Coolier - 新生・東方創想話

合葬

2010/11/11 01:02:30
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 偽物は、本物とは違う。
 誰が見ても区別がつかない程に似ていようと、『本物を模して造られた』という歴史がある以上それはどう足掻いても本物には成り得ない。

 偽物は、良くないものだ。
 偽物とは何かを騙そうとして造られるもの。
 そこに必ずしも悪意があるとは限らないが、良くて代替品。偽物という言葉を聞いて良い印象を抱く人は居ないだろう。

 心の底に蠢くその想いを、詭弁や極論を重ねて無理矢理押さえつけてきた。
 蓋をして、考えないようにしてきた。
 幸せならそれでいいと思ってきた。
 だから正直、何事もなく『別れ』を迎えられた日の事。
 溢れ出る悲しみの涙の中に、どこか安堵にも似た感情が混じっていた事を覚えている。





                                   合葬





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 1 宴会

「11番、蓬莱山輝夜! 妹紅の恥ずかしい秘密を暴露します!!」

 初夏の夜。霧の湖の近くに佇むプリズムリバー邸。
 石造りの古い洋館はあちこちに苔やツタが生え、幽霊屋敷の理想型のような姿をしている。
 その風貌から人間はもちろん妖怪すらあまり近寄らず、住人である三姉妹も毎日のようにライブに出かけている為に普段この館に人影はない。
 だが今日は珍しく、多くの客を集めての宴会が開かれていた。
 教会のように広い食堂には長テーブルが二卓ずつ三列に並べられ、数十という人間妖怪神々が余裕を持って持って席に着いている。大きな窓、広い庭、複数台設けられた暖炉、見事な装飾を施された調度品の数々。何気ない風景すらもこの家がかなりの名家だった事が伺えた。

「妹紅の奴、惚れ惚れするぐらい見事なジャンピングニーだな」
「蓬莱人の漫才は過激ねぇ」

 椅子に座る魔理沙と霊夢はグラスを片手に宴会の余興を眺めていた。呆れ顔の二人が見つめる先には一段高くなっているだけの簡素なステージがあり、その上では妹紅と輝夜の乱闘が始まっている。一見両者とも怒り狂っているように見えて『素手での殴り合い』に留めているあたり、まだ二人とも余裕があるのかもしれない。
 ボロ雑巾になった二人が撤収された後も余興は続いてゆく。ミスティアの歌にアリスの人形劇。妖夢の演舞に咲夜の手品。
 途中、説法を始めようとした映姫が客席から座布団を投げられるという一幕もあった。

「に……24番、河城にとり。えぇと、今日は新しい発明品を――」
「何だあいつ? 変に緊張してるな」

 ギクシャクしながらステージに上がったにとり。魔理沙はその姿に適当な野次を飛ばしつつ一気にグラスを空けた。底の方がやや濃かったのか、飲んだ後で顔をちょっぴりしかめている。

「そういえば魔理沙。今日って何の日だか聞いた?」
「なんだ、私の誕生日か? 私の帰りの鞄にはまだ若干の余裕があるぜ」

 霊夢は魔理沙の脇にあったウイスキー瓶を奪い取りロックのまま平然と呷った。その様子に苦笑いをしながら自分もウイスキーを注ぎ、ソーダ水とレモン汁を入れてかき混ぜる。

「……ここの家主の三姉妹の事なんだけどね。正確には、四姉妹『だった』らしいのよ」
「なんだそりゃ、昔は今より五月蠅かったってか? そりゃ少しでも減って――」

 減って良かった。と言いかけて魔理沙は言葉を止めた。
 昔居た存在が今は居ない。それはあまり良い想像に繋がる事ではなかった。

「ご明察。あいつらは少々複雑な生い立ちをしてるらしいけど、つまりはそういう事」

 宴会の余興はまだ続いている。けれど今はその馬鹿騒ぎも壁を隔てたかのような鈍いノイズのようにしか聞こえない。
 注いだばかりのウイスキーを飲み干すと、霊夢は自分の後ろにある窓へと視線を流した。

「今日は、末の娘の命日だって話よ」



   ◆ ◆ ◆



 月明かりに染められたカーテンがゆっくりと踊っている。
 まるで闇を裂くかのように、窓から伸びた月光は部屋に鋭い影を刻んでいた。
 そこはプリズムリバー邸の子供部屋の一つ。目立つのは不釣合いに大きなベッドと古いピアノぐらいで、あとは温かみのある深い艶やかな焦げ茶色の家具がいくつか並んでいるだけだ。

「おつきさま……」

 レイラ・プリズムリバーは茫然と夜空を眺めていた。
 月は上弦。満月のような明るさは無いまでも、漆黒の空で一際精彩を放つそれは、見る者を惹きつける魔力のようなものを感じさせる。
 虫の声以外は何も聞こえない。
 目を凝らして壁掛け時計を見れば午前0時を指している。何故自分はこんな時間に目を覚ましてしまったのだろうか。
 レイラはベッドから身を起こすと窓のカーテンをくぐった。その先はベランダ、一気に視界が開ける。
 夜空に浮かぶ月はとても小さく感じられ、どこか寂しさすら思わせるものだった。

「あ……」

 眼下に広がる中庭の隅、両親の墓の前に人影がある事に気がついた。
 月光に照らされ淡く光るウェーブがかった白い髪。上から2番目の姉メルランだ。
 こんな時間に何をしているのだろう。気になって様子を伺っていたが、やがて月が翳り姉の姿は闇の中へ呑まれてしまった。
 レイラは枕元をさぐってマッチとランプを取り出し、手早く火を灯してパジャマのまま廊下に出た。
 別段メルランに用がある訳でもない。ただ寝付けないから話しかけてみよう、何をしているのか聞いてみようという程度にしか思っていなかった。
 月はまだ雲の中。暗がりの中では見慣れた階段も、廊下も、庭も何もかも全て不気味に映る。
 胸に浮んだ仄かな恐怖を圧し殺し、虫の鳴き声をかきわけながら何とか墓の前にたどり着いた。

「メルラン姉さん……、だよね?」

 ベランダから見た姿そのままにメルランは佇んでいた。暗くて表情はよく分からないが、そのどこか精気を欠いたような雰囲気にレイラは不安を覚えた。

「――あらまぁ。どうしたの、レイラ?」

 雲から月が顔を出した。ようやく見えた姉の表情はいつも通りの笑顔だった。
 肩の力が抜けたレイラはそれまで心細かった事も手伝い甘えるようにメルランの腕に抱きついた。

「何だか目が冴えちゃって眠れないの。姉さんは?」
「私も同じよ。それで散歩をかねてお墓参りにね」

 何もこんな時間に外に出なくても、とレイラは思った。
 妖怪が屋敷の敷地に入ってくる事は滅多に無い。けれど、絶対に安全という訳でもないのだ。
 昔住んでいた世界とは違う、ここは幻想郷。妖怪が蔓延る楽しくも恐ろしい世界。
 メルランは姉妹の中で一番頭が良いのだが、どこかフワフワした危なっかしさがあった。

「姉さん、家の中に戻ろう? いつまでも外に居ると妖怪に食べられちゃうよ」
「あらあら」

 困り顔で手を引っぱってくる甘えん坊の末娘。メルランはレイラの髪を撫でながら、庭に面した裏口へと共に歩いていった。

「眠れないのなら、ホットミルクでも入れてくる?」
「うん♪」

 ――レイラが生きていた頃は、こんな光景も何気ない日常の一幕だった。



   ◆ ◆ ◆



「……ねぇ魔理沙。魔理沙ってば!」
「んぁ?」

 目を開けるとむくれ顔の霊夢が居た。
 魔理沙は首を鳴らし、大きく伸びをした。興味本位でプリズムリバー四姉妹の話を聞いていた所、予想以上に長い話になった為いつの間にか船を漕いでいたようだ。
 寝ぼけまなこで周りを見るといまだ宴会は続いている。あまり時間は経っていないようだ。

「んぁ、じゃない! あんた途中から全然聞いてなかったでしょ」
「いやいや聞いてたぜ? えぇと、確か『鉄の輪が錆びた』って所だったろ?」

 魔理沙は口元の涎を拭うと、薄くなったハイボールを喉へと流し込む。
 ステージに目をやると今日の宴会の主催者側であるリリカがソロライブを行っており、妖怪達は大いに盛り上がっていた。
 石壁は変わった音の反響をするらしく、普段屋外で聞く音とは違った不思議な響き方をしている。

「人の話の途中で寝るとは、感心しませんね」

 魔理沙の視界を変な板が遮った。その先を追っていくと、自分の背後に立つ妙に落ち着いた少女の姿が目に入る。

「げ、面倒な奴が来た」

 悔悟の棒を持つのは幻想郷の閻魔、四季映姫。
 その判決には大妖怪はおろか神すらも逆らえないという絶対的な力を持つ彼女を前にして尚、礼儀知らずの人間達はそこらの妖怪と同等の接し方をしていた。

「あら、さっきの余興の後に随分と騒いでたみたいだったけど、もう落ち着いたの?」
「な!? あれは、貴女達が座布団を投げるなどという暴挙をするからですね!」

 映姫は説教好きが災いして、TPOを弁えずに説法説教をしては嫌がられるという事が多い。
 当然本人にも自覚はあるが閻魔といえ完全完璧な存在という訳ではない。
 性分というものはナカナカ変えられないようだった。

「楽しい宴会の空気を一気に盛り下げるようなお堅い話も、十分暴挙な気がするぜ」
「はぁ…… 畏れ敬えとまでは言いませんが、もう少し口を改めて頂く事は出来ませんか? 他でもない私の威厳の為に」
「面倒だぜ」
「面倒ね」

 再びため息をつく映姫。しかしすぐに表情を引き締めると、手にした悔悟棒を構え直して今度はコホンと咳払い。
 どうやら何かのスイッチが入ったらしい。

「いいですか二人とも。特に霧雨魔理沙。貴女には思いやりの心が欠如しています。先ほどもそうですが貴女はあまりにも相手の気持ちを考えていない。疲れや飲酒で眠くなるのは確かに仕方ないかもしれません。ですが、それを仕方ないとするならば、話の途中に眠った相手を見た人間の心象が悪くなる事もまた仕方ないと言えるでしょう。そんな『仕方ない』という逃避
を続けていれば周囲との関係悪化のみならず究極的には自分をより良くしよう、徳を上げよういう向上心を潰す事にも繋がりかねません。情けは人の為ならずとはよく言ったものです」

 ここまでなんと一呼吸。そのマシンガントークに唖然とする人間二人もお構いなしで、映姫は更に言葉を続ける。

「それから博麗霊夢。今日の事ですが――」
「四季さま四季さま、宴の席なんですからそのあたりで許してあげましょうって」

 その時、背後から彼女の部下である小野塚小町が現われ、ひょいとお姫様抱っこをした。
 死神と閻魔、部下と上司という関係ながら体格の面では小町の方が圧倒しているのが現実だ。

「あんたら悪かったね。ウチのボスは酔うと余計に説教臭くなるなもんでさ、ちょっと外で頭冷やしてもらってくるよ」
「待ちなさい小町! 何で貴女が私の保護者みたいになってるんですか!!」

 ジタバタと暴れる上司を抱きかかえたまま小町は宴会場を後にした。
 フェードアウトする閻魔の喚き声には威厳もへったくれも感じられなかった。

「あいつら、何しに来たんだ?」
「私に聞かれてもねぇ」

 プリズムリバー邸の食堂は広い。
 宴会を抜けたのがこの二人だけではない事に、魔理沙はまだ気がついていなかった。



   ◆ ◆ ◆



  むかしむかし、外の世界にとある貿易商の家がありました。
  事業は安定しており、何不自由なく幸せに暮らす毎日。
  子供は娘ばかりで跡取りの問題はありましたが、皆とてもよくできた子でした。
  真面目で落ち着いた、少しだけ頭の堅い長女。
  頭が良く物腰が柔らかで、少しだけ落ち着きのない次女。
  明るく器用で、少しだけ泣き虫の三女。
  そして誰よりも優しく、少しだけ甘えん坊の四女。
  ――彼女達の家の名は、プリズムリバーといいました。

「それでー、東の国から持ち込んだマジックアイテムが暴走して一家はほぼ滅亡。残ったのは屋敷と4人の娘ぐらいだったってワケよ」

 いつの間にか霊夢の隣にはリリカが座っている。
 余興の演奏を終え席に戻ろうとした彼女は、自分達の話がされている事に気がつき、わざわざ『詳しく聞きたいなら私が教えてあげる~』と言って名乗り出たのだ。
 ちなみに現在ステージ上では神奈子と勇儀が呑み比べをしている。

「……で、何でアンタは私の腕に手を回してるのよ」
「えへへへへ~♪」

 リリカは既に出来上がっていた。
 だが、それにしても不自然ほど上機嫌で霊夢にベタベタと擦り寄っている。

「何だ、お前らいつの間にそういう仲になったんだ?」
「違う!」
「あははははー♪」

 リリカはこくこくと喉を鳴らしながらビールを飲み干すと、少しだけ目を伏せた。

「毎年レイラの命日は私達だけで騒いでたんだ。レイラは寂しがり屋だったから、静かに過ごすのはかえって良くない。ってルナサ姉さんが言ってさ」
「何だ急に、こんな場所で湿っぽい話はやめてくれ」
「あはは♪」

 魔理沙はそれ以上茶化していいものか分からず、ただ黙ってリリカの次の言葉を待った。

「……でも結局いつも最後はしんみりしちゃうんだ。色々思い出しちゃう事もあるしさ」

 言った先から沈黙が訪れる。リリカも気まずさを察したらしく、慌てて笑顔を取り繕うと霊夢にがばっと飛びついた。

「だけど今年は、この博麗の巫女様が『そんな辛気臭い真似してないで、いっそ皆を集めて大宴会でもしてやれ』って言ってきてさ。いやぁアレは嬉しかったよぉ~♪」
「って離れなさいよ。暑苦しい、気持ち悪い、馴れ馴れしい!」

 霊夢の罵倒もベアクローも気にせずに、リリカは霊夢を抱き締めて離さない。
 しかし魔理沙はその光景よりも霊夢の申し出の話の方が気になっていた。

「まさか霊夢。お前、脳が……」
「ぶっとばされたい?」
「あははははは~♪」

 霊夢がチャキっと金属音を立てて針を取り出した。

「じゃあ、一体いくら貰って……」
「殺されたい?」

 霊夢がガサっと紙の音を立てて御札も取り出した。

「あはははははは……は?」

 大口を開けて笑うリリカの肩に、がしりと握り締められるよう感触。
 そのまま硬直する彼女の後ろから優しげな声がかけられる。

「リ・リ・カ~?」
「ッ!!? あ、あのコレには深い訳が……」

 リリカは顔を見ずともそれが誰だか分かったらしい。
 もちろん他の二人からは丸見えだが、魔理沙は意地悪気にニヤニヤと長め、霊夢は我関せずと皿の料理をつついている。

「演奏が終わったらすぐに厨房に戻ってって、言われてたわよね~?」

 言わずと知れたプリズムリバー三姉妹の次女メルラン。
 いつもニコニコと明るい彼女だが、どこか得体の知れないような怖さを秘めている娘でもあった。

「いいいいやその、霊夢と魔理沙が今日の趣旨について教えて欲しいみたいな事を言ってきたから、純粋な親切心で説明をしてあげていただけで! 決して! サボりとかじゃ!!」

 必至にパチパチとウインクを飛ばすリリカ。
 そのシグナルに気がついた二人は軽く頷き、そして同時に口を開いた。

「頼んでないぜ」
「あんたが勝手に絡んで来たんでしょ」
「薄情者ぉおおおおおお~~~~~!!」

 メルランは笑顔のままリリカの襟を掴むと力任せに引きずり始めた。
 その姿は処刑台に連行される罪人がようだ。

「よ、楽しく飲ませて貰ってるぜ」

 リリカの叫びを無視して魔理沙は処刑人、もといメルランに声をかけた。
 メルランも魔理沙達には少しだけ自然な笑い方で応える。

「えぇ。今日は思う存分騒いでいって頂戴ね♪」
「そいつは嬉しいお言葉だな」

 やがて姉妹は食堂に併設された厨房へとフェードアウトした。
 段々と小さくなっていくリリカの喚き声が絶叫と共に途絶えたのを聞いて、魔理沙は深く合掌をする。

「さっきからこんな光景ばっか見てるわよね」
「他人様の喚き声を肴にするのもオツってもんだろ」

 再び平穏が訪れ、飲み直しと言わんばかりに霊夢は焼酎を取り出す。
 視線で魔理沙に『あんたも飲む?』と問いかけたが、魔理沙は手をひらひらと振って返して断った。

「それにしても本当にどういう風の吹き回しなんだ?」
「何よ、また掘り返すの?」

 やや言葉の足りない問いかけだったが、霊夢は魔理沙の言いたい事を汲み取った。

「得もない、義理もない、義務でもない。ましてやあの姉妹とは別段親しくもなかっただろ? なのにお前がわざわざ世話を焼くなんて珍しいを通り越して怪しいぜ」

 今日の宴会は霊夢の提案だという話。長い付き合いである魔理沙にとって、その行動はあまりに不自然に思えるものだった。

「……提案されたのよ。神社での宴会数が減れば私も楽になるから、悪い話じゃあないしね」
「誰にだよ」

 霊夢はリリカ達が去った方向と逆、食堂の出口を顎で指した。

「さっき会ったでしょ。あいつの喚き声は肴になった?」



   ◆ ◆ ◆



 食堂から少し離れた廊下。
 客が通る事を想定していなかったのだろう、灯りはともっておらずホコリも舞っている。

「四季様。ちょっとは空気を読んで下さいよ。皆の視線が痛かったです」

 外観同様の廃墟のような佇まい。そんな特別何がある訳でもない場所を映姫と小町が歩いていた。
 足音を忍ばせ、まるで人目から逃れるように。

「私は魂に裁きを下す閻魔です。どうして今更嫌われる事を怖れましょう。嫌われようが、疎まれようが、少しでも多くの魂が善行を積み地獄行きの判決をせずに済む様に言葉をかけ続けるだけです」

 窓から注ぐ月明かりだけが頼りの暗がり。そんな中で、まるで遠くまで見えているかのように映姫の足取りは堂々としていた。別に闇目が利くような能力がある訳ではない。
 それは、彼女の心の迷いの無さがそうさせているのかもしれない。

「四季様のお考えは分かってますよ。でも、今日に限っては目立たないようにこっそり動きた
かったんじゃないんですか?」
「うぅ……」

 言いよどむ映姫をニヤニヤと眺めている小町。しかし、その瞳がすっと冷たさを帯び、目の前の虚空を睨んだ。

「――河童、そこに居るんだろう?」
「ひゅいっ!?」

 ブゥンと空気が振動するような機械音と共に驚き顔のにとりが現われた。おそらくは光学迷彩で身を隠していたのだろう。

「な、なんで分かっちゃったの!?」
「死神を甘く見てもらっちゃ困るよ。たとえ姿が見えなかろうと、命の気配には敏感なのさ」

 にとりは納得がいったようないかないような複雑な表情を浮かべていたが、映姫が咳払いをすると慌てて向き直った。
 映姫の瞳からもまた、先ほどまでの明るい色は消え失せていた。

「揃いましたね。宴もたけなわ、そろそろ頃合いというものでしょう」

 宴会のざわめきも遥か遠く。一夜限りの閻魔の戯れが今、始まりを告げた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2 陰影

  プリズムリバー家が滅亡して程なく、四姉妹は親戚の家に身を寄せる事になりました。
  しかし一度に四人もの娘を引き取れる家はなく、四姉妹は離れ離れになってしまいます。
  悲しみの淵の中、たった4人の肉親とも別れなければならない辛い現実。
  姉妹はみんな涙を流し悲しみに暮れました。
  泣きじゃくる姉達は気づいていませんでした。気づくことができませんでした。
  末娘のレイラの幼い心が、誰よりも深く傷つき、どこか歪んでしまっていた事を。


 食堂から壁一枚隔てた厨房。食堂が大きければ厨房もそこそこの広さで、薪のオーブンや巨大な石窯など到底一軒家のキッチンとは思えない規模の設備が整っている。
 妖怪たちの騒ぐ声が気にならないと言えば嘘になるが、それでも宴会場のど真ん中よりかはずっと静かだった。

「……」

 シンクの前で一人、ルナサ・プリズムリバーは手の中のロケットペンダントを眺めていた。
 彼女は周囲から良く言えばクール、悪く言えば根暗と評されている。しかし今のその表情は暗いというよりも悲痛な色が滲んでいるように見えた。

「――つッ」

 不意の頭痛にこめかみを押さえる。今夜の宴会の準備に追われていたせいか最近は妙に偏頭痛が多い。今日だけは頑張ろうとルナサは自分に言い聞かせながらコンロに火を灯した。

