夏。
蝉時雨の響く幻想郷。
今日もうだるような暑さの一日になりそうだ。
「幽々子様。こちらお届けものだそうですよ」
「あらぁ、またお届けもの? ここのところずいぶん多いわね」
庭師が持つ小振りの四角いお届け物は、シックな柄の紙に包装されている。
白玉楼に限らず、この夏幻想郷ではお届け物がブームなのだった。
「文々。で人間の習しとして特集されてたからですよ。みんな意外とミーハーで」
記事によれば、仲のいい間柄でもわざわざ宅配してもらうのが大事なのだそうだ。
お返しとかお手紙とか、返事も間接的に届けるのが、粋で雅なジャポニズムらしい。
「『ゴチュー……』とかなんとか」
「変なの……お返しとか考えるのめんどくさいわぁ」
「あ、これ食べ物ですね。要冷蔵」
「あらまぁ素敵!」
はてさて、会いたければ相手の都合かまわずふらりと尋ねるのが幻想郷の当たり前だ。
そんな彼女らが贈り物をやりとりしようというのだから、一騒ぎ起きないわけがない。
~GIFT for~
「そんな訳で、今日に限らず忙しい。在庫あさりであまり寝てないよ」
「へえ」
このところ、香霖堂の朝は早い。
例の「贈り物」を物色しに来る奴やら、どこぞのメイド達が実家帰りに土産を買っていくやらで、この時期は珍しく客足が絶えないのだ。
レアアイテムをうっかり店頭におかないように朝一で在庫を鑑定するのが、店主霖之助の近日の日課となっている。
今日も、普段ならありえないお昼前の接客だ。しかもその客が博霊の巫女とはこれまた珍しい。
「いいんじゃない? やることがあって。こっちは秋の大祭まで特になんにもないし、居る側も来る側も暇で暇で」
「この御中元、暇だから流行ってるのはまず間違いない」
「みんな来年まで覚えてるのかしらね」
知らないけど。といった感じの霊夢。
言葉じりに違わぬ淡白な表情で、何がお目当なのやら、丹念に物色している。
店主は「相変わらず表に出ない娘だ」と密かに思うのだった。人のことは言えないが。
さて。しばらくあってから、店先のドアにくくられたベルが、軽快にカランコロンと音を立てた。
店主と客が振り返ると、一人の少女がトレードマークの箒と金髪から湯気をたてて立っていた。
「ただいまっ! いや、もーあっちーね。おや、霊夢」
「げ」
「お帰り。魔理沙」
香霖堂に汗だくの魔理沙が帰還した。魔法で全身に空調を効かしているとは聞くが、いつもの黒装束はいかにも暑苦しそうだ。
「夏季限定のバイトを紹介するよ。ほら、例の御中元でデリバリースタッフが必要だったから」
きょとん顔の霊夢に説明する霖之助。魔理沙も霊夢に話しかける。
「私もさ、家で魔法薬なんか煮詰めてたら沸騰しそうで。あまった時間で資金繰りをね」
「そうだったの。熱中症に気をつけなさいね」
霊夢の返事は魔理沙にもさっぱりしている。
「さて、そろそろお暇するかな。またね、お二人さん」
「おい、もういいのか?」
「おーう。またなー」
ベルが再び涼しげな音をたてた。 一時にぎやかになった店内も、一人居なくなるととまた少し静かになる。
それにしても、随分そそくさと帰ってしまうものだ。
「ケンカでもしたのかい? 魔理沙」
尋ねる霖之助だったが。
「ほえ、何が?」
「……ってこらこら」
気に留める気も失せた。
いたいけな少女が、服の内側にタオルをつっこみ、上も下も全身ぐりぐり拭いていたからだ。
「さすがにはしたない……」
「んーいいじゃん。汗だくなんだからさ」
主人公二人の対象的さにちょっと辟易する霖之助であった。
「こーこでやらない。もう休憩入っていいから奥で存分にどうぞ」
「のぞくなよー」
「フリーザーにあいす入ってるから好きに開けるといい」
「お、いいね。クーラー効かしてのんびりタイムといこうかな」
「はいはい、ちゃんとチルノの分もとっておくんだよ。じき帰ってくるはずだから」
夏季限定バイトの片割れは、小娘こと妖精チルノだ。
雇用の際、店長がだいぶ渋ったのは正直なところだが、他にこの暑い中、外回りを頼まれてくれる奴もいなかったので仕方なしにだった。魔理沙がよしみで頼まれてくれたのが救いだ。
ほとんどを魔理沙のスピードに任せて回ってもらい、効率の悪くなる離れた箇所4、5件だけをチルノにまかせる。という作戦で、初日からこの3日は奇跡的に無災害なのだった。
はてさて、これだけ役者がそろえば否が応にも何か起きそうな予感である。
◇◇◇
事件は数日後の午前中に勃発した。
もちろん氷の妖精を爆心地に。
「たっだいまーてんちょー! あたいのお帰りだぞー!」
「……お帰り。チルノ」
引き気味。
「恐ろしく早かったね。珍しく魔理沙より先か」
「今日はねー、すっごいすっごいがんばったんだよー」
胸を張るチルノ。なんだかやたらと自慢げなのが気になる。
「随分うれしそうだけど、そんなに素敵な配達でもしてくれたのかな?」
「あのねー今日はねー、すっごい効率よく回れたんだよー! なんたってホラ!」
言いながら、包装された小振りの包みをぐいっと突き出した。
「あまりの効率におしなものを一個温存できた! みてこれ!」
「ほう、それはまた」
――はて。
残機でもあるまい。余らしてしかるべきものじゃないはずなのだが。
というか、「配達終わりました」で余っているとはこれいかに。
「――何か異常アリ、と」
「ごめんなさああああああああああああああ!」
「どこをどう間違った結果?」
「わかりませええええええええええええええ!」
チルノは一転、全力で土下座した。やっぱダメかーという表情はさておき。
「思いつく限り最悪だよ」
「だってさ! あれだよ! 贈り物にあて先とか書かないでメモだけ持たすのがわるいんだよ!」
「それはしょうがない。包装に事務的な張り紙はイヤだとか言われたんだ」
幻想民のセンスには、白猫トマトな宅急スタイルはヤボらしい。
「だって! だってさ! 今日は余計に覚えることあったじゃん! そのせいだよー!」
「同時に2個以上のことはできないと仰る」
「できるわけないでしょおおおおおおお?」
逆切れ。
「だってそのぉ。だって、だってさ」
「や、わかった、わかった」
霖之助は、めまいをおさめながら冷静さを取り戻すことにつとめた。
「あの、もういい。今日はもう。そしてもう来なくていい」
「うわああん! やっぱ有給だよぉ!」注釈:普通にクビです。
「と、いうわけで」
数十分後のお話。
「後始末を」
「嫌だよ!」
正直、帰還しなきゃよかったと思う魔理沙であった。
