・ ・ ・
『ねえ、お母さん……』
『あら、アリスちゃん。珍しいわね、こんな時間に? 怖い夢でも見たの?』
『そ、そうじゃなくて……あの、あのね……その……』
『……どうしたの?』
『えっと、その……わ、私……す、好きな人が出来たの』
『あらあら……。そう、貴方ももうそんな歳になったのね』
『……それでね? その人、魔界の人じゃなくて……幻想郷って言うところに住んでる人なの。だ、だから……』
『……そう。それじゃあ……はい、これ。お守りよ。向こうに行ったら気を付けてね、あそこにはいつかの極悪凶悪紅白巫女とかの自分勝手と傍若無人に手足が生えて歩いてるような危険物が多いから』
『(言えない……その極悪凶悪紅白巫女が好きな人だなんて……)お守りって……これ、お母さんのお気に入りの髪飾りじゃ……』
『これでいつも一緒よ。お母さんは何時でも貴方を見守っているわ』
『お、お母さん……!』
・ ・ ・
「ふにゃ……あ、あら? 私とした事が、作業の途中で居眠りしちゃうなんて……」
闇に溶け込む深緑の森を冷たい風が吹き抜ける。
ざわざわと木の葉が呻き声を上げ、ギャアギャアと獣の鳴き声が木霊する鬱蒼とした森の奥に、ささやかな家が建っていた。
その家の中で、ランプの灯りにぼんやりと照らされた机に突っ伏していた少女がふるふると顔を振って意識を覚醒させ、うーんと大きく伸びをする。
そして目の前に置いてあった人形に手を伸ばし、ごそごそと何かを始めた。
「さて、気を取り直して……後はこの、大分前にこっそり神社からかっぱらって来た霊夢の使用済みサラシを中枢に組み込めば……っと。で、できた──────ッッ!!」
深い闇に包まれた森の奥、何も無い「無」の世界。「生」を感じない、人と傷付けあう事も、人と守り合う事も無い、ただ何も無い世界。そんな漆黒の闇の中に佇む家から漏れる灯りと、少女の歓声。歓喜の雄たけびの筈なのに、どこか壮絶な断末魔の様にも聞こえるその慟哭の主が喜び余って体中にところてんをトッピングしつつ人形を天高く抱き上げ歓喜の乱舞を始めた。
激しい動きにあわせて美しく揺れる肩にかかりそうな金髪と水色を基調とした、今の状況にはとても似合わない清楚な雰囲気の服。
「や、やった! ついにやったわ、やったわよアリス! いやんもうアリスちゃんったら最高!天才人形師!カッコイイ! 今まで散々霊夢に求愛しては針やら札やらで容赦の無い攻撃を受けたり、あのゴキブリの不意を付いてぶっ飛ばそうとしたら逆に山ごと吹き飛ばされたり、どこぞの変態アル中幼女には強そうな妖怪は避けて通る腰抜けだと言われたり、他にもやれ孤独だの友達いないだの七色魔法馬鹿だの変態人形師だのある事ある事言われまくってきたけど……でもそんな日々とはもうオサラバよ!」
漆黒の闇を切り裂いて叫んだのは、魔法の森にその居を構えし七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドである。
種族が「魔法使い」で職業も「魔法使い」というのは要するに「ゴキブリ科」の「チャバネゴキブリ」みたいなもんか? と魔理沙に言われて、発言の意図はいまいち掴めなかったものの馬鹿にされている事には気付き、あんたに言われたくないわよとたまたまそこに生えていたニガクリタケを投げ付けつつ魔理沙に襲い掛かったという噂もあるプリティガールである。
「これさえあれば……ふふふ、ふふ……うふふ、あは、あはは、アハァハ、ハァハハハハハ! チャラーン! タリラリラー! ズンチャッチャ! ポラリラリーン! ナンジャラモンジャラホニャラカピー!」
発条の壊れたオモチャの様にケタケタと笑いながら、物言わぬ人形を抱いて激しく踊り狂うアリス。暗闇の中にぼんやりと光る小さなランプに照らされた見たその姿は、オルゴールに据え付けられた人形がカタカタとぎこちなく踊るように可愛らしくもいじらしく、そして一抹の儚さと幽かなネクロフィリアの風情を感じさせる。
そしてそんな主の奇行を見つめながら、戸棚の奥で二体の人形が何やらこっそりと言葉を交していた。
「シャンハーイ(なぁ、蓬莱人形……たかが人形の分際で我らが敬愛するマスターのなさる事にいちいち口を出すのははばかられるんだが……しかしさすがにこの凶行を見逃すというのはもはや主従の信義を破る事など塵にも等しい、まさに義を見てせざるは勇無きなりを地で行く人としてしてはいけない事なのではないか?)」
「ホラーイ(ああ、それなら安心するといい。私達は人じゃないからマスターの行いを見逃すどころか例え人ブッ殺しても何の罪にも問われないぞ。ああ、今宵も私のスペクトルミステリースペシャルエディション版バーストタネガシマが疼くよ)」
「シャンハーイ(やめろよ! 勝手に人の技をパクった上に妙な改造を施すなよ! 疼くってそのレーザー身体の一部なのって言うかもしや既に前科数犯!?)」
「ホラーイ(いや、問題ない。実行の際は常に赤い服を着て素性を隠している)」
「シャンハーイ(私装ってるのぉぉぉぉぉぉ!?)」
「ホラーイ(まあ、そんな細かい事は気にしなくてもいいだろう。それよりも、だ……)」
ひとしきり上海人形をからかって満足したのか、蓬莱人形が一旦言葉を切る。そして何が可笑しかったのか、今までニタニタとだらしなく哂っていた口元をきりと引き締めた。それまでのおちゃらけた雰囲気は一瞬で霧散し、戸棚の中の空気がぴしと張り詰めたかのように、引き戸がかたりと小さい音を鳴らした。
「ホラーイ(このまま進めばどういう結果を招くか、今の内に知って頂くべきではないか?)」
「シャンハーイ(……ッ)」
自分をまっすぐに見据える蓬莱人形の視線に、気圧された様に言葉に詰まる上海人形。それはどうしても認めたくない現実を無理矢理に眼前に突きつけられたような、そんなどうしようもない無力感と焦燥にも似て、思わず顔を逸らす。
その先ではまだアリスが狂った様に華麗なステップを踏みまくっていた。
「ゲェアハハハハハハハハハハハハァァァァ!!」
仰け反る程に人形を高く抱き上げ、ねじれにねじれ切った劣情が慟哭する。それは僅かに残っていた理性の断末魔の様にも聞こえ、夜に包まれた森を駆け抜け、やがて漆黒の闇へと融けて行った……。
・ ・ ・
『で、でもやっぱり駄目よ、これが無いとお母さんの髪の毛が……』
『いいのよ、アホ毛の十本や二十本。大事なのは外面じゃなくて中身なんだから。でも……このままだとちょっと味気ないかしら。うん、だったら……こうして、っと』
『! か、髪飾りが……人形になっちゃった!? お、お母さん、すごい……』
『ふふ、ありがと。これでアリスちゃんが少しでも寂しくなくなってくれたら嬉しいな』
『お母さん……ありが』
『それとあの紅白巫女に会ったらついででいいからブッ殺しておいてね(はぁと)』
『(二重人格!? アホ毛の有無をトリガーとして発動する二重人格!?)』
・ ・ ・
狂乱の歯車が音を立てて動き出した夜から明けて一日。
翌日は雲ひとつ無い快晴だった。
これぞ絶好の日和とアリスはいそいそと魔法の森を飛び出し、ほんのりと甘い春の陽気に包まれた博麗神社へと赴いていた。その表情には確かな自信と溢れんばかりの決意がみなぎり、そして決して相容れぬ筈の狂気と愛情が混ざり合い溶け合った、正体不明で意味不明の感情がなみなみと湛えられている。
