・この作品は他の『ゆかてん幻想郷』タグの作品と繋がっております。
・同タグの作品と一緒にお読みになられればよりお楽しみいただけると思います。
天界の頂点、非想非非想天に集められた宝具の数々をしまい込んだ宝物庫がある。
天子が使っている緋想の剣も元々はここにあったものであり、他にも何か面白そうな物はないかと天子は度々そこに忍び込んで物色していた。
そして今日もまた、いつものように天子が警備の目を掻い潜って侵入していた。
「ふふん、異変の後に扉の鍵を変えたみたいだけど、それだけしかしないなんて天界の連中って本当に甘いわね。ずっと空に引きこもってる内に、頭の中お花畑になっちゃったのかしら」
今回みたいに扉の鍵を替えられたところで、一度鍵を盗んで合鍵を作っておけばそれだけで済むことだ。
更に、もしもの時のために宝物庫には、天子だけが知る隠し通路も用意されてある。
この暇つぶしにうってつけの宝物庫には、万全の体制でいつでも入れるようにされてあるのだ。
「さぁーて、何か面白いのないかしら~、っと」
埃にまみれた箱を開けて中を探る。宙を舞う埃のせいでくしゃみが出そうだがここは我慢だ、あまり大きな声を上げると誰かが聞いて様子を見に来るかも知れない。
しかしどこもかしくも埃だらけである。一体どれくらい長い間、天子以外の天人がここに来ていないのか。
「も~、せめて掃除くらいしようとは思わないのかしら……って、ん? 何かしらこれ」
埃を被った箱の中にあったのは、もう一つの小さめの箱と巻物であった。
二つとも取り出すと膝の上に並べ、箱の中身を確認してみる。
中にはおよそ十センチ程の黒い棒が二本並べられていた。一見すると何の変哲もない棒だが、これは確実に何かしらの力を持った不思議アイテムだ。
一緒に入っていた巻物のほうは、箱の中の棒について書かれた説明書のようである。
無駄に遠回りに、長ったらしく書かれた説明書を流し読む。するとそこに書かれていた棒の力は、驚くべきものであった。
「ほほぅ、これは中々面白そうじゃないの」
天子の顔に笑みが浮かぶ。笑みと言っても悪巧みの笑みであったが。
* * *
翌日の朝、天子はいつもどおり結界により隠された八雲邸に足を運んできていた。
ねぼすけ紫と弾幕勝負をするために、毎朝ここまで来て彼女を起こすのは天子の日課である。
「おっはよーう!」
玄関を開けて朝の挨拶、屋敷の奥まで聞こえる大声で来たことを知らせる。
そのまま返答を待たずに家に上がると、天子は紫の部屋にまで直行した。
襖を開けて、紫の状態を確認する。
「フフフ、案の定ぐっすりのようねぇ、紫」
いつもならここですぐに紫を起こすのだが、今日のところはそうはいかない。
今日ここに来たのは、弾幕勝負のためでないのだから。
「何故ならば! 今日は秘密兵器があるからよ!」
緋想の剣をその辺に置いておくと、誰に言うでもなく、懐から昨日見つけた棒の入った箱を取り出して宣言した。
棒と言ってもただの棒ではない、一緒に見つけた巻物に書かれていた棒の効力は、端的に言えば互いの肉体的特長を入れ替えると言うものであった。棒は宝具だったのだ。
つまり! これを紫に使えば、今日から天子は夢のグラマスボディを手に入れることができると言うわけである!
「今まで散々絶壁、絶壁って言われ続けたけど、今日からは私が言う番よ。さぁ紫、あなたのそのおっぱいは私が頂くわ!」
他人が聞いたら誤解されそうな科白を高々と言い上げた天子は、箱から棒の一本を取り出して紫の口に差し込んだ。
続いてまだ寝ている紫の上に覆いかぶさり、反対側から差された棒を咥える。
これで準備は良し。後は巻物に書かれたとおりに実行すれば言いだけなのだが。
「な、何だか近すぎない?」
ついそんな言葉が漏れてしまう。
それもしかたがない、天子と紫が咥えている棒の長さは約十センチ、後少し顔を近づければ唇が触れ合うような距離だ。
おまけに天子の蒼い髪が紫を覆い、紫の息が首元に吹きかかって妙にくすぐったい。
何だかいけないことをしているかのよう……いや、紫に黙って実行するんだから、実際にいけないことではあるが。
とにかくちゃっちゃと済ませよう、と天子は意を決して咥えた棒をかじった。
砕けた棒が舌に溶けて味覚を柔らかく刺激する。天界の宝具は甘かった。
かじられたことで棒が短くなり互いの距離が縮まる、天子の目に紫の顔がより大きく写る。
これが今回見つけた宝具の使用方法だ、このまま互いの鼻が触れ合うぐらいの距離まで続ければ効果が発揮されるらしい。
なんとも馬鹿げた使用法だがこれも胸のため。続けて天子が棒を噛めば、二人の距離は更に縮まった。
吹きかかる紫の息遣い、布団越しに感じる紫の豊満な体。
これじゃ本当にいけないことをしているようで、天子の胸が大きく高鳴った
少しずつ、ゆっくりと近づく二人の顔に、今度は息が荒くなってきて、胸の鼓動はもっと五月蝿くなる。
このまま行ったらもしかしたら、もしかしたらキスしてしまうんじゃないか。
「っ、ゆかりぃ……」
そう思ったら、何故かわからないが天子の口から紫の名前が出た。
その際に口の隙間から唾液が漏れ、棒を伝って紫の唇を濡らす。
更に近づく顔に、天子がぎゅっと目を閉じた時、ようやく天子と紫の鼻が触れ合った。
途端に目をひん剥いた天子は、勢い良く上体を起こして紫から距離をとった。
壁に頭を打ち据えたところで停止すると、バクバク鳴る胸を抑えて荒い息を整える。
「ハッ、ハァ――」
肩で息をする天子の顔は、真っ赤に染まっていた。
だが、落ち着く暇はなく、早速天子の体に異変が起こり始めた。
「おっ……? おぉっ!?」
急激に身長が伸び始めた、伸ばした腕がどんどん遠ざかっていく。
紫の高身長が天子に宿ったのだ、次いで胸も大きくなってきたのか胸が苦しく……。
「いやこれ、苦しいって言うかイタッ、タタタタタタタ!!!」
胸のことばかり考えていた天子であったが、大きくなれば当然サイズが合わなくなることを忘れていた。
身に付けていたさらしが、急激に膨張した天子の胸をきつく締め付ける。
更に今度は、腰周りがパンツによって締め付けられた。紫のお尻は思ったより大きかった。
これ以上痛いのは勘弁だ。天子は慌てて衣服を脱ぎ捨て下着を捨て去り、ほとんど生まれたままの姿になった。身に付けていると言えば帽子と紫色の首飾りくらいか。
そして天子は下に目を見やると愕然とした。
「おっぱいで下が見えない!?」
お、恐ろしい、これが紫が今まで体感していた世界と言うのか。
部屋の隅に置かれた姿身で、今の自分の状態を確認してみる。
「で、でかい……!!!」
身長的も、特徴的にもである。
試しに体を揺らしてみれば、たわわに実った果実も胸で激しく揺れる。
遂に天子は、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ、魅惑のボディを手に入れたのだ!
