博麗神社からの帰り道にガサリという、草木に何か固形物が落ちる音がしたので覗いてみた。
そこには青色で細長い物体が鎮座しており、そこから伸びる黒い紐みたいなものはそれに絡まっていた。
「なんだこれ?」
不思議に思いつつも私は興味を持ったので、弄り回してみた。凹凸があり、紐はすぽすぽと本体から抜き差し出来る。
すると紐の先端から音が聞こえているような気がした。一定のリズムを刻む音。……どうやら音楽のようだ。
音が小さいので両耳に当ててみた。
……うん、確かに音楽だ。
「――――――ふうん」
『外の世界にはこんなのもあるんだ』
何故か其れを大切に握りしめた。
その時に気づいた。後ろに名前が彫ってある。指でなぞれば『K・Marisa』……そう読み取ることが出来た。
「私と同じ名前かぁ。きっと美人だな」
仰ぎみれば、満天の星空。 現れ始めた白い月光は、澱みなく私を照らす。
●
「もしも ぼくが いつか きみと 出会い 話し合うなら♪」
口ずさみ夜空を駆ける。いつの間にか歌詞を覚えてしまっていた。
うっすらと浮かぶ月に青色の機械が鈍く反射した。
「そんな 時は どうか 愛の 意味を知ってくださいっ♪」
耳元から流れる音楽はとても心地良かった。
私が見下ろす世界は変りなく。いつでもいつも同じ風景だ。
ふと、そんな日常に疎外感を感じた。
背を向けられるような、私と離反するとでもいうべき感覚。
もちろん多少の変化はあるのだ。
春が来て夏が来て、秋が来て冬がくる。そしてまた春だ。
今日と同じ明日。
些細な違いはあるだろうけど、本質は変わりない。
人は其れを平穏と呼ぶだろう。
レミリアと咲夜は仲の良い主従関係で。
幽々子に振り回されて、妖夢はてんやわんやで。
チルノが悪いこと企んで、その横でルーミアがマイペースに生きて。
妹紅と輝夜が殺し合って、それを慧音と永琳が窘めて。
早苗が霊夢に意味もなく嫉妬して。
―――平穏は幸せの象徴だと、みんな言う。異変が起こらないのは平和だと。
でも……なんだろう、ふと風景を見渡せば全てが味気なく見える。
決定的に『何か』が欠けている。
その『何か』が何か分からない。
でも、欠けていることだけは確かにわかる。
「りんだりんだ~……♪」
知りたいなぁ。
私の小さな歌声が旋風に飲み込まれる。そして眼下に明かりが見えたのでそこへと着陸した。
「とうちゃ~くっと」
アリスの家の前についた。
珍しいこともあるもので、アリスが夕食を振舞ってくれるという。私は喜んで招待されることにした。
「…………」
「どう? 美味しい?」
「アバンギャルドな味、とだけ答えておくぜ……」
お世辞にも美味しいとは言えない料理だった。
人肉を煮込んだスープに腸のゼリーは不味いの一言だったがおくびにも出さなかった。 私は無加工そうなパンのみをもくもくと口に入れ胃に運ぶ作業を続けた。
そんな私をアリスは訝しがったが、私ははぐらかした。
そんな晩餐の中アリスが突然咳をして席を立った。
「どうした? アリス」
彼女が慌てて、洗面所に走っていく姿はどことなく死に際の猫を思い出した。
私も彼女の後を追いかけた。
「別に……何でもないわ」
アリスは喋るが口の端から真っ赤な血液が零れているのをわたしは見逃さなかった。
「―――! どうしたの!?」
「……さぁね。私が聞きたいわよ」
アリスは他人事のように私に怒る。もしかして、考えたくもないことだけど、今日私が夕食に誘われたのは、
「――――――」
「フフフ、心配しないで。今日はね……たまには人形以外と食事もいいかもって思っただけよ」
強がっているのが丸分かりな健気な横顔は余計に辛かった。
私は閉口するばかりで、言うべき言葉は見つからない。
そんな自分はどんな顔をしていたのか。アリスは私を見ながら、
「これは友人としての忠告よ。魔理沙は笑っていたほうが可愛いよ」
などと私に呪いをかけた。
『馬鹿野郎、心配してるんだ』などという気にもならないほどだ。
その数日後、私は彼女を看取った。
白雪姫と称するのが相応しいほど美しい死顔(寝顔)だった。
「あ―――」
悲しくないなんて嘘を吐く気にはならなかった。
顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いた。
「でも、泣いてばかりじゃアリスが悲しむ」
だから笑った。
嫌でも笑った。
とてもとても悲しく笑った。
あの世で彼女に呆れられたくないから笑うしか手段がない。
いつでも笑う。
悲しくても笑う。
いつからか、慣れた。
それで幸せに成れるなら、安いもんだぜ。
●
アリスの死からしばらくった時のこと。
いつもの音楽を聞いていた時のことだ。
私は変わりない道を歩んでいた。
このころにはすっかりと、作り笑顔も顔に馴染んできた。
「いい天気~」
芽吹く翠を視界に収めながら、もう夏が来たんだなぁ、としみじみ。
そういえば、心なしか長袖も暑くなってきた。そろそろ半袖の服を押入れから出さないとな。
「……?」
ふと、向こう側から歩いてくる少女を見つけた。
金髪に紅いカチューシャ。水色と白の衣装がとても似合う少女。
それは、私のよく知る少女によく似ていた。
「――――――」
「どうしたのよ、魔理沙。私の顔に何か付いてる?」
アリスがいた。
久しぶりに笑いが凍った。顔ばかりか、体中が動かない。
「――――――」
私は餌を求める鯉のようになった。
「……? 本当にどうしたの? 具合悪いの?」
「―――お前は、誰?」
「私? 私はアリス・マーがロイドじゃないの……もしかしてボケ?」
瞬間片鱗を触る。
あ、そっか。
『何か』が欠けているんじゃない。
『何も』欠けてないんだ。
なんだこれは。
彼女は、アリスは、生きているのか。それとも死んでいるのか。
幻想郷(このせかい)はアリスの死を赦してなどいない。彼女を『生きてろ』と脅迫する。
歴史は彼女の死を認めて記入をしない。それでは歴史に都合が悪いから。
なぜ?
なんのために?
どういう目的のために?
そこまで考えて、
「――――――だったら私はなに?」
不安なんてもんじゃない。
この事実に一人気づいたなどとでも謂うのだろうか。
私は何を求める。
何を求めれればいい。
何をするのが正しいのだ。
耳元で音楽が甘く囁く。狂騒を掻き立てる。
飛び出せと私を促す。
私は―――、
「ねぇ、魔理沙ったら!」
アリスが不安そうに私の顔を覗き込む。
彼女の碧眼は綺麗すぎた。
そんな彼女の死を否定する世界は要らない。
彼女が好きだから普通に生きて普通に死んでもらいたい。
唯、生物として在るが儘の望みだ。
希望(死)さえ、無い。永遠という牢獄が犇めくこの世界は、こんな世界は、
「――――――必要ない」
だから私は音に従った。小気味のいいリズムが私を勇気づける。
私は彼女の手首を強引に掴み、駆け出した。
「ちょっと!? どうしたのよ、いきなり!」
靴が砂利を咬む。歩んだ道を戻る。
「こんな幻想郷(ところ)にいちゃだめだ……」
「どういうことよ!?」
彼女は意味が分からないと説明を求める。
「この世界は狂ってる。アリスは死んだんだ、確かにあの日あの瞬間死んだ……!」
「はぁ……あんた何言って―――」
「いいから信じて! 私を、私だけを信じて!」
壊れてる。
何も失われない、何も壊れない世界なんて。
生まれないし死なない。
壊れないし壊されない。
何も変わらない、何も動かない。
世界が凍ったようにモノクロに塗りつぶされる。
暖かい世界は、土砂降りへと移り変わる。
人が蝋人形の様に見える。
今までの思ったことや経験は嘘偽りだったのだ。私は一瞬一瞬を生きている気がしていた。気がしただけだった。
しかしその実、全ての結末は定められていたのだから。
決まり事の真理を悟ったような気がする。
勝負を決するときは『弾幕ごっこ』……当たり前だ損失の気づきを防ぐためだ。不可解を取り除く、絶対的な争いをコレで解決する。
上手いのは、妖怪なるものに異変を起こしやすくして波を与えることだ。ずっと平穏ではいつか、誰かが疑う。
年号が存在しないのも当然だ。あったら『気付いてしまう』から。一年周期で変わらないことに。
歴史が無い。生まれない。
なんて―――なんて都合のいい世界だ。
