すっきりした晴れ間の午後。
秋の紅葉に覆われた博霊神社。
その巫女である博麗霊夢は今日も境内の掃除を済ませて縁側でお茶を飲んで一息ついていると、いきなり神社の玄関に訳のわからん奴が現れた。
カボチャ頭に真っ黒のボロ服。手に持った箒と大きな袋。
――なんて言う名前だっけ?コレ。
霊夢は少し思い出そうと考えたが、結局名前は思い出せなかった。
「トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃいたずらするぜ?」
カボチャ頭のそいつが大きく手を挙げてそんな訳の分からない戯言を言った。
その声でそのカボチャの中身は誰なのかすぐに分かったものの、あまりの下らなさに言葉が出なかった。
「トリック・オア・トリート!! なあ、霊夢。お菓子くれよー」
―――うわ、今度は普通に話しかけてきた…
それじゃ仮装してる意味ないじゃん…思わずそう言いたくなった。
目の前のコイツは一体何を言っているんだろうと思いながら、霊夢は溜息をついて目の前のカボチャ頭に声を掛けた。
「……何やってるの魔理沙?」
「む…何ってハロウィンだよ。知らないのか?ハ・ロ・ウィ・ン!」
そいつのカボチャ頭が外れて、中から顔をしかめた霧雨魔理沙が出てきた。
出てきた魔理沙の顔もしっかりハロウィンチックの魔女っぽいペイントがされている。
――それするくらいなら、いっそ魔女で来た方がよかったんじゃないの? と頭に意見が出てきたが、それはいつも通りの格好だからやめたのかと思って口には言わなかった。
「それくらいは一応知ってるわよ…そうじゃなくて、なんでそれでウチに来るのかが知りたいのよ。ウチは神社よ? 神社。 分かってるでしょ? 西洋のお祭りなんか興味無いし、
やらないわよ。そんなにやりたければ、アリスの所か、紅魔館にでも行けばいいじゃない」
全くもってその通りだと、霊夢は我ながら言って思った。
ここは博麗の神社で自分は博麗の巫女なのだ。西洋の妖怪が出るお祭りなどに付き合うのは、本末転倒でしかない。
すると魔理沙があっけらかんと言った。
「どっちも行ってきたよ。アリスの方は酷い目にあった」
――時を遡って。
今日がハロウィンだとカレンダーを見て初めて思い出した魔理沙は、早速お菓子とそのついでに借りパチする物を入れる袋を持って手当たり次第に知り合いの所を訪れていた。
まずは手始めにと霖乃助の家を訪ね、ミニ八卦炉を突き付けながら『トリック・オア・トリート!』と叫んだ所、大げさに手を挙げながら「トリート!トリート!」と霖乃助は叫んで、バスケットに入ったアップルパイを手渡してきた。
ついでに他に何かないかと尋ねたら、もう勘弁してくれと頭を下げたので、仕方なく許してやった。
景気よくその次にアリスの家を訪ねた所で、予想外の事が起こった。
ドアをノック。出てきたアリスにこう言った。
「トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃいたずらするぜ?」
アリスの溜息。
「魔理沙――貴女ハロウィンの意味知ってる?」
「勿論。トリック・オア・トリートって言って知り合いからお菓子を貰うお祭りだろ?」
「言ってる事は間違ってないけど、服装と行動に問題ありね。ちょっと待ってて」
アリスが家の中へ消える――そして、カボチャをくり抜いたかぶり物と黒いボロ布を持ってきた。
魔理沙が首をかしげる。
「何だそりゃ?」
「何って、ジャック・O・ランタンの衣装よ」
「ジャック・O…何だって?」
不意に魔理沙の頭に「興」と言う文字に近い形状の頭が思い浮かんだが、それはすぐに違うと分かった。
「ジャック・O・ランタンよ。西洋に伝わる有名なカボチャ頭のお化け。知らない?」
「いや、知らないぜ」