「このとおり。今頼れるのは魔理沙の他にいない」
「店主自らいけばいいじゃんかよ」
「僕はほら、包装とか店番とかいろいろ」
「キャラ的にウロチョロしたくないだけだろー?」
「お見事」
「もうちょっと粘ってよ……」
ただいまの時刻、午前10時半ちょっと過ぎ。確かに、慌ててバタバタすればまだなんとかなるかも知れない。いや、無理だろうか。
「タダとは言わないから」
「ダメだねー」
「在庫好きなだけ」
「メモ貸してー」
「どうぞ」
すこぶる現金。
「チルノに渡した配達メモだ。とは言っても、おそらくめちゃくちゃに配達されてるだろう。どこまで役に立つかわからない」
「どれどれ」
さて、霖之助が差し出したメモの内容は以下のとおりである。
だいじなめも
おくったやつ とどけるとこ いろ
ゆかり ゆゆこ、みょん しろ
えーりん おじょうさま ねずみいろ
ちゅうごく さくやさん きいろ
さとのにんげん みのりこ みどり
れいのひと れいのひと かみぶくろ
「IQ下がりそう」
「チルノにはよく通じたよ」
「あ、でさでさ、これは何さ。最後の例の人ってのは」
「あぁ……これか。クライアントの要望。なるべく秘密にしておいてもらいたいって。これは気にしなくていい。こっちでなんとかする」
意味深に目をそらす霖之助。ちなみにチルノのHDDをパンクさせた要因もこれである。
「気になるけど、それならしょうがないか」
「そ、しょうがない。今はこっちだ」
霖之助は、両手いっぱいの大きさの、白く包装された小包を取り出した。
「唯一の手がかりとなる、余りの配達物」
よく見ると、白地に透けて箱の文字がうっすら確認できる。
『みはしの白玉あんみつ(お持ち帰り用)』
「おお、現世モノじゃないか。こんなもん店頭にあったっけ?」
「いや、依頼を受けて包装した。うちの商品じゃなくても、包装だけとか配達だけでもサービスとして請け負ってる。人手のある内に」
「がめつっ」
「まぁね。それと、八意永琳から頼まれた品はそこそこ危険物だそうだから注意を払って欲しい。手持ちのヒントはこんなところさ」
「よし。とりあえず、それだけわかれば十分だ」
無理やり士気を上げてみる魔理沙。日差しなんかに負けていられない。
威勢良く店の扉を開き、おもいきりの笑顔で振り返った。
「さてと。とにかくわかった。大至急事態を収拾して来るであります」
「頼んだよ魔理沙。香霖堂の看板は今、君にかかってる」
魔理沙はよしっと気合を入れ直し、いつもの配達用魔法で、箱をポケットサイズに縮める。そして帽子をかぶり直し、箒にまたがって勢いよく空へと飛び上がった。
魔理沙の長い一日が始まる。
◇◇◇
ただいまの時刻、お昼前くらい。
惜しみない夏景色の中、魔女娘は降り注ぐ日差しを泳いでいた。余計に旋回して飛べば少しは涼しい。
見下ろせば、動物たちが木陰から木陰をちょろちょろしているのが見える。お仕事でもあるまい、こっちがゆっくりしたいぐらいなのに。と魔理沙は思う。
「ドタバタわらしべストーリーに落ち着けばいいんだけどなぁ」
そうもいかない。
全箇所回ったはずなのに荷物が一個余るなんてミラクルあるだろうか。長い旅になりそうだ。
「こんにちはー、香霖堂でーす」
白玉楼、正門。
いつもなら出迎えるはずの庭師の影がない。早くも嫌な予感だ。
「勝手に入るよ~」
返事なし。魔理沙は遠慮もなく、まっすぐ幽々子の部屋に向かった。
「とんとん、失礼しまー」
「んん~……ようむ~?」
幽々子様はお部屋にいらした。ずかずか乗り込む魔理沙に気を咎める様子は無い。
陽を浴びた畳のやわらかい匂いが、主ののんびりさを演出しているように見えた。
「あらぁ。珍しいお客さんね」
「いや、ちょっとあれこれあってさ。てゆうか大丈夫?」
「だいじょーぶじゃなーい~……」
ぱっとみてもわかるほど、幽々子は脱力している。
「どしたの、夏バテかい?」
「ん~ん。おなかすいたの~……」
「なんだ、心配したよ。そういえばもうお昼だもんな」
「ええぇぇぇ~? おひる~?」
キャラの許す限り派手なリアクションをとる幽々子様。(仰向け)
「どしたぁ、そんなに(多分)慌てたりして」
「妖夢ったら、今日は朝ごはん出してくれただけでおしまいじゃないの~」
「……間になんか食うの?」
「ぶらんち~」
普通、朝食べたらそうは言わないのでは。
「なに、妖夢が来ないのか?」
「おかしいわ~。あんな皆勤賞の皆勤賞取れそうな娘がね~」
「ううぅ。実は私らが原因かもしれない、かもしれない……」
「んんん~?」
魔理沙はこれこれしかじかを説明した。
「――なのです」
「おばかさぁん」
「ごめんなさい! お納め下さい!」
機敏にジャンピング平伏。頭を下げたまま白い包みを突き出す。
「あなたねぇ、これが貴重そうなお菓子だったからよかったものを」
「なんで包装してあんのにわかるんだよ!?」
「本能?」
食べ物のオーラを感じ取る程度の能力。
「あら? じゃあ朝届いた要冷蔵はなんだったのかしら」
「要冷蔵って! それ、何色だったか覚えてるか?」
「たしか……灰色?」
発送先:八意永琳
「台所教えてくれ!」
「ふえぇ? 出て左曲がって奥だけど」
「ちょっと行ってくる! ここで待っててくれ!」
「ああっ。できたらついでにつまめるものでも持っ」
聞いている余裕はなかった。
開始早々、霖之助の心配が的中している模様である。
「妖夢!? 大丈夫かあああ!」
「……myonちゃん……ぎゅっ……HTB……」
大丈夫じゃなかった。
台所には割ぽう着姿のまま卒倒した妖夢の姿があった。なんかうわ言も言っている。
とりあえず助け起こす魔理沙。
「おい大丈夫か! 誰に(何に?)やられた!」
「あ……新手のテロ……」
妖夢が指差す先には、包装をとかれた小振りのスチロール箱がある。
……なにか動いている気がする。
「いや、いやいやいや、あれは贈り物だ。そう、純然にして純然たるGIFTだ。テロっけのある品物なんかじゃない。なあ妖夢。そうだろう」
自分に言い聞かせる。
意を決し、薬瓶を構え、魔理沙は万全の引け腰で箱の回収に取り掛かる。
「こ、こんにちわー……」
覗き込めば、こぶし大の心臓がドクンドクンドクン ドクンドクンドクン ド
「んあぁぁああああぁ!」
「あ、気がついた?」
「は、はれ? 布団?」
起き上がると、体から敷布団がずり落ちた。魔理沙が目覚めた場所は幽々子の部屋だった。
隣を見れば妖夢が頭を抱えている。
