カランカラン、といつもの様にドアベルが来客を告げた。
もっとも、彼が告げた通りに『お客さん』が来た事はほとんど無い。
大抵が黒白の魔法使いだったり、紅白の巫女だったりする。
彼女達がきっちりと買い物してくれるのなら、ドアベルも職務を果たせるというのに。
店をやっているが、訪ねてくる人間や妖怪のほとんどが客じゃない。
滑稽だ。
閑古鳥も鳴くに鳴けない。
数少ない常連客の十六夜咲夜が神様にも思えてくる。
いや、お客様は神様、だったか。
僕としては、この考えがあまり好きではないが……この際、この言葉をもって咲夜を神様にしてやりたい。
是非、東風谷早苗と代わって欲しいものだ。
早苗は早苗で色々と外の世界について話してくれるので、有り難い存在ではあるが……
いかんせん、酒が入ると脱いでしまう悪癖があるので、素直に彼女を誘えないのが難点だ。
どうにもこうにも、彼女と酒の席を共にするのは、遠慮してしまう。
「霖之助さん、いる?」
「いない訳がないだろう?」
さてさて、とばかりに僕はつまらない娯楽小説から顔をあげる。
余り面白くないので、先ほどの様にどうでもいい事を考えてしまうのだ。
僕が顔をあげると、そこには案の定、紅白の巫女がいた。
不機嫌そうな顔と共に何やら肩を怒らせている。
店の商品を壊さなければ良いのだが……
「あぁ、居たの。居なければ良かったのに」
「僕はいつだってここに居るよ。なにせお客さんを待ち焦がれているからね」
僕の言葉に、霊夢はフンと鼻を鳴らせた。
どうやら、相当にご立腹の様だ。
「待ち人来たらずよ」
「それは巫女の呪いかい?」
「呪いじゃないわ。占いよ」
「占いねぇ……何占いなんだ?」
「勘占い」
それは当たるなぁ、と僕は息を吐いた。
実際、霊夢の勘はまぁまぁ当たる。
彼女が異変の解決に用いるのも、勘だったりする。
いわゆる『女の勘』というヤツだろうか。
おそらく男には無い特殊な感覚に違いない。
しかし、そういう感覚は、男に宿っていてこそ役に立つと思う。
男女の違いは、はるか昔の風習によるものだ。
男は狩りに出かけ、女は留守を守る。
男にその『勘』が身に付けば狩りに役に立つはずだ。
あの辺り獲物がいるだろう、とか、恐らく仲間が回り込んでいるはず、とか。
まぁ、それらを理論と作戦でカバーするのが男というものか。
そういう風に進化したものだから、そういう風に成ってしまったという訳だ。
「それで、何のようだい?」
「ここに妖精が逃げてこなかった?」
霊夢の言葉に、僕は怪訝な表情を浮かべた。
「妖精? 僕の店に入ってきたら真っ先に追い出す種族じゃないか。妖精はお金を持ってないし、なにより悪戯好きだ。店の商品を壊されたらたまらないからね」
「ふ~ん……」
僕の言葉を疑う様に、霊夢が覗き込んできた。
勘定台の下には勿論何もなく、店の奥にも僕以外の生物は存在していない。
いや、蟲くらいはいるかもしれないけど。
「む、ここだぁ!」
と、突然に霊夢が大きな壺の蓋をあけた。
もちろん、その壺の中に妖精が入っている訳がない。
僕から見たら、非常に滑稽な巫女の姿がうつってるだけだ。
「いないわね……」
「最初からそう言ってるじゃないか」
満足したのか、はたまた諦めたのか、霊夢はそのままドアベルを鳴らして出て行った。
まったく……さよならの一言ぐらい言って欲しいものだ。
「ふぅ……もういいよ」
「心臓が止まるかと思った……」
霊夢が開けた壺の隣にある、中くらいの壺から青いリボンがひょっこりと表れた。
それから黒く長い髪に、青を主としたゆったりとしたワンピース。
背中の薄い羽が伸びをする様に、パタパタと羽ばたく。
「君達妖精にも心臓があるのかい?」
もちろんよ、と三月精の一人? 一匹? 一妖精? であるスターサファイアが答えた。
「なんなら触って確かめてみる?」
「いや、僕は妖精の胸には興味がないんだ」
「あれ? 男の人は小さい胸が好きだって、里の人間が言っていたわよ?」
