午前五時
いつもより一時間以上早起きしたパルスィは手早く着替えて朝食も取らずに家からかけだした。
決して足は普段から早いほうではないのだが、月に一度のこの日だけは体が羽のように軽くなる。
今日は、"彼に会える日"だった
それは私がずっと、ずっとずっとずっと思い続けた彼の元へ向かう事が出来る日だった。
そう、彼を想う気持ちが私の足に隠された力を与えるのだ。
私は足をさらに加速させ、まっすぐと旧地獄街道に向かう。
(號……!)
ああ、彼と出会ったあの日のことが走馬灯のように思い出される。
未亡人、橋姫。絶望の淵にいた私。
堕ちた私は妬むことしか知らなった。その私を、橋姫となった私を初めて笑わせてくれたのが彼だった。
私は心の中でその彼の名前を叫ぶ。
(號……!!)
叫べば叫ぶほど私の足は勢いを増していく。
今の私はメロスよりも速い。
某アメフトチームの21番よりも速い。
サラマンダーより、ずっとはやーい!
ああ、きっと明日は筋肉痛だろう。
しかしそれがどうした。彼を得るためなら2,3日筋肉使用権程度、くれてやる。
私はこの日に、月に一度のこの日に人生を賭けているのだ。
彼に会えれば、私はこの1ヶ月もまた笑って生きていけるのだ。
そのためにも、
(壱ッ…………!!)
私は止まらない。止まるわけにはいかないのだ。
『
本日の號號壱饅頭は完売致しました
和菓子屋 號號壱の鳳来
』
「ちくしょおおおおおおおおおおおおっ!!」
パルスィは激怒した。己のふがいなさに。
しかしいくら憤慨しても彼は帰ってこない。彼は完売である。
私は恨めしく、妬ましく、『列ここまで』と書かれた看板を持つ鬼をにらむ。
がたいのいい男の鬼は小さく「ひっ」と鳴くとあわてて目を逸らした。
どうだ見たか、目力なら誰にも負けんぞ私は。
勝っても彼は手に入らないが。
「…………」
どうやら今月いっぱいの厄日が保障されたようだ。どこぞの厄神が気を失うほどの強大な厄が私を襲うのだ。
私は『列ここまで』と書かれた看板より内側にいる奴らにも精一杯妬ましい視線を浴びせると、肩を落として帰宅することにした。
パルスィには明るいときと暗いときがある。
すなわち、號號壱がある時と無い時だ。
無いときなんて悲惨なもんで、見るもの全てが妬ましく思える嫉妬狂いのスーパー橋姫人となるのだ。
世界中の人間から嫉妬を集めて放つ嫉妬玉は幻想郷を十回位滅ぼすと言われている。お前の嫉妬で幻想郷がヤバイ。
自分のその力さえ妬むのがパルスィのすごい所。
何がすごいのか分からないのは言わない約束。
「はぁ……」
もう何度ついたかも分からないため息。きっとしばらくこの調子だ。
と、パルスィの体が揺れた。
肩が衝撃で弾かれる。誰かとぶつかったのだ。
「ったくぼさっと歩いてんじゃないわよ、前見なさい前」
その物言いにピキリと来てしまった私は、振り返ってその後頭部に八つ当たりでもしてやろうかと思い大きく拳を振りかぶった。
嫉妬玉の10000分の1くらいの嫉妬を乗せて拳を振るう。
が、
「あ……?」
かわされた。
しかも彼女は踏み込んだ私の足を引っ掛け、片手で私をそのまま地面に叩きつけた。
なんて奴だ。案外その手の手慣れに喧嘩を売ってしまったのだろうか。
ああ、早速この様だ。本当に妬ましい……
…………。
見上げてみて、その旧都では見ない、しかし見覚えのある奇抜な格好に気づく。
いや、この脇出しにしてスカートという巫女服の定義を根本から覆す謎衣装を着た変人と言えば……。
「なんで博麗の巫女がこんな所にいる訳!?」
「居たら悪いか」
どっちかって言うと悪い。見ろ、鬼がチラチラ様子をうかがってるぞ。
ヤクザの根城にしている町にその町ごとぶっ壊せるチート実力の警察がうろついてるようなもんだ。誰だってビクビクする。
まぁ私にはやましいことは何もない善良な橋姫なのでビクビクすることなど何もない────
「で、そこの前科一犯、いきなり殴りかかってくるとはどういう了見かしら」
「…………むしゃくしゃしてやった」
まぁそれはそれとして。
「旧都に何の用よ」
私は体を起こしながら尋ねる。
霊夢は饅頭を片手に(饅頭食いながら投げたとかどんなチートだよ)言った。
「地霊殿に用事があってねー。さっき終わったから帰るんだけど報酬も結構貰ったわけだし、朝ごはんがてら旧都でおいしいものでも探そうかと思ったのよ。あむ」
なるほど、それで饅頭を……。
私は霊夢の持っている饅頭に目をやる。
『號』
……?