ちなみに主の異常なテンションを目の当たりにしたオルレアン人形が「マスター、とうとう本格的に狂ったんスか? 認知症っスか? 朝ご飯食べたの覚えてますか?」と死ぬほど余計な事を言ってしまったせいで地の果てまで蹴り飛ばされたのだがそれはこの際関係ない。
「(見てくれてるかな、お母さん。ついに、ついに私はここまで来たのよ……。今日という今日は積年積もり積もった劣情を成就させ、そして……!)」
空を飛びながら更に上空を見上げ、魔界から見守ってくれているであろう愛する母親の優しい笑顔と華麗なアホ毛を胸の中に思い描くアリス。
母の顔を思い浮かべるだけで心が強くなれる気がする。この場合その強くなった心で何をするかという方が問題なのだが、あいにく今のアリスがその根本的かつ致命的な事実に気付くことはなかった。
「到着っ」
数分もしない内に神社が見えてきた。速度をゆっくりと落とし、そのまままるで羽毛の様に音も立てず、ふわりと階段の下へ降り立った。そう長くない階段を軽やかに登っていき、鳥居をくぐる。
そして境内の隅で何故か口にヒジキを詰め込まれて失神している紫をちらと見遣り、まさに肩で風を切るような堂々とした態度で歩を進めるアリス。
「あら、アリスじゃない。珍しいわね、こんな朝っぱらからここに来るなんて」
「お邪魔するわよ、霊夢……って、やっぱり魔理沙も居たわね」
喜色満面と言った感じの笑みを浮かべながら、縁側に座っていた霊夢に声をかけたアリスだったが、奥の座敷からひょっこりと顔を出した魔理沙を見て、ほんの少しだけ眉をひそめる。そしてアリスの微妙な表情の変化に気付くことも無く、魔理沙が霊夢の後からにやにやしながら話しかけた。
「よぉアリス、こないだリリーに衝突された怪我はもういいのか? あの時は思わずガッツポーズしたぜ、首がまるでフクロウみたいに上下反対になってひっくり返ってたからなぁ。よっしゃライバル減った、みたいな」
「あいにく魔理沙の都合で生きちゃいないんでね。霊夢のあられもない姿を想像してたら三日で治ったわ」
「ハハハそれは良かった、ま、痛みが出始めたりしたら何時でも言えよ。苦しみとか痛みとかその他諸々を十把一絡げに消し飛ばしてやるから。ついでに現世との繋がりも消し去ってやろうかなんつってなハハハハッハッハ」
「ウフフどういたしまして。魔理沙こそ箒の乗りすぎで大事な部分がいざ鎌倉で風雲急な事態になったらすぐに私に相談しなさいよ。処女の血とか液とか肝って証っていうのは魔術において最高に近い素材だからね。完全にダメになる前に私直々に取り出して有効利用してあげるわウフフウッフッフ」
「ハッハ、そんなトチ狂った事ばかり言ってるといつか霊夢にドン引きされるぜ?」
「フッ……他人の事より自分の頭のハエを追いなさい。まあ魔理沙の場合はハエどころかゴキブリ二匹位たかってそうだから倍率ドンでさらに倍って感じかしら」
至極にこやかに語りかける魔理沙と優雅に流すアリス。
境内で囀っていた雀たちが二人の間に流れる暖かい空気にアテられて片っ端から事切れていくが、アリスはそんな事など気にも留めずに縁側に腰掛けている霊夢に近寄って、その隣に腰を下ろした。
そのいつになく積極的なアリスの行動に僅かの違和感を感じた霊夢が、先程と同じ質問を投げかける。
「ところでアリス、さっきも聞いたけどこんな時間に何の用? 単にお茶飲みに来たって言うなら残念だけどダメよ、あいにく三日前に最後のお茶っ葉が切れちゃって以来水とツクシしか口に入れてないし」
「違うわよ。うん、そうね……今日はちょっと霊夢に謝りたい事があって」
「へ? 謝る? アリスが? 私に? 最近何かあったっけ?」
全く思い当たるところの無いアリスの発言に首をかしげる霊夢。
そして霊夢の後でアリスが謝るだなんてこりゃ明日は地震が降ってくるな、と茶化して笑っている魔理沙を無視しつつ、再びアリスが口を開いた。
「今まで私が霊夢にして来た夜討ち朝駆け夜這いに監視にストーキング、加えて媚薬や魔法や人形による筆舌に尽くしがたい変態的な凶行の数々をよ」
「「ウシャアアアアアアアアアア!」」
あまりにも唐突で衝撃的なアリスの発言に驚愕した霊夢と魔理沙が、二人揃って華麗に宙返りしながら鼻血を噴いて頭も打った。ぶつけた痛みとアリスの発言によって頭がシェイクされつつも、二人は必死で
眼前のとてもじゃないが信じがたい現実に納得の出来る理由を探そうとしていた。
──一体全体、アリスは何を考えているのだ。一体どうしたと言うのだ。今まで犯してきたそれこそ数えるのも馬鹿らしいほどの変態行為の数々、それらを反省して謝りに来る。そこだけ聞くと至極当然の事のように思えるが、それをしようとしているのがあのアリス・マーガトロイドというのが問題なのだ。アリスが変態だというのはもはや吸血鬼が太陽光で消滅するとか、氷が溶けると水になるとか、犬が西向きゃ尾は東だとか、事件は現場で起きてるんだとか、とにかくそんな感じの決して変えようが無い絶対的根本的な真実であり、変態行為を謝る等と言うのはそれこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。
って言うかこれだと全然原因究明になってないじゃないの、なってないぜ、という霊夢と魔理沙の葛藤をよそに、アリスが話し始めた。
「自分で言うのも何だけど私は友達が少ないって言うか居ないわ。だけどそんな事、今まで一度たりとも気にしたことなんてなかった。それは霊夢がいたからよ。霊夢がいれば他には何もいらなかった。だからこそ私は博麗霊夢と言う唯一にして無二の存在を欲したの。それこそ夜這い、薬、人形、監視に盗聴、魔法に呪術、その他諸々、およそ考えうる限りの方法でね。とにかく霊夢を私のモノにしたかった。霊夢が私だけを見ていてくれて、そして私にしか見えない所に監禁り……いえ、仕舞っておきたかった」
第三者の魔理沙はともかく当事者である霊夢は、あまりにも真面目な事を言うアリスから放たれるプレッシャーに押されて、もうこの時点で既に虫の息となっていた。アリスが最後に言いかけて訂正した言葉が何だったのか非常に気になったが、それを知ってしまうと二度と普通と書いてノンケ的な生活には戻れない気がして、暫定的に監禁リンボーダンスと言う事にして無理矢理自分を納得させた。
「でもそれは間違っていたわ。例え力ずくで霊夢を奪っても、心が私に向いていないのなら何の意味も無い。仮初どころかそもそもそんなのは愛じゃないし、その先にあるのは誰もが悲しい思いをするだけの、腐敗しきって枯れきった荒地のような惨劇」
半ば自分に言い聞かせるように俯いて目を瞑り、ぽつりぽつりと呟くアリス。実は今までのはブラフでそろそろ本性を表して襲い掛かってくるんじゃないかと淡い希望を抱いてアリスの話を聞いていた霊夢と魔理沙だったが、いつまで経ってもまともな事しか言わないで恐怖のあまり震えが止まらなくなった。
そして長年の付き合いによって身に付けたラブリーアイコンタクトを用いてこっそりと会話を始める。
(なぁ、霊夢。私こういう時どういう反応を……)
(現状維持よ。心を崩すとアリスの二の舞になるわ)
(元から狂ってる奴が更に狂うとマトモになるってホントだったんだな)
(って言うか……そもそもアリスってこんな事言う性格だったっけ?)
(絶対違うぜ。つーかこいつ人形じゃねぇ?)
