Coolier - 新生・東方創想話

青と紫お忍びデート

2010/10/24 19:36:55
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「むぅ……」

先程から悩んでいた藍は思わず、うなり声を上げた。
彼女の視線の先には、橙とあやとりで遊んでいる天子の姿がある。

「ほーら、要石よ」
「わっ、わっ、凄いよ天子!」

「むぅ……」

本日二度目のうなり声。
近頃の藍の悩みの種はもっぱら彼女のことである、いや正確には彼女と己の主のことか。
主である八雲紫が恋心を自覚してから、かれこれ二週間は経つ、だと言うのに一行に何か行動に起こす気配がない。

「全くへたれだ……」
「どうかいたしましたか藍様?」
「なんかさっきから変な顔してるわよね」
「いやなんでもない、それより天子、風呂が空いたみたいだぞ」
「おっ、それじゃ入らせてもらうわね」

藍の言葉を聞くと天子は立ち上がり、脱衣所へと向かって行く。

確かに新密度は上がってきている、今ではほぼ毎日夕食は天子と一緒だし、こうやって八雲邸に入り浸り風呂も躊躇なく入ろうとする。
だがしかし、その先に行くには何事も行動が必要なのものだ。
にもかかわらず、せっかく自分がお膳立てしていると言うのに、主ときたらとことん奥手である。

「「キャァ――――!!?」」
「にゃっ!?」

突然上がった悲鳴に、尻尾をピンと伸ばして驚く橙を、藍は「何でもないさ」となだめる。
しかしせっかく風呂場で引き合わせてあげたのに、やれやれあの悲鳴だとまた進展はないようだ。



* * *



翌日の昼下がり、今は橙も天子も八雲邸には来ておらず、屋敷には紫と藍だけがゆったりと茶を飲んでいた。
騒がしい客もおらず、今は一時の静寂に満ちて。

「ところで紫様、いい加減天子を襲ったりでもして下さいよ」
「ブ――ッ!?」

あっさりと破かれた。

「ゲッホ、ゴッホ! い、いきなり何を言ってるのよあなたは!?」
「何って、いい加減奥手すぎてイライラするんで、良いんじゃないかなと思った方法を挙げただけですよ」
「だからって襲うなんて話が飛躍しすぎでしょ!」
「だって一番手っ取り早いじゃないですか、人の心なんて飴と鞭を使い分けて、心の隙間に入り込むことで操るものです。媚薬でも盛って悶えてるところを悦ばせばあっという間ですよ」
「そんなドす黒い恋愛はしたくないわ……」

恐るべし九尾、一国の王を手玉に取ったことからくる発想は格が違った。
と言うか、それは好きになるのではなくて、依存とかそういう類のものでなかろうか。

「ならせめて、もうちょっと進展させる努力をするべきですよ」
「うぅ、そう言われても……」
「全く、せっかく私がお二人の嬉し恥ずかしハプニングを仕掛けてると言うのに、本人がこれでは……」
「……ちょっと待ちなさい、今なにか聞き捨てならない言葉があったのだけれど」

何だその、嬉し恥ずかしハプニングとやらは。

「そんな大層なことじゃないですよ、ただ昨日みたいにお風呂場で裸の二人がバッタリ、とかくらいです」
「何でいきなり天子が入ってくるのかと思ったら、あなたの仕業だったの!?」

紫の脳裏に昨夜見た天子の裸体が浮かび上がる、いつも絶壁とは言ってるがほんのちょこっとだけ膨らんだ胸に、スレンダーな腰周り。
自分も見られて恥ずかしくはあったが、全くもって眼福であった。
ハッ、ではまさか最近宴会で酔った天子が抱きついてきたり、着替えてる最中に突撃されたりしてたのは……!?

「何を言われるのか予想が付くので先に答えます、私がそう仕向けました」
「じゃあ私が部屋で、マジカルゆかりん☆ って魔法少女の服を着てるところに来たのもあなたが!?」
「いや、それはまごうごとなき偶然です」

良かった、流石にそこまでされていたなら、藍との接し方を考え直さなければならないところであった。
対して「幾らなんでも、ドン引き映像を率先して見せようと思うほど、馬鹿ではありませんよ」とは藍の談だ。

「いつまでも奥手じゃ、そのうちどこかの誰かに天子を取られますよ」
「た、確かにそれは嫌だけれども、でもね? 私は女で彼女も女、彼女は同性愛者ではないし変に押して引かれたりしたら……」
「だったら尚のこと、性別を超えて愛を育めるように、それっぽい雰囲気を出したりして意識させないと駄目でしょう」

それにあれくらい活発な娘は、首輪を付けるくらいの気持ちで望んだほうが良いですって。と藍は続けた。
その言葉を聞いて、紫は顔を伏せて考え込む。
どうやら少しは納得してくれたようで、これで上手くいけば状況が動くだろう。

「首輪を付けた天子……中々良いわね、流石よ藍」
「違います、実際に付けろと言ってるんでなく比喩表現です」

駄目だった、何故いつもあんな奥手なのにそんな発想が出てくるのか。
とにかくこんな調子では、ここで何を言っても前に進みはしないだろう。
大妖怪ともなると、腰が重すぎるものなのだろうか……いや、ただへたれなだけだなこれは。

仕方がない、ここはやはりあの手で行くしかない。
となるとあの方達に、このことを伝えねばなるまい。

「紫様、そろそろ夕飯の材料を買いに行きますのでこれで」
「色は何色が……あら今日はいつもより早いのね」
「えぇ、確か安売りがやっていたはずなので、それに備える為にも今から行かねばなりません」
「そう、それじゃ頑張ってね。いってらっしゃい」

途中から触れられず、すっかり中身が冷たくなった湯呑みをお盆に乗せ、藍はその場から立ち去ろうとする。
しかしふすまを開けたところで振り返り、紫に向かって言った。

「今日の夕食をお楽しみください」
「あら、藍の料理はいつも楽しみだけれど。それじゃいつにも増して期待してるわ」

そうして今度こそ部屋を出て行く藍を手を振って見送る。
さて、少し暇になってしまった。どうしようかと考えていれば「おっじゃまー!」と元気な声が玄関から響いてきた。
随分とタイミングが良いことで、やれやれ彼女のおかげで最近は本当に暇がない。

その後は二人で他愛のない話をしたり、隙間を使って楽しんだりでしばらく時間をつぶした。
余談だが、隙間で何かを覗く際に肩を寄せ合うたびに、あぁ本当にこの能力があって良かったなと思う。



* * *



「さて、お二人とも夕飯ができましたよ」
「おっ、待ってました!」

ふすまが開けられると、米と食器、それにいくつかの料理を持った藍が現れた。
持ってきたそれを机に置くと、残りの料理を取りに再び台所へと向かって行く。
紫と天子は机をはさんで向かい合う形で席に着く、何度も天子が来るうちにこの位置取りが定着していた。

料理を見てみればやはり文句のない出来栄えのものばかり、口にしてもさぞ美味しいことだろう。
だがこれではいつもとあまり大差のない夕食である、楽しみにと言ったのは一体なんだったのだろうか?

すると藍が残りの料理を持ってやって来て、机の中央にドカッと器を置いた。
そして続けざまにドカッ、ドスッ、ドンッ、ミシッ、と同じ量の器が並べられる。

「お、多っ」

つい天子の口から言葉が漏れた。
それもそのはず、今しがた持ってこられた器には、明らかに三人で食うには多すぎる量が盛られていた。
その量は、軽く見ても10人分は超えているだろう。

「ちょ、ちょっと藍、何かしらこれ? 幾らなんでも多すぎるでしょう」

流石の紫もあまりの量に引き気味だ、これだけの料理をたった三人で食えとはどこの罰ゲームか。

「大丈夫です、何も考えなしに作ったわけではありませんよ」
「じゃあ何で……」

その時、突然廊下から二つの人影が飛び出してきた。

「待たせたわね!」
「お邪魔します」

突撃 隣の晩御飯! と書かれたタスキを掛けた幽々子と、同じ言葉が書かれた看板を持った妖夢であった。

……why?

「ゆ、幽々子!? どうしてここに」
「フフフ、藍から話は聞いてるわよ紫、今日私達がここに来たのはキューピット役となるためよ!」
「微力ながらお手伝い致します!」

紫に人差し指を向けて堂々と宣言する幽々子と妖夢、どちらも非常にノリノリであった。
対する紫は、天子の前でそんなことを堂々と言われて、気が気でなかったりした。その天子本人は、訳がわからないという顔をするだけだったが。

……もしかして藍が言ってたお楽しみはこれのことか!?

