Coolier - 新生・東方創想話

Wを探せ/村紗水蜜社会復帰計画

2010/09/25 11:30:43
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 告
 前作:Mと沈め/船出の錨を振り切って
 あらすじ:前回のみっつの出来事(文字色反転)

 ひとつ 水橋パルスィ、旧地獄に落とされてやさぐれた村紗と出会う


 ふたつ 飛倉争奪の中で村紗、見失っていたものを見つける。


 みっつ しかし、飛倉は偽者だった。















「……これは、何をしているんでしょうか」
「見て分かりません? 内職ですよ」 
 
 そこは、倉庫だった。

 玄関先で私が尋ねると、雲居一輪は膝に乗せた服に針を通しながら言った。彼女の傍らにはそれと同じような衣服と、天井まで届きそうなほどに積み上げられた紙箱が積まれていて、その影には面積がまな板三枚分ほどしかない調理台が見えた。三畳ほどしかない部屋の隅には一組の布団が鎮座していて、それを敷くためにはこの箱の山の半数を退かさなければならないようだった。一畳あれば寝られる、なんてレベルですらない。
 そんな踏み場の無い家の中で、一輪は言う。

「子供服のボタンを縫い付けるんです。他にも酒瓶のラベル張りとか、これで結構いい収入になってくれているんですよ」

 そう言ってこちらに笑いかけた彼女の頬は、少しだけやせ細っている。私はなんと声をかけたらいいのかわからなかった。
 彼女の頭の中は真っ白で、単純作業を延々と続けるからくり人形のようでもあった。興味深い。そんな感情が私の内から湧き上がるより先に、彼女の不憫な生活っぷりに足がすくんでしまう。
 先日、ちょっとした騒動の末に知り合った彼女、雲居一輪の家を探すのは簡単だった。名前を言えば半数近くの住人が知っていると答えた。家の場所を聞き出すのに十分も掛からなかった。しかし、彼女の家を訪ねてみればこの有様である。此処に住んでいると聞いた場所に言ってみれば、何棟も連なった借家が続いていて、彼女の家はその中のひとつ。そういった場所で生活をしている人は知識の上では知っていたが、現実に知り合いがそうしているのを見たのは初めてで、想像以上だった。いかに自分が恵まれた生活をしていたかということを嫌でも実感させられてしまう。

「他にもパートタイムで働かせてもらったり。この街の人達は親切な人ばかりで、助かってます」
「は、ハァ……ところで、ひとつ聞いてもいいですか? 一輪さん」
「はい、何でしょう」

 彼女はこちらに振り向いた。その表情があまりにも生き生きしているものだから、私は言葉を発するのを一瞬だけ躊躇った。
 しかし、一輪の指先がこちらを向いても尚止まらないのを見て、そうもいかなくなった。

「……村紗さんは、どこでしょうか」

 彼女の同居人であるはずの村紗水蜜の姿が見当たらない。そもそもこの家には彼女達が二人眠るスペースが無かった。それでも彼女達はふたりのはずだった。

 しかし、一輪はなんの戸惑いもなく言った。

「……パチンコに行ってますが?」
「まぁ!」

 ぱちんこ!
 まぁ! なんて酷い人なんでしょう!
 こんなに苦労している一輪を置いてぱちんこしに行くだなんて!

 ……と、正直に驚けないところが自分の能力の残念な点である。それが嘘だと簡単に見抜けてしまう。一輪もそれに気付いているのか、手を止めて口元を押さえた。

「冗談です。表に買い物に行ってますよ」
「それはよかった」
「ええ、これ以上出費が増えたら生活できませんから」

 今の状態でも生活に困窮しているのは目に見えて明らか。にも関わらず彼女はこの環境を苦とは思っていない。 

「……貴方、随分とたくましいですね」
「そうですか?」と、一輪は嬉しそうに言った。
「なんというか、主婦みたいというか」
「まさか、そんな。私はいつもどおりです」

 一輪は明るく笑う。いつもどおりが主婦らしい。
 しかし残念だ。これで村紗が本当に家の金を持ち出して遊びに行っているのだとしたら、どこかで見た覚えのある『崩壊した家庭』を実際にこの目に出来たかもしれなかったというのに。

 お約束は返されるちゃぶ台。
 近所迷惑な喧嘩と泣き叫ぶ子供。
 転がる酒瓶に働かない亭主。
 そして決め台詞「実家に帰らせていただきます!」

「……ゾクゾクしますね」
「あの、さとりさん?」
「え? あ、失礼」
 
 一輪が私の顔を覗き込むようにして見ていた。私は自然と唇をなぞっていた指先を後ろ手に隠した。まったく、どうやら私も相当毒されているらしい。そんなことにはならない。そんなことは分かっている。彼女達はもう、ずっとふたりだ。

「ただいまー、頼まれてたの買って来たよー」

 ガタリと音を立てて引き戸が開く。戸の隙間に滑り込むようにして家に入った村紗は右手に持っていた袋を床に置いて、外を見ながら腰を落した。「だー、疲れたー」そう言って思い切り息を吐いたところを見ると、かなりの量を買い込んできたらしい。

「にしても、お酢に味醂に梅干にー……ねえ一輪。私、酸っぱいのはそんなに好きじゃあないよ? まさか嫌がらせ?」
 袋の中を漁りながら村紗は愚痴る。一輪はまったく語調を変えずに返答した。
「まさか。偶然じゃあないの」
「そうかな」
「そうなの。いいから、台所に仕舞っておいてくれる? 私、手が離せないから」
「りょーかい」

