苦戦する要素は、まああるにはあるのだが致命的なものでは無く、時間さえかければどうにかなる範疇。
だからこそ、時間が無いというこの状況が何よりも不安の種。
「あと、どれくらい?」
「紅魔館、白玉楼、プリズムリバー楽団、永遠亭、博麗神社に……組織系は守矢神社だけかな」
「けど、個人がかなり残ってるよ。チルノちゃんとか、幽香さんとか作ってないし」
「あ~、そういえば妖怪の山も組織と言えば組織かぁ。先は長いよ」
「でも残った時間は短いね……急いでやらなきゃ」
いつしか大妖精は午前中から紅魔館を訪れるようになっていた。
ひたすらにマジパンと格闘する日々が続き、その小さな手には食紅の様々な色がすっかり染み付いている。
時間を優先する余り、クオリティが低下してしまう事だけは避けたかった。時間と質のバランスを高次元でまとめる必要があり、そしてそれは途轍もない重労働。
「帽子の目玉が取れちゃった……」
「黒い所、ちっちゃいしね。潰れないようにつけるのはちょっと難しいや」
小道具や服装がやたら細かい者も多く、その作業は困難を極めた。
「雛さんのリボン、ものすごく難しいんだけど……」
「髪の毛の上からさらに後付けじゃないと。ある程度の簡略化もいるね」
「リボンのフリルは……省略だなぁ。こんなに細かいのはちょっと厳しいよ」
「うん、それでも大丈夫だよ」
焦りと、それに起因する指先の震えを何とか押さえつつ、一体、また一体と人形を作り上げていく。
そして十二月二十二日、日も既に暮れた時刻。
「よぉし、完成!」
大妖精の目の前には、寺子屋教師・上白沢慧音の人形。
「私もできたよ!これであと十人!」
小悪魔も、嬉しそうに言いながらフラワーマスター風見幽香の人形を置く。
思いっきり伸びをしながら、時計を見る。午後六時を回ろうとしていた。
名簿の名前の横にチェックマークが付いていないのは、八雲一家や彼岸組、それに個人が数名で計十人。
彼岸組――― 四季映姫・ヤマザナドゥと小野塚小町は『何となくボスっぽいから』という理由で最後にするとか。
「まだ二日あるし、大丈夫そうだね。今日はこれでおしまいにしよっか」
「うん……じゃあ、わたしも今日は帰るね。遅くまでごめん」
大妖精の帰宅するという言葉に、小悪魔も頷いた。
部屋はそこまで汚れているという訳でも無いが、マジパンの材料の残骸などが多い。
さらに、休憩用のベッド代わりにされたソファやら紅茶のカップやらで、中々に締め切り間近の修羅場的様相を呈していた。
「わかった、気をつけてね」
「あ、その前に。少し、マジパンの生地をもらってってもいいかな。余ったやつ」
ボウルには、まだそれなりの量のマジパンが残っている。大妖精がそれを指差すと、小悪魔も頷いた。
「いいよ。だけど、半分は残してもらってもいいかな。私も練習したいから」
「うん、わかった」
空いたボウルに残りの生地の半分を入れ、それを更に手提げ袋へしまってから大妖精は部屋を出た。
自宅へと帰りついた大妖精は早速、袋からボウルを取り出す。
クッキングシートをテーブルに敷き、ビターチョコレートを出して湯煎で溶かした。
その他、食紅をいくつか準備したりして準備万端。紅魔館にいた時と変わらぬ作業が始まった。
(やっぱり、一人だけいないなんて寂しいのはダメだよね)
紅魔館のメンバーで、作ったのは五人。レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴、フランドール。
そう、一人足りない。
大妖精は、まだ作られていない小悪魔の人形を、こっそり作る事に決めていた。
(当日にお披露目して、驚かせよう)
最初に、自分達の人形は余裕が無ければ作らないと決めた時から、そう考えていた。
胴体部分、黒い服はビターチョコレートで着色。背、頭の羽も同様だ。
白い生地でブラウスの襟元も再現し、赤いネクタイも忘れない。
少し深めの赤色で染めた髪の毛の部分に、ちょこんと小さな羽を二つくっつけて完成。
所要時間、一時間と少し。いつも傍にいる相手だからか、圧倒的に早かった。
時間は早くとも、今までのどの人形よりも強い想いが込められている事は間違い無い。
「よし、できた!」
快哉を叫ぶ。目の前には、まるで命を吹き込まれたかのような文字通りの小悪魔。
今にも自分に向けて笑いかけてくれそうな、そんな気すらした。
(どんな顔してくれるかな)
喜んで欲しい。ただその一心だ。
このまま自宅に飾っておきたいとも思ったが、そうもいかない。
忘れずに密封容器へと収め、ボウルが入っていた手提げ袋に立てて入れる。
このまま手荷物へと紛れさせておき、いざその時になったら颯爽と取り出し、渡すのだ。
(きっと喜んでくれるよね!)
我ながら中々の演出だ、と大妖精は笑みを堪える事が出来なかった。
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翌朝、大妖精はまたしても紅魔館へと向かった。
小悪魔の部屋に入ると、もう散々鼻を侵食した甘い匂いが再び肺を満たしてくる。時々窓を開けてはいるが、こればかりは仕方無い。
早速作業か、と思っていたが、小悪魔が少しばかり申し訳無さそうに切り出した。
「ごめん、午前中は図書館に行ってもいいかな。溜まってた仕事を片付けたいんだ」
篭りっきりでの作業に入る前、パチュリーには一応、
『クリスマスパーティの準備が多くて、あまり図書館に来れないかも知れません』
とは言ってあったし、パチュリーもそれは十分分かっていたので承諾していた。
しかし、ここ一週間くらい殆ど訪れていないのは流石に問題があるだろう、と反省。
「じゃあ、わたしも手伝うよ。二人の方が早いでしょ」
「ありがとう。人形はあと十個だし、今日の午後からでも明日には終わるよね」
そんな会話をしつつ、二人は図書館へ。
しかし、蔵書整理などの作業は年末の大掃除でまとめて片付ける予定だった事もあり、仕事は殆ど無かった。
強いて言うならばパチュリーが寂しそうにしていたくらいか。
「それじゃ、残りの作業をやっちゃおっか」
「そうだね」
図書館を出て、二人は再び自室の方へ向かう。
残りも大分少なくなり、これなら余裕で間に合うという安心からか思わずスキップ。
館内もすっかりクリスマスムードで、およそ悪魔の館とは思えないが今に始まった事でも無い。
しかし、鼻歌など口ずさみつつ、残り少ない作業を手早く片付けようと思っていた二人に声が掛かった。
「あっ、丁度いい所に」
振り返るとそこにはレミリアの姿。
「こんにちは!」
「お嬢様、お呼びですか?」
小走りで駆け寄ると、彼女が何やら一枚の紙を手にしている事に気付く。
それをちらりと見ながら小悪魔が尋ねると、彼女は二人の顔を交互に見ながら続けた。
「探してたのよ。前に、名簿が欲しいって言ってたじゃない」
「はい、その節はどうもありがとうございました」
あの名簿のお陰で作業が出来ているようなものだ。
礼を言いつつ二人して頷くと、レミリアは手にしていた紙を示した。
そして、一言。
「あれから、追加の招待客があったから知らせとこうと思って」
「……え?追加?」
一瞬、目の前が暗転したような錯覚。
「ええ。本当はもう締め切るつもりだったんだけど、たった昨日飛び入りで参加したのがいてね。地底ご一行様よ。
だから、何に使うかは知らないけど念の為、追加客の名簿も渡しておくわ」
言いながら彼女が差し出した紙。焦りを悟られぬよう、しかし震えの止まらない手で小悪魔が受け取る。
「あ、ありがとう、ございます。お手数をおかけしまして」
「いいのよ。それじゃ、また」
頷き、レミリアは去って行った。
主が廊下の奥に消えてからも、二人は暫し立ち尽くしたまま。
やがて、我に返った大妖精が小悪魔を促す。
「つ、追加って何人?」
言われた小悪魔もようやく我を取り戻し、受け取った紙に目を通す。
「確かに、地底の皆さん。全部で……八人」
「は、八人!?」
10+8=18。倍近くに人数が増えてしまった。全員知った名前なので服装なんかは大体分かる。
だが、明日の昼から夕方には終わるだろうと踏んでいたタイムスケジュールが、音を立てて崩れ去る。
「じ、十八個……パーティは明後日の二十五日だよね?」
「……行こう、大ちゃん。とにかく急いで作らなきゃ」
「う、うん!」
思わず廊下を走り出した二人は、部屋へ転がり込むとすぐに作業を開始した。
クリスマスまで、あと一日半。
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ひたすらに疲れていた。
それでも、手を止める事は無かった。
一個完成する毎に時計を見上げると、短針の進みは予想以上のハイペース。
大妖精はもう家に帰らず、部屋に泊まり込んで作業を続けた。
「し、尻尾九本って難しい……黄色と白、二つ生地を使わないとだし」
「もう少しボリュームあってもいいかも……って、こっちも。帽子のリボンっぽいのが……」
服装やらパーツやらが個性的な面子が揃っており、ますます作業時間を奪い取る。
碌に睡眠も取らぬまま、ひたすらにマジパンと格闘し続ける。既に二十四日、クリスマスイブの朝。
「や、八雲一家完成……」
最も苦労した九尾の狐、八雲藍の人形を置いて大妖精は深く息をついた。
目を擦り、窓の外を見る。日は既に昇っていた。
「そっちはどう……?」
「小町さんの鎌がちょっと難しいけど……なんとかなりそう」
柄と刃のバランスに苦労している模様。
「これであと……十二個。時間足りるかなぁ……」
「何とかするしかないよ」
小悪魔は手元から目線を外さずに呟く。頷き、大妖精もすぐに新たな生地を手に取った。
組織に属さない個人の人形を先に作っていく。幸いにも材料が足りなくなる事は無さそうだった。
「青と紫の中間の色って難しいよ。殆ど青でもいいかな」
「大丈夫だと思うよ。その方が時間も短縮できるし、変には見えないよ」
互いに短くアドバイスを交わしつつ、生地を人の形へと変えていく。日はあっという間に暮れ、窓の外を闇が支配しても手を休めない。
目をぎゅっと閉じて眠気を追い出し、大妖精は少しだけ濃くした青い生地で作った胴に、白い帽子を被せた頭部を乗せて固定する。
取れてしまわない事を確認し、安堵の表情。
「できた……」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロック完成。なかなかいい出来だと思ったが、観察している時間はあまり無い。
「こっちもできたよ」
四季映姫の人形を前に、小悪魔も笑み。だがすぐに真面目な表情へ戻った。
「とりあえずしまって……これであと、地底ご一行の八人だけか」
「だけとは言うけど、もう夜だよ……パーティは明日なのに」
言わずとも分かっている。徹夜での作業だ。
名簿を改めて確認し、誰を作るのかを互いに相談する。丁度四人ずつで分ける事にし、すぐ作業へ移った。
最初の一体もまだ出来ない内に、日付はクリスマス当日へと移り変わる。
「……桶のデザインってこれでいいのかな」
「取っ手は後ろに回しておいてもいいんじゃないかな」
「うん……そっちは?」
「角に星マーク入れるのって、正直ここまでで最難関な気がする……」
地霊殿含めた地底ご一行は、これまで作った者達よりも格段に難しい要素が詰まっていた。
身体的特徴やら小道具やら、何よりもやたらカラフルな服装に苦労させられる。胴が一色だけで済みそうなのは火焔猫燐くらい。
それでも、染色した生地を共有しつつ一体、また一体と確実に完成させていく。
「……訂正する……一番難しいのは、この第三の目だよ……」
「ヒモみたいな部分も難しいし、何より目玉が小さいからね……」
「瞳の部分とか、省略してもいいよね?」
「大丈夫だよ、きっと」
睡眠不足と、精神的プレッシャーは容赦無く手元を狂わせる。
細かい作業のやり直しに辟易する事もあったが、これを並べた時の皆のリアクションを思い浮かべて、耐える。
少しばかり霞む目をこじ開け、くっつけては剥がし、繋いでは切り取り、可能な範囲での完成度を目指す。
いつしか、窓の外はまたしても明るくなっていた。
「この台車……こんな形でいいのかな」
「ちゃんと走りそうだから大丈夫だよ……ところで、制御棒って右?左?」
「確か左手」
省略しても良さそうな部分にもやたらこだわってしまうのは、二人の人形作りにかける情熱故。
そして、日が大分高くなってきた頃―――
「……あとは、この帽子をのせて……」
「うん、完成!お疲れ様!」
「や、やったぁ……」
最後の一体が遂に完成、人の形へと変わった。
力無く、だが確かな笑顔で、ぱちんと手を合わせる。
大仕事をやり遂げた、職人の顔がそこにはあった。
「ね、一回並べてみようよ」
「うん」
テーブルの上の道具を全てどかし、代わりに人形を並べていく。
所狭しと並べられる人形の数々を見ていると、自分達のした事に誇りが持てた。
そこには、ただの生地から明確な人形へと姿を変えた、己の努力の結晶がずらりと立っているのだ。
大妖精が、一番最初に作った咲夜の人形を置いて、並べる作業も終了。
「これ……」
「うん……正直、すごいよ」
改めて見てみると、よく作ったものだと思わされる。
色とりどりの人形達は確かに皆知り合いの形をしていて、今にも動き出しそうだ。
「よし、満足。パーティまでまだ時間あるし……」
「……寝ようか」
どうせすぐ出すのだから、と人形達はそのままにして、二人は部屋に備え付けの簡易バスルームへ。
シャワーを浴び、着替えた二人はそのままソファへと倒れ込んだ。
すぐに頭の中に霞がかかり、眠りの世界へ引きずり込まれる。
戦いを終えた戦士のような二人を称えるように、人形達は並び、立ち尽くしていた。
・
・
・
・
時刻は午後四時。紅魔館の食堂では、今まさにパーティの準備が進められていた。
「パーティは五時からだっけ?」
「そうよ。ああ、流石に緊張するわね……」
「大丈夫よ、きっとみんな驚くわ」
既に運び込まれた巨大ケーキ。布で隠されたそれを前に、主役である咲夜は流石に緊張の色。
そんな彼女の肩を叩いて励まし、アリスは会場を見渡した。
紅白の衣装に身を包んでご機嫌なメイド達がせわしなく動き回り、テーブルやら料理やらが運び込まれていく。
紅魔館から家の近い一部の者達は、既に会場で談笑中。
何人かは巨大ケーキが隠された布を指差し、あれは何だと想像を巡らせている。
(さて、そろそろ……)
咲夜が他の仕事の為に会場を離れたので、アリスも食堂を出て廊下へ。
暫く歩き、小悪魔の自室前。人は皆食堂か厨房、エントランス辺りにいるので人は来ないだろう。
周りに誰もいない事を確認し、ドアをノック。
「……あれ?」
返事が無い。もう一度ノックするが、反応無し。今はいないのだろうか。
しかし、食堂にはいなかった。厨房か、図書館にいるのかも知れない。
そうは思いつつも、一応ドアのノブを握り、回してみる。
がちゃり。
「あ、開いた」
呟き、中の様子をそっと窺ってみる。
途端に鼻をくすぐる砂糖の甘い匂い。もう一度、廊下に誰もいない事を確認してから、彼女は部屋へと入った。
「……これは……」
そこに広がっていた光景は、人形を作り始めて長いアリスでさえも驚愕せしめるものであった。
テーブルの上にぎっしり並べられた、数々の人形達。皆、自分にとってもよく知った姿。
一つ一つが、細かな服装や小道具、表情など、丁寧に作られたものである事が窺える。
決して精巧とは言えない。それでも人形に一番必要なものが込められ、備わっている。アリスにはそれが分かった。
自分の人形も発見して少し嬉しくなった所で、部屋を見渡す。
二人の姿は、すぐに見つかった。
「あらあら」
二人で一つのソファに座り、互いにもたれかかってすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
起こそうかと思ったが、やめる。これだけの数を作ったのだ、きっと寝ていないのだろう。
(後で起こしに来れば……)
そう考えながら部屋を後にしようとしたアリスは、ふと思い立って振り返る。
テーブルの上に広がる、小さな幻想郷。
「………」
アリスは、ベッドの傍にあった目覚まし時計を手に取った。
・
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・
続々と紅魔館に人妖が集う。
師走も後半とあって、五時にもなれば辺りは大分暗い。
主催者のレミリアは会場を見渡して満足そうだ。それから、エントランスで受付をしていたパチュリーに尋ねる。
「パチェ、参加者は?」
「もう全員来たわ、問題なし」
「よし、それじゃ時間通りに始めるわよ」
「ええ……悪いけど、美鈴を呼んで来てくれるかしら。あと門、玄関の施錠も」
パチュリーは、手近なメイドにそう頼むと会場の人だかりに消えていく。
すぐにメイドと美鈴が一緒にやって来たので、それを確認したレミリアは一段高い所から声を張った。
「れでーす、あーん、じぇんとるめーん!本日は我が紅魔館のクリスマスパーティにようこそ!