「助けてぇえ~~~!!」

 間抜けな声と足音が聞こえてきた。妹達が厨房に入ってくる事に気が付き、ルナサは慌てて平静を装いロケットをしまう。妹達に心配をかけたくはない。

「姉さん~、リリカ捕まえてきたわよ~♪」
「魔理沙ぁあああ! 霊夢ぅううう! 薄情者ぉおおおおおお~~~~~!!」

 リリカはメルランに引きずられて厨房にやってきた。その珍妙な叫び声から大体の事情は飲み込める。ルナサは笑顔を、決して優しくはない笑顔を浮かべてリリカに詰め寄った。

「霊夢達と遊んでたんだね……?」
「ち、違うってば!」

 反射的に否定するリリカ。しかし同じように笑顔を浮かべたまま首を傾げるメルランを見ると、後に続く言葉が出ていない。笑っている筈なのに二人の姉からは異様な圧力を感じる。

「――違いません。サボってました、ごめんなさい」

 しばらく考え込んでいたようだったが、逃げ場はどこにも無いと判断したのだろう。リリカは珍しく素直に頭を下げた。
 殊勝な態度ではあるが見逃してやる訳には行かない。
 基本的に宴会に出される食材は皆で持ち合う形になっているが、当然その調理は誰かが行わなねばならない。今日は宴会場の家主でもあるプリズムリバー三姉妹がそれを請け負うという事になっている。
 リリカが帰って来なかったせいでルナサは厨房から離れられずそれなりに忙しい思いをしていたのだ。

「じゃあ……罰としてアレをお願いしようかな」

 ルナサが指差す方には、今まさに煮込んでいるスープ、積み重なった大小様々の汚れた皿。皮剥きや灰汁抜きなどの下ごしらえが済んでいない野菜、魚などが並んでいる。

「えぇと、その、どれをやればいいのかな?」
「ぜんぶだよ」

 次女を真似してまた笑顔を作ってみる。
 良い感じにリリカは怯えてくれたので、たまには笑ってみるのも悪くないなと思った。

「あら?」

 それまで黙っていたメルランが突然声を挙げた。
 何事かと問おうとする二人だったが、カタカタと震える窓に目が気が付いた。
 急に風が出てきたらしい。樹々が葉をゆする音、バケツか何かが転がる音。窓の向こうから色々な音が聞こえてくる。

「嵐でも来るのかなぁ」
「……念のため、宴会場の雨戸を閉めて来るね」

 厨房を出ようとした所で、ふと思い立ち妹達の方へと向き直る。

「ついでにちょっと飲んで来るね。リリカはサボってるし、メルランもフラフラしてるし…… 今日は今までずっと私だけで切り盛りしてたんだから!」
「だって、こんなにお客さん居るんだもの。演奏しなくちゃ勿体無いじゃない~♪」

 リリカに向けたものと同じ笑顔でメルランを叱ったが、何故かメルランは全く堪えずに、むしろ嬉しそうな顔をしていた。
 笑うという事はなかなか難しいと思う。



   ◆ ◆ ◆



 宴会場に強い風が吹いた。
 酔いに火照った身体を冷ます風に皆は喜んだが、一部の人妖達だけが気がついた。
 屋敷の周りに何らかの結界が張られた事に。『何か』が始まった事に。

「……」

 暴れるカーテン、ざわめく妖怪たち。
 霊夢は周囲の様子を伺った。そこらの木っ端妖怪達が気づかないのは予想の範囲内だが、今日集まっている中にはそれなりの大妖怪や神々も居る。だというのに結界に気づいたような素振りを見せている者は居なかった。
 何よりも、紫すら反応していないというのはどういう事だろう。

「~♪」

 霊夢の視線に気がついた紫は怪しくウインクをしてきた。正直鬱陶しかったが、それを見て確信する。紫は気づいている。あえて気がついていないフリをしているのだ。

「おーい、料理が切れてるぜー!」

 箸を太鼓のバチのようにして皿を叩く魔理沙。どうやら彼女は結界には気がついていないらしい。普通の人間であり結界の専門家でもない以上、それは別に不思議な事ではない。

「ちょっと、行儀が悪いわよ」
「だってさぁ……」

 母親に叱られたようにしょぼくれる魔理沙。その様子を見て何かを思いついた霊夢は、少々わざとらしい演技をしながら口を開いた。

「ねぇ魔理沙。何だか人が減ってるように見えない?」
「んー?」

 キョロキョロと周囲を見回す魔理沙。今日の宴会は屋内の食堂で開いている為、椅子を見れば人の減り方が分かりやすく見て取れる。

「帰った連中も居るんじゃないのか? もう深夜だしな」
「それにしても少ない気がするのよねぇ。そういえば、涼んでくるって言ってた閻魔やらも帰って来ないし」

 『そういえば』と言ってはっとした表情を見せる魔理沙。そのあまりに素直な反応に吹き出しそうになるの堪えながら、霊夢は話を続ける。
 結界など直接的な単語は挟まない。嫌な予感がする、怪しい気配がする。霊夢は曖昧に不安を煽る言葉を並べてゆく。

 ――五分後。まんまと乗ってくれた魔理沙は、外の様子を見てくると言って宴会場を出ていった。
 これで大丈夫。もし何か起こったとしても魔理沙が抑止力になってくれる筈だ。
 その様子を見届けた霊夢は、安心してグラスを口にする。

「最近、紫さんに性格似てきてませんか?」
「ぶふッ!!」

 あらぬ方向から突然かけられた声に、霊夢は一気に酒を吹き出した。

「あ……カッ、ぐふッ…… あ、あん……ごほッ、あんた……!!」

 酒が変な所に入った。焼けるような喉の痛みに何度も咳き込みながら頭上を睨むと、色々な意味で有名な幻想のブン屋、射命丸文の白々しい心配顔があった。

「おやおや慌てて飲むからですよ。人工呼吸しましょうか?」

 上下逆さに浮いている文は、片手で抑えるだけで完全にスカートの捲れを阻止していた。それが妖力的なものなのか、ワイヤーでも仕込んでいるのかは分からない。

「という訳でどうも、清く正しい射命丸です」

 文はいまだ咳き込みやまぬ霊夢の前、魔理沙の椅子に座るとひょいとグラスを奪って当たり前のように呑み始めた。

「日本酒ですか。霊夢さんの飲みかけとなるとまた格別ですねぇ」
「死ね! このド腐れ天狗っ!!」

 立ち上がった霊夢は文を狙い弾を放った。
 白光を纏い宙を裂く退魔の針、パスウェイションニードル。先程魔理沙への突っ込みの際に覗かせた針弾だ。
 弾幕ごっこで使われる弾に殺傷力は無い。とはいえ、当然当たれば痛い。服や肌ぐらいなら傷つける事も出来る。

「すぐ暴力に訴える姿勢は関心できませんよ?」

 そう、当たれば。
 軽く体を捻るだけで霊夢の針を避ける文。流れ弾は隣のテーブル、どこぞの門番の頭に突き刺さったのが見えた。
 喧嘩でも始まったのかとざわめき始める面々。無駄な騒ぎを起こしたくは無い霊夢は不本意ながら追撃を諦め腰を降ろした。
 そこまで想定済みだったのか、涼しい顔で周囲に「何でも無いですよー」と言っている文の姿が少々癪に障る。

「それで何よ。スキマに似てるなんて気持ち悪い冗談はやめて欲しいんだけど」
「いえいえ冗談なんかではありません」

 文の口ぶりからすると、先程魔理沙を焚き付けた所は殆ど見られていたのだろう。そしてこの態度。何も知らずにキナ臭さを感じているのか、それとも――
 霊夢は文からグラスを奪い返すと一気に飲み干し、音を立ててテーブルに置いた。

「面倒ね。あんた、何処まで知ってるの?」

 霊夢は懐から一枚の紙を取り出した。誓約書と書かれた紙には、要約すると2つの事柄が書かれている。


  『今夜プリズムリバー亭の宴会会場の外で起こる事には一切干渉しない事』
  『この約束事と、当日起こるであろう異変については家主の三姉妹には漏らさない事』

 紙の最後には博麗霊夢との署名が刻んであった。

「へ、あれ? その紙って小町さんが回収してた筈じゃあ?」
「似せて書いただけのダミーよ」

 ひらりと紙が裏返されるとあやめの模様が描かれていた。どうやら菓子の包み紙のようだ。

「あー……、あはは」
「どうやらあんたの所にも来てたみたいね、閻魔の手紙。知ってる事があれば全て話した方が身の為よ?」

 しばらく苦笑いをしていた文だったが、やがて観念して洗いざらい喋った。
 この誓約書は幻想郷のあちこちに届けられたという。紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、命蓮寺、果ては地霊殿まで。

「他には私や萃香さん、勇儀さんあたりにも届けられていましたね。いやぁ私も鬼に肩を並べるぐらい大きな存在として閻魔様に認められたという事でしょうか」
「単純に邪魔だと思われただけじゃないの」

 霊夢が睨み返すと、文は慌てて話を戻した。

「それで皆さん基本的には了承の返答をされているようです。閻魔様からのお願いですし、『何かをしろ』という事ではなく『手を出すな』というだけですからね」
「まった。基本的に、ってのは?」

 ニヤリと文が笑う。

「誓約書は先週送られてきましたが……回収は今日行っていたじゃないですか。お祭り騒ぎのお酒の席、ましてや今日は一際盛り上がってゴタゴタも多い。なので誓約書の回収が出来ず、返答を確認出来ていない所もあるようです」

 文の視線を追って宴会場の隅に目をやると、復活したらしい輝夜と妹紅はまたギャーギャーと叫びながら喧嘩をしている。近くでは神奈子と勇儀が大量の空樽に囲まれて倒れていた。

「それでは失礼します。これ以上は何も知りませんよ。むしろ、知らないから私もあちこちに探りを入れていたんです」

 文は目を閉じ、勘弁してくれと言わんばかりに肩をすくめて立ち上がった。

「――閻魔様の事です。信頼していると言えば少々語弊がありますが、霊夢さんが危惧するような大事は起こさないでしょう。それに『閻魔が何かをする』という事は宴会出席者の多くが知っています」
「何が言いたいのよ」

 肩でも凝ってるのか、天狗は腰を捻って体操のような仕草をしている。

「異変にも満たない小さなイザコザぐらいは、他人任せにしてもいいんじゃないですか。その量飲んでも全く酔わないなんて気を張りすぎですよ」

 後ろ手をひらひらと振りながら文は廊下へと消えていった。霊夢はしばし釈然としない様子でその後ろ姿を睨んでいたが、テーブルの上の酒瓶の山を見て思わず笑いが漏れた。

「私も信頼してるって訳じゃあないんだけどね。あの馬鹿は」

 瞼に浮かぶのは小憎たらしい友の笑顔。
 霊夢がテーブルに突っ伏してから寝息が聞こえてくるまでは10秒とかからなかった。



   ◆ ◆ ◆



「おいおい何だこりゃ」

 宴会場から離れたプリズムリバー邸の庭。
 何の気なしにそこを通りかかった魔理沙は異様な光景を目の当たりにしていた。

「霊夢のやつ『何か怪しい気配がするわぁ~』とか言ってたけど、もしかするとコレは……」

 魔理沙の前にはただただ広い庭があった。そう、広すぎる。
 まだ陽が落ちる前に見た記憶が確かならばここは中庭。対岸には別棟があった筈だ。
 だが魔法の光で周囲を照らしてもその別棟の姿は見えない。
 更には別棟へと伸びているであろう塀の囲い、渡り廊下がどこまでもどこまでも続きび闇の中へと消えているのだ。
 その先には何もない、ただ深いだけが闇が広がっているように見える。

 慣れない屋敷という事もあり、中庭ではなく別の出口に出てしまったのかともよぎったが、その考えはすぐに消えた。
 周囲に立ち込める強い結界の気配。
 近づくまで気づけなかった事が悔やまれるほど、その場には異質な気が立ち込めていた。

「空間が操作されてる? 咲夜か、または紫の奴か……」
「1/4だけ正解」

 凛とした女性の声。
 驚いて振り向くが、目に映るのはやはり宵闇だけだ。

「空間操作や境界操作とは少し違うんだけどね。この庭は今、あたいの能力でいぢらせて貰ってるよ」

 少し低い、神気すら匂わせる堂々とした物言い。そして砂を踏みしめ歩いてくる音。
 見知らぬ大妖かと身構える魔理沙だったがやがて見えた人影は見覚えのある形をしていた。
 すらりと伸びた長身に、二つくくりの赤い髪。帯飾りに大きな銭をあしらった風変わりな着物。
 そして何よりも目を奪われたのは――

「夜分遅くにこんばんは、招かれざる人間さんよ」

 僅かばかりの月明かりに鋭く輝くのは湾曲したデスサイズ。
 現れたのは三途の川の渡し守。死神、小野塚小町だった。

「何だまたお前か。仰々しい登場の仕方をしやがって」

 だが魔理沙は警戒を解かない。
 小町の雰囲気は眼光一つ取っても先の宴会の場とは似ても似つかない鬼気迫るものだった。

「距離を操る程度の能力。この庭は今およそ200倍の広さに広げてある。もう宴会場の喧騒も聞こえないだろう?」
「お前、ここで何をやってるんだ?」

 ジリジリと間合いを詰める小町、ホウキを向けて制する魔理沙。二人の間に緊張が走る。

「……今夜の一件は、あんたには何の関係もない事だ。黙って退いて、朝まで大人しくしていてくれればこちらも手は出さない」
「随分と一方的な申し出じゃないか。それは命令か? それともお願いか?」

 小町も鎌を魔理沙の方に向けた。
 ホウキの先と鎌の先とが交差する。

「分かってるんだろう、警告だよ」

 魔理沙はとっくに気がついていた。霊夢にいいように使われたのだと。
 だがこの状況にあって魔理沙が最も苦々しく感じたのは霊夢ではなく、相対する小町でもない。

「くくっ」

 喉元から笑いが込み上げた。
 緊迫した空気と、暗躍する敵対者。酔いがすっと冷め頭に活力が湧いてくる。高鳴る胸に興奮を抑える事が出来ない。

「退く気はない、か」

 小町は鎌を振りかぶるように大上段に構え直した。周囲に魔力の光が輝き、古銭状の弾が形成される。
 魔理沙もまた手の中で粘土のように魔法の光を弄び弾を造り出す。
 光が周囲を照らし明るくなっている筈なのに、その対比で逆に闇が濃くなったようにすら感じる。

「愚問だろう。『私』だぜ?」

 自分自身の難儀な性分に呆れながら、同時に誇り、普通の魔法使いは開戦の合図たる魔法の矢を撃ち放った。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 3 衝突

  姉妹達が親戚に引き取られていく中、レイラだけは家を離れようとしませんでした。
  世間知らずの少女がたった一人で生きていける筈がありません。
  そんな姉達の説得にも耳を貸さず、レイラは自分の部屋に鍵をかけて閉じこもりました。
  出てくる気配の無いレイラに待たされる迎えの馬車。
  姉達も親戚に迷惑をかける以上、これ以上迎えを待たせる訳にもいきません。
  姉達は「すぐに迎えに来る」と残して屋敷を去りました。
  その言葉は本心で、彼女達は皆荷物を置いてすぐに舞い戻ろうと思っていました。
  だからこそ、これが今生の別れになると誰も夢にも思っていませんでした。


「おまたせレイラ……きゃっ!?」

 寝室の扉を開けた途端レイラが飛びついてきた。
 二人分のホットミルクをのせたトレイを落としかけ、メルランは慌ててバランスを取り直す。

「もう、危ないじゃない。こぼしちゃう所だったわ」
「えへへ~、だって遅いんだもん♪」

 そう言いつつもレイラはしがみついて離れない。
 仕方なくカップを傾けないようゆっくりと動いて、テーブルの上にトレイを置いた。

「ほらレイラ。飲むんじゃなかいの?」
「こわいの」

 メルランの胸の中に顔を埋めたまま、レイラはぽつりと呟いた。

「何だか、お姉ちゃん達と離れ離れになってしまうような……そんな夢を見た気がするの」
「……そう」

 レイラの表情を伺うことは出来ない。けれど声が震えているのが分かる。
 メルランはきゅっと抱き返してやると、不安が消えるようゆっくりとレイラの頭を撫でる。

「大丈夫よレイラ。私達は、どこにも行かないわ」

 すすり泣く声はずっと続いた。いつの間にかホットミルクはすっかり冷めてしまっている。
 レイラがこぼした涙はミルクの膜に落ち、潰れて溶けて消えてしまった。



   ◆ ◆ ◆



「――つあッ」

 宴会場の雨戸を閉めていたルナサはまたも頭痛に襲われていた。
 全身に鈍い疲労感もあり、まさか病気では無いだろうかと不安がよぎる。
 今日の宴会が終わればしばらくは予定も無い事だし、永遠亭で薬を貰ってゆっくり休んだ方が良いかもしれない。

「……」

 最後の雨戸を閉めかけた所でルナサは夜空を見上げた。
 先刻一度だけ吹いた強風の後は風も穏やかで雨の気配は無い。
 雲の絶え間から覗く月光が寄せては返す波のように地上を照らしている。

 廊下ですれ違った天狗に風の様子を聞いてみると
 『強風? 私は全然気が付きませんでしたねー、今夜の風はとても穏やかですよアハハハ。
  あ、ちょっと私花摘みに行かせていただきます』
 と言っていた。非常に胡散臭くはあったが、今はとりあえずはその言葉を信じるしか無い。

「207番、紅美鈴! 爆笑一発ギャグをやりまーす!!」

 余興の声にルナサは振り返った。何故か頭に針の刺さった妖怪が舞台で喋っている。
 ひとしきりのジョークを言い終わり決め顔で反応を待った後、客席から飛んできたナイフが勢い良く眉間に突き刺さった所で大爆笑が起こっていた。
 もう夜中の1時。今日は思う存分騒いでくれという触れ込みで宴会を開きはしたが、そろそろ落ち着いて欲しい気もする。
 宴会は夕方からやっているのだ。

「あの、みんな……」
「208番! 蓬莱山輝夜! 今度こそ妹紅の恥ずかし」

 熱風。反射的に目を細めた目には舞台が炎に包まれる所が映った。
 火の向こうから争う輝夜達の声や、逃げ惑う妖怪の叫びが聞こえる。
 これは流石に危険だ、冗談の範疇を超えている。
 兎にも角にも最優先で消火だけはしなければと水気に通じていそうな妖怪を探し宴会場を見渡した。

「あれ……?」

 河童は居ない。山の祟り神も居ない。
 傘の妖怪は姿こそ見つけられたものの、部屋の隅で傘に燃え移った火を消そうと泣きながらオタオタしている。


 その後、会場中を走りまわってようやく協力を仰げたムラサとパチュリーによって何とか鎮火する事は出来た。


「それではお願いします」
「任せて下さい。たっぷりとお灸を据えておきますね」

 おふざけが過ぎた輝夜と妹紅は簀巻きにして、白蓮に説教をしてもらう事で場は収まった。
 これも映姫の方が適任だと思われていたが彼女もまた見当たらなかったのだ。

「あの、ルナサさん」
「はい?」

 別れようとした所で白蓮に呼び止められる。
 だというのに白蓮はあれこれ言葉を選んでいるようでナカナカ話を続けようとしない。

「その、今夜何か変な事は起こって――」
「聖!」

 白蓮の言葉を遮ったのは星だった。
 ルナサは知らないが命蓮寺にも霊夢と同じ誓約書が回ってきており同意をしている。面倒は起こしたくない。

「そんな状態で通路に立っていては邪魔になってしまいます。早く別室に移動しましょう」

 白蓮は小脇に1人ずつ簀巻きにされた蓬莱人を抱えている。
 確かにこのままではテーブル移動の妨げになってしまうかもしれないが、星の本意がそこではない事を理解した。

「そうですね、すみません。それではルナサさんまた後ほど」
「……はい」

 釈然としないものを感じながらも、ルナサは白蓮達を見送った。
 一人になったルナサは改めて宴会場を見回してみる。
 先の魔理沙と同じように、ルナサもまたちらほらとある空席に気がついた。

 木っ端妖怪なら何も言わず勝手に帰ったとも取れる。
 だが神や閻魔、そこそこに律儀な河童などが宴会の主催者に何も告げずに去るとは考えにくい。
 とはいえもちろんメルランやリリカに挨拶をしていった可能性はある。
 ルナサは一応確かめておくか程度の考えで、厨房へと踵を返した。

「あぁあああルナサ姉さん! お願いだから手伝ってぇえええ!!」

 厨房に居たのはリリカ一人だけ。
 焼き魚の加減を見ながら野菜を刻み、スープをかきまぜ、皿洗いてんてこまいになっていた。

「リリカ? メルランはどうしたの?」


   ◆ ◆ ◆


 上弦の月の下で飛び交う2つの人影。
 かたや円状に銭弾をばら撒く死神、かたや火力に優れた魔法の矢で応戦する魔法使い。
 しかしいざ交戦してみると魔理沙は違和感を感じていた。

「何だどうした何か悪いものでも食べたのか?」

 手応えがなさすぎる。小町はスペルカードを一つも使わず、いわゆる通常弾を撒いているだけなのだ。

「逆だよ。今日は忙しくてろくに食事をしてないもんでね」

 軽口を叩き合いながらも、両者とも攻撃の手を緩めはしない。
 小町の銭弾はそこそこの速度があり、多重に放たれると少々厄介ではある。
 だが逆に言えばその程度。
 補助の弾やスペルカード攻撃が来ない以上、落ち着いて弾の間を抜ければいいだけだ。脅威は無いに等しい。
 当然、戦況は一方的に魔理沙が優勢になっていった。