「つ、ついに絶壁って言われてからかわれる日々からおさらば……っ、クシュン!」
感動をくしゃみが遮る。朝っぱらから裸でいればくしゃみをするくらい当然だ。
このままでは風邪でも引きそうだ、かと言って今まで来ていた服ではサイズが合わない。
部屋を見渡せば、紫の服が仕舞ってある箪笥があった。すぐさま着るものを探して箪笥の中身を漁る。
とりあえず下着一式が見つかった、ぱんつは何事もなく履いたがブラジャーが問題であった。
「あ、あれ? どうやって着けるのよこれ?」
今までさらししか使ったことのない天子にとって、ブラジャーは未知の存在であった。
胸に着用するものとは知っているが、どうやって装着するのか全くわからない。
仕方なく先程まで使用していたさらしを、不十分ながら胸に巻きつける。
続けて探すのは着る服だ、もう一度箪笥の中を漁って自分に合う服がないか探す。
……途中見つけた、やたらとフリフリでピンクで乙女な服は見なかったことにしよう。
…………途中見つけた、元々の自分のサイズにぴったりな、フリフリでピンクで乙女な服は見なかったことにしよう。
一通り探してみたが、ピンと来るような服は結局見つからず。仕方なしに、いつも紫が着ている導師服を着てみた。
「んー、色が私に合ってない気がするけど……まっ、これでいっか」
ひとまず、これでグラマスボディを手に入れ、目標を達成したわけであるが……。
「これからどうしよう」
いかんせん行き当たりばったりな行動であったため、それ以降どうするか全く決めていなかった。
……とりあえず、いつも通り紫を起こすことにしようと決める。
結構騒いでいたはずが、未だにグースカ寝ていた紫に声を掛けた。
「紫ー、朝よー、希望(おっぱい)に満ち溢れた朝よー」
声を掛けてから数秒、口をもぞもぞと動かしてうめき声を出すと、紫は何事もなく目を覚ました。
しかし何故これで起きて、さっきまで騒いでたのに起きなかったのか。疑問に思う天子であったが、好きな人物に起こされているからだと天子は気付きはしない。
紫は起き上がると欠伸を一つ、すると彼女が着ていた寝巻きが肩からずり落ちた。
先程使用した宝具の影響により、紫が天子の体系になっているためである。ようするに胸がなくなって服が緩くなったからずり落ちた。
乱れた服装が胸元を晒していて、先程の宝具を使用した時の出来事、あの互いの顔が近づく瞬間を思い出して、天子の顔に赤みが差す。
「……あら、どうしたのかしら天子。いつもならおはようの一つでも言うのに」
「な、何でもないわよ! おはよう紫!」
思わず顔を背けて、ぶっきらぼうに言い放つ。
起きて早々、様子がおかしい天子に紫は首をかしげた。
「全く、どうしたの? 元気だけが取り柄なの…に……」
何かに気付いた紫が胸を探る。
「ない……」とだけ呟くと、布団を蹴飛ばして立ち上がった。
信じられないと言う顔で、変わり果てた自分の姿を見る。
「えっ? なっ! 一体どういうこと、これは!?」
ここまで焦った紫は中々お目にかかれない、かなりなレア顔である。
天狗からカメラ借りてくれば良かったか。などと呑気に考えていた天子に、紫が凄い形相で食って掛かってきた。
「天子、あなた一体何をしたの」
「べっつにー、ただ面白そうな物見つけてみたから使ってみただけよ」
「……察するところ、互いの特徴を入れ替える道具かしら」
流石は妖怪の賢者、天子が何も言うことなく状況を見ただけで、ズバリ答えを言い当てた。
「あったり~、やっぱ紫って頭良いわね」
「そ、それほどでも……って、誤魔化さないの」
天子に褒められたのが嬉しかったか、顔を緩めた紫であったが、すぐに目を尖らせて天子に向き直る。
「元に戻しなさい」
「いや」
「元に戻しなさい!」
「いーやー」
「……あなた、これの重大性わかってる?」
「何言ってるのよ、あたしがでかくなって紫がちっさくなっただけじゃない。紫なら境界操って大きくなればすむだけでしょう?」
「あぁもう、そうじゃなくてね……」
多分文句を言ってくるだろうと天子は多少覚悟していたが、呆れたように溜息をつく紫に、「あぁ、これは思ったより面倒になりそうだな」と天子は直感で感じた。
これなら起こさないほうが良かったかもしれない。などと考えていると、丁度良く襖を開いて藍が顔を覗かせてきた。
「天子、遅れているようだが、どうし……ホントにどうしたんです、紫様までそんな姿で」
チャンスだ!
突然やってきた藍に紫の意識が向いた瞬間に、天子は藍を押しのけて部屋を飛び出した。
「あぁ、天子ちょっと待ちなさい!」
「紫様、一体何が」
「話は後よ藍、天子を捕まえて――」
「遅い遅い……って、あら?!」
紫と藍が手間取っている間に、天子は廊下を端って玄関まで向かおうとしたが、急に大きくなった肉体に制御が追いつかなかった。
いつもと違う重心の位置と足の長さに、バランスを崩して盛大にこけた。
「いたた……胸が重過ぎて走りにくっ……」
「てーんーしぃー!!!」
一方、紫は小さくなっても天子のようにバランスを崩さずに、見事に二本の足で立って天子に向かってきた。
だがサイズの合っていない寝巻きが、急激な運動に乱れてずり落ち、あられもない姿になりつつある。
「ちょっ! 紫ってば服、服!!」
「服って何が……キャーッ!!?」
赤面の天子に言われて初めて気付いたか、紫はその場に座り込んで必死に胸を隠そうとする。
廊下の真ん中に座り込むものだから、紫に続いて天子を捕らえようとした藍の進路まで塞いでしまった。
「何やってんですか紫様、別に男はいないんだし落ち着い、ブハァッ!」
そんな紫をなだめようとした藍であったが、哀れ錯乱した紫のアッパーカットが顎を貫く。
藍の意識を刈り取った後、紫は服を求めて急いで自室に戻っていった。
一瞬呆けていた天子だが、今のうちに逃げた方が良いと気付くとすぐにまた玄関に向かおうとした。
今度は先程のように走るのでなく、体を宙に浮かせ廊下突っ切る。
すぐさま靴を履こうとし、そう言えばサイズが変わってるんだったと思い出して、紫の靴を借りて家から飛び去っていった
後はこのまま逃げ切るだけだ、と考えていた天子に後ろから弾幕が襲い掛かってきた。
ギリギリで察知すると、紙一重で弾幕を避けきる。
「流石に今度ばかりは逃がさないわよ天子」
「もう、しつこいわねぇ」
天子に弾幕を放ったのは、いつもの服装の変わりに天子の服を着た紫であった。
裸足で帽子も被っていないところを見ると、服を着ると大急ぎで窓から飛び出てきたのであろうか。
「まぁ良いわ。紫、今日こそはこの緋想の剣でケションケションに……あれ? ない?」
「探し物はこちらかしら?」
そう言って紫が見せてきたのは、紛れもなくいつも天子が使っている緋想の剣であった。
「あぁっ!? あんた隙間でパクったわね!!」
「あなたが部屋に忘れて行っただけじゃないの」
呆れ顔で紫に言われた天子は、これはまずいなと身構える。
紫なら能力で大きくなれるであろうし、ここまでしつこく追いかけられるとは思わなかったのだ。
楽観視していた数分までの自分が恨めしいが、悔やんだところで状況は良い方に転ばない。
だが、ここで諦めるなんて選択肢は用意されていない。
せっかく手に入れたおっぱいを! 手放す道理などどこにあろうか!!!