……通報しておこう。
「まぁいい。それよりお礼を貰えるかい?」
「はい、これ」
彼女は壺から一升瓶を取り出す。
実は、霊夢が来る前にスターが香霖堂に逃げこんできた。
もちろん、僕としては迷惑だから帰って欲しかったのだが、交換条件としてこの一升瓶を提示したのだ。
まぁ、スターを隠すだけで一升瓶の酒が手に入ると思えば安いものだ。
さすがに隣の大きな壺の蓋を開けられた時は肝が冷えたけどね。
「ふむ、やはり外の世界の酒だな。『美少年』とは、また複雑な銘柄だ」
僕は苦笑しながら瓶を眺める。
博麗神社は外の世界と繋がっている。
こうして、外の世界の神社に備えられたものが、幻想郷の神社に届く事がある。
それをこの妖精達が盗んできた、という訳だ。
「そういえば、君達はいつも三人でいるんじゃなかったかい?」
「バラバラに逃げてきたのよ。一人一瓶持って」
なるほど。
道理で素直に差し出す訳だ。
霊夢がここに来るという確信を持った行動……彼女はレーダーの能力を持っているんだったか。
囮役を引き受け、お酒を一瓶失う代わりに二瓶を守った訳だ。
なかなかどうして、小賢しいじゃないか。
「そう言えば、君を見てると彼女を思い出すよ」
「誰?」
長く黒い髪に、腹黒い感じ。
どう考えても永遠亭のお姫様だ。
僕は思わず吹き出してしまう。
スターが輝夜の妹か何かに見えてきたのだ。
そんな僕を、彼女はいぶかしげに見てきたけどね。
~☆~
「ねぇ、奢ってくれるってどういう風の吹き回し?」
「いやなに、君と蓬莱山輝夜を同時に見たくなったのでね」
僕とスターは夕方の道を歩く。
スターの歩幅は小さいので、僕はかなり控えめに歩かなくてならない。
まぁ、僕が彼女を誘った手前、付いて来いというのは失礼だ。
例え妖精相手であっても、レディはレディとして扱うべきだと、僕は勝手に思う。
もちろん、スターから誘われたら、確実に断るけどね。
「それが私に似てるって人間?」
「まぁ、見た目には全然違うかもしれないが、僕の中のイメージは似ているな」
どちらとも、腹黒で表せるし。
まぁ、そんな事を言えば、輝夜にまた難題を出されてしまうので、口にはしない。
「輝夜の作る料理は美味いから、気にせずに楽しんでくれ」
「ただで食べれるんだったら、何でもいいわ。あぁ、でもサニーとルナにはナイショね」
まぁ、三人組の一人にだけ奢ったとなると、あとの二人にも奢らなくてはならない雰囲気になるので、秘密にするのは大歓迎だ。
「そういえば妖精の伝承に、付いて行くとさらわれてしまう、というものがあったな」
妖精は昔から色々な物語に出てくる。
古くはアーサー王伝説が有名だろうか。
物語にでてくる妖精は、いわゆる手のひらサイズの妖精達が多い。
主人公を助けたり、障害となったりと幾つかのパターンがある。
しかし、その中でも余り一般に伝わっていないのが、人さらいだ。
鬼と同じく、妖精も人間を食べるのだろうか。
「大人はさらわないわ。それに幻想郷の妖精はいたずらが専門だし」
スターがそう答える。
まぁ、幻想郷ではそういう話は聞かないな。
そもそも鬼ですら人をさらわない。
今更ハーメルンの笛吹きも存在しないという訳か。
「しかし、子供をさらってどうするんだい?」
「勿論、入れ替わるのよ」
それはそれは……末恐ろしい。
「妖精にさらわれた子供は数年後、重度の知的障害の状態で発見される。けど、それって人間から見たら知的障害なだけで、私達からすれば遊びも遊びよ」
なるほどね。
妖精からしては、あくまで遊びという訳だ。
人間からしてみると、悪魔な遊びと変わりないが。
「何にしても、僕は大人だから、一安心だな」
「あら、霖之助さんが道具を見てる姿は少年と変わらないわよ」
なぜかスターは、僕を見てニコニコと笑った。
むぅ。
何だか知らないが、バカにされている様な、そんな複雑な気分。
僕はそんな彼女に抗議する様に、少しだけ歩くスピードをあげたのだった。
