*
「今、なんとおっしゃいました?」
信じ難い言葉が、仕えるべき主人から告げられ、私は耳を疑った。傍らにはサイズの合わないメイド服に身を包んだ子供を携えて。
「二度言わせないで頂戴。今日から、この子を私付きのメイドとして傍に置くから。そうね、貴女は紅魔館の正門の番でもしてもらおうかしら」
意味が分からなかった。どこから拾って来たのかも分からない、年端もいかない子供を傍に置くなんて。
「考え直しては頂けませんか。そんな子供より、私の方が遥かにお嬢様をお護りできます」
しかし、幼いとも言える主人は、その容姿とは裏腹に、有無を言わさない冷たい声で言った。
「言葉が過ぎるわね。自惚れも大概になさい。そういう台詞は護るべき対象より強い者が言うべきよ。ああ、それとも貴女は『お護り』ではなく『お守り』、と言ったのかしら?」
明らかに敵意を込めた言葉。お嬢様の言う事は確かに尤もだが、食い下がれない理由が私にはある。
「ですが…」
だが、その理由を告げる間も与えられず、主人は冷たい眼をして言った。
「美鈴、それ以上盾突くのなら」
消す、という二文字を告げなかったのは優しさからか、それすらも億劫だったからか。はち切れんばからの妖気にあてられ、口をつむいだ私にはもう一瞥もくれず、主人は傍らの少女に声を掛けた。
「行くわよ、咲夜」
その声に、少女も精練された声で返す。
「はい、お嬢様」
少女は優雅な仕種、それも主人の品格を貶ない事を前提とした優雅さで、私に一礼して、お嬢様に付いて行った。
咲夜。
それが私の居場所を奪った少女の名前。
私が敬い、愛している主人の傍に居る事を許された娘。
今、長い間傍で仕え続け、培ってきた信頼が、距離が、全く意味のないものに成り下がったのだ。
「貴女の傍に在りたいから」という理由すら告げさせてもらえないのだから。
*
それでも敬う主人の命に背く事など出来る筈もなく、私は正門に背を預けて立っていた。
時刻は午後三時。普段ならばティータイムの時間である。今頃、お嬢様はどんな顔をしているのだろうか。
「美鈴、もう月餅と烏龍茶は飽きたわ。私は紅茶が飲みたいの」
「何言ってるんですか。烏龍茶は胃の消化吸収を助けますし、何より月餅は美味しいじゃないですか。しかも「月」のお餅なんてお嬢様にピッタリですよ?」
「でもこの月は紅くないじゃないの…」
嗚呼、そんなやり取りも出来なくなってしまったのか。
あの少女さえ来なければ私はお嬢様の傍にいられたのに。
あの少女さえ。
「あの…」
そう思った矢先、突如として件の少女の声が横から聞こえた。
横、というのは正確ではない。小さな少女の背丈で私に話しかけるにはかなり上を向かなければならず、下から、という方が正しかったからだ。しかし、いつのまに近づいたのだろうか。
「お疲れ様です。あの、これ、今日のお茶菓子です。お嬢様が残されたものですが、よかったら召し上がって下さい」
そう言って差し出されたのは小さなバスケットに入った、フィナンシェとクッキー。
その配分は七対三。クッキーの方は手作りなのが分かるものの、到底妖精メイドに作れるような出来栄えではなく、この少女が作ったものであるのは明白であった。お嬢様の残したもの、であるのに、クッキーの方が少ないのは暗に彼女の腕が良いことも示していた。
そのどれもこれもが気に入らなかった。向けられた完璧な笑顔も。
「…どうも」
彼女に悪意があるわけでもないのに、差し出されたものを断る理由があるわけもなく、私はそれを受け取った。すると彼女はどこから取り出したのだろうか、小さな水筒から陶器のカップに液体を注いでいた。もちろん、外に持ち出しているのだから、安物のカップである。注がれているのは琥珀色の液体だった。
「お嬢様が飲みたい、と仰いましたので。あまり葉の種類がなかったので、今回はウバの葉ですが…。少し、自前のアッサムをブレンドしてあります。どうぞ」
湯気の立つカップを受け取り、手で香りを煽いだ。私は紅茶に詳しいわけではないが、その香りは容易にそれが上品で、美味であることを想像させた。
「そろそろお嬢様の所に戻ります。また、しばらくしたらカップを取りに参りますので」
そう言って少女は去って行った。淡い紅茶の香りだけを残して。
門にもたれたまま一口すすった紅茶は、やはり格別の味であった。
しかし、それがまた気に食わなかった。
こんなに美味しくて、こんなに苦い紅茶は、飲んだことがない。
*
その日から、午後三時過ぎは、私と彼女、二人だけのひっそりとしたティータイムになった。
紅茶と茶菓子を毎日差し入れる彼女と打ちとけた…訳がない。彼女は嬉々として、私にお嬢様の話をした。
お嬢様が退屈そうな表情をした。
お嬢様がわがままを言った。
お嬢様がお召し物をまた汚した。
お嬢様が紅茶を褒めた。
お嬢様が笑った。
お嬢様が、お嬢様が、お嬢様が、お嬢様が。
ねぇ、美鈴さん、聞いてらっしゃいますか?
お嬢様が、お嬢様が。
うんざりだった。楽しそうに話す彼女の横顔は、恋人の自慢話をするそれに他ならず、苦痛以外の何物でもなかった。
主語は全て「お嬢様」で始まり、その全てに愛しさが込められている。時折呼びかけられる私の名前など、なんの価値もないかの様に。
話しの中で、お嬢様が楽しく過ごしている事は嬉しかった。そして同時に、呼びかけられる名前と同様、私の存在は必要無いという事を知らしめられた。これ以上の苦痛があるだろうか。
「ねぇ、止めてもらえませんか。不快なんです、貴女」
何度、この言葉を言おうとしただろうか。
しかし、喉元まで上がってきたそれは、全て封殺された。
何に?
