※拙作「子は親に似る」(ジェネリック作品集10)の設定を踏襲しています。
深閑とした森の中に佇む一軒の家屋。
森の緑とは決して相容れない、白亜の外壁が特徴的なそこのドアが、ぎぃ、と音を立てて開かれる。
「それじゃ、あなた達。お留守番、お願いね」
家の主――アリス・マーガトロイド。
彼女は、見送りに出てきている、家の『住人』たちに笑顔を向けた後、ドアを閉じた。
ばたん、という音。
そして――。
『絶対、おかしいわ!』
声を張り上げるのは、彼女を見送った人形たちのうちの一人(?)であった。
『まあまあ、姉さま。はしたないですわ。そんな大声を上げて』
『黙りなさい、蓬莱! あなた、おかしいと思わないの!?』
『まずは主語を入れてくださいませ』
『あのマスターが、あたし達のうち、誰一人連れて行かずに外に出て行くことよ!』
『上海の場合は、『あたし達』じゃなくて『あたし』じゃないのか』
『うっ、うるさいわね! 余計な指摘はいらないわよ!』
『……やれやれ』
ふぅ、と肩をすくめる人形に、彼女――上海人形は言った。
『おかしい! ぜーったいおかしい! あんなのマスターじゃないわっ!』
『別によろしいんじゃないかしら? マスターも、たまには一人で出歩きたい時だってあるでしょうし』
『そうそう。特に、上海はうるさいし』
『誰がうるさいってのよ! あなたの方が、よっぽど子供っぽくてうるさいじゃない!』
『うーわ、ひどっ。どう思う? 和蘭』
『上海の言うことは間違ってないと思うよ、西蔵』
がっくりと、彼女――西蔵人形が、その場に膝をつく。
『あの……それで、上海はどうしたいの……?』
『ど、どう、って……』
『……マスターにだって考えがあるんだから、あまり自分たちの考えを押し付けるの、よくないと思うの』
『そうだな。露西亜の言う通りだ、上海。
第一、考えてもみるんだ。マスター・アリスとて、外観に精神の引っ張られる生き物だ。
そうであるなら、時には一人で、アンニュイな昼下がりを満喫したいと思う時だってあるだろう。
そう考えるのなら、我々を誰一人連れて行かず、孤独を楽しむのもおかしくはない』
『倫敦は言いたいことがよくわかんないよね』
『うん。確かに』
『やれやれ。君たちも、もう少し、言葉の真意を探るということを……』
『はいはい。そこまでどす。
倫敦、あんまり年下をいじめたらあきまへんえ』
『……む。わかった』
――さて。
このにぎやかな人形たちであるが、いずれも、この家の主であるアリスが作成した『人形』たちである。
彼女の最終的な目標は、『自律駆動する人形を作る』ということだ。そして、上海を始めとした人形たちは、全てその試金石である。
そして、アリスは彼女たちに、自律のためのプログラムを組んで与えてある。
それが、彼女たちの持つ個性――いわゆる、性格だ。
『ともあれ! マスターが何を考えているか、しっかりと見極める必要があるわ!』
『それで、姉さま。どのようになさるおつもりですか?』
『ふふん、そんなの決まってるじゃない。
マスターはあたし達をかわいがってくれてるもの。だから、マスターに直接聞くだけよ』
『それだったら、絶対に話してくれないと思うぞ』
『何でよ!』
『お前はそれを議題にしていたんじゃなかったのか』
『まあまあ、オルレアン。姉さまは、その辺りのことはよく考えてないだけですから』
『蓬莱、あなた、さりげなくあたしをバカにしてない?』
『いいえ、まさか』
先ほどからきーきーと怒鳴っているのが上海人形。一同の中では『長女』と呼べる立ち位置の人形である。
ただし、その性格は幼いと言ってもいいだろう。深いことまで考えず、思い立ったら即実行。理論よりも感情を優先させるところがあるのが彼女だ。
その隣にふわふわ浮かんでいるのが蓬莱人形。彼女は思慮深く、また、計算高い性格をしている。
もっとも、それの言い方を変えると、半端ではない腹黒さを備えているということなのだが。
そして、上海を諌めようとしているのがオルレアン人形。
落ち着いた、大人びた性格の彼女であるが故に、上海などのストッパーを担当することが多いが、大抵の場合、彼女たちの性格の『濃さ』に負けて貧乏くじを引いているへたれな一面も持ち合わせている。
『けれど、どうしてマスターは最近、わたし達に冷たいんだろう』
『あ、それ、ワタシも気になる』
『……何だか寂しいよね。以前は、あんなにかわいがってくれたのに』
『女は恋を知ると変わるって聞くよ』
『もう。西蔵、あなた、どこでそんな言葉覚えたのよ』
何やら仲のいい友人とも姉妹とも取れる会話をしているのが和蘭人形と西蔵人形。
和蘭人形は、一言で言うならば『女の子らしい女の子』という性格をした人形だ。アリスは『15歳くらいの年頃の女の子』をイメージして、彼女を作っている。
これまでの者達と違って欠点らしい欠点はないが、唯一、変わった特徴としては、ほったらかしておくとそこかしこにチューリップを植えて風車を建てたがるということがあったりする。
続いて、彼女と話をしているのが西蔵人形。彼女のイメージは『やんちゃなお調子者』というところか。
他人の目を楽しませることを第一と考えており、そのためにはいたずらも辞さないため、よく回りから怒られるような人形だ。
ただ、その明るさは誰よりも、この家の中を暖かくする要素であるのは間違いない。
『ねぇ……仏蘭西。あなた、どう思う?』
『……そうね。よくわからないけど……マスターは、きっと、私たちのマスターのはずだから。
あまり心配する必要はないと思うわ』
『うん……そうだね』
この二人は、仏蘭西人形と露西亜人形。
仏蘭西人形は、最も『大人びた人形』である。回りの和を第一に考え、自分よりも『子供』な人形たちをまとめるお姉さん役。
しかも、マスターであるアリスに倣うように手先がとても器用であり、アリスと一緒に人形たちの衣服を作ったりもしている。かてて加えて機転も利く頭の持ち主であり、文字通り、欠点のない人形だ。
もう一人が露西亜人形。大人しく控えめな性格をしており、いつでも回りから一歩引いて会話をする性格だ。
ただし、そのためか、周りの状況を正確に把握し、捉えており、その冷静かつ的確な『ツッコミ』には誰も反論が出来なかったりする。
『けれど、京。君はどう思う?』
『うちはあえてノーコメントで。何でもそうどすけど、なるようにしかならんもんとちゃいます?』
『……君と会話をしようと思った、私がバカだった』
そして、この二人が京人形と倫敦人形。
京人形は、おっとりとしたお姉さんであり、仏蘭西と共に『妹』たちの面倒を見るような人形だ。
いつでもにこやかに笑っており、周りを和ませるような性格ではあるが、その実、しっかりと物事を把握している。常に泰然と構えている点では仏蘭西とよく似てはいるが、彼女の場合は、そこに『包容力』ではなく『状況分析』が含まれているのが違いだろう。
一方の倫敦人形は、人形たちの中で最も頭がよく、『キレる』人形だ。
その観察眼と判断能力の高さにはアリスも舌を巻くほどであり、どんな事態が起きたとしても的確な対応が出来る能力を持っている。
ちなみに本人曰く、『出身はベーカー街の221Bさ』ということらしい。
以上が、アリスが主に連れている人形たちだ。もう一人、別にいる『子供』もいるのだが、彼女はこの場にはいないため、紹介は割愛しよう。
『ああ、もう! あなた達、マスターのことが気にならないの!?』
『気になるー』
『気になるわ』
『そうでしょう!?
なら、マスターが今、何を考えて、何をしようとしているか。それをしっかり見定める必要があるの! いい!?』
『それはよくわかるがね、上海。少しは落ち着いて……』
『余計なことは言うな、倫敦。火に油を注ぐぞ』
『まあまあ、困ったちゃんどす』
『……ふぅ』
『うふふ。仏蘭西も、あまり気にしない方がいいですわ。そっちの方が遥かに楽しめますし』
『……蓬莱、笑顔が黒いわ』
というわけで。
上海の提案は以下のようなものだった。
まず、アリスがどうして、今のような態度を取っているのか、それを徹底的に探る。
要するに、彼女に真意を悟られないように隠しつつ、普段どおりに、その後をついて回るということだ。
元々、アリスが作った人形なのだから、その存在がすぐに気取られるのではないか、という指摘を倫敦がしたのだが、上海は『大丈夫』と押し切った。
もちろん、誰もが『また深いことを考えずに適当に……』と思ったのは言うまでもない。
そうして情報を集めて、アリスに直接、その理由を尋ねるのが最終段階。そこに至るまでに、全員で、入れ替わり立ち代り、アリスを『探る』というのが、今回の『作戦』である。
『さあ、あなた達! へまをしないようになさい!』
『上海が、一番、馬脚を現しそうね……』
『姉さまはいつでも直情径行なのがいいところですわ』
うふふ、と笑う蓬莱人形の瞳が、実に真っ黒に輝いたのはその時だった。
「それじゃ、出かけてくる……」
『あ、マスター! 今日はあたしがついていってあげるわ!』
「え? 上海が?」
『そうよ。何か文句ある?』
「別にないけれど……。ただの買い物よ? 普段なら、『そんなの和蘭とかにやらせればいいじゃない』って言うのに」
『き、今日は、あたしがやってみたくなっただけよ。いいじゃない、別に』
「そう?
