「トリック・オア・トリート!」
妖精の右ストレートを掻い潜って博麗 霊夢のカウンターが顔面を抉る。
今日はハロウィンであった。
10月31日
外の世界でハロウィンと呼ばれるこの日は、
幻想郷においては妖精の日として広く知られていた。
「トリック・オア・トリート」(お菓子くれなきゃイタズラするぞ)
この日、夜明け頃から妖精達は家々を元気なかけ声と共に回る。
人々もこの日だけは日頃妖精のイタズラに悩まされてることを水に流して、
訪れる妖精達にお菓子を存分に振る舞うのだ。
だがここに、未だかつて妖精にお菓子を配ったことがない所が存在する。
博麗神社である。
「トリック・オア・トリート!」(お菓子よこせ!全軍突撃!)
隊長格のかけ声と共に数多の妖精が神社に向かって突撃していく。
だが……
「あんた達にあげる菓子はない! 二重結界!」
神社の巫女、博麗霊夢の一撃でその全てが吹き飛んでいった。
おそらく全員が一回休み、今日中の復活は不可能であろう。
博麗霊夢にとって、10月31日は戦争である。
お菓子を狙って集まる妖精達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、
霊夢が巫女となってから毎年続く年中行事であった。
「ふぅ、毎年飽きない連中ね」
「お前もな」
霊夢のぼやきに突っ込んだのは、朝から年中行事の見物にきていた霧雨 魔理沙である。
彼女は朝食が終わったぐらいに何の予告もなくやってきて、
そのまま縁側に座り霊夢が妖精を吹っ飛ばすのを眺め続けていた。
「素直にお菓子ぐらいあげりゃいいだろうに」
「いやよ。なんであいつ等に貴重なお菓子をあげなきゃいけないのよ」
万年金欠の博麗神社において、お菓子は高級品であると共に貴重なカロリー源である。
日頃から飢えている霊夢にしてみれば、賽銭と同じくらい大切なものである。
ご飯が無ければ和菓子を食べればいいじゃない、を地でいく巫女なのだ。
「大体あいつら、いろんな所でいっぱいお菓子もらえるんでしょ。逆に私の方が譲ってほしいくらいよ」
「それなら譲ってくれって言えばいいじゃないか。
たぶん明日の新聞に『博麗の巫女、妖精から施しを受ける』みないな記事が載るだろうけどな」
「そんなのまっぴらごめんね。夢想封印!」
そういうと霊夢は近くに集まりだしていた妖精の群に向かって先制攻撃を打ち込む。
「まったくキリがない」
「こうも単調だといい加減飽きてこないか」
「いえ、これまでのは準備運動。これからが本番よ」
通常妖精達が博麗神社にやってくるのは一番最後と決まっていた。
なんせ神社で一回休みになってしまうと他の所が回れなくなってしまう。
いくら妖精が子ども並の頭しかないとはいえ、確実にもらえる所から貰うのは当たり前の事であろう。
故に午前中の内に神社に来るのは比較的若い、あるいは力が無く縄張りが狭い妖精である。
顔が広く、力のある妖精ほど後になってやってくるのだ。
「トリック・オア・トリート」(お菓子を下さい。家にはまだお腹を空かせた妹が……)
「陰陽鬼神玉!」
「トリック・オア・トリート」(ハロウィン執行法に基づき税菓子の徴収にきました)
「空を飛ぶ不思議な巫女!」
「トリック・オア・トリート」(霊夢さん好きです。お菓子貰ってください!)