「お前――もしかして、この結界が負担になってるのか?」

 小町の返事はない。それは無言の肯定とも取れた。
 庭の広さを200倍にしていると言っていたか。
 何の為のものかは分からないが、そんな規模の結界を維持し続けるとなれば魔力の消耗も激しいだろう。
 万全ではない相手を一方的に叩き潰すのは気が咎めなくもない。
 だがだからといって手加減をするのも相手に失礼というものだ。

「悪いとは思うが、一気に決着をつけさせてもらうぜ。武士の情けってヤツだな」

 魔理沙は飛行速度を落とし弾の出力を高めた。
 ミサイルからナパームへ。魔弾の輝きは激しさを増し光のシャワーのように小町の体に降り注ぐ。
 すると、何を思ったか小町は鎌を降ろして弾幕を止めた。

「何だ、降伏ならいつでも受け付けてるぜ?」
「三途の川は知っているだろう」

 会話は噛み合わなかった。
 怪訝そうな顔の魔理沙も、雨あられと自分を穿つ魔弾も無視し、小町はまるで独り言のように言葉を続ける。

「現世と隠世の境目たる川。死神であるあたいの仕事場。あの場の水気に慣れ親しんだあたいは、三途の川の氾濫を誘発する事も容易い」
「ハッタリにしちゃファンタジーが過ぎるぜ?」

 死神にそんな能力があるなんて聞いたことがない。そして魔理沙自身、小町がそんな力を使う所を見たことがない。

「なら耳を澄ましてごらんよ。聞こえないかい、押し寄せる水音が」

 罠だろうか。だとしても自分の優勢が揺るぐとは思えない。逆に何がしか奥の手があるというのなら受けてみたい気もする。
 素直に魔理沙はマジックナパームを止め耳を澄ましてみた。
 すると聞こえるのだ。庭に溢れる宵闇の彼方、何かがざわめく音が。

「これは……」


                                    洪


 位置にして魔理沙の両側、挟みこむようにザワザワゴウゴウと規則的に響いてくる水音。
 しかし魔理沙が驚いているのはそこではない。その音に『聞き覚え』があったのだ。
 暗がりの中、ぼんやりと鬼火のように青白く輝く光。それはかなりの幅がありあたかも押し寄せる大水のように見える。

「違う、この音は……」


                                    水


「なぁんてね」

 瞬間、ペロリと舌を出して笑う小町の姿を青い波が覆い隠した。



                               『ウーズフラッディング』



 夜の庭を膨大な青弾が支配する。
 左右から交差する弾の群れに速さは無い。明確な安置もある。
 だが元よりその弾は相手を穿つものではなく、行動範囲と視界を制限する事を目的としている。
 魔理沙という名の小鳥は突如空中に現れた水の檻に一瞬で囚われてしまった。
 それはかつて妖怪の山で見たスペルカード。

「やれやれ遅かったじゃないか。危ないところだったよ」
「ごめんよ、ちょいとトラブルがあって遅れた!」

 洪水の光に照らされ現れたのは見知った顔の妖怪。青と緑のツートンカラー。
 それは魔理沙にとって予想外の闖入者だった。

「にとり!?」
「あうぅ、怒鳴らないでくれよ魔理沙ぁ。私も好きでこんな事してる訳じゃあないんだよぉ」

 謝罪の言葉とは裏腹ににとりの手は宙を撫で、魔力を加工し次の弾を作り出す。
 ウーズフラッディングは主に2種類の弾から構成される。1つは今も魔理沙を囲み動きを封じる弾。
 そしてもう一つは自機狙いの奇数弾。
 無駄に暴れれば奇数弾がバラ撒かれ収拾のつかない事になる。
 よって、このスペルカードの攻略において重要な事は、最小の動きで確実に自機狙い弾をさばく事。
 横移動弾の継ぎ目にさえ気をつけていれば、むしろ簡単にいなせるスペルと言えるだろう。
 だが――

「ッ!?」


                            恋符『ノンディレクショナルレーザー』


 闇に咲く光の風車。
 回転する極太のレーザーが周囲の弾幕を跳ね飛ばし、一時的にとはいえウーズフラッディングが消滅した。
 変な体勢で大技を使った為、バランスを崩した魔理沙は地上へと落下。
 脚だけでは勢いを殺しきれず片手を地面に着いてようやく静止する。

「なん……だよ! いまのッ!!」

 奇数弾に集中していた意識の外側から、突然視界に飛び込んできた謎の弾。
 寸での所でボムで相殺できたが、今改めて記憶を辿るとその弾の形は――

「さしずめ急造合体スペルカード『ウーズフラッディング+(プラス)』って所かな。あたい達も余裕が無いもんでね、悪いけど一気に決めさせてもらうよ」

「ま、魔理沙。後で埋め合わせはするからさっ」

 魔理沙が当たった弾は銭型弾。小町はにとりのスペルに自分の通常弾を被せてきたのだ。

「武士の情け、だったかい?」
「数で押しておいてよく言うぜ……」

 魔理沙は箒にまたがると、大地を蹴って再び空へと飛び上がった。



   ◆ ◆ ◆



「――加勢は間に合いましたか」

 小町が結界を張っている中庭を挟んで宴会場の対岸。プリズムリバー邸別棟の廊下に映姫は居た。
 風景自体は先程まで映姫が居た場所と大差ない。周囲に灯りはなく、窓から伸びる月光の筋がどこまでも点々と続いている。
 漂うホコリが月光を浴びて幻想的に踊っている。

『はい何とか。今のところ押してはいますがー、手は離せない感じです』

 時折混じるノイズや爆発音は弾幕によるものだろう。
 映姫は耳に着けたにとり製の小型トランシーバーを通じて小町の戦況を確認していた。

「しかし何ですかさっきの物言いは。河童の弾幕に乗じて、三途の川の洪水やら何やら」
『あちゃーっ、アレまで聞かれちゃってましたか』

 ノイズに混じってバツの悪そうな笑い声が聞こえる。

『いやほら、窮地に追い込まれた時に「俺様の真の力を見せてやるぞー!」みたいのって格好良いじゃないですか。一度言ってみたかったんですよねぇ』
「まだ余裕あったみたいですね」

 ふぅ、とため息を漏らす映姫。緊迫して然るべき状況でもいつも通りな小町に、少しだけ肩の力が抜けてしまった。

『幸せが逃げちゃいますよ』
「えぇお陰様で。とにかく小町は結界の維持を最優先で行って下さい。魔理沙に関しては極力抑え込むという程度で、無理はしないように」
『了解しましたー』

 小町の声は軽いが、たまに聞こえる河童の悲鳴から現場の激しさが伺える。
 映姫は気がついた。小町は自分に心配かけまいとあえておどけているのだ。

「……貴女は、こういう時だけは気が回るんですよね」
『はい? 何か言いました?』

 映姫は返事の代わりに咳払いで返した。

「あぁそれと、こちらもトラブルが2点ほど――」

 廊下に響く反響音。誰かがこちらに向かってきているらしい。
 その足音は速く、乱れ、かなり急いでいる事が読み取れる。

「また後でまた連絡します。どうやら主役が動き出しました」
『あ、ちょっと待って下さい!』

 通話を切ろうとした所で小町の慌てた声が入ってきた。

『最後にひとつだけ! たった今、魔理沙を撃破しました!』





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 4 暗躍

  程なく、ルナサ達は引き取られた親戚の元に辿り着きました。
  大きな荷物を置いたルナサはすぐにレイラを迎えに行こうとします。
  すると何故か、親戚達が強く反対をするのです。
  訳が分からず怒り出すルナサでしたが、口論をする内にその理由が分かりました。
  東洋から持ち込んだ怪しいマジックアイテムが元で壊滅した一家。
  それは当時の人達にとって悪魔の所業にしか見えなかったのです。
  そして、事件の後に様子がおかしくなったレイラは悪魔に憑かれたのだと言うのです。
  埒が明かないと家を飛び出したルナサは屋敷へ向かって走り出しました。
  しかし、馬車でも半日はかかる道のり。お嬢様の足でたどり着くのは到底不可能でした。
  やがて疲れのあまり倒れてしまったルナサは、親戚の家に連れ戻されてしまいます。
  ルナサはメルランとリリカがレイラを保護してくれる事を祈りましたが――

「はぁ…… はッ…… はぁ……」

 ルナサは無我夢中で廊下を走っていた。
 おかしい。今日はおかしい。
 思えば宴会が始まる前からどこか余所余所しい空気を出している妖怪はいた。
 この家での宴会は初めての妖怪も多いから、慣れないだけだと思っていた。
 だが、白蓮や廊下ですれ違った文や様子はどうだ。何かを隠していると言わんばかりの態度だった。
 おかしい。何かがおかしい。


          『メルラン姉さん、頼まれた飲み物を運んでくるって言って何処かに行っちゃった』


 リリカはそう言っていた。その事自体に問題は無い。メルランが適当な口実をつけてサボっている可能性もあるだろう。
 だがメルランは。いや、メルランも何かを隠している。
 今日は食堂で演奏に忙しかったなんて話をしていたが――妖怪たちに聞いてみれば演奏をしていたのはリリカばかり。
 メルランは一度も演奏をしていない。では彼女は何処で、何をしていた。
 不安に焦燥が混じる。何かが起こっている。

「はぁ……ッ ……くっ、ふぅ……」

 フラつきながら頭痛を振り切りながら、先の見えない廊下を走り続ける。
 何だこれは。屋敷の廊下はこんなにも長かっただろうか。
 いっそ飛んでいった方が良いのかもしれないともよぎったが、何故か足を止める事が出来ない。
 止まってはいけないと心の底の何かが叫んでいる。

「あッ!!」

 足がもつれて倒れてしまった。
 それでも床を叩きつけ跳ねるようにして起き上がり、一秒たりとも歩みを止めたくないとばかりにまた駆け出す。
 壁が揺れる。天井がぼやける。視界が歪んでグニャグニャになる。
 窓から伸びる月光の筋が格子のように纏わり付いて行く手を阻もうとする。
 廊下を走っているのか谷底へ落ちているのかは、もうよく分からない。

「はッ…… ぐっ……あッ はぐッ……」

 悲鳴をあげる脚にも気づかず、汗を振り乱しながら、ただ吸い寄せられるようにルナサは無我夢中で廊下を駆け抜けた。



   ◆ ◆ ◆



 霧雨魔理沙は、結構ボロボロだった。

「いちちち…… あいつら無茶苦茶しやがって」

 食堂へと続く廊下を戻る魔理沙。服はあちこち破れホウキもヨレヨレ。
 何度か地面に叩きつけられたので擦り傷も大量に作っている。まさに満身創痍。
 幸い今日は永琳も来ていた筈なので、戻って治療を頼むつもりだった。

「あれでも、宴会に薬は持ってこないよな。普通」

 根本的な問題に気がついたものの、応急処置だけでもして貰えればと思い歩みを進める。


                 『……今夜の一件は、あんたには何の関係もない事だ』


 頭の中で小町の言葉がこだまする。
 確かに今日は霊夢に唆されただけで特別小町達に喧嘩を売る理由は無い。
 得もない。何を企んでいるのか興味はあったが、好奇心だけで首を突っ込むには少々キツい剣幕だった。
 事実敗北してしまったのだしここは大人しく引き下がるのが吉だろう。

「魔理沙!? 何その傷、どうしたの!?」

 やがて宴会場の明かりが見えてきた頃に意外な人物とばったり顔を合わせた。
 赤い服の小さな騒霊。さっき厨房に連れていかれた筈のリリカだった。

「ちょっとゲームオーバーになってきた所だ。お前は何だ、またサボりか」

 茶化した後で、魔理沙はリリカの目が赤くなっている事に気がついた。

「お前、泣いてるのか?」
「泣いてないよ!」

 ぐじぐじと目を擦りながら言っても説得力はまるで無い。
 そのまま会話は途切れてしまい、しばし気まずい沈黙が訪れる。

「あー……」

 魔理沙は直感していた。
 今夜起こっている出来事は面白おかしい事件ではない。間違いなく厄介事の類。
 このまま戻って朝まで飲んで寝るのが最善だと本能が訴えている。

「っぐ……、ひぐっ……」

 霧雨魔理沙は善人ではない。むしろ意地悪な性格をしている。
 興味が乗れば別だが、困っている人を片っ端から助けるようなヒーロー気質ではない。

「あぁもう、メソメソ泣くな!! ほら、何があった!! 言ってみろ!!」

 だが善人でないからといって、意地悪だからといって悪人という訳でもない。
 目の前で泣きじゃくる少女を無視出来ない程度の優しさは持っていた。



 魔理沙はリリカが落ち着くのを待ってから、ゆっくりと話を聞き出した。
 今日はどこか妖怪達の様子がおかしかった事。
 宴会の途中からメルランの様子もおかしかった事。
 そして程なくメルランが消えた事。
 その事を知ったルナサが血相を変えて探しにいった事。
 そして――

「ティーカップ?」
「そう。食器棚からレイラのティーカップが無くなってたんだ。気がついたのは……メルラン姉さんがいなくなった後」

 魔理沙にとってはどうでも良い情報だったが、三姉妹にとっては相当重い事のようだ。
 事実ルナサはその話を聞いた途端に厨房を飛び出したらしい。

「ふ~む」

 むしろ魔理沙が気になったのは妖怪達の態度だった。
 複数の、全く関わりのない妖怪達が、皆同じように気まずげにリリカ達に接していたのだという。
 そこからはそれなりの力を、影響力を持った存在の影が透けて見える。

                 『さっき会ったでしょ。あいつの喚き声は肴になった?』

 魔理沙は霊夢の言葉を思い出した。そうだ、今日の宴会は映姫の提案だと言っていた。
 更に中庭に結界を張り他者の侵入を妨害していたのは小町。黒幕は映姫と見て間違いない。

「なぁリリカ、中庭の反対側には何がある?」

 ぐちゃぐちゃの情報の中で魔理沙にある不安がよぎった。

「あっちの別棟には、私たちの寝室ぐらいしか無いよ?」

 それはリリカの言葉で確信に変わる。
 今日の宴会は映姫の提案、つまり『映姫が宴会会場としてプリズムリバー邸を指定した』という事になる。
 そして宴会場とリリカ達の寝室とを遮断する小町。消えたメルランとルナサ。不安が加速する。
 目的こそ分からないが―― 

「まずい、映姫の狙いはお前達だ!!」



   ◆ ◆ ◆



「はぁ……ッ はぁ……っく」

 息も絶え絶えのルナサはある部屋の前で立ち止まった。
 そこは別棟の2階、レイラの部屋。ルナサは衝動的に、無意識でここまで走ってきたのだ。

「ふぅ……ッ!!」

 呼吸も整わないまま、無理矢理に顔を上げたルナサ。だが次の瞬間彼女は目を見開いて固まった。
 扉の隙間から明かりが漏れているのだ。誰かの話し声が聞こえるのだ。
 呼吸が更に乱れる。心臓が破裂しそうな程に高鳴る。耳鳴りと頭痛で頭が割れそうになる。
 腕どころか肩から震えが止まらない。

「さぁ、早くミルクを飲んで。今夜はもうお休みなさい」

 扉越しに聞こえる声の一つはメルランだ。だがその話相手の声は聞こえない。
 耳が、頭が聞き取ろうとしてくれない。その相手を怖れている。
 とっくに分かっている筈なのに頭が麻痺して、頭を麻痺させて理解を先送りにしようとしている。
 だというのにドアノブにかかった手を止める事もできない。ルナサは勇気を振り絞り、意を決して一気に扉を開いた。


「あら、ルナサ姉さん」

 予想通り、そこに居たのは一つ下の妹。いつもと変わらぬ朗らかな笑顔で迎えてくれた。

「どうしたの姉さん、ひどい汗よ」
「あ……うん」

 部屋に立っているのはメルランだけだった。
 拍子抜けをしたルナサが部屋を見回すと、ベッドや家具、開いた窓とベランダが映る。
 レイラの死後一度もこの部屋に入っていなかったルナサは懐かしさと物哀しさが込み上げまたズキンと強い頭痛が走った。

「メルラン、ここで何をして――」

 引きかけた汗が再び吹き出す。
 テーブルに置かれたトレイの上、メルランのカップの隣に置かれていたのは今は亡きレイラのティーカップだった。
 カップの底に張り付いたミルクの膜から誰かがそれを飲み干した事が分かる。

「メルラン、これは……?」
「え~っとぉ」

 目をそらして言いよどむメルラン。
 その姿を睨みつけていたルナサの視界の端、メルランの背後にあるベッドで何かが動いた。

「うにゅ……ルナサ姉さん?」

 ルナサの全身がビクンと震えた。
 肌が泡立つ。崩れるように後ずさりをし、自分が入ってきた扉へと背中をぶつけてしまった。
 それは心のどこかで予想していた、聞きたかった、そして今だけは聞きたくなかった――

「レイ…… ラ……」

 懐かしい、末の妹の声。
 蒼白したルナサの顔はおおよそ感動の対面とはかけ離れている。
 頭を抱えているメルランの前で、あろうことかルナサの表情には怒りの色が浮かんだ。

「メルラン! 誰……いや、『何』なのそいつはッ!!」
「姉さん落ち着いて。私もよくは分からないのだけれど、この子は……」

 レイラは激昂する長女の言葉が理解できないでいた。
 困惑に染まるその顔。メルランの袖を掴みすがる様子。
 その仕草の一つ一つがレイラそのものであればある程、ルナサの中で怒りが膨れ上がる。
 レイラは死んだ。もう居ない。居てはならないのだ。

「誰だ、って聞いてるの!! 答えなさい!!」


「騒霊です」


 それは予期せぬ声。
 音もなく、いつの間にか部屋の中心に映姫が立っていた。

「騒霊? でも、だって……」

 驚くよりも疑問に思うよりも、ルナサはその答えに慄いていた。恐怖していたと言った方が良いかもしれない。
 頭痛と耳鳴は苛烈を極め、もうまっすぐに立ってはいられない。
 割れるような頭を両手で抑えながらルナサは身悶えをする。

「貴女達と同じように造られた、人間であったレイラ・プリズムリバーを模した騒霊。嬉しくはないのですか? 久々の再開の筈ですが」

 氷のような映姫の物言いにルナサの怒りが冷めてゆく。しかし同時に、恐怖と焦りがルナサの心を塗りつぶしていく。

「違う! だってそいつは……」

 心の底で腐敗した『何か』が喉元に込み上げる。
 言ってはいけない、自分は決定的な言葉を言おうとしている。
 だが半ば錯乱しているルナサにはその淀んだ衝動を飲み込む直す事は出来なかった。



「――そいつは、レイラじゃない!!」



 まるで恨みを叫ぶような、吐き出すようなその言葉に部屋が凍りついた。
 目元を手で覆うメルラン。射抜くような瞳の映姫。
 そして、驚きと悲しみに歪んだ顔のレイラ。

「そう、ルナサ・プリズムリバー。それが貴女の罪の現れ」

 永遠にも思える長い沈黙を破ったのは映姫だった。決して低い声ではない。
 なのにその言葉は重々しく、腹の底に響くようだった。
 ルナサも、メルラン、レイラも動くどころか声を出す事も出来ない。
 悔悟棒を己に向けられても尚、放心したルナサはそれをまるで他人事のように眺めていた。

「不測の事態も起こっていますが、今更延期も出来ません」

 途端、レイラの部屋の窓ガラスが爆発するように砕け散った。
 天地が反転するように回り、ルナサ達は吸い込まれるように外へと投げ出される。


「貴女が犯した罪は2つ。これより、特別裁判を始めます」


 放り出された夜空の下。自分を見下ろす上弦の月。
 その光はまるでを睨んでいるかのようで、たまらずルナサは目を背けてしまった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 5 恋焦

  広い屋敷でたった一人。レイラはずっと自分の部屋で泣いていました。
  何故皆居なくなってしまったのか。何故姉達はこの家を出てしまったのか。
  幼いレイラには理不尽な現実を理解する事も、受け入れる事も出来ませんでした。
  そしてそんなレイラに差し伸べられる手はありませんでした。
  メルランとリリカもまた、ルナサと同じようにレイラとの接触を禁じられていたのです。
  涙が枯た後もレイラは部屋に篭もり、呆然と窓の外を眺めていました。
  眺め続けていました。


「また来たのかい」

 暗がりに包まれたプリズムリバー邸の中庭。
 小町達は先程と同様、庭を横切ろうとした魔理沙の前に立ち塞がった。

「あぁ、また来たぜ。コンティニューだ」
「笑いっぱなしの膝でよくもまぁ。今回の件はあんたには関係無いと言った筈だろう」

 そう言う小町も前にも増して消耗しているように見える。
 おそらくは結界の維持に力を使い続けているのだろう。

「そ、そうだよ魔理沙ぁ。今日のところは大人しくしていてくれよ」

 にとりも説得をするが魔理沙は首を横に振った。

「私も大人しくしておきたいんだが、生憎と理由が出来ちゃってな」
「あんた達、ウチの庭で何やってるのさ!」

 魔理沙の後ろから現れたリリカを見て小町の顔が強張る。
 それは明らかに動揺の色、初め魔理沙に対して見せたただの侵入者に対してのそれとはまるで違っていた。
 おそらくは三姉妹に想定外の動きをして欲しくないのだろう。