「舐めないでよ紫! 要石だけでも逃げるくらいなら十分よ!!」
「要石って、やっぱりあなた状況わかってないでしょ」
紫が呆れ顔のまま、何か言っているがここは無視だ。
撹乱用の要石を幾つも作り上げ……。
「……あれ? 要石が出てこない」
何度も出てこいと念じ、いつものように呼び出そうとしたが、幾ら試しても要石は出てこなかった。
まるで自分の能力がなくなってしまったように、自分の内に力を感じない。
「フンッ! ムンッ! ほりゃ!!」
「そんなことしても出てこないわよ、いい加減諦めなさい」
そう言った紫が、鼻で笑ったのを天子は確かに感じ取った。
カチンと来たぞ。また隙間ババアはこの私をあざけ笑うのか。
「ジョ~ダンじゃないわよぉぉお!!!」
来い、来い、来い!!!
必死に要石を呼び出そうと、力んで内なる力に意識を向ける。やがていつもとは少し違うが、内に眠る能力を感じ取った。
その能力に手を伸ばし、スイッチを入れるのをイメージする。
瞬間、身体の内を力が駆け巡り、それが具現化するのを確かに感じ取った。
「よっし、来たぁ!!!」
そう叫んだ天子の背後に現れたのは、10メートル程はある一本の線であった。
その線は端にリボンが結ばれていて、パカッと開いて目が浮かぶ黒い空間を見せてきて。
「って、これ要石じゃなくて隙間じゃ……」
「なっ、天子それすぐ仕舞いなさい!」
「何言ってるのよ、隙間なんだから出しのは紫――」
続けて言おうとした天子に、隙間から地響きを立てて傘が、標識が、列車が、ありとあらゆる物が雪崩のように襲い掛かってきた。
「何この音……って、ギャーーー!!?」
「キャーーー!!!」
天子と一緒に紫まで巻き込んで、雪崩は二人を大地に叩き落とした。
その上から、未だ大量に降り注ぐ物が二人に追い討ちを続ける。
隙間からの雪崩はそのまま10秒近く続いて、終わった頃には森の中にガラクタの山ができていた。
普通の人間なら圧死していただろうが、かたや天人、かたや妖怪、二人ともこんもり積もった物を押しのけて無事に生還した。
「あい、だだだだ……一体何が起こったのよこれ!」
「あぁもう、酷い有様。あなたが使った道具が何なのか知らないけど、入れ替えたのは身体的特長だけじゃなかったってことよ」
「どういうことよ?」
「まだわからないの? あの隙間を出したのは私じゃなくてあなた」
「あれを私が? ……それじゃあ、まさか!」
「私の能力とあなたの能力が入れ替わったのよ」
どうやら天界の宝具は、天子の想像を超えていたようだ。まさか各々が持つ能力まで入れ替えてしまうとは。
「あっ、もしかして今の私って隙間使いたい放題!?」
「駄目、よ。未熟なあなたが使ったりしたら、能力が暴走するだけよ。命が惜しかったら絶対に使っては駄目」
そう言った紫の目は真剣であった。未熟と言われたのが多少腹立たしいが、ここまで真剣に言われては使うわけにはいかない。
「それじゃあ、あなたが使った道具を出しなさい」
「えー……能力使わないから、もうちょっとこのままいちゃ駄目?」
「あなたが私の代わりに、結界の修繕作業をしてくれるなら良いけれど」
「さぁ~て、あの宝具どこ仕舞ったかしら~」
グラマスボディは惜しいが、結界の修繕なんて面倒など真っ平御免であった。
確か天界の宝具の残り一本は、箱に入れたまま一緒に持ってきていたはずだ。天子はドレスを探って、お目当ての中を探し出す。
「……ん?」
仕舞っていたはずの場所に箱はなく、別の場所も探る。
それでもまだ見つからず、ガラクタの山の上に立って体中を探ってみる。
しかし持ってきたはずの箱は一向に見つからなかった。
「ちょっと天子、あなたまさか……」
「えぇーと、その……」
視線を泳がせた天子は、やがて足元の山を指差して。
「こ、この山のどこかみたい……」
それを聞いて、紫は盛大に溜息をついてこめかみを押さえた。
* * *
それから二人は一度家に戻って、気絶しているところを起こされた藍を交えてどうするか相談することとなった。
ちなみに紫は帽子を被ったり、靴下を履いたりと身だしなみを整えたが、他にましな服がないので天子の服を着たままである。
天子も同様に紫の導師服を着たままだ。
「それで天子、あなたが使った道具はどんな形なの」
「えぇっと、宝具自体は一見黒い棒ね。箱の中に丁寧に仕舞われてるから、見ればわかると思うわ」
「そう、箱に入っているの……それじゃ藍、朝食の後で萃香を呼んできてくれるかしら?」
「あの鬼ですか、わかりました。」
紫からの命を理解した藍は、まずは朝食の用意を終えるために台所へ向かった。
しかし紫の命令の意味がわからない天子が、紫に訪ねる。
「萃香を呼んで来てどうするのよ?」
「彼女なら、あの山から箱だけを萃めることができるわ。そうすればすぐに探し終わるでしょう」
「へぇ、あの能力、そんな風に使ったりもできるのね」
それは良いことを聞いた、やりようによっては非常に面白いことができそうだ。
何かしら思い浮かんだら、萃香に頼み込んでやってみようか。などと悪巧みの算段をしている天子であったが、料理が運ばれてきたことにより思考を中断する。
「今日も美味しそうね、いただきます!」
「はい、いただきます」
「いただきます」
早速箸を持って、盛られた白いご飯を口に運ぼうとした天子であったが、ここで体が大きくなった支障が出た。
「あっ、あれ?」
「どうしたの、天子?」
「いや、上手くお箸使えなくて……」
元々の紫の手は天子の手より少し大きい。
いきなり長くなった指のため、前と同じ感覚では箸が思うように動かせなかった。
業を煮やした天子は、茶碗を口元にまで近づけて、無理やりに口の中にかきこむ。
「全く、女の子なのにはしたない」
「し、仕方ないでしょ! まだ体がおっきくなってから、慣れてないんだから」
そう紫に言葉を返すと、今度は焼き魚に箸を伸ばした。
ぎこちない箸使いでなんとか身をほぐそうとするが、なかなか上手くいかない。
「むぐぐ……」
「……はぁ、しょうがない子ね。藍、スプーンを持ってきて」
「はい、ただいま」
見るに見かねた紫が、スプーンを使わせようと藍に持ってくるように命じた。
それを聞いた天子は、不服なのか不満そうな顔になる。
「馬鹿にしないでよ! ちゃんとお箸で……」
「何言ってるのそんな箸使いで。それじゃ食べ終わる前に、ご飯が冷めてしまうわ。おとなしくスプーンで妥協しておきなさい」
「……確かにご飯が冷めるのは嫌ね。じゃあスプーン使うにしても魚はどうしよう」
スプーンではご飯を掬えても、魚の身はほぐせない。
悩む天子に、紫は自分が身をほぐした焼き魚を、無言で天子の方へと差し出した。
「これ、私に?」
「他に焼き魚も満足に食べれないような、つたない箸使いの人なんていないわ」
「……ありがとう」
「そう思うなら、次からもっと思慮深く行動しなさいな」
「ぬぐ……お礼ぐらい素直に受け取りなさいよ。小さくなってもイジワルね、紫って」
だがそれ以上に、彼女は優しくもあるのだが。じゃなければ、わざわざこんな手間なことをしてくれはしない。
それにその意地悪も、きっと照れ隠しなのだろう。案外恥ずかしがり屋だと、最近になって気付いた。
確証なんてない。けれどよく一緒にいるうちに、天子はなんとなくわかるようになってきた。
そしてそれは、間違っていないと思う。
紫の優しさを感じ取った天子は、その優しさが心地よくて笑い。
それを見た紫も、「変な子ね」なんて言いながらも同じように笑った。
こっそり見ていた藍は、いっそ口移しでもしてやればいいものを。などと考えていた。
* * *
朝食後、いつもなら天子と紫は弾幕ごっこをしているであろう時間帯だが、今日ばかりは休戦だ。
