Coolier - 新生・東方創想話

全て許される日 その八

2010/11/22 23:19:42
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作品集:97「全て許される日 その一」
作品集:98「全て許される日 その二」
作品集:99「全て許される日 その三」
作品集:108「全て許される日 その四」
作品集:120「全て許される日 その五」
作品集:121「全て許される日 その六」
作品集:126「全て許される日 その七」の続きです


17.蝶とシクラメン

 楼の庭園は見事な枯山水であり、その白砂が描く砂紋の渦のほとりで西行寺幽々子は独り袖をたなびかせていた。私たちを認めると足を渦から山へと移し、笑って言った。
「貴方たち、ちょっとおかしいわね。なんだか異色の取り合わせって感じで」
 我々は顔を見合わせると、皆一致して眉根を寄せた。言い得て妙ではあるが、それを認めるも癪である。異色の代表者として抗議の声を上げたのは、メイドであった。
「偶然だけれど、迷惑している人々の代表者が集ったっていう気がして、私にはピッタリに思えるけれど」
「お久しぶりね。そう、そうね。貴女の館のお嬢様は確かに困るのだったわね。これは失念していたわ」
 相見えるのはいつ以来か、しかし髪の毛先一つ変わらぬ西行寺幽々子は従者の庭師さえ置き去りにして昔の姿を留めたままである。開いた扇子がハタハタと音を立てた。その周りを死出の蝶が舞い踊り怪しく煌く。
 その側に、魂魄妖夢が片腕を抑えて侍った。浅手を負ったようだが大して苦にもしていない様子である。メイドの後ろで足を引きずっている紅魔館の門番よりも、少なくとも気丈である。
「申し訳ありません。幽々子さま」
「いいの」
 十六夜咲夜はいらついた様子を隠すことさえせず告げた。
「単刀直入に言うけれど、あの幽霊たちをどうにかしてもらえないかしら? 職務怠慢で舌を引き抜かれちゃうわよ、怖い怖い地獄の上司に」
「あらあら。私たちはちゃんと仕事をしているわよ。ねぇ、博麗殿? 貴女はいかが? お分かりになるかしら」
 水を向けられたものの私は応える気にすらならず、砂紋を踏み荒らして見事な石の上に腰を下ろした。尻は冷えたが長い長い立ち話を食わされるよりは良い。亡霊は私をまるで浅ましいものでも見るかのような瞳で睨めつけた後、一粒の砂塵もこぼすことなく膝下の複雑な青海波紋に降り立った。
「西行寺殿、一から説明していただきたい。この白夜は一体どういうことなのか、あの空で渦巻く霊魂は、貴女の管轄下ではないのか」
「これは博識の上白沢先生。そう、一から説明が必要でしょうね」
 西行寺幽々子は上空、下弦の隣に鎮座まします白霞の中の冥界の門を見上げた。門は閉じている。やがてうなだれている妖夢の頭を撫で、話し始めた。
「そう、私には友との約束がある、それは最早務めとも言えるでしょうけど、誰にも話すなという戒めを反故にすることは、友への情けを全くする時だけは許されるでしょう――地獄では今、過去に類を見ない戦いが繰り広げられています。幻想郷の外であるからスペルカードルールなんてものもない、ただただ純粋な戦が」
「戦だと?」
 この場に寺子屋がいて助かった。促す役がいると楽である。
「八雲紫と地獄を統べる閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥとの戦ですわ。今宵で六十九日目を数えます。そういうわけで今、地獄は大混乱なの。六十九日も審判が進まないとなると、待合室も満杯になるというわけ。はじめは行列にして済ませてたんだけれど、あんまりに酷い有様になったものだから三途の川を逆に進めるなんてご法度を犯して、こちらに戻したの。上空の霊魂はヤマザナドゥが統べる審級の以下全て。審判を済ませた者さえ今ここに逃れています。おそらく、戦いという言葉では想像が及ばないのでしょうが、地獄はとうに灼熱なのです。上空に浮かぶ霊魂は、哀れにも、死してなおの苦痛を免れるために避難をさせている。両者の戦いはそれほどに壮絶なのです。地獄はその最も極悪な境地に堕しました。申し上げましたが、これはスペルカードによる決闘ではないのです。どちらも滅ぶことを厭わぬ殺し合いなのです」
「そんな、聞いたことがない。なぜだ」
「人里の賢者よ。仰るとおりこれは天地開闢以来の未曾有の事態」
 ホホホ、と亡霊は笑いながら私の前に立った。扇子で口元を隠しながら、ホホホ、と再び笑いつつ、されど目だけは笑わず、私を睨めつける。
「博麗の巫女殿、何やら具合が芳しくないようだけれど?」
「巫山戯るでないよ」
「お巫山戯だなんて――ああ、そうよね。貴女にとっては全てがお戯れなのでしょう。ホホホ! 真摯な願いを真正面から受け止めることなく、ただ日をつつがなく過ごすことだけを考え、務めを忘れ、それで世はこともなし? それが正しい行いなのかしら」