彼女の、完璧な笑顔に、だ。
憎らしかった。妬ましかった。
その笑顔を曇らせてやりたかった。
それでも、いざ非道い言葉を投げようとしてもできなかった。
そもそも、それが何になるというのだ?お嬢様の傍にいられないから、傍にいる彼女を誹る?私は、永く生きて、こんな小さな人間の少女を泣かせるだけの存在なのか?そんな存在がお嬢様の隣に居れる筈もないのも当然だ。
私に出来ることは、その時間を少しでも早く終わらせることだけだった。それでも、彼女を罵りたい欲望と一緒に飲みこんだ紅茶は、いつだって格別に美味しかった。
その味だけが、苦い時間で、唯一の救いだった。
*
「美鈴さん、ご存じでした?もうすぐ、お嬢様のお誕生日なんですよ!」
前置きなど一切なく、心弾むように私に話しかけてきたのは、ある午後のお茶会の事だった。
「ええ、知ってますよ。毎年盛大にお誕生会を開かれますからね」
知らない訳がないだろう。私は貴女の何十倍も永く仕えているのだから。
お嬢様は毎年、ご自分の誕生日に盛大に客賓を招いてパーティーをしている。
しかし、いつもパーティーが終わると疲れ果ててすぐに就寝してしまうため、私は毎年、あらかじめプレゼントを渡していた。今年ももう、きちんと用意してある。
「そうなんです。大掛かりなパーティーとなると、準備が大変で。お嬢様へのプレゼントも用意できていないんですよ」
それを聞いて、もちろん心の何処かで「このまま用意できなければいい」と些かの想いがあったのは確かだが、まぁ、彼女がプレゼントを用意出来ていようがいまいが私には関係のない事だった。
しかし、である。それでですね、と彼女は笑顔を崩さずに続けた。理解しがたい台詞を。
「美鈴さんにお願いがあるんです。お店の方に発注はしてあるので、プレゼントを取りに行って頂けないでしょうか?御足労をおかけしてしまいますが、私はお嬢様から離れるタイミングがなくて…」
後の言葉は耳に入らなかった。
この少女は何を言っている?
よりによって私に、お嬢様へのプレゼントを取ってこい?それでいて貴女はお嬢様の傍にいる?
なんだそれは。
不戯けるな。不戯けるな。不戯けるな。
不戯けるな、そう怒鳴りつける筈だった。
しかし、申し訳なさそうな表情で、それでも笑顔をたたえる彼女。私は、それを見た瞬間に何も言えなくなってしまった。
どうしたというのだろう。憎たらしいのに、目茶苦茶にしてやりたいのに、できなかった。
一息に持っていたカップに入った液体を飲み下すと、それを彼女に渡し、私は追いやる様に彼女を館に帰るように促した。
「行ってくる」とも言わずに門に鍵をかけ、そこを離れる。何も言えなかったのは、何を言っても後悔する気がしたからだ。
彼女から漂う紅茶の香りから逃れるように、振り返る事なく。
*
街に出て着いた店は、古びた帽子屋であった。
帽子専門なんて食べていけるのか疑問だったが、腕がいいのか、少なくとも今日までかなり永く経営してきたように私には映った。
こんなちっぽけな店ですら、人に必要とされているのに、私は…。
ネガティブな思考ばかりが先行し、そんな事ばかり考える。
年老いた店主から品を受け取り、私はそそくさと店を出た。品物の中身なんて興味はない。どんな帽子だってお嬢様には似合うに決まっていたからだ。
そんな事より、傍にいられなくても、お嬢様の近くに一刻も早く戻りたかった。
だが。
「!?」
早足で紅魔館に戻った私を待っていたのは、格子が酷く歪み、変わり果てた正門であった。
何かを叩きつけられたかのように曲げられ、人ひとり通ることができる穴を無理矢理に作りだしたように見える。
鍵だけを壊すのすらもどかしかったのだろうか、そのスマートとは言えないやり口は、妖怪というよりは人間くさかった。
何故そう言えるのか?なんの事はない、経験則だ。最近でこそ滅多にいないが、お嬢様の首をとるなど言うと不届きな人間が、幾度もこの館に侵入していたからだ。
しかし、そんな輩はお嬢様の側に近寄らせる事無く、私が排除していた。私のお嬢様に傷などつけさせる訳にはいかない。
だからこそ私は、包みを放り出し、壊された門を見て直ぐに駆け出した。
そう、私が排除していた、のだ。今、私はお嬢様の傍にいない。そこにいるのは、年端もいかない子供。
走った。一刻も早く、お嬢様の傍に。ただそれだけしか頭になかった。
「お嬢様!!」
お嬢様の個室のドアを大きく開け放った。そこにあったのは。
*
始めに映ったのは荒れた室内。
調度品は無残に壊され、カーテンが引き裂かれていた。そして、その逆光の中に見える三つの影。
一つ目はお嬢様。破れたカーテンから射す、陽に当たらない場所に立っていた。
二つ目はお嬢様の腕に抱かれたメイド姿の少女。泣いているのか、お嬢様の胸に顔をうずめ、動かない。
そして三つ目は、床に横たわる、凄惨な人間の死体だった。
生死を確認するまでもなかった。
それが元々男性であったのか、女性であったのかすらも分からない程であったからだ。
その血は赤い絨毯を更に紅に染め上げ、薄暗い部屋の中でさえ、その染みは異彩を放っていた。
ああ、これが私の惚れ上げた、お嬢様の姿だ。
凄惨。残酷。無残。無慈悲。
いくつ形容を持ちだしても足りない程の、絶対。
だが今、その全ての形容は私に向けられていた。明確な憤りの色で。
「美鈴」
静かに響くお嬢様の声。しかし、受け止めれば気が狂いそうなほどの怒りが、私を襲っていた。
「お嬢様、ご無事ですか」
わたしの乾いた喉では、かすれた声にしかならなかった。いや、声にすらなっていなかっただろう。
「ご無事…?よくもそんな言葉を図々しく言えたものね。
私は言ったわね。貴女に、門を任せる、と。何故門を離れたのかしら?私を、私が居る紅魔館を守ることより大事な事が貴女に存在するというの?
