「外に遊びに行きたい!」
フランドール・スカーレットは、その気持ちを姉にぶつけてみた。
「ダメよ。危ないもの」
姉のレミリア・スカーレットは、特に相手にするつもりもないのか軽く一蹴された。
従者の淹れた紅茶を手に、こちらを見ようともしない。
「いいじゃない、ちょっとくらい。お姉さまはよく外に遊びにいってるのに、なんで私はダメなの?」
「今言ったはずよ、危ないからよ」
「私は大丈夫だもん、強いから」
「あなたじゃなくて、あなたの周囲が危ないのよ」
ムム~ッとむくれるフラン。
「いいもん、勝手に出てくから」
「あら、また地下室に閉じ込められたいのかしら」
「うう~~~~っ」
勢いよく扉を閉め、フランは部屋をあとにした。
フランは外に出てみたかった。
姉のレミリアにずっと外に出ることを禁じられていた。
理由としては純粋な心配の他に、先ほどのやり取りあったフランの周囲が危険なためというのが上げられる。
自分の能力を完全にコントロールできていない妹を、レミリアは危険と判断した。
フランとしては、普段からむやみやたらに能力を使うわけもないのだから、外に出して欲しかった。
今までは外に出なくてもいいと思っていた。
興味はあったものの、館の中だけでも十分に楽しい。
美鈴は遊んでくれるし、咲夜は優しいし、パチュリーは面白い本を読んでくれる。
他人から見れば小さな世界だったが、フランは満足していた。
しかし、姉の起こした異変のときに、外の人間がやってきた。
紅白の巫女と黒白の魔女。
たった二人の人間だったが、フランの世界は大きく広がった。
外に出てみたい。
外に出れば、きっともっと楽しくなる。
今のフランはなんとしてでも外に出たかった。
「何もあんな素っ気無くしなくても良かったのでは?」
フランが去った後、レミリアに声を掛けるのはレミリアの従者、十六夜咲夜。
レミリアのあまりに冷たい態度に、つい口を出してしまった。
「少しくらい外に出してあげてもよろしいと思うのですが」
「ダメよ咲夜。少しでも期待させちゃ」
咲夜の考えをあっさりと否定するレミリア。
「あの子の能力はホントに危険なんだから。あの子にその気がなくても、平気で命を奪ってしまうのよ。今あの子は力を持て余している。力の使い方を覚えることが、あの子が外に出る絶対条件になるわ。そうじゃないと……」
友達ができたときに間違いがあったら。
かわいそうじゃない。
そう言ってレミリアは小さくため息をついた。
別にレミリアはフランが嫌いなわけではない。
むしろフランを誰よりも愛している。
それ故、過保護にならざるを得ない場面が出てくる。
それによって、フランが寂しい思いをしていることも承知の上である。
――もしフランが私を嫌っていても構わない。
あの子には、与えられうる限りの大きな幸せと、できうる限りの小さな悲しみを。
それがレミリアの願いだった。
今日もダメだった。
もうずいぶん前からこうしたやり取りが続いている。
1日1回、姉にお願いする。
地道だが、これが1番良い方法だと美鈴から教わった。
もう日課になってしまった。
しかし、成果の出る気配は一向にない。
(今日も美鈴に文句を言いに行こう)
これも日課となっている。
美鈴に会うために廊下を歩いていると、ちょうど美鈴が通りかかった。
「メイリーーーン!」
「ゴフッ!」
フランは全力で駆け出すと、美鈴に正面から見事なタックルをお見舞いした。
体格は子供でも吸血鬼、そんじょそこらの妖怪じゃひとたまりもない。
しかしそこは紅魔館の門番を務める妖怪、きちんと鍛えられている。
具体的には、主の無茶な余興やその従者からのナイフによるお仕置き、主の友人の魔女の妙な実験による賜物である。
「ぐうぅ…、どうしたんですか? 妹様。できればもう少し、愛情表現を和らげていただけると幸いなのですが……」
「きょ、今日もダメだったよ~~~」
ぐずっと鼻を鳴らすフラン。
美鈴が覗き込むと顔をクシャクシャに歪めて泣いていた。
「うう~~~」
「そうですか……、またダメでしたか」
もう1ヶ月になろうというのに、レミリアは許可を出そうとしない。
