乾いた境内を眺めながら、縁側に座りお茶をすする。
風に揺すられる葉の音と共に過ぎていく、私の日常。
そんな神社の静寂を打ち消すのは、大抵魔理沙だった。
魔理沙との付き合いは古く、互いに遠慮をせずに話せる仲と言える。昔から無邪気な声と共に現れては、私の隣に勝手に座り当然のように茶菓子をつまみむ。
そして、新しい魔法の式など私には分からない事を大きな声で話したり、閑散とした神社の様子を茶化してくる。
私もお茶を飲みながら話を聞き、たまに憎まれ口を返したりて共に時間を過ごす。
大抵の場合は遅くまで居座り、夕飯を共に囲こみ、そのまま床まで借りていく事もめずらしくなかった。
魔理沙の持ってくる話はあまり神社から出る機会のない私にとって新鮮で、また全身で表現をして語る姿を見るのも楽しかった。
なにより、博麗である自分にとって、同等に話せる同じ年頃の女の子は貴重な存在である。
そして、魔理沙と過ごす時間は心地よく、私の胸の中で重要な部分を占めていった。
けれども、弾幕を競い、異変に挑み、宴会で騒ぎ……。共に四季を過ごしていく程に、笑い合っていた日々は遠くなっていった。
魔理沙の話しぶりから、様々な場所の人妖にちょっかいを出しに行っている事が伺える。
例えば、紅魔館へ行くにしても門番から始まりメイド長、居候の魔女、吸血鬼姉妹にと満遍なく絡んでいる。
たまに訪ねて来る時や、宴会で顔を合わしている程度の私とは違う。あの館の門番など事件の時以来ではないだろうか。
魔理沙は多くの人々と深く関わろうとして、周りもそんな彼女を受け入れている。
そんなどこか憎めない不思議な魅力を持っているのだろう。そして、魔理沙の中の特別な人は増えていく。
最も特別な存在。
そう思うのは、私だけなのだろうか。
私の知らないところで、別の誰かと秘密や充実をつむいでいく。
いつか私が必要で無くなってしまうかも知れない。魔理沙の声の響かない境内、そんなものに耐えられるだろうか。
いつまでも、ずっと私の隣にいてほしい。でも、いかないでなんて言えなくて。
行ってくるぜ。そう言って飛び去っていく背中が、遠くなって行くのを見つめるしかなかった。
私だけを見ていてほしい。でも魔理沙は、私だけで満る事は無いようだ。
なぜ、魔理沙は関わりを広く長く保とうとするのか。きっと彼女は何かを求めている、誰かに。
それが何か。あんなに長く一緒にいたのに、今彼女が一番求めているものがわからない。
だから、だろうか。
もしかしたら、すでに求められていたのかも知れない。でも、私には感情とは裏腹にそっけなく対応することしかできなかった。
そんな私に失望して、今までの関係は維持したまま他人に求めるようになったのかも知れない。
満足していたからか、愚かにもいつまでも同じ日が続くと信じていた。
そんな事だから、せっかく目の前にあったのに、自ら手を離したのか。
自分の事で精一杯で、魔理沙の事を考えるまでに至らず。結果として、風に舞う砂にまかれ今も一人。
あの時、ああしていたら。そんな根拠も無い自責に、胸の重りが響きを立てていた。
それからはやけに体が重く、胸につかえの様な塊がのしかかっていた。
こうなると何もかもが億劫で、ただでさえ惰性だと言われるというのにまるで亀の様だった。
それでも、腹は減っていく。後悔では満腹にはならない。だが非情にも、ここには自分しか居ないのだから自分でこしらえるしかない。
日が沈んで行く。縁側の向こうの風景が薄暗さに溶け、肌寒さが強くなってようやく鉛の体を引き起こし台所に向かう。
その時縁側の方から、
とすっ
と、何かが砂場に着地した時のような気配がした。おそらく、魔理沙だろう。
