緑色の目をした猫が逃げる。
追跡者は古明地の妹。
いつも通りの全力疾走。
ここ幾日か、何度も繰り返されている光景。
お互い興味津々で、けれど素直になれなくて?
冬が近づいてきたな、と身体を震わせて、彼女は思った。
なぁお。
水橋パルスィは孤独だと周囲から思われているのだけれど、実の所そうでもない。よく一人で橋に立っているから勘違いされがちなのだけれど、少しだけ違うのだ。パルスィが欄干から身を乗り出して、ぼうっと川の流れに映る自分を見ていると、時々声をかけていく奴がいる。それらはパルスィをからかうような声や、橋を歩きながら話す楽しげな声。またときおり、悲しげな様子で橋を渡る奴もいる。パルスィは、そんな彼らを妬ましげに見詰めていたり、ときにはそっと抱きしめてやるのだ。
にゃーん、と鳴き声がしたので、しゃがみ込んでそこにいた彼に反応してやる。
「なぁに? また来たの?」
にゃあ。
「まぁいいけどさ」
ぽす、と隣で鳴く彼の頭に手を乗せて撫でてやる。すると、気持ち良さそうに目を細めて、その手に額を擦りつけた。しばらく続けていると、ふいに彼は頭を振った。
「あら? もういいの?」
なぁお。
「ふぅん。ま、愚痴ならいつでも聞くからね」
ぺこ、と頭を下げて彼は歩いていく。じゃあね、と小さく手を振ってやると、同じように小さく鳴いて返事をした。
ふぅ。息を吐いて立ち上がり、欄干に身を預けて川の流れに目を移す。昨日は犬がやってきた。この間は鴉がやってきた。そんな感じの日々だった。
嫉妬心を操ると言うことで、心の機微には敏感なのだ。だからだろうか、動物にはやけに好かれるのだ。
ただ、相手をしてやるだけだが、退屈しのぎにはなる。
なにしろここは、少し退屈な場所だから。
とんとんとんとん、と木の板の上を動物が走っていく軽い音が耳に入って、パルスィは顔を上げた。
いつものように鬱陶しげに振り向いて、走ってくる見慣れた緑色の目をした黒猫の姿を捉えて一つため息をついた。
またこの猫を追いかけているのか、と。
この猫が彼女に興味を持っていることは、視線の動きからして明白なのだけれど、いかんせん彼女はよく逃げられる。
すると、次に走ってくる(はず)のは彼女だな、とパルスィは思った。あいつはよく動物に逃げられるのだ。彼女に興味を持っているはずの、猫にさえも。
そしてその通りにとたとたと走ってくる音。
予想が正しければ、彼女のはずだ。
「ち、ちょっと、ま、待ってよー!」
小さく息を切らしながら走ってくる小柄な人影。パルスィは古明地の妹だな、と思った。彼女はよく動物に逃げられるのだ。
大方、古明地妹――こいしはそこらのノラ猫に手を出そうとして逃げられたのだろう。
ノラ猫がパルスィの足に隠れるように駆け寄る。それを追ってこいしは橋を渡り、パルスィの前で膝をついた。ぜぇはぁと肩で息をしている。
「貴方……なに馬車馬みたいに走りまわってるのよ?」
「そ、それ……ぜ、絶対、い、意味ちが、ちがうよ、ね……?」
こふ、こふ、と二度咳き込みながら口元を押さえて、はーっと一つため息を吐く。呼吸を落ち着けるように胸元を押さえているけれど、未だに肩を震わせている。
体力なさ過ぎだろう。遊びまわってるくせに。
すーはー、深呼吸。ようやく喋れる状態へ移行。
「んで? 貴方が馬車馬のように走り回ってこの子をいじめてた理由はなに?」
「言い方酷くない!? あといじめてないよ!」
「結構怖がってるみたいなんだけどー。……ああ、そっか、謝罪でもしに来たの? それは私じゃなくって、この子にね」
