Coolier - 新生・東方創想話

世界の終りとバイオフィルム・幻想郷

2010/11/19 17:49:52
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 世界の終わりは突然、やってくる。





 その日も幻想郷は晴れていた。
博麗神社の社務所、濡れ縁に三人の人間が腰かけていた。霊夢、魔理沙、早苗である。
集まってはいたものの、特に目的があってのことではない。
ただ年頃の少女同士が集まり、茶を飲みながら、よもやま話に花を咲かせているだけであった。


 「……苗、早苗。早苗ったら!」
「え!?な、何ですか?」
早苗は驚いて霊夢の方を振り向く。
「『何ですか』はこっちの科白よ。さっきからぼうっとして、一体どうしたの?」
霊夢が、心配そうに早苗を覗きこむ。
「まあ、こんなに天気が良くて気持ちのいい日だもの。気が抜けてしまうのも仕様がないぜ。そうだろ?早苗」
笑いながら魔理沙が言う。
「そうですね。こんなに気持ちの良い日だから……つい、昔の事を考えていました。外の世界に居た頃の事を」
「……あー、そいつは悪かったぜ。変な事訊いてしまって」
きまり悪そうに、魔理沙が俯く。
「へえ。で、具体的には何の事を考えていたの?」
「おい霊夢、止めろって」
「いえいえ、別に構いませんよ」
早苗が微笑む。
「そうですね……バイオフィルムについて考えていたんです」


 「へ?……ばいおふぃるむ?何なんだぜ。それ」
「バイオフィルム、日本語で言うと『菌膜』でしょうか。ある種の細菌が作りだす、多糖類からなる防御膜です。」
魔理沙が顔をしかめる。
「うへぇ、なんか気持ちの悪い話だぜ。ようはアレだろ?それを使ってばい菌が増えちゃうんだろ?でも何で、いきなりそんな話するんだ?」
「私、実は大学で微生物学を研究していたんです。特に、バイオフィルムの構造を重点的に」
「ああ、なるほど。大学で……って、おい」
魔理沙が身を乗り出す。
「お前、外の世界では女子高生だったって……」
「ああ、それは嘘です」
早苗が遮り、さらりと言ってのける。
「女子大生より、女子高生の方が人気出ると思って。信仰心獲得の為ですから、多少の嘘は仕方がありません」
「そうは言っても、お前なあ……霊夢も黙っていないで、なんとか言ってやれよ」
魔理沙が助けを求める様に霊夢を伺う。霊夢は一人、煎餅を齧っていた。
「ん?むぐむぐ。私?うぅん……ねえ、早苗」
「はい?」
「そのバイオフィルムってのは、具体的にどういうものなの?」


 「だから、そういう話じゃないんだぜ!?私が言いたいのは、つまり早苗の年齢詐称についてであって……」
狼狽する魔理沙を尻目に、霊夢が平然と言う。
「そんなのはどうだっていいわ。問題はバイオフィルムよ。何故早苗がそんな事を言い出したのか、そっちの方が気になるわ」
「ふふ、流石霊夢さん。それではバイオフィルムについて、少しだけご教授しましょう」