となると目の前に広がる料理の山は、幽々子のために用意されたものか、それならこんな大量に作った理由もわかる。
しかしお楽しみどころか、寿命が三年は縮みそうなほど心臓に悪い話である、別に三年程度縮んだところでどうもしないが。

「えっ、えっ、どう言うこと?」

そんな中、天子は事情どころか料理が幽々子のために多いこととすらわからず、一人取り残されていた。
確かに天子は異変の折に幽々子とも妖夢とも顔を合わせ、そのまま戦うことになったりもした、だがその後は博麗神社で宴会の時に少し顔を合わせる程度の面識しかなかったのだ。

「あら、私のこと忘れちゃったのかしら天人さん?」
「そう言う訳じゃないわよ、幽々子と妖夢でしょ、何でこの屋敷の場所知ってるの?」
「そりゃ当たり前よ、私達紫と友達だからねぇ~」

そう言うと幽々子は、紫の腕にくっつき天子に見せびらかした。
ギョッとした紫は、天子に気付かれぬように幽々子に耳打ちする。

『ちょっと幽々子、いきなりなにをするの!』
『あ~ら、これも立派な作戦のうちよ。こういう女の子同士のスキンシップがあるってことを教えつつ、紫を取られたことで嫉妬心をあおる作戦なの。ほら見なさい天子ったらびっくりしてるでしょ』

なるほど、一体何をするかと思ったが、これは中々良い作戦かもしれない。
言われて天子の方を見てみれば、確かに呆けて顔で呆然としていて――

「……紫って私の他に友達いたのね」
「そこじゃない!!」
「痛いッ!?」

愛と怒りと哀しみの隙間ストレートが天子の横っ面に炸裂する、でも鉄みたいな体のせいで寧ろこっちが痛かった。
結局この作戦は作戦は、そのまま何で殴られたのかわからない天子と口喧嘩するだけという、あまりいつもと変わらない結果で終わった。
だがそれを見た幽々子は、何故だか瞳に炎がみなぎらせていて。

「これは強敵ね……俄然燃えてきたわ!」

お願いだから帰ってほしい、と紫は心底思った。



* * *



しかし紫の予想に反して、その後は食事が終わるまで何事もなかった。
せいぜい天子が幽々子の食欲に度肝を抜かれたり、やって来た二人に紫と天子のことを根掘り葉掘り聞かれたりしたぐらいだ。
ただ藍から話を聞いているとは言っていたが、本人から話を聞くと違うものなのか思いっきりニヤニヤされた。
くそう春集めたりなんかしたから、頭の中が万年春になってるんじゃないかこの主従は。

「ごちそうさまでした」

そして他の三人に遅れて、幽々子が自分の分を食べ終えて食事は終了。
藍と妖夢が空になった器を集め、台所まで持っていった。

「本当によく食べるのね、何で亡霊なのにそんなに食べるのよ」
「あら亡霊がご飯を食べてはいけなくて? それに私の知り合いの騒霊なんかもご飯を食べるわ」
「もし幽霊がみんなあんたみたいな食欲なら、生きてる者は飢饉で一人残らず死に絶えるわね」
「心配ないわ、私のご飯を奪うようならどうにかして地獄に落としてやるんだから」
「幽々子様、それは職権乱用と言うヤツです」

台所からお茶を持って藍と共に戻ってきた妖夢はつっこむと、また雑談に加わろうと腰を下ろす。
その時だった、藍と幽々子と妖夢、三人が目配せで合図を送りあったのは。
紫にそれを気付かれないうちに、妖夢は斬り込んでいった。

「そう言えば天人様は」
「天子で良いわ、様付けされるとなんかこそばゆいわ。後堅苦しいの嫌だから敬語もなしで」
「それじゃあ天子、地上の色んなところ周ってるようだけど人里にはもう行ったの?」
「んー、たまに行ったりするけどあんまりお金ないのよね、だからちゃんと回ったことないのよ。せいぜい飯屋でご飯食べたりくらいかしら」
「そうなの、でも何も買わなくても友達と行ったら楽しいものよ、親しい人と行ってみれば? ……例えば、紫様とか」
「「へっ」」

予想だにしないキラーパス、不意を突かれた紫とその発想はなかった天子とが、揃って間抜けな声を上げた。

天子と一緒に人里へ? それってつまりは。

「あらぁ、お二人でデートなんて素敵ねぇ」
「で、で、で、デートって、幽々子!」

その内お節介が来るだろうなとは思っていたが、とうとう来てしまった。
天子との仲を良くするのを手伝ってくれるのはいいが、こう勝手に進められると心の準備が追いつかない。
心臓がバクバクに鳴り、顔に赤みが差す。

「? デートって何?」
「仲の良い二人が一緒に出かけて、色んな店を回ることよ」
「へぇそうなの……って、紫ってば何顔赤くしてるのよ」
「な、何でもないわ、おほほ」

慌てて隙間から扇子を出すと顔を隠し、全力で誤魔化す。
ただ何を勘違いしたか天子の顔に少し不安の影が差した、いつも天子のことをよく見てる紫だからこそ、それに気付いた。
不味い、これは……これは来る!

「もしかして……私とデートするの、いや?」

上目使い気味に、捨てられた子犬みたいな目で一撃必殺。

「嫌じゃないわ全然!」

気が付いたら元気良く答えてました。
だって仕方ないじゃないか、こんな可愛い仕草で聞かれた日には鬼や悪魔もイエスと言うしかない。。
その子犬みたいな目をしていた天子の顔は、今度はまるで日がさしたよう、目を輝かせ太陽の輝きで笑う。

「ホント!? やった、紫とデートだ!!」

思いっきりはしゃぐ天子にデート、デートと連呼されて恥ずかしいことこの上ない。
それと外野のニヤニヤした目が鬱陶しいことこの上ない、えぇい見世物じゃないぞ。

「ねっ、ねっ、それじゃいつ行く?」
「私は別にいつでも良いわ、そちらの都合で決めて頂戴」
「それじゃ明日早速……いや、明日は博麗神社で宴会あるんだっけ……じゃ明後日!」

日時を決めると天子は「早く明後日にならないかしらー」と、ワクワクしっぱなしのようだ。
つい本能のまま何も考えず返事をしてしまったが、ここまで喜んで貰えるのならOKしてよかった。
しかし凄いはしゃっぎぷりだ、そんなに人里を回るのが楽しみなのか、それとも……

『紫と一緒に行くのが楽しみなのかしらねぇ?』

いつのまにか傍まで来ていた幽々子が、心を読んだように耳打ちしてきた。

『……幽々子、覚り妖怪の真似事はよしてくれるかしら』
『あら、私は思ったことを素直に言っただけよ。』
『まぁ良いわ、天子も喜んでるし……ありがとう、手伝ってくれて』
『何言ってるのよ水臭い、こういう時に友達の助けにならなくてどうするのよ。それにこんな面白いイベント見逃せるはずないわ』

最後の科白がなければ良い話で終わるのだが。まぁ、今回はあまり言わないでおこう。
それにしても明後日に人里でデートか、天子だけでなく自分としても物凄く楽しみだが、反面そんな経験はないので少し心配でもある。
と、そういえば、この前に幽々子と妖夢がデートについて何か言っていたような。

『ねぇ幽々子、前にあなたと妖夢がデートについて何か言ってなかった?』
『えぇあなたが天子にぞっこんってわかった日に言ったわ。手を繋いで歩いたり、お揃いのアクセサリーを買ったりすると良いって。あっ、どうせならこれ今回の課題ね、二つともやってきなさい』

……どこかのお姫様の難題のごとく、ハードルが高い気がするのは自分だけなのだろうか。

『紫様だけです』

後ろから藍の声、いつの間に我が家は覚り妖怪が住み着くようになったのか。



* * *



そして次の日の夜、つまりデートの前日の宴会でなのだが。

「どぉーして、後先考えず酒飲みまくってるのかしらこの娘は」
「うへへ~、ゆかりが一杯いるよぅ」

天子は酔っていた、それも思いっきり明日のデートに支障が出るレベルで。

「あー、でっかいぶどうはっけん、おいしそうぉ~」
「落ち着きなさい、それは葡萄じゃなくて私の胸――いったい! こら噛まないの!」

駄目だこの酔っ払い、完全に酒に飲まれてしまっている。
聞くところによると、どうやら萃香相手に飲み比べを挑んでこんな状態になってしまったようだ。
鬼みたいな底の抜けた相手に勝てるはずもなく、それでもこの状態になるまで飲み続けたらしい。無謀、ここに極まりだ。

