Coolier - 新生・東方創想話

幼いレミリアと主様

2010/12/05 15:25:32
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どたどたと大慌てで走る音が廊下に響く。
廊下にある突き出た窓からは半分に欠けた月が見える。
静かな夜だった。この時代にはなかなか珍しい建物はレンガつくりの壁や天井で、床も同様だがその上には赤い絨毯が敷いてある。
そんな中を荒い息と共に一人の男が走り回る。すると目的の人物を見つけたのか、すこしだけ足を速めた。男が筋骨隆々な男に話しかける。

「駄目だ。こっちにはいない」
「っ、よく見たんだろうなあ?」
「もちろんだ。でもいないよ。どうする?」
「どうするもこうするもねえだろうが! お前はあっちを探せ、俺はこっちに行く」
「分かった」
話しかけた男は指示されるがままに別のところへ走っていく。
それを見送った男は忌々しそうに手近にあった花瓶を蹴飛ばした。派手な音と共に砕け散り、中にあった水が絨毯を濡らす。

「ちっ、使えねえ奴らばかりだぜ。くそ、絶対に探し出してやる!」
筋骨隆々な男も走り出す。

「待ってろよ! 逃がしゃしねえからな!」
空気を震わすような雄たけびと共に…






一方、ここはとある部屋。
レンガで敷き詰められた部屋は時間も相まってなかなかの重厚感を漂わせていた。
辺りは明かりもなく暗い。そんな中をひょこひょこと動く二つのシルエットがあった。

「よし。ここには誰もいないようね」
一つのシルエットが窓から頭を出す。
月明かりで照らされたそれはまだあどけなさが残る少女であった。美をつけてもおかしくない少女の顔は端正な顔つきである。口元には小さいながらも八重歯のようなものが飛び出ていた。
年は10歳頃だろうか、薄いブルーの髪を靡かせながら彼女は外の確認を終えると一旦中に戻った。

「ほら、今なら大丈夫よ。行きましょ」
「う、うん…」
少女がもう一つのシルエットを引き寄せる。窓に近づくと正体があらわになる。どうやら、こちらもまた少女であった。しかし、先ほどの少女に比べて若干背丈が低い。
顔が似ているところを見ると彼女たちは姉妹らしい。

二人が窓から頭だけ出す。金色に彩られた髪がふわりと揺れ、もう一人の少女は驚くような顔をする。

「え、ここ高いよ」
「当たり前よ、三階なんだから高いに決まってるじゃない」
「無理だよ~。出られない」
金髪の少女はしゃがみこみぶんぶんと頭を横に振る。
青髪の少女はため息をついて、無理矢理少女を立たせた。

「無理じゃないよ。私達にはこれがあるんだから」
「あ、そっか。でも、私、まだ上手く出来ない」
「仕方ないわね。私が支えるから一緒に行きましょう」
「一緒に……うん、一緒にいく」
金髪の少女は青髪の少女の説得に喜びながら彼女の腕に抱きつく。
二人は窓のさんに足を乗せた。

「じゃ、行くよ」
「う、うん。それ!」
二人は勢いよく外に飛び出す。万有引力の法則に従うように徐々に降下を始める少女たち。
下には無数に生える木々。そこへダイブするかと思いきや、少女たちは木々に触れることなく『上昇』を始めた。

「上手くいったわね。このまま、誰にも見つからないところに行くわよ」
「うん、分かった」
金髪の少女は後ろを振り返る。
そこには自分たちが生まれてから今まで過ごしていた我が家―レンガ造りの城が建っている。至る所から火の手が上がり、幼いながらも少女はここには二度と戻れないことに気づいた。

少女たちは夜空を翔ける。逃げるために翔ける。
必死に逃げる少女達の背中にはコウモリを模した翼と宝石のような輝きを放つ翼がパタパタと揺れていた。






幼いレミリアと主様










少女たちが飛び去って数ヵ月のある日。
とある国の都市。中央通りを中心に区画整備がされたこの都市は規則正しい建物が並び、洗練さを表している。歩く人々もどこか気品が漂っていた。
そんなところとは裏腹の場所もこんな都市にもある。
めちゃくちゃに押し込まれたように詰められた建物の集合場。それがこのダウンタウンである。
ここでは同じ町なのに、法律が通じない。力あるものだけが横行することが出来る場所であった。

汚泥や生活臭やなにやら体に悪そうな空気が充満する。鼻に悪そうな区画。
そんな汚れの集合体のある一角に見るからにみすぼらしい小さなレンガ屋敷があった。

「ほら、準備できた? 先行くよ」
「待って、私も一緒に行く」
お城から逃げ出した少女たちであった。
青い髪の少女はレミリア、金髪の少女はフランドール。
年は見たとおりの年齢で姉のレミリアはまだ十二歳でフランドールは七歳。
幼い彼女たちにはここはあまりにも危険な場所であった。何故彼女たちがここに住んでいるのか?

それは、彼女たちが襲われたことに原因がある。
先に言っておくが彼女たちは顔の見かけこそは人間なのだが、そうではない。彼女たちは吸血鬼である。
人の生き血を吸い、それを糧にして生きる種族なのだが、最近では人間が力を付け始めた。力を持った人間は人ならざるものを討伐する。レミリアたちもその被害であった。
城を襲った人間たちは当主、即ちレミリアの父を討伐し、城の従者たちも同様にしていった。レミリアたちは唯一の生き残りであった。
人間ではないので彼女たちは表には出にくい。人間の目があるし、何より日の光が辛かった。故にここに住むしかなかった。

時刻は夕刻過ぎ。
彼女たちの行動時間であった。

「じゃ、行こうか」
「うん。がんばろう」
「「お~」」
気合の入った二人の、キーの高い少女特有のソプラノボイスがダウンタウンに響く。
ローブを纏い、翼は見えないようにすっぽり隠す。人に見つかると逃げられる。逃げられては今日の成果がなくなるからだ。
夜が徐々に顔を覗き始める。
吸血鬼の時間が始まろうとしていた。


















「マッチいかがですか~?」
レミリアは行きかう人にマッチを見せては声を出していた。
冬になり気温が低いこの頃はマッチが売れるのではと思ったレミリアの路銀稼ぎであった。
行きかう人に近づいては健気に声をかける少女に、誰が少女を吸血鬼だと思うだろうか。

何故レミリアがこんな事をやっているのか。
お金がないからだ。
レミリアたちが逃げる際、持って来た私物といえば衣類と少しのお小遣い。
お小遣いはとうの前になくなり、二人は生きていくためにもお金が必要であった。
家は焼き払われても、元は高潔な貴族吸血鬼。盗みは恥だというのが幼いながらも分かっていた。
そこで始めたのがこのような労働であった。
季節ごとにレミリアは何を売るか考え、二人でそれを売りに行く。
それが今日まで続いているのであった。