それじゃ、お願いするわね」
それから三日後。早速、上海人形はアリスの後にくっついて行動を開始していた。
結局、あの日は、家に帰ってきたアリスは、そのままいつも通りにいつも通りの生活を送って一日を終えている。その次の日からも、『面白い魔法が出来そうなの』と魔法の研究を始めてしまっており、外出はしてないのだ。
『……大丈夫かしら』
『心配ね……。……わたし、後ろからついていった方がいいかしら』
『いや、そこまでは必要ないだろう。上海もバカではない、よほどのことがない限り……と、思いたいが……ミスはしない……だろう』
『オルレアン。自信がないならはっきりとそう言った方がいい。君のその性格の美徳の一つだが、同時に欠点の一つでもある』
『うるさい、ほっとけ』
姉妹たちから不安の眼差しを向けられていることなど露知らず、上海人形はアリスの後ろで、『絶対に、マスターの秘密を暴いてやるわ!』という顔をしている。もちろん、アリスも、彼女のそんな視線には気づかないままだ。
「けれど、珍しいわね。上海が率先してお手伝いしてくれるなんて」
『べっ、別にいいじゃない! あたしだって、たまには、マスターの手伝いくらいしてあげてもいいって思うもの!』
「そう。ありがとう」
アリスに優しい笑顔を向けられ、一瞬、『あ、もう何かどうでもいいかな』と思ってしまう上海人形。慌てて首を何度も左右に振り、『違う違う! そうじゃないのよ、上海!』と自分に言い聞かせたりする。
さて、そうしてやってくるのは人間の里である。
大勢の人の往来がある中に降り立った二人(?)は、早速、買い物を開始する。
『マスター、何を買うの?』
「今日の晩御飯と……あと、明日の分の食料ね」
『それだけ?』
「そうよ」
『……そう』
ううん、きっと、マスターはあたしをごまかそうとしてるのよ。それだけのはずがないわっ。
そんな風に自分に言い聞かせ、彼女はアリスの後ろをふよふよとついていく。
しかし、当然のことながら、上海にとっては案に相違する形で、アリスの買い物は進んでいく。
「ねぇ、このかぼちゃ。もう少し安くしてもらっていい?」
「お、また来たね、お嬢ちゃん。
ん~……そうだな。なら、こっちのトマトと一緒に買ってくれたら考えてもいいぜ」
「そのトマト、色が薄いもの。
それより、こっちのにんじんならどう?」
「あー、ダメだ。そいつは特売品だからな。
それなら……よし、俺も男だ。こっちのなすびでどうだ」
「男ならこっちよ。大根!」
「いやいや、ダメだ。そいつはまけらんねぇ」
八百屋の店主との壮絶な舌戦が繰り広げられる中、上海人形は、店頭に飾ってある野菜に手を伸ばす。
それをぺしぺしと叩いていると、
「お人形さんだ!」
「ほんとだ!」
『ち、ちょっと! 何よ、あなた達!』
その愛らしい姿を気に入られたのか、子供たち数人に取り囲まれてしまう。
「うわ、すげー。何か動いてる!」
「どうやって動いてるの!?」
『こら、離しなさい! あたしを誰だと思ってるのよ!』
「何か喋ってるよ、これ!」
「すっごーい!」
『ああ、もう! これだから子供はっ! いいから手を離しなさいっ!』
じたばたする上海人形に群がる子供たち。その様子に気づいたアリスが、「あ、ごめんね」と上海人形を助けて(ある意味)やる。
「ねぇねぇ、おねーちゃん! それ何!?」
「これはね、上海人形っていうの。私が作ったお人形さんよ」
「すっげー!」
「ねぇ、おねーさん! それちょうだい!」
「だーめ。この子は、この世にたった一人しかいない、大切な私の『子供』なの。
あなた達にはあげられないわ」
「ちぇー」
そんな子供たちとのやり取りが、ある意味、店主の心を打ったのか。
しょうがないな、これ持ってけ、とアリスが粘っていたかぼちゃと大根が渡されたのだった。
『で、上海。結果は?』
『だから子供は嫌いよ』
『……は?』
『予想通りですわ。姉さまらしい結果で、わたくし、思わず顔がにやけてしまいますわ』
『蓬莱。すごく、笑顔が黒いわ』
『次はどちらさんどす?』
『手の空いているものでいいだろうさ』
「あら、久しぶりね」
「こんにちは、咲夜さん。これ、どうぞ」
「あら、ありがとう」
その次のアリスの『お出かけ』は紅魔館だった。
今回、それに同道しているのは西蔵人形だ。他の者達はアリスから、家の中の掃除を命じられてしまったのである。ちなみに、西蔵にそれが命じられなかったのは、人形たち全員から、『いても邪魔なだけっていうか余計に汚すだけだから』という嘆願のせいだったりする。
ともあれ、アリスは出迎えに出てくる咲夜に手製のパイをおみやげとして渡して、図書館へと案内される。
「こんにちは、パチュリー。悪いんだけど、またお邪魔させてもらったわ」
「私の邪魔をしないなら、別に何でもいいけれど」
「何か本をご所望ですか?」
「あ、はい。えっと……」
図書館の主とその従者が、アリスを案内していく。その後ろをついていく西蔵は、周りの本棚をきょろきょろと見渡しながら、『こんなに一杯本があってどうするんだろう』と思っていた。彼女、ここに来るのは初めてである。
「これですね」
「ありがとうございます」
「お茶とお菓子の用意をしてきますので、アリスさん、戻れますか?」
「大丈夫です」
――そういうわけで。
『……マスター』
「何?」
『退屈だよ』
「ごめんね。だけど、もう少し待ってて」
静謐な図書館に響くのは、本のページを繰る音と、時計の音だけ。
当然、普段、にぎやかに過ごしている西蔵にはとても耐えられる環境ではなかった。
『……仏蘭西と蓬莱と倫敦以外がここに来るのを嫌がるのがわかったよ』
はぁ、とため息をつく。
同じ場所に5分と落ち着いていられない彼女にとって、その空間の空気は、それ自体が拷問に近いものだった。
かといって、いつも通りににぎやかしを始めれば、きっとアリスに怒られるだろう。何をすることも出来ず、体をゆすったり、ふわふわ空を飛び回ったりする程度で、何とか時間をすごそうとするのだが、
『まだ5分……』
「アリス、その人形、うるさいわ。何とかならない?」
「ごめん、パチュリー。この子、じっとしてるのが苦手なのよ」
「そんなのを連れてこないでちょうだい」
「あはは、ごめんね」
うぅ……。マスター、ごめんなさい……。
自分のせいでアリスが怒られたことをすまなく思っているのか、しゅんとなって肩を落とす西蔵人形。
――と、その時だ。
「ぱちゅりー、あそぼー!」
ばーん! というやたらでかい音と元気一杯の声が響き渡る。
その声に、その場の静寂はガラスのような音を立てて木っ端微塵に粉砕され、アリスはびくっと背筋を伸ばし、パチュリーは額に手をやってため息をつく。
続く、たったった、という軽快な足音と共に、声の主――フランドールが姿を現した。
「あそぼ!」
「……ごめんなさい、フランドール。私は今、お勉強中なの」
「えー!? やだやだ、あそぼあそぼ!」
じたばたしてだだをこねる彼女に、困ったような顔をしてパチュリーは隣のアリスに助けを求めた。アリスは肩を小さくすくめて、小さくかぶりを振る。
二人の横で仕事をしていた小悪魔が、『それじゃ、私が何とかするか』という顔をしてフランドールの後ろに近寄った時だ。
「なに?」
西蔵人形が彼女の顔の前に飛んでいく。
そうして、右手を懐に収めて、それを引き抜くと、ぽんとそこに花が咲いた。
「うわ! すごーい!」
続けて彼女は左手を右手の裾の中に入れる。
そして、そこから左手を引き抜くと、その動きにつれて万国旗が現れる。
「うわー、うわー、うわー!」
「あの人形、手品が得意なの?」
「みんなを楽しませるために、色々やってるみたい」
フランドールは『もっとやってもっとやって!』と西蔵人形を囃し立て、西蔵人形の方はというと、ようやく『にぎやか』に出来る空間と瞬間を手に入れた喜びから、『それじゃ、次の手品いきまーす!』と声を上げていた。
「うわぁ! それ、どうやってるの!? すごいすごい!」
『次の手品だよ。ほらほら!』
「小悪魔。その二人、隣の部屋に連れて行って」
「はい。
それじゃ、フランドール様。それから、西蔵人形さん。悪いんだけど、お隣の部屋に」
「はーい!」
『わっかりましたー!』
すっかりと、この時、西蔵は自分の役割を忘れていた。
とはいえ、生来から、誰かを楽しませるのが大好きな彼女は、その『目的』のことに気を割くことはなく、目の前の観客を楽しませ、喜ばせることに精力を注ぐのだった。
『はぁ!? 途中から見てなかった!? 何やってるのよ、もう!』
『てへへ……ごめんごめん。つい、フランドールちゃんと遊ぶほうに熱中しちゃって』
『西蔵らしいけどね』
『そうですね。西蔵は、いつでも、みんなを楽しませることが第一だもの』
『姉さまも、そんなにかりかりしないでくださいませ』
『ああ、もう! 次よ、次!』
「今度はあなた達がついてくるのね」
『わたし達の番なんです』
『あまり気にしないでください』
「あなた達、最近、変じゃない?」
今日の行き先は博麗神社。そこに向かうアリスの側には和蘭と露西亜人形の姿があった。
彼女達は、マスターの質問に『そんなことないです』『気にしないでください』とポーカーフェイスを返す。
ここに上海がいたら、間違いなく、彼女たちの目論見はばれていただろうが、アリスはその二人の返答に『……そう』と、一応は納得したような反応を示す。
さて、今回、アリスが神社へとやってきた理由はというと――、
「だから、そうじゃなくて。ここで針を返すのよ」
「……うぐぐ」
その神社の主、博麗霊夢への『縫い物講座』のためだったりする。
何でも、彼女、先日、一張羅の私服をちょっとしたドジで破いてしまったらしいのだ。
もちろん、彼女としてはそれがお気に入りだったため、何とかして直そうとしたのだが、
「いてっ」
「もう。へたっぴ」
「いいじゃん、もう!」
不器用というわけではないのだが、あまり縫い物に慣れていないため、何とかしようにも何ともならなかったのだ。
そこで、手先の器用さにかけては幻想郷中を探しても右に出るものはそうはいないアリスを頼ったというわけである。
『霊夢さん、違います。そこは針をこう……』
『そうそう、霊夢さん。露西亜の言う通りやらないと……』
「あだっ!」
『……だから、違うって言ったのに……』
「あなた達の言葉は、霊夢には通じないわよ」
アリスと同じように、霊夢に縫い物を教えているつもりの露西亜と和蘭が、はっとなって互いに顔を見合わせる。
ちなみに、この二人も縫い物は得意である。なお、一番、縫い物が得意なのは京人形だ。彼女に縫い物をやらせると、『どうやって作ったんだ』という立派な着物すら作り上げるのである。
それを見たアリスが、ちょっぴり膝を抱えていじけそうになったという微笑ましいエピソードは、ここでは封印しよう。
「つーかさー、何でアリス、そんなに上手なの?」
「この子達の服は、私が作ってるんだもの。
それに、自分が着たいと思っても売ってない服があるなら、自分で作るしかないじゃない」
「あんたって家庭スキル高いよなぁ」
「お母さんが頼りないから」
うふふ、と笑うアリスだが、その母から、こうした家事は教えられているのは言うまでもない。
そういうもんか、と霊夢は納得し、なおも針と糸と格闘する。
『ねぇ、和蘭』
『そうね、露西亜』
手持ち無沙汰の二人は、ふよふよと台所へ。
そうして、そこに備えられているお茶とお菓子を用意すると、またふよふよ居間に戻っていく。
『どうぞ』