「違うんだってばぁ……」
力なくうな垂れるこいし。
パルスィは足元の黒猫を拾い上げると、ねー、と顔を見合わせた。黒猫も一緒に首を傾げる動作。
こいしが指を咥えてそれを羨ましげに見つめていると、ほら、と声をかけられた。きょときょととパルスィと黒猫の間で視線を彷徨わせてから、うん、と意気込んだ。
大丈夫。大丈夫だから、と自分に言い聞かせながら、そうっと手を伸ばした。
ビクッと反応して、黒猫はするりと手から身体を滑らせて抜け出すと、一目散に駆けて行った。
「あー……」
その背中を見詰めながら、わざとらしく声を伸ばす。そうして細めた横目でこいしを見る。
突き刺さる視線に「うっ」と呻く。
「やめてよこわいよその目!」
「だって貴方のせいじゃない」
「わかってるけどそれやめて。横目まじこわいから」
やれやれ仕方ないと言うように肩を竦めるパルスィ。
「それじゃあ、嫉妬を込めて見て欲しいってワケ? 妬ましいわね、ノラ猫に逃げられるくらい暇で」
「嫌味じゃん!」
「なんて贅沢な……心底妬ましいわ」
「なんでそんなに軽蔑された目で見られなきゃなんないのよ……」
わけわかんない、とがっくりと肩を落として猫の去っていく方向をじっと見る。そこにはもはやノラ猫の影も形も見えない。
パルスィはその肩に、手を置いた。肩を跳ね上げて驚くこいし。振り向いた先には、基本的に嫉妬狂いの緑の目。
それが少しだけ優しげに見えたのは、こいしの気のせいか。
「んでさ、なんかしたの?」
「んーん、なにもしてないよ……してない、はず」
若干自信なさげに答える。
「ええー?」
「なによぅ……?」
「だってすっごい怯えてたじゃない」
「知らないわよぉ。手を伸ばしたら逃げられちゃうんだから」
「心の中でやましいことでも考えてたんじゃない?」
「か、考えてないし!」
頬を染めて、がーっと両手を振り上げる。
わかりやすい反応だな、パルスィは思った。
頬を染めるって言うのはどうしたことなんだろうか。
といってもこいしは無意識を操るのだから、無意識にそういうこと――猫捕まえて撫でまくるくらいかな? を考えてしまうのもしかたないのではないだろうか。つまり妄想が止まらない娘。
……頬を染めるってどう言うことなのだろうか。
振り上げられた手がふにゃふにゃと力なく降りていく様子は、どこか哀愁を誘うものがあった。
川面に視線を移す。流れてく水面に、緑の目が浮かんだ。嫉妬狂いの醜い瞳だ。動物はこれを怖がらない。
何故だろう。
「まずその考えを改めなさいな」
「知らないよぉ、勝手に出て来るんだもん」
「つまり妄想全開なわけね。常に漲ってるのね。いやらしいわね」
「いやらしくないし、なにそんな「妬ましいわね」って言うみたいに言っちゃってんのさ!?」
「さてねぇ」
つぅっと欄干に手を滑らせる。
腐りかけた木だ。新しいのに変えないと落ちてしまうだろうか? いいや、そう言えば、もうずっとこのままなのだ。この橋は。各所が腐りかけで、どうしようもなくて、けれどこうして存在している。
腐りかけで。
「ところで古明地妹」
「古明地妹!?」
「そうじゃないの?」
「そうだけど、そうだけどー!」
「じゃあいいじゃない」
「うー……」
「そんなことよりも、そろそろ帰りなさいな」
「はぇ?」
指先を天に向ける。天には天井がある。真っ暗なそこから、ちろちろと真っ白なものが落ちてくる。雪だ。地の底に雪が降り出した。空も、雲もないのに、雪が降る。地底の雪だ。
道理で寒いわけだ、とこいしはぶるりと身体を震わせた。
