進撃する黒い騎士が、次々と白い兵士を薙ぎ払っていく。
守るべき王を背に勇猛に敵陣へと切り込み、白い軍勢を次から次へと討ち取っていく。
やがて騎士は力尽き敵に討ち取られたが、騎士の所属していた黒い軍勢の指揮官は、ただ不敵に微笑むのみ。
最初から騎士は捨て駒、寧ろ予想外の働きをしてくれた。白い軍勢は既に抵抗の余力はない。
白い軍勢の指揮者は額に汗を浮かべ懸命に打開策を探るが、もう遅い。
黒い軍勢の指揮者たる白黒魔法使いは、兵士の一人を
「チェックメイト、だぜ」
黒い軍勢の指揮者、霧雨魔理沙の宣言がその戦場の
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
――かくして、紅魔館テラスを舞台としたチェス大会は決着した。
「あーもう、七面倒臭いゲームねぇコレ」
「あら、それでいいって言ったのは霊夢じゃない。ルールは知ってるって言ったの、貴女よ?」
ぼやく霊夢を笑って嗜めるのは永遠に幼き赤い月ことレミリア・スカーレット。この茶会のホストである。
チェス大会の参加者は以上の三人の総当たり戦、一番負けた者は次の茶会の菓子代持ち。
そんな他愛も無い勝負の結果は、博麗霊夢の一人負けと相成った。ちなみにレミリアは一勝一敗、魔理沙は全勝だ。
(ま、妥当な結果かしら)
冷めてしまった紅茶で唇を潤しながら、レミリアはそんなことを考える。
元々勝負を持ち出した魔理沙からして、霊夢をぎゃふんと言わせたいがためにわざわざチェスを選択したのだ。
博麗霊夢は比類なき天才であり神憑り的な運と勘を持ち合わせている。
しかし博麗霊夢は努力をしない、練習をしない、訓練をしない。たいがいのことは運と勘で何とかしてしまうし、飲み込みも早い。
あるいは、無意識的に自分の能力を抑えこむために努力が
そこに、隙がある。運や勘の介入する余地が少なければ少ないほど、霊夢と常人の差は小さくなっていくということなのだから。
外の世界において、チェスが最も強いのは機械の式神であり、何故強いのかと言えば計算によって有り得ないほど先の手を読むことが出来るからなのだと言う。
つまり、そういった運や勘を持ち合わせない機械が計算力による先読みで頂点に立つほどに、チェスは計算と理性が支配する遊戯なのだ。
例えばもし仮に霊夢が運と勘で“その盤面において最善の一手”を打てたとしても、それすら計算に入れて先の手を読んでいればその一手は無意味。チェスとはそういうゲームである。
そのような舞台に限定すれば、楽園の不思議な巫女“博麗霊夢”もただの少女と大差ない。
普段から咲夜やフランとチェスに興じている魔理沙ならば十中八九勝つだろう。魔理沙はそれを正確に理解した上で、霊夢をチェスの勝負に引きずり込んだ。
――将来的に博麗霊夢と同等以上になりうるのは、やはり霧雨魔理沙だけなのだろうとレミリアは思う。
特異能力に己の存在理由を依存した妖怪でもなく、手足を動かすように特異能力を“扱えてしまう”咲夜や早苗のような存在でもなく、
考えうる勝利の筋道の為ならあらゆる手段を自由に行使出来、あらゆるものを捨て去ってしまえる“人間・霧雨魔理沙”だけが、博麗霊夢に追いつきうる――。
そんな益体もないことを考えながら、レミリアはやいのやいのと騒ぐ二人の人間を微笑ましい心持ちで眺めていた。
と、そんなレミリアの耳に、コツコツと言う規則正しい足音が届いた。
館の中、今居るテラスの部屋に面した廊下の北の端辺りからこの部屋へ向かってきている。無論常人に聞こえる位置ではない。
(咲夜か)
足音の癖ですぐに分かる。これは彼女の従者の足音だ。
本来咲夜なら足音を立てずにこちらに来ることなど容易い。気配を感じさせずにレミリアの背後に現れるのも朝飯前だ。
この足音は合図、レミリアにだけ聞こえる合図、今からそちらに行きますよと言う意思表示、主を不意に驚かせぬようにしようという瀟洒な心遣いである。
「いいわよ、入ってらっしゃい」
