僕が営む道具屋――香霖堂。
ここは魔法の森の入り口に位置し、ここには人間と妖怪……客は種族を問わない。
買い物してくれる客もいれば、ツケや死ぬまで借りて行くといった客もいる。
もっとも、後者は客ではないのだが……。
といっても客なんて滅多に来ず、商いなんかより、よっぽど読書をしている時間のほうが長い。
商人としてはどうかと思うけど、僕としては悪くない環境だった。店内に客はおらず、物言わぬ商品たちだけが整然としていた。
まあこんな状態が嫌いなわけでもなく、むしろ個人的には静かなほうが好きなことが出来るためいいのだけどもね。
――チリン、チリン……。
備え付けのベルが店内に鳴り響く。
やれやれ、どうやら僕の安息はこれまでのようだ。本を読んでいて重くなってしまった腰を上げて、勘定台の後ろに着く。
「やあ、いらっしゃい。今日は何をお探しかな?」
入ってきたお客に向かって、僕はそういった。
1
今日も香霖堂は閑散とした空気に包まれていた。
僕は勘定台の近くで椅子に座り、本を読む。
これは習慣みたいなもので、他事をしていると霊夢や魔理沙は「そんなことをしているのは珍しい」というだろう。
それはあながち外れではなく、たしかに他事をしていること自体僕自身にとっても珍しいと思う。
それくらい僕は本を読むことが好きなのだ。
まあ、本が大好きな魔女もいるくらいだ、おかしくはないと思いたい。
今読んでいるのは、魔理沙が置いて行った本だ。
どこからか盗んできたやつを「死ぬまで借りてきただけだぜ」とかいって僕の家に置いていったものだ。
今ではそれも数十冊にも上り、そろそろ置く場所にもほとほと困っているほどである。
誰の持ち主かも分からないため、返すに返せない。まったく困ったものだよ、ほんとに。
今度魔理沙が来たときにでも聞いてみるか。それで本を返せば持ち主も喜ぶだろう。
そう思い、ふと本を見てみる。汚れや傷みがほとんど見当たらないためよほど大事に扱い、保管していることが分かる。
僕も本を良く読むためこれくらいはなんとなくだが分かる気がする。
さて、人も来ないし暇である。ずっと本を読んでいてもいいがたまには誰かと話したいというときもある。
霊夢や魔理沙と話していても少しうんざりとしたような顔でしか反応をしてくれないため、話し甲斐がないのである。
「まったく、こんなときにお客が来ないのだから困るよ」
そう、大事なときにお客は来ずにいざゆっくりしたいときにお客が来るというなんとも言えない状況になるので始末がつかない。
僕の呟いた言葉は店内に静かに響いていた……。
* * *
「く、うぅ~~っと」
読んでいた本を勘定台に置き、少し伸びをする。
どうやら結構な時間本を読んでいたらしい。
体の至る所が硬くなっているのが分かる。
伸びをすることにより、する前とした後の体の柔らかさが違うのだ。これも本を読んでいる中で習慣づいていることの一つである。
ふと、窓から外を見てみた。
夕日が落ちかけてオレンジ色に染まっている空がだんだんと暗くなっているのが見える。
「もう、こんな時間か」
本を持って香霖堂の後ろ、つまり自分の生活スペースへと移動をすることにした。
晩ご飯の時間であるからだ。
今さらだが僕は人間ではないが妖怪でもない。
そのどちらの血を半分受け継いでいる半人半妖なのである。
だから僕は人間の病にかかりにくく、妖怪の病にもかかりにくい。つまり僕は病気に成り難い体なのだ。
それに僕は何も食べなくても生きていける。
人間の三大欲求である食欲が必要ないのだ。
これも便利かと言われるとそういうことではなく、お腹に何か入れたいという気持ちはあるため、結局のところ食欲は必要である。
だけども、食べなくても生きてはいけるという、まあなんともおかしな話だがそういうことなのだが……。
「さて、何が残っていたかな……」
食糧が置いてある戸棚や米倉をみてみる。しかしほとんどの食糧が空になっており、何か買ってこないと料理も出来ないし、口にすることも出来ないということである。
「ふむ、久々に人里に下りてみるか」
作る材料がないのであれば、買うしかない。そう思い僕は店を出る準備をする。
ほどなくして準備は終わり、店のドアに閉店という看板をぶら下げて香霖堂を後にした。
もう空に星が一つまた一つと輝いていて綺麗な光景を目の当たりにする。こういう風景を見るとたまには外に出ないとなぁという気持ちになる。