ことん、とお盆の上に載せたそれをテーブルへ。
アリスは『ありがとう』と笑い、霊夢は『あんたら、どうやってこれの場所を知ったの』と驚きの顔を浮かべている。
「うちの露西亜は空間認識能力に長けているの。
微細な空気の流れ、音の響きで、大体、どこにどんなものがあっても見つけ出せるのよ」
おかげで、うちはなくし物がないのよね、とアリスは鼻を高くする。
「んじゃ、こっちは?」
つんつん、と和蘭をつつく霊夢。
「和蘭は、どんなことでもオールマイティにこなせる子よ。けれど、性格が控えめだから、ナンバー1よりはナンバー2が信条みたい。何か文句ある?」
「いやないけど」
それはそれですごいんじゃなかろうかと霊夢は思った。
というか、それってある意味、手の中にカードを隠してるんじゃなかろうかとも思う。奥の手は、そう簡単には見せないのが幻想郷で強く生きていくこつである。
「ふぅん……。あんた達、意外とすごいのね」
『あ……はい。ありがとうございます……』
『ありがとう、霊夢さん』
「何て言ってるの?」
「『ありがとう』って」
「……たまに思うんだけどさ、アリス。これで、この子達、自律してないの?」
「人格というプログラムに沿って動いているだけだからね。まだ、メディスンみたいにはいかないわ」
しかし、傍目に見れば、立派に自分で思考して自分で動いているようにしか見えないのだが。
アリスがそう言うということはそういうことなんだろうなと霊夢は納得する。
「あ~……にしても、全然ダメじゃん」
「霊夢は短気なのよ。もうちょっとおっとりしないと。
そんなんじゃ、早苗が違う意味でやきもきするんじゃない?」
「そ、それは関係ないじゃない!」
『霊夢さん、頬、赤いですよ』
『ほんとだ。真っ赤』
「うるさいあんたら!」
なぜかその時だけは、人形たちの言葉がわかってしまった霊夢は、恥ずかしさ隠しのために大声を上げ、同時に手が滑ってぐっさりと針を指に刺したのだった。
『特に何もなし、か』
『それにしても、予想は出来ていたが、彼女はそんなに不器用だったのか。マスター・アリスも大変だっただろう』
『だけど、お二人とも、とても楽しそうでした』
『友達っていいわよね』
『ああ、もう! 全然、事態が進展しないわ!』
『うふふ。そうですわね』
『全く……。どうして私がこんなことを……』
『いいじゃない、オルレアン。あなたもマスターと出かけるのは好きでしょう?』
『ゴリアテがそうそう動けない以上、マスターを守るのが私の一番の仕事だからな』
「ありがとう、オルレアン」
『いや、構わない。私は、マスターから与えられた任務をこなすだけだ』
後ろで『うふふ』と笑う仏蘭西が、アリスに目配せした。アリスもそれを受けて、くすくすと笑う。
次のお出かけ先は、太陽の畑。もちろん、目的地は――、
「幽香、来たわよ」
「アリス! ……ああ、もう、ようやく来てくれたのね。
はぁ……」
「何よ、もう。自立のために、ちょっと手を引いてるだけじゃない」
「う、うるさいわね! 接客とか、あんまりやったことないんだから!」
顔を真っ赤にして怒鳴る幽香に、やれやれ、とアリスは肩をすくめる。
――その理由はというと、このところアリスは幽香の店、『かざみ』にあまり足を運ばないようにしているのだ。
曰く、『そろそろ自分ひとりでお客さんの相手をしてみたら?』ということだ。
幽香はもちろん、『や、やってやろうじゃない!』と大見得を切っているのだが、やってくる客相手ににっこり笑顔を浮かべて『いらっしゃいませ』など、もちろん慣れていない。不慣れであるということに加え、生来からの半強がりなところが祟って、『い、いらっひゃいみゃひぇ』とセリフをかむこともしばしばなのである。
「人形くらい貸してくれたっていいじゃない」
「それじゃ、あなたの自立にならないでしょ」
「……くっ」
『かわいい人よね、本当に』
『仏蘭西。彼女に我々の言葉はわからないとはいえ、あまりそういうセリフは言わない方がいい』
『ええ、わかっているわ。オルレアン。
けれど、彼女を見ていると、何だか昔のマスターを思い出すのよ』
「仏蘭西。余計なことは言わないでいいの」
『あら、ごめんなさい』
ほんの少し頬を赤くしたアリスににらまれて、仏蘭西はエレガントな笑みを浮かべてみせた。
ともあれ、アリスと人形二人は店内へと案内され、テーブルを勧められる。
そこについて待っていると、厨房の方から幽香が『秋の新作よ』とケーキとお茶を持ってやってきた。
「今日は、これの味見がメイン。わかる?」
「……わかってるわよ。午後から帰るんでしょ」
「そういうこと」
「……たまには、もう少しくらい、一緒にいてくれても……」
「何?」
「べっ、別に何でもないわよ! さっさと食べなさいよ! ケーキが傷むでしょ!」
「そうね。それじゃそうするわ」
なぜか顔を赤くして反論してくる幽香に視線を戻してから、アリスは手元のケーキにフォークを入れる。
丁寧にケーキを切り取り、口の周りにクリームなどがつかないように注意しながらぱくり。
それから、しばらくの間、口の中でその味を堪能したアリスは、「美味しいわね」とそれをほめた。
「でしょう? 何だと思う、これ」
「そうね……。モンブランでしょ? 使う栗を変えたりとか?」
「残念。
これ、さつまいもなのよ」
「へぇ」
何でも、近くの人里に、見事なさつまいもがあるということを聞き及んだ幽香は、早速そこに足を運び、自分の目と舌で物を吟味した上で購入してきたとのことだ。
そうして、実際にケーキに使ってみれば、これがベストマッチだったというわけである。
『モンブランというのは、普通、栗を使ったケーキではないのか?』
『元々、その名前を戴くに至ったのは、このケーキの見た目からだと言われているし。
中には普通の、真っ白なクリームを使ったモンブランもあるくらいだから。むしろ、そっちの方が名前にはふさわしいかもしれないわね』
『……そうなのか。私はこういうのにはさっぱりだが、仏蘭西がそう言うのならそうなんだろう』
『ええ、もちろん』
うふふ、と上品に笑う仏蘭西人形が、テーブルの上のケーキに興味津々と言った視線を注いでいるオルレアン人形を見る。
彼女はどちらかというと、男性くさい性格をしているが、それでも『中身』はしっかりと女の子ということなのだろう。
『姉妹』のそうした一面を見ることが出来て嬉しかったのか、仏蘭西はふわふわと幽香の前に飛んでいって、小さく頭を下げた。
「何?」
「何か御礼をしたいみたいね」
「……ふぅん。
あ、そうそう。同じさつまいもを使ってタルトも作ってみたの。今、持ってくるから」
「そっちも楽しみね」
「驚くわよ。何せ、文字通り、金色のタルトなんだから」
踊るように歩いていく幽香の後ろ姿を見て、仏蘭西人形は思う。
彼女は、久しぶりに『友達』に会えて嬉しいんだな、と。
それから、ちらりとアリスに視線を送る。
さて、私たちのマスターは、どんなことを考えているのだろう。きっと、鋭い人だから、幽香さんが何を考えて、どうしてあんな顔を浮かべているか、絶対にお見通しなんだろうな。
そんなことを思いながら、その視線はオルレアンへ。
『ところで、オルレアン。あなた、いつまでケーキを見ているの?』
『あ、ああ……いや。こういうものはどういう味がするのか、ちょっと興味を持っただけだ』
「あら、そう?
じゃあ、今度は、食べ物が食べられる人形を作ろうかな」
『マスター、あまり本気にしないで頂きたい……』
「何、そんなにしょげちゃって」
『うふふ。オルレアンも、ちゃんと女の子なんですね』
『……仏蘭西、怒るぞ』
『はいはい』
『相変わらず、マスターって友達想いだよね』
『うん。すごくマスターらしい……』
『そんなことどうでもいいのよ!
あたし達のマスターがどういう理由で、最近、あたし達に冷たいかを探るのが目的なのよ! あんた達、わかってるの!?』
『そう怒鳴らなくてもいいだろう、上海。
次は我々だ。何かあったら、きちんと探りを入れておく』
『……倫敦。あまりやりすぎないでね』
『善処する』
次のアリスのお出かけ先はというと――、
「どうもこんにちは、アリスさん」
「こんにちは」
竹林の奥にある、一軒の日本家屋。言うまでもなく、永遠亭だった。
「今日は頼んでいたものを取りに来たのだけど……」
「はい。師匠から伺っています。
とりあえず、奥へ。ここは患者さんたちの待合室なので」
「わかりました」
出迎えに出てきた、白衣のうさぎさんな鈴仙に連れられて、彼女は椅子から腰を浮かす。
その後についていくのは、倫敦人形と京人形の二人だった。
『うち、病院って苦手やわぁ』
『そうだな。あまり、こういうのはよくないが、やはりどこか空気が辛気臭く感じる。
こういうところにこそ、西蔵が来るといいのだが』
『あれやね。病は気から』
『そういうことだね。
とはいえ、それも結局はプラシーボの領域を出ないだろう。何らかの肉体的な原因があって病にかかっているものに、『気を明るくしろ』などと言おうものならおおごとだ』
『そうなると、西蔵はおらん方がよかったかもしれまへんな』
『だが、やはり気分が滅入ってしまっていては、治るものも治らないだろうな』
『難しいもんどす』
ふよふよと宙を漂いながら、世間話のようなものをする二人。それを見て鈴仙が、「今日は何だか、その子達、よく喋りますね」とコメントした。
ともあれ、鈴仙はアリスを永遠亭の一室に案内すると、「ちょっと待っていてくださいね」と言って席を外す。
入れ替わりに、別のうさぎがやってきて、「どうぞ」とお茶とお菓子を置いて去っていった。
『……そういえば、うち、病院に来るの何回目やったか……』
「京人形は、あまりこういうところには連れてきたことはなかったわね」
『ええ、そうどす。何だか空気が合わないと言うか……何やろなぁ……』
「さっき、倫敦も言っていたけれど、病院に来る時に連れてくるのは、西蔵とか上海が多かったわ」
『どちらもやかましいからね』
「そういうこと。
けれど、あの子達を見て、『何だか元気が湧いてきた』って帰り道に声をかけられたこともあるのよ」
『それはいいことだ。
相変わらず、マスターの慧眼には感服する』
「やめてちょうだい、倫敦。あなたの性格から言うと、そういう態度はただのいやみよ」
『ははは。言われてしまったよ』
『倫敦は頭がええからなぁ。うちも、倫敦の何分の一かでもええから賢くなりたかったもんどす』
「そんなことないわ。京だって……」
ちょうどその時、すっとふすまが開く。やってきたのは鈴仙だ。
「お待たせしました」
そう言って、彼女は部屋の中に膝を進めてくると、『頼まれていたものです』と、手に持っていた救急箱のふたを開ける。
「これが胃腸薬、これが頭痛薬、軟膏、風邪薬……」
とんとん、と薬が並べられていく。
それを一つ一つ、アリスは手に持ったメモ帳と見比べて確認をした。
「最後に包帯、と。
これで全部ですよね」
「うん。ありがとう」
「けれど、これくらいならわざわざ取りに来なくても、うちの薬局に言えば宅配しますよ?」
「今回は違う形になっちゃったけど、普段は西蔵とか上海を連れてくるから」
「ああ。よく、待合室で掛け合い漫才やってる子達ですよね?」
そんなことやってたのか、と倫敦と京の二人はアリスを見る。アリスは飄々とした笑みを崩さず、「あの子達はにぎやかしが得意だから」と答えるだけだ。
「あの子達がはしゃいでいるのを見ていると、何だか笑えて来るでしょ?」
「らしいですね。