レミリアは、そんな優雅なノックに小さく答えた。
そばにいる霊夢と魔理沙にも聞こえぬような小さな返事を、彼女の従者はいかなる方法によってか瞬時に聞き取り――
「失礼いたします」
――今度こそその能力に見合ったやり方で、まるで気配を感じさせぬままレミリアの背後に現れた。
銀の髪に銀時計、着込んだメイド服の下には銀の短刀。それのみならずその病的なまでに白い肌も引き締まった身体も、細面の美しい顔までも、何から何まで冷たい銀色を連想させる一人のメイド。
「あら、咲夜。お邪魔してるわよ」
「咲夜ー、お茶のおかわりくれよ」
レミリアの背後に立つ銀の従者、十六夜咲夜に気づいた二人の人間は、ほんの少しも驚くことなく軽い挨拶をする。
幻想郷に住んでいればこの程度はよくあること。殊にここにいる人間を驚かすにはこの程度ではとても足りない。
「それで咲夜、いったい何の用かしら?」
「昼の一時十分前なので、お仕事の準備をする時間でございます。
お部屋の準備は整っておりますのであとはお嬢様の支度待ちですわ」
もうそんな時間だったかと、レミリアは小さくため息を付いた。
時計の確認はしない。十六夜咲夜がこう言っている以上、今は間違いなく一時の十分前、仕事に取り掛かるべき時間なのである。
「悪いわね、二人共。そういう訳だから今日のお茶会はコレでお開き――」
そこまで言いかけたところで、レミリアは友人ふたりが奇異の視線を向けてきていることに気づいた。
「あんたが仕事? 咲夜達の仕事を増やすのが仕事じゃなかったの?」
「私達が居るからって見栄張らなくていいんだぜ? 私達はお前のことをちゃあんと分かってるから、な?」
目を丸くして驚く霊夢と腹が立つくらい優しい口調の魔理沙に、レミリアはとりあえずデコピンを見舞った。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
「幻想郷に来る前は領地があったから、領民を他の妖怪から守ってやる代わりに、上納金と血液型B型の娘を収めさせてたのよ。
けど、こっちじゃそう言うのご法度だしね? しばらくは財産の処分で食いつないでたんだけど、交友関係が広がって出費も増えたし新しい事業に手を出すことにしたの」
昼下がりの紅魔館。直接廊下に差し込まぬように工夫された採光窓の働きで明るい廊下を、身振り手振りで説明しながらレミリアが歩いていく。
説明中に両の腕が上がったり下がったりするたびに、背中の蝙蝠羽もピコピコ揺れる。どうやら相当興が乗っているらしい。
その直ぐ後ろを着いて行くのは霊夢と魔理沙。霊夢は興味なさ気に欠伸をしながら、魔理沙は興味津々といった風情で。
咲夜はそのさらに後ろ。主の言葉を邪魔せぬよう、静かに静かに付き添っている。
三人のお茶会はお開きとなったが、霊夢と魔理沙がレミリアが仕事をしているとどうしても納得しないのに業を煮やしたレミリアは、
「それならこの私の素晴らしい仕事ぶりを見せてやる」と半ば強引に二人を同行させることにしたのだった。
霊夢の本日午後の昼寝タイムと魔理沙の本日午後の図書館漁りタイムは、当然のことながら中止である。
館内を歩くこと五分ほど、両開きの大きな扉の前でレミリアは足を止めた。
彼女は口元をニィと吊り上げ不敵に笑うと、重い扉をその細い右腕一本で、勢い良く開け放った。
「ようこそ人間、私の仕事場へ」
部屋は屋敷の普通の部屋よりは広かった。おおよそ寺子屋の教室と同じくらいだろうか。
淡紅色の漆喰の壁にワインレッドのカーテンと絨毯と言った内装は他の部屋と同じものだ。
しかし、この部屋は紅魔館の中では他にない程に窓が多い。
そして部屋には家具は殆ど無く、その代わりに銀色に輝く簡素な洋服掛けが所狭しと並んでいる。
その洋服掛けに掛かっている服の数はいかほどか。恐らく百は超えているだろう。フォーマルなドレスが大半だが、エプロンドレスやパンツルック、和服や寝間着などもちらほらと見受けられた。