萃香を探しに行った藍を待ちながら、ガラクタの山が見える縁側でダラダラ過ごしていた。
本当なら天子は博麗神社にでも行って、今の身体を自慢したいところであったが、残念ながらすぐに元に戻るので自慢しても後が虚しい。
それに今は弾幕勝負が出来ない状態でもある。能力は使えないし、隙間からガラクタの雪崩に巻き込まれた際に、紫は緋想の剣を手放してしまった。
今は大人しくお茶でも飲んでおこう……おおう、お茶を飲もうとすると、胸が邪魔をしてくる。
「胸が邪魔でお茶が旨い! オチャウマ状態!」
「明日には無くなる運命だけれどね」
「うるさい」
ええい、今回は元に戻らないといけないので事実上失敗であるが、いつの日か別の方法で夢と希望が詰まったおっぱいを手に入れてみせる。
しかしそれもいつの日になることやら、できれば今日中にこのおっぱいを十分堪能したい。
と決まればこの天子、即実行。縁側から立ち上がると、隣に座っていた紫の後ろで膝立ちになり、紫の頭にたわわにみのった果実を乗っけた。
「……これはどういう意味なのかしら」
「やってみたかった、以上」
「くだらな過ぎて涙が出そうだわ」
なんと言われようが構うものか。やってみたいものはやってみたいのだ。
あぁ、他人を胸で押しつぶすのって、なんだか優越感。
「いい加減重いから離れなさいって」
「あぁん、もうケチ」
紫が体を振るって、引っ付く天子を振り払う。ちょっと顔が赤い、おのれ恥ずかしがり屋め。
裸を見られたとかならともかく、これくらいのスキンシップは別に普通だと思うのだが。
まぁそんなのは人によるか。霊夢とかなら、見られたところでなんにも感じなさそうだし。萃香なんて見られても、恥ずかしがることなく笑ってそうだ。
……恥ずかしいと言えば、元の体に戻る時はもう一度アレをしなければならないのか。
寝ている紫の顔に鼻息が感じ取れるほど近づいた、あの時のことが天子の脳裏に思い出された。
アレを、もう一度。今度は起きてる紫と。
「どうしたのかしら、そんなにボーッとして」
「な、なんでもないわよ!」
想像の中にトリップしていた天子は、紫に声を掛けられ現実に帰還した。
ぶっきらぼうに答えると、紫の横にもう一度腰を下ろした。
お茶を飲んで少し考える、今のうちに宝具の使い方は教えておくべきだろうか。
今から言っておいたほうが、直前に言われるのと動揺するのは変わらないにしても、心の準備はしておけるだろう。
「ねぇ紫」
「なにかしら」
天子は言葉を続けようとして、紫に顔を向けたところで目と目が合った。
頭のどこかで、本番の時も見つめあう形になるんだろうな、と思ってしまい。
それが恥ずかしくて、言おうとした言葉が引っ込んだ。
「えーと、いやその……」
「なにかしら、そんなにしどろもどろで。あなたらしくない」
「いや、に、似合ってるんじゃない、その格好?」
「えっ?」
場を誤魔化そうと変わりに出てきた言葉は、適当に褒め言葉であった。
適当といっても、世辞でもなんでもない純然たる事実であるが。
「そ、そう? ありがとう」
「そうよ、そう! なんだかんだ言っても、やっぱり紫って綺麗だしね。どんなの着ても似合うわ」
天子はよくババアなんて言ってからかったりもするが、実際は紫はかなりの美人である。
小さくなってもそれは相変わらずで、天子の服を着た紫はいつもと違う雰囲気をかもし出しながら、絵になるような美しさであった。
だが実際の紫は、突然天子に褒められて内心ドキドキであった。
「……あなたって、時々歯に衣を着せないで喋るわね」
「? そうかしら」
「自分で気付いてないあたり真性ね」
男性相手に話せば、相手によってはすぐに惚れられてしまいそうだ。
事実、男ではないが惚れてしまった隙間が一人。
紫は天子に悪い虫が付かないか、非常に心配である。
「まっ、そんなのは別にどうでも良いわ。それより私はどう? 似合ってる?」
「天子の? そうねぇ……」
「やっぱり高貴な天人だしぃ? この紫の服も結構」
「面白くはあるけど、不似合ね」
それを聞いてガックリと肩を落とす天子。
紫の言うとおり、活発な天子に紫の導師服は、あまり似つかわしくはなかった。
「紫も結構、歯に衣着せないわよね……世辞ぐらい言ったらどうなのよ」
「あなたの場合、世辞を言っても全部信じきっちゃいそうで、面白みがないわ」
「あんたは人を弄ることしか頭にないのか!」
頭にきた天子は、紫のこめかみにデコピンを食らわせようとした。
避けられた、ちくしょう。
またお茶を一口飲んだ天子は、目の前の光景に向き直る。
能力の暴発によって、隙間から落ちてきたガラクタの山がこんもりと積もっている。
ざっと10メートルほどはありそうだ、どれだけ隙間に溜め込んでたんだか。
「それにしても、隙間の中ってあんなに一杯物が詰まってたのね」
「えぇ、長く生きると言うことは、同時に大切なものも増えるものだから」
「大切なもの……」
天子はガラクタの山から、紫の方へと目を移した。
紫の目はなにかを憂うように、目の前の光景を見つめている。
天子にはガラクタの山にしか見えないそれも、紫にとっては大切な思い出の山だったのだ。
記憶の紐を手繰り、思い出を掘り起こしているであろうその姿は、どことなく儚げだ。
「ごめん……」
「あら、いきなりどうしたのかしら?」
「だって私のせいで、紫の大切なものが……」
あれでは、紫の思い出を踏みにじったも同然だ。
大切な思い出が野ざらしで放置されていて、一体どんな気持ちなのか。
天子がしてしまったことは、考えていたよりも残酷なものだった。
「あんなに山になってたら、下の方なんて潰れちゃってるだろうし。私のせいで……」
言葉を続けようとした天子であったが、次の言葉は押しとどめられた。
紫が天子の帽子を脱がすと、頭に手を伸ばして髪を撫でていた。
「それ以上は、言わなくて良いわ。自虐なんて、天子には似合わないもの」
「でも!」
「あなたが謝ってくれた、ならそれで良いわ。わざとしたことでもないのだしね」
紫が一撫でするごとに、天子の感情は静まって、落ち着いていく。
こうやって誰かに撫でて貰ったの何百年ぶりか。
「それにね、本当に大切なものはそう簡単に壊れないように、まじないをかけてある。だから大丈夫よ」
「ホントに?」
「本当よ、だからそんな悲しい顔をしないで。あなたは笑顔が一番似合うんだから」
紫の語りかけてくる言葉は、驚くほどに天子の心に入り込んでくる。
言葉に籠められた優しい想いが、荒れた心を癒してくれる。
「……ありがと、紫」
紫が手を頭から離した頃には、天子の顔にいつもの笑顔が戻っていた。
その笑顔を見て、紫の顔にも柔らかい笑みが浮かぶ。
「じゃあさ、私を吹っ飛ばしたあの列車とかも、思い出の品なの?」
「いえ、あれは寝ぼけた時に持ってきた物よ」
「いや幾らなんでも寝ぼけすぎでしょ!?」
やっぱり、九割がたはただのガラクタな気がしてきたぞ、おい。
* * *
その後、ダラダラと過ごしていた二人であったが、昼ごろになっても藍は帰ってこない。
結果。
ぐきゅるるるるるるる~
「……天子、はしたないわよ」
「……今の紫のじゃないの?」
ぐきゅるるるるるるる~
二人揃って、空腹で倒れていた。
「藍遅すぎでしょ……萃香まだ見つからないの……」
「神社と天界にいなかったら、他にいる場所見当もつかないものね……」
「あーもう、お腹すいたー!」
まさかここまで時間が掛かるとは、二人とも思っていなかった様子。
少しお腹が減ってきても、もうそろそろ藍が帰ってくるだろうとダラダラして、気が付けばこの有様である。
「こうなれば、最終手段……!!」
ご飯がない? 上等だ、なければ作ってしまえば良い!