私が主催者にして紅魔館当主のレミリア・スカーレットで……ちょっとぉ!聞きなさいよ!」
しかし、彼女の声は会場のざわめきに掻き消されてあまり届いていない。
ここで、たまたま近くにいて声が聞こえていた河城にとりが彼女の肩をつつく。
「拡声器あるけど使うかい?」
「ありがとう、助かるわ」
素直に受け取るレミリア。だが、
「……ただのメガホンじゃない……」
「立派な拡声器さ。侮れないよ?」
「ふぅん、まあいいや……うらー!!パーティ始めるから静まれー!!」
メガホン越しの怒鳴り声に、今度こそ会場は静まり返るのであった。
・
・
・
一方、その頃。
人形を完成させてから、ずっと眠り続けていた大妖精と小悪魔。
ソファの上で殆ど身動きせず、一心不乱に眠りの世界にしがみ付く。
だがその時、不意に鳴り響く、ジリジリ、リンリンというベルの音。
「……ふぇっ!?な、何!?」
すぐ近くで鳴り出した騒音に意識を呼び戻され、半身を起こしながら小悪魔は辺りを見渡す。
すると、ごろんと音がして膝の上から何かが落下。
「あっ、目覚まし時計……」
いつも使っている目覚まし時計。横で寝ていた大妖精もむっくりと起きたので、彼女は未だなり続ける時計を止めた。
「どれどれ……あっ、もう五時!!パーティ始まってるよ!!」
「うにゃ……えっ、もう始まってるの!?」
「早く持ってかなきゃ!」
素早くソファから立ち上がる。元々の予定では、ケーキがお披露目された後で少しずつ飾っていくつもりだった。
あわよくば咲夜に頼み、ケーキに最初から飾らせてもらおう――― そう考えていたのに寝坊。
(数多いから運ぶのも時間かかるのに……)
そう考えながら人形の置いてあるテーブルを見た小悪魔は、硬直。
「どうしたの?」
大妖精が尋ねると、彼女はテーブルを指差して問うた。
「……ねぇ、人形がみんな、こっちを見てるんだけど……」
「え……」
大妖精も彼女の指差す方向を見、目を見開いた。
寝る前は自分達が座っていた椅子の方向、言うなれば壁の方を向いていた人形達。
それが今は、自分達が寝ていたソファの方向を向いている。
一つ二つならともかく、全て。
「……勘違い、かなぁ」
「いや、でも……」
急いで持っていかなければならない、そんな事も忘れて立ち尽くす二人。
しかし、そんな彼女達を更なる衝撃が襲ったのは、床に置かれた目覚まし時計が午後五時十分を指した時。
――― ぴくり。
「!?」
小悪魔は、目の錯覚かと思った。大妖精だってそうだ。
「今、なんか動かなかった?」
「わたしも……」
『見た気がする』――― そう続けようとした大妖精の言葉は次の瞬間には飲み込まれてしまった。
人形達の先頭にいた、アリスの砂糖菓子人形。もう一度ぴくりとしたかと思うと不意に、さっ、と手を挙げたのだ。
「え―――」
眠気は一瞬で吹き飛んだ。先程まで頑なに開こうとしなかった瞼も、今や全開だ。
アリス人形の動きに呼応するように、全ての人形がぴくりと動く。
続いて、小悪魔と大妖精を向いたまま、一斉に優雅な動作で一礼。
「うそ……」
それだけしか呟けない。
その次には、人形達が銘々ふわりと宙に浮き上がる。ある者は羽を動かし、ある者は箒に跨り。
「大ちゃん、私まだ寝てるのかな?」
「わたし、今手の甲つねってみたけどすごく痛かった」
呆然とした会話をよそに、空飛ぶ人形達は部屋のドアへ。
先頭を飛んでいたプリズムリバー三姉妹が、ドアノブを捻り、全体重を使って引く。
軋んだ音と共に開いたドアから、一体、また一体、時には集団で、人形達は部屋の外へ。
最後に残ったアリス人形が、二人に向かってもう一度礼。そして、彼女もまた部屋から出て行き、やがてドアは閉じられた。
「………」
「………」
夢を見ているかのような光景だった。
自分達が一生懸命、寝る時間も惜しんで作った人形達。
モデルとなった人々の喜ぶ顔を見たいが為に、師たるアリスの言葉通り”心を込めて”作り上げた人形達。
まるで本当に命を吹き込まれたかのように、動き出し、挨拶して、部屋から出て行ってしまった。
先程まで人形達が所狭しと乗っていたが、今はマジパンの生地の欠片が点在するだけとなったテーブル。
それを眺めて暫し呆然としてた二人だが、大妖精はここで現実を認識する。
パーティの為に作った人形達なのに、皆どこかへ飛び去ってしまった。これでは、せっかく作ったのに見てもらえない。
「……こあちゃん、追わなきゃ!」
「あっ、うん!」
急いでドアを開け、外へ飛び出す。遠くから、誰かの声。会場からだろう。
廊下を見渡すと、照明に照らされた人形達が、廊下の突き当りを曲がっていくのが見えた。
「あそこ!」
小悪魔が指差した方向へ、二人は一斉に駆け出した。
・
・
・
食堂では、今しがた咲夜の巨大ケーキはお披露目され、大喝采を浴びた所であった。
その直径は10mにも及ぶ途轍もない代物で、パーティの為に胃袋を空けてきた者達を容赦無く視覚・嗅覚双方より攻め立てる。
「えー、今回のケーキ製作におけるデザイン面などで大いに貢献して頂いたアリス・マーガトロイドにも盛大な拍手を!」
咲夜の横で共に喝采を浴びるアリス。やはり恥ずかしそうだ。
拍手しながらも客席では、パチュリーが辺りをきょろりと見渡して首を傾げる。
(小悪魔達の姿がない……どうしたのかしら)
それをよそに拍手も止み、全体ではそろそろ歓談――― 要するに食事タイムへと移行しようとしていた。
司会のレミリアが声を張る。流石に静まっているのでメガホンいらず。
「では心行くまで楽しんで頂戴。もうケーキを食べたいって人は近くのメイドか咲夜に……」
「あ、ちょっと待って」
「?」
言いかけたレミリアを、アリスが止めた。
「ケーキは、少しだけ待ってもらえないかしら」
「どうして?」
「今に分かるわ。まだ、あのケーキは完成していないの」
(そろそろね)
アリスは腕時計を、そして会場の入り口を見やる。
「どうやら、まだ何かあるようね。それじゃケーキはもう少し待って頂くとして……」
「……来たわ!」
「え?」
またしてもレミリアの台詞はアリスによって遮られてしまった。
「あれを見て!」
彼女が指差すのは、会場である食堂入り口のドア。
そのドアが今まさに、ゆっくりと開かれていく。
「さあ、よく見てね」
アリスの言葉に、観衆は皆ドアに釘付けだ。
そうこうしている内に完全に開かれたドア。しかし、誰も入ってくる様子は無い。
だが、ドアに程近かった者達は早くも気付いた。
「あっ、何か飛んで来る!」
「なになに!?」
人の姿は無い。
その代わりに会場へ続々と入ってくる、小さな影。
「あれは……お嬢様!?」
叫んだのは美鈴。先頭を飛んできた影が、小さなレミリアである事を見抜いたのだ。
「え、え?私?」
くるくると目を回すレミリア。呆然と眺める咲夜。
「ほかにもたくさん……みんながいる!」
「あたいだ!」
「人形だよ!」
会場のあちこちから知り合いの、或いは自分の姿を発見した者の声が湧き上がる。
「そう、あれは人形。でも、ただの人形ではありません。
クリスマスケーキでお馴染みの、砂糖菓子で出来た人形。それも、本日お越しの皆さんを模してあります!」
アリスの声に、会場からどよめき。
宙を舞う人形達は、ただ飛んでいるだけでは無い。
永遠亭一つとっても、取っ組み合いしながら飛んで来る輝夜と妹紅、仲裁しようとする鈴仙と慧音、やれやれといった体で後ろから見守る永琳とてゐ。
そんな感じに、一体一体の人形が皆、独自のアクションを取りながらケーキ目指して飛んで行く。
煌びやかな照明の下、クリスマス一色の会場で、宙を舞う小さな幻想郷住民達。
この幻想郷においても、そうは見られないファンタジーな光景がそこにはあった。
「しかし……この人形を作ったのは、私ではありません」
次々とケーキに着地していく人形を見ていた観衆だったが、アリスの言葉を受けてますますざわめく。
「大ちゃん、ここ……会場だよ!」
「でも、行くしか」
ドアの外から会話、だがざわめきで聞こえない。
次の瞬間、ドアが再び開いた。
「あれを見て下さい!」
「えっ?」
「な、なに?」
アリスがドアを指差したのと、二人が会場へ飛び込んだのは同時だった。
一斉に会場中の視線を集めた大妖精と小悪魔は、思わずたじろぐ。
さらに、眩しい照明を浴びせられたので素早く目を覆った。照明係のメイドが気を利かせ、スポットライト――― 光系の魔法を応用してある――― を当てたのだ。
「小悪魔!?それに……」
「大ちゃんだ!」
見知った顔に、会場からも声が上がる。
「そうです。湖の大妖精と、図書館司書見習いの小悪魔。あの二人こそ、この砂糖菓子人形を作り上げた職人なのです。
彼女達の努力は、私が一番知っています。並大抵のものではありませんでした。その証拠に、この人形達はどれも素晴らしい出来です。
さあ皆さん、あの二人に惜しみない盛大な拍手を!」
瞬間、洪水のように押し寄せる大音量の拍手。耳を打ち、全身を貫くような音波。
二人がありのまま起こった事を話すなら、人形を追いかけていたと思ったらいつの間にか大観衆の喝采を浴びていた。
何が起こったのかすぐには理解出来なかったが―――
「これって……」
「喜んでくれてる、よね……」
自分達が必死になって作った人形達が、モデル達に受け入れられた。それは、確かだ。
現実を認識した瞬間、全身の血液を集めたが如き勢いで赤面する二人。どうしようもなく熱い。
それでも大喝采は止む事を知らず、隠れたくなる衝動を必死に堪えた。
「それじゃあ、ケーキも本当の意味で完成したことだし……お手元のグラスを取りなさい!」
レミリアが声を張ると、ようやく喝采も落ち着いた。各々がグラスを手に取る中、客席の中からパチュリーが走ってきた。
その手には、黄金色が美しいシャンパンの注がれたグラスが二つ。
「お疲れ様。はい、これ」
「ありがとうございます!」
「顔、ケーキの苺みたいになってるわよ?クリームついてた私を責められないわね」
未だ顔の火照りが冷めない二人にそう言って笑いかけ、パチュリーは席に戻らずその場で前を見た。
一番前では、レミリアがグラスを高々と掲げている。
「皆の衆、いいかしら?せーの……」
彼女の音頭に合わせ、大妖精、小悪魔、パチュリー、アリス、そして会場に集った全員が、一斉にグラスを掲げた。
『メリークリスマース!!』
・
・
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・
・
乾杯の後すぐ、二人は巨大ケーキの前へと引っ張られ、運ばれていった。
「いや、改めて見ると本当によくできてるよコレ!」
「二人だけで作ったの?」
「食べられる?」
「小道具までちゃんと再現してる。流石だねぇ、職人技だよ」
「私のはどこー?」
質問攻めだったり褒め殺しだったりと様々だが、賞賛一色。
その出来に文句を言う者は誰もいなかった。
「これの事だったんだね!本当にありがとう、最高だよ!」
取材しに行ったメルランらも絶賛。
近くで観察していたルナサやリリカも、
「作りがいいのは言うに及ばないけれど、特に楽器の作りが素晴らしいと思うの。ありがとう」
「今度さ、私達の色んなバージョンも作ってよ!楽器を代えたやつとか、アクションが違うやつとか!」
一様に喜んでくれていたので、二人は安堵した。
「これは素晴らしい出来ですね、何とかして私の仕事机に飾れないでしょうか」
「食べられる人形だって、すごい!」
「まさか、あたいの仕事道具まで再現するとは……」
「この耳の垂れ具合が鈴仙そっくり!私の方が可愛いのもそっくり!」
「何言ってるのよ!」
「こりゃあアリスも顔負けだな。私も後で教わってみるか」
「これを御神体として飾れば、きっと信仰うなぎ上り間違いなしです!」
「でも食べ物だからいつか腐るよ?そしたら信仰も急転直下だろうねぇ」
「そういうコト、ちゃんとおいしく頂かなきゃ」
ケーキを囲んだ人々は尚も口々に人形を褒め称える。
予想以上の反響に再び顔が熱くなってきた所で、近くにいたチルノが大妖精へ尋ねた。
「ねぇ、さっきから見てて思ったんだけど……大ちゃんの人形、どこ?」
「そういえば、小悪魔のもないわね」
パチュリーも頷く。この時ようやく、大妖精は自分がこっそり小悪魔の人形を作っていた事を思い出した。
「あ、それは……ちょっと待っててね」
「少々お待ち下さい!」
「え?」
二人が同時に言ったので、顔を見合わせる。
そのまま会場を出、散々入り浸った小悪魔の自室へ戻る。
何もかもが目を覚ました時、延いては作業完了時と変わらない部屋。唯一違うのは、人形がいない事だけ。
荷物をごそごそと漁り、大妖精は小悪魔へ声を掛ける。
「あのさ、実は……」
「私も……」
しかし見やれば、小悪魔も同様に何かを持っている。
まさか、と思ったが、とりあえず自分からだ。
「こないだ、生地をもらって帰ったよね?あの時にさ、家でこあちゃんの人形作ったんだ。
時間がなくなりそうだから、とは言ったけど、やっぱり欠けてるなんてダメだと思って」
「えっ……じ、実は、私も作ったんだ。大ちゃんの人形。残ってた生地使って。
大ちゃんのことだから、作ろうとしても『他の人のを先に作って』って言いそうだったから、こっそり」
「………」
無言で二人は、密封容器の封を解いて人形を取り出し、テーブルの上へ。
確かに大妖精、そして小悪魔の姿をした人形。きちんとリボンやネクタイなど、細かい部分まで再現されている。
一目見て、とても丁寧に作られた物だと分かる。
「えっと、その……これ、あげる。クリスマスプレゼント」
「私も、そのつもり。喜んでくれるか不安だったけど……今は安心してるよ」
「?」
「だって、大ちゃんが私の人形をわざわざ作ってくれたって聞いた時……本当に、心の底から嬉しかったから」
言葉を切り、互いの目を見つめる。
「その……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
目を逸らさないまま、はっきりと。大妖精は目を閉じ、小悪魔は『えへへ』と呟いてはにかんだ。
どうしても気恥ずかしくなって、自然と頬を染める。と、その時。
「あっ!」
不意にどちらかが声を上げた。
それもそのはず、テーブルで向かい合っていた二人の人形が、こちらを向いたのだ。
身体を向け、二人へ向けて一礼。それからふわりと宙へ舞い上がる。
「この人形も……」
「……すごい」
呆然と眺めていたが、互いに手を繋いだ二人の人形がドアへ向かったので慌てて大妖精が先回りし、ドアを開ける。
そのまま人形達は廊下へ出て、食堂へと向かっていった。
「行こう、私たちも!」
「うん!」
頷き合い、二人も後を追った。
・
・
・
「なかなか粋な事するじゃない」
大人気のケーキを前にして、レミリアはアリスの脇腹を肘でつつく。
「何のことかしら?」
皿に乗せた料理を手に、彼女はふいっと目線を逸らした。
「あの人形よ。廊下から飛んでこさせるなんて芸当、あなた以外にできっこないわ」
レミリアの言葉を受け、アリスはざわめく観衆へ視線を飛ばしながら呟く。
「どうでもいいじゃない、そんなことは。あの子達が人形を一生懸命作った。その想いに応えて、人形達は空を飛んだ。
あの子達が、人形に命を吹き込んだ。それでいいのよ」
「……あなたの言う通りね。ちょっと無粋だったかしら」
「吸血鬼ですもの。クリスマスという行事に本来適合しないあなたなんだから、多少鈍くても仕方ないわ」
ははは、と笑い合う二人。
「そうそう、その内咲夜があなたの所に行くと思うの。今回ので火がついたらしくて、来年は自分でも人形を作るって意気込んでた」
