Coolier - 新生・東方創想話

碧の紅茶と紅い嘘

2010/12/08 23:23:31
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 博麗霊夢は午後からレミリアと博麗神社でお茶会をする予定だった。彼女はそれを心待ちにしていた。
 霊夢は楽しみで楽しみで胸が張り裂けそうだったので落ち着きがなかった。

「まだかなぁ……」
 
 博麗霊夢はそわそわしながら住居内の居間と台所を往復しながら、レミリアの訪れを待った。道中、意味も無く掃除をしたりした。
 レミリアは、自分ではとても買えないような高いお茶菓子と紅茶の葉を手土産に持ってきてくれる。
 それも楽しみの一つではあるが、それ以上に彼女にとってはレミリアと一緒に時間を過ごすということが嬉しいことであったのだ。
 どんな話をしようか……霊夢がそんな他愛のないことばかりを考えて、四十八回目の往復を終えたときにそれは訪れた。

 博麗霊夢は音を聞いた。何かが地面を噛む音だ。音の具合から霊夢は玄関の外からだと判断し、レミリアが来たかと思い彼女の足は踊るように玄関に向かった。
 しかしソコには誰もいなかった。否、博麗霊夢の通常の目線では目視出来なかっただけである。

 彼女は足元にそいつはいた。

 そいつは、人間の頭部だけで動き回っていた。西瓜一個分くらい大きさだった。
 脳髄がぎっしりとつまっているであろう頭蓋を振り子のように揺らし、前転して霊夢の足元に転がった。蜂蜜色の手入れの行き届いたウェーブかかった髪と、白いシルクの様な肌の誰もが羨む美貌をもつそれは間違いなく人間の頭部そのもであり、人形などとは比べものにならないくらい緻密で精巧だった。しかもそれは顔立ちからして女性のようでもありとても幼いか、霊夢は自分と同じぐらいの年頃だろうと予想した。
 さて足元に転がったそれを、霊夢は別段驚くわけでも悲鳴をあげるわけでも、ましてや受け入れるわけでもなく、そのもぞもぞと悍しく動いている生物と思わしきものを淡々と、見慣れたもののように見下した。そいつは「弾幕はパワーだぜ」と奇妙な鳴き声をしていた(霊夢はどこから発声しているのだろうとか、食べたものは何処にいくんだろうなどと少しだけ考えたが、それは一瞬のことだった)。霊夢はその頭部を注意深く観察し「霧雨魔理沙」だと直感(*1)した。
 霊夢は、霧雨魔理沙を抱き抱えようとした。意外と重く、少しだけ上げたところで手を離してしまった。地面と魔理沙の顔面が正面衝突した。鈍い音が響くが、魔理沙は笑顔を崩すことなく奇っ怪な発声をし続けた(実際には、若干痛そうに発音していた)。
 そんなちんちくりんな生物を意味もなく、木の枝で打擲していた時だ。
 レミリアとその従者十六夜咲夜がいつのまにか庭まで来ていた。いつもの様にレミリアはピンク色の可愛らしい分相応のドレスを着用していた。首に備え付けられたリボンは紅く、チョウチョ結びをされていた。日傘がレミリアの顔に薄く影を塗った。十六夜咲夜はいつものように作業服を着ていた(作業服というと十六夜咲夜は何故か稲妻の如きテンションで、これはメイド服であると力説するのでとても厄介である)。レミリアが霊夢をみるなり開口一番、

