今年も幻想郷に夏がやってきた。
私たち春の妖精は春以外の季節は眠っていると
思っている人も少なからずいるようだけれど……
それは真っ赤な嘘。
春の妖精だって夏は泳ぎに行ったりするし、
冬には雪だるまを作ったりもする。
そして私は今、自宅で泳ぎに行くという計画を立てようとしていた。
「ねえ、ブラック。泳ぎに行かない?」
「そうですね……
今年の夏はまだ一回も行ってませんし、いいんじゃないでしょうか?
それではいつ行きます?」
私の妹であるブラックは本から目を離して私に聞いてきた。
いつも何の本を読んでいるんだろうって気になるんだけど、
ブラックったら私が「何読んでるのー?」とか言って本を取ろうとすると手を出すからなぁ。
いや、自業自得ではあるんだけどね。
とりあえずそんな理由で今日も本のことは諦めることにする。
「そうね……明日とかは?」
「明日……姉上、流石にいきなりすぎると思うんですけど……」
「気にしない! 遊びの予定なんてそんなものなんだから!」
私はえっへん、と胸を張って答える。
そんな私を見てブラックは苦笑していた。
「まぁ、確かに遊びなんて大抵『明日遊ぼう』って言って決まっちゃいますもんね。
それじゃあ明日にしましょうか」
「よーし、そうと決まったら早速準備しなくちゃ!
水着に浮き輪に……あ、ボールも!」
私は家の中をドタバタと走り回って明日の準備に取り掛かった。
準備は早いうちに済ませておかないとね!
「ちょ、ちょっと姉上……落ち着いてください!
……もう、家の中がめちゃくちゃになるじゃないですか!」
そう叫んで私を止めるブラック。
私は彼女の言葉に動きを止めて謝った。
「あ、ごめん……」
「全く……姉上は何も考えずに勢いとノリだけで行動することが多いですよね……」
ブラックは腕組みをしながらやれやれといった具合に首を横に振った。
うぅ、なんか傷つくなぁ……
「……でもそんな姉上も嫌いじゃないですよ」
「え……」
いきなりの言葉にドキッとしてしまう。
そんなセリフを言ったブラックは静かに微笑んでいた。
頬が赤くなっているように見えるけど……気のせいかしら?
「さ、それじゃ、一緒に支度をしましょう」
「……ええ! それじゃあね、ブラックは……」
私はブラックに指示を出しながら準備に取り掛かる。
二人でやると作業が早く済むし、何よりも楽しい。
ふふ、明日が楽しみだな。
遊び道具をカバンに詰め込みながら私は笑った。
そして次の日。
外は雲ひとつ無い快晴。
絶好のお出かけ日和だ。
「気持ちがいいくらいに青い空! 泳ぐにはもってこいな日ね!」
「そうですね。あ、荷物は持ちましたか?」
「もちろん持ったわよ」
私はニッ、と笑って手に持っていたカバンをブラックの目の前に突き出した。
そんな私を見てブラックは、うんうんと頷いた。
「よし、それじゃあ行きましょうか!」
「ええ!」
私達は手を繋いで歩き出した。
ここから湖までは数十分ほどはかかるだろう。
空を飛べばもっと早く着くのだけれど……
今日はゆっくりと話しながら歩いて行きたかった。
でも帰りは疲れてそれどころじゃないから飛んで帰るんだろうけど。
「あー、でも本当に晴れてよかった!」
「ふふ、私知ってますよ?
姉上が昨日てるてる坊主を必死に作っていたの」
「あー、見たわね!」
私は軽く怒ったような表情を浮かべてブラックをぽかぽかと殴る。
もちろん本気で怒っているわけではない。
「もしかするとここまで晴れたのは姉上のおかげかもしれませんね?」
「え、そ、そうかなぁ?」
「もしかすると、ですけどね」
「あらら……ブラックったら厳しいわねぇ」
鼻で笑うブラック。
私は頭を軽く掻いて笑うことしか出来なかった。
「それにしても……今年の夏は暑いですねぇ……」
「そうね……って言ってもいつもと変わらないような気もするんだけど」
「確かに……というか今年は暑いって毎年のように言っているような……」
私達はハンカチで噴き出してくる顔の汗を拭き取りながら歩き続けた。
気温よりも陽射しが暑い感じ……かな?
日光が容赦なく私たちの肌を焼いていく。
「あ、そういえば姉上。日焼け止めは持ってきましたよね?」
「大丈夫、ちゃんと……って、あれ?」
カバンの中を軽く漁って見る。
しかし……
「どうしました?」
怪訝な顔をするブラック。
あれ、もしかして……?
忘れた……?
いや、そんなはずは……
必死に奥のほうまで見てみる。
すると。
「あ、あったあった!
よかったぁ……」
「ふぅ、一瞬忘れたのかと思ってしまいましたよ……」
実は私もそう思ったのは内緒にしておこう……
「とりあえず湖についたらすぐに塗ろうか」
「それがいいですね。
せっかくの白い肌が台無しですし。
ね、姉上?」
「わ、私?」
ブラックは私を見ながらそう言って笑う。
私は自分の腕を見る。
……そこまで白いかしら?
「私よりブラックの方が白いわよ」
「いえいえ、姉上のほうが白いですよ。
例えるならダイヤモンドのように透き通る真っ白な肌……」
だ、ダイヤモンド……ねぇ……
目を閉じてうっとりとした様子でそんなことを呟く
ブラックに思わず苦笑してしまう。
「まぁ、それくらい綺麗な肌ってことですよ」
「一応ありがとうって言っておくわ……」
一応褒め言葉として受け取っておこう。
……でもブラックも十分綺麗な肌してると思うんだけどなぁ。
じっとブラックを見つめていると首を傾げられる。
「ん? どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない!」
思わず顔を伏せてしまう私。
「はぁ……?」
そんな私の様子を見て、ブラックはいまだに首を傾げている。
こ、このままだと「なんでもないなんて嘘ですよね?」とか言われて更に突っ込まれてしまう……
どうしよう……
……あ!
ちょうど話を逸らすのにちょうどいいものが見えてきた!
これだ!
「ほ、ほら! ブラック! 湖が見えてきたよ!」
私が叫んで指差すと、ブラックは私の指差す方向を見つめる。
……なんとか逸らせたかも。
「ほんとだ。もう着いたんですね」
「よーし! それじゃあ急ご!」
私は駆け出した。
いきなり駆け出す私を見て、驚きの声を上げるブラック。
「あ、待ってくださいよ姉上!」
そう叫ぶブラックの顔は可愛かった。
あまり見せない驚いた顔。
こんな風にあまり見ない彼女の表情が大好きだ。
「ふふふ、追いついてみなさい! ……って、うわぁ!」
「あ、姉上!?」
……調子に乗ってたらこけた。
調子に乗る前に足元に気をつけることにしよう。
「大丈夫ですか!?」
「いたたた……なんとかね……」
ブラックの手を借りて何とか立ち上がる。
「ふぅ、怪我はないようですね……
気をつけてくださいよ?」
「うん、ごめんね」
謝りながら服を叩いて汚れを落とす。
うぅ、ブラックには迷惑かけっぱなしだなぁ……
「いつも迷惑かけてごめんね……」
「……何言っているんですか。
姉妹だから助け合うのは当然ですよ」
ブラックは笑ってそう言った。
……嬉しさで少し涙が滲んでくる。
「ありがとう……」
「さ、泣くのはやめて湖に行きましょうか!」
「……ええ!」
涙を袖で拭って私は笑った。
今度はブラックが駆け出す。
私は彼女の背中を追った。
今度は転ばないように注意して。
少し走って、やっと湖のほとりへとたどり着いた。
そのまま湖のすぐそばまで行くとゆっくりと手をつけてみる。
水は冷たくて気持ちがいい。
「どうですか?」
後ろからブラックに話しかけられる。
「うん、冷たくて気持ちがいいわよ。
これなら泳ぐのには最適かも」
「それじゃあ、着替えますか」
ブラックはそう言ってから辺りを見回した。
恐らく着替えに最適な場所を探しているのだろう。
湖の周りは深い森だ。
その辺りの茂みで着替えても見られたりはしないと思う。
「とりあえずあの辺りにしましょう」
そう言ってブラックが指差したのは近くの茂み。
大きな木が数本立っていて誰にも見つからなさそうな場所だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
私は笑って手を振った。
そんな私の様子を見て「へ?」と小さく声を漏らすブラック。
「姉上は着替えないんですか?」
「もちろん着替えるわよ」
そう言ってから私は服を脱ぎ始める。
ブラックは驚いて顔を赤く染めていた。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?」
「え? 見て分からない? 着替えよ」
「いや、それは分かるんですけど!