「あんたは……」
「まさか姉さん達もあんたがさらったんじゃ無いだろうね! 何を企んでるのか洗いざらい吐いてもらうよ!!」

 威勢よくビシっと指を突き出すリリカ。
 小町は耳に手を当て何かボソボソと呟いていたが、やがて意を決したように鎌を構え直した。

「仕方がないね。河童、悪いけどもう一踏ん張りしてもらうよ」

 何故かにとりの返事は無かった。
 不審に思った小町が様子を伺うと、にとりはじっと魔理沙の姿を凝視している。

「ほら、しっかり掴まってろよ」
「う、うん……」

 一緒に戦うつもりなのだろう。
 魔理沙はリリカを自分の背中にしがみつかせると、一緒のホウキに乗せて空中へと飛び上がった。

「――あー、何か私、今日一番の本気を出せそうな気がする」

 にとりの頼もしげな言葉に、小町は肩をすくめて笑った。



                              洪水『ウーズフラッディング+』



 そして二度目の勝負が始まった。
 スペルカードの内容は先程と同じ、にとりのウーズフラッディングに小町の銭弾を重ねたものになっている。
 既に完成されている弾幕に別の弾を混ぜるという暴挙はその難易度を飛躍的に上げる。
 一つ調整を間違ば回避不可能にもなるだろう。

 だがこの遊び、この決闘には暗黙のルールとして『回避不能の弾幕を作ってはいけない』という取り決めがある。
 そしてそれは絶対守られると言ってもいい。
 禁を破って回避不能弾で相手を倒すぐらいならば、いっそ初めからスペルカードルールなどに乗らず力で捻じ伏せればいいからだ。

「ははッ! 分かったぜ!」

 故に、急造の合体スペルであるこのウーズフラッディング+にも逃げ道が用意されている事は間違いない。
 一度落とされている魔理沙はその逃げ道に気がついた。オリジナルに比べ、行動を抑制する横移動弾の幅が広い。
 そして自機狙いの奇数弾が小さく間隔も広い。

 つまりウーズフラッディング+とは、オリジナルを故意に劣化させた弾幕に小町の銭型弾を被せていたのだ。
 依然として楽な弾幕ではない。だが、そのカラクリに気づくのと気づかないのとでは天と地ほどの差がある。
 魔理沙は空中で大きく旋回をし、左右から迫り来る水弾の隙間に入り込んだ。
 自機狙い弾をゆっくりかわす。その上で動きの早い銭弾への注意を怠らず最優先で抜ける。
 実に単純明快な戦闘プラン、後は自慢の高火力弾マジックナパームの威力を信じて撃ち続けるだけだ。



                              洪水『ウーズフラッディング+』
                                  -Spell break-



 閃光と共に周囲の水弾が消し飛んだ。それは集中力との戦いに勝利した事を意味している。
「よっしゃあああ!!」
 一気に自由になった魔理沙は高めに上昇して小町達を見下ろし次の手を待った。
 スペルカードは本来初見で撃破するモノではない。
 弾の動きを見て、その仕組みを見抜き、自分がどう動くべきかを考えて挑むもの。
 長年の経験からそれを体で覚えている魔理沙は、二度目にして見事に突破してみせたのだ。

「げげっ、破られた!?」
「慌てるんじゃない。次行くよ!」



                               水符『河童のポロロッカ+』



 だが小町達も負けてはいない。
 次に繰り出したのは種族名である河童の名を冠したスペルカード。
 先の理論で言えば、前回1枚目のスペルカードで敗れた魔理沙にとってこれは未知の領域、不利な状況と言える。

「いや仕組みの見当は付くんだけどな」

 ウーズフラッディングと打って変わり、不規則に乱れ狂う暴流が迫る。
 おそらくコレも密度なり速度なりが下がってはいるのだろう。
 しかしポロロッカはランダム性の高い弾幕。弾の動きを読み、抜けられる所は最速で抜け、所々にある密度の低い島のような場所で呼吸を整えながら突き進むスペルカード。
 読み間違えれば崩れた弾に呑まれ海の藻屑と化す。

「海じゃあないけどな」
「魔理沙?」

 不安げな表情でしがみつくリリカ。
 一瞬空元気を見せようとしたが、余計に心配をかけるだけかもしれない。
 ここは素直に胸の内を明かしておいた方がいいだろう。

「実は私、このスペルカード苦手なんだ……」

 魔理沙のショットは高火力・直線的な傾向がある。
 その為、相手の正面をどれだけ陣取れるかで撃破時間が大きく左右される。
 そしてこのスペルカードは常に避け続ける事を強要され、自由に動ける時間は殆どない。動けたとしても、無数の弾が入り乱れる状況において最善の位置を陣取れる保証は無い。
 つまり相手を狙ってショットを撃ち込む事が出来ないのだ。
 単純な避けやすさとはまた別の相性が、魔理沙達に立ち塞がる。

「努力はするぜ」

 鼻先まで迫る青い荒波。魔理沙は腹をくくったその中へと突入した。


 前後左右どこを向いても青弾が蠢いている様はまるで龍の腹の中に居るかのようだった。
 必死で弾の隙間を見つけ、滑るように抜ける。
 だがそこまでだ。ショットで小町達を狙う事は出来ず、更に――

「っと、今のは危なかったぜ……」

 銭弾が鼻先をかする。
 満身創痍で疲労困憊の魔理沙にとっては、もはや銭弾に注意を裂く事すら出来なくなっていた。

「魔理沙、フラフラじゃん! 私がやるから代わってよ!」
「おいちょっと待てって、まだ大丈……ッ!」

 ホウキの主導権を取り合う二人。その時、右前方の青弾の影から銭型弾が飛び出した。
 魔理沙達は瞬間的に弾に覆われるような形になっており、どこに逃げるのが最善かの判断がつけづらい。
 その一瞬の迷いが命取りだった。

「王手。いや、チェックメイトかな」

 捻り込むように向かってきた銭形弾がリリカの頭に直撃する。
 弾の痛みを感じながら、リリカの耳には冷たく吐き捨てる小町の言葉が聞こえていた。


「馬鹿にするなぁああああああ!!」



                              鍵霊『ベーゼンドルファー神奏』



 激昂と共にリリカの手の中にキーボードが現れた。鍵盤の上でリリカの指が激しく、それでいて繊細に走る。
 まるで指だけが別の生き物かのように踊り、奏でる演奏は逆巻く弾の嵐となってポロロッカの弾幕を相殺する。
 喰らいボム。
 直撃した銭型弾はリリカの額を傷つけ、帽子を弾き飛ばしながらも倒れるまでの傷を負わせる事は出来なかったのだ。

「おー、やるじゃないか」

 弾と弾がぶつかり合う光景を魔理沙は薄目で見ていた。
 疲れからなのだろう、強い眠気のような意識の遠のきを感じている。
 限界という言葉を使うならばそれは最初からだった。
 本来ならば一回負けた後、治療なり休息なりをとるべきだったというのに魔理沙はそれをしていないのだ。

「そうだな、形振りかまってられる状況じゃないよな」

 魔理沙は懐から何かを取り出しありったけの魔力を注ぎこむ。
 周囲の空気が吸い込まれ、鈴にも似た高い共鳴音が鳴り響く。
 龍の眼光とみまごう光が灯る。その魔力と熱に空間が蜃気楼のように揺らめく。

 それは彼女にとって最大の切り札、代名詞たる必殺のスペルカード――!



                                 恋符『マスタースパーク』



 轟音に大気が震え、輝きは夜の庭を真昼のように照らす。
 まるで起こり続ける爆発。
 ホウキの後ろで魔理沙にしがみつくリリカは、暴れる前髪を抑えながら目の前で巻き起こる魔力の暴走に見惚れていた。

「いっけぇええええええええええええええええ!!」

 魔理沙の叫びに呼応するようにミニ八卦炉が鳴動する。
 魔砲は更に輝きを増し、一直線にポロロッカの弾を破壊してゆく。
 周囲に散って壊しそびれた弾もベーゼンドルファー神奏が漏らさず封殺する。
 爆走する乙女達の恋心は、その暴力を以てして相手の弾幕を完膚無きまでに破壊した。


                              水符『河童のポロロッカ+』
                                 -Spell break-


 スペルブレイク後も止まらぬ超火力の破壊光線。
 にとりと小町は小さな防壁結界を張って持ちこたえるが、それも今にも弾けそうな火花を散らせている。
 リリカは今まで何故このスペルカードに『恋』の名が付けられているのか分からなかった。
 それも今なら分かる。その単純で、捻りもなく、愚直なまでに真っ直ぐ突き進む虹色の魔砲は、恐れを知らず突き進む少女の恋心のように映っていた。
 光は闇を切り開き、遡る流星のように夜空へと呑み込まれていった。

「勝負ありだな。ほら、さっさと道を開けてくれ」

 ――しかし、恋はいつも実るとは限らない。実ろうとも続くとは限らない。


「河童、次だ」
「……うん」



                             河童『お化けキューカンバー+』



 少女の力の源が後先考えぬ蛮勇である以上、いつかは受け入れなければならない現実に直面する時が来る。
 それは世の不条理か。自らの限界か。浅はかな行動が残した無数の傷痕か。
 恋の魔法が解けた時、無敵の少女は丸裸の赤子同然と化す。

「ははっ、そうだよな。来るような気がしてたぜ……」

 おそらくはこれが最後のスペルカード。展開されたレーザーが網目を編むように交差し迫り来る。
 その隙間を埋めるように小型弾がバラ撒かれる。

「魔理沙、代わって」

 交代を促す二度目の言葉。
 強がりを言いたい魔理沙だったが、もはや魔砲どころかマジックミサイルを撃つ余力すら残っていなかった。

「後は任せた。期待してるぜ」

 ホウキの上で前衛と後衛が入れ替わる。リリカはまっすぐに前を向き、力強くホウキを握りしめた。
 後ろに下がった魔理沙は何故か自分の帽子を外しリリカの頭にのせる。

「なにこれ?」
「勇気が出る魔法の帽子だ。私ぐらいにな」

 リリカは呆れ笑い見せた後、ブカブカの魔女帽が落ちないよう深く被り直した。



   ◆ ◆ ◆



「ふ~むふむふむぅ」

 魔理沙達が戦う空の下、庭木の影に隠れながらその様子を覗いている人影があった。

「派手にやってますねぇ。でも、これだといつも通りの遊びといいますか……」

 清く正しい何とやら。
 早々に宴会場から抜け出ていた文は、こっそりと今夜何が起こっているのかを嗅ぎまわっていた。
 『干渉するな』とは言われたが『見るな』とは言われていない。
 もし許しが出れば今夜起こっている出来事を記事に出来るかもしれないと考えたのだ。

「閻魔様の姿がありませんし、本命はこちらでは無いようですね」

 その場を去ろうとする文。
 だが、上空で泣きながら弾を避けるリリカの姿が目に入る。

「……いやほら、私、別に関係ありませんし」

 周囲には誰も居ない。
 その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 6 錯綜

  『お屋敷に居ればいつか皆が帰ってきてくれるかもしれない』
  そんな現実逃避にも似た幻想だけがレイラの心の支えていました。
  姉達が屋敷を去ってから数日、食べ物はおろか水さえも飲まない日が続きます。
  レイラの体は衰弱し、動くこともままならなくなっていきました。
  そんなある日―― レイラの耳に何かが聞こえてきたのです。
  それは誰かのささやき。館を歩く誰かの足音。
  姉達が帰ってきたのだとレイラは部屋を飛び出しましたが、館には誰の姿もありません。
  気のせいかと落胆するレイラ。ところが、音は止むどころかだんだんと増えていきます。


「やがてその音は人格を成し、形を作り、姉達そっくりの『騒霊』になりました。それは偶然などではありません」

 プリズムリバー邸別棟の上。
 砦の屋上のような水平の屋根に立ち尽くすルナサと、悔悟棒を構え宙から見下ろす映姫。
 それはさながら法廷のようだった。

「プリズムリバー家を崩壊させたマジックアイテム。誰が造ったのかはもう調べようもありませんが、そのアイテムには『願いを叶える』という夢のような機能が持たされていたのです」
「やめて…… お願いやめて……」

 月光を背に受け、映姫はただ淡々と言葉を紡いでいる。
 それは騒霊三姉妹の出生の話。
 自分の過去、そして『罪』が見抜かれている事を悟ったルナサの全身に悪寒が走った。
 風もなく、暖かくも寒くもない夏の夜の空気。
 虫の声に混じった彼方の遠雷がルナサ達の不安感を執拗に煽る。
 メルランは震えるレイラを抱きしめながら、傍聴人のように、固唾を呑んで見守ることしか出来ないでいた。

「しかし、いくら魔法を駆使しようとそんな都合の良いアイテムが作れる筈もありません。そう、そのアイテムは『願いを可能な範囲で歪めて叶える』という――」
「やめろぉおおおおおお!!」



                              神弦『ストラディヴァリウス』



 慟哭と共にルナサの手の中にヴァイオリンが現れた。ルナサの握る弓が荒々しく、狂ったように弦を擦る。
 まるで感情を叩きつけるかのように、悲鳴にも似た騒音は音符の弾幕となって周囲に散らばった。

「姉さんっ!?」

 メルランの叫びは音符が炸裂する音にかき消された。
 現れた更に大量の弾幕は一斉に映姫に襲いかかり、一気に七つの弾が着弾する。
 加減が出来ていないのだろうか、巻き起こる煙は爆弾を思わせるほどに激しいものだった。
 映姫の小さな影は煙にまみれルナサ達の視界から消滅する。

「――たったそれだけの能力しか無い不良品。ですが、それでも良かったのです。姉が帰ってくる事はありませんでしたが、姉の姿をした優しい騒霊達に囲まれレイラはとても幸せに暮らす事が出来たのですから」

 しかし映姫の言葉は止まらない。
 煙が晴れやらぬ中、そよ風が吹いたとも感じさせない程にその声は落ち着いている。
 幻想郷で戦闘行為の代理として使用されているスペルカードルール。
 いかな大妖であろうと閻魔であろうと、それこそ神であってもこのルールを破り闘争を起こす事は禁じられている。
 今、ルナサが持ちかけた決闘を映姫は棄却した。しかし映姫はルールを破った訳ではない。
 映姫は攻撃はおろか闘争の意思すらない。
 これはルナサが一方的に攻撃をしかけただけ、決闘など始まっていないのだ。

「それから数年過ぎたある春の昼下がり。一人の騒霊が、あるものを見つけてしまいました」

 ばきりと、まるで何かが壊れる音がするような激しい頭痛がルナサを襲った。
 眼の奥が燃えるように熱くなり、謎の涙が零れ出す。
 追撃を仕掛けようとしたルナサの手が動かなくなる。

「それはレイラがいつも身につけていたロケットペンダント」

 服のポケットに入っているペンダントが突然重みを増したような気がした。
 駄目だ。やめろ。それに触れるな。思い出させるな。

「中に入っていたのは騒霊ではない、本物のプリズムリバー四姉妹の写真。その瞬間、彼女は自分が偽物の存在だという事を強く意識してしまったのです」

 煙が晴れ、先程から微動だにしていない映姫が顔を出した。その声が一つ言葉を結ぶ度に、口を動かす度に心の中に亀裂が入るような感覚を感じる。
 嫌だ。やだ。やめろ。

「彼女は悩みました、彼女は怯えました。偽物の姉である自分の事をレイラはどう思っているのだろうか。本物の代用品と思ってはいないだろうか。化物だと恐れてはいないのだろうか。妹からの無垢無償の愛を疑った事、これが一つ目にして小さな罪」

 やめろ。もういい。止まれ。とまれ。トマレ。

「そして更に時は流れ、老いたレイラがこの世を去った時の事。それが彼女……いえ、騒霊ルナサ・プリズムリバーの最大の罪」

 トマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレト











「彼女はレイラの死に安堵を、怯えから解放された喜びを感じていたのです」



             マ










 いつの間にか雷雲は頭上に広がり、唸るような雷鳴だけがその場に鳴り響いていた。



   ◆ ◆ ◆



 空気が湿っている。
 顔に当たる水滴の感触で、魔理沙は雨が降ってきた事に気がついた。

「……うぅ」

 霧雨魔理沙は働きすぎだと思っていた。
 今日は宴会に呼ばれただけなのに何でこんな事になっているのだろうか。
 飲んで、騒いで、食べて、寝て。それだけで良いじゃないか。

「くっそぉおおおおおお!!」

 リリカの声にゆっくりと瞳を開ける。
 周囲に入り乱れるレーザー弾幕。夜の暗さもあって弾幕以外は何も見えない。
 魔理沙はリリカと同じホウキに乗っているにも関わらず、その光景をまるで映画か何かのように遠い所から見ている気がしていた。
 リリカも決して弱い訳ではない。花の異変の時には、そこに居る小町とも互角に戦って見せた。
 だがそれでも、今日は駄目かもしれない。

 お化けキューカンバーはどちらかと言えばトリッキーなスペルカードだ。
 見た目はただレーザーと小型弾を織り混ぜただけの弾幕。
 ただ、何も考えずに1つ目のレーザー、2つ目の小型弾だけを見ていると突然現れた3つ目のレーザーに貫かれる。
 安定して抜けるには気づきと慣れが必要。
 初見突破の観点から言うならば、むしろポロロッカのような気合い避けスペルの方がまだ可能性はある。

「あぁあああああああああああああああ!!!」

 轟く雷鳴にリリカの叫びが混じる。
 馬鹿、ガキみたいに泣くな。耳が痛い。
 姉に何をされているのか分からず不安なのかもしれないが、別に命までは取られないだろう。
 魔理沙は魔法弾を作ろうと手に力を込めた。
 鈍い魔力の光が集まり、合わさり、歪みながらマジックミサイルの形を作り出す。

「駄目か……」

 だが掌に集まった光の粒子は、不安定な形のまま収束する事なく霧散した。
 自分に残っていた魔力は先のマスタースパークに全てつぎ込んだ。
 今魔理沙に残っている魔力はゼロに近い。空を飛ぶので精一杯だ。

「がッ!!?」

 そしてついにその瞬間が訪れる。レーザーがリリカの胸を貫いたのだ。
 二度目の喰らいボムは間に合わない、苦痛に顔を歪ませるリリカは崩れるようにホウキから手を離す。
 潮時なのだろう。いや、むしろ今まで当たらなかった事の方が奇跡と言える。
 奇跡は儚いから奇跡。長続きしないから奇跡。



   ◆ ◆ ◆



 プリズムリバー邸の一室。
 宴会場の隣にある小さな部屋は倉庫か何かなのか、予備の椅子やら家具やらが雑多に転がっており少々埃臭い。
 その部屋は今、白蓮の愛の説法場となっていた。

「ですから貴女達の間にある溝も、愛を持ってお互いが歩みよればきっと~……あら?」

 パラパラと壁に当たる雨音に気づいた白蓮は、半開きになっていた雨戸を閉め直した。
 横には簀巻きにされたまま横たわる妹紅と輝夜。その目は完全に光を失っている。
 はじめは白蓮の説法に対し「綺麗事だ」などと皮肉っていた二人だったが、その野次すら笑顔で受け止め丁寧に宥めるように話を続ける白蓮にいつしか毒気と生気を抜かれていった。

「ゴメンナサイゴメンナサイ……」
「ナカヨクシマスナカヨクシマス……」

 永い時を生きる蓬莱人にとっても善意の塊である白蓮のような存在には免疫が無かったらしい。
 いやむしろ人間の汚い面を多く見てきた二人だからこそ、尚更その裏表のない慈愛は重すぎたとも考えられる。

「聖、少しいいかい?」
「ご苦労様です。……手は出していませんね」

 扉を開けてナズーリンと星が入ってきた。
 放心状態の輝夜達を見て星は優しい笑みを向け、ナズーリンは小さく合掌した。

「たった今、龍が空に昇りました」

 星の言葉は窓から見えたマスタースパークの隠喩。比喩の取り決めをした訳ではないが、その意味を白蓮は理解した。

「そうですか」

 しかし白蓮はそう返すばかり。そのまましばらく会話が止まってしまった。
 聞こえるのは雨の音、時計の針の音、蓬莱人のうめき声。

「誰かが戦っている。少なくとも魔理沙が切り札を出す程度には熾烈な戦いをしているね」

 痺れを切らしたナズーリンが口を挟んだ。義理や責務がある訳でもない。
 だが白蓮の性格からしてすぐそこで起こっている諍いを黙って見過ごすとは思えないと星達は踏んでいたのだ。

「行きたいのは山々なんですけどね。どうやら無理のようです」

 白蓮は自分の手の平を見た。
 そこには小さな黒い稲妻のようなものがパチパチと走り、それは力を込めると激しさを増すように見えた。

「小町さんが持ってきた誓約書は覚えていますね。あれには呪いがかった映姫さんの――閻魔の念がかかっていたようです」

 白蓮はそれに実名で署名をしたのだ。
 単なる紙面の契約だけではなく、一種の呪いのようなものが白蓮を縛っている。
 決闘が起こっている場所に行こうと考えるだけで巨岩がのしかかるように体が重くなるのを感じていた。