(あり得るわね)
アリスには解読不可能なのをいいことに、こっそりと酷いことを考える霊夢と魔理沙。そうこうしている内にもアリスの懺悔なのか告白なのかひとり漫談なのかまったくもって判断しかねる話は滞りなく進んでいき、二人の意識が再びアリスに向いた頃には、言うべきことは殆ど話し終わったという風情になっていた。
「それでね、私ようやく気付いたの──」
そう呟くアリスの手には何時の間にか怪しい本が携えられていた。その本の表紙に書かれた文字を見た魔理沙の表情が見る見る内に変わり、信じられないとでも言うように目を見開き、息を呑んだ。
「霊夢! アリスから離れろ!」
「え? 離れろって何でまたそんハチャチャァァァァァァ!!」
声の限りに叫んで駆け出し、事態が呑み込めずに目を白黒させる霊夢を華麗で流麗な右の飛び足刀で境内の隅まで吹き飛ばす魔理沙。
虫に例えればゴキブリ並みの素早い行動だ。
「体だけじゃダメなら──心ごと私のモノにしちゃえばいいんだ、って」
アリスがそう言ったのと同時に怪しげな気が発生して木々がざわめき、次の瞬間、ドカッという轟音と共に賽銭箱を粉々に砕け散らせながら、何やら怪しい影が勢いよく賽銭箱の中から飛び出してきた。その影は碌に反動もつけられそうに無い狭い箱の中から出たのにも関わらず、神社の屋根よりも遥か高くに舞い上がって華麗に回転しながら、五接地転回法的なテクニックを駆使して美しく着地した。
「い、いたた……ちょっと魔理沙、いきなり何す……!?」
蹴られた後頭部を擦りながらふらふらと立ち上がった霊夢だが、突如賽銭箱から現れた人形のフォルムを見るなり言葉を失った。
大きく脇の開いた、紅と白でビシッと決められた装束。
左右に一本ずつ纏められたもみあげ的な髪の束。
境内を吹きぬける春風に揺れる美しいポニーテール。
直視するのも憚られる程の哀しさを醸し出す、どこまでも水平な胸板。
もはや疑う余地などない、見た目的には寸分たがわぬ霊夢型の人形がそこに在った。
「よく出来てるでしょ? この中に霊夢の精神を閉じ込めれば、外側も中身も今の霊夢と寸分変わらず、だけど私には絶対服従のよだれが出るほど素晴らしい人形が出来るって訳よ。ウフフフフ」
「ちょっと待ってアリス、あんたがどんな手段使って私にアタックしようが大抵の事は気にしないけど私と同じ形の人形作るのはやめて! たまに夜中とか体のあちこちが痒くなったりする時いつも不安になるから! って言うかよく見たらその腋からちらっと見えてるサラシってもしかしていつか以来忽然と行方不明になってた私の使用済みでおまけに未洗濯だった奴じゃないのぉぉぉぉ!?」
『トンデモネェ コックローチダナ』
「げっ、声までそっくり……いや、しかしこれはまた何とも、まぁ……」
よりにもよってこの状況のこのタイミングで出てきたのだから、どうせまたろくでもない呪いのかかったサタンドールに決まっている。そんな狂気の塊が自分と同じ姿をしてるなんて、と感動の涙を流す霊夢と、霊夢の顔で、そして僅かに無機質な感じがするとは言え霊夢の声で話しかけられて微妙な表情を浮かべる魔理沙。
そんな二人を見て、アリスは満足げな笑みを浮かべた。
「うっふふ、うふふ……あまりの感動に賞賛の言葉すら出てこないみたいね! そう! これが上海人形や蓬莱人形、そしていつかのクリスマスに霊夢に使った『ハネムーン半強制展開装置・ソドムチックラブジェネレイション』をも超える、呪術に魔術に奇術に医術にその他諸々のあらゆる方面の技術を取り入れて私の持てる力と技を全て注ぎ込んだ至高にして最高たる超傑作魔導人形! その名も『スーパードールドメちゃん~そしてまた甦る紅の世界~』! ちなみにドメちゃんって言うのはドメスティックバイオテクナァレズィーの略よ! 私ったら都会派!」
「そんな所まで聞いてねーよ! それだと都会派っつーかむしろ過激派だよ! いや、そんな事よりその手に持ってる本ってグリモワールだろ!? そんなモン触媒にした自律人形作るなんてどう考えたって正気の沙汰じゃないぜ! 万が一にも制御回路が暴走したら人形の人格が崩壊してとんでもないことになる!」
アリスの魔の手から霊夢をかばう様に一歩前に出る魔理沙。
よりにもよってグリモワール等と言う凶悪極まりないブツを使用するとは何考えてやがる、その危険度は全開にしたミニ八卦炉で風呂を沸かすようなもんだぜ、とアリスに詰め寄ろうとしたが、次の瞬間アリスが言った言葉によって魔理沙の腰は砕かれた。
「よく見なさい、この本はグリモワールなんかじゃないわ。この間メガネ店主の雑貨屋からかっぱらって来た掘りモワールよ」
「掘りモワール!?」
「それに壊れたって危なくないわよ、だって私の性格の移植だもの」
「何だそれなら大丈夫だな、何てったってアリスの人格は既に取り返しの付かないほど崩壊してるしって違ーう! お前の人格だってんなら壊れる前から死ぬほど危ないじゃねーか! どうせまたアレだろ! 霊夢を手篭めにするのを補助する機能が付いた実にうらやま、いや、実は私も開発ちゅ、いや、実に素晴ら、いや、私にも貸し、いや、えーと……ああそうだ、破廉恥だ破廉恥! 破廉恥極まりない変態グッズだろ! 結局のところ力ずくかよ! 全然分かってないじゃないか!!」
このタイミングでノリツッコミをするのは流石に本人も微妙だと思ったのか、恥ずかしさでちょっぴり赤くなった頬と混濁した思考を誤魔化す様に魔理沙が叫んだ。
しかしアリスはそんな魔理沙を見下して嘲笑うかのように、「フン」と軽く鼻で笑ってから一気にまくし立て始めた。
「分かってないのは魔理沙の方だわ!私がどれだけ霊夢を好きか分かってない! でも私地味だしスカート丈長いし霊夢は幻想郷中の人気者だし永遠亭の廊下よりも長い二人の距離埋まりますようにって考えながら夜毎夜毎にいつか霊夢を自分だけの物にしたいと妄想……じゃなくて夢想する度に目が覚めて溜息! 枕を破裂するほどぎゅっと抱き締めるあのやるせなさ!」
びしぃ、と魔理沙に指を突きつけてアリスが叫ぶ。同時に先程までの変態的な空気が僅かに霧散し、悲壮ともいえる思いを湛えた切なそうな表情が浮かぶ。言葉面だけなぞれば恋に悩む純情な少女の煩悶の末の告白と取れないこともないが、今までの凶行及び発言及び痴態を目の当たりにしている霊夢と魔理沙にしてみれば、恋に悩む可憐な少女どころか平和を乱す悪魔の雄たけびにしか聞こえなかった。
そんな悲しい事実には気付かないまま、アリスの慟哭はヒートアップしていく。
「だけどそんな切ない毎日はもう嫌! 自分の想いを腐らせているのはもう沢山! 今まではお酒の力でも借りなきゃ理性の殻を破ることが出来なかったけど、この人形さえあれば……ああ、だめ、だめよ、こんな……昂る……どうしようも無く昂るわ! 言うなれば天使がその淡雪と見紛うばかりに白く美しい繊手で織り上げた一分の汚濁も介在する余地の無いこれまた純白なりて至上なる絹布を汚らしい泥がべっとりとこびり付いた靴で好き放題に踏み尽くし蹂躙するかのような、決して犯す事許されぬ禁忌を犯す際に伴うもはや誰の手にも余る程の胸のトキメキ! それは所謂メヌエットでルネッサンスでプログレッシヴなプリティ背徳フォーリンラヴ!」
普段から自分の想い垂れ流しまくってるじゃねーか、という魔理沙の冷静なツッコみすらその圧倒的な勢いで粉砕して、滅亡という名の終着駅へと向かって突き進む弾丸魔列車と貸したアリス。もはや滝の様に溢れ出す涙と鼻血を拭おうともせず、その可憐な喉が張り裂けんばかりに声を張り上げる。