そんな箱庭で暢暢と自由だと思って、生きていた自分に心底むかっ腹が立った。
だけど、
「気付けたんだ」
変わらない私たちを見ている観客がいることに。
変わらない都合のいい住人に仕立てあげた奴がいることに。
「そんな奴等の思い通りになってたまるか……!」
そんな脚本は否定してやる。私たちが異例中の異例なのだ。
貴方達は気づいていないだろう。私たちがお前らを否定していることに。
お前たちは悪だ。
変わらない世界に逃げるな。
受け入れるな、そんな都合のいいものを。
だから私、霧雨魔理沙は全力でお前らを否定しやる。
高みで悠々と嘲笑うお前らを。
「だからアリス……一緒に抜け出そう。変えよう、流れを」
「…………なによ、もう」
言いながらも私に付いてきてくれた。
これほど心強いものはなかった。
走った。
脱却する道をなぞりながら。
否、答えはもう出ている。
●
雄雄しく聳える神社へと至る階段。
ここが一番の近道だ。
博麗神社――境界の堺のこの神社こそが、
「恐らくは……外の世界に繋がっている、か」
長い長い石段を登り切った。
「……博麗霊夢」
目の前には少女が立っていた。
赤と白のコントラストが目に付く少女だ。昼間ということもあり、とても眩しい。
だが、怖気付いてなんていられない。早くしなければ、
「どうしてアナタは外の世界を望むの?」
「ここは私の居場所じゃない。私は人間だ。人間でありたい。奴等の人形になんてなりたくない」
「だったらここでいいじゃない」
「ここは……なんて言えばいいのか分からないけど酷く澱んでるんだ。霊夢、お前は満足しているのか? 『お前(誰か)』の書いた脚本どうりに演じることに」
「――――――?」
「そうか」
結局のところ、彼女もこのからくりの一部なのだ。無理もない。
だが逆に安心した。狂っているのが自分ではないと霊夢の無言で確証できたからだ。
「―――友達としていわせてもらうぜ。一生自分の世界だけに浸るなよ。世界は広いんだ」
彼女の横をアリスの手を引いて通り過ぎた。
霊夢の涙が視界の端に映ったが、なんとも思わない。
神社の裏側にある重々しい黒鉄の扉を開く。
刹那、視界を光が覆った。
●
何故か落下した。
「―――!」
「痛った~……! なんなのよ、もう……」
アリスは服に付いた土埃を払いながら、私を睨む。
「――――――」
……やったのか。
背後を振り返れば、寂びれて何年も手入れがされていないような神社が佇んでいた。それを見て私は内心ほくそ笑んだ。
私達は抜け出せたのだ。
静寂の中に木々のせせらぎだけが響き渡る。木漏れ日が眩しくて思わず顔をしかめた。 どうやら季節は同じのようだ。
一気に気が抜けて、仰向けに寝転がる。
背中に伝わる冷たさが心地良くて新鮮だ。
白い雲がゆっくりと青色の海空を流れている。
「……まったく。魔理沙、これからどうするの?」
「何も考えてない……けど」
「けど?」
「―――とりあえず東の彼方へ行こう」
「呆れた……と、いいたいけど他に行くあてもないしね。いいわ、一緒に生きましょう」
「――ありがとう」
立ち上がろうとした時に地面についた掌に何か固いものが当たった。
それは青色の細長いもの。
●
もしも僕がいつかキミと出会い話し合うなら
そんな時はどうか愛の意味を知ってください。
THE BLUE HEARTS リンダリンダ より
文章中に答えが無いものを探すのは苦痛です。
引導を渡せるのは脚本家である『お前』で『僕』で『キミ』だけだ。
なんてな。
詳しくはWikiの「幻想郷」の項目を参照してください。
死んだら普通に閻魔のところに逝くはずですけどね。
あまり長くは語れないので、一つだけ。
「そうなので~」「~はず」と決め付けないで、まずは疑ってみてくださいな。
反論や『つまりどういうことだってばよ?』は、いつでもTwitterにて受け付けてますよ~。
う~ん、でもこれって、人間も死なないってことですか。
だとすると、幻想郷で人口が爆発しそうな気がします。
是非曲庁も、幻想郷から魂が送られてこないとなれば不審に思うのでは?
それとも彼岸が転生させているとか?
其処はきっとそういう世界。