「よぉ霊夢……」
どこの妖怪濡れ女かと思ったら魔理沙だった、なんてこと誰にでもあるだろう。
ただ、それが一年ぶりのお饅頭タイムに重なるなんてのはレアだと思う。
魔理沙が訪問してきたのは丁度私がお饅頭を戸棚から取り出した時であった。まったく間の悪い、頼んでもないのにかぼちゃの馬車を用意する魔女みたいだ。
私は目の前の魔女を軽く睨む。そして覚られぬよう気を払いつつ、すばやくお饅頭を背後に隠した。
普段の食事には困っていない私だが、それは奉納物などで賄っているためなので甘い物を食べる機会は少ない。特に饅頭なんてここ半年口にしていないのだ、誰に渡すものか。
「どうしたの一体」
私は冷静を装いながらそう言った。
なにやらべっちょべちょに濡れている私の友人は、へくちゅっと小さいくしゃみをしただけでお饅頭にはまったく気付いていない様子。なにやらタスキ状の帯を付けた大きな箱を斜めがけしていて、服が濡れにぬれて不憫なことになっている以外はいつものこいつだ。バカで助かる。
「いやな、ここに来る途中夕立にあってさ。……降ると思ったんだよなぁ、こなきゃよかったぜ」
「なんで来ちゃったのよ」
「まぁ、それはあとで話すから。まずは手ぬぐいか何かくれ」
「はいは――」
立ち上がろうと膝を立てた私は、そのままのポーズで静止した。
後ろには隠したお饅頭がある。今立ちあがっては背後のお饅頭に気付かれてしまう。もし見つかればお饅頭は私が止めるより早く、まな板の方がまだ膨らんでいると言えるあの可哀想な胸を育てるための栄養とされてしまうだろう。
悲しい結末を想定してしまい、手にジワリと汗がにじむ。
私はそのまま未だ立っているの魔理沙を見上げた。魔理沙は一見不思議そうな顔をしているように見えるが、あらゆる真実を見抜く自慢の直感はなんとなくその顔の端に邪悪が垣間見えると言っている。なんかこう服が黒基調なところとか魔女っぽくて、邪悪だ。
私は奥歯を噛みしめた。でも諦めたりはしない。ぐっと力強く拳を握る。命に代えても絶対にお饅頭は渡さない。渡してはならない。私は博麗の巫女、魔に屈したりしない。
きっと子供たちを背に悪に立ち向かうヒーローもこんな感じなのだろう、がんばれ私、正義は最後には必ず美味しい思いをするのだ。
そしてやはり天は正義の代名詞である私に味方したらしい。
持っているのが重かったのか魔理沙が先ほどの箱をドカリと置いた。それが絶妙で、私がうまくお饅頭を隠せそうな位置。私は魔理沙の意識と意識のスキマを縫うような素晴らしいタイミングと手際で箱の陰にお饅頭を移し、立ちあがった。
「じゃあ手ぬぐい持ってくるから。畳の上には上がらないでね」
「わかってるよ」
そしてダッシュ。
入るなと言うと入るのが魔理沙だ、そんなバカの行動力バカを野放しにしてはおけない。手ぬぐいを持ってくるのが先か、バカが部屋に入って饅頭を発見するのが先か……やってやる! 勝負よ時間。
私は廊下を100m6秒フラットの健脚を存分に発揮した。カロリー補給のためだ、カロリーを惜しんではいけない。私は、光を超える。
**
「ぜぇっ……ぜぇっ……も、持ってきたわよ」
珍しく大人しく待っていた魔理沙へ手ぬぐいを投げ付ける。予想外のカロリー消費、血糖値低下による目眩がした。
「お、おお。ありがとう。なんで息切れてるんだお前」
お饅頭のために決まってる……とは言えないので、濡れてる友達を放っておくわけないとかそんなことを言ったら「そっか? そっかぁ」とか言ってなんかしらんけど喜んでた。
「そうだ、ところでこの箱の」
(なにぃ!?)