「封魔陣!……あれ?」
「トリック・オア・トリート」(妖精放送です。お菓子の支払いお願いします)
「二重弾幕結界!」
「いや~手の込んだ連中が多いな」
徐々に正攻法で攻めてくる妖精は減り、あの手この手で攻めてくる妖精が多くなってきた。
人形を抱えてたり、証文らしきものをもってきたり、中には外の世界での一般的な学制服や勤め人の格好をした者でいた。
これはこれで一種のハロウィンの仮装と言えるのだろう、とのんびり見ていた魔理沙は思った。
「ぜぇぜぇ」
さすがの霊夢も息を切らせていた。
肉体的にはもちろん精神的にも疲労困憊であった。
「ちょっと一息……」
「霊夢! あれを見ろ!」
休憩しようとしていた霊夢がだるそうに首を回す。
そこにはメイド服を着た妖精達が、軍隊のごとく一糸乱れぬ様子で編隊を組んでいた。
だが先頭にいるのは妖精ではない。
「トリック・オア・トリート」(お菓子と命、どちらを差し出すか選びなさい)
紅魔館のメイド長、十六夜 咲夜であった。
「なんでお前が来るんだよ」
思わず突っ込む魔理沙。
「簡単なことよ。いつものことなのだけれどお嬢様方が、
『トリック・オア・トリート』『お姉様、私お菓子なんて持ってないよ』
『あら、あるじゃない。フランっていうお菓子が』『もうお姉様ってば……残さず食べてよね』
『もちろんよ!』『きゃ~♪』
って感じでね……」
げんなりとした顔で咲夜は事の顛末を述べる。
その話に呆れ顔をする魔理沙。頭の中ではベットにダイブするレミリアを思い浮かべていた。
「相変わらずだなあの姉妹は。で、なんでお前がお菓子をもらいにくるんだ?」
「ここならお煎餅ぐらいあると思ったのよ。もうみんな甘いのはウンザリなの」
「なるほどな。お前は後ろのメイド達の代理人ってわけだ」
「そういうこと。というわけで霊夢! 素直に煎餅でも渡しなさい!」
「イヤ」
咲夜の要求にたった一言きっぱりと拒否する霊夢。
先制攻撃とばかりにお札を投げつける。
咲夜はそれをあっさりかわすと右手でナイフを取り出し、左手でメイド達に合図を出す。
合図に応じて妖精達の攻撃が始まる。
霊夢は慣れた様子で攻撃をかわしながら続いて咲夜に弾幕を放つ。
「どこを狙ってるのかしら」
またもあっさりと避けつつナイフを投げる咲夜。
最小限の動きでかわし。攻撃する霊夢。
ダンスのような応酬がしばらく続いていたが、
「そこまでだぜ咲夜」
唐突に魔理沙が待ったをかけた。
「なによ」
「周りを見てみな」
横槍が入り不機嫌な咲夜だったが、周りを見渡して驚く。
「メイド達が!」
一番前で戦っていた咲夜は気づかなかったが、すでにメイド達は一人残らず打ち落とされていた。
「霊夢、初めからこれを狙って……」
「そっ、気づくのが遅かったわね咲夜」
咲夜はメイド達の代理人であり、お菓子の請求権はあくまでメイド達にある。
メイド達が落とされてしまえば、たとえ咲夜が勝ってもお菓子はもらえない。
それに気がついた咲夜は悔しそうにナイフをしまう。
「残念だったな咲夜、これからどうするんだ?」
「里でなんか買って帰るわ。パチュリー様もそろそろ限界でしょうし」
「そうか、じゃあな」
魔理沙の声に軽く手を振って咲夜は帰っていった。
その背中が消えたあたりでは~と息をつく霊夢。
顔には出さないが結構しんどかったようだ。
「ご苦労さん。いい加減今日はもう終わりか」
そんな霊夢を気づかうように魔理沙が声をかける。
だが霊夢はさっと表情を引き締めた。
「一番の大物が残ってるわ」
「大物?」
疑問符を浮かべる魔理沙だったが、その疑問はあっという間に解決した。
「トリック・オア・トリート!!!」(最強のあたいがお菓子を貰いにきてやったわ!!!)