「これでは何も出来そうにありません。おそらくは他の妖怪たちも同じでしょうね」

 悲しげな表情のまま、白蓮は輝夜達の髪を優しく撫でた。
 二人は一瞬ビクっと反応したものの、その後はなすがままにされている。

「動いているのは映姫さんのようですし、魔理沙さんも居ます。大事には至らないでしょう」

 魔理沙の名前が出た途端にナズーリンは苦々しげな顔をしたが、白蓮は気づかない。

「ふむ、この手の契約は妖に近い者ほど強く働くようだね。
 簡単に嘘をつける、良く言えば自由な『人間』という種族の方がかかりが弱いかもしれない」

 ナズーリンは暗に魔理沙の事を言った。
 実際には魔理沙に誓約書は送られていないのだが、命蓮寺の面々がそれを知る由もない。

「そうですね。強い力と意思を持ち、他人の事情などお構い無しで飛び込んでゆく空気を読めない人間ならばあるいは…… あの争いに割って入る事も出来るのかもしれませんね」



   ◆ ◆ ◆



「しょこまででしゅ!!」

 雨に濡れる合戦場に場違いな間抜け声が響いた。
 小町とにとりが攻撃の手を止める。被弾したリリカが痛みを堪え、ホウキを掴んで体勢を立て直す。
 その場に居る全員が一斉に声の方に顔を向けた。

「宴会ちゅうに何をやっているんでしゅか! ぶしゅい極まりありましぇん!」
「早苗ぇ、飲み過ぎだって」

 視線の集中した先に居たのは泥酔した早苗。横では諏訪子が袖を引っ張って止めている。
 殺伐とした夜の庭において、その場所だけまるで異次元のように感じられた。
 固まったまま魔理沙と小町、にとりとリリカが顔を合わせる。そして一瞬の間の後で全員が首を横に振った。
 それは東風谷早苗がどちら側の援軍でもいない事を意味している。

「一体どんな星の下に生まれれば、こう次から次へとトラブルを呼び寄せられるのかね」

 小町の苦言を聞き流しながら魔理沙は早苗の前に舞い降りた。

「……ははっ、見かけないと思ったら何やってんだよ」
「酔いじゃましのおしゃんぽでしゅ!!」

 まだ全然冷めていないらしく異様にテンションが高い、サ行の滑舌が非常に悪い。
 その様子に魔理沙は声を殺して笑っていた。呆然とするにとりとリリカ。しかし小町は笑うどころか歯軋りをしている。
 小町の懐の中にしまわれた不干渉の誓約書。それは当然守矢神社にも送られていた。
 だが宴会が始まって早々守矢神社の代表である神奈子は呑み比べを始めてしまい、その末に倒れてしまった。
 つまり回収までは出来ていない。
 強い呪力のかかった誓約書はただの紙ではない。燃える事も破れる事もなく、署名をするだけでも効果は働く。
 だがそれでも回収をしていない以上、守矢神社の面々に対しての強制力はとても弱いものだった。

「……誓約書は読んで貰えたかい」
「あぁ見た見た。堅っ苦しい文章だったから流し読みだけどね。署名もしてあげたよ」

 小町が声をかけたのは早苗ではなく諏訪子。雨が心地良いのか気持ち上機嫌に見える。
 この場を荒らされてる事だけは避けなければならない。魔理沙だけではなく、小町の力も底をついていたのだ。
 集中するあまりリリカは気づいていなかったが、にとりが3つ目のスペルカードを展開した時にはもう殆ど銭形弾が混じっていなかった。つまりそれは単に密度の薄いお化けキューカンバー。
 初見のリリカがここまで持ちこたえられた理由はそこにあった。

「あたいとしては、このまま退いて欲しいんだけどね」
「いいよ、別に用は無いしね。早苗はどうする?」

 小町は苛立った。自分は『早苗を連れて帰ってくれと』という事を頼んだのだ。
 だというのに諏訪子は白々しく早苗の意見を聞いている。

「え~? かえるんでしゅか……?」

 子供のように足元の石を蹴る早苗。
 それを見ていた魔理沙にある考えがよぎった。自分は霊夢に唆された結果ここに居る。
 とても不公平、理不尽な仕打ちだと思う。

「なぁ早苗」

 そう、だから自分が誰かを唆しても、もとい助けを求めてもきっとバチは当たらない筈だ。

「助けてくれないか。あいつらがリリカを苛めて泣かせてるんだ」
「馬ッ――!」

 小町達に戦慄が走る。何て事を言うのだこの外道は。
 それは確かに完全な間違いとは言えないかもしれないが、そんな煽るような言い方をしなくても良いだろう。

「それはいけましぇん! 悪い妖怪にはお仕置きが必要でしゅね!!」

 早苗の目に火がついた。それは小町にとっておおよそ最悪の展開。魔理沙達にとっては奇跡そのもの。
 そう、魔理沙は歩いてやって来た奇跡を力づくで捕まえたのだ。

「いくぜリリカッ!!」

 弾も作れない、残りカスのような魔力を燃やして魔理沙はホウキを一気に加速させた。
 後ろから持ち上げられるような凄まじい加速感にリリカは歯を食いしばり、ホウキにしがみつくようにして堪える。
 魔理沙に借りた帽子を飛ばされまいと必死に押さえる。
 二人は燃え尽きるロウソクの最後の輝きが如く、稲妻のような速さで小町の脇を突破した。

「ッ! やられた! 追うよ河童!」

 狼狽していた小町は不意を突かれ、一瞬反応が遅れる。

「させましぇん!!」

 立ち塞がる現人神。その手からは五芒星の弾幕が展開され、早くも臨戦態勢に入っている。

「おー、頑張れ早苗ー!」
「邪魔をするのか、洩矢の神!?」

 気の抜けた声援を聞いて小町の頭に血がのぼる。
 しかし諏訪子はわざとらしく首をかしげ、からかうように笑っている。

「だから言ってるじゃないか。私は別に用は無い」

 雷鳴が響き渡る。
 誰が、彼女を蛙などと呼んだのだろうか。

「……けれど言い方を変えれば、やる気になってる早苗を止める理由もまた見当たらないね。面白そうだしさ」

 本来蛇と呼ばれるべきは神奈子ではなく、白蛇神ミジャクジ様と同一視されし洩矢諏訪子。
 そのぎらつく瞳は獲物を前に喜ぶ蛇そのものだった。

「――ッ河童! ここは任せた!!」
「え?」

 小町に突き飛ばされ、早苗の前に踊り出るにとり。
 それまで外野気分で居た為に状況が全く飲み込めないでいる。
 そうこうする間に小町は魔理沙の後を追って闇に消えてしまった。

「さぁ、いざ尋常に勝負でしゅ!」

 目の前には闘る気まんまんの、雨もしたたる風祝。
 だんだんと進む状況の理解度と反比例して、にとりの顔から血の気が引いてゆく。

「え、え? えーーーーーっ!!?」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 7 闇黒

  騒霊ルナサはレイラの死に安らぎを感じてしまいました。
  それが2つ目の、そして大きな罪となり彼女に重くのしかかる事になります。
  それは勿論一瞬の気の迷い。しかし、それ故に――ルナサは酷く思い悩みました。
  悲しみ、苦しみ、痛み、後悔、罪悪感、自己嫌悪、恐怖……
  どんな言葉を使おうと、その深い心の闇を表現する事は出来ないでしょう。
  そして更に悪い事に、ルナサはレイラの愛への疑念をぬぐい去る事は出来ませんでした。
  レイラが残したロケットペンダントが何度でも、何度でも思い起こさせるのです。


「――悪趣味ね」

 滝のような雨の中、その声は雨音に呑まれずその場に居る全員の耳に届いた。
 レイラと映姫の視線がメルランに集まる。
 しかしルナサだけは反応しなかった。膝をつき、細かく震えながら焦点のあっていない瞳で虚空を見つめている。

「姉さんがレイラの死を喜んだ? ふざけた事を言わないで」
「事実です」

 映姫が初めて自分の言葉を止めた。
 にとりからの連絡で、早苗の介入や魔理沙とリリカの防衛戦突破の事は聞いている。
 滅茶苦茶にされる前に事を終わらせねばならない。
 おもむろに懐から出した小さな鏡には、青黒い炎に焼かれ苦しむルナサの表情が映し出されていた。
 浄波璃の鏡。人の罪を暴き映しだす閻魔の道具。

「仮にそうだとしても、だから何? それは私達姉妹の問題じゃないの! いくら閻魔でも、姉さんの心を踏みにじっていい権利なんて無いでしょッ!!」
「確かに私にそんな権利はありません」

 メルランは映姫の鋭い眼差しに真っ向から向き合っている。それでも映姫の表情、淡々とした物言いは変わらない。

「ですが貴女たちは騒霊。命や霊というよりは、意思を持った現象に近い。私が貴方達の罪を裁けるかは分かりません。このままでは苦悩の果てに朽ち果て消滅してしまいます」
「余計なお世話よ!!」

 かつてないメルランの剣幕。彼女自身こんな怒鳴り声をあげた記憶はなかった。
 脇に居るレイラはメルランの服をぎゅっと握りながらも少し怯えている。


「余計なお世話―― その朽ち果てる時が、今だとしてもですか?」


 映姫は悔悟棒で浄波璃の鏡を叩いた。巨大な鐘を思わせるその音は空に、耳に、心に強く重く響き渡る。
 ビリビリと震える空気に身を縮ませるメルランは、姉の姿を見て目を見開いた。

「予兆はあった筈です。深い闇は今も心を蝕み続け心の不調、体の不調を招いています」

 ルナサの体に歪な光の文様が浮かび上がっている。それはまるで肌に走る無数の亀裂。

「根の深いヒビは元々あったのです。私はそれをなぞっただけ。このままではルナサ、貴女はこの夜を越える事は出来ないでしょう」

 映姫がレイラの手を取った。
 メルランはその様子を睨みつけていたが、金縛りを受けたよう体が痺れ指一つ動かす事が出来ない。

「……えんまさま?」

 レイラの澄んだ瞳を通して映姫は自分自身の姿を見た。
 何て顔だろう、これでは駄目だ。もっと威風堂々と罪人を睨みつけなければならない。
 映姫はレイラの背を自分に向け、肩を持つと、ルナサの前に連れ出した。

「さぁ今こそ懺悔の時。騒霊レイラを通じてレイラを受け入れるのです」

 ルナサの瞳がゆっくりと動く。黒い服が宵闇に呑まれるように儚げに映る。


「絆を取り戻しなさい、愛をもって闇を祓いなさい! さもなくば貴女に未来は無い――!」



   ◆ ◆ ◆



                             『…そ…で…よね……ませ……』


 雨に濡れた髪が重い。まとわりつく服が鬱陶しい。
 肩で息をしているのが自分でもよく分かる。ただ呼吸をする事すら苦しくて仕方がない。
 何かが空を切ってやって来る。小町はいつもよりずっと重く感じる獲物を何とか持ち上げた。
 風切り音がすぐそこで止まった。鎌を向けるのはその方向、それは本日二度目の宣戦布告。

「おいおい冗談だろ、全速力で飛んで来たんだぜ……?」

 敵の声が聞こえる。先回りされていた事に驚いているのだろう。
 小町は距離を操る程度の能力を駆使し、自分の移動範囲の距離を縮めて短時間での高速移動を実現していた。
 だが、悠長に説明できるような余力は残っていない。

「何で今日に限ってこう勤勉なんだ? もっと適当にサボってくれると助かるんだが」
「今日は、特別でね」



              『という訳で小町、計画を書類に纏めておきましたから読んでおいて下さいね』


「ほら行け。事と次第によっては閻魔だろうが何だろうがぶっとばしてこい」

 魔理沙の声と共に、リリカがホウキから降りる気配がする。
 おそらくは小町をここで食い止め、リリカだけ先に進ませようと考えているのだろう。
 それを許す訳には行かない。

「おっと!」

 ガチリと響く金属音。
 リリカへと振るわれた鎌は、魔理沙の手のミニ八卦炉に阻まれた。

「勤勉なのはお互い様だろう。あんたも今日は、妙に真面目じゃないか」
「ははっ、違いない」

 まるで刀の鍔迫り合いのように鎌とミニ八卦炉がギリギリと音を立てる。
 魔理沙は顎を動かしリリカに早く行くよう促した。



                   『でもコレって、死神の仕事の範囲じゃないですよね~?』



「動くな!」

 強引にリリカの方に向き直ろうとする小町。
 だが、魔理沙は鎌の刃を滑るようにミニ八卦炉を動かすと、その砲門を小町に突きつけた。

「何度も言わせるな、早く行け」
「ありがとう魔理沙……」

 深々と頭を下げ、リリカが別棟があるであろう方向の空へと消えた。
 残された死に体の二人は一触即発の空気のまま雨に打たれ続けている。

「撃たないのかい?」

 魔理沙に何発も魔砲を撃つ魔力が残ってるとは思えない。
 おそらくは撃てて一撃。それを凌げば後はどうとでもなる。重い頭に発破をかけ、小町は反撃の機会を伺った。



                 『そ、そうですよね。すみません、この件は私一人で……』



 あのお方は、四季様はどうしてああなのだろうか。
 いつもはガミガミと五月蝿い癖に、ここぞって所で遠慮をする。妙な気を使うのだ。
 閻魔は仕事上、罪人の罪を引きずりだし突きつける。戒める。
 泣き叫んで許しを乞われようが、その罪の重さ如何では地獄へと突き落とす。
 それは正しい。絶対的に正しい。正しい故に言い訳は出来ない、逃げ場も存在しない。
 誰も彼もが閻魔を恐怖し、嫌悪されているのが実情だ。罪を犯さない存在など居ないのだから。

 だからなのか、四季映姫はいつもひとりだった。
 笑おうが怒ろうが、どこか他人に距離を置いて接するのだ。まるで他者の目を恐れるかのように。
 全く水臭いじゃないか。ただ、貴女が一言「来い」と言ってくれればあたいは着いて行く。
 そりゃちょっとぐらい冗談も言うかもしれないけれど。


「……ッ」

 意識が遠のきかけていた小町は、頭を振って気合を入れる。
 危ない所だった。幸いまだ魔理沙は動いていない。
 鎌に力を入れ直しぐっと前に傾ける。
 すると不思議な程に抵抗は無く、魔理沙は押されるままに、後ろに倒れ、地面に向かって、真っ逆さまに――


「――馬鹿野郎!!!」

 飛びかかった小町は地面スレスレで魔理沙をキャッチした。
 しかし勢いを殺し切れず、水たまりだらけの庭に叩きつけられる。
 ゴロゴロと地面を転がりようやく止まった頃、二人は全身泥まみれになっていた。

「おぉ……すまん。ちょっと、寝てた」

 撃てて一撃? とんでもない、魔理沙はもう飛び続ける力すら残っていなかったのだ。
 自分よりも消耗していた癖に、リリカの手前格好をつけていただけだった。

「あぁもう! これだから死にたがりは嫌なんだ!」

 口だけは威勢が良いが、小町ももう体が動かない。張り詰めていた緊張の糸が切れてしまった。
 二人は仲良く夜の雨に打たれて仰向けに倒れている。

「はは、死神に看取られるってのは、縁起が良くないな……」

 冗談を言う程度の気力が残っている事を確認し、小町はほっと胸を撫で下ろした。

「あんたも大概だよ。何であの騒霊にそこまで肩入れするんだい?」
「そりゃ、ほら、アレだ」

 魔理沙の手が上がる。
 濃い雨雲越しにでも分かる、少しずつ明るくなってきた。夜明けが近いのだろう。

「さっきまで不貞不貞しく馬鹿笑いしてた奴が、ポロポロ涙流してるのって…… ちょっと、見るに耐えなくてな」



              『仕方ないですね。不肖この小野塚小町、お手伝い致しましょう♪』



「……何となくだけど、分かる気がするよ」

 小町はゆっくりと瞳を閉じる。
 今日は少々無茶をしすぎた。上司の健闘を祈りながら、皆が笑える結末を願いながら小町は朝まで眠る事にした。
 魔理沙もまたそのまま眠りの中に――

「――へっくしッ! うぅ、これ絶対風邪ひくぜ……」



   ◆ ◆ ◆



 文はまたも庭木の影に隠れていた。

 今度覗いているのは映姫達の姿。
 その会話は雨音に紛れ断片的にしか聞き取れなかったが、それでも遠巻きに状況を理解するには十分だ。

「皆さんこわい顔をしてますねぇ。記事としてはもっと笑顔の方が映えるのですが」

 パシャパシャとシャッターを切りながら文は無責任な事を言っていた。

「今日の事は『プリズムリバー事変』とでも適当に名付けるとして、内容は4人目の騒霊の誕生と、うぅん、ルナサさんに死なれちゃいますと後味が悪くなりますね」

 人差し指を額に当て、うーんと唸る文。すると突然ハッとした顔で背後を振り返った。

「なんですか……?」

 自分以外に暗躍する影がある事には気づいていた。だがそれとは違う気配、いや空気。
 暗い暗い闇の中、少しずつ風向きが変わり始めた。通り抜ける空気が雨に濡れた服を撫で熱を奪う。
 その風はある一点から放射状に吹いているのが感じられた。天から見下ろせば広大な風の環が見えるかもしれない。
 それはまるで緩やかな爆発。風と呼ぶには不自然すぎる空気の流れ。

 文は今までこんな風を感じた事は―― 一度だけあった。
 それは数時間前。宴会場に吹いた一陣の突風。

「これは、まずいですよね」

 小町が倒れた事で、庭に張られた結界が消えようとしていた。
 膨張していた空間が縮み始めるが、その中の空気の量は変わらない。
 しぼむ風船からガスが抜けるように、空気は逃げ場を求めて結界の外へと吐き出される。
 だんだん結界は薄くなる。どんどん結界は狭くなる。
 こうしている間にも風はまるで台風のような凄まじさとなって文を襲う。

「あ、や、やややややややや!!?」

 立つことも飛ぶことも出来ないような猛烈な風が吹きつけた。
 軋む庭木にしがみついてやり過ごそうとする文、それは風を操る天狗とは思えない醜態。絶対に他人には見せられない。

 その時、眼前に何かが走った。白いフリルが闇に映える黒い稲妻、見慣れた魔女の帽子。

「魔理沙さん!?」

 魔法の風を全身に受け、天狗の目にも捕えきれぬ速度で彼方へと消える少女の姿。
 それは闇を貫く弾丸のようだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 8 霊楽

  騒霊という幻想の住人が住むようにプリズムリバー邸。
  その屋敷はいつしか幻想郷に流れつきました。
  レイラは亡くなるその日まで騒霊の姉達と楽しく暮らし、天寿を全うしましたが……
  外の世界から屋敷が消えて数ヵ月後、人間のルナサ達が生家があった場所を訪れました。
  やっとの事でレイラを迎えに来た彼女達の前にあるのは広大な荒地だけ。
  驚いていいのか、悲しんでいいのか、それすら分からない程に衝撃を受けました。
  ただただ、末の妹がどうか生きていますように。
  悲しい思いをせずに暮らしていますようにと神様に祈りました。
  開けた空き地に、3人の少女の嗚咽が響いていました。


 周囲が暗すぎるのだろうか、目を閉じているのだろうか視界が黒に染まっている。
 深海に沈むように、まどろみの中に居るように意識が曖昧になる。
 だるい。とてもだるい。

「……ちゃん」

 遠くから声が聞こえる。
 ぼんやりと浮かび上がったのは、愛しい愛しい末の妹。

「ルナサお姉ちゃん」


「レイ、ラ……?」

 体を起こすだけで全身が痛んだ。
 ぼやけた視界の中でも、妹の悲しげな顔だけははっきりと見て取れる。
 怖い夢でも見たのだろうか。リリカと喧嘩でもしたのだろうか。
 ぬいぐるみが破れでもしたのだろうか。傘を忘れてしまったのだろうか。
 あぁそうか、きっと雷が怖いのだろう。
 大丈夫だよと撫でてやりたくて、レイラの頭に手を伸ばそうとした。

「あ……」

 目に入った自分の手は、光の亀裂で埋もれ今にも砕けそうだった。
 それを見て思い出した。レイラはもう居ない。そこに居るのはレイラじゃない。
 私と同じ、偽物の存在。

「あ、あぁ…… あぁ……」

 視界が広がる。不安げなメルランの顔が映る。厳しく見つめる映姫の顔が映る。
 そうだ、私は『このレイラ』を受け入れないといけない。
 でも無理だ。だから違うんだ。私達が一緒に暮らしたレイラは、この子じゃない。

 ――いや、それも言い訳かもしれない。
 私は本物のレイラだって心の底から受け入れてやる事が出来なかったんだ。
 本物とか、偽物とかじゃない。問題は私にあるんだ。
 それにこの子も私も偽物なら、私が受け入れなくて誰がこの子を――

 もう少しだけ手を伸ばす。
 親指と小指が大きく軋み、パラパラと体の欠片が零れた。

「あ……ぅ」

 だけどそこまで。駄目だ、やっぱり怖い。
 最後の最後で抵抗が拭い去れない。
 今にも泣き出しそうな小さな女の子を、ただ撫でてやる事も出来ない。

「まだ分からないのですか? 物の真贋は大切ですが最重要ではありません。貴女達が偽物の姉達だろうと、レイラは心から貴女達を愛していました!」

 分かっている。もう、本当は分かっているんだ。
 レイラは私達も、本当の姉達も等しく愛してくれていた。それだけだった。レイラを疑う事自体が間違いだった。
 分かっている。筈なのに。



   ◆ ◆ ◆



 ルナサお姉ちゃんが泣いている。
 お姉ちゃん達が言っている騒霊とか、偽物とか、難しい話はよく分からないけど、ルナサお姉ちゃんは自分を責めているように見えた。
 何か悪い事したのかな? 
 よしよし、って撫でてあげたいけど意地悪な閻魔様が私の肩を離してくれない。
 閻魔様はすごく怖い顔をしている。もしかして、閻魔様がお姉ちゃんを苛めてたのかな?


