Coolier - 新生・東方創想話

ハートフェルト・ファンシー

2010/09/15 00:13:36
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秋。物思いに耽る秋。

「はぁ」
私は大きく溜息を吐いた。

どうにかならないかと自分でも思うが、つい気を緩めると出てしまう類のものらしく、書類を一枚片付けては「はぁ」と溜息を漏らすのが癖になってしまっている。

「あぁ」
と、また物憂げに溜息とも嘆息ともつかない言葉が口から漏れる。

自分の癖のある髪の毛を触り気を紛らわせようとするが、その行為も空しくまた「はぁ」と溜息が出た。

全く、秋と言うのは人を憂鬱にさせる。
食欲の秋、読書の秋、なんて言うが私にとっては憂鬱の秋以外の何者でもない。
秋の神様なんて要らないんじゃないだろうかとも思う。

溜息が千を越えようかと言う頃に柱時計が鳴り定時になった事を伝えると、そそくさと仕事場を後にする。
こんな憂鬱な時はあれが一番だろう。



・・・



地霊殿に着くと、ペットを探し始めた。
「誰か居ませんか?」
食堂、給湯室、衣装室、誰かしら居そうな部屋を探すが今日に限って誰も居ない。

「何やってるの?」
後ろから声を掛けて来たのは、パルスィだった。

資料室での資料集めのためか、彼女は定期的に地霊殿へ足を運ぶようになっていた。
「何だ、パルスィですか」
「何だとは随分ね」
「ああ、すみません。ところでうちのペットを見ませんでしたか」
「そう言えば今日はすれ違いもしないわね、いつもなら大なり小なり見かけるんだけど」
「そうですか、人が用事が有る時に居ないなんて、全く」
そう言って「はぁ」とまた溜息一つ。

「随分と困ってるみたいじゃない、そんなに大事な用なの?」
「ああ、いえ、ごく個人的なものなのですが、私にとって大事と言うか」

胸の前で指先だけぴたっと合わせて人差し指だけくるくると回す。
「珍しく歯切れが悪いわね、何よ」
「笑いませんか?」
「大抵の事は」

まぁここで言わないのも誤解を招くかと思い、思い切って打ち明ける事にした。
「実は」
「うん」
「ペットを撫で回したいんです」



数秒後、パルスィは約束通り笑わなかったが、切なげに言う私を見て呆れ、諦めたようにこう言った。
「医者はどこだ」
「ああ!待って下さい!私にとっては大事な用件なんですから!」
くるっと回れ右して歩き始めようとしたパルスィにすがりついて止める。

「あんたねぇ、その大事な用件が言うに事欠いてペットと遊びたいだなんて」
「遊ぶんじゃありません!こっちが一方的に撫で回すんです!」
「なお悪いわ!」
ペシっと私の頭に突っ込みが入る。

突っ込みで乱れた髪を直していると、パルスィが尋ねて来た。
「あんたいつもそんな感じでペットに接してるんじゃないでしょうね」
「いつもじゃないんです、ただ秋になるとどうしようもなくペットが恋しくなる日があって」

「なるほどね、構い過ぎて嫌われるタイプね」
「むっ、嫌われてなんて居ませんよ」
その程度で長年付き合ってきた私とペットの絆がどうにかなる筈が無い。

「じゃあ何で今日はペットが一匹も居ないのかしらね」
「そ、それはきっと暇だから皆で宴会にでも」
「へえ、あんたには誰からも一言も無しに皆で楽しんでると。大した好かれようね」
「ぐっ」
ぐうの音も出ない。「ぐ」までは出たのだが。

「まぁ、なるほどね。道理で今日は急いで橋を渡るペットらしい奴が多いと思ったら」
「今、何て?」
「だから、ここのペットらしいのが橋を渡ったって。地上に逃げたんでしょ、あんたの様子を察して」

「あ、あ」
「あ?」
「あの子達ぃぃぃ!」



・・・



誰も居ない夕飯は寂しいものだった。

いっそ寂しさを紛らわせるため豪勢にしようと普通は使わないような食材を使って、自分で料理する。自分で。
「るーるーるーるー」
と、夜明けのスキャット調の明るい鼻歌を奏でて、涙を隠し味に出来上がった豪勢な料理。

一人で盛り付けて食べる。一人で。
「美味しいですね、ぐす」
やはり私は嫌われ者のさとり。



「あんたね、私も居るんだけど」
パルスィがカチャカチャと音を立てて慣れないフォークを使って食べている。
「ああ、居たんですか」
「居たわよ、あんたがどうしてもって頼み込むから」
そう言えば、今夜は泊まって行って下さいと泣き付いたような気もする。