受付とかをしてる子達も、『アリスさんが来るのが楽しみなんです』って言っていたような覚えがあります」
病院なのにね、と鈴仙。
それが狙いだもの、とアリスは返す。
「さっきもこの子達が話していたの。『病は気から』って。
それなら、私が道化になるのも悪くないじゃない?」
「助かります。
いや、まぁ、うちとしてはもっと病人が増えて患者が増えるのがいいんですけどね。だけど、医者と軍人と葬儀屋は閑古鳥が一番ですし」
「そうかもしれないわね」
「師匠も言ってますよ。『アリスさんには、お代はある程度、目をつぶるように』って。
お礼だそうです」
「永琳さんには、私の方から頭を下げないといけないのに」
何だか悪いわね、と笑って、アリスは鈴仙から救急箱を受け取った。
代わりに、ポケットの中から財布を取り出し、代金をきっちり、鈴仙の元へ。鈴仙は、「いつもありがとうございます」と頭を下げてからそれを受け取った。
「次に来る時は、またにぎやかな子達を連れてくるわ。倫敦も京も大人しいから」
「わかりました。
けれど、彼女達は彼女達で愛らしいですよ」
「ありがとう」
お見送りします、と鈴仙に見送られ、アリスは永遠亭を後にする。
手に持った救急箱を落とさないように、注意して空を飛ぶ彼女。その横に、すすと倫敦と京が並ぶ。
『相変わらずだね、マスター』
『ほんと、感心します』
「嘘はついてないわ。事実よ」
『それを疑ったわけではない。私が言いたいのは、マスター。あなたはいつまでも、そのままのあなたでいてほしいということだ』
『あら、倫敦ったらどないしたん? ほっぺたが真っ赤やね』
『人形の表情が変わるものか』
『うふふ。
マスター。うちらに出来ることがあったら、なんぼでも言うてくださいな』
「ええ。いつだって、あなた達は頼りにしているわ」
『らしいどす』
『……やれやれ。私ももう少し、己の力量を磨くとするか』
「倫敦は、磨きすぎると批判を買うわよ」
『どこかのお嬢様と違って、私は他人の心までは読めないよ。それを推察するだけさ』
『それの的中率が半端ないんやけどね』
「ほんとね」
『ああ、もう! 京はともかく倫敦まで! 何やってるのよ、もう!』
『二人は自分の役目を果たしただろう』
『そうよ。上海。
彼女たちに怒鳴るのは筋違いだわ』
『うぐっ……』
『次は蓬莱だっけ』
『蓬莱。その……あまりやりすぎないでね?』
『ええ、わかってますわ。わたくしも、皆さんと同じく、節度を守ってマスターを探りますわ』
『……蓬莱の言葉だけは真に受けちゃダメだよね』
『……確かに……』
「ねぇ、蓬莱」
『何でしょうか?』
「最近、あなた達、おかしくない?」
『どの辺りがでしょう?』
「何だかよそよそしいわ」
『そうでしょうね』
「おーい。何の話だ?」
道の向こうから声。やってくるのは、今日、出かけた先の家の住人、魔理沙嬢。
なんでもないわ、とアリスはそれに返す。
彼女は特段、アリスから特定の返事を求めていたわけではなかったのか、『そっか』とうなずくと、また先に立って歩いていく。
「どういうこと?」
『さて。どういうことでしょうか』
「……本当にもう。
あなたをそういう性格にしたのは失敗だったかもしれないわ」
『まあ。それは、わたくしが、マスターの心すらたばかることが出来るということですわね?』
嬉しいですわ、とくすくす笑う蓬莱人形。
もう、とアリスは肩をすくめて、足早に歩いていく。
「ねぇ、魔理沙。そのお店はまだ?」
「あともうちょっとだ。
ほら、道の向こうに見えるだろ。あれだよ」
そう言って、魔理沙が示すのは人の群れ。あれか、とアリスは小さくつぶやいた。
その群れの中へ合流して、かかる声に従う二人。
「待ち時間は30分……長いわね」
「そうだな。けど、今日は少ない方だぜ。
この前、霊夢と来た時なんて2時間待たされた挙句、目の前で売り切れだったからな」
「それ、霊夢、暴れたでしょ」
「暴れようとしたところに早苗が通りかかってさ。大魔神は怒りをお鎮めになりました」
「なるほど」
人間は変わるものね、とアリス。
妖怪だってそうだろ、と魔理沙はそれに返す。
「……で、さっきの話の続きだけど」
「ん? 何だ?」
「あなたじゃなくてこっち」
「そっか。
なら、声を潜めろよ。独り言なんて他人に聞かせるもんじゃないぜ」
はいはい、とアリスはそれに返す。
そうして、その視線を蓬莱へ。
『簡単に申しますとですね』
「うん」
『最近、マスターがわたくし達にそっけないのを、みんなが気にしてるんです』
――と、蓬莱は、今まで全員がひた隠しにしていたことをあっさりと喋ってしまった。
『そのせいで姉さまなんて寂しがるわやきもちやくわでもう大変。
姉妹全員を巻き込んで、マスターのことを監視するんだ、って』
「……そういうことだったの」
『ええ。気づいてました?』
「ごめんなさい。全然」
『でしょうね。
マスターはいつも通りの振る舞いをなされていましたし。あれは演技ではないかと倫敦とかは疑っていましたけれど、わたくしは、ちっともそうは思いませんでした』
列が動き、三人は前へと進んでいく。
ちらちらと、魔理沙が肩越しに視線を送ってきていることに気づきながら、アリスは『だけど、どうして?』と蓬莱に訊ねる。
『マスターは、ポーカーフェイスはお得意でも嘘をつくのはお得意ではありませんから。
みんな、マスターのことが大好きなんです。だから、大好きな人の態度が普段と違うと、何となく気になってしまうのですわ』
「……そんなに変だった?」
『そうですわね。
普段なら、朝は必ず『おはよう』と言ってくれていましたけれど、最近は他の事で気を散らせているようですし。
魔法の研究のためにお勉強をなさっていても、どこか上の空ですし。この前は和蘭と露西亜がマスターのお部屋を整えていたのに、マスターったらそれにも気づかなかったですわね。
あとそれから、姉さまとかがお手伝いをしても、『ありがとう』としか言いませんし』
まだまだありますわ、と蓬莱。
『オルレアンはそれを気にしないように姉妹に言い含めていましたし、倫敦は何かを聞かれても『それがマスターの真意だろう』としか答えませんでした。
露西亜や西蔵、和蘭辺りは仏蘭西が『そんなことないのよ』と慰めていますし、姉さまはわたくしが抑えています』
「……そう」
『冷たくされると、人形も寂しいのですよ』
ね? と蓬莱。
彼女の言葉に、アリスは小さく肩をすくめた。
「……蓬莱はいつから気づいてたの?」
『わたくしはドライですもの。皆がそこまでマスターに入れ込むのを、外からずっと眺めていました』
「嘘ばっかり」
『嘘ではありませんわ。わたくしは嘘が大得意ですもの』
「最近、ちらちらと視線を感じるの。
この前、さっと、逃げるように隠れたの。あれ、あなたでしょ」
『さあ。どうだったでしょうか』
「お、アリス。次、私たちの番だぜ」
話に熱中している間に、列はずいぶんと進んでいた。
二人の前には、すでに店の中に続くドアがある。
「……負けたわ」
『左様ですか』
「ひょっとして、今日、あなたが一人でついてきたのって……」
『うふふ。それは内緒ですわ』
はいはい、とアリスは笑う。
この人形は、やっぱり油断のならない相手だと内心で、彼女はつぶやいた。元から、自分がそのように彼女を作ったためであるが、それを抜きにしても、蓬莱人形はなかなかの『やり手』であると。
「アリス。どうした?」
「なんでもない。
それより、私、買い物したら帰るけど、いい?」
「別に構わないけどな。
私はこれから霊夢のところに冷やかしに行くつもりだ」
何やらよからん悪巧みをしているのか、にやりと笑う魔理沙に、「ほどほどにしなさいね」とアリスは言うのだった。
その日の夜。マーガトロイド邸。
結局、アリスの行動の真意がわからないままに迎える、何度目かの夜。その日も人形たちは、アリスの目を逃れて、ある一室に集まっていた。
『じゃあ、次は……』
そう、上海人形が切り出したときだ。
突然、ぱっと部屋の明かりが消えた。
慌てる露西亜や西蔵に仏蘭西が『大丈夫よ』と言って聞かせ、オルレアンが『動くな! 固まっているんだ!』と鋭い声を上げる。
普段おっとりしている京人形が目と声を鋭いものに変え、『何か異変どすか?』と、ドスの利いた声を放つ。
倫敦が『みんな、動かないで固まっているんだ』と言って明かりをつけに走り、その後を和蘭が追いかけた、その時。
「ばぁ」
いきなり、暗闇の中にアリスの顔が浮かび上がった。
皆が一様に驚きの声を上げる中、一人、悲鳴を上げたのは上海人形である。
『姉さま。お化けではありませんよ』
『きゃー、きゃー、……って……え?』
「うふふ。大成功。
蓬莱、協力ありがとう」
『いえいえ』
ぱっと部屋の明かりがつけられる。よく見れば、蓬莱人形の手に、何やら一本の糸がつながっている。
視線を巡らせ、その先を確かめると、部屋の灯りに、それがくっついているのが見えた。
そうして、アリスは人形一人一人の頭をなで、『驚かせてごめんね』と笑いかけた。
『マスター、どういうつもりですか。趣味が悪い』
『そうだね。蓬莱ならともかく、マスターらしい行動とは言えないな』
『そうどす。マスター、うちらをからかうにも程があると違います?』
「からかったわけじゃないの。
蓬莱から聞いたんだけど、みんなが私のことを警戒していたらしいから」
そこで、蓬莱人形へと全員の視線が集まる。
当人は素知らぬ顔で『うふふ』と笑っていた。
『ちょっと蓬莱! 説明を……!』
「実はね、みんな。最近、みんなにそっけなくしていたのには理由があるの。
……というか、私も意識しちゃってたのね」
全員の視線が、今度はアリスへ。
何だか忙しいわね、と笑う彼女は、『はい』と全員に向かって何かを取り出した。
それは――、
『……お洋服……?』
『わ、これ、名前が刺繍してある! これ、ワタシのだ!』
『マスター、これは……?』
「普段、私のことをサポートしてくれるみんなに、たまには何かしてあげたいなって思って。
それで、こっそり、あなた達に贈るプレゼントを作っていたのよ」
彼女たちを置いて、外へ出かける事が増えていたのは、そのための材料を買うためなのだ、とアリスは説明した。同時に、よそよそしくなっていたのは、このことを悟られないように振舞っていたからだ、と。
「ゴリアテにも協力してもらっていたんだけど……」
『そういえば、彼女は?』
「『マスターに迷惑はかけられない。だけど、マスターのお手伝いのご褒美なら受け取る』って」
作るの大変だったわ、とアリスは言った。果たして、彼女がゴリアテと呼ばれる彼女に何を渡したのかは定かではなかったのだが――、
『……何よ、もう』
「上海?」
『それならそうって言えばよかったのに!』
すねたような、嬉しいような、そんな微妙な表情を浮かべて上海が怒鳴った。
『マスターのバカ! 何で教えてくれないのよ!』
「ごめんね。みんなを驚かそうと思って」
『そんなのどうでもいいのに! あたし達、マスターからプレゼントされるだけですっごく驚くし、すっごく嬉しいんだから!』
そうだそうだ、と首肯する人形たち。
彼女たちの言葉に、『ああ』とアリスは気づく。
自分は、やっぱり、この子達の『母親』気取りをしていたけれど、まだまだその領域にすら踏み込んでいなかったんだ、と。
『あたし達、みんな心配だったんだから! もしも、マスターに嫌われちゃったりしたらどうしようって!
マスター、あたし達のこと、どうでもよくなったのかもしれないって!