あんまり香霖堂に引きこもっていると霊夢や魔理沙に馬鹿にされそうだ。特に魔理沙にはもやしになるぜと言われたことがある。余計なお世話だ。
僕にだってたまには家から出ることだってある。
無縁塚という危険な場所に出かけるのだ。
そこには外から出てきたものが流れついたりしているため、それを拾っては香霖堂に置いている。拾う前に埋葬することも忘れない。
死者を弔い、その代償として落ちている道具を拾わせてもらうのだ。
だからこそ、うちの道具屋にはよく分からないものばかりが陳列しているのだが……。
その良く分からないものを識別してくれるのが、僕の能力『未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力』である。見ての通り名前と使い道などが分かる能力だ。これである程度のものは扱えるし、便利な能力である。
だがその反面使い方までは分からないため、倉庫に眠る道具もしばしばある。
まあ、僕は半妖だから人間よりは寿命が長いため時間は結構あるが、生きている間に使い方が分かればいいなぁと思っている。
これも生きがいの一つなのだと思いながら……。
人里に向かい歩いている途中であった。
どこからかいい匂いがする。
「これは……鰻か?」
香ばしく、食欲をそそりそうなその匂いは人里から少し離れているらしい。人里に行く前に寄って見るだけでもいいか、とそんなことを思い、匂いのするほうへと歩を進めることにした。
ほどなくして、一つの店が見えてきた。
いや、店というよりは屋台だろうか、小ぢんまりとしており、人はあまり居ないように見える。
屋台の暖簾を潜り、中へと入ると温かい雰囲気に包まれたような感じになる。
「あ、いらっしゃいませー、と言いたいのですけどまだ開店してないのです」
屋台を経営している店主だろう。にっこり笑顔で僕を向えてくれるも、すぐに曇り顔へと変わる。
なるほど、だから人が居なかったのか。ようやく納得が出来た。
「あ、でももう少しで開けるので待ってもらっていてもいいですか?」
彼女は少し焦った様子で僕を引きとめようとする。せっかく来た客を見逃すわけにはいかないのだろうな。
「なら、待っておこうかな。この香ばしい匂いを置いていくほど僕も愚かじゃないしね」
そういうと彼女の顔がぱぁっと明るくなった気がする。
「は、はいっ! なら、これを飲んで待っていてください」
コトリとカウンター席に置かれたのはお猪口と徳利だった。先に飲んで待っていてということだろうか。
「えっと、これは私からのささやかなサービスです」
「いやいや、さすがにそれは遠慮させてもらうよ。僕はお客であるからお金を払わないと……」
「いえ、これを機にまたここにいらしてくれるようにという願いからの私なりのサービスです」
なるほど、そう来たか。僕にリピーターになってほしいということだろう。
だったら、その気持ちはありがたく頂いておくことにする。
「ではありがたく頂くことにするよ」
「はい!」
彼女はまだ仕込みがあるのだろう、鰻を串に刺し焼く準備をしている。
その姿を微笑ましく見ながら、徳利からお猪口へと酒を流し込んでいく。
お猪口を片手にふと空を見てみると、月明かりが差し込んできて屋台を中心にきらきらと輝いているように見える。
こうやって外食するのもいつぐらいぶりだろうか……。
魔理沙の親父さんのうちで働いていたときは親父さんのお嫁さんがご飯を作ってくれていたし。
多分、霧雨邸を出てから最初のほうは外食をしていたなぁ……。
と考えると十年くらい前の話か。魔理沙がまだ小さくて可愛げのあった――そんな時期だったと思いだす。
「お待たせしました~」
どうやら物思いに耽っていたらしいな、お猪口が空になっていたことも気づいていなかった。
彼女がカウンター席に料理をトンと置いてくれる。
「では、私の料理ご堪能あれ」
「じゃあ、頂くとするか」
目の前に串焼きとなって出てきた鰻がある。
匂いは香ばしく食欲を起こしてくれるし、タレも申し分なく付けられており鰻から滴り落ちているほどである。
つまりはおいしそうということだ。
「頂きます」
両手を合わせ短く言葉を呟き、一口食べてみる。
口の中に広がる鰻本来の味、それをタレが一層引き立ている感じがしている。
「うまい」
と思わず言葉にしてしまうほどであった。
「ほんとですか?」
「ああ、このタレが鰻の味を何倍にも引きだしていると思うよ」
「うわー、そんなこと言ってもらえたのは初めてかもしれないです」