 お互いに顔もあわせずに言葉を交わし、村紗はブーツを脱ぐと、面倒くさそうに腰を上げて、
「……あ、」
 そして、私の姿を見つけて、固まってしまった。
 緩みきっていた気が一瞬で締められる。村紗は一瞬だけ座っている一輪の後姿を見て、すぐに私を見た。言葉には皮肉と、心には警戒心がありありと表れていた。

「珍しいじゃない。地霊殿の主様がこんなへんぴなところに来るなんて」
「どうもお邪魔しています。いえ、そんな身構えなくても。別に変な意図があって訪ねたわけではありませんから」
「じゃあ、何しに来たって?」
「それは……」
 これといって目的なんて無い。それが事実だというのに、村紗の表情を見ていると、そう言ってはいけないような気がした。言葉が続かず、自然と目をそらしてしまう。私と馴染みの薄い彼女が私に良い印象を抱かないのはわかるつもりだ。覚り妖怪としての第一印象は、それが当然なんだって思っているから。
 いつまでも、言葉が見つからなかった。

「……友達が、家に訪ねてきちゃいけないっていうの?」

 だから、一輪のその言葉に、私達の視線は首ごと持っていかれた。唐突な言葉は心の底からの本音なのは間違いなくて、私は「え?」と声を漏らしてしまう。村紗もそれは同じだったようで、目を丸くして一輪の背中を見ていた。

「なぁに? 私、変なこと言ってないでしょう?」
「まぁ、そうだけど……いつの間にそんな」
 不思議そうに振り向いた一輪に困惑する村紗だけれど、無理も無いことだと思う。自分の大切な親友が突然に「覚り妖怪が友達よ」なんて言い出したのだから。でも、そこにあったのは後悔と少しばかりの嫉妬心。全てを見透かす覚り妖怪は、自分の知らない雲居一輪を知っているかもしれない。そんな、本当に些細なジェラシーなのだけれど、そんなものを抱く彼女がなんだか少しだけ可愛らしく思えた。

 ──お願いが、あるんです。

 もうひとつ、別の思考が流れ込んでくる。言うまでもなく一輪のものだった。「話を合わせてくれますか」とこちらへ意識を飛ばしてから、一輪は一瞬だけ私を見た。

「じゃあ村紗。私達は少し出かけてくるから。夕食までには帰ってくるし、下ごしらえはしてあるわ」
「え?……ああ、うん。いってらっしゃい」
「よろしくね。じゃあ行きましょ、さとりさん」

 言うが早く、一輪は立ち上がる。そうしてまた私に合図を送って、家を出た。私は慌ててその後を追った。村紗はぼんやりと立ち尽くしたままだった。
 表に出ると、一輪は水撒きをしていた隣人に軽く挨拶をして、私に笑いかけた。
「急にごめんなさい。変なこと言い出して」
「いえ、別に」
「少し歩いたところにお気に入りの店があるんです。行きませんか?」
 別に断る理由も無かったが、どうも不思議な感覚があった。例えるなら夢の中にいるような。景色が曖昧で、それが現実なのかはっきりと認識できない。だからなんとなくで、私は首を縦に振った。

 彼女と歩く旧都は新鮮だった。自分ひとりの時やパルスィたちとは違って、一輪は立ち並ぶ店をよく覗き込みて、それぞれに慣れた様子で挨拶した。街の人々もそれに答えて、一輪を名前で呼んだ。ずっと昔からの馴染みなのだろう。いっちゃん、なんて呼ぶものまでいた。皆と話が出来て、それぞれ違った話をして、それぞれ違った表情で笑っていた。きっと、私には出来ないことだった。私に気付いた人が挨拶をしてきても私にはそれに上手く答えることなんて出来ないのだ。
 そうしてしばらく一緒に歩いてから、私達は小さな茶屋に入った。お団子と緑茶が運ばれてきてから、静かに、一輪は話を切り出した。
 彼女の悩みは、知っていた。

「村紗のことなんですが──」

 



 ~Wを探せ/村紗水蜜社会復帰計画~
 




 1

 街は流れていく。

 物の流れ、人の流れ、そして、そこに必然的に生まれる金の流れ。
 切り離された世界である幻想郷、それからも切り離された世界であるこの街においても、それは例外ではない。
 旧都には旧都なりの社会があり、流れがある。
 そこに住む人々は自分の役割を見つけ、その流れの一部となる。

 酷く簡単な話なのだ。

 彼女は、何も見なかった。
 物の流れ、人の流れ、金の流れ。
 隣に居た誰かすらも見なかった。
 
 だから、辺りを見回して、気付いたのだ。
 自分がその流れから大きく外れてしまっていることに。

 そう、簡単に言ってしまえば。

 村紗水蜜には、仕事が、無かった。






「……それで、どうしてこうなっているのでしょう」

 落ち着き無く店内を見回す一輪の向かいで、私はカップを口から離した。ローズティーの透き通った水面が微かに揺れて、映した私の顔を歪めている。今日の味はいつもより少しだけ甘みが強かった。何度か足を運んでいるけれど、この店の味は何度味わっても新しい発見がある。

「貴方は村紗水蜜にこの街に馴染んで欲しいのでしょう? それを解決するためにはこうするのが一番早いと考えたのですが……いけませんでしたか?」
「いえ、それは悪くないんですけど……」

