※ご注意※
・本作では筆者独自の宗教・歴史・伝承解釈が含まれます。苦手な方は御免なさい。
◇◇◇◇◇◇
私は人間を食っている。
妖怪だからそうして生きているんだとか、自分語りをするわけじゃない。
まさに今。朔日(ついたち)の闇夜に怯え惑う人間を追い、そのぴりぴりと痺れるような、蠱惑的な恐怖心を堪能している。今宵見つけた「食べても良い人類」も味は……というと語弊があるけれど、まあ上等。
暗中の山林を惑い逃げるその人間は、痩せぎすのもやしみたいな奴だ。葦を踏み倒したり木々の枝葉を折り捨てる力も無さそうな体躯だのに、まるで猪のように猛烈に、山をざわめかせ、小動物を驚かせて、ただ走る。
火事場の莫迦力と言うんだろう。枝葉に突かれて体に傷が走るのも構わず、根に噛まれて足を捻るのも厭わず、ただ脳の旧い部分が鳴らす警鐘に急き立てられて、命からがらの態を維持している。
怯えているんだ。闇に感得した、居もしない、在りもしないはずの妖怪に。だから闇が続くまで、この人間は怯え続ける。そうじゃないと、私の腹は満たされない。
だからこそ、しばらくそうして息を切らせば逃げおおせる、などと思われてはいけない。茂みを抜けて朽木と羊歯(しだ)ばかりの開けた場所に至り、後ろも振り返らず中腰で休まれては、折角の恐怖心が萎えてしまう。
そうした折に、私は何も言わない。ただ、その肩に手を置くだけだ。
人間は息を呑み、ゆっくり、ゆっくりと辺りを見回し、そうして──
周囲に広がる、理不尽なまでに暗く、呑まれそうな深さの闇に、泣き叫んでまた走り出す。
実に、好い。見かけによらず胆力があるものか、これだけ怯えてなお人間性が残っている。そして闇の深さにどっぷり漬かり、恐怖の重圧で味が染みた、これ以上無い旬の味。涎が出て止まない。食えば食う程、美味い。
人心というやつは、胸の内から満たされるような、存在感のある食料だ。山だの川だの畑だのをほじくり返して食物を漁る人間は、それを知らないから実に可哀相だと思う。
そんな面倒をして食材を得、煩雑に手を加え、やっとの事で口に入るものといえば、どれもこれも大差無い栄養素の塊だ。美味と満足すれば、腹がくちくならない。腹がくちくなる頃には、食も惰性だ。
そもそも口中で咀嚼し、飲みこむという行為には品が無い。滓を排出しないといられないのも閉口の至りだ。そうして得られるものが僅かばかりの寿命と、腹まわりの肉なのも情け無い。
そうして見苦しく肥えた肉体を、人間は度々残念がるらしい。ならそんなの食わないが良い。人心を食えば良いんだ。その方がより直接的に、自身の存在感が濃くなって、充足感を得られる。余分な肉も付かなくて実にヘルスィ。
「妖怪か。野蛮な食い方をする」
再び人間を追おうとした矢先。突然天から声がして、私はその方を見上げた。
朔の日。月も見えず、星明かりさえ無い曇天の夜空。木々は四方からこの場所を包むように枝葉を伸ばす。井中から空を見上げたような錯覚におちいる。
歪に切り取られた闇空には、刃物の銀を思わせる人の形と、ほの紅い血を思わせる人の形が見える。
その二人に、私は見覚えがあった。以前博麗神社を訪れた際、霊夢と白黒の魔法使いとこの二人が談笑をしていた事があった。どんな話をしていたのかは知らないけれど、実に迷惑そうな霊夢の顔だけは覚えている。
銀色の方は、確か人間のメイドだと記憶している。この前紅魔館の門番に聞いた、咲夜とかいう人間だろう。凄い人間だと紹介された覚えがあるけれど、成程こんな真夜中に物怖じせず空を飛ぶ人間は、稀に見る。こうした手合いは妖怪を恐れない捻くれ者が多い。食えない奴に興味は湧かない。
すると紅色の方は、館の主の吸血鬼に違い無い。高慢ちきで我侭で、あまり良い噂は聞かない。……まあ、吸血鬼の良い噂なんか、聞いた例は無いけれど。
吸血鬼は、しばらくの間私のことを見ていた。そうしてさも無駄な時間を過ごしたように鼻息を鳴らし、井筒から離れるように見えなくなった。
辺りは静かになっていた。神無月ともなれば、林間を吹き抜ける風に夏の烈しさは感じない。葉がすれの音は、水面の波立つ音によく似て、静まるたびに、えも言われぬ寂しさだけを残す。
私は、まだ闇空を見上げていた。黒緑の枝葉に囲われた漆黒の空は、ともすると私が井戸を覗いている気にもなる。どちらが井中か、とんと見当が付かない。あるいはどちらもそうなのかも知れない。
虫の鳴き声が聞こえ始めて、私は追うべき人間を見失った事に気付いた。
「む。……最後のひと口、逃がしちゃった」
指を咥えて辺りを見回せば、いずれ獣も通わぬ道無き道。枯れ始めてはいるけれど、もさもさと生い茂る草木ばかりが目立っては、人の通った跡なんか容易に探し当てられない。
だから私は指を咥えて、ただ咥え続けるより仕様がなかった。
◇◇◇◇◇◇
幾晩かが過ぎて、秋も最中のある日。もう天道も戌(いぬ)の方にある山影へ、なりを潜めた。
宵闇迫る紺青の空の彼方に、ぽつ、と一際闇色をした染みが見えた──と思うが早いか、染みはむくむくと、変梃(へんてこ)な人の形をなしていく。
接近してくる。山道の手前あたりまで来た頃に、それが黒服に身を包んだ少女だと判る。
薄汚れた麻袋を肩がけに、黒白の魔法使いが空を飛んで来た。片手箒でよく器用に飛べる。
「よう。今日も今日とて豊作だったぜ。少しお裾分けしてやるから、何か食わせてくれよ」
魔法使いは庭先へ降り立ち、麻袋を縁側にのさりと置いた。少しばかり埃が立ち、霊夢が顔をしかめながら袖で扇ぐ。
「あら悪いわねこんなに沢山。じゃ茸汁でも御馳走してあげるわ」
醒めた目で棒読みにそう言い残し、霊夢は丸く膨れた麻袋を携えて炊事場へ。袋を持ち上げしな、また少しばかり埃が立った。厭に生臭く、湿っぽい埃だ。例えるなら、茸の胞子でも吸い込んでみるとこんな感じだ。
「何だ、また茸汁かよ。毎日毎日よく飽きないなお前。私は肉が食いたい」
「毎日毎日あんたがこうして茸を持ってくるからね。椎茸の傘でも焼いて齧ってなさい。お肉みたいだから」
茸の胞子そのものだった。
魔法使いは大義そうに、どしんと音を立てて縁側に腰を下ろす。そうして盆に載せられた湯呑みを一客手に取り、ぐいと中身を空けてしまう。
「なあ、今日は客でも来るのか」
「ん、もう来てるわよ。お客っていうか、何だか懐かれちゃってね。仕方無く」
開け放たれた座敷の向こうから、ざばと景気の良い音がする。神社では井戸を使っているから、桶から盥(たらい)に水を移す時に、こうした音が立つ。
あれだけの量の茸だ。余程大きな盥でなければ、水にさらすのも容易くない。それに人間が食える茸がどうか、選るのにも一苦労だ。茸汁の出来上がるまで、結構な時間を要するかも知れない。
「なあ霊夢。懐かれたってのはこの人外共の事か」
「鼠に人外呼ばわりされる謂れは御座いません」
とつ、とかすかな音を立て、庭先に二つの影が降り立つ。座敷のラムプでは姿を暴くのに足りない。月明かりと星明かりの逆光を受け、歪な輪郭の闇が浮かぶ。
座敷へ一歩近付く毎、じわり、じわりと、ラムプに炙り出されて姿を現す──メイドと、吸血鬼だ。
「鼠は悪い魔法使いが使役するものだぜ。私は普通の魔法使いだ」
「魔法使いなら魔女でしょう、いずれにせよ同じ事ですわ。冤罪でも焚刑(ふんけい)に処せられるのよ」
銀の刃のような、冷たい笑みをする。魔法使いは肩をすくめて、おお、こわいこわいと漏らした。
「ちょっと魔理沙、遊んでいないで手伝いなさいよ。茸汁作るんだから、皆の分のお碗とかお箸とか」
「あら霊夢、御機嫌よう。私のために夕餉を用意するだなんて、殊勝な心掛けね」
「帰って歯ぁ磨いて寝ろこの吸血餓鬼」
裾を摘まみ、膝を曲げて会釈をする吸血鬼……に容赦無い言葉を浴びせたのは、巫女服のまま前掛けをして、おたまを握った霊夢だ。
片や良家の御令嬢、片や下町の飯炊きといった態の少女二人が、霊験あらたかな神社をよそおった博麗の巫女のねぐらで対峙している。言葉にすると訳が解らない。実際見たところ、全く以て意味不明。
縁側に座った魔法使いは、三角帽を目深に被って肩を細かに震わせている。片やメイドは落ち着き払ったもので、まるで表情を変えない。自分の主に対する悪態を耳にして、なお涼しい顔をしている。
「言うわね、霊夢」
不敵な笑みを浮かべ、軽やかに反転し、吸血鬼は空を仰ぐ。そうしてメイドの渡すハンケチを左手で静かに受け取り……
「──今日は暑いわね」
額を拭う振りをして、そっと涙を拭いていた。
「霊夢も人が悪いな。呼んでおいて帰れってのは、さすがの私も無いと思うぜ」
魔法使いと吸血鬼、メイドの三者は縁側に座り、呑気に月を眺めている。吸血鬼とメイドが息を合わせて茶を啜る。ずるるという濁音じみた音は、吸血鬼だけが鳴らしている。
「呼んじゃいないわよ。あんたと同じで勝手に来たの」
三者が縁側で十日夜(とおかんや)の月を愛でる間、霊夢は座敷に鍋だの飯櫃(めしびつ)を運んでいる。誰も手伝おうとしないのは、どうやらいつもの事らしい。
「だって、湯呑み全員分用意してあるじゃないか」
そう言い、魔法使いは首を傾け、脇に置かれた盆を見る。盆の上には霊夢の湯呑みを合わせて、空の湯呑みが三客。残る二客は、未だ吸血鬼とメイドの手許で上下している。
「いつもの事よ。今日はそれだけ来るかな、と思って」
「相変わらず変な所で勘が冴えているな」
「解っちゃうんだから仕方無いでしょ」
霊夢は勘が鋭いらしい。名は体を表すとはよく言うけれど、そういう予言じみた不可思議な夢でも見るんだろうか。
それにしては、実に些細な予言だ。神霊が夢枕に立ち、今日はこれこれの訪問者があるから茶を用意しておきなさい、とお告げをするのだとすれば、きっと悪夢だから誰かにお祓いをして貰うのが良い。