「悲鳴が聞こえたと思ったら台所で二人して気絶してるんだもん。びっくりしたわ~」
「話は全て、幽々子様から伺いました。」
妖夢が冷たい。
「あのさぁ妖夢」
「よしなに。そちら様におかれましてはますますご健勝のことと存じます」
「妖夢。いや妖夢さん。口調がキャラを飛び越えてらっしゃいますよ」
「匿名で心臓が届いた女の子の気持ちにもなっていただきたい」
頑なに敬語。
「いや、ホントに……え、あれ? 匿名て? チルノは送り主言って行かなかったのか?」
「毎日決まった時間にやってきては『ゴチューベンでーす!』の叫びとともに贈り物を投下しては去って行かれますので、そうゆうものかと」
「もっかい気ぃ失っとこうかな」
あの阿呆、普段からまともに配達できていなかった。
「まぁまぁ二人とも。いいからそれ、早く届けてきちゃいなさいよ」
例の危険物は、お菓子で充電完了の幽々子様が回収してくれたそうだ。
と、ここで魔理沙があることに気づく。
「うああぅ、そうだ、今何時!?」
「ん~? お昼の1時ちょっとだけど?」
「うわあぁ! もう一時過ぎた!?」
現在1件目。
いい気味なのは妖夢さま。
「今日中に手をお打ちにならないと、間違った小包が何をしでかすか。無い肝が冷えますね」
「あら妖夢さま。今日も素敵ですわー。あとごめんなさい。ホントスンマセン」
自分が不憫になってきたところで、魔理沙は今一度二人に平謝りし、早々に旅立った。
◇◇◇
暑さもピークに差し掛かる昼下がり。元気がいいのはふりそそぐ日差しばかりだ。
「めんどくさいものが流行ったもんだよ……」
こみ上げるうんざりとの葛藤も始まるわけである。
はてさて、メモによれば次の荷物は紅魔館行きだ。
本来はお嬢と咲夜、二人分の荷物がなければいけないようだが、無いのだからしかたがない。
とりあえず、咲夜には事情を話して荷物だけ返してもらうことにするつもりだ。
魔理沙はほどなくして紅魔館に到着した。門番と適当な挨拶を交わし、館内へと入る。
館内の様子はいつもどおりで、「贈り物が暴れた」とか「爆発した」とかいう事態は起きていないようだった。
あえて言うなら、いつもトラブルメーカーに防衛線をはってくるメイド長が出てこない。ともあれ、なんの咎めもなく、メイド妖精達に挨拶されながら、長い大理石の廊下を歩くのはなかなかいい気分だ。
「こんこん、しつれーしまーす」
「あら、やっと来たわね。ごきげんよう」
レミリアはいつもの部屋で、いつものように紅茶をすすりながら出迎えてくれた。
「はいこれ、フランからあずかったの。あなたに御中元」
「え……ありがと」
何かの消し炭をもらった。
「こっちは相変わらずみたいだな。やっと来たって事は?」
「もちろん、あなたを待ってたの。宅配サービスの話でしょう」
「話が早くて助かるよ。かくかくしかじかを連発するのはどうにもね」
魔理沙は指された椅子に腰掛けた。もはや謝罪する立場なのを忘れてはいまいか。
「おかしなものが届いたか?」
「いいえ。恐ろしく普通。あなたの持ってるそれが本物ね?」
「そうだけどさぁ。なんか、古典的なスプラッター的な、かつゾルディック家的な何か」
「それに違いないわ。実は最近、身体が重くてね。吸血鬼にこの日差しは兵器だもの」
レミリアは小包を受け取りながら語る。
「蓬莱の薬師の噂は前から聞いてたし。ちょっと相談に行ってきたの」
「永琳のことだな。で、処方箋がコレと」
「そう……恐らく倫理的にあっぶないモノ。崑崙山をも見下ろす、仙界の果てにのみ生息する龍の生き血をお届けすると言われて、今日まで楽しみにしていたの」
眼がギラギラしている。
「でー、今朝届いた包みをー、わくわくして紐といてたらー」
レミリアはテーブルにおいてあったボール箱を開いてみせる。
「ほい、どう思う?」
「日本の食卓」
米2㎏、酒(四合瓶)、塩一袋、水500ml。以上が綺麗に敷き詰めてあった。
「普通!」
「でしょー」
「うむ、これは宅配屋を待つわな」
言い方が他人事。
「どこからどう見ても『必須栄養素』感丸出しだったからね。びっくりして運命をちょちょいと」
「何かいじったのか?」
「ええ。今日中に本物が届くようにね」
事も無げに語るお嬢様。
なるほど、ドタバタこそあったものの、都合よく品物が無傷なのはお嬢のおかげだったようだ。
「ついでに、この後の旅も上手く行くようにおまじないかけてあげようかしら?」
「おお、是非!」
「よろしくてよ。うふ。」
ふざけた可愛げでからかわれた。だが、なんとも頼もしいお方だ。
「今はもう疲れが最高潮だから、あなたが行ってからでいいわよね」
言うなりレミリアは立ち上がって、本物の小包に手をかけた。
「ああ。それとも、ちゅーちゅーしてる様をそこで見てく?」
「いえ、帰ります」
「クス……いいのよ別に。のんびりしてってくれても」
「おじゃましました」
からかい笑いのレミリアをよそに、魔理沙は部屋を出た。
「魔理沙……」
「うわぁぁ!」
刹那、メイド長、咲夜さんの陰気な声が背後から現れた。ほんとにびっくりした。
全身、明らかに病んだ気を帯びている。魔理沙は御中元以外の原因を思いつけなかった。
「ご、ごきげんよう咲夜。できればもう少し心臓にやさしめの」
「届いたわよー。御中元……」
「はいBINGO!」と、小さくリアクションを取る魔理沙。
「いやーあの、それなんだけどさ? 実ぁちょいとですな」
「バッチリ気持ちごと受け取ってやったわよ。私以外ありえないものねぇ。こんな品物」
「へ?」
言い方がひっかかる。
「咲夜以外ありえない?」
「そうよ。だれがどう見ても明白に私宛だったわ」
お嬢のまじないが効きだしたのだろうか。早い。
「間違いないのか?」
「お手紙ついてたもの。私に向けて」
「なぁんだ、そ」
「で」
ずい、と詰め寄ってくる咲夜。無表情が怖い。
「ダレカラノ贈り物ナノ?」
「へ?」
「ダレがオクッてヨコシタカって聞いてんスけど!?」
「怖いぜ!」
なだめる魔理沙。
「え、えーと? メモによれば咲夜へ送ってるのは……あ、すぐそこの門番だよ」
「美鈴……?」
魔理沙は、一瞬咲夜に落胆の表情が浮かぶのを見てしまった。
が、みるみる激昂に変わっていくのであった。
「そう。ありがとう。気が向いたら殺してくる」
「ちょおい!?」
刹那、いない。
魔理沙はとりあえず、セオリーにのっとってオロオロしてみた。けれど、話によれば送られ方は間違っていないようだ。
考えてみれば、もれなくバラバラに送るほうが大変ではないか。いくらチルノとはいえ、そんな律儀な。
