戸を叩いて出てきたのは神奈子だった。
「おや霊夢。どうしたんだい?」
異常にエプロン似合うなこの神。
「ええと、早苗居る?」
「ああ、部屋に居ると思うよ」
そうと返しお邪魔します。
何度来ても広いなぁ守矢神社。うちとは大違い。
白玉楼と比べれば狭いですよーと早苗は言っていたがその例えはおかしい。
紅魔館を兎小屋と比べるようなものだわ。比較対象が間違ってんのよ。
どでかい湖まで持ってるのに……と、歩き過ぎた。
ここが早苗の部屋かな。
「………………」
間違いないと思う。きっとそうだわ。
さなえずるーむ。
と書かれてた札が掛かっているもの。
すごい、全部ひらがなだ。せめてカタカナ使え。
……溜息はここで全部吐いていこう。一応頼み事するわけだから機嫌損ねたくないし。
深呼吸をして、こんこんとノック。
「早苗ー。私だけど。入るわよ」
「合言葉は? 『俺が』」
「『ガ●ダムだ』」
「どうぞー」
ドアノブを回して部屋に入る。
早苗の部屋に入ったのは初めてだけど、想像通り女の子らしい部屋だわ。
これだと多少雑誌が散らかってるのもご愛敬って感じね。魔理沙の家と大違い。
なんとなく本棚を眺めながら声を掛ける。ん? びっぐおー?
「ちょっといいかな」
「大丈夫ですよ。あ、それまだ塗装が乾いてないんで気を付けてくださいね」
言われて目を向けると、床に敷かれた新聞紙の上にバラバラになったロボットがあった。
「ぷらもでる……いいなぁこれ。一つ欲しいなぁ」
おお……ガ●ダムエクシア。
うわすごい、最終決戦の傷跡が再現されてる。マジ欲しい。
「ダメですよー。絶対にダメですよー」
殺気。
みたいな重圧感。
伸ばしかけていた手を引っ込める。マジ怖い。
多少顔を引き攣らせながらノートを片づけている早苗の方を向く。
「そういえば、どうしたんです? いきなり来るなんて珍しいですね」
先に声を掛けられ言い淀む。
「あー。えーとね」
言い難いなあ。こんな頼み事、私らしくないもの。
笑われないかな……ちょっと、恥ずかしい。
「その、ね」
「?」
うう、そんなきょとんとしないでよ。
余計恥ずかしくなってくるじゃない。
あー! ダメだ! うじうじしてるとどんどん恥ずかしくなる!
「早苗!」
「はい!?」
「ふ、服貸して!」
よし言えた! 言い切った!
なんで微妙な顔するかなぁ!?
「…………はい?」
「そんな「何言ってんのこの人」って口調で言わないでくれない!?」
「何言ってんでしょうこのひと」
「最悪だ! こいつ最悪だ!」
やっぱ別のに頼る! 神奈子とか!
「あらどちらに?」
「神奈子の服借りる!」
「霊夢さんと神奈子様、身長差何cmでしたっけ」
足が止まった。
「……に、20cm……くらい」
「神奈子様の服はいっぱいありますけど、着れますかねえ?」
無理だ。考えるまでもなく無理だ。エプロン姿を思い出すまでもない。
スタイルが違い過ぎる。チキショウなんだあのパーフェクトボディ。
外見勝負の神様商売だからって限度ってもんがあるんじゃないの!?
まったくもって敵わない……! 私だってけっこう背ェ高いのに!
「といいますか、なんで私や神奈子様なんです? 霊夢さんのスタイルなら……うーん。
……アリスさんとか、映姫さんあたりに借りた方がいいような気もしますけど」
「そいつらが入るならあんたもOKでしょ。私ら身長は似たり寄ったりじゃない」
「私の方が背高いですけどね」
一言多い。
「じゃあ妹紅さんとかムラサさん」
「ムラサ? んー……まああいつなら、って気もするんだけど」
ついこないだ封印解けたばかりのあいつがそんな衣裳持ちとは思えないのが難点。
普段着見る限りセンスは悪くないと思うんだけど……
妹紅は論外。あいつの服よく見てみたら男物ばっかだったし。
「あの……どうも話が見えてこないんですけど?」
感づかれたか。いやそんな筈はない。私の演技は完璧だ。
と思いたい。
「私か神奈子様じゃないとダメなんですね?」
「ゑ。いやそんなことはないヨ?」
「あるんですね」
勘いいな早苗! 流石は巫女ねチキショウ!