「それにしたって、お茶を用意するんだから迎えてくれる気があるんじゃないか」
「霊夢、隠さなくても良いわよ。こうして私にだけ、特別なお茶を用意してくれたんだし。少なくとも、私を心待ちにしていたのは疑い様も無いわね」
実に美味そうに茶を飲む吸血鬼。それを横目に、メイドが口を開く。
「お嬢様、それ」
「ん、何咲夜」
「煎じ茶ですわ。天雄(てんゆう)の」
「天雄。ふふ、実に私にぴったりの、良い響きではない。さすがは霊夢ね」
そうして吸血鬼は、湯呑みの中を一気に干してしまった。メイドは笑顔を保ったまま、自分の手許の茶を啜る。魔法使いは、何だよレミリアばかり狡いぜ、と駄々をこねている。
……天雄というのは、確か塊根(かいこん)の呼び名だったと記憶している。
鳥兜(とりかぶと)の。
「何だかんだ言って、やっぱりこいつが客なんじゃないか。特別扱いするなよな、私だって客だぜ」
「そいつら二人も客じゃなきゃ、あんたも客じゃない。大体夕餉の手伝いもしないで、勝手な事ばっかり」
「だって客が来るって言ったじゃないか。ん、来ているんだったか。でも私達以外に誰が居るっていうんだよ」
「何言ってんの。ずっとここに居るじゃない」
そう答える霊夢の言葉に、三者はようやく座敷へと振り向く。
「……あの。えへへ。こんばんは」
座敷のラムプでは姿を暴くのに足りない。私はここにきてようやく、体にまとう宵闇を融かして姿を見せた。
霊夢は、配膳を手伝う私の頭を優しく撫でてくれた。少しくすぐったかった。
◇◇◇◇◇◇
不愉快なものが二つ在る。
「つまり何だ、腹が減って切ないところを、霊夢に餌付けされた事があるのかお前は」
「餌付けじゃないよ。霊夢と一緒にご飯を食べた事があるんだよ」
「ちょっと魔理沙、人聞きの悪い事言わないでよ。あんたと違ってルーミアは手伝いもすれば片付けもするんだから。労働への正当な対価よ」
卓袱台を囲んでの座談。夕餉の支度も進んでいる。霊夢が飯櫃(めしびつ)から飯を盛り、小妖怪が鍋から汁物を椀によそう。
青磁の中皿に椎茸と青菜の煮浸し、土色をした素焼きの皿に茸と馬鈴薯の煮ころばしが盛られて、出来立ての湯気が、卓の中央をほこほこと霞ませる。煮ころばしは茸の方が多い。汁気も少なく、崩れた馬鈴薯が茸に付いて、荒く粉を吹いたように見える。
各々の座前には、小皿に塩と、茶色い沢庵が二切れある。塩は塊がざらざらして、粒が沢庵にちくちくと刺さる。
「しかしな、妖怪は退治するもんだってよく言っているじゃないか。それに飯を食わせてやるなんて、退治屋としてどうなんだ」
「どうもないわよ。妖怪は退治するもの。だから私を食べようとした時に、きっちり退治してやったわ」
「ウンあれは痛かった。目と鼻の先で退魔針したたか刺されたよ」
「あー、前言撤回。楽園の素敵な巫女としてどうなんだ」
魔理沙はそう言うと、霊夢の目を盗んで煮ころばしの馬鈴薯をひと摘み口に入れる。全く小賢しさと手癖の悪さで出来ている。霊夢の知人だと言うから大目に見ているが、実に図々しい。
時流や風評に逆らわず、しかし持ち前の狡猾さで先を読み、時に運命すら欺いて世に憚る。本物の悪党に成り切れない、小悪党というものだ。不愉快なものの一つである。
ことり、ことりと、霊夢と小妖怪が椀を並べる。沢庵と同じ色をした玄米飯に、山のような茸汁。
山のような茸汁とは、つまり汁が茸で見えないのである。湯気は茸から直接立ち、禍々しい何かにしか見えない。
「咲夜、神社ではこうしたものをスウプと呼ぶのかしら」
「和食はあまり作りませんが、珍品ですわね」
「何言ってんのあんたら……あ。ちょっとルーミア、ちゃんと汁も入れないと駄目じゃない。みんな茸ばっかり」
「うん、これってこういう食べ物なんじゃないの。煮物でしょう」
「汁物。茸の旨味が滲み出ているんだから、ちゃんと汁もよそってあげて頂戴」
「うんわかった」
小妖怪はそう言うと、汁椀の中身をざばざばと鍋へ戻し、よそい直して並べた。今度はよく見る茸汁をしている。
「そうそう。良い子良い子」
「何だよ、やけにルーミアに惚気ているじゃないか」
「手伝いをしたら、褒めてあげるのは当たり前よ」
髪を梳くように、霊夢に優しく頭を撫ぜられ、小妖怪は心地良さそうである。
「私だって茸を持ってきてやったのに。不公平だ、種族差別だ」
「何、あんたも頭撫でて欲しいの。構わないわよ、おいでおいで」
「けっ、莫迦にしてら」
魔理沙はそう吐き捨て、つまらなさそうにそっぽを向く。
小妖怪は霊夢に寄り添い、にこにこと嬉しそうにしている。まるで飼い犬だ。魔理沙の言を借りる訳ではないが、餌付けされて尻尾を振っている。かつて吸血鬼異変の折、弱いと言われた妖怪達と変わらない。
弱者は得てして強者に媚びる。そうして長いものに巻かれることを美徳とする。大抵は巻かれた部位が己の首である事を認識せず、首の絞まるに及んで初めて自己を小物と認め、惨めのうちに果てるものだ。
妖怪とて同じだ。何某かの影響下に甘んじることは、その何某かに存在感を食われることと同義である。まして妖怪が人間に媚びるなど、本末転倒の極だ。
愚劣ゆえに、妖怪としての運命の行先を自ら過つ。それは小悪党にならうなら、小妖怪と謗(そし)るべきものだ。不愉快なものの、もう一つである。
「……何よ咲夜。その目は」
そうして不愉快なものを批評していると、隣から何か言いたげな生温い視線を感じた。見れば咲夜が口元に笑みを浮かべ、じっとりとした目を私に向けていた。
「恐れながらお嬢様、人間は言葉を使って意思を伝える生き物です。巫女に伝えるべき事がおありなのでしょう。それなら言葉にして仰らないと」
「フン。別に構って欲しくなんか無いもの」
「誰もお嬢様が霊夢に構って欲しがっている、なんて申しておりません」
…………。
不愉快である。
咲夜は困ったような顔で微笑み、膝元のバスケツトを軽く叩く。私が咲夜に命じて持たせた、霊夢への手土産だ。
「食前酒ですから。先に開けてしまわなければ台無しですわ」
「わ、解っているわよそんな事。霊夢」
「おん、何よ」
ふいと、霊夢は不思議そうな顔をこちらに向けた。
──途端に私は、愉快な心持ちになった。霊夢は先の二者と異なり、全く好ましい在り方をしている。
在り方とは、本質に程近い。心技を渾然一体とさせ、己の全てを以て己を定めるための指針である。
指針であるから、何気無い行動やふとした仕草の内に、きっと表出する。見れば自ずと解るのだ。小賢しければ瞳の奥が濁る。媚びれば言葉が粘りを帯びる。卑しい在り方にはしがらみが内在する。心技を束縛して体を鈍にする。
霊夢の心には束縛が無い。どこまでも自然な姿勢で、けれど我を喪失しない。一箇の人間として──いや、一箇の博麗霊夢として自然体なのだ。
それは例えるなら、空に浮かぶ一片の雲だ。風の流れに逆らわず、厭わず。されど没個性でもなく、あくまで自然のうちに、他とは異なる己の形を表す。
運命を誤魔化す事なく、愚劣に流れを過たず、ただ運命に游(あそ)ぶ。それが霊夢なのだ。
「貴方の瞳に乾杯」
「……今度は頭に紅霧が湧いたのかしら」
「ああ違う、そうではないのよ。折角だから貴方とワインを愉しもうと思ってね。咲夜」
「ええ。お嬢様から、こちらを進呈いたします」
私の指示で、咲夜は膝元のバスケツトからワイン・グラスを五客取り出す。片手で器用に、音も立てず並べるさまは瀟洒の一言に尽きる。おやと皆が目を向けた頃には、既に手許にワインの瓶を携えていた。
「へえ、洒落たお酒を持ってきたわね。けれど洋酒なんて、和食に合うものかしらん」
「軽めの白ワインなら和食の風味を殺しませんから、きっと気に入って貰えると思うわ」
咲夜の言葉に、そんなもんなの、と首を傾げつつも、霊夢はワインに興味津々の様子である。
その間にも咲夜は手際良く準備をする。ワインの瓶を、腹から口へと愛撫する。その手許に忍ばせるのはソムリエ・ナイフ。おおい隠すように手を蓋へ。ねじるように手を回すと、ぎちりという音がしてコルクが顔を覗かせた。
「あら。良い物を選んで来たのね、偉いわ咲夜」
「おい、青黴が固まっているじゃないか。腐っていやしないか」
「……魔理沙には勿体無いから四人で楽しむ事にしようかしらね」
嘘嘘、冗談だぜ、と必死の態でグラスを一客かばう魔理沙。
咲夜は微笑みながら、白のハンケチで瓶の口を拭う。スクリウを回し、梃(てこ)をかけてコルクを引き上げ、手でゆっくりと栓を抜く。ぽしゅ、と気の抜けた音を立て、瓶の口元からゆるゆると、旧い時代の香りが溢れた。
「お嬢様」
「ええ」
グラスに少し注がせ、試飲。ワインの雫を舌で転がすと、葡萄特有の酸味の後に、ほのかな甘味とかすかな苦味が舌を喜ばせる。くせが無いのは、各々の味が互いに協調し合っている証拠だ。
それは例えるなら、一つの悲劇だ。酸味を舞台とし、甘味と苦味が演じるそれは、いずれが欠けても成立しない。そうして雫が喉を潜る時、わずかな渋みが喉を優しく震わせて、終演を惜しむ寂寞とした念に変わる。
ほうと一息。口中に広がるほのかな果実味が、吐息に甘く混じる。鼻腔を抜ける香りは瑞々しくも香り高く、小さな花の蜜を彷彿とさせる。じわりと、胸の奥に情熱の火が灯る──感動の、余韻だ。
「──とても良いわ。これを皆へ」
「かしこまりました」
とつ、とつと小気味良い音を立て、五客のグラスにワインが注がれる。きぅ、と軽やかに鳴る音は、コルクを閉める音である。瓶に液体を半分残し、グラスに並べて置かれた。
ラムプの灯が硝子を通し、ワインを通して、透き通った影を作る。かげろう影は、黄金色に眩しく輝いている。