その洋服の立食会がごとき光景に少々気圧されている霊夢と魔理沙の横をすり抜けて、レミリアがウキウキと部屋に足を踏み入れた。
小さくステップなど踏みながら、にこにこ顔で窓からの陽光に身を晒す。
「ねえ咲夜、アレ、大丈夫なの?」
「この部屋の窓ガラスはパチュリー様お手製の有害光線シャットアウト窓ガラスですわ。『やはり職場は明るい雰囲気が重要』とのことでして。
紅魔館が10年の月日を費やして営々と創り上げた究極の対吸血鬼用日光浴装備。抜かりは一つもございません」
「そんなもん作らせる時点で吸血鬼としてどうなのよ」
呆れ顔の霊夢の問いにしれっとした顔で答える咲夜。
まあ、元々紅霧異変以降「早起きは三文の得らしいから」と朝六時に起床する癖を付けたのがレミリア=スカーレットと言う吸血鬼である。
他の吸血鬼のことは知らないが、きっと仲間内でも変わり者扱いだったのだろうなと霊夢は思った。
「さて、咲夜。仕事を始めるけど準備はいいかしら?」
「はい」
一通りはしゃぎ終えたレミリアが咲夜に問うと、小気味良い返事がすぐさま返ってきた。
咲夜が虚空を一瞬まさぐると、その手に手品のように鉛筆と『管理台帳』とタイトルの付いた帳面が姿を表した。
レミリアは手近な洋服掛けに手を伸ばすと、そこに掛かったドレスの中から光沢のあるタイトなドレスを選び出す。
ちらりと横目で咲夜に合図を送ると、咲夜は台帳をパラパラと捲った。
「人間の里の稲田氏からの品です。
こちらに服を送ってくるのは初めてですわ」
「ふうん、色使いは悪く無いわね?」
レミリアはそう言って、ドレスの裏表を眺め、自らの胸の前に当てて、或いは咲夜の胸元に当ててそのデザインをしばし楽しんだ。
しかし、レミリアの指先がさっとドレスの表面を撫でたとき、その表情が渋いものに変わる。
何度か表面を撫で、咲夜にも確かめさせ、最後に服の一部をくしゃりと握りしめて折り目を確かめる。
それらの作業をすべて終えてから、レミリアは残念そうに嘆息した。
「残念だけど今回は縁がなかったってことにしといて。
アドバイスとしてはいきなり特別な処置が必要なものにチャレンジするのは考えものってところかしら。
出来れば咲夜からもアドバイスを一つ二つあげて頂戴」
「承知いたしました」
そんなやりとりをしながら咲夜が手元の台帳に何事かを記入し終わった、ちょうどその時。
「おい、楽しんでるところ悪いが何をしているのか教えてくれ」
ようやく、魔理沙が口を突っ込むことに成功した。
完全に置いてけぼりになり小さくなっていた人間二人に、レミリアは思い出したように――実際、たった今居ることを思い出したのだろう――向き直った。
「あー、ごめんなさい。つい夢中になっちゃったわ。
“何をしているのか”ねぇ? それじゃあ貴方達には今のはどう見えた?」
「服の品定めってのはそりゃ分かるわよ。何この服の山、紅魔館で作ってるの?」
「前半は正解で、後半はハズレ。この服は幻想郷中の服飾職人達から送られてきたものなのよ」
いまいち要領を得ないといった風に頭を掻く霊夢に、レミリアは得意げに答えた。
先程のドレスを咲夜に持ってこさせ、二人に手渡す。
「二ヶ月に一度、こうやって集まってきた服を鑑定して、見事な出来だと認めた職人だけに“私の傘下の職人である”って証明書を渡して、後援者になってあげるのよ」
「へぇ、服屋を紅魔館で飼うのか?」
「いちいち紅魔館まで呼ばないわ、金銭援助だけ」
受け取ったドレスを弄り回す少女達を見ながら、咲夜は人差し指をピン、と天井に向けて立てて言った。
「ちなみに霊夢にも分かるように例えると、ひと月の援助額があれば毎日夕食にお肉を食べられますわ」
「なん……ですって……?!」
抱えていた服を手の中から落として、霊夢が驚愕する。(落ちそうになったドレスは、魔理沙が慌ててキャッチした。)
二ヶ月に一度服を献上するだけで毎日肉が食べられるだなんて、そんな!
