「輝夜のバカはどこだ!」
息を荒くした妹紅が台を揺らし、僕に向かって怒鳴るように叫ぶ。
「……ここには来ていないよ」
「嘘をつくな! 兎が言っていたぞ! あいつは祭りの射的に向かったウサって!」
「それはきっとその兎が嘘をついているんだよ」
「何だと! 輝夜の奴め! 許さん!」
その兎が嘘をついた件に関しては輝夜はあまり関係ない気もするが。
「どこへ行った輝夜ー! 出てこーい!」
妹紅は物凄い勢いで人の波をかき分け走り去っていった。
「……大変だなぁ」
僕は妹紅が揺らして落っこちた玩具の銃を拾い、射的台の上に戻した。
今日は妖怪の山の麓で祭りが行われている。
本来祭りというものは文字通り何かを祀る為のものだ。
しかしそれは建前であり、本当はこの祭りの空気、気分を楽しみたいが為に祭りを行っているのかもしれない。
この祭りが正にそれで、新しく越してきた山の神や特定の神を祀るわけではなく、要は皆で楽しもうというものである。
普段閉鎖的な妖怪の山ではあるが、今日だけは様々な妖怪たちでごったがえしていた。
人間も妖怪と比較しては少ないが、ちらほらと姿が見受けられる。
参加者も回を重ねるごとに増えているようだ。
僕も香霖堂を宣伝するいい機会だと思い、射的屋として出店をしていた。
その名もずばり『香霖堂射的所』だ。
店でなく所としたのは、ここはあくまで遊びを楽しんで貰う場所ということを強調するためだ。
集客はまあまあ、儲けはほとんど無いが楽しんで貰えているようである。
「おー香霖。やってるな。一回遊ばせろー」
「魔理沙、よく来たね」
魔理沙が僕に向かって手を振りながら歩いてきた。
「遊戯料は頂くよ」
「ツケで……ちっ」
魔理沙が何か言う前に先手を打っておく。
「まあ今日は祭りだ。遊ぶためには金は惜しまないぜ」
ぱらぱらと僕の手に小銭を渡す魔理沙。
代わりに玩具の銃とコルク弾三発を手渡してやる。
「毎度ありがとうございます」
「嫌味か?」
魔理沙は苦笑いしながら銃にコルク弾を詰めた。
「まあいい、覚悟しろ香霖! 私の狙いからは逃げられないぜ!」
照準を合わせ、構える。
ぽーん。
彼女の打った弾は虚しく景品の横を通りすぎていった。
「あっれー?」
首を傾げる魔理沙。
「弾幕ごっこのようにはいかないようだね」
「今度は外さないぜ!」
ぽーん。
再び虚しく景品の横を通り過ぎる弾。
「うぐぐぐぐ」
魔理沙はとても悔しそうだった。
「だらしないわね、魔理沙」
そんな魔理沙に声をかける少女が一人。
「なんだ、アリスか」
「ええ、残念だけどアリスよ」
言いながら僕に代金を手渡してくれる。彼女も遊んでいくつもりのようだ。
「それじゃ、頑張ってくれ」
代わりに鉄砲とコルク弾を渡す。
「そんなに言うならお手並み拝見させて貰おうじゃないか」
「まあ見てなさい」
射的台から身をぐっと乗り出し、銃口を景品に近づけた状態で狙いを定めるアリス。
銃口からコルク弾が発射される。
かたん。
一撃でアリスは景品を倒してしまった。
「おめでとう」
倒した景品のお菓子を手渡す。
「なんだよ香霖、こんなのアリなのか?」
射的台から身を乗り出しているアリスに魔理沙は不満げな様子だった。
「もちろん。射的の基本だからね」
「だったら最初から教えろよなー」
言いながらアリスと同じように台から乗り出す魔理沙。
「ああ、言っておくが足は必ず地面についていないと駄目だよ」
「なんだよ、私不利じゃないか」
アリスと比べて魔理沙は若干背が低いのである。
「子供用の踏み台も用意してあるよ」
「馬鹿にすんない」
魔理沙はむっとした顔で照準を合わせた。
かたん。
「おっ……」
コルク弾が見事景品を倒す。
「おめでとう」
僕は魔理沙にお楽しみと書かれた箱を手渡した。
「これ何が入ってるんだ?」
「それは開けてのお楽しみさ」
開けるまでそれが何であるかわからない。
祭りならではのアイテムである。
「どれ……」
魔理沙が開くとコーラと書かれた紙が入っていた。
「コーラだね。待っていてくれ」
チルノに作って貰った氷でキンキンに冷やしたコーラ瓶を魔理沙に渡す。
「お、こりゃあいいや」
魔理沙はそれを腕や頬に当てて笑っていた。
「やればできるじゃないの」
アリスは涼しい顔で景品を両手に持っている。
彼女は魔理沙が撃つ傍らで同じように射撃を行い、全弾必中であった。