グラスの支柱に指を添え、目の高さまで持ち上げて、ゆるゆると揺れる液体を楽しむ。
実に、微妙。美しいという言葉は、このワインには強過ぎて駄目だ。けれど果敢無げという言葉も、弱過ぎていけない。
──幻想。
そう、幻想だ。
透き通った内には、ほのかな色が在る。幻のごとく穏やかで、しかし焦がれるような想いが残る。それはどこか、人間の運命という悲劇にも似ている。
運命を操る私にとって、運命に游ぶ霊夢にとって、他にこれほどふさわしい逸品があろうか。
「──ふふ。さあ、それではゆるりと愉しみま「「「乾杯ーっ」」」
がちんがちんと響く不協和音。おのおの得手勝手にグラスをひっ掴み、顔面にぶっかける勢いでグラスを干す。
喉が芋虫のような動きをしている。ワインを飲むのにあまり聞かない、ごっごっごっ、という水汲み喞筒(ポンプ)のごとき音が鳴る。
「っかぁーッ。うはあ喉がしぶしぶする。それに何だか酸っぱいな。おい咲夜、やっぱこれ少し悪くなっていやしないか」
「洋酒を飲み慣れていないからそう感じるのよ。日本酒も、原料の品種や年代などで味が変わるものでしょう。これは館の地下貯蔵庫に眠っていた、リイスリングという外の世界の白ワインですわ」
「ふうん外の世界にゃ珍しい酒があるんだな。ちょいとすっきりし過ぎているが、まあこれはこれで茸に合うかな」
「あうあ、口がしぶい」
「無理して飲まなくても良いわよ。私が代わりに飲んであげましょうか」
「やあ、霊夢取っちゃやだー。しぶいけど、お芋にとっても合うから飲む」
「意地汚い真似しない。まだ瓶に半分残っているし、足りなければ注いであげるから」
「アラ悪いわね。でも高いんじゃないの、遠慮無く飲み干しちゃうわよ私」
「お嬢様が貴方に差し上げたのですから、遠慮しなくて良いわ。それより貴方が飲まないと」
「甘露甘露。慣れるとなかなか美味いもんだな、箸も進むぜ。もう一杯くれ」
「あ、私ももっと飲むー」
「ちょ、あんたら少しは遠慮しなさいよ、それ私への土産物なんだから」
「ほらね。……お嬢様はどうなさいますか」
ことりと、グラスを置く。
「何だレミリア飲まないのか。じゃ私が貰ってやるぜ」
同意も取らず、魔理沙は私のグラスをひっ掴んでがぶがぶやる。
実に嘆かわしい。彼女等にとって幻想とは、夢幻と想う限りの益無きものに過ぎないのであろうか。
私は黙って席を辞し、独り縁側へと出た。
「──今日は暑いわね」
そう呟き、私はそっと心の汗を拭うのであった。
◇◇◇◇◇◇
夜の帳(とばり)が下りた博麗神社。月明かりと星明かりだけの、薄く蒼白い夜。
人間はあまり夜に活動しないから、夜に活動する妖怪も実は少ない。妖怪が夜に活動するものと思われがちなのは、闇に対する怖れが妖怪への怖れを水増しして、強く印象付ける事があるからだろう。夜の妖怪は山師が多い。
天道の下、昼日中に活動する妖怪も在る。人間の五感が働くためか、突発的であったり錯覚的な怪異が多いけれど、それでなお奇妙奇天烈に映る妖怪だ。日中であることを逆手に取る妖怪さえ在る。昼の妖怪は芸達者だ。
妖怪が最も多く活動するのは彼誰時(かはたれどき)、逢魔が刻だ。人妖の時の境界では、人が妖怪に変わる。例えば百鬼夜行は、人間共の奇態な振舞いを指す言葉でもある。賑やかだから、彼誰時の妖怪は香具師に似ている。
私は宵闇の妖怪だから、多く夜中に活動している。他の夜行性の妖怪と違う所は、怖れを助長する闇の側という事だ。山師とは違うけれど、まあ闇そのものを怖れるか否かは人間に依るから、一発屋かも知れない。
──吸血鬼。夜の帝王などと囁かれる彼女は、どうなんだろう。
夕餉も終えた。酒盛りも終えた。少し休んで、霊夢と一緒に風呂も入った。……少し敗けた。一応歯磨きもした。塩っぱいけれど気持ち良かった。話題も尽きた。いつもこんな詮無い話ばかりするのかと驚いた。
そうして、まだ居る。皆居る。
皆、寝間着を霊夢から借りたり、持ち合わせのものに着替えたりして、布団を敷いて寝てしまっている。
部屋の真中は魔法使いが陣取っている。堂々たるもんだ。そういえば一番沢山飲食をしたのも、一番風呂に入ったのも、今夜は泊まると言い出したのも彼女だ。魔法使いというのは、我が物顔をするのが商売なんだろう。
それにしても寝穢(いぎたな)い。締まりのない顔で涎を垂らし、ぷうぷう寝息を立てている。丸めた布団を恋人に、時折むにゃむにゃと囁いては、顔を埋めてうひひと笑う。屁をひったりしない分、少女としてぎりぎり救われている。
霊夢の寝姿は整っている。体を仰向けに横たえたまま、両腕を布団の上に出して寝ている。たまにもぞもぞするくらいは愛嬌だ。
ただ、やけに眉を寄せて切ない顔をしている。どうしたろうと見てみると、成程、魔法使いの右足が霊夢の腹上を侵略している。ことによると夢の内で、右足のお化けにでも踏まれていやしないか。可哀相だ。
魔法使いを挟んで反対側では、吸血鬼とメイドが同じ布団に入っている。それは最初からそうなんだけれど、今は何とも不思議な寝相だ。
吸血鬼は腹に両手を重ね、霊夢と同じように横たわっているのに、メイドは隣で体を丸め、布団に潜ってしまっている。
最初こそ、人間の母親が子供を寝かし付けるように、吸血鬼をかばって寝ていたんだけれど。今は主人が飼い犬を布団に連れ込んだみたいだ。そして何故か、したり顔の吸血鬼。
私は寝間着も布団も辞退した。いつもの服に丹前を羽織り、座敷の隅に闇を作って丸まっている。
いつも朽木のうろを寝床にしているから、床が柔らかいのはどうにも慣れない。まだ畳で寝た方が居心地良いのだ。
丹前は、見ていて寒々しいからと霊夢に無理矢理着せられた。これから眠るっていうのに、見るも何も無いもんだと思う。
……まあ、確かに温い。霊夢は私より背が高いから、ぶかぶかだ。こうして丸まっていると、体が丹前の身頃にすぽりと覆われてしまう。だから開けた座敷に居るのに、いつもの朽木のうろで寝ているような温もりがある。
だけれど、そもそも夜行性だから寝付けない。眠くならないのにはいささか困った。する事も無くてつまらない。
けれどこういう静かな夜も、悪くない。
もう丑三つ刻に近い頃か。十日夜(とおかんや)の月は、神社へ訪れた頃よりも冴え、障子越しに座敷を蒼く照らす。湖底に沈んで水面(みなも)を眺めたような、遠い遠い明かりをしている。
この静かな湖底に沈んで独り、今宵の出来事を泡沫のように浮かばせて、ふくふくとした心地に浮きつ沈みつしていると、どうも心の外側に妙な闇の塊が、泥煙のように隆起するのを感じた。
闇を融かして目を開けると、障子の白を人の形に黒く切り抜き、吸血鬼が上体を起こしていた。
霊夢を見ている。表情は無い。けれど虚ろという言葉で表すには、少し──獰猛な、貌(かお)をしている。
やがて、すうと、その小さな口が一文字に広がり、弓形に歪む。そうして。
妖しく、艶かしく。月明かりよりもなお冷たい、光沢のある白色の歯が覗く。
整然と生え揃った小さな歯に二本。獣の牙が、上顎から嬉しそうに伸びている。
「食べちゃ駄目だよ」
思わず私は上体を起こし、そう口走った。途端、吸血鬼は口元を戻し、双眸で私を睨め付けた。
胸がひび割れる気がした。背筋に、刹那の痙攣が起きた。太くいかつい槍で、瞬く間も無く座敷の畳ごと串刺しにされた心地だ。
「霊夢のこと、食べちゃ駄目だよ」
それでも声は震えていない。上ずってもいない。だから私はもう一度、静かにそう言った。
ゆるゆると気の抜けるように、吸血鬼は夕餉の時の表情に戻っていく。
「安心なさい。食べはしないわ」
口元に笑みを湛えて、吸血鬼も静かに答えた。
「嘘。歯を剥いて、食べようとしたよ」
「物怖じしない子ね。けれど本当よ、私に霊夢を食べる気は無い」
「じゃ魔法使いを食べようとしたの」
「これは煮ても焼いても食えない奴ね。貴方は食べたいと思うかしら」
魔法使いの人となりを知るまでは、食っても美味そうかな、と私は想像していた。けれど今宵の傍若無人振りを見る限り、メイドと同じ、食えない奴の類だった。だからもう興味が無い。
ふるふると首を横に振ると、吸血鬼は困ったように笑った。
吸血鬼は布団から出ると、メイドにかけ直してやり、魔法使いを足で半分転がした。霊夢が安心した顔になった。右足のお化けの夢から逃れられたらしい。
それから障子を片側開き、縁側へ出て行く。月明かりは私の潜む畳の上だけを煌々と照らす。私は月明かりに誘われ、ふよふよと縁側へ出て障子を閉めた。
「付いて来なくても良いのに」
「眠れないんだもん。オジョウサマは何してるの」
「私も夜行性だから眠れないだけ……って、お嬢様て一体何のつもりよ」
「メイドがそう呼んでいたから」
「咲夜は私のメイドだからそう呼ぶの。……お前もしかして、先刻まで名前も知らずに話をしていたの」
そう言われてみれば、皆と当たり前に食事をしていたけれど、私は霊夢の名前しか知らない。会話の端々で名前を呼び合っていたのは聞いたけれど、さてどれが正確な名前か判らない。
メイドは咲夜で合っているらしい。魔法使いは何と呼ばれていたか忘れた。まあこの二者は食えない奴だから興味が無い。別に何という名前でも構わない。
「うん、会話にはなっていたし良いかなって」
「呆れた図太さね。まあ、度胸だけは認めてあげる。けれど私の名前を知らないのは不幸な事よ。良いわ、私直々にお前へ教えてあげるから光栄に思いなさい。レミリア・スカーレット。私を呼ぶ時はレミリア様と呼びなさい」
「そーなのかー。私ルーミア。改めて宜しくね、レミリア」
「……ま、良いけどね」
そう言って、また困ったように笑った。