 「日傘なんて差さなくても外に出たいわね」

 などとぼやいた。
 その刹那博麗霊夢は見た。彼女の足元から蝶の鱗粉にも似た粒子が浮遊するのをだ。
 太陽の光を受けて、碧色に光り輝いているようにも見える。粉白粉を誤って地面に落して台無しにしたように、ふわりふわりと舞い上がるソレは、奇しくもレミリアの美貌と相まって妖精が現界したかと霊夢は錯覚した。同時にレミリアの足元が消えているかのような、そんな不確かな感覚もあった。博麗霊夢は最初は疲れているのかと目を擦って、もう一度注意深く見るが、確かにレミリアの足元、もっと言えば踝の当たりまでがきれいサッパリ消え失せていた。
 レミリアはそれに気付いてはいないようだった。そもそも目線の位置が変わってないのでだるま落としの様にはなっていなかったのだから、レミリアが気付くわけもなかった。博麗霊夢はびっくりして、彼女に足元の注意を促した。レミリアは言われるがままに自分の足元を見て驚愕した。理解すると同時に疑問など湧き出づる隙もなく泣き喚いて、駄々っ子が玩具を強請るように暴れ始めた。かつて自分の一部であったと思われる粉を掻き集めようと、我武者羅に手を開いたり閉じたりしている。腕を動かす度に砂金の様に煌く粒は、意気揚々と風景を彩る作業に没頭し、レミリアのたなごころをも擦り抜けるばかりであった。その間も、流れ落ちる涙の軌跡は唯唯一欠片の容赦もなく垂直に、あるいは曲線に、重力に従いながら地表に舞い降り地面を湿らせた(霊夢は、『舞い落ちる』というのは人間の思い上がりであり、正しくは『舞い降りた』が適切であると考えていた)。その様子を見て博麗霊夢は自分も手伝おうとしたが、何を手伝ったらいいのか分からないので諦めた。彼女は、何故かレミリアの狂騒をダンスやバレエと同じような種類ではなかろうかと考え始め、もしそうだとしたらここで観客である私が騒ぎ立てるのはマナー違反であると、自己の常識が告げるがままに観劇を決め込んだのだ。みるみるうちに足元から下腹部までが風景と混ざり、半透明にはならずさらりさらりと彼女を蝕み侵していく。彼女の奏でる濁った悲鳴と金切り声と独特の動きは特定の舞台芸術のようでもあった。比喩するならばシェイクスピアの真夏の夜の夢。その劇に出ていた妖精のようでもあるな、と霊夢はその昔に父と共に見た演劇を思い出していた。次第に幼く穢れをしらない唇も消え、声も出せなくなってしまったようだ。現在、彼女の瞳からアルカリ成分を含む雫が流れ続ける。顔の上部だけ浮いているという珍妙な姿は珍しいなァと霊夢はツチノコを発見したかのような足取りで、家からカメラを持って写真を撮ろうとして、実際に手にして戻ってきたときにはもうレミリアは影も形もなかった。霊夢は、とてもがっかりした。