嬉しそうにいう彼女。
これはお世辞でもなんでもなく、僕自身が感じた気持ちそのままである。
食事を進めながら彼女と他愛もない話をした。
店のことだったり、人間、妖怪関係のことだったり、色々と話していたような気がする。
気が付いたら、もう月が傾きかけて夜中になろうとしていた、そんな時間だった。
「おっと、もうこんな時間か」
徳利の中が空になったら彼女が継ぎ足してくれたり、串焼きを追加してくれたりとサービスをしてくれた。
短い時間ながらも随分とお世話になったような感じがする。
「えっと、ごめんなさい。久しぶりにお客さんが来てくれたのでついはしゃいじゃいました」
「いや、僕も話し合える相手があまりいないからね。こういう風に話せたのは喜ばしいことだよ」
ほんとにそう思う。
霊夢や魔理沙が相手なら聞き流されて終わりだろう。
だから、こう彼女と話せたのは僕にとってもプラスだったと思う。
「そうやって言ってもらえると嬉しいです。えっと……そういえば名前まだ聞いていませんでしたね」
「そうだったね」
長い間話していた割にはお互いに名前を聞いたり言ったりしていなかったな。
『君』だったり、『あなた』と呼んだりとそういう感じだったと思う。
「僕は森近霖之助。そこの魔法の森で道具屋を経営しているよ」
「あ、私はミスティア・ローレライです。えっと、この屋台『夜雀屋』を経営しています」
名前を知るということは大事なことだ。赤の他人から知り合いということにもなる。これが意味することは――。
「じゃあ、ミスティア。また来るよ」
「――はいっ! また来てくださいね。霖之助さん」
『また来る』というその言葉が物語っている。
僕はまたこの屋台にいずれ訪れるのだということを。
そして僕は屋台を後にした。その途中である。
「あ、材料を買うのを忘れていた」
一番の目的である買い物をするということをすっかり忘れてしまっていた。
まあ、明日買いにいけばいいか。
そんなことを思いながら帰路に着いた。
2
今日も今日とて我が香霖堂は暇に満ちていた。
霊夢、魔理沙の妨害フラグもなく、店に訪れるものは誰もいない。
誰かを待っているわけではないから別にいいのだけども……。
「それにしても暇だ」
本を読むにせよ、うちにある本はもうほとんど読んでしまったため読み返すことしか出来ない。
それもそれで面白いと言えるものもあるが、やはり新しく読む本のほうが新しい発見もあるし、読み応えがある。無いものをねだっても仕方のないことだが……。
「今日は、行こうかな。あそこへ――」
本をぱたんと閉じて、そう呟いた。
* * *
夕日も落ちかけて夜になろうかとしているそんな時間だ。
僕は香霖堂を出て、ある場所へと歩を進めていた。
進んでいると、あの匂いが漂い始める。この匂いがするということは目的地まではあと少しといったところだ。さて、今日はどんな話をしようか……。
「ん?」
近くまで来たときであった。
屋台の中に誰かいるのが視界に入る。
客でもいるのかと思いながら僕は暖簾を潜った。
「あ、霖之助さん。いらっしゃいませー」
ミスティアはにっこり笑顔で出迎えてくれた。
「んー? 何。みすちーの知り合い?」
先客である彼女はそう言って、お猪口の中の酒をぐいっと口に流し込んだ。
結構な量飲んでいるのだろうか顔は赤く染まっている。
「この前言っていた森近霖之助さんですよ。妹紅さん」
「ああ、お前が……。みすちーの言っていた霖之助か」
ミスティアが彼女にどういう風に言ったのかは分からないが、多分悪い意味ではないと思う。いや思いたい。
「なあに、私もここに通っている常連の一人さ」
「そうなのか?」
「そうですね。妹紅さんも私の屋台に来てくれる数少ない常連さんです」
ふむ、僕はまだ来て二回目になるわけだが彼女はそれよりも前からここに来ているのだろう。
「まずは乾杯をしようぜ。みすちーの屋台に二人も来るなんて久しいからね」
「そんなにもここには人が来ないのかい?」
「えっと、チルノやルーミア、リグルたちはよく来てくれるんですけど……」
「まあ、あいつらは食べにというより遊びに来ているって感じだからねぇ」
「あはは……まあ、そうですね。食べ散らかして帰っちゃうんで」
ミスティアの気持ちが分かるような気がする。
僕も霊夢や魔理沙に散らかす――という表現はおかしいか。遊びに来ているというか茶化しに来ていると言ったほうが正しいのだろうか。