貴女の、貴女の所為で、咲夜が、私の咲夜の顔に、傷がついたのよ!?ねぇ、貴女は何の為に存在するのかしら?答えなさい!美鈴!」
声は少女のそれだった。
しかし、次第に興奮を覚え、私に怒鳴りつけられる言葉は、その一つ一つが、文字通り殺傷力を持ち得るほどの圧迫感を放っていた。
私は、どうにか声を絞り出す。私は何の為に存在するのか。決まっていた。それは全て。
「全て…。お嬢様の…為…に…在り…ます」
しかし、お嬢様は言い放った。絶対の零度を持って。
それが、当然であるかのように。
「なら、私の為に死になさい。今、此処で。
使えない使用人なんて、私と同じ世界に存在する価値もないわ。
ああ、そうね、貴女とは永い付き合いだから、私が葬ってあげる」
そういってお嬢様は右手を掲げる。
音はしなかった。いや、聞こえなかったのかもしれない。
熱が生まれた。私の前髪がチリチリと音を立てる。
光が生まれた。お嬢様の色。絶対の紅。
その手に在ったのは、「外れることのない槍」の名を持つ聖槍。
嗚呼、お嬢様は本気だ。
当然だった。護るべき人の傍を離れた私の大罪は、この槍に貫かれても尚、許されざるものだったから。
だから、私は目を閉じた。
愛する者の手で、消えられるのだ。
最期の在り方としては最高ではないか。
熱が、更に高くなった。
光が、瞼を閉じても遮れなくなった。
お嬢様、貴女を、愛しています。
心は、いつもお傍に。
さようなら。
痛みも、熱すらも感じなかった。
…。
……。
…………?
何か違和感があった。おかしい。何が?
そう。
痛みも、熱すらも感じなかった、のだ。
即死したらそんなものなのかもしれないが、それにしても何も感じていなさ過ぎている。
私は生きている…のだろうか。それとも、死とはそんなものなのか?
恐る恐る、目を開けた。
紅い光が、まばゆい。
そう、グングニルの紅い光は、まだお嬢様の手の内にあった。
「咲夜。どういうつもりなの?」
お嬢様が静かに口を開いた。グングニルを振りかぶったままで。
「私なら…平気…ですから、美鈴…さんをっ、…殺…さないで…下さいっ」
彼女は鳴咽混じりに答えた。お嬢様の腕を、小さな体で必死に抱き押さえて。
「悪いのは…、私…なんですっ。私がっ…お嬢様を…危険な目に…晒したんですっ!美鈴さんは、何も悪く…ありません!裁く…ならっ、私をお裁き下さい!」
少女の悲痛とも言える声が、部屋に響く。
私にはその涙が、絶対、であるお嬢様よりも、その手にあるグングニルよりも、この部屋にある何よりも強く輝いて見えた。
なら、とお嬢様はグングニルの矛先を彼女に向けた。
「貴女が代わりに罰されても構わない、というのね?」
彼女は、迷わず頷いた。
そして、幾つの呼吸を数えただろうか。
息を一つつくと、お嬢様は矛先を彼女から外し、紅い光はその手から消えた。そして言う。
「貴女を傷つけた事に怒っているのに、私が貴女を傷つけても何の意味もないわ。ああ、不愉快。もういい。顔も見たくないわ。さっさとこの部屋から出ていって頂戴」
そういったきり、お嬢様は背を向け、口をつぐんでしまった。
その背中にいつもの様な、絶対的な自信は見えず、まるで小さな子供のようだった。
*
空には、痛いくらいに綺麗な星屑が散らばっていた。
出ていけ、と言われても、お嬢様の傍以外、私の居場所なんてなかったのだ。どこに行けばいいというのか。結局、私は壊れた正門に戻ってきてしまった。
そして、時折しゃくりあげながら、咲夜も何も言わずについてきた。
彼女は、私以上に居場所なんてないのだろう。
私達は、同じ様に、愛する人に見捨てられたのだ。
門を直す気にもならず、壊れたままで寄りかかったそれは、ギシギシと金属特有の音を出した。
背を預けたままで、空を見上げる。嗚呼、星がこんなに綺麗なのに。
響くのは、咲夜がすすり泣く音だけ。
泣きたいのは私だって同じだ。泣いて済むのであればどれだけいいか。
「いい加減、泣き止んで下さい」
そう言っても彼女は泣くのを止めなかった。初めて会った時の、完璧な装いをした少女はそこには居なかった。
等身大の、見かけどおりの少女が、泣いていた。そして、言うのだ。
「だって…!私が、私が、美鈴さんにお願いしたから!お嬢様に、嫌われるのは、私だけでよかったのに!ごめんなさい…、ごめんなさい…。美鈴さん…。私、どうやって謝ったら良いのか、わかりません…!ごめんなさい…。ごめ」
そこから先は言わせなかった。
そんな体裁なんて聞きたくない。
私に謝りなんてせず、「お嬢様に嫌われた。どうしよう」と勝手に泣いていればいいではないか。
だから、私が彼女の声を遮ったのは、純粋に五月蝿かったから。
でも、それなら、別に方法は幾らでもあったのに。
嗚呼、どうして、
彼女の唇を、
私の唇が、
塞いでいるのだろう。
だが、そんな疑問など、すぐに消しとんだ。
彼女の桜色の唇は、あまりに柔らかく、一度つけてしまえば、離すことなんて考えられなかったから。
「んっ…」
咲夜は、目を見開いたまま固まっていた。大きな抵抗は見せず、されるがままで。
唇を啄ばむ。
薄く湿っていたそれを、丹念に、丹念に、唾液をからませて、更に濡らしていく。
月光が反射しているのが分かるほど湿った唇は、触れ合う度に淫猥な音を響かせた。
「…っ」
それはどちらの息だったのだろう。
呼吸をするのも忘れ、私は舌を滑り込ませた。
彼女の鼻息が私の頬にかかり、それがまた興奮を加速させる。
私は自分を抑えながら、初めて人を受け入れた口内を、ゆっくりと味わうように舐め上げていった。
上顎のざらついた部分を撫で上げ、下顎に溜まった唾液を掬い取る。