「ふふ、良いんですよ、無理してここに居なくても。私は嫌われ者のさとりですから」
「あ、そ、んじゃさよなら」
パルスィは立ち上がって手を振る。
「すみません嘘です、無理してでも一緒に居て下さい」
もう終わりだね君が小さく見える状態になる前に手を着いて謝る。
「素直でよろしい」
パルスィは再び席についた。

「そう言えばこいしはどうしたのよ」
「あの子の事ですからどこかふらりと出掛けているんだと思いますが」

こいしは、長く留守にする時は遊びに行って来ますと言う事もあるが、一週間程度なら何も言わない事の方が圧倒的に多い。
この前見たのが三日前だから、またどこか遊びにでも行っているんだろう。

「ふーん、いつの間にか嫌われてたなんて事無ければ良いけどね」
言葉のナイフが胸を抉る。
「るーるーるーるー」
隠し味の涙がメインの調味料に変わる。その日の料理は塩辛かった。



・・・



「一緒に寝て下さい」
「まぁ良いけどね」
部屋の前で着物を引っ張りお願いする私。半ば呆れたように返事をするパルスィ。

「ところで寝る前にこの猫耳ヘアバンドを付ける気は」
ペットが居ない時は自分で付けたり、むにむにしたりと重宝している。
「さよなら」

「嘘ですから!だから帰らないで!」
流れる季節に君だけ足りないどころか私以外ごっそり足りない状況だけど最後の砦まで失うわけにはいかない。
「言っとくけど、あんたのその手の行動って大概悪い方向に行ってるから。心が読めても空気が読めないから嫌われるのよ」
「く、空気の一つや二つ読めないくらい良いじゃないですか」
私は場の空気と言うものをどうにも察する事が出来ない。
こいしからもお姉ちゃんKYだのエアクラッシャーだのと散々な評価だ。

「そうね、死ぬわけでも無いしね、ペットからも妹からも嫌われるだけで」
「今のあなたの言葉だけで死にそうです」
痛い、確実に殺す気で言葉を選んでいる。旧地獄で鍛えた精神でなければ死んでいただろう。



「大体今回の事だってあんたがペットを過剰に撫で回すからこうなってるんでしょうが」
「だって、かわいいんですよ、耳に息を吹きかけると頭をプルプル振ったり、撫でてる時に逆なでしてビクビクさせたり」
「あんた、ろくでもないわね」
心底呆れたと言う顔をされてしまった。

「じゃあ」
パルスィは右手で私の髪を触る。
「へ?」
そして撫でるようにした後、力を入れてくしゃくしゃにする。
「な、何するんですか」
振りほどいてくしゃくしゃになった髪の毛を戻そうとする。
「ペットたちだってそう思うでしょうね」
「う」

「あんたがペットを触れるのは、ペットが信頼して触らせてくれるからでしょう。その信頼乗り越えて、力にもの言わせて触り放題やってればそりゃ愛想も尽かされるわよ」
「で、でも、じゃあどうすれば良いんですか!私のこの昂った感情の摩天楼は!」
「さあね、でも今のままだとペットには嫌われるし、こいしにだって同じような事やって嫌われるんじゃない?」

「だって、だって、撫で回し、たいんです」
猫耳ヘアバンドを握り締めその場に崩れ落ちる。
「こりゃ重症だわ」



と、絶望に打ちひしがれていると、中庭に何か近づいてくる音がした。
「何かしら」
モーターのような音が近づいて、近くで止まりドッドッドッと言う音に変わる。
「あの音は、怨霊操術の一つ『D-Live』!」
「ほんとに何よそれ」
「昔、移動手段として怨霊を運動エネルギーに変換する術をある妖怪から教わったのです」
「あんた昔からものぐさだったのね」

私がものぐさなのは置いておくにしても。
「あれを使えるのは地底では私を除いてはあの子だけのはず」
いてもたっても居られずに、中庭に向かう。
「あ、ちょっと」

階段を下りてエントランスホールを抜けると、そこは中庭だった。
そして中庭には私の予想通り、お燐が戻って来ていた。
「あ、さとり様ー、ただいま戻りました」
「お帰りなさい、お燐」
お燐は風防用の眼鏡を掛けて、いつもの猫車とは違う前後二輪の乗り物に跨っている。

「何あれ」
後ろから追い付いて来たパルスィは、お燐が乗っている乗り物を指して言った。
「バイク、と言うんだそうです。正確には怨霊で動くように作った模造品なので、バイクそのものでは無いのですが」
「ふーん、何だかごついわね」
「元の形をそのまま再現しましたから。本当はもう少し小さくても良いんですけどね」