フランが真面目にお願いすればきっとレミリアも許してくれるを思っていたが、自分の主は相当に頭が固いようだ。
これではフランが、かわいそうだ。
そう考えた美鈴は、フランに言う。
「こうなったら、『1日1回お願い作戦』は諦めましょう」
「嫌だ! 外に行きたい!」
すかさず声を上げるフラン。
美鈴の服を掴み駄々をこねるように揺する。
吸血鬼の腕力でがくがくと体を揺すられる美鈴。
「わわわっ! しかしですねっ、お嬢様の許可が下りない以上っ、私ではどうにもっ!」
それを聞いて、しゅんと顔を俯かせるフラン。
「嫌だよぉ……、外に……っ」
「でも妹様がこんなにお願いしてるのに、まだ許してくれないとは。今回ばかりは、ちょっと頭に来ましたよ」
「え?」
顔を上げたフランに、美鈴は笑顔で言う。
「私に考えがあります」
そう言ってフランに耳打ちする。
それを聞いたフランは嬉しそうに笑う。
「それ、ホント!?」
「ええ、約束です」
フランと美鈴は指切りをした。
翌日の昼時、騒がしさからレミリアは目を覚ました。
吸血鬼の活動時間は夜だ。
そのため睡眠は昼にとっている。
今日も夜まで眠っているはずだったのだが。
「騒がしいわね、なにかしら」
咲夜を呼ぶが、一向に来る気配は無い。
廊下に出てみても、いつもいるはずの妖精メイドが一人も見当たらない。
おかしい、何かあったのか。
最悪の事態も考慮しながら廊下を歩いているうちに、窓から騒ぎの正体が見えた。
「なっ!?」
庭が人妖で溢れ返っている。
一瞬、この館が襲撃されているのかとも考えたが、よくよく見ればなんとも和気藹々とした雰囲気である。
それもそのはず、庭先ではパーティーが行われていた。
(パーティーなんて開く予定はなかったはず! なのにこれは?)
厳密には祭りに近く、露店もいくつか見られたが、西洋育ちのレミリアにはそんな違いはわからない。
要はただの宴会だ。
それ以上に重要なのは、今、パーティーが開かれている事実である。
急いで庭先まで降りていく。
途中、紅魔館のメイドでない妖怪を何度か見かけたが、今はそんなことどうでもいい。
「咲夜ッ! どういうことッ! 説明しなさいッ!」
怒鳴りながらバルコニーの日陰ギリギリまで顔を出す。
と、そこに。
「あら、レミリアじゃない。どうしたのよ、宴会しようだなんて。人間は夜にやるものだけど、昼間からするのは吸血鬼式なのかしら?」
異変解決時の片割れ、博麗霊夢が声を掛けてきた。
「い、いえ、私は……」
「どうでもいいけど、似合わない格好してんのね。もう少し自分の見た目考えなさいよ」
そう言われてレミリアは自分がネグリジェ姿だったことを思い出した。
ベッドから直行してきたのだから当然である。
「えっ、ちょっ、ちがう! これは……ッ!」
バタバタと手を振り羽を振り、慌てて館まで戻っていく。
すると傍にいつもの洋服が置かれていた。
疑うまでも無く、咲夜の仕業だ。
(咲夜! ここまで来て姿を現さないとは……!)
咲夜に対する怒りに真っ赤になりながら、レミリアは服を着替えた。
「咲夜! これはどういうこと!?」
服を着替えたレミリアは、すぐに咲夜を見つけ出し問い詰めた。
外に出ようにも咲夜がいないので日傘が見つからない。
そのためエントランスを見張っていると、ちょうど咲夜が通りかかった。
咲夜はというと、厨房から酒やつまみをせっせと運び出していた。
「パーティーなんて聞いてないわよ! 一体何のつもり? 主催者はどこにいるのかしら!?」
一気にまくし立てるレミリア。
霊夢の話では自分となっているらしいが、自分はそんなことを提案した覚えはない。
となれば、紅魔館の関係者という線が一番怪しい。
考えられるのはパチュリーくらいかと考えていたレミリアは、意外な人物の名前を聞いた。
「パーティーは美鈴の提案ですわ。ここで外の祭りをやろうと言い出しまして。パチュリー様も賛成しまして、私としましても反対する理由がありませんでしたので」
「反対する理由がないって、ここの主人が私であるいじょ…、美鈴? 今あなた、美鈴って言った?」
あの門番が?