 それを十六夜咲夜も傍観していた。否、実際のところ彼女も博麗霊夢と示す行動理念こそ違えども、行為そのものは同一であったのだ。しかし、今までレミリアという少女に心の拠り所を求めていた彼女はガラス球のような虚ろな瞳で唯唯静観するしかなかったのだ。そして今も彼女は視聴している。より一層無機質な目をして、曾て彼女が居た場所を見つめ続けるしか無い。しかしながら、今ではそこには空気やら塵芥以外は存在していなかった。もしかしたらレミリアの残り滓でも眺めていかも知れないが、それは霊夢には関係の無いことだった。そして佇む作業服の傍観者は口を開いた。
 「わたしはだぁれ」
 聞き取れるぐらいの小さな声で、短く霊夢に告げた。ぎくしゃくと、いつぞやの性悪人形を思わせる緩慢かつ優雅な動作で霊夢の肩に手をのせた。その手は冷たくまるで氷のようだと流石の霊夢も背筋を凍らせた。
 「わたしはだぁれ」
 壊れたレコードもしくは放送事故の様に同じ言葉を幾度も繰り返す彼女に、若干の恐怖にもにた畏怖を覚え霊夢は上擦った声色で、あなたは十六夜咲夜でしょう、と答えてあげた。
 すると彼女は首をから上を一回転させ髪を顔に張り付かせたかと思うと、甲高いぴいぴいという機械音がけたたましく鳴り響いた。霊夢は耳を塞ぎ耐えていた。そして咲夜が口を開いたのを確認して耳から手を外した。十六夜咲夜は感情のまったくない声で、『初期認証システムヲ開始シマス。I AM NAMELESS/And you/Not=Nameless Izayoi Sakuya/確認シマシタ。後ニ此ノ世界トノ適合ヲ果タシマス。My history would be far too long,were I to speak which IzayoiSakuya after she come the Gensokyo/私ノ幻想郷ニ住ミ着イテカラノ歴史ヲ確認シマスカ? Yes/No』という問いかけをされた。
 なるほど、十六夜咲夜は機械だったのか、と博麗霊夢は合点がいった。博麗霊夢の彼女を見る目が、人間から玩具へどフェードインしていく。
 さてどちらかを選べというのはお得意の直感により霊夢は理解することが出来たが、彼女は咲夜の喋っている言葉がギリシア語だと思ったので、とりあえず、結構よ、とどっちつかずな答えをしておいた。
 『Sure.My master Hakurei Remu』
 しばらくの動作音のあと、耳障りの駆動音と何かを擦り合わせる音が鳴り続けた。終わると同時に十六夜咲夜は元に戻った。そして博麗霊夢のことをお嬢様と呼ぶようになった。霊夢は不思議と慣れ親しんだ自分の新しい呼び方を満更でもないと感じてしまった自分を恥と感じ嗜虐的に咲夜の頬を叩いた。殴った感触は確かに人のそれだった。しかし十六夜咲夜は反撃はおろか反論も反抗もしなく、申し訳ありませんでした、と巫山戯るばかりだった。微笑む咲夜はとても怖かった。
 そんな恐怖とは裏腹に、その浅はかな姿は霊夢に雛鳥を思い起こさせた。確か生まれたばかりの雛鳥は最初にみたものを親だと思い込むという致命的な欠陥があると以前本で読んだことがある、と。それならば、私を主と認識していてもおかしくはないと霊夢は無理矢理強引に納得することにした。それを理解しても尚、十六夜咲夜は金魚の糞の様につきまとうのでとても鬱陶しかった。甲斐甲斐しく、まるで以前からずっとそうだったように霊夢に世話をやきたがる彼女は、とても脆弱で誰かに頼らないと生きていけないコバンザメのようでもある。そんな脆い心をもつ十六夜咲夜を霊夢は嫌いになった。
 十六夜咲夜は博麗霊夢をよすがとしてこれから世話をしていくのだろう。霊夢にとっては正直気の滅入る話である(主に食費面でだが、玩具ならごはんはあげあくてもいいだろうと霊夢は考え直した)。レミリアもいなくなってしまったので途方に暮れていると、脛を柔らかい紐を束ねたものを擦りつけるかのような感触を霊夢は味わった。見ればそれは髪の毛である。したり顔で魔理沙がニヤニヤとしていた。実に腹立たしい笑みだと霊夢は素直に思いその気持ちを口にした。
 しかし気になることがあったので博麗霊夢は生首の少女に、貴女が原因かと尋ねた。すると、常例の気色の悪い「弾幕はパワーだぜ」という鳴き声で答えてくれた。心なしか肯定しているようでもある。
 すごいわね、と博麗霊夢は彼女は褒め讃えた。そして彼女は霧雨魔理沙はどこまでの能力があるのかを極めて自発的かつ自然的に試してみたくなった。そこで悪魔的に霊夢は魂魄妖夢が以前から人手がほしいと愚痴を吐いていたことを思い出した。霊夢は頭よりも先に体が動く方なので、すぐに神社の石段を駆け降りようとしていたところに、十六夜咲夜の静止する声が聞こえたので、いやいや足を止め振り返った。彼女は心配するような素振りで、どこへ行くのですか、と尋ねた。特別答えるギリもなかったので「ちょっと」とだけ告げて、彼女は小走りに自分の神社を後にした。十六夜咲夜はついてこなかった。
 博麗霊夢の知るところではないのだが、十六夜咲夜は見送り際に「Not a ray of the blessed light of heaven could be suffered to visit the poorgirl」と小さく呟いた。