レミリアたちは吸血鬼である。故に働かなくても人間を襲って糧を得ることが出来る。
しかし、それをしようとはしなかった。その理由は後で述べるとしよう。

「はぁ~……全く売れない」
レミリアは俯き、持っていたかごに目をやる。
売れない大量のマッチと少しの金銭。このままだと、明日はご飯抜きになるかもしれない。

「フランだって違うところで頑張ってるはずなんだから、頑張らなくっちゃ」
レミリアは気合を入れ直し、威勢良く声を上げていた。

「マッチいかがですか~?」








結局、頑張り空しくレミリアの成果は今ひとつに終わった。
がっかりしながら路地の隅っこにしゃがみこんでいた。
空を見上げる。黒い帳が張り巡らされている。本来自分たちの時間なのに今は自由に動けない。そのことに空しさを感じレミリアは悔しくなった。
行きかう人は少女が俯いていても知ってか知らずか、歩みを止めるものはいなかった。

レミリアは悲しくなった。
人間たちのせいで場所を追われたのに誰も手を差し伸べてくれない。
そんなことを思ったのは今日に始まったことではなかった。

ある日、レミリアは人間を襲うことを決意した。
彼女は生まれて一度も人間を襲ったことがなかったので、初めての試みだった。
通りに出て獲物を物色する。
すると、本能的に美味そうな子供が彼女の前を横切って行った。
慎重に近づき、後ろから襲った。しかし、勘が鋭かったのか子供は後ろを振り返りレミリアと目が合った。
その途端であった。
レミリアは石のようにぴたりと足が固まったのだ。見つかったから止まったのではない。
相手は子供なのだ。力づくでも分があった。けれど動けなかった。

レミリアが動けなかった理由。
それは人間への恐怖心である。家を襲撃されたあの日、レミリアは人間たちの『狂行』を見ていた。それが心の中に知らず知らずに巣くっていたのだ。

その日以来、レミリアは人間を襲おうとはしなかった。
このためにレミリアは労働に出なくてはいけなかったのだ。

すんすんとしばらく泣いているとレミリアの前に止まる影があった。

「お姉さま?」
「……フラン?」
顔を上げると違うところでマッチ売りをしていたはずの妹が立っていた。
顔をローブで拭き、涙の跡を消してからレミリアは話しかけた。

「どうしたの? もしかして全部売れたの?」
「ううん、違うの。お姉さまに会ってもらいたい人がいて来ちゃったの」
「会ってもらいたい人?」
レミリアはフランドールの後ろに控えていた人の方に目を向けた。
それは初老の男性であった。シルクハットを頭に乗せ、コートを羽織り、いかにも気のいいおじいさんという感じの人であった。

「誰ですか?」
「ああ、はじめまして。私、近くで孤児院を経営していまして…貴方の妹さん、フランドールさんが健気に路地でマッチ売りをしていました。それが痛く不憫に思えて是非、私のところに来てはと伺ったのです」
「でね、私だけじゃなくてお姉さまもいるって言ったら、この人お姉さまも良いよって言ったよ」
「ええ、そうなんです」
ニコニコしながら愛想良く話しかける初老の男性。喜ぶフランドールの笑顔も相まって、レミリアはこの提案に嬉しさがこみ上げてきた。
やっと、この地獄のような生活から開放される。
彼女は二つ返事で応えようとした。
すると、急に頭が痛み出した。長時間外にいたから寒さに当たったのかと思い、体をぎゅっとする。
その時、彼女は『この男について行ってはいけない』という気がした。
素晴らしい提案なのにそういう気がした。根拠はない。
けれども、レミリアは迷いながらもその気を選ぶことにした。

「ごめんなさい。折角ですけど、その提案を断らせてもらいます」
「ええ~!?」
フランドールは驚いた表情で姉を見ていた。
男の方も驚くのかと思いきや、意外と冷静であった。

「……ふむ。そうですか。それは残念です。ではこの話はなかったことで」
男のさばさばとした発言に、レミリアはこくりと頷く。
そして男はその場を後にした。

「何で? いい話だったのに」
「ゴメンね、フラン。なんとなくなんだけどあの人にはついて行ってはいけない気がしたの」
「それっていつもの『勘』?」
「うん……」
レミリアが頷いたのを見てフランドールは納得した。

「そっか。お姉さまの勘なら仕方ないよね。だってお姉さまの勘、結構当たるもんね。だからいいよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
レミリアははにかみながら微笑む。フランドールは姉の顔を見て喜び、抱きついた。
二人はまた、マッチ売りを始めた。
元気が出た二人は一生懸命に声をかける。
けれども、思ったほど成果に結びつかなかった。






やがて、街に雪が舞い降りた。
白くて冷たい雪が舞い降りた。










ついにこの町にも冬の象徴がやってきた。
めっきり冷え込んでいたこともあり、そろそろだとは思っていた。
レミリアは家に戻ることを妹に告げる。フランドールも帰りたそうな顔をしているがまだいたいという気持ちも垣間見えた。マッチが売れていないからだ。

「仕方ないわ。こんな天気だもの」
レミリアは残念そうな気持ちを言葉に出す。
フランドールも渋々納得した。
お互いの売り上げは芳しくない。それを含めて納得してくれた。

家への帰途。
レミリアは捨てられていた傘を拾う。
幸い穴が開いていなかったので機能としては問題なかったが、一つしかなかったのでレミリアはフランドールを背負うことにした。

「ありがとう、お姉さま」
嬉しそうな声で感謝を告げる妹に姉はこくりと頷く。
片手一本で傘を差し、もう一方で妹を支えるレミリア。なかなかのきつさにため息をつく。

少し上を見上げてみた。
人間の大人たちがぞろぞろと歩いている。中には子供と手をつなぐ親子連れもいる。
皆温かそうに写った。コートや手袋、マフラーもそうだが何より心が温かそうだった。
レミリアには満たされているからだと感じた。心に余裕が湧きそれが温かみに繋がっているのだろうと繋げた。

レミリアにはフランドールがいる。
お互い非人間でみすぼらしいが心は温かい。姉妹だからだ。
けれど物理的な温かさは満たされなかった。
ふとそこでレミリアはフランドールに傘を持たせ、自分のバッグを漁った。
取り出したのは商品のマッチである。