~☆~
いつもの竹林沿いのいつもの道。
そろそろといつもの赤提灯が見えてくる頃、太陽はすっかりと山の向こうに落ちてしまった。
辺りは黄昏。
オレンジと闇の世界だ。
「ららら、ねーばーぎぶあっぷ頑張るわ~♪ 今度こそ私の番~♪ う~き~うきトキメクの~♪ 思春期エイジ、書き換えOK、恋する夜雀~♪」
赤提灯が丁度見えた頃に、いつもの店主の奇妙な歌が聞こえてきた。
今日の歌は、なんだかセーラー服姿の戦士を思い出させる。
ムラサ船長のテーマソングだろうか。
「あひゃひゃひゃひゃ! おら、ミスティア! 歌ってないで呑め! いいから呑め! 鬼の酒だ、美味いぞ!」
屋台まで辿り着くと、萃香がゲラゲラ笑いながらすでに泥酔していた。
いつも酔っ払ってる彼女だが、今日は特に酷いらしい。
まだ夜が始ったばかりだというのに、すっかりと出来上がっている。
鬼と呑むのは自殺行為。
萃香がミスティアに絡んでいる間に、僕とスターは屋台の隣にある長机へと移動した。
赤い大きな和傘に赤い提灯。
巨大な丸太を半分に切ったテーブルに丸太を利用した椅子。
僕達がそれに座ると、さっそくとばかりに茄子の漬物を付け出しにアルバイト店員さんがやってきた。
「いらっしゃい、香霖堂。それから……あら、いつの間に私とあなたの娘を?」
アルバイト店員、蓬莱山輝夜は、びっくりという表情をつくって口に手を当てる。
「君が生んだ覚えの無い子を、僕がどうやって連れてこれるというんだ……」
「未来から」
しれっと輝夜は答える。
「はじめまして、お母さん!」
スターも面白がってノリに付き合っている。
「私はスターサファイア。霖之助さんと輝夜さんの娘で妖精です」
間違った自己紹介をするスターに輝夜は、あはは、と笑みを漏らす。
まぁ、こうしてみると、娘といってもいいかもしれないな。
下手をすれば髪型が似ているだけだった可能性もあったが、なかなかどうして、雰囲気も似ているじゃないか。
「いいわ、スターには何か一品奢ってあげる。あ、香霖堂には奢ってあげないわよ」
「言わなくてもいいよ。君の意地の悪い言動は、娘の教育にはよろしくないな」
「大丈夫ですわ、お父様」
僕の言葉にスターはニッコリと笑う。
「私、もう充分に意地が悪いですもの」
はぁ~。
スターが本当に輝夜の娘に見えてきた。
恐ろしい。
できれば父親が僕でない事を祈ろう。
「はいはい、何食べる?」
「僕は筍ご飯。それから湯豆腐をもらえるかい?」
「はい喜んで。お酒は?」
そうだな……と、言ってから僕は逡巡する。
今日はどうにも日本酒という雰囲気ではない気がする。
たまにはカクテルでも呑もうか。
「照葉樹林は作れるかい?」
「もちろん、喜んで♪」
照葉樹林とは、グリーンティーリキュールに烏龍茶を混ぜた変な酒だ。
変な酒だけど、美味しいものは美味しい。
「スターは何食べる?」
「う~んと、私も筍ご飯かな。あと、八目鰻も。お酒はカルアミルクで」
「はい、喜んで」
輝夜は伝票に素早く書き込むと、早速とばかりに屋台の奥へと引っ込んだ。
で、すぐにやってくる。
相変わらずの速さだ。
「はい、筍ご飯。それから、香霖堂には照葉樹林でスターにはカルアミルクね。筍ご飯には少し合わないから烏龍茶も置いておくわね」
「わ、ありがとう輝夜さん」
まぁ、確かに筍ご飯に甘い甘いカルアミルクは合わないだろうな。
「何に乾杯する?」
僕はグラスを持ち上げてスターに尋ねる。
「う~ん……霖之助さんと輝夜さんの娘になれた私に乾杯」
「まぁ、仕方ない」
僕は肩をすくめてから、スターのグラスにコツンとぶつけた。
それから照葉樹林を一口、呑む。
お酒なのにお茶の旨みを堪能できる、不思議なカクテル。
うむ、美味い。
「ぷは。あま~い」
どうやらスターもカルアミルクを気に入っているようだ。
僕はそれから筍ご飯を食べる。
いつも通りのコリコリとした食感とご飯につけられた味を楽しむ。
やはり美味しい。