「昔の言い伝えにあるお化けの名前よ。ハロウィンをするなら何かの仮装をするのが普通なのよ。大体はこのジャックみたいなお化けや、魔女とかが一般的ね」
「ならこのままで問題ないぜ。私は魔法使いだからな。」
「分かってないわね。怖さと不気味さを追求してこそがハロウィンなのよ? 驚かさなくてどうやってお菓子が貰えるというの?」
「簡単だぜ。こうすればいい。」
魔理沙はそう言うとスカートのポケットから出したミニ八卦炉をアリスの前に突き出してみせた。
アリスの溜息。
「…それ、ただの強盗よ?」
「仮装強盗か…うん。それも悪くないな。仮装のおかげで顔は見えないし、驚いてる間に押し入れば時間が稼げるし。一石二鳥だな」
「だから強盗は止めなさいって…」
「じゃあ、なんでもいいからお菓子をくれ。それか、何かいい物をくれ」
「生憎だけど、あげられるお菓子はまだ出来上がってないのよ。また夕方頃に訪ねてきて頂戴。その代わりにこの前作った衣装はいっぱいあるから持って行って」
アリスはまた部屋に引っ込むと、今度は山の様に衣装を持ってきた。
結局、魔理沙はそれを拒否したものの、アリスに何着ものハロウィン用の衣装を半ば強引に持って行かされることとなった。
「そのあと、アリスに試しに着てみろって言われて、服脱がされた後に、いきなりこの衣装を着させられてさ。他にも色んな衣装を私で試そうとしてみたいだったから、そのまま急いで逃げて来たんだ。まったく…わたしは着せ替え人形かっての。」
かくして困ったように頭をかく魔理沙・O・ランタンが目の前に居るのであった。
――アホか=霊夢の正直な感想。
それじゃただの追剥か強盗だ。
そんなのが今日だけも許されるなら、今からでも里に行って村人から食べ物を根こそぎ貰ってきてもいいのかもしれない。
いや里の人だと慧音とかが煩いから、現代に最近までいた早苗の所か、もしくは物の余ってそうな永遠亭ならいけるか――
ハロウィンと言う名の強盗行為を午後の予定の候補に入れて置こうと思った所で、今が話の途中だった事を思い出す。
「それで紅魔館の方は? 流石にあいつなら、お菓子の一つでもくれたんじゃないの?」
にやりと笑う魔理沙――〝まさしく悪戯に成功した悪ガキ〟の顔そのもの。
声もそのイメージ通りに魔理沙が言った。
「ああ、あっちはまあまあだったよ。」
時を再び遡って――霧の湖/上空。
アリスの家から何とか逃げてきた魔理沙はそのままの格好で紅魔館にやってきていた。
理由は簡単――ハロウィンのメインイベントたるトリック・オア・トリートの実行。
すなわち仮装強盗である。
計画内容は、この仮装でのカモフラージュを利用して目的地まで単騎で潜入。
屋敷の住人たちがこの格好に驚いている間に、本や資料やお菓子などをとにかく奪取。
そして見事に何事も無かったかのように鮮やかに逃亡する。
と言う何ともいつも通りで、変わっている事と言えば、服装が恐ろしく奇抜な事と、顔がカボチャな事以外は何も変わらない計画を立てていたのであった。
紅魔館に潜入するに際して、まず第一の障害である役に立たない門番の紅美鈴が待っていたが、彼女がこちらの格好に驚いている隙に、開幕2秒のマスタースパークで一撃のもとに黙らせる事が出来た。
正門を文字通り正面突破してからそのまま紅魔館の中に入って行くと、今度は屋敷の妖精メイド達の集団に出くわした。
メイド達は魔理沙を見かけるや否や、各々の愉快な反応を見せる。
ある妖精は面白がって魔理沙の後に続き、ある妖精はそれを何かの行事と勘違いして屋敷中にそれを教えて回り、またある物は自らも仮装を施して対抗するなど、紅魔館内部では実にハロウィンらしい面白おかしい愉快なバカ騒ぎが起きていた。
その侵入者どころではないバカ騒ぎに乗じて、魔理沙は紅魔館の厨房に置かれていた作りたての大量のクッキーを強奪する事に成功。