いつも寝てばかりいる美鈴が?
全く想定していなかった名前を聞いて、混乱するレミリア。
そこにフランを肩車した美鈴が通りかかる。
「あ、お嬢様。おはようございます」
「おはよう、お姉さま」
フランの手にはしっかりとレミリアの日傘が握られている。
楽しそうに笑顔を浮かべ挨拶する二人。
「美鈴、話があるんだけどいやむしろ話して欲しいことがあるのだけど」
レミリアは薄く笑っているが、目は本気の本気で怒っている。
ひとつ間違えれば殺されそうだ。
美鈴は怯みながらも、困ったように笑う。
「あはは…、わかってますよぉ。妹様、あっちで魔理沙さんと遊んできてください」
「大丈夫、美鈴?」
そんな美鈴を見て、心配そうな顔になるフラン。
「大丈夫そうになかったら、助けに来てください」
あははと笑いながらフランに手を振り見送る。
そしてレミリアのほうへと向き直る。
「どういうことかしら?」
相変わらずの冷たい笑いで美鈴を見据えるレミリア。
美鈴はだらだらと冷や汗を流しながら、どうにか笑ってレミリアに言う。
「私が、ここで祭りをしてくれるように頼みました」
レミリアからは視線を外さない。
「具体的には、魔理沙さんに人里へ伝えてもらい、咲夜さんとパチュリー様にも協力してもらいました」
(あの黒白魔女! それにやっぱり咲夜も噛んでたのね)
内心歯軋りをするレミリア。
顔には怒りがより濃くなっているように見える。
「それで、なんでこんなことしたのかしら?」
低く沈んだ声で尋ねる。
答え次第では血を見せなければと、物騒なことを考えている。
その問いに、美鈴は一度目を伏せ、言う。
「だって、妹様は、外に出られないじゃないですか」
「なら、『外』に来てもらえばいいじゃないですか!」
「なっ!?」
フランに耳打ちしたあの時。
美鈴が言ったのはたった一言だった。
――『外』を連れてきてあげましょう。
そして約束を実践した。
いつもどおり図書館に侵入してきた魔理沙に頼んで、人里の祭りをこちらに移してもらえるよう手配してもらった。
ちょうど明日だというから、かなり無理をした。
咲夜とパチュリーに事情を話すと、パチュリーは二つ返事で、咲夜にいたっては嬉々として協力してくれた。
パチュリーには小悪魔と宣伝広告を作ってもらい、咲夜にはメイドたちを動かして買出しと広告の配布を頼んだ。
宣伝は、山の天狗に頼むと予想以上の効果を挙げてくれた。
その後、露店を開くための準備を大急ぎで行い、今に至る。
なんだかんだと、結局は紅魔館総出で美鈴に協力している。
ひいては、フランのために。
「そんな…、そんなことで、私に無断でよくも――」
「ならお嬢様は許可してくれましたか!?」
既に周囲に溢れるほどに殺気を広げるレミリアに、美鈴は声を上げる。
顔には誰が見てもわかるほどの緊張と恐怖が張り付いている。
しかし、美鈴は引かない。
その顔は、いつものニコニコとした愛想のいい笑顔などではなく、毅然とした、ここだけは譲れぬという、まさに門番としての顔だった。
「妹様は、外に出たいという、ただそれだけのために、毎日お願いしてきたんですよ。あの妹様が、です。気に入らないことがあれば、すぐにモノを壊し、興味本位で命を奪う。あの妹様が!」
出ようと思えばいつでも出られる力を持ちながらも、決してそんなことはせず。
人との調和を、拙いながらも大切にしようとしている。
「なのにお嬢様は、いつまでも閉じ込めようとする。」
「お嬢様が、妹様を心配しているのはわかります。でもこのままじゃ、お嬢様はきっと一生、妹様を外には出さない。いくら心配だからって、それではちょっと、そんなことになったら……」
あんまりじゃ、ないですか。
そう言ってギュッと目を瞑る。
「出すぎた真似とわかっています。どんな罰であろうと、受ける覚悟はできています」
「私も同罪ですわ。裁くのなら、私も」
そう言って、一歩前に出てきたのは、十六夜咲夜である。