「お姉さま?」
「売れなかったんだから、私達がどう使おうと勝手だよね」
そう言って一本に火を灯す。
小さい炎。
じんわりとしかしない温かみだった。

「温かいね」
「ええ、そうね」
手にしか温かみは感じない。
もっと強い火が欲しかった。

「もっと点けようか、フラン」
「うん!」
フランは一度レミリアから降りて自分の売れ残りに火を灯した。
レミリアも点けていく。
一本、一本また一本……



やがて数が二十に差し掛かった頃にフランドールはレミリアの肩に頭を預けた。
不意に驚き、顔を覗きこむ。

「やっぱり寒いね、お姉さま」
フランドールが寒さに参ってきたようだ。
しまったと思ったレミリアは彼女を強く揺さぶる。早く家に戻らなくては不味い感じだからだ。

「駄目よ、こんなところで眠っちゃ! 風邪引いちゃうよ」
「そうかもね……でも、お家も寒いよ…」
彼女たちの家には暖房器具なんてものはない。せいぜいいつも自分たちが眠る時に使っている布団が良いところだ。

「だから、帰ったって意味がないかなって思ってね」
「それでもお家に帰るの。ほら、乗りなさい」
レミリアはフランドールを無理矢理背に乗せて歩み始めた。
マッチで暖められたのは掌ぐらい。
足が長時間外に居た為か、かなり冷たくなっていた。

雪は降る。
レミリアは焦る。
早く早くの気持ちだけが彼女を動かしていた。
足を進める間も彼女はしきりに妹に声をかけていた。
最初の頃は何度も声を返していたが、しだいに言葉が少なくなり、今は反応がない。
呼吸だけは聞こえていたので、まだ大丈夫であるが……

「フラン、あともう少しだからね! フラン、フラン!」
大きな声が空に吸い込まれる。
レミリアは怖くなった。
父にも先立たれ、母もいない。この上、妹までいなくなると自分はどうなってしまうのか。
その先を考えるのが怖かった。
だから声をかける。自分の恐怖をかき消すように。






やがてレミリアの必死な声は運命を突き動かすことになった。



「おや、この寒空に子供が歩くとは。これ如何に」
レミリアの前を遮るように黒いコートを着た人が立っていた。
レミリアの頭三個分は突き出るような長身な人。顔は暗くてよく見えないが整ってるように思えた。声は低くはない。長くて黒い髪が後ろで縛られてる。
彼女は立ち止まった。そして、その人に声をかけた。
何故、こんな事をしたのか…数百年たって落ち着いた頃に思い出したレミリアも分からないと言う。

「フランが、フランが! 寒くて、凍りそうなの! 雪が、早く家に行かないと」
「落ち着きなさいな。支離滅裂でかなわないよ」
そう言ってその人はフランドールに手を翳した。
それを泣きながら説明したレミリアはただ呆然と見ていた。

光が見えた。
眩しいわけではないが温かみがある白い光が彼女には見えた。

「確かに。かなり不味い状態だね。どうする、家に来るかい?」
今日二度目のお誘いだった。
レミリアはどうしようか考えたが、さっきの様な『勘』が働かない。
それは行ってもいいという意味なのか。
彼女は悩んだが妹のことを考えると、躊躇はしていられなかった。

「助けて!」
「よく言えました♪」
その人はにこりと笑っていた。













その人の家はすごかった。そしてすごい所にあった。
何故すごいのか。
それは壁が全身真紅に包まれていたからだ。
周りの建物と比べるとその浮いている感が際立っていた。
そして場所のほうはと言うと、

「ふぇ~~」
レミリアは家の中に入るなり素っ頓狂な声を上げていた。
驚くのも当然であった。
中に入って最初に目に飛び込んできたのは天井にある豪華なシャンデリア。
そう、この家は貴族街と呼ばれる、超お金持ちだけが住む一角にあるのだ。
元々レミリアも貴族だったが、長い間、貧困の生活を過ごしていたお陰で、これが珍しく感じられたのだ。
急な生活の変化は彼女に驚きを与えていた。

「ほら、そこに立ってないで、こっちに来なさい」
「あ、はい」
フランドールを背負いながら後から入ってきた黒いコートの人に咎められ、レミリアは慌ててついて行った。
その人はベッドに彼女を寝かすと筒のようなものにお湯を入れておく。

「直接、お湯をかけると壊死を起こすかもしれないからね。これで周りから暖めていくとしよう」
その人は筒をフランドールの周りに置いては、新たに追加していった。
やがて、彼女を囲むように暖房具が置かれると、レミリアに声をかけた。

「さて、これから本格的に治療に取り掛かりたいんだけど……この娘の服、脱がせていいかな」
「え、脱がさなきゃ駄目なの?」
「そうなんだよね。駄目かな?」
レミリアは困った。
裸を見られるのが不味いんじゃない……とも言えないが。
背中を見られるのが不味かった。背中には非人間な証――吸血鬼の羽がある。
どうしようか、困っているとその人はこう言った。

「あ、安心して。私こんなに背は高いけど女よ」
「そ、そうじゃないの。そうじゃないけど…」
「じゃ、問題ないわね!」
「ああっ!? ちょっ……」
その女性はレミリアの言葉を待たずフランドールを脱がしていった。
すると、案の上背中のところで違和感を感じたようだ。

「およ、これは……」
(不味い、また襲われる)
不意にあの日のことがレミリアの頭の中によぎった。
思い出し震えていると、変な声が彼女の耳に届いた。

「ほう。ほう、ほほう。吸血鬼とは……まだこのご時世にいたとわね」
女性は驚きの声を上げるだけでレミリアの事なんて見ていなかった。

「あれ、襲わないの?」
「何、襲って欲しいの?」
「ち、違うわよ。ただ、変わってるから襲わないのかなあと思って」
「ははぁ~ん、なるほどそういうことか。安心して、そんな気は一切ないから。あるとすれば……」
女性はレミリアの背にあわせるようにしゃがみ込んで言葉を紡いだ。

「貴方たちを救いたいという気持ちぐらいかね」
さばさばした答えにレミリアの目は潤んだ。

「じゃ、治療に取り掛かりますか」
何と女性は全身に身に付けていた衣類を全て取り払い、フランドールの体に重なり合った。
本人曰く、体を重ねて体温を分け与えてあげるのが一番効果があるらしいとのこと。
レミリアは彼女の裸体を間近で見てしまい、顔を赤くしながら俯いた。



豊かな胸とくびれた腰と引き締まった下半身が何度もレミリアの夢に出たのは割愛しておこう。











「そんな経緯があったなんてね」
フランドールの治療が終わり、女性はレミリアから今までの経緯を聞いていた。
ポツリポツリと話す彼女の言葉に女性は真摯に耳を傾けてくれたお陰でレミリアは安堵が湧いていた。


「そういうことなら、あの衰弱具合も頷けるわね。吸血鬼は体が資本なのにどうしてあれだけ弱ってるのか不思議だったのよ。最も文献上での話しだけど」
女性は椅子にもたれかかって唸りだした。
レミリアは横で眠るフランドールの額に手を置く。
温かみが戻っておりほっとした。

