「パチェー」
図書館の扉を開くなり、文字通り飛び込んできたのは、この館の主であるレミリア・スカーレットだった。
彼女は、永遠に幼き紅い月だの称される、この幻想郷でも名高い吸血鬼の一体である。
「何よレミィ、そんなに慌てて」
そんな評判など欠片も感じさせない童女の姿に、七曜の魔女パチュリー・ノーレッジはうんざりしたように吐き捨てた。
パチュリーはこういうときのレミリアが一番面倒だとよく分かっているのだ。
「ねえ、パチェ、ちょっとお願いがあるんだけど」
ほら来た。
パチュリーは予想通りのレミリアの言葉に自然と渋面になっていた。
レミリアは媚びを売るように猫撫で声を出し、甘えたような上目遣いをパチュリーに向けていた。
どこぞの犬ならば、鼻血を噴いて卒倒しそうなものだが、パチュリーの態度は冷ややかなものだった。
「……で、今回はどんな厄介事を持ってきたのよ」
レミリアはつれないパチュリーの態度につまらなさそうに肩をすくめると、改めて口を開いた。
「何、大したことではない。ちょっと相談に乗って欲しいだけだよ」
そう言ったレミリアの態度は先刻図書館に入ってきた時とは異なり、いつもの傲岸不遜な夜の王そのものだった。
初めからそうやって話せばよいものをと、パチュリーは思わないでもなかった。
だが、それこそ無理な話ねと一つ溜息を吐くと、読んでいた本に栞を挟んで閉じた。
そして、その傍らに眼鏡を置いてからレミリアに向き直った。「相談って何についてかしら?」
「話が早いな」
思ったより乗り気なパチュリーの態度にレミリアの方が意外の感を受けていたようだった。
「とっとと片付けてしまいたいだけよ。ところで、その相談とやらは長いのかしら?」
ふと気が付いたようにパチュリーはそう言った。
「さあ、どうだろうな。長くなるかもしれないし、すぐに終わるかもしれない――」
「あー、はいはい、長くなりそうね。じゃあお茶を頼みましょうか。さ――」
はぐらかすようなレミリアの言葉を遮って、パチュリーがメイド長を呼ぼうとするとレミリアに制された。
「咲夜は今日は暇を与えたからいないぞ。無理矢理外に出したからな」
そう言って、何故か自信満々に笑うレミリアを見ながら、パチュリーは、不満げに軽く眉をひそめていた。
「じゃあ、お茶はどうすればいいのよ」
「小悪魔にでも入れさせればいいじゃないか?」
やれやれ簡単に言ってくれる、とばかりにパチュリーは嘆息したが、それでもパンパンと手を叩いて小悪魔を呼ぶのだった。
「こぁ、私の茶器を持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」
まるでどこかのメイド長のように、小悪魔は音もなく現れた。
そして、パチュリーの言葉に恭しく頷いて、指示を受けると、また同じように姿を消した。
「小悪魔ってあんなだったか?」
レミリアが疑問を差し挟む暇もなく、テーブルの前に小悪魔が立っていた。
「どうぞ、パチュリー様」
「ん、ありがと」
そう言って、小悪魔が差し出したものは、一揃いの茶器と、見慣れない銀色の容器だった。
「パチェ、それなあに?」
レミリアは見慣れない道具にいたく興味を惹かれたようだった。
「ん? ああ、レミィは見たことがないのね。少しお待ちなさい、今火を入れるから」
そう言ってパチュリーが何事か呪文を呟くと、ふあっと銀色の表面が白く曇ったかと思うとキンキンと音を立て始めた。
「もしかしてお湯が沸いてる?」
「そうよ、これはサモワールと呼ばれるお湯を沸かす道具なの。外の世界では炭などで火をおこすのだけど、私は簡単な火の呪法を編み込んでいるわ」
そう言ったパチュリーの声に反応するように、サモワールはシュンシュンと音を立てながら、白い煙を上げるのだった。
「ふむ、便利なものだな。咲夜にも与えてやろうかな」
レミリアの感心したような呟きに、パチュリーが口を挟んだ。
「咲夜にはいらないわね。所詮、こんなものでは、沸かし立てのお湯には敵わないわよ」