どこかで見た紋の入った饅頭だ。
いや、え…………?
「あ────────────────────!?」
「何よ五月蠅いわね!」
「號號壱の限定饅頭!」
「限定?そうだったのこれ」
「マイダーリン!」
「殺すの?」
「食べるの!」
「あげないわよ」
「ダァァァリィィィィィィィィン!!!」
霊夢の持つ饅頭に手を伸ばすが、また投げられた。
投げ巫女め、ロシアの代表にでもなればいい。
そろそろ視線が痛いので落ち着く。
「その饅頭の事を良くも知らない癖に……」
「旧都めぐりなんて初めてだもの。まぁなんか一杯並んでたからね、おいしいのかなと思って並んでみたのよ。それにしてもおいしいわーこれ。鬼も捨てたもんじゃないわね」
捨てんな。
「当り前よ!號號壱の限定饅頭は麦から小豆、その他の原料ほぼすべてをその饅頭のためだけに自家栽培し作られた極上饅頭!!数百年の年月を積み重ねて研究し続けてきた饅頭のための饅頭の材料の栽培がもたらす天下一品の饅頭なのよ!幻想郷はおろか外の世界にもこれを超える饅頭はないわ!!」
「ふぅん、そりゃおいしい訳だわ」
「先祖代々真の意味で饅頭に人生を捧げてきた最強の饅頭なのよ!故に手に入れるのにも人生を捧げる気持ちで臨まなければならないというのに……あんたって人はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おおげさね……限定って言っても今日限定というわけでもないんでしょう?」
「……月一よ!」
「んじゃ来月買いなさい」
「じゃあそれまでの私の欲求不満は誰が満たしてくれるの!?」
「知るか馬鹿」
こうしてまともに話すのは初めてだが、噂に違わぬ冷たい巫女だ。いや自分にあつかましいところがあるのは分かってるけどさ。
霊夢は饅頭を食べながら近くのベンチに腰を掛けた。
「あー、おいしわぁこれ」
「…………」
うまそうに食いやがって妬ましい。
まずそうに食ってたらぶん殴ってたけど。
「生地の食感、餡子の甘味、完璧だわ。こんなにおいしいもの食べたの久しぶりね」
「……」
なんでわざわざ聞こえるように言うの?嫌がらせ?殴っていい?