「あれ、皮がじゃまねぇこのぶどう……むいちゃえ、むいちゃえ~」
「って、それ皮じゃなくて服よ、今すぐその手を離しなさい!」
「おっ、何だ紫が脱ぐのか? 脱ぐのか!?」
「脱ぎません!」

宴会の席では酔いつぶれた者が、そのままのりにのって裸体を晒してしまうこともたまにはあった。
しかしそう言うのは身の程をわきまえず酒に飲まれるものばかり、紫を含む大物達が裸体を晒すことは非常に珍しいのである。
魔理沙を筆頭に、物見珍しさで野次馬達が集まってくる。

「うへへ、よいではないか、よいではないかっ!」
「もう葡萄じゃないってわかってるじゃないの、止めなさいってば!」
「よしやれ天子!」
「頑張れ天子!」
「余計なチャチャを入れるな、そこの白黒とアル中!」

このままではまずい、酔ってリミッターが外れた天子の力はかなり強い、このままでは本当に公の場で裸になりかねない。
こうなれば最終手段である。自らの力を使って天子の睡眠と覚醒の境界を操る。
するとすぐに天子の手から力が抜け、目を閉じ倒れ掛かってきた。

「あっ、紫のやつ能力使って天子を眠らせたな」
「「「ブー、ブー!」」」
「外野がうるさい! ほら見世物じゃないから帰った帰った」

一蹴された野次馬達は不満たらたらだったが、これ以上何もなにもないとわかると仕方なく元の場所へ戻っていく。
後は寝入った天子の処理だ、とりあえず博麗神社の中に寝かせておけば良いだろう。
隙間を神社の中に繋げて、天子を押し込もうとする。その時天子の寝言が耳に入ってきた。

「ゆかり……あした、デート……」

その不意打ちに思わず息を呑んで、そしてすぐさま頬が緩む。

「えぇ、ちゃんとわかってるわ。だから今は、ゆっくりとおやすみなさい」

天子は「ん……」と呟くと何も言わなくなった。
紫は完全に寝た天子を神社の中に送ると、寝るのに帽子を外しその頬を優しくなでる。
その顔には、とても柔らかい笑みが浮かんでいた。



* * *



翌日の早朝、博麗神社の中は酔いつぶれた者たちが死屍累々となっていた。
その中でも一番に酔いつぶれた天子は、誰よりも早くその身を起こした。

「んんっ……っとと、あったま痛~……」

案の定二日酔いである、痛む頭を抑えて自分の周りを見る。
そうして自分の状況を確認すると、傍に置いてある帽子を取り神社の境内に出る。
すると半分ほど身を晒した太陽の光が天子の目に入った、その刺激は脳を刺激して頭を急激に覚醒させた。

「あー、太陽まぶしっ……そっか、ここって幻想郷で一番東だっけ」

そのまま鳥居まで行こうとしたが、境内に残った宴会の後が天子の歩みを邪魔した。
仕方なくだるい身体を押して少しだけ浮き上がると、フラフラと鳥居の下まで飛んで行き階段に腰を下ろした。

太陽の輝きに頭の靄が打ち消され、昨日の宴会のことを段々と思い出してきた。
確かデートで浮かれた自分が、萃香と飲み比べしてあっという間に酔いつぶれたのだったか。
今考えてみれば、自分でも馬鹿なことをしたなと思う。
だけどあの時は、嬉しい気持ちがまるで、世界をなんでもできるかのように照らし出していたのだ。
だけど無理なものは無理で、結局酔ってしまって、それからの記憶は一切ない。
……でも何だか、恥ずかしいことしてた気もする。

「とりあえず水飲も」

二日酔いには水だ、博麗神社の中を漁ればどこかに水瓶があるだろう、許可取るのも面倒だし勝手に貰おうか。

天子は階段から立ち上がると、回れ右して神社へ戻ろうとする。
その時足が滑った。
平常時ならすぐに浮き上がって難を逃れただろう、だが今の天子には反応する余裕はなかった。

「あっ」

後ろから階段の下に倒れこみ、段差にしこたま頭を打ち付けた。
ゴツンと音を立て天子は意識を刈られ、そのまま下へ転がり落ちていく。


博麗神社は幻想郷の境目。
正確は中ではなく外であるその場所は、時折外界から流れ着いてきた人間を送り返すのに使われもする。
そして実は昨日も、霊夢はここから外来人を送り返したばかりであった。

天子の体が、残った道に引っ張られる。
そして帽子を残して、消えた。



* * *



――遠くから変な音がする、それも幾つも。なんて形容すれば良いのかわからないけど、多分何かが高速で走ってる音だと思う。
だって音の一つ一つが、最初と最後で音の聞こえ方が違う。この違いはきっと近づいて来るときと、遠のいて行く時の音の違いだ。
って言うか何があったんだっけ、確か宴会して、寝て、起きて、それから――

「そうだ確か階段から落ちて――ここどこっ!?」

勢い良く起き上がる、ズキンと痛んだ頭を抑えて周りを見渡す。
そこは神社ではあった、だが博麗神社ではない。ここの社はもっと小さくてこじんまりしてるし寂れてボロっちい、ずっと手入れされていないみたいだ。
上を見れば色あせた鳥居、この下でさっきまで寝ていたようだ。太陽はもうだいぶ上まで上がってきている、昼も近い頃合だ。

それと、さっきから聞こえてくる変な音は、神社に続く階段の下のほうから聞こえてくるようだ。
一体ここがどこで、自分がどうなってるのかはわからないが、まずはその正体を突き止めようと階段を下りる。
すると見えてきたのは灰色の地面。

「でっかい石の地面……」

コンクリートと言う。

「鉄の塊が、すっごく早く走ってる」

車だった。

「何あのお城みたいに大きいの」

ビルであった。

「もしかしてここ……」

そうだ、少しだけ聞いたことがあるあの場所では。
人の文明が進み、妖怪がいる場所がなくなってしまった世界。

「外界に来ちゃった!?」

じゃあさっきの神社は外から見た博麗神社……?
でもボロいのはともかくとして、サイズが違うのはおかしい。それに博麗神社とは周りの景色が噛み合っていない、もっと森やら山やらがあるはずだ。
じゃあここはまた別の神社? どうしてそんなところに?
いや、まずなんで幻想郷から出てしまったのか。

「一体どうして……ってあっ! 帽子がない!?」

慌てて階段を上がって、帽子がどこかにないか探した。境内に鳥居の下、それに風で吹かれたんじゃないかと念入りに草むらを掻き分けた、だけどどこにも見当たらない。
まずい、外に来ちゃったのはまずいが、帽子がないと更に不味い。あの帽子は思い出の品でもあるが、それ以上に天人である自分にとって必要なもの。
天人の頭上には花があるもの、あの帽子に付いた桃が天子にとっての花なのだ。
その花は天人の五衰の一つを現したりもする、天人にとってとても大切な物だ。

「あんな形だし、誰かに食べられでもしたら……!」

普通は帽子に付いた桃など、誰も食べないだろう。だが妖精はあまり頭が良くないからそういうのはあまり気にしないし、妖怪にもあまり頭の良くないのはいる。
もしそういうのが帽子を見つけたら、「あっ帽子に桃が付いてる、美味しそう。パクッ」なんてのを想像するのは容易い。
天人の花が食べられた話なんて聞いたことはないが、どうやっても悪い結果しか生み出さないだろう。
こうなったら一刻も早く幻想郷に戻って、帽子を回収しなければならない。でもどうすれば帰れるだろうか、紫が気付けば探してくれてるだろうが。

「とりあえずでっかい要石でも作って飛び回れば、見つけてくれるかしら……」
「お止めなさい」
「いたっ!」

あまり良からぬことを考えたあたりで、覚えのあるカコォンという良い音、そして頭部の痛みが天子を襲った。
突然上からタライが降ってきたのだ、こんなことをしてくるやつは……。

「ゆ、紫ぃ!」
「はぁい、待たせたかしら。はい帽子」

いつのまにか後ろには紫がいて、隙間から帽子を出すと被せてくれた。
地獄に仏ならぬ、地獄にババァ。

「今変なこと考えなかったかしら?」
「イエナンデモ……それより良かったぁ~、帽子も無事だし見つけてくれて」
「鳥居の下に帽子だけ落ちてからね。不審に思って結界を色々調べてみたら、外に誰かが出たような形跡があったから」

となると帽子をなくしたのは逆に幸運だったのか、何にせよ早く見つけてくれて助かった。
……と言うか何で、自分は結界の外に出てしまったのか。

「ねぇ、何で私こんなところ来ちゃったのよ、階段で転んで気が付いたらここにいたんだけど」
「昨日外来人が一人迷い込んでね、博麗神社からその人間のすんでる町の神社……つまりここに送り返したの」
「もしかしてその影響で来ちゃったの? そんなポンポン外に出るようじゃ危なくない?」
「普通の人間や妖怪なら問題ないところなんだけど……あなたが天人だったから来ちゃったのよ」

天人だから? ハッ、紫は天人があまり好きじゃないようだったし、ともすれば天人を追い出すために……!