「そんなもんかね」
「そんなものよ」
相変わらずニコリともせずに、パチュリーはそう言うのだった。
「あ、こぁもう下がって良いわ。それから人払いをするから、くれぐれもネズミを近づけないようにね」
ふと気が付いたように、パチュリーは小悪魔の方を見ると、少し厳しい顔をしながらそう言うのだった。
「はい。承りました」
小悪魔は冷然と指示を受け取ると、出てきたときと同じように音もなく消えたのだった。
「ところでレミィ、本当に私の茶で良いの?」
パチュリーは心底疑問という感じでそう聞くのだった。
「かまわんよ。私が入れるよりは良いだろう?」
「はあ、やれやれね。久しぶりだから味は保証しないわよ」
大きく溜息をつきながらも、そこからのパチュリーの行動はいつになく迅速だった。
頃合いを見計らったかのように、陶製のポットを天頂部の蓋の上から取り外すと、紅茶の缶からティースプーン五杯分の茶葉を取り出して、さっとポットの中に入れる。
そして、サモワールの蛇口よりもやや低く下げたポットに向けて、一気に沸騰したお湯を注ぎ込むのだった。
パチュリーはポットの蓋を閉じて、手元の砂時計をひっくり返すと、しばらく蒸らしに入った。
ポットの中で茶葉が踊っているのだろう、砂が落ちるのに合わせるように、ふっくらとした甘い紅茶の香りがレミリアの鼻をついてきた。
「良い香りね」
「そうね。……ん、そろそろね」
砂時計の砂が落ちきったのを見て、パチュリーはティーストレーナーを器用に扱って、それぞれのカップに紅茶を注ぎ入れるのだった。
透き通った明るく綺麗なオレンジ色の水色がカップ一面に広がった。
「咲夜のものとは違うな」
それを見てレミリアが興味深そうに覗き込んだ。
「そうね、あの子はアッサムとかの結構濃厚な茶葉を好むから、どうしても強い色合いになるわね。私は、この手の透き通ったタイプが好きね」
そう言ってパチュリーが口を付けたのに合わせて、レミリアもカップに口を付ける。
その瞬間、薄い水色とは裏腹に華やかな香りが口の中一杯に広がった。
レミリアの表情を見て、パチュリーはしてやったりと口元に笑みを浮かべた。
「見た目とは大分違ったでしょ」
パチュリーの言葉に、レミリアは言葉もなく首を縦に振るだけだった。
独特の渋みとコク、そして花のような甘い香りが口の中に広がっていたのだった。
「ま、貴女のブラッドティーには合わない茶葉よね」
そう言ってパチュリーは、美味しそうにカップを傾けるのだった。
「で、貴女は私のお茶を飲みに来たんだっけ?」
「ん、それでも良いなあ」
当初の目的を忘れたかのように嘯くレミリアに、パチュリーは図書館の扉を指さしながら言った。
「お帰りはあちらね、レミィ」
「余裕を持ちなよ、そんなんじゃ上手くいくものも上手く行かないな」
相変わらず本題に入るまでに時間が掛かる親友の態度に、パチュリーは少々焦れてきていた。
だから、先に振ってみることにしたのだった。
「どうせ妹様のことでしょ」
「ああ、よくわかったな」
もう少しはぐらかすかと思ったが、レミリアはあっさりと認めた。
「分からないはずがないじゃない。で、何の話よ?」
肩すかしを食らったような気分で、パチュリーが見返すとレミリアはいつになく素直な様子で口を開くのだった。
「最近はフランはここに来ているのか?」
深刻な話かと思えば、別に大したことでもなくレミリアはそう言った。
「んー、そうねえ、時折。貴女よりは多いかもしれないわ。妹様は向学心が旺盛だからね。良き学び手を追い返したりはしないわ」
「良き学び手ねえ……」
含みあるレミリアの物言いに、パチュリーは目の端を軽く吊り上げた。
「何? 何か言いたげね」
「いや、学ぶ意志さえあればネズミでも構わないのだなと思ってね」
さも感心したように呟いたレミリアに、パチュリーはとても良い笑顔で微笑みかけると、再び扉を指さした。
「レミィ、帰りたいなら止めないわよ」