どうしていいのか分からないのだろう。咲夜はじっとしていた。
しかし、眼を細め、粘膜が擦れ合う度に、小さく体を震わせた。私は促すように、彼女の舌をつついた。
「…!」
息を少し荒くし、おずおずと彼女が舌を絡めてくる。力加減が分からないのだろう。絡めるというよりは舐めるように。
だが、それでも彼女には心地よいらしく、一つずつ確かめるようにゆっくりと私の舌を舐めていた。それは、あまりに初々しい動き。
嗚呼、そういった「青い」ものを汚したい、と思うのは人間の性だろうか。
「んっ!?」
私は思い切り舌を突き挿れた。力の加減などせず、ただ夢中で咲夜の中をかき回す。
咲夜ははじめて明確な抵抗の意を見せたが、意にも介さず、力で抑えつけた。
蹂躙、凌辱、支配。
言葉など意味をもたず、ただ私は夢中で咲夜の中を汚していた。
「はっ…!美鈴さ…!んっ!…んむっ!」
しかし、彼女も気づいているだろう。その自らの抵抗が本気では無い事に。
無理矢理にでも「されている」のが気持ち良いという事があるのだと、知ってしまったのだ。
いつしか彼女の体からは力が抜け、私がお預けをするように動きを止めれば、彼女は求めるように舌を動かしてきた。
ただ、湿り気を帯びた音だけが響いていた。
どれほど、長い間そうしていたのだろう。
口を離したとき、私と彼女の唇に糸が張り、その糸から雫が零れた。
それは、ひっそりと私たちを見ていた星の光を受け、妖しく輝いていた。
*
何も言えなかった。
言える筈がない。私は一体何を。
だが、咲夜は私に言った。乱れた髪、衣服はすでに直してあり、完璧なメイドの姿で。
「初めては、お嬢様に捧げるつもりだったのですけれど。でも、嗚呼、美鈴さんでよかったです。私、貴女の事が好きです。貴女と飲むお茶は格別ですから」
私の手を取って言うのだ。
好き、と。
嗚呼、私は必要とされていたのか。
それだけで、どれほど救われるだろう。
彼女の笑みは、どれだけ私を救うだろう。
どうして気付かなかったのだろう。私は、この笑みを守りたかったのだ。
どうしようもなく、好きだったのだ。泣き顔なんて見たくなくて、彼女の唇を奪ったのだ。
私は懐から包みを出して、彼女に握らせた。
「これを私に?いいんですか?」
黙って頷く。何か言えば、泣きそうになるから。
その包みは、私がお嬢様に用意したプレゼントだった。でも、彼女にならば、渡しても構わない。
「ああ、これは…。頂いておきますね」
それは、純銀で出来たナイフ。
そこに込められたメッセージがお嬢様に届くことはなかったが、構わなかった。
「明日お嬢様がお目覚めになったら、これを持って二人で謝りに行きましょうね、美鈴さん」
そう言って、咲夜はそこに転がっていた、私が一度放り出した包みを持ちあげる。それは、咲夜が用意したプレゼント。
私は、涙が零れることのないように、言った。これから永い付き合いになる少女に。
「美鈴、で構いませんよ。お嬢様の傍にいる方が、上司でしょうから。ああ、敬語もいりません」
「そうかしら?では、美鈴、と。私の事も咲夜、で構わないわ」
「いえ、やっぱり上司ですから。咲夜さん、と」
「そんなものなのかしら」
ようやく、心を交わせた気がした。
私は、壊れた門に寄りかかって、空を見上げる。
ほのかな紅茶の香りがした。
お嬢様も、咲夜も、みんな、私が守って見せる。
それが、揺らぐことのない、私の理由だ。
「今、なんとおっしゃいました?」
信じ難い言葉が、仕えるべき主人から告げられ、私は耳を疑った。傍らにはサイズの合わないメイド服に身を包んだ子供を携えて。
「二度言わせないで頂戴。今日から、この子を私付きのメイドとして傍に置くから。そうね、貴女は紅魔館の正門の番でもしてもらおうかしら」
意味が分からなかった。どこから拾って来たのかも分からない、年端もいかない子供を傍に置くなんて。
「考え直しては頂けませんか。そんな子供より、私の方が遥かにお嬢様をお護りできます」
しかし、幼いとも言える主人は、その容姿とは裏腹に、有無を言わさない冷たい声で言った。
「言葉が過ぎるわね。自惚れも大概になさい。そういう台詞は護るべき対象より強い者が言うべきよ。ああ、それとも貴女は『お護り』ではなく『お守り』、と言ったのかしら?」
明らかに敵意を込めた言葉。お嬢様の言う事は確かに尤もだが、食い下がれない理由が私にはある。
「ですが…」
だが、その理由を告げる間も与えられず、主人は冷たい眼をして言った。
「美鈴、それ以上盾突くのなら」
消す、という二文字を告げなかったのは優しさからか、それすらも億劫だったからか。はち切れんばからの妖気にあてられ、口をつむいだ私にはもう一瞥もくれず、主人は傍らの少女に声を掛けた。
「行くわよ、咲夜」
その声に、少女も精練された声で返す。
「はい、お嬢様」
少女は優雅な仕種、それも主人の品格を貶ない事を前提とした優雅さで、私に一礼して、お嬢様に付いて行った。
咲夜。
それが私の居場所を奪った少女の名前。
私が敬い、愛している主人の傍に居る事を許された娘。
今、長い間傍で仕え続け、培ってきた信頼が、距離が、全く意味のないものに成り下がったのだ。
「貴女の傍に在りたいから」という理由すら告げさせてもらえないのだから。
*
それでも敬う主人の命に背く事など出来る筈もなく、私は正門に背を預けて立っていた。
時刻は午後三時。普段ならばティータイムの時間である。今頃、お嬢様はどんな顔をしているのだろうか。
「美鈴、もう月餅と烏龍茶は飽きたわ。私は紅茶が飲みたいの」