「……言っておきますけど、誰もあくどいことは考えていないわよ」
「悪いことを考えてるヤツはみんなそう言うものよ」
「違うって言ってるでしょうに。人間や妖怪、それに神などは結界に簡単に外に出ないように式を組み込んで、時折その内容を更新していた。だけど天人は今まで天界に篭りっ放しだったから」
「あぁなるほど、天人のことはあんまり考えてなかったのね」

確かにわざわざ地上にまで出てくる天人なんて、自分くらいのものだろう。
今まで誰も降りてこなかったものだから、わざわざ苦労して結界を強化する必要もなかったのだ。

「まぁ何でも良いわ、それより早く帰って人里へゴーよ!」
「……ごめんなさい、それがそう言うわけにも行かないのよ」

元気良く握りこぶしを空に突き上げて紫を急かした、けれど「全くしょうがないわね」とか「そんな急かさないの」なんて科白は出てこなかった。
変わりに紫から出てきたのは、神妙な顔つきと悲しそうな声。

「帰ったら、すぐに結界に手を加えないといけない。だから今日は無理よ」

その言葉を聞いたとき、腕はだらしなく下がって、手からも一瞬力が抜けた。
だけどすぐにまた拳を強く握り、紫に食って掛かる。

「ちょっと、何よそれじゃあデートはお預け? 別に後回しでも良いじゃない、私が博麗神社に近づかなければ良いでけでしょ!?」
「そうもいかないわ。一旦外に出てしまった以上、どこで同じことが起こるかわからない。一時的に天界を結界で覆ったから、少しの間そこでおとなしくしておいて頂戴」
「少しの間ってどのくらいなのよ」

そう聞くと、紫は綺麗な指を一本だけ立てて見せた。

「一日?」
「……今まで放置してたことだから、完全に整えるまでに一週間はかかるわ」
「え……なによそれっ!!」

そんな話、例え頭で納得しても心じゃ絶対に納得できない、できっこない。
せっかく今日という日を待ち望んでいたのだ……いや、待ったのは丸一日くらいだけど。
でも、それでも、異変を起こしてから巫女が来るまでの間くらいに、期待しながら待っていたのだ。
その上帰ったら、天界に一週間もカン詰めなんて冗談じゃない。

「天子、残念なのはわかるわ。だけれど仕方のないことなのよ、お願いだからここは我慢して」
「うっ、でも……」

そう言ってくる紫の顔は悲しそうで、紫自身も残念がってるのがわかって。
これ以上言っても、紫を困らせて余計に悲しくさせるだけ。そう思うと続く言葉が出なかった。

「……天界に直接隙間を開くわ、さぁそこから帰って」

目の前に大きな隙間が開かれる、紫が渋る私の背中を押してきた。
ゆっくりと足を進めながらも、まだ諦めずに何とかできないかって探す。
自分でも往生際が悪いなって思う、でも楽しみにしてたこれはそう簡単に諦められない。
せっかく紫とお出かけ……お出かけ……お出かけ?

「そうよ、これよ!」

足を止めて紫を振り向いた。
まだ紫の顔は落ち込んでたけど、きっとすぐに笑ってくれる。
確信はある、だって自分は今からのことが楽しみでしょうがないんだから。

「どうしたの、早く帰りなさい。もうどうにもならない――」
「いいやそんなことないわ。そうよ、別に一緒に出かけるんなら人里じゃなくても――幻想郷じゃなくたって良いんじゃない、それなら文句ないでしょ?」
「何を言って……って、まさかあなた」

言うが早いか、驚く紫の手を掴んで引っ張って行く。強引だけどそれが私だし、紫だって重々承知してるはずだ
行き先? そんなの決まってる、何も幻想郷に帰らなくても人はいる、町はある。

「それじゃ紫、ここからデート開始よ!」

目の前に広がる外界の町、そこに私達は進む。
外の世界なんて何も知らないけど、まぁ大丈夫。紫だっているんだから、きっとなんだって楽しめる。
さぁて、誰にも知られない、二人だけの秘密のお忍びデートの始まりだ。



* * *



デート開始後、立ち寄ってお店の記念すべき一件目は洋服店だった。
最初にそこを選んだ理由は実に簡単。今のままの格好でうろうろすれば、とてつもなく目立つからである。

「確かに、周りの人間と服装が全然違うわね。こりゃ目立つわ」
「そう思うなら早く選びなさい。帰るまでここで選んだ服をそのまま着て行くから慎重にね」

紫にも急かされてよさげな服を探すが、生憎外界のファッション事情など知らない天子には、しっくり来るような服が中々見つからなかった。
見る服のほとんどが奇抜なものに見える、服に絵の具をぶちまけたような柄だなんて、本当に着る人がいるのか。
しかし20分ほど探せば自分が気に入るような服も見つかった、中に大きな鏡の付いた試着室入るとその服に着替える。
白と桃色を基調としたワンピースだ、これ以上は特に説明する必要がないほどシンプルな一品である。いつもの帽子は被ったままだ。

「紫ー、これどう?」

試着室のカーテンを開くと、一足先に服を選び終わった紫に感想を求めた。
ちなみにその紫の服は下は灰色のスカート、上は英語がプリントされた白いシャツに黒い上着を羽織っていていつもの帽子は外している。
最初に乙女チックな服を選びそうになったが、結局自重したのは本人だけの秘密だ。

「か……中々似合ってるんじゃない」

可愛いと一瞬言いそうになった紫であったが、肝心なところでへたれてしまった。
それでも天子はそのコメントで納得したようで。

「そう、良しじゃあこれに決めた!」
「でもそれじゃちょっと寒いんじゃない?」
「私を何だと思ってるの? 風邪なんて減っちゃらよ」
「馬鹿は風邪ひかない、か」
「ちっがーう!」
「まぁ、なんにせよお会計……とその前に、失礼するわね」

そう言うと紫は天子を試着室に押し込めると、蒼い髪に手を触れた。
するとどうしたことか、蒼かった髪は少しずつアジア系特有の黒髪に変わっていく。

「明るさと暗さの境界を弄くったわ、これで余計な目を引くことはないでしょう。帰るときには直すわ」
「本当に便利よねその能力、さっきもそれで二日酔い治してもらったし。私にも使えない?」
「数百年間ずっと修行して、私みたいな性格になれば使えるかもね」
「じゃあパス」

更衣室を出ると、紫がこのまま服を着ていく旨を伝え店員にお金を払う。
紫の髪もいつのまにか黒色に変わっていて、奇抜な格好から店員からも目を引いていた自分達の髪色がいきなり変わったことに、店員も結構戸惑っていた。
その後は服についていたタグを切り取り、元々着ていた服を紙袋に詰めると二人並んで店を出る。

「あはは、あの店員すっごく驚いてたわね」
「あんまり良いことじゃないのだけどね、まぁあれくらいなら大丈夫でしょ……それより町を回る前に一つ言っておくことがあるけれど」
「何よ、まだ言うことあるの?」