だから……!』
「そうだね。
ごめんね。みんなのこと、ないがしろにしてたわ。それじゃ、プレゼントも何もなかったわね」
『いいえ。気にしないでください、マスター』
『上海はこんなこと言ってるけど、わたし達、とっても嬉しいです』
『……大切にします、マスター』
『ありがとう!』
『……やれやれ』
『そう変な表情をするな、倫敦。マスターの心意気だ、ありがたく受け取るんだな』
『はいはい。みんな、そこまでそこまで。
マスターを困らせたらあかんえ』
「それにしても、さすがね。あなた達。蓬莱に話を聞かなかったら、多分、このことにずっと気づかなかったと思うわ」
いえいえ、と笑う蓬莱人形の手には、やはりアリスから贈られた新しい服があった。彼女はそれを気に入っているのか、それとも別のことに利用するつもりなのか、しっかりと握り締めている。
「これからも、あなた達には迷惑をかけるダメなマスターかもしれないけれど。
ずっとよろしくね」
『当然よ! あたし達が、ちゃんとマスターをサポートするわ! だから安心しなさい!』
『いや、上海。お前が一番の不安の種だ』
『確かに。君は猪突猛進だからな』
『な、何ですって!?』
『上海は確かに……』
『あの……その、上海は悪くないわ』
『露西亜。言いたいことがあるならちゃんと言った方がいいよ』
『上海。あなたはまず、もっと落ち着くことを覚えた方がいいわ』
『そうどすなぁ。そういうところがめんこいやけど、もうちっとばかり、な?』
『な、何よ何よ何よ、あなた達! あたしがマスターに一番最初に作られたのよ! あなた達の、言ってみれば姉よ! 姉に対して、何よ、その態度!』
むきーっ、と怒る上海人形に注がれるいくつもの視線。
その中の一つへと、アリスは視線を送る。
その彼女の表情は、『今回もなかなか楽しめましたわ』と、実に含みのある笑顔に輝いていたのだった。
深閑とした森の中に佇む一軒の家屋。
森の緑とは決して相容れない、白亜の外壁が特徴的なそこのドアが、ぎぃ、と音を立てて開かれる。
「それじゃ、あなた達。お留守番、お願いね」
家の主――アリス・マーガトロイド。
彼女は、見送りに出てきている、家の『住人』たちに笑顔を向けた後、ドアを閉じた。
ばたん、という音。
そして――。
『絶対、おかしいわ!』
声を張り上げるのは、彼女を見送った人形たちのうちの一人(?)であった。
『まあまあ、姉さま。はしたないですわ。そんな大声を上げて』
『黙りなさい、蓬莱! あなた、おかしいと思わないの!?』
『まずは主語を入れてくださいませ』
『あのマスターが、あたし達のうち、誰一人連れて行かずに外に出て行くことよ!』
『上海の場合は、『あたし達』じゃなくて『あたし』じゃないのか』
『うっ、うるさいわね! 余計な指摘はいらないわよ!』
『……やれやれ』
ふぅ、と肩をすくめる人形に、彼女――上海人形は言った。
『おかしい! ぜーったいおかしい! あんなのマスターじゃないわっ!』
『別によろしいんじゃないかしら? マスターも、たまには一人で出歩きたい時だってあるでしょうし』
『そうそう。特に、上海はうるさいし』
『誰がうるさいってのよ! あなたの方が、よっぽど子供っぽくてうるさいじゃない!』
『うーわ、ひどっ。どう思う? 和蘭』
『上海の言うことは間違ってないと思うよ、西蔵』
がっくりと、彼女――西蔵人形が、その場に膝をつく。
『あの……それで、上海はどうしたいの……?』
『ど、どう、って……』
『……マスターにだって考えがあるんだから、あまり自分たちの考えを押し付けるの、よくないと思うの』
『そうだな。露西亜の言う通りだ、上海。
第一、考えてもみるんだ。マスター・アリスとて、外観に精神の引っ張られる生き物だ。
そうであるなら、時には一人で、アンニュイな昼下がりを満喫したいと思う時だってあるだろう。
そう考えるのなら、我々を誰一人連れて行かず、孤独を楽しむのもおかしくはない』
『倫敦は言いたいことがよくわかんないよね』
『うん。確かに』
『やれやれ。君たちも、もう少し、言葉の真意を探るということを……』
『はいはい。そこまでどす。
倫敦、あんまり年下をいじめたらあきまへんえ』
『……む。わかった』
――さて。
このにぎやかな人形たちであるが、いずれも、この家の主であるアリスが作成した『人形』たちである。
彼女の最終的な目標は、『自律駆動する人形を作る』ということだ。そして、上海を始めとした人形たちは、全てその試金石である。
そして、アリスは彼女たちに、自律のためのプログラムを組んで与えてある。
それが、彼女たちの持つ個性――いわゆる、性格だ。
『ともあれ! マスターが何を考えているか、しっかりと見極める必要があるわ!』
『それで、姉さま。どのようになさるおつもりですか?』
『ふふん、そんなの決まってるじゃない。
マスターはあたし達をかわいがってくれてるもの。だから、マスターに直接聞くだけよ』
『それだったら、絶対に話してくれないと思うぞ』
『何でよ!』
『お前はそれを議題にしていたんじゃなかったのか』
『まあまあ、オルレアン。姉さまは、その辺りのことはよく考えてないだけですから』
『蓬莱、あなた、さりげなくあたしをバカにしてない?』
『いいえ、まさか』
先ほどからきーきーと怒鳴っているのが上海人形。一同の中では『長女』と呼べる立ち位置の人形である。
ただし、その性格は幼いと言ってもいいだろう。深いことまで考えず、思い立ったら即実行。理論よりも感情を優先させるところがあるのが彼女だ。
その隣にふわふわ浮かんでいるのが蓬莱人形。彼女は思慮深く、また、計算高い性格をしている。
もっとも、それの言い方を変えると、半端ではない腹黒さを備えているということなのだが。
そして、上海を諌めようとしているのがオルレアン人形。
落ち着いた、大人びた性格の彼女であるが故に、上海などのストッパーを担当することが多いが、大抵の場合、彼女たちの性格の『濃さ』に負けて貧乏くじを引いているへたれな一面も持ち合わせている。
『けれど、どうしてマスターは最近、わたし達に冷たいんだろう』
『あ、それ、ワタシも気になる』
『……何だか寂しいよね。以前は、あんなにかわいがってくれたのに』
『女は恋を知ると変わるって聞くよ』
『もう。西蔵、あなた、どこでそんな言葉覚えたのよ』
何やら仲のいい友人とも姉妹とも取れる会話をしているのが和蘭人形と西蔵人形。
和蘭人形は、一言で言うならば『女の子らしい女の子』という性格をした人形だ。アリスは『15歳くらいの年頃の女の子』をイメージして、彼女を作っている。
これまでの者達と違って欠点らしい欠点はないが、唯一、変わった特徴としては、ほったらかしておくとそこかしこにチューリップを植えて風車を建てたがるということがあったりする。
続いて、彼女と話をしているのが西蔵人形。彼女のイメージは『やんちゃなお調子者』というところか。
他人の目を楽しませることを第一と考えており、そのためにはいたずらも辞さないため、よく回りから怒られるような人形だ。
ただ、その明るさは誰よりも、この家の中を暖かくする要素であるのは間違いない。
『ねぇ……仏蘭西。あなた、どう思う?』
『……そうね。よくわからないけど……マスターは、きっと、私たちのマスターのはずだから。
あまり心配する必要はないと思うわ』
『うん……そうだね』
この二人は、仏蘭西人形と露西亜人形。
仏蘭西人形は、最も『大人びた人形』である。回りの和を第一に考え、自分よりも『子供』な人形たちをまとめるお姉さん役。
しかも、マスターであるアリスに倣うように手先がとても器用であり、アリスと一緒に人形たちの衣服を作ったりもしている。かてて加えて機転も利く頭の持ち主であり、文字通り、欠点のない人形だ。
もう一人が露西亜人形。大人しく控えめな性格をしており、いつでも回りから一歩引いて会話をする性格だ。
ただし、そのためか、周りの状況を正確に把握し、捉えており、その冷静かつ的確な『ツッコミ』には誰も反論が出来なかったりする。
『けれど、京。君はどう思う?』
『うちはあえてノーコメントで。何でもそうどすけど、なるようにしかならんもんとちゃいます?』
『……君と会話をしようと思った、私がバカだった』
そして、この二人が京人形と倫敦人形。
京人形は、おっとりとしたお姉さんであり、仏蘭西と共に『妹』たちの面倒を見るような人形だ。
いつでもにこやかに笑っており、周りを和ませるような性格ではあるが、その実、しっかりと物事を把握している。常に泰然と構えている点では仏蘭西とよく似てはいるが、彼女の場合は、そこに『包容力』ではなく『状況分析』が含まれているのが違いだろう。
一方の倫敦人形は、人形たちの中で最も頭がよく、『キレる』人形だ。
その観察眼と判断能力の高さにはアリスも舌を巻くほどであり、どんな事態が起きたとしても的確な対応が出来る能力を持っている。
ちなみに本人曰く、『出身はベーカー街の221Bさ』ということらしい。
以上が、アリスが主に連れている人形たちだ。もう一人、別にいる『子供』もいるのだが、彼女はこの場にはいないため、紹介は割愛しよう。
『ああ、もう! あなた達、マスターのことが気にならないの!?』
『気になるー』
『気になるわ』
『そうでしょう!?
なら、マスターが今、何を考えて、何をしようとしているか。それをしっかり見定める必要があるの! いい!?』
『それはよくわかるがね、上海。少しは落ち着いて……』
『余計なことは言うな、倫敦。火に油を注ぐぞ』
『まあまあ、困ったちゃんどす』
『……ふぅ』
『うふふ。仏蘭西も、あまり気にしない方がいいですわ。そっちの方が遥かに楽しめますし』
『……蓬莱、笑顔が黒いわ』
というわけで。
上海の提案は以下のようなものだった。
まず、アリスがどうして、今のような態度を取っているのか、それを徹底的に探る。
要するに、彼女に真意を悟られないように隠しつつ、普段どおりに、その後をついて回るということだ。
元々、アリスが作った人形なのだから、その存在がすぐに気取られるのではないか、という指摘を倫敦がしたのだが、上海は『大丈夫』と押し切った。
もちろん、誰もが『また深いことを考えずに適当に……』と思ったのは言うまでもない。
そうして情報を集めて、アリスに直接、その理由を尋ねるのが最終段階。そこに至るまでに、全員で、入れ替わり立ち代り、アリスを『探る』というのが、今回の『作戦』である。
『さあ、あなた達! へまをしないようになさい!』
『上海が、一番、馬脚を現しそうね……』
『姉さまはいつでも直情径行なのがいいところですわ』
うふふ、と笑う蓬莱人形の瞳が、実に真っ黒に輝いたのはその時だった。
「それじゃ、出かけてくる……」
『あ、マスター! 今日はあたしがついていってあげるわ!』
「え? 上海が?」
『そうよ。何か文句ある?』
「別にないけれど……。ただの買い物よ? 普段なら、『そんなの和蘭とかにやらせればいいじゃない』って言うのに」
『き、今日は、あたしがやってみたくなっただけよ。いいじゃない、別に』
「そう?