「ねぇ、もしその生活が嫌だったら私のところに住まない?」
「え?」
それは青天の霹靂だった。

「だって、いくら吸血鬼といっても子供だしね。忍びないから、ここにおいておきたいのよ。もちろん働いてもらうけど」
「え、あ、それは……」
レミリアはしどろもどろになった。
無理もない、いきなりの急展開に幼い彼女には選択の判断ができなかった。
唯一頼りになったのは自分でも不思議な『勘』であった。
それが今日はあの初老の人と会って以来発動しない。
……元々偶然性が高いだけに高頻度には使えてないが。

でも、折角のお誘いだし、それにフランドールを助けてもらった礼も出来ていない。
レミリアは自分なりに考えて結論を出した。

「あの、よろしくお願いします」
「そう、それは良かった。じゃあ、早速明日からよろしくね」
女性は笑顔になりながら右手を差し出す。レミリアもそれに習い右手を差し出し握手した。

「あ、私のことは主様というように。良いわね」
「はい!」
元気のいい声が家の中に響いた。











レミリアは次の日から小間使いに出ていた。貧困の生活も小間使いの生活も貴族の身には考えられない生活であったが今の生活は彼女にとっては嬉しかった。
朝の6時には起床。人間らしい生活を数ヶ月送っていたことで自然と身についていた。
もちろん種族の関係上日の光には弱い。なので、基本的には家の中はカーテンで閉められている。もちろん主の了承済みである。
取り組みはほぼ掃除であった。
一人暮らしにも関わらず、かなりの規模で客室が百もある。物理的に無理なので、あらかじめする場所だけ教えられていた。

次に料理なのだが、これは全く駄目。
まず流水に触れない。彼女たちに聞くと食事は基本的にパンと生野菜だけだったらしい。
料理をしたことがないのだ。
これには主はあきらめており、自らが料理をしていた。
それを済まなさそうに食べるレミリア。フランドールもごめんなさいと言いながら食べていた。

洗濯も干すと取り込みだけは担当していた。
ベッドメイクは可能。
結果から言うと、

「う~ん、微妙に助かってるような、でないような。複雑な気分ね」
主とレミリアはフランドールを囲むようにお茶と昼食を取っていた。
因みにこれも主の用意。

「ごめんなさい」
「いや、良いよ。助かってるのは事実だし。実際、これだけ広いと家事が出来ないのよ。仕事もあるしね」
ゆっくりと喉に紅茶を流し込む。その様は気品さが漂っていた。
背が高く女性から見ても綺麗だと思った。
対して自分はどうかとレミリアは視線を落とす。
動きやすいように、そして小間使いの証としてのメイド服を着ている彼女。
子供のような身長と体格にすこしがっかりした。
そんな気分を払拭しようと彼女は話題を変えるために主のことについて話した。

「主様はお医者さんだったんですね」
「ま、一応わね」
主の仕事は医療関係であった。そのため今も黒のシャツやズボンを覆うように白衣を纏っている。
隣に個人の小さな病院があり、そこで働いている。結構な患者さんの数でなかなかの忙しさであった。
けれどもお昼休憩になるとこうやって二人のところに顔を出す時間の余裕と気遣いはあった。

「いつまで続くか知らないけどね…」
「何か言った、お姉ちゃん」
「ううん、何でもないよ」
主はやんわりと首をふった。フランドールはそっかといって、おいしそうに口に紅茶を含んでいた。

「…主様。どうしてフランは『お姉ちゃん』で私は主様と言わなきゃいけないの?」
「レミリアにそう言わせるとなんか気分がいいのよね」
「はあ、それだけ?」
「『ですか』は?」
「ぐっ、それだけですか?」
こくりと頷く主に彼女は顔を膨らませた。
彼女の気質のせいか、時々上から目線になるときがある。おそらく、元々甘やかされて育てられたのが原因でそれに加えて、ここでの生活のお陰で心に余裕が出てきたことも挙げられた。
主はそんなレミリアの様子を見てくすりと小さく微笑んだ。

「まあ、今日ぐっすり眠れば良くなるはずだから、しっかり寝ておきなさいフラン」
「は~い」
「レミリア、貴方はしっかりと掃除をしておくように。さっきホールを見たけどまだほこりも溜まってたわよ」
「……はい」
「では、また行ってきます」
対照的な二人の返事に見送られながら主はお昼の診察に戻っていった。
心なしか長い黒髪が楽しそうに揺れていた。















主の家に住み込んでちょうど一週間。
フランドールはすっかり良くなり、今では姉と一緒に働いている。もちろん服装もおそろいだ。
いつも通り、掃除を中心とした生活を送り、主が帰ってきて食事を取った。
そして不意に彼女は言った。

「二人ともホールに集まりなさい。お話があります」
いつも明るい笑顔を振りまく彼女には珍しい神妙な顔をしていた。
何か粗相をしただろうかと二人はひそひそと話をしたが、答えが出なかったので緊張しながら言われた場所に行った。
そこには先に来ていた主がなにやら壁や床などに紙を張っていた。

「主様、一体なんでしょうか?」
「あ、来ましたね」
主は作業を切りのいいところで切上げ二人の元に近づく。
そして、なおも神妙なまま言葉を紡いだ。

「早速ですが、二人には吸血鬼として人間たちにもう襲われないように技を教えたいと思います」
「技?」
「どうしてなの、お姉ちゃん?」
「貴方たちが吸血鬼である限り人間とのいざこざは避けられません。そして二人は人間の怖さを体験しましたよね。そこで自分たちの命は自分で守れるように私が師となり手ほどきをします」
主は二人の頭に軽く手を置いた。
するとあの日のように彼女の掌から光が零れ出した。

「きっかけを与えますよ。私が吸血鬼としての力の門を開けますので、それを頼りに力を発動してください」
「え、よくわからない。どうすればいいの?」
レミリアは不安そうに顔を上げる。
するとやっとにこりと笑った主の顔が目に入った。

「イメージするのです。どうすれば人間たちに襲われないかを、ね」
二人はイメージを集中するために目を瞑る。
眉間にしわを寄せながらうんうん唸る二人を見てくすりと笑う主。

「やっぱり二人は姉妹ですね。悩み方がそっくりです」
そう言って光の放出をやめ、二人からそっと離れた。
そしてあらかじめ用意していた背もたれ付きの椅子に座り本を読み始めた。
そこから長い夜が始まろうとしていた。






レミリアは思い出していた。
自分たちの生活を変えられたあの日のことを思い出していた。
屈強そうな男たちが城を走り回る。そして非人間を見つけては斬っていった。
あの足音が怖かった。住人たちの悲鳴を聞くともっと怖かった。
あの日の恐怖は今でも忘れない。