パルスィは、ほら、と人差し指で地霊殿を示す。
「風邪、引きたいの?」
「ううん」
「じゃあ、帰りなさいな」
「……はーい」
こいしは素直に人差し指に従って振り返り、そしてまた、振り返った。なにか言いたげに視線を右往左往させて、やがてゆっくりとパルスィに問いかけた。
それはずっと前から、何度か聞いたことのある問いかけだった。
たった一言。
「パルスィは寒くないの?」
だから、それに対する答えもまた決まっているのだ。
「寒くないわよ」
それだけ。
◆
寒くないの? とこいしが聞くと彼女はいつも決まってすまし顔で、寒くないわよと言った。
それはきっと真実なのだろう。なぜなら彼女の心の中ではいつも嫉妬の炎が渦巻いていたんだもの。
ずっと前までは、それが真実なのは疑いようもないことだったのは確かだ。今ではそれがわからなくなってしまっている。けれどそれを後悔していないのだから、こいしはそれでよかったのだ。だからわからなくなってしまったことを気に病んでなんかない。
心を読むことを捨てて、無意識を操る力を手に入れてから、動物に好かれにくくなってしまったのはちょっとショックだった。
家にいるペットだって、一匹もこいしに懐いたりしないし、野生の動物にだって嫌われる。みぃんな逃げてしまうのだ。それがなんだか妙に悲しかったと。
だから、自分をよく見詰める猫の存在を見つけたときは、無条件に嬉しかったのだ。あちらは逃げていくけれど、それでもこいしに興味を持っていることはわかる。
だから、仲良くなりたいな、とそれだけの思いで追っかけてみたのだ。
そう思ったのは、その猫が、彼女に似ていたからだろうか。正確には、その目が、である。
結果は散々だったけど。
それでも、何故か諦めることなく、追いかけているのだ。
無意識に地霊殿を認識して、無意識に扉をくぐって、無意識に廊下を歩いて、無意識にノブを回せば姉の部屋だ。
「ただいまー」
と、背中を向けてソファに座っている姉に言う。するとさとりの、膝の上にいた猫がびくりと反応して、開いたままのドアをくぐって逃げていってしまった。寒くないのかなと、少し余計な心配をした。
部屋の中は暖かかった。
さとりが、おかえりなさい、と言う。帽子を脱いで、ドア横の帽子かけに引っ掛けながら、こいしは絨毯の上に座り込んで、小さいドラム缶みたいなストーブに手をかざした。気がつかないうちにかじかんでいた手が、溶けていくようだった。
「さむかったぁ……」
ような気がする。無意識で気づかなかったけれど。
「でしょうねぇ、雪も降ってきたらしいですし」
「あれ? お姉ちゃん外出てたの?」
「違います。猫に聞いたのよ」
「ふぅん」
「猫は炬燵で丸くならないものね。結構外に行っちゃってるわ。むしろ犬の方が丸くなってるのよ」
「いや、知らないけど」
「猫は炬燵で丸くなるものなのよ、歌の通りなら」
「ふぅん?」
「まぁ、どうでもいいのだけれど」
「そうなの」
「ええ」
さとりは退屈そうに本を読みながら、片手を口に当てて欠伸をした。
ふぅ、と息を吐いて、こいしはストーブの向こうにくゆる炎を眺める。小さくぱちりと弾けたように見えた。
「そう言えばさ、私、よく動物に逃げられるんだけど」
「さっきも逃げていきましたね、ねこ」
「うん。なんでかなぁ」
ぼやっとした炎が、まるで見通しのきかないものように見える。無意識は、薄ぼんやりとしていて、はっきりしない。掴みどころがなくて、よくわからない形のもの。そういう風に見える。ストーブの炎のように、よくわからなくて、どこか綺麗で、手を伸ばしたくなるけど、それをしたら火傷してしまう。触れたら、壊れてしまうような。