 魂魄妖夢は「忙しいから後にしてください」と取り合ってもらえなかった。
 そして魂魄妖夢は黒に飲み込まれた。そこは何も無い闇の淵で、かつ真っ白な世界。漆黒と虹色のうたかたが支配し跋扈する無邪気で無慈悲な、酸素や窒素すらも存在し得ない忙しさとは無縁の虚空に唯一人、冬に漂う枯葉の如く妖夢はふわりふわりと漂っていた。妖夢は最初窒息するのかと思って息を止めていたが何故か呼吸をしなくても生きてはいけるようだったので安心した。彼女は自分と世界との境界線が曖昧になっていくのを肌で感じながら、ひたすら漂った。漂っているのか留まっているのかすらも曖昧ではあったが。何をするでもなく、自分はなぜ此処にいるのだろうと思考の海に溺れていたのも最初だけだった。妖夢は遠くに何かが見えた気がしたがそれは気のせいだったと思い直した。夢寐か現か分からなくなった。そもそも寝ているのか起きているのかさえも定かではないのだ。その内に指先の感覚がなくなっていった。剣の柄を掴んでいた手はどこかへと逃げていってしまった。もう剣術のお稽古が出来ないな、と思うと妖夢はちょっぴり残念だったと同時に剣術ってなんだっけとも思った。だがもはや何をする意味も無い。行動する理由が見当たらず、行動した結果は見つからないところなのだ。ある意味に完璧かつ完全に自己完結している世界なのでそこには何者も手を加える必要はないのだ。本を読もうにも、書物が見当たらないし項を捲る指もない。独り言を綴ろうともペンも紙もない。どうでもいいやと自堕落に考えるようになり、幻聴など在りはせず、ましてや幻覚など踏み入る余地もない。深海に住む怪魚は一条の光も差さないため目が劣化するというが、妖夢がまさにそれだった。耳は爛れ、眼は乾きヒビ割れ、白髪の髪は抜け落ちる。もちろん妖夢がどうなったのかなど霊夢のしるところではない。
 霊夢は白玉楼の門の下で、妖夢にお使いに頼みにきた女性とも出会った。彼女は西行寺幽々子だった。

 西行寺幽々子は「お腹いっぱい食べたい~」と願った。
 そして西行寺幽々子は一度だけ大きく仰け反り、コマのように右足を軸に、くるくるとゆっくり回った。そして嘔吐した。汚い液体の落下音が白玉楼に木霊する。吐瀉物の中には今朝幽々子が食べたと思われる煮魚やらが白米やらが美しい庭にぶち撒けられた。それらすべてがドロドロの、熟れた苺のような半液状だった。幽々子は見栄や体裁には構うこと無く、吐瀉したものを素手で広い喰らった。彼女の指先が粘液と絡み合い、卑猥な音を創り出した。霊夢はそのぴちゃぴちゃと鳴る音が不愉快だった。聞いているだけで腸が煮えくり返りそうだった。思わず魔理沙の髪の毛を三つ編みにしてしまったほどだ。後に彼女は失禁やら排泄やらを繰り返し、しかしそれらを余す事無く食べつくした。かつては美人の部類に入るほどの整った彼女の顔は、地面にこびり付いたドロやらと一緒に食べたおかげで、もはや下賤な犬のようになっていた。それからはひたすら食べて吐いてを餓鬼の巡りのように繰り返しだ。吐くものに次第に血が混じるようになり、喀血に近い状態になっていたのを霊夢は横目で見ながら、憐れむふりをし楽しんだ。最終的には胃をはじめとする臓物をすべてぶちまけたが、固形物である内蔵も西行寺幽々子の捕食対象であったことはいうまでもない。五臓六腑では物足りないのか、幽々子は足の指から齧り始めていた。幽々子の肉や骨が、彼女自身によって咀嚼されていく様は餓鬼そのものだ。時折、勢い余って手も噛み砕いてしまうようなこともあったが、それは些細な問題だと霊夢は達観していた。次第に食べる部分が少なくなっていき、達磨の様になってしまった。首が届く範囲はすでに食べつくして残骸しか残っていない。彼女は水面に出て呼吸をする魚のように喘ぎ、もそりもそりと蠕動しながらうつ伏せになり、土塊をおいしそうに食べ始めた。砂利を透き通るように白く綺麗な歯で噛み砕いている。気色悪いと、霊夢は心底思い、これ以上は面白いものは見れないだろうと決めつけ、白玉楼を後にした(彼女唯一の疑問は、幽々子がこのまま地面を食べ続けたら、一体どうなるんだろうといった瑣末な事だった)