――ちなみに、霊夢が想定している夕食の肉は“豚のくず肉を100gばかり買ってきて作る生姜焼き”で、
咲夜が想定していたのは“焼けた鉄板でジュウジュウと音を立てる分厚いサーロインステーキ”である。
「無論、私が認める職人になるのは厳しいわよ? 縫製技術とデザインセンス、それに毎回新しいものを作り出せる発想力と丁寧さだって必須」
「お前さんのセンスで鑑定されちゃ職人も大変だな?」
「失礼ね魔理沙。私やフランや咲夜が、貴方の前で見苦しい格好をしていたことがある?」
そう言われて、魔理沙は目の前に立つレミリアと咲夜の姿を改めて見直す。
なるほど、レミリアに置いて壊滅的なのは、どうやらネーミングのセンスに限られるらしい。
「それじゃ、このドレスは何がいけなかったの? 見たところ、酷い作りじゃないみたいよ」
手の中のドレスを掲げて示しながら、霊夢が問う。
レミリアはため息を一つ吐くと、そのドレスを指で指し示した。
「センスは合格。でも手触りを確かめてみて。その光沢は外の世界の素材でコーティングしてるのよ。
確かに見た目は綺麗だけど、ごわつくし傷が入ると直ぐダメになる。調達だって難しいし」
そう言われて改めてドレスを撫でてみれば、手触りは固く、先程折り曲げた場所には白い筋が残ってしまっている。
「ただ綺麗なだけじゃ駄目なのよ、弾幕少女のファッションは実用的で頑丈で長持ちじゃなきゃあね?」
レミリアの言葉に魔理沙は感心したように息をつく。
最初こそからかっていたが、レミリアの仕事に対する熱意は本物のようだ。
と、レミリアが一歩二人に近づくと自らの着る服の襟首をひっくり返して、二人に指し示してみせた。
何事かと覗き込んでみれば、襟の裏には蝙蝠をあしらった紅い刺繍が一つ。
「私の傘下の職人は三つの義務を負うわ。
ひとつめは必ずこの紅い蝙蝠の刺繍を入れること。ふたつめは自分の名前ではなく“スカーレット”と言うブランド名で問屋に下ろすこと、
そしてみっつめは問屋に卸した時の儲けの三割は紅魔館の物とすること。それだけをしてくれるなら後は自由。望むなら問屋との仲介もやってあげてるわ」
なるほど、その三割の儲けが紅魔館の収益になるわけだ。しかし――
「儲かるのか、それ? 職人への給金だって相当なもんだろ?」
「そうね……咲夜?」
「はい、霊夢にも分かるように例えますと――」
「なんでいちいち私基準なのよ」
半眼で睨めつけてくる霊夢に、霊夢がわかれば皆理解できるでしょうから、と咲夜は悪びれずに答えた。
「で、霊夢にも分かるように例えますと――三ヶ月分の利益があれば博麗神社の立て直しくらいなら余裕ですわね」
「な、なんですってーーーー!」
世紀末的な驚きを顔面に示しながら、霊夢が叫ぶ。
なんということだろう、地震で崩れた時だって、本来金のかかるべき箇所を妖怪どもをこき使って一生懸命浮かせたというのに。
それを、それをたった三ヶ月で稼ぎ出すというのか!
――ちなみに、霊夢の“今の博麗神社をそのまま立て直す”という想定に対して、
咲夜の意図は“現在よりも立派で大きな規模になるように立て直す”であったりする。
霊夢がわなわなと立ち尽くしていると、ふと咲夜が窓の外に視線を移した。
「お嬢様、お客様のようです」
「こっちは一人でも大丈夫よ、お客様の応対をしなさい」
「御意」
短いやりとりのあと、咲夜が部屋から掻き消える。
さて、もどってくるまで仕事をするかとレミリアが伸びをしたところで、魔理沙がレミリアの小さな肩をぐっとつかんだ。
「なあ、レミリア。次の鑑定って二ヶ月後か? 私にも一口噛ませてくれよ」
「あら、貴方が美しいドレスを縫いあげて献上してくれるのかしら?」
「応よ、アテはあるんだ。何ならお前のブランドを蹴落として、市場を独占してやってもいいんだぜ?」
そんな自信満々な魔理沙の台詞を聞いて、レミリアが小さく笑った。
洋服掛けの森の中へと足を踏み入れ、やがて一着のドレスを手に戻ってくる。
白いケープの付いた空色のエプロンドレス。袖口や襟首を中心に、七色の刺繍がドレス全体をもり立てている。
色数は多いが下品ではなく、まさに職人芸と言える見事な出来栄えであった。
そのドレスを見て、魔理沙はあっ、と口を開けた。そのドレスの刺繍の癖には見覚えがある。
「さて魔理沙、貴方のアテってひょっとしてこれかしら?」
「なんだよ、アリスの奴、もうレミリアに尻尾振ってたのか」
そう、それは魔理沙の友人、七色の魔法使いことアリス=マーガトロイドの作った服であった。
まさに魔理沙はアリスを抱き込んで、紅魔館の“スカーレット”ブランドに挑戦しようと思っていたのである。
「我が親友、パチュリー=ノーレッジ推薦のブランド筆頭職人。稼ぎの二割くらいは彼女がはじき出してるわよ」
我事のように得意げに胸を張るレミリア。
霊夢はアリスのドレスを手に取ると、感心したように呟いた。