流石は七色の人形遣い。
人形を卓越した技術で操作する器用さを持つだけの事はある。
「それじゃ私、人形劇の準備があるから」
くるりと背を向ける時にアリスが一瞬微笑んでいたように見えた。
「おいこら待てよアリスー。じゃあな、香霖!」
二人が並んで喧騒の中へと消えていく。
「……魔理沙に手本を見せてくれたのかな」
僕はそんな事を思った。
「霖之助さん、珍しい事やってるのね」
「そうかい?」
魔理沙たちと入れ替わりでやってきたのは霊夢だった。
「霖之助さんって自分の店から出てこないのかと思ってたわ」
「意外と色んな場所に顔を出しているよ、僕は」
お得意様のところと道具集めの場所くらいだが。
「それに今日は祭りだからね」
祭りとは日常とは違う空間であり……
「まあ別に何でもいいけど」
説明をしようと思ったが霊夢は興味がなさそうだった。
「せっかくだ。遊んでいくかい?」
「んー。いいわ。一応私見張り役なのよ」
そう言って腕に巻いた「妖怪退治専門家」の文字を見せる。
「なんか妖怪が問題を起こしたら私が飛んでいって退治するの」
「それは大変だな」
「妖怪の山なんだからそれこそ早苗にでもやらせればいいのに」
口調はともかく顔は満更でもなさそうである。
「まぁ大した問題も起こらないだろうけどね」
霊夢がそう言うなりどぉんと大きな音が響いた。
何かと思ってそちらを見ると、山ほどの背丈もある少女の姿。
伊吹萃香だ。
「……ちょっとしばいてくるわ」
「頑張ってくれ」
霊夢はお祓い棒を二三度振った後、勢い良く萃香に向かって飛んでいった。
「霊夢も大変だな」
あれで案外楽しんでいるのかもしれないが。
「すいませーん一回いいですか」
「はい、どうぞ」
それからしばらく見知った顔がなく、様々な客を相手にする。
この幻想郷もずいぶんと妖怪が増えたものだと思う。
「あら咲夜。射的だって」
「如何致しますか、お嬢様」
「やあレミリア」
レミリア・スカーレットも外からやってきた妖怪の一人だ。
やってきたのはつい最近なのだが、あっという間に幻想郷に馴染んでしまった。
「やっていくかい?」
「私は運命を操るのよ。既に景品が落ちる運命が見えているわ」
などと余裕の表情を見せる。流石はスカーレットデビル。
「つまり遊んでいくということだね」
「ええ。咲夜」
「かしこまりました」
レミリアに促され、一旦荷物を置く咲夜。
ぴかぴか輝くよく分からない棒。天狗のお面。水風船。
従者というのも大変である。
「それでは失礼させて頂きます」
「ええ。頼むわね」
銃を持ったレミリアを、咲夜が両手で抱え上げる。
ふふんと自慢気な様子のレミリア。
「……まあセーフとしよう」
レミリアの身長だと、子供用の踏み台を使わないと届くか怪しい高さだったからだ。
その上咲夜の両手が塞がっていれば、時間を止められる事もないだろう。多分。
そうして咲夜に抱えられ、ターゲットを狙う姿は様になっているようで……いや止めておこう。
「砕け散りなさい!」
レミリアの掛け声と共にぽーんっと景品が勢い良く飛んだ。
「どうかしら」
「流石だね」
ふふんと自慢気なレミリアにクマを象ったキーホルダーを渡す。
「それじゃあ行きましょう咲夜」
「かしこまりました」
「いいのかい? まだ弾は残っているよ?」
「景品は取れたからもういいわ。後でフランが来るだろうからその時にでも使わせてあげて」
「わかった。そうさせてもらおう」
「それでは失礼いたします」
レミリアは満足気な様子で咲夜を連れて去っていった。
「……少し直しておくか」
僕は子供用の踏み台を並べて射的台の手前に置いておくことにした。
「よし」
これなら身を乗り出すのも楽だし、誰でも楽しめる高さのはずだ。
「こんばんわ」
「おっといらっしゃい」
丁度いいタイミングでお客さんだ。
視線の先には淡い紫色の浴衣を着た、黒い長髪の少女……蓬莱山輝夜が立っていた。
「少し前に妹紅が来て、君のことを探していたよ」
「あら、そうなの。入れ違ってしまったのね」
表情は変わらないが、その口調はどこか残念そうに聞こえた。
「兎への伝え方がよくなかったんじゃないかな」
「かもしれないわ」
果たしてどちらがまずかったのかは僕にはわからなかった。
「まあいい、遊んでいくかい」
彼女らの喧嘩はいつものことらしいので、僕が気にしても仕方ないだろう。