 藤原妹紅は煙草を燻らせながらシニカルに笑い、「願い事? だったら私を殺してくれよ」と私たちに短く告げた。
 直後、妹紅の肺を死が満たした。血潮に死が流れ彼女の体全身に循環され、妹紅は蚯蚓みたいに震え始めた。地上でバレルロールをするという奇妙な曲芸をしたかと思えば、頭から地面にめり込んだりと大忙しだ。地面から頭を引っこ抜いた妹紅の顔には赤い肉が剥き出しの生々しいスカリフィケーションが装飾されていた。霊夢は最初それは絵かと思ったが、よくよく見ればそれは漢字の『紅』という文字だった。妹紅が顔を掻き毟る度に、肉と皮膚の段差に爪がひっかかり、どんどん顔の筋肉が顕になっていった。それは人体模型の顔の様に変態していくのので、実に興味深いと霊夢は感じた。次に妹紅の皮膚がぶくぶくと膨れ上がった。どうやら血が沸騰しているようだった。顔を掻くのを後回しにして妹紅は己の皮膚の下で蠢く血管を一生懸命真剣に掌で抑えようとした。しかし堪えきれずに赤色に似たどす黒い本当に黒い死の塊が、彼女の手と皮膚の隙間から沸き出た。圧迫していたせいか、噴水のごとく勢いがあり、それは十五センチほど吹き出した。霊夢は夏にホースの口を指で押さえて勢い良く飛ばしたなぁと昔を懐かしんだりもした(相手は誰だったか、霊夢は覚えていなかった。もしかしたら一人だったのかも知れない)。狂った笛の音にもにた水と空気が擦れかき鳴らす音色が周囲に木霊する。叫び声がコーラスの役割を果たし、その音楽を聞いた博麗霊夢は昔聞いたことがあるバッハの『無伴奏チェロ組曲第一番ト長調』という曲を思い出した。誰が演奏したかまでは彼女は覚えていなかったが、その時聞いた音はたしかに今現在ここで聞いている音の集合体であった。ケロイドの如き皮膚は彈け、紫色に鬱血した箇所から壊死していく。そして、妹紅のどうらんの白を塗りたくったような肌理細やかな肌は、灰色になり全身に黒い斑点が浮き出た。それは顔も例外ではなく、最初のスカリフィケーションは見えなくなっていた。そもそも、彼女の体はどこからが顔でどこからが体なのかが分からなくなっていた。それはともかくとして、刹那の瞬く間に彼女は身罷った。身罷るのが少女なのか少女自体が身罷るのかそれは定かではないが、それは実に愚問であると博麗霊夢は判断した。唯一無二の唯物存在が、唯一無二の唯心存在に変わっただけなのだから当然であるといえば当然である。痙攣するかつて藤原妹紅と呼ばれた肉塊をよそに彼女は己の知的好奇心と自ら名付けた胸の高鳴りを満足させるために踵を返すことにした。それはレミリアを待っていた時の比ではなかった。