彼女はその恐怖を克服したかった。
自分を守りたくて、フランドールを守りたくて。だからそれを思い出していた。

(イメージするんだ! 絶対に負けないイメージをするんだ)
自分にそう言い聞かせていると彼女の中に一瞬だけ暗闇の中に何かが見えた。
それを見ようと手探りに闇の中をもぐった。掻き分け、掻き分け深く潜る。
すると彼女の手に何かが当たった。

(これだ!)
確信するものがあった。レミリアはそれを掴み自分のほうへ引き寄せる。

(絶対に負けない、邪魔するものは全て貫く私の武器)
それが、




「私の槍」
レミリアは目を開け自分の右手に掴んだ獲物を見た。
それは、それは小さな槍がちょこんと掌に乗っていた。

「これが私の………ってあれ~!?」
レミリアは素で驚いていた。
自分が持っているものはせいぜい十センチメートル程度の槍。
どこからどう見ても猫さえ殺せなさそうな槍が申し訳なさそうに乗っていた。

「え、何で? 何で~?」
「プッ、くくく……あ~、はははははははははははははははっ!!! レミリア、それ最高! 最高だわ!」
けたけたと大声で笑い出す主にレミリアは顔を紅潮させビュンと彼女に向かって力強く投げた。
まっすぐに放たれた槍は目標違えることなく彼女のお腹に突き刺さる。
しかし、所詮は十センチメートル。彼女には痛くも痒くもなかった。

「あ~~~、楽しい! 貴方って本当に期待を裏切らないわね」
「何よそれ? 最初から失敗すると分かってたの?」
「うん」
そう言ってまた笑い出す主にレミリアは悔しそうに地団太を踏んだ。
すると傍にいたフランドールが声をかけてきた。

「あ、あのぉ……お姉さま」
「何、フラン。貴方も駄目だったの?」
「違うの。ちょっと大変なの」
「何が大変なのよ」
妹の切羽詰ったような声にレミリアはようやく彼女の方に振り向く。
すると、そこにはレミリアのものとは対象的な巨大な剣があった。
例えて言うならアリと象位の差があった。

「な、な、な、な~!?」
「た、助けて」
その剣はおよそ長さが十メートルぐらいか。幅も二十センチメートルほどあり、まるで伝説の竜殺し用の剣に見えた。
それをフランドールは垂直に立て、プルプルと震えながら支えていた。

「ちょっと、何よそれ? でかっ! と言うか長っ!」
「お、重いよ~。助けて、お姉さま」
フランドールはしきりに助けを請うもレミリアはどうすればいいか分からず、おろおろしていた。
そこへ、感心しながら主が近づいてきた。

「へぇ、立派なものじゃない。と言うか、計算違いだわ。まさかこれほどのものが貴方の中に眠っていたとはね」
「お、お姉ちゃん!」
「分かってる。レミリア、フランの体を支えて上げなさい。そう、背後をね」
「あ、はい」
レミリアは言われるがままに妹の背中を支えた。

「フラン、そのまま剣を前の方に倒しなさい」
「え、でもそれじゃあ。お家切れちゃうよ?」
「大丈夫だから。ほら」
そう促されてフランドールは剣を前の方に倒した。めきめきという屋根や天井砕く音が上から聞こえる。このまま地面を斬りかかるのかと思い気や、剣は前の方から徐々に霧散していく。

「壁にね、能力を消化するためのお札を貼っておいたの。どんなものを召喚しようと霧散させてしまうから問題ないわ」
そう言って主は上を向いた。

「けど天井には張っていなかったの。そこまで大きなことは出来ないと思っていたからね。それがまさか天井を突き破るほどの剣が出てくるとは思いもよらなかったわ」
隙間風が天井から吹き込む。
主はため息をつきながら、倉庫に向かった。



















「取り合えずフランは合格。レミリア、貴方失格ね」
「わ~い!」
「………」
「はいはい、睨まない、睨まない」
天井の修理を終え、三人は寛いでいた。
主の白衣は修理で汚れたのかうっすらと黒くなっている。

「これからもこういった特訓はするけど二人ともこれだけは約束して頂戴。力を発動するときは私が傍にいること。これを守らなかった場合、どうすると思う?」
「「どうするの?」」
彼女が怪談話をするように恐怖心をあおるような声で話すと二人は体をぶるっとさせながら声を合わせて主に聞いた。

「ふふふ、二人とも一週間おやつ抜き。ケーキ屋にある二人の大好きなシュークリーム買ってきても、私が食べちゃうからね」
「ええええ!?」
「それなし。なしよ、主様」
「無しにしたかったら二人とも言うこと聞きなさい。それが分かったらベッドについて眠りましょ。良いわね」
シュークリームが大好きな二人にとってこの警告はなかなかに効いたようで二人はしょぼしょぼと頼りない足取りで部屋に戻っていった。



主が天井を見上げた。
一部分、板がむき出しに打ち込まれているのがよく分かる。
それを見て、主は顔をしかめた。

「なかなかの厄介さだね」
静かにため息をついた。
主の目測だとここまで凄いことになるとは思わなかった。彼女の考えでは二人ともレミリアが創り出したあの程度の規模に落ち着くと思っていた。それが、片方は大きく期待を裏切ってくれた。
これは嬉しい反面、困ったものであった。

フランドールは危険な能力の持ち主だ。おそらく破壊に対して純粋な心を持っているのだろうと推測する。まだ覚醒してないからマシな方だ。
これからは慎重に対応していく必要があると結論付けた。


一方、ある意味厄介なのはレミリアである。
姉ということもあり、彼女の方がどんぐりの背比べながらも比較して派手なことをしてくれると思ったからだ。それが結果はどうだ。

「ぷっ、ふふふふふ」
主はあの時のレミリアの態度を思い出し、笑い出した。

「おそらく、レミリアは破壊に向いてないのかもしれないわね」
そう呟くと、ではどんな能力の持ち主だろうかと考察し始めた。
そこで、彼女の変わったところを思い出した。

「そう言えば、妙に『勘』が鋭かったわね」
いつだったかレミリアがそれで助けてくれたことを思い出した。
もしもだ…仮にその『勘』が勘ではなく『確証』だとしたらどうだろうか。
そうなれば、『勘』などという曖昧なものではなく確固たる力ということになる。

「『勘』が見える力か。少しごろが悪いな」
主は首をひねりもう一度呟く。

「『運命』がしっくり来るかな」
主は自分の言葉に納得し、本の続きを読み始めた。
そんな深夜のひと時であった。








「なんだかどきどきするの。私の中にこんな力があったなんて」
「……そうね」
フランドールは興奮しているのかベッドにもぐっても眠ろうとしなかった。
対するレミリアは自分の不出来と妹の凄さに少しすねていた。
そのことが分かったのかフランドールは申し訳なさそうに謝った。