吸血鬼──レミリアと二人で縁側に座り、月を見上げた。
十日夜の月は、上限の月を膨れっ面にしたような顔をしている。名月は十三夜に十五夜と言われるけれど、なかなかどうして、これくらいの膨らみ始めというのも良いもんだ。幼さ……じゃない、可愛さがある。希少価値だ。ステイタスだ。別に霊夢との風呂での事なんてぜんぜん全くこれっぽっちも気にしていないもん。
少し話が横道に逸れた。何にしても月見は良いもんだ。
まあ、だけれど。
「やっぱり月は朔が良いなあ」
「何を言っているの。月は明るく輝いてこそ良いものよ。満月などは心踊るわ、妖怪ならそうでしょう」
「ウン望月も好き。今見てる十日夜の月も好き。でも朔の日は特別だよ。隠れた月がまた顔を出し始める日なの」
「月が満ち欠けを繰り返すのは当たり前よ。新月もその過程でしかない。ならば一番活力のある満月が素晴しいに決まっている」
「ううん、そういうんじゃないよ。レミリアは朔の語源知っているかしらん」
朔という字は「月」に「逆」の原字を宛てる。月が一周して元に戻る意味だ。だから朔日(ついたち)は月にとって始まりの日で、月の満ち欠けの最初の姿にあたる。
「ね、単調に満ち欠けを繰り返すだけじゃなくって、ちゃんと月にとっての始まりはあるんだよ。それはその日になれば、月にまた会えるって事でしょう。だからね、ああ、また会えたねって嬉しくなるの」
「ふん。私には解らない気持ちね。第一お前の説明では、月の終わりの日も定められてしまうわ。三十日(みそか)はお前にとって悲しい日なのかしら」
「……うん、悲しい日だね。晦日(つごもり)は月がこもるから、寂しくてたまに泣くよ」
そう呟いて、少しばかり心細い気持ちになる。別に今が晦日ではないのに。ただ思い出しただけなのに。
「別に悲しむ事は無い。その翌日は新月、お前の嬉しい日なんだから。あと一日待てば良い事を、喜べば良い」
レミリアは、随分と優しい声で私を慰めた。少し、感情が表に出てしまったろうか。
「私あんまり日単位で考えないからなあ。人間は忙しそうに過ごしているけれど、私は別に何もしなくても良いし」
「妖怪太陰暦というやつかしら。随分旧式な文化ね。道理で朔だの望月だの、旧い呼び方をする」
「よく知らないけれど、その方が都合良いし。まあ、だからね、望月を過ぎて、だんだん細くなっていく月を見るとね、不安になるの」
「解らないわ。月が欠ければ、満ちるのもまた自明の理。いくら月単位で生活していようと、その程度の道理は解るでしょう。何を不安に思うのかしら」
「例えば、ね。例えばレミリアは、あのメイドがだんだん細くなって、居なくなってしまったら、どう思う」
びくり、と音を立てそうな程反応し、レミリアは私の方を向いた。表情は固く、少し怖い。けれど怒っているというよりは……
悲しそうな顔を、している。
やがてレミリアは表情を戻し、また月を見上げた。
「……咲夜と月は、違うわ」
「うん。けれど私にはそれが月なの。私はね、闇を操る妖怪だから。いつまでも私の周りに居てくれるのは、どこまでも広がる闇以外に、遠く小さく光る星と、優しい顔を見せてくれるあの月だけだから」
そうしてしばらくの間、ふたり静かに月を見つめた。
どうしてこんな話をしたんだろう。打ち明けてしまってから、何とも不思議な気持ちになる。
これまでも、これからも、私は月にそうした思いを寄せて、この幻想郷で過ごしていく。それは慣れた事だから、きっとこれからも変わらない。嬉しい日が、悲しい日があるという事に慣れたから。
嬉しければ喜ぶ。悲しければ泣く。私はそうして、変わらずに過ごしていく。だからそんな事をレミリアに話したところで、何も変わらない事は解っている。
だからこそ、どうしてこんな話を打ち明けたのか、不思議でたまらない。自分で自分が解らない。
あるいは、今夜はいつもと違って。この月を、私以外の妖怪と、ふたりで見ているからなのかも知れない。
やがてレミリアは、ぽつりと私に呟いた。
「今度の三十日。紅茶会を開くから、お前も来なさい。門番には咲夜を通して伝えておくわ」
随分と優しい声をしていた。私は何も答えられず、ただ、首を一度だけ縦に振った。
◇◇◇◇◇◇
十日夜(とおかんや)の月を見上げている。隣には、寂しがり屋の妖怪──ルーミアが居る。
私は少し、この妖怪について誤解をしていたようだ。
夕餉の支度の折に見た姿は、あまりと言えば卑俗で矮小な人間のそれに似て、少なからず衝撃を受けた。
妖怪とは妖しく怪しいコトである。妖怪は人間の心に生じ、此岸のうちに彼岸を見せるコトだ。それは強迫や狂惑を起こすばかりではないが、少なくとも、夕餉の支度を手伝って仲良く談笑など、妖怪のする事ではない。
幻想郷は結界で外界と隔離されている。幻と実体を、現実と非現実を隔てる境界があり、我々妖怪は在る。しかし妖怪の理を見失ってまでここに在る意味は無い。在り方まで反転してしまっては、立ち行かなくなるだけだ。
私はこの妖怪に、そうした昨今の妖怪の堕落を垣間見た。だから私は小妖怪と評価したのである。
しかし、どうも早計であったようだ。初めこそ取るに足らない小妖怪と侮っていたが、己を卑下した振舞いもなければ、主張もする。霊夢への振舞いも、そうして見れば単なる好みの表れなのだろう。
それに中々どうして、己の在り方に適った面白い見解を得ている。いささか人間臭いきらいはあるが「らしさ」にまでは至っていない。妖怪としての在り方において、外れてはいないようだ。
人間に似た振舞いは仕方無い。妖怪の姿というのは、第三者の目を通して感得されるものだ。すなわち人間に見立てられているわけであるから、振舞いもそれ相応となる。
不思議な事だが、それは幻想郷の特色の一つだ。文句を述べても詮無い。
つまるところこの妖怪、見て呉れはともかく在り方は歴とした妖怪なのだ。ならば私は、それまでの偏見を捨て去り、改めてルーミアという妖怪を拾い上げてみるべきである。
紅魔館の吸血鬼は眼が曇っている──そんな不名誉を被るわけにはいかない。
「そう言えばお前、先日の新月は嬉々として人間を襲っていたね。いつもあんな事をしているの」
「そんな事ないよ。朔日(ついたち)だけの御馳走」
妙な話である。確か幻想郷では人妖の均衡を保つため、みだりに幻想郷の人間を襲うことを禁じているはずだ。
私の館でも食料となる人間は配給制だ。いずれも実に迷信深い、上質の天然物だ。私が数年前まで居た外の世界では、こうした人間も既に珍しい部類であった。今ではより幻想に近しい存在となったのかも知れない。
ルーミアに事情を聞いたところ、新月の丑三つ刻、各所に点在する「境界」に人間が現れるらしい。それは見た目からして幻想郷の人間ではないから、食っても構わないのだそうだ。
おそらくは、それも妖怪達への配給なのだろう。成程そのやり方は理に適っている。模擬的にせよ妖怪が人間を襲う形を取ることで、妖怪の気力も高まる。誰がお膳立てをするものか知らないが、ご苦労な事だ。
「ね、レミリアは吸血鬼だから人間の血を吸うんでしょう。それくらいなら私が食べるのに差し支えないから、今度一緒にお食事しよ。内緒で幾つか穴場を教えてあげるよ」
「ふむ。人間を食う、か」
ルーミアの捕食行為は、先日目撃している。野蛮な食い方をする──この言葉には、二通りの見解がある。
一つは行為に対する見解。端的に言えば下品だ。ただそれは前提により評価が分かれる。人間に見立てられた立場で評価すれば、否定的な意味となる。しかし妖怪としてなら、そもそも品格などという物差し自体が無意味だ。
もう一つは文化的な見解。端的に言えば旧弊だ。だがそれもまた前提次第である。人間に見立てられた立場で評価すれば、やはり否定的だ。しかし妖怪にとって、旧弊である事は美徳でもある。一概に妖怪が古いとは言えないが、古いものは概して妖怪たり得るものだ。
もっとも、だからとて褒めたわけではない。言葉はそれ自体が意味を持つ。言霊と呼ばれるものだ。野蛮という言葉が元来否定的な意味合いで使われているならば、やはり私の発言もまた、否定的だったのである。
「……魅力的な提案ね。けれど止しておくわ」
「えー、どうしてさ。レミリアは吸血鬼なのに、人を食べないの」
「食うさ。お前は知っているかどうか解らないけれど、私の種族は世の中を震撼させた存在よ。中世頃の欧州……などとよく言われるがね、なに現代に至っても変わらず、吸血鬼と言えば人間共の恐怖そのものだ」
「じゃあ食べるんじゃん。何だって止しておくの、レミリアは人を食べるのが嫌いなの」
「好き嫌いで人間を食う事はしないわね」
「そうなの。私は人間が大好き。美味しいから」
変わった意見を持っている。ちらと横目でルーミアを見ると、月明かりに淡く照らされて恍惚の表情を浮かべている。それは先日の新月の夜に見た、人間を食う顔である。同時に今宵見た、人間を慕う顔でもある。
実に、絵になる顔をしている。彼女の表情には、絹糸の流れるような、優しく滴る処女の生き血が似合う。吸血鬼としての「血の伯爵夫人」さえ、羨みそうな顔をしている。
「食を愉しむのは、ワインで事足りている。吸血鬼としての存在感は揺るぎ無いものだし、人間など今更食おうが食わまいが──」
「だから人間を襲わないの」
会話の流れを断つ事なく、その意図するところの「懐」に入り込み、一太刀──紫電一閃のごときルーミアの言葉に、私ははっとして息を呑んだ。
彼女は首を傾げ、私をじっと見つめる。疑問とも断定とも付かない語尾で言葉を切り、私の二の句を待っている。
──試しているのか。この私を。