「しかしながら、ひとつだけよろしいでしょうか。妹様は危険な力をお持ちですが、それに溺れるほど弱くはありませんわ。しかしその実、心はひどく臆病です。お嬢様を凌ぐ力を持ちながらも、お嬢様に立ち向かえないほど。その妹様が、ここまでお嬢様に立ち向かったんですわ、お嬢様」
咲夜はレミリアの目をまっすぐ見つめた。
「妹様は、ちゃんと強くなっています。私たちが考えるより、ずっと」
そういって頭を下げて、美鈴の隣に立つ。
どんな理由であろうと、主人をここまで馬鹿にして無碍にして、何の責任もなしというわけにはいかない。
まして相手はレミリア・スカーレットである。
殺されることはなくても、串刺しくらいは免れないだろう。
そう覚悟した美鈴たちだったが、何も来ない。
不思議に思い目を開けると、目の前にレミリアの顔があった。
「うわっ! ちかっ!」
「失礼ね。何もそこまで驚くことないじゃない」
限界まで体を逸らせて距離をとる美鈴に、ジロリと睨みつける。
「一生外に出さないなんて、あなたたち、私をそんな風に見てたの? ショックだわ、本当に。私だって、ちゃんとその時になったら外に出してあげたわよ」
そういって、小さくため息をつくレミリア。
その目は遠く、フランを見つめている。
「魔理沙、これ何?」
「これはりんご飴だ。おいしいぜ、食べてみろよ」
「この赤いのは、やっぱり人間?」
「……りんごの赤だと思うぜ? なんせりんご飴だし」
初めて見る『外』を目いっぱい楽しむフラン。
それを見てレミリアは、目を細める。
「……あの、お嬢様?」
「……私の見た運命では、まだ『その時』じゃなかったわ。外に出たあの子は、力を暴走させて至るところを壊し尽くす。最悪の運命では、あの子は自分の力を恐れ、自ら命を絶つわ」
そんなことを言うレミリアの顔を見て、美鈴たちは驚きを隠せなかった。
レミリアの顔は、今まで見たことの無い、不安で泣きそうな少女の顔だった。
「フランは大丈夫かしら……?」
美鈴が満面の笑みで返す。
「大丈夫ですよ、あなたの妹なんですから」
「自分に絶望しないかしら……?」
咲夜が瀟洒に微笑む。
「安心してください、お嬢様がそばに付いておられるんですもの」
それを聞いて、レミリアが笑う。
「そうね、なによりあなたたちがいるんだものね」
「フラン! ちょっとこっち来なさい!」
レミリアはフランを呼んだ。
「な、なあに、お姉さま? お話終わった?」
もしかして自分も怒られるのではないかと少しオドオドしながら近づいてくるフラン。
そんなフランの頭を撫でて、レミリアはフランに聞いた。
「『外』の世界は楽しいかしら?」
それを聞いたフランは、顔中に答えを浮かばせる。
「うんっ! すごく楽しい!」
そんなフランを見て、眩しそうに笑うレミリア。
「この笑顔に免じて、罰は軽くしてあげるわ。感謝なさい、美鈴、咲夜」
それを聞いて、ホッと胸をなでおろす二人。
「全く、本当なら私がフランを外に連れて行ってあげるつもりだったのに、台無しだわ。でも、せっかく美鈴が用意してくれた『外』の世界。楽しみましょうか」
フランの手を握る。
「お姉さま?」
「おいで、フラン。私が『外』を案内してあげる」
そう言ってフランの手を引く。
「うんっ!」
フランは今日一番の笑顔で答える。
「あ、そうそう。あなたたち二人の罰だけどね。フランが『外』を満喫できるよう、あらゆる手段を尽くしなさい。楽しむことは許さないわ」
手始めに、『外』に遊びに行く私たちを、見送りなさい。
それを聞いた二人は顔を見合わせると、少し笑い、お安い御用とばかりに見送った。
「いってらっしゃいませ、お嬢様、妹様」
「お気をつけて!」
その先には、相合がさで楽しそうに嬉しそうに出かけていく、姉妹の姿があった。
夜には早いが、紛れもない吸血鬼の時間である。
フランドール・スカーレットは、その気持ちを姉にぶつけてみた。
「ダメよ。危ないもの」
姉のレミリア・スカーレットは、特に相手にするつもりもないのか軽く一蹴された。
従者の淹れた紅茶を手に、こちらを見ようともしない。