それじゃ、お願いするわね」
それから三日後。早速、上海人形はアリスの後にくっついて行動を開始していた。
結局、あの日は、家に帰ってきたアリスは、そのままいつも通りにいつも通りの生活を送って一日を終えている。その次の日からも、『面白い魔法が出来そうなの』と魔法の研究を始めてしまっており、外出はしてないのだ。
『……大丈夫かしら』
『心配ね……。……わたし、後ろからついていった方がいいかしら』
『いや、そこまでは必要ないだろう。上海もバカではない、よほどのことがない限り……と、思いたいが……ミスはしない……だろう』
『オルレアン。自信がないならはっきりとそう言った方がいい。君のその性格の美徳の一つだが、同時に欠点の一つでもある』
『うるさい、ほっとけ』
姉妹たちから不安の眼差しを向けられていることなど露知らず、上海人形はアリスの後ろで、『絶対に、マスターの秘密を暴いてやるわ!』という顔をしている。もちろん、アリスも、彼女のそんな視線には気づかないままだ。
「けれど、珍しいわね。上海が率先してお手伝いしてくれるなんて」
『べっ、別にいいじゃない! あたしだって、たまには、マスターの手伝いくらいしてあげてもいいって思うもの!』
「そう。ありがとう」
アリスに優しい笑顔を向けられ、一瞬、『あ、もう何かどうでもいいかな』と思ってしまう上海人形。慌てて首を何度も左右に振り、『違う違う! そうじゃないのよ、上海!』と自分に言い聞かせたりする。
さて、そうしてやってくるのは人間の里である。
大勢の人の往来がある中に降り立った二人(?)は、早速、買い物を開始する。
『マスター、何を買うの?』
「今日の晩御飯と……あと、明日の分の食料ね」
『それだけ?』
「そうよ」
『……そう』
ううん、きっと、マスターはあたしをごまかそうとしてるのよ。それだけのはずがないわっ。
そんな風に自分に言い聞かせ、彼女はアリスの後ろをふよふよとついていく。
しかし、当然のことながら、上海にとっては案に相違する形で、アリスの買い物は進んでいく。
「ねぇ、このかぼちゃ。もう少し安くしてもらっていい?」
「お、また来たね、お嬢ちゃん。
ん~……そうだな。なら、こっちのトマトと一緒に買ってくれたら考えてもいいぜ」
「そのトマト、色が薄いもの。
それより、こっちのにんじんならどう?」
「あー、ダメだ。そいつは特売品だからな。
それなら……よし、俺も男だ。こっちのなすびでどうだ」
「男ならこっちよ。大根!」
「いやいや、ダメだ。そいつはまけらんねぇ」
八百屋の店主との壮絶な舌戦が繰り広げられる中、上海人形は、店頭に飾ってある野菜に手を伸ばす。
それをぺしぺしと叩いていると、
「お人形さんだ!」
「ほんとだ!」
『ち、ちょっと! 何よ、あなた達!』
その愛らしい姿を気に入られたのか、子供たち数人に取り囲まれてしまう。
「うわ、すげー。何か動いてる!」
「どうやって動いてるの!?」
『こら、離しなさい! あたしを誰だと思ってるのよ!』
「何か喋ってるよ、これ!」
「すっごーい!」
『ああ、もう! これだから子供はっ! いいから手を離しなさいっ!』
じたばたする上海人形に群がる子供たち。その様子に気づいたアリスが、「あ、ごめんね」と上海人形を助けて(ある意味)やる。
「ねぇねぇ、おねーちゃん! それ何!?」
「これはね、上海人形っていうの。私が作ったお人形さんよ」
「すっげー!」
「ねぇ、おねーさん! それちょうだい!」
「だーめ。この子は、この世にたった一人しかいない、大切な私の『子供』なの。
あなた達にはあげられないわ」
「ちぇー」
そんな子供たちとのやり取りが、ある意味、店主の心を打ったのか。
しょうがないな、これ持ってけ、とアリスが粘っていたかぼちゃと大根が渡されたのだった。
『で、上海。結果は?』
『だから子供は嫌いよ』
『……は?』
『予想通りですわ。姉さまらしい結果で、わたくし、思わず顔がにやけてしまいますわ』
『蓬莱。すごく、笑顔が黒いわ』
『次はどちらさんどす?』
『手の空いているものでいいだろうさ』
「あら、久しぶりね」
「こんにちは、咲夜さん。これ、どうぞ」
「あら、ありがとう」
その次のアリスの『お出かけ』は紅魔館だった。
今回、それに同道しているのは西蔵人形だ。他の者達はアリスから、家の中の掃除を命じられてしまったのである。ちなみに、西蔵にそれが命じられなかったのは、人形たち全員から、『いても邪魔なだけっていうか余計に汚すだけだから』という嘆願のせいだったりする。
ともあれ、アリスは出迎えに出てくる咲夜に手製のパイをおみやげとして渡して、図書館へと案内される。
「こんにちは、パチュリー。悪いんだけど、またお邪魔させてもらったわ」
「私の邪魔をしないなら、別に何でもいいけれど」
「何か本をご所望ですか?」
「あ、はい。えっと……」
図書館の主とその従者が、アリスを案内していく。その後ろをついていく西蔵は、周りの本棚をきょろきょろと見渡しながら、『こんなに一杯本があってどうするんだろう』と思っていた。彼女、ここに来るのは初めてである。
「これですね」
「ありがとうございます」
「お茶とお菓子の用意をしてきますので、アリスさん、戻れますか?」
「大丈夫です」
――そういうわけで。
『……マスター』
「何?」
『退屈だよ』
「ごめんね。だけど、もう少し待ってて」
静謐な図書館に響くのは、本のページを繰る音と、時計の音だけ。
当然、普段、にぎやかに過ごしている西蔵にはとても耐えられる環境ではなかった。
『……仏蘭西と蓬莱と倫敦以外がここに来るのを嫌がるのがわかったよ』
はぁ、とため息をつく。
同じ場所に5分と落ち着いていられない彼女にとって、その空間の空気は、それ自体が拷問に近いものだった。
かといって、いつも通りににぎやかしを始めれば、きっとアリスに怒られるだろう。何をすることも出来ず、体をゆすったり、ふわふわ空を飛び回ったりする程度で、何とか時間をすごそうとするのだが、
『まだ5分……』
「アリス、その人形、うるさいわ。何とかならない?」
「ごめん、パチュリー。この子、じっとしてるのが苦手なのよ」
「そんなのを連れてこないでちょうだい」
「あはは、ごめんね」
うぅ……。マスター、ごめんなさい……。
自分のせいでアリスが怒られたことをすまなく思っているのか、しゅんとなって肩を落とす西蔵人形。
――と、その時だ。
「ぱちゅりー、あそぼー!」
ばーん! というやたらでかい音と元気一杯の声が響き渡る。
その声に、その場の静寂はガラスのような音を立てて木っ端微塵に粉砕され、アリスはびくっと背筋を伸ばし、パチュリーは額に手をやってため息をつく。
続く、たったった、という軽快な足音と共に、声の主――フランドールが姿を現した。
「あそぼ!」
「……ごめんなさい、フランドール。私は今、お勉強中なの」
「えー!? やだやだ、あそぼあそぼ!」
じたばたしてだだをこねる彼女に、困ったような顔をしてパチュリーは隣のアリスに助けを求めた。アリスは肩を小さくすくめて、小さくかぶりを振る。
二人の横で仕事をしていた小悪魔が、『それじゃ、私が何とかするか』という顔をしてフランドールの後ろに近寄った時だ。
「なに?」
西蔵人形が彼女の顔の前に飛んでいく。
そうして、右手を懐に収めて、それを引き抜くと、ぽんとそこに花が咲いた。
「うわ! すごーい!」
続けて彼女は左手を右手の裾の中に入れる。
そして、そこから左手を引き抜くと、その動きにつれて万国旗が現れる。
「うわー、うわー、うわー!」
「あの人形、手品が得意なの?」
「みんなを楽しませるために、色々やってるみたい」
フランドールは『もっとやってもっとやって!』と西蔵人形を囃し立て、西蔵人形の方はというと、ようやく『にぎやか』に出来る空間と瞬間を手に入れた喜びから、『それじゃ、次の手品いきまーす!』と声を上げていた。
「うわぁ! それ、どうやってるの!? すごいすごい!」
『次の手品だよ。ほらほら!』
「小悪魔。その二人、隣の部屋に連れて行って」
「はい。
それじゃ、フランドール様。それから、西蔵人形さん。悪いんだけど、お隣の部屋に」
「はーい!」
『わっかりましたー!』
すっかりと、この時、西蔵は自分の役割を忘れていた。
とはいえ、生来から、誰かを楽しませるのが大好きな彼女は、その『目的』のことに気を割くことはなく、目の前の観客を楽しませ、喜ばせることに精力を注ぐのだった。
『はぁ!? 途中から見てなかった!? 何やってるのよ、もう!』
『てへへ……ごめんごめん。つい、フランドールちゃんと遊ぶほうに熱中しちゃって』
『西蔵らしいけどね』
『そうですね。西蔵は、いつでも、みんなを楽しませることが第一だもの』
『姉さまも、そんなにかりかりしないでくださいませ』
『ああ、もう! 次よ、次!』
「今度はあなた達がついてくるのね」
『わたし達の番なんです』
『あまり気にしないでください』
「あなた達、最近、変じゃない?」
今日の行き先は博麗神社。そこに向かうアリスの側には和蘭と露西亜人形の姿があった。
彼女達は、マスターの質問に『そんなことないです』『気にしないでください』とポーカーフェイスを返す。
ここに上海がいたら、間違いなく、彼女たちの目論見はばれていただろうが、アリスはその二人の返答に『……そう』と、一応は納得したような反応を示す。
さて、今回、アリスが神社へとやってきた理由はというと――、
「だから、そうじゃなくて。ここで針を返すのよ」
「……うぐぐ」
その神社の主、博麗霊夢への『縫い物講座』のためだったりする。
何でも、彼女、先日、一張羅の私服をちょっとしたドジで破いてしまったらしいのだ。
もちろん、彼女としてはそれがお気に入りだったため、何とかして直そうとしたのだが、
「いてっ」
「もう。へたっぴ」
「いいじゃん、もう!」
不器用というわけではないのだが、あまり縫い物に慣れていないため、何とかしようにも何ともならなかったのだ。
そこで、手先の器用さにかけては幻想郷中を探しても右に出るものはそうはいないアリスを頼ったというわけである。
『霊夢さん、違います。そこは針をこう……』
『そうそう、霊夢さん。露西亜の言う通りやらないと……』
「あだっ!」
『……だから、違うって言ったのに……』
「あなた達の言葉は、霊夢には通じないわよ」
アリスと同じように、霊夢に縫い物を教えているつもりの露西亜と和蘭が、はっとなって互いに顔を見合わせる。
ちなみに、この二人も縫い物は得意である。なお、一番、縫い物が得意なのは京人形だ。彼女に縫い物をやらせると、『どうやって作ったんだ』という立派な着物すら作り上げるのである。
それを見たアリスが、ちょっぴり膝を抱えていじけそうになったという微笑ましいエピソードは、ここでは封印しよう。
「つーかさー、何でアリス、そんなに上手なの?」
「この子達の服は、私が作ってるんだもの。
それに、自分が着たいと思っても売ってない服があるなら、自分で作るしかないじゃない」
「あんたって家庭スキル高いよなぁ」
「お母さんが頼りないから」
うふふ、と笑うアリスだが、その母から、こうした家事は教えられているのは言うまでもない。
そういうもんか、と霊夢は納得し、なおも針と糸と格闘する。
『ねぇ、和蘭』
『そうね、露西亜』
手持ち無沙汰の二人は、ふよふよと台所へ。
そうして、そこに備えられているお茶とお菓子を用意すると、またふよふよ居間に戻っていく。
『どうぞ』
ことん、とお盆の上に載せたそれをテーブルへ。
アリスは『ありがとう』と笑い、霊夢は『あんたら、どうやってこれの場所を知ったの』と驚きの顔を浮かべている。
「うちの露西亜は空間認識能力に長けているの。
微細な空気の流れ、音の響きで、大体、どこにどんなものがあっても見つけ出せるのよ」
おかげで、うちはなくし物がないのよね、とアリスは鼻を高くする。
「んじゃ、こっちは?」
つんつん、と和蘭をつつく霊夢。
「和蘭は、どんなことでもオールマイティにこなせる子よ。けれど、性格が控えめだから、ナンバー1よりはナンバー2が信条みたい。何か文句ある?」
「いやないけど」
それはそれですごいんじゃなかろうかと霊夢は思った。
