「……で、これはなんていうんだい?」
「21世紀のスキッツォイド・マン。キングクリムゾンってグループです」
冷ややかな瞳と厳しめな眉で作られた絶妙な嫌な顔を向けられるも、早苗は平然と手を動かし次の曲をかける。
部屋の両端からシンセサイザーの陽気な音が流れはじめた。
一分ほどの騒がしい沈黙。
「……おぅ、やっとまともなのになってきたか?」
「EL&Pのホウダウン。さっきのタルカスって曲と同じグループです」
「ああ……なんとなくわかってきた気がするよ」
「おお。EL&Pの良さが」
「どんな曲がどのグループかが、だ」
特徴の無い、強いていえばカップが少し洒落ている珈琲をすすりながら、軽いしかめっ面で早苗に顔を向ける。
早苗はやはり少し残念そうな顔をしていた。
「……ホウダウンはアメリカのフォークソングが基です。きっとここのお祭りに似た雰囲気があるのでしょう。」
「たしかに。お祭りは好きだぜ」
少し時が経ち会話も途切れ、騒がしいイタチどもが最後の屁をこいた後、今度は本物の沈黙。
「……祭りの終わりもまた、寂しいものですね」
「素面じゃ、な」
「私は学生でお酒はまだ飲んではいけなかったのですよ。日本では法律で二十歳ま」
「あー、あー、向こうの決まり事は聞きたくない、聞きたくない」
頭をくしゃくしゃと掻き抱え机に突っ伏す。耳は塞いでいないが、心は塞いでいる。
早苗はにやけながら息を吸って、優しく笑った。
「いやぁでも、魔理沙さんはきっと向こうでも上手く生きれると思いますよ」
「でもそりゃ、ほら、こんな年までずっと素面でいるには勿体無い」
「同感です」
「それに、こんな音に揉まれて生きたくない」
「慣れればきっと嵌りますよ。それに、もっと色んな音楽があります……さっきのは気に入りませんでした?」
「ああ……鼻につく」
そう言いながら魔理沙は耳を押さえて無理矢理なしかめっ面を正面に叩きつけた。
耳障り、という音に対する真っ直ぐな否定の言葉は、使わなかったのか、あるいは思いつかなかったのか。
早苗は肩を落とし鼻から息を出して、またパーソナル・コンピュータの前へ振り返った。
「まぁもし耳について仕方なくなったら、またいらして下さい。iPodを貸して上げますよ」
「あいぼっと?」
「携帯型デジタルオーディオプレイヤーです」
「もう少し簡単な日本語を話してくれ」
「レンタル・プリズムリバー」
「あぁなんとなくわかった」
ふと、空になった珈琲カップの茶色い底を二人して見下ろした。
疲れた顔をしていた。もうこの神社には来ないだろう、そんな顔をしていた。……それでも、今日もまた来て、また未知の音楽を聞いて、今、また疲れ切った顔をしている。
「明日もいらしますか?」
「今度は酒を持って来ることにするぜ」
「それがいいかもしれませんね」
空は晴れ渡っている。魔理沙は帽子を被り、靴を履き、箒を持って芝生の上へ立った。悪酔いを醒ます爽やかな風。
早苗は縁側に座りながら、明後日の空を眺めている。
「……ニンテンドーDS」
「なんだっだーでぃーえす?」
ふふっ、と小馬鹿にした息が漏れる。
「いいえすいません……魔理沙さんがなんて復唱するのかふと気になって」
「……撃つぜ?」
「今日はご遠慮します」
早苗はゴロンと後ろに転がった。
見上げた古い木の質感と、淡い空の色。
風が、吹き抜ける。
「ここには向こうに無い、あるいは忘れ去ってしまった様々なものがあります。でもそれと同じように、向こうにはあってここには無い、あるいは思い返すことのできないものも多くあります」
「……世の中のしがらみだとか、私にとっては、例えばドラマーだとか」
「その方がドラマチックだぜ」
「ドラマがあってもドラムが無ければロックは生まれません」
早苗はフッ、と前へ起き上がった。初夏の風が背中に当たる。
魔理沙は大きな背伸びをしている。
「……明日また、聴きに来るぜ」
「わかりました……そうですね、明日はWish You Were Hereからいきましょう」
「どんな音楽なんだい?」
「官能的なギターに惚れ惚れ。とても美しいロックです。スキッツォイドなシャウトとは無縁ですよ」
「そいつは期待して、期待しないでおこう」
「どっちですか」
「その言葉に希望は持ちたいが、結局は騒がしい音楽なんだろ。騒霊がつられてやって来そうな」
「ねー」
「そうそう」
「……」
部屋の奥の襖から三匹の野良が顔を出している。
魔理沙はため息をつき、早苗はその吐き逃げた幸せを鼻から吸った。
「勝手に中に上がりこんだら神奈子様に怒られますよ!さぁさぁこっちにきて」
早苗は庭の芝生に騒霊を並ばせた。
三匹はさっきまであった餌の匂いにワクワクと頬を張っている。
「んー、せっかくのゲストが来たんだ、ちょっと演奏していきませんか?ほら、えーと、サックスに、あなたがギターで、うん、ベース。んで私がドラム。ちょっと待っててね、神奈子様ー!」
早苗はトテトテという音と共に急ぎ足で奥へ消えていき、テトテトという音と共に急ぎ足で手前へ戻ってきた。
「さ、魔理沙さん。最後に数曲。やっぱりライブは違いますよ!」
消音のパーソナル・コンピュータが足下に置かれている。
曲名と時間だけが早苗には見え、概念だけが騒霊には見えている。
初めは楽器も掠れた悲鳴をあげタイミングもてんで合わず、メロディと呼べるものはおよそ聴こえてこなかったが、徐々に一つ一つの音が重なり調和し、心象の音を奏で始めた。
魔理沙は目を閉じ、箒に背を預けながら、幻想郷にはない音楽へ耳を傾けている。
大きな劇場のほんの隅っこで、切なく美しい旋律が響いていた。
小説は受けての負担が特に大きいから、ほらここが面白いですよ、とはっきり差し出すくらいじゃないと評価を得るのは難しいです。
それがあからさま過ぎるのも如何なものでしょうか。
ああ、この早苗さんなら確かにプログレを愛聴するんだろうな、という説得力が
物語からあまり感じる事が出来なかったんですよね、残念ながら。
ともかく、初投稿おめでとうございます。何だかんだいってもフロイドはいいものっすよね。
ちなみに幻想郷に来て欲しいドラマーは、個人的にはボンゾとキース・ムーン。
この二人なら数多のうわばみ少女達とも飲酒なら互角でしょうし、彼女達のノリにも余裕でついていけるでしょう。
一行目でジョジョった俺を許してくれ
座布団一枚。
初投稿、お疲れ様でした。
深く考えなくて済む分、気軽に読めるのもいいですね。
アドバイスということで、やっぱり「売り」のテーマがほしいかなーと思いました。
音楽を題材にはしていますが、あくまで題材であって、目指す方向性というものは特にないので。
でもでも、読みやすかったですよ。