Coolier - 新生・東方創想話

除け者のC/The Lady in the Smoke

2010/10/18 20:44:50
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 告
 前作:Wを探せ/村紗水蜜社会復帰計画
 あらすじ:前回のみっつの出来事(文字色反転)

 ひとつ さとりと一輪、村紗の仕事を探す


 ふたつ 村紗、街に散らばったらしい飛倉集めを開始


 みっつ なんやかんやで、ふたりはパルスィの家に住みこむことに



 見ての通りの続き物です。
 が、あらすじの三つめと、地霊殿ストーリー以前とだけ把握してもらえば十分かと。
 それではどうぞ、お楽しみを。










 私がそれに手を掛けたのは食事も終盤に差し掛かり、茶碗が空になってからだった。楕円形のちゃぶ台の中心に陣取っているものは純白に輝いていて、私のようなものが触れてはいけないような、そんな気品すらも感じさせるが、所詮は物言わない食料だった。私はそのうちのひとりを摘んで、指先で回転させた。そうして、一度軽く叩きつけた。濁った音を確認して、うまれた亀裂に爪を立てた。子供が大人にするような無謀な反抗を爪の間で感じたが、私はそれを無視して、一枚、一枚、と、その身包みを剥いでいった。
 影から覗く肌は身体を包むものと同じ色をしていた。私の指が酷く汚らしく見える。だが、美しいものを汚らしいものが穢すなんてことはいつの時代だって大衆が嫌い、そして影で待ち望んでいるものなのだった。
 それでもその身が例えようもなく綺麗なことだけは本当だった。全てを曝け出しても傷ひとつないままを保っていられるのはその奥に確かなものを持っているからだ。こいつは硬い殻に柔肌を包みながら、その奥には更に強固なものを秘めている。矛盾しているようで、そうではない。硬さの中に柔らかさではない。硬さの中の、柔らかさの中の、絶対に動じない硬さ。
 私は箸でそれをふたつに分けた。
 私の前で晒されるその姿。
 それはまさに、ハードボイ──

「…………」

 三度、歯を噛み合わせた。私はドロリと溶け出したものを見なかったことにした。それから、お碗の中の半熟ゆで卵を私の横に移動させた。「ほら、剥いてやったわよ」
「いらないよ」お椀はちゃぶ台の上を滑って、表情のない言葉と共に返ってきた。謙虚な村紗水蜜に私は微笑を見せて、お椀を動かした。
「私、半熟卵を食べると蕁麻疹が出るのよ」
「知らないね、自分で剥いたのは自分で食べなよ」
「ひとつ剥くのに十分近くかかってる奴に言われたくないわね。善意で差し上げるって行ってるんだから、素直に受け取りなさいって」
「いらないって。私は完壁主義者なの」
「嘘つきなさい、不器用なだけでしょ。いいから食べなさいって、妬ましい」
「意味がわかんないよ、この妬マシーン」
「なによ、このぶきっちょキャプテン」
 
 大きな音がした。
 ちゃぶ台の上に乗った食器が一瞬、宙に浮いた。
「「あぁ!? 何だって!?」」

「はいはいふたりとも、食事時くらい喧嘩しないの」
 手を叩く音が二回して、睨みあった私達は同時にそちらをみた。雲居一輪は呆れたとばかりに溜息を吐いた。そのとなりで、こいしは三杯目の茶碗を空にした。それから味噌汁を音を立てて啜って、一つ一つの言葉を聞かせるようにして言った。
「ねぇねぇいちさん。どーしてこのふたりは仲が悪いのに一緒に住んでいるのー?」
「それはね、こいしちゃん。実はこのふたりはとっても仲良しだからよ」
「うそだー。けんかしてるところしか見たことないよー?」
「けんかするほどなかがいいっていうものねー?」
「へー、そーなのかー」
 ふたりはニヤニヤといやらしく笑って、顔を見合わせる。私達は無意識に立ち上がろうとしていた脚を御座の上に戻した。私は肘をちゃぶ台に乗せて卵を一口にほお張り、租借して、飲み込んだ。