 早苗がスッと背筋を伸ばし、説明を始める。
「そもそも細菌というのは、とても弱い存在なのです。
湿度・温度やpHなど、条件の合わない環境に放置されると、直ぐに死んだり冬眠したりしちゃいます。薬にも弱い」
「意外だぜ。ばい菌ってのはしぶといヤツだと思ってた」
「ただ、弱い細菌達もただやられる訳にはいきません。何か手を打たなければならない。
だから、膜を張るわけです。膜の中を快適な状態に保ち、膜で薬を跳ね返すのです」
霊夢は感心して、溜息を吐く。
「成程、大したものね」
「でもそれだけでは、薬にやられるのは時間の問題なんです。孤立無援の状態で籠城していても、薬に勝てるわけがありません。」
「むぅ、たしかにそうだぜ」
「では問題。もし魔理沙さんが細菌なら、どうやってこのピンチを切り抜けますか?」
唐突な質問に、魔理沙はたじろぐ。
「え、ええ!?私が細菌?」
「例えばの話ですよ」
「うーん、そうだな……仲間を呼んで、皆で対策を練る。三人寄らばなんとやら、ってヤツだ」
早苗が手を打ち、笑顔で答える。
「その通り。魔理沙さん、大正解です。バイオフィルムは、薬や環境に追いやられた他の細菌も受け入れるんです。
そして皆で情報交換をしながら、薬に打ち勝つ方法を考えるんです。実際菌の中には、薬剤耐性を他の菌に移してあげるモノもいます」
「すごいぜ、それ!バイオフィルムがあったら細菌は無敵じゃないか!格好いいなあ」
魔理沙は興奮し、両腕をブンブンと振り回す。しかし早苗は、悲しそうに首を振る。
「いえいえ、そういうわけにもいかないんです。
いくら発達したコミュニティでも、アルコールを塗布した布で拭かれると、フィルムごと一網打尽です。」
楽しげに菌談義を繰り広げる二人。先程までそれを黙って訊いていた霊夢が口を開いた。
「……なんかそれ、身に覚えがあるわ。
防御壁を作り、内部の環境を整える。外の環境に適応できない異種族を内部に招き、共存共栄を計る。それってつまり」
「ええ、その通りです」
早苗が呟く。
「この幻想郷自体が、バイオフィルムの考え方に即しているんです」


 「うん?霊夢も早苗も、一体何を言っているんだ?詳しく言ってくれないと、全然分かんないぜ」
魔理沙が不満そうに、プゥっと頬を膨らませる。
「そうですねえ。では魔理沙さん、この幻想郷を守る障壁は何ですか?」
早苗が、諭すように問う。
「博麗大結界だぜ」
「それを維持管理するのは?」
「霊夢に決まっている」
「私たち守矢神社の神々は、何処から来たのでしょうか?」
「外の世界だろ」
「何故?」
「信仰の薄くなった外の世界では……あ!」
魔理沙は驚き、両の手を口に当てる。
「成程、博麗大結界がバイオフィルムであり、私たちは細菌ってことか」
「まあ、そういうことね」
霊夢はフンと鼻を鳴らす。
「確かに面白い考え方ね」
「でもちょっぴり怖いよな」
魔理沙が肩をすくめる
「だって、もし本当に幻想郷がバイオフィルムで包まれた菌の集まりに過ぎないのなら、アルコール消毒された布で全滅なわけだろう?」
「それはありませんよ」
早苗が笑う
「今迄の話は単なる空想です。現実である可能性なんて、万に一つしかありませんよ。そう」


「万に、一つしか」


先程まで晴れていた空に、何やら白っぽい靄の様なものが掛かり始めた。大気も湿り気を帯び始める。 
「久しぶりに真面目な話をした成果、酒が飲みたくなってきたぜ」
魔理沙が笑う。
「そういえばそうね。何だか私もそんな気分だわ」
霊夢も微笑む。
「奇遇ですね。私もです。なんだか想うだけでお酒の匂いが漂ってくるような……」
「ああ、私も丁度そんな匂いがするぜ……って、霊夢?」
「……三人ともって事は、幻臭ではないのね」
しばし沈黙が、その場を支配する。その間にも、辺りに立ち込める臭気が増していく。