「遊んでいきたいのだけれど、手持ちが無くてね」
そう言って大きくため息をついてみせる。
「姫なのにかい?」
「姫だからよ」
そういえばさっきレミリアが来た時も咲夜がお金を出していたなと思い出した。
「今日はウドンゲ達が笹団子屋をやっているの。そっちに顔を出して暇があったらまた来るわ」
「そうかい」
「それじゃあ、いい夜を」
輝夜は軽く会釈して去っていった。
「……という事は真っ先にここに来たのかな」
手持ちがないのに来たということは、そういうことである。
しかも従者も連れずにだ。
兎が妹紅に伝えた伝言を、ちゃんと守ろうとしていたのかもしれない。
彼女らは会うことが出来るのだろうか。
会ったら会ったで面倒なことになりそうだが。
「……」
輝夜が去ってからしばらく、客が来なくなってしまった。
といっても祭りの最中だ。退屈ではない。
例えば周りを眺めているだけでも面白い。
ぴーひゃらぴーひゃら、どんがどんが。
中央に建てられた祭やぐらの上では、プリズムリバー三姉妹が祭ばやしを奏でていた。
キーボードとトランペットとバイオリンで何故笛太鼓の音を出せるのかわからないが、あまり気にしないことにする。
やぐらの側で妹紅が不満げな顔でとうもろこしを齧っていたが、それも気にしない。
そのすぐ後ろをりんご飴を食べながらのんびり歩いている輝夜の姿が見えたが、やはり気にしないことにする。
間近にあるミスティアの八ツ目鰻屋は大繁盛だ。大行列が作られていた。
その行列の先頭から両手に蒲焼を持って抜け出し、すぐ側の竹椅子のほうへ向かっていく半人半霊の少女、妖夢。
向かった先に座っているのは彼女の主、幽々子である。
幽々子は実に嬉しそうな顔で鰻の蒲焼を受け取る。
そうして鰻を頬張りながら何かを伝え、妖夢は駆け足で反対方向にあるにとりの冷やしきゅうり屋へと向かっていった。
屋台の側には『ヨーグルト漬けきゅうりあります』というのぼりが立てられている。
一体どんな味なんだろうか。
眺めていると妖夢は片手に普通のきゅうりを、もう片方に白くてねとねとした液体の絡んだきゅうりを持って戻っていく。
あれがヨーグルト漬けきゅうりだろうか。さすがは幽々子。チャレンジャーだ。
それを口にしてどんな反応をするのか、少し眺めていようか。
「おっと見つけた見つけた」
「ん」
間近で聞こえた声に視線を向けると、てゐが射的台の上に腕を組んで立っていた。
「姫様と妹紅、来た?」
「来たけど入れ違いになったみたいだね」
「あ、そう。まあ来てればなんでもいいや」
「今日は何をしたんだい」
てゐは有名な悪戯兎である。妹紅に何かを言ったのも彼女だろう。
そしてそれを追って輝夜が来ることも、計算ずくというわけだ。
「こんな祭りの日に喧嘩なんてつまらないことしようとしてるバカ達にちょっと道案内をしてやっただけだよ」
「道案内をした割には、迷っているようだがね」
「案内しても辿りつけるかどうかはその人次第だからね」
いっしっしと妙な笑い方をするてゐ。
「ま、私が案内したんだから大丈夫。そのうちちゃんと辿りつくよ」
「だといいけどね」
「何といっても私は幸運の兎だからねぇ」
「僕も幸せになれるように願っておくかな」
「くすりと笑えるくらいの幸せは保証するよ」
凄いのか凄くないのかよくわからなかった。
「んじゃ私は鈴仙のとこに冷やかしに行こっと」
そう言ってひょいと踏み台から飛び降りる。
「遊んでいかないのかい」
「それよりも面白いことがあるからねー」
てゐは再びいっしっしと笑い、ぴょんこぴょんこ飛んで去っていった。
「……果てさてどうなる事やら」
そちらも気になるが、今僕がすべきことは接客である。
「ねぇねぇ、遊んでいっていい?」
「やあいらっしゃい」
てゐと入れ違いで特徴的な羽の少女が射的台の前に立つ。
ぴかぴか輝くよく分からない棒。河童のお面。水風船。
どこかで見たことのある装飾品らである。
「フランドール。今日は一人かい」
「ううん、パチュリーも一緒だよ」
後ろを見ると、紫色の髪の毛をお団子で左右に留め、胸元が開きスリットの深いチャイナドレスに身を包んだ……
「……誰だったかな」
「妹様の言った事を聞いてなかったのかしら?」
「いや、わかってはいるんだが」
丸っきり別人のような姿のパチュリーがそこにいた。
「その格好は一体?」
「あそこ」