というか、それってある意味、手の中にカードを隠してるんじゃなかろうかとも思う。奥の手は、そう簡単には見せないのが幻想郷で強く生きていくこつである。
「ふぅん……。あんた達、意外とすごいのね」
『あ……はい。ありがとうございます……』
『ありがとう、霊夢さん』
「何て言ってるの?」
「『ありがとう』って」
「……たまに思うんだけどさ、アリス。これで、この子達、自律してないの?」
「人格というプログラムに沿って動いているだけだからね。まだ、メディスンみたいにはいかないわ」
しかし、傍目に見れば、立派に自分で思考して自分で動いているようにしか見えないのだが。
アリスがそう言うということはそういうことなんだろうなと霊夢は納得する。
「あ~……にしても、全然ダメじゃん」
「霊夢は短気なのよ。もうちょっとおっとりしないと。
そんなんじゃ、早苗が違う意味でやきもきするんじゃない?」
「そ、それは関係ないじゃない!」
『霊夢さん、頬、赤いですよ』
『ほんとだ。真っ赤』
「うるさいあんたら!」
なぜかその時だけは、人形たちの言葉がわかってしまった霊夢は、恥ずかしさ隠しのために大声を上げ、同時に手が滑ってぐっさりと針を指に刺したのだった。
『特に何もなし、か』
『それにしても、予想は出来ていたが、彼女はそんなに不器用だったのか。マスター・アリスも大変だっただろう』
『だけど、お二人とも、とても楽しそうでした』
『友達っていいわよね』
『ああ、もう! 全然、事態が進展しないわ!』
『うふふ。そうですわね』
『全く……。どうして私がこんなことを……』
『いいじゃない、オルレアン。あなたもマスターと出かけるのは好きでしょう?』
『ゴリアテがそうそう動けない以上、マスターを守るのが私の一番の仕事だからな』
「ありがとう、オルレアン」
『いや、構わない。私は、マスターから与えられた任務をこなすだけだ』
後ろで『うふふ』と笑う仏蘭西が、アリスに目配せした。アリスもそれを受けて、くすくすと笑う。
次のお出かけ先は、太陽の畑。もちろん、目的地は――、
「幽香、来たわよ」
「アリス! ……ああ、もう、ようやく来てくれたのね。
はぁ……」
「何よ、もう。自立のために、ちょっと手を引いてるだけじゃない」
「う、うるさいわね! 接客とか、あんまりやったことないんだから!」
顔を真っ赤にして怒鳴る幽香に、やれやれ、とアリスは肩をすくめる。
――その理由はというと、このところアリスは幽香の店、『かざみ』にあまり足を運ばないようにしているのだ。
曰く、『そろそろ自分ひとりでお客さんの相手をしてみたら?』ということだ。
幽香はもちろん、『や、やってやろうじゃない!』と大見得を切っているのだが、やってくる客相手ににっこり笑顔を浮かべて『いらっしゃいませ』など、もちろん慣れていない。不慣れであるということに加え、生来からの半強がりなところが祟って、『い、いらっひゃいみゃひぇ』とセリフをかむこともしばしばなのである。
「人形くらい貸してくれたっていいじゃない」
「それじゃ、あなたの自立にならないでしょ」
「……くっ」
『かわいい人よね、本当に』
『仏蘭西。彼女に我々の言葉はわからないとはいえ、あまりそういうセリフは言わない方がいい』
『ええ、わかっているわ。オルレアン。
けれど、彼女を見ていると、何だか昔のマスターを思い出すのよ』
「仏蘭西。余計なことは言わないでいいの」
『あら、ごめんなさい』
ほんの少し頬を赤くしたアリスににらまれて、仏蘭西はエレガントな笑みを浮かべてみせた。
ともあれ、アリスと人形二人は店内へと案内され、テーブルを勧められる。
そこについて待っていると、厨房の方から幽香が『秋の新作よ』とケーキとお茶を持ってやってきた。
「今日は、これの味見がメイン。わかる?」
「……わかってるわよ。午後から帰るんでしょ」
「そういうこと」
「……たまには、もう少しくらい、一緒にいてくれても……」
「何?」
「べっ、別に何でもないわよ! さっさと食べなさいよ! ケーキが傷むでしょ!」
「そうね。それじゃそうするわ」
なぜか顔を赤くして反論してくる幽香に視線を戻してから、アリスは手元のケーキにフォークを入れる。
丁寧にケーキを切り取り、口の周りにクリームなどがつかないように注意しながらぱくり。
それから、しばらくの間、口の中でその味を堪能したアリスは、「美味しいわね」とそれをほめた。
「でしょう? 何だと思う、これ」
「そうね……。モンブランでしょ? 使う栗を変えたりとか?」
「残念。
これ、さつまいもなのよ」
「へぇ」
何でも、近くの人里に、見事なさつまいもがあるということを聞き及んだ幽香は、早速そこに足を運び、自分の目と舌で物を吟味した上で購入してきたとのことだ。
そうして、実際にケーキに使ってみれば、これがベストマッチだったというわけである。
『モンブランというのは、普通、栗を使ったケーキではないのか?』
『元々、その名前を戴くに至ったのは、このケーキの見た目からだと言われているし。
中には普通の、真っ白なクリームを使ったモンブランもあるくらいだから。むしろ、そっちの方が名前にはふさわしいかもしれないわね』
『……そうなのか。私はこういうのにはさっぱりだが、仏蘭西がそう言うのならそうなんだろう』
『ええ、もちろん』
うふふ、と上品に笑う仏蘭西人形が、テーブルの上のケーキに興味津々と言った視線を注いでいるオルレアン人形を見る。
彼女はどちらかというと、男性くさい性格をしているが、それでも『中身』はしっかりと女の子ということなのだろう。
『姉妹』のそうした一面を見ることが出来て嬉しかったのか、仏蘭西はふわふわと幽香の前に飛んでいって、小さく頭を下げた。
「何?」
「何か御礼をしたいみたいね」
「……ふぅん。
あ、そうそう。同じさつまいもを使ってタルトも作ってみたの。今、持ってくるから」
「そっちも楽しみね」
「驚くわよ。何せ、文字通り、金色のタルトなんだから」
踊るように歩いていく幽香の後ろ姿を見て、仏蘭西人形は思う。
彼女は、久しぶりに『友達』に会えて嬉しいんだな、と。
それから、ちらりとアリスに視線を送る。
さて、私たちのマスターは、どんなことを考えているのだろう。きっと、鋭い人だから、幽香さんが何を考えて、どうしてあんな顔を浮かべているか、絶対にお見通しなんだろうな。
そんなことを思いながら、その視線はオルレアンへ。
『ところで、オルレアン。あなた、いつまでケーキを見ているの?』
『あ、ああ……いや。こういうものはどういう味がするのか、ちょっと興味を持っただけだ』
「あら、そう?
じゃあ、今度は、食べ物が食べられる人形を作ろうかな」
『マスター、あまり本気にしないで頂きたい……』
「何、そんなにしょげちゃって」
『うふふ。オルレアンも、ちゃんと女の子なんですね』
『……仏蘭西、怒るぞ』
『はいはい』
『相変わらず、マスターって友達想いだよね』
『うん。すごくマスターらしい……』
『そんなことどうでもいいのよ!
あたし達のマスターがどういう理由で、最近、あたし達に冷たいかを探るのが目的なのよ! あんた達、わかってるの!?』
『そう怒鳴らなくてもいいだろう、上海。
次は我々だ。何かあったら、きちんと探りを入れておく』
『……倫敦。あまりやりすぎないでね』
『善処する』
次のアリスのお出かけ先はというと――、
「どうもこんにちは、アリスさん」
「こんにちは」
竹林の奥にある、一軒の日本家屋。言うまでもなく、永遠亭だった。
「今日は頼んでいたものを取りに来たのだけど……」
「はい。師匠から伺っています。
とりあえず、奥へ。ここは患者さんたちの待合室なので」
「わかりました」
出迎えに出てきた、白衣のうさぎさんな鈴仙に連れられて、彼女は椅子から腰を浮かす。
その後についていくのは、倫敦人形と京人形の二人だった。
『うち、病院って苦手やわぁ』
『そうだな。あまり、こういうのはよくないが、やはりどこか空気が辛気臭く感じる。
こういうところにこそ、西蔵が来るといいのだが』
『あれやね。病は気から』
『そういうことだね。
とはいえ、それも結局はプラシーボの領域を出ないだろう。何らかの肉体的な原因があって病にかかっているものに、『気を明るくしろ』などと言おうものならおおごとだ』
『そうなると、西蔵はおらん方がよかったかもしれまへんな』
『だが、やはり気分が滅入ってしまっていては、治るものも治らないだろうな』
『難しいもんどす』
ふよふよと宙を漂いながら、世間話のようなものをする二人。それを見て鈴仙が、「今日は何だか、その子達、よく喋りますね」とコメントした。
ともあれ、鈴仙はアリスを永遠亭の一室に案内すると、「ちょっと待っていてくださいね」と言って席を外す。
入れ替わりに、別のうさぎがやってきて、「どうぞ」とお茶とお菓子を置いて去っていった。
『……そういえば、うち、病院に来るの何回目やったか……』
「京人形は、あまりこういうところには連れてきたことはなかったわね」
『ええ、そうどす。何だか空気が合わないと言うか……何やろなぁ……』
「さっき、倫敦も言っていたけれど、病院に来る時に連れてくるのは、西蔵とか上海が多かったわ」
『どちらもやかましいからね』
「そういうこと。
けれど、あの子達を見て、『何だか元気が湧いてきた』って帰り道に声をかけられたこともあるのよ」
『それはいいことだ。
相変わらず、マスターの慧眼には感服する』
「やめてちょうだい、倫敦。あなたの性格から言うと、そういう態度はただのいやみよ」
『ははは。言われてしまったよ』
『倫敦は頭がええからなぁ。うちも、倫敦の何分の一かでもええから賢くなりたかったもんどす』
「そんなことないわ。京だって……」
ちょうどその時、すっとふすまが開く。やってきたのは鈴仙だ。
「お待たせしました」
そう言って、彼女は部屋の中に膝を進めてくると、『頼まれていたものです』と、手に持っていた救急箱のふたを開ける。
「これが胃腸薬、これが頭痛薬、軟膏、風邪薬……」
とんとん、と薬が並べられていく。
それを一つ一つ、アリスは手に持ったメモ帳と見比べて確認をした。
「最後に包帯、と。
これで全部ですよね」
「うん。ありがとう」
「けれど、これくらいならわざわざ取りに来なくても、うちの薬局に言えば宅配しますよ?」
「今回は違う形になっちゃったけど、普段は西蔵とか上海を連れてくるから」
「ああ。よく、待合室で掛け合い漫才やってる子達ですよね?」
そんなことやってたのか、と倫敦と京の二人はアリスを見る。アリスは飄々とした笑みを崩さず、「あの子達はにぎやかしが得意だから」と答えるだけだ。
「あの子達がはしゃいでいるのを見ていると、何だか笑えて来るでしょ?」
「らしいですね。
受付とかをしてる子達も、『アリスさんが来るのが楽しみなんです』って言っていたような覚えがあります」
病院なのにね、と鈴仙。
それが狙いだもの、とアリスは返す。
「さっきもこの子達が話していたの。『病は気から』って。
それなら、私が道化になるのも悪くないじゃない?」
「助かります。
いや、まぁ、うちとしてはもっと病人が増えて患者が増えるのがいいんですけどね。だけど、医者と軍人と葬儀屋は閑古鳥が一番ですし」
「そうかもしれないわね」
「師匠も言ってますよ。『アリスさんには、お代はある程度、目をつぶるように』って。
お礼だそうです」
「永琳さんには、私の方から頭を下げないといけないのに」
何だか悪いわね、と笑って、アリスは鈴仙から救急箱を受け取った。
代わりに、ポケットの中から財布を取り出し、代金をきっちり、鈴仙の元へ。鈴仙は、「いつもありがとうございます」と頭を下げてからそれを受け取った。
「次に来る時は、またにぎやかな子達を連れてくるわ。倫敦も京も大人しいから」
「わかりました。
けれど、彼女達は彼女達で愛らしいですよ」
「ありがとう」
お見送りします、と鈴仙に見送られ、アリスは永遠亭を後にする。
手に持った救急箱を落とさないように、注意して空を飛ぶ彼女。その横に、すすと倫敦と京が並ぶ。
『相変わらずだね、マスター』
『ほんと、感心します』
「嘘はついてないわ。事実よ」