「何を言ってる。夜を戻しなよ、女郎」
「ならば再び地獄へ赴かれよ、博麗の巫女」
 一匹の蝶がスルリと這いより、私の鼻先に触れんと欲した。その羽ばたきは、確かに地獄へと間違いなく導いてくれる特等の切符だろう。しかし私は、求める道程の途上に自らの死を含めてはいない。無邪気な紫光をまとった死に、そっと札をあてがって私は拒んだ。
「ああ、ならばあんたを打ちのめして行くとしようかね。冥界の門は、鍵穴にあんたのおつむを突っ込めば開くのだっけね?」
「それも素敵ね」
 私たちは舞い上がり、薄明かりの空へと上った。紅魔館の二人も、寺子屋の先生も、間に入ってこようとはせなんだ。空は冷えるが嫌に明るく落ち着かない。春だというのに。白い霧のような春。上空で竜の腹のようにうねる霊魂の群は、私たちの一挙手一投足を見定め地獄に土産話として持ち帰るだろう。
 冥界を統べる亡霊は、その背中に大きな扇を広げると、無数の蝶を放ち夜空をさらに明るく染めた。私はその一匹一匹全てに札を当てた。蝶は無尽であった。私を取り囲むと四方八方から緩急自在の羽ばたきで迫った。まだらの模様が確かに見て取れるそばまで寄られた。
 蝶の力はその美しさであろう。触れてもよいと淫らに誘い、燐分は甘く薫る。だからこれは己の心が映す死への憧憬であって、畢竟、自死とのせめぎ合いなのである。亡びへの誘いは、今の私にとっては虫が篝火に飛び込む様よりさらに強い。私はなぜ死なずに老いさばらえた身を晒し続けているのか。
 自死を問う西行寺幽々子の攻めに、私はかろうじて抗いながら、隙間を縫うように札を放った。至難の業である。しかし私は路傍に咲いたシクラメンを見つけて気に留め続けていた。なんと美しいのだろうか、この篝火花は。白く無垢でありながら強く気高い。老女への手向けには余りに無辜な煌きに、私は自らの半生を悔いる形で追想した。私には何が残っているのだろうか。博麗の呪縛を怨念とし、子も成さず、石女(うまずめ)と蔑まれ、月のものもとうの昔に去り――いまやこの身に何が残っているというのか。死を拒み、日々を生きる根拠が、その礎が果たして私の身のうちの何処に在るというのか。あのシクラメンの輝きを宿す素地さえ、最早無いのではあるまいか。
 何ものにも縛られない、自由であるはずのこの私の力とは、他の全てを手放して小さな箱庭に括り付けられているその代償だ。そう、真逆、私には自死の値札さえ破格なのである。
 自らの胸のうちと、眼前の自死への誘い――夢想封印の札は双方を等しく貫いた。陰陽を飲み込んだ巨大な玉がに、西行寺幽々子の扇は千々に裂かれ、彼女自身も白夜を浴びながらその花を散らせた。
「お見事ね、博麗殿。お強いわね。そうね、貴女はこの幻想郷で一番強いのだもの」
 庭師に抱きとめられながら、白玉楼の主はやはり私を浅ましく見下すように笑った。
「門を開けなえ」
「ええ。けれどその必要はないみたい。フフフ、六十九日目ね……やはり七十古来稀なり、ね」
 はっとして見上げたのと門が震えたのは同時であった。天を号する巨大な音を響かせて、浮遊する冥界の門が開き始めた。空に蠢く無数の霊魂は痛みを恐れて千々に逃げ惑うた。霞は飛び散り門から這い出た人影は何に遮られることもなく、その姿を晒した。
 八雲紫は黄金色の狐の背中にまたがって、ゆるゆると石庭の上に降り立った。
「皆様、お揃いですわね」
 狐の姿の八雲藍は体の大半を朱に染めて、尾もほとんど残ってはいなかった。人の姿を保てないほどの傷めてしまっているのだろう。しかしそれに比しても八雲紫の体は酷く痛めつけられていた。胸には大きな穴が開いており、左肩から先がない。右足では青い炎が燃え続けている。しかし何より私の目を引いたのは、大きな――まるで子でも授かったかのように大きな、腹であった。見つめていると、不意に膨れた腹が脈動したかに思えた。私の乾いた喉がひりついた。その腹の子が誰なのか、真実は不意に天啓となって私を貫いた。雷に打たれたような衝撃に腰を抜かしかけたが、底知れぬ恐れと怒りが私の体を支えた。
 天空では開いた冥界の門に、霊魂が続々と吸い込まれている。白夜は終わった。失われていく輝きに、夜の闇はその息吹を取り戻し、世界は先をも知れぬ暗さを再び身に纏った。私は光と同時に意識も失いかけたが、無限に湧き上がる嫌悪と怒りがために、卒倒を免れることができた。




 つづく。
死ぬか生きるかの生活……

なんかこんな細切ればっかでほんますみません末席怪我してますごめんなさいあーうー
ぴーおー
http://www.geocities.jp/psk3233/
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