視線でくいと右奥のほうを示す。
見ると、そこではパチュリーと同じくチャイナドレスに身を包んだ美鈴が立ち回っていた。
「はーいいらっしゃいいらっしゃーい。美味しい美味しい紅魔館の肉まんだよー」
普段の衣装よりもさらに胸元が強調され、スリットも深く、彼女が動きまわるだけで周囲の客が湧いている。
そして美鈴が集めた客を、これまたチャイナドレスの小悪魔が捌いていた。
「今は妹様と一緒に休憩中」
「なるほど」
あの店の売り子をしていたのか。
「いや、驚いたよ」
格好が違うとこうもイメージが異なるとは。
何故この格好をしているのか。何故肉まん屋なのか。レミリアの趣味だろうか。
「美味しい紅魔館肉まんだよー」
「どうぞ寄っていってくださーい」
紅魔館肉まん。美鈴、パチュリー、小悪魔。
周囲の人々の視線から推測すると、まあ多分そういう事なんだろう。
「どこを見ているのかしら?」
わざとらしくそこを強調するポーズを取るパチュリー。
「僕も男なんでね」
「あら初めて知ったわ」
「今初めて言ったからね」
二人して笑う。
「ねえ、何の話?」
「どうでもいい話さ。遊んでいくならサービスするよ。君のお姉さんから弾を預かってるんでね」
「お姉様も来たの?」
「ああ。見事に一撃で景品を手に入れていたよ」
レミリアが手に入れたクマのキーホルダーを指さしてみせる。
「ふーん。じゃあそれを私も狙おうっと」
「頑張ってね、荷物は持ってるわ」
促してフランドールのヨーヨーと光る棒を受け取るパチュリー。
「ああ、他にも狙いどころはあるからよく見ておくといい」
「んー」
フランドールの目線が動き、左で止まる。
「あれも景品?」
「もちろん景品だよ」
特賞と書かれた両手にすっぽり収まるくらいの大きさのクマのぬいぐるみ。
「前に私が買っていったクマちゃん人形?」
「そうだね。衣装は僕のお手製だ」
香霖堂で取り扱っているぬいぐるみの衣装は全て僕の手作りである。
霊夢や魔理沙の衣類を繕う際に余った布が出てくるので、それを使っているのだ。
「あれはお楽しみの箱のどれかを倒せば手に入るよ」
僕はいくつか残っているそれを指さしてみせた。
「並べる時にばらばらにしてしまったからどこに入ってるかはわからないが」
「うーん、どうしようかなぁ」
クマのキーホルダーとお楽しみ箱を交互に見つめるフランドール。
「ねえ」
その様子を見ていたパチュリーが僕に声をかけてくる。
「何だい?」
「レミィは妹様に余った二発の弾を渡すように言ったのよね?」
「ああ。でも一回だけだよ」
「という事は妹様一人が一回につき二発追加するということよね」
「……言っている意味がよくわからないが、そういうことだね」
と、答え終えてまずいことを言ってしまったと気がついた。
そういえば彼女の得意技に……
「だそうよ妹様?」
「うん。わたし一人につき二発だね」
にこにこしながら一枚のスペルカードを取り出すフランドール。
禁忌「フォーオブアカインド」
「そういうことだって言ったわよね、貴方」
してやったりという顔のパチュリー。
「……次回からスペルカード禁止の張り紙を用意しておくことにするよ」
僕は苦笑いしながらコルク弾を人数分用意することにした。
「……これは金平糖と。残念だったね」
「むぅ……」
数の暴力とはよく言ったもので大量の景品を取られてしまったが、その中に特賞の紙は入っていなかった。
「もう一回! コンティニュー!」
「駄目よ。そろそろ店に戻らないと」
かっかしているフランドールをたしなめるパチュリー。
「……ちぇ。まあいっか。これは手に入ったし」
フランドールの手にはクマのキーホルダーが握られていた。
「レミィとお揃いね」
「うん」
嬉しそうに笑う。
「お菓子もいっぱい取れた」
「それはみんなで分け合うといい。入れてあげよう」
両手では持ち切れないほどになってしまったので紙袋に包んでやることにする。
香霖堂と手描きで記した特別製の紙袋だ。
「ありがとう、感謝するわ」
「これくらいはサービスさ」
「いえ、そうではなくて」
パチュリーが言っているのは、僕があっさりフランドールのスペルカード使用を許可したことだろう。
そして増えた人数分、コルク弾を与えたことも。
もちろんそれを諌めるも出来た。
しかし、せっかくの祭りでそれを言うのも野暮だと思ったのだ。