「と言うわけで、台所までやってきましたー! ……あー、お腹すいて死にそう」
「その割には無駄に元気ねあなた」
満腹度0%の状態で、歩くたびにダメージを受けながらなんとか台所までたどり着いた二人。
なのだが、目の前の台所に天子は違和感しか思い浮かばなかった。
「ねぇ紫、私の知ってる台所と違う」
「どこかでは、これは普通の台所よ」
「じゃあこれなに」
天子が指差したのは、白く巨大な箱。
試しに箱を開くと、中は冷気で満たされて、食材も冷たく保存されていた。
「冷蔵庫よ、冷たい状態食材が保存できるわ」
「じゃあこれは」
次に聞いたのは、銀色の丸っこい物体。
突いていた出っ張りを押すと、蓋が開いて中には温かいご飯が。
「炊飯器よ、ご飯が炊けて保温も出来るわ」
「じゃあこれは」
今度は横にでかい装置であった。
スイッチを押すと、装置の上で火が灯る。
「コンロよ、スイッチ一つで火が点くわ」
「どれもこれも外界の物じゃないのこれ!?」
以前外界にひょんなことから行った際には、あまり外の物を持ち込むなと言ってきたくせに、自分はこれか。
「私はいいのよ、他の者には技術を伝えてないし。こんなのがあるのを知ってるのも藍と橙、それに妖夢くらいかしら」
「だからって納得いかない……」
幻想郷大好きなら、台所まで他と同じようにしないのか。
技術を独り占めして、自分達だけ楽をするとは……まぁ、お陰で今から簡単に料理が出来そうではあるが。
「なんにせよ、いっちょやりますか!」
「そう、それじゃ頑張ってね。楽しみにしてるわ」
「おう、任せときなさい! ……って、あんたもやるのよ、あんたも」
自然と台所を出て行こうとした紫の肩を、天子がガッチリと捕まえる。
「あんた大妖怪でしょ、長生きなんでしょ。料理くらいしたことあるでしょ」
「フフフ、冗談が上手いわね天子って」
「ホントにないの!?」
駄目だこの自堕落妖怪、家事は全部藍に任せたっきりか。藍かわいそう。
「……ま、まぁ、なんとかなるでしょ! 簡単な炒め物とかなら、適当に焼いて塩とか振り掛ければなんとかできる!」
「そんなこと言って、あなた料理したことあるの?」
「……なんとかなるわよ!」
「つまりは経験ないのね」
仕方ないじゃないか、天界じゃ料理する必要はなかったんだし、人間だった頃も良いとこの嬢ちゃんだったから、大体のことは周りがやってくれたのだ。
だが今ここに料理を作ってくれる人はいない。自分で作るべく、天子は冷蔵庫とやらを開いて適当な食材を探した。
無難に人参と玉葱、それに豚肉を引っ張り出す。
「さっき言ったとおり炒め物にしましょ。紫、包丁とまな板どこ?」
「まな板はそこに立ててあるし、包丁は下の棚……だけどあなた大丈夫なの? まだ体に慣れてないのに、刃物なんて使って」
まな板と人参を用意した後、紫に言われたとおりに棚を開くと、刃が鈍く光る包丁が幾つか備えられていた。
包丁を手に取り、いざ料理を始めんと、人参を危なっかしい手つきで切り始めた。
「だいじょぶ、だいじょぶ。私の体はナイフも通らないくらい硬いんだから。これくらいどうってこと――」
ザクッ
普通に刃が指を切った。
「イッターーーーーーイ!!! な、なんで切れ……」
「どうやら、体が硬いって特徴も入れ替わってるみたいね」
「そ、それまで入れ替わ……いたたたたた」
「あぁもう、大丈夫かしら? ……って、なんで人差し指から小指まで全部切れてるの!?」
作業一時中断。痛みでうずくまる天子を紫がなんとか居間にまで連れてきて、傷口の手当をすることとなった。
天子の傷はかなり深かったが、四本同時に怪我したのが幸いし、力が分散されて指が切り落とされるような事態にはならなかった。
もし切ったのが一本だけであったら、指の数が減っていたかもしれない。
「イタイイタイ! もうちょっと優しくできないの……痛い!!」
「我慢しなさい、これだけ酷い傷じゃどうあっても痛いわ」
天子の指を紫が一歩一本消毒して、傷口に絆創膏を貼り付けていく。とりあえず傷口を塞いでいれば、なんとかなるであろう。一応天人であるし。
全て張り終えたころには、天子の目じりには一杯の涙が溜まっていた。
「うぅ痛い……」
「まさかここまで酷いことになるとはね……」
流石の紫もここまで酷いのは予想外である。この傷では天子はもう料理が出来まい。
となると、今料理を作れるのは一人しかいない。
「……仕方ないわね」
「? ちょっと紫」
天子の問いにも答えず、紫は再び台所へと向かっていく。
なにをしようとしているか、天子にもそれがわかり、様子を見について来た。
「紫って料理したことないんでしょ、大丈夫なの?」
「あなたがさっき言ってたじゃないの、大丈夫って」
台所に着いた紫は、血塗れた包丁と人参を水で洗いもう一度切り始めた。
天子と比べればマシであるが、やはりまだ危なっかしい。
「ホントに大丈夫なの?」
「私は今、あなたの持ってた特徴を持ってるのよ。包丁ぐらいなんてことないわ」
実際、何度か指に刃が向いても、紫の指には傷一つ付いていない。
形が不ぞろいながらも、人参は一口大のサイズに切り刻まれていく。
「おー、これならなんとかなりそうね」
「えぇ、後は焼き加減を間違えないだけ――」
ザクッ
人差し指の爪の根元、ささくれなどが出来るの部分を包丁がそぎ落とした。
「って、痛いっ!?」
「きゃあ!? に、肉がペランって……」
ちょっとしたグロ画像である。
肉が削げた指から、血がダラダラと指先から垂れ落ちる。
「うぅ、血が……」
「あわわ……ちょ、ちょっと手貸して! あれよ、消毒!」
「えっ、天子なにす――」
あむっ
紫の手を取った天子は、消毒しようと怪我をした指をその口にくわえた。指先が怪我の痛みをも押しのけて、天子の舌の感触を、唇の柔らかさを紫に伝える。
天子の突然の行動と感触に、紫の心拍数は急激に上昇していく。
「うぇ、血の味マズ……大丈夫、紫?」
「え、えぇ……大丈夫……」
正直、今の紫は痛みどころでなかった。
天子の自分の指をくわえられた、その事実だけで顔を真っ赤にして。くわえられた時の感覚を思い出せば、激しい痛みは吹っ飛んだ。
「手当てしないと、また戻りましょ」
「……わかったわ」
顔を赤くした紫は、ポーッとしたまま天子に居間に連れられていく。
不幸な出来事で恥ずかしくもあったが、今の紫はなんだかんだで幸せであった。
* * *
紫の指を手当てした後、どうやって料理を続けようか迷った末。
「いっそ左手使わないで切っちゃえば良いんじゃない!?」
と言う天子の謎の提案に、まだ正気に戻りきっていなかった紫が乗ってしまって。力加減を間違えて、人参どころかまな板まで砕け散ってしまった。
結局、冷蔵庫から卵を取り出して、卵かけご飯で済ますこととなった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま!」