 白を基調とした店内にはテーブルが6つほど並んでいて、その全てに老若男女様々な姿が重なっていた。皆それぞれ談話や読書に勤しんでいる。それだけならば此処はただの喫茶店だった。しかし、この店は異質だった。
 ウエイトレス。給仕係。その制服が異常なのだ。この店の主人のこだわりとの代物は超のつくほどのミニスカートである。フリルのたっぷりとつけられた、ドレスにも似た制服は私の知識の中でしか見たことの無いメイド服というものに酷似していた。実際、それを模しているのだった。
それぞれのテーブルで、過剰ともとれる接客が繰り広げられ、こういった光景に慣れていないであろう一輪はそれを直視できないようで、それを眺める私だけを見ようとしていた。

「たまにはこういうのもいいでしょう?」
 一輪は少し考えてから答えた。
「はぁ……でも、貴方ならこうした扱いをされるのには慣れているのでは? 地霊殿の主でしょう?」
「ペットたちに?」私は店内を見ながら首を振った。「残念ながら、こうはいきませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ、どちらかといえばあの子たちは、共に暮らす同居人のようなものですから」

 だからこそ、私はこの店に通うのだろう。この店に訪れる人々の心中は多少軽蔑する箇所もあるが、だからこそ見ていて新しい発見がいくつもあるし、なによりも彼らの思考は他の者たちとは一味違っていて興味深い。結局、私の行動原理は今も昔もこれからも、なにがあろうともそれなのである。

 そういうものですか、と一輪は背中に体重を預けた。彼女の向こうではフリルの塊のようなミニスカートを履いた若い娘が、慣れない様子で注文をとっていた。彼女の薄い緑の掛かった銀色の髪を私はどこかで見たことがあるような気がした。その姿を追っていると、恐る恐るといった声が耳に届いた。

「……街に馴染むためにはそこでの自分の役割、仕事を見つけるのが一番だと言ったのはさとりさんでしたけど……」
「ええ、実際私だって灼熱地獄の管理、なんて役割を与えられていなければ、こうして生きていることもなかったでしょうから」

 それに納得しながら、それでも一輪は心底不思議がっていた。

「でも、どうしてこんなお店で?」
「以前何かの文献で見たんですよ。村紗さんのような服装をした女性は皆、こういう場所で働くものだと。不思議な一致だとは思いませんか?」

 はぁ、と一輪は気の無い返事をする。そして、そんなものでしょうかと呟いた。実際のところ、私にも本当なんてものは分からないけれども。

「理由はともかく、何事もやってみなければわかりませんよ。思い立ったが吉日、というやつです。今までは何もしていなかったんですから。まずはなんでもいいんですよ、最初の一歩さえ出てしまえば、後はなるようになります」
 と、以前誰かさんが言っていた気がする、結果は保証しないとも。そんなことを心に秘めながら私はカップを空にした。

「ではそろそろ、おかわりを頼みましょうか」

 私が言うと、一輪の表情が神妙になる。ゆっくりと頷いて、喉を鳴らした。

「ど、どうぞ」
「では、いきますよ……」

 私は息を飲み込んで、スッと腕を上げ、店内を見回す。先ほどの銀色の髪の子が目に入った。客の注文したケーキを客の目の前で「毒見」している。違う。私達の目的はそれではない。私達が呼ぶのは店の隅でスカートを抑えて俯いている、彼女だ。

「店員さーん、すみませーん」

 ぎり。がり。ごり。
 その言葉に身体を跳ねさせて、ねじの巻き足りない玩具が動き出す。今にも崩れ落ちそうで不安定な足取りで彼女はこちらに向かってくる。言うまでも無く繰り出される手と足は同時。心は動作の全てに拒絶反応を起こし、血流さえも鈍らせていた。
 私達の目の前までたどり着いた彼女は靴を鳴らして姿勢を正す。姿勢は気をつけ。親しげな接客を売りにしたこの店にはとても似つかわしくない。
 そうして歯をガチリと噛み鳴らしてから、失礼にも客の前で大きく深呼吸をして、彼女は言った。
 
「い、いらっひゃいませご注文は」
「噛んだわね」
「ええ、噛みましたね」

 私達は顔を見合わせた。彼女は真っ赤になった。羞恥心と怒りで手元が震えている。一輪はケラケラと笑いながら、手招きするように手を振った。

「いいの、いいのよ村紗、こういうの慣れてないんだものね。仕方が無いわ」
 口を覆い隠しながら言う一輪へ村紗は冷ややかな視線を投げる。
「……すっごい馬鹿にされた気分なんだけど」
「馬鹿になんてしてないってば、頑張ってるじゃない……でも……そうね……プっ」
「わ、笑ったら悪いですよ一輪さん。貴方の為にこうして頑張ってくれてるんですから。だから……その……」

 そこで私達は臨界を迎えた。こんなに大きな声で笑ったのはとても久しぶりだった。笑い声は店内で一際大きく鳴り渡り、客たちは皆、私達の方を見た。注目を集めてしまった村紗にこの店の制服は似合っていないわけではない。普段の彼女を知っているからこその違和感である。だから、一般客はなにが起こったのかわからない風だった。ただ、数人はその姿に見惚れていたかもしれなかった。
 無駄の無い身体つきに装飾過多ともいえる服装はなんとも言いがたい次元で調和を保っている。真っ黒な髪に一点だけ点った青のリボンが、彼女をまとめている。
 村紗水蜜が雲居一輪の為にこうして働いているのは事実だった。それだけは彼女の本意であり、彼女と一緒であることが今の彼女の願いだった。だから、そのために働き口を探すことに関しては村紗はあっさりと同意し、私はこの店を紹介した。そこに私の悪意は無いと言いきれる。しかし、村紗のこの姿を見る限り彼女に適した仕事とはいい難かった。彼女はまだ、街の人々と笑い合えなかったのだった。