できれば毎日食べていたい。
そんな錯覚を覚えるぐらいに。
「はい、湯豆腐と八目鰻の蒲焼ね。ねぇねぇ、香霖堂」
輝夜の呼びかけに僕は視線だけで答えた。
丁度、筍ご飯を頬張った食後だったのだ。
「一杯奢って頂戴。嫌だったら、口で言って」
うぐ、と僕から奇妙な声が聞こえたに違いない。
慌てて飲み込もうとした結果だ。
喉に詰まった。
涙目になりながら、カクテルで押しやった時にはすでに輝夜はありがとうとご機嫌な様子で屋台へとひっこんでいった。
「あははははは、うぐだって、うぐっ! あはははははは!」
隣ではスターが爆笑している。
まったく……
「ありがとう香霖堂。スノーボールを頂くわ」
輝夜がグラスに注いできたのは、どうやらカクテルらしい。
名前はスノーボールというらしいが……色は白ではなく黄色だ。
「どういうお酒なんだい、それ」
「アドボカートっていうリキュールにライムジュースとジンジャーエールを加えたカクテルよ。程よい甘さで美味しいわ」
「それがなんでスノーボールなんだろうか?」
どこにも、『雪球』の要素が見当たらない。
僕は湯豆腐を食べながら考える。
うむ、しかし、この湯豆腐も美味しいな。
「雪合戦した後で良く呑んだから、とかじゃない?」
スターが八目鰻を食べながら言う。
まぁ、物事の名前の由来はそういうモノも多い。
「逆に、雪合戦を始める前に身体を温める為に呑んだ、かもね」
輝夜はスノーボールを一口呑んでからそう言った。
その可能性もあるな。
しかし、良く考えてみると、雪合戦というのは子供の遊びだ。
果たして、大人が雪合戦を楽しむ為に酒を呑んだだろうか?
雪合戦を楽しんだ後に酒を呑んだだろうか?
どうにも納得がいかない。
「う~む……」
スノーボール……雪球、もしくは雪玉。
雪球と書いて『せっきゅう』とも読めるし、雪玉と書いて『せつぎょく』とも読める。
ふむ、ここから何らかが読み取れそうだな。
そういえば、将棋では『玉将』が使われている。
……そうか、玉には『美しい』や『宝石』という意味がある。
つまりスノーボールとは、『雪の宝石』という事だ。
そして色は黄色。
黄色は五行思想で『土気』を表している。
つまり、『甘』を司っており、スノーボールの味としては正解なのだ。
さらに『宮』を表しており、蓬莱山輝夜というお姫様が呑むカクテルとしても合っている事となる。
なるほど、スノーボールとは王族の飲物だったわけか。
「また余計な事を考えてるでしょ」
「ん?」
気付けば、輝夜が僕をじっと見つめていた。
「お酒は美味しい、これ以上の理由が必要?」
「……美味しいものに理由付けは、野暮というものか」
まぁ、確かにそうかもしれないな。
「恋愛と一緒ね」
と、付け足したスターに共感したのか、輝夜はニヤリと笑った。
僕は空を仰ぐしかない。
どうやら、今日のお月様は余り元気がないようだった。
星がたくさん輝いているからね。
~☆~
「も~っと、もっと、愛してる~♪ タクシードライバーミラージュ~♪」
どうやらスターはすっかりと酔っ払ってしまったらしい。
萃香とミスティアと肩を組んでさっきから熱唱している。
自分の隣にいるのが幻想郷最強の一角で、鬼という種族である事は忘れてしまっているらしい。
まぁ、素面では妖精と鬼が肩を組む事はまず無いだろう。
これはこれで、貴重な場面といえるかもしれない。
「あぁ、もしかすると、あれが『フェアリーサークル』かな」
僕は日本酒を呑みながら呟く。
フェアリーサークルとは、妖精が踊った後に円くキノコが生える現象をいう。
明日になれば、あそこにキノコが生えるかもしれないな。
「はい、うずらの卵の天ぷら」
「ありがとう」
と、そこで注文していたうずらの卵の天ぷらを持って輝夜が戻ってきた。
茹でたうずらの卵を三つ串に刺して天ぷらにしたものだ。
おでんの卵みたいな感覚で、何故か不意に食べたくなる。
「はぁ~、それにしてもこの髪型ってよくあるのかしら?」