「………………………………」
「…………そんな恨めしそうに見られてもあげないっての」
「別に―。博麗の巫女にそんな寛大な心期待してないし―」
「ま、そうよね」
否定しなかったのは自覚があるからか、饅頭が美味すぎて適当に相づちうってるだけなのか。きっと後者だ、うん。
と、霊夢は最後の一つの壱の紋の入った饅頭(大きい饅頭が3つ入りで、それぞれ號、號、壱と焼き印がつけられている)を眺めて言った。
「こんなに美味しかったらあんたが欲しがるのも頷けるわね」
「…………」
なんか腹立ってきたぞコイツ
まぁやりあって勝てる相手でもないのでさっさと帰るとしよう。いつまでもこいつの傍にいる理由が無い
そう思って私は霊夢に背中を向けると
「ねぇ、えーと……」
いきなり尋ねて疑問符とは訳が分からないなんて思ったが、霊夢が私を指差していたので、名前忘れたという結論にいたる。
「パルスィ。水橋パルスィ。ちょっと前に一回名乗ったでしょ」
「ごめんごめん、なんか横文字って苦手なのよね。えっと、ぱるしー?」
「パルスィよ」
「ぱるしー」
「パ・ル・ス・ィ」
「ぱる……しー」
「……もういいわぱるしーで。で、なんなの」
壱の紋の饅頭には手をつけず、霊夢が言う。
「これのおかげで旧都に興味が湧いたわ。あんたこの町詳しいでしょ?案内してよ」
「……はぁ?なんで私が」
「これあげるから」
「うぐっ」
霊夢が差し出したのは號號壱饅頭だった。
ダーリンを人質に犯人の言うことを聞けというのか。とんだ巫女だ。
……まぁ心がゆれている自分がいるわけだが。
「だ、第一、なんで私が旧都に詳しいことになってるのよ。私は旧都の入り口の橋に住んでるのに」
「好きなんでしょ、和菓子」
「むぐぐ……」
「一日一個以上何かの和菓子食べないと一日を終えた気がしない。常に何かの和菓子を家に常備していないと落ち着かない。和菓子と緑茶があれば一生生きていけると思ってる。そういうタイプなんでしょ」
なんなんだこの巫女。巫女というのは妖怪の心が読めるのか。
そう、図星なのだ。私は所謂和菓子フリークス、和菓子と緑茶が好きで好きでたまらないのだ。
「なんで……」
「勘でわかるのよ。私もそうだし。いいわよね、和菓子」
まじか。あの博麗の巫女が和菓子には目が無いどうしようもない人種というのか。
まぁ待て、フェイクの可能性だってある。
しかし本当なら……和菓子を食べる喜びを分かち合うのは悪い気はしない。
確かめる方法…………。
「…………つぶあん派?こしあん派?」
「つぶあん派」
それを聞くや否や私は霊夢から饅頭をひったくって言った。
「ったく、お金はあるのね?」
「結構」
「胃袋は大きい方?」
「食べれなかったら持って帰るわ」
「出来たてがおいしいものだってあるけど……よし、じゃあ教えてあげるわ。今日一日使うわよ」
「楽しみにしとくわ」
その返答を聞いた私は饅頭にかぶりついた
ああ、何度食べてもすばらしい。非のつけどころが無い最強の饅頭だ
生地の柔らかくも少しもちもちフワッとした食感。必要以上に甘すぎない、けど凄く甘い餡子。粒の潰れ具合も絶妙だ。奇跡の饅頭と呼ぶにふさわしい
目をつぶる。味覚に全神経を傾ける。体の芯から饅頭を味わう。なんて、なんて甘美な一時だろう。
愛しく撫でるように私は饅頭を噛み締め、飲み込む。
そして目を開くと……霊夢が私の顔を見つめていた。
「……何?」
「いやぁ、美味しそうにたべるなぁって」
「あんたに言われたくないわ」
もう一口かじる。手の平とほぼ同じサイズの饅頭はあと半分になった。
ここで緑茶が欲しくなるのはわがままだろうか、まぁ手始めに団子屋にでも行って緑茶を頼もう。
煌びやかに光るタレが食欲をそそる、実に美味しそうなみたらし団子を出される。
私はそれをほおばり、一つの団子を口に含む。
唇についたタレを舌でなめ取り、じっくり団子を味わう。
うむ、団子はやはり一つずつたべるものだ。
まれに丸い団子の半分だけをかじるような食べ方をする輩がいるが、あえて言わせてもらおう。邪道であると。