「今後とも香霖堂をご贔屓に」
僕は霧雨の親父さん直伝の営業スマイルをして、景品を包んだ紙袋をパチュリーに渡した。
これで紅魔館からの売上が伸びればいいなあと考えているあたり、僕はまだまだ俗物である。
パチュリーはそんな僕の心情を察したのか察していないのか、とにかくおかしそうに笑っていた。
あるいは珍しいものを見たとでも思っているのかもしれない。
「……レミィにもよく言っておくわ。妹様、行きましょう。そろそろ戻らないと美鈴たちがパンクしちゃうだろうから」
「うん。それじゃあまたねー」
紅魔館肉まんの出店のほうは、先程よりさらに長蛇の列が出来ていた。
パチュリーたちが向かうことでさらに歓声が湧いている。まだまだ混雑は続きそうだ。
「遊んでいっていいかしら?」
「おっといらっしゃい」
僕の方も休む暇もない。
続いてやってきたのは風見幽香だった。
向日葵模様のついた浴衣を身に纏い、右手には花柄の団扇、左手にはわたあめ。
頭の右側にはひょっとこのお面がつけられている。
「……楽しんでいるようだね」
「ええ、お祭りはとても好きよ。華があって」
目を細め嬉しそうに笑う幽香。
「それじゃあ頑張ってくれ」
「もちろんそのつもり」
すっと銃を構え、躊躇なく撃ち込む。
ぱぁんと勢い良く景品が跳ねた。
「……弾の威力は同じはずなんだが」
「気合の差ね」
彼女が真面目に気合を入れたら、銃の方がどうにかなってしまう。
「難易度が低すぎるんじゃないかしら?」
と言いながらフランドールと同じく特賞のクマのぬいぐるみに目線を向ける。
「あれくらいなら倒しがいがありそうだけど」
「あれはお楽しみ箱に」
ぱぁん。
言い終える前にまた景品が吹っ飛んでいた。
「お楽しみ箱ね?」
「……どれかに入っているはずだが。欲しいのかい?」
「貴方に一番損が出そうだからね」
これでもかというくらいに意地悪い顔で笑う。
「その性格はどうにかしたほうがいいと思うよ」
「いいのよ別に。皆に好かれようってわけじゃないんだから。貴方だってそうでしょう?」
「……まあね」
魔理沙にも散々言われているが、僕の商売方法は万人に受けるものではない。
接客も上手い方ではないというのも自覚している。性格もまあ、いいとは言えないだろう。
だがやり方を変えるつもりは無い。
今はそれでもいいのだ。半妖である僕の生は長い。
いずれは僕の理解者も増えていくことだろう。
「だから驚いたわ。こんな出店をしているだなんて」
「それはそれ、これはこれさ」
霊夢にも珍しいと言われてしまったが。
人と妖怪の中間である僕だからこそ、どちらにも近い行動が出来るのである。
「そういうものなのかしらね」
「君が祭りに顔を出すようなものだよ」
幽香を知らない者からすれば、珍しいと思われることだろう。
「……なるほど」
再び意地悪く笑う幽香。
「そういう気まぐれは嫌いではないわ」
「気まぐれではないんだがね」
「私にはとっては同じよ」
ぱこん。
幽香は全弾あっさり命中させてしまった。
「さあ、景品を頂戴」
「……わかっているよ。中身を確認する」
幽香の倒した景品は全てお楽しみ箱であった。
「コーラに携帯電話と……これは」
「あら、日頃の行いがよかったのかしら」
最後に開いた紙に赤字で描かれた特賞の文字。
「特賞大当たりだ。おめでとう」
僕はからんからんと鈴を鳴らしてやった。
「ありがとう」
特賞のクマちゃん人形を受け取る幽香を、信じられないという顔で見る観衆。
「何か?」
幽香が振り返ってにこりと笑うと蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「それじゃあもうすぐ時間だから」
「時間?」
「ええ」
視線を夜空に向ける。
ひゅるひゅるひゅると音が鳴り、一瞬の間の後、夜空に大輪の花が咲いた。
「たーまやー」
どこからともなく声が聞こえる。
ちなみにこの玉屋の掛け声は外の世界で有名な花火屋の名前であり……
「見やすい場所に行ってくるわ」
幽香は小脇にぬいぐるみ他の景品を抱えて歩いていった。
人々は既に花火に魅入っていて幽香の姿には気づかない。
「……祭りの時の幽香は上機嫌だな」
この会場の中で誰よりも祭りを、花火を楽しんでいるのではないだろうか。
「かーぎやー」
花火が連続して上がり続ける。
これが終わるまではしばらく退屈そうだ。