とりあえず腹は膨れたことだし良しとしよう……台所の惨状を見た藍の反応が怖いが。
砕けたまな板とひしゃげた包丁はともかくとして、流石に形の変わったキッチンまでは処理できなかった。
あれを見られたら怒られるかも。まっ、その時はその時か。
「そう言えば藍、まだ帰ってこないわね」
「そろそろ帰ってきても良さそうだけど……まだ萃香は見つからないのかしら」
「探してない時は良く見かけるのに、いざ探そうとすると中々見つからないのってあるわよね」
だが探し始めてもうかなり時間が経つ、そろそろ帰ってくる頃合だろう。
とすると、天子がこの姿でいられるのも後少しという訳だ。
今のうちにやっておきたいことはなかったかと、天子は机に顎を乗っけてもう一度考えてみる。
しかし漠然と胸を大きくしたいとは思っていたが、なにかやってみたいことが幾つもあるわけでもない。
このままダラダラと藍と萃香が来るのを待つだけか……せっかく大きくなったのになんだかもったいない気がする。
「……大きく?」
そうだ、大きくなったのは胸だけではなかった、身長も同じように大きくなっている。
視線を上げて机を挟んでのんびりしている、紫のほうを見てみる。こちらは天子と違って小さくなっている。
うん、思いついた。やってみたいこと。
「紫、縁側まで来て」
「ん? 何かしら」
紫を呼びつけると、天子は一足先に縁側まで行き腰を下ろした。
その隣に座った紫を、天子は脇の下に手を伸ばし持ち上げた。
「きゃっ! なにするの天子」
「んー、ちょっとやってみたいことがあってね。それにしても軽いわね、私もこんなに軽いのかしら」
流石にもうちょっと、肉をつけた方が良いかもしれない。天人だからそう簡単にサイズが変わるか不明だが。
紫を持ち上げた天子は、そのまま自分の前にまで紫を運び、膝の上に降ろした。
「ちょ、ちょっと天子?」
「んふふー、やってみたかったのよねー、これ」
紫が被っていた帽子をひったくると、頭の上に手を置いて撫でてみる。
これまた突発的な行動に、紫は心の準備などできずにドキドキしっぱなしだ。
「こ、これがやりたいことなのかしら?」
「ん、むかーしに母さんにやって貰ったことがあるんだけどね。その時に、私も将来こうするんだよって教えてもらったのよ」
遠い日、遥か数百年前の、まだ人の子であった頃の記憶。
母の膝に座って、頭を撫でて貰いながら色んなことを教えてもらった。
「やっぱり女の子にとって、母親になるのは夢よね。でも私は天人になった、子供は作れるかもしれないけど、これ以上成長しなくなった。だからできるって思ってなかった。でも今日ついに叶ったわ」
「……でも私は、天子の子供じゃないわ」
「今の見た目は子供っぽいじゃない。こうしてみると紫は可愛いわねー」
「か、かわい!?」
赤くなった紫が暴れそうになるが、天子はすぐにぎゅっと締め付けて押さえつけた。
恥ずかしいだろうが、ここは自分のわがままで押し通らせてもらう。誰かに見られてるのなら流石に恥ずかしいが、今は二人っきりだしこれくらいいいだろう。
「ひゃっ!? 天子、胸がっ、頭にっ!」
「ふふっ、当ててんのよ……はぁ、母親気分満喫~。結構良いものねこれ」
「うぅ、母親ねぇ……妖怪だからあまりわからないけれど、そんなに良いものなのかしら」
「うん、なんだか優しくなれる感じがする」
心が穏やかになって、これなら子供のわがままも多少は聞いてやれそうだ。大人になった気分。
「ほれほれ、どうせなんだからなにか強請ってみなさい。ちょっとくらいは聞いてあげるわよ~」
「じゃ、じゃあ腕を外して……」
「却下、他ので」
今の一番の願いを口にした紫であったが、即答で却下された。幸せではあるが、ちょっときつ過ぎる。
しかし他の願いとは。思い付いたのはあるが、もしかしたらこれは触れないほうが良い願いかもしれない。紫は直感で思った。
けれど、聞いてみたい。聞けば天子が傷つくかも知れない、だが天子のことをもっと良く知りたい。
そんな胸のうちの衝動が抑えきれず、紫は天子に一つの質問をした。
「……天子の母親は、今はどうしてるのかしら」
「死んじゃった、もうどれぐらい前かなぁ」
あっけからんと問いに天子は答えた。だが何も感じていないわけではない、その証拠に紫を抱きしめる腕に力が籠もった。
やっぱり聞かなかったほうが良かったかもしれない、少しばかり後悔する紫を置いて天子は続きを口にする。
「おこぼれで比那名居家も天人になった時、父さんも母さんも一緒に天人になったんだけどね。百年もしないうちに天人の五衰が出て、そのままぽっくり」
「………………」
「辛過ぎたのよ、歌って踊るだけの退屈な生活が」
あの日のことは今でも思い出せる。母の命が没した日。
萎びた花、臭う腐臭。
衰弱した母の最後の言葉。
「天人なんてならなかったら良かった。そう言ったきり起きなくなっちゃった」
「……ごめんなさい天子、嫌なこと聞いて」
「ううん、別に良いわよ。聞いてもらえてちょっと楽になった気がするし」
母の死、母の言葉。それは天子の胸の内にしこりとなって残り続けていた。
これからも消えることはないだろうが、紫に聞いて貰ったことでそれは軽くなった。
「私も母さんと同じで、天人にならなかったらよかったって何度も思った。でも諦め切れなかったのよ」
「諦めるって、何を?」
「何って、そうねぇ……全部かしら。こんなところで死んでたまるか、私はいつの日か幸せになってやるー! って」
それからは雲の上でがむしゃらに生きてきた。
周りに友達はいなかった、だから一人でできるだけ楽しいことを探して実践した。
「色んなことしたなー。天界を探検したり、宝物庫に忍び込んだり。それに趣味とかもやったわね、小道具作ってみたり、果てには鍛冶の真似事をして剣とか打ってみたわ」
「修行や勉強は?」
「たまにね、たまに。一時の気の迷いぐらいでたまに」
けれど、たまにでもやっていて良かったと思う。スペルカードルールでそれなりに戦えるのは、その修行のお陰だし、要石や緋想の剣の使い方が上手くなかったら、異変だって起こせなかった。
だがしかし、たった一人で何百年も狂わずに過ごせる者は、どれだけいるのであろうか。
いつ手に入るかわからない幸せを求め、たった一人で退屈と戦い続けたかの天子は、紫が思っている以上に強いのかもしれない。
「それでもって、最近ようやく幸せになってきた。欲しいものが手に入った」
物質的なものじゃない、共に笑い合える友達。絆。
「異変のことは謝るけどさ、後悔はしてないわ。アレがなかったら、今の幸せな私はいない」
私が笑っていられるのは、あの異変がきっかけだから――
そう言い切った天子は、相変わらずな笑顔で。
けれど天子の話を聞いた紫は、その顔を見て不安を感じた。