「どうしたんだい?」
輝夜が自分の髪をいじりながら呟く。
「やっぱり女なんだから、綺麗にいたいじゃない」
「ふむ」
「それと同時に、個性的でもありたい訳よ」
「なるほど。ありふれた個性は、逆に無個性だからね」
どうやらスターと髪型が被っているのを気にしているらしい。
赤い服が流行っているからと言って、全員が赤い服を着てしまうと、それでは個性が主張できない。
その赤で、いかに工夫するのかが個性というものだ。
「輝夜はその髪型が似合っているじゃないか」
「たまには変えようとも思っているわ」
輝夜はそういってポニーテールに結ってみせる。
「どう?」
「お姫様っぽくなくなるな。活発な雰囲気が出るよ」
「えいっ」
輝夜が一回転する。
遅れてきた髪の毛が僕の顔面を痛打した。
「痛いじゃないか、何をするんだ!」
「跪いて、ありがとうございます、でしょ?」
何故か輝夜が高圧的に僕を見下ろす。
分かり難いボケだ。
僕じゃなければ拾えないかもしれない。
「それは『お姫様』ではなく『女王様』だ……まったく……」
どうやら、ツッコミ方は正解だったようだ。
まぁしかし、例え相手が王だろうが女王だろうが、僕は平伏すつもりはない。
僕の膝は中々に折れ曲がってはくれないからね。
「あはは。じゃ、これならどう?」
今度はツインテールに結う。
「ふむ。ツインテールは幼く見えるな」
「失礼ね、女はいつだって少女なのよ」
そういう意味で幼いと言ったのではないんだけどなぁ……
「輝夜さ~ん、おにぎり~」
と、ここでスターが戻って来た。
隣の屋台をみると、萃香がミスティアの口に瓢箪を突っ込んでいる。
地獄の様だ……
あの瓢箪は萃香の私物だから、売り上げに何ら関わらない。
つまり、店主は呑まされ損となる。
同じ商売人として、心から同情する。
「はいは~い。じゃ~ん、輝夜のオマケ付きおにぎり~。中身を当てたらお酒一杯分無料よ」
輝夜は大きなお皿に乗せられたおにぎりを持ってきた。
何やら面白そうな企画だ。
僕も乗せてもらう事にしよう。
「僕もいいかい?」
「えぇ。香霖堂の場合、外したら私に一杯奢りね」
なんでだよ……
まぁ、気を取り直しておにぎりを観察する。
定番通りの三角形になっていて、海苔が包み隠す様に巻かれていた。
つまり黒い三角形が並んでいる。
「ん? ちょっとまて、海苔は海のものだ。いったいどうやって?」
「八雲紫に頼んで仕入れたわ。高い海苔よ」
この企画の為にワザワザ八雲の力を借りたのか……恐るべし、蓬莱山輝夜。
「じゃ、私はこれ。中身は、う~んと梅干」
スターは特に考えないでおにぎりを手に取り、梅干と予想した。
それから、一口食べると中身を確認する。
「すっぱい。あ、当たったわ!」
おぉ~、と僕と輝夜は拍手を送る。
次は僕の番だ。
見た目にはどれも同じなので、まさに運に頼るしかない。
一つ、手にとって重さを感じてみる。
もちろん、普通におにぎりの重さだ。
重量で中身を当てるのは不可能だな。
「それじゃぁ……僕のは高菜だ」
そういって一口食べる。
途端に口の中に広がるすっぱさ。
しまった。
どうやら、これも梅干だったようだ。
「あ、残念。香霖堂のも梅干ね」
「むぅ、外してしまったか。まぁ、山盛りの山葵とかじゃないだけマシだと思おう」
あはは、とスターと輝夜は笑う。
それにしても、やっぱり……
「女の勘というやつは凄いな」
「あら、本当にそう思う?」
輝夜がぐい飲みを差し出しならが、僕に言う。
「違うのかい?」
僕は彼女のぐい飲みに日本酒を注ぎながら答えた。
「女が『勘』という言葉を使う時は、半分以上が確信ある時よ」
輝夜はくいっとぐい飲みを傾ける。
ぺロリと唇を舐める姿は、艶やかで妖しくもある。
「それはどういう事だい?」
僕の質問に輝夜ではなくスターが答えた。
「その方が魅力的だから、だわ」
勘にしておいた方が魅力的、という事か。
でもいったい、どうして?