暗に出て行けと言わんばかりの声に、レミリアは少しだけ表情を真剣なものに戻すのだった。
「すまん、パチェ、真面目に話すよ」
「わかればいいのよ。で、妹様がここに来るのが一体全体何に関係があるのよ」
如何せん本題に入ろうとしないレミリアの話しぶりに、パチュリーはかなり苛立ちを隠さずにそう言った。
「いや、フランは幽閉されているときのことを話したりはしないのかな、と思ってね」
パチュリーから視線を逸らすようにして、レミリアはそう言った。
「そんなこと妹様は話したりはしないわよ」
下らないとばかりにパチュリーはレミリアの言葉を一蹴するのだった。
「もし話してるなら、そのことでも聞きたいとでも?」
パチュリーの声色は辛辣そのものだった。
その声にレミリアは、ただ俯くよりほかなかった。
「自分で話をすれば?」
冷たく言い放ったパチュリーの声に少しだけ顔を上げた。
「何をだ?」
レミリアは少しだけ怒気の籠もった声で反駁した。
「貴女が自分勝手な理由で妹様を幽閉したことをよ」
「……!」
表情を変えて口籠もるレミリアに、パチュリーはさらに追い打ちを掛けるのだった。
「あらごめんなさい、気に障ったかしら? 妹を恐れて幽閉していただなんて聞こえが悪いから、言えるはずがなかったわね」
パチュリーは嫌らしげに目を細め、口元には涼しげな笑みが張り付けてそう言った。
「パチェー!!」
叫び声を上げながらレミリアは立ち上がると、パチュリーの細い首筋を掴んでいた。
吸血鬼の膂力で掴まれているのである、一歩間違えれば一瞬で首が折られそうな状況で、パチュリーは嘲ら笑いを浮かべていた。
それどころか、半眼に凛とした光を宿して、レミリアをじっと睨み付けているのだった。
これには、圧倒的に優位な立場でいるはずのレミリアの方が、心理的に追いつめられたような気分にさせられていた。
「何、違うの? だったら言えば良いじゃない。妹様が自分の力のせいで周りを傷つけて、結果自分が傷つくのを防ぐために幽閉していたって」
そうきっぱりと言い切られて、レミリアはパチュリーを話すと、体を投げ出すようにして椅子に座り込んだ。
「言えるはずがないじゃない」
床を眺めながらレミリアはぼそぼそと呟くのだった。
「どの面下げて今更言えると言うんだ。しかも、幽閉した当人だぞ。そんな奴が何を言っても言い訳にしかならんだろう」
レミリアは捨て鉢な様子でそうぶちまけるのだった。
「そうね、それも言い訳だわ。貴女は伝わらないことよりも、伝えようとして拒絶されることを恐れてる」
パチュリーのその言葉にレミリアはハッと顔を上げた。
「伝えようとしない者が、気持ちを伝えられるはずがないじゃない」
そう言ったパチュリーの表情は、何か思い当たることがあったのだろう、すぐに渋面に変わるのだった。
しかし、すぐに取り繕って、柔らかく慈愛に満ちた表情を作るとさらに言葉を繋いだ。
「レミィ、貴女は妹様を見くびり過ぎよ。貴女が思っているよりも妹様は強いわ」
その言葉にレミリアは納得した風ではなかったが、少し遠い目をすると、何か決めたようだった。
そして、既に冷めてしまった残りの紅茶を啜ると、パチュリーの顔を正面から見た。
そこには、何か我慢したような雰囲気があったが、さっぱりとした笑顔があった。
「すまないね、パチェ。少しだけ答えが見えたような気がするよ」
そう言うと、レミリアは懐からコウモリを象ったブローチを取り出すと机の上に置いた。
「これをあげる。お礼だと思って頂戴」
そして、後ろ手に一つ手を挙げると図書館の扉の方に向かうのだった。
レミリアが図書館を出て行ってしばらくして、パチュリーは図書館の何もない一画に声を掛けた。
「これで満足したかしら、妹様?」
「別に」
その言葉は虚空に消えていくかと思いきや、暗がりより答えが返ってきた。
そして、しばらく間をおいて、その壁から染み出るように姿を現したのは、レミリアの妹、フランドール・スカーレットであった。