一口で一つだ。みたらしなら四口、三色なら三口で食べて然るべきなのだ。
霊夢もそこは分かっているのか、一つずつ口に含んで食べていた。
霊夢はよーく咀嚼して飲み込み、頷く。
「いいタレね」
「でしょ?みたらし団子なら旧都一ね。緑茶もおいしいわよ」
私が緑茶をあおると霊夢もそれに続いた。
緑茶が持つ和の渋味が口の中の和の甘味を流す。緑茶の旨みを味わう。
甘いものには苦い飲み物が鉄板なのはどこの国とて同じだ。ケーキにコーヒーが合うように、和菓子には緑茶が合う。
まるで、それぞれ出会うべくして出会ったのかのようだ。
思えば緑茶とコーヒーの原産地が逆だったらどうだっただろうか。
ありえない。きっと日本には和菓子という文化が発達するから緑茶の茶葉が芽吹いたに間違いないのだろう。神様、ありがとう。
地底から地表を貫く思いで神に感謝しつつ、団子の最後の一つを歯で浅く噛み、一気に串から引き抜く。
素早く、串に対して真っすぐに引くのが串に団子の欠片が残らないコツである。
それでも残るときは残るが、串をしゃぶるのははしたないのでやめておく。
家にいる時だと欠けらも残さないが。
「さて、次は旧都一のどら焼を紹介してあげるわ」
「さっきも旧都一のみたらし団子とか言ってたけど、どっかにまとめてあるの?」
「私の味覚を信じなさい」
「……まさか旧都にある全部の和菓子屋回ったの?」
「そ。それで私がランク付けしてるわけ」
「ふぅん」
霊夢は最後の団子を串から引き抜く。
「悪いかしら」
「いや、あんたに頼んで正解だったなと思ったわ」
「……まぁ任せておきなさい」
……私に頼んで正解か、確かに旧都で和菓子語らせたら右に出るものはないと思っているが、それをそういうふうに言われるのは何だか変な気分だ。別に照れているわけじゃないと思うが。
甘味処「大納言」
旧都でも一番人気の甘味処である。
「とりあえずここのオススメはどら焼きだけど、あんみつも美味しいから頼むわね。」
「ん、あんみつ結構値が張るわね。一つでいいわ」
「いらないの?」
「お金なら半分出すわよ」
半分ずつか。少し残念だが仕方あるまい。
一つずつしかない果物各種と奇数個の白玉は……ゆずるか、案内してるわけだし。
「どら焼……種類があるのね」
「こしあんとつぶあん、そして栗入り餅入り……今トレンドなのはやっぱり生クリームね」
「生くりぃむ?」
慣れないような柔らかい発音で霊夢が復唱する。
「知らない?」
「いや生クリームは知ってるけど……合うの?」
「和と洋の融合……それは時に素晴らしいハーモニーを奏でるわ」
「へぇ、じゃあんたを信じて」
霊夢はつぶあん生クリームを注文した。
私はつぶあん生クリームとあんみつを注文する。
そして襲う沈黙。
当然どらやきも注文を受けてから生地を焼く。相応の時間が掛かる。
それまでの間、この沈黙に耐えるのは心苦しいのは目に見えている訳で、何か適当に言ってみる。
「意外ね、博麗の巫女が和菓子大好きなんて」
「そんな事が意外って……あんた私を何だと思っていたのよ」
何って……少なくとも普通の人間とは見ていないが。
「人の皮をかぶった化け物よりももっとおぞましい何か、かしら」
「殴るわよ。割と本気で」
霊夢が拳を構えた。さっきといい飛んだ暴力巫女である。
弾幕以外にもそういう修行を積んでるんだろうか。
「冗談よ……でもそうね。趣味とかそういうのにかすりもしない無機質な奴だと思ってたわ」
「生憎、巫女だって人間なのよ。趣味も無しに生きられる分けない。私からしてみればあんただって意外に思えるわ」
「何が」
「橋姫だって笑うんだなって」
「……おいしいものを食べたら誰だって笑うわよ」
「それは同感」
霊夢はそう言ってお茶をすすった。
おいしいものを食べたら誰だって笑う、か。
自分で言ってなんだが、本当にそうなんだろうか。
愛しき人を殺して、いろんな人を殺して、そうして私は鬼になって。