この時間に訪ねてくる時は大抵宴会の会場に境内を使う交渉と幹事として計画を相談する時だ。
正直今はうれしいような、会いたくないような浮ついた気分であったが。まさか障子越しに、今日は帰ってなど言えまい。それこそ致命的だ。
予想以上に重たい腕で障子を開けると、そこに立っていたのはやはり魔理沙だった。
けれどその表情は、いつもの様な憎めないにやつきではなく……。
目の周りと頬は薄く赤く、睫毛は濡れくりくりとした目を歪ませ今にも決壊しそうな涙をためていた。
そんな魔理沙を目の前に私は気の利いた言葉一つかけれず、縁側に座るように促し隣に添うしかできない。
二人並んで座ると、もう耐えられないとばかりに顔を伏せたまま声をあげて泣き出す魔理沙。
咽び声の彼女の気持ちがわからず、なんと声をかければ良いのかもわからず。ただ、濡れて張り付いた髪を払うようにやわらかいほほを撫でる。
月明かりもなく、部屋から漏れるわずかな光と濃い影が魔理沙をぼんやりと浮かばせる。
いつもの様に二人並んで座っているのに、いつもとは違う。
魔理沙が軽く鼻を鳴らすくらいに収まってからようやく、
大丈夫? どうしたのよ
と、ありきたりだが声が出た。
魔理沙は泣いていた時の熱が逃げ、心細いようで少し距離を詰める。ゆっくりと、顔を上げると口を開いた。
「みんな、な。私が紛れて行っても優してくれた」
優しいんだ
呟き、泣いたばかりで少し詰まるのか、大きく呼吸をする。
「でも、それはな。やっぱり、よそ者への歓迎なんだよな」
「ずうずうしいのはわかっている、でも……。またねってのは、つらいんだ」
そう言い切ると、再びしゃくり声を上げはじめる魔理沙。
私はここにきてようやく、彼女が何を求めていたのかわかった。
彼女は家族を求めていた。揺るぎない誰かの一番を求めていたのだ。
自分から本来の家族を捨て飛び出したが、異変を経て人々に出会うたびに他人が持つ居場所をみて寂しくなったのだろう。
自分を一番に見てくれる、自分が一番に見れる人。他人の居場所に紛れてごまかしていたが、耐えられ無くなってしまったのだ。
そして、逃げ出すように飛び出した魔理沙は私の所に来た。
私じゃ駄目?
そう、聞くと驚いたように腫れた目を開きながら私を見つめる。
そして、震えるように。
「博麗だから。そう言われるのが怖かったんだ。でも夢中で飛んでくる時。何も考えられないと思ったのに、頭は霊夢でいっぱいだったんだ」
だから、霊夢がいい
私の胸に顔を押し付けるように抱きついてきた魔理沙を、重さの代わりに熱を帯びた両腕で抱きしめた。
彼女は私に、あなたも同じよと言われる事を恐れていた。結局私が苦しめていたのだ。でも今は。
胸を中心に広がってくる熱。同じ布団で寝た時に伝わってきた温かかみを思い出す。
今はその温かさの元を私は抱いている。
「ずっと、ずっとずっと。前から好きだったよぉ」
うん
「私は霊夢が一番だ。今、一番幸せだよぉ」
うん
泣きじゃくりながら伝える愛しい人の言葉に、同じような震える声で白々しくそっけなく答える。
こんな時まで私は素直に出来ない、感情に対して天邪鬼のようだ。
そして。
「霊夢も……、霊夢も私が一番で幸せ?」
そして、たぶん……イジワル。
だから、強すぎるほど魔理沙を抱きしめながら。同じぐらい熱い体で。涙に濡れた声で。
たぶんね
ただ残念なことに
×博霊 → ○博麗
ちょっぴり、ほっとしました。
枯渇しかけていたレイマリ分、補充させてもらいました。
ただここからもう少し伸ばしてほしかったというのが本音。
とはいえ心暖まるレイマリでした。