こんなところで裸になって人に見られでもしたら……!
……って、あれ?」
ブラックはギャーギャーと叫んでいたけど私の服の下を見た瞬間に黙った。
ふふん、どうかしら?
「中に……着てたんですか!?」
「もちろんよ!」
そう。
私は既に家で水着に着替えていたのよ!
ちなみにブラックが寝ているうちに着替えました。
……だって楽しみすぎて早く起きちゃったんだもん。
「これだと湖についてから脱ぐだけですぐに泳ぐことが出来るからね!」
えっへん、と胸を張る私。
胸を張った勢いで首の下辺りにある二つのものが揺れるのが視界に写った。
「……姉上はこんなときだけ準備いいですよね」
「え、そう? いやぁ、照れるなぁ!」
「いや、褒めてはいないんですけど……」
あら、そうなの……
ま、気にしない。
「とりあえず着替えてきますね」
「行ってらっしゃーい」
脱いだ服を畳みながらブラックを見送る。
……おとなしく見送ると思った?
「ふっふっふ、いつもお風呂でブラックの体は見ているけど……
こんなところでも見てみたいよねー」
私はブラックに気づかれないようにこっそりとブラックの着替え場所へと向かう。
ふふふ……ブラックの体はどんな風になっているのかなぁ?
いや、この前見たばかりなんだけど。
お、いたいた……
だけど背中向けてるなぁ……
いや、こんなときこそチャンスじゃないかしら!?
背中を向けているということは……
気づかれる可能性が低いということ……!
そうと決まれば早速接近よ!
ゆっくりと距離を詰める。
ブラックはというとまだ気づいていないようだ。
私にまだ背中を向けて服を脱いでいる。
「うーん、着れるかなぁ……?」
そう呟いて水着を身に着けていくブラック。
ブラックの呟きとは反対に、水着はするりと彼女の体に入っていった。
「あ、まだ着れるわね!」
そう言って子供のようにはしゃぐブラック。
こ、こんなブラック滅多に見れないわ……
ブラックちゃん、お姉ちゃん倒れちゃいそう……
飛びつきたい衝動を抑えてそのまま動かずにいる。
ここで飛びついたら怒られるのは目に見えてるしね。
「それにしても姉上の胸……大きかったなぁ……
私もあんな風になれるかしら?」
……もう駄目。
我慢できない。
「なれるわよー!」
「わっ!? 姉上!?」
いきなり私が大声を上げて抱きつくものだからものすごく驚いている。
……当たり前よね。
「ブラックちゃんもいつかは大きくなるわよ!
あぁ、ブラックちゃん可愛い!」
「あ、姉上! 分かりましたから離れてください!
いや……嫌じゃないんですけど、こんなところでそんなことされたら恥ずかしいです!」
ブラックの話を聞かないでぎゅうっ、と彼女を抱きしめる私。
そのままでいたら「やめてくださいよ!」と、ブラックに頭を叩かれてしまう。
あと覗いてたことがバレてさらに一発叩かれた。
うぅ、ブラックったら乱暴なんだから……
もう少し優しくしてよ……
「さて、着替えも終わりましたし、日焼け止めも塗り終わりましたね」
「それじゃ、早速入ろうか!」
うん、着替えも終わったし早速飛び込んで……
「ちょっと待ってください!」
駆け出そうとした瞬間、ブラックに肩をつかまれる。
「な、何?」
「姉上、準備運動を忘れていますよ……」
ものすごく低い声でそう言われた。
ついでに細い目で睨まれる。
な、なんか怖い……
「べ、別にいいじゃない、準備運動くらい……」
「体操くらいとはなんですか!
体操をしないと大変なことになるんですよ!
泳いでいる途中で足がつって溺れたりとか……」
そ、そうなの?
あまり聞いたことないんだけど……
「というわけで入る前に準備運動をしますよ」
「えー、めんどくさいよー」
「つべこべ言わずにやってください……いいですか……?」
「は、はい……わかりました……」
ブラックの怖い顔と声に気圧されて何も言えない私。
黙って彼女に従うしかなさそう……
それにしても、私が姉よね?
あっちの方が姉っぽい気がするんだけど……
「体操をやってからなら入っていいですよ」
「はーい」
さっさと済ませて入ろう。
私は一人でアキレス腱を伸ばしたり、腕の筋肉を伸ばしたりする。
……あれ?
意外と気持ちいい……?
なんというか疲れが取れていくというか、言葉では言い表せない気持ちよさが……
そんな運動に頬を緩ませながら、数分間の運動を済ませてやっと湖に入る時が来た。
「ふふふ……やっと入れるわね……
この時を待ちわびたわ……!」
「そんな大げさな」
ブラックは私の言葉に苦笑している。
さぁ、早速……
「じゃーんぷ!」
「あ、姉上!」
ブラックがなぜか止めようとするが、無視してジャンプする。
そして着水。
しかし湖の水は……
「ひやっ!? つ、つつつ……冷たい……!」
「だから止めようとしたのに……」
がたがた震える私を見ながらはぁ、とため息をつくブラック。
「と、とりあえず上がろう……」
流石にこの冷たさに耐えることは出来なかった。
一回水から上がることにする。
「大丈夫ですか、姉上?」
「だ、大丈夫じゃないわよ……」
水から上がると膝を抱えて座り込んでぶるぶると震える私。
陽射しや気温はまだ暑いというのに体が冷たい。
「水に入るときは足からゆっくりと水温に慣らしていくのがいいですよ?」
「うん……次からはそうする……」
うん、次に入るときは足からゆっくりと入ろう……
「まだ寒いんですか?」
「ええ……少しね……
ブラックは先に入っていていいわよ。
私はもうちょっと暖まってから行くから……」
そうブラックに告げると彼女は「だったら、こうしましょうか」と言って……
「ひゃっ!?」
なんと後ろから私に抱きついてきた。
な、何!?
何がしたいの、この子!?
「こうすればすぐに暖まりますよ……」
「え……」
すぐ横にあるブラックの顔を見る。
ブラックの顔はほんのりと赤く染まっている。
その顔を見て私も顔を赤くしてしまった。
「暖かいですか?」
「あ、暖かいっていうより……熱い……かも」
鼓動が早くなり、体が熱くなってくる。
うぅ、なんか恥ずかしいなぁ……
さっきは私から抱きついたけれど、
あれはここなら見つかることはないだろうっていう安心感があったせいであって……
流石にこんな開けた場所で抱きつかれるのは少し恥ずかしい。
それにしてもブラックはたまに大胆な行動をするんだよなぁ……
誰かに見られたらどうしよう……
「も、もう暖まったからいいわ!」
「そうですか?」
「うん、大丈夫だから!」
完全に赤くなった私はブラックから急いで離れる。
彼女が嫌いなわけでもないし、さっきの行為が嫌なわけでもないんだけど……
流石にこんな見つかってしまいそうな場所でされるのは、ね?
今度は足からゆっくりと水につけていく。
おかげでさっきのように震えることはなかった。
逆にさっき熱くなった体が冷えて気持ちがいい。
「気持ちがいいですね」
「そうね。
さっきはいきなり飛び込んだせいで酷い目にあったけど」
私はさっきのことを思い出して笑う。
……でもさっきのあれがあったからこそ、
ブラックに抱かれるっていう展開になったんだよなぁ。
それを考えると運がよかったなぁと思う。
「ちょっと一泳ぎしてくるわね」
「溺れないように気をつけてくださいよ?」
「大丈夫。しっかりと気をつけるから!」
そう言ってから少し深めの場所へと向かって水の中へ飛び込んだ。
頭まで水に浸かるととても気持ちがいい。
湖は透明で水底まで見通せる。
綺麗……
心の中でそう呟く。
それから顔を水の上へと出した。
目の前には雲一つない真っ青な空。
私はしばらく仰向けにぷかぷかと浮きながら青い空を見つめていた。
じっと空を見つめていると空に吸い込まれそうな感覚に襲われる。
と、その時だ。
「姉上ー!」
「あ、はーい!」
ブラックに呼ばれる。
立ち上がってブラックのいる方へ目を向けると、人影が見えた。
……誰かしら?