 村紗水蜜と雲居一輪。
 彼女達が私の家に転がり込んできてからどれだけの時間が経ったかなんて数える気も無かったし、数えていてもきっと忘れていた。さとりと一輪の計略にとって私の家の一角を占拠したふたりは、毎日街中に散らばったという飛倉集めに勤しんでいた。収集を終えるまでの仮の住処ということだったがしかし、これまでに集まったのは全体のほんの一部で、ふたりがいつまで私の生活に居座るか考えると頭痛がした。こいしがこうしているのはもう慣れた。
 私の家は二階建てで、ふたりは一階の部分を使って、私は主に二階で過ごすことが多かった。元々二階だけで生活できるように設計されている。不自由はないはずだった。ただ、こいしがやって来ると無理矢理に一階で一緒に、ということになるのだった。


 食事を終えると村紗は四人分の珈琲を作った。私と村紗は何も入れずにカップに口をつけて、一輪は砂糖とミルクを少量入れて、こいしは埋め立てるほどの砂糖をぶち込んだ。私は隅っこの壁に寄りかかって、吐気のするほどに甘ったるい珈琲をがぶ飲みするこいしを見ながら、どうやっても越えられない、私の前に大山のようにそびえたつ村紗の味を味わっていた。
「どうしてこんなに美味しいの?」と、こいしが言った。「お豆はこの家に元からあったやつなんでしょ?」
 私は口を挟んだ。「あんたのは砂糖水じゃない」
 少し考えてから村紗は言った。
「特になんにもしてないよ。ただ、この豆の一番美味しい淹れ方を知ってただけ。生きてるときとか上に居た頃には眠っちゃいけないときも多かったしね。そんなときに眠気覚ましに作ってたら、そのうちにどんな風に作ったらいいのか分かってきたんだよ」私をチラリと見て、余計に付け足した。「変に飾らないのが一番だからね。本来の味が、一番美味しいんだよ」
「砂糖の量は好みだけどね」と最後に村紗は苦笑して、空になったカップを置いた。そうしてから、引き出しの上にあったパイプを持って外へ出て行った。私はそれを目で追いながら視界をカップで塞いだ。

「仲、良いんだ」
 こいしがいつの間にか傍で私の顔を覗き込んでいた。無邪気な子供の瞳であるはずのそれは、なぜか彼女の姉の胸に付いているものと同じ気配がした。
「悪いわよ」
 私が即答すると、「嘘」と、こいしも即答した。やっぱりその答え方がさとりにそっくりだった。
「嘘だね。こいしアイは全てを見通すよ」
「それでもいいわ。どうせ自分でも分からないんだもの」
「解りたくないの?」
「やっぱり、あんたはさとりの妹だわ」
 私は指先を伸ばして、こいしの鼻を小突いてやった。
「知ったら後悔することもあるのよ。覚えておきなさい」
 こいしは首を傾けた。私はこいしの身体を退けて、カップを置き、外へ出ようとした。その背後から、子供じみた、感情の読み取りづらい声が掛けられた。
「知ってるよん」
 私は一度立ち止まって、振り返らずに外へ出た。




 ~除け者のC/The Lady in the Smoke~




 私の家の二階からはある程度近しい街の様子を見ることが出来たが、玄関から見えるのは旧都の中で三番目に大きな通りと、地上へ向かう縦穴に続く長い橋だけだった。かといって寂しい景色というわけではなく、街の通りは行き交う鬼達でそれなりに賑わうし、特に橋の方は私の管轄内であり、面倒を見てやらなければお小遣いの手に入らない場所であり、橋姫であることを一番実感できる場所だった。
 暗闇の中に消えていく橋。その上に、先客が居た。
 村紗は私の家から遠くない場所で欄干に寄りかかり、持ってきていたパイプに煙草を詰めていた。パイプの長さは三尺ほどで、細く、先で一度曲線を描き、あちこちで塗料が剥げていたが、違う模様が浮かんできていた。
 煙草に火が点った。村紗が目を閉じて暫くすると、彼女の口元とパイプの頭から煙が上がってきた。それは少し離れた場所にいる私の鼻にも届いた。棘がついているかのように香りは強かった。
 私は傍に寄りながら、紙巻煙草を口に咥えて、マッチを欄干に擦り付けた。火がつくまで十回ほど擦った。
「肩身が狭いわね」私が言うと、村紗はこちらを見て煙を吐いた。
「最初会ったとき、吸うなら外でなんて言ってたから、あんたは吸わないんだって思ってたけど」
「しばらく止めてたわ。あんたが悪い」
「はいはい、それは失敬」
「悪いと思ってないでしょ」
「そっちもね」
 最初に家の中で吸った時、村紗は一輪にひっぱたかれた。煙も、匂いも、身体への悪影響も苦手なのだった。そしてそれはこいしも、さとりも同じだった。
地上からの風は強くて、私は手で風除けを作った。それでも煙草に火が移るのに少々手間取った。ようやく赤くなった先端を確認してから、私は大きく息を吸った。久しぶりの感覚は頭を貫いていって、私は一度むせた。村紗には気取られないようにくしゃみを装った。
「見事に嫌われ者ね、私達」と、私は言った。
「なんで嬉しそうなのさ、気持ち悪い」
「だって妖怪なんて嫌われてなんぼでしょ、妖怪からも嫌われるなんて凄いことじゃない」
「やけくそになってるようにしか見えないね」
「なら、理解してもらおうなんて思ってるわけ? 一輪に」
「無理、あいつの嫌煙は筋金入りだからね」