「なら、これ以上世話焼く必要はないのかな」
魔理沙は地下牢の入り口からフランドールにお礼を叫び、(聞き取れない咆哮が帰ってきた。)門番は見殺しにする事にして、次のステージに向かった。
◇◇◇
♪BGM 人恋し神様 ~ Romantic Fall
懐かしい、風神録第一ステージ上空。
このあたりだけは、木々の梢に少しずつ秋色が見える。
まるで、構想から時間が経ちすぎて書きあがる前に夏が終わってしまったかのような美しい眺めである。死にたい。
「穣子は元気かなー」
彼女とは、ほぼ毎日顔を合わす連中に比べればあまり深い仲ではない。
しかもよりによって、トラブルの後始末に訪問するのだから変な気分だ。
「白米、ポン酒、塩、水……ねぇ」
ついでに品物がパっとしない。
こんな生活観あふれるものなんかわざわざギフトにするものなんだろうか? と思う。
――本来、御中元といえばそんな感じであることを彼女らは知らなかった。
「あ、いたいた」
地上近くに神様発見。
「おーい、おーいー」
「誰がおいもだ~!」
「言ってない言ってない」
しばらくぶりなせいだろうか。「こんなキャラだっけ?」と思う魔理沙。
「なにか御用? 私は今、機嫌がわるいのです!」
「何が届いたの?」
「香水よ! まったく、お芋の香水でおなじみの私にシャネルの13号はないわよねぇ!」
「数少ないキャラ立てだもんねー」
「そうなのよ! ……あれ、あれ? あなたすごくない!?」
「何がぁ」
「なんで届け物でイライラしてるのがわかったの!? すごくなぁい?」
意外に遊べるやつだった事実はこの辺にしておいて、かくかくしかじかをご説明。
「しかじかなんだよ。本物のギフトはこっちの箱なんだけど」
「なーる。そういう事だったのね。で、結局、誰からの贈り物なの?」
「え、名義は里の人間一同になってるけど」
「来たわああああ!」
歓喜。なんたる感受性の豊かさか。
「どうぞ……」
「ありがとー! はいコレ返す!」
魔理沙はシャネルとやらを受け取った。
このトントン拍子はやっぱりレミリアのおまじないのお陰なんだろうか。
「そっか、御中元としてかー! 洒落のきく人間だなー。いや、楽されたのか?」
それにしても、まぁ無邪気に喜んでいる。
それならさっさと帰ればいいのだが、魔理沙はギフトがギフトだけに顛末が気になってしまった。
「中身は、なんだったんだい?」
「いずれも高級品でミケミキエンスイだね!」
「タンマタンマ。日本語たのむ」
「ミケミキエンスイだよぉミケミキエンスイ」
「なにその、なんかこう……必殺技みたいなのは」
御饌御酒塩水(ミケミキエンスイ)
神主用語で、神様への最も基本的かつ重要なお供え物のことである。 文字通りお米、お酒、お塩、お水の順に上位とされる。
「と、いうことなのよ! 宅配屋さん」
「ほおほお。坊さんの世界もいろいろあるんだねぇ」
「神主!」
「あぁ、神主ね。神主」
「んもぅ、テロップな現代っ子ね」
穣子は魔理沙の額を小突いた。
なんにしても、送られた側がこれだけ喜んでくれるなら、配達屋としてもなかなか嬉しいものだ。
ところで、知らない間に、穣子と随分フランクに話せていることに魔理沙は気づいた。
「あのさ、穣子」
「ん、どしたの~改まっちゃって」
「その、なんだ。……悪かったな」
「へ?」
「たいした品物じゃないとか言っちゃってさ」
「言ったっけそんな事?」
「おぅふ」
そういえば面と向かっては言ってない。
「いや、ちがくてー。あ、そう配達! 間違ってゴメン、的な、そういう」
「あぁ」
「そのなんだ、大事な物だったんだよな。心のこもった、さ」
「まあ、そうね」
お供え物を愛でる穣子は、神性をたたえた、やさしい表情をしていた。
「里にもよるけど、こんなふうに供物をささげてくれる人たちがたくさんいるの」
「感謝の気持ちなんだな」
「そ、今年もありがとう。来年もよろしくね。てね」
「悪かったよ……」
「もういいわよ。慣れないトレンドに乗ればこんな事もあるともさ」
言い終わる頃、頬の汗ををぬぐうように、秋の風が木の葉を舞い上げた。
これからやってくる、寂しくも豊かな季節に思いをはせる気持ちは、神様にも人間にも変わりは無い。
「ねぇねぇ。宅配屋さん」
「……ん?」
「ずっと先だけどさ。新米の収穫が一段落したら、ちょっとした宴会やるんだ」
「宴会?」
「秋の神様たちで集まるんだよー」
「すごいメンツだな」
「いやぁ、お供えをね。神様が食べて、人間が食べるっていうのは、東方の地の習しなんだ」
「へえ」
「そうすれば人間は神様パワーをもらえるんだよ。普通は、神様の食べ終わりを下ろして、後から人間が食べるんだけど」
ちなみに、現実世界で神様と一度に食事する機会があるのは、なんとか陛下くらいのものだ。
「でも、誘うのに手ごろな人間いなくてさ」
「うわ、もったいないじゃん。ぱわー」
「うん、だからさ。あなたおいでよ!」
「えっ!」
少し驚いた。正直な話し、やっとキャラがピンと来はじめたぐらいの仲なのに。
「嫌かな?」
「いや、嬉しいけど。いいのかよ、要は人間代表みたいなもんだろ? 私なんかでさ」
「これもきっと何かの縁よ。あなたお酒強そうだし」
「え、ばれたか。それはまぁね」
「他のメンツもすぐ受け入れてくれるよ!現世担当のウカミーちゃんとかも優しい子だし」
現世の稲の神と言えばこの御方。宇迦之御魂(ウカノミタマ)。俗に言うお稲荷さんである。
「語感だけでもすごそうなのがわかるんだけど。ほんとに大丈夫?」
「あなたなら心配いらないよ!」
「そう?」
「まだよく知らないけど」
「ほらぁ!」
お得意のツッコミでしめたところで、二人してなんだか笑った。
「うん、うん。じゃあお呼ばれするよ。その、宴会?」
「そう。よかった!」
「また、連絡くれるかな? 私まだ仕事あるの思い出した」
忘れていた。
「うん! わかった」
「またな、穣子。あと、まいどあり」
「お仕事がんばってねー!」
のんびりしたおかげで少し疲れが癒されたのを感じて、魔理沙は出立した。
穣子は魔理沙が見えなくなるまで両手を振ってくれていた。
「なんか、ほっとする時間だったな」
いいじゃないか。御中元。とちょっと見直した魔理沙だった。
はてさて、お話の方は、新たに手に入れた香水にシフトする。
こいつも、しっかり届けねばならない責任があるのだ。
「えーと、包装紙の色は、と」
黄色。紅魔館宛て。(美鈴→咲夜)
「え……」
はて?