 八雲紫は何も堪えなかった。霊夢は紫とジャンケンをした。
 彼女はパーをだし、霊夢はチョキを出した。
 結果、紫は勝負に負け、膣を鋭利なハサミで縦に割かれ、ピンク色のでろりと切り裂かれた皮膚が妖艶な花弁の様に象るようになってしまった。比喩するならば薄紅色の牡丹の花である。彼女の悲鳴か嬌声か分からない声色は、霊夢を酷く興奮させる。そんな中、甘美な蜜に吸い寄せられるように肥えた兵隊蟻は子宮に群がった。蠱惑の花は瞬く間に蠢く黒に侵され犯された。うじゃりうじゃりと統率の取れない動きで一心不乱に獲物を貪る彼らは、兵隊というよりは盗賊や海賊と称した方が相応しいかもしれない、と霊夢は考えつつも、そんなことは今考えるべきではないなぁと思い、思考を止め、後に何も触れなかった。食い荒らされる様子を見ながら霊夢は一粲しつつ、類まれなる彼女の容姿を視姦した。紫の脅しや否定の声は視姦者の性的興奮を満たすための音色でしか無いのだから。同時に慄く声はとても可愛らしいと心底思った。
 次は双眼が在ることすら構わずに眼姦された。隻眼だったのは一瞬で、霊夢が瞬いたと同時に盲目となった。眼球が食い破られ、白濁やら半透明やらの粘り気のある漿液がどろりと溢れた。頭蓋を噛み砕かれ、灰色の脳細胞を脳姦された。霊夢を脳に触れてみたが、思いの外硬く(彼女の予想ではプリンと同じぐらいかと思っていたが、実際それはナタデココぐらいの弾力があった)ぬるぬるとしていて、蛙の表面を触っているようだった。紫だか液体だかの境が分からなくなるころにはすでに夕方だった。オレンジ色の夕日が霊夢と魔理沙と亡骸を悠々と照らす。それは自然のスポットライトと云う他ない。
 だけど、それは、とても、とても、とっても美しい、美しいという言葉ですら陳腐で下賤でであると博麗霊夢は感動して涙すら流した。霊夢は内蔵を食い破られるその姿を余すこと無く堪能し終えた。曾ては十二指腸と名付けられた細長い管のような触手も今では四指腸ぐらいの長さしか無かった(それでも十分な長さではあるが)。
 ネクロフィリアでも無いのに紫の死体に群がる虫達は野蛮だ。横溢な欲望のはけ口の所紫へ、我先にと一目散へ駆け寄る姿は下劣極まりない。それと紫は一線を画しているのだ、と霊夢は決めつけた。彼女を屍櫃に入れるのは彼女の凄惨かつ艶やかな死への冒涜だと憤る霊夢は、今すぐにでもガラスケースに入れてそのまま保存しておきたいと考えただが、それは些か無理があると考え直し、結論は放置ということだった。

 「ほら、次いくよ。魔理沙」
 「だぜ~……」

 魔理沙は名残惜しそうに紫を見やるが、霊夢に抱き抱えられ仕方なく視線を外した。

 上白沢慧音は告げた。「もっと教え子と理解を図りたい」と。
 すると教え子の一人は上白沢の目となった。子供の体がみるみる内に縮み球体へと変化した。彼女の見ているものを即座に理解できるようにとの配慮をしたために、眼球の一部となり未来永劫同じものを感覚としてのみで共有できるようになった。白と黒の螺旋を描いていた双眼は焦茶色と藤色のグラデーションを模した、ある種の貝殻もしくはとれたばかりの鉱物のように捩じ込まれた。それは宿るなどという生易しい表現では齟齬が発生してしまうほどの、漠然とした芸術性を帯びた容姿となった。人間としての機能を留めたまま埋め込まれたので、ソレは今も美術館に展示されている気狂いを気取る道化の、タナトスを想像した創造とはまた別の意味を持つ。作品とは雲泥の差である。が、似ているのも確かであり、そこに真贋の差はどこにあるのだろうかと博麗霊夢は考察の波にしばし漂う。しかし途端に興が冷め、美しいと感じる自分は至極異端の存在のような気がしたので、即座に先程の思いを振り払った。極めて普通である自分が異教徒だとはとても許容できるものではなかったのだ。そんな彼女をよそに、またある人は慧音の耳殻となった。それもまた酷く醜く、劣悪でありながらも何処かしらの不可侵性な神秘を孕むそれは、色艶といい宛ら歩く古樹であると霊夢は評した。残念なことに妄念にまたしても霊夢はとりつかれてしまった。そうこうしているうちに上白沢慧音と呼ばれた一人の人間は瞬く間に個としての性質を失い、有象無象の群という存在へと成り下がってしまった。博麗霊夢は、もはや肉塊と成り果てた彼女に賛美と憐憫を込めて、慇懃にお辞儀をした。