「あ、ごめんね、お姉さま。私ばっかり話してて」
「ううん、いいのよ。気にしてないから」
「……お姉さまはあの時、何を思ってたの?」
フランドールが姉に質問をする。
部屋は真っ暗にしているが、そこは夜を縄張りとする生物。お互いの顔の細部までよく見える。
彼女の目がまるで捕食者のように輝いていた。その目がレミリアには怖く写った。

「自分とフランを守るための絶対的な力よ」
「私と同じだね」
くすくすと笑うフランドール。そして彼女の言葉はレミリアの心を傷つけた。

「でも私とお姉さまは違った。何でだろうね」
不思議そうに首を傾げる。その純粋なまでの発言がレミリアにとっては悔しかった。
七歳の妹に負けた。たかが五つしか離れてないとは言え、それでも年長者としてのプライドが傷つけられた。
レミリアは泣きそうになりふいとフランドールの目から逸らした。
けれど、傷つけられているのはレミリアの勘違いであった。


「たぶん、お姉さまには合ってなかったんだと思うの」
「………えっ?」
不意な意見に彼女は言葉を詰まらせた。

「私は私やお姉さまを邪魔する奴を蹴散らしたいと思ってイメージしたの。それがあんな風に出たの。お姉さまにはもっと別のイメージが必要だったのかもしれないよ」
「別のイメージ……」
そんな風に頭は回らなかった。
ただ負けたことが悔しいと思うだけで建設的な考えが出来てなかった。

(フランの言う通りかも知れない。じゃあ、私に合うイメージって何だろう)
レミリアは思案する。
自分や妹を守るだけでは足りないのかもしれない。
では何を足した方がいいだろうか。
そこまで考えて一欠伸をする。どうやらあれだけの規模でも疲れているようだと、レミリアはため息をついた。

「取り合えずもう寝ましょうか。明日も早いし」
「そうだね。私も一緒に考えるから頑張ろうお姉さま」
「ええ、ありがとう。お休み、フラン」
「おやすみなさい」
妹の嬉しい言葉に感謝をしながらレミリアは目を瞑った。














「今の気づいたか?」
「ああ、おそらくあいつらだ」
深夜のどこか。
何人かの集団が夜に覆われた街中でひそひそと話し込んでいた。

「場所はどこだ?」
「貴族街の一角。紅い屋敷から見えました」
「紅い屋敷だと?」
リーダーらしき男がふむと首をひねる。何か頭の中でひっかかったような気がしたがたいしたことはないと思い、すぐに考え直した。

「まあ、いい。場所が分かったんなら話は早い。そこにいるであろう吸血鬼の片割れ、始末しに行くぞ」
「確か二人でしたよね。しかも子供、全員で行くんですかい?」
「当然だ。そこには屋敷の者もいるだろう。目撃者はいないほうがいい。そいつらも消すための保険だ」
なるほどといって質問した男は頷いた。

「全員掛かるぞ。慎重に行けよ。術士部隊は後方で支援。騒ぎが漏れないように結界張っとけよ」
そう言って集団は動き出した。
数はおよそ二十人。全員が紅い屋敷めがけて出発した。
レミリアたちが眠っている屋敷に……











主はまだ本を読んでいた。
季節がら彼女がいるホールは入り口があるということもありかなり寒い。
しかし、それでも彼女は寒さを気にせず、動こうとはしなかった。
ぱらぱらとページをめくる音だけが聞こえる。
そんな中を突如、爆発にも似た轟音がホールに響いた。

「おや、何の音かね?」
主はちらりと入り口の方に目を向ける。
するとどかどかと何人もの男が屋敷内に押し入ってきた。

「こんな夜中に何のようですか? 病院なら日が明けるまで待っていてくださいよ」
「悪いな。俺たちは患者じゃないんだ」
そう言って筋骨隆々の男が主の前に出る。先ほどのリーダーであった。

「ここに吸血鬼がいるだろう。調べはついてる、大人しく出してくれれば命は助けてやる。もし断るなら……」
「はい、ストップ!」
主はその男に片手で制止をかけた。

「いまどきそんな古臭い脅しはナンセンスですね。それに助ける気もないくせに。時間の無駄ですよ」
「ほう、じゃあとっとと渡してもらおうか」
男がばっと右手を上げる。
そして勢いよく主めがけて指差した。

「やれ!!!」
その言葉と同時に周りを囲っていた彼の部下たちが主めがけて突進してきた。
ある者は剣を、ある者は槍を翳して彼女に攻撃した。
周囲からの一掃攻撃。大抵のものは逃げ切ることは出来ない。今回もそうだろうと男たちは確信していた。しかし、そうはいかなかった。

「ふふん、烏合の衆かと思いきや統率が取れているとはね。今の攻撃、人間だったらくたばっていたかもね」
「な、何でお前がそこにいるんだ!?」
男たちが見上げた。
何と主は天井から吊り下げられているシャンデリアの上にいたのだ。
これにはリーダーも開いた口が塞がらない。
なぜならシャンデリアと床の差はおよそ3メートル。建物一階分を彼女はジャンプで避けたのだ。

「ま、これくらい容易いものよね」
「お、お前……もしかして、人間じゃないのか?」
リーダーが口を震わせながら質問する。

「あれ、知らなかった? 紅い屋敷に住んでいるから、あんたらみたいな家業の人には知られていると思ったんだけどね」
「紅い…屋敷………」
来るときにも聞いたその言葉。
もう一度呟くことでその男は顔を青ざめた。

「あ、あ、あ……まさか! いや、そんなはずはない! だってお前は髪が黒いじゃないか!!!」
「今はね。お望みなら見せてあげようか」
そう言って主は深呼吸をする。すると彼女の体から光が放出された。その光は彼女を包み込むと黒かった艶やかな髪が血のような紅に染まっていく。

「ふう。これでお分かり」
「東洋からの紅い悪魔……」
「そ、そういうこと」
主はひょいとシャンデリアから床へ着地する。

「有名だと思うけど、一応自己紹介しておきましょうか。紅 美鈴、ここ紅魔館の主をしています」
右手と右膝を軽く前に出し戦闘モードにはいる。

「職業、医者の真似事。本職、ハンター狩り。覚悟は良くて」
それを聞いて男たちは叫びながら彼女に向かっていった。
不思議と逃げるものはいなかった。なぜなら逃げても無駄だというのを知識として知っていたからだ。
美鈴に対する噂、それはハンターを生業とする場合、この者にあったら命運尽きたものだと思え、である。
即ち、逃げても無駄なのだからそれなら闘った方がマシだということへの行動であった。

美鈴は剣を避け、すれ違いざまに腹に掌体をかまし、昏倒させる。次の男には攻撃させる前に顔めがけて膝蹴りし、後ろから来るものにはしゃがみ込んで足払いする。そして倒れたところに躊躇なく顔を踏みつけた。