「あーっ。いたいた。やっと見つけたわよー魔理沙」
ちょうどその時、箒を追いかけるように、後ろから甘ったるい声がした。
空間のはざまから、八雲紫がこちらに話しかけてきていたのである。
魔理沙はだいぶ混乱している自分を抑え。とりあえず紫の話を聞き逃すまいとした。
「探したわよぉ。幽々子から話はぜぇんぶ聞いたんだから」
「……あ、白玉楼宛は紫だったっけ? 悪かったな。だけどちゃんと」
「ちゃんとじゃないわよぉ。肝心の一個が足りないじゃないの」
「へ?」
「私からの届け物は二箱なの。でもあなたが配達したのは一箱だけでしょう」
「へ?」
さらに血の気が引く魔理沙。状況がこんがらがっていてよくわからない。
「酷いわよ。私が妖夢に心をこめて送ったイジ、いやイタズラを……見たかったなぁ。あの子の半べそ」
「心配して損したよ! どんな酷いもの送ったんだ!?」
「あら、失礼しちゃう。心のこもったお手紙まで添えたのよ?」
「手紙って」
そういえば、さっき咲夜が手紙がどうとか言っていたのを思い出した。
「ちょっと紫、冗談抜きでさ。何送ったんだよ」
「それは内緒よぉ。クスクス」
「その笑い方さ、焦ってる時は無性に癪に障るな。老けろお前」
「苛立っちゃって。ほんとに切羽つまってるみたいね。つまんなぁい」
他人事。
「とにかく、責任もって妖夢に届けなさいよね。じゃ、おやすみ」
捨て台詞だけ吐いて、紫はどこかの隙間へ消えていった。
「これはまずいぞ……香水の代わりが、よりによってイジメの品だなんて」
奔走の一日は、まだもう少し終わらない。
◇◇◇
数時間前。
「え、えーと?メモによれば咲夜へ送ってるのは……すぐそこの門番だよ」
「美鈴……?」
胸が、締め付けられる。
「そう。ありがとう。気が向いたら殺してくる」
「ちょおい!?」
~外伝 メイド長の素敵な一日~
わたくし、十六夜咲夜は今、
激怒している。
かの邪知暴虐のオトボケおっぱいキャラを血祭りに上げなければ。
しかも舐めた口調でお手紙なんか添えやがって。
拝啓
毎日、滅私奉公される素敵な従者さまへ(はぁと)
毎日おつかれさまです!(>ω<)/
肝心要の5面でがんばるあなたの姿、とても素敵です♪
でも、従者さまという立場もあって、思う存分オサレはできないのでしょうね(エーン!)
せっかくの素敵な銀髪も、ショートカットでもったいないのです(ぷんぷん!)
そ・こ・で♪
わたしからささやかなオサレぐっずをプレゼンツいたします♪♪(/^^)/三☆ポイッ
ぜひぜひ身に着けて、世の男どものハートをがっつりゲッチュしてくださいネ(はぁと)
あなたの熱烈ファンより(chu!)
なんなんだよコレぇぇぇぇぇ! イラっとくるんだよぉぉぉぉ!
なんでだよ! なんで文面が馴れ馴れしくも敬語なんだよ!
モバゲーのマキか! バカ!
……そして何より。
こんな新手のテロを送りつけてきたのがよりによって……美鈴だったなんて。
不覚。私としたことが泣きそうだわ。
今まで確かに、辛くあたったりキツいこと言ったりシエスタしたままお仕置き部屋へ送ったり何かこう投げたり労働なんとか法的なものは逸脱し続けてはきたけれど。
割と仲良くやってきたつもりだったわ。それなのに。それなのに。
ラブラブ二次創作だっていくらでもある、オフィシャル仲良しだと思ってたのに……
まぁ仕方ない。殺そう。
~紅魔館 正門前~
「あ、さ、咲夜さぁん!」
お、いたいた。邪知おっぱい。
「ゴキゲンヨウ美鈴」
「ごきげんようございます!です!」
「今日も元気みたいで何よりだわ」
「はい! ありがとうございますっ!」
もうすぐ不健全にしてやるから覚悟してなさい。
「あ、あのっ」
「なーにかしらー」
「と、届きましたでしょうか!御中元!」
「もっちろーん」
「あはっ!」
この子から振ってくるとは意外だな。生粋のイジメっ子だったとは。ますますガッカリだわ。
「あ、あのあの」
「なーにかーしらぁー」
「気に入ってもらえましたでしょうか!」
え、あれ?なにこのテンション。
「ええと……」
「え、も、もしかしてお気に召しませんでしたか!?」
「んん!?」
むしろ逆鱗に触れたんだけど。
「あの、色々考えたんですけど、結局アレを送ってしまいました。いらなければ率直に言ってほしいです」
「か、考えてくれた上でだったの? アレが?」
「その、確かに見た目は地味かもしれないですけど。ちょっと迷っちゃったんです」
な、なんかモジモジしてるわ。
「あの、やっぱりメイド長として、目立つオシャレは出来ないじゃないですか」
「立場的にも華美にはしないわ」
「で、見えないところのオシャレって言えば、どんなのがいいかなぁって考えて」
「確かに見えないところだけど、よりによって……」
でも、この子ったらまさか、本気で私の為を思って?
たしかにこの子なら純粋な気持ちであんな物をよこしかねない。かもしれない。抜けてるし。
そうとも知らずに私ったら……
「そう、そうだったの。そんなに気を使ってくれたのね?」
「もちろんです!と言っても、実は、普段私も使ってるやつなんですけどね! えへへ」
「えええぇぇぇ! そうだったの!?」
「ちょ、どうしたんですか咲夜さん!」
「い、いや。全然気がつかなかった。今まで」
「もちろんですよ。気づかれない程度に使うのがコツですから」
「うう、なるほど。確かに丸わかりじゃ恥かくものね」
「え、そうでしょうか?えへへ。まぁでも確かに、私も今日からはちょっと照れくさいかもしれませんね」
「何よ、もったいぶって」
「だ、だって、その」
顔を真っ赤にしてる。なにこれ可愛い。
「だって、ふ、ふたりでおそろい、ですもんね!」
ですもんね! ですもんね デスモンネ…… ←エコー補正
きゅううううううううううううううううん!!←ときめき
「あれ、咲夜さん?」
「美鈴……」
「なんで? なんで泣いてるんですか!?」
「美鈴、ありがッヒグッ」
あぁ、こんなあったかい気持ち、久しぶり。バカ。あたしのバカ!