「とにかく! ローズティと餡蜜ですねっ、少々お待ちください!」 
 やけくそに注文を繰り返す。そうして注文を取って奥へと向かう村紗を笑いながら、どうしたものかと悩みながら、でもやっぱりふたりで笑っていると、ふいに覚えのある声が聞こえた。その発信源を探してみると、奥のテーブルに一際大柄で、しかし流れるような金髪の一本角が見えた。
「どうかしました?」
「ええ、少し、知り合いが」
 私が立ち上がって、ハタハタとスリッパの音を立てながら歩み寄ってみると、彼女はマスクとサングラスで顔を隠して挙動不審にしていた。そして私の姿に気付くと、慌てて顔を覆い隠す。

「こんな所で会うとは思っていませんでしたよ、勇儀さんでしょう?」
「ゆ、ゆうぎさんなんて人は知りませんな。誰かは存じ上げませんが、人違いでは?」
 薄情な人である。
「そんなはずはありません。私が人違いをするはずが無いでしょう? しかし意外でしたね。貴方にこんな趣味があったなんて。まさか──」
 と言いかけて、私よりもずと硬い手の平に口を塞がれた。「シーッ」と鬼気迫る表情で訴えかけられる。あくまで回りに聞こえない程度の小声で。
「私がミニスカート見に来てるなんてほかの奴に知れたらイメージが崩れるだろ!? お願いだから黙っててくれよ? ほら、このプリンあげるから!」
 私は無理矢理顔を縦に振らされた。差し出されたプリンは食べかけだった。しかし、確かにミニスカートを眺めてニヤニヤしている姿が知れ渡るのは好ましくない。特にパルスィあたりには黙っておいたほうがいいだろう。彼女の星熊勇儀に抱くのは強く気高い鬼であり、テーブルを埋め尽くす生クリームを平らげる姿ではない。たとえ店内の全員が気付いていて、私自身、隠し通すことの出来る自信が全く無くても、だ。

「そうだわ」と私は手を合わせた。これで彼女は街を知り尽くした人材である。
「知り合いの仕事口を探しているんです。彼女、どうやらこのお店には不向きなようで……どこかいい場所は知りませんか?」
 「あの方です」と、私はお盆を持って戻ってきた村紗を指差す。勇儀は身を乗り出した。
「……おや、一輪じゃないかい」
「知ってたんですね」
「ああ、よく宴会に顔を出してたしね。器量もよくて人見知りもしない。いい娘だよ。でも、仕事を探してるって? 一輪ならなんでも出来そうなものだけど……」
 そうだねえと勇儀は頬杖をつく。その舐めるような視線を、私は少しだけ動かした。
「いいえ、彼女ではなくて」そうして、真っ赤になっている村紗を指した。
「彼女です。名前は村紗水蜜。一輪さんの……その……大切な人です」
「ほほう……」

 顎を撫でながら勇儀は村紗を見る。足元から、頭のリボンまで。ゆっくりと、這いずるように。そして、感心したように言った。

「……良い、ヒラメ筋だねぇ」




 2

「……で、どうして君達はこんな所で歩いてたのかな?」と、村紗は屈みこんで、目線を合わせながら言った。  
「そうだった。ねぇまっ白なお姉ちゃん、私達、道が分からなくなっちゃったの。教えてよ」
「だから迷ってねぇってば、いいから俺についてこいよ!」 
「そういってもう二時間も歩いてるじゃない! いい加減にしてよもう!」
「あの、君達? 喧嘩は良くないよ。もっと仲良くしないと……」
「大体この人姉ちゃんじゃあないだろ。お兄さん、だよな! な!」
「違うよ! お姉ちゃんだもん! そうでしょ、ね? ね!?」
「え? あ、おねえさん、だよ? 君達より年上かはわからないけど」
「えー、嘘だー!?」
「ほらぁ言ったじゃない!」

 自分の胸ほどの背丈の子供に詰め寄られて、ムラサは冷汗を流しながら、覇気の無い返事でなんとかやり過ごそうとしていた。私達はその様子を固唾を飲んで見守っている。そして、

「──私はお兄さんでもいっこうに構いませんけどねっ!」
「心の底からなに言ってるんですか!」

 私は物陰から飛び出そうとする一輪をなんとか抑えた。
 表通りの詰め所を紹介されてから数時間しか経っていなかった。星熊勇儀が紹介してくれたのはいわゆる岡引というやつである。街の治安維持が主な仕事らしいのだが、実際のところはこうして困った人に道案内なんかもしたりしている。警察、という言葉が私の頭に引っ掛かった。
 私達は彼女の様子を物陰から眺めることしかできなかった。これは村紗が街に馴染むための、一種の荒療治。鬼の勇儀らしいといえばらしい提案だと思った。
 しかし、やはり荒療治だったのだ。勇儀にあてがわれた詰め所はそれほど人通りも多くは無い小道である。しかし、だからこそ今の状況がある。
 これでも最初は上手くいっていたのだ。道行く人へのあいさつ。子供たちに対しての初期対応。彼女を知らない者からみれば、それはいいお姉さんに見えたのだろう。そもそも、一輪の話では元来、村紗水蜜という人物はもっとさっぱりとした性格であったという。今はただ、どうにも馴れきれないだけだとか。村紗なりに出来る限りの努力をしているにのは十分に伝わってくるのだが、結果が現れるのはもう少し先のことになるだろう。
 村紗は今まで街のことを知ろうとしていなかった。その結果が現在、道案内が出来なくて狼狽する姿だった。