『それを疑ったわけではない。私が言いたいのは、マスター。あなたはいつまでも、そのままのあなたでいてほしいということだ』
『あら、倫敦ったらどないしたん? ほっぺたが真っ赤やね』
『人形の表情が変わるものか』
『うふふ。
マスター。うちらに出来ることがあったら、なんぼでも言うてくださいな』
「ええ。いつだって、あなた達は頼りにしているわ」
『らしいどす』
『……やれやれ。私ももう少し、己の力量を磨くとするか』
「倫敦は、磨きすぎると批判を買うわよ」
『どこかのお嬢様と違って、私は他人の心までは読めないよ。それを推察するだけさ』
『それの的中率が半端ないんやけどね』
「ほんとね」
『ああ、もう! 京はともかく倫敦まで! 何やってるのよ、もう!』
『二人は自分の役目を果たしただろう』
『そうよ。上海。
彼女たちに怒鳴るのは筋違いだわ』
『うぐっ……』
『次は蓬莱だっけ』
『蓬莱。その……あまりやりすぎないでね?』
『ええ、わかってますわ。わたくしも、皆さんと同じく、節度を守ってマスターを探りますわ』
『……蓬莱の言葉だけは真に受けちゃダメだよね』
『……確かに……』
「ねぇ、蓬莱」
『何でしょうか?』
「最近、あなた達、おかしくない?」
『どの辺りがでしょう?』
「何だかよそよそしいわ」
『そうでしょうね』
「おーい。何の話だ?」
道の向こうから声。やってくるのは、今日、出かけた先の家の住人、魔理沙嬢。
なんでもないわ、とアリスはそれに返す。
彼女は特段、アリスから特定の返事を求めていたわけではなかったのか、『そっか』とうなずくと、また先に立って歩いていく。
「どういうこと?」
『さて。どういうことでしょうか』
「……本当にもう。
あなたをそういう性格にしたのは失敗だったかもしれないわ」
『まあ。それは、わたくしが、マスターの心すらたばかることが出来るということですわね?』
嬉しいですわ、とくすくす笑う蓬莱人形。
もう、とアリスは肩をすくめて、足早に歩いていく。
「ねぇ、魔理沙。そのお店はまだ?」
「あともうちょっとだ。
ほら、道の向こうに見えるだろ。あれだよ」
そう言って、魔理沙が示すのは人の群れ。あれか、とアリスは小さくつぶやいた。
その群れの中へ合流して、かかる声に従う二人。
「待ち時間は30分……長いわね」
「そうだな。けど、今日は少ない方だぜ。
この前、霊夢と来た時なんて2時間待たされた挙句、目の前で売り切れだったからな」
「それ、霊夢、暴れたでしょ」
「暴れようとしたところに早苗が通りかかってさ。大魔神は怒りをお鎮めになりました」
「なるほど」
人間は変わるものね、とアリス。
妖怪だってそうだろ、と魔理沙はそれに返す。
「……で、さっきの話の続きだけど」
「ん? 何だ?」
「あなたじゃなくてこっち」
「そっか。
なら、声を潜めろよ。独り言なんて他人に聞かせるもんじゃないぜ」
はいはい、とアリスはそれに返す。
そうして、その視線を蓬莱へ。
『簡単に申しますとですね』
「うん」
『最近、マスターがわたくし達にそっけないのを、みんなが気にしてるんです』
――と、蓬莱は、今まで全員がひた隠しにしていたことをあっさりと喋ってしまった。
『そのせいで姉さまなんて寂しがるわやきもちやくわでもう大変。
姉妹全員を巻き込んで、マスターのことを監視するんだ、って』
「……そういうことだったの」
『ええ。気づいてました?』
「ごめんなさい。全然」
『でしょうね。
マスターはいつも通りの振る舞いをなされていましたし。あれは演技ではないかと倫敦とかは疑っていましたけれど、わたくしは、ちっともそうは思いませんでした』
列が動き、三人は前へと進んでいく。
ちらちらと、魔理沙が肩越しに視線を送ってきていることに気づきながら、アリスは『だけど、どうして?』と蓬莱に訊ねる。
『マスターは、ポーカーフェイスはお得意でも嘘をつくのはお得意ではありませんから。
みんな、マスターのことが大好きなんです。だから、大好きな人の態度が普段と違うと、何となく気になってしまうのですわ』
「……そんなに変だった?」
『そうですわね。
普段なら、朝は必ず『おはよう』と言ってくれていましたけれど、最近は他の事で気を散らせているようですし。
魔法の研究のためにお勉強をなさっていても、どこか上の空ですし。この前は和蘭と露西亜がマスターのお部屋を整えていたのに、マスターったらそれにも気づかなかったですわね。
あとそれから、姉さまとかがお手伝いをしても、『ありがとう』としか言いませんし』
まだまだありますわ、と蓬莱。
『オルレアンはそれを気にしないように姉妹に言い含めていましたし、倫敦は何かを聞かれても『それがマスターの真意だろう』としか答えませんでした。
露西亜や西蔵、和蘭辺りは仏蘭西が『そんなことないのよ』と慰めていますし、姉さまはわたくしが抑えています』
「……そう」
『冷たくされると、人形も寂しいのですよ』
ね? と蓬莱。
彼女の言葉に、アリスは小さく肩をすくめた。
「……蓬莱はいつから気づいてたの?」
『わたくしはドライですもの。皆がそこまでマスターに入れ込むのを、外からずっと眺めていました』
「嘘ばっかり」
『嘘ではありませんわ。わたくしは嘘が大得意ですもの』
「最近、ちらちらと視線を感じるの。
この前、さっと、逃げるように隠れたの。あれ、あなたでしょ」
『さあ。どうだったでしょうか』
「お、アリス。次、私たちの番だぜ」
話に熱中している間に、列はずいぶんと進んでいた。
二人の前には、すでに店の中に続くドアがある。
「……負けたわ」
『左様ですか』
「ひょっとして、今日、あなたが一人でついてきたのって……」
『うふふ。それは内緒ですわ』
はいはい、とアリスは笑う。
この人形は、やっぱり油断のならない相手だと内心で、彼女はつぶやいた。元から、自分がそのように彼女を作ったためであるが、それを抜きにしても、蓬莱人形はなかなかの『やり手』であると。
「アリス。どうした?」
「なんでもない。
それより、私、買い物したら帰るけど、いい?」
「別に構わないけどな。
私はこれから霊夢のところに冷やかしに行くつもりだ」
何やらよからん悪巧みをしているのか、にやりと笑う魔理沙に、「ほどほどにしなさいね」とアリスは言うのだった。
その日の夜。マーガトロイド邸。
結局、アリスの行動の真意がわからないままに迎える、何度目かの夜。その日も人形たちは、アリスの目を逃れて、ある一室に集まっていた。
『じゃあ、次は……』
そう、上海人形が切り出したときだ。
突然、ぱっと部屋の明かりが消えた。
慌てる露西亜や西蔵に仏蘭西が『大丈夫よ』と言って聞かせ、オルレアンが『動くな! 固まっているんだ!』と鋭い声を上げる。
普段おっとりしている京人形が目と声を鋭いものに変え、『何か異変どすか?』と、ドスの利いた声を放つ。
倫敦が『みんな、動かないで固まっているんだ』と言って明かりをつけに走り、その後を和蘭が追いかけた、その時。
「ばぁ」
いきなり、暗闇の中にアリスの顔が浮かび上がった。
皆が一様に驚きの声を上げる中、一人、悲鳴を上げたのは上海人形である。
『姉さま。お化けではありませんよ』
『きゃー、きゃー、……って……え?』
「うふふ。大成功。
蓬莱、協力ありがとう」
『いえいえ』
ぱっと部屋の明かりがつけられる。よく見れば、蓬莱人形の手に、何やら一本の糸がつながっている。
視線を巡らせ、その先を確かめると、部屋の灯りに、それがくっついているのが見えた。
そうして、アリスは人形一人一人の頭をなで、『驚かせてごめんね』と笑いかけた。
『マスター、どういうつもりですか。趣味が悪い』
『そうだね。蓬莱ならともかく、マスターらしい行動とは言えないな』
『そうどす。マスター、うちらをからかうにも程があると違います?』
「からかったわけじゃないの。
蓬莱から聞いたんだけど、みんなが私のことを警戒していたらしいから」
そこで、蓬莱人形へと全員の視線が集まる。
当人は素知らぬ顔で『うふふ』と笑っていた。
『ちょっと蓬莱! 説明を……!』
「実はね、みんな。最近、みんなにそっけなくしていたのには理由があるの。
……というか、私も意識しちゃってたのね」
全員の視線が、今度はアリスへ。
何だか忙しいわね、と笑う彼女は、『はい』と全員に向かって何かを取り出した。
それは――、
『……お洋服……?』
『わ、これ、名前が刺繍してある! これ、ワタシのだ!』
『マスター、これは……?』
「普段、私のことをサポートしてくれるみんなに、たまには何かしてあげたいなって思って。
それで、こっそり、あなた達に贈るプレゼントを作っていたのよ」
彼女たちを置いて、外へ出かける事が増えていたのは、そのための材料を買うためなのだ、とアリスは説明した。同時に、よそよそしくなっていたのは、このことを悟られないように振舞っていたからだ、と。
「ゴリアテにも協力してもらっていたんだけど……」
『そういえば、彼女は?』
「『マスターに迷惑はかけられない。だけど、マスターのお手伝いのご褒美なら受け取る』って」
作るの大変だったわ、とアリスは言った。果たして、彼女がゴリアテと呼ばれる彼女に何を渡したのかは定かではなかったのだが――、
『……何よ、もう』
「上海?」
『それならそうって言えばよかったのに!』
すねたような、嬉しいような、そんな微妙な表情を浮かべて上海が怒鳴った。
『マスターのバカ! 何で教えてくれないのよ!』
「ごめんね。みんなを驚かそうと思って」
『そんなのどうでもいいのに! あたし達、マスターからプレゼントされるだけですっごく驚くし、すっごく嬉しいんだから!』
そうだそうだ、と首肯する人形たち。
彼女たちの言葉に、『ああ』とアリスは気づく。
自分は、やっぱり、この子達の『母親』気取りをしていたけれど、まだまだその領域にすら踏み込んでいなかったんだ、と。
『あたし達、みんな心配だったんだから! もしも、マスターに嫌われちゃったりしたらどうしようって!
マスター、あたし達のこと、どうでもよくなったのかもしれないって!
だから……!』
「そうだね。
ごめんね。みんなのこと、ないがしろにしてたわ。それじゃ、プレゼントも何もなかったわね」
『いいえ。気にしないでください、マスター』
『上海はこんなこと言ってるけど、わたし達、とっても嬉しいです』
『……大切にします、マスター』
『ありがとう!』
『……やれやれ』
『そう変な表情をするな、倫敦。マスターの心意気だ、ありがたく受け取るんだな』
『はいはい。みんな、そこまでそこまで。
マスターを困らせたらあかんえ』
「それにしても、さすがね。あなた達。蓬莱に話を聞かなかったら、多分、このことにずっと気づかなかったと思うわ」
いえいえ、と笑う蓬莱人形の手には、やはりアリスから贈られた新しい服があった。彼女はそれを気に入っているのか、それとも別のことに利用するつもりなのか、しっかりと握り締めている。
「これからも、あなた達には迷惑をかけるダメなマスターかもしれないけれど。
ずっとよろしくね」
『当然よ! あたし達が、ちゃんとマスターをサポートするわ! だから安心しなさい!』
『いや、上海。お前が一番の不安の種だ』
『確かに。君は猪突猛進だからな』
『な、何ですって!?』
『上海は確かに……』
『あの……その、上海は悪くないわ』
『露西亜。言いたいことがあるならちゃんと言った方がいいよ』
『上海。あなたはまず、もっと落ち着くことを覚えた方がいいわ』
『そうどすなぁ。そういうところがめんこいやけど、もうちっとばかり、な?』
『な、何よ何よ何よ、あなた達! あたしがマスターに一番最初に作られたのよ! あなた達の、言ってみれば姉よ! 姉に対して、何よ、その態度!』
むきーっ、と怒る上海人形に注がれるいくつもの視線。
その中の一つへと、アリスは視線を送る。
その彼女の表情は、『今回もなかなか楽しめましたわ』と、実に含みのある笑顔に輝いていたのだった。
ゴリアテ万歳
ゴリアテどんとこい
ゴリアテもしれっと可愛いなぁ。
どうでもいいけど、京人形が無双の阿国に見えてきた。
アリスにお母さん&お姉さん属性あるの激しく同意
完全自律じゃなくていいから1体ください