姫海棠はたてが博麗神社を訪れたのは、まだ日の高い昼ごろのことだった。
取材の一つでもできるかと期待しながら、鴉天狗の少女は博麗神社の境内に降り立った。
すでに暦は秋だというのに日中は暖かく、豊穣の神達は「秋らしくない」と不貞腐れていたが、過ごし易い環境には違いないのではたてとしては万々歳だ。
違いは暖かいか、涼しいかの違いなのだ。彼女にしてみれば、快適であれば何でもいいのである。
「霊夢ー、いないのー?」
妖怪退治を生業とする巫女の下に、妖怪の少女が尋ねるというのも奇妙な光景だろう。
だがしかし、ここ博麗神社はもっぱら妖怪が集まることで有名な妖怪神社などと噂されているのだから、それも今更だったのかもしれない。
そんなわけで、はたてが巫女の名を呼びながら無防備に歩いていても、なんら問題はないのである。多分きっと。
きょろきょろと辺りを見回してみるものの、境内に目的の巫女の姿はない。
いつもならこのあたりを暢気に掃除しているか、縁側で暢気にお茶を嗜んでいるかのどちらかなので、自ずと答えは一つに絞られた。
そうとわかれば話は早いと、彼女は縁側を通り抜けて縁側の方へと一直線。
そこには案の定、目的の巫女の姿があったのだが……。
「あらら?」
予想外というべきか、はたまたは予定外というべきなのか。
件の巫女―――博麗霊夢は、縁側に座ったまま柱に体を預けるようにして眠り込んでいる。
目の前に妖怪がいるというのになんとも暢気なもので、近づいてみても一向に起きる気配はない。
妖怪を前にして眠りこけていられるその精神、呆れるべきなのか驚嘆すべきなのか、なかなかに判断に悩む光景なわけで。
しかし、どちらにしてもはたてにしてみれば面白い話ではない。
暇つぶしであったとはいえ取材に訪れたのだから、取材対象には起きていてもらわないと困るのである。
「あーあ、まさか寝てるなんてなぁ」
つまらなそうに呟き、「この怠け者め」と恨み言をこぼしながら霊夢の隣に座った。
随分と無遠慮に座り込んだが、この神社に集まる者たちは大体こんな感じなのである。
しばらくは不貞腐れたように口を尖らせていたはたてだったが、いまだに起きる気配の見せない巫女の顔をぼんやりと眺めていた。
間抜けな顔を見てやろうというささやかな仕返しだったのか、それとも単純にその寝顔を見ていたかったのか。
普段は妖怪相手に厳しい態度を崩さず、ムッとした表情を見ることが多い霊夢だが、ひとたび眠ればその表情はどこかあどけない。
すやすやと穏やかな寝息を立てる彼女の顔は、どこにでもいるような少女のものだったのだ。
気がつけば、パシャリとシャッターの音が鳴った。
自前のカ小さなメラを構えてボタンを押せば、カメラの画面にその瞬間を切り取ったかのような巫女の寝顔が映し出されている。
あどけない、穏やかで、穢れを知らないと思わせるに足る少女の寝顔。
これをネタにして記事を書こうかとも思ったが……やはりやめた。
せっかく、あの博麗の巫女が妖怪相手に無防備な寝顔をさらしたのである。
秋にしては季節はずれな暖かさがそうさせたのか、それとももっと別の理由なのかはわからない。
だが、滅多に見ることができないだろう寝顔だ。あまりに珍しすぎて、ほかの誰かに伝えるのがもったいないように思えたのだ。
「新聞記者失格かなぁ」
ポツリと呟いた言葉は、しこしどこか嬉しそうでもあった。
彼女自身、どうしてそんなに嬉しいのかよくわからなかったが、どうでもいいかと考えることを放棄してごろんと寝転がる。
目に移るのは軒下の裏側と、その境界線の外には晴れ渡った青空が広がっていた。
本当は、ここには取材のつもりで訪れたはずだった。
けれども、このまま寝てしまうのも悪くはないかなぁなんて、そんなことをぼんやりと思ってしまう。
だって、当の巫女は今も穏やかに夢の中なのだ。自分がここで眠っていたって構わないだろうと適当に結論付けた。
そんな結論に至って暫くたったころ、視界の青色に小さな黒い点が映る。
やがてその黒点は徐々に大きくなっていき、やはり見覚えのある黒白の格好の魔女が、ゆったりとした様子で境内に降り立った。
箒を肩に担いでこちらに歩いてきた魔女―――霧雨魔理沙の表情には、ニヤニヤといやらしい笑みが張り付いている。
「なんだなんだ、天狗がいると思ったら、天狗も巫女も仲良く昼寝ときたもんだ」
「んー、別にいいんじゃない? ほら、寝る子は育つってよく言うし」
「残念だな、生憎私はそういう迷信はあんまり信用しない性質なんだ」
「……あぁ、ちっこいもんね。色々と」
「ほっとけ」
色々と思うことがあったのか、大きな帽子を取りながら不貞腐れたように呟くと、魔理沙は横になっているはたての隣に座り込んだ。
相変わらず黒色ばかりの服装に目をやりながら、天狗はというと胸元のボタンをはずしながらパタパタと手で煽っている。
見ているだけで暑くなってきたのだろう。暖かいとはいえ、彼女のように黒尽くめな格好の人物を見れば、わからなくもない話ではあるが。
「あんた、それ暑くないの?」
「まぁ、暑いがもう慣れたな。魔法使いは黒が基本なんだ」
「へぇー、初めて聞いたわ」
「そりゃそうだ。私の持論だからな」
そりゃなんとも、役に立たない持論だこと。
そんなことを思ったが口に出すことはせず、はたては「あっそ」と簡潔に言葉をこぼしてふぁーっとあくびを一つ。