「何言ってるんですか。烏龍茶は胃の消化吸収を助けますし、何より月餅は美味しいじゃないですか。しかも「月」のお餅なんてお嬢様にピッタリですよ?」
「でもこの月は紅くないじゃないの…」
嗚呼、そんなやり取りも出来なくなってしまったのか。
あの少女さえ来なければ私はお嬢様の傍にいられたのに。
あの少女さえ。
「あの…」
そう思った矢先、突如として件の少女の声が横から聞こえた。
横、というのは正確ではない。小さな少女の背丈で私に話しかけるにはかなり上を向かなければならず、下から、という方が正しかったからだ。しかし、いつのまに近づいたのだろうか。
「お疲れ様です。あの、これ、今日のお茶菓子です。お嬢様が残されたものですが、よかったら召し上がって下さい」
そう言って差し出されたのは小さなバスケットに入った、フィナンシェとクッキー。
その配分は七対三。クッキーの方は手作りなのが分かるものの、到底妖精メイドに作れるような出来栄えではなく、この少女が作ったものであるのは明白であった。お嬢様の残したもの、であるのに、クッキーの方が少ないのは暗に彼女の腕が良いことも示していた。
そのどれもこれもが気に入らなかった。向けられた完璧な笑顔も。
「…どうも」
彼女に悪意があるわけでもないのに、差し出されたものを断る理由があるわけもなく、私はそれを受け取った。すると彼女はどこから取り出したのだろうか、小さな水筒から陶器のカップに液体を注いでいた。もちろん、外に持ち出しているのだから、安物のカップである。注がれているのは琥珀色の液体だった。
「お嬢様が飲みたい、と仰いましたので。あまり葉の種類がなかったので、今回はウバの葉ですが…。少し、自前のアッサムをブレンドしてあります。どうぞ」
湯気の立つカップを受け取り、手で香りを煽いだ。私は紅茶に詳しいわけではないが、その香りは容易にそれが上品で、美味であることを想像させた。
「そろそろお嬢様の所に戻ります。また、しばらくしたらカップを取りに参りますので」
そう言って少女は去って行った。淡い紅茶の香りだけを残して。
門にもたれたまま一口すすった紅茶は、やはり格別の味であった。
しかし、それがまた気に食わなかった。
こんなに美味しくて、こんなに苦い紅茶は、飲んだことがない。
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その日から、午後三時過ぎは、私と彼女、二人だけのひっそりとしたティータイムになった。
紅茶と茶菓子を毎日差し入れる彼女と打ちとけた…訳がない。彼女は嬉々として、私にお嬢様の話をした。
お嬢様が退屈そうな表情をした。
お嬢様がわがままを言った。
お嬢様がお召し物をまた汚した。
お嬢様が紅茶を褒めた。
お嬢様が笑った。
お嬢様が、お嬢様が、お嬢様が、お嬢様が。
ねぇ、美鈴さん、聞いてらっしゃいますか?
お嬢様が、お嬢様が。
うんざりだった。楽しそうに話す彼女の横顔は、恋人の自慢話をするそれに他ならず、苦痛以外の何物でもなかった。
主語は全て「お嬢様」で始まり、その全てに愛しさが込められている。時折呼びかけられる私の名前など、なんの価値もないかの様に。
話しの中で、お嬢様が楽しく過ごしている事は嬉しかった。そして同時に、呼びかけられる名前と同様、私の存在は必要無いという事を知らしめられた。これ以上の苦痛があるだろうか。
「ねぇ、止めてもらえませんか。不快なんです、貴女」
何度、この言葉を言おうとしただろうか。
しかし、喉元まで上がってきたそれは、全て封殺された。
何に?
彼女の、完璧な笑顔に、だ。
憎らしかった。妬ましかった。
その笑顔を曇らせてやりたかった。
それでも、いざ非道い言葉を投げようとしてもできなかった。
そもそも、それが何になるというのだ?お嬢様の傍にいられないから、傍にいる彼女を誹る?私は、永く生きて、こんな小さな人間の少女を泣かせるだけの存在なのか?そんな存在がお嬢様の隣に居れる筈もないのも当然だ。
私に出来ることは、その時間を少しでも早く終わらせることだけだった。それでも、彼女を罵りたい欲望と一緒に飲みこんだ紅茶は、いつだって格別に美味しかった。
その味だけが、苦い時間で、唯一の救いだった。
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「美鈴さん、ご存じでした?もうすぐ、お嬢様のお誕生日なんですよ!」
前置きなど一切なく、心弾むように私に話しかけてきたのは、ある午後のお茶会の事だった。
「ええ、知ってますよ。毎年盛大にお誕生会を開かれますからね」
知らない訳がないだろう。私は貴女の何十倍も永く仕えているのだから。
お嬢様は毎年、ご自分の誕生日に盛大に客賓を招いてパーティーをしている。
しかし、いつもパーティーが終わると疲れ果ててすぐに就寝してしまうため、私は毎年、あらかじめプレゼントを渡していた。今年ももう、きちんと用意してある。
「そうなんです。大掛かりなパーティーとなると、準備が大変で。お嬢様へのプレゼントも用意できていないんですよ」
それを聞いて、もちろん心の何処かで「このまま用意できなければいい」と些かの想いがあったのは確かだが、まぁ、彼女がプレゼントを用意出来ていようがいまいが私には関係のない事だった。
しかし、である。それでですね、と彼女は笑顔を崩さずに続けた。理解しがたい台詞を。
「美鈴さんにお願いがあるんです。お店の方に発注はしてあるので、プレゼントを取りに行って頂けないでしょうか?御足労をおかけしてしまいますが、私はお嬢様から離れるタイミングがなくて…」
後の言葉は耳に入らなかった。
この少女は何を言っている?