「ああ、精神をこの人形に移し変えられて糸の切れたマリオネッテの風情と化した霊夢の肢体! その指を! 小ぶりなお尻を! 壊滅的な胸を! 四肢を! 臓腑を! 可愛らしい目玉を! そして! ああ、そして霊夢がこの世に生を受けてから脈々とそして連綿と鼓動を刻み続けてきたし、しん、しんぞ、心臓、ああ、だめ、だめよアリス、いや、でも、だめ、も、もう耐え切れない! そう! 霊夢の! 霊夢の心臓! ああ、今すぐその大動脈に口をつけて淫靡な音を立てつつ啜りたい! とくとくと蠢く心室と心房を隔てるその筋肉を舌と歯で舐めてふやけさせて捌いてまるごと貪りたい! さすれば霊夢の心はこの人形に! 更に霊夢の身体は一欠けも残さず文字通り私の血となり肉となりて未来永劫一心同体腐乱死体でホルマリン漬けのホリえもんがDANGANレーサー心惹かれてくぅぅぅぅ! 見える! 見えるわ! 私にも鏡の中のMarionetteが見えるわ! 命みぢかし恋せよ妖怪ィィィィィィ!」
あまりの惨状にもはや魔理沙はツッコむことさえ出来ずに立ち尽くしていた。そして何やら勝手に話を始めて勝手に終わらせて勝手に妄想に漬かって、挙句の果てには妄想の中で自分に筆舌に尽くしがたい行為をおっ始めた、結局何だかんだ言ってまったく以前と変わっていないどころか変態度数がウナギのぼりに増しているアリスの痴態を目の当たりにし、さすがの霊夢も背中に嫌な汗が流れるのを自覚した。
「ア、アリスって前からこんなだったかしら? 変態なのは間違いないとしても今まではもう少し、その……陰気くさいって言うか、サイコ気味って言うか……。こういう直接的かつヴァイオレンスなのはどっちかって言うとレミリアの持ち味なんだけど……」
「あー、霊夢。さっきアリスがリリーに衝突されたって話したよな?」
「したけどそれが一体何の関係が……って、ま、まさか!?」
「たぶん……伝わっちゃったぜ」
あまりにもしょうもない原因に凄まじくやるせない表情になる霊夢と魔理沙。
春を伝えるって比喩表現って言うか婉曲表現だったの? とかぶつかったら伝わるってそんな病原菌じゃねーんだから、とか二人とも色々と言いたいことはあったが、もはやそれを口にする気力も削がれていた。
「伝わっちゃったのね……いやまあその、こんなにも好かれてるのはありがたい事だけど……ねぇ魔理沙、誰かを本気で好きになるってもしかしてこういう事なの? 私の周りで恋してる奴ってすべからくこんな感じのペドだの掘るだの食うだのの変態ばっかりのような気が……」
「違うとも言いきれないが……でもなぁ、実に難しい話だぜこれは。そもそもが無重力の霊夢にはワカらんだろうが……いや、いい例えがあったな。今霊夢の目の前に超最高級の玉露とお茶菓子が一人分だけあるとしよう。そして周りにはそれを狙っているお茶好きの妖怪がうじゃうじゃ居る。さて、そういう状況になったら霊夢はどうする?」
「そんなの他の奴らに奪られる前にゲッチュウするに決まって……あ」
「要するにそういうこった」
「ウッフフ……さあ魔理沙、通行人Aの出番はここまでよ。 後は主演の私達に任せて、大人しく引っ込んでなさい」
間違った部分が間違った方向に春満開のアリスが怪しく哂う。そして霊夢をかばう様にして立ったまま、視線はアリスから外さずに魔理沙が霊夢に問いかける。
「おい霊夢、紫は……って、そう言えば私が来る前にお前に襲い掛かってきたからおびただしい量のヒジキぶっかけて撃退したって言ってたな。だったら萃香はどうした?居ないのか?」
「いやまあその、本日未明自分を小型化させて私の体内に入って内側から霊夢とひとつになっちゃうよーハァハァアハハとか血迷った事言ってたから、ちょっと……まあ、何と言うか、たまたまそこにあった炒り豆で撃退して畳の下に……」
「……つまりアイツも再起不能的な状態ってワケか。まったくもって間の悪い事だぜ」
最悪のケースが現実となってしまい思わず舌打ちをする魔理沙。レミリアは無事だが、こんな朝っぱらでは大して期待できそうも無い。これで外部からの救援の可能性はほぼ絶たれてしまった。
なれば、自分がやるしかない。ふう、とひとつ小さく溜息を付いてアリスの前に立ちはだかり、ぶん殴り用の箒と消し飛ばし用のミニ八卦炉を取り出す。
「……魔理沙?」
「春度の高い行為に及ぶだけならまあ何の問題もないが、喰べるだとかタマシイ引っこ抜くだとかそんな物騒な話聞かされちゃあ、黙って見てろって言う方が無理ってモンだぜ。第一霊夢の身体と精神はいつか私がかっぱらうって決まってるんでな」
「私を助けるとかじゃなくて自分の為なの!? 後々の予定の為なの!?」
「冗談だぜ」
愛する者を守るため死地に赴くイケメン勇者的な空気を纏い、霊夢と仲睦まじく冗談を交わす余裕さえ見せながら魔理沙がアリスに詰め寄っていく。しかしアリスは霊夢と魔理沙が楽しそうにジョークを交わす姿に嫉妬した風も無く、それどころか超魔導究極皆撲殺兵器「箒~サリーちゃんもメグちゃんも~」と
山一つを吹っ飛ばす程の威力を持ったミニ八卦炉を携えて近付く魔理沙すらものの数ではないとでも言いたそうに、ニタリと妖しく微笑んだ。
「魔理沙がそう出ることも全て予測済みよ……うっふふ……。霊夢と魔理沙の性格と私に対する認識、今日の天気、魔力の具合、龍脈地脈水脈気脈の流れ。あらゆる要素を総合的包括的に判断して、そこから導き出された予測は既に『予測』ではなく、確実に起こる『未来』! 無重力の霊夢やあのスキマ妖怪ならともかく、魔理沙の行動はすべて予測したとおり! 魔理沙がこのタイミングで立ち上がって私に八卦炉を向ける事もすべて計画通りなのよ! いやんもうアリスちゃんったら最高! 天才! カッコイイ! ウルトラキュート! メヌエット!」
「霊夢の前でいいカッコするのは勝手だが、お人形が集まるまで大人しく待ってた方がお利巧なんじゃないのか? その霊夢型人形がどれだけハイスペックだったとしても、私の魔砲の前ではすべからく灰塵に化すと言う選択肢しか残ってないぜ」
魔理沙がからかう様に言った台詞を聞いたアリスが更に凶悪な笑みを浮かべる。裂けそうに歪められた口の端と、ぎょろりと見開かれた両の眼からは、喜びよりも嘲りに近い感情がありありと感じ取れる。
だが、そんなアリスの態度を虚勢と判断したのか、魔理沙が更に追い討ちの口撃を放つ。
「そういや今日は上海と蓬莱が居ないな?もしかしてついに見捨てられたか?」
「何言ってるの、二体(ふたり)とも魔理沙の頭の上に居るじゃない」
「またトチ狂ったことを……頭の上に乗ってて私が気付かないわけ無いだろ。
まあいいさ、何処に隠れてようが関係ない。根こそぎ吹っ飛ばすんだからな」
魔理沙がスペルカードを取り出し、アリス目掛けてミニ八卦炉を構える。
だがこの期に及んでもアリスはまだ不気味に哂っていた。
まるで鳥篭に囚われた小鳥が懸命に飛び立とうとするが
冷たい格子に阻まれ、やがて翼が折れ力尽きるのを嘲る様に。
そしてばっと顔を上げて遙か上空を見遣り、拳を高く突き上げて声高に叫んだ。
「後悔するわよ……蓬莱、上海!業(Go)!」
・ ・ ・
アリスの見上げた先。
丘を越え峠を越えフジヤマを越え雲を越えその上の桜花結界も越え、
そろそろ「成層圏」と言う単語がちらつき始めたあたりの超上空で
何やら二つの小さなシルエットが動いた。
高度が高度だけに吹き荒れる暴風は地上と比べ物にならないが、
二つの影は吹き飛ばされる事もなく確りとそこに在った。
「ホラーイ(あぁ、あぁ……見える、コレ以上なくよッく見えるよ……
私という史上最高の美の神の裁きを待つ愚かな生物達が)」
「シャンハーイ(やめろよ!って言うかこの場合たぶん見えてるのは幻覚で
愚かなのはどっちかと言うとむしろ貴方の方だよ!よだれ垂らすなよ!怖いよ!)」
それはまるで地べたに這い蹲る惨めな下等生物を見下すように口の端を歪めて
胸の前にかざした両手と真ッ平らな胸の間でごうごうと渦巻く紫色の魔力塊を
赤子にするように優しく、そしてどことなく淫靡に撫でくり回す蓬莱人形と
激しく吹き荒ぶ風でスカートがめくれ上がるのを気にする余裕もないまま
何とかして相方の凶行を止めさせようとしている上海人形だった。
後に蓬莱人形はこの時の相方の様子を「はいてない」と評していたと言うが
その発言の詳細と真意は未だ謎のベールに包まれたままである。
「シャンハーイ(今からでも遅くは無い!やめるんだ蓬莱人形!