「怖いんじゃない? きっと」
「お姉ちゃんひどい!」
「真実よ?」
「怖くないよ、私」
「ふぅん?」
「なによその目は……」
「いえいえ」
「……それにさ、もうちょっとオブラートに言葉を包んでよ」
「包み隠さず言った方がいいじゃないのよ」
「そりゃそうだけでさ……」
「怖いのよ。そんな堅固な壁があるんですもの」
さとりはぱたりと本を閉じる。それをテーブルの上にぽんと投げて放置する。そうしてから、こいしに真っ直ぐ向き直る。
その目に見詰められると、もう心なんて見えないはずなのに、どこまでも見透かされそうになる。気のせいかもしれないけれど。
ぱちり、と炎が舞った
それは、嫉妬心に似ていた気がした。
だから、その言葉が自然に、つぅっとすべり出たのだろう。
「そう言えばさ、パルスィは寒くないのかな」
窓の外には、ちらちらと雪が降り続いている。
変わりなく、ずっと。寒いだろうなぁ、とこいしは思った。
「橋姫? どうして?」
「さっき会ったの。橋で一人だった」
「へぇ」
「こんな雪が降ってるのに……寒くないのかな」
「さてねぇ」
と口元に人差し指を添えて、さとりは物思いに耽るようなポーズを取る。寒いだろうことはわかりきっているのだ。
「あのひとは――確か、橋の下に住んでるんじゃなかったかしら」
「それ絶対寒いじゃん! 凍えてるよ! てか家ないの!?」
「ありますよ。手作りの掘っ立て小屋が。少し前はテントだったかしら」
「――――」
絶句した。
それって隙間風とか酷いんじゃないだろうか。いやいやそれよりも前に考えることがあるだろう。パルスィは日がな一日橋にいるけれど、それが原因なのか。いやいや地底の管理者ってお姉ちゃんだよね。だったらあそこにパルスィを任せたのもお姉ちゃんなわけで、だとしたら、お姉ちゃんには家を作ってあげる義務ぐらいあるよねぇ?
思考の結論は、パルスィやべぇ。
「……ねぇ、それって、凍死ルート一直線じゃないの?」
「ああ、うん。大丈夫ですよ」
「どうして?」
「だってあの人は、何故か動物に好かれるんですもの。だから、この季節は大丈夫なのよ」
「ええぇ……?」
自分とは正反対だ、と思った。それにしたって動物に好かれることが、どうして凍死を免れることに繋がるのだろうか。甚だ疑問だ。
明日はパルスィの様子を見に行こう、とこいしは窓の外を見て決心した。
窓の外では、静かに雪が降り続いている。
死んでんじゃないよね?
手袋でも持ってってあげようかなぁ。マフラーは自前のがあるっぽいし。
あ、あと干した魚とか持ってこうか。お燐から勝手に貰えばいいよね、とこいしはそっと思案した。
◆
翌日。
パルスィはアニマル布団状態だった。
もこっとした感触で、パルスィは目を覚ました。目を覚まして、最初に見たのは、茶色と白の斑猫の背中だった。もそもそと手を動かすと、柔らかな毛皮に行き当たる。身体をよじると、にゃぁ。頭の上で白猫が鳴いたのだ。そろりと手を伸ばすと、茶色い犬がくぅんと鼻を鳴らした。
暖かいなぁ、と思うと同時に布団掃除しなきゃなぁ、と思った。喘息なんてものを患っちゃいないが、それでも毛玉は鬱陶しい。
あったかいなぁ、このまま寝ちゃおうかなぁ……。冬の寒さも忘れて二度寝と洒落込もうかな、と思い始めた瞬間だ。
とんとんとん、と橋を叩く足音。
リズムに乗っけて滑らせる。
木板を叩く音。