よりによって私に、お嬢様へのプレゼントを取ってこい?それでいて貴女はお嬢様の傍にいる?
なんだそれは。
不戯けるな。不戯けるな。不戯けるな。
不戯けるな、そう怒鳴りつける筈だった。
しかし、申し訳なさそうな表情で、それでも笑顔をたたえる彼女。私は、それを見た瞬間に何も言えなくなってしまった。
どうしたというのだろう。憎たらしいのに、目茶苦茶にしてやりたいのに、できなかった。
一息に持っていたカップに入った液体を飲み下すと、それを彼女に渡し、私は追いやる様に彼女を館に帰るように促した。
「行ってくる」とも言わずに門に鍵をかけ、そこを離れる。何も言えなかったのは、何を言っても後悔する気がしたからだ。
彼女から漂う紅茶の香りから逃れるように、振り返る事なく。
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街に出て着いた店は、古びた帽子屋であった。
帽子専門なんて食べていけるのか疑問だったが、腕がいいのか、少なくとも今日までかなり永く経営してきたように私には映った。
こんなちっぽけな店ですら、人に必要とされているのに、私は…。
ネガティブな思考ばかりが先行し、そんな事ばかり考える。
年老いた店主から品を受け取り、私はそそくさと店を出た。品物の中身なんて興味はない。どんな帽子だってお嬢様には似合うに決まっていたからだ。
そんな事より、傍にいられなくても、お嬢様の近くに一刻も早く戻りたかった。
だが。
「!?」
早足で紅魔館に戻った私を待っていたのは、格子が酷く歪み、変わり果てた正門であった。
何かを叩きつけられたかのように曲げられ、人ひとり通ることができる穴を無理矢理に作りだしたように見える。
鍵だけを壊すのすらもどかしかったのだろうか、そのスマートとは言えないやり口は、妖怪というよりは人間くさかった。
何故そう言えるのか?なんの事はない、経験則だ。最近でこそ滅多にいないが、お嬢様の首をとるなど言うと不届きな人間が、幾度もこの館に侵入していたからだ。
しかし、そんな輩はお嬢様の側に近寄らせる事無く、私が排除していた。私のお嬢様に傷などつけさせる訳にはいかない。
だからこそ私は、包みを放り出し、壊された門を見て直ぐに駆け出した。
そう、私が排除していた、のだ。今、私はお嬢様の傍にいない。そこにいるのは、年端もいかない子供。
走った。一刻も早く、お嬢様の傍に。ただそれだけしか頭になかった。
「お嬢様!!」
お嬢様の個室のドアを大きく開け放った。そこにあったのは。
*
始めに映ったのは荒れた室内。
調度品は無残に壊され、カーテンが引き裂かれていた。そして、その逆光の中に見える三つの影。
一つ目はお嬢様。破れたカーテンから射す、陽に当たらない場所に立っていた。
二つ目はお嬢様の腕に抱かれたメイド姿の少女。泣いているのか、お嬢様の胸に顔をうずめ、動かない。
そして三つ目は、床に横たわる、凄惨な人間の死体だった。
生死を確認するまでもなかった。
それが元々男性であったのか、女性であったのかすらも分からない程であったからだ。
その血は赤い絨毯を更に紅に染め上げ、薄暗い部屋の中でさえ、その染みは異彩を放っていた。
ああ、これが私の惚れ上げた、お嬢様の姿だ。
凄惨。残酷。無残。無慈悲。
いくつ形容を持ちだしても足りない程の、絶対。
だが今、その全ての形容は私に向けられていた。明確な憤りの色で。
「美鈴」
静かに響くお嬢様の声。しかし、受け止めれば気が狂いそうなほどの怒りが、私を襲っていた。
「お嬢様、ご無事ですか」
わたしの乾いた喉では、かすれた声にしかならなかった。いや、声にすらなっていなかっただろう。
「ご無事…?よくもそんな言葉を図々しく言えたものね。
私は言ったわね。貴女に、門を任せる、と。何故門を離れたのかしら?私を、私が居る紅魔館を守ることより大事な事が貴女に存在するというの?
貴女の、貴女の所為で、咲夜が、私の咲夜の顔に、傷がついたのよ!?ねぇ、貴女は何の為に存在するのかしら?答えなさい!美鈴!」
声は少女のそれだった。
しかし、次第に興奮を覚え、私に怒鳴りつけられる言葉は、その一つ一つが、文字通り殺傷力を持ち得るほどの圧迫感を放っていた。
私は、どうにか声を絞り出す。私は何の為に存在するのか。決まっていた。それは全て。
「全て…。お嬢様の…為…に…在り…ます」
しかし、お嬢様は言い放った。絶対の零度を持って。
それが、当然であるかのように。
「なら、私の為に死になさい。今、此処で。
使えない使用人なんて、私と同じ世界に存在する価値もないわ。
ああ、そうね、貴女とは永い付き合いだから、私が葬ってあげる」
そういってお嬢様は右手を掲げる。
音はしなかった。いや、聞こえなかったのかもしれない。
熱が生まれた。私の前髪がチリチリと音を立てる。
光が生まれた。お嬢様の色。絶対の紅。
その手に在ったのは、「外れることのない槍」の名を持つ聖槍。
嗚呼、お嬢様は本気だ。
当然だった。護るべき人の傍を離れた私の大罪は、この槍に貫かれても尚、許されざるものだったから。
だから、私は目を閉じた。
愛する者の手で、消えられるのだ。
最期の在り方としては最高ではないか。
熱が、更に高くなった。
光が、瞼を閉じても遮れなくなった。
お嬢様、貴女を、愛しています。
心は、いつもお傍に。
さようなら。
痛みも、熱すらも感じなかった。
…。
……。
…………?