急いでブラックの方へと向かう。
近づくにつれてその人影はこの湖の付近に住んでいるとある二人の妖精だということに気がついた。
「あら、チルノちゃんに大ちゃんじゃない。
どうしたの?」
二人は同じ妖精として結構面識がある。
どちらもいい子だ。
「こんにちは」
丁寧に頭を下げる大ちゃん。
対してチルノちゃんは……
「一緒にあそぼ!」
といきなりそう告げた。
「さっきやってきて暇だから遊んでもらえないかって言われたんですよ」
「……ブラック、あなたはどう思うの?」
「もちろん一緒に遊ぶつもりですよ。
断るのはかわいそうですし。
それに人数が多いほうが楽しいですからね」
「ふふ、私も同じ意見よ」
顔を見合わせて私達はくすくすと笑った。
ちょうど遊び道具もあるし……
「よし! それじゃあ、ボール遊びでもしましょ!」
「やったー! あたい、ボール遊び大好きなんだよね!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
私がボールを取り出すと、二人は早速服を脱ぎだした。
どうやら中に水着を着ていたらしい。
……準備のいい子達ね。
もしかして私達がいることってバレてた?
ということはさっきのあれを見られてたりして……
……考えたくないわ。
「それじゃ、行くよー!」
チルノちゃんがそう叫んでボールを空に投げる。
ボールの向かう先には……ブラックがいる。
「それじゃあ……姉上!」
「わ、私!?」
ブラックがトスしたボールは私へと向かってくる。
慌ててボールをトスする構えを取った。
「それっ!」
何とかボールをトスする。
私のトスしたボールは……チルノちゃんのほうへと向かった。
しかし落下地点はだいたいチルノちゃんと大ちゃんの間くらい。
どっちが取りに行くのかしら?
「あたいに任せて!」
「私に任せて!」
あ、どっちも行った!
たぶんこのあと……
「わっ!?」
「きゃっ!」
……やっぱりね。
二人ともぶつかってバシャン、と大きな音を立てて倒れてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「うん、平気平気! 大ちゃんこそ大丈夫?」
「わ、私も何とか大丈夫……」
なんか見ていて微笑ましいなぁ。
「ね、ブラック。
あの二人、見ていて笑みがこぼれてこない?」
「姉上もそう思ってましたか。
私もちょうどそう思っていたところです」
私達は二人を見ながら気づかれないように笑う。
「それじゃあ次は大ちゃんからね」
「私ですか……
それじゃ、行きますよ!」
大ちゃんがそう叫んで、ボールが宙を舞う。
それから私達はしばらく4人でボール遊びを楽しんだ。
最終的にはボールの当てっこになっちゃったけど……
面白かったからいいか。
「ふぅ……疲れた……」
「そうですね……」
ボール遊びが終わった後、私と大ちゃんはその辺に腰掛けて、足だけを水につけて休憩していた。
残った二人はというと……
「楽しい?」
「うん、凄く楽しい!」
「それじゃあもっとスピードを出そうかしら?」
チルノちゃんを乗せた浮き輪をブラックが引っ張っている。
よく疲れないなぁ……
「チルノちゃんもブラックも元気ねぇ……」
「ですね……私たちは疲れてこうして休んでるっていうのに」
大ちゃんはふふふ、と笑った。
それにしても……
あの二人は心なしか本当の姉妹みたいに見える。
そんな二人を見ていて自然に笑みがこぼれてきた。
「そういえばホワイトさん」
「ん? 何?」
「さっき……何してたんですか?」
さっき……?
何のことかしらね?
「ほら……二人で抱き合ってたじゃないですか……」
頬を赤らめながら呟くように私に言ってくる大ちゃん。
……見られてた。
恥ずかしさで顔が赤くなってくる。
「え、えっと……どのあたりから見てた?」
「ご、ごめんなさい……最初から、最後まで……です」
うわ、全部見られてた……!
恥ずかしすぎるよ……
「あ、あれはね! ブラックがこうしたら暖かくなるよって言って勝手に……」
私は慌てて事情を説明した。
……たぶんあんまり伝わってないんだろうけど。
説明する私の様子がおかしかったのか、大ちゃんはぷっ、と吹き出した。
「ふふふ、大丈夫です。
このことは誰にも言いませんから」
「……なんか、ごめんなさい」
「いえいえ、謝るのはこっちの方ですよ。
勝手に覗き見なんてしたのは私達の方でしたし……
あ、チルノちゃんにも口止めしておきます」
それはありがたいわね。
あんなのを他の人にも知られたら表を歩けないわよ……
「それにしても仲が良さそうで羨ましいですよ」
「そ、そうかしら?
私にはあなたとチルノちゃんのほうが仲が良さそうに見えるんだけど?」
苦笑しながらそう言うと、大ちゃんは赤くなった頬を手で覆った。
「え、ええ!?
そう見えますか!?」
「少なくとも私にはそう見えたけど?」
「ありがとうございます……」
やっぱりこの子、チルノちゃんのことが好きなのね。
前からそうじゃないかとは思っていたけど。
でも、結構お似合いよね。
しっかり者の大ちゃんに天然で頭が弱いけど憎めない存在のチルノちゃん……
って、あれ?
これって私とブラックの関係にも似てるような……
「いろいろ大変だけど、チルノちゃんの可愛いところを見ると癒されるんです」
「例えば?」
「寝てるときに腕につかまってきたりとか、たまにだけど私に甘えてきてくれたりとか……」
確かにそれは癒されるわね。
ブラックもたまにしてくれないかなぁ。
あ、私がやっても面白いかもしれない。
「なるほどねぇ。
とりあえずお互いに頑張りましょ!」
「頑張るって……何をですか?」
「いろいろと!」
大ちゃんは軽く笑って「わかりました」と小さく頷く。
遠くに目をやると二人はまだ楽しそうに遊んでいる。
私達はそんな二人の様子を微笑みながらずっと見ていたのだった。
「そろそろ日が暮れてきたわね」
真っ青だった空も少しずつ赤みを帯びて、夕暮れが近づいていることを知らせていた。
そろそろ帰り支度を始めなければいけない時間だ。
ちなみに私達はその辺の茂みで既に服に着替えている。
「そろそろ帰りますか?」
「そうね……それがいいかも」
ブラックの提案に私は頷く。
「えー! まだ遊び足りないよ!
あたい、まだブラックと遊びたい!」
どうやらブラックはチルノちゃんにものすごく懐かれてしまったようだ。
チルノちゃんは別れたくないと言うかのようにブラックにぴったりとくっついている。
「でもチルノちゃん……もう日が暮れるし今度にしようよ」
「やだ! まだブラックと遊びたいの!」
大ちゃんがそう説得しようとするが、チルノちゃんは聞く耳を持たない。
私としてももう少し彼女達と一緒にいたいとは思うのだけれども、
私達も彼女達もそろそろ家に帰らなければならない。
「ねえ、チルノちゃん。
もうそろそろ暗くなるからみんな家に帰らないといけないの。
わかる?」
私は優しく彼女に声をかける。
これで納得してくれればいいのだけれど……
「で、でも……まだ遊びたい……」
泣きそうな声を出すチルノちゃん。
かわいそうだけど……仕方が無いものね。
「ね、また今度遊びましょ?
……そうだ! 今度うちに遊びにおいでよ。
お菓子くらいは出すわ」
ブラックはしゃがんでチルノちゃんと目をあわせて微笑んだ。
そして優しくチルノちゃんの頭を撫でた。
すると、チルノちゃんは泣き出してしまう。
「うん……絶対……だよ……!