「でも、大丈夫でしょうか。村紗ったらあれで結構子供に弱いから……」
「だ、だいじょうぶですよ。きっと」
「ですが、ほら。両手を引っ張られて……あれじゃあ真っ二つにされて……」

 この場合の「弱い」は子供に厳しく当たれない、ということらしい。しかしこの子達にも幼さの中の残酷さという物はしっかりと持ち合わせていた。遠慮も無く「ねぇねぇ」とムラサに道やら性別やらを執拗に問いかけ続ける。もちろん答えられない。そんなことは関係なく答えをねだる。答えられない。聞く。答えられない。彼女の心中は火に掛けられた鍋のように沸騰寸前だった。最初に作り上げたにこやかな表情は形を崩し、ヒクヒクと唇が動いている。仕舞いには肩まで震わせながら、村紗は言葉を選んでいた。しかし、彼女は吹き零れ始めていた。

「ねぇねぇ」
「ねぇねぇ」
「私に……質問を……っ」

 限界だ。私達は目をあわせて同じ結論に達し、子供達と村紗を引きとめようと物影を出た。
 そのときだった。

「ひったくりよ! 誰か!」

 村紗たちの向こう側から叫び声がする。ひったくりだ、捕まえてくれ。見ればみすぼらしい格好の二本角の鬼が走ってくる。懐には宝石があしらわれた大層な鞄。叫び声を上げたのは彼とは正反対の格好をした裕福そうな貴婦人。運動なんてとうの昔に忘れたような立派な体系だった。
「最近治安が悪くなっている。手が足りない」勇儀がそんなことを言っていたことを思い出す。滅多に無いことではあるが、多くの者が生きる街というコミュニティにこういったことは付きものなのだろう。

 ともあれ、些か急ではあるが村紗水蜜の初仕事となってしまった。
 幸いにもひったくりは一直線に彼女の方向に走ってくる。息は荒く、心中はもはや混乱の域に達していた。
「……下がってて」
 村紗は子供達を後ろに引かせて、ゆっくり、それと向き合った。一度舌打ちする。そして立てかけてあった錨を引きずり出した。地面を抉る錨に子供達は目を奪われ、ひったくりは目を丸くした。きっとその理由は彼女の手にある錨だけではない。
 その瞳は刃物のように鋭かった。私達には村紗の背中しか見えないが、私には分かる。村紗水蜜が抱いているのは、津波のように押し寄せる怒りの感情と、単純すぎるほどの正義感。それに理由など無くて、彼女が村紗水蜜である。それだけだった。
 地面に突き立てられた錨が、ゆっくりと振り上げられる。それだけでも彼女の肉体は悲鳴を上げている。しかし、村紗はそれを無視する。

「そこの馬鹿! 止まれ!」
「五月蝿い! そこを退け! 吹き飛ばされても知らんぞ!」

 男は止まることなく真っ向からぶつかるつもりだった。しかしそれを迎え撃つのは人一人分ほどもある鉄の塊である。鬼の身とはいえ、どちらが優勢かは明白なはずだ。だというのに、彼の心の中では自分が押しつぶされるという予想は全く立っていなかった。
 二人の距離は瞬く間に無くなる。その瞬間に村紗は錨を振り下ろす。男はそれに猛然と突っ込んで行って──

「なっ!?」

 甲高い音が鳴り響く。そこに居合わせた全員が目を覆っていた。しかし足音が収まらないのを聞いて、ゆっくりとそれを解く。村紗が力の限り握っていた錨が弾き飛ばされて、私達の目の前で砂埃を巻き上げた。

 下品な笑い声をあげながら、男は駆けていく。けっして足が速いわけではない。そこに彼女の錨を跳ね飛ばせるほどの強さは感じない。それでも、私達の前に突き刺さったものが事実を教えている。
 三秒だけ、村紗は振り下ろしの姿勢で固まった。
 しかし、きっちり三秒。それで、状況を理解した。信じられないとだらしなく空いていた口が歪に歪む。私から読み取れる彼女の感情は驚愕よりも怒りよりも、『歓喜』が勝っていた。

「──一輪!」

 そして、その名前を叫んだ。一輪は私の横を抜けて、村紗へ駆け寄った。どうするか、なんて言葉は不要。すぐさま一輪は準備を始める。村紗を弾き飛ばし依然として足を止めないひったくりに、制裁を与える準備を。

「言っておくけど、気圧が安定しないからいつものようには行かないわよ」
「それでも、あいつを止められるくらいにはなるんでしょ?」
「やってみなくちゃ、わからないわね」
「上等」

 一輪が腕を振り上げて指先を回す。彼女を中心に渦を巻きながら、二人の周囲に霧のようなものが漂い始める。微かな色を纏ったそれはやがて凝縮し、拳ほどの大きさの雲になった。
 村紗は錨を回収してから一輪と男の線上に立つ。一輪は彼女の背中に圧縮された雲を押し付けながら、片手を背中に、もう片手を村紗の肩に乗せた。ふたりは腰を落して、同時に頷く。