ああ、誰か来たな。
起き上がろうとして、けれど出来なかった。あまりの心地良さに、動くこともままならないのだ。
なぁお、と黒猫が鳴いた。尾をぴんと立て、首をぐるりと巡らせる。
そう言えば、こいつは昨日、古明地妹から逃げてきた奴だったけ。ぼんやりした頭で思う。
ざざざざ、と土手を滑り降りる音。
周りを囲む十数の猫が、一斉に顔上げる。パルスィは、ああ、と思った。
とんとんとん、と扉を叩く。
「…………開いてるわよ」
「あ、生きてた」
がたがたと軋むように扉が開く。一瞬にして部屋の中が明るくなった。冷えた空気が入ってきて、猫達はぐいぐいと寄り添い合う。それは寒さと怖さの半々のように思う。
ひょいと顔を覗かせたのは、マフラーをして耳当てをしたこいし。
「なによ古明地妹。私が生きてたら悪いっての?」
「いや悪くないけど……って古明地妹ってまたぁ!」
「朝っぱらからやかましいわねぇ」
手を口に当てて、ふわぁと欠伸。猫も欠伸。
こいしが一歩部屋に入ると、猫達が一斉に壁際に寄った。
「え……と」
もう一歩。
猫達が一斉にこいしの足の間や横をすり抜けて、外へ駆け出していく。固まった表情でそれを見送る。時間が凍りついたみたいだった。
「……なに、私から暖かさを奪いに来たの?」
ふるりと布団ごと身体を抱きしめて震わせる。
「そんなんじゃないよぅ」
少なからずショックだったのか、気落ちした声を上げる。大丈夫かな、と見に来て、猫に逃げられて、さらに冷たい視線で見られる。実に、嫌な感じだ。だいたいなんで朝っぱらからこんな目に合わなきゃなんないのよ、とこいしは心の中で呟いた。
「ただ、凍えてないかなって」
「今まさに凍えてるんだけど」
「そ、それは――」
「まぁいいんだけどさぁ、貴方ってホントよく逃げられるのね。嫌われてんじゃないの」
「かもしれないけどー……」
俯いて、肩を落としてため息を吐く。
「まぁいいんじゃない? 一匹くらいは逃げなかったし」
「ふぇ?」
布団の中から、なぁ、と声が聞こえた。
え、と顔を上げる。
もぞもぞと布団をよじ登って、ひょこっと顔を出した。昨日逃げていった、黒猫だった。「あ」とこいしが小さく声を漏らした。少し震えているけれど、それでも逃げずにそこにいた。
ほら、と昨日と同じようにこいしに声をかける。
少し迷って、ちょっとおっかなびっくりとしながら、ゆっくり歩き始めた。「堅すぎるわ。もっと柔らかくなりなさい」と言われて「う、うっさいなぁ」と返した。
黒猫はじっと瞳を見詰めてる。目を合わせて、大丈夫だよ、と言いながら抱きかかえられたままの黒猫に、そっと手を伸ばした。ビクッと身を震わせる。そこで、思わず手を引いてしまう。逃げられたらどうしよう、と。
大丈夫だから、とパルスィが背中を撫でてやると、黒猫の震えは納まった。まるで安心したかのように。
「あっ」
手の平が額にぶつかる。黒猫は、逃げなかった。
当てられた手の平に、額を擦りつける。
ざらざらとした小さな舌でぺろりと舐めた。
「ね?」
とパルスィは猫をこいしに押しつけた。
「わ、わわ」
慌てながら猫を抱きしめてやる。
そのまま、逃げずにこいしの腕の中に納まった。
暖かいなぁ、と思った。
直後、においを探り当てたように、こいしの懐に首を突っ込んだ。くすぐったそうに悲鳴を上げるこいしをよそに、干し魚を奪った。
◆
「地獄の猫ってさぁ、結構ひとの気配に敏感なのよ」
「ふぅん」
特にこいつは敏感ね。だって私に似てるし。目とか。とパルスィは付け加えた。