けれど何故か、随分と愉快な気分だ。この愉快は何処から来るものだろう。あるいはルーミアを評価しようとした私こそ、妖怪としての在り方が曖昧模糊としている事実に気付かされたがゆえの、自虐的な愉快か。
今にして思えば、私もとうに理解していたのだ。ただそれに気付かず、先日の新月、否定的な事を呟いてしまったのだろう。
無意識のうちに、そうした妖怪としての在り方を羨んだ、自分自身に宛てて。
「……くく。お前は本当に物怖じしない子ね。だから霊夢も気に入っているのかしら。霊夢は誰に対しても興味の無い顔をして、魔理沙みたいな子とは長く続くようだから。危なっかしくて放っておけないのね」
そう答えると、ルーミアは不服そうに頬を膨らませ、危なっかしくなんかないもん、と文句を言った。そうした振舞いを見るにつけ、成程放っておけない気持ちも解るような気がした。
私はもう少し彼女と話を続けたいと思った。愉快だからだ。
ただそれは、自虐的な愉快ばかりではない。おそらく私は少しずつ、ルーミアを好ましく思い始めている。妖怪の在り方にこだわりを持つ彼女が、実に好ましいのだ。
今はただ、このブルゴオニュ・グラスの曲線美を想わせる優雅な十日夜の月の下、ゆるゆると話に興じてみたいと思っている。
ゆるゆると……そのうちの少しくらいは、私の事を話しても構わないと思っている。
彼女が三十日(みそか)の夜に、寂しくて泣いてしまうと打ち明けたくらいには。
「そうよ、私は人間を襲わない。吸血も、直接はあまりしないわね。ただ食を愉しむ一環として飲むのに過ぎない」
「けれどそれじゃお腹減っちゃうよ。人間に存在感を示せないじゃない。吸血鬼は血に飢えて夜遊びするんでしょう」
「何よその田舎の不良少年みたいな印象……まあ、古代の伝承では一見そんな感じだけれど。夜間に死者が棺を抜けて活動し、人間や家畜の血を飲んで害を与える、のだったかしら」
「何で疑問形なの」
「仕方無いでしょう、吸血鬼の伝承は世界中に散見されるんだから。共通する特徴を挙げれば、そんな感じ。あと霧や鼠に変身できるのよ。そうしないと棺の隙間から抜け出せない」
「そんなの手で開ければ良いじゃん」
「莫迦ね、実際問題として死体が動くわけが無い。吸血鬼は棺の蓋を開けられないの。だからこそ変身能力があって、棺の隙間から抜け出すのよ」
吸血鬼もまた妖怪である。突き詰めて考えれば、やはりそれも何らかの現象があって、吸血鬼という化け物に見立てられたに過ぎない。
棺の蓋を開けてみたら死体が赤黒くむくんていた。腐敗の過程である事を知らなければ、血を飲んだと妄想される。
棺の隙間から鼠が出入りするのを見た。鼠が屍肉を餌にしている事を知らなければ、死体が化けたと妄想される。
近頃人間や家畜が野犬の被害にあう。管理不行届きに過ぎず、既に野犬の被害と断じているのに、先の妄想が吸血鬼を想起し、被害の原因をすり替える。
そうすれば、角が立たない。諦めがつく。不満の捌け口を、社会の外側に見出せる──人知を超えた、吸血鬼という化け物に。
吸血鬼に限らず、妖怪全般に言える事ではあるが、つまりそうした現代では当たり前の諸現象を土台として、吸血鬼は生み出されたのだろう。だから吸血鬼の伝承は世界中に散見されるのだ。
そしてもう一つ──
「ふうん。でも変身できるのって蝙蝠じゃないの」
「それは近代に付加されたものさ。大体蝙蝠では棺の隙間を抜ける時に、翼が邪魔だわ」
「へーそーなのかー。じゃあよく知られてる色んな弱点も、もしかして近代以降なの」
「白木の杭なんかは古いけれど、多くは近代以降よ。でも宗教上神聖視されている事物や、民間信仰に見られる魔除けの類ばかり。人間は幼くて可愛い考え方をするわ。
現代ではそうした伝承に尾ひれが付いて、初めて訪れた家屋には家人に招かれなければ入れないだの、血を吸われると性的快楽があるだの、奇抜な設定もあるわね。ここまで来ると、むしろ愛好されているようで複雑よ。
……まあ吸血鬼と呼ばれる以上、私の能力はそうした時代や地域に縛られない。要は吸血鬼がどのような妖怪か、感得するのはその時代、その地域の人間だという事」
伝承というものは、時代背景や地域色により様々に変化する。巷説により尾ひれが付き、本来の伝承よりも更に化け物らしく変化することもある。
それらは全て、人間の仕業だ。感得した人間の発信する玉石混淆の話。又聞きした人間の発信する出鱈目に近い話。巷説による伝承の歪曲と、社会現象への時代をまたぐ影響。
──そこが、肝要なのだ。
「だけれどそれは、巷説に聞く吸血鬼がどのような妖怪か、という話でしかない。私は近世──欧州暗黒時代の名残りある頃の吸血鬼さ」
「うん、何か違うの」
「ああ全く違う。妖怪は時代や地域で異なる印象を受けるだろう、そういう事よ。そしておそらくは、その頃の吸血鬼伝説が最も磐石で……最も凶悪。その時代に私は在り、人間を襲うのが耐えられなくなった」
ルーミアは縁側に座った姿勢のまま、顔だけをこちらに向けた。私はなおも月を見ている。
多分、信じられない、という顔をしているのだろう。妖怪の在り方としては、それが正しい。
けれど私にはそれが真実なのだ。私はいささか、人間と時間を共にし過ぎた。
運命を操る程度の能力を持ち、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を封じた私は──
「その頃の吸血鬼はね、かつての伝承を皮と被っただけの、噂でしかなかった……いいえ、噂そのものが、近世欧州の吸血鬼伝説の真相。今ではそう考えている」
──噂という名の、第二の吸血鬼に、磔にされて。
焚刑(ふんけい)の業火をかがり火に、紅く染まる近世の欧州を。
眼球が煮え、白く濁るまで、私は見ていた。
数え切れぬ程、幾度も。記し切れぬ程、数多の運命を。
私はただ、見ていた。
◇◇◇◇◇◇
神無月の夜は長い。秋の虫の声も、幾月か前よりは随分と減った。過ぎ去る秋を憂う声が、今も一つ、また一つ途切れる。
遠くで、さらと波の音がした。近くの虫の声よりもかすかなその音は、次第に広がり、折り重なって高まる。
やがて波の音が虫の声を押し流した、と思うや否や。山林をざざと驚かせて、枯葉と共に木枯らしが通った。
空色をしたレミリアの後髪が、ふわりと風になびく。帽子を右手で目深に被り直す仕草は幼くも見え、かつて世の中を震撼させた吸血鬼と同族とは、とても思えない。
ただそうして、風に逆らい項垂れた姿は、何か──酷く悲しく、見えない誰かに懺悔をしているようでもある。
木枯らしは縁側の障子戸を少し震わせて止んだ。後には虫の声もしない。
ただ冷ややかな夜の境内に、高く小さく、十日夜(とおかんや)の月が闇を切り抜いて見える。そうして遥か遠くの草むらに、蟋蟀(こおろぎ)の鳴き声を聞いた。
レミリアとふたり、静かな井中に居るような気がする。
「静かになったわね。まるで井戸の底にでも浸っているみたい。そういえば羅甸(ラチン)語でイドというのは、無意識層のことを呼ぶらしいわ。そこには過去における経験も詰まっているそうよ」
そう言い、レミリアは私の方を向いて笑顔をした。
胸が締め付けられるほどの、虚ろな笑顔だ。
「……あの、あのね。うまく言えないけれど。や、その前に私の考えている事が、そもそも間違っているかも知れないけれど」
「ん、何」
「昔の事は、今のレミリアには関係無いと思うよ。だからね、あまり考え過ぎると、辛い事もあると思うの」
はっきりとは言えない。私はレミリアではないし、彼女の笑顔の意味までは理解できないから。ただそれがもし、苦しさから、悲しさからくる笑顔なんだとしたら、そんなのは──妖怪のする、顔じゃない。
それがもし、過去の出来事からくるんだとしたら。そんなもの、逸話だの怪談に任せておけば良い。
妖怪は今それが奇っ怪な出来事だからこそ、妖怪なんだ。人間を襲って、不思議な目に遭わせて愉快になってこそ、妖怪なんだ。
「妖怪はね、楽しくなくちゃ駄目だよ」
そう、思い付くままを言葉にした。
レミリアは、くるりと丸い目をして私を見返し、そうして。
「……ぷ。何お前。厭に人間臭い事を言うのね。ふふ、先刻は三十日(みそか)の夜に、寂しくて泣いてしまうと言っていたのに」
ころころと、軽やかに喉を鳴らせて、笑った。
私は何だか少し恥ずかしくなり、下を向いて頭を掻いた。
「安心なさい。私は辛くも悲しくもないわ。ましてお前みたいな寂しがり屋でもないもの」
「ちょっ、酷い」
「私を嗜めようとするから悪い。まあ、けれど。楽しくなくちゃ駄目というのは、素敵な考え方ね」
そう答えるレミリアの表情に、虚ろな影は無かった。少し酷い事を言われたけれど、それはそれとして。
言葉にして伝えることができて、良かったなと思う。
それからまた、レミリアは先刻の続きを話し始めた。
「あの頃の欧州では、実によく人間が死んだ。理由は様々あったがね、その多くは吸血鬼に因るもの……という噂が立ったのよ」
その頃の欧州は、百年戦争終結後で間も無い混乱の渦中にあったという。
数年毎の休戦を経て続いた戦争は、それでも百年近く戦火が絶えなかった。どれだけの軍人が命を落とし、民衆が焼け出されたかは知る由も無い。ただ、人間にとって心安らげる刻など微塵も無かった事だけは、想像に難くない。
──百年。人間にとってその刻は、二、三世代に渡る。その日暮らしで獣を追う太古の昔ならいざ知らず、幾許かの文明を得た人間には、いつ終息するとも知れない命の危険など、許容できるものじゃない。
まして人間同士の殺し合い。場合によっては、昨日まで仲良く笑い合った友人を、今日は拷問死を前提に軍へ引き渡す事もあったろう。
戦争は終結しても、爪痕は残る。肉体の傷は癒えても、精神の傷は癒え難い。