もし天子の願いが全て叶ったら、手の届かないところに行ってしまうのではないか、そんな気がしてしまった。
紫には今までにも別れの経験はあった。人間は寿命で、妖怪も時には闘争の果てに討たれて、今や思い出の中だけの存在は少なくない。
だが、ここまで離れることが嫌だと思ったのは、初めてだと思う。
「天子……」
「ん? なんでちゅか紫ちゃん? 母さんがお願い聞いてあげまちゅよー?」
「まずその気持ち悪い喋り方止めなさい。それと……」
そこまで言った紫だが、自分の思いに合う適当な言葉が思い浮かばなかった。
私の傍にいて! のようなストレートな言葉は、恥ずかしくて言えそうにない。
少し考えた後、ようやく思いついた言葉を天子に伝える。
まだ恥ずかしい言葉であったが、それよりも天子と一緒にいられなくなる方が怖かったから。
「あ、あんまり遠くに行かないように」
「へっ?」
紫が言ったことの意味が良くわからなくて、すっとんきょな声を出した後に理解すると、天子は笑いがこみ上げてきた。
「ぷっ、あははははは!」
「そ、そんなに笑う必要はないんじゃないかしら?」
「だって、それじゃまるで子供みたいじゃないの、あの紫が! あはははははは!」
大笑いする天子の腕の中で、紫は恥ずかしさで一杯で穴があったら入りたかった。
顔を赤くしてうつむく紫を、天子の手がふわりと撫でる。
「だいじょーぶ! 人の欲望舐めないでよ。今が幸せならもっと幸せに、それ以上がないならその幸せをずっと」
天の子、されど人の心。
俗世にまみれた天子は、人並みの欲望も持っていた。
天子が天子でいる限り、きっとこの平穏はどこまでも続いていくだろう。
「……そうね、あなたみたいなわがままが、そう簡単に幸せを手放すわけがないか」
「そうそう。今頃気付いたの?」
「今回ばかりは私が間抜けだったわね、あなたのことなんだから複雑に考えたらわかる筈ないのに」
「それは私が単細胞だって言ってる~?」
馬鹿にしたお返しにと、天子は顎を紫の脳天に押し付けた。
――私も、紫みたいに優しくできたかな。
「ウリウリ~」
「あだっ、結構これ痛いと言うか、頭に響くわね。だっ、止めなさいって天子」
「なんのまだまだー」
ぐきゅるるるるるるる~
「「ん?」」
嫌がる紫の体をガッチリとホールドして、天子が攻撃を続けようとしていたが、どこからか聞こえてきた腹の虫の音に両者の動きが止まる。
「ねぇ、今の紫?」
「いえ違うわ、天子じゃないの?」
天子でも紫でもないらしく、つまりは声の主は他の第三者と言うことになる。
一瞬嫌な想像をして、二人とも口を閉じて音に対して意識を集中する。
「幽々子様、気付かれますって、堪えて下さい」
「でもね妖夢、お昼も食べないでずっとスニーキングよ? 流石にそろそろ限界だわ」
「抑えてください、さっきの音で既に危ないんで」
「空気と一体化すれば良いですよ。空気を読んで一つになれば、空腹など忘れます」
紫は何も言わずに天子の膝から降りると、適当な大きさの要石を二つ作り上げた。
流石は妖怪の賢者、初めて使う能力も簡単なものならなんなく扱えるようだ。
二人とも宙に浮かぶ要石を手に取ると、そのまま縁側から空へ飛び上がる。
そして屋根の上を覗いてみれば、九尾やら亡霊やら半人半霊やらが息を殺していて。
「「どっせい!」」
二人して渾身の力を込めて、要石をブン投げた。
「えっ、ぎゃ!」
「わっ、うげっ!」
「きゃっ、いやん♪」
三者三様の悲鳴を上げてノックダウン。
ただ最後のは悲鳴じゃない気がする。良く見れば他の二人を盾にしていた。ちくしょう。
「アイタタタ……」
「い、いつから覗いてたの、あなた達!」
「天子が紫に謝った辺りからかしらねぇ~」
「ながっ!?」
とすると何か、藍は萃香を探さずに、幽々子と妖夢と一緒に仲良く盗聴か!?
と思ったが、急に霧が出てきて収縮して行き萃香が現れた。
ご自慢の能力で霧散して、既にこの家にいたという訳だ。
「ちなみに台所での様子も、萃香が教えてくれたわ」
「うははは、酒の肴にできそうな面白いものが見れたよ。以外に紫も乙女だなぁ」
「キャーーー!?」
天子が指をくわえたところを見られていたのがわかり、ゆかりん悶絶。
悲鳴を上げると、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「ちょ、ちょっと紫どうしたのよ急に」
「天子も紫抱きしめて。『こうしてみると紫は可愛いわねー』なんて言っちゃってまぁ」
「キャーーー!?」
紫を抱きしめてるところも見られてたと知り、天子も悶絶。
これ以上何か言われる前に幽々子を取り押さえようとするも、ヒラリとかわされた。
「いやー、帰ってきてみれば仲良くしてたので、ついつい」
「ついで盗み見すな! 尻尾もぐわよ!!」
「でも天子、包丁で指を四本も切るのはどうかと思うわ」
「知ってたんでしょ、助けなさいよ!? そのふよふよ浮いてる半霊斬るぞこんちくしょう!!!」
状況はまさに四面楚歌、藍と妖夢はニヤニヤと見つめてきて、幽々子と萃香はあらあらがははと笑っている。
唯一天子の味方になりそうな紫は、顔を真っ赤にしたまま動かない。しかしこの恥ずかしがりは、治したほうが良いんじゃなかろうか。
こうなればいっそのこと、全員まとめて全人類の緋想天で吹き飛ばしたい衝動に駆られるが、生憎今の天子は弾幕一つ撃つことすらできない。こんなことなら緋想の剣と要石なしでも戦えるようにしておくべきだったか。
「……お、おと」
「! 紫!?」
光明の兆しあり、紫が羞恥心から脱したのかようやく動き出した。
だがなにやら様子がおかしい。ギクシャクと体を動かした後、突然両手を天に掲げた。
途端、空に現れる要石、要石、要石。
「ちょっ」
「まさか」
「あ、あら?」
「がははは……お?」
「ちょ、ちょっと紫――」
「私が乙女で悪いかーーーーーー!!!」
羞恥心を脱したのは勘違いでした、ただ爆発しただけでした。
我を失った紫は、空を覆いつくすような数の要石を展開すると、掲げた両手を振り下ろす。
途端、屋根にいる面々に目掛けて大量の要石が降りかかってきた。
突然のことに誰も反応する暇がなく、全員まとめて屋根ごと要石に押しつぶされたのであった。
「って言うか、私とばっちり……ぐふっ」
なんだかんだいって、こんなこと出来る辺り、紫はやっぱり化け物だ。
そう思うと同時に、要石に押し潰された天子の意識は途絶えた。
* * *
「うぅ、要石が降ってくるぅ……ハッ」
気絶してからどれくらい時間が経ったのか、ともかく天子は八雲邸の一室で目を覚ました。
目に入ってきたのは見知らぬ天井……と言うわけではなく、頻繁に八雲邸に出入りする天子には割と見慣れた天井だ。
どうやら紫の部屋で、布団に寝かされていたようだ。
「ここは誰、私はどこ?」