橋姫と呼ばれるようになった私が感じたのはただ無常で。無機質だったのは他でもなく私だったのだ。私はどこまでも無で、私の目に映る有を妬むだけだ。
そんな私を久しぶりに笑わせてくれたのは和菓子だ。いつだったか、宴会の席でどこかの鬼に貰った號號壱の限定饅頭。無だった私に、味覚を思い出させてくれた。
いずれ私の中に和菓子という楽しみが出来た。そして今にいたる
私はなんとなく言った。
「おいしいものを食べる、ただそれだけで幸せになれるなんて、人間は単純よね」
「妖怪は違うの?」
「妖怪も……たぶんそうね」
少なくとも私は幸せだ。
和菓子を食べることに幸せを感じる。
程なくして注文が到着した。
私は少し温かみの残る綺麗な焼き色のどら焼にかぶりつき、感嘆と喜びの声をならす。
甘くてフカフカの生地に歯を突きたて、飛び出してきたのはずっしりつまったつぶあんとフワフワとした生クリームだ。
和の甘さと洋の甘さの融合に驚くのは、初めて口にするものには避けられない。
霊夢は驚きと喜びが交ざったような描写しづらい、いやあえて言うならば、実に幸せそうな表情を浮かべていた。
霊夢は次にみつまめに手を伸ばす。
それほど大きくない容器に満たされた蜜という聖なる泉に白玉や果物、赤エンドウが浸かっている。
一つは赤い玉だが、白玉は白玉である。
さらにこの店の目玉であり、値が張ってしまう理由でもある――――生クリームだ。
実際この甘味処は生クリームの導入により反響を呼んだ店である。そのため様々なメニューに生クリームを使用してあるのだ。
もちろんその味は折り紙付きである。
そしてそれらの具全体に行き渡るようにかけられた黒い傘、こしあんが被せられていた。
「甘ったるくなった口の中で果物がよく働くわ~」
「甘ったるいのが好きなくせに」
「まぁね」
霊夢のスプーンが進む。早く食べないと私の分が無くなりそうだ。
美味しそうに食べてる霊夢を見るとそれもいいかと一瞬思うが、霊夢は半分だすといったのを思い出して慌ててスプーンをひったくった。
「食べ過ぎ」
「えー」
えーじゃない。
私もみつまめにスプーンを入れ、白玉を掬う。
蜜でコーティングされた白玉がきらきらと輝く。まるで金色に輝く宝玉のようだ。
これはまさしく、白玉ではなくき…………。
あ、いや、やめておこう。うん、それ以上はいけない。
なんて、自分のたとえに自制心をきかせていると。
「ぱるしー、くりぃむついてる」
は?と言う前に反射的に手を顔に伸ばす、が、手が止まった。
霊夢の顔が、眼前に迫っていた。
待て待て待て待て何だこれはどういう事だ。
何故に指やスプーンとかじゃなく、顔!?
あれか、めんどくさがりな巫女だと聞いていたが、わざわざ指やスプーン等で掬う手間すらめんどくさがって直接イントゥーマウスが好みとでも言うのか。
そうでもなければ……そんなばかな、いつから私と霊夢はそれなんてエロゲごっこに興じる仲になっていたんだ。
しかもこのルート、私の空間認識能力が正しければほぼ唇直行である。
これではイントゥマウスの前にマウストゥマウスとなってしまう。
認めん、女同士なんてお母さん絶対認めません。
そりゃファーストじゃないけどさ!違うけどさ!
霊夢はいいのか?……いいも悪いもない!この巫女はただのノンケなのだ。
同性はおろか未亡人にも平気で手を出して本人は無自覚というスーパーノンケ人なのだ。
彼女の繰り出すノンケ玉は世界をノンケで包み込み少子化させるのだ。
いや、ノンケ玉なんだからノンケを集めてリア充の増加に貢献するのか?
(どうでもいいっつの…………!!)
んな事より問題なのは目の前に接近しつつある霊夢の唇である。
なんでこんなことになってるんだっけ?
そうだ、私の唇にクリームがついてるとか抜かしたのだ。
んなもん舐めれば終わりだろうが!なんでキス!?痴女なの!?楽園の卑猥な痴女なの!?なんの楽園だよ!!
とにもかくにも取り返しのつかなくなるまえに顔を引き剥がさなければ……。
(間に合わな……っ!?)
