「はぁい」
ソファーに腰掛け、編み物をしていたアリスの前の空間が裂ける。ひょこっとスキマから顔を出した紫は愛想よく挨拶をした。
突然の訪問者に思わず声を出しかけるが、それを飲み込み興味無さそうに言う。
「ドアはそっちよ」
アリスは表情を変えないまま、ドアを指さす。そこから入って来いというわけではなく、さっさと出て行けという意味だった。
が、紫はこの程度は堪えない。わざとらしく悲しそうな声を出す。
「あらあら。あなたって冷たいのね」
「別に。あなただからかもしれないわよ」
「つまり、私はあなたにとって特別な存在ということね」
自分に都合のいいように解釈した紫はそのままアリスの対面に座る。間違ってはないかもね、と浮かんだ思考をアリスは一瞬でしまい込む。
何を血迷ったことを。そんなことがあるはずもない。紫は気の合う友人、ただそれだけ。彼女もそう思っているはずだ。
アリスは溜息をつき、冷静さを取り戻す。そして、楽しそうにアリスを眺める紫に視線をやる。
「それで、何の用かしら?」
「可愛いアリスの顔を見にきたの」
『可愛い』の一言で心臓が跳ね上がるが、瞬時に感情を押し込める。ここで過剰に反応すれば、ここぞとばかりにからかってくるに違いない。
「それはどうも」
なんとかアリスは淡々と事務的に応えることに成功する。この程度で動揺し続けるわけにはいかない。
顔色を変えずに応えるアリスに紫は不満なようだった。紫は頬を膨らませ詰まらなさそうに言う。
「もっとリアクションがあってもいいと思わない? 『そ、そんな事ないわよ……ばか』とか」
「……」
アリスの声真似をして恥ずかしいセリフを吐く紫に、アリスはジト目を向けると黙々と作業を続ける。
「それは誰にあげるのかしら?」
無視されて寂しくなった紫は話題を変える。無視されるのは嫌いな寂しがり屋なのだ。
手際よくアリスが編んでいたものはオレンジ色のマフラーだった。
「特に決めてないわ。あなたの式にでもどうかしら」
「橙も喜ぶわ。それに」
からかうような笑顔を向ける紫にアリスは怪訝な視線を返す。
「藍と私の分もあるんでしょう? 楽しみにしてるわ」
「なんであなたの分もあるのかしら」
「だって、そこに毛玉があるじゃない」
紫が指さしたバスケットには藍色と紫色の毛玉が収まっていた。目ざとく気づいた紫をアリスは忌ま忌ましいとばかりに見やる。
「私だけにあげるんじゃ恥ずかしかったから二人の分も作ったのかしら?」
再び心臓が跳ね上がる。図星だった。なんでこういう時に限って勘がいいのか。アリスは平静を装い当たり障りの無い答えを返す。
「角が立つからよ」
「そう。そういうことにしておくわ」
ニコニコと上機嫌な紫とは対照的にアリスは苦々しそうに紅茶をすすると溜息をつく。
「あなたは何がしたいのか。私にはわからないわ」
「言ったじゃない。可愛いアリスの顔を見たいだけ」
唄うように喋り続ける紫。割と本気で言ったのだがアリスはそうは思わなかった。
彼女はどこまで本気なのか。たぶんに冗談なのだろうがいちいち反応してしまう自分が悔しい。
だが、やられっぱなしは性に合わない。反撃を開始する。
「そう。私も綺麗な紫の顔を見れて幸せだわ」
アリスはなんでも無いことのように言う。内心はかなりドキドキものだったが。
今度は紫が動揺する番だった。思わぬ反撃に当惑するが、これでも大妖怪。瞬時に気持ちを整理すると、普段のように冗談で返す。
「あら、本気にしちゃうわよ?」
「本気で言ったのよ」
アリスの追撃で整理された気持ちは砂山のように崩れ去る。大妖怪と言ってもやはり少女。好意を持った相手に綺麗だと言われ、狼狽えないほど彼女は強くない。
爆発しそうな頭と心臓を抑えこみ、どうにか会話を続ける。
「紅茶、もらうわね」
紫はポットを手にすると余っていたカップに紅茶を注ぐ。立ち上る湯気を見つめ、アリスから視線を逸らす。
このままアリスの顔を見ているとボロが出てしまいそうだった。
「どうぞご勝手に」
それはアリスは同様だった。
自分はなんて恥ずかしいことを言っているのか。紫は何も反応しないし無駄骨だ。感情が表に出ないのが不思議なくらいだ。
手元は手際よく動いていたが、編み続けていたそれはマフラーとして使うには十分すぎるほどの長さがあった。
「砂糖は?」
紫の要求にアリスは何も言わずに、人形を操作し持ってこさせる。何か喋るとおかしなことを言ってしまう気がした。
「ありがとう」
紫は一杯だけ紅茶に入れ、優雅に口元まで運び微笑む。
「この紅茶、美味しいわね」
「それはどうも」
アリスは素っ気無く返す。胸の内はガッツポーズをしていたのだが、無論表には出さない。
実は紫がいれたのは砂糖ではなく塩だったのだが、緊張のせいで味が分からなかったのは幸せだろうか。
アリスも動揺のせいで砂糖と塩を間違えていたが、何、気にすることはない。
「美味しい紅茶の淹れ方、私にも教えてくれないかしら?」
「それはあなたのため?」
「私とあなたの将来のためというのはどうかしら」
「それは素敵ね」
アリスは変わらぬ仏頂面、紫はニコニコと笑っているがどちらも胸中はサイクロンが巻き起こっていた。
(それってつまり紫と同棲? 紫は家事とか出来なさそうだし私が全部やることになるのだろうか。いやいやそう言えば橙と藍もいた。つまり四人家族ということになるわけで、家事は藍に手伝ってもらえばいいって私は何を考えているんだ。ああけど紫に料理を教えるのも面白そう違う違う!)
(素敵? アリスは私と一緒に住んでもいいってこと? どちらに住むのだろうか。マヨイガかアリスの家か。いやまて、藍や橙がいては二人だけの時間が少なくなる。それを避けるためにはアリスの家か。いやしかし橙と戯れるアリスの姿も捨てがたい。それを微笑ましそうに眺めるのも悪くないって馬鹿か私は!)
「でしょう? いい考えだと思わない?」
「考えておくわ」
表情筋がつる限界寸前の二人は表面上は何事もないように会話を続ける。
傍目から見れば優雅な大人の女性同士の会話風景だったが、実態は想い人の言動に逐一反応してしまう少女達の微笑ましい光景。
(肯定した……?これはチャンスがある!)
(ああもう、何を言ってるんだ私は。けど、紫と同棲……)
本音を冗談でしか語り合えない二人の時間はまだまだ終わらないようだった。
見栄っ張り同士のびみょんにズレた掛け合い、堪能させていただきました。
ありがとうございます。
とっても素晴らしかったです!
あと、「藍と私の分もあるんでしょう?楽しみ(に)してるわ」←抜けてるかなと。
内容はとてもいいと思います。
しかし……三人称と一人称がごっちゃになっている気がします。
内容は90点
総合は60点と思いました。
と書きましたが内容が良いから80点ー
砂糖は私の口の中だぁ!!
オろろろろろろろろろろろろろろろろろ・・・・・・・
そして続編も嬉し恥ずかし同棲生活みたいな感じなんですよね?
期待しちゃうよおおおおおおおおおおお!
ヒャァ、待ち切れねぇ甘々万歳ゆかアリ祭だぁ!!