この時代、剣などの武器や魔法に似た攻撃が主流の中で徒手空拳は珍しかった。彼女はその使い手で男たちを景気良く倒していく。
肘打ちであごを打ち抜き顔面へ正拳突き、見えなくなるほどの足捌きによる千烈蹴、相手の両肩を掴み自分が前方へ宙返りする勢いのまま壁へ投げつける等、多岐に渡る攻撃で圧倒していった。驚きなのはこれが全て必殺であることだ。どんなに頑丈な鎧を着けても彼女の前には無意味であった。

「どうやら、家の外で結界張ってる奴もいるようね。……二人か、そいつらは後回しだ」
美鈴の蛇のようなにらみで後方にいた術士たちは足がすくんでしまった。
周りの男たちは既に体を震わせている。逃げれないし倒すことも出来ない。その事実が彼らの神経をすり減らしていった。

「う、うわあああああああ!!!」
狂ったように一人が叫びながら槍を掲げて美鈴に向かう。けれども、

「無駄よ」
槍を前蹴りで蹴飛ばし、その反動で踵落しを頭に打ちぬく。ぐしゃっと言う鈍い音がホールに響く。

「私と敵対した時点で、あんたたちの人生は終わりなのよ」
圧倒的な強さ。それが彼女とハンターたちの間にある差であった。

「さあ、次は誰が来る。順番でも良いし、全員でも良いわよ。但し」
仁王立ちする彼女。

「屠られるのは変わらないけどね」
死の宣告、男たちは絶対に終わったということを悟った。
この集団を指揮していたリーダーもそれを悟ったようで肩を落としていた。
その光景を見て美鈴はせめて苦しまないように葬ってやろうと足を踏み出した。
その時この場に相応しくない声がホールに聞こえた。

「主様?」
それは二階の部屋で眠っていたレミリアであった。

















静かな夜に相応しい寝息を立てる吸血鬼の姉妹。よほど眠かったのか寝返り一つすることなく一つのベッドで仲良く眠っていた。そんな時であった。

「う、ううん」
突如、レミリアが唸り声を上げる。
何度も眉根をひそめては息苦しそうに呼吸をしていると、ゆっくりと目を開けた。
フランドールに気づかれないように体を起こす。
きょろきょろと見回してから軽く息を吐いた。

「何か頭いたい……何でだろう」
口の中がべたつく。このまま眠るのも気持ち悪いので台所に向かった。

「お水飲もう」
音で起こさないように静かに歩き、ゆっくりとドアを開けて部屋を後にした。




廊下をぺたりぺたりと歩く。
空気が冷たいので何かはおるものでも持ってくればよかったかなと考えていた。
すると、何か小さな音が遠くから聞こえる。

「主様かな?」
まだ起きているのかとその音がするほうへ向かった。
どうやら音はホールから聞こえるらしい。そこへ近づくと徐々に音が大きく聞こえる。どうやらかなりの音量だ。
何をしているんだろうとホールへ繋がる扉を開ける。

「主様?」
一階に主がいた。驚いた顔でレミリアのほうを見ていた。何か様子がおかしい。
まず髪が紅かった。そして壁や床には傷がついている。そして『知らない男』がいっぱいいる。

「?」
まだ自分は寝ぼけているのだろうかと目をこすっていると主の必死な悲鳴が耳に届いた。

「逃げなさい、レミリア!!!」
レミリアはふと天井を見上げた。
バキッという天井が壊れる音と共に男が彼女めがけて落下してきた。
その男は槍を下に、即ちレミリアに先端を向けて構えていた。

「もらった!」
その声で眠気が吹っ飛んだ。その声でレミリアの中に何かが見えた。
レミリアは悟った。自分が襲われていると。
男を撃退しようと彼女は右手に力をイメージする。夜にやったときとは別のイメージをする。
それはまるで自分がこうすべきであるということを知っていたようにオートマティックに行動していた。


(イメージするんだ。自分を守るだけじゃない、フランを守るだけじゃない)
右手に紅い魔力が集約される。

(そう、私達が絶対に負けないという『運命』を守るんだ)
その言葉がレミリアにはしっくり来た。
体が熱くなった。今度こそいける、そう確信して自分の右手を覗いた。
わずか数時間での覚醒か、そこには魔力で象られた悪魔の槍。
気持ち的には数時間、実際は数瞬で創った槍を落下してくる男に構える。

「喰らえぇぇええええ!!!」
迫力のある声と共にぶんと力強く投げられた槍は狙い違わず男を串刺し天井ごと貫いていった。

「はぁはぁ………はぁぁぁ…」
今の一瞬で力を費やしたのかレミリアは息を絶え絶えに膝を落とした。
その光景を呆気に囚われながらみていた一階にいる者たち。
主――美鈴も驚きを隠さずに佇んでいた。
そして、まっすぐに投げられた槍が重力の流れに乗るように落ちてくる。もちろんレミリアには当たらないように。
その光景に絶句していた男たちは本能の向くまま、やっと逃げ出した。
美鈴はそれにすぐに気づき掌に光――気の塊を集中させ放出した。

「華厳明星!」
無数に放出された気の塊は一人も逃すことなくハンターたちを撃ちぬいた。

「レミリア!」
そして上へと駆け上がり彼女の胸に耳を当て心臓の鼓動を確かめる。
とくんとくんと音が聞こえてほっと胸をなでおろした。

「驚きましたね、貴方にもこのような力があったなんて」
レミリアの背中と足を抱え、ゆっくりと立ち上がる。

「流石、吸血鬼……いや、ここの時期当主といったところかしら」
クスリと笑って美鈴は彼女を運んでいった。
偶然なのか、レミリアは静かに笑顔を浮かべた。











時間は既に午前の3時を回っている。
美鈴はレミリアを自室に運び、ベッドで休ませていた。
先ほど落下する敵にはなった槍の魔力は相当のものだったらしい。
小さい体のわりには将来性が高いことを示した一撃であった。

「う、ううう……」
「目が覚めたようね。気分はどうかしら?」
「主様? ちょっとくらくらする」
「気分良いでしょう。目一杯の力を放ったからね」
「…………」
「そうでもないか」
美鈴は一度立ち上がりあらかじめ用意していた紅茶をカップにいれ彼女に手渡した。
ぺこりと首だけ動かして口に含む。

「今日、襲ってきた奴らなんだけど貴方の家族を襲った奴らって気づいたかしら?」
その言葉にふるふると首をふる。レミリアはあの日のことは覚えていたが人の顔まで逐一覚えていなかった。