 「す、萃香が遊びに来たんじゃないか?」
魔理沙が泣いたような、笑ったような顔で呟く。
「あの鬼は、こんな酷い臭いの酒は飲まないわ。そう、この匂いはむしろ……」
「消毒用アルコール、ですね」
早苗ががっくりと肩を落とす。白い靄が掛かっていただけの空は、いつの間にか巨大で白っぽい『何か』に覆われている。
しかし、誰もその正体を確認しようとはしない。
「すみません。私がこんな話をしたばかりに。言霊に、私の『奇蹟を起こす程度の能力』が呼応してしまったのかもしれません。
本当に、なんと詫びればいいのか……」
「気に病む必要はないわ」
霊夢が毅然と言い切る。
「形あるものはいつか壊れる。私はむしろ、こんな最期を受け入れるわ。湿っぽい別れは好きじゃないからね。
喜劇的、あまりに滑稽。予想だにしなかった。全く、笑ってしまうわね」
「ふふ、それもそうだ」
魔理沙は微笑む。長い睫毛は幾らか濡れているが、もう泣いてはいない。
「ある意味、凄く私達に似合った終わり方だと思うぜ。……いや、終わらせはしない。勝てない相手だとは限らない。
相手がどんなに強かろうと、全力を尽くすだけだ。」
深呼吸をして、魔理沙が言う。片方の手には箒が、もう一方の手には八卦炉がしっかりと握られている。
「『せーの』で飛んで、一斉に攻撃しよう。準備は良いか?」
「全く、割に合わないわ。でも……やってやろうじゃないの。だって私は『博麗の巫女』だからね。この幻想郷を守る義務と、誇りがある」
霊夢が祓い棒を握り、立ち上がる。
「神奈子様、諏訪子様、どうか私にご加護を。そして……いえ、『さようなら』は言いません。必ず、生きて帰ります」
早苗も御幣を構える。そして髪飾りを、そっと撫でやった。
「二人とも良い面構えだ。なあ、私はお前達に会えて本当に……。いや、恥ずかしい事を言うのは止そう。
もしも無事に帰れた時に、私をからかうネタにされては堪らないからな。
それじゃあいくぜ。せーの!」






 「全く、蓮子ったら……」
マエリベリー・ハーンは深く溜息を吐いた。
親友である宇佐美蓮子に連絡が取れず、何かあったのかとアパートに駆けつけてみると、この惨状である。
脱ぎ散らかした洋服、流しに積み上げられた食器の山。床はゴミだらけで足の踏み場も在りはしない。
「いやー、ごめんごめん。」
ガラクタとゴミの山を掻き分け、スウェットに身を包んだ蓮子が姿を現した。
「この前の実験データを見ていたら急に閃いちゃって。
私が以前提示したモデルとの相関を示そうとして、家のパソコンで取り組んでいたんだけど、どうも上手くプログラムが走ってくれないのよ。
まあ、何せ突貫工事で作ったものだからね。デバッグに夢中になってたら、メリーが来たって訳」
蓮子が照れたように、寝癖だらけの頭を掻く。
「なに宇宙語を話しているの?丸二日間も連絡が取れなくて、凄く心配したのよ。とにかく無事で、本当に良かった。
何十回も電話したり、メールしたのに」
「え?もう二日も経ったの?全然気付かなかったわ。携帯電話なら、一昨日服と一緒に洗濯しちゃった」
「……その洗濯物、もしかして未だ」
「うん、干してない」
「ああ、もう!」
メリーは洗濯機の据え付けられている脱衣場へと駆け出した。水没した携帯電話を救い出し、洗濯物を洗いなおす。
居間に戻ってきた彼女は、両手にゴム手袋を嵌め、洗剤とスポンジを握っていた。
「私も何か手伝う?」
「結構よ。蓮子は身綺麗にして、そこで待っていて」
座り込んだ蓮子の前で、壮絶な勢いで掃除が進んでいく。ゴミが纏められ、食器が洗われて行く。
「ところで蓮子、今朝は何を食べたの?」
「カップラーメン」
「昨日の晩は?」
「カップラーメン。昨日の昼も確か同じよ」
「まったく……」
メリーは洗い物の手を休めずに、再度溜息を吐く。そして小声で呟く。
「……そんな食生活していても、肌は綺麗なんだから」
「何か言ったー?」
背後から、蓮子の間延びした声がする。メリーはそれに答える。
「何でもないわ。ただ、こんな自堕落な生活していたら、いつか体壊すわよ」
「大丈夫よ」
いつの間にか、メリーのすぐ後ろに来ていた蓮子が囁く。
「だって、メリーが来てくれるんだもの。貴女はいつも私を気遣い、世話を焼いてくれる。私の研究が捗るのも、メリーのお陰よ。」
耳に蓮子の吐息を受け、メリーの顔が赤らむ。洗い物を終えた彼女は勢いよく振り返り、言う。
「蓮子……!あのね、私実は」
しかし、真剣な面持ちのメリーに対し、蓮子はヘラヘラと笑っていた。
「いやあ、でもメリーの旦那になる男は幸せ者だね。可愛くて献身的。良い奥さんになるよ」
「……馬鹿」
「え?」
「……何でもないわよ。きゃあ!」
メリーは、蓮子に己の心の内を見透かされない様に、流しの一角を指差しわざと大きな声をあげる。
「こんなところにばい菌が生えているわ!……雑巾にエタノールを振りかけて、と」
「ああ、それは経過を観察していた一群なのに」
ペタリと力無く、蓮子が床に座り込む。
「問答無用よ。拭き取ります」
メリーは手際よく、カビの生えた一帯を拭き取った。
「……赤いばい菌、青いばい菌、黒いばい菌。酷いわ。しかも気のせいか、微妙に動いているように見えるし。
でも、これで掃除は完了。さあ、出かけるわよ」
メリーが掃除用具を片づける。
「ふぇ?何処に?」
メリーは座り込む蓮子の頭に、黒いハットを被せてやる。
「携帯電話を修理しなくちゃ。あと、貴女に栄養在る物を食べさせるのよ。何か食べたいものや、行きたいお店はある?」
メリーに手を引かれ、蓮子が立ち上がる。
「おうちで、メリーの手料理が食べたいなあ」
「……いいわよ。でも、食材が無いからお買い物に行かなくちゃ。さあ、準備して」
「はーい」