紫に引き止められた天子は、いかにも面倒くさそうな顔をする。

「まずこんな風に外界で行動するなんて今日だけの特別よ、二回目はなし。それとあまり外界のものは持ち込まないほうが良い、それは物だけでなく心もよ、帰った後外界が恋しくなって幻想郷が嫌になったりしたら困るわ」
「あっそ、じゃあ思う存分楽しみわね」
「……あなた人の話し聞いてた?」
「聞いてたからこそよ。こんな体験今日しかできないなら、とことんまで楽しみきらないと損でしょ損!」

こうまできっぱりと言い切られては紫ももう言葉も出ない、口を酸っぱくして言ったところで聞くような天子でもないであろうし。
一つ溜息をつくと、来ていた服と帽子を隙間に仕舞いこんだ。

「それと紫、最後の心配は無用よ」
「どういうことかしら?」
「ふふっ、私が幻想郷を嫌いになるわけないじゃないの。あそこを愛してるあんたならわかるでしょ」

天子は「馬鹿ねぇー」なんて言ってクスリと笑う。
天子のそういう笑い方を紫が見るのは初めてで、色んな顔をする娘だと改めて思った。
その時、天子のお腹から音が鳴り響いた。

「あっ」
「あっ」

天子が顔を赤く染めてうつむいた。

「女の子なのにはしたない」
「し、仕方ないじゃない! 今日まだ何も食べてなかったんだから!」
「ふぅ、どこかでご飯食べましょうか……そう言えば飲食店さっき見かけたわ」
「じゃあそこ行きましょ」

確かこの店を見つける前、ファミリーレストランがあるのを見た。
次はそこに行くということだが……その前に、紫は幽々子の言葉を思い出した。

『手を繋いで歩いたり、お揃いのアクセサリーを買ったりすると良い』

天子はチラっと見た程度の店の場所など覚えていないだろう。ここで手を繋いで店まで連れて行くのは、手を繋ぐシチュエーションとして違和感などない、寧ろ自然なはずだ。
今こそ、この難題をこなすときだ。それにもし今握らなかったとしたら結局、なんだかんだで最後まで握れないだろう。長い年月の中で色んな者を見てきた紫にはそれがわかった。
激しく脈打つ胸を抑え、勇気を出して天子の手を握り締める。

あぁ、また顔が熱くなって来た。

紫は思わず顔を見られまいと天子からそむけ、早歩きで目的地へと向かう。

「! っとと、紫ってばちょっと歩くの早い!」
「早く行かないと店が混んでしまうかもしれないわ。ほらほらこっちよ」

途中心を落ち着かせるためにわざと回り道し、お目当てのファミリーレストランに辿り着いた。店にはあまり人はいない。
自動ドアを抜けると店員に案内され、二人で机をはさんで席に着く。時計を見て時間を確認してみれば今はまだ11時丁度、通りで客が少ないはずだ。

「これなら別に急ぐ必要もなかったんじゃないの?」
「何も外界の全部を知ってるわけじゃないわ、別の場所じゃ早く混んだりしてたから勘違いしただけよ」

店員が座ってるテーブルまでやってくると、水とメニュー表を置き、「ご注文は何にいたしますか?」とマニュアルどおりの対応を取る。
しかし天子は外界の食べ物などあまり知らない、決めるのに時間が掛かってしまうだろう。

「すいません、決めるのに時間が掛かりそうなので、後でこちらからお呼びしますわ」
「わかりました、それではご注文がお決まり次第お呼び下さいませ」

丁重に断って定員を下がらせる、すると天子が訝しげな目を向けてきた。

「なんかやたらと手馴れてるじゃない。もしかしてよく外界に来たりしてるの?」
「情報を集めているだけよ、いつも幻想郷にいることは良く顔を合わせるあなたなら良くわかるでしょう」
「まぁそうね、さっきも勘違いして急いだりしたし。そう言えばこっちのお金はどれくらいあるの?」
「そっちの心配はしなくて良いわ、とりあえず今日一日は遊べるくらいはある。これは献立表ね」
「おぉ、写真付いてる」

先程持ってこられたメニュー表を広げて天子に見せる。そこから先はしばらく質問攻めだった。
この食べ物は何、この飲み物は何。そんな問答をしばらく続けるとようやく何にするのか決まった。
手元のブザーを鳴らし店員を呼ぶ。

「はい、ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はこちらのクリームスパゲッティをお願いするわ」
「私はオムライス、それからイチゴパフェ!」

店員は注文を復唱するとオーダーを伝えに厨房へと向かったていく。
さて料理が届くまで少し時間がある、その間に天子とこの後の予定を立てた。

「ご飯を食べた後はどこにいこうかしら」
「うーん、外界のことなんてほとんど知らないのよね……この辺りに面白そうなところある?」
「そうねぇ、あなたを探すときにちょっと調べたけど、水族館と海がここらへんの名所みたいね」
「えっ、海あるの!?」

海というワードに天子は激しく食いついた、目を輝かせてテーブルに身を乗り出す。
その顔を押し返して椅子に座りなおさせる。

「落ち着きなさいって。海っていってももう季節が外れ、今はもう泳いだりはできないわよ?」
「それでも良い! 海の話は聞いたことあったけど、実際に見たことないのよ。あ~、楽しみ!……海と一緒に言った"すいぞくかん"って何?」
「水の中に生きる、色んな生き物を集めた建物よ。魚は勿論クラゲから亀まで色々ね」
「そっちも面白そう! じゃあまず海に行って、その後そこに行きましょ!」
「はいはい、わかったからそんなに騒がないの。少ないけど他にも人がいるんだから」

はしゃぐ天子をなだめながらも、今日はここに来て良かったと紫はつくづく思った。
最初にその提案をされた時はどうかとおもったのだが。

「それにしても、まさか外界でデートしよう、なんて考えるとはね」
「ふふん、良い発想でしょ」
「あんまり褒められたことじゃないのだけれど」

それに乗ってしまう紫も紫なのではあったが。
しかし紫も今日という日を楽しみにしていたのだ。幻想郷から人外の者を連れ出して街中を歩く、なんて話に飛びついたことがそれを証明している。

「お待たせしました、クリームスパゲッティとオムライスになります」

丁度良く話題が切れたところに、注文した料理が運ばれたきた。
黄色い卵に包まれたオムライスを見て、天子は目を輝かせる。

「これが外の料理ね、それじゃあ頂きまむ、もぐもぐ」

スプーンを持つと言い終わるより早くに、頼んだオムライスを口に突っ込せた。
しかし2、3度咀嚼するうちに、天子の顔は段々と曇ってくる。

「んー、まずくはないけど、幻想郷の料理の方が美味しいわね。藍のと比べたら月とすっぽんじゃない」
「外の料理なんてそういうものよ。材料は多大な需要に答えるために質を落としてしまっているし、料理人だってその道を極めた者でもなく、ちょっと料理ができる普通の人ってところかしら」
「えー、何で凄く上手い人じゃないのよ」
「そういう人がいるもっと高級な店よ、とにかくこれが外での普通のご飯」

そう天子をたしなめると、紫はクリームスパゲッティをフォークで綺麗に絡めとり口に運ぶ。こちらの感想ははまぁまぁと言ったところか。
天子の期待に添えなかったのは、おそらく外界の食べ物と言うことに非常に高い期待感があった、と言うのが原因だろう。
何でもないように食べる紫を見て、天子は更に不満が大きくなってくる。

「むぅ、そっちの方が美味しそう」
「隣の芝生は青いものよ」
「食べてみないとわからないじゃない、ちょっとだけで良いから食べさせてよ」
「全くしょうがない子ね……」
「子ども扱いしない!」
「まるっきり子供じゃないの」

などと言いながらも、紫は渋々とスパゲッティ付きのフォークを天子に向ける。
しかし、ふと気付いた。

もしかしてこれは、恋人同士とかがアーンと言って食べさせるアレなのでは!?

目の前のスパゲッティに釘付けの天子は、そんな紫の同様にも気付かずに口をあけた。

「アー……」

本人もアーンって言おうとしてる!? やっぱりこれアーンだ!!!

紫はまるで電撃が走ったかのような錯覚を受けた。
天子とこんな恋人のようなプレイをする……と考えたところで既にデートをして、手を繋いだりしていると言う事でもう二度電撃が走った。
だが呆けている場合ではない、天子は今スパゲッティを待っているのだ。早くそれを口まで運ばねばまた機嫌が悪くなる。
唾をゴクリと飲み込み、意を決する。なんとか紫はフォークの先を天子の口にまで運んだ。

「ひゃ、はい! アーン……」
「――ン、むぐむぐ」

やったやってのけた、途中で言葉を噛んだりしたがやってのけたぞ!