とにかくあの二人が来た後は嵐が来る前と去った後みたいなそんな感じになる。
霊夢や魔理沙に悪気があるわけでもないから強く言えないのだが……。
「ほら、こいつを持って」
いつの間にかお猪口を手に握らされる。
「みすちーも持って」
「え、えっと……?」
こちらに視線を送ってくる。どうやら助けを求めているらしい。
「いいじゃないか。僕もミスティアと乾杯したいな」
普段の自分ならばこんなことは言わないだろうな、きっと。
「えと、じゃあ……お言葉に甘えて」
ミスティアもお猪口を受け取る。準備は出来た。
「じゃあ、乾杯!」
「「乾杯!」」
お猪口を軽くぶつける。
カツンといい音が店に響く。
「で、えっと……名前聞いてなかったね」
「そういえばそうだったかな?」
ミスティアと同じで名前を聞くのを忘れてしまったらしい。
「私は藤原妹紅だ。竹林の案内屋や、人里の焼鳥屋でバイトしながら生活している」
「僕は森近霖之助。魔法の森で道具屋を経営しているよ」
軽く握手をして僕も注文することにした。
鰻の串焼きをつまみ、酒を飲みながら妹紅の話を聞いていた。
――でさー。輝夜のやつが……。
――で、そこで私は輝夜に言ってやったんだ。
――もうほんとあいつとは仲良く出来そうもないね。
どうやら、半分以上はその輝夜という人の話だった。
話を聞いている中で輝夜とは月に住んでいたという輝夜姫のことらしい。
――竹取物語は実話だったのかと思わせるくらいの真実味を帯びており、信憑性がある。
「でも、そうやって話しているということは本当に嫌いというわけでもないのだろう?」
「……まあね。そんな嫌っているやつと弾幕勝負で勝負し続けることなんで出来ないからね」
それはそうだろうな。本当に嫌いなのであれば相手にしなければいい。
互いに干渉をしないことがきっと一番いいのだから……。
「でも、私はあいつ――輝夜のことが嫌いじゃない。これだけは言える」
話を聞いていれば大体は分かるよ。それだけ話題に出ているのだから。
「はぁ~あ、愚痴って悪かったね。りん」
「いや、別に僕は構わないよ」
ん? さっき妹紅は僕のことをどう呼んだ?
「どうしたりん。そんな狐につままれたような顔をして」
りん? 誰のことだ。ミスティアのことでないとして、もしかして――。
「りんというのは僕のことか?」
「当たり前だろ? みすちーはみすちーだ」
「? 呼びましたか」
「いや、大丈夫。ミスティア呼んでいないよ」
「そうですか。あ、霖之助さん徳利新しいのに変えますよ」
「ああ、すまないね」
さっきまで置いてあった徳利をミスティアに渡し、新しい徳利を受け取る。
「でだ、りん」
もう、りんという呼び名は確定らしい。
「ひっく、次はそっちの話だぜ。わたしが話したんだ。次はそっちの番ら」
妹紅はもうべろんべろんに酔っているな。呂律も少し回っていないように見える。
「しないとだめかい?」
「だめら。ひっく、わらしばっか話してりんも退屈だったろう?」
いや、そんなことはなかった。
特に竹取物語の話は興味を引かれたし、今度会いに行ってみようとも思った。その輝夜姫という人物に。
「いいよ。とっておきの話をしてあげようか」
きっと、妹紅にはつまらないだろう。だが、あの話を僕はしたくてたまらなかった。
そして、僕は語りだした。その話の始まりを――。
* * *
ミスティアの屋台を出て十分くらいたっただろうか。
僕としては随分とゆっくり目に歩いている。
その理由は一つなわけだが……。
「すぅ……すぅ……」
背中にはずっしりとした重みと寝息が聞こえる。
あの後、話終わると机に突っ伏して寝ている妹紅の姿があった。
自分から話題を振っておいてアレだとは思ったが、話の内容が内容なため仕方ないと言えば仕方ないだろう。
ミスティアに頼まれて僕は妹紅を家まで送ることとなった。
場所はミスティアに聞いて分かっているため歩くだけなのだが、僕も少し酔いが回っているのかゆっくり歩かないとふらふらと足が左に右に寄ってしまう。
気を抜くと僕も転んでしまうし、妹紅にも被害が及ぶかもしれないためそれだけは避けなくてはならない。
「んう……すぅすぅ」
それにしても――。
「いい寝顔じゃないか」
ちょっと、位置を変えたいため妹紅を上下に揺らす。そのときに顔を見たのだ。
まったく、こういう姿を見ていると昔の魔理沙を思い出すよ。
昔の魔理沙の可愛さは異常だった。
思わず魔理沙の親父さんとにやにやしていたものだ。