「パチュリー、私もお茶」
テーブルの所まで歩み寄ると、フランドールは蕩けるような甘い声色で突っ慳貪にそう言った。
フランドールにせがまれて、パチュリーは鷹揚に頷くと、フランの目の前にあるカップを手にとった。
それは先刻までレミリアが使っていたものである。
そのカップにパチュリーが触れた瞬間、フランドールはさっと表情を変えたが、すぐに平静を装うのだった。
そして、椅子に腰掛けようとした。
だが、そこでまたフランドールは、しばらく惚けたように立ち尽くしていた。
フランドールは、椅子のクッション部分に触れると、何か探るように撫でていたのだった。
「そんなことをしても、貴女たちには体温がないのだから、無駄よ」
図星を指されて、顔を赤らめるとフランドールは誤魔化すように、その席に座ったのだった。
そこに、パチュリーが紅茶を差し出した。
「あ、ありがと」
どぎまぎしながら受け取るとフランドールは、寸分も違わずカップの飲み跡が残る部分に口を付け、紅茶を啜るのだった。
二杯目の芳醇な味わいが、フランドールの喉を潤すのだった。
「あ、意外と美味しい」
「『意外』は余計よ」
口ではそう言いながらも、パチュリーは得意げな顔を浮かべたのだった。
フランドールが紅茶を啜るのを見ながら、パチュリーは様子が落ち着いたのを見て取ったのだろう。
「それはそうと、レミィの話をわざわざ聞かせてあげたのだから、その対価を頂きたいわね」
そんな風に少し芝居がかった口調で言うのだった。
そのパチュリーの言葉に、フランドールはきょとんとした顔で見返していた。
どうやらパチュリーの言葉の意図が読み取れなかったようだった。
フランドールの反応にやや不満げに肩を竦めるとパチュリーは、さも大儀そうに口を開いたのだった。
「簡単な話よ。貴女が何でこんなことをさせたのか理由を聞かせなさいってことよ」
わざわざ説明させるな、といわんばかりの口調であったが、そう言ったことで漸くフランドールにも通じたらしい。
はたと小さく手を打つと、フランドールは上目遣いにパチュリーを見返すのだった。
「理由ね……。聞きたかっただけ-、……じゃ駄目だよね」
フランドールは気安く流そうとしたのだが、パチュリーの厳しい目に遭って断念したようだった。
しかし、その次の言葉はなかなか出てこなかった。
俯いたまま、彫像のように黙ってしまったフランドールだったが、何か胸の中のものを吐き出せないというように、唇を振るわせていた。
パチュリーは何か言いたげであったが、黙したまま我慢強くその様子を眺めていた。
そして、漸くフランドールは俯いたまま、重い口を開いたのだった。
「あいつって馬鹿よね」
独り言のように呟いたその声は、図書館の静寂に消え入りそうなほどか細かった。
パチュリーはフランドールのその言葉が返答を欲していないことを察していた。
だから、黙ってその告白を聞き続けていた。
「別に、私が好きで引きこもっているだけだったのに、勝手に負い目を感じちゃってさ、ホント馬鹿みたい」
そう言いながらフランドールの顔は、決して馬鹿にした様子ではなかった。
むしろ、その言葉とは裏腹に負い目を感じているのはフランドールではないか、そうパチュリーは感じていた。
「でも、あいつが、……お姉様がつらそうな顔をして私を見るのは、とても嬉しいの」
なおも独白を続けるフランドールは、愛おしそうに蕩けるような笑顔を浮かべたのだった。
「でも、そんな顔をさせている私がいるのが辛い。だから……、私はお姉様の言葉が聞きたかったの」
そう言うと、フランドールは顔を上げ、漸くパチュリーの顔を見たのだった。
「パチュリーはさ、お姉様の言葉についてどう思う?」
「どう思うって?」
フランドールの問い掛けに、パチュリーは素知らぬ風でそう答えた。
「嘘か、本当かってことよ!」
馬鹿にされているとでも思ったのだろう、激高したようにフランドールはそう言った。