「いいわね。遠慮なしでいくわよ」
「おーけー、おーけー、……いち!」
「にっ!」

「「──さんッ!」」

 流れるような動作の果てに待っていたのは爆発音。
 村紗の背後、一輪の手の先で雲が爆発する。凝縮された反動は村紗の背中を押し、彼女の身体を錨ごと吹き飛ばした。
 男がその音に驚き振り向けば自分に飛んでくるのはさながら人間大砲。村紗は放物線を描きながら空中で一回転。
 体勢を建て直し、錨を構える。今度の一撃は自由落下の速度プラス高さからの加速プラス不意を突いた事プラスなんやかんやで倍率ドンである。

 思い切り反らした身体を捻って、錨が振り下ろされる。男は反射的に目を閉じてしまった。情けない声が漏れる。それは無意識のうちの諦めだった。こんなものはどうしようもないと。それがこの男の性根だった。

「さあ──」

 跳ねるように振り下ろされた錨は更に勢いを増す。三十メートルほどの距離を一気に詰めた村紗は、そのまま錨を叩きつけようとして──

「村紗!」

 一輪の声に、ほんの少し、軌道を反らした。
 無理矢理の方向転換だった。村紗の身体は着地に失敗してそのまま転がっていく。私達が駆け寄ると、気絶したように動かない男の横で村紗がクツクツと笑っていた。
 心配そうに一輪が声を掛ける。

「……大丈夫? 村紗」
「大丈夫大丈夫。この通りピンピンしてるから」ヒュウ、と村紗は呼吸を落ち着かせた。「それよりも一輪……見つけたよ……ふふ……はは」
「ちょっと気味悪いわよ。ほんと大丈夫? 頭ぶつけた?」
「違う。違うよ一輪……見つけたんだよ、ほんもの」
「え?」一輪の身体が強張る。彼女の心の中にも、村紗と同じものが芽生えるのを感じた。「……それって」

 まさか、と神妙な表情になった一輪に子供のように笑いかける。
 そして村紗は、天井に向かって手を伸ばした。

「見つけたんだ……正真正銘本物法力バリバリの、飛倉の欠片!」




 3

 ひったくりの手の平からは、確かに木の板切れのようなものが見つかった。ふたりの話によればこれが本物の飛倉の欠片らしい。なるほど確かに、以前一騒動引き起こした偽者と外見は全くの同じ。彼が村紗の錨を跳ね飛ばせたのはこれのおかげとのことだった。
 村紗は笑い続けていた。子供たちが不安に思って声を掛けても、「お姉ちゃんやったよ、こんちくしょう!」と汚い言葉遣いで ポカンとしているその頭をバシバシと叩いた。
 そうしてようやくひったくりから話を聞いてみると、これはどこで手に入れたわけでもなく、ただその辺りで拾ったらしい。最初それを手にしたとき、何が起こったのか分からなかったとも。突然に力が湧き上がり、かの星熊勇儀に勝る自信すら湧き上がってきたと言った。その言葉の裏に嘘は無い。試しに少しだけ触れさせてもらったところ、私でも村紗の錨を持ち上げられた。これなら、と邪な欲望が湧き上がってくるのを感じてしまうのも頷けた。

 そうだ、これだけの力があれば私が──
 これなら彼女を──
 日ごろの恨みを──

 ムフフ
 フフフフフ……
  
「さとりさーん?」

「ははいッ!」
 慌てて口元に垂れていたものを拭った。
 それにしてもあのひったくり、これだけの力を手に入れておきながらやることが小さすぎる。元々小心者だったのだろう。
 そう、私なら……

「さとりさーん?」

「っはい!」

 もぎ取られるようにして私の手から欠片が離れていった。自然と伸ばされた手の先で、一輪が欠片を高く掲げていた。

「大丈夫ですか? 力にあてられてしまってたみたいですけど」
「だいじょうぶ、です」私は両手を後ろで組んだ。「ですが、本当に凄いですね、それ」
「そうなんですよ。強過ぎる力は時として間違いを起こしてしまいますから、勇儀さんの言っていたことはこういうことなんでしょうね」
 一輪は欠片を懐にしまってから村紗を抱え起こす。口ではああ言っていたが、流石に自分が吹き飛ばされてケロリとしていられるほど彼女はタフではなかった。
「こういった事例が増えている。きっとそれは欠片が街中に落ちているからでしょう。それを行った犯人は分かりません。でも私達のやることは決まっていますから」
 一輪そう言って、村紗に目線を向ける。「悪くないね」と村紗は肩を竦めた。
「……そうですね。では勇儀さんにその旨、伝えておきましょうか」

 ともあれこうして彼女達の仕事が決まった。街の治安維持、及び飛倉回収。彼女達の目的の為にも、村紗水蜜が街に馴染む為にもうってつけの役どころといったところだ。不安材料は沢山あるところだが、ふたりなら、きっと大丈夫。


 さて、と私は考えた。別に私が困るわけではないのだが、困ってしまうことがあるのだ。
 仕事は決まった。彼女達はこれからもふたりで暮らしていく。そう、ふたりなのだ。
 訪ねた先の家を頭の中で思い描いて、彼女達の生活ぶりを想像してみた。……狭い、圧倒的に面積が足りていない。
 なので、私は提案してみた。

「ところで、住む場所には困っていませんか?」

 結論から言えば、あれでやはり二人暮しには苦しいとのことだった。せめて寝るスペースくらいは、と苦笑いを浮かべるふたりをみていると、不思議と力になってあげたくなった。ついでに少しばかり嫉妬心を感じた。