また今度……遊ぶって約束してね……!」
「もちろんよ。
また今度ね……」
ブラックはそう言うと、チルノちゃんを優しく抱きしめる。
私達はその光景を静かに見守っていた。
この時の二人はまるで本当の姉妹のように見えた。
「さ、帰ろう、チルノちゃん?」
「……うん」
大ちゃんがチルノちゃんの手を引く。
チルノちゃんは手を引かれてゆっくりとブラックから離れた。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったわ」
大ちゃんが丁寧にお辞儀をしてお礼を言ってきた。
私も笑ってそれに答える。
「チルノちゃんも大ちゃんも……今度はうちに遊びに来てね。
あ、よかったら泊まりにおいでよ!」
「え、いいの!?」
私の提案にさっきまで落ち込んでいたチルノちゃんが目を輝かせた。
「もちろん!
面倒は全部ブラックが見てくれるから!」
「何でですか!」
私の言葉にブラックが即座にツッコミを入れる。
その様子を見て、チルノちゃんも大ちゃんも笑った。
「それじゃあまた今度暇なときにでも行きますね。
ね、チルノちゃん?」
「うん!
寝るときはブラックの隣がいいなぁ!」
「わ、私の隣?」
苦笑するブラック。
その肩をぽんと叩いて、こう言ってやる。
「いいじゃない、一緒に寝てあげなさいよ」
「う、うーん……考えとく」
ブラックの困ったような表情を見て私は笑ってしまった。
「な、何で笑うんですかぁ!」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで笑わないでくださいよ!」
「それじゃあ何? 笑うことには理由が無いといけないのかしら?」
「え、いや、それは……ああ、もう! 好きにしてください!」
ふふふ、勝ったわね。
なんか嬉しい。
私達の様子をじっと見つめていた二人もお腹を抱えて笑っていた。
「本当にお二人は仲がいいですね」
大ちゃんはくすくすと笑う。
「でしょ? だって私達、姉妹だもんねー!」
「わっ! いきなりくっつかないでくださいよ!」
ブラックの腕に抱きつくと、ブラックは顔を赤くして戸惑ったような表情を見せた。
「あーあ、あたいにもブラックやホワイトみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ……」
「大丈夫、私達がお姉ちゃんになってあげるわよ」
少し落ち込んだ様子を見せるチルノちゃんに向かって私は笑いかける。
流石に本当のお姉ちゃんにはなれないけどね。
「え、いいの……?」
「もちろんよ!」
私はチルノちゃんに向かってウインクをする。
その言葉を聞いてチルノちゃんは笑ってくれた。
「ありがとう!」
「ふふ、それじゃあここでお別れね。
また今度会いましょ?」
「うん、わかった!」
チルノちゃんは大きく頷く。
チルノちゃんの顔を見て大ちゃんも微笑む。
「それじゃあ、さようなら」
「うん、また今度ね!」
私達は手を大きく振って二人が遠ざかっていくのを見送った。
完全に二人の姿が見えなくなってから手を下ろす。
「私達も帰りましょうか?」
「そうね。
帰りましょ」
私達は荷物を手にふわっ、と空に舞い上がって自宅を目指した。
湖が少しずつ遠ざかっていく。
「帰ったらお風呂を沸かさないとね」
「あ、それじゃあ姉上がお風呂を沸かしている間に私は夕食を作っておきます」
「うん、お願い」
空を飛びながらそんな会話を交わす。
「あなたとチルノちゃんが仲良さそうにしているのを見て少し嫉妬しちゃったなぁ」
「え、なんでですか?」
「……あそこまで仲良さそうにしているところを見せられちゃったら嫉妬くらいするわよ」
冗談っぽく私は笑った。
するとブラックは私に向かってこう言った。
「ふふふ、私はずっと姉上のことを愛していますよ。
妹として……一人の女としても……ね?」
「ぶ、ブラック……」
いきなりの言葉に驚いてしまった。
ブラック、そこまで私のことを……
「さ、早く帰ってご飯の準備でもしましょう」
「……うん!」
私はそう強く頷いてから彼女の腕に抱きついた。
「わ、いきなり何をするんですか!?」
「えへへ、いいじゃない。
……私がこうしていたいからしてるの。
駄目かしら?」
「い、いや、駄目じゃないですけど……
……悪い気はしませんし」
頬をわずかに赤く染めながらそう言うブラックはとても可愛かった。
もう抱きしめてしまいたいくらいに。
でもここではそんなことをしない。
……だって家に帰れば好きなだけ出来るもの。
ふと、私は彼女に聞いてみたくなった。
「ねえ、私のこと、好き?」
「はい?」
「好きかって聞いてるのよ」
私のいきなりの問いに驚くブラック。
しばしの沈黙の後にブラックはぼそりと言った。
「……好きですけど」
「違う違う。もっとロマンチックに言って欲しいの!」
「なんですか、それ」
そんなことを大真面目な顔で言ったら苦笑される。
「いいじゃない。
ブラックからそんな風に好きって言われたいって思っても……」
「全く……姉上はロマンチストですねぇ……」
ブラックはふぅ、とため息をついた。
それから私の目を見つめて……
「姉上、大好きです」
心の準備は出来ていたけど、それでもドキッとしてしまった。
夕日が照らす綺麗なブラックの顔と相まって、私は気絶してしまいそうなくらいに感動する。
「……これでいいんですか?」
「いい! 十分いいよ!」
「そうですか……全く、恥ずかしいセリフを言わせないでくださいよ……」
「でもたまに平気で恥ずかしいセリフ言ったり恥ずかしい行動したりするじゃん」
「あ、あれはほとんど無意識の行動であって……!」
慌てて言い訳をするブラック。
その様子を見ながら私は笑った。
「まぁ、いいわよ。
これ以上いじめるのもかわいそうだし」
「なんだろう……馬鹿にされている気が……」
「気のせいよ、気のせい!」
笑いながら私達は赤くなった空をゆっくりと飛んでいく。
家に帰ったら二人でゆっくりと疲れを取ろう。
そう思いながら。
次の日。
「何よこれ!?」
ブラックの叫びで私は目を覚ました。
目をこすりながらブラックのほうを見る。
「むにゃ……朝から一体何……?」
「姉上! これを見てくださいよ!」
寝起きなのだろう、ぼさぼさとした髪のままで私に何かを押し付けてくるブラック。
えーと……これは天狗の新聞?
「ほら、これ!」
ブラックが指差した記事を見てみる。
えーと、なになに……
「『誰もいない湖で……!? 春の妖精姉妹の秘められた一面!』……
って、ええええええ!?」
衝撃で一気に目が覚めてしまった。
その記事にはそんな見出しとともに……
私の後ろからブラックが抱きついている写真がでかでかと載っていたのだ。
「ま、まさか見られていたなんて……」
「ああ、もう! これでしばらく表を歩けませんよ!」
て、天狗め……
まさか撮られているなんて思いもしなかったわよ……
「はぁ、何でこんな目に……」
ブラックは大きくため息をついてベッドに顔を伏せる。
私はここで一つ学んだ。
『天狗には気をつけなければならない』ということを……
「まぁ、しばらくすれば噂も無くなるわよ……
それまで……」
「それまで……?」
私はブラックの頭を軽く撫でてから笑ってこう言った。
「二人で……一緒に過ごしましょ?」
「……それも悪くないかもしれませんね」
小さく笑うブラック。
「幸い今は夏と秋の境目。
私達には仕事も無いしね」
「それじゃあしばらくは……」
「休養もかねて家でゆっくりしましょ!」
私は外に天狗がいないことを確認してから用心のためにカーテンを閉めた。
流石にこれ以上記事にされたくないしね。
……え? これから何をするのかって?
ふふ、それは秘密。
ただしばらくの間は家で休む、とだけ言っておくわ。
それじゃ、さようなら……
私たち春の妖精は春以外の季節は眠っていると
思っている人も少なからずいるようだけれど……
それは真っ赤な嘘。
春の妖精だって夏は泳ぎに行ったりするし、
冬には雪だるまを作ったりもする。
そして私は今、自宅で泳ぎに行くという計画を立てようとしていた。
「ねえ、ブラック。泳ぎに行かない?」
「そうですね……
今年の夏はまだ一回も行ってませんし、いいんじゃないでしょうか?