その言葉に、パチュリーは一瞬目を白黒させたが、すぐにフランドールに負けない剣幕で口を開いた。
「そんなこと私が知るわけないじゃない」
今度はフランドールがポカンとさせられる番だった。
そして、なおも衝撃から抜け出せないフランドールに追い打ちを掛けるように、パチュリーが言葉を続けた。
「良いこと妹様。他者に甘えたところで得るものなど何もないわ。疑問があれば自分で解決しなさい.私はかつてそう言ったわよね」
「うん」
パチュリーの言葉につられるように、フランドールは頷くよりほかなかった。
「だったら、答えは簡単。妹様はどうしたいの?」
優しい声色でそう語りかけたパチュリーの顔は、先刻見せた般若の面ではなかった。
その言葉は、フランドールの胸にすとんと落ちたようだった。
「私は、お姉様とお話がしたい」
きっぱりとそう言い放ったフランドールの瞳には、強い意志の光があった。
パチュリーのつまらなそうな表情にも、まったく揺らぐような気配もなかった。
「だったら――」
その表情とは裏腹にパチュリーの声は優しいものだった。
「――フラン、貴女が一歩を踏み出せばいいのよ」
それまでのよそよそしい話し方ではなく、初めて名前を呼ばれたことに、フランドールは目をパチクリとさせるのだった。
「貴女たち姉妹はよく似ているわ。容姿や性格は一見異なるけれど、魂の奥深いところで繋がっているのね」
そんな風にパチュリーはささめくように語りかけるのだった。
「ありがとう、パチュリー」
フランドールは感じ入ったように頭を下げた。
そして、顔を上げたとき、そこにはまったく迷いはなかった。
「もう心は決まったようね、フラン。なら、胸を張ってお行きなさい。貴女は貴女の目指す方を向いていくのよ」
パチュリーの言葉に、フランドールは大きく頷くと席を立った。
そして、カップに残っていた紅茶を一気にあおると、パチュリーに背を向けて、図書館を出て行くのだった。
扉の開閉の音さえも意気揚々としている、そんな風にパチュリーには感じられた。
しかし、それを見送っていたパチュリーの表情は、どこか良心が咎めるような、そんな複雑な趣だった。
扉が閉じられてから、十分すぎるほど時間が過ぎて、パチュリーは大きな溜息を吐いた。
「レミィ、もう良いわよ」
その声に合わせるように、ポンと小さな音がしたかと思うと、パチュリーの背後にはレミリアが立っていた。
肩を回したり、屈伸をしたりと、体の節々を気にするような素振りをしていた。
その姿を見ながら、再びパチュリーは溜息を吐いていた。
「どうしたの、パチェ。幸せが逃げていくわよ」
溜息の原因が自分にあるとはまったく思っていないような口ぶりで、レミリアはそう嘯いた。
「手がかかるなあと思っただけよ」
「まったく、手のかかる妹を持つと大変だわ」
「私にとっては貴女たち二人ともがよ」
そう言って、もう溜息を吐くことすら大儀そうに、紅茶をカップに注ぐのだった。
「ん、いただこう」
そう言うと、再びレミリアはパチュリーの前の席に座ったのだった。
「すまないね、面倒な役回りを押しつけてしまったな」
まったく済まなそうな表情でレミリアはそう言った。
「別に」
突っ慳貪にパチュリーはそう返したが、満更でもないという風に頬を緩めていた。
「しかし、いつフランがブローチを突き出すかと思って、気が気でなかったよ」
そう言いながら、レミリアは肩を軽く回すのだった。
「まったく、自業自得よ出て行った振りをして、ブローチに変化して妹様の話を聞くなんて、趣味が悪いわよ」
咎めるような口調でそう言ったパチュリーに、レミリアはニヤリと口元を歪めたのだった。
「それはお互い様だろう」
そしてフフンと笑うと、言葉を続けた。
「それにしても、パチェもなかなか熱いねえ。まるで炎の妖精もかくやといった感じだったな」
冷やかすようなレミリアの言葉に、パチュリーは無言だった。
「それにしても、『伝えようとしない者が、気持ちを伝えられるはずがない』ねえ」