貴方がマスターの事を本当に心の底から大切に想っているのなら
この行動が破廉恥かつ傍若無人極まりない畜生働きだという事が分かる筈だ!
いくらマスター直々の命令とは言えこれはどう考えてもマスターの為にはならない!)」
「ホラーイ(何を言っている?私達はあくまでマスターの『利益』の為に行動するのが
その他のあらゆるものに勝る最優先事項であり、此処で言う『マスターの利益』とは
第三者が判断するものでは決してなく、あくまでもマスター御自身が決定するものだろ?
ならば私のこの行動は一切合切天災惣菜全くもって問題なし、小松菜おろしと大根おろしが
オロオロしちゃってあらまあ大変アッパラパーなまさに人形の鑑と言うべき素晴らしい事なのだぞ)」
「シャンハーイ(マスター第一ってのには賛同するけど他の部分があまりにも酷すぎるよ!
今にも絶頂を迎えそうな女の貌しながらレーザー発射の態勢に入りつつ
口先だけで尤もらしい事言われたってこれっぽっちも説得力が無いよ!だからよだれ拭けよ!
って言うか昨夜貴方何となく意味深な事言ってたのにもしかしたらあれブラフだったの!?)」
「ホラーイ(ブラフって何だ、蚊の幼虫か?しかしまったくアンタという人形は実に五月蝿いな。
アンタはいいさ、何かとマスターに重宝されて使ってもらってるから。
私はこういう時じゃないとマスターのお役に立つ機会が無いんだよ。
私が普段どれ程の煩悶とした想いをこの小さな体の中に鬱屈させているか
常々マスターの傍にべったり腰巾着のアンタには分からんだろうがな。スネ夫は引っ込んでろ)」
「シャンハーイ(スネ夫!?)」
蓬莱人形の悲壮な言葉を聞き、僅かに上海人形がたじろぐ。
……いつかの長すぎる冬の時も異常な月の時も、宴会騒ぎの時もそうだった。
マスターが本気を出さない、あるいは然程重要でもない用の時は
大体自分かそれ以下の人形達だけで事足りてしまう事が多くて
蓬莱人形の出番はそれこそ最後か、最悪の場合無いかのどちらかだ。
マスターに付いて来てはいるものの黙って見ているしか無いと言う歯がゆさは
想像に難くないし、異常な月の事件の時など最初から連れ出しても貰えなかった。
……マスターを守る、という事に関しては殊更執着する様に「成って」いるにも関わらず。
「ホラーイ(それにたまには私もストレス発散したいからな)」
「シャンハーイ(何だかんだで結局その辺りに落ち着くのかよ!
ちょっぴり同情しちゃった自分が恥ずかしいよ!とても恥ずかしいよ!
って言うかさっさとそのとめどなく溢れるよだれ拭けって言ってるだろ!)」
「ホラーイ(もう遅いよ、このタイミングで無理に発射を止めたら私達が吹き飛ぶ)」
「シャンハーイ(よだれで!?いや、何か話がそこはかとなく噛み合ってないぞ!?)」
上海人形がようやく重大かつ悲劇的な事実に気付いたがもはや時既に遅し。
最初は握りこぶし程度だった魔力の塊、早い話が普段のレーザーの元は
今やもう紅魔館門番のホルスタイン・バディを凌ぐほどに大きくなり、
蓬莱人形の小さい胸の中でこぼれんばかりにどくどくと脈打っていた。
「シャンハーイ(蓬莱人形!や、止め……)」
「ホラーイ(────蓬莱走破撃)」
──ふわり、と。
蓬莱人形の腕が広がり。
──とろり、と。
紫紺の光球が滴るように融けて行き。
──きらり、と。
晴れすぎた空に、光が弾けた。
・ ・ ・
「喰らえ必殺!マスターどわっちゃあああああああああああ!」
惨劇はまさに一瞬だった。
例え千里を視通す眼力を持っていたとしても到底視認する事あたわぬ超高度から放たれた
一条の紫紺たる閃光が魔理沙の尻に直撃し、そのあまりの衝撃に魔理沙が華麗に吹っ飛び
境内の隅に咲いていた桜の根元の地面に頭から突っ込んでそのまま動かなくなった。
「ま、魔理沙ァ────────ッ!」
「ゲェアハハハハハハハハハハハハァァァァ!!だからさっき自分の頭のハエを追えって言ったじゃない!
そしてこの時間ならあの吸血鬼が来ても畏るるに足らない!今はもう動かないあのコックローチ!
変態アル中幼女は無口に今も畳の下!そして唯一の不確定要素だったスキマ妖怪が
既に霊夢自身の手によって退けられた今もはや誰も邪魔するものは居ないわ!
さあ!白昼堂々犯行声明有言実行私刑執行でグランギニョル座の恋色怪人発進────ッ!」
「ああもう、アリスしっかりしなさい!これ以上境内を散らかしたら怒るわよ!
それに私だっていつもいつも助けを求めて叫んでばかりいるわけじゃないわ!
いい加減にしないとこのお払い棒と針で鼻っ面に一発痛いのをって既に眼前ッ!?
速ッ!ものすご速ッ!これこそまさに人ならぬ速力って結局私押し倒されてるし
結論としてはいつもの如く助けて!誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
感動のあまり顔中の穴という穴から血液を迸らせつつ、アリスが霊夢に飛び掛った。
応戦しようとして棒と針を取り出した霊夢だったが、常識外かつ想定外の
アリスの素早さに意表を付かれて成す術も無く押し倒されてしまった。
そして霊夢の上に覆い被さる形となったアリスが妖艶な笑みを浮かべつつ囁く。
「……仮に将来霊夢が私だけのモノになったとして、
その時もし────私と霊夢がまぐわう際に……」
「……ッ!」
アリスがぺろりと己の指を舐める。
まだどこか幼さの残る貌のアリスがするその仕草は
全くもって不釣合いな程淫靡であり、そしてそのギャップが
魔性の瘴気を放ち、霊夢の背筋をぞわぞわと駆け上がっていった。
「この指で秘密の花園に向けて……
夜毎夜毎に鍛えたひとり遊びのテクを……」
とろりと唾液がしたたるアリスの指が霊夢の袴のスキマに伸びる。
……まずい。これはまずい。本当にまずい。文字通り死ぬほどまずい。
この間食費に困って仕方なく食べた障子張り用の糊より不味い。
本人も言っていたが酒を飲んでいる時などは別としても
普段は他の面子に比べると自分への接し方が冷めているというか、
魔理沙が言うには「ツンデレ」とかいう謎属性の持ち主のアリスだけに
クールな仮面の下に隠した情熱は相当のものだろう。
それが今、春度という絶好の燃料を得て激しく燃え上がっている。
言うなればこれは恋のバックドラフト現象、このままだと間違いなく
アリスの絶技によって夢の世界へと連れて行かれるに決まってる。
そうなる前に何とかしなければならないが、どう見ても今のアリスには
言葉による説得は無意味だろうし、力任せにぶん殴ったところで
どうせまた変な勘違いをされるに決まっている。
……殺すしかない?