ごろごろと咽喉を鳴らして、すっかり懐いた黒猫(干し魚を咥えた)を抱きしめながら、こいしは相槌を打った。外は少し寒かったけれど、雪はもう降っていなかった。
さく、と踏み締めた雪が音を立てる。
欄干から橋の下を覗きながら、パルスィは言った。
「古明地妹の家の猫だって、気配に敏感だし、ものを考えるじゃない」
「うん……ってまた古明地妹って……まぁいいけど」
「だからそんなバリケード張ってちゃ、懐くものも懐かないわよ」
「だったらさ、どうしてこいつは懐いたの?」
「知らないわ。……貴方、心の中を見るのに興味でも出てきたんじゃないの? それか慣れちゃったか。その魚が原因だったか。どっちにしろ知らないわ。猫のことなんて。貴方の家にいるやつに聞いて見なさいよ」
もしくは切っ掛けが欲しくて、それが干し魚だったとか。だとすると、意地っ張りな猫だなぁ、とパルスィは思わず自分に重ねてみた。
それにしても心が柔らかくなった、なんて。
頑強な壁が薄くなって、だから、その黒猫だけは怖がらなかったんじゃないだろうか。
心の機微に敏感そうな、その猫は。
「あー……」
思い返すのは、ちょっと前に会った人間の姿。お姉ちゃんや力を持ったお空を倒してしまったそいつらは、強くて、面白くて、だからこそ、こいしは知りたいと思ったのだ。そのとき、少しだけ、第三の目が柔らかくなるのがわかった。
だから、たぶんその所為じゃないだろうか。よくわからないけど。
「心当たりはあるわ」
「でしょう」
「でも疑問なんだけど、あれから結構経つのに、どうして私は避けられ続けてたんだろう」
「さてね、全力で追っかけるのが駄目なんじゃないの? それかやましいこと考えてたとか」
「だから、考えてないよ!」
「へぇ」
「し、信用してないね!?」
「まぁいいけど」
うー、と頬を膨らませる。にゃあ。
猫の腹を撫でながら、こいしは白い息を吐いた。
パルスィは、はぁ、と手に息を吹きかけて擦り合わせる。
「あ、そだ、これ使う?」
「うん?」
猫を片手で支えて、スカートの少し膨らんだポケットに手を入れる。
取り出したのは、白地に黒で雪の結晶が刺繍されている手袋だった。それを、少し窮屈そうにしながらパルスィに向ける。
「……まぁ、くれるってんなら貰うけど」
いつもと同じように言いながら、その手袋を取った。
こんなとき、心が読めたらな、と小さく思った。どんなことを考えてるのか、知りたい。見てみたい。そんな気持ちになってくる。
きゅっと手にはめて、ほぅっと小さく息を吐いて、
「……ありがと」
と、小さな声でパルスィは言った。それはとても小さな声で、ともすれば聞き流してしまいそうになるくらいだった。マフラーに顔を埋めて、パルスィは息を吐いた。隅っこから白い息が漏れて、宙に広がった。
えへへ、と小さくこいしは微笑んだ。
「寒くない?」
「……まぁ」
俯いたままで答える。
息は変わらずに白いけれど、少しだけ暖かくなった気がする。
緑色の目をした黒猫が、にゃあ、と鳴いた。
[了]
パルこい良いよ!!後、ぬこも可愛いよ!!
寒い朝にほっこりしました
そうして『猫(ねこ)いし』の完成に繋がるんですねw
ぬこぬこぬくぬく
パルこいいいよ!あとやっぱりこいしちゃんは可愛い!!
こいしの反応、さとりの辛抱強さ、パルスィの嫉妬と慈愛(?)
短い文章の中に心境や動きなどがうまく使われていて読んでてすごく楽しかったです!
あと猫は正義
色々ムキになるこいしちゃん可愛い。
あとアニマル布団羨ましい。パルスィさんにもぬこにも嫉妬。