それではいつ行きます?」
私の妹であるブラックは本から目を離して私に聞いてきた。
いつも何の本を読んでいるんだろうって気になるんだけど、
ブラックったら私が「何読んでるのー?」とか言って本を取ろうとすると手を出すからなぁ。
いや、自業自得ではあるんだけどね。
とりあえずそんな理由で今日も本のことは諦めることにする。
「そうね……明日とかは?」
「明日……姉上、流石にいきなりすぎると思うんですけど……」
「気にしない! 遊びの予定なんてそんなものなんだから!」
私はえっへん、と胸を張って答える。
そんな私を見てブラックは苦笑していた。
「まぁ、確かに遊びなんて大抵『明日遊ぼう』って言って決まっちゃいますもんね。
それじゃあ明日にしましょうか」
「よーし、そうと決まったら早速準備しなくちゃ!
水着に浮き輪に……あ、ボールも!」
私は家の中をドタバタと走り回って明日の準備に取り掛かった。
準備は早いうちに済ませておかないとね!
「ちょ、ちょっと姉上……落ち着いてください!
……もう、家の中がめちゃくちゃになるじゃないですか!」
そう叫んで私を止めるブラック。
私は彼女の言葉に動きを止めて謝った。
「あ、ごめん……」
「全く……姉上は何も考えずに勢いとノリだけで行動することが多いですよね……」
ブラックは腕組みをしながらやれやれといった具合に首を横に振った。
うぅ、なんか傷つくなぁ……
「……でもそんな姉上も嫌いじゃないですよ」
「え……」
いきなりの言葉にドキッとしてしまう。
そんなセリフを言ったブラックは静かに微笑んでいた。
頬が赤くなっているように見えるけど……気のせいかしら?
「さ、それじゃ、一緒に支度をしましょう」
「……ええ! それじゃあね、ブラックは……」
私はブラックに指示を出しながら準備に取り掛かる。
二人でやると作業が早く済むし、何よりも楽しい。
ふふ、明日が楽しみだな。
遊び道具をカバンに詰め込みながら私は笑った。
そして次の日。
外は雲ひとつ無い快晴。
絶好のお出かけ日和だ。
「気持ちがいいくらいに青い空! 泳ぐにはもってこいな日ね!」
「そうですね。あ、荷物は持ちましたか?」
「もちろん持ったわよ」
私はニッ、と笑って手に持っていたカバンをブラックの目の前に突き出した。
そんな私を見てブラックは、うんうんと頷いた。
「よし、それじゃあ行きましょうか!」
「ええ!」
私達は手を繋いで歩き出した。
ここから湖までは数十分ほどはかかるだろう。
空を飛べばもっと早く着くのだけれど……
今日はゆっくりと話しながら歩いて行きたかった。
でも帰りは疲れてそれどころじゃないから飛んで帰るんだろうけど。
「あー、でも本当に晴れてよかった!」
「ふふ、私知ってますよ?
姉上が昨日てるてる坊主を必死に作っていたの」
「あー、見たわね!」
私は軽く怒ったような表情を浮かべてブラックをぽかぽかと殴る。
もちろん本気で怒っているわけではない。
「もしかするとここまで晴れたのは姉上のおかげかもしれませんね?」
「え、そ、そうかなぁ?」
「もしかすると、ですけどね」
「あらら……ブラックったら厳しいわねぇ」
鼻で笑うブラック。
私は頭を軽く掻いて笑うことしか出来なかった。
「それにしても……今年の夏は暑いですねぇ……」
「そうね……って言ってもいつもと変わらないような気もするんだけど」
「確かに……というか今年は暑いって毎年のように言っているような……」
私達はハンカチで噴き出してくる顔の汗を拭き取りながら歩き続けた。
気温よりも陽射しが暑い感じ……かな?
日光が容赦なく私たちの肌を焼いていく。
「あ、そういえば姉上。日焼け止めは持ってきましたよね?」
「大丈夫、ちゃんと……って、あれ?」
カバンの中を軽く漁って見る。
しかし……
「どうしました?」
怪訝な顔をするブラック。
あれ、もしかして……?
忘れた……?
いや、そんなはずは……
必死に奥のほうまで見てみる。
すると。
「あ、あったあった!
よかったぁ……」
「ふぅ、一瞬忘れたのかと思ってしまいましたよ……」
実は私もそう思ったのは内緒にしておこう……
「とりあえず湖についたらすぐに塗ろうか」
「それがいいですね。
せっかくの白い肌が台無しですし。
ね、姉上?」
「わ、私?」
ブラックは私を見ながらそう言って笑う。
私は自分の腕を見る。
……そこまで白いかしら?
「私よりブラックの方が白いわよ」
「いえいえ、姉上のほうが白いですよ。
例えるならダイヤモンドのように透き通る真っ白な肌……」
だ、ダイヤモンド……ねぇ……
目を閉じてうっとりとした様子でそんなことを呟く
ブラックに思わず苦笑してしまう。
「まぁ、それくらい綺麗な肌ってことですよ」
「一応ありがとうって言っておくわ……」
一応褒め言葉として受け取っておこう。
……でもブラックも十分綺麗な肌してると思うんだけどなぁ。
じっとブラックを見つめていると首を傾げられる。
「ん? どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない!」
思わず顔を伏せてしまう私。
「はぁ……?」
そんな私の様子を見て、ブラックはいまだに首を傾げている。
こ、このままだと「なんでもないなんて嘘ですよね?」とか言われて更に突っ込まれてしまう……
どうしよう……
……あ!
ちょうど話を逸らすのにちょうどいいものが見えてきた!
これだ!
「ほ、ほら! ブラック! 湖が見えてきたよ!」
私が叫んで指差すと、ブラックは私の指差す方向を見つめる。
……なんとか逸らせたかも。
「ほんとだ。もう着いたんですね」
「よーし! それじゃあ急ご!」
私は駆け出した。
いきなり駆け出す私を見て、驚きの声を上げるブラック。
「あ、待ってくださいよ姉上!」
そう叫ぶブラックの顔は可愛かった。
あまり見せない驚いた顔。
こんな風にあまり見ない彼女の表情が大好きだ。
「ふふふ、追いついてみなさい! ……って、うわぁ!」
「あ、姉上!?」
……調子に乗ってたらこけた。
調子に乗る前に足元に気をつけることにしよう。
「大丈夫ですか!?」
「いたたた……なんとかね……」
ブラックの手を借りて何とか立ち上がる。
「ふぅ、怪我はないようですね……
気をつけてくださいよ?」
「うん、ごめんね」
謝りながら服を叩いて汚れを落とす。
うぅ、ブラックには迷惑かけっぱなしだなぁ……
「いつも迷惑かけてごめんね……」
「……何言っているんですか。
姉妹だから助け合うのは当然ですよ」
ブラックは笑ってそう言った。
……嬉しさで少し涙が滲んでくる。
「ありがとう……」
「さ、泣くのはやめて湖に行きましょうか!」
「……ええ!」
涙を袖で拭って私は笑った。
今度はブラックが駆け出す。
私は彼女の背中を追った。
今度は転ばないように注意して。
少し走って、やっと湖のほとりへとたどり着いた。
そのまま湖のすぐそばまで行くとゆっくりと手をつけてみる。
水は冷たくて気持ちがいい。
「どうですか?」
後ろからブラックに話しかけられる。
「うん、冷たくて気持ちがいいわよ。
これなら泳ぐのには最適かも」
「それじゃあ、着替えますか」
ブラックはそう言ってから辺りを見回した。
恐らく着替えに最適な場所を探しているのだろう。
湖の周りは深い森だ。
その辺りの茂みで着替えても見られたりはしないと思う。
「とりあえずあの辺りにしましょう」
そう言ってブラックが指差したのは近くの茂み。
大きな木が数本立っていて誰にも見つからなさそうな場所だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
私は笑って手を振った。
そんな私の様子を見て「へ?」と小さく声を漏らすブラック。
「姉上は着替えないんですか?」
「もちろん着替えるわよ」
そう言ってから私は服を脱ぎ始める。
ブラックは驚いて顔を赤く染めていた。
「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!?」
「え? 見て分からない? 着替えよ」
「いや、それは分かるんですけど!