「いいじゃない、ちょっとくらい。お姉さまはよく外に遊びにいってるのに、なんで私はダメなの?」
「今言ったはずよ、危ないからよ」
「私は大丈夫だもん、強いから」
「あなたじゃなくて、あなたの周囲が危ないのよ」
ムム~ッとむくれるフラン。
「いいもん、勝手に出てくから」
「あら、また地下室に閉じ込められたいのかしら」
「うう~~~~っ」
勢いよく扉を閉め、フランは部屋をあとにした。
フランは外に出てみたかった。
姉のレミリアにずっと外に出ることを禁じられていた。
理由としては純粋な心配の他に、先ほどのやり取りあったフランの周囲が危険なためというのが上げられる。
自分の能力を完全にコントロールできていない妹を、レミリアは危険と判断した。
フランとしては、普段からむやみやたらに能力を使うわけもないのだから、外に出して欲しかった。
今までは外に出なくてもいいと思っていた。
興味はあったものの、館の中だけでも十分に楽しい。
美鈴は遊んでくれるし、咲夜は優しいし、パチュリーは面白い本を読んでくれる。
他人から見れば小さな世界だったが、フランは満足していた。
しかし、姉の起こした異変のときに、外の人間がやってきた。
紅白の巫女と黒白の魔女。
たった二人の人間だったが、フランの世界は大きく広がった。
外に出てみたい。
外に出れば、きっともっと楽しくなる。
今のフランはなんとしてでも外に出たかった。
「何もあんな素っ気無くしなくても良かったのでは?」
フランが去った後、レミリアに声を掛けるのはレミリアの従者、十六夜咲夜。
レミリアのあまりに冷たい態度に、つい口を出してしまった。
「少しくらい外に出してあげてもよろしいと思うのですが」
「ダメよ咲夜。少しでも期待させちゃ」
咲夜の考えをあっさりと否定するレミリア。
「あの子の能力はホントに危険なんだから。あの子にその気がなくても、平気で命を奪ってしまうのよ。今あの子は力を持て余している。力の使い方を覚えることが、あの子が外に出る絶対条件になるわ。そうじゃないと……」
友達ができたときに間違いがあったら。
かわいそうじゃない。
そう言ってレミリアは小さくため息をついた。
別にレミリアはフランが嫌いなわけではない。
むしろフランを誰よりも愛している。
それ故、過保護にならざるを得ない場面が出てくる。
それによって、フランが寂しい思いをしていることも承知の上である。
――もしフランが私を嫌っていても構わない。
あの子には、与えられうる限りの大きな幸せと、できうる限りの小さな悲しみを。
それがレミリアの願いだった。
今日もダメだった。
もうずいぶん前からこうしたやり取りが続いている。
1日1回、姉にお願いする。
地道だが、これが1番良い方法だと美鈴から教わった。
もう日課になってしまった。
しかし、成果の出る気配は一向にない。
(今日も美鈴に文句を言いに行こう)
これも日課となっている。
美鈴に会うために廊下を歩いていると、ちょうど美鈴が通りかかった。
「メイリーーーン!」
「ゴフッ!」
フランは全力で駆け出すと、美鈴に正面から見事なタックルをお見舞いした。
体格は子供でも吸血鬼、そんじょそこらの妖怪じゃひとたまりもない。
しかしそこは紅魔館の門番を務める妖怪、きちんと鍛えられている。
具体的には、主の無茶な余興やその従者からのナイフによるお仕置き、主の友人の魔女の妙な実験による賜物である。
「ぐうぅ…、どうしたんですか? 妹様。できればもう少し、愛情表現を和らげていただけると幸いなのですが……」
「きょ、今日もダメだったよ~~~」
ぐずっと鼻を鳴らすフラン。
美鈴が覗き込むと顔をクシャクシャに歪めて泣いていた。
「うう~~~」
「そうですか……、またダメでしたか」
もう1ヶ月になろうというのに、レミリアは許可を出そうとしない。
フランが真面目にお願いすればきっとレミリアも許してくれるを思っていたが、自分の主は相当に頭が固いようだ。