ふぅっ、と額に眼鏡を掛け直すお燐。
猫耳と眼鏡のハイブリッドがこれほどの威力とは知らなかった。世界はまだ果てしなく広い。

「あれ、水橋のお姉さんじゃないか、こんな時間に珍しいね」
「何かお水のお姉さんみたいだからその呼び方やめて貰えない?」
「じゃあ、おパルさん」
「どこのお婆ちゃんよ」
「じゃあ、水道橋 博士(パルスィ)」
「どこの芸人よ、当て字も良い所じゃない」
「浅草あたりかねぇ」

二人の掛け合いが続いているところに私が割って入る。
「あの、良いですか」
「あ、すみませんさとり様」
「今から盛り上がるところだったのに、ですか。良いんですよ、私を放っておいて続けて貰っても」
「一度途切れたらそれで御仕舞いよ、良いからもうさっさと用件済ましなさい」
「空気読め、ですか。容赦有りませんねあなたたち」



泣いて自室に引き篭もりたくなったが、地霊殿の主の意地で何とか立ち直り、お燐に説明する。
「今日はペットが誰も居なくて寂しかったので、ここに泊まるようにパルスィにお願いしたんです」
「あ、そうだったんですか。でも誰も居ないなんて珍しい事も有るもんですね」
「そ、そうですね」

言えない、出払っていたお燐以外、全員仲良く地上に逃げたなんて。

何か話題を変えないと。
「そ、そう言えばお腹は空いてない?今日は誰も居ないのに作り過ぎてしまって」
「お、丁度良かったです。じゃじゃ馬慣らしのせいで今日はあんまり食べてなかったんですよ」
バイクをぽんと叩く。
そう言えば私も最初に乗った時は振り落とされそうになっていた記憶がある。

いや、バイクは後だ、今は目の前のお燐に集中しなければ。
「じゃあ、お風呂に入ったら台所にいらっしゃい。暖め直して置きますから」
「はい」



・・・



「るっるるーるるるー」
冷めた料理を火にかけて温める。
鼻歌はさっきの夜明けのスキャット調と違ってスキャットマン調。
「ご機嫌ね」
「ああ、居たんですか」
後ろを見るといつの間にかパルスィが立っていた。

「ええ、居たわよ。もう帰って良い?」
「折角ですし今夜は泊まって行って下さい。あの子が帰って来たとは言え、二人だけでは寂しいので」
火に掛けた鍋を見ながら答える。

「じゃあ、もう少し客人に気を使って貰えると有難いんだけど」
「居たんですかは無いだろう、ですか。ああ、すみませんね空気が読めないもので」
「開き直ったわね」
「開き直っただなんて心外ですね、単に認めただけですよ、空気が読めない事を」
「余裕が出た途端これだもの、さっきまでのしおらしさは何だったんだか」
「元気になっただけマシだけど、ですか。素直じゃないんですね」

慌てて何か言おうとするパルスィに合わせて言う。
「喧嘩相手に張り合いが無くなると調子が狂うのよ、と。そうですね、張り合いが無ければ何事も詰まらないです」
「……ちょっとは喋らせなさい」
「ああ、すみません、嬉しいといつもの癖でつい」
「その癖、相当空気読めてないから改めた方が良いわよ」
「こいしからも言われます。『お姉ちゃんは相手に合わせて待つ事が出来ないから駄目なのよ』と」

「そこまで分かってるんだったら、その癖矯正してでも直した方が良いわよ」
「そうですね、意識して改めるようにします」
そろそろ温まり具合も良いだろう。火を止めてお皿を出す。

「やけに素直じゃない」
「何か裏があるんじゃないか、ですか。ひどいですね、これでも今日の件は相当堪えてるんですよ」
話しながら、お皿に暖めた料理を盛る。

「ま、これで空気も読めるようになって貰えると有難いわ」
「簡単に出来るようなら今まで苦労して来なかったのですけれどね」
テーブルの上に準備して、後はお燐が来るのを待つだけ。

一分ほど待ったところで、そろそろ来ますよ、とパルスィに予言めいた口調で話す。



「ただいま上がりましたーって、おお、今日は豪勢ですね」
風呂上りで髪を解いたお燐が姉さん被りで台所に来たのは、予言してから三十秒も経っていなかった。

「ぴったりね、全くこんな事出来るんだから空気くらい軽く読んで欲しいんだけど」
パルスィは予言に驚いているようだが何と言う事は無い。
お燐の普段の所要時間と夜遅い事などの条件を勘案すると、どのくらいでここに来るか自然と答えは出る。
「人には何事にも不得手と言うものが有るものです、古人も一人に万能を求めるなかれと言っていますから」
今の言葉は半ば言い訳だが。