声になる直前で私はなんとか踏みとどまる。
なぜこのタイミングで箱の話なのだ。もっとこうまったりとした時間、例えば私がお饅頭を食べ終わったくらいに話せばいいのに。
私は焦った。邪悪な笑みをその白い顔に張り付けて、魔理沙は箱の方へ手を伸ばしていく。走った時とは違う汗がにじむ。
「魔理沙っ!」
とっさに私は魔理沙の肩を掴んでいた。箱とは真逆の方向から。
一瞬の早業。博麗神社に伝わる秘術のひとつ『零時間移動の法』もたまには役に立つ。
魔理沙が驚いた表情でこちらを見ている。そして手を引っ込めた。どうやら箱から意識は外せたようだ。
「どうした?」
直球な質問に私は言葉を詰まらせる。あんたからお饅頭守るためだよ。
「まだ髪濡れてるわ。ほら拭いたげる」
「い、いいよ別に」
「遠慮いらないから」
「でもさ」
「いいから」
「――――」
「――――」
……。
「ね?」
「……わかったよ、ありがと」
問答の末やっと魔理沙は大人しくなる。私の巧みな話術によりなんとかしのげた。しかし、髪を拭くなんて大した時間稼ぎになりはしないはずだ。なので限られた時間内でお饅頭を死守する方法を考えなければならない。
どうするか考えているうちに、魔理沙が「もういいぜ」と言った。もっとゆっくり拭けばよかったと、思わず奥歯を噛みしめる。
ちらりと魔理沙を見ると、頬がなぜかほんのり赤かった。夕立で風邪でも引いたのか。お賽銭を入れなきゃ死んじゃう病だろうか。
そんな色鮮やかな妄想したところで私は妙案をひらめいた。
「お風呂入っていきなさいよ。 冷やしたままじゃ風邪ひくわ」
私は自分の機転の良さににやけそうになる。だが我慢だ、ここで笑ってはばれてしまう。
魔理沙を入浴させる。
これならばできるだけ自然な感じで時間稼ぎができるだろう。面倒だが仕方ない、苦肉の策だ。
ただ引っかかってくれるかだけが心配である。
「いやでも着替えがないぜ?」
「そんなの私のを貸すわよ、遠慮しないの」
「手間かけちゃうしなぁ」
「あんたが風邪ひくよりはマシよ」
「――――」
「――――!」
……。
「……わかった、入れさせてもらうよ」
そしてごり押しでなんとかなった。大抵の問題は気迫とごり押しでどうにかなる。長い間幻想郷の妖怪たちの相手をしてきた私の人生哲学である。
が、ここで私はあることを思い出した。
魔理沙が風呂に入っている間、私は風呂釜の火を見ていなければいけない。その時、お饅頭は無防備になる。
もし、もし仮にだ。もし仮に魔法で二人に分身された場合、お饅頭は奴の手に落ちる可能性が出る。それじゃ駄目ではないか。本末転倒だ。わざわざ出来るかもわからない分身の魔法を使ってまで風呂を抜け出し、まだ気付いてもいないお饅頭を探し当て食べるなんてありえないという人もいるだろう。しかし、ありとあらゆる可能性を考え万全の状態でお饅頭を守ることのみを考えること、それが楽園の巫女としての矜持、美学、信念、そして使命なのだ。そのあたりをしっかり認識して欲しい。
話を戻そう。たしかに火を見てなくて済む方法もあるにはある。最初に沢山の薪を上手く投入して火が弱らないようにする方法だ。私は普段一人で入浴しているため、そのような特殊な方法も知っている。
しかしこれも問題がある。ここで私が火を見ずお饅頭を食べては、入浴中とはいえ不審がられるだろうということだ。少なくともこのボロを極めた清貧の権化のような神社では、入浴中だろうがこの部屋の音が割と響くのでだいたいの行動は分かってしまう。最悪の場合、お饅頭の存在に気付かれてしまうだろう。そうなってしまえばやはり、本末が転倒する羽目になる。そんなことになれば、神社の石段最上段から転げ落ちるような痛みが我が心を襲うに違いない。
魔理沙を独りにはできない、しかし遠ざかることも出来ない、まるで悪い魔女の呪いのように思えた。八方ふさがりにみえた。
しかし、私はそこから一寸の光の道を見つけ出したのである。
「魔理沙、私も一緒に入っていいかしら?」
「……は?」
魔理沙が不審な目で見てきた。
しまった。と私は内心焦る。これなら魔理沙の監視と対策がしやすいと思ったのだが、お風呂は独りが良いタイプだったのか。
そしてなぜか頬が赤い。やっぱり病気だろうか。お賽銭箱に全財産をぶちまけないと死んじゃう病だろうか?