こうやっていると、この暖かさもあってか眠気が襲ってくる。
少し目を瞑っていれば、あっという間に夢の世界へと旅立っていけそうだ。
ふと、隣に座る魔理沙に目を向ければ、彼女もふぁ~っと欠伸をひとつ。
なんだかんだで、この黒白の魔女もこの季節はずれの暖かさにやられているようであった。
まったく持って罪な秋であると、はたてはそんなことを思う。何がどう罪なのかいまいち意味不明だが。
「眠たそうねぇ」
「昨日は徹夜だったんだ」
「泥棒で?」
「違う違う、魔女に実験はつき物だろう? 大きな釜に茸を大量にぶちまけてたんだ」
後にも先にも、茸を原料にした魔法を開発するようなのは彼女だけだと思いはしたが、それは言わぬが花というやつなのだろう。
「あ、そう」などと軽い言葉をこぼしつつ、はたてはポンポンと自分の隣の床を叩いた。
「だったら眠ってれば。大丈夫よ、巫女も寝てるんだから誰も文句言わないって」
「それもそうだな。職務怠慢な霊夢が悪い」
二人とも、人の家だというのに言いたい放題である。
そしてそれ以上に、我が物顔でゴロンと横になる彼女たちの精神の図太さ、推して知るべしと言ったところか。
もののついでと言わんばかりに、はたては隣の霊夢の方を掴むとそのまま起こさないように横にした。
ゆっくりゆっくりと、まるで赤子を起こすまいとする母親のように。
そうやって霊夢をやさしく仰向けにしたはたては、彼女がおきていないことを確認してんーッと背筋を伸ばす。
うとうととした眠気に身を任せ、意識をまどろみの中に沈ませている。
思えば、こうやって誰かと一緒に眠るという経験は、はたてにとっては始めてのことだった。
いつも一人で新聞の編集に格闘し、外にあまり出ることもなかったかつての自分では考えられないことだ。
そのことを思えば、こうやって外に出るようになってよかったと、はたては思う。
きっと、昔のように引きこもっていてばかりでは、こんな体験などしなかったに違いない。
一人ではない安心感。
一人ではなく、隣に誰かがいる睡眠の時間。
それがこんなにも、心落ち着くものだとは思わなかっただろうから。
うつらうつらと、意識が曖昧に溶けていく。
隣に視線を移せば、黒白の魔女はもうすでに夢の世界へと旅立ってしまった後らしい。
こちらもまた、あどけないその寝顔は、年相応の少女のものだった。
可愛いなぁなんてぼんやりと思って、天狗の少女もまた眠りの中へと沈んでいく。
後に残るのは、縁側で暢気に眠る少女たち三人の姿のみ。
穏やかな眠りを邪魔するものは誰もいない。ただただ、静かな時間だけが過ぎていく。
巫女も、魔女も、そして天狗も。
さまざまな違いはあれど、眠りを貪る彼女たちのその寝顔は、誰が見ても可愛らしいと思えるような、そんな穏やかな寝顔だった。
▼
まどろんだ意識が覚醒していく。
ぼんやりとした思考のままゆっくりと身を起こした彼女は、未だにはっきりしない頭で空白の記憶を探っている。
ふと空を見上げれば空は茜色に染まっていて、そこでようやく、彼女―――博麗霊夢は自身が眠っていたのだと自覚した。
「本当、真昼間から寝るなんて弛んでるわ。いつから寝て―――」
つむごうとした言葉が、隣を見た瞬間にぴたりと止まる。
一体いつの間に訪れていたというのか、友人の魔女といけ好かないパパラッチ天狗の片割れが我が物顔で眠りこけているではないか。
怒りが湧き起こるよりも、むしろ呆れが勝って盛大なため息を一つつく。
ここに訪れる連中が勝手なのはわかりきっていたことだ。このくらいでいちいち怒っていてはやっていられないのである。
というか、天狗にいたっては胸元のボタンがはずされていてやけに色っぽい。
おまけに、そんな彼女に魔女が抱きつくようにして眠っているのだから、お前ら何してたんだよと思わずツッコミたくなってしまう。
まぁ、なんにしても彼女たちが勝手だと言う事実には変わりないのだが。
ふと、視線を前へと移してみる。
するとそこには、先ほどまでいなかったはずのパパラッチの片割れ―――射命丸文の姿があるではないか。
嫌な予感が膨れ上がる。何が嫌って、あの文がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべているってのが更に不吉である。
「さしずめ寝る三子育つ……いえ、この場合寝る巫女育つかしらね? いやいや、実にかわいらしい寝顔でした!」
「やかましいっ!!」
ブン投げられる陰陽球。大リーガー顔負けの剛速球の直撃を受け、文はきりもみ回転しながらぶっ飛んだ。
「おぶっふぉうぅぅぅぅ!!?」などという意味不明な悲鳴を上げつつ、ずったんばったんと跳ね回る鴉天狗。
だがしかし、文の顔にはこれでもかというほどの清々しい笑顔が浮かんでいたとか何とか。
対して、霊夢は珍しく顔を真っ赤にして恥ずかしそうだったというんだから、なんともまぁ対照的である。
今日も今日とて、博麗神社は平和だ。
この後、目を覚ました残りの二人も加わって更にやかましくなるのだが……まぁ、それもいつものことなのである。
カメラ
のんびりしてて良かったです!
今日も幻想郷は平和だった……。
もう少し本を読んだ方がいいですよ。
表現が粗い。
ストーリーは面白いのに……