それが、今じゃあんなに可愛げがなくなって……。
でも、それも成長の証か。なんだか親になった気分になる。
「やれやれ、僕もまだまだ甘いな」
そんなことを思いながら歩いていた。
ほどなくして竹林の入り口付近に着く。
「たしか、この辺なはずなんだが……」
ぐるりと回っていると一軒の家を発見した。
多分、これが妹紅の家だろう。
がらがらと扉を開けて、勝手ながらだが中へと入らせてもらう。
中は人里にありそうな普通の家だ。
ほんとにここで合っているのだろうかと思いながら、布団の置いてある場所まで妹紅を背負いながら歩く。
「ん? これは……」
妹紅を布団に寝かせて一息つくと、近くに何やら小さな袋が落ちていた。
そこには八意印とのマークが、名前の欄に『藤原妹紅』という文字が入っている。
どうやらここは妹紅の家で間違いなさそうだ。
「さて、帰るか」
家に帰ろうかと立ち上がろうときだった。足が何かに引っ張られている感じがして見てみると妹紅の手が僕のズボンの裾を掴んでいた。
「んー……りん」
やれやれ、夢の中で僕はどんなことをしているのだろうな。
きっと、おかしいことはしていないだろう。だって――
「妹紅は笑っているからね」
今日はここに泊らせてもらうことにしよう。
僕も酒を飲んでいたため眠気が我慢できなくなってしまった。
「いい夢を」
そう言って、僕も目を閉じ、眠ることにした。
* * *
うつらうつらと寝ていたためか、早く起きてしまった。
「んぅ……?」
「やあ、起きたかい? 妹紅」
「ああ、なんかいい夢を見ていたような気がするよ」
「そうか。それはよかったよ」
「……ん?」
ぎぎぎとゆっくりと僕のほうに顔を向ける。
「…………ななななんでりんがうちにいるんだよ!?」
慌てた様子でこちらに尋ねてくる。
「なんでって、昨日は寝かせてくれなかったじゃないか」
「ななななっ!」
顔を真っ赤に染める妹紅。
どうして顔を赤く染めるか僕には分からないが……。
妹紅の寝相が悪かったためか早く起きてしまったのだろう。
「とりあえず、そのスペルカードを下ろしてくれないか?」
妹紅の手にはスペルカードがある。
こんなところで使われても困るし、使われることをした覚えもない。
「言い訳無用! 蓬莱『凱風快晴 ―フジヤマヴォルケイノ―』!」
そこで僕の意識は途切れていった。
「ほんとにごめん!」
目を覚ますと、早々に妹紅が謝ってきた。
「あのときはほら、まだ意識が眠っていたというかなんというか……」
「いや、いいさ。それにほら、あんまり傷を残っていないようだしね」
知らぬうちに手加減をしてくれていたのだろう。
思った以上に外傷は酷くないように見えた。
「ほんとにごめん……」
しょんぼりとしてしまった妹紅の頭の上に手を置いて撫でる。
「別に謝らなくてもいいさ。僕はこうして生きている。殺すためにあのスペルカードを使ったわけじゃないんだろ?」
「うん。そりゃ、気が動転していたけど、殺すために使ったわけじゃない」
「なら、それが聞けただけいいさ。さて、と。僕はそろそろ自分の店に戻らないとな」
「あっ……」
妹紅の頭から手を離して僕はそこを立つ。
さて、店に誰も来ていないことを祈りたいな。
「じゃあ、また飲もう。妹紅」
「う……いや、ああ!」
いい返事だ。
そして、僕は妹紅の家を後にした。
3
約二週間くらいぶりだろうか。
僕はミスティアの屋台へと歩を進めていた。
あの味が忘れられないし、話が盛り上がるということで向かっている。
それに妹紅と約束をしたしね。
また一緒に飲もうかと。
ほどなくして屋台へと着いて暖簾を潜って中へと入っていく。
「あ、霖之助さん。お久しぶりです」
「よう、りん。久しぶり」
「やあ、久しぶりだね。ミスティアに妹紅」
挨拶も適度にミスティアに注文をする。
それに笑顔で対応するミスティア。
つくづくいい子だと思うよ、うん。
「さて、また乾杯しようぜ」
「ああ、そうだね」
「はいっ!」
そして、僕たちは乾杯をした。
「最近は輝夜と喧嘩しないようになったんだ」
「そうなのか?」
「ああ、向こうも殺し合いじゃ物足りないとか言って、最近はゲームで勝負つけるようになってるんだ」
「へぇ……」
ゲーム――電気というものを使って、テレビとそのゲーム機という式神を使うらしい。
うちにもコンピュータという式神があるが、動いてくれないため倉庫の奥底に眠っている。
コンピュータも電気で動かすらしいが後ろのコードがないため動かせないらしい。