「取り合えず安心しなさい。貴方を襲うものは当分現れないでしょう」
「当分ですか?」
「ええ。人間てね、頭がいい生物だけど、時として忘れやすい生物でもあるの。過ぎ去ったものが記憶から風化し、また同じことを繰り返す。『歴史は繰り返される』とはよく言ったものね。その言葉を作った彼らにとっては皮肉だと思うけど」
「と言う事は、時間が経てばまた襲ってくるかもしれないってことですか?」
「その通り」
美鈴は悲しそうに微笑む。

「私はここで長い間、医者の真似事してたんだけどよく身にしみてるわ。今でこそ、この界隈の人々とは仲良く暮らしているけどそれもいつまで持つことやら……」
「私達が住んでるせい?」
「ううん、違うの。私がこんななりをしているからよ」
そう言って美鈴は自分の長い紅い髪をレミリアに見せた。
レミリアはそれを一束掴んで目を凝らす。

「気持ち悪いでしょ。その髪で分かると思うけど私は妖怪なの。ここから遠く東の方から来たしなびた妖怪。それが私、紅 美鈴よ」
「それが主様の正体ですか?」
「ええ。あ、因みにどうしてこんな西方にいるかは聞かないでね。訳ありだから」
笑いながら話す美鈴にレミリアはただ頷くだけであった。
気にはなる。これだけ優しく私達に接してくれる彼女がどうしてここに来なければいけないのか……

「……話を変えましょうか。レミリア、貴方があの槍を具現したとき、どんなイメージを浮かべたか覚えている?」
「うん、なんとなくだけど……」
「話してちょうだい。それを聞けば、貴方の能力が分かってくるかもしれないから」
「能力?」
レミリアは聞きなれない言葉が聞こえたので、聞き返した。
美鈴はそれについて彼女の考えを展開した。

能力とはその人が持っている最初から、或いは努力や変異などを経て生まれたもの。固有の種族の能力とは違う別の力で、ある意味第二の力だとおいている。

「例えば、フランがいい例ね。あの娘は吸血鬼としての力、吸血であったり、身体能力であったり飛翔能力が上げられる。それらが第一の能力。でも今日別の能力も見せてくれた。あの剣がそうよ」
「どんな能力なの?」
「推測だけど、破壊に特化してる能力だと思うの。壁にはってあった能力を消化するお札覚えてるよね。あれ結構な強さを誇っていたのに、何個か消滅させながら、剣を霧散させていった。それを見るにそうかなと考えたのよ」
「じゃあ、私にも何かあるの?」
レミリアが少しわくわくさせながら美鈴の顔を覗きこんだ。
その反応に彼女は何度も頷いて促した。

「たぶんね。だからどんなことをイメージしたか教えて欲しいのよ」
「えっとね、絶対に負けないような『運命』をイメージしたの」
「運命? これはまた……曖昧な具象を具現化したわね。なるほど、でも貴方にはぴったりかもね。以前私に話してくれたじゃない。なんかこうした方が良いっていう『勘』が働くときがあるって」
「うん、言ったよ」
「おそらく、それは『勘』じゃなくて『運命』だと思うの。今まで、その運命が貴方にはこうした方が良いって告げていたのかもしれないわね」
そう言ってレミリアの頭をゆっくりと撫でた。
気持ちよさそうに目を瞑って掌の動きに身を委ねていた。

「今はよく分からないかもしれないけど、成長すれば運命が見えるかもしれない、或いは操ることが出来るかもしれないよ。そのためにも努力しなさいね」
「うん、頑張るよ」
「ええ、是非頑張ってちょうだい。フランのためにも……」
「フラン?」
どうしてここで妹の名前が出るのか首を傾げた。
けれど、美鈴は微笑むだけでそれには答えず頭を撫で続けた。
なぜなら、取り越し苦労で終わって欲しいと思ったからだ。




フランドールの能力が破壊に特化したものであれば、それは彼女にとっては相性が悪いものだと考えた。なぜなら彼女は純粋だからだ。子供にしてはあまりにも素直すぎる。レミリアでさえ時に反抗したり文句言ったりするが彼女には一回もない。
彼女の判断はレミリアに委ねていると思う。
だからこそ、幼いうちに良い方向に導かなければいけないと考えた。
そのためのストッパーとしてレミリアの成長の期待が大きくなる。美鈴自身も携わるつもりだが、やはり血が繋がってる者からの方が効果があるからだ。


そこまで考えて美鈴はレミリアに呟いた。

「ええ、そうよ。だってレミリアはお姉ちゃんなんだからね。お姉ちゃんが頑張ってフランを守るのよ」
「分かった。私がフランを守る。もちろん、主様も守る」
「あら、ありがとう。では、これからは私のことをよく見ておきなさい。主としての振る舞い、部下への配慮、礼節から勉学までしっかり叩き込んであげるから」
「………勉強はいや」
「シュークリーム抜き。それでも?」
「…! がんばる!」
「よく言えました♪」
あの日、レミリアとフランドールが美鈴に出会ったときの言葉が紡がれた。
空はまだ暗い。
冬の日の出は遅いのでレミリアは主のベッドで一緒に眠ることにした。
朝になって姉がいないことに気づいたフランドールの泣き声を目覚まし時計の代わりに目が覚めるまで……





この数百年後、彼女たちは幻想郷入りを果たすことになる。新しい当主を擁立して……
どうもモノクロッカスです。
今回、レミリアが幻想郷入りする前、というか幼少期の頃をテーマにSSを創ってみました。
幼さを前面に出したつもりです。そして妙に言葉使いが正しい……お前誰?っていう状況になりかねないSSになったのは反省すべき点かもしれません。

取り合えず、レミリアの貧乏時代、主である美鈴との出会い、実は紅魔館は美鈴のものだった、小っさくてある意味桁違いのグングニル、何より大きなレーヴァテインをぷるぷる震えながら支える妹様を描写できて良かったです。

ではこの辺で失礼したいと思います。
ありがとうございました。感想、意見お待ちしてます。
モノクロッカス
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コメント



0.1090簡易評価
16.無評価名前が無い程度のry削除
この展開だと原作に繋がらない気がするけど私は好きだこの話!
17.90名前が無い程度の能力削除
これはかっちょいい美鈴。
医師はオリキャラかと思ってましたがまさか美鈴だったとは。
面白かったです。
18.80名前が無い程度の能力削除
次回作も期待しております。
19.無評価モノクロッカス削除
返信します。
>名前が無い程度のry氏
そうですね……確かに繋げにくいかもという、懸念はありましたが、それでもこういう話を創りたくてやっちゃいました。
それでも、好きだといってもらえてうれしいです。

>17氏
気を使える妖怪ですからね。医師もありかなと思いました。

>18氏
この話はこれ自体単発なので続きを創るかは未定です。
代わりといっては何ですが、別の話とかも考えていくつもりです。