 立ち昇る煙がふたつになった。私は橋から乗り出して、左手をだらりと下げた。街よりもずっと暗い場所に、蝋燭よりももっと弱くて小さな、ふたつの灯火が漂っていた。
 暫くどちらとも口を開かずに、流れていく煙を呆然と眺めていた。行き先はわからないし、どうせすぐに消えていくもののはずなのに、村紗はそれをどこまでも、それこそ地上まで届いていくのだと信じているように見ていた。揺らめく煙は人に哀愁を与える。彼女の場合はきっと地上での出来事。自分の恩人に手が届かなかったことへの後悔なのだと、同じく煙を眺めながら想像した。

 身を起こして、私はどこへ向けるでもなく言った。
「あんたらは、いつまで此処にいるつもり?」
「準備が整えば、いつでも出て行くさ」
「それは飛倉集めが終わるまでって意味?」
「もちろんだよ」村紗は唇の間から煙を吐き出した。「他になにがある? それともなに? 私達にずっと此処に居ろって言うの?」
「そういうわけじゃないわ」と、私は言った。「いや、そうなのかも。この橋を渡る者を邪魔するのが橋姫の役割だものね、それが信念に燃える妬ましい奴なら尚更」
「そのときは無理矢理にでも押し通るよ」
 当然だろ、と村紗は言った。
 私は鼻で笑いながら、ふかしていた煙を一気に吐き出した。
「わからないわね。あんたは既に一度死んでるのよ? 二回って言ってもいいわ。人間としての死が一回、この街にやってきたときに一回。この街にやって来る奴はね、大半が妖怪で、一度しか死んでないのよ。それでも楽しくやってられるのはきっと諦めちゃって、上に未練なんてないから。あんたは二回死んで、それでもまだ未練タラタラなのよね」
「酷いな」と、村紗は笑った。「私は生きてるよ」
 私は取り落としそうになった煙草を右手ですくった。短くなった煙草は私に熱を押し当てた。こんどこそ取り落として、私はそれを足で踏み消した。どうせもう殆ど残っていなかった。

 懐紙で吸殻をかき集めて顔をあげると、村紗はまだ笑っていた。自分で自分の言ったことを笑っているのだった。
「可笑しな話だけどね、幽霊が生きてるなんて言うのはさ。でもきっとそうなんだよ。誰かが一緒ならたとえ幽霊だろうが妖怪だろうが人間だろうが、死んだりなんてしないんだ。だからこの街は、うんと生きてる」また、余計なことを付け足した「あんたもね。わかって言ってるんでしょう?」
「一輪が居てくれる限り私は死なない。聖を救い出しても私は死んでやれない。独りにならない限り私は不死身なんだよ」

 きっとそれが、私達が互いに嫌いあう一番の理由だった。

 私は二本目に火を点けた。煙は再び数を増やし、周囲を包み込むほどになっていた。薄く、もやのかかった先に村紗の姿が見えた。パイプを咥えて瞳を閉じたその表情には、至福を味わっている、という言葉が最適だった。