これは河童である河城にとりが言っていたため多分間違いないだろう。
「しっかし、あいつゲーム強いから結局私が負けてあいつが喜ぶから弾幕勝負に持ちこむんだよ」
それじゃ前と何も変わらないんじゃ……。
「あ、でもこれだけは言うぞ、りん。前よりも弾幕勝負が楽しくなったんだ」
「そうか、それならいいが……」
まあ、妹紅がそういうなら大丈夫だろう。
こうして話ながら飲んでいるときだ。
「お邪魔しま~す」
すっと気配もなく入ってくるその女性は青を基調とした着物を来ており、上品という言葉が似合いそうなそんな人だった。
「はーい、いらっしゃいませ」
いつものようにミスティアが笑顔で対応をする。
「えーっと、あなたのおすすめを十人前で」
「はい、かしこまりましたー。――え?」
「ん?」
なぜか、数字がおかしく聞こえたぞ。十人前?
「えっと、もう一回注文いいですか?」
「あなたのおすすめを二十人前お願いするわ」
どうやら耳はおかしくなっていないらしい。
さっきよりも数が増えているぞ。
「ふふふ、早く食べたいわね」
そんなにもお腹をすかしているのだろうか?
とてもそのようには見えない。
「はい、お待たせしました。二十人前です」
「ありがとう。可愛い店主さん」
「あ、えと……ありがとうございます」
可愛いと言われて嬉しいのだろう、ミスティアは少し照れている。
「ふふ、おいしいわ」
一口、また一口とぱくぱくと串焼きを平らげていく。
そのスピードはかなり早くもう二十人前が無くなろうとしていた。
「あ、店主さん。おかわりよろしいかしら?」
「は、はい! 大丈夫です」
まさか五分足らずで食べ終わるとは思わなかった。
それはミスティアも同じだろう、せっせと串焼きを焼いている。
「? 何か私についています?」
僕の視線に気づいたのだろうか、こちらに顔を向ける。
「いや、随分な食べっぷりだと思いましてね」
「これくらいは毎日食べているわ」
その食べた栄養はどこに行っているんだと思い体を見てみると分かった。
その着物の上からでも分かる豊かな胸に行っているのだろうな。
「ふふっ、そんなに見つめちゃだめよ? 恥ずかしいじゃない」
「ああ、すみません。思わず見とれちゃいました」
「ありがとう」
「ふーん。りんってそういう人が好みだったんだ」
妹紅が不機嫌そうな顔と声で言いながらお猪口の酒をぐいっと飲む。
「いや、別にそういうわけじゃ」
「ま、りんの自由にすればいいよ。私には関係ないしね」
そういうと妹紅はぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あらあら、大変ね。あなたも」
くすくすと笑られた。
「そういえば、まだ自己紹介まだだったね」
「そうだったかしら?」
これは天然なのだろうか、首を傾げているあたりほんとに分かっていないらしい。
「僕は森近霖之助。そっちのそっぽ向いているのが藤原妹紅。で、ここの店主である――」
「ミスティア・ローレライです。どうぞ、お待たせしましたー」
コトリと串焼きが大量に乗っている皿を出す。
「こんなにいいの?」
「はい! たくさん食べて貰えるほうが私も嬉しいですから」
「そう、じゃあ頂くわね」
パクリ、パクリと串焼きを食べて行く。そういえばまだ名前聞いてなかったような……。
「私は西行寺幽々子よ。白玉楼に住んでいるわ」
自己紹介もほどほどに、僕も食べおわり、飲み始めようかと思ったときであった。
「うふふ、よーむ」
ポスリと僕の肩に体を預けてきて、ペタリと僕の腕を絡み取る。
その豊かな胸が僕の腕に当たっている。
なんとも柔らかい感触であるが、ちなみに僕はよーむとか呼ばれる人物ではない。
「よーむってばぁ」
「僕はよーむという人ではないんだが?」
「うーうん。よーむの匂いが感じるもの。あなたはよーむよ」
どんな匂いなのだろうか……。
「よーむ、よーむ――」
耳元で囁き始める幽々子。
「んふふ、かぷ」
いきなり耳を噛まれ思わず後さってしまう。
「どうして逃げるの?」
「いやだから、僕はよーむではないと……」
「じゃあ、誰なの?」
誰なのと言われても困るのだが……。
「よーむじゃないから誰なの!?」
「いや、誰と言われても」と言葉にしようとした矢先、僕は屋台から吹き飛ばされた。
「よーむの名を語った罪は大きいわよ?」
「だからそれは勘違いしているだけだと――」
幽々子の手が光り始める。
弾幕が来る!