そうか。贈り物って、いつもみたいな粗野な会話と違う、ずっと心のこもったものだったのね。
私の為を思って、頭を悩ませてくれる人がいる。
普段面と向かって言えないことでも、開けた包みに色んなメッセージが詰まってる。
いいじゃないか御中元。素晴らしい。
「つけるわ……毎日」
「ほ、ホントですかぁ!」
「うん。大事に、大事にするわね。ホントにありがとう……ぐずっ」
「いいんですよぅ。咲夜さんに喜んでいただければ!」
いい大人(?)が二人してはしゃいだ。なんて馬鹿な二人なんだろう。あぁ、でも幸せだ。
私からも、素敵なお返しを考えて、びっくりさせてあげなきゃね……(はぁと)
◇◇◇
霧雨魔理沙がくたくたで紅魔館に到着したのは4時になろうかという頃だった。
「悪い美鈴! 通るぜ!」
「あ、魔理……うわぁ!」
箒にのったまま全速力で門を突破。館の入り口あたりでのんびり芝の手入れをする咲夜を発見。
「咲夜ああああああああ!」
「あら、魔理沙。ごきげんよう」
「!?」
魔理沙は箒に急ブレーキをかけた。
それはともかく、咲夜の見た目、雰囲気ともに、壮大なスケールでさっきと違う。
「ど、どうしたの。その優雅なカンジ。お嬢みたいな」
「うふ、別に。いつもと変わりないわよ」
うふの時点でパラドックスを生じているのだが。
「あとなんか、見た目がいつもより」
「いつもより?」
「なんかこう、グラマラス」
「気のせい気のせい」
よくはわからないが、とりあえず最悪の事態は免れたことを悟る魔理沙。
「ええと、あのさ!これ、美鈴から御中元。咲夜に」
「え! 二つめ!?」
「そ、そうかも」
「あの子ったら……」
なんかうるうる来ている模様だ。先には何が届いていたのだろう。
妖夢の機嫌はだいぶ損ねているし、余計な方はこのまましめしめと受け取っていただく事にしよう。
「お、あれれ? じゃあこれで前件か? そうか、そうだよな。余りが無いものな! おお、やったよ!」
「? 何かわからないけどおめでとう」
明らかに咲夜はいつもより優しい。
「ねぇ、魔理沙」
変な咲夜が話しかけてきた。
「な、なんだよ急に改まって」
「素敵なお仕事よね……あなたのそれ。人と人の心をつなぐお仕事だもの」
「あ、うん。ちょうどさっき私もおんなじ様なこと思った。奇遇だな」
「こんな夕方近くなるまで頑張って、なんか見るからにヘロヘロだし」
「いやぁ! 別に! なんか焦ってたからとかそんなんじゃないぜ? 元気元気!」
「うふふ。気丈ね」
「うっす。あざっす。まぁでも、確かにそろそろクーラーが恋しいかな?」
「そうよね。ホントに、ホントにお疲れ様」
「おお、それもう一回言ってくれる?」
「魔理沙。お疲れ様」
何気ない一言に、魔理沙を包む充足感。そして達成感。私はお仕事を見事にやり遂げたのだ。
こんなに誰かに喜んでもらえた。疲れてはいるけど、もう一踏ん張り。後は香霖堂に帰るだけだ。
「お話は改めて、ね。今日はもう疲れたでしょう」
「うん、ありがとな」
箒を降りることなく万事解決だ。魔理沙は箒の柄を来た方向に向け直した。
「あばよ咲夜、いい夢みろよー」
「さよなら」
咲夜はゆらゆらと飛んでいく魔理沙の影を見送った。普段なんとも思わないそんな姿も、今日は情緒的に映るものだ。
小さな影がちょうど見えなくなる頃、後ろの扉からレミリアが現れた。
「これはお嬢様。もう日差しに出られても大丈夫なので?」
「えぇ、効いたわお薬。毎夏いただこうかしらね」
日傘の影には、少女の健やかな微笑があった。
「魔理沙はまた来てたみたいね」
「はい。お嬢様」
「どんな様子だった?」
「なんだか……とても嬉しそうでしたわ」
「そう、よかった」
おまじないに効果があった様子を知り、レミリアは嬉しそうだ。
お嬢様もまた、魔理沙の素敵なお仕事に思いを馳せる。たまにはこうゆうのも必要だ。
「ところで咲夜?」
「なんでございましょう。お嬢様」
「なんか、違くない? いつもと」
「何がでございましょう」
「あなたが」
「気のせいでしょう」
「そうかしら? なんだか見た目に違和感……」
「気のせいです」
「あ」
気づいた。
「ほら、なんて言うか、ばいんっばいんじゃない?いつもより」
「何がでございましょう」
「鎖骨から下あたりがこう、ばいんっと」
「気のせいでしょう」
「鎖骨の下あたりからろっ骨の上あたりにかけて」
「気のせいです」
「なんか着こなしも露出気味ですぞ。何? 貼るやつ? なんか、ひと昔前に話題になったタイプの目立たないやつ?」
「あらもうこんな時間。お嬢様、お食事の前に汗を流されてはいかがでしょう」
「無視かー」
「ささ、お背中流しますわ」
「ねぇ、なんで急に? ねぇ。無視かー。おーい」
◇◇◇
夏の日は長い。
魔理沙が香霖堂のドアを再び開いたのは、夕日がやっと傾き始めたころだった。
「ただいまー!」
身体は疲れていても、元気いっぱいの声。
「あ、あぁ……おかえり魔理沙。お疲れ様」
「パーフェクトにやり遂げてきたぜ! もう心配いらないからな」
「ああ、本当にありがとう。助かったよ。実に」
しかし、トラブル感知の感度が良くなってしまった魔理沙には、霖之助の焦燥がわかってしまう。
「何……またなんかあんの?」
せっかくここまでたどり着いたというのに、まだゆっくりできないのだろうか。
「とんでもない。魔理沙は本当によくがんばった。僕は僕で勝手に忙しいだけで」
「ここまで来て水臭いぜ。言ってみなよ、何があったのか」
「うむ……」
嫌そうな様子。話してまずいことでもあるのだろうか。
「しかし、確かに僕では足が無いし……」
しばらく迷っている霖之助だったが、観念したようだ。
「包みがさ。足りないんだ」
「ええ? だって、あちこち回って私が全部」
「チルノが言ってた。間違ったのは箱の色だけで、さすがに紙袋渡したりはしてないって」
「紙袋?」
そういえばメモの最後に怪しげな欄があった。例の「れいのひと」である。
「で、でもそれなら」
「届いてないそうだ。さっき届け先の本人が確認に来た」
「そんな!」
「コレばかりはどこにいったかわからない。間違って届いてはいなかったようだし」
「紫も二『箱』って言ってたし……うん、箱しかなかったよ」
「迷宮入りだ。これは謝って許してもらうほかない」
魔理沙は胃に重いものが流れるのを感じた。
「ちょっと待てよ。そんなのはいくらなんでも」