「あの二人に教わった方がいい気もするけど……ん?」
その時、会場にこれまでとは違ったざわめきが走った。
会場のドアが開き、小さな影が二つ飛び込んできたのだ。
「あっ、まだいる!」
「また飛んでるよ、すごいねぇ」
「大ちゃーん!」
大妖精と小悪魔の人形だった。
ケーキへ群がっていた人々や、会場のあちこちで銘々楽しんでいた人々もそれに気付き、大歓声でそれを出迎える。
「ああ、いないと思ったら最後だったのね。これで全員、よかったよかった」
レミリアはそう言って笑う。製作者本人の人形が無いという事を不安に思っていたが、これでその不安も消滅。
だが―――
「……アリス?どうかした?」
魔法で飛ばしているアリス本人が、妙な反応をしていたのが気にかかった。
言うなれば、呆然と宙を舞う人形を見つめている。計画通りと笑うでも無く、会場の反応に満足するでも無く。
「おーい、どうした~。もしも~し」
そんな彼女の肩をレミリアが軽く揺さぶっていると、不意に彼女は呟いた。
「ねぇ……」
「あ、やっと起きた。どうしたのよ」
「私、知らないんだけど」
「は?」
「私が魔法をかけたのは、テーブルの上にあった人形だけ。その時ちゃんと見たけど、あの二人の人形なんてなかったわ」
「え、それって」
「……私は……今、あそこを飛んでいる二人の人形には、魔法をかけた覚えがないの……」
「………」
その会話の間に、大妖精と小悪魔の人形は、歓声の渦の中でケーキに着地する所だった。
――― 聖夜に今、”SWEET ANGEL”が舞い降りる。
見た感じ、それはプディングのようである。だがしかし紫色。紫芋プリンという事にしておけばいいのだろうか。
「むきゅ……どうもなにも、頭が重くて読書に支障が出るからどけてもらえるかしら」
「重くないですよ、コレ」
「なんていうか、精神的なプレッシャー。無言の圧力とでも言えばいいのかしら。とにかく外してよ」
「え~、可愛いのに。貯金半分くらい崩して、カメラ買おうかなぁ」
「お願いだから、これ以上幻想郷にパパラッチを増やさないで」
師走も半ばを迎えたある日の図書館。司書見習いの小悪魔は、主たるパチュリー・ノーレッジを飾り付けして遊んでいた。
否、飾りを倉庫から出すついでにパチュリーに飾って遊んでいた。大して変わっていないが、まあいい。
読書に興じていたら、いきなり頭にふわふわの綿やらモールやらを巻かれ、挙句の果てに大きなチェリーの飾りを乗っけられてしまったパチュリー。
カラフルなプディングとしか言えないその見た目を小悪魔はいたく気に入った様子ではあるが、本人は不服そうだ。
小悪魔は鼻歌を歌いながら飾りを外す。傍らに置いたダンボールにそれらを放り込み、彼女は再び読書へ戻ったパチュリーに尋ねた。
「そういえば、これを出すってことは今年もやるんですか?クリスマスのパーティ」
「そのようね。まったく、毎年の事とは言え悪魔がクリスマスを祝うなんて世も末じゃないの……」
「いいじゃないですか。宗教的なコトはこの際言いっこなしで、みんなで楽しみましょうよ」
「そういうもんかしら」
ため息交じりのパチュリーだが、その顔はまんざらでも無さそうだ。
「さっき悪魔が祝うなんて、って言ってましたけど、てことはやっぱりお嬢様が?」
「ええ。本人は”このレミリア・スカーレットともあろう者がクリスマス如きに負ける訳にはいかない”なんて言ってたけど。
ただ、パーティを開いてどんちゃん騒ぎしたいだけでしょうね。毎年、小食のくせにパーティのごちそうは限界まで詰め込んでるし」
毎年の恒例企画となりつつある、紅魔館のクリスマスパーティ。近年は知り合いを招待するようにもなり、年々開催の規模が大きくなりつつある。
主催者は当然、紅魔館の当主であるレミリアなのだが、パチュリーの言い分など微塵も気にしていないように思われる。
常識に囚われない、とはこういう事なのだろうか。
「招待はどうなってるんですか?」
「レミィがバンバン出してるわ、招待状。私も魔理沙やアリスなんかに出したし、美鈴がお子様組にせがまれてあちこちバラまいてる。
だから、知り合いはほぼ全員来ると思っていいわね。あなたも呼びたい人がいるなら早めに出しなさい。用事を入れられる前にね」
「もう出しました!」
「ふぅん、ならいいけど……っと。その飾り、持って行かなくていいの?」
「あっ、いけない」
ようやく仕事を思い出し、会話に一区切りつけて小悪魔はダンボール――― クリスマスツリーの飾りが満載――― を抱え直す。
そのままバタバタと図書館を出て行った。彼女が歩く度、箱の中からシャンシャン、ガラガラと賑やかな音色。
ドアが閉じられると同時に遠ざかっていくそれらの効果音と、小悪魔の足音。パチュリーは本を閉じると、息をついて天井を仰いだ。
「……もう、そんな時期なのね……」
古人曰く、光陰矢の如し。今年もまた、クリスマスがやって来る。
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「……でさ、今おっきなツリーに飾りつけやってるんだ!後で見に行こうよ」
「うん、どんなのか楽しみ」
翌日、場所は同じく大図書館。この日は昼頃から湖の大妖精が遊びに来ていた。
名無し仲間、本も好きと見事に共通項の多かった二人はいつしか親友同士。こうして図書館で会う機会も最近は格段に増えた。
昨年度のクリスマスにも招待を受け、大妖精もパーティに出席。楽しみつつも、ちょっとした気遣いのつもりで空いた皿などを片付けたりもしていた。
しかし、メイドに混じって片付けや給仕を手伝う姿があまりに自然で、メイド長の十六夜咲夜が気付いて止めるまで一時間近く手伝いを続けていたという伝説を残す。
「去年さ、いつの間にか大ちゃんがいなくなった、ってチルノちゃん達にも手伝ってもらって探したらさ、メイドの子に混じってお皿洗ってたから驚いちゃった。
その影響だと思うんだけど、今年ははっきり区別がつくようにメイドのお洋服がサンタクロースみたいな赤と白の特注コスチュームになったよ」
「へ、へぇ……なんていうか、かえって悪いことしちゃったかな」
「そんなことないよ。新しい服すごく可愛いし、それに咲夜さんも大助かりだったって言ってたよ。今年は赤い服着てきてくれないかしら、って」
「あはは……」
大妖精は乾いた笑い。何となく気恥ずかしい思いになる。
話題を少し変えよう、と彼女は口を開いた。
「そうだ。去年は美鈴さんが曲芸やったりとかあったけど、今年も何か目玉があるの?」
紅魔館でのパーティにおける目玉の一つに、紅魔館側が用意する何らかの演目や企画がある。
『せっかく招待までするんだから楽しんで帰らなかったら許さない』というレミリアの言葉の下、毎年変わった催しが場を盛り上げた。
昨年度は門番・紅美鈴が持ち前の運動神経を駆使した大道芸を披露。
それもクリスマスらしくジャグリングしたナイフでケーキをカットしたり、火を噴いてロウソクに火を灯すなど気の利いた演出で大喝采を勝ち取った。
「そうそう。今年は少し大人しめだけど、咲夜さんが大きなケーキを作るって話だよ」
「大きなケーキ?咲夜さん料理上手だから楽しみだね」
「大きいって言っても、三段積みとかそういうレベルじゃないって言ってた。平方メートル単位で作るってさ。
里の金物屋さんに、ものすごく大きなケーキの型を作ってもらってるって」
「そんなに大きいんだ……」
紅魔館の財力が為せる業だ、と大妖精は心底驚いた表情を見せた。
すると小悪魔は、人差し指を伸ばして提案。
「そうだ、今から厨房見に行ってみる?咲夜さん、ずっとケーキ作る練習してるって話だし」
「もう大きいの作り始めてるの?」
「ううん、まだ。だけど、少しでも美味しいケーキにするんだって、今すごい練習してるの。元々上手いのにね。
実際に見てみれば、咲夜さんの気合が伝わると思うんだ」
強く勧めてくる小悪魔に、大妖精も頷いた。邪魔にならないかという懸念はあったが、そこまで言われると見てみたくなる。
「そっか。なら、邪魔にならない程度に見に行ってみようかな」
「よし決まり!パチュリー様、ちょっとお外行ってきますね」
「ん~」
勢い良く立ち上がる小悪魔に、パチュリーは本から顔を上げないまま手をヒラヒラ振って答えた。
大妖精が遊びに来ると、時折二人で館のどこかへ行くというのを彼女も知っているのだろう。
ドアを開けると、少しばかり冷たい空気が肌を刺す。
「図書館は暖房効いてるからねぇ。廊下はやっぱちょっと寒いや」
「暖房って、どういう仕組み?」
「パチュリー様の魔法」
なるほど、と大妖精も納得。それだけ、パチュリーは腕利きの魔法使いとして通っている。
図書館を出、暫く歩いて角を曲がる。小悪魔の自室前を通り過ぎた辺りで、彼女は考え込みながら口を開いた。
「何か、できることないかな」
「何かって、クリスマスに?」
「うん。せっかくだし私もなんかやりたいなぁ、とは思うんだけど。芸じゃ美鈴さんに勝てる気しないし、料理でも咲夜さんには勝てっこないし。
お手伝いくらいならできそうだけど、ただ手伝っただけじゃ面白くないなって。何かないかなぁ」
さらに角を曲がり、廊下を直進。すると、どこからか何とも甘い香りが漂ってくるではないか。
「わ、ケーキのいいにおい」
「ホントだ。今まさに焼いてるねこれは」
自然と二人の足も早まる。どんどん強くなるスポンジケーキの香ばしい香りに誘われるまま、二人は厨房前へ。
そこには既にメイドが数人。食欲を直接的につついてくるこの芳香には、女の子はどうあっても抗えないもの。
「甘い香りに誘わるるまま、一羽、二羽と集う綺麗なチョウチョたち……けど、ああ!それははんぐりーなスパイダーのワナだったのです!」
「ワナって……別に、ただケーキ焼いてるだけだよきっと」
芝居がかった口調でおどける小悪魔に、大妖精は苦笑い。
しかしその時、厨房へと通じる扉がいきなり開かれた。
「……満員御礼ね」
いつもより大きなエプロンをつけた咲夜が呟く。突然の登場に、メイド達は蜘蛛の子を散らすが如くわらわらと逃げていった。
小悪魔の言葉が何故か妙な真実味を帯びた瞬間である。
「きゃー!」
「ごめんなさい、すぐお仕事にもどりますぅ!」
ばたばたばたばたばた。騒がしい足音が遠ざかると、彼女は小悪魔と大妖精へ視線を向ける。
「あっ、その、ごめんなさい!邪魔するつもりは」
「別に帰れなんて言ってないのに、あの子らも早合点するわねぇ。
丁度いいわ。あなた達、ちょっと来てくれる?」
「へ?」
怒られるかと思ったら、咲夜は手招きして厨房の中へ引っ込んでしまった。
一旦顔を見合わせた二人だが、来て欲しいと言われたら行くのが人情というもの。
「お邪魔します」
「失礼します」
一言と共に、厨房へ足を踏み入れた。
言うなれば、そこは桃源郷であろうか。何せ、そこかしこに白いクリームを被ったスポンジケーキ達が所狭しと並べられ、飾り付けされるのを待っている。
音を立てるオーブンからは、一際舌をうずかせる甘い匂い。右を見ても左を見てもケーキ天国。上には流石に無いし、下にあったら衛生的に宜しくない。
「こ、これ……全部作ったんですか?」
「そうよ。せっかく作るんだし、大きいだけで味も大味、なんてのはね。
お嬢様も楽しみにして下さっているのだから、全身全霊を込めて最高のケーキを作るの。
そのためには、普通のサイズで練習ってコトで……あ、焼けたやけたっと」
ナイスタイミングでオーブンからりんりんとベルの音。『ちょっと待っててね』と一声掛け、彼女はミトンを装着してオーブンを開ける。
漂うだけだった香りは一気に厨房内へと流れ出し、二人の腹の虫も最早限界だ。
「ほら見て、いい感じでしょ?結構練習したんだから」
「お、お宝級です……」
「三食これでも文句言わないよ、私」
「えっへん」
こんがりキツネ色の焼きたてスポンジケーキを前に、大妖精の目は最早理性を失いかけ、小悪魔は半開きの口からヨダレをこぼす。
賞賛の言葉を浴び、咲夜も思わず胸を張って得意気だ。
『えっへん』なんて言葉を彼女の口から聞く日が来ようとは。これもクリスマスの魔力か。
「で、本題。これはまだ熱いからダメだけど、そこら中に作ったケーキ。
作りすぎたのはどう見ても明らかだし、おやつ兼味見兼処分、って事で食べてくれないかしら」
がばっ、と二人が顔を上げれば、完璧メイドの称号に恥じぬ咲夜の優しい笑み。
「……私、紅魔館の子でよかった……」
「……わたし、紅魔館の近くに住んでてよかった……」
「褒めるのはいいから、ほら。一人一ホール、よろしく」
「えっ!?」
「冗談。お夕飯食べれなくなっちゃうし、一ホールを半分ずつ食べて頂戴な……あ、これはおまけ」
手近なケーキに苺をいくつか乗せ、皿ごと小悪魔へ手渡す咲夜。
「ありがとうございます!」
揃って頭を下げた後、ふと気付いて大妖精は彼女へ向けて問うた。
「あれ、じゃあさっき集まってた子たちも」
「ええ、せっかく集まったなら食べて欲しかったのだけれど……早合点して逃げちゃったわね。
とは言え、もう再集合は完了してるみたいだから。戻る時に一声かけてもらっていいかしら」
「え、分かるんですか?」
「分かるわよ」
肩を竦める咲夜にもう一度頭を下げ、皿を持った小悪魔の代わりに大妖精がドアを開ける。
すると、先程よりも更に増えて十人近くなったメイドがやはりそこに集っており、一斉に驚きの表情。
だがすぐに小悪魔の手で燦然と輝くホールケーキを目ざとく発見。
「咲夜さんがさ、食べて欲しいって」
去り際、小悪魔が一声。次の瞬間、大歓声と共に彼女達は厨房へと突撃していった。
「みんな喜んでたね」
「そりゃそうだよ、咲夜さんのケーキ食べ放題なんて私でもほとんど……うん?ケーキ、ケーキか……」
「? どうかした?」
「あ、いやちょっと」
廊下を歩きつつ、小悪魔は何やら考え事。やがて図書館へ辿り着き、再び大妖精がドアを開けた。
・
・
・
大きなテーブルの隅で、大妖精は待っていた。
目の前には薄暗い図書館で一際眩しい輝きを放つ、純白のショートケーキが丸々一ホール。
じっ、と視線を注ぐ大妖精の背後から声が掛かる。
「大ちゃん、お待たせ!お茶いれてきたよ。さ、食べよっか」
「うん、それじゃ……」
「いただきます!」
小悪魔が運んできた紅茶をそれぞれ取り、きちんと手を合わせてからケーキに挑みかかる。
切り分けようかとも思っていたのだが、包丁を取りに行くのが面倒なのと、せっかくだからという理由でそのまま直接食べる流れに。
円柱形の一角をフォークで削り取れば、中から黄金色の大地が顔を覗かせる。小悪魔はそれを一口、口に運んで何とも言えない表情。
「……このために生きている、って言葉は真理だと思うよ」
「わたしも。おいしさで感動したっていうのは、初めてかもしれないよ」
大妖精もフォークをくわえたまま、うんうんと頷く。
白と黄色、そしてアクセントのような赤の対比。舌に乗せれば、優しい甘さが口いっぱいにとろけだす。
グルメリポーターのような感想をひねり出す事は出来ないが、それが絶品である事は紛れも無い事実。
「あれ、そういえばパチュリー様は?」
「こあちゃんがお茶いれてくれてる間に、『それ、どこから?』って訊かれて。
咲夜さんがいっぱい作ってたのをいただきました、って答えたら、ものすごい勢いで図書館から出ていっちゃった」
ひっきりなしなケーキの甘い匂いに、さしものパチュリーも耐えられなかったのだろう。
超高機動型大図書館へと変貌した彼女は今頃、厨房へ吶喊(とっかん)してもぐもぐむきゅむきゅやってるに違いない。