これではフランが、かわいそうだ。
そう考えた美鈴は、フランに言う。
「こうなったら、『1日1回お願い作戦』は諦めましょう」
「嫌だ! 外に行きたい!」
すかさず声を上げるフラン。
美鈴の服を掴み駄々をこねるように揺する。
吸血鬼の腕力でがくがくと体を揺すられる美鈴。
「わわわっ! しかしですねっ、お嬢様の許可が下りない以上っ、私ではどうにもっ!」
それを聞いて、しゅんと顔を俯かせるフラン。
「嫌だよぉ……、外に……っ」
「でも妹様がこんなにお願いしてるのに、まだ許してくれないとは。今回ばかりは、ちょっと頭に来ましたよ」
「え?」
顔を上げたフランに、美鈴は笑顔で言う。
「私に考えがあります」
そう言ってフランに耳打ちする。
それを聞いたフランは嬉しそうに笑う。
「それ、ホント!?」
「ええ、約束です」
フランと美鈴は指切りをした。
翌日の昼時、騒がしさからレミリアは目を覚ました。
吸血鬼の活動時間は夜だ。
そのため睡眠は昼にとっている。
今日も夜まで眠っているはずだったのだが。
「騒がしいわね、なにかしら」
咲夜を呼ぶが、一向に来る気配は無い。
廊下に出てみても、いつもいるはずの妖精メイドが一人も見当たらない。
おかしい、何かあったのか。
最悪の事態も考慮しながら廊下を歩いているうちに、窓から騒ぎの正体が見えた。
「なっ!?」
庭が人妖で溢れ返っている。
一瞬、この館が襲撃されているのかとも考えたが、よくよく見ればなんとも和気藹々とした雰囲気である。
それもそのはず、庭先ではパーティーが行われていた。
(パーティーなんて開く予定はなかったはず! なのにこれは?)
厳密には祭りに近く、露店もいくつか見られたが、西洋育ちのレミリアにはそんな違いはわからない。
要はただの宴会だ。
それ以上に重要なのは、今、パーティーが開かれている事実である。
急いで庭先まで降りていく。
途中、紅魔館のメイドでない妖怪を何度か見かけたが、今はそんなことどうでもいい。
「咲夜ッ! どういうことッ! 説明しなさいッ!」
怒鳴りながらバルコニーの日陰ギリギリまで顔を出す。
と、そこに。
「あら、レミリアじゃない。どうしたのよ、宴会しようだなんて。人間は夜にやるものだけど、昼間からするのは吸血鬼式なのかしら?」
異変解決時の片割れ、博麗霊夢が声を掛けてきた。
「い、いえ、私は……」
「どうでもいいけど、似合わない格好してんのね。もう少し自分の見た目考えなさいよ」
そう言われてレミリアは自分がネグリジェ姿だったことを思い出した。
ベッドから直行してきたのだから当然である。
「えっ、ちょっ、ちがう! これは……ッ!」
バタバタと手を振り羽を振り、慌てて館まで戻っていく。
すると傍にいつもの洋服が置かれていた。
疑うまでも無く、咲夜の仕業だ。
(咲夜! ここまで来て姿を現さないとは……!)
咲夜に対する怒りに真っ赤になりながら、レミリアは服を着替えた。
「咲夜! これはどういうこと!?」
服を着替えたレミリアは、すぐに咲夜を見つけ出し問い詰めた。
外に出ようにも咲夜がいないので日傘が見つからない。
そのためエントランスを見張っていると、ちょうど咲夜が通りかかった。
咲夜はというと、厨房から酒やつまみをせっせと運び出していた。
「パーティーなんて聞いてないわよ! 一体何のつもり? 主催者はどこにいるのかしら!?」
一気にまくし立てるレミリア。
霊夢の話では自分となっているらしいが、自分はそんなことを提案した覚えはない。
となれば、紅魔館の関係者という線が一番怪しい。
考えられるのはパチュリーくらいかと考えていたレミリアは、意外な人物の名前を聞いた。
「パーティーは美鈴の提案ですわ。ここで外の祭りをやろうと言い出しまして。パチュリー様も賛成しまして、私としましても反対する理由がありませんでしたので」
「反対する理由がないって、ここの主人が私であるいじょ…、美鈴? 今あなた、美鈴って言った?」
あの門番が?
いつも寝てばかりいる美鈴が?