「魔理沙は気にしなくていい。僕が代わりになりそうなものを探すさ」
「代わりのきくようなものなのか?」
問い詰める魔理沙。そのいつもと違う熱心さに、霖之助は少し驚いた。
「……ハンカチだ」
「へ? ハンカチ?」
「そう」
「なんか、特別な機能のやつとかじゃなくて?」
「そう。何の変哲もないただのハンカチ」
確かにそれなら代わりがあるのかもしれない。けれど気になることがあった。
「同じハンカチなんて何種類もあるの?」
「無い……もともと、売れないからお蔵入りにしてたものたちの一つだ」
「話が見えないな。ただのハンカチを倉庫まで選びにいったのか?」
「そうだよ」
霖之助は目をそらした。
「店頭に並んでるやつだと、ちょっと都合が悪くて」
「わかんないけど……とにかく、同じ柄はないってことだよな」
「まあ、そうなる」
魔理沙は深呼吸をして、自分の元気を奮いおこした。
「私、ちょっと行って来る」
「魔理沙」
「配達ルートはわかってるんだ。もしかしたら道中のどこかに落ちてるかもしれない」
「しかしキリが無い。もう一日動いてるんだから、無理をしてはいけない」
「無理もしなきゃ」
止めようとする霖之助の手を、魔理沙は振り払った。
「だって、だってさ。上手く言えないけど、それってすごく大事なことのはずなんだよ」
「魔理沙……」
「誰が誰に贈るものなのか知らないけど、この際そんなの関係ない」
魔理沙は水も飲まずに身支度をはじめる。
「贈る人の為にってわくわくしながら、一生懸命考えて、選ばれたものなんだろ?」
「そうだ、選んでた。長いこと」
「今日さ、みんなが言ってたんだよな。そうゆうのって素敵なことだって」
「みんな随分、らしくないな。それだけ、贈り物が胸に響いたってことか」
「やっぱり」
決意は固い。
「代わりはきかないよ。きっと」
霖之助は、緊張が解けたように少し微笑んだ。
「うん。魔理沙の言うとおりかもしれない。でも、少し休憩してからでいいだろう?」
「いや、じき日も暮れる」
魔理沙は窓から空を眺めた。入道雲の端に、柔らかい赤とオレンジが照り始めている。
「とにかく、日暮れまでがんばってみるさ」
「わかった、とにかく無理はするな。限界だったら風呂と白飯くらいは僕が用意する」
「ありがと。じゃ、行ってくる」
こうして三度、魔理沙は空へと出かけていった。
「贈られる側を思って……か」
見送った霖之助は、椅子に深く腰掛けて、この物語の終焉に思いを巡らせた。
「その通りだろう。きっと大喜びだ]
◇◇◇
「どこだよぉ……」
暗い茂みをかき分けてみる。
「どこにあるんだよぉ……」
しらみ潰しに無理があるのはわかっている。
「どうしてないんだよ……うぅ……」
今日通ったルートを往復しても、どこにも紙包みなど落ちてはいなかった。
「無い……無い……無い……無いよ……うぅぅ」
時刻は見る気にもならない。それでも、夜は確実に近づいていた。
失くしたのに見つからないとすれば、どこかの木々の陰にでも落ちているのだろうか。
知らない人に拾われたかもしれない。動物に荒らされてしまったかもしれない。
取り返しのつかない事態が胸をよぎる度、余計に魔理沙は諦められなくなる。
「どこにも無いんだよ……どこにも……」
鼻がツンとする。眼が熱い。
今朝までの自分なら、こんなになるまで、こだわりはしないはずだった。
冷却魔法なんかあったって汗だくだし、お気に入りの服はこの辺を探ったせいでで土まみれだ。
「だめかな……もう……だめなのかな……」
堪えられない。
「私はもう、ハ、ハンカチ。届けてやることができないんだ……」
馬鹿馬鹿しい。
たかがハンカチ一枚の為に、なんでこんなに泣かなきゃいけない。
代わりはいくらでもあるのに。柄だけ諦めればいいだけなのに。私には関係無いのに。
そんなこと、思いたくも無いのに思ってしまう。
「うん、まぁ元気出しなよ。はい、飴玉」
「うん……ありがと」
?
「うぉあ!」
「うぉあ!?」
「チ、チ、チル、バカ!ここでなにしてんのお前!?」
唐突に爆心地登場。見事に空気も読めない。
「わざわざ言い直さないでよぉ」
「でよぉ じゃないよお前! おま、お前のせいで私……」
魔理沙はあわてて顔中を拭った。恥ずかしさで顔が真っ赤なのがわかる。
「そのことなんだよー! 探してたんだよーまりさのこと!」
「へ……なんで」
「聞いたの! アタイの為にまりさがあちこち中駆け回ってくれてるって事!」
為に、と言うか、せいで、と言うほうが正しいのだけれど。
「それでねー。アタイ感動しちゃってさー」
「そ、そうなん?」
「アタイもねー、自分の責任はー、自分で果たさなきゃダメだってことにねー、気づいたの!」
「うん……」
なんか、嫌な予感。
「でね! すっごいすっごい探したんだよーこのあたり!」
「あぁぁもうサクサク話せよぉ!」
「でね!」
「なに!」
「あったから届けたよ♪」
「 」
チルノは踏ん反りかえって語る。
「アタイとしたことが、悪い事をしようとしたものだと反省……あれ、まりさ!?」
チルノはびっくりした。まりさがいきなり、たおれたからだ。
「ちょ、ちょっと! まりさだいじょうぶ!?」
「多分、大丈夫じゃないかもな……」
軽い熱中症かもしれない。
でもどちらかと言えば、精神的ダメージがきゅうしょにあたった。
「ごめんチルノ。もうここでいいから休ませてくれ……安静にしたい」
「栄養つけなきゃだね!? 待ってて! 今、たくさん喉飴もってくる!」
チルノがすごくばかで、まりさはびっくりした。
「うん、頼むわ。そしてできれば戻ってこないでいいぞ」
「おっけー! まかせて!」
氷の妖精は、登場と同じく嵐のように去っていくのでありました。めでたし。
「疲れた……」
大の字で仰向けになって、濃紺の空を仰ぐ。さっきと違う意味で、もうだめだ。
「本当に疲れた……」
畜生。なんだあのカラス達は。人の気も知らずに夕日に映えやがって。そんな全てが魔理沙を惨めにさせる。
無理やり身体を起こすと、箒を杖のようにして、執念だけで立ち上がってみた。
もうまたがる気にもならない。ここからなら家まで割と近いし、このまま杖にして歩く事にした。
「ヘコむわ……」
しばらくは立ち直れない気がした。
いや、立ち直ろうじゃないか。持ち前の前向きさは、こんな時の為にある。
これで、全ての贈り物が、届くべき人に届いたのだ。 色々あったけれど、これでみんなが大事なものを手に入れた。