「まあ、こんなおいしそうなの目の前に出されて、ガマンなんてできないよねぇ」
更に一口フォークを運び、生クリームのようにとろけた笑顔で小悪魔。女の子にとっての最大の至福がそこにはあった。
そんな折、湯気を立てる紅茶を一口啜ってから大妖精は小悪魔へと尋ねる。
「あ、そうだ。さっき廊下を歩いてる時なんか考えてたけど、あれって?」
すると彼女は、手にしたフォークを振りながら少し興奮したご様子。
「そうなの、聞いてきいて!クリスマスになんかやりたい、って言ったよね?それ、思いついたの!」
「へぇ、なになに?」
大妖精が尋ね返す。
「ふふ……それはね、これ!」
そう言って小悪魔が指差したのは、目の前に置かれた、双方向よりあちこち削り取られたケーキ。
「ケーキ?ケーキ作るの?」
「ううん、それは咲夜さんのお仕事。私はね、それも盛り上げる役に回ろうと思うの……なんでしょう?」
どこかもったいぶった言い回しに、大妖精は首を傾げた。
「ん~、ただのお手伝いってわけじゃなさそうだね。よかったら教えてくれる?」
そこで、小悪魔は質問を打ち返した。
「大ちゃんはさ、ケーキにのっける砂糖菓子のお人形を見たことはある?」
唐突な問いに若干戸惑いつつ、大妖精は記憶を辿る。
デフォルメでサンタクロースを模した、砂糖で出来た人形。確かに覚えがある。
「うん、知ってるよ。何かで見たと思う」
「なら話は早いや。私はね、その人形を作って飾ろうと思うの!」
「なるほど……面白そうだね。ケーキの上に飾れば、見栄えもよくなるし食べられるし」
幻想郷においてはあまり頻繁に見かける物でも無いし、来場者に良いインパクトを与えられるかもしれない。
しかし、ここで彼女はふと思いついた懸念を口にする。
「でもさ、わたしが知ってる砂糖菓子人形は、手の平に乗っちゃうようなサイズだよ。咲夜さんの大きなケーキに対しては、小さくないかな」
心配そうな大妖精とは対照的に、小悪魔は不敵に笑ってみせた。
「心配ご無用!一つじゃなくて、たくさん作って飾れば十分カバーできるよ」
「サンタさんをいっぱい?」
「そこが最大のポイント!」
大妖精の言葉に、ビシッと指を突きつける。少しタメを作り、小悪魔は口を開いた。
「私の場合はね……来場する知り合いのみなさんを模した砂糖菓子人形を作ろうと思います!」
「えぇっ!?それはつまり、レミリアさんや咲夜さんなんかはもちろん……」
「そう!霊夢さん魔理沙さんその他いっぱい!たくさんの人が来るんだから、数的には十分でしょ?」
そこで大妖精はイメージしてみる。咲夜が丹精込めて作り上げた、銀世界を思わせる純白の土台。
その上に飾られる、自分とも馴染みの深い幻想郷住民達。
人も妖怪も妖精も神も入り乱れ、そこはまるで白銀のダンスホール。
「それすごく面白そう!わたしも手伝うよ!」
「本当に!ありがとう、一緒に頑張ろうね!」
小悪魔のアイディアは、彼女の胸を打つには十分だった。
紅魔館総出で作り上げられる巨大ケーキ。そこに彩りを添える事が出来るのならば、やってみたい。
きっと素敵なモノが出来るに違いない。
「じゃ、とりあえず成功を祈って……」
「かんぱ~い!」
かちん、と紅茶のカップを合わせる。と、それと同時にパチュリーが帰ってきた。
「あら、もうパーティ気分?」
彼女はいつもの席に座り、肩を竦める。
「二人一緒ならどこでもパーティ会場、か。仲がいいのは大変宜しいけれど、気が早すぎないかしら」
「あの、お言葉ですが」
「へ?」
「お鼻の頭にクリームのっけてるパチュリー様に言われても、といいますか」
「あと、ほっぺたにも」
パチュリーはひどく赤面した。
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さて、皆を模した砂糖菓子人形を作るという大きな目標が出来た二人。クリスマスまで、あと二週間ほどだ。
しかし、目標に燃える名無しコンビにいきなり立ち塞がる、焦眉の問題。
「……でさ、砂糖菓子人形ってどうやって作るの?」
「え、それは……お、お砂糖で作るんだよ」
「お砂糖をどうするの?」
「……ごめん、わかんないや」
「わたしも。水混ぜてこねるとか?でも融けちゃうし、ベタベタするだけのような」
「水あめとか使うのかな……べっこうあめみたいなさ」
「そういうのもあるだろうけど、それと砂糖菓子人形は別じゃない?」
「うぅ~ん……」
腕組みし、二人は考え込む。ちなみにケーキは既に完食済み。
「ああ、考えごとをする時は甘いものが必要だよ」
「さっきいっぱい食べたような……また咲夜さんにもらってくる?」
テーブルに顎を乗せ、ぐでーっと溶けながら言う小悪魔に、大妖精は提案。しかし正直、二つ目は食べきれる気がしない。
だが、その言葉を受けた小悪魔は不意に顔を輝かせた。
「それ!咲夜さん!咲夜さんならきっと知ってるよ、砂糖菓子人形!」
「ああ、なるほど!」
最も身近な料理のエキスパート。これぞ名案と二人は席を立ちかけたが、提案者の小悪魔はすぐに顔を曇らせる。
「あ、でも……咲夜さん、ケーキ作りで今すごく忙しいんだった。邪魔はできないよ」
「そっか……教えてもらうにしても、聞いただけじゃ難しいだろうし。造形とかさ。
手取り足取りとまでは言わずとも、指導してもらいたいよね。咲夜さんじゃ忙しくて無理そうだなぁ」
浮かんだ名案はものの数秒で却下。しゅるしゅると収束していく覇気。
「あ~あ、いい案だと思ったのに。人生はうまくいかないなぁ。大ちゃんの言うとおり、みんなの姿を作るんだから造形術も大事だよね」
「誰かに教わるって言うのはいい案だと思う……本に載ってそうな気はするけど、こういうのは実際見た方が絶対分かりやすいだろうからさ。
でも、誰に教わればいいのかな。手先が器用で、料理ができて、しかも人形なんかの造形に詳しそうな人……」
「そんな都合のいい人、そう簡単には……」
「――― あっ!」
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――― 翌日、昼過ぎ。
早々に仕事を片付けた小悪魔と共に、大妖精は森を歩いていた。手には、箱に詰めた咲夜のケーキ。量産品とは言え、味は一流だ。
「ここ来るのも、ちょっと久しぶりだなぁ」
「わたしは時々遊びに来るけど、この時期はかなり寒いからね、ここ」
枯葉の絨毯を踏みしめながら歩き続け、やがて見えてきた木造一軒屋。
よく整備された庭やカーテンなど、同じ森に住む霧雨魔理沙の家よりも、大分小洒落た印象を受ける。
玄関前のステップをトントンとリズミカルに駆け上り、代表で小悪魔がドアを三回ノック。
木を叩く、素朴で澄んだ音が乾いた森の空気に吸い込まれていく。
「はぁい、今開けます」
すぐに中から返答があった。待つ事数秒、ドアが開かれる。
「――― あら、ちょっと珍しいお客さんね」
人形師、アリス・マーガトロイド。彼女は名無し二人の姿を見て、その言葉通りの反応を示した。
すぐ、二人で揃って頭を下げる。
「こんにちは!」
「お忙しい所にごめんなさい。今、お時間ありますか?」
「いいわよ、とりあえず今は暇だったし。寒かったでしょ、早くお上がりなさいな」
「お邪魔します!」
アリスはそう言い、笑顔で二人を招き入れた。きちんと挨拶し、二人は靴を脱いで室内へ。
リビングルームへ行くと、既に彼女は三人分のカップを並べていた。
小悪魔が台所を見える部分だけこっそり覗いてみると、人形達がお湯を沸かしている。
「わ、上海ちゃん久しぶり!」
大妖精は、ソファに置かれて――― 否、座っていた上海人形を嬉しそうに抱き上げる。
「ありがとう、上海もあなた達が来てくれて喜んでるわ」
「大ちゃんいいなぁ」
「蓬莱が寂しそうにしてるのだけれど」
「私の胸でよろしければッ!」
アリスの言葉を受け、小悪魔もまた彼女から蓬莱人形を受け取り、優しく胸に抱いた。
銘々人形と遊んでいる内に、室内に紅茶の良い香りが漂い始める。
「お茶が入ったわよ。ところで、お話があるのじゃなくて?
人形と遊んでくれるのは嬉しいけど、それだけのために来てくれたって訳じゃなさそうだしね」
「あ、そうだった……大ちゃん、本題に入らなきゃ」
「そうでした……っと、これどうぞ。咲夜さんのケーキです、おみやげに」
「ありがとう、じゃあ早速みんなで頂きましょうか」
席を勧められ、大妖精と小悪魔が先に着席。アリスは人数分の皿とフォーク、それに包丁を持って来てから座った。
ちなみに、二人は上海蓬莱をそれぞれ膝の上に乗せたままだ。
「はい、これで準備完了……それで、どんな御用かしら?」
ケーキを綺麗に切り分け、紅茶のカップと一緒に勧めてから、アリスはそう促す。
一旦顔を見合わせ、互いに頷いてからまずは大妖精が口を開いた。
「えっとですね……アリスさんは、クリスマスケーキの上に乗っける砂糖菓子人形はご存知ですか?」
いきなり教えを請うのも変な話だと思い、そのように尋ねてみる。
すると彼女は少し考える素振りを見せてから、ポンと手を打った。
「砂糖菓子人形……ああ、マジパンのこと?」
「まじぱん?」
聞き慣れたようで全く未知の単語が飛び出したので、二人揃って首を傾げる。
「あ、ごめんなさい。マジパンっていうのは、アーモンドの粉に砂糖、場合によっては卵白とか洋酒なんかを混ぜて練った生地の事なの。
この生地を着色したり色々な形に造形して、お祭り用の飾りにしたりもするんですって。粘土みたいな感じで造形の幅は広いのよ。
で、このマジパンで人形を作って、ケーキの上に乗せたりするのが、あなた達の言う”砂糖菓子人形”の一般的な形じゃないかしら」
「なるほど……」
「アーモンド、ですか。それに粘土みたいって、砂糖菓子人形っててっきりさくさくした物だと」
「別物でそういう物もあるでしょうけど、造形が簡単という点ではマジパンが最も一般的ね」
アリスの説明に深く納得した様子の二人。そのままの流れで、今度は小悪魔がいよいよ本題へと入る。
「ありがとうございます。それで、その……マジパンで作った人形を、私と大ちゃんの二人で今度作ろう、と思っているんですけど。
何分、普通の料理とも結構違う作業がいりますし、今の説明で初めてどういう物なのか具体的に知ったくらいだったので……」
「何も分からないんです。そこで、今日アリスさんにお願いがあって来たんですけど……」
後を引き取った大妖精の言葉が一瞬途切れたので、アリスは口を挟む。
「作り方、及び造形術を習いたいってトコかしら」
「……ご名答、です」
「年末のお忙しい時期なのに、面倒なお願いであることは分かっています。けど……その、できたらで構いませんから……」
頼み辛そうな、歯切れの悪い口調で言葉を続ける小悪魔を見てアリスは、ふっと笑って答えた。
「別に年末だからって、年末進行のきっつい仕事抱えてるわけじゃないし、普段とあまり変わらないわよ。
教えるのは全然構わないし、むしろ最近は料理とか人形造形で腕を振るう機会がなかったから大歓迎ね」
「え……」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
二つ返事での承諾に、喜んだ勢いのまま深く頭を下げる二人。
そんな二人を見てまた笑ってから、彼女は思い出したような顔になって尋ねた。
「ところで、その人形を作るって……今度のパーティでの咲夜のケーキと何か関係があったりする?」
「え、ご存知なんですか?」
驚いた様子で小悪魔が尋ね返すと、彼女は事も無げに頷いた。
「知ってるわよ。ケーキのデザインとかで私もアイディアを出したんですもの。型製作の現場にも何度も立ち会ってるし。
今度、手伝いと様子見に紅魔館へ足を運ぶ予定だったから。当日には、スタッフとして名前を挙げてくれるとか言ってた……恥ずかしいわね」
「そうだったんだ……」
「だから、私が今度紅魔館に行った時、ついでに人形作成の経過を見てあげるわ。その場でも何か教えてあげられると思う。
とりあえず今日は、材料の事と基本的な造形の方法だけね。まずは自分達で自由にやってみた方が楽しいでしょうし」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
がたんと椅子を鳴らして立ち上がり、揃って一礼。少しばかり気恥ずかしそうな顔で、アリスは二人に声を掛ける。
「ちゃんと教えてあげるからね。じゃ、まずはこのケーキだけ食べちゃいましょうか」
頷き、二人は改めて椅子に座り直す。落とさぬよう手に持っていた人形もきちんと膝の上へ。
「……この分なら、当の巨大ケーキもかなり期待できそうね」
フォークを口に運び、アリスは何とも幸せそうな顔で呟いた。
・
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「それじゃ、早速やってみましょうか」
台所にて、三人は揃ってエプロン着用。既に準備は整っている。
「と言っても、材料はかなり簡単だけどね。アーモンドの粉末と砂糖を混ぜて……」
言いながら、アリスはボウルにアーモンド粉末と白糖を入れ、手で軽く混ぜる。
「んで、少しずつ卵白を加えながら練っていくだけ。やってみる?」
「じゃ、じゃあわたしが」
アリスが別の器に取っていた卵白を少しボウルに加え、大妖精がそれを練っていく。
「段々追加していくと……」
「あ、固まってきた」
傍で眺めていた小悪魔にも、ボウルの中の変化の様子がはっきりと分かるようになってきた。
やがて卵白は全てボウルの中へ投入され、練り上げていく内にちゃんとした生地の様相を呈していく。
「何だか本当に粘土みたいです」
大妖精はどことなく楽しそうだ。
「でしょ?だから造形も簡単と言えば簡単。あんまり細かく作るならそれなりの技術がいるけど」
「いえ、そこまでこだわらなくても……一目見てあの人だ、って分かるくらいでいいんです」
「まあ、デフォルメの方が可愛いわよね」
うんうんと頷く二人。あっという間に生地としてのマジパンは完成した。
「ここからは、殆ど完全に粘土細工ね。とりあえず、好きなように形を作ってみて」
場所をテーブルの上に移し、アリスは二人にそう促した。
テーブルにはクッキングシートが引かれ、マジパンの入ったボウルやへら、細かい細工用の竹串なども置いてある。
「何だか緊張するなぁ」
まだマジパンに触れていない小悪魔は、そっとへらで生地の一部をカットし、手の平に乗せて軽く練る。
「おお~……本当に粘土みたい」
「クッキーみたいに型抜きしてもいいし、人形にしてもいいし、職人技になるとリアルな果物や動物、果ては建造物なんかも再現できるわ。
ちなみに、色をつける場合は食紅を練りこめばオッケー。里でも手に入ると思うけど、なかったら私があげるから」
「大ちゃん、後で買いに行こうよ」
「うん……っと、楽しいけど形を作るのは難しいなぁコレ」
アリスの説明を受けつつ、大妖精は何とか人の形を作ってみようと悪戦苦闘。
「顔を作る時は、目なんかは後付けね。髪の毛は、頭部のベースにすっぽり被せる感じの方がやりやすいかしら」
「指でへこませる感じですか?」
「そうそう、平たいのを加工してね。髪の毛自体は、太いのを数本くらいで十分見栄えはいいわよ」
その後もいくつか指導を受けつつ、どうにか原型と呼べる形を作っていく。
身体は三角錐に近い胴体に手足というデフォルメ形にする事で、見た目と造形効率の両立を図る。
一時間程の製作を経て、ようやく二人は”人の形”を作る事に成功した。
着色もしていなければ顔もつけていないので、まさに”人形”という状態だが、大きな一歩だ。
「飲み込みが早いわね、ちゃんと人の形よ」