こんなところで裸になって人に見られでもしたら……!
……って、あれ?」
ブラックはギャーギャーと叫んでいたけど私の服の下を見た瞬間に黙った。
ふふん、どうかしら?
「中に……着てたんですか!?」
「もちろんよ!」
そう。
私は既に家で水着に着替えていたのよ!
ちなみにブラックが寝ているうちに着替えました。
……だって楽しみすぎて早く起きちゃったんだもん。
「これだと湖についてから脱ぐだけですぐに泳ぐことが出来るからね!」
えっへん、と胸を張る私。
胸を張った勢いで首の下辺りにある二つのものが揺れるのが視界に写った。
「……姉上はこんなときだけ準備いいですよね」
「え、そう? いやぁ、照れるなぁ!」
「いや、褒めてはいないんですけど……」
あら、そうなの……
ま、気にしない。
「とりあえず着替えてきますね」
「行ってらっしゃーい」
脱いだ服を畳みながらブラックを見送る。
……おとなしく見送ると思った?
「ふっふっふ、いつもお風呂でブラックの体は見ているけど……
こんなところでも見てみたいよねー」
私はブラックに気づかれないようにこっそりとブラックの着替え場所へと向かう。
ふふふ……ブラックの体はどんな風になっているのかなぁ?
いや、この前見たばかりなんだけど。
お、いたいた……
だけど背中向けてるなぁ……
いや、こんなときこそチャンスじゃないかしら!?
背中を向けているということは……
気づかれる可能性が低いということ……!
そうと決まれば早速接近よ!
ゆっくりと距離を詰める。
ブラックはというとまだ気づいていないようだ。
私にまだ背中を向けて服を脱いでいる。
「うーん、着れるかなぁ……?」
そう呟いて水着を身に着けていくブラック。
ブラックの呟きとは反対に、水着はするりと彼女の体に入っていった。
「あ、まだ着れるわね!」
そう言って子供のようにはしゃぐブラック。
こ、こんなブラック滅多に見れないわ……
ブラックちゃん、お姉ちゃん倒れちゃいそう……
飛びつきたい衝動を抑えてそのまま動かずにいる。
ここで飛びついたら怒られるのは目に見えてるしね。
「それにしても姉上の胸……大きかったなぁ……
私もあんな風になれるかしら?」
……もう駄目。
我慢できない。
「なれるわよー!」
「わっ!? 姉上!?」
いきなり私が大声を上げて抱きつくものだからものすごく驚いている。
……当たり前よね。
「ブラックちゃんもいつかは大きくなるわよ!
あぁ、ブラックちゃん可愛い!」
「あ、姉上! 分かりましたから離れてください!
いや……嫌じゃないんですけど、こんなところでそんなことされたら恥ずかしいです!」
ブラックの話を聞かないでぎゅうっ、と彼女を抱きしめる私。
そのままでいたら「やめてくださいよ!」と、ブラックに頭を叩かれてしまう。
あと覗いてたことがバレてさらに一発叩かれた。
うぅ、ブラックったら乱暴なんだから……
もう少し優しくしてよ……
「さて、着替えも終わりましたし、日焼け止めも塗り終わりましたね」
「それじゃ、早速入ろうか!」
うん、着替えも終わったし早速飛び込んで……
「ちょっと待ってください!」
駆け出そうとした瞬間、ブラックに肩をつかまれる。
「な、何?」
「姉上、準備運動を忘れていますよ……」
ものすごく低い声でそう言われた。
ついでに細い目で睨まれる。
な、なんか怖い……
「べ、別にいいじゃない、準備運動くらい……」
「体操くらいとはなんですか!
体操をしないと大変なことになるんですよ!
泳いでいる途中で足がつって溺れたりとか……」
そ、そうなの?
あまり聞いたことないんだけど……
「というわけで入る前に準備運動をしますよ」
「えー、めんどくさいよー」
「つべこべ言わずにやってください……いいですか……?」
「は、はい……わかりました……」
ブラックの怖い顔と声に気圧されて何も言えない私。
黙って彼女に従うしかなさそう……
それにしても、私が姉よね?
あっちの方が姉っぽい気がするんだけど……
「体操をやってからなら入っていいですよ」
「はーい」
さっさと済ませて入ろう。
私は一人でアキレス腱を伸ばしたり、腕の筋肉を伸ばしたりする。
……あれ?
意外と気持ちいい……?
なんというか疲れが取れていくというか、言葉では言い表せない気持ちよさが……
そんな運動に頬を緩ませながら、数分間の運動を済ませてやっと湖に入る時が来た。
「ふふふ……やっと入れるわね……
この時を待ちわびたわ……!」
「そんな大げさな」
ブラックは私の言葉に苦笑している。
さぁ、早速……
「じゃーんぷ!」
「あ、姉上!」
ブラックがなぜか止めようとするが、無視してジャンプする。
そして着水。
しかし湖の水は……
「ひやっ!? つ、つつつ……冷たい……!」
「だから止めようとしたのに……」
がたがた震える私を見ながらはぁ、とため息をつくブラック。
「と、とりあえず上がろう……」
流石にこの冷たさに耐えることは出来なかった。
一回水から上がることにする。
「大丈夫ですか、姉上?」
「だ、大丈夫じゃないわよ……」
水から上がると膝を抱えて座り込んでぶるぶると震える私。
陽射しや気温はまだ暑いというのに体が冷たい。
「水に入るときは足からゆっくりと水温に慣らしていくのがいいですよ?」
「うん……次からはそうする……」
うん、次に入るときは足からゆっくりと入ろう……
「まだ寒いんですか?」
「ええ……少しね……
ブラックは先に入っていていいわよ。
私はもうちょっと暖まってから行くから……」
そうブラックに告げると彼女は「だったら、こうしましょうか」と言って……
「ひゃっ!?」
なんと後ろから私に抱きついてきた。
な、何!?
何がしたいの、この子!?
「こうすればすぐに暖まりますよ……」
「え……」
すぐ横にあるブラックの顔を見る。
ブラックの顔はほんのりと赤く染まっている。
その顔を見て私も顔を赤くしてしまった。
「暖かいですか?」
「あ、暖かいっていうより……熱い……かも」
鼓動が早くなり、体が熱くなってくる。
うぅ、なんか恥ずかしいなぁ……
さっきは私から抱きついたけれど、
あれはここなら見つかることはないだろうっていう安心感があったせいであって……
流石にこんな開けた場所で抱きつかれるのは少し恥ずかしい。
それにしてもブラックはたまに大胆な行動をするんだよなぁ……
誰かに見られたらどうしよう……
「も、もう暖まったからいいわ!」
「そうですか?」
「うん、大丈夫だから!」
完全に赤くなった私はブラックから急いで離れる。
彼女が嫌いなわけでもないし、さっきの行為が嫌なわけでもないんだけど……
流石にこんな見つかってしまいそうな場所でされるのは、ね?
今度は足からゆっくりと水につけていく。
おかげでさっきのように震えることはなかった。
逆にさっき熱くなった体が冷えて気持ちがいい。
「気持ちがいいですね」
「そうね。
さっきはいきなり飛び込んだせいで酷い目にあったけど」
私はさっきのことを思い出して笑う。
……でもさっきのあれがあったからこそ、
ブラックに抱かれるっていう展開になったんだよなぁ。
それを考えると運がよかったなぁと思う。
「ちょっと一泳ぎしてくるわね」
「溺れないように気をつけてくださいよ?」
「大丈夫。しっかりと気をつけるから!」
そう言ってから少し深めの場所へと向かって水の中へ飛び込んだ。
頭まで水に浸かるととても気持ちがいい。
湖は透明で水底まで見通せる。
綺麗……
心の中でそう呟く。
それから顔を水の上へと出した。
目の前には雲一つない真っ青な空。
私はしばらく仰向けにぷかぷかと浮きながら青い空を見つめていた。
じっと空を見つめていると空に吸い込まれそうな感覚に襲われる。
と、その時だ。
「姉上ー!」
「あ、はーい!」
ブラックに呼ばれる。
立ち上がってブラックのいる方へ目を向けると、人影が見えた。
……誰かしら?