全く想定していなかった名前を聞いて、混乱するレミリア。
そこにフランを肩車した美鈴が通りかかる。
「あ、お嬢様。おはようございます」
「おはよう、お姉さま」
フランの手にはしっかりとレミリアの日傘が握られている。
楽しそうに笑顔を浮かべ挨拶する二人。
「美鈴、話があるんだけどいやむしろ話して欲しいことがあるのだけど」
レミリアは薄く笑っているが、目は本気の本気で怒っている。
ひとつ間違えれば殺されそうだ。
美鈴は怯みながらも、困ったように笑う。
「あはは…、わかってますよぉ。妹様、あっちで魔理沙さんと遊んできてください」
「大丈夫、美鈴?」
そんな美鈴を見て、心配そうな顔になるフラン。
「大丈夫そうになかったら、助けに来てください」
あははと笑いながらフランに手を振り見送る。
そしてレミリアのほうへと向き直る。
「どういうことかしら?」
相変わらずの冷たい笑いで美鈴を見据えるレミリア。
美鈴はだらだらと冷や汗を流しながら、どうにか笑ってレミリアに言う。
「私が、ここで祭りをしてくれるように頼みました」
レミリアからは視線を外さない。
「具体的には、魔理沙さんに人里へ伝えてもらい、咲夜さんとパチュリー様にも協力してもらいました」
(あの黒白魔女! それにやっぱり咲夜も噛んでたのね)
内心歯軋りをするレミリア。
顔には怒りがより濃くなっているように見える。
「それで、なんでこんなことしたのかしら?」
低く沈んだ声で尋ねる。
答え次第では血を見せなければと、物騒なことを考えている。
その問いに、美鈴は一度目を伏せ、言う。
「だって、妹様は、外に出られないじゃないですか」
「なら、『外』に来てもらえばいいじゃないですか!」
「なっ!?」
フランに耳打ちしたあの時。
美鈴が言ったのはたった一言だった。
――『外』を連れてきてあげましょう。
そして約束を実践した。
いつもどおり図書館に侵入してきた魔理沙に頼んで、人里の祭りをこちらに移してもらえるよう手配してもらった。
ちょうど明日だというから、かなり無理をした。
咲夜とパチュリーに事情を話すと、パチュリーは二つ返事で、咲夜にいたっては嬉々として協力してくれた。
パチュリーには小悪魔と宣伝広告を作ってもらい、咲夜にはメイドたちを動かして買出しと広告の配布を頼んだ。
宣伝は、山の天狗に頼むと予想以上の効果を挙げてくれた。
その後、露店を開くための準備を大急ぎで行い、今に至る。
なんだかんだと、結局は紅魔館総出で美鈴に協力している。
ひいては、フランのために。
「そんな…、そんなことで、私に無断でよくも――」
「ならお嬢様は許可してくれましたか!?」
既に周囲に溢れるほどに殺気を広げるレミリアに、美鈴は声を上げる。
顔には誰が見てもわかるほどの緊張と恐怖が張り付いている。
しかし、美鈴は引かない。
その顔は、いつものニコニコとした愛想のいい笑顔などではなく、毅然とした、ここだけは譲れぬという、まさに門番としての顔だった。
「妹様は、外に出たいという、ただそれだけのために、毎日お願いしてきたんですよ。あの妹様が、です。気に入らないことがあれば、すぐにモノを壊し、興味本位で命を奪う。あの妹様が!」
出ようと思えばいつでも出られる力を持ちながらも、決してそんなことはせず。
人との調和を、拙いながらも大切にしようとしている。
「なのにお嬢様は、いつまでも閉じ込めようとする。」
「お嬢様が、妹様を心配しているのはわかります。でもこのままじゃ、お嬢様はきっと一生、妹様を外には出さない。いくら心配だからって、それではちょっと、そんなことになったら……」
あんまりじゃ、ないですか。
そう言ってギュッと目を瞑る。
「出すぎた真似とわかっています。どんな罰であろうと、受ける覚悟はできています」
「私も同罪ですわ。裁くのなら、私も」
そう言って、一歩前に出てきたのは、十六夜咲夜である。
「しかしながら、ひとつだけよろしいでしょうか。妹様は危険な力をお持ちですが、それに溺れるほど弱くはありませんわ。しかしその実、心はひどく臆病です。お嬢様を凌ぐ力を持ちながらも、お嬢様に立ち向かえないほど。その妹様が、ここまでお嬢様に立ち向かったんですわ、お嬢様」