でも魔理沙の心配は後である。ここで折れては意味がない。
「たまにはいいじゃない」
「さすがに二人じゃ湯船が狭いぜ」
「無理矢理入ればいいでしょ」
「うーん」
「風邪引いても知らないわよ」
「う~ん」
「バカね、一緒に入りたいのよ」
「んなっ!?」
こうして私は魔理沙と、同じお風呂に入ることに成功した。やっぱり人生は脅迫とごり押しだ。
**
~~年齢制限の境界~~
突然ですがごきげんよう。幻想郷のガラスの十代代表、八雲紫です。現在霊夢と魔理沙はお風呂に入っておりますが、詳細を書くと社会のルールに触れる可能性がございます。まことに申し訳ございませんが、この部分は境界を弄って省略させていただきました。なお、烏天狗による入浴写真の売買は今晩丑の刻、妖怪の山のふもとにて年齢確認システムのもと一枚10000円で行っております。
以上、ナウいイマドキ美少女代表、八雲紫でした。
**
「ああそうだ、風呂上がりに丁度いいものがあるんだ」
お風呂から上がり、縁側で火照った体を夜風で冷ましていると魔理沙が突然口を開いた。髪が濡れたままの魔理沙がてくてく中へ入っていく。
のぼせ気味で頭が呆けてうまく働かない私は、何をするのかとその様子をぼーっと見る。柔らかい風が上気した頬を撫でた。夜は涼しいな。そのうち月見酒でもするか。
お風呂上がりを満喫する私に対し、魔理沙はちゃぶ台のところまで歩いていき、大きな箱に手をかけた。なにやらごそごそしている、フタを開けようとしているのか。
ん、箱とな……?
どっと汗が流れた、お風呂が気持ちよくて忘れてた、もちろん風呂上がり出る健康的なやつではなくてそんなことよりやばいこれはもうまにあわな――
「――あああああっ!! 魔理沙ァーー」
「ん、ほらよ」
私は半乱狂になり腕を振り回しつつ目に涙をため、対象物全てを社会的に消し去る秘術を展開しようとしたとき、魔理沙が箱から何かを出した。
すんでのところで私は止まり、それを見る。
それは直径数センチ程度の半球型で、丁度キノコの傘の部分みたいな形のもの。またはお饅頭。というかお饅頭。
「なによこれ」
「アイス饅頭」
「あい……?」
知らない単語だ。私は首を傾げる。
「要するに氷菓子だ、香霖のところからいただいてきた。沢山あるぜ、お前と食べたくてな」
魔理沙はそう言いながら、真ん中に指を入れ二つに割る。
「ほら、手が冷たいから持ってくれ」
「う、うん」
私は頷き見るからに饅頭なそれを貰う。
それはひんやりしていて、形から想像できなかったが本当に氷らしい。魔理沙が美味しそうに食べる様を真似して食べる。歯を立ててかじるとかしゅり、と爽やかな音がして、口の中にあんこの味が広がった。それは思った以上に饅頭の味で、すごく美味しい。
「どうだ、美味いか?」
「……なかなか」
「そっか、よかったぜ。お前最近糖分足りてなさそうだったからさ、食べさせてやりたくて。ちょうどいいだろ?」
魔理沙は、かしゅかしゅと音を立てながら言った。そのとき、糖が足りず鈍っていた私の頭は、やっと理解した。
**
それは甘かった、とっても。
かしゅ、かしゅ、と氷菓子が小気味のいい音を立て口の中に運ばれていく。私は無言でそれをかじっていた。魔理沙は隣で笑い、喋っている。甘さが口の中に広がるのと一緒に、私は自分の行動を悔いていた。至らぬ思考を責めていた。
魔理沙はこれを食べさせたかったという。
私が糖分糖分とうだっている間ずっと。
魔理沙はこれを一緒に食べたかったという。
夕立にまみれて、くしゃみが出るほど凍えてびちゃびちゃになってまで。
「……霊夢?」
この友人はずっと私のことを考えていてくれたのだ。私は饅頭なんかのことしか考えていなかったのに。
私はバカだった。
目頭に正体不明の熱いものが込み上げるのが分かった。しかし、魔理沙に心配されると思い、我慢する。
私は箱の後ろに手を伸ばす。
「ねえ魔理沙」
「な、なんだよ?」
手に持ったそれを二つに割り、魔理沙に差し出す。魔理沙は私を見て少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに笑顔になる。
「……一緒に、食べましょ」
とてもじゃないが顔は見れなかった。
やがて優しい声が聞こえた。
ありがとう。
私は、すごく安心した。
あなたの書くレイマリが大好物
魔理沙が純粋でかわいい。
泣ける。
最後のあたりがもう何とも。
何やってんだバb(文は此処で途切れ、ディスプレイには少量の血痕が残されている
魔法で分身とか、誰も考えないわ!
ツッコミまくりの激しい作品でした。ニヤニヤが止まらない笑
>>幻想郷のガラスの十代
このフレーズのせいで紫はおばさん確定。
ストーリー全体としても楽しめたし、とても良かったです。
ごちそうさまでした
写真買いに行かなければならないのでこのぐらいで。まだ間に合えばいいが……!
いい話でした。
それはそうと、とても面白かったです。
いいレイマリでした。
あと写真の件ですが、再販の予定はありますでしょうか? とりあえず50万程用意しておきます
お気に入り
陰ではマリレイなのかな?