見事にお菓子をゲットする事ができ、魔理沙の紅魔館でのトリック・オア・トリートは半分達成された。
そしてそしてトリックの部分を達成するべく、最終目標地点である図書館にまで辿りつく。
入口のドアを開け放つと、そこには――
「そこまでよ! やっぱり来たわね魔理沙!! って……魔理沙じゃない……あなた誰?」
何を勘違いしたのか、魔理沙の仮装を別人と見間違えるパチュリーが居た。
確かにいつもの魔理沙ならこんな奇抜な格好はしていない。
その上その後ろには、魔理沙に対抗して魔女を始め、フランケンやキョンシー、ミイラ男など、幅広い妖怪や怪物に扮した何人もの妖精メイドまで引き連れる様な形で控えているのだ。ハロウィンにやって来た魔理沙以外の誰かの集団に見えても無理はなかった。
すかさず魔理沙は、今の格好のもとになっている妖怪の名前を言おうとした――が名前が思い出せなかったので適当な所だけでも言う事にした。
「私はハロウィンからの使者、ジャック・Oだ! トリック・オア・トリート!!」
カボチャ頭のかぶり物のせいで魔理沙の声がぐぐもって変な風に聞こえる。
それもパチュリーが勘違いしてくれる一因であった。
あまりの場違いっぷりに気が抜けたのか、パチュリーが呆れながら言った。
「はぁ……どこの誰かは知らないけど、私はこれから来る厄介な奴の事で忙しいのよ。ここにはあげられられるお菓子なんて無いから、厨房の方にに行くか、さっさと帰って頂戴。」
「そうか…お菓子をくれないのなら、その代わりの悪戯として、そこにある本を戴いて行くぜ!!」
そういうと魔理沙は箒の速度を思いっきり飛ばし、パチュリーのテーブルにあった本の山を掴み取った。
その光景にぎょっとなるパチュリーが慌てふためく。
「ちょっと!それは私の大事な…」
「ハハハッ! トリック・オア・トリート!」
パチュリーが止めにくる前にテーブルにあった貴重そうな本を根こそぎ袋に詰めると、箒に跨って魔理沙は図書館の窓を突き破って再び外に出た。
「なんだったの…?今のは…?」
図書館に残されたパチュリーは一人そう呟くしかなかった。
「と言うわけで、ハロウィンだと言うのにお菓子の一つもくれないパチュリーには、悪戯として、本を何冊か持ってきてやったのさ。」
「あっそう…」
魔理沙が袋から奪って来た本を自慢げに取り出して見せてくる。
―――ああ…パチュリー可哀想に。
霊夢は呆然としているだろうパチュリーの顔を想像して心から同情した。
すると、不意に魔理沙がにやりと笑って言った。
「それで?霊夢はお菓子か、悪戯か。どっちを選ぶ?」
私にもやるつもりなのか――心から呆れる。
いつも通りにお茶を出すだけで勘弁してもらえるのと、今から訳のわからない悪戯されるか、という不条理な二択を掛けられる。
即答―――肩をすくめて言った。
「はぁ…降参よ、降参。トリート。 お茶とお茶菓子を出してあげるから、さっさと上がりなさい。」
「なら遠慮なくお邪魔するぜ。それと出すのはお茶だけでいい。お茶菓子はいっぱいあるからな。」
そう言って袋から紅魔館と霖乃助から奪って来た大量のクッキーとアップルパイを取りだした。
更に呆れる―――魔理沙のここに来た真意を感じた。
「…アンタ。結局はそのお菓子をウチで食べたかっただけなんじゃないの?」
魔理沙の快活な笑み――〝バレた?〟と言わんばかり。
「まあそうとも言うな。霊夢もわたしに悪戯されたく無かったら、いいお茶出してくれよな。」
「じゃあ、私も魔理沙に悪戯されないように、精々いいお茶葉を使わなきゃね。」
「おう。一番いいのを頼むぜ。」
「じゃあ、縁側で待ってて。お茶と分けるお皿を出して来るから。」
そう言っていつも通りの悪戯好きな悪友にお茶をもてなす為に、霊夢は台所に向かった。
終わり。
「興」で吹くwwww