「結界が……」

 肩を掴む手が緩んだ。映姫は何かに気づいたように遠くの空を見ている。
 今がチャンスと抜けだそうとした所で、レイラは吹き出した強い風に気がついた。
 強い、嵐のように強い風。レイラは飛ばされまいとしゃがみ込んで屋敷の屋根に掴まった。

「何!?」
「くっ、小町……」

 メルラン、映姫も同じように体勢を低くして堪える。
 荒れ狂う風のノイズの中、何かが聞こえてきた。

「…………ぁぁぁぁぁあ」

 聞き覚えのある声。聞き間違えようのない声。
 ルナサよりもメルランよりも誰よりも自分と遊んでくれた声。
 狡賢くて、ちょっぴり泣き虫で、いつも元気で。
 大好きな――

「姉さんに何してんだぁあああああああああああああああああああ!!!」

 赤と黒の流星が閻魔に突き刺さった。何とも形容しがたい鈍い大きな打撃音が響く。

「魔理……、リリカ!?」

 魔女のような大きな帽子。それを見たメルランは一瞬別の名を呼びかけるも、顔を見て気がついた。
 自分と同じ作りの赤い服、少し内巻きの短い栗色の髪。それは一つ下の妹の姿、プリズムリバー姉妹の三女リリカ。

「ぐっ!?」

 その強烈な飛び蹴りは、ルナサの弾幕を受けても尚平然としていた映姫を大きく跳ね飛ばし屋根から転がり落とした。
 庭木を掠め地面に激突したような派手な音が聞こえる。

「ルナサ姉さん!? うわ何これ、ヒビ!? あいつにやられたの!!?」

 姉の姿に動転したリリカは助けを呼ぼうと周りを見回す。
 メルランが居るまでは予想の範囲内だったが、目の前の少女を改めて見つめると一拍遅れて仰天する。

「レ!? レレ、レ、レイラ!!? 何で!!? 何!? 夢!?」

 ひとしきり慌てふためいたリリカは、メルランに説明を懇願するような目を向けた。
 その様子を見ていたメルランはしばし呆然としていた。

「……あ、は、あははははははははははははははっ!!」

 そして数秒の後、突然大声で笑い出した。それは今までの緊張が嘘のように明るい、心の底から笑い声。
 リリカはもちろんレイラもルナサも唖然としている。

「あはははははははは!! くふっ……あぁ苦しいっ、もう滅茶苦茶じゃない。リリカ、貴女最高よ、ふふっ……あはははっ!!」
「……気がすみましたか?」

 映姫が戻ってきた。その姿は泥だらけで悔悟の棒も折れている。
 威厳の欠片もない。そのしょぼくれた顔が益々メルランの笑いのツボを刺激する。

「く、くくくっ。……そうね、スッキリしたしリリカに免じて許してあげくっ、くふ……く……あははははははははっ!!」

 それはそれで今まで見たことの無いメルランの姿。
 笑い泣きをしながらお腹を抱えて大爆笑している。

「長女は一人思い悩んでボロボロ、三女は魔理沙のコスプレして閻魔様に飛び蹴り、四女はポカンと口を開けて呆けてる……くくっ……本当、貴女達って……くふふふっ!!」
「ちょ、ちょっと笑いすぎよメルラン姉さん!」

 初めは場違いな爆笑に不安を覚えたリリカ達だったが、次第にその明るさに緊張がほぐされていった。
 メルランの笑い声にリリカの頬が赤くなる、レイラの口元が少し緩む。
 そしてその様子を見ていたルナサにも変化が訪れた。
 妹たちの笑顔を見ている内に、氷のように冷えていた心に暖かな灯がともる。
 それは優しさ。それは懐かしさ。そう、昔から私達姉妹はこうやって笑い合っていた筈だ。

 私は、何を、やっているんだ。


「ふぅ…… 閻魔様、姉妹も揃った事ですし後は私達に任せて下さいませんか?」

 ようやく呼吸を整えたメルランは映姫に向き直った。その表情はいつも通り、柔らかくそれでいて飄々とした笑顔。

「それは出来ません。この問題はルナサが一人で乗り越えるべきものです。貴女やリリカの介入も本来は防ごうと……」
「四人で乗り越えてきました。今までも、きっとこれからも。それに姉の悩みに気づけなかった私達にも罪はあるのではないですか?」

 芯の強さを感じさせるその強い瞳は再び閻魔の視線に真っ向から対峙した。
 しかし先程の憎しみの篭ったものとはまるで違っている。

「たとえ本当に姉さん一人で乗り越えねばならない事だとしても、それは今ここで命を賭けてまで優先せねばならない事なのでしょうか」

 四姉妹の中で一番頭が良く、弁に長けた次女メルラン。その言葉が映姫の心に訴える。

「私は、自分の考えが間違っているとは思いません。ルナサは今、自分の力のみで罪に立ち向かうべきなのです」

 懇願するようなリリカの視線が映姫に向けられる。

「ですが、貴女の物言いもまた間違ってはいないでしょう。そして事ここに至って万全の舞台を整えられなかった事。あの彼岸で出会った日に忠告する事が出来なかった事。私の落ち度があるのも確かです」

 信じているようなレイラの視線が向けられる。

「……もう、分かりましたからそんな目で見ないで下さい。情状酌量も出来ないほど狭量なつもりはありませんよ。分かりました、お任せします」

 映姫は目を伏せると、メルランの肩を叩きながら離れていった。


 メルランは妹達を連れてルナサの前に立った。ルナサの体に走る光の亀裂はますます数が増えている。
 最後の時が近い事は火を見るよりも明らかだった。

「じゃあリリカ、いいわね? いつものアレやるわよ」

 メルランの手にトランペットが現れる。

「え、あ、うん。でもレイラは何で……?」

 慌てながらもリリカもキーボードを喚び出した。

「ルナサ姉さん、楽器は出せる?」
「……うん」

 搾り出すような声。
 それでもルナサは手の中にバイオリンを浮かび上がらせた。

「さぁ幻想郷の騒霊楽団、プリズムリバー楽団のライブの始まりよ~♪」

 メルランがトランペットに空気を送ると、金管楽器特有の甲高い音色が響き渡った。



                          大合葬『霊車コンチェルトグロッソ皆』



 標的のいないスペルカードが展開される。
 観客の居ないコンサートが始まる。
 それはただ純粋に、姉妹がお互いの絆を確かめ合うように弾と弾、音と音を混じり合わせて遊ぶだけの単純な遊戯。

「まったくメルラン姉さん、少しぐらい説明してくれてもいいでしょ」

 リリカは被っていた魔女帽を脱ぐと、ルナサの頭に被せた。
 それは魔理沙の魔女帽子。

「……これは?」
「勇気の出る帽子だってさ。私はもう貰ったから、ルナサ姉さんも勇気を……出せば、それって、治るのかなぁ?」

 尻すぼみになる言葉。弱気を吹き飛ばすようにリリカは鍵盤を強く叩いた。
 シンセサイザー特有のエフェクトがかった音がトランペットの音色と絡み合い音の迫力を飛躍的に上げる。

「……」

 ルナサもまた、バイオリンを震わせ音を奏でた。重く深いストリングスの音が楽曲全体に厚みを生み出す。
 それは今まで何百回何千回と繰り返してきた彼女たちの十八番。

 動けないルナサを中心としてメルランとリリカが踊るように周囲を回る。
 滅茶苦茶に放たれる弾は3人を結ぶ白い絆に当たると、プリズムに弾かれたかのように軌道を変えバラバラと周囲に散った。

「すごい、すごい!」

 レイラはその曲に、飛び交う弾に目を輝かせている。
 花の咲いたようなその笑顔を見ているルナサの記憶の底、過ぎ去った遠い日の情景が浮かび上がってきた。


 幻想郷に飛んだばかりの頃、ルナサ達は騒霊の力で楽器を作りだせる事に気がついた。
 気ままに楽しく演奏をする三姉妹。しかしそれはおおよそ曲とは言えない酷いもの。各自が適当に騒ぎ立てるだけ。
 聞くに耐えない騒音にレイラはある事を思い立った。曲の贈り物をしようと考えたのだ。
 ピアノに軽く触れた程度の音楽知識しか無かったレイラは屋敷中の本をひっくり返して作曲の勉強を始めた。
 専門書などはなく、僅かしかない楽譜などを集めて読み解いて、書いては捨てて、書いては直して……
 何年、何十年とかかったある日、その曲は完成した。


                          『どう? 素敵な曲でしょ♪』


 それは少しだけズレた曲名。
 だけど互いの想いを確かめ合うような前奏、心から楽しく騒げるサビ。
 レイラ姉達の事だけを考えて作られた事は曲の隅々から感じられた。


「~♪」

 演奏にハミングが重なる。
 その時のレイラの笑顔が今、騒霊レイラの笑顔を通してルナサの脳裏に鮮明に蘇った。
 分かった。自分はレイラに愛されていた。疑う事が間違いだった。
 機械的に受け入れようとしていた思い。それ故に深い底での拒絶を拭えなかった思い。
 それがゆっくりと溶け、沁み渡るように心に、全身に広がってゆく。
 もう大丈夫、今度こそ大丈夫。
 ルナサは今にも崩れそうな手を伸ばして、レイラの頬に触れようと――





 その手首が




                                        音もなく、崩れ落ちた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 9 合奏

 間に合わなかった。
 映姫は震える拳を握り締め、空に叫んだ。

「見ているのでしょう、八雲紫!!」

 その声に応えるように夜空に筋が入り、ぱかりと割れて赤黒い異空間が現れる。
 その中から現れたのはわざとらしく驚いた表情を見せる幻想郷の大妖怪。

「あらあら何事でしょう、不干渉の契約は貴女からの申し出でしたのに。この私めに何か御用でしょうか?」

 無駄に丁寧な口調が映姫の神経を逆撫でする。だがここで怒る訳にはいかない。このままでは全てが水の泡。
 たとえ悪魔と契約を交わそうと事態の収集に尽力を尽くす必要がある。

「――お願い、出来ませんか。私は黒を黒、白を白と分ける事しか出来ません。境界を操る貴女の力なら、この騒霊を救える筈です」

 待ってましたと言わんばかりに紫の口元に醜悪な笑みが浮かぶ。
 それはすぐに扇子に隠れ見えなくなったが、紫がこの状況を喜んでいるのは間違いなかった。

「ふふ。閻魔に貸しを作れるのは悪くないですね。いいでしょう、お引き受け致します」

 紫が扇子を振るうと四姉妹の下、別棟の屋根の上に巨大な結界陣が現れた。
 四重結界。生と死の境界を操作する為の下地のようなものだ。

「彼女達には長女の安定の為に演奏を続けてもらうとして―― 萃香、手伝いなさい」
「うぇえ私もー? タダ働きは嫌だなぁ」

 スキマの中からひょこりと鬼が首を出した。
 誓約書に「見るな」という項目を入れなかったせいで、今夜の出来事はそこそこの人数に覗かれていた事は分かっていた。
 だが今の今まで感じていた天狗の視線は消えてしまっていた。大方紫が呼ばれた事に驚いて逃げ出したのだろう。

「いいから言う事聞きなさい。後で酒でも肴でも何でも奢ってあげるから」
「本当? なら海水魚がいいな、外の海で取ってきておくれよ」

 そう言うと心得たとばかりに萃香が結界に手をかざす。
 崩れはじめていたルナサの欠片が、少しずつ萃まり元の形に戻ろうとする。
 何とかなるかもしれない。しかし、映姫はある事がひっかかっていた。

「貴女にも、誓約書を書いた貰ったと思いますが」

 紫は分かる。元々あのデタラメな能力の前では、誓約書などほとんど意味を成さないだろうと考えていた。
 だから紫に対しては警告や牽制のような意味で誓約書を渡していた。
 だが萃香は違う。いかな強大な力を持っていようと、怪力や萃める力では誓約書を無効化する事などは出来ない筈だ。

「あぁそれならー」
「萃香!」

 紫の声が響いた。見ればルナサの体は再び崩れ初めていた。

「よそ見してないでしっかり萃めなさい!」
「えぇ嘘!? やってるよ!?」

 萃香は手を緩めていない。しかしルナサの崩壊は止まらず、その速度は加速の一途を辿る。
 もう手首はおろか肘までが砕け落ち、膝や脚も砂の城のようにゆっくりと崩れ始める。

「まずい何これ、ちょっと壊れるのが早過ぎる! 紫こそ手を抜いてないの!?」
「誰に、物を言ってるのよ……!」

 紫は気がついている。騒霊とは意思を持った現象、人間や妖怪に比べて遥かに生と死の境界が曖昧なのだ。
 闇の中で手探りをして煙を探すような感覚。必死にその境界線の全容を捉えようとするが上手くいかない。

「ぐ、ぐぬぬぬぬっ! ――えぇい!!」

 萃香が頭上に黒い球体を浮かべた。
 そこから伸びた2本の線は、紫と萃香へと結びつく。

「閻魔さんさ…… ココに弾幕でも魔力でも何でもいいからブチ込んでくれないか? 私が圧縮して純粋な『力』に代えて、私と紫に供給する!」

 これは長期戦になる。そう踏んだ萃香はバテない内に妖力の確保を考えたのだ。

「……分かりました」



                             審判『ラストジャッジメント』



 断る理由などない。映姫は最も自分が力を放ちやすい形としてスペルカードを選んだ。
 撒かれた大型弾とレーザーは黒球に近づくとその起動を変え吸い込まれてゆく。
同時に通常弾幕を重ね黒球にどんどんと力を送る。
 しかし駄目だ。紫と萃香の表情を見ればまるで力が足りないのが分かる。

 こうなれば恥を忍んで宴会会場まで助けを求めに行くべきか。
 いや駄目だ、誓約書がある限り妖怪達はここに近づけない。
 一旦小町を回収して誓約書の破棄を――出来るのだろうか。
 こんな事になるとは思っていなかった為、あの誓約書の紙は自分でも破壊が難しいほど強靭な念を込めて作ってしまった。



                                  奇跡『神の風』
                            光学『オプティカルカモフラージュ』



 迷う映姫の頭上、現れた数えきれない白い弾幕が黒球に呑み込まれた。

「うぅん、何だか頭が痛いです……」
「よ・う・や・く・説得できたよ!!!」

 映姫達が振り返った先には早苗とにとりが駆けつけていた。
 早苗は頭を押さえ、にとりは布切れを纏ったようなボロボロの姿でスペルカードを展開し黒球へと力を送っている。

「来てくれたのですか……」



                               死符『ギャストリドリーム』
                                 人鬼『未来永劫斬』



 映姫の言葉を遮り、また新しい弾幕が展開された。
 天地を両断するような一閃と共に怪しい蝶が自ら飛び込むように黒球に呑み込まれる。

「幽々子さま、この状況で『死符』はちょっと……」
「何でもいいって言ってたのはあそこの鬼じゃな~い」

 ニコニコと笑うのは西行寺幽々子。横には妖夢の姿もあった。

「貴女達、どうして……?」
「贔屓の楽団の危機ですもの、力を貸さない方がどうかしてるわよね~♪」

 映姫が聞きたいのはそこではない。何故誓約書を無視してここに来られたのだろうか。
 そして誰からこの状況を聞いたのだろうかか。
 考えてみれば、にとり達にもまだこの状況を伝えてはいなかった。



                           神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』
                                 鬼符『怪力乱神』



 次々と放たれるレーザーと捻れるように飛び交う弾。
 一際強烈な弾幕が黒球を穿った。

「早苗ったらこんな所に居たのかい」

「楽しそうな事やってるじゃないか。私らも混ぜな!」

 それは八坂神奈子と星熊勇儀。
 今の今まで酔いつぶれていた神と鬼は、酒気を吹き飛ばさんとばかりに神がかり的な力をスペルカードに乗せる。

「今日はそれはもう楽しく飲ませてもらったよ。礼ぐらいしなきゃバチが当たるってもんだ」
「バチも何も、あんた自分が神さんじゃないか」

 少しずつ黒球の大きさが増してゆく。
 萃香と紫に送られる魔力の量が増えてゆく。



                          難題『仏の御石の鉢 ― 砕けぬ意志 ―』
                            不死『火の鳥 ― 鳳翼天翔 ―』



 縁起の良い名前のスペルカードが宣言された。
 星弾とレーザーを追い風のように受け、潰えようとする命を鼓舞するように火炎鳥が舞い踊る。

「えぇと何だ、今日はちょっと調子に乗りすぎた。お詫びって訳じゃないが手伝わせてくれ」
「悪かったわ。反省してる。妹紅が」

 弾幕を維持しながら妹紅と輝夜は器用に殴り合いの喧嘩を始めた。
 映姫はもちろん、ルナサ達もその光景にただただ唖然とする事しかできない。



「素晴らしいです!」

 不意に響いた声に、妹紅と輝夜の肩がビクっと跳ねた。

「消え行く妖怪の命を、幻想郷の住人たちが皆力を合わせて救おうとする! こんな美しい事が他にあるでしょうか!!」

 まるで演説のように大きく腕を振るいながら瞳を潤ませる聖人、聖白蓮。
 その背後には多くの妖怪達が集まっていた。それはルナサ達とは何の関係もない妖怪達も多い。
 中には不承不承という顔、何が何だか分かっていないという顔すら混じっている。
 その数から考えて、今頃宴会場はすっからかんだろう。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 とうとう堪え切れなくなった映姫が白蓮の前に飛び出た。

「どうして貴女が、貴女達がここに来られるのですか? 私の作った誓約書は――」
「あれですか? 消えてしまえば無力化されたようですよ」

 釈然としない様子の白蓮。
 何かが、噛みあっていない気がしている。

「で、でもあの紙はちょっとやそっとでは燃えも破れもしない筈です!」
「ですからその為に―― もしかして、あれは貴女達の指示では無かったのですか?」



   ◆ ◆ ◆



「これが最後の一枚ですね。では、入念にお願いします」
「はーい!」

 誰かの話声が聞こえる。
 魔理沙が重いまぶたを開くと、ぼやけた視界ので暖炉の火が目に入った。
 ここはどこだろう。

「きゅっとしてー」

 幼い少女の声。
 聞き覚えはあったのだが、朦朧としていた魔理沙は一瞬だけ思い出すのが遅れてしまった。

「どかーんっ!!」
「うわぁああああああああ!!?」

 風船が破裂するような音に一瞬で意識が覚醒する。
 続いて響く鈍い打撃音。驚いて跳ね起きた魔理沙は背後の壁にしこたま頭をぶつけてしまったのだ。

「あー、魔理沙おきた魔理沙おきたー♪」
「フラン!?」

 うずくまる魔理沙に飛びついて来たのは見知った悪魔の妹フランドール・スカーレット。
 頭を摩りながら周囲を見渡すと、そこに居るのは変わった面子だった。

「おはようございます魔理沙さん。夜の庭で雨に打たれながら失神しているなんて、私が通りかからなければ死んでいたかもしれませんよ?」

 優しげなのは口調だけ。
 文は恩着せがましい笑顔を見せながら魔理沙の近くに立っていた。

「少々うざったい物言いだけど助けられたのは事実だね。ありがとうよ」

 振り返ると、床に横たわり毛布にくるまっている小町が居る。
 その泥まみれでボロボロの姿を見て、魔理沙は自分の状態を思い出す。

「あぁくそドロドロじゃないか…… フラン、汚れるから離れた方がいいぜ」

 小町と同じく全身は泥だらけ。服は破れ、髪はボサボサ。擦り傷も一つや二つではない。
 初夏だというのに雨に濡れ続けた体は芯から冷え切っていた。

「やーだもーん♪」

 そう言ってフランは魔理沙の毛布に潜り込んできた。
 その様子を複雑な表情で見つめるのは姉であるレミリアだ。

「こうして、姉妹の絆を深め合う出来事の裏で、別の姉妹の絆は姉以外の女に奪われるのでした」
「咲夜、ぶつわよ?」

 拗ねたような怒り顔をする赤い悪魔。
 見れば見るほどチグハグな顔ぶれで、魔理沙は何が起こっているのか分からない。

「何だ、何がどうなった?」
「大体は丸く収まりそうだよ」

 それはまたも場に不釣合いな諏訪子の声だった。



 魔理沙は簡単に現状の説明を受けた。

「あぁ何だ、ここはまだあいつらの家か」

 今いるのは宴会場の近くにある、先程まで白蓮達が居た部屋である事。
 映姫の目的の事。
 騒霊レイラの出現の事。
 ルナサの現状の事。
 それを救おうと尽力する妖怪たちの事。
 そして宴会の出席者達にそれを伝え、小町が持っていた誓約書の破壊を目論んだのは――