壊れかけた数多の文明と、動かなくなった数多の人間を踏み付けて、明日の見えない今日を生きる。レミリアが世に現れたのは、そうした時代の、疲弊した人間ばかりが住む地域だったそうだ。
「ふうん。苦労しているんだね」
「いや別に私は苦労していないけれど。人間は苦労したようね。少なくとも、私という吸血鬼を世に生み出す程には」
「え、戦争がレミリアを生み出したの」
「せっかちね、そんな訳が無いでしょう。人間のいざこざは所詮人間の知恵の範疇で片付く事よ。百年戦争は言わば背景。その時代にはね、私を生み出すに足る脅威が他にもあった」
脅威は戦争ばかりじゃなかったという。それよりも以前から、欧州では黒死病(ペスト)が幾度も猛威を振るい、やはり数え切れない程多くの人間が命を落としたそうだ。
それはある意味で戦争の比じゃない。戦争は人間が起こすものだから、人間を殺すのは人間だ。構造が知れているから恐怖の対象は絞られるし、何より主に軍人が危険を被るものだと知れる。
黒死病は、全く違う。老若男女も関係無ければ、日頃の行ないも関係無い。理由も解らないし、その足音も聞こえない。不可知のうちに発症し、生きたまま体を腐らせ、理不尽な苦しみの果てに絶命する。
忌避すべき事物も無く、恐怖すべき対象も無く。ただ淡々と、けれど確実な死苦だけが目前に在る。
それは、どれ程の恐怖をもたらすものだろう。
「今だから黒死病の原因も広く認知されているがね、その頃には正に悪魔の所業としか思われなかった。出血熱ヴィルスで、易出血性(いしゅっけつせい)があり容易に血を噴くから尚更ね」
その頃の欧州では耶蘇(やそ)教が普及していた。宗教上、来世への復活を求めて土葬をする習慣があった。それは黒死病による死者に対しても例外じゃなかった。
けれど検死技術の未熟だったこの時代、特に黒死病を恐れた人間が、果たして患者の死亡を正確に判断できるものだろうか。
それは俗に「早すぎた埋葬」と呼ばれる。地中で息を吹き返した人間は幾日も藻掻いた挙句、体中から血を噴いて絶命する。その後に棺を開けた者が、その苦悶の様相を見たら。
教義に反する死者の復活。来世への復活を成し遂げられなかった死者。
それは、悪魔に他ならない。
けれどそうすると、一つの疑問が生じる。
「……ん、でもそれ変だよ。悪魔の仕業だって噂されるなら解るけれど、何であえて吸血鬼だったんだろう」
吸血鬼の伝承は、その名の示す通り吸血をする妖怪だ。けれどレミリアの話した黒死病の脅威では、血を流すばかり──吸われて、無くなったわけじゃない。血は、零れてそこにある。
そう問うとレミリアは不敵に笑い、二の句を継いだ。
「カトリク教会の呼ぶ悪魔は、彼等の神に仇なすもの。邪念や悪心といえば聞こえは良いが、実際は異教の神々や信仰の対象をそう呼んだのよ」
「異教って、黒死病は宗教と関係無いよ」
「そうよ、疫病は鼠を媒介として国外からもたらされたもの。だがね、その当時に得体の知れない脅威を説明付けるのに、宗教は有効だった。
解らないものは化け物にして、退治すれば良い。そうすれば民衆の不安は解消され、幾許かの安心を得る……例え黒死病の氾濫が治まらなくともね。そこで槍玉に挙げられたのが、その頃民衆の間で広まっていた魔女狩りだった」
欧州には古来より魔女が居た。元々は呪術や卜占術といった自然崇拝に始まり、時代を経て薬草学や気象学などを取り入れた「魔女術」を扱う。薩満(シャマン)の類だ。
彼等は土着の民俗文化を継承し、古き神々を敬い、民間において産婆や治療師としての地位を得ていた。文明の未熟な頃はそれでも良かったけれど、文明の発展に従い、旧弊的な魔女は異端視され、信頼を失っていった。
やがて多くの思想や文化が入り乱れていくと、魔女の行ないは「得体の知れないモノ」と見なされていく。基督(キリスト)教社会になる頃には、特に民間において、魔女の行ないは教義に反する──悪魔の業とされるようになった。
「そうして魔女は、悪魔と契約を交わし、人間や畜生を惑わし操って、災いをなす存在とされた。最初の頃は民衆法廷で吊るし上げられたんだけれど、特にその頃は幾度となく黒死病が猛威を振るってね。とうとうカトリク教会も重い腰を上げ、異端審問を通して魔女狩りに関わりを──」
「ちょ、ちょっと待って」
──話がややこし過ぎる。
いつかレミリアが人間を襲わなくなった理由に行き着くんだろうと思い、黙って聞いていたけれど、百年戦争に黒死病の氾濫、魔女狩りの話に至って、好い加減私は混乱してしまった。
脈絡があるような、無いような。まるで優雅に空を往く彼女の後を、ぬかるみに足を取られながら全力疾走して追い掛けている気分だ。
「先刻から聞いていたけれど、まるで吸血鬼と繋がらないよ。もう何だか解らなくて、頭から煙が出そう」
「あら。妖怪としての在り方にこだわりのあるお前なら、もうじきに通じると思ったんだけれど」
「さっぱり……そりゃ私は妖怪だもん、妖怪がどんなコトかくらいは解るよ。でも昔あった実話なんて聞いても、ちんぷんかんぷん」
「ふむ。まあそう聞こえたかも知れないわね。けれどこれらは全て、私に関わりのある話」
両手指を胸に当て、至極真面目な顔をしてレミリアは答えた。それでも私には、まだよく解らない。
腕を組んで首を傾げ、ううんと唸って考える。
百年戦争はレミリアと直接関係が無かった。黒死病の氾濫は吸血鬼というより、悪魔の所業だ。魔女狩りに至っては人間の妖怪退治みたいなものじゃないか。ぜんたい、それらと吸血鬼を結ぶ接点なんてあるのかしらん──
私の首が直角を向いたあたりで、レミリアは小さく笑って答えた。
「噂よ。教会が民衆の混乱を沈静化し、そのうえで教会の正当性を謳い、神の御名の下に異教の悪魔を排除する──そのために生み出された、吸血鬼という名の噂話」
レミリアは、小さく、笑って。
胸が締め付けられるほどの、虚ろな笑顔をした。
◇◇◇◇◇◇
私がこの世に生じた時期は、定かではない。なにぶん外の世界では、妖怪というものは概念であったから、人格などという俗なものは持つ意味が無かった。ただ、私は在ったのだと思う。
おそらく、百年戦争が終結して半世紀ほど経た頃の欧州だったろう。人間ひとり分の刻など、社会にとっては有って無いようなものだ。戦火の爪痕はそちこちに残っていた。最も深い爪痕は、社会を構成する人間の心にこそあった。
人間共は、世の中に対する不安で神経を痺れさせていた。それ程戦争は永く続いたものであった。その名の通り、百年近く続いたのだ。最早惰性だ──ならば、それは日常である事と同義だ。
百年近く続いた。そうしてある日、終結したと言われた。
日常が突如として日常でなくなった事を、誰が信じられよう。それがいくら真実であろうと、どれだけの証拠を並べられようと。掌を返すごとく、認識として理解はしても、同様に信じる事などできようか。
心というのは、そういうものだ。己の認識する範囲、理解する範疇において学び育まれる、なだらかなものなのだ。体を弄られでもしない限り、心機一転など空しいだけの詭弁でしかない。
私は、そうした人間共の運命を見ていた。彼等の運命は、どれもこれも似たようなものばかりだった。
来し方から行く末まで、どこまでも続く灰色。各々の違いは、それがどれだけ黒に近いかという一点のみである。
そうして皆が皆──運命の底に、紅蓮の炎を灯していた。
希望の灯などでは、断じてない。
私には、運命を操る程度の能力がある。しかしそれは、運命を見る事以外にはあまり自発的な能力ではない。ただ私という運命の観測者が居ることで、そばにいる者が数奇な運命を辿る。そうした能力と思ってもらって良い。
近世の欧州では、実によく人間が死んだ──それは私が観測したうえでの統計である。ここにおいて私は、私の能力の何たるかを知った。ただしばらくの間、私は内在するもう一つの能力に気付く事はなかった。
この頃は魔女狩りによる死者が多くあった。中世の頃から魔女狩りは続いていたものと思われるが、残虐な拷問行為が多く行なわれ、かつてより質の悪いものへと変貌していたのである。
直接的な要因は、魔女と魔術に関する、低俗で扇情的な出版物が多く世に出ていた事であろう。人間共はそうした風評を信じ、同じ人間であるはずの魔女を、悪しきモノとして断罪した。
そのように変貌した理由は簡単だ。彼等はこれまで心が壊れるほど抑圧された感情の、捌け口を見付けたに過ぎない。人間が人間を殺すのは悪いことだ。なら人間でないモノ──悪しきモノを殺すのはどうか。
それは正義だ。
道徳とは、善悪をわきまえて正しい行動をなすために、自発的に守り従う規範の総体である。では善悪とは、何を以て決めるのか。誰がそれを決めるのか。
その点を除けば、人間共は実に道徳的だったのである。
黒死病(ペスト)の脅威さえ、人間共は魔女のせいにした。訳の解らないコトは、訳の解らないコトをする魔女が原因に違い無い……黒死病が度々猛威を振るうにつけ、彼等がそう信じるに至ったのも止むを得まい。
それもまた、彼等にとって感情の捌け口に他ならなかった。そうして魔女狩りにより多くの人間を壊し、黒死病でも多くの人間が命を落とした──ここにおいて私は、内在するもう一つの能力に気付いたのである。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力に。
その能力もまた、私が自発的に制御できるものではなかった。いや、既に遅過ぎた。
人間共から噴出された紅蓮の炎は、彼等の運命を巻き込み、破壊の限りを尽くした。国の境さえ破壊して。時代の移ろいさえ破壊して。それは私のもう一つの能力に拐(かどわ)かされ、近世の欧州を焼き尽くそうとしていたのだ。