咲夜はレミリアの目をまっすぐ見つめた。
「妹様は、ちゃんと強くなっています。私たちが考えるより、ずっと」
そういって頭を下げて、美鈴の隣に立つ。
どんな理由であろうと、主人をここまで馬鹿にして無碍にして、何の責任もなしというわけにはいかない。
まして相手はレミリア・スカーレットである。
殺されることはなくても、串刺しくらいは免れないだろう。
そう覚悟した美鈴たちだったが、何も来ない。
不思議に思い目を開けると、目の前にレミリアの顔があった。
「うわっ! ちかっ!」
「失礼ね。何もそこまで驚くことないじゃない」
限界まで体を逸らせて距離をとる美鈴に、ジロリと睨みつける。
「一生外に出さないなんて、あなたたち、私をそんな風に見てたの? ショックだわ、本当に。私だって、ちゃんとその時になったら外に出してあげたわよ」
そういって、小さくため息をつくレミリア。
その目は遠く、フランを見つめている。
「魔理沙、これ何?」
「これはりんご飴だ。おいしいぜ、食べてみろよ」
「この赤いのは、やっぱり人間?」
「……りんごの赤だと思うぜ? なんせりんご飴だし」
初めて見る『外』を目いっぱい楽しむフラン。
それを見てレミリアは、目を細める。
「……あの、お嬢様?」
「……私の見た運命では、まだ『その時』じゃなかったわ。外に出たあの子は、力を暴走させて至るところを壊し尽くす。最悪の運命では、あの子は自分の力を恐れ、自ら命を絶つわ」
そんなことを言うレミリアの顔を見て、美鈴たちは驚きを隠せなかった。
レミリアの顔は、今まで見たことの無い、不安で泣きそうな少女の顔だった。
「フランは大丈夫かしら……?」
美鈴が満面の笑みで返す。
「大丈夫ですよ、あなたの妹なんですから」
「自分に絶望しないかしら……?」
咲夜が瀟洒に微笑む。
「安心してください、お嬢様がそばに付いておられるんですもの」
それを聞いて、レミリアが笑う。
「そうね、なによりあなたたちがいるんだものね」
「フラン! ちょっとこっち来なさい!」
レミリアはフランを呼んだ。
「な、なあに、お姉さま? お話終わった?」
もしかして自分も怒られるのではないかと少しオドオドしながら近づいてくるフラン。
そんなフランの頭を撫でて、レミリアはフランに聞いた。
「『外』の世界は楽しいかしら?」
それを聞いたフランは、顔中に答えを浮かばせる。
「うんっ! すごく楽しい!」
そんなフランを見て、眩しそうに笑うレミリア。
「この笑顔に免じて、罰は軽くしてあげるわ。感謝なさい、美鈴、咲夜」
それを聞いて、ホッと胸をなでおろす二人。
「全く、本当なら私がフランを外に連れて行ってあげるつもりだったのに、台無しだわ。でも、せっかく美鈴が用意してくれた『外』の世界。楽しみましょうか」
フランの手を握る。
「お姉さま?」
「おいで、フラン。私が『外』を案内してあげる」
そう言ってフランの手を引く。
「うんっ!」
フランは今日一番の笑顔で答える。
「あ、そうそう。あなたたち二人の罰だけどね。フランが『外』を満喫できるよう、あらゆる手段を尽くしなさい。楽しむことは許さないわ」
手始めに、『外』に遊びに行く私たちを、見送りなさい。
それを聞いた二人は顔を見合わせると、少し笑い、お安い御用とばかりに見送った。
「いってらっしゃいませ、お嬢様、妹様」
「お気をつけて!」
その先には、相合がさで楽しそうに嬉しそうに出かけていく、姉妹の姿があった。
夜には早いが、紛れもない吸血鬼の時間である。
何だかんだで妹思いなお嬢様が素敵でした。
悲観的にならざるを得ないのでしょうね。
まあ、そこら辺はこれからも美鈴と咲夜さんの従者コンビがその都度再補正していくということでひとつ。
微笑ましい紅魔館ファミリーの一日、楽しませて頂きました。
あ、今回に限ってはむきゅむきゅとはしゃぎ回っているだろう七曜の魔法使いさんは除外の方向で。
その発想が素敵でした。