「よかった……最初は不安だったんですけど、やってみたら結構ちゃんとした形を作ってくれるので驚きました」
冬だというのに額に浮かんだ汗を拭い、大妖精はため息。
「で、顔はどんな感じで作ったらいいですか?あと服とかも」
小悪魔が尋ねると、アリスは少し考えてからマジパンを少し手に取る。
「そうね、顔はこれも出来るだけデフォルメで、目は小さな丸をくっつける。口も小さく細長いパーツを加工してつければ、十分顔に見えるわ」
言いながら彼女は、丸めた生地に小さな丸点を二つと、三日月状に曲げた棒状の生地をくっつける。
「ほら、ちゃんと顔に見えるでしょ?」
「可愛いです!」
単純な造形だが、ちゃんと笑顔に見える。素朴な愛らしさに二人も歓声を上げた。
「目の色は着色で調整してもいいし、いっそ全員黒でもいいとして……服ね。
これも、ベースになる部分は着色でいいんじゃないかしら。例えば、私やあなた」
「わたし、ですか?」
アリスは大妖精を手で示し、説明を続ける。
「お互い青い服がベースだから、胴体を青にしちゃえばそれっぽく見える。上下で色が違うならパーツを分けて後から合体。
色が違う部分は、パーツを上からつけるのもアリね。袖は腕の一部でいいけど、襟やリボンなら上からつけた方がいいかしら。
まあでもディティールにこだわらずとも、大雑把でもいいから特徴さえ掴んでいれば違和感なんて生まれないものよ」
「はーい」
「それと、何よりも大切なのは心を込めて作ること。抽象的かも知れないけれど、大事よ。
作り手の心が篭って、初めて人形は輝きを放つ。命を吹き込む、と言うのはあながち比喩じゃないのよ?」
手を上げて返事。アリスも満足気に頷き、時計を見る。午後四時半。
「で、どうする?まだ練習したい?」
「アリスさんがよろしければ、もっと練習したいんですが……」
小悪魔が答えると、彼女は大きく頷いた。
「よし、それじゃ今度は顔も含めてもう一度身体を作る練習ね。服はそれから」
「らじゃ!」
何となく敬礼で応え、二人は再び生地を練って形作る作業に入る。
結局、この日はアリスの家で夕食をご馳走になりつつ夜まで練習は続けられるのであった。
・
・
・
・
明くる日の紅魔館。
買い物袋を持って館へと戻った小悪魔は、同じく袋を抱える大妖精と共に自室へと向かった。
『せっかくだから皆をあっと言わせよう』という方針で、この砂糖菓子人形計画を知るのは名無し二人とアリスだけ。
今後、人形の製作及び保管は小悪魔の部屋でひっそり行われる事となった。
「アリスさんが昨日言ってたけど、マジパンは元々保存用みたいな意味合いもあったんだって。
だから、冷暗所で密封しておけばそれなりに保存が利くらしいよ。一週間くらい前に作っても全然問題ないって」
「じゃあ、今日からもう作っちゃおうか。おおまかなパーツだけでも作って、直前で組み立てるとか」
部屋で荷物を降ろしながらの会話。袋の中には砂糖とアーモンド粉末、そして食紅等着色用素材。里で購入してきたものだ。
アリスにも分けてもらったのだが、沢山持っていったら迷惑になると思ったので少しだけ。大部分は購入だ。
「手、洗った?」
「おっけ。じゃ、やろっか!」
エプロンを着用し、二人は用意したテーブルと椅子に着席。
昨日と同じ手順で生地を作り、別のボウルに半分ずつ取ってそれぞれの手元へ。
テーブルには既にクッキングシートが敷かれ、準備は万端だ。
「誰から作る?」
「あ、そういえば……具体的な参加者をまだ聞いてなかったっけ。
じゃあ、絶対にいる紅魔館のメンバーからいこっか。私は……とりあえず、パチュリー様から」
「じゃあ、わたしは咲夜さん作るね」
互いに頷き、作業開始。
昨日の事を思い出しつつ、おおまかな人の形を作る。
流石に一日みっちり練習しただけあって、あたりを取るのはあっという間だった。
「パチュリー様のお洋服、どうやって再現しよう。ストライプ模様とか難しいなぁ」
「白をベースにして、紫は上からつけて再現とか」
「うん、そうする。咲夜さんは、エプロンを後付けにするくらいかな?」
「頭のやつが少し細かい作業になりそうだけど。小道具でナイフとか持たせられたらいいな」
互いに助言などしつつひたすら手作業。大妖精は上手い事紺色を作り出し、着色した胴体部分を形成。
銀色は再現し難いので灰色で代用し、髪の毛も作る。緑色の生地で小さいリボンも忘れない。腕部は手だけそのまま、腕を白。
簡単な靴を作って胴体部分の下に一対くっつけ、顔を作り、最後に白い生地をエプロンっぽい形に細工して胴に巻く。
以上、おおよそ二時間。
「できた!どうかな、変じゃない?」
「うん、すごくいいと思うよ!ちゃんと咲夜さんに見える!」
小悪魔のお墨付きも貰えて、大妖精は何となく誇らしげな気分だった。目の前には、ただの生地のカタマリから十六夜咲夜へと変貌を遂げたマジパンが立っている。
可能な限りのデフォルメ、といった感じだが、むしろその方が可愛くて良いとアリスも言っていたし、自分でも可愛いと思えるからいい。
「これ、どうしようか」
「密封できる容器あるから、そこに入れて容器ごと立たせておこう。飾る時に取り出して、ちょっと形を整えれば大丈夫だよ」
いつまでも眺めていたい気持ちになったが、それでは乾燥してしまうので言われた通りに密封容器へ入れ、蓋をする。
小悪魔はパチュリーの独特な服及び帽子の造形が難しいのか、まだ途中のようだ。髪型はまとまっているので若干楽そうだが。
「もうちょっと紫は濃い方がいいかな。青を足す感じで」
「ううん、これでも十分いいと思うよ。途中から色を変えるのも難しそうだし」
『そっか、そうだね』と頷き、小悪魔は髪の毛の造形を続ける。
大妖精も作業を再開しようと思い立ち、生地を手に取る。
「じゃあ、次は……レミリアさん作るね」
「おねが~い」
再びあたりを取るべく、人形へと成形していく。先の咲夜よりも生地は少なめだ。
出来る範囲で背格好も再現しよう、という大妖精なりのこだわりでもある。
「よーし、できたー!本物にはかなわないけど、可愛いパチュリー様の完成!」
小悪魔からもやがて歓声が上がる。
この日、午後二時くらいから夜までの作業で、紅魔館メンバーの半分以上を作り終える。初日にしてはハイペースだと思える出来であった。
・
・
・
更に翌日、昼から小悪魔の自室にて作業再開。
二人がかりでフランドール・スカーレットの羽を作る。一つ一つ色が違うので苦戦は必死だった。
一時間近くかけ、羽そしてフランドール完成。
「よし、紅魔館コンプリート!」
「こあちゃんいないけど、それはしょうがないか」
話し合った結果、まだ時間が足りると言う保障が無かったので、大妖精及び小悪魔自身の人形は後回しにする事となった。
ゲストの人形が足りない、という事態だけは避けようという意向だ。
「じゃ、そっちで手を洗って……他に誰が来るのか、聞きに行こう」
「うん。でも、誰が知ってるの?」
「お嬢様。主催者だから、招待を受けた人達をちゃんと名簿にして管理してるって咲夜さんが言ってたから」
「しっかりしてるなぁ、さすがレミリアさん」
手を洗い終え、二人で連れ立ってレミリアの部屋を目指す。
時折すれ違うメイド達は、皆一様にご機嫌な様子だ。近付くクリスマスの足音に、心を弾ませている。
暫く歩き、やがてレミリアの部屋の近くへ。廊下の突き当たり、扉も装飾が為されていて一目で主の部屋だと分かる。
ただ、今はその扉にモールがかかっていたりリースが飾ってあったりと、吸血鬼の部屋とはおよそ思えぬ仕様。
「あはは、きれいになってる」
歩きながら扉を指差し、笑い合う二人。と、その時であった。
突如その扉の向こうから、がしゃん、という騒音が響いてきたのである。
何かが割れた訳では無さそうだが、物が落ちたのは間違いあるまい。続いて、
「んああああああっ!また失敗したぁぁぁぁ!!」
という悲鳴のような声。明らかにレミリアのものだ。
「……?」
互いに首を傾げ、小悪魔が扉をノック。
「お嬢様、お尋ねしたい事があるのですが……どうされました?」
「ちょ、ちょっ……待っ……」
すると、中からどったんばったん、かちゃかちゃと騒音再び。
それから、ずずずーっ、と何かを引きずるような音がした後で、
「……ふぅ、いいわよ。入りなさい」
落ち着き払ったような声。素直に従い、扉を開ける。
「失礼します」
「失礼します……何かあったのですか?」
部屋に一歩踏み入れる。当のレミリアは、はぁ、はぁと息を弾ませながら立っていた。
「な、何でもないわ。それより、何を訊きたいって?」
平静を装っているが、彼女は後ろ手に隠したつもりらしい真っ赤な大きい布は、きちんと端を持っていない為床に垂れ下がってて丸見えだ。
彼女と小悪魔達の間の床には、シャンパングラスが一つコロコロと転がっている。
さらに、部屋の隅には倒した状態で置かれた小さなテーブル。その後ろにも隠し切れないシャンパングラスの山。
息を切らせただけでなく、この冬にレミリアの頬を汗が伝っている。暖房が効いているとは言え。
「お嬢様、それは……」
「おおっと、何も聞いちゃいけないし詮索も禁止!何でもない!何でもないの!」
ぶんぶんと首を振って必死に隠そうとするレミリアは、まるで外見相応の小さな女の子のよう。
その可愛らしさにもう少し質問を続けようかと思った小悪魔だったが、怒られかねないので諦めて本来の質問へ。
「失礼しました……あの、もし差し支えなければ、今度のクリスマスパーティに参加する方々の詳細を知りたいのですが」
「ああ、名簿ね。いいわよ、ちょっと待ってて」
頷き、レミリアは後ろ手に持っていた布をぽーんとベッドへ放り投げた。
それからベッドの横にあったテーブルの引き出しをごそごそと探る。
やがて彼女は、一枚の紙を手に戻ってきた。
「はい、これが名簿。ここに紅魔館関係者以外は皆載ってるわ。悪用しないなら、持ってっていいわよ」
「え、いいんですか?」
「パチェに転写してもらったやつだから、それ。まだあるし」
「ありがとうございます!」
「……その代わり、この部屋で見たものは全て忘れなさい。いいわね?」
「は、はい」
念を押されつつ、レミリアの言葉に甘えて名簿ゲット。挨拶も忘れず、二人は部屋を後にした。
廊下を歩きながら、二人は顔を見合わせる。
「……布、小さなテーブル、そして大量のグラス」
「テーブルクロス引き……だよね、あれ。もしかして、パーティで披露するために練習してたのかな……」
「ちゃんと秘密にしとこっか」
「うん」
互いに頷き、二人は再び小悪魔の自室へと引き上げた。
・
・
・
名簿を眺めつつ、作業を続ける。
幸い、パーティへ招待された者達は皆紅魔館、延いては二人にとっても知り合いと言える者ばかりだったので、誰だか分からないという事態には陥らずに済んだ。
服装も記憶の中にあったので、それを頼りに造形を行う。
「大ちゃん、霊夢さんの胸のリボンって黄色でいいんだよね」
「うん、あってると思う。ついでに訊きたいんだけど、妖夢さんの頭のリボンはどっち側だっけ」
「確か、向かい合って左だったはずだよ。ルーミアちゃんの逆」
「あ、そっか」
ポンと手を打ち、大妖精も作業に戻る。手元にあった小さな黒い生地を四角く整え、予め頭部につけていたリボンの左隅へ添える。
若干記憶が曖昧な部分もあるにはあったが、元よりデフォルメ。細かい事は気にしない方針で作業を進めていった。
むしろ思い切りが良くなった分、作業効率も多少は上昇した。
しかし、名簿を手にして数日後のある日。
「……ねぇ、トランペットってどういう感じで作ったらいいのかな」
「そういえば、ヴァイオリンも大まかな形しか分からないや」
「よく考えたら、あの服もデザインが独特で難しいよね」
騒霊音楽家・プリズムリバー三姉妹。彼女らを作るにあたって、当然各々の楽器を持たせようという方針になった。
だが、普段からそこまで密接に楽器に触れる機会の無い二人にとって、楽器の造形というのは未知の世界。
大まかなシルエットや色は分かるが、ただそれっぽい色と形のカタマリ、ではいくらなんでも手抜きにならないだろうか。
少しの間考えていた大妖精は、不意に立ち上がった。
「……よし、取材だ!」
「うん、私も行く!」
ボウルにラップを被せ、二人は手を洗って部屋を出た。
館を飛び出し、湖沿いに飛んでいく事五分。古びた屋敷が見えてくる。
玄関前に下り立ち、大妖精が扉をノック。
「はいは~い、今開けま~す!」
やたら明るい声が聞こえたかと思うと、すぐに玄関が開かれた。
「およ、お二人揃っていらっしゃい。とりあえず上がりなよ!」
応対したのはメルラン・プリズムリバー。いつもと変わらぬ笑顔で二人を招き入れた。
リビングに通されると、そこには偶然かは分からないがルナサにリリカも揃っている。
「すみません、突然お邪魔しちゃって」
「いいよいいよ、今はライブの練習とかもなくって暇だったし」
リリカはソファの背もたれから身を乗り出しつつ、そう言って手をヒラヒラとやる。
「寒いのにお疲れ様。急ぎでないなら、ゆっくりしていって」
ルナサが紅茶のカップを五人分運んできた。それを受け取りつつ、ソファに腰掛けた二人は早速切り出す。
「えっと、ちょっとしたお願いみたいなのが」
「なになに?今度の紅魔館パーティでのライブ依頼ならとっくに承諾してるよ。
練習ほとんどナシのアドリブ祭りだけど、その方がきっと盛り上がるだろうし」
メルランはそう言って上機嫌な様子だが、小悪魔は首を振った。
「それは楽しみ……なんですけど、それとはまた別件で」
「うん?」
「あの、楽器を少し見せていただきたいんです」
「楽器?」
大妖精の言葉にルナサが反応。
「楽器と一口に言っても色々あるけれど、どんなのがご所望かしら」
「えと、普段皆さんが使ってるやつでいいんですけど。ヴァイオリン、トランペット、キーボード」
「なんだ、そんなのお安い御用。リリカ、持ってきて~」
「え~、姉さんが行ってよ!妹遣いが荒いんだから」
「ああ、何と言う仕打ち……おねーちゃんを労わる優しいリリカちゃんはどこへ行ってしまったの?それとも、あの眩しい日々は幻……?」
「勝手に芝居の世界に入らない!公平にポーカーかババ抜きで決めようよ」
互いにソファで溶けながらの言い争い、もとい姉妹コント。
はぁ、とため息が聞こえたので見やればそれはルナサで、やれやれと言いたげな様子で立ち上がった。
「ポーカーもババ抜きも時間かかるでしょう。客人を待たせないの……ごめんなさい、すぐ持ってくるから」
後半は大妖精及び小悪魔へ向けた台詞。彼女はそのまま廊下の奥へ消えていき、四人が残されたリビング。
ぼけーっと待つ事になるかと思われたが、すぐメルランが話しかけてきたのでそうはならなかった。
「ところでさ、楽器を見たいっていうのはどうしてまた?借りるでもなく、見るっていうのがちょっと気になって」
「あ、え、えっと……それは、そのですね」
どきりとして、大妖精の視線は宙を彷徨う。秘密裏に進めている砂糖菓子人形プロジェクト、ここでバラす訳にもいかない。
少し考えた挙句、彼女はぼやかした回答で乗り切る事に。
「その、げ、芸術の題材と言いますか……」
「芸術?絵とか?」
「そ、それに近い感じです。その中に楽器を出そうと思ったんですけど、資料がないと描きにくくって」
「へぇ、面白そうだね。二人ともそうだけど、大ちゃんなんか特に器用そうだし」
リリカは興味津々といったご様子。ここだな、と判断した小悪魔はさらに口を開いた。
「そのついでみたいな感じでもう一つなんですけど……皆さんのお洋服も少し見せていただけませんか?