その危うさに気付いた頃には、遅過ぎた。
幾ら私がその能力を、自分から切り離したところで。どれだけ私が厳重に、その能力を幽閉したところで。
もう見て見ぬ振りのできない所まで来ていた。
破壊は止むことを知らなかった。既に物理的破壊では満足できなくなった人間共は、次第に精神的破壊をも、その対象とするようになった──カトリク教会の異端審問を通じた魔女狩りへの関与と、魔女狩りの是非を問う様々な議論だ。
カトリク教会は、あるまことしやかな噂を流した。昨今の欧州の荒廃は、神に仇なす悪魔の仕業であると。神を信じ、悪魔を滅することで初めて救われるのだと。
破壊活動に関しては、これまでと大差無く見えたかも知れない。だがその噂は民衆に、唯一神を善とし、その他を悪とする明確な境界を与えた。
判然とした「悪」の対象を教えることで、形無き不安は姿を現した。神を信じ、悪魔を滅せよと教えることで、それを討ち滅ぼす免罪符を与えた。そうして民衆の心を救済したのである。
また異端審問を通して魔女狩りへ関与し、それまでの民衆の行為を教会自らが肯定した。教会は信仰を得、正義であるとして、その他異教の神々や信仰の対象をことごとく駆逐した。
魔女を断罪するだけでは済まなくなった。土着の民俗文化や伝承さえも破壊された。
しかし、そうした活動を疑問視する声も少なからずあった。曰く、魔女は人間である。処刑されたのは得体の知れないモノではない。処刑した側と同じ、人間であると。
ならば魔女は本当に断罪すべき対象たり得るのか。
「悪霊の幻惑および呪法と蠱毒について」という書では、魔女狩りは悪魔の誘惑によるものであり、責任は悪魔にあるとしている。魔女狩りを否定し、なお責任が悪魔にあるとは、魔女を悪魔と見なさない考え方だ。
ならば本当に断罪すべき悪魔とは何か。
例えば欧州全土を恐怖に陥れた、黒死病──悪魔の所業と呼ばれたそれは、何がもたらしたのか。
例えば魔女──悪魔と契約を交わし、人間や畜生を惑わすそれは、何を操って災いをなすとされたのか。
思うにそれが、私の存在を明確にしたものだ。
百年戦争でもない。黒死病でもない。魔女狩りでもない。ただ、それらを全て俯瞰した時、噂を土壌として地の底より這い出したコトが──
魔女と同じく、古代から伝承されてきた悪魔に近しい存在。
「死者が活動」し、霧や「鼠」に変身して、人間や家畜の「血」を飲み害を与える存在。
吸血鬼である。
それからも私は彼等の運命を見続けたが……結局、人間共は変わらなかった。
彼等はやはり教会に踊らされ、異端の魔女を狩り続けた。
黒死病に吸血鬼を幻視し、なす術なく命を落とし続けた。
たまに吸血鬼退治を称する詐欺師も現れた。信心深い民を騙し、食い物にする輩だ。
教会は見て見ぬ振りをした。宗教上神聖視されている事物が吸血鬼の弱点とされたのだ、推して知るべし。
事の大小はあれ、そうした噂の影響は現代まで続いている。魔女狩りも衰退し、黒死病も鳴りを潜めた現代でさえ──当時を彷彿とさせる吸血鬼伝説は、一部地域に色濃く残っている。
戦争が悪いのではない。魔女狩りをした民衆が悪いのではない。それを扇動した教会が、まして魔女狩りを疑問視した者達が悪いのではない。
……いや。良し悪しの問題では、そもそもない。それは過去の出来事に過ぎない。それに私は、人間を擁護する気もなければ、誹謗するつもりも毛頭無い。
ただ、何故──何故人間は、真っ直ぐに吸血鬼のみを恐れることができなかったのか。仮に悪者を定めるとするならば、何故それを吸血鬼のみに留めなかったのか。
私という吸血鬼を感得できる要因は、幾らでもあったはずなのだ。事実その頃の欧州こそ、吸血鬼伝説の最盛とさえ言われているではないか。だのに何故──
何故、人間はそうまでして、彼等とその周りの全てを欺き、痛めつけ続けたのか。
私はただ、彼等の心にこそ在ることのできる妖怪として、吸血鬼として。それが何よりも耐え難く、辛いのだ。
吸血鬼の伝承は捻じ曲げられ、噂ばかりの吸血鬼に惑わされ、人間が人間を食い物にする。
そのさまを、私は見続けてきた。
やがて私は、人間を襲うのが耐えられなくなった。
◇◇◇◇◇◇
空が白んでいく。闇から藍、藍から青へと、透明度を増していく。
星もひとつ、またひとつ、青い空に滲んで消える。月も酉(とり)の方へ向かい、これからゆるりと休む様子である。
少し前に、ルーミアも眠ると言って座敷へ戻った。今日中の寝床をここと定めたものらしい。
私もそうしたい所だが、少し里心がついたような気分だ。館へ帰ってひと眠りしたい。
「……で、あんたは一晩中起きていたのかしら。よくこんな寒いのに耐えられるわね」
「あら霊夢。早起きなのね」
霊夢は丹前を羽織り、別の部屋から縁側へと出て来た。手には湯呑みが二客置かれた盆を持っている。
先刻までルーミアの居た場所に座ると、裾に手をいれてひとつ、ふるると震えた。
「朝の空気は気持ち良いけれど、この時期になるとさすがに肌寒くて適わないわ。あんたはいつも防寒対策どうしているの」
「していないわそんなの」
「だってそんな格好で一晩中……冷たっ」
霊夢は裾から出した手で私の頬に触れると、まるで煮え滾る薬缶に驚いたみたく指を放した。
それから自分の耳たぶを揉んでいる。
「大袈裟ね。それに火傷じゃあるまいし」
「熱過ぎるのも冷た過ぎるのも、大して変わんないわ。そんなだからあんたは顔色が悪いのよ。全く色白な顔しちゃって」
「あのね、私は歴とした誇り高き吸血鬼。暑さ寒さも関係無ければ病気も何にもない。色白なのは元々──」
──成程、色白か。今更な事だが、昨今の吸血鬼はそう認識されているのだ。
古い伝承に見られる吸血鬼は、死体の腐食過程にある赤黒い色。けれどそれは、もう古い昔の顔だ。
『昔の事は、今のレミリアには関係無いと思うよ。だからね、あまり考え過ぎると、辛い事もあると思うの』
そんな事を言われたのだったか、ルーミアに。
かつての記憶を捨てろ、とは言われなかった。ただ、かつての私と今の私は、もう違うもの──いや。
時代に受け入れられて、こうして今在るということか。
妖怪は変わらぬもの、とよく言われるが、そんな事はない。時代を経て地域を越えて、人間を介して移ろうものだ。
ただそこに、妖怪は在る。吸血鬼も吸血鬼として、そこに在る。それだけは変わらない。
その時代その地域の、その人間に感得されて今、私が在るのなら。
あまり考え過ぎる事無く、それを素直に愉しめば良い。
妖怪なのだから。
「……何にやけてんのよ気味悪いわね」
「霊夢には関係無いわ」
「む。まあ、別にどうでも良いけれど」
そう言われてから、何かふわふわしたものが私の肩にかかる。
優しい温もりと、良い匂いがする。
「……何これ」
「丹前も知らないの」
「いや知っているけれど」
「少し体を温めてから帰りなさい。ほら葛湯も」
湯呑みを手渡される。透き通った葛湯は、いつも霊夢が愛飲している緑茶に比べて、心なし重たげに水面が揺れる。
いわゆる人肌よりは熱がこもっているものの、熱過ぎはしない。手に取っているだけで、温もりが掌を伝い、体の底からじわりと暖められる心地がする。
「あの、だからね。私は誇り高き吸血鬼で」
「朝の寒いのにホコリもチリも関係無いわよ。見ていて寒々しいから温まれって言うの」
そういう霊夢の姿は、丹前を脱いでいつもの巫女服である。彼女の方が余程寒々しい。
「私はこれから境内を掃除するんだから、そんなの着てちゃ暑苦しくって邪魔でしょ。あんたは衣桁(いこう)の代わり」
勘の鋭い霊夢は、私の顔を見てそんな事を言う。全く、黙っていれば可愛げがあるのに。
彼女はいつでもそうして──霞か雲のように、私の掌をするりと抜けるのだ。
だから好ましい。
「あら、それはとても重大な任務ね。衣桁なら衣服にしわを付けてはいけないじゃない」
「ええそうよ。次に私が着る時にも、しわが伸びててふっくら仕立ての新品同然なんだから」
そう答えて、霊夢は庭先から拝殿の方へ歩いて行く。
「ちょっと霊夢、もう一客の葛湯冷めてしまうわよ」
「帰る前にそっちも片しておいて頂戴。よろしく」
振り向きもせず手をひらひらと振り、掃除に行ってしまった。
自由気ままなものである。
「……だ、そうよ。咲夜、貴方の分だから頂きなさい」
「ええ。夜明け前の空は寒いでしょうから、助かりますわ。けれど丹前は困りましたね、綿止めをしないとお洗濯した際に型崩れして大変なんです」
帰り支度も整い、いつの間にやら私の後ろに控えていた咲夜が湯呑みを手に取る。まさに瀟洒。
「魔理沙はまだ寝ているのね。静かで良いわ」
「何が楽しいのか解りませんが、皆の布団を全部丸めて抱え込んだまま、幸せそうにしています」
「ルーミアも今は眠っているのかしら」
「あの妖怪ですか。ええ、真っ暗でよく解りませんでしたけれど。お嬢様もこちらでお休みなさいますか」
「帰り支度までしておいて何を言うのよ。館へ帰ってから眠ることにするわ」
「そう、ですか……それは、また。外行きのお召し物にしては、たいそう奇抜で……」
そう言葉を濁し、咲夜は無遠慮に私のことをじろじろと見る。
「何よ、私の身なりに文句でも……」
……ある、だろう。そう言われてみれば、昨晩着替えた寝間着姿のままである。霊夢に寒々しいと言われたのも無理からぬ事だ。
しかもこんな格好で、人間共の恐怖そのものとか、誇り高き吸血鬼とか、言っちゃったりした、わけだ……
咲夜は笑みを湛えたまま、静かに座している。何と瀟洒であることか此奴。
実に憎々しく思う……が、最早ここに至り、何を取り繕おうと茶番にしかならない。