 暗夜の帰り道。
 ホクホク顔で博麗霊夢が生首魔理沙を抱え、夜道を歩いていたときのことだ。
 唐突に、霊夢が空を見ると滅びの星星に混じって小さな可愛らしい天使が舞い降りるのを見た。それは着地すると同時に、地面に吸い込まれるように消失する。
 「きれいな雪ね」
 霊夢は誰に伝えるでもなく呟いたつもりだったが、霧雨魔理沙がその声を聞いた。
 霧雨魔理沙はぐるんと触覚の様な髪の毛を器用に動かし、雪への感想ではなく、博麗霊夢の願いは何かと問いかけた。
 そして博麗霊夢は答えた。

 「んー特に無いなぁ」

 霊夢は短く答えた。
 彼女が願ったものはたった一つだったりするのだ。
 斯くして、彼女の願望は叶ったのであった。


 *注釈1*
 彼女の直感=幸運というものは現在過去未来のアカシックレコードに接続し、あらゆる事象の歴史経験を鑑みると同時に、未来の己の尤も利益になるであろう前途、例えばそれが一縷の如き可能性だったとしても確実に的確に掴みとることが出来るのである。それは即ち宇宙の無限遠方を基準とするという桁外れな凡人には及びもしない常識外の力である。もはや彼女がその中心に立ちヨグ=ソトースと共に悦楽の羊水酒を飲みながら、犯セ犯セと捲くし立てる甘ったるい女性の声にも耳を傾けながら愉悦に唇を歪めるのが博麗霊夢の本来あるべき姿であると考えることが出来る。気の向いたときには呼びかけに応じ、一片の情無く、自らの心すらもなく容赦なく断罪していく彼女こそが我々の信仰するべきただひとり唯物唯心の垣根を超えた、ただひとつの無謬の理なのである。それは即ち刻の歩みを嘲り笑っているということと同義であり、狂いない傍観者としては他の追随を許すことなど決して無いと言い切れるのである。奇妙奇天烈奇々怪々な森羅万象をも捩じ伏せることが出来るのであるからにして、神の使いである使途宛ら天使が神になってしまったなどと、喜劇でしかないのだからそれを無自覚にしているのは幸か不幸かは誰にも分からないと先に記しておく。裏付けるが如く、博麗霊夢は慇懃無礼傍若無人に振る舞いにより周囲を混沌に巻き込むのであり、自己中心的な欲望を持つ彼女の閉じた箱庭は幽境の地など無きに等しい。畢竟、幻想郷というのは宇宙深淵に潜む、すべての欲望を叶える地獄の様な場所である。そこでタクトを揮う彼女は決して物語に深入りはせず、あくまでも指揮者なのである。喜劇でも悲劇でも彼女には関係がなく、狂騒も閑静も彼女には同一であるのだ。したがって幻想郷に舞い堕ちた彼女こそが神であり続けることを翹望して止まない。
 *終わり*
霊夢「弾幕だけを避ける機械かよ!」

ここまで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたらよろしくお願いします。
きゃんでぃ
http://
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コメント



0.260簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
文体はネタと同様にクトゥルフを意識したりしたんでしょうか。
一見明らかにくどいのに、するする読めて意味わかりませんでした。すごいです。
しかし、最後のオチは分かりづらい。霊夢が消えて失くなったようにも取れます、いや多分捕捉まで読んだら霊夢は何も望まない指揮者ゆえに何も起こらず
幻想郷の全住民の願いをこれからもレイマリコンビで叶え続けるという感じだとは思うんですが、読解力に自信が無いので分かりません。ちょい頭が足りないのですよね僕は
まあ纏めると、文章と展開構成だけでも充分良いもの読みました。
学のない感想にて失礼
7.80名前が無い程度の能力削除
うっかり最後まで読んでしまった。
読まされてしまった。
8.100砂時計削除
世にも奇妙な物語みたいな感じでいいですねー
12.10名前が無い程度の能力削除
素晴らしすぎる
これは百点入れざるを得ない
13.70玖爾削除
タイトルさぎどころじゃないですようそつきー!
素直に最後まで読まされたのがなんか悔しい。
自分、こういうのは嫌いなはずなんだけどなあ。