「……あっ、これ美味しい。やっぱりそっちの方が良かったわね」
「あ、あらそうなの、ほほほほ」

もう紫には、天子が何を言ってるのかも良くわかっていなかった。
適当に相槌を打ちながら、何も考えずに料理を作業的に食べる。
しかし、その作業も一旦の妨害を受けた。

「はい! 紫も、アーン」
「えっ……えぇぇ!?」

なんと天子がオムライスをスプーンに乗せ、こちらに寄越してきた。

「何やってるのよ。そっちがくれたんだから、今度はこっちの番じゃない。ほらほらアーン」

こっちがあげたからこんどはこっちがくれる……あれなんかこれおかしくない? あばばばばばばばばば。

今の紫の脳内はこんな感じであった。立て続けに電撃が走って回路はショート、心臓はもう破裂するんじゃないかと言うほど大きく鼓動している。
だがそんな状態でも天子にアーンしてもらえる、と言う誘惑が恥ずかしがる紫を動かす。女らしさなどどこかに放り投げて口を思いっきり開けた。

「アー……ン」
「どうこのオムライス? 紫の評価は?」
「イ、イインジャナイカシラ」
「えー……絶対美味しくないと思うけどなぁ」

紫にはもはや、料理の味を理解する程の知性は持ってなかった。
この世のあらゆる事象を一瞬で計算式で表すことのできる脳は、天子と言うたった一人の少女のお陰で妖精にも劣るほどにまで狂わされた。
だが困難は去った、後は目の前に良くわからない物(スパゲッティのことである)の処理を終えるだけだ。

「んー、やっぱりそんなにだと思うけどなぁ……」
「アラアラ、ソウカシラ」

天子はオムライスを凝視し不思議そうに頭を捻る。
そして一口食べるとまた捻る、どうも納得がいかないようだ。

「うーん、ねぇ紫」
「アラアラ、ナニカシラ」
「もう一口食べさせて」

笑顔でおねだり、固まる紫。
紫はこの店を出るまでに、自分が死んだりするんじゃないかと思った。



* * *



それから皿が空になったのは、天子の「もう一口」と言う言葉を5回は聞いてからだった。
ショートした紫の脳は、天子がイチゴパフェを満面の笑みで食べ終え、外に出ても未だに影響が残っていた。

「はぁ、オムライスは微妙だったけど、あのイチゴパフェって言うのは凄かったわね! 美味しいし大きいし、後でまた食べましょ!」
「ソウデスネ」
「それで次は海かー……ねぇ、海って見渡す限り水が溜まってるのよね!?」
「ソウデスネ」
「……もしもーし、紫?」
「ソウデスネ」
「うりゃ!!」
「はうッ!?」

紫の首筋に背伸びした天子が斜め四十五度で手刀を打ち込み、ようやく紫は我に返る。

「ハッ……いけない、私としたことが……」
「もう、紫ってばボーっとして。たまにそういう風に何も考えなくなるわよね、どうしてなの?」

「天子があんまりにも可愛いからよ!!!」なんて、紫には言えるはずなかった。

「そ、それよりほら、見えてきたわよ海」
「えっ!? あっ、ホントだ!!!」

無意識ながらも紫はちゃんと海までの道のりを辿っていたようだ、天子は目を輝かせて海辺に飛び出した。

「おっきいー! これが海ー!」

初めて海に大はしゃぎの天子、シーズンはずれで人がいないのを良いことに大声を上げて喜ぶ。

「でっかいー! うおぉおー!! やっほー!!!」
「最後のは海じゃなくて山でしょ」
「細かいことは気にしないの!」

天子は海の水を指に付けると、口元に持って行きぺろりと一舐め。

「んぅ~、しょっぱい! 噂は本当だったのね! 」

海の味を確かめると、次に天子は靴を脱ぎ始めた。

「何やってるの、もう泳げる時期じゃないわよ。クラゲだって出るし」
「足だけ浸けるのよ。あっ、でもクラゲって言うのは見てみたい」
「次の水族館で見れるわ」
「あぁ、そうだった。じゃあそれまでのお楽しみね」

なんて言ってる間に天子は靴下まで脱ぎ終わり、スカートの裾を水が付かないように摘み上げる。
準備が完了し、恐る恐る足を海面に浸した。

「きゃっ、冷たい」
「もう秋だしねぇ、あんまり長くいると風邪引くわよ?」
「天人だから大丈夫! それより紫も来てみたら? 波が押したり引いたりの感触が面白いわー」
「私も行ったらあなた、絶対に水吹っ掛けてくるでしょ」
「あれっ? バレた?」

案の定のようだ、紫は砂浜から天子を眺めるだけであったが、天子は一人でも初めて触れる海に楽しそうだった。
一人で10分は楽しむとようやく戻ってきて、紫が隙間から取り出したビニールシートに腰を下ろした。

「はいこれタオル、砂も一緒に落としなさい」
「ありがと。それにしても海って広いわねー、どこまで続いてるのかしら」
「大昔の人間は、世界の端は崖になっててそこから海の水が落ちていく……なんて考えてたらしいわ」
「へぇー……それで実際のところはどうなの?」
「あら? 知らないのかしら」
「うん」

閉鎖的な天界にはそういう情報も入ってこなかった、天子は地球が丸いなんてことも知りはしない。
それがわかると、紫は隙間を開き地球儀を取り出した。

「これよ」
「なにこれ?」
「この世界、地球と呼ばれるこの星をかたどった模型よ」
「えっ? えっ? これが世界なの? 丸いの?」
「丸くて青いのよ。ほら海を見ても果てはないでしょ、地球が丸いからずっと離れたところは隠れてしまっているからなの」
「あっ、なるほどだから見えないの」

今度はいきなり明かされた地球の秘密に、天子は興味津々だ。
地球儀を回して360度観察する。

「ほとんど青い……これ全部海?」
「えぇそうよ、地球の7割が海で3割陸。」
「へぇー、私達が住んでる幻想郷ってどこ、ここらへん?」

そう行って天子が指差したのは中国の真ん中だ。

「違う、そこじゃないわ」
「じゃあここ?」

今度はロシアだ。

「ブブー、そこもはずれよ。チャンスは残り一回」
「えっ、えっ、ええいこうなったらここよ!」

最後に天子が指差したのはオーストラリアだった。

「残念でした、そこでもないわ」
「うぅー、どこにあるのよ幻想郷」
「ここよここ」

紫はそう言って大きな大陸の横、ちょこっと付け足したような島国を指差した。

「ここって……このちっこいの?」
「えぇ、ここが幻想郷のある日本よ」
「嘘っ、こんな小さいの!?」
「えぇ、小さいの」

そう言われると、天子は呆けて空を仰いだ。

「でっかいのねー、世界って」
「えぇ、一杯に増えた人間がまだまだ全てを知り尽くせない、それほどまでに地球は大きいわ」
「地球……じゃあ地球を越えたら何があるの」
「もっと広い宇宙があるわ」
「宇宙? 何それ」
「それはね……」

結局、二人は水族館には行かずに、ずっと海を眺めながら、この大きすぎる世界のことを語っていた。
宇宙、それに太陽を中心に回る幾つもの惑星、それらが一体どうやって生まれたのか、また今後どうなるのか。
推察に過ぎない説、既に証明された驚きの事実。
様々のことを語り、気が付けば太陽は没し、空には月と星が光り輝いていた。

「はぁー、一杯色んなこと知って頭の中パンパンだわ」
「ずっと話し続けてたからね。水族館はどうする?」
「んー、止めとく。もうそれどころじゃない感じ」

話だけなら別にここでしなくとも幻想郷でできた、途中で切り上げておくべきだったかと紫は少し悔やんだ。
水族館に行けば、天子はまた喜んだであろうに。
そんな紫の心を読み取ったか、天子は首を振った。

「別に良いわよ紫、私が聞きたくて聞いたんだし。原初の海を眺めながら世界を語るなんて、これ以上楽しいの早々ないと思うわ」
「そう……なら良かったわ」

天子は腕を広げると、星空を仰ぎ見る。
今いる場所は都会に近いのに、星は不思議と多くの数が光を放っている。

「この光も何百年も前の光なのね、そんなに時間を掛けて届くだなんて凄いわ」
「えぇ、そして同時に美しい。世界はこんなにも素晴らしいもので溢れてる」
「私が出した光もどこかに届くかな?」
「さぁ、どうかしら」