ふ、と息を吐く。途端に胸中で煮えていた思いが、さあと蒸発して抜けた。あれこれと考えていた事が、莫迦らしい我楽駄のようになってしまった。
あれもこれも、実に他愛無い。そうしていずれも、過ぎてしまった事だ。
そう思うと、我楽駄でない今この状況が、何だか愉快なものに思えてきた。
そうなのだ。あまり考え過ぎる事無く、それを素直に愉しめば良い。
さて。世に知られる吸血鬼として、あまり威厳を損なう事なく、咲夜の眼差しをさらりと受け流すには。
──まあ、こんな台詞が妥当なところだろう。
「私とした事が不覚を取ったわ。咲夜、着替えるから服を出しなさい。……取り敢えず、冷めないうちに葛湯を頂いてから」
「ええ、そうしましょう」
そうしてくすくすと笑い合い、二人で葛湯を頂いた。
生姜の汁が混じって少し辛く、けれど透き通った優しい甘さの葛湯。霊夢らしい味だ。
館へ戻る途中、咲夜が私に尋ねた。
「それでお嬢様、あの妖怪はどんな妖怪だったのですか」
「何、気付いていたの」
「ええまあ。お二人で何かお話に興じていらした事くらいは」
本当に抜け目の無いメイドである。人間なのだから、休める夜くらいはゆるりと眠るが良い。
「咲夜。貴方は人間なんだから、しっかりと睡眠なさい。日中は館の管理をするんでしょう」
「性分ですから。ご安心下さい、体を壊さない程度にはお休みを頂いておりますわ」
「そういう事では、なくて……」
ふと、三十日(みそか)の月を思い出す。それは悲しい日なのだという。
少しく停止し、咲夜の顔を見る。
普段通りの、メイドの顔をしている。それは人間の顔に違いないのだが、少しばかり遠い。
吸血鬼のメイドの顔だ。
「お嬢様、早く館へ戻りませんと。朝日が昇りますわ」
「咲夜。館へ戻ったら少し休みなさい」
「ご心配なさらず、睡眠は十分」
「咲夜」
じっと、見つめる。
困った顔をしている。が、別に困らせたくて言うのではない。
人間なのだ、咲夜は。そうして妖怪は、人間の心にこそ在ることができる。
私は吸血鬼だ。妖怪なのだ。
──妙な事を言っているかも知れない。あるいはそれこそ、人間臭いと莫迦にされるかも知れない。
ただ、それの意味するところは、厳密には違えど。妖怪とはそういうコトだ。
人間無しで、妖怪は在り続けられはしないのだ。
不愉快な人間は居る。人間に対し耐え難く、辛く感じた事もある。
ただ、妖怪として。吸血鬼として。人間は憎めない。嫌いには、なれない。
だから妖怪は、いつでも人間のそばに在るのだ。
やがて咲夜は微笑み返し、私に答えた。
「かしこまりました。それでは一刻程、休憩を頂きますわ」
「もっと休んで良いのに」
「いいえ、昨晩は本当によく眠りましたから。お嬢様があの妖怪を伴って縁側でお話なさっていたのも、微睡みのなか耳にしただけなのです」
咲夜は、メイドの顔をしていた。けれど今度は、人間らしい、豊かな表情を秘めた顔をしていた。
「そう、それなら良いけれど。その代わり、次の三十日は少し仕事をして貰うわ。紅茶会を開くんだから」
「あら。あの妖怪を呼ぶのですか。全体どのような妖怪だったのかしら……」
「それは、まあ。三十日の楽しみとしておきなさい」
そう答え、また館へと続く空を飛んだ。
ゆら、ゆらと。次第に空は明るさを増し、人間の時間が近付いていく。
私には、運命を操る程度の能力がある。私は数多の人間の運命を見、そうして幻想郷へと来た。
ここは不思議な所だ。妖怪は人間を知り、人間もまた妖怪を知っている。ここでなら。
私は、日々を楽しく過ごしていけそうだ。
誤字と質問が一つばかり。
誤字→「黒死病でも多くの人間が命を追とした」
質問ですが、吸血鬼の歴史のあたりで、「ありとあらゆる物を破壊する程度の能力」、つまりフランの能力が出て来ましたけれど、ちょっと唐突だなぁと思いました。何となしに読んでいると、一瞬レミリアがフランの能力に目覚めたかのように見えました。単に私の読解力不足だとは思いますが、或いは姉妹揃って畏れられた、と言う意味での描写だったのでしょうか?
長文乱文失礼しました。
妖怪でも人間でも誰でも、皆が楽しめれば良いですね。だって幻想郷ですし。
恐怖が次に生じ
その中に妖怪なるものを生じ
そしてその霞みの様な姿を-define-定義していくことで、各々の妖怪達――例えば紅い館に棲む姉妹――を生ず
妖怪の本質は、不明なものを認識するための定義そのものにあるんでしたっけ
久々に妖怪について考えさせられました。
ご指摘ご感想ありがとうございます。誤字修正させて頂きました。
頂いたご質問ですが、筆者はあの頃の姉妹が、固有名すら無い一つの「吸血鬼」という存在だった、と解釈しております。
それが姉妹に分かれたのだとしたら、こうなるのかな、とまとめてみた次第です。そしてその辺は次作に繋がる。。。かも。。。
幻想郷の人妖は、これまでもこれからも、楽しそうにしていて欲しいな、何て思います。
> 5様
ご感想ありがとうございます。妖怪は妖しく怪しいコト、恐いものも沢山ありますが、そうでないのも沢山。
その根底には、人が何かを心得るためにあるのではないかな、などと筆者は思います。
堅苦しい文章に寄らず適度に砕けた作風もまた良し。
俺はそんなレミ様とルーミアが大好きなのだ! そーなのかー? そーなのだー!(ナンダコレ)
楽しく物語を読ませて頂いた事を大前提として、
個人的な我侭その壱──物語前半のキャラ達の描写と考察の絶妙なバランスを、後半部分でも続けて欲しかったです。
考察パートが長いという訳ではないんですよ? とても興味深かったですし。
うん、ぶっちゃけましょう。レミちゃんルミちゃんの絡みをもっと読ませて欲しかった! もう一声!
個人的な我侭その弐──神田たつきち様もコメントされておりますが、私も読んでいる最中すごくスカーレット姉妹の
関係が気になりました。次作に繋がるかも? プレッシャーをかけるつもりはさらさらあります。期待してますぜ。
あと作者様の幻想胸ランキングにおいて、ルーミアや霊夢がどこら辺に位置しているかなど興味はつきないのですが、
とりあえずコメントはここまでとさせて頂きます。次作、楽しみに待っていますね。(更にプレッシャー)
読者に、作品をどう読ませるのかというのが、序盤で立っていないのが致命的に見えました。
古風な文で人を襲うルーミアが現れ、「妖怪とは何かとか、語るのかな」と思いきや、
そのまま堅めの文のまま延々と食事されてしまい、宙ぶらりんになってしまいました。
序盤にあった視点の切り替えにも混乱してしまいました。
考察も興味深いのは確かですが、まだ生焼けの印象。
調べたそのままを提出されたという味が強すぎて、もっと調理できると思いました。
すでに語られていますが、そのバックグラウンドがあるからこそ、今どう生きているのかというのをもっと描写してほしかったです。
と、いうのも。
この文体だからこそ、ハードルがあがっているというか、期待が大きすぎるというのがあると思うのですよ。
その考察を、もっとドラマティックにSSに組み込めたら! という惜しい気持ちがたくさんなのです。
それに、別に嫌だったってわけでもないんだから。
原作っぽい台詞とか、ルーミアにとっての月とか、大好きなんだから。
って、何言わせてんの!
べ、べつにあんたの次回作を期待しているわけじゃないんだからね!
期待しています。
先に一本その吸血鬼の物語があったりしたら、また印象も変わると思いますが……。
ちょっとネタバレにもなってしまったぶんも考えると順番逆かなって思います。
でも、作者さんの解釈や考察自体はとても面白いです。とても引き込まれました。
> 7様
新鮮、というご感想が筆者には新鮮な嬉しさです。考察モノ流行らないかなー何て。
文体ですが、困った事に筆者の悪い癖なようで。どうもこの文体でないと小説を書き進められず。。。キャラクタに応じて後から多少崩すので、所々珍妙な文体になったり。この点、筆者には大きな課題です。
> 11様
考察を楽しんで頂けたようで良かったです。考察モノ流行らないかなー(ry
> コチドリ様
個人的な我侭、参考になります。とても嬉しいです。
考察パート、初筆の半分以下に落としましたが、そも小説ですから、読むうえでの楽しませ方を考えるべきでした。非日常的な日常風景は筆者も書いていて楽しいですし、妄想力を膨らませて次回に繋げてみます。考察モノ流行(ry
最後に。。。大きさなぞ些細な事で御座います。胸に貴賤無しと申しまして、筆者は全てのおっp(ソコマデヨ!
> 爆撃様
いちSSとしての評価、参考になります。とても嬉しいです。
成程筆者自身、構成力不足を痛感しております。何気ない日常の中に考察を組込みたかったのですが、実際書くと思惑通り行かずあな悲し。。。今後はもう少し自然な流れで、考察など組込めるよう考えたいです。考察モノ(ry
読み進めて気付く視点切替の書き方は筆者の好みなのですが、これもご覧下さる皆様の視点でもう少し考えます。
そしてこのツンデレである。御馳走様でした。次回も頑張りたいと思います!
> 17様
御粗末様でした。文章、読み進めることに障りが無かったようで、ほっとしました。
> 20様
ひとつの作品としてのご意見、参考になります。とても嬉しいです。
こちらも構成力不足による失敗が大きかったかな、と思いました。そして考察上の吸血鬼を一つの物語にしておく、という考え方は無かったですね。。。勉強になりました。
今回の解釈・考察については、次回の紅茶会に繋げていけたら良いな、何て。面白く読んで頂けたようで嬉しいです。考察(ry
勿論おぜうとるみゃも可愛いっす