 スウェットを脱ぎ、メリーが見繕ったシャツとスカートに着替える蓮子。そんな蓮子を視界に入れぬように、メリーは後ろを向いている。
不意に、蓮子が呼びかけた。
「ねえ、メリー」
「なあに?」
「例えばの話だよ。もし今日で世界は終了ですって言われたら、メリーはどうする?」
「……何を言っているの?そんなこと、あり得ないわ」
予期せぬ質問に、メリーの胸は高鳴る。
「あり得ないなんてことはあり得ないのよ。分子の動きは常に予測不可能な揺らぎを孕んでいる。
何かの拍子にとんでもないコトが起きて、宇宙が崩壊することも無くは無い」
メリーの鼓動は収まらない。背後からは衣擦れの音と、蓮子の暢気な鼻歌が聞こえてくる。
「蓮子だったら、どうするの?」
「秘密。メリーが答えたら教えてあげる」
「私は……」
__私は、どうするのだろう__
メリーは考える。
__急いで飛行機に飛び乗り、母国に帰るだろうか。
生まれ育った屋敷で家族やペット、使用人に囲まれ、安息に満ちた最期を迎えるのがセオリーだろう。
蓮子も同じく考えて、実家に帰ってしまうかもしれない。或いは独り研究に没頭したまま、というのも在り得る。
そこに私の居場所は無いかもしれない。でも、私は__
「私は!」
思わず声が大きくなる。
「蓮子と一緒に居る。今日みたいに小言を言いながら、蓮子の世話をしながら、蓮子と……」
後を続けようとするも、言葉にならない。耐えきれずに振り返ると、そこには
「ふふ、同じ意見ね。メリー。」
蓮子のはち切れんばかりの笑顔があった。
「そうよ、それでこそ秘封倶楽部の一員。我々秘封倶楽部は、共に世界破滅の原因を調査しながら最期の時を迎えるのよ」
蓮子はそう言い切ると、ウゥン、と呻きながら伸びをした。
「さあ、お馬鹿な空想はここまでにして、街へ出ようよ。メリー。私、すっかりお腹が減っちゃったわ……あれ、メリー?泣いているの?」