「霖之助さんは、狡猾に理論的に言い当てる女と、女の勘で言い当てるのと、どっちが可愛いと思う?」
僕は迷い無く後者と答えた。
前者は『可愛い』のではなく、『カッコイイ』と言える。
だから、可愛いというのは『女の勘』の方となる。
……あぁ、なるほど、そういう事か。
「えぇ、そう。時にミステリアスな雰囲気を魅せる事で、女は魅力的にうつるものよ」
少しばかりの謎が女の魅力を引き上げる、という訳か。
人間は良く分からないモノを恐れるが、逆に、良く分からないモノに惹かれる場合もある。
「う~む、女は怖いね」
僕は呟いてから、おにぎりの残りを全部食べた。
梅干のすっぱさが口に広がる。
このすっぱさには、抗菌作用があるのだ。
だからおにぎりの具として梅干が選択される事が多い。
おにぎりとは、作り置きするものだから。
あぁ、なるほど。
これらの情報からスターは梅干と予想したのかもしれないな。
真理は分からないけど。
でも、確かに理論的にあてるよりかは、可愛らしくみえる。
かもしれない。
「ねぇねぇ、もしかして霖之助さんと輝夜さんってお付き合いしてるの?」
スターが何やらニヤニヤしながら僕達に聞いてきた。
「……それは『女の勘』かい?」
「うん、『女の勘』」
僕と輝夜は同時にため息を吐いた。
やれやれ、どうやら女の勘が外れる事もあるらしい。
「残念ながら、僕達は――」
「半分だけ正解ね」
僕の言葉を遮って、輝夜がスターに答える。
「香霖堂が私にラブラブなの。モテる女っていうのは罪よね~」
おいおい……
「あ、やっぱりそうなんだ」
スターまで納得している。
まったく……
「僕は輝夜に愛の言葉をささやいた事もないよ。嘘は罪じゃないのかい?」
「だったら、口説いてみなさいよ」
「遠慮するよ。輝夜も振り撒く愛の方向を定めた方がいいんじゃないかい?」
「あら、私は香霖堂一筋よ。言ったじゃない『半分正解』って」
はぁ。
すぐそうやって挑発する。
「ふん。だったら、僕の子供を産んでみないかい? そうだな、スターみたいな子供が理想だよ」
僕の言葉を聞いて、輝夜とスターは顔を見合わせた。
それから同時に僕を見て、同時に言葉を放つ。
「「こんな父親、冗談じゃない」」
だろうね。
「はっはっは、全く色気のない話だ」
そこは同意してくれたのか、輝夜とスターが笑っている。
まぁ、酒の席の冗談だ。
こんなものだろう。
これはこれで、森近霖之助らしいといえばらしいというものだ。
願わくばこの屋台が織り成す物語をいつまでも現実に語り継いで下さいますよう…。
相変わらず不思議な魅力に引き込まれる作品ですね。
そして誤字指摘、
>「輝夜さ~ん、おにぎり~」
>
>と、ここでサニーが戻って来た。
何時の間にサニーが・・・
月の姫の娘が星の妖精と言うのも面白いもので。
いつも聞こえるミスティアの歌とか雰囲気に、ついにやけてしまう。
照葉樹林か、学生の頃好んで飲んだもんです。やったね霖之助とおそろいだ。
安定して面白い
そして輝夜ポニーテルのポニーテールいいものです。
美少年酒造は幻想入りしてしまいましたか・・・
原作の香霖堂のように、不連続で淡々とした日常における刺激的な会話を楽しむお話なのですから、終わらせるとか続けるとか深く考えず、モチベーションとネタが上がった時に書いたらよいのではないでしょうか。
仮に作者様が最終エピソードとして用意しているお話を書いた後で、何事もなかったかのように別の日常のお話が上がってもみんな喜ぶだけで何の問題もないと思います。
それにしても一人一人キャラが映えていて面白い。
>>妖精のさらわれた子供
この文章だとさらわれるのが妖精の子供ってことになりませんか。
「妖精にさらわれた子供」が正しいと思うんです。
あと、輝夜のおにぎり食べてみたい……
あと、過去の銘酒が揃った幻想郷が羨ましいです。
ほっこり、のほほんのお話に頬がゆるみました。
なんだかお腹が減ってきたよ。
次も楽しみにしてます!
「読む作品がなくなったな~」と携帯で読んだら・・・
半日で、一気に読みきりました!
輝夜と霖之助の、寸止めの言葉遊びが堪りません!
もっと! もっと続きを!w