反応がないことを良いことに、レミリアは嘲笑うかのごとくパチュリーの言葉を反芻していた。
「何か言いたげね」
その言葉に、流石にパチュリーも柳眉をつり上げるのだった。
「別に、ただご立派なことだと思ってね」
パチュリーの視線に降参だという風に両手を挙げながら、レミリアはそう言った。
その口ぶりには存分に含みがあった。
そして、その含みの中身は充分理解するところであった。
「些末な人生訓よ、詰まらないものだわ」
「そうかね?」
最初に部屋に入ってきたときが嘘のように、今のレミリアの言葉や立ち振る舞いには威厳があった。
「素直におなりよ、賢者どの。星の煌めきは一瞬、ましてや流れ星ならばなおさらだ――」
そう言って、一瞬哀れむような視線をパチュリーに送ると、レミリアは言葉を繋いだ。
「――たとえ、天道を司る七曜の魔女といえど、この理は崩せまい」
そこまで言うと、カップにつがれた紅茶に初めて口を付け、ぐいとあおるように飲んで、その苦さに顔をしかめるのだった。
「お湯で割らないからよ。それかミルクで。最後の一杯、ベストドロップは、好みに合わせて飲むものよ。甘党でお子様舌な貴女ならなおさらね」
はぐらかすようにパチュリーは茶化すのだったが、レミリアはそれすらも想定内の出来事のようだった。
「ああ、苦い。お茶請けはないの、パチェ」
テーブルの上に何もないのが分かっていてレミリアはそう言った。
「ないわよ」
にべもなくそう答えるパチュリーに向けて、レミリアの瞳が怪しく光った。
嫌な予感がする。
パチュリーがそう思っていると、レミリアは懐から巾着状に包まれたハンカチーフを取り出した。
「仕方がないわね、とっておきを出しましょう」
そう言うと、レミリアはテーブルの上に開くのだった。
そこには、カラフルな星の欠片が並んだ。
それは、砂糖菓子の弾丸だった。
「甘くて美味しいわよ、パチェもいかが?」
そう言ってレミリアは一掴みを舐めるように口にくわえたのだった。
パチュリーが憎らしげにレミリアを睨み付けるのだが、そんな視線はどこ吹く風だった。
「さて、私もそろそろ退散するかね。このままここにいたら魔女様に焼き殺されそうだわ」
そう嘯くと、レミリアは席から立ち上がるのだった。
無言でその様子を見送るパチュリーは、何事もなかったかのように手元の本に手を伸ばす。
その姿に、軽く肩を竦めるとレミリアは図書館の扉の方に足を進めるのだった。
しかし、扉の前まで着いて、いったん足を止める。
そして、レミリアは再びパチュリーの方に振り返った。
「私が言うことではないが、欲しいものは手元に置いておくのが良いわよ。紅白とか七色の泥棒猫に捕られた後では、泣くに泣けないからな」
その言葉をパチュリーは黙殺するだけだった。
レミリアは無反応なパチュリーに肩を竦めると、図書館から出て行った。
しばらく立って、パチュリーは紅茶を最後の一滴まで絞り出すように注ぐと、目の前に置かれた砂糖菓子に手を伸ばすのだった。
そして、それを無言で口に含むと渋面になるのだった。
「甘いわね」
それに応えるものは、図書館には誰もいなかった。
ブローチになる、その発想が面白い。素直になれないもどかしさを味わいました。
誤字の報告です。
「昨夜には~」→「咲夜には~」
アサッム→アッサム
熱いねえ.→熱いねえ。
パチュリーが、無愛想だけれど面倒見が良いところがいいキャラしてました。
もどかしくもほのぼのした話や三者の関係が良かったです。
何してはるんですかwwwww
読者としては、「悩みか、どんな悩みだろ」と思っているところに、紅茶が長く挿入されていて、どっちを描きたいのかなーと。
でもでも、後半からのどっちも隠れて聞いてるっていうのは面白い発想でした。
自らを閉ざして気付けない事もあるのだ。
なんだこのパチェは…素晴らしい!
さておき、あなたはもしや海野藻屑を知るお方ですな?
私で良ければ(ry