別に脱いでもらったりはしなくてもいいので。むしろ、着た状態でお願いしたいんですが」
「いいよ~……ってもしかして、私達を題材にしてくれるってこと?」
「は、はい。ご迷惑でしたか?」
「とんでもない、大歓迎だよ!カッコよく、かつ可愛くお願いね!」
「私を一番可愛くしてね、ヨロシク!」
途端に大喜びで身を乗り出す二人に、思わず大妖精も苦笑い。ここで、ルナサが帰ってきた。
受け取った楽器をしっかり細部まで観察、要点をメモする。再現はおおまかだが、細かく知っておくに越した事は無い。
楽器が終われば、今度は三姉妹の服装だ。ここで二人は、彼女らの服装が単なる色違いでは無く、割と細かい部分で差異がある事に気付かされた。
「なんだか緊張するなぁ。ファッションモデルになった気分」
「ポージングでもとろっか?」
「動かない方がいいと思うけど」
二人が服装を観察している間も、棒立ちのまま三人は喋りっぱなし。これぞ騒霊たる所以か。
全ての取材を終え、二人は紅魔館へと戻る事に。
「完成したら見せてね!楽しみにしてるから」
去り際メルランにそう言われ、力強く頷いてから二人は屋敷を後にした。
帰ってすぐ、騒霊三姉妹の人形を完成させるつもりでいたが、
「あら、丁度いい所に」
咲夜の手伝いで来たらしい、アリスの姿がエントランスにあったので彼女へ話しかける。
「ちょっと待ってて、もう少しで終わるから」
彼女はそう言って廊下の奥へ行こうとしたので、小悪魔がそっと耳打ちした。
「私の部屋に大ちゃんといますから、もしお時間がありましたら……」
「ええ、行くわ」
アリスがそう答えたので、二人は安心して部屋へ戻り、作業再開。
頭の中のヴィジョンが明確な内に作業を行ったのが幸いし、それほど労せずに完成へと漕ぎ着ける事が出来た。
「ちゃんとトランペットに見えるかな」
「うん、大丈夫!これなら喜んでくれるよ」
当日、彼女達の驚く顔が早くも楽しみだった。やれやれと背伸びをしていると、ドアをノックする音。
(やば、誰か来た!大ちゃん、隠さなきゃ!)
(う、うん!)
慌ててテーブルの上のボウルやクッキングシートを部屋の奥へ運び込もうとする二人。だが、
「片付けなくても平気よ、私だから。他には誰もいないわ」
アリスの声がしたので、安堵の息をつきつつ道具類を全て戻す。
ドアを開けると、確かに彼女一人だった。
「いい匂い、まさに今しがたまでやってたわね。どう?調子は」
部屋を見渡しながら彼女がそう尋ねるので、二人は今さっき出来たばかりのプリズムリバー楽団をお披露目。
「ちゃんと取材にも行ったんですよ」
「へぇ……すごいじゃない、予想以上の完成度で驚いちゃった。あなた達、才能あるんじゃないかしら」
きちんと並んで立つ三姉妹を見て、アリスは素直な賞賛を贈る。流石にこうまで褒められては恥ずかしいが、小悪魔はもう少しアピールしてみた。
「細かいですけど三人とも、少し表情を変えてあるんですよ。ボタンの色とか、帽子とか、結構大変だったけど頑張りました!」
確かによく見れば、ルナサは目を閉じ、メルランは満面の笑みで、リリカがスタンダードな表情と細かい違いがある。
胸を張る彼女に、アリスはぱちぱちと拍手。しかし、少しばかり顔を曇らせて続けた。
「作りの面では、問題なさそうね。後は……」
「後は?」
「時間、ね。参加人数は結構多いし、間に合うかどうか」
それは二人にとっても一番気掛かりな部分。実際、進み具合で言えばようやく全体の半分に届くかといった程度だ。
作業効率をさらに高めないと、余裕が無い。
「手伝ってあげたいけれど、この後もまだケーキ関連で打ち合わせがあって。ごめんなさい」
「いえいえ、そんな。わたしたちで頑張りますから」
「どーんと任せちゃって下さい!」
頭を下げるアリスに、各々返しの言葉。彼女も頷いて、ドアノブに手を掛けた。
「今後も、ここで作業するのね?」
「はい、作業場所は変えないつもりです」
「なら、また紅魔館に来る事もあるから、その時は声掛けてね。やれる事なら手伝うから。じゃ、頑張ってね!」
彼女はそう言い残し、部屋を出て行った。
残された二人は互いに顔を見合わせ、頷く。
「よし、続きだ!」
「頑張ろうね!」
椅子に座り、作業を再開した。クリスマスまで、あと一週間。
・
・
・
・
それからは、時間との戦いだった。
作業自体に苦戦する要素は、まああるにはあるのだが致命的なものでは無く、時間さえかければどうにかなる範疇。
だからこそ、時間が無いというこの状況が何よりも不安の種。
「あと、どれくらい?」
「紅魔館、白玉楼、プリズムリバー楽団、永遠亭、博麗神社に……組織系は守矢神社だけかな」
「けど、個人がかなり残ってるよ。チルノちゃんとか、幽香さんとか作ってないし」
「あ~、そういえば妖怪の山も組織と言えば組織かぁ。先は長いよ」
「でも残った時間は短いね……急いでやらなきゃ」
いつしか大妖精は午前中から紅魔館を訪れるようになっていた。
ひたすらにマジパンと格闘する日々が続き、その小さな手には食紅の様々な色がすっかり染み付いている。
時間を優先する余り、クオリティが低下してしまう事だけは避けたかった。時間と質のバランスを高次元でまとめる必要があり、そしてそれは途轍もない重労働。
「帽子の目玉が取れちゃった……」
「黒い所、ちっちゃいしね。潰れないようにつけるのはちょっと難しいや」
小道具や服装がやたら細かい者も多く、その作業は困難を極めた。
「雛さんのリボン、ものすごく難しいんだけど……」
「髪の毛の上からさらに後付けじゃないと。ある程度の簡略化もいるね」
「リボンのフリルは……省略だなぁ。こんなに細かいのはちょっと厳しいよ」
「うん、それでも大丈夫だよ」
焦りと、それに起因する指先の震えを何とか押さえつつ、一体、また一体と人形を作り上げていく。
そして十二月二十二日、日も既に暮れた時刻。
「よぉし、完成!」
大妖精の目の前には、寺子屋教師・上白沢慧音の人形。
「私もできたよ!これであと十人!」
小悪魔も、嬉しそうに言いながらフラワーマスター風見幽香の人形を置く。
思いっきり伸びをしながら、時計を見る。午後六時を回ろうとしていた。
名簿の名前の横にチェックマークが付いていないのは、八雲一家や彼岸組、それに個人が数名で計十人。
彼岸組――― 四季映姫・ヤマザナドゥと小野塚小町は『何となくボスっぽいから』という理由で最後にするとか。
「まだ二日あるし、大丈夫そうだね。今日はこれでおしまいにしよっか」
「うん……じゃあ、わたしも今日は帰るね。遅くまでごめん」
大妖精の帰宅するという言葉に、小悪魔も頷いた。
部屋はそこまで汚れているという訳でも無いが、マジパンの材料の残骸などが多い。
さらに、休憩用のベッド代わりにされたソファやら紅茶のカップやらで、中々に締め切り間近の修羅場的様相を呈していた。
「わかった、気をつけてね」
「あ、その前に。少し、マジパンの生地をもらってってもいいかな。余ったやつ」
ボウルには、まだそれなりの量のマジパンが残っている。大妖精がそれを指差すと、小悪魔も頷いた。
「いいよ。だけど、半分は残してもらってもいいかな。私も練習したいから」
「うん、わかった」
空いたボウルに残りの生地の半分を入れ、それを更に手提げ袋へしまってから大妖精は部屋を出た。
自宅へと帰りついた大妖精は早速、袋からボウルを取り出す。
クッキングシートをテーブルに敷き、ビターチョコレートを出して湯煎で溶かした。
その他、食紅をいくつか準備したりして準備万端。紅魔館にいた時と変わらぬ作業が始まった。
(やっぱり、一人だけいないなんて寂しいのはダメだよね)
紅魔館のメンバーで、作ったのは五人。レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴、フランドール。
そう、一人足りない。
大妖精は、まだ作られていない小悪魔の人形を、こっそり作る事に決めていた。
(当日にお披露目して、驚かせよう)
最初に、自分達の人形は余裕が無ければ作らないと決めた時から、そう考えていた。
胴体部分、黒い服はビターチョコレートで着色。背、頭の羽も同様だ。
白い生地でブラウスの襟元も再現し、赤いネクタイも忘れない。
少し深めの赤色で染めた髪の毛の部分に、ちょこんと小さな羽を二つくっつけて完成。
所要時間、一時間と少し。いつも傍にいる相手だからか、圧倒的に早かった。
時間は早くとも、今までのどの人形よりも強い想いが込められている事は間違い無い。
「よし、できた!」
快哉を叫ぶ。目の前には、まるで命を吹き込まれたかのような文字通りの小悪魔。
今にも自分に向けて笑いかけてくれそうな、そんな気すらした。
(どんな顔してくれるかな)
喜んで欲しい。ただその一心だ。
このまま自宅に飾っておきたいとも思ったが、そうもいかない。
忘れずに密封容器へと収め、ボウルが入っていた手提げ袋に立てて入れる。
このまま手荷物へと紛れさせておき、いざその時になったら颯爽と取り出し、渡すのだ。
(きっと喜んでくれるよね!)