諦めてしばらく空を眺めていることにしよう。
「おりゃー! 弾幕は爆発だー!」
魔理沙が夜空に向けて怪しげな瓶を投げつけ、大きな火花が広がる。
「あっはっはっは。やるねぇ魔理沙ー。こっちだって負けないよー!」
萃香がぐるぐると腕を回し、同じく夜空に向けて拳を突き上げた。
どぉんと巨大な弾幕が広がっていく。
「……全く元気だな」
花火が終わっても祭りの会場は騒々しいままだった。
それもそのはず、妖怪の本来の活動時間は夜なのである。
魔理沙は人間だが。
「どっかん、どっかん、どっかーん!」
「どっせい、どっせい、どっせーい!」
それにしてもあの二人は騒々しい。
酒を飲み過ぎているのではないだろうか。
「霖之助さん、飲んでる~?」
「飲んでないよ」
そんな夜空を眺めてると、瞳の据わった霊夢が僕に絡み付いてきた。
妖怪退治の仕事はどうしたんだ。
「何よぅ~つまらないわねー」
「飲んだとしても僕はそうは酔わないよ。それよりあの連中をどうにかしなくていいのかい」
「わかってるわよ、ちゃんと退治するわ」
ふらふらとおぼつかない様子で空を飛んでいく霊夢。
「何が爆発よー! 妖怪はみんな爆発しろー!」
妖怪の山でその台詞は色々と大丈夫なんだろうか。
「……ふむ」
周りは皆、酒や弾幕ごっこの観戦に夢中でこれ以上出店を開いていても意味はなさそうだった。
そろそろ丑三つ時も過ぎる。
「巻き込まれないうちに引き上げるとしよう」
僕は出店の飾りを外して、片付けることにした。
「あ、お帰りですか?」
「そっちも帰りかい」
声に顔を向けると、いつも通りの格好の紅魔館の皆が立っていた。
「おかげさまで完売です。もうちょっと多く用意してもよかったですかね」
あははと笑う美鈴。
「冗談じゃないわよ、あれ以上は勘弁して欲しいわ」
パチュリーは少し疲れた様子だった。
「お疲れ様でしたー」
隣に立つ小悪魔の背中の羽もへにょりとなっている。
「でも似合ってたわよ、パチェ」
にやにやと笑うレミリア。
「ずるいわよね、私たちに売り子をやらせて自分はただ遊んでるんだから」
「失礼ね。私は紅魔館の主として他の妖怪たちと交流を計ってたのよ。ねぇ?」
「はい。永遠亭の笹だんごは美味しかったです。レシピを頂いたので今度お作りいたしますね」
「……咲夜ぁ」
レミリアはなんともいえない顔をしていた。
「咲夜って時々抜けてるよね」
フランドールがクマのぬいぐるみを両手で持って笑っている。
「……フランドール、それは?」
僕の手作りの衣装を着たクマちゃん人形。つまり幽香に持って行かれたものである。
「ひょっとこのお面のお姉さんがくれたの」
「そうかい」
幽香はフランドールが遊んでいた時から眺めていたのかもしれない。
彼女は案外……いや、相当に気分屋である。
今日は祭りだ。そういう場所でそういう気分だったのだろう。
「あれは祭りに現れる妖怪、祭りマスターさ。花火を見るのが何よりも好きで、ふらふらと祭りの出店を歩いている」
「そんな妖怪もいるのかもしれませんね」
咲夜が言っていると本気にしているのか冗談なのかわからなかった。
「これも紅魔館の偉大さが知れ渡ったからこその結果ね」
「そうね、レミィの活動のおかげね」
パチュリーはとても投げやりな口調だった。
「……早く帰って寝たいわ」
「わかってるわよ。それじゃあね店主。いい夜を」
「じゃあねー」
紅魔館ご一行は仲良く並んで歩いていった。
「……さてと」
片付けを続ける。
半分くらい片付けたところで大きな声が聞こえた。
「だから大判焼きだっての!」
「何を言ってるのかしら、今川焼きでしょ?」
声のほうを見ると、しょうもない事で言い争う輝夜と妹紅がこちらに向かってきている。
どうやら会うことだけは出来たようだ。
「大判焼き!」
「今川焼き!」
睨み合う二人。
喧嘩するのは構わないが僕の店の前で止まらないで欲しい。
「いーやっほーう!」
「はぐっ!」
横から突進してきた何かの突撃を腹部に受ける妹紅。
「あれ? 射的に突っ込む予定だったのに」
突進してきたのはチルノだった。
「チルノ、君が突撃して景品を倒しても景品はあげないよ。それに今日はもう店じまいだ」
「なんだ、終わっちゃうの?」
「君も店が終わったからこっちに来たんだろう?」
「うん! あたいのかき氷屋ったら最強ね! 最後まで大混雑だったわ!」