「お前も意外と良い所あるじゃないか、見直したぜ」
「なッ!? いや、私はですね! 記事のネタがあまりに辛気臭いと文々。新聞の評判に影響が出るといいますか、そういう感じのアレで!!」

 何故か慌てる文。気恥ずかしいのか何なのか必死に言い訳を並べている。
 もしかしたらこの天狗は感謝される事に慣れていないのかもしれない。

「でもフランさんが居なければ危ない所でした。あの紙、刃物で刺しても破れないんですよ」
「えへへー♪ ねぇねぇ魔理沙、私えらい? 私すごい?」

 全てを破壊する程度の能力。
 その前に閻魔の誓約書は呪力ごと破壊され、今では床の上に降り積もる白い粉と化していた。
 フランは珍しく自分の力が人の役に立った事が嬉しいらしくかなり上機嫌だった。

「あぁ偉いぜ、よくやったなフラン」
「えへへへへ~♪」

 フランは七色の翼をパタパタと羽ばたかせながら魔理沙に抱きつく。
 やきもきしたような姉はますます機嫌が悪くなっていった。

「それでは紅魔館の誓約書も破壊出来ましたし、皆さんライブ会場の方へどうぞ」

 文に促されるレミリアだが、どうにもこうにも腰が重い。
 他の多くの妖怪もそうだが、レミリアもまた四姉妹に義理立てする理由は無いのだ。

「お嬢様。ここは懐の広さの見せどころですよ。妹様も頑張られたのですから」
「……フン、仕方ない。この幻想郷の夜の王が、今宵の祭りの最後を彩ってやるとするか」

 そう言い残すとレミリアは咲夜と共に部屋を出て行った。



「私も行きますかね。こんな事をしていて肝心の取材がおろそかになっては本末転倒です。貴女達はどうするんです?」
「あたいは無理。出来る限りの事はしたし、もう妖力は空っぽだよ。いい加減休ませてくれ」

 そう言う小町は体をひきずるように暖炉の前まで動くと、改めて毛布をかぶり直した。
 小町に暖炉前を取られまいと、諏訪子も必死に抵抗している。

「私も同じだぜ。出来る限りの事はした。……ほらどけ、お前別に冷えてないだろ」

 魔理沙は後ろか横入りして諏訪子を押し出して小町と一緒に暖炉の前を占領した。

「あーうー、私も早苗に神力を預けてきたからいいや」
「分かりました」

 静かに頷いて、文は部屋を出た。



 人が減り、会話が途絶える。暖炉の火がパチンと弾ける音が響く。
 見ればフランはいつの間にか魔理沙の膝の上で寝息を立てていた。能力を沢山使って疲れたのだろう。

「あとは祈るだけだな」

 静かになると悪い考えばかりが働いてしまう。
 案ずるような魔理沙の言葉は、そんな不安を拭い去ろうとしているのだろう。
 それは小町も同じ思い。もう祈る事しか出来ないのだ。

「大丈夫だよ」

 そこに脳天気な言葉が飛び出した。
 魔理沙と小町は声の方に向き直ると、諏訪子がフランの頬を指でつついて遊んでいる。

「さっき、最終兵器が向かったからねぇ」



   ◆ ◆ ◆



                               大結界『博麗弾幕結界』


 夜空を覆い尽くす御札の笠。
 それは黒球に吸い込まれ力になると同時に、水に弱い妖怪たちを雨から護る。
 その光景を見て怯える妖怪の姿もあった。そう、その弾はいつもなら妖怪を倒す為に使われるもの。
 だが今日この時に限り、その在り方を反転させ妖怪たちを護り救おうとしている。

「あぁああああもう!! 五月蝿いったらありゃしない!! 私抜きで収められないんなら、初めっから騒ぎなんか起こすんじゃない!!」

 寝起きなのだろう。霊夢は目付きも機嫌も非常に悪かった。
 御札の笠を受け、今まで雨から身を守る為に力を裂いていた妖怪たちの魔力が弾幕に集中される。
 四姉妹を中心に放射状に撃たれる弾幕はオーロラのようだ。

「紫!! 最後の最後で美味しい所だけ持って行こうとしてた癖にこのザマは何? あんたも一度手を出したんなら、最後の最後まで責任持ちなさいよね!!」
「――だってさ。私もたまには紫が真面目に頑張る所も見てみたいなぁ」

 霊夢の叱責、萃香の言葉が紫に喝を入れた。

「はッ! 全くどいつもこいつも…… この私を、誰だと思ってるのよ!!」

 紫の手が宙をまさぐりルナサの生と死の境界を探る。
 無数の弾幕が黒球に吸い込まれる。大量の力が萃香と紫に注ぎ込まれる。
 沢山の、何の関わり合いもない妖怪達が皆力を合わせる。
 はじめは面倒臭げにしていた妖怪達も居たが、そこにプリズムリバー楽団の演奏を聞いたことが無い妖怪は居ない。
 協力を拒む者は、一人も居なかった。


 遠くの空が白んできた。屋根の上からは夜空の色と山稜の黒とがはっきりと分かれているのが見て取れる。
 天には霊夢の博麗弾幕結界、地には紫の四重結界。それを取り囲む妖怪たちの弾幕。
 その中心で今もプリズムリバー四姉妹の演奏が続いている。
 だがルナサの体の崩壊は止まらない。両肩から先は崩れ落ち消えてしまった。
 もう時間が無い。朝に弱い妖怪は吸血鬼だけではない。夜明けと共にこの場は維持できなくなるだろう。

「すごいね、お姉ちゃん」

 悲しい顔は見せられない。
 レイラは笑顔のままルナサに話しかけた。

「こんなに沢山の人がお姉ちゃんの応援をしてる。お姉ちゃん達に頑張ってって言ってる」

 ルナサの瞳に大勢の妖怪たちが映る。

「そんな、事……」
「お姉ちゃん達の曲をもっと聞きたいって言ってる。聞こえるでしょ?」

 レイラはヒビだらけのルナサが崩れないようにゆっくり、優しく、その頬に触れる。
 その指先の暖かさ感じながら、ルナサを静かに頷いた。





                ―― むかしむかし、外の世界にとある四人の姉妹が居ました ――





「レイラ…… ごめん、な、さい……」

 自分はまだ何も伝えていない。
 伝えなくてはいけない事が山ほどあるのに、このまま何もせず倒れる訳にはいかない。

「私…… あなた、あいして……る……」

 かすれる声はもう長い言葉を紡げない。
 ルナサはその心を複雑な想いをシンプルに、そして心を込めて絞り出した。

「ありがとう。私も、お姉ちゃんを愛してるわ」

 レイラはほころぶような笑顔で応えた。





                  ―― 真面目で落ち着いた、少しだけ頭の堅い長女 ――





「レ~イラっ、愛してくれてるのはルナサ姉さんだけなのかしら~?」

 後ろから覆いかぶさるようにメルランが抱きついた。
 重そうに身をよじらせるレイラだが、姉は絡みつくようにして離そうとしてくれない。

「もう、メルランお姉ちゃん。やめてよぉ」

 そう言いながらも微塵も嫌がっているようには見えなかった。二人はじゃれつくままに笑い合っている。

「だ~め、愛してるって言ってくれるまで離さないわ~♪」
「何度もそう言われると恥ずかしいよぉ……」





                 ―― 頭が良く物腰が柔らかで、少しだけ落ち着きのない次女 ――





「ひっぐ…… ルナサ姉さん、駄目だよぉ…… しんじゃ駄目だよぉ……」

 リリカは涙をこらえる事が出来なかった。皆で助けるんだ。泣いたら皆を不安にさせてしまう。
 そう自分に言い聞かせはするも、崩れゆく姉の身体を前に冷静ではいられない。


「ねぇ、ちんどん屋さん」


 突然近くで聞き慣れない声がした。
 いつからそこに居たのか、後ろ手を組んだ古明地こいしがリリカのすぐ傍に立っていた。

「宴会中もそうだったけど貴女達の演奏ってすっごく五月蝿いのよね」

 こいしは何を思ったのか駄目出しの言葉を投げかけた。
 リリカの表情が悲しみに歪む。

「――だけど今まで聞いたことが無いぐらい楽しい曲」

 さらっと、当たり前のように言い放つとこいしは両手を胸に当てた。


                                本能『イドの解放』


 繰り出されるハート型の弾幕。
 それは黒球の引力に引かれ、まるでリリカ達を応援するようにくるくると回転を始めた。

「また今度ゆっくり聞かせてよね。約束よ」

 それだけ言うと、こいしは手を振りながら妖怪達の群れの中に帰っていった。

「うん……! うん、うん!! ありがひょう……」

 リリカの涙は止まらない。
 湧き出す泉のようにボロボロと止めどなく流れ続ける。

「あひがひょお……ッ!!」

 けれど、そこからはもう悲しみの色は消え失せていた





                    ―― 明るく器用で、少しだけ泣き虫の三女 ――





 夜が明ける。
 カウントダウンが聞こえる。
 弾幕と演奏の渦の中、ルナサが眩い光に包まれている。

「――私、人間じゃないんだよね。レイラじゃないんだよね?」

 静かに目を閉じたレイラは、とつとつと、自分の思いの丈を打ち明けた。

「初めからおかしかった。頭がぼんやりしてて、ずっと寝ぼけてるような感じだったもの。私も馬鹿じゃない。ここまで皆の話を聞いていれば何となく分かる」
「レイラ! それでも私は……ッ!!」

 もう肩も崩れ落ちているルナサが強引にレイラに近づいた。
 その胸に、腰に大きな亀裂が入りとうとう胴体が割れる。
 地面に叩きつけられた体を起こす事も出来ないルナサは、首を曲げ何とかレイラをの瞳を捉えようとする。

「大丈夫。分かってる。お姉ちゃん達は私を愛してくれてる。だから、ルナサお姉ちゃんももう一人で悩んだりしないで」

 砕けたルナサの体が光そのものに変わる。
 それは魔力とも妖力とも霊力とも区別がつかない存在の力。言い換えるのならば魂に近いもの。

「大好きなお姉ちゃん達、私の自慢のお姉ちゃん達」

 レイラは漏れ出す命ごと抱きかかえるかのように強く、優しくルナサを抱きしめた。

「私達を受け入れてくれてありがとう。私達を愛してくれてありがとう」





                  ―― そして誰よりも優しく、少しだけ甘えん坊の四女 ――





「ルナサお姉ちゃん、メルランお姉ちゃん、リリカお姉ちゃん。あのね……」





                  ―― 彼女達の家の名は、プリズムリバーといいました ――








   ◆ ◆ ◆



「……」

 炎、水、光。
 星、ハート、御札。
 数えきれない種類と数の弾幕がプリズムリバー邸の上空を覆っている。
 それは蛍とも流星群とも形容が出来ない複雑な光のダンス。
 世にあらん限りの輝きを萃めたようなその光景をただ呆然と見ている一人の天狗が居た。

「まだまだですね。スニーキングは近づきすぎて気づかれてもいけませんが、遠すぎて成果が得られなくても意味がありませんよ」

 その後ろから現れたのは彼女のライバルである射命丸文。
 はたては今夜の出来事を嗅ぎ回る文の後ろを更に尾行していた。
 しかし文の指摘通り、距離を取りすぎたが為に状況確認が上手く出来ず、目立った成果は上げられないでいた。

「えっらそうに。直接目視出来なくたって、私はその気になれば能力で写真を撮れるわよ」
「これを見てもまだそんな事を言いますか?」

 はたては押し黙った。
 きらめく光、ざわめく妖怪の群れ、肌に感じるその場所の空気。念写では感じられない沢山のものがそこにはあった。
 自分の足で取材をするようになってから新しい発見が無い日は無かった。
 見たことのあるような事件でも実際の現場に触れる事で見つかるものがあった。
 けれど同時にはたては不安に思う。自分の念写とは何なのか。何の役にも立たない欠陥能力とでも言うだろうか。


「――吸血鬼の館に、本で知識を得る事が大好きな魔女が居るんです」

 文はシャッターを切りながら何かの話を始めた。
 その内容はあまりに唐突で、今までの会話との関連が全く感じられない。

「ですが萃香さんや天人が起こした騒動では積極的に動いて、色々な経験をしたそうですよ。そんな彼女はその後どうなったと思います?」
「……本以外から知識を得るようになったとか?」

 はたては気分が悪くなった。
 その事を自分に当てはめやはり念写は無意味だと、自分の足で稼ぐことのみが正義だと非難されている気がしたのだ。
 だが意外にも文は首を横に振った。

「あれはあれで楽しかった。でも疲れた。やっぱり本が一番。と言って、また図書館に篭もり切りの日々を送っているようです」
「……は?」

 何だその話は。オチも何もない、何を言いたいのかがさっぱり分からない。
 狐につままれたような顔のはたてをそっちのけで文は写真を撮り続けている。

「コレが駄目とか、アレが良いとかじゃなく、色々やってみたらいいじゃないですか。拘りたければそれでいいし、毎回違う事をしたければそれでもいい。幻想郷は全てを受け入れます。念写じゃなければ書けない記事もあるかもしれませんよ」

 そう言うと文は初めてはたての方に振り向いた。
 そのしたり顔には少々、いやかなり腹が立ったが不思議と怒る気にはなれなかった。

「そんな当たり前の事、文に言われなくても分かってるわよ」
「おやおやそうですか」


 陽光が山の縁を照らしている。あと数分もしない内に太陽が顔を出すだろう。

「文」
「何です?」

 はたてはゆっくりと細長いカメラを構え、ファインダー代わりの画面を覗き込む。

「弾幕って―― 綺麗ね」
「そんな当たり前の事、あなたに言われなくても分かってますよ」

 そこに映っていたのは、幸せそうなレイラの笑顔だった。



   ◆ ◆ ◆



「――捉えたッ!!」

 紫の手がとうとうルナサの生と死の境界を捕まえた。
 もう殆ど死に傾き、消えようとする境界線を何とか掴み取る、せき止める。
 あとは時間との勝負。
 紫が一気に境界線を引き上げようとしたまさにその時、目の眩むような朝日がプリズムリバー邸を包みこみ――










                          大合葬『霊車コンチェルトグロッソ皆』
                                 -Spell break-










 ルナサの体は光となって砕け散り、










 その場所には魔女帽だけが転がっていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― extra 合葬

 博麗神社の朝は早い。
 大の面倒くさがり屋の霊夢だが、それなりに早い時間から境内の掃除を始める。
 それは神職故の責務からという訳ではなく、単純に自堕落な生活を他人に指摘されるのが嫌というのが理由だった。

「ふわぁ~……」

 大きなあくびをしながら昇る朝日に手をかざす。
 その光を通して霊夢は二日前の出来事を思い出しかけたが――それは楽しい記憶ではない。
 頭を振って忘れ掃除の続きを始める。幻想郷の一日はまだ始まったばかりだ。


「魔理沙はまだ治らないのかしら。あんな奴でも、居なくなるとどうも落ち着かないのよね」



   ◆ ◆ ◆



 永遠亭は朝から大忙しだった。
 普段から薬の処方などはやっていたものの長期入院の為の設備は整っていない。
 そんな中、急遽入院が必要な程の患者が二人も担ぎ込まれたのだから大変だ。

「おいコレ本当に治療の一環なのか?」

 まるでミイラのように全身を包帯でぐるぐる巻きにされベッドに横たわるた魔理沙。
 何故か手足が動かせないように体と一体化して巻かれている。
 ちなみににとりは隣のベッド。早苗から受けた心の傷が原因でまだ目を覚ましていない。

「あんたは絶対安静なんて言っても素直に聞くとは思えないから、いっそ縛り上げておけってお師匠様に言われたのよ」

 朝食を運んできた鈴仙がきっぱりと言い捨てる。
 周りに数人の妖怪兎が取り巻いているが、彼女達は別段何かをする訳ではないらしい。

「でもコレ……その、トイレとか……」

 もじもじと言いよどむ魔理沙。
 すると鈴仙の裏から、ガラスの容器を持った妖怪兎がぴょこっと飛び出した。

「じゃあ尿瓶が必要だよね。大丈夫、私がお世話してあげるからぁ」
「……てゐ、あんた何か企んでない?」

 鈴仙に睨みつけられたてゐは露骨に『ちぇっ』という顔をして、いや実際に舌打ちをして部屋を出て行った。

「お供はつけるけどトイレぐらいは行かせてあげるわよ」
「た、頼むぜ。すぐ呼べるように近くに誰か置いておいてくれよ?」


 その時、館が揺れた。
 廊下の向こうから聞こえるのはギャアギャアと喚き散らす喧嘩の声。
 それはもしかしなくても輝夜と妹紅のものだった。

「お前んち、いつもこうなのか?」
「そうよ。だから、これ以上負担をかけるのが忍びないと思う程度の優しさがもしあんたにあれば、さっさと良くなって退院して頂戴!」



   ◆ ◆ ◆



 命蓮寺。
 寺の住人が揃って食事をとっているその時、聖白蓮はハッと迷いの竹林の方角を見上げた。

「――! あれだけ相互理解を説いたというのに……」
「何を受信したんだい?」

 白蓮は箸を置くと外行きの衣装に着替え、身支度を始める。
 その意図に気がついた星達は何とか宥め、とりあえずまずは朝食を済ませるように説得した。

「聖、貴女が喧嘩の仲裁とかをすると……その、あまり良い未来が浮かばないといいますか」
「あら失礼な」

 うっかり口を滑らせた事に気がついた星。
 慌てて言い訳の言葉を探して場を濁そうとする。

「いやその、別に聖の仕事という訳では無いんですし、こういう事はもっと適任の方に任せた方が良いのでは、といいますか何といいますか」
「もっと適任の方とは?」

 星はあわあわと慌てながらもある逃げ道を思いついた。

「えぇとですね。ほら、たとえば神様とか」



   ◆ ◆ ◆



 妖怪の山の頂きにある守矢神社。
 東風谷早苗は未だに酔いが抜けきらず苦しんでいた。

「かにゃござまぁ~、あだまがいだいでずぅ……」

 布団に氷嚢、まるで重い風邪のような姿で寝かされている早苗。自分の神社の風祝を見ながら神奈子は呆れ顔で居た。

「全く情けない、三日酔いなんて聞いたことないよ。やっぱり永遠亭で診てもらった方がいいんじゃないのかい?」
「あー駄目駄目。何だか入院患者の精神衛生上来ないでくれって言われちゃったんだ」

 枕元から諏訪子がひょこりと顔を覗き込んだ。早苗は恥ずかしいさから隠れるように布団を鼻まで引っ張り上げる。

「何だいそれ」
「さぁ? 兎にも角にも自宅療養しかないね。全く何杯飲んだらこうなるのやら……」

 日本酒をグラスで1杯半。
 自分にしては頑張った方なのだが、ソレを言えば確実に笑われるので早苗は布団をかぶり直して聞こえないフリをした。

「早苗ー? どれぐらい飲んだの~?」

 今度は明確な問いかけだったが黙秘。寝たフリをする。
 その態度にイタズラ心を刺激された諏訪子は、布団の中に手を突っ込んみ早苗のほっぺたを探り当てた。

「ふみゃ!?」
「さ~な~え~? どれぐらい飲んだのかなぁ~?」

 ムニムニとほっぺたを弄り回されたまらず声をあげる早苗。
 すると何故か、だんだんと諏訪子の表情が思案顔に変わっていった。

「……むむ、う~ん?」
「やーめーへー!」

 ため息を吐く神奈子も気にせずひたすらムニムニムニムニ。
 そして諏訪子は一人頷き、ある事を確信した。

「僅差で、あっちの方が柔らかかったかもしれない」



   ◆ ◆ ◆



「やめて下さい妹様ぁああああああああああああああああああ!!!!」
「あはははっ! まーてー!! たーべちゃーうぞーーっ!!」

 紅魔館はいつも通り平和だった。
 咲夜が空間を操作した広い廊下の中で、フランと美鈴が楽しく追いかけっこをしている。
 その様子を遠目に見ながらレミリアは優雅に食後のティータイムを楽しんでいた。

「いつになく元気ねぇ」
「先日の一件でどこか自信をつけられたのかもしれませんね。破壊の力も、使いようによっては人の役に立てると実感出来たのですから」

 しかし、今やっている事は完全完璧な迷惑行為に他ならない。
 泣き叫ぶ美鈴を狙った七色の弾が壁を破壊する。紅蓮の炎刃が天井を焦がす。

「うっ、先日の一件ねぇ……」
「どうなさいました?」

 レミリア何故か苦々しげな顔をした。
 それもその筈。あの宴会の夜に妖怪達が結集した時、レミリアはプリズムリバー邸で迷子になり結局夜明けに間に合わなかったのだ。

「あぁ――『この幻想郷の夜の王が、今宵の祭りの最後を彩ってやるとするか』でしたっけ」
「うわぁああああああああん掘りかえすなぁあああああああああああああああ!!!」