「よろしければどこか紹介しますが、いかがでしょう」
「そのうち引っ越さなければとは思ってましたけど、どうしよう、村紗」
「私は、まぁ、今のままでもいいけど。気長に考えればいいんじゃないの? それとも、どこかにいい場所ある?」
「いえ、特にここといった場所はありません……なにか要望があればと思ったんですけど」
「要望、ね……」
 ふむ、とふたりで考える素振りをした。
 といっても考えていることは私にはまる聞こえである。
 風呂と厠が別、十畳、仏壇、庭付き、船着場付き、そもそも船の上、出来れば水の近く、近くに八百屋、二階建て、二世帯住宅。
 口に出さない要望なんてものは容赦無いものである。とはいえ無理難題を言われても困るが。
 それでもこれらの条件を出来るだけ満たした物件は無いものかと考えていると、村紗が一度溜息を吐いてから言った。

「やっぱり、遠慮しておくよ。余り面倒を掛けるわけにもいかないし、借りを作ってしまうのも忍びないしね」
「そんなこと気にしなくても……あ」

 私はポン、と手をあわせた。唐突に思いついてしまった。きっと、いいこと。
「一輪さん、ちょっと」と手招きする。相方さんはひとまずおあずけだ。きっと彼女は、この思いつきに賛成しない。不満そうにする村紗をよそに、私は一輪の耳に言葉を吹き込んだ。

「……と、いうのはどうでしょう」
 それを聞いた一輪は目を見開いた。苦笑交じりに私を見る。
「それはまた……でも、悪くないかもしれません」
 でも、と一輪は続けた。
「そこまでしてもらっていいんでしょうか。なにから何までお世話になりっぱなしというのはやはり気が引けるというかなんというか……」
「いいんですよ、気にしないでください」

 自分で言っておきながら、私自身不思議に思っていた。
 どうしてこうも、彼女達の力になってあげたくなってしまうのか。その理由が分からなかった。でも、気付いた。気付いてしまえば理由なんてとても簡単なものだった。
 要するに、私は一輪のたった一言が嬉しくてしょうがなかったのだ。
 思い返してみれば、そんなことを言われたのは初めてだったかもしれないから。これまでの私の人間関係は自然と出来上がっていた。地霊殿に住む家族という関係も、街の人々との関係も、彼女との言い表せない関係も。
 だから、これが私が見つけた、古明地さとりと雲居一輪の関係を表す言葉で、全ての理由を説明できる言葉。

「だってその……友達、でしょう?」

 一輪は一瞬だけ目を丸くした。しかしすぐに、静かに目を閉じて頷いた。
「……そうでしたね。ありがとう」
 私達は村紗を見て、そして小さく笑った。
 盗み聞きしようとしていたのをなんとか我慢していた村紗は、一輪の次の言葉をジッと待った。それに答えるようにして一輪は言い放った。

「村紗! 私達の新しい家が決まったわ!」



 ・・・・・



「…………ということになりましたから」


「「どういうことだァァー!」」


 と、叫び声をあげる前に私達は両耳を手で塞いだ。
 見事なシンクロ、見事に重なり合った声と共に、二人はそれぞれに詰め寄った。私と一輪はニコニコと笑いながら、いや、ニタニタと笑いながらそれを受け止める。
 二階建て、それなりの広さ、橋の傍、つまり水の傍。ポツンと頭に浮かんだのは彼女の家だった。

「ちょっとさとり! あんたいい加減にしなさいよ!? この家は私のだって何度言ったら分かるのよ!」
「ちょっと一輪、これだけは無いでしょ!? なんでよりによって橋姫のとこに居候しなきゃなんないのさ!」

「まぁまぁパルスィ落ち着いてください、別にいいじゃないですか。どうせ使わない一階くらい貸してあげても」
「まぁまぁ村紗落ち着いてよ、いいじゃないこの家、広いし、水の近くだし、ほら、風がとっても気持ちいいじゃない?」

「「冗談じゃない!」」

 声を完全に合わせて、水橋パルスィと村紗水蜜は顔を見合わせて、お互い嫌悪感丸出しの視線を送りあった。ふたりの緑色の瞳から弾幕が飛び出してもおかしくなかった。

「「こいつだけは御免だから!」」

 もう一度。お互いを指差す。
 私達四人の間に鏡でもあるかのようなシンメトリーである。
 私と一輪も同じく、顔を見合わせて、やれやれと言った。

「まったく……貴方はどうしてそんなに村紗さんを嫌うんですか。いいじゃないですか彼女、そんな悪い人じゃありませんよ?」
「まったく……どうしてそんなにパルスィのこと嫌うのよ。そんな悪い人じゃないって知ってるでしょ?」

「「目つきが気に食わない!」」

 滅茶苦茶な理由を叫んでいるふたりは、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな勢いだった。
 ただなんとなく、こんなことになる気はしていた。というか予想通りだった。
 人間だったふたり。
 妖怪となって、でも弱さを捨て切れなかったふたり。
 ライムのような色の瞳を持つふたり。
 自己嫌悪に似た感情を抱いて、きっと彼女達はお互いを認めることなんて簡単にはできない。
 平行線を行くふたりは決して交わることなんてない。
 でも、それでも私達はふたりを繋いでみたかった。
 一度認め合ってくれれば、彼女達はいい友人になれると思ったから。
 それに、友人の大切な人は、友人であって欲しいから。