二人で物思いにふけり、しばしの間波の打つ音だけが回りに響いた。
そんな神秘的な場を壊したのは、またもや天子の腹の虫であった。

「あっ」
「あっ」

ちょっと気まずい雰囲気、天子が顔を赤くする。

「数百年前のロマンより、現在のご飯ね」
「うぅー、ご飯よご飯! お腹一杯食ってやるー!!!」
「はいはい」



* * *



「いらっしゃいませー、お二人様でございますか?」
「えぇそうよ」
「かしこまりました、こちらの席にどうぞ」

二人でやってきたのは先程とは違う飲食店。店員に案内されてまた向かい合って席に着く。

「ご注文はなんに致しましょう?」
「えぇーと、そうねぇ」
「一番でっかいパフェ!」
「ちょ、天子っ」

まさか晩飯はそれで済ますつもりか、躊躇なく天子は言いのけた。

「お時間が掛かりますが宜しいでしょうか?」
「勿論良いわよ、よね? 紫」
「えぇ別に良いけど……じゃなくて、私が言いたいのは」
「かしこまりました、それではお待ちください」
「あっ、ちょっとあなた」

店員はそれだけオーダーを取ると、足早に厨房に行ってしまった。
何故だろう、何だか嫌な予感がする。

「ふふーん、こんな機会二度とないんだし、お腹一杯パフェを食べてみたかったのよねー」
「だからってパフェだけで済まそうなんて……胸焼け起こすわよ」
「そんなに一杯食べれるなら幸せよ!」

駄目だまるで聞く耳を持たない。
しかしどうしてあの店員はその注文だけで奥に戻ってしまったのだろうか、普通はその他にもオーダーを取るはず。
どうにも嫌な予感が目立つが、既に頼んでしまった以上注文を取り消すわけにはいかない。
……心して待つしかなさそうだ。


そうして、紫が覚悟を決め、天子は楽しみに待ちながら時間が過ぎた。
10分、20分――30分。

「長い! いつまで待たせるのよこの店は!」
「ここまで用意に時間が掛かるなんて……やっぱりとんでもないものじゃ」
「お待たせいたしましたー!」

来た、ようやく来た、そう来てしまったのだ。
ドンッ、とテーブルを揺らし置かれたパフェは器の直径30cm、高さも同じ程はあるもので。

「こちらがデラックススーパーウルトラパフェになります」
「……とんでもないものだった」
「で…でか……」
「制限時間は一時間、それまでに食べ切れなければ5000円となります」

しかも時間設定ありと来た。

「それでは――スタート!」
「あっ、もう始まった――天子、呆けてる場合じゃないわ! 早く食べないと」
「えっ、これを二人で!? ゆ、幽々子は、幽々子はいないの!?」
「諦めろここは外界だ。二人で食べるしかないわ」
「え……えぇい、こうなりゃヤケよ! 天人の意地を見せてやる!」

二人の大食い決戦は、今始まったばかりだ!



* * *



「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
「げぷっ、もう食えない……」
「お、お腹が破裂しそう……」

二人はそれはもう食った、食って喰って、そしてとうとう時間ギリギリで全て喰い切った。
困難を乗り越えた二人に与えられたのは賛辞の拍手、そして店のタダ券だった……多分今まで貰った物の中で一番いらない。

「ねぇ天子、あなた今幸せ? ねぇ今幸せ?」
「ぐぅ……ごめんなさい、全部私が悪かったです。もう甘いの食べたくない……」

もう二人とも限界ギリギリだった、乗るわけでもないバス停の椅子に座ってじっとする。
ただうめき声をあげながら居座るだけであったが、やがてお腹が少しマシになってくると天子が何かを見つけ、紫の袖を引っ張った。

「何よもう」
「ねぇ紫、あのお店って何?」
「んん?」

目を凝らす……のも面倒で、隙間を開いて店を覗く。
どうせ暗くて誰もわからないだろうし、別に良いだろう。

「これは……アクセサリーショップね」
「何それ」
「体に身に付ける装飾品を売ってるのよ、宝石とか」
「あんな小さな店に宝石?」
「宝石って言ってもそれっぽいのだけよ、実際はガラスとかでできた贋物の安物……行ってみる?」
「うん」

重い腰を上げ、ノロノロと二人並んで店へ向かう。
そんなに距離もないのに5分ほど掛け、二人は店に着いた。
店のガラス越しからでも、そこに展示されたアクセサリー類の輝きはよくわかった。

「綺麗ね……」
「贋物だけれどね」
「贋物でもこんだけ綺麗なら十分よ」

ドアを開けて店の中に入る、今まで夜だった筈がいきなり昼になったかのような輝きに目が眩む。
蛍光灯の光が理由だが、そう思わせるのにはアクセサリーの輝きが一番大きかった。
模造品ながらも様々な色をした宝石、鈍く光る銀や金の装飾。

「すっごいわね……」
「まるで夜から昼になってみたいね」

そうして二人でそう広くはない店の中を、一つ一つ見て回った。
そのどれもが綺麗ではあった、だが二人の心を掴むものは中々見つからない。
しかし、それは確かに店の中にあった。店の隅っこに寄せられた物の中に。

「あっ……これ……」

天子が思わず手に取ったのは、二つの首飾りだった。
首に掛ける紐に、金具と宝石が付いただけのシンプルな首飾り。それぞれが青と紫に輝いている。

「私と紫の色だ」
「そうね。私の名前と、あなたの髪と」
「それに私の名前にも青が入ってるわ、天の色は青色でしょ」

手に持った首飾りを自分の胸元に持ってきたり、紫の胸元に合わせたりしていく内に、どんどん天子にはその首飾りが魅力的に映る。

「ねぇ紫、これ買ってよ! お揃いの首飾りって、なんだか素敵じゃない?」
「お、おそろ……あなた、幻想郷の物を持ち込まないって言葉、もう忘れたのかしら?」
「別にこれくらいならいいでしょ、香霖堂に行けば似たようなのあると思うし」

確かにそれもそうだ、これくらいなら別に幻想郷に持ち込んでも害はないだろう。
紫は溜息だけ吐くと何も言わず首飾りを二つとも手に取り、レジへと持っていくと精算した。
どうやら、かの隙間妖怪は、一人の天人にすっかり甘くなってしまったらしい。

「毎度ありがとうございましたー」

店員のお決まりの言葉を背に店から出る、すると天子は早速首飾りの入った紙袋を開けた。力任せに破くものだから無駄にゴミが出ている。

「わぁー……ありがとう紫」
「別に良いわ、これくらいのこと……ちょっとそれ貸して、二つとも」
「? わかった、はい」

天子から差し出された二つの首飾りを受け取ると、紫は二つの手のひらでそれを包み何か呟きかけた。
ほんの僅かに手の内から光が漏れ、それが収まると首飾りを天子に返した。

「何したの?」
「あなたのことだから壊したり無くしたりすると思ってね、防護のまじないを掛けておいたわ、ちょっとやそっとじゃ壊れない。それともう一つ」

紫が綺麗な両の手の人差し指を伸ばして見せると、その2本を引き合わせてくっつけた。

「片方が無くなってももう片方がそれを引き寄せる、どちらか一方があれば最後には二つ揃うわ」

勿論無くしてしまわない限り効力を発揮しないまじない、持っているからといって天子と繋がるわけではなかった。
それでも紫はそのまじないを、呪いを掛けた。願掛けのようなものだ、恋の呪いに掛かった自分が、いつか天子と宝石のように引き合うように。

「へー、色んなまじないがあるのねぇ……と、これが紫のね」
「ありがと……あら?」

そう言って天子が差し出したのは、青色の宝石の付いた首飾り。
てっきり互いに自分の色の首飾りをつけるのかと思ったが。

「自分が自分の物つけるより、こっちの方が面白いでしょ」
「……あなたって、面白いか面白くないかの二択しかないの?」
「良いじゃない、悪いことじゃないんだから。ほら早くつけましょ!」

そして互いに首飾りをつける、天子の首元で紫の宝石が、紫の首元で青い宝石が光った。

「えへへ……ありがと、紫。それにしても私、奢って貰ってばっかりね」
「あらあら、自覚があるのならいつか奢って欲しいものね。でもいつの日になることか……」
「む……何よその言い方。見てなさい、絶対お金稼いで目に物見せてやる!」
「ふふ、楽しみにしておくわ」

今日の、二人でのお忍びデートは、この首飾りを買ったのを締めとした終了した。
今日という日は、二人の長い時の中でも生涯忘れない、特別な一日となったのであった。



* * *



翌日、天子は天界を散歩していた。
いつもなら下界にまで行くところだが、今は結界の更新作業中だ。昨日紫に無理を言ったのに、これ以上迷惑をかけるのもよくはない。
それに、いつもならうんざりするくらい穏やかなだけの天界も、今日も何だか美しく見えた。
その風景に、昨日買って貰った紫の宝石を並べて眺める。

「綺麗ね……昨日はホントに楽しかったなぁ」

初めてのデート、いつもと違う服を着て、ご飯食べて、海で話をして、お揃いの首飾り。
そのどれもが、思い出すだけで胸の中が暖かくなってくる。
この暖かい気持ちは、何なのだろうか?