文句なしのハッピーエンドじゃないか。
「私はどうなるのさ」
自分は今日、何を手に入れたのだろうか。魔理沙は考えてみることにした。
素敵な冒険物語、であるとか。
みんなの笑顔、であるとか。
がんばることの大切さ、であるとか。
「ダメだなー。全然ピンとこないなー。はぁ」
残念ながら、霧雨魔理沙らしいものがみつからない。この手のキラキラしたやつは似合わない。痒くて。
どうせなら自分にしか似合わないようなものが欲しかった、と思う。
なんにしても、長い長い一日は、一応ハッピーエンドで終わったようだ。
太陽はもう、半分以上山の後ろにかくれてしまっている。気持ちをより寂しくさせる景色だ。
それでも暑さは和らぎ、頬に吹く風が、疲れを少しだけ癒してくれる。やさしい時間だった。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
魔理沙はもう、何が起っても微動だにしない自信があった。
たとえ、帰宅した我が家で、招かざる客が悠長にくつろいでいたとしても。
「霊夢……」
「リアクション薄っ」
「お前に言われたくはない」と思った。
「どうしたのよ。ずいぶん遅いと思ったら、あちこちぼろぼろじゃない」
「語る元気がないよ……」
魔理沙はおぼつかない足取りで客の向かいまで歩き、愛用の肘掛け椅子にドカっと腰掛けた。改めて全身の消耗が染みてきた。
「座ってるくらいなら冷たいお茶でも出してくれ。お前が今、優雅に飲んでる具合のやつを」
「あら、客をあごで使うのね。いいけど」
「主不在のあいだに茶菓子まであさってるやつを客とは言わん」
首を後ろにおもいきりもたれかけ、鉛のようなまぶたを閉じる。頭が、重たい上にからっぽだ。
よく冷えた日本茶はすぐに用意された。豪快に喉に流し込めば、喉の痛みさえ快感だった。まさに生き返った気分だ。死んでいた。
主と客の二人は、しばらくの間言葉を交わすこともなく、気の済むまでくつろぎにまかせることにした。
ややあって。
「さて、そろそろ聞こうかな。何でいるんスか。霊夢さん」
「別に」
茶を飲む。
「大した用じゃないわ。留守みたいだったから中で待たせてもらっただけ」
「いつからいんの?」
「あなたの来る小一時間くらい前かな」
また茶をのむ。
「落ち着かないな」
「そんなことないわよ。喉乾いてるだけ」
「うん。そうか。まぁ、悪いんだけどさ。今日はもう活動停止したいから用件をきいちゃいたいんだけど」
「……汗流しなさいよ。風邪ひく」
「え、ありがと」
霊夢はまたお茶を飲もうとする、が、もう飲み干していた。
「いやあの、だからさ。何の用なの」
「……」
霊夢はあさっての方を向いた。と思えば、すくっと立ち上がり、視線を落としたままスタスタと魔理沙の横まで歩いてきた。
「おおおなんだよ」
「――ほら」
後ろ手に隠していた腕を、魔理沙の方にぐっと突き出してきた。
「あげる」
「へ」
紙袋。
「これって」
「流行ってるやつよ。ほら」
魔理沙は軽く押し付けられるようにして受け取った。
「別にいつでもよかったんだけどさ。今日たまたま暇だったから」
霊夢は髪をいじりだした。
渡された紙袋を見てみれば、そのロゴには見覚えがある。
疲れて回らない頭に、少しずつ状況が飲み込めてきた。
「開けないの?」
「……あ、ごめん」
やぶかないようにゆっくりとテープをはがしてみる。
中には、よそ行きに可愛く折りたたまれたレースのハンカチが、ちょこんと入っていた。
ほとんど黒のような、それでいて鮮やかな、紫黒の生地。はしっこには、お星様の刺繍が二つ施してある。
「別に気にしなくていいからね」
魔理沙が何か言うより先に、霊夢の方から切り出した。
「中身は神社で余ってたやつだから。その、裸じゃなんだから袋だけ香霖堂でもらってきただけ」
その表情はいつもと変わらないものだった。
「だからいいの。別に恩に着る必要はないから、ね」
魔理沙はしばらく返事をしなかった。
ただただ、ただのハンカチを、珍しいものでも見つけたように眺めるばかりだ。
「霊夢」
しばらくあって、魔理沙がつぶやくように言った。
「なによ」
「ありがとう霊夢。ありがとう。私、大事にするよ」
大事にすると言った割に、ずいぶんとかたく握り締めていた。
「……何あらたまってんだか」
あきれたような表情の霊夢。
「じゃ、確かに渡したからね。私、このあと用事あるから、これで」
「暇じゃなかったの?」
「細かいことはいいの!」
客人はカップを片付ける様子も無く、帰り支度を始める。
「あんだよ、照れてるのか?」
「あんたこそ、それ、大事にするって、言ったんだから、大事にしなさいよ?」
ホーミングでお馴染みの巫女が、的外れなことを言うとは。珍しいこともあるものだ。
「……余りもの、だけどさ」
「はいはい、そうだったな」
「何よその顔」
「別に、ニヤニヤなんかしてないぜ」
魔理沙はにやにや笑いながら言った。
「……かえる」
どうしたことか。霊夢はへそをまげてしまった。
「うん、また今度な」
「じゃ、また今度ね」
魔理沙は珍しく玄関まで見送ってやり、扉まで開けてあげた。
巫女は小走りになるでもなく、ちらちら振り返るでもなく、ごくありふれた歩き方で帰って行った。
その様子は、かえって魔理沙に「可愛いトコあんだなぁ」と思わせるのだった。
「さて。と」
一人残された魔理沙が呟いた。今度こそ本当にフィナーレのようだ。
しばらく忘れていた眠気が急襲してきたけれど、ああ言っていたことだし、汗くらいは流すべきか。
「へへへ」
気まぐれに「贈り物」を袋から取り出して、今日一日をかみしめてみる。本当に、本当に濃い一日だった。
中でもこのハンカチだ。きっと、ずうっと忘れられないものになるのだろう。
ふと、部屋の隅の鏡が眼に入った。とてとてとその前に立ち、ただハンカチを持っただけの自分をのんびりと眺めた。
「……うん。似合うじゃん?」
疲労と痛みで身体がいろいろ緩んでいるせいだと思う。
胸に何かこみ上げるでもなく、視界が潤んでくる。疲れすぎなのがよくわかった。
「うれしいなぁ」
魔理沙は、服の袖で一思いに顔をぬぐった。
ハンカチを持ってはいたけれど、なんだかもったいなくて使えなかったから。
非常に楽しく読めました。
ただ、やはり少々読み取り辛さを感じます。
もう少し文章をすっきりさせて欲しいかなとも思いました。
そして美鈴は結局何を送ったんだ・・・・
俺のバッカ・・!