反射的に目を閉じる。それは逃避故か。緊張故か。それとも単に恥じらいか……。
……………………。
………………。
…………。
……。
「あむっ」
遠くのほうで霊夢の声がした。
遠くのほうで。
「なっ…………」
目をあけてみれば霊夢は平然とした顔で私からスプーンを奪い、私の掬った白玉を口に放り込んでいるではないか。
「なにしとんじゃゴルァ!!」
ジェラシーパンチ!しかし霊夢はひらりとみをかわした!
「ちっ、あたり判定の小さい」
「ダイエットすることね」
「人のみつを豆強奪した奴が言うことか!貸せこの!」
私は霊夢の手からみつ豆を奪った。
具は半分以上が無くなっていた。
「いやぁ~食べたわねぇ~」
「本当になんで太らないのよあんた」
そんな会話を交わしながら旧都を歩く。
地下なので別段まわりの様相は変わらないが、時刻は18時を回っている。そろそろ晩飯時だ。
「夕飯も食べてく?」
当初は和菓子を食べて回って終わりの予定だったが、この際最後まで付き合ってやってもいいだろう。
と思ったのだが、
「ごめん、今晩は神社で魔理沙達と鍋する予定だから」
「…………そう」
まぁそりゃあそうか。彼女とていつでもフリーな訳じゃない。私のように。
「何だったら、あんたも来る?」
「いや、私はいいわ。場違いのような気がするし。」
「そ。神社に場違いな奴なんていくらでも来るけど。」
私が言っているのは神社じゃなくて……いや、いい。自虐みたいになるだけだし。
「にしても旧都も馬鹿に出来ないわね。結構楽しめたわ。和菓子おいしかったし」
「そう言ってもらえると幸いだわ」
「萃香もこれくらい出来たらいいのに」
「鬼は基本的に不器用よ」
技の、なんて称される鬼の四天王もいたが、編み物はおろか料理の一つも出来なかった。正直私には力との違いが分からない。
「でもあれよね。旧都の和菓子おいしかったけど……地上の方がおいしいのもあったわね」
…………案内してもらっておいてこの言い草か。
こんな時に張り合うようなことを言うとは、案外この巫女にも人間としての矜持があるのか。
「ふぅん、言うわね。なんだったら今度食べさせてもらおうかしら」
「いいわよ?ぱるしー明日は暇?」
明日……?
「へっ?え、あ、えと、明日は橋の番やらないと……」
「じゃあいつでもいいわ。気が向いたら神社に来なさい。いつでも人里を案内してあげるわ。」
「ひ、人里!?」
「今日のお礼。人間の技術舐めんじゃないわよ?地底での和菓子しか知らなくて和菓子フリークスなんて笑わせるわ」
「あ、あんたの方こそ地下の和菓子食べたの今日が初めてでしょうが」
「だから今度は私が地上の和菓子を紹介してあげるって言ってるんじゃない。地上で人気の椿屋のおはぎなんて一口食べたら他のおはぎがまずくなるわよ?」
「それが本当だったらそれはそれでどうかと思うけど」
地上の和菓子か……どれほどのものなんだろうか。
確かに食べたことが無い。人間だったころに食べたことがあるかもしれないが、覚えてないし、今と昔とじゃ舌も違う。
「満月堂の月見大福も最高よ。中に入ってるのが黄身あんって言ってね、卵の黄身を混ぜて作った餡なんだけど……聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。おいしそうね、地上の和菓子も」
「でしょー?」
「でも、いいわ」
「何でよ」
「お礼なら最初に饅頭をもらったもの。あんたにそこまでしてもらう理由が無いでしょ」
「同じ和菓子好きとして、おいしい和菓子を食べる喜びを分かち合いたいじゃ駄目なの?」
……ああ、そっか。
そういえば私も心底そうだったのだ。
饅頭を貰ったから案内したんじゃなくて、案内したかったから案内したんだ。
霊夢もそうらしい。なら、私が断る理由がないか。私は地上の和菓子に少なからず興味があるのだから。
しかし……人里かぁ…………。
「言っとくけど、地下の妖怪が嫌われてるなんて構図、とっくに消えてるからね?」
悟りの能力者かこいつは。
まぁ確かにそれは聞くが、だ。
「ふん、どーせ私は前科一犯よ」
「一犯なら少ないわね。そんなの数えんのやめたようなやつもいるし、現在進行形でたまに人を食おうとするやつもいるし、今やおとなしく毎日のように油揚げを買いに来る狐なんて全盛期は国一つ滅ぼしかけたらしいわよ?」
「人里怖っ!?」
人里は今やそんな魔窟だったのか。そりゃあこんな人間もどきの巫女が出てくるわけだ。
「さて、断る理由はある?」
…………断る理由?断る理由だって?