「まっ、いっか! 悪いことじゃないんだし!」

気持ちに区切りを付けると、また天子は歩き出す。
けれど視線はほとんど前を見ていない、首元に光る紫の宝石に釘付けだ。
近くにいるわけでないのに、まるで紫と繋がって、傍にいるかのような感覚。
それにまた暖かい気持ちを感じていると、不意に声が掛かった。

「おーい! 天子ー!」
「あっ、萃香じゃない。それに衣玖も」
「こんにちは、総領娘様」

以前の異変の際に知り合った鬼と竜宮の遣い。
萃香は気が付いたら天界で酒を飲んでいるし、衣玖はいつも空を漂っているしで、彼女らともあれからはちょくちょく顔を合わせ、弾幕ごっこをしたりしていた。

「天界には結界はってあるんじゃなかったっけ?」
「あーっ、らしいな。酒飲んでたら、気が付いたら閉じ込められてたよ」
「私は萃香さんに呼ばれてお酌をしていたら、いつのまにか」
「呑気ねー、二人とも」

まぁでも良いか、結界の更新が終わるまでの一週間、それまで暇を潰す仲間ができたことだし。

「ところでどうしたんだその宝石」
「さっきからニヤニヤしながら見てましたね」
「えっ、そんな顔してた?」
「そりゃもう」

そんな顔を見られていたとは、恥ずかしくて顔に赤みが差す。

「で、何なんだ? その宝石?」
「気になりますね」

それでも、この答えは満面の笑みで答える。
絶対に変えようのない、心からの気持ちだから。

「私の宝物!」

大切な人の色をした、大切な宝物。

「紫とデートした時に買ってもらったの!」
「「えっ」」
「えっ」」
一週間後、白玉楼にて。

「このデートの意味を教えたのだ誰だー!?」

顔を真っ赤に突撃する天子の姿があったとさ。

* * *

はい電動ドリルです、読んで下さってありがとうございました。
お揃い首飾りを買うシーンが書きたいがためにここまで書いたわけですが。
長い!
デートさせて首飾り買わせるだけのつもりだったのに、何だってこんなに長くなったのか……
それと前回普通に書いたつもりだったのに、甘いやら砂糖やら言われたので甘くしてみたよ。

ゆかてんも良いけれど、天子が紅魔館とか永遠亭とか行く話しも書きたいなー。
だけどめーれみやらあやもみやらかぐもこやらも書きたい、道は長いなぁ……
とりあえず最終目標は、ゆかてんと天子の友達100人。
それではまたいつか。

追記
わかりにくい表現を修正、マジカルゆかりん☆のところらへん。
投稿してすぐに読んでわからなかった、人すいませんでした。
ちなみにマジカルゆかりんの詳細は、ちょいと遅れましたがジェネリックの方に投稿しました。
作品集76の『橙「紫様が病気になっちゃった……」』です、興味があればお読みください。

コメント19、32さん
誤字の報告ありがとうございます、修正しました

コメント31さん
ちょっと調べてみたら、サウンドホリゾンの曲みたいですね。
しかも青と紫のほかにも、宝石やら賢者やら緋色の風車やら、何やら被ってるワードが多い模様……。
中々面白そうです、教えてくださってありがとうございます。
電動ドリル
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コメント



0.3480簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
来た!ゆかてん続編来た!
もどかしくて良い
10.90爆撃削除
甘くなりました。
首飾りがあとがきに書かれてあるように、やっぱりそこが特にいいっすね。
別々の色を持つのが、素朴ながらも。
11.80名無し削除
後数ヶ月は進展しそうにないなこりゃ
だがそれが良い、これからもゆかてん執筆を頑張って下さい
13.100名前が無い程度の能力削除
口から砂糖だだもれw
特に最後のアクセ屋で、天子が自分のイメージ色ではなく相手の色を選ぶシーンは
マジ可愛いすぎて悶えた
あなたのゆかてんSSは、本当に書込みが丁寧で素晴らしい

・・・ところで、マジカルゆかりん☆って何?
14.100奇声を発する程度の能力削除
良いゆかてんでした!!
19.80名前が無い程度の能力削除
× 脱水所へと~
○ 脱衣所へと~
ですかね。天子様がミイラになっちゃう!!

とまれ、前回に引き続きよいゆかてんご馳走様でございました。
上でも出てるペンダントを交互に~の件や、海での会話の〆とかで、天子様の物の見方等が魅力的に描かれていて、
これは紫もキュンと来るわ・・・・・・、というのに実感が持てて良かったです。
20.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしいゆかてんでした。体内の炭素水素酸素が全て砂糖(C12H22O11)に還元されました。私の生命エネルギー返して。

それはさておき、あれですよね、このあとヴワル図書館に行って海の生き物の図鑑をふたりで見るんですよね!
それでイルカが可愛かったり、深海魚にビックリしたり、リュウグウノツカイにドン引きしたりするんですよね!ね!

次回作も期待してます!

……ところで、マジカルゆかりん☆って何でしょう?
25.100名前が無い程度の能力削除
ゆかてん!
26.100名前が無い程度の能力削除
たまらん…
二人とも可愛すぎる まさかの外界でデートとは面白いですね
純粋な天子と振り回されるゆかりんが非常に良いです
27.100名前が無い程度の能力削除
ああもう最高
30.100名前が無い程度の能力削除
「私が出した光もどこかに届くかな?」

この言葉がすっごいツボでした
やったーーー!
31.90名前が無い程度の能力削除
青と紫
生と死
そんな歌があったなぁ
32.90名前が無い程度の能力削除
>風呂が空いて→風呂が空いた、ですね

ジェネの方と違ってタガが外れてないゆかりんw
初々しい感じで可愛いかったです。百合至上主義の自分に死角はなかった
めーレミ超読みたいけどゆかてんももっと読みたい…!
37.90名前が無い程度の能力削除
幻想郷からこちらの世界に来てからの展開が、ちょっとありがちで先が読めてしまったのが残念。
それとせっかくこっちの世界に来たのにその魅力が生かしきれてなかったと感じました、このネタはそう何度も使えるものではないので勿体ないかなと
40.100名前が無い程度の能力削除
百合はいいな……こころが洗われる
41.100\(゚ヮ゜)/削除
ゆかてんひゃっほい。
46.100名前が無い程度の能力削除
良いじゃん
51.100tukai削除
ゆかてん!ゆかてん!
53.70名前が無い程度の能力削除
甘い話は好きですが 前作とちがい紫らしさが消えてしまっているのが
残念です。 前作は紫らしい立ち振る舞いだったが、今回はキャラが紫でなくてもよい感じのSSでした
64.100蕪城削除
ありがとう!ありがとう
母よ、私を産んでくれてありがとう
電動ドリル氏よ、素晴らしい新境地へ僕を招いてくれださりありがとう!

めーれみだと……新境地すぐる……
73.無評価名前が無い程度の能力削除
とてもいい作品でした。デートの意味か…まぁあながち間違ってはいませんよね(笑)後、追記のサウンドホリゾンですが、
正確にはサウンドホライズンと読みます。SoundHrizonです。
74.90名前が無い程度の能力削除
うら
76.100名前が無い程度の能力削除
今更ですが誤字報告を
新密度は上がってきている
親密度が新密度になっています
続編期待しています
89.無評価名前が無い程度の能力削除
口からサトウキビ生えてくるレベル。素晴らしい・・・