「ふうん、人間以外も服を作ってるのね」
「それはそうよ、人間だけじゃこんな数は集まらないわ」
レミリアはもう一着、洋服掛けから服を取り出した。
小さな子供用のワンピースで、他のドレスと比べればずっと質素なものだが、作りはしっかりしていて出来は良い。
「これはそこの湖の大妖精のよ」
「へ、妖精って縫い物できるの?」
霊夢がその服を見て目を丸くする。あの悪戯ばっかりで一秒先のことも考えていない連中が、こんなにしっかりとした服を作るのか。
ひょっとしたら、妖精がいつも着ているあの服は、自分で繕っているのだろうか。
「幻想郷じゃ知らない人も多いけど、欧州じゃ靴や服を勝手に作っちゃう妖精も居るのよ。基本的にあいつら縫い物は好きなの。
そうね……夜寝る前に、材料と道具と、それからミルクとパンでも縁側に置いておくといいわ。翌日には服が一着出来上がってる」
ワンピースをハンガーに戻しながら、レミリアは続けた。
「あの子たちにとっては、人のものを使って“勝手に縫い物で遊んで”、その上パンとミルクも“盗み食い”出来るって最高の悪戯よ。
あの大妖精って子は引っ込み思案でおとなしいけれど……そういう意味じゃ、誰よりも悪戯が好きで、悪戯がうまい子よね」
「じゃあ、チルノとかも縫い物するわけ?」
「あの子が他の妖精から馬鹿にされるのって、つまりそういう事なんじゃないかしら?」
ふうむ、と唸って、霊夢は顎に手を当てる。
その何処か煮え切らない霊夢の表情を見て、レミリアはクスクス笑った。
「どうしたの? 何か納得がいかなさそうだけれど」
「んー、そうねー、そりゃ凄い仕事してるなあとは思うけどね。どうも手応えが無いというか。
仕事ってのはもっとそれなりの手応えがあるべきでしょ? なんか遊びじみてるって言うか、浮ついてるって言うか」
そんな霊夢の意見を魔理沙がせせら笑った。
何言ってるんだこいつはと言いたげな表情で、霊夢の方をポンポンと叩く。
「人の事が言える立場かよ。お前が真面目に仕事らしい仕事してるとこなんて想像もつかないぜ」
「だから暮らしが質素なのよ。稼いでるならそれなりの苦労があってしかるべき、私は贅沢も忙しさもゴメンだわ」
相応の対価は相応の労働があってこそ。それが霊夢の信じる価値観だ。
だからこそ、あくせく働いて豪勢に暮らすより、日替な一日お茶を飲んで質素に暮らす。そんなスタイルを彼女は好む。
こんな今日の洋服を選ぶようなノリで大金を稼いでいるというのは、どうにもしっくり来ない。
「これでも結構重労働なんだけどね。ブランドの責任は全部私にあるんだから、ヘタな職人抱え込んだりしちゃ他の人達まで纏めて評判落とすことになりかねないわ。
他人の運命を背負い込むというのは、どうしてなかなか大変なことなの。
そうね……貴方達も一度“スカーレット”のブランドに袖を通してごらんなさい。そうすればきっと貴方ももう夢中。私の仕事の素晴らしさ、きっと解ってもらえるわ」
そんなレミリアの言葉を、霊夢は
「必要ないわ、霖之助さんの繕ってくれた服で私は十分過ぎるくらいよ」
と、バッサリと切って捨てた。
実際、彼女のいつも着ている巫女服は(そして魔理沙のエプロンドレスも)香霖堂の店主が繕ったものだ。二人にとってはそれだけあれば、確かに十分ではあるだろう。
魔理沙の方はと言えば、どうやら霊夢とは対照的に、“スカーレット”ブランドには興味があるらしい。
どこに行けばそれを買えるのか、とレミリアに問うてきた。
「里の服屋で聞けば直ぐに手に入るわ。“スカーレット”と言えば、今や村娘から妖怪までみんなが求めるトップブランド。
でも、そうね、確かに霊夢の言う通り。貴方達には
レミリアは魔理沙と霊夢を見ると、意味ありげに小さく笑った。
何を笑っているのかと二人が訝しがった、その直ぐ後に。
「おや、霊夢に魔理沙じゃないか。来ていたのかい?」
そんな聞き覚えのある声が、部屋の入口から聞こえてきた。
「あら、霖之助さんじゃない。今日は」
「どうしたんだよ香霖、こんなとこに顔出すなんて珍しいじゃないか」
二人が振り向いた先、部屋の入口に立っているのは細面の銀髪の青年の姿。
魔法の森の入り口で古道具屋“香霖堂”を営む森近霖之助その人である。
「お嬢様、お客様をお連れいたしましたわ」
と、その後ろから咲夜が声をかけてくる。
霖之助はレミリアの方へ歩み寄ると、手にした荷物を彼女に手渡した。
「すまないね、今日が期限だということをすっかり忘れていた」
「〆切は昨日よ。まあいいわ、特別に許してあげる」
レミリアが受け取った荷物、それは
霊夢と魔理沙が着ているものより幾分豪奢な刺繍とフリルが施されている。
レミリアはその服のじっくりと検分し、手触りを確かめ、あちこちを強めに引っ張って縫製を確かめる。
「相変わらずいい仕事ね。前々から言ってた話、考えてくれてる?