「ぷふっ」
「?」
「あはははははっ!」
「何笑ってんのよ気色悪い……」
私としたことが、霊夢があんまりにもおかしなことを言うせいで笑ってしまった。
だって、断る理由はあるかって?
「完敗だわ。あんたには何言っても断れなさそうね」
「別にそうはいってないじゃない。ちゃんとした理由があるならこっちだって諦めるわ。でもあんたの言う事ってことごとく言い訳みたいだし」
「あんたデリカシー無いって言われない?」
「……あんた悟りの能力でも持ってるの?」
そりゃこっちの台詞だまったく。人の悩みをズバズバ切り捨てやがって。
ああ、まったくもって完敗だ。私には断る理由が無い。
仕方ない、月に一度しか使えない有給はいつもなら號號一饅頭のために使うが、来月は地上めぐりのために空けておくか。
「そこまで言うんだから、地下のよりまずいのばっかりだったら里中の人間の嫉妬心操って大混乱させてやるわよ?」
「出来るもんならやってみなさい。2重の意味でね」
そして私は霊夢と別れた。
一ヶ月後、再び会う約束をして。
私はカレンダーに○印をつけた。あえて號號壱が来る丁度一ヶ月後の日だ。
號號一饅頭を食べて喜んでる連中に地上の和菓子の土産でも見せびらかしてやろう。たまには嫉妬されるのも悪くない。
「なんの日だそれ?」
不意に声がかかって、驚いて後ろを見ると勇儀がいた。
「黙って入ってこないでよ……」
「いいじゃないか。なんかやましいことでもあるのか?」
「ないわよ。で、何の用?」
「××屋で宴会やるからさ、パルスィも誘おうと思って」
「そう、私は…………行くわ」
勇儀はきょとんと。
「珍しいな。てっきり断られるかと」
「じゃあなんで誘ったのよ!」
「いやあパルスィに参加してほしい自分の気持ちに嘘をつきたくないからねぇ。しかし来てくれるか!何かいいことあったのかい?」
いい事、か。
號號壱の饅頭は無いけど……約束の日に想いを馳せるだけで十分持ちそうだ。
「まぁ別に。気まぐれよ気まぐれ。」
「そか。まぁせっかく来てくれるって言ってくれたんだ。深く追求するのはよそうかね。ああ、参加費は千円ね」
「はいはい千円千円……」
…………………………。
……………………。
………………。
…………。
……。
あれ?財布が妙に軽い…………。
甘い物が食べたくなって来た
あと合格おめでとうございます(現在受験生
腹減ってきた
パルスィ俺だ!結婚してk(ry
もしかして関西の方ですか?
しかし甘い和菓子と合わせて渋い緑茶が飲みたくなる一作でございました
人里編がたのしみだ
パルスィの女の子っぽい仕草がかわいすぎ。笑ったパルスィも初めてみたかもしれません。
人里編楽しみにしてます。
スイーツ友達っていいですよね。
スイーツ巡りをするふたりが可愛く書けていたと思います。
ただ人のトラウマゲームを思い出させた分減点。
パルパルパルッ おめでとうございます。
俺……大学受かったら創想話見ながら黄身時雨食べるんだ……。
涎が止まりませんでした、あーどら焼き食べたい。
…………おめでとうございまままスィ
とりあえず 満面の笑みで饅頭を頬張るパルスィを想像しながら就寝
淀みなく奏でられるテンポのよい文章に、わたくし心から感嘆いたしました。
パルスィがとても可愛らしいですね。勉強になる部分も非常に多く――
え? 受験? なん……ですと……?
も、もしかしてまだ十代でいらっしゃいますかッ!
合格おめでとうございました! 心からお祝い申し上げます!