「安易なボケはおよしなさいな」
起き抜けにボケたら早速ツッコミが入ってきた。
横を見てみれば、未だ天子の服を着たままの紫が鎮座していた。
「えーと、何で寝てたんだっけ……あっ、そだ潰されたんだ」
「あの時は本当にごめんなさい。取り乱してしまって……」
「まー、別に良いけどねあれぐらい」
正直なところ、列車に轢かれるほうが痛かったりする。
「あれからどうなったの?」
「萃香に能力を使わせて箱を萃めた後、藍達に例の宝具を探させたわ」
余談だが、能力を使ってもガラクタの山からは、これまた山になるほどの箱が萃まった。
そこから目当ての宝具を見つけ出すために、からかったお返しにと幽々子までこき使って探し出した。
からかうのは良いが、一線を越えてはいけないと皆、心に誓ったという。
「それでそれらしい物が見つかったわ。これよ」
「どれどれ……おっ、これこれ、これ使ったのよ」
紫から差し出された箱を開けてみれば、今朝使用したのと同じ黒い棒が仕舞いこまれていた。
「それじゃ早く元に戻りましょう。いい加減隙間が使えないと不便だわ」
「そうねそれじゃ早速……」
いや待て、もう一度入れ替わると言うことは、またアレをしないといけないのか。
朝に、寝ている紫に対して宝具を使ったときのことを思い出して、天子は顔を赤らめる。
「どうしたのかしら天子、早く使い方を教えて」
「え、えぇっと、使い方はその……」
「? はっきりしなさいな」
「うぅ……耳貸して」
恥ずかしくて声を大きくしては説明したくない。
そんな天子の気持ちは知らない紫は不思議そうな顔をしたが、耳元で天子に使い方を説明されると天子以上に顔を赤くする。
「な、ななな!? それが、使い方……!?」
「うん……朝もこの通りやって入れ替わったし」
どんな使い方だ、何故にそんなポッキーゲームみたいな方法を取るのだ。
そんな物作った製作者を隙間送りにしたくなった紫であったが、そんなことをしようとも道具を使わないといけない状況なのに変わりはない。
覚悟を決めるしかない、か。
「それじゃあ天子……つ、使うわよ?」
「う、うん」
箱から宝具を取り出すと、まずお互いの顔を同じ高さに調節する。正座の天子に、紫が膝立ちで近づく格好だ。
そしてそのままの状態で位置を固定すると、宝具を口にくわえた。
「ん……」
相手から掛かる鼻息がくすぐったくて、声が漏れた。
よろけた紫が天子の肩を掴み、天子も紫を支えようと肩へと手を伸ばした。
今度こそ姿勢が安定した。だがそこから先に進まない。
二人ともこれ以上進めるのに臆して、しばらくの間動けずにいた。
やがて動き出したのはどちらだったか、口にくわえた棒をかじり顔を近づける。
口の中に甘い味が広がる。
「んふ……」
それを切欠に少しずつ近づき始めた。
狭まる距離、相手の目を見つめて少しずつ、少しずつ近づく。
そして、そして。鼻がこすれあった。
凄く長かった気がする、けれど呆気なかった気もする。
とにかくこれで終わったのだ、ここまで近づけば宝具は機能し、再び互いの特徴が入れ替わるだろう。
なのに、二人ともそこから動けない。
相手の目から、目を離せない。
後ほんの数センチ近づけば、唇が触れ合うのに。
「はい総領娘様、どうせならそこでぶちゅーっと」
「「ブフォッ!?」」
竜宮の使いに声を掛けられ、思いっきり噴出した。
「ケホッ、エホッ! い、衣玖、どうしてここにいるのよ!?」
「どうしてもなにも、萃香さんたちと一緒に来ただけですよ。空気を読んで隠れてましたけど」
「なんで隠れてるのよ、そしてなんで今出てくるのよ!? 後、むかつくから誇らしげにポーズとるな!」
「寧ろ空気ぶち壊してるじゃないのあなた……」
しかし一応この家は、隠れ家として結界を張ってあるのだが。最近部外者が来すぎではないか。
「とにかく竜宮の使い、この際隠れてたことにはなにも言わないわ、だからこのことは黙っておきなさい」
「何ですか紫さん、総領娘様までそんな怖い顔して。大丈夫ですよ、このことは漏らしませんて」
「ホントよね? 絶対言わないわよね衣玖!?」
「大丈夫ですって、ただ総領娘様と紫さんがポッキーゲームとは言いますが」
「大丈夫じゃないじゃないのそれは!」
駄目だこの竜宮の使い、かくなる上はここで口封じをしてしまうか。
危ない思考が天子と紫の頭に思い浮かぶ。
相手が同じことを考えてるのを察したのか、目配せすると双方衣玖に飛びかかろうとして。
「って、イタタタタタタ!! ふ、服がキツイ!」
「あっ、サイズが変わってきてる!?」
「空気を読んで撤退!」
「あっ! こら待ちなさ、ぶべっ!」
紫は急激に大きくなった肉体を天子の服に締め付けられ、衣玖を追おうとした天子は、サイズの合わない服の裾を踏んづけて前のめりに転んだ。
「総領娘様と紫さんがポッキーゲームゥゥゥゥゥ!!!」
「あぁ、くそっ逃げられた!」
「だ、駄目だわ天子、服を脱ぐから部屋から出てぇ!」
「えっ、わ、わかったわ、今出て、いだっ! また転んだ……」
もはや場の収拾が付かない状況であった。
結局、二人は衣玖を止めることはできず、二人がしたことは衣玖によって事細かに一部のものに伝えられることとなった。
* * *
「あー、もう! 衣玖のヤツ今度あったらタダじゃおかないんだからね!」
悪態をついた天子は、自室に設けられた豪華なベッドに身を埋めた。
あの後は紫と気まずい雰囲気になったが、いつもどおりご飯をご馳走になって、お風呂にも浸からせてもらった後帰ってきた。
「それにしても萃香とかには話してるんだろうな……もう、恥ずかしい」
掛け布団をぎゅっと抱きしめて顔を埋める。
明日、自分を見る目に変な視線が混ざるのかと思うと憂鬱だ。だが紫の家には行くが、藍のご飯は食べたい。
それにしても。
「なんで、こんなドキドキするんだろ」
目を閉じて寝ようとしても、まぶたの裏に紫の顔が浮かび上がる。
鼻息が掛かる感覚が思い出され、自分の肩を抱くと、紫に肩をつかまれたときの感触が再現される。
すると、胸の奥がドキドキと鼓動を強くした。
「変な感じよ……もう……」
ずっとそれらが天子が寝る邪魔をしてきて、次の日は珍しいことに八雲邸での朝食に間に合わなかった。
>ねぇどんな気持ち?
例のAAか、これはうぜえwww
この先の展開が楽しみです。次回も期待。
誤字報告
疲らせて→浸からせて
そういえば前日(11/11)はポッキーの日だけど
それで思いついたのだろうか?
最高でした
×「総領娘様と紫さんがポッキゲームゥゥゥゥゥ!!!」
○「総領娘様と紫さんがポッキーゲームゥゥゥゥゥ!!!」
天子可愛いよ天子!
もっとちゅっちゅすべき
式には呼んでくれよな!
『オチャウマ状態!』に吹いたwwww
天子は机に顎を乗っけて
↓
天子は机に胸を乗っけて
違いますよねサーセン