「ううん、眼にゴミが入ってしまっただけ。ほら、貴女の部屋って埃っぽいから」

 
5作目になります。
前作においては賛否両論戴き、ありがとうございました。勉強になります。
「SFっぽいものを書こう!」と思いながら書いた今作なのですが、果たして目的は達せられているのでしょうか?
御意見、御指導戴ければ幸いです。

あと、可愛い菌魔理沙を愛でて戴けると、作者冥利に尽きます。
もぐら
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コメント



0.980簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
おおう、なかなか面白かったです。久しぶりにぶっ飛んだ作品を読みました。
それにしてももぐらさんは本当に滅亡系しか書かないですよねw
2.70名前が無い程度の能力削除
さっと味わえてたいへんよろしい。
14.100奇声を発する程度の能力削除
バイオフィルムってそういう物なんだ…初めて知った!
16.90名前が無い程度の能力削除
ちょっとアッサリし過ぎてたかな
21.100名前が無い程度の能力削除
何時もながら発想が素晴らしいです
今回みたいな内容は作者のあっさり風味にマッチしていました
25.100名前が無い程度の能力削除
蓮メリ半端ない。
良い作品でした
26.無評価もぐら削除
この度はお読みいただき、ありがとうございました。
「配色的にはむしろ早苗さんの方がフィルムを形成するんじゃないの?」
などと突っ込まれたらどうしようかと思い悩みながら書いたssでしたが、全くの杞憂でした。
コメントにも戴きましたが、どうも私の書くssはワンパターンなのかも知れません。
なので、次回は少し趣向の異なるssを投稿したいと考えております。
よろしければ、またお付き合いくださいませ。
28.100ulea削除
ひとみの中に幻想郷~
もしこのメリーが眼病や失明なんてことになったらどうなるのか、わくわくするね。。
30.80名前が無い程度の能力削除
消える時は突然消えた方がよい気がしました。
33.80名前が無い程度の能力削除
アイデアは良かったんだけど、もう一ひねり欲しいかな。
すごく丁寧なバイオフィルムの説明に対して、対応するオチがあっさり気味。
でもやっぱりそこはかとなく専門家の雰囲気が出てていいですね。
34.70優依削除
バイオフィルムについての話はとてもわかりやすい説明でした。
けれど、理解をしたというよりは提示された物を受け入れるだけという感じがありました。
考える前に話が先に進んでいってしまうというか……魔理沙が殆ど自分で考えさせてもらえなかった印象があります。
魔理沙を生徒役にするのではなく、彼女の入手した外界の本を理解するために皆で考える話になっていたほうが好みでした。
本の説明に対して霊夢、早苗、魔理沙の三人は異なった解釈をして対立して、読者は誰の話を重視するかを選び、考える。
強者が弱者をを保護しているという見方、無意味に存在する菌への否定、多様な菌は可能性なのだという主張など。
最終的には三人の意見は統合されて、バイオフィルムは幻想郷と似ていると考える……とか。あまり良い改善例ではないですが。
こんな風に考えるのは早苗ひとりが原因という展開に納得できなかったためです。
彼女が元凶である必然性は無く、むしろ問題のほうが多いように感じます。
早苗が二人にバイオフィルムについて教えるまで(あるいは共通性に気づくまで)何も起こらなかった理由がわからなかった。
その説明のためにも、もし早苗の能力が原因で事件が起こるのであれば、知識は外部からのものであるべきだったと思います。
彼女に落ち度が無いほうが、理不尽な消毒に対して三人がわだかまりもなく一緒に怒ることが出来ますしね。
早苗のせいで世界が破壊されるよりも外部から流入した情報によって滅びる方が、寓話的だと思うのも理由の一つです。
たった一人の人間が原因で滅亡するのでは住人もただ怯えるしかない。
しかし、だからといって異物を拒む姿勢はバイオフィルムとかけ離れてしまう。
魔理沙が絶賛しているのに、細菌達の存在そのものは良くないものとして扱われている感じがする展開には首を傾げました。
幻想郷に似ているという話に繋げるのなら、バイオフィルムは永遠に完成せずに変化を続ける事などに目を向けて欲しかったです。
たとえ誰かの害する意図が無くても、いつかはコロニーが崩壊してしまうという事まで共通するのかどうか。
崩壊するのなら、不幸な分解で終わるのか、それとも幸せな別離となるのかについて。そういう話も聞いてみたかったです。