魔理沙もよく知る声が神社の境内に響きわたった。
いわずとしれた氷精チルノである。
妖精の中でもダントツに顔が広いチルノは、
右は彼岸の裁判所まで、左は天界までと幻想郷をほぼ全てを縦横無尽に回り回っていた。
当然神社に来るのは一番最後というわけだ。
「今年も例によってあんたが最後、とっとと倒して休ませてもらうわ」
「今日のあたいを明日のあたいと同じだと思うなよ」
それを言うなら昨日だろうと魔理沙は心の中でつっこみを入れたが、
そんなことはお構いなしに双方構えをとる。
しばらく睨み合っていたが、先に動いたのは霊夢だった。
「夢想封印 瞬!!」
いきなり結構本気の技を放つ。
しかしチルノは余裕の笑みで一歩も動くことなく腕を上に上げる。
「ふふふ、パーフェクトフリーズ!!」
そして手をばっと振り降ろしながら技を放った。
その瞬間、凍り付いた。全てが凍り付いた。
お札も弾幕もそして霊夢自身も。
「なっ!」
技を途中で止められた霊夢は驚愕する。
「あたいさいきょぉぉぉぉぉ!!!」
反面チルノは得意顔で雄叫びを挙げていた。
それを聞いてチルノをにらみつける霊夢。
手をぐっと握るとチルノの声に負けないぐらいの大声で技を宣言した。
「夢想転生ぇぇぇーーー!!!」
無数の弾幕を放つ霊夢。
対するチルノは余裕の表情を崩さない。
「何度やっても同じよ! パーフェクトフリーズ!」
チルノのかけ声と共に弾幕が凍り付く。
「あれじゃダメだな」
それを見ていた魔理沙がぼそっと呟いた。
確かに弾幕は凍り付いた。だが前と違い霊夢は止まらなかった。
夢想天生は霊夢の生まれ持った特性を基にした技。その最中に霊夢に触れる事適わず、
それでいて霊夢は相手が倒れるか時間が過ぎるまで、自動的に弾幕を打ち続ける。
「そのぐらい!!! パーフェクトフリーズ!! パーフェクトフリーズ! パーフェクトフリーズ」
負けじと弾幕を凍らせるチルノ。
だが、徐々に勢いは落ちていき、ついには
「ぜぇぜぇ……パーフェクト、うわっ!」
ぴちゅーん
撃墜されてしまった。
「ふん、本気を出せばこんなもんよ」
「いたたた、くそ~」
技を解き、胸を張って得意げな霊夢に涙目で悔しがるチルノ。
「あっ、いたいた、おーいチルノちゃん!」
そこに鳥居の方から声がかかる。
魔理沙がそちらに目をやると、いつもチルノと一緒にいる大妖精がチルノに向かって手を振っていた。
「……大ちゃん」
涙を拭きながら立ち上がるチルノ。
「チルノちゃん、もうみんな待ってるよ」
「へっ?」
「ほら橙ちゃんの家でハロウィンパーティーしようって言ってたじゃない。
橙ちゃんのお母さん達がおいしいものいっぱい作って待ってるよ。
幽香さんや文さんも来てるし、みんなチルノちゃんのこと待ってるんだから急いで急いで」
大妖精はチルノの肩に手を置くと霊夢達の方を向き
「チルノちゃんがお騒がせしました」
そういってペコリと頭を下げると、チルノごとフッと消えた。
おそらく瞬間移動で一気にマヨヒガまで飛んだのだろう。
「はぁ~」
溜息をつく霊夢。その胸中にはもう先ほどまでの勝利の高揚感は無い。
言うなれば、試合に勝ったが勝負に負けた、そんな空虚な思いが渦巻いていた。
敗者であるはずのチルノは仲間やその保護者達と楽しくパーティー。
勝ったはずの自分は日も落ちかけた秋空をただ見上げるのみ。
果たして本当の勝利者はどちらなのであろうか。
「よっお疲れさん」
そんな感じで立ち尽くしていた霊夢の肩に、魔理沙は励ますようにぽんっと手を置く。
「魔理沙……」