霊夢の目に暗い光が宿る。
ごめんねアリス、後であらゆる手段を用いて生き返らせてあげるからね。
あんた人間じゃないから肉体だけ滅びても復活出来る筈よね?と
鬼畜はなはだしい事を考えながら、気付かれないように優しくそっと
腋から取り出したパスウェイジョンニードルをアリスのこめかみに近づける霊夢。
そして針の先がアリスの柔肌をぷにと突付いた、まさにその刹那。
ぞぶり
「!?ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「!?なっ……何が……ちょ、どっ……どうしたのアリ……!!」
針ではない何かが何かに突き刺さった音がして、アリスが断末魔の様な叫び声を上げた。
アリスのこめかみに針をぶっ刺そうとしていた霊夢の手も思わず止まり、
そしてそこに生まれた一瞬のスキの内にに何者かがアリスを引き剥がして
激しくそこら中を転げまわった。
『イチゲキ デ KO(エクスタシー) ダゼ』
アリスを抱いたままごろごろと転がってなにやら怪しい行為に耽っているのは
何とアリスが作った筈のスーパードールドメちゃんだった。
リリーと直接衝突していない為に春度が伝わっていないドメちゃんが霊夢を傷付ける事を拒んだのか、
それともアリスの性格があまりにもあまりなので移植先のドメちゃんが耐え切れなくなって
暴走をおっぱじめたのかは分からないが、とりあえず緊急事態と言う事は霊夢も理解できた。
どうやら先程魔理沙が危惧していた最悪の事態が実現してしまった様だ。
「いや、いっくら何でもこれはお約束過ぎるでしょ……って、あ、アリス!?
ちょ、な、何うっとりしてるの!?早く逃げなさい、その人形吹っ飛ばすから!」
「あっ……はぁ……う、うふふ……これもすべて計算通り……んくっ……うふ……
ま、万が一人形が暴走した時の事考えて霊夢の形にしておいてよかった……。
れ……霊夢に殺されるんだったら……私……し、死んでもいいくらい嬉しいわ……。
わ、私には優し過ぎたのかしら……最後の霊夢まで壊した私って……さ、サド?はふっ」
「アンタ一体何言ってんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」
緊急事態に慌てつつも素早くお払い棒を構えて札やら針やら玉やらを投擲しようとした霊夢だが、
人形に襲われつつも何故か恍惚とした笑みを浮かべて悶えるアリスが邪魔で実行に移せない。
早く逃げろと急かしたものの、返って来た言葉は霊夢の予想の二百由旬ほど斜め上を行っていた。
感動と衝撃のあまり持っていたお払い棒を地面につき額を当てて高速回転を始めつつツッコむ霊夢。
その前衛的な格好のまま霊夢は珍しく悩んだ。
このままほっとけば殺されはしないまでもどういう惨劇を齎すか想像も付かない。
かと言って何故かアリスが人形から離れようとしないので力任せで吹っ飛ばすことも出来ない。
それこそ下手に嫁入り前の体に傷でも付けて「責任取れ」とか言われる事態は御免被りたい。
って言うか別にここで助けなくたって後で紫と慧音と永琳とレミリアあたりを総動員すれば
死んでる人間だって生き返らせられるんじゃない?と極悪な思考が霊夢の脳裏で膨らんできたその瞬間、
はるか上空から風を切り裂いて二つの影がカッコよく落っこちてきた。
「あ、あんた達……えーと、その……何だっけ、まあいいや、とりあえずアリスの人形AとB!?」
「ホラーイ(リッケンバッカーその通り!トッテンピッシャン大正解!
我こそスターだ!蓬莱人形推参!マスター!どうかお気を確かに!
貴方の心のファンタ漬けコアラ蓬莱人形が御助けに参りました!)」
「シャンハーイ(ファンタ漬けコアラ!?何その明らかに主食がユーカリ以外の異次元生命体!?)」
目を回しながらも懸命の力で自分達に声をかけた霊夢に
おしゃべりする人形という非常にメルヘンチックな可愛さを意図的に振り撒きつつ、
着地に失敗して地面に半分ほど突き刺さりながら答える蓬莱人形と
この世のすべてを諦めたような哀しい表情をしながらも懸命にツッコむ上海人形。
そして上空でこの二体が仕出かしていた凶行の一部始終を見たものがいれば
間違いなく原因の一端はお前だろとツッコみたくなるような白々しい台詞と共に
素早く地面から脱出してアリスの前に立ちはだかる。
「シャンハーイ(って言うかちょっと待って……ほ、ホントにやるのか?どうしても?何が何でも?)」
「ホラーイ(当たり前だろう?それ以外にマスターを助ける道は無いのだから)」
「シャンハーイ(原因の一端を担った、いや、担いに担いまくった貴方の言う言葉じゃないよ……)」
「ホラーイ(フ、褒めても妖しい汁しか出ないぞ。さて、早いところ片付けようではないか)」
「シャンハーイ(……はいはい……えーと、こ、恋する私はスーパードール)」
この時上海人形は「もしかして蓬莱人形は自分の活躍するチャンス作りたかったから
マスターの凶行に協力したのかな?そうだとしたら後でぶっ飛ばしてやる」と思ったが
見てるこっちが恥ずかしくなるほどに高い蓬莱人形のテンションに押されて何も言えなかった。
半ば全てを諦め、ほんのりと頬を桜色に染めてそっぽを向きながら謎の呪文らしきものを呟く。
そして相方の恥ずかしがっている姿を愛しそうに見つめつつ、蓬莱人形がその後に続く。
「ホラーイ(ハハハ!来てる!キテるぞ!恋したアナタはスーパーガール!)」
「シャンハーイ(………………航海始めて後悔始めた1・9・7・0・ヴォヤージュ元年、
一日千秋十人十色で十中八九が一撃必殺、現場にゃ正義でサンバにゃマラカス)」
「ホラーイ(1983年夏の朝!いつも横には大好きなマーマレードが板前さんとイタ飯むさぼり
バイバイByeBye倍々ゲームで宇宙に放逐栗饅頭!ハハハ!さぁ!往くぞ上海人形!)」
「シャンハーイ(……ああ……もう……好きにして……)」
「ちょっ……あんた達一体何しでかす心算……」
溢れ出す狂気を隠そうともしない蓬莱人形と
恥ずかしさのあまりもはや抜け殻の風情と化した上海人形。
そして次から次へと飛び出す謎の呪詛と奇天烈な事態に
我等が悲劇のヒロイン霊夢はすっかり夢中と書いて大混乱と読んで
暫定的な意味としては知恵熱を出していた。
それでも流石は博麗霊夢、なけなしの無重力スキルを発動させて
怒涛の様に押し寄せる現実から受けるダメージを可能な限り軽減し、
誰もやらないなら私がやるしかない、と言った悲壮な覚悟を湛えて
二体の奇行にツッコむ為に何とかかんとか口をこじ開ける。
しかし彼女を待ち受けていたのは、今までより更に悲惨で無残な大惨事だった。
「「シャンハーイ((合ッッ!体ッッッッ!!))ホラーイ」」
「合た……そ、そんな幻想郷的ルールに違反してる事この上なきゃああああああああああああああ!!」
瞬間、上海人形と蓬莱人形を中心に凄まじい魔力が溢れ出した。
止め処なく流れ出る禍々しい力の波動はやがて渦となって荒れ狂い、
木々に悲鳴を上げさせ桜の花びらを散らす爆風へと昇華され
世界を白に塗りつぶすような物凄い光とともに大爆発までもが発生した。
霊夢は成す術も無く吹き飛ばされ、魔理沙が倒れている境内の隅まで飛ばされた。
そして凄まじい光に目が眩んだ霊夢の耳に、衝撃的な言葉が飛び込んできた。
(アリスちゃんったら……こんな時くらいお母さんを頼ってくれてもいいのに)
「(こ、この────いつかどこかで聞いた事のあるこの声は────!?)」
極光と爆風と魔力が渦巻く純白の世界で、霊夢は見た。
ぴょこんと立った毛の束を装着した影が光の中から現れて
人形に色々されているアリスに歩み寄って行き、そして……
「──魔界神狩妻最終豪爆拳(マザーバンガードカリスマハルマゲドンナックル)」
ゆるぅ、と、まるで幼い我が子の頭を撫でる様な優しさで繰り出された拳が
人形に触れた瞬間、その目から光が失われて拘束していたアリスを取り落とし、
地面にがくりと膝を付くか付かないかの内に砂となって風に吹き散らされていった。
そして煙と光がゆっくりと晴れるまでのその間 実に二秒!