急いでブラックの方へと向かう。
近づくにつれてその人影はこの湖の付近に住んでいるとある二人の妖精だということに気がついた。
「あら、チルノちゃんに大ちゃんじゃない。
どうしたの?」
二人は同じ妖精として結構面識がある。
どちらもいい子だ。
「こんにちは」
丁寧に頭を下げる大ちゃん。
対してチルノちゃんは……
「一緒にあそぼ!」
といきなりそう告げた。
「さっきやってきて暇だから遊んでもらえないかって言われたんですよ」
「……ブラック、あなたはどう思うの?」
「もちろん一緒に遊ぶつもりですよ。
断るのはかわいそうですし。
それに人数が多いほうが楽しいですからね」
「ふふ、私も同じ意見よ」
顔を見合わせて私達はくすくすと笑った。
ちょうど遊び道具もあるし……
「よし! それじゃあ、ボール遊びでもしましょ!」
「やったー! あたい、ボール遊び大好きなんだよね!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
私がボールを取り出すと、二人は早速服を脱ぎだした。
どうやら中に水着を着ていたらしい。
……準備のいい子達ね。
もしかして私達がいることってバレてた?
ということはさっきのあれを見られてたりして……
……考えたくないわ。
「それじゃ、行くよー!」
チルノちゃんがそう叫んでボールを空に投げる。
ボールの向かう先には……ブラックがいる。
「それじゃあ……姉上!」
「わ、私!?」
ブラックがトスしたボールは私へと向かってくる。
慌ててボールをトスする構えを取った。
「それっ!」
何とかボールをトスする。
私のトスしたボールは……チルノちゃんのほうへと向かった。
しかし落下地点はだいたいチルノちゃんと大ちゃんの間くらい。
どっちが取りに行くのかしら?
「あたいに任せて!」
「私に任せて!」
あ、どっちも行った!
たぶんこのあと……
「わっ!?」
「きゃっ!」
……やっぱりね。
二人ともぶつかってバシャン、と大きな音を立てて倒れてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「うん、平気平気! 大ちゃんこそ大丈夫?」
「わ、私も何とか大丈夫……」
なんか見ていて微笑ましいなぁ。
「ね、ブラック。
あの二人、見ていて笑みがこぼれてこない?」
「姉上もそう思ってましたか。
私もちょうどそう思っていたところです」
私達は二人を見ながら気づかれないように笑う。
「それじゃあ次は大ちゃんからね」
「私ですか……
それじゃ、行きますよ!」
大ちゃんがそう叫んで、ボールが宙を舞う。
それから私達はしばらく4人でボール遊びを楽しんだ。
最終的にはボールの当てっこになっちゃったけど……
面白かったからいいか。
「ふぅ……疲れた……」
「そうですね……」
ボール遊びが終わった後、私と大ちゃんはその辺に腰掛けて、足だけを水につけて休憩していた。
残った二人はというと……
「楽しい?」
「うん、凄く楽しい!」
「それじゃあもっとスピードを出そうかしら?」
チルノちゃんを乗せた浮き輪をブラックが引っ張っている。
よく疲れないなぁ……
「チルノちゃんもブラックも元気ねぇ……」
「ですね……私たちは疲れてこうして休んでるっていうのに」
大ちゃんはふふふ、と笑った。
それにしても……
あの二人は心なしか本当の姉妹みたいに見える。
そんな二人を見ていて自然に笑みがこぼれてきた。
「そういえばホワイトさん」
「ん? 何?」
「さっき……何してたんですか?」
さっき……?
何のことかしらね?
「ほら……二人で抱き合ってたじゃないですか……」
頬を赤らめながら呟くように私に言ってくる大ちゃん。
……見られてた。
恥ずかしさで顔が赤くなってくる。
「え、えっと……どのあたりから見てた?」
「ご、ごめんなさい……最初から、最後まで……です」
うわ、全部見られてた……!
恥ずかしすぎるよ……
「あ、あれはね! ブラックがこうしたら暖かくなるよって言って勝手に……」
私は慌てて事情を説明した。
……たぶんあんまり伝わってないんだろうけど。
説明する私の様子がおかしかったのか、大ちゃんはぷっ、と吹き出した。
「ふふふ、大丈夫です。
このことは誰にも言いませんから」
「……なんか、ごめんなさい」
「いえいえ、謝るのはこっちの方ですよ。
勝手に覗き見なんてしたのは私達の方でしたし……
あ、チルノちゃんにも口止めしておきます」
それはありがたいわね。
あんなのを他の人にも知られたら表を歩けないわよ……
「それにしても仲が良さそうで羨ましいですよ」
「そ、そうかしら?
私にはあなたとチルノちゃんのほうが仲が良さそうに見えるんだけど?」
苦笑しながらそう言うと、大ちゃんは赤くなった頬を手で覆った。
「え、ええ!?
そう見えますか!?」
「少なくとも私にはそう見えたけど?」
「ありがとうございます……」
やっぱりこの子、チルノちゃんのことが好きなのね。
前からそうじゃないかとは思っていたけど。
でも、結構お似合いよね。
しっかり者の大ちゃんに天然で頭が弱いけど憎めない存在のチルノちゃん……
って、あれ?
これって私とブラックの関係にも似てるような……
「いろいろ大変だけど、チルノちゃんの可愛いところを見ると癒されるんです」
「例えば?」
「寝てるときに腕につかまってきたりとか、たまにだけど私に甘えてきてくれたりとか……」
確かにそれは癒されるわね。
ブラックもたまにしてくれないかなぁ。
あ、私がやっても面白いかもしれない。
「なるほどねぇ。
とりあえずお互いに頑張りましょ!」
「頑張るって……何をですか?」
「いろいろと!」
大ちゃんは軽く笑って「わかりました」と小さく頷く。
遠くに目をやると二人はまだ楽しそうに遊んでいる。
私達はそんな二人の様子を微笑みながらずっと見ていたのだった。
「そろそろ日が暮れてきたわね」
真っ青だった空も少しずつ赤みを帯びて、夕暮れが近づいていることを知らせていた。
そろそろ帰り支度を始めなければいけない時間だ。
ちなみに私達はその辺の茂みで既に服に着替えている。
「そろそろ帰りますか?」
「そうね……それがいいかも」
ブラックの提案に私は頷く。
「えー! まだ遊び足りないよ!
あたい、まだブラックと遊びたい!」
どうやらブラックはチルノちゃんにものすごく懐かれてしまったようだ。
チルノちゃんは別れたくないと言うかのようにブラックにぴったりとくっついている。
「でもチルノちゃん……もう日が暮れるし今度にしようよ」
「やだ! まだブラックと遊びたいの!」
大ちゃんがそう説得しようとするが、チルノちゃんは聞く耳を持たない。
私としてももう少し彼女達と一緒にいたいとは思うのだけれども、
私達も彼女達もそろそろ家に帰らなければならない。
「ねえ、チルノちゃん。
もうそろそろ暗くなるからみんな家に帰らないといけないの。
わかる?」
私は優しく彼女に声をかける。
これで納得してくれればいいのだけれど……
「で、でも……まだ遊びたい……」
泣きそうな声を出すチルノちゃん。
かわいそうだけど……仕方が無いものね。
「ね、また今度遊びましょ?
……そうだ! 今度うちに遊びにおいでよ。
お菓子くらいは出すわ」
ブラックはしゃがんでチルノちゃんと目をあわせて微笑んだ。
そして優しくチルノちゃんの頭を撫でた。
すると、チルノちゃんは泣き出してしまう。
「うん……絶対……だよ……!