恐怖のあまり、動けずにいた。
「こら! りんに攻撃するな」
ポコリと妹紅が幽々子の頭を小突く程度に叩く。
「ん……んぅ? あら? ここはどこだったかしら」
小突いただけでさっきまでの殺気が消えた。
なんだ……助かったのか。そう思ったら気が抜けてその場に倒れるように座る。
「あら、妖夢に似たような匂いがしたと思ったのだけども……」
「それはりんのことじゃないか?」
「りん?」
「ほら、あそこに腰抜けかして座り込んでいる」
「あら、ほんとね」
そう言って妹紅と幽々子は笑いだす。
こっちは身の危険を感じたというのに……まったく。
「ごめんなさいね。霖之助」
「いや、別に何もなかったからいいさ」
立って、尻のあたりについている雑草を手で払う。
「さて、飲みなおそうか。酔いが醒めてしまったよ」
「そうね」
「そうだな」
店に戻ると、心配そうな顔でミスティアが待っていた。
「あ! 大丈夫でしたか? 霖之助さん」
「ああ、この通り何もなかったよ」
「そうですか。それはよかったです」
ほんとうに嬉しそうな顔をするミスティア。
「それじゃ改めて乾杯!」
そして何もなかったかのように杯を交わした。
* * *
「すぅ……すぅ……」
どうやら今回は幽々子を送らないと行けないらしい。
しかし、冥界と言っていたがどうやって向かうのだろうか。
ミスティアと妹紅の話だと、地上と冥界が繋がる場所があるらしい。
そこに行けば冥界の白玉楼はすぐだと言っていた。
「んふふ……」
楽しい夢を見ているのか、時折幽々子から笑っている寝言が聞こえる。
ふぅ、今日はあんなことがあったが、特に僕に被害がなかったため良かった。
あのときの幽々子は本当に恐怖を感じるほどだった。
あの優しそうな目が酷く冷たく感じ、その場を動くことが出来なかった。
妹紅が止めなければ僕はきっと死んでいただろう。
今回は妹紅に感謝しきれないほどだ。
歩いているうちに地上と冥界を繋ぐ場所に到着した。
「…………すごく長い階段だなぁ」
地上から伸びる階段は上を見ても、どれくらいあるか分からない。
天をも突き破っているのではないかとそんな風に思える。
「まあ、頑張るか」
さほど、重さを感じない幽々子を背中に背負い一段一段と登っていく。
「ふぅ、ふぅ……」
どこまで登ったのだろうか、それすらも分からない。
後ろを振り向くとかなりの高さまで登ったはずだが、まだ前には階段が残っている。
さすがに普段からの運動不足が祟っているのだろうか。
足がもう上がらない。
一旦休憩しようかと思ったときであった。
「――さま~。――さま~」
上のほうから声が聞こえた。
その声は徐々に下に来ているのだろうか大きくなっている。
「幽々子様ー。どこにいるのですか?」
「おーい、こっちだー」
手を振って、気づいてもらえるようにアピールをする。
「あ、幽々子様。あなたが連れてきてくれたのですね?」
緑の服にその体に釣り合っていない長い刀を二本携えており、その後ろには白くてうようよとしたものが動いていた。
半霊なのだろうか? だとしたら、白いものが霊だということにも納得がいく。
「えと、ここまで御苦労さまでした。幽々子様受け取りますよ」
「ああ、すまないね」
幽々子を降ろそうとしたときだ。中々背中から降りてくれないので、見てみると、幽々子の目がかすかに開いていたのを見逃さなかった。
「起きていたのかい?」
「いえ、妖夢が来たときから」
「そうか……。なら降りて帰るといい」
「いや」
「幽々子様。降りてください」
「いやよ。だって霖之助の背中寝心地がいいんだもん」
「だめです。この人も困っているでしょう?」
まあ、困っては……いるのかなぁ?