家に住みこみで働いてくれるなら、倉庫にある古道具だって弄りたい放題よ」
「魅力的なお誘いだがお断りしよう。僕にとって服を繕うのは副業、本業はあくまで香霖堂の店主さ」
そう言って肩を竦める霖之助。
レミリアはこの男の腕を高く買っているが、言われなければ服を提出しないやる気の無さだけはどうにも気に入らないところがあった。
霊夢と魔理沙の方を見返してみれば、二人は今度こそ信じられないと言いたげな気の抜けた表情で、自分達の服の襟の裏を確かめていた。
そこには間違いなく、小さな紅い蝙蝠の刺繍があるはずである。
「言ったでしょう? 一度“スカーレット”のブランドに袖を通してごらんなさい。そうすればきっと貴方ももう夢中ってね」
茶目っ気たっぷりに、レミリアは二人にウインクをしてみせた。
大チル書いてもいいんだぜ!
で、大チルの話はどこで読めるんだい?
オチよし。
雰囲気よし。
なんてこった・・いいセンスしてやがるっ・・・!
夜の神社の縁側に置かれてるパンと裁縫道具に気がついた大ちゃんがにぱぁ~といった感じにパンをほおばり、楽しそうに裁縫する姿を幻視したら鼻から血がでたwwwマジです。
そしてそこから霊大が始まった。
自分の妄想力にびっくり・・・!
なんというか物語に過不足が無い。登場人物達のキャラも立っている。
オチもスマートですよね、外国の短編小説のようだ。
この一作からでもなかなかの好打者のように私からは見受けられます。
長打力の有無やクラッチヒッターかどうかはしばらく様子見で。
上から目線の感想みたくなってしまってゴメンなさい。次回作、楽しみに待っています。
こういう雰囲気の作品は珍しいですし、カリスマなお嬢さまと非常に合ってました。
オチもきれいにまとまってましたが、全体的にあっさりしすぎてちょっと物足りなさを感じました。
応援してます、次の作品も頑張って下さい!
好みの作品です
「オチがアリスかなー?」と思ってたら更に上だったぜ……
皆さんありがとうございます。
そして削除キーが何故か通らない罠を食らったので、こちらのレスで失礼します。
コメント39さん
これからは濃口の文章で頑張ってこうと思ってます。
コメント44さん
ちゃかちゃか書くのは難しいですが、たまに見かけたら読んでくださるととても嬉しいです。
コメント47さん
アリスはまず食いつきそうだったなーってのがあったんで、オチにはならないかなと個人的に。
一点
外国姓名の=は、たしか名=姓ではなく二重姓だとかなんとか。だからパチュリー=ノーレッジだとパチュリー家及びノーレッジ家の誰かさんとかなんとか家の「パチュリーノーレッジ」(全部名前)さんみたくなっちゃうとか。英語表記で-を日本語で=に通例でやるそうですよ。
中身がロイヤルな(?)ネタだったから、余計に気になってしまいました。
切り口が非常に面白かったです
お嬢様みたいな高貴な人に合ってる商売だし
個人的に霖之助さんがオチで出現して嬉しかった。
お嬢様が貴族らしさを見せているお話好きです
霖之助がオチというのも良かった
霊夢・魔理沙の強さに関する考察や、実はもう「スカーレット」ブランドを身に着けていたというオチも含めてとても面白かったです。