また今度……遊ぶって約束してね……!」
「もちろんよ。
また今度ね……」
ブラックはそう言うと、チルノちゃんを優しく抱きしめる。
私達はその光景を静かに見守っていた。
この時の二人はまるで本当の姉妹のように見えた。
「さ、帰ろう、チルノちゃん?」
「……うん」
大ちゃんがチルノちゃんの手を引く。
チルノちゃんは手を引かれてゆっくりとブラックから離れた。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったわ」
大ちゃんが丁寧にお辞儀をしてお礼を言ってきた。
私も笑ってそれに答える。
「チルノちゃんも大ちゃんも……今度はうちに遊びに来てね。
あ、よかったら泊まりにおいでよ!」
「え、いいの!?」
私の提案にさっきまで落ち込んでいたチルノちゃんが目を輝かせた。
「もちろん!
面倒は全部ブラックが見てくれるから!」
「何でですか!」
私の言葉にブラックが即座にツッコミを入れる。
その様子を見て、チルノちゃんも大ちゃんも笑った。
「それじゃあまた今度暇なときにでも行きますね。
ね、チルノちゃん?」
「うん!
寝るときはブラックの隣がいいなぁ!」
「わ、私の隣?」
苦笑するブラック。
その肩をぽんと叩いて、こう言ってやる。
「いいじゃない、一緒に寝てあげなさいよ」
「う、うーん……考えとく」
ブラックの困ったような表情を見て私は笑ってしまった。
「な、何で笑うんですかぁ!」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで笑わないでくださいよ!」
「それじゃあ何? 笑うことには理由が無いといけないのかしら?」
「え、いや、それは……ああ、もう! 好きにしてください!」
ふふふ、勝ったわね。
なんか嬉しい。
私達の様子をじっと見つめていた二人もお腹を抱えて笑っていた。
「本当にお二人は仲がいいですね」
大ちゃんはくすくすと笑う。
「でしょ? だって私達、姉妹だもんねー!」
「わっ! いきなりくっつかないでくださいよ!」
ブラックの腕に抱きつくと、ブラックは顔を赤くして戸惑ったような表情を見せた。
「あーあ、あたいにもブラックやホワイトみたいなお姉ちゃんが欲しかったなぁ……」
「大丈夫、私達がお姉ちゃんになってあげるわよ」
少し落ち込んだ様子を見せるチルノちゃんに向かって私は笑いかける。
流石に本当のお姉ちゃんにはなれないけどね。
「え、いいの……?」
「もちろんよ!」
私はチルノちゃんに向かってウインクをする。
その言葉を聞いてチルノちゃんは笑ってくれた。
「ありがとう!」
「ふふ、それじゃあここでお別れね。
また今度会いましょ?」
「うん、わかった!」
チルノちゃんは大きく頷く。
チルノちゃんの顔を見て大ちゃんも微笑む。
「それじゃあ、さようなら」
「うん、また今度ね!」
私達は手を大きく振って二人が遠ざかっていくのを見送った。
完全に二人の姿が見えなくなってから手を下ろす。
「私達も帰りましょうか?」
「そうね。
帰りましょ」
私達は荷物を手にふわっ、と空に舞い上がって自宅を目指した。
湖が少しずつ遠ざかっていく。
「帰ったらお風呂を沸かさないとね」
「あ、それじゃあ姉上がお風呂を沸かしている間に私は夕食を作っておきます」
「うん、お願い」
空を飛びながらそんな会話を交わす。
「あなたとチルノちゃんが仲良さそうにしているのを見て少し嫉妬しちゃったなぁ」
「え、なんでですか?」
「……あそこまで仲良さそうにしているところを見せられちゃったら嫉妬くらいするわよ」
冗談っぽく私は笑った。
するとブラックは私に向かってこう言った。
「ふふふ、私はずっと姉上のことを愛していますよ。
妹として……一人の女としても……ね?」
「ぶ、ブラック……」
いきなりの言葉に驚いてしまった。
ブラック、そこまで私のことを……
「さ、早く帰ってご飯の準備でもしましょう」
「……うん!」
私はそう強く頷いてから彼女の腕に抱きついた。
「わ、いきなり何をするんですか!?」
「えへへ、いいじゃない。
……私がこうしていたいからしてるの。
駄目かしら?」
「い、いや、駄目じゃないですけど……
……悪い気はしませんし」
頬をわずかに赤く染めながらそう言うブラックはとても可愛かった。
もう抱きしめてしまいたいくらいに。
でもここではそんなことをしない。
……だって家に帰れば好きなだけ出来るもの。
ふと、私は彼女に聞いてみたくなった。
「ねえ、私のこと、好き?」
「はい?」
「好きかって聞いてるのよ」
私のいきなりの問いに驚くブラック。
しばしの沈黙の後にブラックはぼそりと言った。
「……好きですけど」
「違う違う。もっとロマンチックに言って欲しいの!」
「なんですか、それ」
そんなことを大真面目な顔で言ったら苦笑される。
「いいじゃない。
ブラックからそんな風に好きって言われたいって思っても……」
「全く……姉上はロマンチストですねぇ……」
ブラックはふぅ、とため息をついた。
それから私の目を見つめて……
「姉上、大好きです」
心の準備は出来ていたけど、それでもドキッとしてしまった。
夕日が照らす綺麗なブラックの顔と相まって、私は気絶してしまいそうなくらいに感動する。
「……これでいいんですか?」
「いい! 十分いいよ!」
「そうですか……全く、恥ずかしいセリフを言わせないでくださいよ……」
「でもたまに平気で恥ずかしいセリフ言ったり恥ずかしい行動したりするじゃん」
「あ、あれはほとんど無意識の行動であって……!」
慌てて言い訳をするブラック。
その様子を見ながら私は笑った。
「まぁ、いいわよ。
これ以上いじめるのもかわいそうだし」
「なんだろう……馬鹿にされている気が……」
「気のせいよ、気のせい!」
笑いながら私達は赤くなった空をゆっくりと飛んでいく。
家に帰ったら二人でゆっくりと疲れを取ろう。
そう思いながら。
次の日。
「何よこれ!?」
ブラックの叫びで私は目を覚ました。
目をこすりながらブラックのほうを見る。
「むにゃ……朝から一体何……?」
「姉上! これを見てくださいよ!」
寝起きなのだろう、ぼさぼさとした髪のままで私に何かを押し付けてくるブラック。
えーと……これは天狗の新聞?
「ほら、これ!」
ブラックが指差した記事を見てみる。
えーと、なになに……
「『誰もいない湖で……!? 春の妖精姉妹の秘められた一面!』……
って、ええええええ!?」
衝撃で一気に目が覚めてしまった。
その記事にはそんな見出しとともに……
私の後ろからブラックが抱きついている写真がでかでかと載っていたのだ。
「ま、まさか見られていたなんて……」
「ああ、もう! これでしばらく表を歩けませんよ!」
て、天狗め……
まさか撮られているなんて思いもしなかったわよ……
「はぁ、何でこんな目に……」
ブラックは大きくため息をついてベッドに顔を伏せる。
私はここで一つ学んだ。
『天狗には気をつけなければならない』ということを……
「まぁ、しばらくすれば噂も無くなるわよ……
それまで……」
「それまで……?」
私はブラックの頭を軽く撫でてから笑ってこう言った。
「二人で……一緒に過ごしましょ?」
「……それも悪くないかもしれませんね」
小さく笑うブラック。
「幸い今は夏と秋の境目。
私達には仕事も無いしね」
「それじゃあしばらくは……」
「休養もかねて家でゆっくりしましょ!」
私は外に天狗がいないことを確認してから用心のためにカーテンを閉めた。
流石にこれ以上記事にされたくないしね。
……え? これから何をするのかって?
ふふ、それは秘密。
ただしばらくの間は家で休む、とだけ言っておくわ。
それじゃ、さようなら……
まてまて、外に天狗がいなくても中に僕がいるぞ
(大量の砂糖をまき散らしながら)
そのブラックとホワイトは違う・・・w
そしてこの中に一人ほど彼女達の家に紛れ込んでいる人がいるようなのですが・・・
自分もちょっと彼女達の家に行ってきます(ぇ
コメントありがとうございました!
恐らくこの物語を見てくれた大半の人が同じような状況だと思いますねw
うん、間違いない。
コメントありがとうございます!