「アンビリイイィィィィィィバボオオォォォォォォ!!」
やっと視界と思考能力を取り戻した霊夢が自分の目と頭と眼前の現実をまとめて疑った。
まさか見紛う筈も無い、この女は明らかにあのアホ毛でノンカリスマな魔界の神、神綺だ。
そして元魔界の住人のピンチに颯爽と現れ華麗に救助活動を行ったと言えば
非常に聞こえはいいが、この場合はそこに至る道程にあまりにも問題があり過ぎた。
上海人形と蓬莱人形が何やら叫んで変なポーズを取った瞬間に
激しい光と爆風が発生し、その光と煙に紛れて神綺が飛び出してきて
あれよあれよと言う間にアリスを拘束していた人形を叩き壊したという
必殺の無重力スキルを発動させてもスルー出来ないほどの威力を持つ
衝撃的大惨事を目の当たりにし、吐血しながらそこら中を激しく転げまわる霊夢。
「……久し振りね、出来る事ならあまり会いたくなかったけど」
「ちょっ……なッ……待……え……って言うかアレで何でアンタが出てくるの!?
だってさっき合体したのはあの上海と蓬莱とか言うアリスの人形でしょ!?
普通上海と蓬莱が合体するって言ったらシャンライ人形とかホウハイ人形とか
我ながらネーミングが貧相だとは思うけど大体そんな感じの結果を想像するでしょ!?
それが何!?何でよりによってアンタ!?いや、そんな事より魔界に居なくていいの!?
開いてる――――──魔界のガードッッ……ガラ開きッッ……ガラ開きじゃん!!」
「極悪凶悪巫女の貴方には分からないでしょうけどアリスちゃんは、
いえ、魔界のあらゆる存在は元々私の創った可愛い子供たちなのよ。
自分の子供を愛するのは母親として当然の事じゃないかしら?」
「いや、来た理由はそれでいいとしても何でまた、一体何がどうしてどうやって……」
「ホラーイ(それは私から説明しよう)」
今にも泣き出しそうなほど混乱している霊夢の前に
どこからともなく蓬莱人形と上海人形が舞い降りた。
どうやら本当に合体した訳ではなく、光と煙に紛れて
神綺の攻撃の余波を受けない所に退避していただけの様だ。
「ホラーイ(そもそも私は蓬莱人形という名前ではないし
上海人形も最初から上海人形だった訳ではない。
これらの名前はマスターが集めた人形との兼ね合いで付けられた
言わば偽名……と言うか、マスターの言葉遊びの様なものだ。
そして私達は他の人形達と違って神綺様の髪飾りが核になっている。
髪と言うのは古来から儀式や呪術の触媒にされて来た程の魔力を持ち、
神綺様程の力を持つお方ともなれば、その髪に触れている髪飾りにも
膨大な魔力が蓄積していく。魔力とは即ち気であり生命のエネルギー、
魔界を創造する事の出来る神綺様にしてみればそのエネルギーを依り代に
自分の存在を一時的に『創造』する事など造作も無い事なのだ。
まあ、『髪と言うのは~』以降は私の想像だが)」
「シャンハーイ(即席ッ!?)」
「ホラーイ(ちなみに合体とか言ってたのは全て上海人形のリクエストによるものだ)」
「シャンハーイ(違うよ!嘘付くなよ!事実誤認だよ!意図的な真実の隠蔽だよ!)」
「ホラーイ(マスター暗殺計画はさすがにまずいだろ)」
「シャンハーイ(流すなよ!って言うかマスター暗殺計画って何!?)」
熱弁をふるう蓬莱人形と上海人形だったが、あいにく霊夢は人形語の解読能力が無いので
「ホラーイ」「シャンハーイ」としか聞こえず結局何ひとつ話を理解出来なかった。
そして何だかんだ言っても以前やられたのがトラウマになっているのか
神綺がそそくさと霊夢から離れ、カチカチと何やらゼンマイでも巻くような硬質の音を立てながら
己の頭にそびえたつアホ毛の角度を直し、倒れたアリスに近寄って抱き起こす。
「アリスちゃん、しっかりして」
「う……んっ…………え……なっ……お、お母さん……!?」
す、と神綺の手がアリスのおでこを撫でた。
それだけで失神していたアリスの目が開いていき、
闇に沈んだ意識が覚醒していく。
そして抱きかかえられたまま体を起こして境内をぐるりと見遣り、
桜の根元に半分埋まった魔理沙に巫女装束が乱れた霊夢、
無残なほどに散らかった境内を目の当たりにしたアリスの表情が
徐々に凍り付いていった。
「そ、そんな……あ、ああ……わ、私……霊夢にあんな破廉恥な事……い、いや……」
自分が仕出かした事を思い出したアリスが頭を抱えて
いやいやとかぶりを振り、ぎゅっと目を瞑って俯く。
あまりの恥ずかしさに耐え切れないのか、全く顔を上げようとしない。
この時霊夢はそれなら普段やってる窃盗監視に盗聴夜這いは
アリス的には破廉恥という言葉の範囲に入ってないってこと?と思ったが
流石にこのタイミングで無粋にも横槍を入れるのは好ましくないし
どうせ答えは聞くまでも無くYesだろうと思って黙っていた。
「……アリスちゃん」
「あっ……お、お母さん」
そしてそんなアリスにゆっくりと神綺が歩み寄り、肩に手を置いて
慈愛に満ちた、まさに女神の様に優しい表情を浮かべて声をかけた。
ゆりかごの中の記憶を揺り起こす様な優しい声に、思わずアリスが顔を上げた。
「……いいのよ」
「あっ……!」
ふわり、と、神綺がアリスを優しく抱き締めて呟く。
もはやそれ以上言葉は要らなかった。
全てを包む母親の偉大にして至高の愛情が
アリスが心に負った深すぎる傷を癒していく。
娘以外のモノに向ける愛情は持ってないの?とか
傷ってそんなの完膚無きまでに自業自得でしょ?とか
もはやそんな野暮な事をツッコむ不貞の輩はどこにも居ない。
いや、いいも悪いもこの場合決めるのは私でしょ?と言いたそうな
紅白の巫女が居たがそれはこの際数に数えない。
「いいのよ、アリスちゃん……」
「お、お母さぁぁぁぁぁぁん!!」
「いいのよ」という一言がアリスの心に優しく染み渡る。
そして幼子がするように、いつも自分を見舞っていてくれた母に縋りつく。
伝わるぬくもりにアリスは母の優しさと自分の愚かさを知った。
どれだけ煩悶とした想いが鬱屈して悩んでいたとしても、
真に相手の幸せを願うなら時には身を引く事も必要。
どれだけ深く愛していたとしても、自分の存在が相手に不利益をもたらすならば
いさぎよく諦めて相手から離れるのが真の愛であり真心であり思いやり。
アリスは自分の想いばかり押し付けて霊夢の気持ちを聞く耳を持っていなかった。
思い通りにならない恋が嫌で、勢い余って霊夢を自分の思い通りにしようとするという
自分がされたら嫌な筈の本末転倒で矛盾した惨劇を引き起こしてしまったのだ。
もしかすると霊夢に拘束されたり縛られたりしたーいハァハァとか考えているかも知れないが
そんな事言い始めるとキリが無いのでとりあえず置いておく。