何か違和感があった。おかしい。何が?
そう。
痛みも、熱すらも感じなかった、のだ。
即死したらそんなものなのかもしれないが、それにしても何も感じていなさ過ぎている。
私は生きている…のだろうか。それとも、死とはそんなものなのか?
恐る恐る、目を開けた。
紅い光が、まばゆい。
そう、グングニルの紅い光は、まだお嬢様の手の内にあった。
「咲夜。どういうつもりなの?」
お嬢様が静かに口を開いた。グングニルを振りかぶったままで。
「私なら…平気…ですから、美鈴…さんをっ、…殺…さないで…下さいっ」
彼女は鳴咽混じりに答えた。お嬢様の腕を、小さな体で必死に抱き押さえて。
「悪いのは…、私…なんですっ。私がっ…お嬢様を…危険な目に…晒したんですっ!美鈴さんは、何も悪く…ありません!裁く…ならっ、私をお裁き下さい!」
少女の悲痛とも言える声が、部屋に響く。
私にはその涙が、絶対、であるお嬢様よりも、その手にあるグングニルよりも、この部屋にある何よりも強く輝いて見えた。
なら、とお嬢様はグングニルの矛先を彼女に向けた。
「貴女が代わりに罰されても構わない、というのね?」
彼女は、迷わず頷いた。
そして、幾つの呼吸を数えただろうか。
息を一つつくと、お嬢様は矛先を彼女から外し、紅い光はその手から消えた。そして言う。
「貴女を傷つけた事に怒っているのに、私が貴女を傷つけても何の意味もないわ。ああ、不愉快。もういい。顔も見たくないわ。さっさとこの部屋から出ていって頂戴」
そういったきり、お嬢様は背を向け、口をつぐんでしまった。
その背中にいつもの様な、絶対的な自信は見えず、まるで小さな子供のようだった。
*
空には、痛いくらいに綺麗な星屑が散らばっていた。
出ていけ、と言われても、お嬢様の傍以外、私の居場所なんてなかったのだ。どこに行けばいいというのか。結局、私は壊れた正門に戻ってきてしまった。
そして、時折しゃくりあげながら、咲夜も何も言わずについてきた。
彼女は、私以上に居場所なんてないのだろう。
私達は、同じ様に、愛する人に見捨てられたのだ。
門を直す気にもならず、壊れたままで寄りかかったそれは、ギシギシと金属特有の音を出した。
背を預けたままで、空を見上げる。嗚呼、星がこんなに綺麗なのに。
響くのは、咲夜がすすり泣く音だけ。
泣きたいのは私だって同じだ。泣いて済むのであればどれだけいいか。
「いい加減、泣き止んで下さい」
そう言っても彼女は泣くのを止めなかった。初めて会った時の、完璧な装いをした少女はそこには居なかった。
等身大の、見かけどおりの少女が、泣いていた。そして、言うのだ。
「だって…!私が、私が、美鈴さんにお願いしたから!お嬢様に、嫌われるのは、私だけでよかったのに!ごめんなさい…、ごめんなさい…。美鈴さん…。私、どうやって謝ったら良いのか、わかりません…!ごめんなさい…。ごめ」
そこから先は言わせなかった。
そんな体裁なんて聞きたくない。
私に謝りなんてせず、「お嬢様に嫌われた。どうしよう」と勝手に泣いていればいいではないか。
だから、私が彼女の声を遮ったのは、純粋に五月蝿かったから。
でも、それなら、別に方法は幾らでもあったのに。
嗚呼、どうして、
彼女の唇を、
私の唇が、
塞いでいるのだろう。
だが、そんな疑問など、すぐに消しとんだ。
彼女の桜色の唇は、あまりに柔らかく、一度つけてしまえば、離すことなんて考えられなかったから。
「んっ…」
咲夜は、目を見開いたまま固まっていた。大きな抵抗は見せず、されるがままで。
唇を啄ばむ。
薄く湿っていたそれを、丹念に、丹念に、唾液をからませて、更に濡らしていく。
月光が反射しているのが分かるほど湿った唇は、触れ合う度に淫猥な音を響かせた。
「…っ」
それはどちらの息だったのだろう。
呼吸をするのも忘れ、私は舌を滑り込ませた。
彼女の鼻息が私の頬にかかり、それがまた興奮を加速させる。
私は自分を抑えながら、初めて人を受け入れた口内を、ゆっくりと味わうように舐め上げていった。
上顎のざらついた部分を撫で上げ、下顎に溜まった唾液を掬い取る。
どうしていいのか分からないのだろう。咲夜はじっとしていた。
しかし、眼を細め、粘膜が擦れ合う度に、小さく体を震わせた。私は促すように、彼女の舌をつついた。
「…!」
息を少し荒くし、おずおずと彼女が舌を絡めてくる。力加減が分からないのだろう。絡めるというよりは舐めるように。
だが、それでも彼女には心地よいらしく、一つずつ確かめるようにゆっくりと私の舌を舐めていた。それは、あまりに初々しい動き。
嗚呼、そういった「青い」ものを汚したい、と思うのは人間の性だろうか。
「んっ!?」
私は思い切り舌を突き挿れた。力の加減などせず、ただ夢中で咲夜の中をかき回す。
咲夜ははじめて明確な抵抗の意を見せたが、意にも介さず、力で抑えつけた。
蹂躙、凌辱、支配。
言葉など意味をもたず、ただ私は夢中で咲夜の中を汚していた。
「はっ…!美鈴さ…!んっ!…んむっ!」
しかし、彼女も気づいているだろう。その自らの抵抗が本気では無い事に。