「パルスィ」
「村紗」

 私達は、言った。

「お願い、だから」
 おまけ ~Wを探せ/眠れる地獄の姫~

 それから一週間ほど経ったある日。
 部屋のドアを叩く音を聞いて、私は夢の世界から引きずりだされた。扉越しからは私の名前を呼ぶ声がする。叫びたいのだけれど声が出てくれない、そんな弱弱しさ。
 私は重い身体をなんとか起こして、ドアに近づく。スリッパの足音が聞こえるのか段々とドアを叩く音は強くなった。
「はいはい、今出ますから」 
 ノブを握って鍵を開ける。ガチャリと小さな音がした瞬間に、ドアは開け放たれた。

「もう我慢ならないわ、あいつら! 毎朝毎晩五月蝿いってのよ! よくもまあ私の近くでそんなことが出来るものだわ。ああもう分かったわよさとり、あんた私を殺す気ね、そうなんでしょ! この鬼! 悪魔! あんな家、もう居られないじゃない!」
 がっちりと両肩を掴まれる。怒りに燃えるパルスィの瞳は充血しきってしまっていた。
「そんな怖い顔しないでくださいよ、大丈夫です、じきに馴れますって」
「あんなものに馴れてたまるか!」
 私を乱暴に跳ね除けて、パルスィは部屋の隅のソファに飛び込んだ。途中で拾い上げた本を顔に被せる。
「というわけで、しばらく泊めてもらうから」
「なら部屋の用意を」
「いい」

 パルスィは一度手足をうんと伸ばして、一気に脱力した。私は後ろ手にドアを閉めてそのまま寄りかかった。
「村紗さんたちと、仲良くしてあげてくださいよ」
「そう言われて仲良くなるんだったら今頃友達百人できてるわ。出来ないからこうしてあんたなんかを頼ってるんじゃないの」
「強情ですね」
「臆病なのよ」

 くぅ、とパルスィの呼吸が大きくなった。意識が薄くなっていくのがわかる。私は膝掛けをだしてきて彼女の上に掛けた。そうしてベットに戻って、柔らかな布団を被った。でも、小さく身体が震えて、すぐに起きあがった。
「……ソファじゃ寒いでしょう? こっちで一緒に寝てあげてもいいんですよ」
「いい、疲れた、寝かせて」
 もう一度、大きく胸が上下する。どうやら彼女は本日閉店のようだ。目の前でピシャンと降ろされたシャッターを無理矢理にこじ開けるは力は私には無い。どこからか分けて貰えれば別だけれど。あーあ。

「……今日だけ、ですよ」

 その言葉は彼女の耳には届いてなかった。私は天井を見上げて、ふっと、息を吐いた。
 彼女の家と地霊殿はこの街を挟む位置関係だ。ここへ来ようとおもえば、わざわざ長い距離を歩くなり飛ぶなり。それでも彼女は、私を訪ねてくれた。

 なんだか、一輪さんの気持ちが分かった気がした。
 覚り妖怪がこんなことを思うなんて、おかしなことだけど。 


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 9月って普段の数倍の速度で進むんですね(挨拶)
 遅筆をどうにかする為に、そうだ、京都へ行こう。
 
 
9/26 追記
 oblivion様 誤字指摘ありがとうございます。修正させていただきました。
        こんな展開になってしまったのはきっと貴方のせいです。本当にありがとうございました。

 コチドリ様 グサリと心臓に突き刺さるコメント、ありがとうございます。
        基本的には一人称の私の作品、まず『誰の目を通しての話か』を考えるのですが、そこが第一になっては
        いけないんですよね。時々、話全体を見渡せなくなる。悪い癖です。
 
鳥丸
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コメント



0.1080簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
新作だ!
影の主人公パルスィの明日はどっちだ!
3.100oblivion削除
毎度のことながら、キャラクター間の、よく考えると近くないんだけどたまにぐっと近くなったりならなかったりする微妙な距離感が地底らしくて好き
分かります次は村紗とパルスィの甘くてとろける同棲生活編ですね分かります
息もピッタリのようですし……!

さとりの恨みって誰のことなんでしょうね
あと誤字みっけました
>一輪が腕を振り上げて指先を回す。彼女wお中心に渦を巻きながら……
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
新作きた!これで冬までさとパルは充実だぜー!
ふたりのひねくれものが仲良くなる日は来るのか
17.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズにはすごく期待してる
21.100名前が無い程度の能力削除
新作きてたー!毎回毎回タイトルの吸引力が凄すぎるw

このシリーズの村一とさとパルが好きすぎて困る・・・
22.90コチドリ削除
一輪さん、マジ良い嫁。
水蜜は毘沙門天様に百万回くらい感謝するべきだよ、彼女がそばに居てくれる幸運に。

今回のお話はさとり様視点なんですね。勿論楽しく読ませて頂きました。
楽しく読ませて頂いた上で贅沢な悩みというか我侭を一つ。
パルスィ視点の物語で彼女が纏っているミステリアスでフワフワとした雰囲気が薄いかなと。
個人的にはハードボイルド小説に出てくるしがない探偵さんがパルスィ、
そのファムファタールがさとり様ってイメージを勝手に持っているので、謎めいた部分を
ずっと持ち続けていて欲しいんですよね。ああ、でももっと彼女の内面を知りたい気も。

ぐだぐだな上にはっきりしない感想で申し訳ありません。
はっきりしているのはパルスィ&水蜜が、一生さとり様&一輪さんに勝てない事位だ。
23.100名前が無い程度の能力削除
人間関係の描写か素晴らしいと思う
25.100名前が無い程度の能力削除
いいよぉーさとパルいいよぉー