僕の店の倉庫に眠っていたかき氷機を引っ張り出し、チルノに譲ってやったのだ。
「その節はどうもありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる、緑色の髪の妖精。
「むしろ君がいたからこその成功だよ」
チルノ一人では店をやり繰りすることは出来なかっただろう。
僕も彼女がいたからこそかき氷機を譲り、提案をしたのである。
「そんな、私なんて」
「あたいと大ちゃんのコンビは完璧ね!」
チルノはえへんと胸を張っていた。
「あの、それで代金は」
「いらないよ。代わりにコーラを冷やす氷を貰ったからね」
夏の日の氷は十二分過ぎるくらいに価値があるものである。
「それに、道具は使ってこそ意味があるものさ。みんな喜んでいただろう?」
「うん。みんな美味しい美味しいっていってた!」
「だったらそれでいいじゃないか。ああでもそのかき氷は食べたかったな」
自分の店があるので食べには行けなかったのだ。
「ふふん。そう言うと思ってたわ。じゃーん!」
自慢げに何かを取り出すチルノ。
「かき氷!」
提灯の明かりに照らされきらきらと淡く光るかき氷がそこにあった。
「こんな事もあろうかと、用意してあったのよ!」
恐らく「こんな事もあろうかと」が言いたかったのだろう。とても満足気な顔をしている。
「あたいが持ってたから完璧に冷え冷え!」
さっきあれだけの突進をしたというのに崩れてもいなかった。
「どれ」
氷で作られたスプーンを入れるとすんなりとすくうことが出来る。
氷に関しての技術はチルノは本当に天才なのだろう。
「ふむ。確かに美味い」
砂糖水をかけただけのものだが、それが氷の冷たさと相まって非常に美味しく感じられた。
「でしょ? ふふん。こんな事もあろうかと。実はもう一個あるんだ!」
どこに持っていたのか、もうひとつのかき氷を取り出すチルノ。
「さすがに一つで十分だよ」
「む。じゃあどうしよう」
きょろきょろと周囲を見回すチルノ。
僕もつられて周りを見回して、さっきからうずくまったままの妹紅に目がいった。
「……大丈夫?」
「……」
チルノが尋ねると、妹紅はゆっくりと起き上がった。
「いやぁもう、全っ然大丈夫」
にやぁという擬音が合いそうな嫌な笑顔をしている。
「止めなさいよ、今日はお祭りでしょう?」
横に立つ輝夜がそんな事を言った。
「大丈夫ね! よかった!」
チルノには妹紅の嫌味が伝わらなかったのか、笑顔であった。
「でもぶつかっちゃたのはごめん! お詫びにこれあげる!」
そうして妹紅にかき氷を差し出す。
「……え? あ、うん」
きょとんとした顔でそれを受け取る妹紅。
「妹紅、人に何かを貰ったらお礼を言うものよ」
「うるさいな。ありがとうよ、チルノ」
妹紅はチルノとかき氷とを見つめて大きくため息をつき、それから急に笑い出した。
「ああもう。調子狂うな今日は。こいつといい輝夜といい……」
横に並ぶ輝夜を見て、また笑う。今度は苦笑に近い笑いだったが。
「輝夜」
「何?」
「私はこれから飲みに行く。暇だったら付き合え」
輝夜は一瞬首を傾げ、それから口元を隠して笑った。
「いいわよ。それくらい付き合うわ」
「よし」
頷いて、かき氷を一気に口に投げ込む妹紅。
「~~~~~~! ~~~~!」
声にならない非鳴。
「……何をやっているのよイモ妹紅」
「うるさいな、バカ輝夜」
ぶすっとした顔の妹紅の横で、輝夜がくすくす笑いながら歩いていく。
「どっちが先に飲み潰れるかで勝負だ」
「それはそれで楽しそうね」
普段はいがみ合っている二人が並んで歩く光景。
不思議なものだ。
この場所の空気が、そういう気分にさせたのかもしれない。
「どうかしたの? あの人」
「いや別に。かき氷が嬉しかったんだろう」
「ふーん」
チルノはうんうんと頷いていた。
多分何も考えてないんだろうが。
「じゃ、あたいたちも帰るね」
「お騒がせしました」
「ああ、それじゃあ」
僕もかき氷を食べながら、のんびり片付けをするとしようか。
「さー、二次会行くぞ二次会ー!」
「いいわねー! 行きましょ行きましょー!」
片付けが終わり佇んでいると、魔理沙と霊夢がやってきて勝手に盛り上がっていた。
あれだけ弾幕ごっこをやっていたのに元気なものだ。
「もう今日は帰って寝たらどうだい」
「なんだよ、せっかくの祭りなんだぞ?」