「さ、冷めない内にお食べなさい」
「はい、頂きます!」
お燐は目を輝かせて料理を味わっている。

「何でこんなわがままな奴に付いて行く奴が居るのかと思ったけど、なるほどね。こんな事されちゃ心が揺らぐわ」
望む時に望む物を用意する。
ペットには最大限の誠意で迎える事にしている私の矜持でも有った。
「ハートフェルト・ファンシーで通っていますから」

「それを通り越した空気の読めなさ具合が今の状況を作ってるんだろうけど」
ボソッと痛恨の一撃を加える。
「それを言われると苦しいのですが」
お?っとお燐が目を丸くしてこちらを見ている。
「ああ、いえ何でも無いです」
「はあ」
何だろうと少し考えていたが、また目の前の料理に意識を戻した。



「ご馳走様でした!いやー、今日は良い日だなぁ」
満腹になったお燐は満足したようにお腹をさする。

「そうですか、それは良かったです。ところで、今日は私の部屋で三人で寝ませんか」
「え、良いんですか?」
「ええ、誰も居ないと思うと寂しいですし」
「行きます行きます、是非」
「では、決まりですね」

「私はまだ返事してないんだけど」
パルスィが異議有りと手を上げる。
「あら、さっき了解を取ったじゃないですか」
「それは誰も居ないからって話でしょうが」

「お姉さんお姉さん、部屋でさっきの続きと行こうじゃないか、それとも逃げるかい?」
「く、あぁもう分かったわよ、一緒に寝ればいいんでしょうが!」
「いやあ、さすがお姉さん話が分かる」
さすがお燐、パルスィの突っ込みたがりな性格をこの短時間で見抜いて挑発に乗せるとは。

「さて、それじゃあ後片付けをして来ますから、先に部屋に行ってて下さい」
「あ、じゃああたいも手伝いますよ」
「いいえ、今日は私にやらせて下さい、こう言うのは最後まで私がやらないと意味が無いですから」
「はあ、そんなもんですか」
「そんなものです」

私はお燐をもてなすと決めたのだから、それを途中で主客を入れ替えるような事は相手の厚意があってもしてはいけない。



多分、それが話を逸らす口実であったとしても。



・・・



片付けを終えて、私の部屋へ戻ると、お燐とパルスィはお互い疲労の色を見せながらも、固い握手で結ばれていた。
例の掛け合いの結果なのだろうか。

「お姉さんの分身を使った前後左右からのコンビネーションのような突っ込み、恐れ入ったよ」
「それを全部かわして更にボケるあんたもなかなかのもんだわ」
私には分からない世界だ。



パルスィとの掛け合いも終わり、お燐はベッドの上で跳ねている。
「このふかふかのベッドも久しぶりだなぁ」
「あら、そんなに私の部屋に来てなかったかしら」
「そうですよ、さとり様ってばちっとも一緒に寝ましょうって言ってくれないんですから」

もしや今の言葉はお燐の合意と見てワキワキ・モフモフして良いのだろうか。
別に押し倒して撫で回してしまっても構わないだろう状態なのだろうか。

いや違う、お燐は純粋に私と一緒に寝たい、眠りたい、それだけだ。
心を読めば分かる。悲しいけれど。
静まれ、ワキワキしている私の右手。まずは落ち着いて素数を数えるんだ。
一、二、三、四、ご苦労さん、二、二、三、四、お疲れさん。
よし、私は大丈夫だ。

カポーンと私の後頭部が殴られる音がした。
「何いきなり体操始めてんのよ」
リズムに合わせて体が動いてしまっていたらしい。
お燐は「あたい何か変な事言ったかな」と怪訝そうな顔をしている。

「もう、寝ましょうか」
「そうね」
これ以上妄想を想起すると悪い方にしか転がりそうにない。
寝てしまうのが一番だろう。



私が真ん中になって三人一緒に寝る。
お燐と私は仰向けになって、パルスィは私に背を向けて寝ている。
「こっちを向いて寝ないんですか」
「別に良いでしょ」
「私が寂しいじゃないですか」
「こんだけ近くに居るんだから文句言わない」

そう言う態度で来られると、こちらとしても相応の行動で迎えたくなる。
「ちぇすと」
「うひゃ」
パルスィの脇をくすぐる。
「む、意外と有りますね」
「無い奴に言われても嬉しくないわ!それより何するのよ」
「後ろ向きだから、丁度良い位置に有るんですよ」
と言って両手をワキワキさせる。