「やーよ。私白玉楼に着くまで霖之助におんぶしてもらうんだから」
僕の背中であまり動かないでくれ。落ちてしまうから。
「……はぁ、すみません。霖之助さん。白玉楼までもう少しなので幽々子様お願いしてもよろしいですか?」
「分かったよ。幽々子はもう聞く耳を持ってくれそうもないからね」
「何よ、その言い方は」
「文句があるなら降りてもらうが?」
「ぶー……ないわよ」
そして、白玉楼に着くまで妖夢と幽々子と微妙な空気だったという。
着いたら着いたで駄々こねる幽々子を宥めて何とか中に入らせることに成功した。
そして、帰宅するときには白玉楼近くに簡単に降りることの出来る近道を教えてもらい、香霖堂へと帰った。
次の日筋肉痛になったのは言うまでもない。
4
どのくらい時間が経っただろうか。
最近はミスティアの店に行くことが楽しくなってきたと思う。
ミスティアとチルノたちの話。
妹紅と輝夜姫の話。
幽々子と妖夢の日常の話。
そして、僕の話と尽きることのない話を四人で話していることが多い。
ミスティアはチルノやルーミア、リグルなどのストッパーらしい。
この三人に振り回されながらもミスティアは楽しんでいるようだ。
友達というのはいいものなのだろうね。
妹紅は輝夜と未だ戦っているらしい。
弾幕勝負は五分五分らしく、ゲームでも最近は輝夜に勝てるようになってきたと言っていた。憎しみはもうお互いの中では薄れてきているのだろう。いい傾向である。
幽々子は妖夢を弄ることが楽しいらしい。
従者を弄るのはどうかと思うが……。
でも、妖夢も悪い気はしないとのことだ(幽々子談)ほんとだろうか?
僕はいつでも代わり映えはしないさ。客がいるときは相手をするが、いないときは本を読み耽る。
最近、魔理沙の置いて行った本がどうやら紅魔館のパチュリー・ノーレッジというものであることが判明した。
まあ、置いて行った本の中に魔導書の写しがあって、裏を見たら名前が書いてあっただけだが……。
そのうち出向いて返そうと思っている。しかし、今日はあの日だ。そろそろ準備をしないとな。
外に出るのも悪くない。
こうして、外の空気を吸うことも大事だと思うし、本にはない発見があるからである。
そして足は屋台へと向かっていた。
やれやれ、習慣というのは怖いものだね。
屋台の暖簾を潜り中へと入る。
「あ、いらっしゃいませー」
「遅いぞ。りん」
「ほんとよね。まだ来ないのかと心配していたわ」
「すまないね。ちょっと準備に時間がかかったようだ」
これでいつものメンバーが揃った。
「じゃあ、乾杯しますか」
「「「乾杯!」」」
カツンカツンとお猪口を軽くぶつけ一口飲む。
「くーっ! やっぱこれだよな」
「まったくね。これがないと一日が締められない感じがするわ」
「たしかにそう言えているかもね」
飲みながら串焼きを食べて行く。
やはり屋台はこうでないとね。
こうして今日も僕たちの夜はミスティアの屋台である『夜雀屋』で更けて行くのであった。
もこ霖もっと増えないかな~ もちろん幽々霖も増えて欲しい。
そしてもこたんは霖之助と二人っきりになるとデレる、幽々様は誰が居ようとお構いなしで
甘えてくる。
ただ読み終わったあと、内容を反芻してて首を捻ったところが一点ありました。
妹紅と霖之助の会話で 「私は藤原妹紅だ。竹林の案内屋や、人里の焼鳥屋でバイトしながら生活している」
とありましたが、ミスティアの屋台やってる理由の一つに「鳥喰うぐらいだったら鰻喰え」という感じの動機があったような。なのに自己紹介で本当の焼鳥屋でバイトしてると自己紹介してる妹紅にカウンター挟んですぐ向かいにいるミスティアが何も言わず、そのままスルーしていたのはちょっと違和感がありました。
どこまでが二次設定とかよくわからないので的外れな指摘だったら御容赦ください。ただ基本読みやすく、楽しかったです。
それだけにちょっとした点が気になってしまいました。
ミス霖を諦めない・・・・!
フラグ立てすぎだこの野郎www
誤字報告?
>>あんまり傷を残っていないようだしね
「を」でなく「も」
>>後さってしまう
「後ずさる」の「ず」抜け
>>よーむじゃないから誰なの!?
「から」でなく「なら」
ではないかと。