無理矢理にでも「されている」のが気持ち良いという事があるのだと、知ってしまったのだ。
いつしか彼女の体からは力が抜け、私がお預けをするように動きを止めれば、彼女は求めるように舌を動かしてきた。
ただ、湿り気を帯びた音だけが響いていた。
どれほど、長い間そうしていたのだろう。
口を離したとき、私と彼女の唇に糸が張り、その糸から雫が零れた。
それは、ひっそりと私たちを見ていた星の光を受け、妖しく輝いていた。
*
何も言えなかった。
言える筈がない。私は一体何を。
だが、咲夜は私に言った。乱れた髪、衣服はすでに直してあり、完璧なメイドの姿で。
「初めては、お嬢様に捧げるつもりだったのですけれど。でも、嗚呼、美鈴さんでよかったです。私、貴女の事が好きです。貴女と飲むお茶は格別ですから」
私の手を取って言うのだ。
好き、と。
嗚呼、私は必要とされていたのか。
それだけで、どれほど救われるだろう。
彼女の笑みは、どれだけ私を救うだろう。
どうして気付かなかったのだろう。私は、この笑みを守りたかったのだ。
どうしようもなく、好きだったのだ。泣き顔なんて見たくなくて、彼女の唇を奪ったのだ。
私は懐から包みを出して、彼女に握らせた。
「これを私に?いいんですか?」
黙って頷く。何か言えば、泣きそうになるから。
その包みは、私がお嬢様に用意したプレゼントだった。でも、彼女にならば、渡しても構わない。
「ああ、これは…。頂いておきますね」
それは、純銀で出来たナイフ。
そこに込められたメッセージがお嬢様に届くことはなかったが、構わなかった。
「明日お嬢様がお目覚めになったら、これを持って二人で謝りに行きましょうね、美鈴さん」
そう言って、咲夜はそこに転がっていた、私が一度放り出した包みを持ちあげる。それは、咲夜が用意したプレゼント。
私は、涙が零れることのないように、言った。これから永い付き合いになる少女に。
「美鈴、で構いませんよ。お嬢様の傍にいる方が、上司でしょうから。ああ、敬語もいりません」
「そうかしら?では、美鈴、と。私の事も咲夜、で構わないわ」
「いえ、やっぱり上司ですから。咲夜さん、と」
「そんなものなのかしら」
ようやく、心を交わせた気がした。
私は、壊れた門に寄りかかって、空を見上げる。
ほのかな紅茶の香りがした。
お嬢様も、咲夜も、みんな、私が守って見せる。
それが、揺らぐことのない、私の理由だ。
ではありませんか?
美鈴は長年レミリアのそばに仕えて来たのに、咲夜が来たとたんに、
>「貴女は紅魔館の正門の番でもしてもらおうかしら」
は無いでしょう?何か重大な粗相をしたとか、何かしらの理由が有ってなら仕方が無いですが、
それらの理由も一切説明せずに「正門の番でも」は無いでしょう「でも」は!!
あまりにも冷たい仕打ちです。しかも、食い下がったら
>「自惚れも大概になさい。そういう台詞は護るべき対象より強い者が言うべきよ。ああ、それと
>も貴女は『お護り』ではなく『お守り』、と言ったのかしら?」
これが長い間、主に尽くしてきた従者に言う言葉ですか?美鈴とレミリアの関係はその程度のもの
だと言いたいのですか?貴方は?
止めは、勝手に門番の仕事を押し付けておきながら、美鈴が門を離れている時に襲撃を受た事や、
咲夜の顔に傷が付いた事で、美鈴に言い訳や弁明も一切させずに、殺害しようとするなんて何処の
暴君ですか?そんな主によく使えてきましたね?美鈴は。
カリスマて言うのは、ただ単に強かったり偉そうに踏ん反り返っていたら出るもんじゃ無いんですよ。
主としての気質や行いや実績が必要なんです。ただ単に偉そうに踏ん反り返ってたって誰も付いて
きません。
取り合えずは、次の作品に期待してこの得点で
ほとんどスクロールする指が止まりませんでした
すでに言われていますが、レミリアが大暴れなのはなんとかできそうだなーと。
どちらかというと、もったいない感じ。いい感じの過去話でした。
というかやっぱり美鈴ってロリコンだったのか
それともアレは美鈴の記憶が美化されているのか?
美鈴はこのレミリアのどこが好きだったのか?長い年月仕えているから余計に疑問。
あと咲夜は自分が来たことで美鈴がメイドを辞めさせられて門番にされたの目の前で見ているのに、美鈴のところに顔を出して「お嬢様」の話題を頻繁に出すのはちょっと無神経。
めーさくに話を持っていくためとはいえレミリアの性格付けが強引。
あと改行的にも文的にも読みにくいです。
文章としては、引き込まれる感じで面白かったです。
=子犬が怪我をした=外の犬が役に立たないから=保健所
という駄目飼い主のパターンをみた気がする
咲夜もいずれ美鈴と同じルートを辿るのが容易に想像できる
「私の咲夜」と言っておいて反抗したら追い出すんだもんな
昔は「私の美鈴」だったのかな
この一文に私は光を見出します。
傲慢、我侭、でも純粋。幼いお姫様のようなレミリア。
美鈴が、咲夜さんが、未だ見ぬ楽園の巫女さんが、普通の魔法使いが、彼女を変えると信じています。
あせらず行こうぜ従者さん達。特に美鈴、君は色々な意味でゆっくり行こうネ! 約束だよ。