                             神槍『スピア・ザ・グングニル』


 投げられる深紅の魔槍。しかし咲夜は時を止めて華麗に回避した。
 フランが破壊した壁を抜け外へと飛び出したグングニルは、風を切り雲を貫き、どこまでもどこまでも昇っていった。



   ◆ ◆ ◆



 グングニルがかすめたのは幻想郷の遥か上空、冥界にある白玉楼。
 日はもうかなり高くなってきたというのに、いまだに朝食の時間が続いていた。

「妖夢っ! おかわりっ♪」
「これでもう本当に最後ですからね……」

 目にもとまらぬ箸裁きで食卓の上の焼き魚が、茄子の炒め物が、かぼちゃの煮物が、豆腐の味噌汁が消えてゆく。
 妖夢はその光景を横目にしゃもじを握っておひつの前に出た。

「あれ?」

 おひつの中は空っぽだった。
 あと1杯分はあった筈だと不思議がる妖夢の目の前で、空飛ぶお茶碗がフワフワと漂っている。
 見ればそれは誰かの手で握られており、その手は宙に開いた赤いスキマから伸びている。

「……紫様、せめて座って頂けませんか」
「相変わらず堅物ねぇ~」

 ぱかりと空間に裂け目ができ、その中からネグリジェ姿の紫が現れた。
 その刺激的が姿に妖夢は顔を赤らめて視線を逸らす。

「ちょっと紫、人の家のご飯を盗み食いするなんて行儀が悪すぎない?」
「食べながら喋らない。箸で人をささない。人のふり見て何とやらよ、西行寺家のお嬢様」

 紫が幽々子の隣に座って残り少ないおかずをつつき始めた。負けじと幽々子も箸の速度を早める。
 10人分はあろうかという料理の皿の山はみるみる空になっていく。

「トンネルを抜けるとそこは冥界だった。腹の底がぐうと鳴った」
「あらやだ変なのが紛れ込んできたわ」

 開けっ放しのスキマから萃香が出てきた。
 そして当たり前のように紫の隣に座り込むと、持参した酒と飲みながら勝手に料理をつまみだす。

「あんた地底の鬼と待ち合わせしてるとか言ってなかった?」
「いやなに現地集合って形になってね。それより、例の海水魚はどうなったのさ」

 皆あれこれと話をしながらも箸は止まらない。そして料理がとうとう底を突いた。

「妖夢~、おかわりと料理の追加お願いね♪」

 ずいっとお茶碗が差し出された。

「私もお願いできるかしら」

 2つ目のお茶碗。

「あ、私も~」

 お茶碗は無かったが要求は同じ。妖夢はため息をついて台所へと消えていった。

「……お蕎麦でも茹でますかね」



   ◆ ◆ ◆


 山の下の奥深く。かつては忌み嫌われ隔離された妖怪たちが住む地底。
 そのまた奥に佇む一件の館、地霊殿。

「何で女って奴ぁ出かける準備にこんな時間がかかるのかねぇ」

 門の前で右往左往、イライラしながら歩いているのは自分も女である勇儀。
 その往復数が4桁に届こうという所でようやく館の扉が開いた。

「怒ってます……ね。ごめんなさい」
「あぁ怒ってるね。地上までは距離があるんだから、悠長にしていると時間に遅れちまうよ」

 住人を連れて出てきたさとりに対し勇儀は露骨に怒りを向ける。
 しかし謝罪の言葉を受けるとすぐにその怒りが小さくなった事が感じられた。

「それじゃあ行こうか。途中でパルスィとヤマメも拾っていかないと」

 一行はどやどやと騒ぎながら移動を開始した。

 人知れず立ち止まったこいしは、地底の空―― 暗い岩の天井を見上げた。

「閻魔様は今日来るのかな……」



   ◆ ◆ ◆



 三途の川の先にある彼岸の地。
 一面の花畑がどこまでも続く浮世離れした世界で、一人の少女が寝そべり空を眺めていた。
 昼も夜も無いその場所は不思議な明かりに包まれている。
 それはまさに、人々が思い浮かべるあの世の光景そのものなのかもしれない。

「し~きさまっ♪」

 別の少女の顔が空を遮った。

「小町、もう体は良いのですか?」
「バッチリです。人間や河童よりかはずっと頑丈ですからね」

 映姫が体を起こすと、その隣に小町が座った。

「まだ業務時間内じゃないんですか? まさか四季様と一緒にのんびりサボる日が来るなんて思いませんでしたよ」

 嫌味のような言い回しだがそれは小町の気遣いだった。
 あえて文句や説教を言わせ、目に見えて落ち込んでいる映姫に元気を出させようとしているのだ。

「謹慎処分を言い渡されました」
「あぁ成程。それなら合点がいきま謹慎ッ!!?」

 予想外の言葉。
 不服も動揺も感じられない所から見ると、映姫本人は予想の範囲内の事だったのかもしれない。

「それなりに大きな騒ぎを起こしてしまいましたからね。結局、最後はあんな形になってしまいましたし」
「でもっ、ワザとじゃないじゃないですか!!」

 子供のような反論をする小町。
 普段なら叱りつけている所だが、それが自分を思ってくれての言葉となると別だ。
 映姫は自分よりも背丈の高い小町の髪を優しく撫でてやった。

「ありがとう小町。それに大丈夫、謹慎と言ってもたった2週間です。閻魔は人手不足ですからこのまま首を切られる事も無さそうですよ」
「あ、う、そうですか……」

 安堵の声を漏らすが、『良かった』と言うのも違うだろう。
 小町は言い淀んだまましゅんと黙りこんでしまった。


 沈黙が訪れる。
 寒くも暑くもなく、ほのかな暖かさが心地良い。

「昨日、プリズムリバー邸に行ってきました」

 花を弄んでいた小町の手がピクリと反応した。だが、何を言う訳でも無く映姫の言葉の続きを待っている。

「謝罪に行ったつもりだったのですが…… 逆に、お礼を言われてしまいました」
「お礼、ですか」

 映姫は頷いた。小町は、そんな辛そうな笑顔を見たのは初めてだった。

「レイラに会わせてくれて、ルナサの心を救ってくれてありがとう……と」
「……」

 自分達にそんな事を言われる謂れは無い。
 彼女達の中に土足で入り込んだ挙句、その大切な姉妹を救えずに終わってしまったのだ。
 ワザとではなかった。そんなつもりではなかった。戒めようとしただけった。救おうとしただけだった。
 そんな言葉を幾つ並べた所で、招いてしまった結末が変わる筈もない。
 映姫もそれを分かっていたからこそ、何の言い訳もせずに処分を受け入れていた。

「あぁもう! しんみりしてても仕方がありませんね。仕事も出来ない事ですし、また幻想郷に行きましょうか」

 腰を上げ、映姫は服についた葉っぱを払っている。

「これからですか? いやそれよりも『行きましょう』って、あたいもですか?」

 映姫が手を差し伸べる。小町がその手を取り立ち上がる。

「ライブチケットを二人分頂いたんです。行かないとか言ったらもう一度蹴り飛ばすとの、怖い怖い宣言付きで」

 二人はゆっくりと道なき彼岸の道を遡り、現世の方角へと歩いていった。



   ◆ ◆ ◆



 日が高い。
 中世の城を思わせる石造りの洋館。
 数日前の宴が嘘のように静まり返ったプリズムリバー邸を、はたてが訪れていた。

「この写真は使う予定が無くて、えぇと、だからほら捨てるのは勿体無いというかその……」

 対応したメルランが渡されたのはあの夜に撮られた数枚の写真。
 あーだこーだと言葉を並べるはたてはつまり、撮った写真を記事にも使わずわざわざ届けに来てくれたのだ。
 半分は優しさだったが理由はもう一つある。
 どこで記事を書きどう刷ったのか、既にあの夜が明けた朝には文々。新聞の号外がばら撒かれていたのだ。
 その神速の新聞に呆れと、そして認めたくはないが僅かな尊敬を覚え内容の被った記事を書く事を見送ったのだ。

「ちょっとピンボケしてるわねぇ」
「なッ!?」

 痛いところを突かれる。
 顔を真っ赤にして肩を震わせるはたてを見たメルランは、謝るよりも先に笑い出してしまった。

「あははっ♪ 冗談よ、ごめんなさい」

 からかわれてご立腹のはたてだが、その太陽な笑顔を見るとどうも怒りづらい。

「ありがとうね。本当に、ありがとう」
「――と、とにかく! これからは花果子念報をよろしくねーーーーっ!」

 はたては逃げるように飛び去った。
 その姿が見えなくなるまで見送ったメルランは、静かにと頭を下げた後で手にした写真を抱きしめて館の中に戻った。

 虫の声が響く長い長い廊下。今日はとても天気が良く窓から入った日差しが屋敷の中に居ても尚眩しかった。
 メルランははたてから貰った写真を1枚1枚噛みしめるように目を通す。
 沢山の妖怪達が撃つ弾幕の写真。
 夜明けの空をバックに巨大な結界を張る霊夢と紫の写真。
 喧嘩の光景や寝ている妖怪など、全く関係ないような写真も混じっている。

 そこに、遠くから少女の歌声が聞こえてきた。
 よく澄んだハミングは耳に心地良く、いつしかメルランもつられて鼻歌を歌いだす。

「~♪」

 広い洋館に響く二人の少女の声。
 コツコツと響く足音がリズムを刻み、少しずつ気分が高まってくる。
 これから行う予定のリハーサルには気持よく入れそうだ。
 階段を上ってすぐ、末の妹の部屋に辿り着いたメルランはおもむろにドアのノブを回した。

「入るわよ~」



 陽光に照らされたカーテンがゆっくりと踊っている。
 まるで祝福をするかのように、部屋中が輝きに満ち溢れている。
 その光を浴びて歌い続ける少女が一人。目の眩むような金の髪、以前より少しだけ晴れやかになった表情。
 歌声は高く艶やかで、石の館の中で不思議な響き方をしている。

「今日は歌も歌うのかしら、姉さん」

 かけられた声に歌声が止まる。
 振り向いた少女の目には涙の跡があったが、もう大丈夫と言わんばかりのほほえみをたたえていた。

「えぇ、最初の一曲だけ。あの子と一緒に」





 二日前の夜、あの時。





              『ルナサお姉ちゃん、メルランお姉ちゃん、リリカお姉ちゃん。あのね……』


           『私ももう限界なの。力がからっぽで、多分ルナサお姉ちゃんと一緒に消えちゃうと思う』





 映姫はルナサに罪と向かい合わせる為に、騒霊のレイラを作る事を考えた。
 三姉妹のレイラへの想いが強くなる命日に宴会を開き、幻想郷中の妖怪を集める事で場の妖気を極限まで高めた。
 昂ぶる想いと妖気、後は騒霊を作ったマジックアイテムを動かせば騒霊レイラが生まれる。
 筈だった。

 だがマジックアイテムはまともに動いてはくれなかった。
 無理もない。もう何百年も前の手入れもされていない、元々不完全だったアイテムなのだ。
 エンジニアとしてにとりを雇ってはいたが、いくら彼女でも朽ち果てた部品を戻す事は出来ない。
 失われた機構を再現する事は出来ない。

 たった一晩だけでも騒霊レイラが存在できた事は、それそのものが奇跡だった。





            『ルナサお姉ちゃんは心はもう大丈夫、だけど器がボロボロで今にも崩れてしまいそう』


            『私はもう心が消えそう。でもお姉ちゃん達の想いのおかげで、器はまだ大丈夫みたい』





 ルナサと同じように、レイラの体からも光が漏れ出していた。
 命が尽きようとしている。それが怖くない筈がない。
 なのにレイラは笑ったままルナサを抱きしめたのだ。





                     『もう分かるよね。ルナサお姉ちゃん、一緒になろう』


                            『ううん、一緒にいさせて』





 夜明けと共に結界が、弾幕が、スペルカードが消滅した。
 砕け散ったルナサの欠片はレイラの体に吸い寄せられ、再びルナサの形を成して蘇った。
 切り替わった視界。風に飛ばされる魔女帽。それが否応なしにレイラの消失を実感させる。

「……わぁ! すごい!」

 傘の妖怪が空を見上げて声をあげた。つられて見上げた他の妖怪達も口々に驚きの声を漏らしてゆく。
 いつの間にか雨はあがり空に大きな川が架かっている。
 それは朝の日差しが作った巨大な虹、まるでレイラからの贈り物のようにも見えていた。



   ◆ ◆ ◆



「これでいいかな」

 プリズムリバー邸の中庭の端。
 ルナサ達はレイラの墓の上に小さなロケットペンダントをかけた。
 人間の四姉妹に寄り添うように裏蓋に貼られたのは、はたてが撮った騒霊のレイラの写真。
 五人とも同じように健やかな笑顔で、まるで元々一枚の写真だったかのようにすら見えた。
 墓の前で二人はしばし祈りを捧げた。

「リリカは?」
「魔理沙に帽子を返してくるって。あの怪我じゃあ今日のライブには来られないでしょうし」

 リハーサルには遅刻して来るかもしれないが今日ぐらいは多目に見てやろう。
 どうせあの子の事だ、本番には間に合う、演奏をとちる事もしないだろう。

「ねぇメルラン、今日の1曲目なんだけど皆で――」

 でも少しだけイタズラをしてやろうと思った。
 きっとリリカは困るだろう。だけどレイラが居ればきっと喜んでくれるようなそんな素敵なイタズラ。

「あはっ、それ面白いわ姉さん」

 笑いながら館を出ようとした二人は同時に足を止め、館に手を振って挨拶をする。

「行ってきます」
「行ってくるわね」

 二人の言葉に、木漏れ日が応えた気がした。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― Phantasm 合唱

 偽物は、本物とは違う。
 誰が見ても区別がつかない程に似ていようと、『本物を模して造られた』という歴史がある以上それはどう足掻いても本物には成り得ない。

 でも、だからといって全てにおいて劣るかと言えば、世の中はそこまで単純ではない。


「あーあー、てすてす。皆さん聞こえますか~?」

 霧の湖には水面が見えないほどの人だかりだった。
 妖怪、妖精、人間、果ては神々まで。
 それは先の宴会の夜よりも更に多く、あたかも幻想郷中の全てがそこに集まっているように見える。

 萃香と勇儀が大きな魚をかじりながら酒を酌み交わしている。
 大はしゃぎで騒ぐフランをレミリアがたしなめている。
 白蓮に頭を掴まれた輝夜と妹紅がバタバタと暴れている。
 包帯まみれの魔理沙がまだ顔色の悪いにとりを背負い、兎の群れに追われている。
 神奈子に背負われた早苗の頭に諏訪子が乗り、ふらついて魔理沙とぶつかりそうになる。
 こいしがさとりの手を握っている。
 焼きヤツメウナギを立ち食いする幽々子が妖夢に怒られている。
 上空から文が写真を撮り、はたてがコソコソとその後を追っている。
 少し離れた場所から霊夢と紫が会場を眺めている。
 最前列に座っている小町と映姫の姿が見える。
 みんなが今か今かとライブの開始を待ち望んでいる。

「本日は私だけの為に集まってくれてありがとー!」
 リリカのマイクパフォーマンスに客席から笑いと突っ込みが入った。
 『空気読めー!』と一際大きな野次が上がるとリリカはその方向を一瞥し、イタズラっぽい笑顔でマイクを握り直した。

「永遠亭の皆さーん! 抜けだした魔理沙はソコに隠れてるんで、ライブが終わったら連れ戻してくださいねー!」

 大爆笑にまみれて『裏切り者ー!』という声が響いた。

「えぇと、今日は今は亡き末の妹が私達の為に作ってくれた曲を……」
「ルナ姉! 演奏前に辛気臭い話しないの!!」

 客席からまた笑いがこぼれる。会場の雰囲気が適度に暖まった。





                 ―― この心はレイラがくれた。遠い日を共に過ごしたレイラが ――


              ―― この体はレイラがくれた。一夜限りでも確かに思いを通じ合えたレイラが ――


                      ―― 一緒に居る。それを強く実感できる ――





「それではそろそろ演奏に入ろうと思います」
 前奏が始まる。
 お互いの想いを確かめるような旋律が、何度も何度も繰り返される。





                        ―― 奏で続けたい。伝え続けたい ――


                  ―― 貴女達が居た事を。貴女達のおかげで私達が居る事を ――





「今日は私達3人、演奏と一緒に歌も歌うわよ~♪」
「ええッ!? 私そんなの聞いてないよ!!?」





                     ―― 奏で続けよう。笑い続けよう ――


                ―― 私達の為に。耳を傾けてくれる全ての人の為に ――






「それでは一曲目、タイトルはもちろん……」





               ―― いつまでもいつまでも、この身が朽ちるその日まで ――


                  ―― この美しき幻想の庭が終わるその日まで ――





                   ―― もしもその日が来なければ、永遠に ――










「幽霊楽団 Phantom Ensemble!!」










                                                  おしまい
 はじめましてこんにちは、ブルーというしがないSS書きです。
 長文乱文の中ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
 ゴチャゴチャしていて分かりづらかったかと思いますが、楽しんで頂けたなら幸いです。

 実は自分、完全にはじめましてという訳ではなく、5年ぐらい前に3本ほど創想話にSSを投稿させて頂いた事があります。その頃は別のPNでした。
 その後多忙な時期もあり東方界隈とは少し疎遠になっていたのですが、最近多少落ち着き、また界隈にも触れ始め、久しぶりにこの創想話を開いてみました。
 するとその5年前に書いたSSに、今年の5月の日付で100点の評価が。しかも「大好きな作品です」とコメントつきで入ってるのを見つけました。
 正直、少し泣きました。
 今年の5月ごろ、某美鈴が紫に立ち向かうSSに評価をくださった方、ありがとうございます……!

 そして思い出したのが、構想だけ浮かべて投げてしまっていたSS案。この話でした。
 初めにぼんやりとイメージしていた時は確か花映塚も出る前。映姫を初め文、にとりといった絡めやすいキャラの存在がありませんでした。
 色々案を練れど上手くイメージを固められず、頓挫してしまった事を覚えています。
 思えば自分の力不足もあったのだと思います。
 根底のネタ以外はほぼゼロから組み直した形になりますが、昔考えていた話を何とか形にする事が出来て自分としても一段落出来た気がします。

 またこれからもSSを書いて行こうと思っていますが、遅筆なので次はいつになるやら。
 今回もやるぞと奮起した後に集中して取り組んだ上で半月ほどかかってしまいました。
 流石に次また5年かかる事はないと思いますがw

 それではまたどこかでお会いできる事を祈っております。
 ここまで読んで頂き、改めて、ありがとうございました。


※『妙蓮寺→命蓮寺』修正しました。ご指摘ありがとうございます。
以前、守矢神社を『八坂神社』と書いてしまった事も……と思ったら今回も一箇所やってたよ! こちらも合わせて修正。
地名もしっかり確認せにゃ……orz
ブルー
http://twitter.com/lorry_blue
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コメント



0.1210簡易評価
5.80名前が無い程度の能力削除
素敵な物語をありがとうございます。
オールキャストのクライマックス、なんとも読後に心地よさが残りますね。

書きたいもの・書く技術、どちらも高いものをお持ちと感じました。
ひさびさの投稿ということもあってか、少しだけそれが前のめりになっていたのではと思います。
言わせようやらせよう、という意思がちょっとだけ前に出ていたといいますか……。
けれど幻想郷の彼女らを優しく解釈する眼差しには、とても感じ入りました。
次回作にも、期待しております。
7.100名前が無い程度の能力削除
命蓮寺ぃぃぃぃぃぃぃぃ
9.100ヒロスケ削除
すごく面白かったです。
ルナサが消えた時はショックでしたが、消滅しないでホントよかった。
また、最後の言葉がぐっときました。
14.100名前が無い程度の能力削除
お見事
16.100名前が無い程度の能力削除
150kbもの大作お疲れ様です。
ただ、戦闘シーンが長く、その割には話の流れが急ぎ足だったように感じられました。
もう少し彼女たちの過去やルナサの苦悩を覗いてみたかったです。
しかし、それを補って余りあるほどの愛が感じられました。
素晴らしいプリズムリバー四姉妹のお話をありがとうございます。
20.100名前が無い程度の能力削除
こんなすばらしいSSを読ませていただき本当にありがとうございます。やっぱりプリズムリバー四姉妹の物語は泣いてしまいますね、最高の題材の最高の調理、感服しました。
誤字報告:誤『妙蓮寺』正『命蓮寺』
21.100名前が無い程度の能力削除
とても素晴らしかったです。150kbもあったようですが全く苦にならず、一気に引き込まれました。
自分はプリズムリバーが大好きなので、こんな素晴らしいプリバssが見れてとても幸せな気分です。
こちらも作者の端くれとして、ぜひ見習って行きたい最高の作品でした!
最後に、四姉妹の美しい永遠の絆に乾杯!!!
24.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい