『吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも そはずなりきに』
歪に歪んだ空間、昼とも夜ともつかぬあいまいな空間で、八雲紫は呟いた
紫の目の前では、捕獲された優曇華が無機物とも有機物ともつかぬ異様な物体に包まれている
蛭のような吻が優曇華の皮膚に吸い付いている。優曇華は意識を失ったまま、ピクリとも動かない
紫が詠んだのは、これまた西行法師の歌である
吉野山に咲く花に憧れ、心が常に自分の身体から離れるように感じるという歌だ
「紫様…」
スキマから藍が姿を現した
優曇華との戦いでの失態を受けてか、全身に折檻を受けた痕がある
「間もなく日没に入ります…。『西行妖』が満開を迎えるまで、数刻とありません」
藍が報告した。今日は二月十六日、西行の命日であり、『西行妖』が満開を迎える日でもある
おまけに、今日は満月である。この日に満月を向かえるとき、『西行妖』は最も強大な力を得る
その妖気は、平安京どころか畿内から北陸、中部、中四国にまで及ぶ
弱き心に支配され、絶望、失望、孤独、悲観、あらゆる負の心に支配された亡者が集まってくる
そして、満月の下、満開を迎えた『西行妖』の下で、命を吸い取られていくのだ
「分かっているわ…、もう間もなく術は完了する。手筈は分かっているわね」
紫が冷静に聞き返した
「勿論です。ぬかりはありません」
藍が答える。痛々しい全身の傷を庇いながら、今度こそ万端の準備を整えている様をアピールする
藍は、あの後に受けた紫の折檻を思い出す。優曇華との戦いで傷ついた藍の身体に容赦なく紫は仕置きを振るった
この上でさらに失態を重ねようなら、命すら危ういかもしれぬ
「そう、ならばいいけれど…。この間のような失態があれば、今度は承知しないわよ」
紫の声が鋭くなる
藍の全身にイヤな汗が吹き出る。今度しくじれば、正真正銘、命を奪われるであろう
それほど、今回の任務は重いものなのだ
「りょ、了解しております。こちらの備えは万全です」
藍が冷や汗を隠しながら答える
いつもの惚けた紫ではない。今回は、紫が真剣になっている
「そう、でも念には念を入れておかないとね」
そういうと、紫は藍に掌を向ける
その瞬間、紫の掌にとてつもない妖気が集まっていく
「ひ…!」
藍は、その力に腰を抜かさんばかりに驚いた
それは、藍を一瞬で葬れるほどの強力な妖気だからだ
「はぁ!」
紫の声と同時に、掌から凄まじい妖気が放たれた
「う、うわぁぁぁぁ!!」
藍はその妖気をかわす間もなく、直撃を受けてしまう
藍の絶叫が、スキマの中に響き渡る
「…?。こ、これは…」
しかし、藍の身体には衝撃が伝わってはこなかった
それどころか、全身から強烈な妖気が迸っていく
まるで、眠っていた力が一気に目覚めたかのような、爽快な感覚が藍の全身を包んだ
「いつもより、さらに強力な式を貴方に憑けたわ。これで、どんな相手が来ても勝てるはずよ」
紫が言った。優曇華と戦ったときよりも、さらに強力な式を紫は藍に与えた
藍の中で眠っていた潜在的な力が覚醒し、藍はさらに強力な妖怪となった
「す、凄い、これが私の力なのか…」
藍は自分自身の力に震えた
今までだって、自分が最も優れた妖獣であると信じて疑わなかった
これ以上強くなることなど、あると思っていなかった
それが、紫の力を得て、さらに強力にパワーアップしてしまったのだ
これほど強力な力を、簡単に目覚めさせるとは、紫の力はとはどこまで凄いのか
「分かっているわね、今回は失敗は許されない…。このウサギの術が完了したら、すぐに白玉楼に向かうわよ」
紫が言った。いつになく真剣な面持ちである
一体、この妖怪は、優曇華を使って何をしようというのだろうか?
「御意」
藍は自分の覚醒した力に興奮しつつ、静かに答えた
そうして、二人は時を待った
~同日・白玉楼~
日が沈み、もはやすれ違う人の顔も分からぬような時間に差し迫っている
白玉楼の一室では、いまだ西行寺幽々子は人事不省の状態が続いている
魂魄妖忌が付きっきりで看護しているが、まだ目を覚ましては居ない
優曇華が処置を施してから、幽々子が発作を起こすこともなかった
幽々子の容態ばかりに気が向いて、妖忌は優曇華の姿が見えなくなった事に気付かなかった
「う、うん…」
幽々子の口から、うわごとのような声が漏れる
次第に昏睡が取れていき、意識が戻ってくる
「幽々子様!」
妖忌は必死になって幽々子に呼びかける
妖忌の呼びかけに答えるように、幽々子は起き上がろうとする
「無理をなさらないで下さい」
すばやく、妖忌が幽々子の身体を支える
薄着の幽々子の身体に触れると、幽々子の身体は異様にゴツゴツした感触をしている
まるで皮膚の下に、そのまま骨があるかのような感触だ
「ごめんなさい…、心配をかけたわね」
まだ頭がふらつくが、それでも幽々子は自分に付き添う従者に気遣った
何十時間も昏睡状態が続いたため、足や手に力が入らない
「随分と永い間、眠っていたみたいね…」
幽々子は布団を剥がそうとするが、上手く手に力が入らず、布団を掴むことさえできなかった
幽々子の身体は、異様に弱っている。これは、ただ砒霜による中毒症状だけではない
「今日は何日かしら…?」
幽々子が聞いた
「今日は二月十六日です」
妖忌が答えた。その途端、幽々子の顔色が変わった
布団を跳ね除け、必死で立ち上がろうとする
「いけません、まだ立ち上がるなど」
妖忌が幽々子を押えようとするが、幽々子はそれに抗うように妖忌の手を跳ね除ける
「ダメよ…。私に寝ている時間なんてないわ…」
そういって、幽々子はフラつく身体を奮い立たせて立ち上がった
あれほど弱っていながら、どこからそんな力が湧いてくるのか
「幽々子様…?」
妖忌が不思議そうに幽々子を見つめる
一体、幽々子は何をしようというのだろうか…?
「今日はお父様の命日…。『西行妖』が満開になる日です…
それまで、あの樹を封印しなければ…」
そういって幽々子は歩き出す…。しかし、その足取りは悲しいほどに弱々しい
数歩歩いただけで目がくらみ、身体が傾いた
「幽々子様!」
妖忌は慌てて幽々子の身体を受け止めた
しっかりと抱きとめた幽々子の身体は、本当に折れてしまいそうなほどに細く、軽い
こんな状態で、一体何ができるというのか
「幽々子様、おやめください。そのようなお体では何もできませぬ」
妖忌は、幽々子を強く諌めた
こんな状態では、動こうとするだけで、もはや自殺行為である
「妖忌…。私は、どうすれば、あの『西行妖』を封印できるかを考えました
そのために、ずっと食事を絶っていた。紫にも協力してもらっていた
貴方にはずっと黙っていました。言えば、必ず反対するから
無理にでも私に食事をさせようとしたでしょう。敵わないと分かっていながら、紫に立ち向かっていったかもしれない」
幽々子の息が乱れている
わずかこれだけ話しただけで息が乱れている
幽々子の身体は、もはや精神力だけで持っているようなものだった
「なにを…」
妖忌は困惑する。幽々子の独白を聞いて、その後に何か、とてつもない事を言われるのではないかと、イヤな予感がしたのだ
「妖忌…。貴方にお願いがあるわ…。多分、私が貴方にする、最後のお願い…」
そこで、幽々子は一つ息を吐いた
「………」
「―――!?。なんですと!」
それは、とても小さな声だった
二人しかない暗い部屋の中で、幽々子の声はとても小さかった
しかし、その声は妖忌には、はっきりと聞こえ、とてつもなく大きな衝撃を与えた
「何を言っておられるのです!。私にそのような事は…」
必死で妖忌は幽々子の言葉に抗った
何かの間違いであって欲しかった。そんな言葉を、幽々子の口から聞きたくはなかった
「私は本気よ…。これは、貴方にしか出来ないことだからね…」
そういって、幽々子は微笑んだ。しかし、その笑顔は辛く悲しいものだった
いつもなら、一緒に居るものも幸せにしてくれる幽々子の笑顔が、それはとても悲しい物に見えた
「私は…、ずっと貴方に恨まれていると思っていました。貴方の一人しかない娘は、あの『西行妖』に命を奪われた
この家に仕えていなければ、こんな事にはならなかったのに…」
幽々子の脳裏に、妖忌の娘の姿が思い浮かぶ…
妖怪桜となった『西行妖』が来てから間もなく、妖忌の娘は沢に身を投げた
その遺体には、夥しい桜の花弁が憑いていた
幽々子にとっては、真実の姉のように慕っていた娘だった
妖忌に似て、強情で曲がった事が嫌いで、気立ての良い娘だった
彼女の遺骸を見て、幽々子は『西行妖』を封印することを心に誓った
しかし、どんな高名な陰陽師や祈祷師に見せても、却って被害を大きくするだけだった
「そのような事はありません。貴方は娘を手厚く葬ってくださった
あのまま沢に打ち捨てられていれば、妖夢もこの世に生まれてきてはいなかった」
妖忌が頭を振った。妖忌は真実、幽々子を恨んでなどいない
相手を死なせてしまった手前、娘を葬るのも憚られるが、それでも幽々子は娘を手厚く葬った
そのお陰で、妖夢は死なずに生を受けたのだ
「しかし、その妖夢も、半分は死者として生まれた…。私の責任です
これ以上、あの『西行妖』の被害を出すわけにはいかないわ」
そういうと、幽々子は妖忌の腕から離れ、柱に寄りかかるように立ち上がった
「妖忌、これは私なりのけじめなのです。摂津の弘川寺から、お父様が愛した『西行妖』を移植する話を聞いて、私は密かに喜びました
お父様が愛した桜と暮らすことで、またお父様と一緒に暮らせるような幸福を得られるように感じたのです
それが、人の命を食らう妖怪桜であることを知りながら、私は『西行妖』をこの庭に移植した…」
幽々子は自分の偽らざる心の内を明かした
西行法師は着の身着のまま、心の赴くままに漂白の旅を続けていた
西行と幽々子が、真実、親子として暮らせたのは、ほんの微かな時間だけだった
西行法師が愛した『西行妖』が妖怪桜と化し、次々に人の命を奪う
もはや拙寺ではどうすることもできない。尊家で引き取ってはくれまいか
そう話を持ちかけられて、幽々子は内心で喜んでいたのだ
西行の愛した桜と共に暮らすことで、父と一緒に暮らせていけるような錯覚を覚えた
それが妖怪桜であることを知りながら、幽々子は『西行妖』を白玉楼に移植した
自分自身の幸せと、他人の不幸とを秤に掛けたのだ
そして、その結果、妖忌の娘は命を落すことになった
「妖忌、貴方にはずっと私の心を隠していました
貴方の娘を手厚く葬ったのも、自分の心の後ろめたさを隠すため…
貴方の娘が死んだのは、私が父と一緒に暮らすという願望を抑え切れなかったから
貴方の娘を殺したのは私…。私は愚かだったのです」
そういって、幽々子は妖忌に背を向ける
彼女は、ずっと自分を苛んで来たのだ。自分の願望の為に『西行妖』を白玉楼に移し、その為に多くの命が奪われた事を
だから、彼女はどうしても『西行妖』を封印しなければならなかった
そして、彼女は父の遺品の中から、ある書物を見つけ出す
奥州から持ち帰ったのであろう、密教の秘伝の経典であった
「どうして…、そのような話をされるのです」
妖忌が言った。すでに日は暮れ、明りもない屋敷の中、その表情は読み取れない
幽々子はその経典に従い、食事の一切を断った
そして、自らに身についた『死を操る能力』を使い、この世で結ばれぬ者達の魂を集め、白玉楼の桜として転生させた
それは、自らの欲望の為に死なせてしまった妖忌の娘への償いであり、この世で善行を積む為のものだった
「そのような話をすれば、貴方への恨みが積もり、貴方を憎むことができるとお思いでしたか」
厳しい口調で、妖忌が言い放つ
砒霜の毒を飲み、腐敗せぬ身体を作った
しかし、それだけでは、あの『西行妖』を封印することはできない
その、最後の仕上げとは…
「そのようなことで、貴方をこの『楼観剣』で斬ることができると思ったのですか!」
妖忌の怒声が、白玉楼に鳴り響いた
『西行妖』を封印する、最後の仕上げ…。そして、幽々子が妖忌に託した最後の願い。それは…
『楼観剣』で幽々子の命を絶つ事だった
「私にはできませぬ。たとえ貴方が、どのような考えであの『西行妖』を移植したのであれ、私に貴方を斬ることなどできません」
そういいながら、老剣士は涙を零した
それが、幽々子の決意だった。自らの身を犠牲にし、あの『西行妖』を封印する
その最後の仕上げを、幽々子は妖忌に託したのだ
「妖忌、これは貴方にしか出来ないことよ。このままでも、私が間もなく死ぬ
だけど、それは今日でなければ意味がないの。あの『西行妖』が満開になるまでにね」
幽々子が言った。確かに、幽々子の身体はいつ死んでもおかしくないほどに弱っている
しかし、だからといって、そう都合よく『西行妖』が満開になる前に死ねるという物ではない
「妖忌、『西行妖』を封印する為にはそれしかないの。あの『西行妖』は、紫の力を持ってしても封印できない
私が、この命を奉げて封印するしかないのよ。でも、ただ死ぬだけでは『西行妖』は封印できない
『楼観剣』は、妖怪が鍛えた剣。この世の者ではない、幽冥の住人すら断つ事が出来る
貴方の苗字が示すように、その剣は三魂七魄を斬ることが出来る唯一の剣
そして、その剣が扱えるのは貴方だけ…」
三魂七魄とは、中国の道教における霊についての概念である
魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指す
魂魄は易の思想と結びつき、魂は陽に属し天に帰し、魄は陰に属し地に帰すと考えられた
三魂は、天魂、地魂、人魂からなり、七魄は喜び、怒り、哀しみ、懼れ、愛、惡しみ、欲望からなるとされる
三魂は死して天に帰り、七魄はこの世に残り、骨を守るとされる
しかし、『西行妖』を封印するためには、この三魂もこの世に残さなければならない
それができるのは、『楼観剣』だけであり、『楼観剣』を扱えるのは魂魄家の者だけなのである
「幽々子様、貴方は惨いお方だ。言わずとも良い話をされ、私に剣を振れという」
妖忌の言葉は、それこそ幽々子よりも弱々しくなっている
幽々子が自らの過ちを語ったのは、少しでも妖忌の心の負担を取り除きたいが為だった
だが、それは却って妖忌を苦しめた。あの『西行妖』を封印するためには、自分が幽々子を斬るしかないのだ
幽々子は、自分の胸の裡を全て包み隠さずに語った。例え妖忌が幽々子を斬らなかったとしても、もはや幽々子は死ぬだろう
それでは、『西行妖』も封印できず、ただの犬死になってしまう
妖忌は、幽々子を斬らざるを得ない。その恐ろしいまでの真実を突き付けられ、妖忌は涙が止まらなくなった
「妖忌、これは私が自分で決めた事なのよ…。貴方には妖夢がいるわ…
あの子が健やかに暮らせる為にも、これはやらなければならないの」
それを止めなければならないはずの妖忌が、逆に幽々子に励まされている
妖忌は自分の手を見つめる。自分は、これから幽々子を斬らなければならない
幽々子を斬った感触を、一生その手に残したまま生きていかなければならない
それが、どれほどの苦痛であるだろう
人が生きるということは、どうしてこれほどまで苦しいのであろう
「さあ、あまり時間がないわ…。行きましょう…」
涙を流す妖忌に背を向け、幽々子は庭に向かって歩きだした
もはや、幽々子の決断を止めることはできない
『西行妖』を封印する手段は、これしかないのだ
「そこまでよ…!」
突如、白玉楼の静寂を打ち破る声がした
それは、声と云うよりも、その者の意思が直接脳に響いたような感触であった
「紫…」
それは、聞き間違うはずも無い、西行寺幽々子の親友、八雲紫の声だった
幽々子の目の前の空間に亀裂が走り、八雲紫が姿を現した
「紫、わざわざ見に来てくれたのかしら?。少し速いけど、もう…」
「悪いけど、私は貴方の最期を見に来たんじゃないの」
いつものように微笑みながら話しかける幽々子を、冷たく鋭い声で紫は制した
紫は、幽々子の考えていることを全て知っている。そして、幽々子の為に協力してきた
幽々子が『西行妖』を封印した後も、紫の力によって、この白玉楼ごと『西行妖』を人の触れえぬ所へ移動させることになっているのだ
「どうしたの、そんな怖い顔をして…。お腹が空いてるのかしら?」
相も変わらず、呑気な声で幽々子は話すが、紫はそれを無視した
「単刀直入に言わせてもらうわ。貴方の計画は中止させてもらう」
紫は言い放った。その言葉に、幽々子は表情こそ変えなかったが、驚いた
紫は妖怪の賢者と呼ばれるほどの妖怪だ。だからこそ、幽々子は自分の考えを隠さずに全て伝えたのだ
紫は、自分の考えを理解してくれている。そう思っていたからこそ、幽々子はその言葉に心底驚いた
「どういうこと?。貴方は私の考えを理解しているはずよ」
幽々子の目が厳しくなった。こんな表情の幽々子は見たことがない
「どうもこうもないわ。言った通りの意味よ」
紫は紫で、相変わらず掴み所のないしゃべり方をする。しかし、どこかいつもよりも言い方が硬くなっている気がする
「紫、帰って頂戴。例え貴方がなんと言おうと、私は止める気はないわ」
ゾクリ…とするほどに怜悧な言葉だった
幽々子の周りが、温度が下がったような気がする
この気は、幽々子が自分の能力を開放しようとしている証拠だ
つまり、紫が邪魔するなら、自分の『死を操る能力』を持ってしても戦うということだ
「ふふふ、柔和で温和でいながら、自分の考えについては強情…
貴方らしい選択ね、でも、貴方の意見など関係ないわ」
そういった瞬間、紫の掌から強烈な閃光が走った
そして、幽々子と妖忌を、足元が揺らいでいくような、奇妙な感覚が襲う
「紫…、なにを…」
幽々子が膝をつく、しかし、膝に触れているはずの床の感覚がない
それどころか、ありとあらゆる感覚が抜けていく
まるで、夢と現実が入れ替わっていくような、奇妙な感覚が幽々子を襲う
そして、幽々子は深い眠りに落ちた…
『結界・夢と現の呪』
紫は、白玉楼を結界で包み、そして、幽々子と妖忌を眠らせた
暗がりから、藍が現れる。背中には優曇華を背負ったまま
「もういいわ。藍、貴方は外を見張っていなさい。もうすぐ事は終わる」
「はい」
そういうと、藍は優曇華を床に置き、スッ…と消えていった
優曇華は、まるで電池の抜けた機械人形のように、手も足も放り出し、まるで放心しているかのように崩れている
魂が抜かれたかのような姿は、まさに抜け殻のような姿だった
「立ちなさい」
紫が命令する。優曇華は機敏な動作で立ち上がる
目に光が無く、とても意識があるとは思えないが、そうとは思えないほどに速い動きだった
「行くわよ、先ずは本堂に…。それから、あの『西行妖』へね」
紫はそういうと、本堂に向かって歩き出した
優曇華は、まるで操られているかのように、紫の後を追った
~同日・白玉楼付近~
「な、なんなんだ、ありゃあ」
妹紅が、信じられないような物を見たような目で言った
「まさか、あれが『西行妖』…?」
輝夜も、まるで棒立ちのようになりながら、小さく呟いた
優曇華をずっと探し回っていた二人だが、ついぞ探し当てることが出来なかった
一度、最後に優曇華を見かけた場所に戻ろうと山に入って、それを見つけた
それは、まさしく白玉楼がある方角であり、そこにはまるで光の柱が立っているかのように、神々しいまでの輝きを放つ桜の樹があった
ついに、『西行妖』が開花を始めたのである
明りも無い夜中の山中で、それがはっきりと分かるほどの光を放つ桜の樹…
それは、一種異様な輝きを放ち、薄ら寒さを感じるほどに美しい
そして、その美しさに比例するかのように、恐ろしいまでの妖気を放っている
とても禍々しい、その妖気を浴びただけで死にたくなるような、異様な妖気だ
この妖気が、亡者を集めるのである
「なんだか、よくねえ事が起きているような気がする」
「行くわよ、妹紅!」
二人は一気に上空へ飛びあがった。白玉楼を目掛け、一直線に向かう
白玉楼の付近には、なにやら結界が張ってあったが、二人はそれを破った
白玉楼の山門を超え、二人は白玉楼の南庭に降り立った
間近で見る『西行妖』は、まるで天を貫くかのように聳え立ち、地面に確り根を生やしている
そして、その巨大な全体から、おぞましい妖気を垂れ流している
この樹の前に立っただけで、心が締め付けられるような不快感に襲われる
「―――!?。危ない!」
炎の塊が、輝夜目掛けて飛んできた
妹紅は輝夜に抱きつき、地面に伏せさせる
「もこたん、そんなに大胆な」
急に抱きつき、地面に押し倒した妹紅に、輝夜が頬を染めながら言った
こんな時に、どこまでも呑気な輝夜である
「ンな事を言ってる場合か、ほら、起きやがれ」
輝夜を立たせる妹紅、炎が飛んできた方角を睨みつける
「出てきやがれ、不意打ちしようってんなら、この屋敷ごと燃やすぞ」
妹紅は猛りながら叫んだ。彼女の場合、本当にやりそうだから怖い
「ククク…、愚かな、人間如きが私と戦おうというつもりか」
虚空に九つの炎が浮かび、それが回転を始める
その中心に現れたのは、八雲紫の式神、八雲藍だった
「てめえ、どういうつもりだ!。どうして私たちを襲うんだ」
妹紅が藍を睨みながら言った
無論、藍は妹紅たちのことは知らないはずである
「ふん、この白玉楼は紫様によって封鎖されているのだ
ここに近づくものは、全て私が排除する」
藍はにやけながら言った
当然だ、藍から見れば、二人ともただの人間なのだ
「ここに、数日前からウサギが一匹隠れているはずよ
貴方は知っているわよね?」
今度は輝夜が聞いた
優曇華と再開した時、八雲紫と出会った話もしている
当然、この八雲藍とも出会っているはずである
「わぁーはっはっは!」
輝夜の言葉を聞いた瞬間、藍は高らかに笑い始めた
「くくく、貴様等はあのウサギの知り合いなのか。アイツを探しているという訳か…」
そういうと、藍はまた盛大に笑った
「てめえ、知ってる事があるならいいやがれ!」
妹紅がいきり立つ。幻想郷であった時は、幻想郷の住人の中でも常識があり、礼儀正しい妖怪だった
まだこの頃は、凶悪妖怪だったころの性質をそのまま持っているということか
「いいだろう、教えてやる。ヤツはいま、この白玉楼の中にいる
紫様と二人でな…。ヤツはこれから、紫様の儀式に使われるのだ」
藍は、まさに破顔せんばかりの笑みを浮かべた
実際の所、藍は紫が何をしようとしているのかは知らない
だが、それでも構わない。藍は以前にも増して、超パワーを得たのだ
「馬鹿な、優曇華が紫なんかに協力したりするもんか!」
妹紅が言い放つ。優曇華は、幽々子を救う為に苦悩していたのだ
自分自身の為じゃなく、人の為に心を痛めることが出来るのだ
そんな優曇華が、何を考えているのか分からない八雲紫なんかに協力するわけがない
「フフフ、本人の意思など関係ないのだ。ヤツはいま、紫様の秘術に懸っている
伝説の魔拳…
『幻朧魔王拳』
にな…」
「な、なんだと…!」
「『幻朧魔王拳』ですって…!」
藍の言葉に、妹紅も輝夜も腰も抜かさんばかりに驚いた…
「………」
「………。とりあえず驚いたけど、『幻朧魔王拳』ってなに?」
結局、なにも知らない二人であった
「(こいつら、本気か…?)『幻朧魔王拳』は、古に伝わる相手の精神を支配する恐怖の拳だ
この拳に支配されれば、撃たれた者は全ての行動を相手に支配される。自力で解くこともできん
この拳を解くには、自分にとって最も大事な者が目の前で死ななければならない
しかし、拳から開放されても、自分の最も大事な者の死に様を見た者は発狂し、結局は自害を図るのだ」
そういって、藍は再び高らかに笑った
なにがそこまで面白いというのだろうか?
「く…、優曇華の心を支配して、自分の為に利用しようってのか。許せねえ!」
妹紅の心に、激しい怒りが宿った
優曇華を何に利用しているのかは知らないが、そんな恐ろしい技を使ってまで相手を支配するなど妹紅には許せなかった
「輝夜、先に行け!。コイツは私が相手になる」
妹紅が言った。すでに、妹紅の目は高笑いをする藍を捉えている
輝夜は戸惑った。藍の実力は知っているし、この頃の藍にはまだ凶悪妖怪だった頃の残虐な性質が残っている
妹紅一人に任せてよいものか…
「早く行け!、優曇華が手遅れになってもいいのか!」
逡巡する輝夜を、妹紅は一喝した
「く…、恩に着るわ」
妹紅の言葉に、輝夜の迷いも晴れた
妹紅を信じるしかない。輝夜は白玉楼に向かって走り出した
「おっと、ここを通すわけにはいかん!」
藍は油断していなかった
輝夜に向かって、炎を放とうとしている
『パゼストバイ・フェニックス』
「む!。―――!?」
炎を放とうとした藍に、それに数倍する炎の塊が放たれた
藍は慌てて炎をかわした。このままでは、輝夜が白玉楼に侵入してしまう
藍は輝夜を追い駆けようとする
「てめえの相手は私だと言っただろ」
輝夜を追おうとする藍の前に、妹紅が立ちはだかった
全身から炎が立ち、炎の翼を生やしている
「ふん、愚かな人間め。少しばかり自分の腕に自身を持っていると早死にするぞ」
そういって、藍は自分の尻尾を激しく擦りつけた
激しい摩擦が、地獄の業火を生み出す
その威力は、優曇華に使ったものよりも遥かに強い!
「どうやら貴様も炎の妖術が使えるようだな、だが、私は紫様からさらなる力を頂いた!
貴様などケシズミにしてくれる…!」
そういうや、藍の炎はさらに激しく燃え上がり、藍の全身を包んだ
煉獄の火炎と地獄の業火が、まるでお互いを焼き尽くさんばかりに燃え盛る
「貴様等人間には、一生かかってもこれだけの火力は扱えんぞ!
私に歯向かった事を、地獄で後悔するんだな!
食らえ!。妖狐の最大火力!
『妖狐・火輪尾の術・真打』
―――!?」
藍の掌から、凄まじい業火が放たれた
空気を焦がし、激しい熱が空間を歪ませた
これが、八雲紫のさらなる力を得た、八雲藍の力なのか!
炎が妹紅を直撃する!。激しい業火が妹紅を包む
妹紅は身動きも取れないまま、炎の中に消えていった
「ククク、はぁーはっはっは!。馬鹿め、かわしもせずに直撃を食らうとは!
髪の毛一本残さず燃え尽きたぞ、ふぁーはっはっは!」
一人になった空間で、藍の高笑いが響いた
妹紅がいたはずの空間には、焼き焦げた跡だけが残り、ただ煙を上げていた
「おおっと、いかん、それよりも先に行ったヤツを捕まえねば」
高笑いしていた藍は、輝夜の事を思い出した
輝夜を捕まえねば、下手すれば紫に殺されかねない
藍は踵を返し、白玉楼に向かおうとした
「どこへ行くつもりだ、まだ勝負はついていないぞ」
その時、藍の背後から人の声が響いた
藍はゆっくり振り返る…
「こんなものか、齢千年の妖狐の力は…」
そこには、炎の翼を生やした妹紅が中に浮かんでいた
しかも、藍の炎の直撃を受けたはずなのに、衣服すら焦げていない
「ば、馬鹿な…。私の『火輪尾の術』を食らって、まったくの無傷とは…」
藍は狼狽する。藍がMAXパワーで放った『火輪尾の術』
並みの者なら、魂さえ焼き焦げてしまうほどの火力である
それを受けて無傷とは…
「迂闊だったな、同じ属性の妖術を上位の者に使えば、それは自分の妖力を相手に渡すのに等しい」
妹紅がそういうと、妹紅を包む炎が激しさを増した
「ば、馬鹿な…。貴様、私の炎を食い尽くしたというのか!」
藍の悲痛な叫びが木魂する。藍も妹紅も炎の妖術を得意とする
当然、両者ともに炎の扱いには慣れている。故に、上位の者に同じ属性の術を使うと、その力を吸収されるのだ
それはつまり、妹紅の力が、藍の力を上回るということである
「そんなはずはない!。私は紫様からさらなる力を引き出されたのだ!
人間がその力を超えることなんてあるものか!」
喚くように藍が叫び散らす
妖怪にとって、人間は単なる餌でしかない
自分たちよりも遥かに非力で、愚かで、寿命も短い
千年を生きた妖狐からすれば、人間など肉の塊でしかないのだ
「さあな、人間も千年も生きていれば、妖怪を超えることもあるのかもな」
妹紅の炎が、さらに激しさを増していく
全身から立ち上る炎は密度を増し、強烈に収縮していく
炎としての可視状態を通り越し、妹紅の全身が輝き始めた
「こ、これは…。炎が炎としての性質を通り超え、光へと変化したというのか!」
妹紅の炎は、炎から昇華し光へと姿を変えた
平安の夜空を、妹紅の光が照らす。そして、妹紅の光が鳳凰の形に変化した
「見せてやろう、これが究極の炎の妖術だ!
『フジヤマヴォルケーノ』
―――!?」
妹紅の手から、光から生まれた鳳凰が放たれた
光り輝くその姿は、圧倒的な光を放ちながら進む
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
その速さは、まさに光の如く、藍にはその炎のかわしようがなかった
妹紅の作り出した鳳凰は、藍の身体を焼きながら、白玉楼の上空を暴れまわった
上空に達した鳳凰は、藍を吐き出し天へと戻っていった
「ぐぅぅ…」
天から落ちてきた藍は、衣服は全て焼き焦げていた
しかし、ダメージは大きいものの、身体への損傷は多くなかった
妹紅がわずかばかりながら、手加減を加えていたのだ
「これが、本当の炎の力だ…。お前も、あと千年は修行するんだな」
地面に落ちてきた藍に、妹紅が駆け寄った
「ぐう、どうしてだ、なぜ人間などがこんな力を…」
藍は人間を侮りすぎた。妹紅はすでに一三〇〇年も生きているのである
藍の知っている人間の常識など、遥かに超えた所にいるのだ
「貴様なら、その程度のダメージで死ぬ事はない。私達が優曇華を助けるまで、大人しくしてるんだな」
妹紅の完全なる勝利であった。八雲紫に力を引き出された藍を、あっさりと倒してしまった
藍は、自分の拳を握る。まだ、わずかだが身体が動いた
妹紅が手加減していたせいだろう
(このまま負ければ、今度は紫様に殺される…)
藍は、優曇華との戦いの後で受けた折檻を思い出した
それは、筆舌しがたいものだった。よく命があったものだ
このまま、妹紅も輝夜も紫の元へ向かったなら、自分はきっと罰を受ける
紫の式である以上、紫から逃げることもできない
このままでは、殺される―――!!
「このまま負けてたまるか!」
そういった瞬間、藍は白玉楼の庭の砂を掴み、妹紅目掛けて投げ掛けた
「ぐぅ…!」
不意を突かれた妹紅の目に、細かい砂が入り込む
妹紅が目を押えながら苦しむ
「くそ…、どこだ」
目の見えない妹紅は、手探りで藍を探す
しかし、とても手探りでは見つけられない
「ははは、馬鹿め、油断しおって!」
そういって、藍は立ち上がった
藍の目潰しは効いていた。視力を失った妹紅は、目を押えたまま右往左往する
どこに藍がいるのか見えないのだ
「ははは、死ね!」
身動きの取れない妹紅に、藍は自らの手刀を叩き込んだ!
藍の抜き手が、妹紅の心臓を貫いた。真っ赤な鮮血が、飛沫を上げて吹き上げる
「くぁーはっはっは!。愚かな人間め!、貴様が私に勝てる訳がないのだ!」
再び、藍の高笑いが白玉楼に木魂する
「…いま、何かしたか?」
しかし、心臓を貫かれたはずの妹紅は、まるで効いていない風に言った
高笑いしていた藍の顔が、怒りで強張る
「なにお~、ならばこれでどうだぁ!」
再び、藍の抜き手が妹紅の顔面を射抜く
「どうした、なにかしたのか…?」
しかし、それでも妹紅は何もなかったかのように、平然と言ってのけた
「おのれ~!。これならどうだぁ~!」
「な、なんでだ、どうして効かないんだ…」
気付けば、白玉楼の庭では、藍が一人で暴れまわっていた
まるで、地上で溺れかけているかのように、もがき苦しんでいる
妹紅は藍に背を向けたまま、無傷で立っていた
「愚かな、貴様の安い策などお見通しだ…
貴様が私に仕掛けた瞬間、貴様はすでに私の術に嵌っていたのだ…」
妹紅が言った
これは、相手に幻覚を見せ、精神を崩壊させる妹紅の必殺―――
『鳳凰幻魔拳』
「なぜだ、なぜ死なないんだ…」
藍は妹紅の術に嵌り、決して死なない妹紅の幻覚と戦い続けている
実際の妹紅も死にはしないが、それを知らない藍にとっては、それは恐怖でしかなかった
「すでに貴様の精神はズタズタに崩壊した」
そういうと、妹紅は指一本で藍の額に触れた
そのまま、わずかに力を込めて押した
藍は、なんの抵抗も出来ずにその場に倒れた
恐るべき、『鳳凰幻魔拳』の威力である
「さあ、私も行くか。輝夜一人では、紫の相手はできまい」
そうして、妹紅は輝夜の後を追った
~白玉楼・本堂~
菩薩勝慧者 乃至盡生死 恒作衆生利 而不趣涅槃
般若及方便 智度悉加持 諸法及諸有 一切皆清浄
欲等調世間 令得浄除故 有頂及悪趣 調伏盡諸有
如蓮體本染 不為垢所染 諸欲性亦然 不染利群生
大欲得清浄 大安楽富饒 三界得自在 能作堅固利
伽藍とした白玉楼の本堂に、理趣経百字の偈が響いている
燈明を灯した薄暗い本堂には、八雲紫の姿があった
その後ろに、だらん…と頭を下げた優曇華の姿がある
静寂の本堂に、紫の読経の声だけが響く
理趣経は『金剛頂経』の第六会にあたる密教の経典である
紫の読経が続く中、本堂に足音が近づいてくる
「イナバ!」
本堂の扉が、勢い良く開いた
息を切らせて入ってきたのは、蓬莱山輝夜その人である
輝夜は本堂に入るや、その本堂を見渡す
本堂は百間余りはあろうかと云う大きな広間になっていた
その中に、輝夜は優曇華の姿を見つけた
「騒々しいわね…。邪魔をしないで欲しいわ…」
しかし、輝夜が優曇華に近づこうとした瞬間、紫が二人の間に入った
六十四卦の沢地萃の描かれた式服。長く緩やかにウェーブの入った金髪にリボン
まさしく、幻想郷の妖怪の賢者、八雲紫その人である
「イナバを返しなさい、それは私の従者よ」
輝夜が言い放った。しかし、紫はおかしそうに身体をくねらせた
「そういう訳にはいかないわ、この娘はこれから行う儀式に必要なのよ…
ね、蓬莱山輝夜」
「―――!?」
輝夜は自分の名前を呼ばれて驚いた
輝夜が紫と面識を持ったのは、あの永夜異変の時が初めてである
紫が月の都に攻めてきた時は、輝夜はすでに地上に追放された後だった
この時代の紫とは、たったいま出会ったばかりなのである
どうして輝夜の名前を知っているのか…?
「…ッフ、驚くことはないわ。私は全てを知っている
天武天皇の御世に、あなたが月の都から降りて来たこともね
てっきり月の都に戻ったと思っていたけど、まだ地上に残っていたのね」
紫が言った。確かに、竹取物語で月の都から降りてきたのは輝夜自身である
ほとんどの人はフィクションだと思っているが、実際に輝夜は地上に降りてきたのだ
少し違うのは、輝夜は月の都には戻らず、永琳と共に地上に逐電したことである
「そう、でもそんな事はどうでもいいわ、イナバを…、いえ、優曇華を返しなさい!」
輝夜は気持ちを落ち着けながら言った
あの胡散臭い妖怪を相手にしていると、どうしても紫のペースに乗せられてしまう
「イヤよ。言ったでしょう。この娘は儀式に必要なのよ」
紫はいつもの口調を変えずに言った
これでは堂々巡りになってしまう
「優曇華をどうするつもり」
輝夜が訊いた。紫は、どうやらこの白玉楼に結界を張っているらしい
その中で、これから何かの儀式を始めるらしいが、一体何をするつもりなのか
そして、優曇華をどうするつもりなのか…
「どうもこうもないわ…。あの『西行妖』を封印するのよ」
「なんですって!?」
輝夜の顔色が変わる。最後に優曇華と話したとき、優曇華は幽々子が自らの身を犠牲にして『西行妖』を封印しようとしていると言っていた
この八雲紫も、『西行妖』を封印しようというのか…?
「このウサギは、幽々子が即身成仏して『西行妖』を封印しようとしていると考えたようだけど、それは少し違う
『西行妖』を封印するには、穢れの無い肉体と魂が必要なのよ。幽々子は父親の遺品の中から、肉体の穢れを落す法を記した経典を見つけた
それを元に、自らの肉体から穢れを落すための修行を行っていたのよ」
『西行妖』は、人間の命を吸い取る妖怪桜だ。その妖怪桜を封印する為には、人柱が必要だった
しかも、ただの人柱ではなく、穢れの全く無い人間を奉げなければならないのである
「地上の生き物が、その肉体から穢れを落そうとするなら、それは大変な努力を必要とする
幽々子のように長い間食事を断ち、少しずつ善行を積んで、長い時間を掛けて穢れを祓わなければならない
しかし、このウサギは穢れの無い浄土の地、月の都に住んでいた。身体に溜まった穢れも、地上の生き物よりも遥かに少ない
私が少し術を使えば、その穢れを祓うことができる…」
紫が一気に捲くし立てる。自分自身でも、喋っているうちに興奮しだしたようだ
同時に、輝夜は紫の真意に気付いた。つまり…
「優曇華を、幽々子の身代わりにするつもり!」
それが、紫の真意であった
この地上で生きる生き物は、すべてが身体に穢れを溜め込んでいる
生まれたての赤ん坊でさえ、過酷な生存競争を勝ち残って生まれた穢れた身なのだ
しかし、優曇華は違った。優曇華は穢れ無き浄土の楽園、月の都で生まれた
その身体に溜め込んでいる穢れは、地上の生き物よりも遥かに少ない
紫の肉体の穢れを祓う秘法を使えば、たちどころに身の穢れを祓い落すことができる
これが、この時代に起きている歴史の流れの異変であった
もしも、優曇華がこの時代に現れていなければ、幽々子はこのまま自らを犠牲に『西行妖』を封印しただろう
しかし、優曇華がこの時代に現れてしまったため、紫には幽々子を救いだす方法を見つけてしまった
このまま優曇華が『西行妖』を封印させるのに利用されれば、優曇華は元の時代に戻れないばかりか、命まで落としてしまう
「あんた!、そんなことを幽々子が望んでいるとでも思ってんの!」
輝夜が怒りを露に叫んだ
あの幽々子が、優曇華を犠牲にして生き残って、それを喜ぶとは思えない
「…ッフ、そんなこと、分かっているわ…。幽々子は私を許さないでしょうね…
でも、それでもいい…。幽々子が生きていてさえくれるのであれば」
紫の目の色が変わった。例え優曇華を犠牲にして生き残ったとして、幽々子は紫を許さないだろう
もう、二度と紫と顔を合わせないかもしれない。幽々子にはそんな強情な所がある
だが、そんなことはもはや紫にはどうでも良かった
紫の心の箍は外れてしまったのだ…
いま、輝夜の目の前にいるのは、幻想郷の妖怪の賢者などではない。ただのスキマ妖怪、八雲紫なのだ
「そう…。それがあんたの答えって訳…。優曇華を犠牲にして、幽々子が助かってはい目出度しって訳…」
輝夜が、物凄い形相で紫を睨み付けた
これは、いつもの輝夜じゃない!
「許さない!」
輝夜は、懐から七色に輝く蓬莱の玉の枝を取り出した
七色の光が、輝夜の怒りに同調するかのように輝きを示した
薄暗い部屋を、七色の光が眩しく照らし出した!
『神宝・蓬莱の玉の枝』
輝夜がかざした蓬莱の玉の枝から、七色の光が紫に向かって飛び出した
地上の穢れを吸い取り美しい花を咲かせる蓬莱の玉の枝、そこから放たれる光は地上で溜め込んだ穢れである
たとえ紫はかわせても、優曇華が受ければ紫が祓った穢れが舞い戻る
「…ッフ、愚かな」
そういうや、紫は手に持った扇子をかざした
その途端、まるで玉が砕け散るように、輝夜が放った光は四散して消滅した
あれほどの光を、紫は顔色一つ変えずに打ち破って見せた
「…く、ならば実力行使よ!」
優曇華に穢れを戻し、紫の企みを阻止しようとした輝夜だが、それは紫には通じなかった
かくなる上は、力ずくで紫を倒すより無い
輝夜は全身の霊気を高める。輝夜を包んだ霊気が、燐気へと変化していく…
龍が天に昇る時に発するのが燐気である
その燐気が、龍の形を作り出し、五色の光を放つ
「ひれ伏せ!
『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』
―――!」
輝夜の全身から、五色の龍が放たれる
自らの霊力を燐気へと変え、五色の輝きを放つ龍を生み出し放つ、輝夜の最大奥義
それは、まるで意思を持つかの如く、大きくうねりながら紫目掛けて飛んでいく
これでは紫もかわしようが無い。どこまで逃げても、龍は追いかけていく!
「…ッフ、どうやら、まだ私の力がわかっていないようね」
紫は奉げていた扇子を下ろした
完全な無防備な体勢のまま、輝夜の『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』に正対する
まさか、このまま『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』を受け止めようとでもいうのか
「―――!?。やったか?」
猛烈な勢いで、五色の龍が紫を直撃した
激しい轟音が鳴り響き、強烈な震動が本堂を揺らす
完全にクリーンヒットした。並みの者なら、完全に息絶えたはずである
「―――!?。なに!」
しかし、激しい埃が舞い上がる中、紫は無傷なまま姿を現した
怪我どころか、衣服にすらダメージも受けていない
「ば、馬鹿な…。どうして…」
輝夜は激しく狼狽する
こんなことはあり得ない、『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』が直撃して無傷など
「ふふふ、驚くには値しないわ。私は何もしていない…。ただ、現実と虚像の境界を操っただけよ…」
紫は冷静に言い放った
輝夜の『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』は、輝夜が敵と認識した相手を永久に追尾していく技だ
それゆえにかわす事はできないが、それは相手が現実に存在している場合のみである
あの瞬間、紫は自らの能力である『境界を操る能力』を使い、自らの現実と虚像の境界を操った
紫の姿は虚像となり、五色の龍は敵を見失い迷走して自爆したのだ
「なんてこと…、こうもあっさり私の奥義が破られるなんて…」
輝夜はショックだった。自らの最大の奥義が、こんなにも簡単に破られるとは思ってもいなかった
輝夜だって、幻想郷では上位の実力者なのである
ましてや、紫はこの技を見るのは初めてのはずである
輝夜が『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』を放った直後に、すでに紫はこの技を見切ってしまったのだ
つまり、輝夜がどんな攻撃を仕掛けようと、また簡単に破られてしまう可能性が高いのだ
これが、幻想郷の妖怪の賢者と呼ばれる八雲紫の力なのか…
「どうしたのかしら、もう終わりなの?」
そういうや、紫は扇子を輝夜に向けた
「―――!?」
次の瞬間、輝夜の脚を鋭い痛みが襲った
紫の放った一筋の光弾が、輝夜の脚を貫いたのだった
「み、見えなかった…。何かが光ったようにしか…
こ、これは…。まさか、光速拳…?」
輝夜は驚愕する。今の攻撃、輝夜は何が起こったのかすら理解できなかった
紫が扇子を輝夜に向けたと思った瞬間、輝夜の脚は撃ち抜かれたのだ
輝夜の反応速度の限界を超えた攻撃…。その可能性があるのは、唯一、光速拳だけだった
「そうよ、私が幻想郷最強の妖怪と呼ばれる由縁の一つ…
私は幻想郷の妖怪の中でただ一人、光速の動きを身につけた」
そういうや、紫は扇子の先から光速で飛ばす光弾を発射する
「ぐぅわぁぁ!!」
輝夜の脚を、肩を、腹部を、鋭い光弾が貫いていく
その速さに、輝夜はまるでついていけない
小さな光弾でありながら、光速で発射される弾に輝夜は反応できないのだ
これでは、一方的にやられるだけだ
輝夜は膝をつき、その場に崩れ落ちる
「う、うぅぅ…。強い…、これが、八雲紫の力…」
とても、輝夜の敵う相手ではなかった。輝夜は必死で紫の攻撃に耐えているが、紫はまだ遊んでいる
その気になれば、いつでも輝夜にトドメを刺せるだろうに、チクチクと輝夜を攻撃して弄んでいる
それはつまり、輝夜にどうやってトドメを刺すかを考えているということだ
「…ッフ、これならどうかしら?」
「―――!?」
紫の光弾が、今度は輝夜の顔面を捉えた
まるで弾き飛ばされるように、輝夜は後方へ吹き飛んだ
「うぅ…」
「…っふ」
仰向けに倒れ、呻きを挙げる輝夜
紫の足元に、スキマが出来る
「―――!?。うぎゃぁぁぁ!!」
紫が足をスキマに突っ込むと、輝夜の右腕の付け根辺りにもスキマができ、そこから紫の足が輝夜の右腕を強烈に踏みつけた
その力は、まるで重機で踏み潰されたかのように強烈で、一撃で骨が砕かれ、筋と筋肉がビチビチと音を立てて裁断されていく
「うわぁぁ!!」
紫の足が、輝夜の右腕を引き千切った
スキマが消え、紫は元の体勢に戻る。輝夜は無くなった右腕を抑え、痛みにのた打ち回る
「う、ううう…」
輝夜は涙を浮かべながら、右腕に力を込めていく
「はぁ…!」
次の瞬間、引き千切られた右腕に、新しい腕が生えてきた
蓬莱人特有の自己再生能力である
「ほう…。どうやら、不老不死というのは嘘ではないようね…」
紫が感心したように言った。紫は、わざわざそれを確かめるために、輝夜の腕を引き千切ったのだ
「…と、言うことは、このままダメージを与え続けたとしても、貴方は何度でも再生してくるでしょうね…
貴方のことだから、どうせ自分が動けなくなるまで、私に抵抗するのでしょう
まったく、厄介なものだわ」
紫がそういって口元を扇子で隠した
余裕のある戦い方をしているように見えて、相手に最も有効な攻撃手段を探しながら戦っている
ただの惚けた妖怪ではない。ただ力任せに戦う藍とは大違いである
「言いたいことはそれだけかしら…」
輝夜が息遣いを荒げながら言った
紫が言った通り、優曇華を取り戻すまで、輝夜は何度でも立ち上がる
「そうねえ、あなたにはそれに相応しい格好になってもらわないとね」
紫はおかしそうに笑った。それは挑発だった
輝夜の理性が切れた。怒髪天を衝く勢いで、紫に襲い掛かった
「いい度胸してんじゃないのよ、このスキマババァ~!!」
輝夜は紫目掛けて飛び掛かった、紫は輝夜に背を向けた
逃げ出そうとしたのではない、その瞬間、紫の身体から強烈な光が放たれた
「―――!?。なんなの、これは!」
気付いた瞬間には、輝夜は本堂の床に倒れていた
何が起こったのか、輝夜は理解できないでいた
指も手も足も、全身の感覚がおかしい。力を入れようと思っても、まったく動かすことができない
「うぅ…、どういうこと…」
輝夜は訳がわからなくなった
紫に襲い掛かった瞬間、輝夜は紫の全身から光が放たれたように感じた
その光を浴びた瞬間、輝夜は全身に力が入らなくなり、床に墜落してしまった
「ふふふ、言ったでしょう…。貴方は不老不死…、倒すには、それに相応しい姿になってもらう必要があると」
そういって、紫は笑った
全ては紫の計算通りだった
輝夜に挑発を仕掛け、自分に飛び掛かってくる事も紫の読み通りだった
「私の光速拳にかかれば、貴方の五感を奪うことなどたやすいことよ
あなたは今、触覚を失った…。そして、今度は味覚よ!」
今度は紫の指先から光が放たれた
その瞬間、輝夜の口から感覚が消えた
「あ、ああ…」
輝夜は、もう口を開くことさえ出来なくなった
舌先に痺れるような感覚が残っているが、それが消えた時、輝夜は一切声を発することができなくなった
紫の光速拳は、拳圧を光の速さで撃った際、鋭い衝撃波を生む
その衝撃波は、肉体を通り越し、相手の五感を司る中枢神経を麻痺させ、相手の五感を奪うのだ
「あなたは不老不死、どれほどダメージを与えても復活してしまう
しかし、私の光速拳で五感を奪えば、例え肉体は生きていたとしても、何もできない
生きた屍となり、なんの抵抗もできなくなるわ。次は嗅覚よ!」
再び、紫の指先が光り、今度は輝夜の嗅覚が奪われた
もはや、輝夜は身体を動かすこともできず、喋ることも、匂いを嗅ぐ事もできない
このまま紫に五感を奪われ続ければ、たとえ不滅の肉体を持っているにしろ、何もできなくなってしまう
確かに、蓬莱人である輝夜に対して、この手は最も有効な対策である
「さて、これで残るのは視覚と聴覚だけ…。どちらから先に奪って欲しいかしら?」
紫は、床に這い蹲る輝夜を見下す
「う、ううう」
輝夜は紫を睨みつけ、何事か恨み言を言おうとするが、味覚を奪われた状態では何も言えない
「なるほど、まだその闘志を失わないその目か…」
紫の指先が光り、輝夜の視覚を奪った
輝夜の視界は暗黒となり、もはや何も見ることもできなくなった
輝夜はもはや身体を動かす事もできない、物を見る事も、話す事も、匂いも分からなくなった
「さて、これで最後は聴覚を残るのみ…。耳が聞こえる内にいい事を教えてあげる
貴方は穢れから切り離された蓬莱人、貴方の肉体も『西行妖』を封印するのに使える
あのウサギと一緒に、『西行妖』の中に葬ってあげるわ。私は優しいの
これからは貴方達はずっと一緒、あの『西行妖』の中で、ずっと一緒に暮らすがいいわ」
そういって、紫は高らかに笑った
不老不死の蓬莱人は、肉体からあらゆる穢れが切り離される
輝夜なら、紫の秘法を施さずとも、そのまま『西行妖』に奉げられるのだ
「さあ、これで最後。あなたは一生、暗黒の世界の住人となるのよ」
紫が指先を輝夜に向けた
このまま最後の聴覚まで失えば、輝夜は廃人も同然になってしまう
死ぬ事が出来ない輝夜は、そのまま永遠に生きて行かなければならないのである
「アディオス!。輝夜!」
紫の指先から、最後の光が放たれようとしている
もはや、輝夜には逃げ出すこともできない
このままでは、輝夜は永遠に暗黒世界の住人として、『西行妖』に封じられたまま生きて行かなければならなくなる
「―――!?。なんだ、これは!」
最後の光を放とうとした紫が、自らの指を見て驚愕した
自分の指先から、真っ赤な鮮血が滴り、ポタリ…ポタリ…と落ちていた
「これは返り血…?。違う…。いま、何かが私の指先を傷つけたのだ」
そういうや、紫は本堂の入り口を振り返った
そこには、まるで燃え盛るような炎が浮かんでいた
その炎が近づき、やがて人の形を取っていく
「あなたは、何者―――!?」
紫には、見覚えのない顔だった
白く長い髪を紅白のリボンでとめ、サスペンダーのついたもんぺに、近年稀にみる貧乳
いわずもがな、そこに現れたのは藤原妹紅であった
「私は藤原妹紅、てめえ、よくも優曇華と輝夜をやってくれたな」
妹紅がその美しい顔を歪め、紫を睨み付けた
妹紅を包んだ炎が、猛るように燃え盛る
(も、妹紅…)
薄れゆく意識の中で、輝夜が呟く
口が動かない中では、どうしても言葉に出せない
「ふん、どうやらここにも命知らずがいたようね
だけど、私の光速拳の前には無意味よ!」
そういうや、紫は指先から再び光を放った
「ふん!」
「―――!?。なに!」
紫が目を見開いて驚く
紫の放った光速拳を、妹紅は素手で受け止めてしまった
「こんな技が私に通じると思ったか…」
光の速さで撃ち抜かれた拳を、素手で止めてしまうとは…
反射神経がどうのという問題ではない。人間の限界を超えた、超反応である
「ふん、そのお姫様よりはやるようね…
でも、所詮は私の敵ではない。もはや面倒よ、二人とも殺してあげるわ!」
そういうや、紫は全身の妖気を開放した
空間を圧迫せんばかりに、紫の妖気は膨らんでいく
なんという強大さ、なんという圧倒的な力なのであろう
これは、もはや一妖怪のレベルを超えている
「なんだと…、輝夜を殺す…だと」
紫の吐き棄てた台詞に、妹紅は敏感に反応した
紫は言ったのだ、二人を殺すと。それはすなわち、妹紅と輝夜を殺すということだ
「ふざけるんじゃねえ!。輝夜を殺していいのは私だけだ!」
妹紅の霊気が、一気に爆発した
妹紅の怒りに呼応するかのように、炎が荒れ狂い、紫の妖気とぶつかり合った
二人の力がぶつかり合い、巨大な白玉楼が揺らいでいる
こうして、二人の力が激突した!
これやめませんか?
誰かに脅迫されてんのかね。
もうやめてもいいんだぜ?
あなたのがんばりにこの点を
作家は誰しも他人にやめてなんたら言われる筋合いないわい!!
まあ僕も元・続き物を目指していた身(やめた理由は聞かないでね)。
これからも頑張って下さい。応援してます!!
その姿勢に感激。
批判コメントが少ないのにたった一つのコメントのせいで続き物を書く気失せた僕とは大違いです。
頑張って下さい!!!
ファイ!オー!ファイ!オー!
自分のHPでの連載なら誰も文句は無いと思うが。
でも文法に対して指摘を「嫌なら見なくて良いよ」の一言で済まされると、良かれと思って指摘した読者に対して失礼だろ。
そういう作者には流石に辞めろって言ってもいいと思うが。