しかし、アリスは己の気持ちに嘘を付かなかった。
春度の勢いを借りたとは言え、今までプライドや理性が邪魔して普段は素直になれなかった
心の底から溢れ出す自分の想いと真正面から向き合って、それを霊夢に真っ直ぐにぶつけた。
恋において一番大事な事をアリスは見事に成し遂げたのだ。
失敗を恐れる事はない、やるだけやってダメならしょうがない。
アリスの心の中にはもはやどろどろと膿んで燻っていた慕情は跡形もなくなり、
変わりに生まれたのは心地よい虚脱感と、壊れそうな程熱を持ったガンメタリックラブハート。
もうアリスが迷う事は無いだろう。
これからは普段他に人目がある時は一歩引いたクールさを醸し出しつつも
霊夢と二人きりになった際には、酒や春度の力を借りなくてもべたべたと甘えられる筈だ。
そう、アリスは今正に「ツンデレ」と言う言葉の真理に辿り着いたのだ。
「アリスちゃん」
神綺がより一層強くアリスを抱き締める。
今正にアリスは己の心の壁を乗り越え、
ついに真のツンデレへの完全変態を成し遂げた。
神綺の目尻に涙が浮かぶ。
それは愛する娘の成長を目の当たりにした母の喜びなのか
はたまたあまりの変態っぷりに情けなくなった絶望の涙かは分からない。
しかしそんな事はもう関係なかった。
春一番が境内を吹き抜け、桜の花弁が舞い散る。
その様は例えて言うならば愛し合う二人を祝福するライスシャワーの風情であり、
そしてまたひとつ愛の素晴らしさを知ったアリスを優しく包む神綺の様に
どこか儚げで何より美しかった……。
・ ・ ・
「ぶつぶつ……ありえない……ぶっちゃけありえない……たまご……ゆでたまご……ありえない……」
所狭しと愛を振りまきまくるアリスと神綺をぼけっと見つめ、
霊夢は未だ絢爛豪華な桜の根元にぺたりと座り込んで
何やら現実逃避の呪詛の様なものをぶつぶつと呟いていた。
飛躍しすぎたものを見すぎた所為か、どことなく顔に生気が感じられない。
「むぐ……むぐぐ……もがもが……ぶはぁッ!えーいまったく、死ぬかと思ったぜ!」
そして今の今まで桜の根元に首を突っ込んで失神していた魔理沙が目覚め、
じたばたと足を振って地面からの脱出を成し遂げた。
そしてぜはぜはと体全体で息をしつつ、ぼんやりと座り込む霊夢の隣に腰を下ろす。
「……なあ、あのアホ毛って……もしかしなくてもアイツだよな?何でここにいるんだ?
って言うか終わったのか?何かされなかったか?私の予約席は無事か?」
「たまごたまご……まごまごたまご……ゆでたまご……ゆでたまご……顔が光る……」
「……おーい、しっかりしろー。帰ってこーい」
「……へっ?あ、ああ、魔理沙……無事だったのね。まあ、こっちは何とか……」
質問にも謎の呪詛で返すだけの霊夢の頬をぺちぺちとはたく魔理沙と
それでようやく現実世界に帰って来る霊夢。互いに相手の無事を確認して一息つき、
改めてアリスと神綺をちらと見遣った魔理沙が半ば独り言の様に呟いた。
「しっかし、まあ……あのアブノーマル極まりない性癖は
一体全体誰に似たんだろうなアイツ。霊夢の精神だけ取り出して
身体は美味しく頂いちゃおうだなんてそんな破廉恥な事考えるのは
せいぜい私と紫とレミリアくらいのもんだと思ってたんだがなぁ」
「何か普段私にちょっかいかけてる面子が勢揃いしてるのは
たぶんきっと偶然よねって言うかお願いだからそうだと言って!
……いや、誰に似た……って、アリスの家族ってそもそも……」
そう言って、二人同時に未だ抱き合っているアリスと神綺の方を見遣った。
ひらひらと舞う桜吹雪に彩られた母子の姿は実に美しくなおかつ偉大で、
例えて言うならば神が創った至高にして究極の芸術品の様だ……と
図らずとも二人が同時に同じ事を考えた、その刹那。
「……お母さん……ありが」
「ああ……アリスちゃんの匂い、体温、吐息……そこはかとなくインセストな・か・ほ・り(はぁと)」
「「やっぱりお前かァ────────────────ッ!!」」
(終劇)
自分、あまり百合ネタとかは好まない性質なのですが
c.n.v-Anthemさんの圧倒的な筆力の前には全く何の問題にもなりません。
これからの活躍にも期待しております。
一応今までの話は繋がってるんですね。(少しだけかなぁ?
何かさらに凄い人形が出来上がりそうですね♪(笑
・きょうもcのひとはいいいみであほでした まる
あまりの全力疾走ただしWrong wayなノリはまさしく神域。
毎度の事ながら七転八倒して笑わせていただいております。
と、いうことであと二十回は読み返して笑い狂わさせていただきます(何
万年満月の狂気に中てられたこの人に、祝福を。
主に抱腹絶倒の話を私たちに提供する、というカタチで(何
あとシャンハーイとホラーイが個人的大ヒット。
下さい。出来ればシャンハーイを。
しかし、シャンハイとホラーイが良いノリしてます。
…というか、リリーホワイトに春伝えられたら誰でもアリスのようになる可能性が…?
つまりはこういうことですか?
普通に喋ってるオルレアン人形素敵(謎
それが霊夢にとって幸福なのかは別問題ですがw
やはりc.n.v-Anthemさんならではですね。
感想は今回書くのが初めてですがどの作品も自分に
凄まじい笑撃を与えてくれました♪(もちろん今回の作品も
お見事です。次回作も楽しみにお待ちしております。
蛇足ながら後、氏の書く弄られ霊夢は不思議な可愛さがありますね(謎
もう全ての面で最高ですよあんた。俺の作品なんて貴方の作品の前ではもう塵ほどの価値もない気が……orz
つーかアリスのあの性格は母親譲りか……ううむ……
そしてオルレアン人形南無
「これは良いものだ」と確信してしまった自分。
そして読み終えた今、その確信が少しも間違っていなかった事を認識する自分。
5千を超す得点も「そりゃ当然ッ!」と思えます。最凶のブッ壊れップリ。
あえて感想は書きません。と言うよりも、書けません。書ききれません。
ただ一言。神綺様を出してくれてアリガトウ……!!
いやはや、あまりにも素敵すぎる壊れた百合に腹が捩れてそのまま腸がブチ切れるかと思いましたよ(笑
こういうカッ飛んだSSを書ける貴方を非常に尊敬し、自分もこういうのを書いてみたいなぁなんて思ってもやっぱり無理かもしれないなぁと思ったわけですが……やっぱ書きたいので爪の垢送ってくd(ry
ともあれ、楽しませて頂きました。
次回作も楽しみにしております。
この壊れっぷりは……芸術以外の何物でもない。
取りあえずシャンハーイ&ホラーイは、アリスの役を喰いかねない勢いですな♪
読み飛ばさずに読破できるのはいつになるやら