我ながら中々の演出だ、と大妖精は笑みを堪える事が出来なかった。
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翌朝、大妖精はまたしても紅魔館へと向かった。
小悪魔の部屋に入ると、もう散々鼻を侵食した甘い匂いが再び肺を満たしてくる。時々窓を開けてはいるが、こればかりは仕方無い。
早速作業か、と思っていたが、小悪魔が少しばかり申し訳無さそうに切り出した。
「ごめん、午前中は図書館に行ってもいいかな。溜まってた仕事を片付けたいんだ」
篭りっきりでの作業に入る前、パチュリーには一応、
『クリスマスパーティの準備が多くて、あまり図書館に来れないかも知れません』
とは言ってあったし、パチュリーもそれは十分分かっていたので承諾していた。
しかし、ここ一週間くらい殆ど訪れていないのは流石に問題があるだろう、と反省。
「じゃあ、わたしも手伝うよ。二人の方が早いでしょ」
「ありがとう。人形はあと十個だし、今日の午後からでも明日には終わるよね」
そんな会話をしつつ、二人は図書館へ。
しかし、蔵書整理などの作業は年末の大掃除でまとめて片付ける予定だった事もあり、仕事は殆ど無かった。
強いて言うならばパチュリーが寂しそうにしていたくらいか。
「それじゃ、残りの作業をやっちゃおっか」
「そうだね」
図書館を出て、二人は再び自室の方へ向かう。
残りも大分少なくなり、これなら余裕で間に合うという安心からか思わずスキップ。
館内もすっかりクリスマスムードで、およそ悪魔の館とは思えないが今に始まった事でも無い。
しかし、鼻歌など口ずさみつつ、残り少ない作業を手早く片付けようと思っていた二人に声が掛かった。
「あっ、丁度いい所に」
振り返るとそこにはレミリアの姿。
「こんにちは!」
「お嬢様、お呼びですか?」
小走りで駆け寄ると、彼女が何やら一枚の紙を手にしている事に気付く。
それをちらりと見ながら小悪魔が尋ねると、彼女は二人の顔を交互に見ながら続けた。
「探してたのよ。前に、名簿が欲しいって言ってたじゃない」
「はい、その節はどうもありがとうございました」
あの名簿のお陰で作業が出来ているようなものだ。
礼を言いつつ二人して頷くと、レミリアは手にしていた紙を示した。
そして、一言。
「あれから、追加の招待客があったから知らせとこうと思って」
「……え?追加?」
一瞬、目の前が暗転したような錯覚。
「ええ。本当はもう締め切るつもりだったんだけど、たった昨日飛び入りで参加したのがいてね。地底ご一行様よ。
だから、何に使うかは知らないけど念の為、追加客の名簿も渡しておくわ」
言いながら彼女が差し出した紙。焦りを悟られぬよう、しかし震えの止まらない手で小悪魔が受け取る。
「あ、ありがとう、ございます。お手数をおかけしまして」
「いいのよ。それじゃ、また」
頷き、レミリアは去って行った。
主が廊下の奥に消えてからも、二人は暫し立ち尽くしたまま。
やがて、我に返った大妖精が小悪魔を促す。
「つ、追加って何人?」
言われた小悪魔もようやく我を取り戻し、受け取った紙に目を通す。
「確かに、地底の皆さん。全部で……八人」
「は、八人!?」
10+8=18。倍近くに人数が増えてしまった。全員知った名前なので服装なんかは大体分かる。
だが、明日の昼から夕方には終わるだろうと踏んでいたタイムスケジュールが、音を立てて崩れ去る。
「じ、十八個……パーティは明後日の二十五日だよね?」
「……行こう、大ちゃん。とにかく急いで作らなきゃ」
「う、うん!」
思わず廊下を走り出した二人は、部屋へ転がり込むとすぐに作業を開始した。
クリスマスまで、あと一日半。
・
・
・
・
ひたすらに疲れていた。
それでも、手を止める事は無かった。
一個完成する毎に時計を見上げると、短針の進みは予想以上のハイペース。
大妖精はもう家に帰らず、部屋に泊まり込んで作業を続けた。
「し、尻尾九本って難しい……黄色と白、二つ生地を使わないとだし」
「もう少しボリュームあってもいいかも……って、こっちも。帽子のリボンっぽいのが……」
服装やらパーツやらが個性的な面子が揃っており、ますます作業時間を奪い取る。
碌に睡眠も取らぬまま、ひたすらにマジパンと格闘し続ける。既に二十四日、クリスマスイブの朝。
「や、八雲一家完成……」
最も苦労した九尾の狐、八雲藍の人形を置いて大妖精は深く息をついた。
目を擦り、窓の外を見る。日は既に昇っていた。
「そっちはどう……?」
「小町さんの鎌がちょっと難しいけど……なんとかなりそう」
柄と刃のバランスに苦労している模様。
「これであと……十二個。時間足りるかなぁ……」
「何とかするしかないよ」
小悪魔は手元から目線を外さずに呟く。頷き、大妖精もすぐに新たな生地を手に取った。
組織に属さない個人の人形を先に作っていく。幸いにも材料が足りなくなる事は無さそうだった。
「青と紫の中間の色って難しいよ。殆ど青でもいいかな」
「大丈夫だと思うよ。その方が時間も短縮できるし、変には見えないよ」
互いに短くアドバイスを交わしつつ、生地を人の形へと変えていく。日はあっという間に暮れ、窓の外を闇が支配しても手を休めない。
目をぎゅっと閉じて眠気を追い出し、大妖精は少しだけ濃くした青い生地で作った胴に、白い帽子を被せた頭部を乗せて固定する。
取れてしまわない事を確認し、安堵の表情。
「できた……」
冬の妖怪、レティ・ホワイトロック完成。なかなかいい出来だと思ったが、観察している時間はあまり無い。
「こっちもできたよ」
四季映姫の人形を前に、小悪魔も笑み。だがすぐに真面目な表情へ戻った。
「とりあえずしまって……これであと、地底ご一行の八人だけか」
「だけとは言うけど、もう夜だよ……パーティは明日なのに」
言わずとも分かっている。徹夜での作業だ。
名簿を改めて確認し、誰を作るのかを互いに相談する。丁度四人ずつで分ける事にし、すぐ作業へ移った。
最初の一体もまだ出来ない内に、日付はクリスマス当日へと移り変わる。
「……桶のデザインってこれでいいのかな」
「取っ手は後ろに回しておいてもいいんじゃないかな」
「うん……そっちは?」
「角に星マーク入れるのって、正直ここまでで最難関な気がする……」
地霊殿含めた地底ご一行は、これまで作った者達よりも格段に難しい要素が詰まっていた。
身体的特徴やら小道具やら、何よりもやたらカラフルな服装に苦労させられる。胴が一色だけで済みそうなのは火焔猫燐くらい。
それでも、染色した生地を共有しつつ一体、また一体と確実に完成させていく。
「……訂正する……一番難しいのは、この第三の目だよ……」
「ヒモみたいな部分も難しいし、何より目玉が小さいからね……」
「瞳の部分とか、省略してもいいよね?」
「大丈夫だよ、きっと」
睡眠不足と、精神的プレッシャーは容赦無く手元を狂わせる。
細かい作業のやり直しに辟易する事もあったが、これを並べた時の皆のリアクションを思い浮かべて、耐える。
少しばかり霞む目をこじ開け、くっつけては剥がし、繋いでは切り取り、可能な範囲での完成度を目指す。
いつしか、窓の外はまたしても明るくなっていた。
「この台車……こんな形でいいのかな」
「ちゃんと走りそうだから大丈夫だよ……ところで、制御棒って右?左?」
「確か左手」
省略しても良さそうな部分にもやたらこだわってしまうのは、二人の人形作りにかける情熱故。
そして、日が大分高くなってきた頃―――
「……あとは、この帽子をのせて……」
「うん、完成!お疲れ様!」
「や、やったぁ……」
最後の一体が遂に完成、人の形へと変わった。
力無く、だが確かな笑顔で、ぱちんと手を合わせる。
大仕事をやり遂げた、職人の顔がそこにはあった。
「ね、一回並べてみようよ」
「うん」
テーブルの上の道具を全てどかし、代わりに人形を並べていく。
所狭しと並べられる人形の数々を見ていると、自分達のした事に誇りが持てた。
そこには、ただの生地から明確な人形へと姿を変えた、己の努力の結晶がずらりと立っているのだ。
大妖精が、一番最初に作った咲夜の人形を置いて、並べる作業も終了。
「これ……」
「うん……正直、すごいよ」
改めて見てみると、よく作ったものだと思わされる。
色とりどりの人形達は確かに皆知り合いの形をしていて、今にも動き出しそうだ。
「よし、満足。パーティまでまだ時間あるし……」
「……寝ようか」
どうせすぐ出すのだから、と人形達はそのままにして、二人は部屋に備え付けの簡易バスルームへ。
シャワーを浴び、着替えた二人はそのままソファへと倒れ込んだ。
すぐに頭の中に霞がかかり、眠りの世界へ引きずり込まれる。
戦いを終えた戦士のような二人を称えるように、人形達は並び、立ち尽くしていた。
・
・
・
・
時刻は午後四時。紅魔館の食堂では、今まさにパーティの準備が進められていた。
「パーティは五時からだっけ?」
「そうよ。ああ、流石に緊張するわね……」
「大丈夫よ、きっとみんな驚くわ」
既に運び込まれた巨大ケーキ。布で隠されたそれを前に、主役である咲夜は流石に緊張の色。
そんな彼女の肩を叩いて励まし、アリスは会場を見渡した。
紅白の衣装に身を包んでご機嫌なメイド達がせわしなく動き回り、テーブルやら料理やらが運び込まれていく。
紅魔館から家の近い一部の者達は、既に会場で談笑中。
何人かは巨大ケーキが隠された布を指差し、あれは何だと想像を巡らせている。
(さて、そろそろ……)
咲夜が他の仕事の為に会場を離れたので、アリスも食堂を出て廊下へ。
暫く歩き、小悪魔の自室前。人は皆食堂か厨房、エントランス辺りにいるので人は来ないだろう。
周りに誰もいない事を確認し、ドアをノック。
「……あれ?」
返事が無い。もう一度ノックするが、反応無し。今はいないのだろうか。
しかし、食堂にはいなかった。厨房か、図書館にいるのかも知れない。
そうは思いつつも、一応ドアのノブを握り、回してみる。
がちゃり。
「あ、開いた」
呟き、中の様子をそっと窺ってみる。
途端に鼻をくすぐる砂糖の甘い匂い。もう一度、廊下に誰もいない事を確認してから、彼女は部屋へと入った。
「……これは……」
そこに広がっていた光景は、人形を作り始めて長いアリスでさえも驚愕せしめるものであった。
テーブルの上にぎっしり並べられた、数々の人形達。皆、自分にとってもよく知った姿。
一つ一つが、細かな服装や小道具、表情など、丁寧に作られたものである事が窺える。
決して精巧とは言えない。それでも人形に一番必要なものが込められ、備わっている。アリスにはそれが分かった。
自分の人形も発見して少し嬉しくなった所で、部屋を見渡す。
二人の姿は、すぐに見つかった。
「あらあら」
二人で一つのソファに座り、互いにもたれかかってすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
起こそうかと思ったが、やめる。これだけの数を作ったのだ、きっと寝ていないのだろう。
(後で起こしに来れば……)
そう考えながら部屋を後にしようとしたアリスは、ふと思い立って振り返る。
テーブルの上に広がる、小さな幻想郷。
「………」
アリスは、ベッドの傍にあった目覚まし時計を手に取った。
・
・
・
・
続々と紅魔館に人妖が集う。
師走も後半とあって、五時にもなれば辺りは大分暗い。
主催者のレミリアは会場を見渡して満足そうだ。それから、エントランスで受付をしていたパチュリーに尋ねる。
「パチェ、参加者は?」
「もう全員来たわ、問題なし」
「よし、それじゃ時間通りに始めるわよ」
「ええ……悪いけど、美鈴を呼んで来てくれるかしら。あと門、玄関の施錠も」
パチュリーは、手近なメイドにそう頼むと会場の人だかりに消えていく。
すぐにメイドと美鈴が一緒にやって来たので、それを確認したレミリアは一段高い所から声を張った。
「れでーす、あーん、じぇんとるめーん!本日は我が紅魔館のクリスマスパーティにようこそ!
私が主催者にして紅魔館当主のレミリア・スカーレットで……ちょっとぉ!聞きなさいよ!」
しかし、彼女の声は会場のざわめきに掻き消されてあまり届いていない。
ここで、たまたま近くにいて声が聞こえていた河城にとりが彼女の肩をつつく。
「拡声器あるけど使うかい?」
「ありがとう、助かるわ」
素直に受け取るレミリア。だが、
「……ただのメガホンじゃない……」
「立派な拡声器さ。侮れないよ?」
「ふぅん、まあいいや……うらー!!パーティ始めるから静まれー!!」
メガホン越しの怒鳴り声に、今度こそ会場は静まり返るのであった。
・
・
・
一方、その頃。
人形を完成させてから、ずっと眠り続けていた大妖精と小悪魔。
ソファの上で殆ど身動きせず、一心不乱に眠りの世界にしがみ付く。
だがその時、不意に鳴り響く、ジリジリ、リンリンというベルの音。
「……ふぇっ!?な、何!?」
すぐ近くで鳴り出した騒音に意識を呼び戻され、半身を起こしながら小悪魔は辺りを見渡す。
すると、ごろんと音がして膝の上から何かが落下。
「あっ、目覚まし時計……」
いつも使っている目覚まし時計。横で寝ていた大妖精もむっくりと起きたので、彼女は未だなり続ける時計を止めた。
「どれどれ……あっ、もう五時!!パーティ始まってるよ!!」
「うにゃ……えっ、もう始まってるの!?」
「早く持ってかなきゃ!」
素早くソファから立ち上がる。元々の予定では、ケーキがお披露目された後で少しずつ飾っていくつもりだった。
あわよくば咲夜に頼み、ケーキに最初から飾らせてもらおう――― そう考えていたのに寝坊。
(数多いから運ぶのも時間かかるのに……)
そう考えながら人形の置いてあるテーブルを見た小悪魔は、硬直。
「どうしたの?」
大妖精が尋ねると、彼女はテーブルを指差して問うた。
「……ねぇ、人形がみんな、こっちを見てるんだけど……」
「え……」
大妖精も彼女の指差す方向を見、目を見開いた。
寝る前は自分達が座っていた椅子の方向、言うなれば壁の方を向いていた人形達。
それが今は、自分達が寝ていたソファの方向を向いている。
一つ二つならともかく、全て。
「……勘違い、かなぁ」
「いや、でも……」
急いで持っていかなければならない、そんな事も忘れて立ち尽くす二人。
しかし、そんな彼女達を更なる衝撃が襲ったのは、床に置かれた目覚まし時計が午後五時十分を指した時。
――― ぴくり。
「!?」
小悪魔は、目の錯覚かと思った。大妖精だってそうだ。
「今、なんか動かなかった?」
「わたしも……」
『見た気がする』――― そう続けようとした大妖精の言葉は次の瞬間には飲み込まれてしまった。
人形達の先頭にいた、アリスの砂糖菓子人形。もう一度ぴくりとしたかと思うと不意に、さっ、と手を挙げたのだ。
「え―――」
眠気は一瞬で吹き飛んだ。先程まで頑なに開こうとしなかった瞼も、今や全開だ。
アリス人形の動きに呼応するように、全ての人形がぴくりと動く。
続いて、小悪魔と大妖精を向いたまま、一斉に優雅な動作で一礼。
「うそ……」
それだけしか呟けない。
その次には、人形達が銘々ふわりと宙に浮き上がる。ある者は羽を動かし、ある者は箒に跨り。
「大ちゃん、私まだ寝てるのかな?」
「わたし、今手の甲つねってみたけどすごく痛かった」
呆然とした会話をよそに、空飛ぶ人形達は部屋のドアへ。
先頭を飛んでいたプリズムリバー三姉妹が、ドアノブを捻り、全体重を使って引く。
軋んだ音と共に開いたドアから、一体、また一体、時には集団で、人形達は部屋の外へ。
最後に残ったアリス人形が、二人に向かってもう一度礼。そして、彼女もまた部屋から出て行き、やがてドアは閉じられた。
「………」
「………」
夢を見ているかのような光景だった。
自分達が一生懸命、寝る時間も惜しんで作った人形達。
モデルとなった人々の喜ぶ顔を見たいが為に、師たるアリスの言葉通り”心を込めて”作り上げた人形達。
まるで本当に命を吹き込まれたかのように、動き出し、挨拶して、部屋から出て行ってしまった。
先程まで人形達が所狭しと乗っていたが、今はマジパンの生地の欠片が点在するだけとなったテーブル。
それを眺めて暫し呆然としてた二人だが、大妖精はここで現実を認識する。
パーティの為に作った人形達なのに、皆どこかへ飛び去ってしまった。これでは、せっかく作ったのに見てもらえない。
「……こあちゃん、追わなきゃ!」
「あっ、うん!」
急いでドアを開け、外へ飛び出す。遠くから、誰かの声。会場からだろう。
廊下を見渡すと、照明に照らされた人形達が、廊下の突き当りを曲がっていくのが見えた。
「あそこ!」
小悪魔が指差した方向へ、二人は一斉に駆け出した。
・
・
・
食堂では、今しがた咲夜の巨大ケーキはお披露目され、大喝采を浴びた所であった。
その直径は10mにも及ぶ途轍もない代物で、パーティの為に胃袋を空けてきた者達を容赦無く視覚・嗅覚双方より攻め立てる。