「ほんと、あんたって気に食わないわ。死んでるくせに」
「それはこっちの台詞。見てるとイライラする。生きてるくせに」





 こいしが家から顔を出し、こちらへ小走りで近づいてきた。いつもの黄色の服は年中清潔で、帽子は浅く頭に乗っていた。橋を通って地上へ向かい、ぶらぶらして帰ってくる。鬼が酒を飲むように自然なことだった。
 しかし、こいしは私達から距離をとって足を止め、鼻を摘んでいた。私が近づくと、こいしはその歩数分下がった。
「くしゃい、通れない」と、こいしは鼻声で言った。
 私は左手の指先に挟まっている煙草を見て、こいしを見た。こいしは頷いた。私は火を消して、煙幕地帯を抜け出した。そして、ニヤリと笑って見せた。
「あんたを地上に行かせない方法が見つかったわ。さとりに教えてやらなきゃね」
「うっせ、馬鹿、早死にしろ」
「あいにく、簡単には死ねないのよね」
「死ぬまで殺してやる!」
「あんたなんかには殺されてやれないわ。で、通るの? 通らないの?」
「い、いいもん、今日は旧都で遊んでるから! へへん!」
 こいしは振り返った。しかしまたすぐにこちらを向いた。
「なに、忘れ物?」
「匂い」腰に手をあてて、私を忌々しげに見ながら言った。
「お姉ちゃんに移さないでよ?」
「さあね」
 
 去り際に私の頭をスリッパで引っぱたいて、こいしは街の方へ走っていった。「バーカバーカ」という罵声が暫く聞こえていた。
 道を歩く鬼を二人弾き飛ばしてから、こいしは街の終わりまで続いている屋根に飛び乗った。その先にはこいしを待っていたかのようにもうひとり、見たことのない姿があった。人形のような大きさにしか見えないが、おそらく格好は真っ黒だった。こいしはそいつに抱きつくと、私を指差した。そいつが私を見た。しかしすぐに、こいしと一緒にどこかへ言ってしまった。逃げ出したようにも見えたが、私には何もわからなかった。

「ひとつだけ、あったかな」
 そんなことを言いながら、私の隣に村紗が立った。視線はこいし達が消えた辺り、チラリと見た横顔は地上を見ているときとは違う、しかし同じものを見ているような目だった。こっちのほうが私は好きかもしれなかった。
「なにが」と、私は聞いた。
「この街で出会った、馬鹿な奴がいてね。そいつはきっと私に似ていて、私が救ってやらなきゃいけないんだよ」
「意味がわからないわ」
「わからなくてもいいよ。これは私の問題」
 こいつはいつも遠くを見ていて、しかし近くも見逃すことがなくなった。
 私と同じ色の瞳をもっていたのに、私にはそんなことは出来なかった。
 出来るわけがないのだ。
これをさとパル、ムラいちというのが私流。
鳥丸
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コメント



0.560簡易評価
4.90コチドリ削除
前作ではパルスィ、今作ではさとり様。
作中の何気ない台詞や描写を使って、その作品では出番の無い登場人物を想起させるのが上手いですよね、作者様は。
おまけにそうやって思い浮かべたキャラはひどく印象的だし魅力を放っているんだよなぁ。

もう一つ個人的に思っている事。
例えどんなに深く繋がっていようと百パーセントの相互理解は無い。どこか別れの気配が漂っている。
貴方が描くキャラ達の関係。そこにとても惹かれるんですよね、私は。

つー訳で真面目な感想は終了! 堅ゆで卵と『妬マシーン』に座布団十枚!
でも物語の最後でまた卑怯な撒餌をしてくれたので、やっぱり全部没収!!
6.90oblivion削除
嫉妬の気配がするよー。もりもりと
9.100名前が無い程度の能力削除
ついに次回からぬえ編か!?
今作も面白かったです
11.70爆撃削除
妬マシーンは流行語大賞狙えます。
雰囲気SSなのかなーと思いましたが、このSSのテーマらしいテーマをあまり読み取ることができませんでした。
好みの問題かもしれませんが、同段落内に二つセリフ文があるのに違和感が。
12.90名前が無い程度の能力削除
もうなんか、このこいしちゃんは聡いな。かわいい。
16.100名前が無い程度の能力削除
ぬえキタ
貴方の話大好きです。