アルコールを塗布した布という世界を滅ぼす存在は唐突に感じました。
>もし本当に幻想郷がバイオフィルムで包まれた菌の集まりに過ぎないのなら
確かに二つはよく似ています。けれど魔理沙のこの発言は奇妙です。幻想郷がバイオフィルムだと言ったわけではない。
それに、コロニーへの攻撃は災害ではなく人為的なものであるはずですが、三人は細菌達が殺される理由を語らなかった。
水質浄化などに貢献する群もあるはずなのに、十把一絡げにされて悪玉として見なされている。
不衛生の象徴、除去されるのが当然の存在として。それが気に入らなかったです。
早苗はこの話が空想だから心配ないと答えました。しかし、それは質問とずれた答えです。
専門家である彼女は、自然界のコロニーや研究のために培養されるなどの例外的な理由で駆逐されない場合を答えることもできた。
後者の場合でも不要となって処分される日が来るかもしれないけれど、滅ぼされる場合と自然崩壊の二つがある。
それを語った上で空想と言うのではなかったため、飛躍しすぎた展開に感じたのだと思います。
>バイオフィルムがあったら細菌は無敵じゃないか!格好いいなあ
>いえいえ、そういうわけにもいかないんです
この場面で、霊夢が幻想郷と似ていると言いだしたのに違和感があったのですが、その理由がわかりました。
駆逐される可能性とされない可能性について、このときに早苗が語ってくれなかったのが納得いかないんです。
バイオフィルムを破壊する手段があるだけで滅ぼされる理由が無いのでは、不安に説得力が足りないのではないでしょうか。
たとえば原作のゲーム内でも世界を破壊できそうな人物は何人も登場しますが、滅亡させる意思が感じられないので不安にならない。
それと同じで、この滅菌にも理由が欲しいと感じました。理由は汚いとか、病気になるとかで十分だと思うんです。
冒頭で魔理沙が菌の話を気持ち悪いと言ったように、先程引用した場面でも「格好いい」ではなく不快感を示すべきだったのでは。
そうしていたら、自然な流れで早苗が説明を加えてくれたように思います。

話は変わって後半。蓮子とメリーの話がここで来るのは不満でした。
幻想郷がどうなったのか不明という状態だったので、メリー達の日常という重要性の低い話が頭に入らなかったのだと思います。
どれだけ丁寧に書かれていても幻想郷に関係すること――細菌やカビなどの話題――が出てくるまで読み飛ばしたくなる。
この場面は物語の前半に置くべきだったのではないでしょうか?
そうすることで、日常としてあっさりと通過してしまったビールスの話が幻想郷と結びつく。結末が語られていたか読み直す。
そんな読み返してもらうことを前提の構成であったなら、幻想郷を滅ぼす滅菌の具現も唐突な印象にならなかった気がします。
しかし、掃除で終わったと思ったのに、最後のメリーにはどきりとさせられました。
幻想郷での異変は指で目をこすったのか、それとも雑巾で拭き取られた方なのか。幻想郷の崩壊に涙した可能性も……?
ここは色々な可能性が感じられて好きです。後半は幸せな雰囲気なので全体的に好みですが、前半にも繋がるラストは特に。

幻想郷と秘封の前後の順番は気になりましたが、楽しませていただきました。
バイオフィルムが幻想郷に繋がるというアイデアはとても面白かったです。
世界の終わりなんて言うと恐ろしく聞こえますが、自然崩壊なら『聖輦船に、さよならを』のようになるのかもしれませんね。
こういう系統の話に興味がわいたので、もっと難しい内容でも読んでみたいです。期待して待っています。