「まあ、そう気を落とすな。今日はあいつ等の日なんだからな」
「……うん、そうよね」
魔理沙の言葉に、自分に言い聞かせるように返事をする霊夢。
そして何かを思いついたように顔を上げる。
「そうだわ。魔理沙、ちょっと待ってて」
そういうと霊夢は神社の方に向かい、しばらくして戻ってきた。
手には2つの湯呑みと4つの饅頭を乗せたお盆を持っている。
「これこの前紫から貰ったの。せっかくだから一緒に食べよ」
それを見た魔理沙は怪しく笑った。
「トリック」「オア」「トリート」(イタズラしたけど、お菓子も貰うわ)
唐突に屋根の方から息の合った声がした。
「へっ?」
反射的に顔を上げる霊夢。
それが間違いだった。まばゆい光が霊夢の顔面を直撃する。
光弾ではなく只の光なので殺傷力はない。だが霊夢の目が眩み視界が暗転する。
「くうぅぅぅ!!」
とっさに腕で目を覆いつつ後ろに跳ぶ霊夢。
当然お盆を落としてしまうがそんなこと気にしない。
数回瞬きしてなんとか視力を回復すると屋根の上を睨みつける。
「ふふふ~♪」
「やった~!」
「油断大敵ですよ」
そこにいたのは得意顔で胸を張る3人の妖精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアと、
「悪いな霊夢」
朝から神社に居座り続けた魔法使い、霧雨 魔理沙がいた。
それぞれ一つずつ、霊夢が持ってきた饅頭を持っていた。
裏切りだ、瞬時に霊夢は理解した。魔理沙は敵に通じていたのだ。
「魔理沙ぁ!」
「そう怒らないでくれよ。こっちにも事情があるんだ」
「事情ですって!」
「いや、実はな朝アリスの家に遊びに行ったらよ、
ハロウィンパーティーの準備で忙しいからこの子達の面倒見ててって頼まれたんだ」
悪びれなくいう魔理沙。そして4人揃って饅頭を口に放り込む。
霊夢の怒りのボルテージが二段階上昇した。
「へ~、ということはあんたら朝からずっと……」
「ああ、ずっと隙を伺ってたんだ」
「いや~大変だったんですよ」
「退屈だったしね」
「ちょっとイタズラしたけどね」
魔理沙の声に続いて口々に好き勝手なことを言う三妖精。
霊夢の怒りのボルテージがさらに上昇した。
「覚悟はできてるんでしょうね」
「いや、そろそろお暇させてもらうぜ。生憎これからこいつらのお菓子集めをして、
アリスのパーティーに行かなきゃいけないんでね」
「逃がすと思ってるの」
「思ってないけど逃げるぜ」
そういうと、霊夢がお札を投げるよりも一瞬早く4人の姿がかき消える。
慌てて霊夢が空に跳び上がりあたりを見渡すが、もはや影も形も消え失せていた。
霊夢は愕然とした。負けたのだ。
今まで無敗を誇ったハロウィンの戦いに負けたのだ。
明日からは敗者として後ろ指指される生活が始まるのだ。
傍から見ればただ妖精にお菓子をあげる日にお菓子をあげただけ、
逆にあげないほうが後ろ指差されるのだが、そうは思わない霊夢は心の底から絶望していた。
「……」
呆然と夕日を眺める霊夢が、魔理沙の座っていた縁側におかれた一通の手紙に気づくのはもう少し先の話である。
テンポも良くて面白かったです
橙?
最後の最後でww
なんか高校の文化祭みたい
いい冒頭とお話でした。
咲夜さんですら子供サイドに汲みしてるってのに、それで良いのかアリスさん。
……良いんだろうなぁ、本人的には。
それにしても、相変わらずここんちのおぜうさまと妹様は、どんな行事の時でもゆがみねぇッスね。
「思ってないけど逃げるぜ」は原作っぽくてなんか好き