私の完璧な演技を見抜くとは……もう、一人前の巫女なのね。ふふ。
「変な世界にひたってないで説明してください」
「それは、ね。ええと、さ。だから、その」
本当のことなんて、言えるわけがない。
「……そ、外の世界のオシャレとかしてみたいなー、なんて」
「…………」
視線が痛い。凝視しないで。なんかもうごめん。
うんわかってる。私らしくないどころの騒ぎじゃない。
もうちょいマシな言い訳あっただろって話よね。
これもう諦めて普段着で行った方がマシかなあはは……
うん。帰ろう。
上を向いて、涙がこぼれないように。
負け戦確定だっていいじゃないうふふ…………
「さて」
バッドエンドを想像しながら立ち上がろうとしたところに、声が掛かった。
「霊夢さんはどんな服をご所望でしょう。趣味が合えばいいんですけど」
なんだろう。
早苗の背に純白の翼が見えた気がした。
知らず、彼女の手を取っていた。
「ありがとう……あんたが友達で本当によかった……」
「あはは照れちゃいますねー」
・
・
・
ベッドの上に広げられた種々様々な服を見下ろす。
「それで、霊夢さんはどういう感じが欲しいんですか?」
「えーとね、出来れば普通っていうの? そんな感じがいいんだけど」
「ふつう……むー、逆に選びにくいですね」
ごもっとも。普通というのは兎角認識し難い。
そこにあって当たり前なのだから、それを選べというのは空気の色を問うているようなものだ。
でも早苗にはその難問を解いてもらわなければならない。だって私外の普通とか知らないし。
困惑気味の表情を浮かべる彼女に期待の視線を向ける。
早苗はそれを受け、悩みながらも選択に入った。
「何かとっかかりが欲しいんですけど」
「んー……前に見た外来人は、こんなの着てた気がする」
言って紺色の服を指差す。
「デニムジャケットですか。あ、霊夢さんに似合いそうですね」
そうかな? これを着ている私っていまいち想像できないんだけど。
でも目的にはその方がいいのかもしれない。
普段の私とは全然違う服装。
「それじゃあ……下はこのフリルの」
「あ、こっちじゃなくて外の普通がいいの」
「……こちらの服もモダンでかわいいと思いますよ?」
「え。なんか微妙に古臭いって言われてる気がする」
「いえいえ、本当にかわいいですよ。ただまぁ……向こうの流行りではありませんね」
やっぱ違うわよね。早苗に相談してよかった。
どうも、そういうのよくわかんないし。
唸りながら服と私を見比べる早苗をなんとなく眺める。
どんな服選ぶのかな。……どんな私になれるのかな。
「しかし改めて見ると……」
呟きに現実に引き戻される。
「……霊夢さん細いですよね私の服が似合うかどうか不安ですよふふふ」
「早苗こわい」
引き戻し過ぎ。帰って来たくなかったわこんな現実。
視線を逸らすと、見慣れぬものが目に入った。
「ん? ……早苗って目悪かった?」
「いえ? そんなことありませんけど」
「じゃあなんで眼鏡があるのよ」
「ああ。これ伊達眼鏡なんですよ。度は入ってないんです」
ほらと突き付けてくる。
確かに……レンズを通して見ても景色が歪まないわ。
「眼鏡を伊達? なんでそんなけったいな」
「変装用ですねー」
「……泥棒でもするの?」
「失礼な。私隠れオタクだったので必要だったんですよ。
知り合いに見つからないようにアニメショップ行くには変装するくらいの備えは」
途端重々しくなる空気。
また地雷を踏んでしまったのを察す……いやもう起爆済みだこれ。
「……いいですよね霊夢さんは……オタクってだけで変な目で見られる環境じゃなくて……
誰に憚ることなく堂々とオタクをやれる幻想郷育ちで……!」
「早苗ほんとにこわい」
「まぁ鬱屈した過去は置いときまして。伊達眼鏡かけてもいいかもしれませんねぇ。
外じゃ眼鏡もファッションの一種になってましたから」
「眼鏡……眼鏡かぁ」
確かにがらりと雰囲気変わるわよね。
面白そうだけど――ちょっと、ね。
いじっていた眼鏡を返す。
「伊達眼鏡はなしの方向で」
着飾りたいけど、飾り過ぎは嫌。
わがままなのはわかってる。でもそれは、譲れない。
私を隠しちゃうのは……なんか、違う気がするから。
「――それじゃ、霊夢さんらしさを伸ばす方向で」
早苗は笑って応えた。
ばれちゃった、かな?