「えー、今回のケーキ製作におけるデザイン面などで大いに貢献して頂いたアリス・マーガトロイドにも盛大な拍手を!」
咲夜の横で共に喝采を浴びるアリス。やはり恥ずかしそうだ。
拍手しながらも客席では、パチュリーが辺りをきょろりと見渡して首を傾げる。
(小悪魔達の姿がない……どうしたのかしら)
それをよそに拍手も止み、全体ではそろそろ歓談――― 要するに食事タイムへと移行しようとしていた。
司会のレミリアが声を張る。流石に静まっているのでメガホンいらず。
「では心行くまで楽しんで頂戴。もうケーキを食べたいって人は近くのメイドか咲夜に……」
「あ、ちょっと待って」
「?」
言いかけたレミリアを、アリスが止めた。
「ケーキは、少しだけ待ってもらえないかしら」
「どうして?」
「今に分かるわ。まだ、あのケーキは完成していないの」
(そろそろね)
アリスは腕時計を、そして会場の入り口を見やる。
「どうやら、まだ何かあるようね。それじゃケーキはもう少し待って頂くとして……」
「……来たわ!」
「え?」
またしてもレミリアの台詞はアリスによって遮られてしまった。
「あれを見て!」
彼女が指差すのは、会場である食堂入り口のドア。
そのドアが今まさに、ゆっくりと開かれていく。
「さあ、よく見てね」
アリスの言葉に、観衆は皆ドアに釘付けだ。
そうこうしている内に完全に開かれたドア。しかし、誰も入ってくる様子は無い。
だが、ドアに程近かった者達は早くも気付いた。
「あっ、何か飛んで来る!」
「なになに!?」
人の姿は無い。
その代わりに会場へ続々と入ってくる、小さな影。
「あれは……お嬢様!?」
叫んだのは美鈴。先頭を飛んできた影が、小さなレミリアである事を見抜いたのだ。
「え、え?私?」
くるくると目を回すレミリア。呆然と眺める咲夜。
「ほかにもたくさん……みんながいる!」
「あたいだ!」
「人形だよ!」
会場のあちこちから知り合いの、或いは自分の姿を発見した者の声が湧き上がる。
「そう、あれは人形。でも、ただの人形ではありません。
クリスマスケーキでお馴染みの、砂糖菓子で出来た人形。それも、本日お越しの皆さんを模してあります!」
アリスの声に、会場からどよめき。
宙を舞う人形達は、ただ飛んでいるだけでは無い。
永遠亭一つとっても、取っ組み合いしながら飛んで来る輝夜と妹紅、仲裁しようとする鈴仙と慧音、やれやれといった体で後ろから見守る永琳とてゐ。
そんな感じに、一体一体の人形が皆、独自のアクションを取りながらケーキ目指して飛んで行く。
煌びやかな照明の下、クリスマス一色の会場で、宙を舞う小さな幻想郷住民達。
この幻想郷においても、そうは見られないファンタジーな光景がそこにはあった。
「しかし……この人形を作ったのは、私ではありません」
次々とケーキに着地していく人形を見ていた観衆だったが、アリスの言葉を受けてますますざわめく。
「大ちゃん、ここ……会場だよ!」
「でも、行くしか」
ドアの外から会話、だがざわめきで聞こえない。
次の瞬間、ドアが再び開いた。
「あれを見て下さい!」
「えっ?」
「な、なに?」
アリスがドアを指差したのと、二人が会場へ飛び込んだのは同時だった。
一斉に会場中の視線を集めた大妖精と小悪魔は、思わずたじろぐ。
さらに、眩しい照明を浴びせられたので素早く目を覆った。照明係のメイドが気を利かせ、スポットライト――― 光系の魔法を応用してある――― を当てたのだ。
「小悪魔!?それに……」
「大ちゃんだ!」
見知った顔に、会場からも声が上がる。
「そうです。湖の大妖精と、図書館司書見習いの小悪魔。あの二人こそ、この砂糖菓子人形を作り上げた職人なのです。
彼女達の努力は、私が一番知っています。並大抵のものではありませんでした。その証拠に、この人形達はどれも素晴らしい出来です。
さあ皆さん、あの二人に惜しみない盛大な拍手を!」
瞬間、洪水のように押し寄せる大音量の拍手。耳を打ち、全身を貫くような音波。
二人がありのまま起こった事を話すなら、人形を追いかけていたと思ったらいつの間にか大観衆の喝采を浴びていた。
何が起こったのかすぐには理解出来なかったが―――
「これって……」
「喜んでくれてる、よね……」
自分達が必死になって作った人形達が、モデル達に受け入れられた。それは、確かだ。
現実を認識した瞬間、全身の血液を集めたが如き勢いで赤面する二人。どうしようもなく熱い。
それでも大喝采は止む事を知らず、隠れたくなる衝動を必死に堪えた。
「それじゃあ、ケーキも本当の意味で完成したことだし……お手元のグラスを取りなさい!」
レミリアが声を張ると、ようやく喝采も落ち着いた。各々がグラスを手に取る中、客席の中からパチュリーが走ってきた。
その手には、黄金色が美しいシャンパンの注がれたグラスが二つ。
「お疲れ様。はい、これ」
「ありがとうございます!」
「顔、ケーキの苺みたいになってるわよ?クリームついてた私を責められないわね」
未だ顔の火照りが冷めない二人にそう言って笑いかけ、パチュリーは席に戻らずその場で前を見た。
一番前では、レミリアがグラスを高々と掲げている。
「皆の衆、いいかしら?せーの……」
彼女の音頭に合わせ、大妖精、小悪魔、パチュリー、アリス、そして会場に集った全員が、一斉にグラスを掲げた。
『メリークリスマース!!』
・
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・
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乾杯の後すぐ、二人は巨大ケーキの前へと引っ張られ、運ばれていった。
「いや、改めて見ると本当によくできてるよコレ!」
「二人だけで作ったの?」
「食べられる?」
「小道具までちゃんと再現してる。流石だねぇ、職人技だよ」
「私のはどこー?」
質問攻めだったり褒め殺しだったりと様々だが、賞賛一色。
その出来に文句を言う者は誰もいなかった。
「これの事だったんだね!本当にありがとう、最高だよ!」
取材しに行ったメルランらも絶賛。
近くで観察していたルナサやリリカも、
「作りがいいのは言うに及ばないけれど、特に楽器の作りが素晴らしいと思うの。ありがとう」
「今度さ、私達の色んなバージョンも作ってよ!楽器を代えたやつとか、アクションが違うやつとか!」
一様に喜んでくれていたので、二人は安堵した。
「これは素晴らしい出来ですね、何とかして私の仕事机に飾れないでしょうか」
「食べられる人形だって、すごい!」
「まさか、あたいの仕事道具まで再現するとは……」
「この耳の垂れ具合が鈴仙そっくり!私の方が可愛いのもそっくり!」
「何言ってるのよ!」
「こりゃあアリスも顔負けだな。私も後で教わってみるか」
「これを御神体として飾れば、きっと信仰うなぎ上り間違いなしです!」
「でも食べ物だからいつか腐るよ?そしたら信仰も急転直下だろうねぇ」
「そういうコト、ちゃんとおいしく頂かなきゃ」
ケーキを囲んだ人々は尚も口々に人形を褒め称える。
予想以上の反響に再び顔が熱くなってきた所で、近くにいたチルノが大妖精へ尋ねた。
「ねぇ、さっきから見てて思ったんだけど……大ちゃんの人形、どこ?」
「そういえば、小悪魔のもないわね」
パチュリーも頷く。この時ようやく、大妖精は自分がこっそり小悪魔の人形を作っていた事を思い出した。
「あ、それは……ちょっと待っててね」
「少々お待ち下さい!」
「え?」
二人が同時に言ったので、顔を見合わせる。
そのまま会場を出、散々入り浸った小悪魔の自室へ戻る。
何もかもが目を覚ました時、延いては作業完了時と変わらない部屋。唯一違うのは、人形がいない事だけ。
荷物をごそごそと漁り、大妖精は小悪魔へ声を掛ける。
「あのさ、実は……」
「私も……」
しかし見やれば、小悪魔も同様に何かを持っている。
まさか、と思ったが、とりあえず自分からだ。
「こないだ、生地をもらって帰ったよね?あの時にさ、家でこあちゃんの人形作ったんだ。
時間がなくなりそうだから、とは言ったけど、やっぱり欠けてるなんてダメだと思って」
「えっ……じ、実は、私も作ったんだ。大ちゃんの人形。残ってた生地使って。
大ちゃんのことだから、作ろうとしても『他の人のを先に作って』って言いそうだったから、こっそり」
「………」
無言で二人は、密封容器の封を解いて人形を取り出し、テーブルの上へ。
確かに大妖精、そして小悪魔の姿をした人形。きちんとリボンやネクタイなど、細かい部分まで再現されている。
一目見て、とても丁寧に作られた物だと分かる。
「えっと、その……これ、あげる。クリスマスプレゼント」
「私も、そのつもり。喜んでくれるか不安だったけど……今は安心してるよ」
「?」
「だって、大ちゃんが私の人形をわざわざ作ってくれたって聞いた時……本当に、心の底から嬉しかったから」
言葉を切り、互いの目を見つめる。
「その……ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
目を逸らさないまま、はっきりと。大妖精は目を閉じ、小悪魔は『えへへ』と呟いてはにかんだ。
どうしても気恥ずかしくなって、自然と頬を染める。と、その時。
「あっ!」
不意にどちらかが声を上げた。
それもそのはず、テーブルで向かい合っていた二人の人形が、こちらを向いたのだ。
身体を向け、二人へ向けて一礼。それからふわりと宙へ舞い上がる。
「この人形も……」
「……すごい」
呆然と眺めていたが、互いに手を繋いだ二人の人形がドアへ向かったので慌てて大妖精が先回りし、ドアを開ける。
そのまま人形達は廊下へ出て、食堂へと向かっていった。
「行こう、私たちも!」
「うん!」
頷き合い、二人も後を追った。
・
・
・
「なかなか粋な事するじゃない」
大人気のケーキを前にして、レミリアはアリスの脇腹を肘でつつく。
「何のことかしら?」
皿に乗せた料理を手に、彼女はふいっと目線を逸らした。
「あの人形よ。廊下から飛んでこさせるなんて芸当、あなた以外にできっこないわ」
レミリアの言葉を受け、アリスはざわめく観衆へ視線を飛ばしながら呟く。
「どうでもいいじゃない、そんなことは。あの子達が人形を一生懸命作った。その想いに応えて、人形達は空を飛んだ。
あの子達が、人形に命を吹き込んだ。それでいいのよ」
「……あなたの言う通りね。ちょっと無粋だったかしら」
「吸血鬼ですもの。クリスマスという行事に本来適合しないあなたなんだから、多少鈍くても仕方ないわ」
ははは、と笑い合う二人。
「そうそう、その内咲夜があなたの所に行くと思うの。今回ので火がついたらしくて、来年は自分でも人形を作るって意気込んでた」
「あの二人に教わった方がいい気もするけど……ん?」
その時、会場にこれまでとは違ったざわめきが走った。
会場のドアが開き、小さな影が二つ飛び込んできたのだ。
「あっ、まだいる!」
「また飛んでるよ、すごいねぇ」
「大ちゃーん!」
大妖精と小悪魔の人形だった。
ケーキへ群がっていた人々や、会場のあちこちで銘々楽しんでいた人々もそれに気付き、大歓声でそれを出迎える。
「ああ、いないと思ったら最後だったのね。これで全員、よかったよかった」
レミリアはそう言って笑う。製作者本人の人形が無いという事を不安に思っていたが、これでその不安も消滅。
だが―――
「……アリス?どうかした?」
魔法で飛ばしているアリス本人が、妙な反応をしていたのが気にかかった。
言うなれば、呆然と宙を舞う人形を見つめている。計画通りと笑うでも無く、会場の反応に満足するでも無く。
「おーい、どうした~。もしも~し」
そんな彼女の肩をレミリアが軽く揺さぶっていると、不意に彼女は呟いた。
「ねぇ……」
「あ、やっと起きた。どうしたのよ」
「私、知らないんだけど」
「は?」
「私が魔法をかけたのは、テーブルの上にあった人形だけ。その時ちゃんと見たけど、あの二人の人形なんてなかったわ」
「え、それって」
「……私は……今、あそこを飛んでいる二人の人形には、魔法をかけた覚えがないの……」
「………」
その会話の間に、大妖精と小悪魔の人形は、歓声の渦の中でケーキに着地する所だった。
――― 聖夜に今、”SWEET ANGEL”が舞い降りる。
甘い甘い聖夜のお話でした。
奇跡ってのは、想いの強さで起きる物って 早苗さんが言ってた。
いい話でした
レミリアのテーブルクロス引きがどうなったのか気になりますがw
しかし、背景と文字色が少々見づらかったかなと思いました。
大ちゃんもこぁもとっても優しいですね!(≧∀≦)
読むのが遅れたのが悔やまれるなあ
しかし、目が覚めたら人形が……ってところ、少し怖かったのだがw
今回はSuiteな作品ですね
こんな奇跡なら起きてもらいたいものです
読ませもらった作品一つ一つにコメントしたいけどお返事が大変そうなので代表でこの作品に
あなたの作品はいつも素晴らしく感動と暖かさと優しい気持ちをくれます
このような素晴らしい作品を書いてくれた作者様に心からの感謝を
ありがとうございました
長文失礼します
砂糖菓子人形、鮮明にイメージさせられます。外の世界の何とかろいどぷちのような。
終盤になってもうひと事件来るかと心配でしたが、それとは別の意味での事件でしたね。
ラストの奇跡も、ふたりの思いが起こした"Sweet Sweet Love Magic"ということでどうでしょうか!
何度読んでも飽きがこず、読み終わった後、暖かい気持ちにさせていただきます。
こんな幻想郷なら行きたいです。
>>3様
どれだけ名無しちゃん達を可愛く書けるかが自分の課題。少しはレベルアップ出来たかしら。
甘いのは砂糖菓子人形?それとも?
>>4様
と思ったら、人形以外にも甘い要素があったようです。
クリスマスくらい甘くたっていいじゃない!
>>5様
相変らずだなんていやんそんな。褒めても次回作品しか出てきません。
風祝さんがそう言うならきっとそうなのでしょう。想いの力ってバカに出来ないのよ。
>>奇声を発する程度の能力様
特に甘くしようと考えていたワケでもないのにこの反響。砂糖のお話だから?どうも有難う御座います。
>>15様
だから褒めても次回作品しか出ませんってば。そのストレートな感想が本当に嬉しいです。有難う御座います。
>>20様
そういった意味でもSWEET、でしょうか。有難う御座います。
お話の山場に事件が起こるのは定番ですが、だからこそちょっとした捻りといいますか、お話の雰囲気を崩さないように意識しました。
>>22様
そこまで言って頂けるともう恐れ多いです。でも有難う御座います。いつも誰かにそう言って頂ける、そんな作品を書いていきたいなァ。
>>28様
そのお言葉は是非、あらゆる意味でSWEETな人形を作り上げたお二人に捧げてあげて下さい。ぶらぼう。
>>冬葵様
大ちゃんもこぁも可愛いよ。テーブルクロス引きは……ご想像にお任せ。少しグラスの数を減らしたとか。
背景色はクリスマスカラーを意識で、普段より濃い目。見難かったのであればごめんなさい、次回からは気を付けます。
>>キャリー様
おお、同志よ!名無し好きな方に気に入って頂けて嬉しいです。
そうで無い方にも、名無しちゃんを好きになって頂けるよう願って書いたつもりです。
お話に紆余曲折色々あれど、どこかに優しさのようなものを混ぜ込みたい……そんな感じでこれからも書いていきます。
>>42様
いつ読んでもいいのよ!でもやっぱり季節・行事ネタは熱々の内に読みたいよなァ。
まあ過ぎた事を悔やむのはヤメにして、どうも有難う御座います。
当該箇所、読み返してみたら確かにちょっと怖かったかも……まあいいや、過去作品でもそんな感じの書きましたし、これが”俺的ファンタジー”のカタチという事でひとつ。
>>ナナミ様
幻想郷ならこんな奇跡もきっとあるはず!
しかし、自分の作品をとっても贔屓にして頂いているようで……いやはや、感謝のしようもありません。
コメント返しの時間は本当に幸せの一時ですのでじゃんじゃんコメントしてあげて下さい。
これからもあなたにそう言って頂けるよう頑張りますので、もし宜しければまたお付き合い下さいませ。
>>44様
いやいやお気になさらず。むしろ、チェックして頂けていたという事実に感激です。有難う御座います。
ねんどナントカですねわかります。とまあそれはともかく、事件とサプライズは物語の華。毎回じっくり考えます。
楽しんで頂けたようで何よりです。しかし、すいすいを持ち出す辺りあなたもアレですか、私と同じ趣味をお持ちのようで……何だか嬉しい。
クリスマスの次は初夢でDreaming Sweetness。
>>月宮 あゆ様
最新作に引き続きまして、有難う御座います。
起こらないなら無理矢理起こします、な幻想郷。だからこそ一途な想いはより一層輝きを放ちます。
自分の描く幻想郷に魅力を感じて頂けたようで何より。”行きたい幻想郷No.1”とかでガイドブックに載るような作品を目指します。