むすっとして仰向けになる。
「これで良いでしょ」
「はい、これであなたの顔が見えます」
などと茶化してみる。



ふいに、お燐が眉をひそめながら私に背を向ける。心から感じ取れるのは、ちょっとした対抗心と妬み。
ああ神様、仏様、パルスィ大明神様、感謝致します。

両手をワキワキさせていざ行かんとすると、大明神様が黒い気を出しながら私を牽制して来た。
橋姫の私の前でキャッキャウフフしようもんなら分かってるわよね、と心を読まずとも伝わる。

これが、空気を読むと言う事……!

でも、こんな機会は滅多に無いですし、と身振り手振りで伝えるが首を横に振られてしまった。
勝てる戦を諦めなければならないのは甚だ不本意ながら、今般の戦局を見るに致し方なし。
こくり、と無念ながら頷き撤退する。だが、それでも最低限の事はさせて貰う。

「お燐、ちょっとこっち向いて貰える?」
「は、はい?」
私は正面を向いたお燐を抱きしめる、お互いの胸の鼓動が分かるようにぴたりとくっつけて。
「これでおあいこ、と言う事で」
お互いの鼓動を早め合うように加速して行く。

理性の有る内にお燐から離れる。未練が残っているが、それでもこれ以上はいけないと自分に言い聞かせる。
主に後ろの黒い気を感じて。
これで良いんですよねとパルスィを見ると、つっけんどんに否定ではない程度の返事が返って来た。

さて、割と幸せな気分のまま眠ってしまおうと、目を閉じて意識が曖昧に消えて行くのを待った。



・・・



翌朝、部屋の外からペットたちの声や足音がして目が覚めた。
離れていたペットたちが徐々に戻って来ていたのだ。
「どうやら戻ったようですね」

「やれやれ、動物ってのは敏感なもんね」
「危険が去った事を感知して戻って来た、ですか。確かにそうであれば私も敵いませんね」
だとすればどうやって離れた場所から感知するのだろう。
何かしらの連絡網でも使っているのか、それとも距離に関係無く感じるものなのだろうか。

「ま、何にせよ次は半分くらいは残って貰えると良いわね」
「ちっとは空気読めるようになっときなさい、ですか。耳が痛いですが、そうですね、努力はしてみますよ」



「さて、橋に置いて来た分身も気になるし、私はそろそろ戻るわ」
既に着替えを終えたパルスィは部屋のドアに手を掛けて言う。
「分身とは便利な能力ですね」
「ものぐさなあんたには絶対に教えないけどね」
「部屋から全く出なくなるから、ですか。失礼ですね、私もそこまでものぐさではありませんよ」
「さあ、どうかしら」
そう言って手を振り、ドアを閉めてパルスィは出て行った。

残ったのは私と寝ているお燐だけ。
お燐の事だから、まだ暫くは起きないだろう。飼い主の贔屓目と言う気もするが、寝顔もやはり可愛い。
私はその寝顔を暫く楽しんだが、寝ているお燐を撫で回すような事は我慢した。

今日帰って来た時を楽しみにして、いつもの憂鬱な仕事場へ向かう事にした。


-完-
文中では、ハートフェルトは心からの、とか心に響く、でファンシーは動物愛好家の意味を無理矢理二つくっつけて、ペットの心をがっちりキャッチ。と言う意味合いで使っています。
無理矢理ですいません。
猫額
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コメント



0.1410簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
さとりさまが可愛すぎて困る。
8.80名無し削除
KYなのに寂しがりやのさとり様可愛い
17.100oblivion削除
さとりちゃんかわいいよ
ちょっと調子に乗りやすくてウザいところもチャーミングだよ
むしろさとりちゃんを撫で回したいよ
でゅふふふ
22.100名前が無い程度の能力削除
可愛いぜ…
26.無評価猫額削除
皆がさとり様に気を取られているうちに、背中を向けたお燐をワキワキする権利を貰いますね。

1. >さとり様は空気読めずに空回りするのが可愛いと思います。

8. >むしろKYなのは寂しさから来るものなのかも知れません。

oblivionさん>さとり様は調子に乗るとすっごく空回りしそうです。そしてそれが可愛いと言う。
一方的に撫で回されて拗ねて部屋に閉じこもるまで幻視しました。

22. >地底の中の懲りない面々が可愛くて仕方ないです。
28.80名前が無い程度の能力削除
パルスィがいい味出してました
うまかっです