まあ、いいか。
恥ずかしいけど、わかってくれた方が安心して頼める。
恥ずかしいけど、早苗なら、友達なら、いいか。
そして、試着会が始まる。
「ショートブーツに、靴下はこの短いので。ジャケットはデニムの……着丈の短いのにしましょうか。
このシャツ裾が長いからそれを見せちゃいましょう。ショートジャケットだと映えるんですよー」
「ちょっと文っぽくない?」
「ああそうかも。でもベルトはシャツの下ですし、大分違いますよ」
これ開襟ですしねと早苗は笑う。
「インナーはシックに黒いので。締まって見えます」
ほいほい着替えさせられていく。
気のせいか着せ替え人形にされてるような。
「スカートはボックスプリーツのにしましょうか。ちょっと短めですけど……」
「短すぎない……?」
「こんなもんですよー」
「でも私ひざ丈より短いのって」
「ほらほら穿いてください」
ベルトごと渡されても。
「あ。下着はドロワーズじゃダメですよ」
「ダメなの?」
「見えちゃいます」
なんかだんだん恥ずかしくなってきた。
他の持ってます? と聞かれたので持ってると答える。
数は少ないけど……まさか下着まで借りるわけにもいかないし。
「じゃあ今はドロワーズの裾上げて……うん。隠れた。本番はちゃんと穿き替えてくださいね」
「え、う、うん」
「髪は――変に結ぶと奇をてらった感じになっちゃいますから下ろしちゃいましょう。
リボンも外して……前髪はヘアピンで留めてみましょうか」
「え、ちょリボン」
なんか落ちつかない。人前でリボン外すことなんて殆ど無いし。
「アクセサリーはなしで。素材が良いからかえってごちゃごちゃしちゃいますからね」
「なしって、リボンも?」
「はい。この服装だと浮いちゃいますから」
ジャケットを渡される。え、もしかしてこれで終わり?
袖に手を通すけど――まだ自分じゃ、わからない。
これ、かわいいのかな。
「似合いますよ霊夢さん」
笑顔で言われて、姿見の前まで連れて行かれても――結局納得できなかった。
そして、その日が来た。
自宅の居間――に居る度胸もなくて自室に閉じ籠っている。
早苗に借りた服を着て、玄関に置く度胸もないからブーツも抱えたまま。
早苗の指示通りの格好をして――部屋の隅で小さくなってる。
あれだ。新兵が罹る病気みたい。
あははもう爪噛んじゃおうかななんて。
「…………」
うう、まだかなまだかな。
誰か来たら、どうしよう。
居留守――なんて通じる奴らじゃないし。
こんなかっこしてるの魔理沙辺りに見られたら爆笑されてしまう。
幽香に見られたら3年くらいからかわれ続けてしまう。
文に見られたら写真ばしゃばしゃ撮られてしまう。
チルノなんかは素直に褒めてくれそうで余計恥ずかしい。
ああもうまだなの!? 待たせるんじゃないわよ!
「ていうか……うう、これほんとにかわいいの?」
早苗は、大丈夫です。ぐっどらっく!
とか親指立てて言ってたけど……
一人でいるとどんどんどんどん自信がなくなる。
はじめからスズメの涙の自信だけど、もうマイナス。
やだこれ恥ずかしいダメだってやっぱいつもの巫女服の方が……
冷静に考えてみたらこれあいつに見せなきゃダメなの?
無理。できない。やだ。
見立ててくれた早苗には悪いけど着替えよう。
逃げ出すんじゃない、戦う為の撤退だ。
自分の言い訳がわけわかんなくなった。
ともかく立ち上がって、2m先の箪笥に入った巫女服を――
「お待たせ」
いつものように、変わりなく、ぽんと現れる気配。
早苗に借りたブーツを抱えたまま、立ち上がった姿勢のまま私は動けない。
だって、目の前に、いきなり。
「えう、ゆ――ゆかり……」
ゆるく結われた、夏の間はよく見る髪型。
それ以外は見たこともない格好だった。
チャコールグレイの背広に、それに合わせた同色のタイトスカート。
ワインレッドのシャツ。ネクタイは赤黒のストライプ柄。
なんていうか、隙がない。
隙がなく――かっこいい。
うう、私のかっこ、浮いてるんじゃない?