「そうよ、祭りなのよ」
ついこの間も、夏だからという何一つ意味のない理由で飲み会に誘われた気がする。
「霖之助さんはどうするの? 帰る?」
「そうだね。よかったら僕も二次会に混ぜて貰おうかな」
今日はなんとなくそんな気分だった。
「……え?」
「香霖、熱でもあるのか」
信じられないものを見たという顔をしている二人。
「僕を何だと思ってるんだい」
「香霖だが?」
「霖之助さんは霖之助さんよね」
「……やっぱり行くのを止めようかな」
「冗談よ」
ねーと笑いあう。
「まったく……」
僕も思わず、笑ってしまった。
「んじゃー今日は飲み明かそうぜ!」
「飲むわよー! 霖之助さんの奢りで」
「一銭も出さないよ」
あーだこーだと言い合いながら歩いていく二人の背中を見ながら思う。
ああきっと、酔いつぶれた二人を介抱するのは僕の役目なのだろうなと。
たまにはまあ、そういうのもいいだろう。
祭りというのは日常と違う空間。非日常な空間なのだ。
普段とは違う珍しいことのほうが、ここでは普通なのである。
そんな中で僕がいつもと多少違うことをしていても、何もおかしいことではない。
それも祭りのひとつの醍醐味なのだ。
「ガンガン音が響いてるぜ。今日も祭りか?」
「ちょっと霖之助さん静かにさせてきてよ」
「……君らのそれはただの二日酔いだよ」
彼女たちの祭りは、まだもう少し続きそうである。
カキ氷に直接砂糖かけるのか、味の想像がつかない。
雰囲気がやわらかく、その場の光景もうかぶような感覚でした。
>「こんな事もあろうかと、用意してあったのよ!」
>恐らく「こんな事もあろうかと」が言いたかったのだろう
上、普通にチルノが喋れてる・・・・だ・・と?
それぞれの意外な一面が現れるのが、実に祭りらしいなと思ったり。
やはり夏いいものだ
夏も終わりか、暑いけど。
距離感のようなものがとても良い感じで面白かったです。
これからも頑張ってください。応援してます。
祭りのひと時の楽しさがフラッシュバックしました。
祭りマスター、一体何者なんだ・・・
夏祭りゆえレティさんが参加できないのが残念。
>>霊夢はお祓い棒を二三度振った後、勢い良く妹紅に向かって飛んでいった。
萃香にじゃないんでしょうか、話の流れ的に。
>全段必中であった。
全弾必中
行ってみたくなりましたw
人ごみは苦手ではありますが、祭りの熱気に中てられては騒がずにはいられますまい。
数々のキャラクターのらしい動きは素直にイメージ出来ましたが、主観が霖之助であるためでしょうか、
登場するキャラクターの心情がなかなかに伺えなかった点が少し物足りなさを感じたました。
それでも、読んで損はなかったと断言出来ます。面白かったです。ありがとうございました。
わたしは中学校くらいの時から見てますよ!琥珀さんSS更新してください!! 超門番
志貴様SSの更新をお待ち致します。 冥途蝶
祭りの時ぐらいは誰も傷つかないよう、ほんのちょっと、さり気ない気配りをしあってる少女達と霖之助さんに和みます。
作品の中にあるやりとりの、自然で楽しくやさしいことよ……。混ぜて欲しい。
>出店を出す(幽香さんの台詞より。二重表現かもです。
こーりん視点でそれぞれの描写がよくでていました。
地元の秋祭りでも顔出しに戻りたくなるなあ
この幽香りんは素敵過ぎますね
あとほのかに漂うてるもこ臭
日本てるもこ協会としては、その後の展開も気になる所です
てるもこメインの作品ではないので、日本てるもこ協会公認タグは差し上げられませんが、これからも創作に励んでください
と言うか肉まんってw
いい作品でした。
とても心地良かったです。
……今年は何の祭にも行ってないなぁ
秋にどっかの祭りに行こうかな
霖之助の主観だからかほのぼのとした落ち着いた空気がありそこがめちゃくちゃ
Goodでしたw
これからも応援しています!
チャイナパチュリーがとても見てみたい
魔理沙は火炎瓶でも投げたのでしょうかw
不思議と幸福感に包まれる作品でした。次回作期待してます。
今夜はいい夢が見られそうだ。
でも、これはこれで良かったです
素晴らしい。
こぁとパッチュさんが胸元開いたチャイナドレスで肉まん売りって素敵過ぎでしょう……
くまさんぬいぐるみをプレゼントしてあげる幽香さんとフランちゃんには顔がとろけました。