早苗に見せてもらったブレザーってのの方がこいつの横歩くのに向いてそう。
あれを借りればよかった……
「霊夢」
びくりと震えて、俯いてしまう。
似合ってないから。このかっこ、私らしく、ないから。
やめてよ。さっさと笑って流してよ。なんで黙ってるのよ。
心構えも出来てないのに現れて――……
前髪。ヘアピンで留められたあたりに触れる、紫の指。
「よく似合ってる」
顔を上げられない。
恥ずかしくて、紫が微笑んでいることがわかって。
うそつきで、胡散臭いくせにこういう時はいつも、本音だって知ってるから。
なら、それでいい。紫が似合ってるって言うんなら、このままでいい。
誰に何と言われたって、平気だ。
「――ほら、さっさと行きましょ。そんなに神社空けられないんだから」
「慌てなくても大丈夫よ。藍に任せてあるし」
くすくすと笑う気配が伝わってくる。
「それ、早苗ちゃんの見立て? 流石ね」
「一日の長どころじゃないもの。当然でしょ」
放っておけば延々褒めてきそうだから話の流れを切る。
こいつ、ひとが嫌がることするのが大好きな根性曲がりなんだから。
「でもさ、件の映画ってまだなんでしょ? 早苗が言ってたわよ」
「ああ、まだねぇ」
いつだか約束した、紫と早苗と三人で観たアニメの劇場版。
あれを観に行くって約束だったのに、どうして始まる前に出かけることにしたんだろう。
今から行ったって観れないのに。まあ、こいつならその辺いじれそうだけど。
「でもあれは早苗ちゃんと三人で観たいじゃない?」
「それは、そうね」
「仲間外れはダメだものね」
そりゃあ、まあ。
早苗はアニメって趣味を共有できる数少ない友達だし。
あいつだけ置いて観に行くってのは、素直に楽しめそうにない。
「だからね、他の映画を観に行くの」
他――の?
私は、映画なんて詳しくないから、よくわからないんだけど――
それ以上に、わからない。
「別に、あれが始まるの待って早苗と三人で出かければいいんじゃない?」
「それじゃダメよ」
紫が何を考えているのか、わかるようで、わからない。
いや、きっと私は気づいてる。気づいてるけど、わからないふりをしている。
だって、だって――恥ずかしい。
「我慢できなくなっちゃったから」
珍しい、本当に珍しい胡散臭くない笑顔。
「色々あってずっとおあずけだったから、もう我慢できないの」
「なにが、よ」
問うべきではなかった。
紫はこちらの羞恥なんてお構いなしに口にする。
言葉に、してしまうってわかってたのに。
「あなたと二人きりのデート」
顔が熱く、赤くなるのを自覚する。
ダメだ。今日はもう、主導権を握れそうにない。
ペースを持っていかれてしまっている。
紫に、振り回されるしかない。
癪だけど、でも、どうしようもない。
「……あんたなら、幻想郷でも映画を観ることくらい出来るでしょうに」
「出来るけどね。したくはないわ」
「なんでよ」
「だって」
手を握られる。
「あなたとは夢じゃなく現実で触れ合いたいもの」
もう何も言えなかった。
紫は微笑んだまま、手を放さない。
すとんと、スキマが開かれた。
「さあ、二人で映画を観に行きましょう」
しかしその合言葉はww
こうして紫と霊夢はあの映画館へ赴いたわけですか…
若干の違いは後書きのちょっぴりって要素で納得できますし。
おしゃれする霊夢さんかわいいです。あと、ゆかりんかっこいい。
霊夢さんかわいいです
ゆかりんがイケメンすぎるんですがどうすればいいですか先生
霊夢が新兵がよく罹る病気まで理解しているあたりどっぷりですねぇ
霊夢可愛いよ!ゆかりんはカッコいい!
デート前というのもなかなか乙なものですね。
この霊夢は健気だなぁ。
好きな人の好きな物を理解したくて勉強するとは。
よっぽど早苗さんとゆかりんを二人っきりにしたくなかったんだなw
げに恐ろしきは女の子のヤキモチか。
そしてゆかりんのイケメン度よりなにより、早苗さんのヲタ度がハンパねぇw
そしてまさかのイケメンゆかりんとか俺得過ぎてどうしようかと(*´Д`)ハァハァ
素晴らしいゆかれいむをありがとうございました!!
それはともかくとして霊夢さんが乙女で可愛いです。ゆかりんかっけぇです。早苗さんGJ。
そしていつか見た作品が貴方のものだったとは……ちょっと読んできます!
これは…!
やはりゆかれいむはいいものです。
早苗さんかわいいよ。いい距離感だ。
誰を待ってるんだろうって考えちゃった俺はまだ修行が足りんな・・・
というかタグ見てなかったな・・・
なんか初めて活字で目にした気がする
…俺はおかしいんだろうか
良いゆかれいむでした
そしてゆかりん男前だな!
あなたの書く百合系の話にはいつも癒されています
早苗さんいい奴だなー。