「暑い暑いぜ、暑くて死ぬぜ!」
あらゆる本が集う紅い屋敷の地下図書館に少女の声が轟いた。
白と黒を基調としたエプロンドレスを身に纏い、特徴的な三角帽子を被った彼女は、
テーブルに置かれた本の上に頬を乗せ僅かな涼にしがみ付いている。
青く硬く装飾の少ないその本は地下特有の冷気を程よく有していて気持ちが良い。
しかし、少女の火照った頬はその冷たさもみるみる熱に換えてしまう。
うむぅ、と顔を顰め始めた彼女の目の前にグラスが静かに置かれた。
ガラス越しに感じる氷の冷気が、カランという音と共にやってくる。
頬を持ち上げてみればそこにはガラスの様に透き通った肌の涼やかな顔をしたメイドが一人。
よう、と軽く挨拶をする金の髪に、銀の髪は笑顔で返す。
「こんな暑い日に外に出るからよ、魔理沙」
ただでさえ貴方の服は熱を吸収しやすいんだから、とメイドは青い本をゆるりと裏返す。
持ち上げていた頬を本の上に戻した少女は復活した冷たさに顔を綻ばせた。
その顔があまりにも子供っぽくてついつい笑いが零れるのを抑えながらメイドは続ける。
「ここはまだ涼しい方なんだけれどもね」
「それを期待してここに来たんだがな。とんだ期待はずれだったぜ」
「勝手に裏口から進入してその言い草は酷いわね」
苦笑に揺れる銀髪をよそに白黒の少女はしたり顔である。
まったくもう、とその柔らかそうな頬を摘んでやろうと手を伸ばしたとき、
新たな声がそれをとどめた。
「ちょっとぉ、二人共うるさいわよ。集中できないじゃない」
「この程度で集中できないというのもあれだけど、概ね同意するわ。魔理沙うるさい」
テーブルの一角でチェスを嗜んでいる蝙蝠羽の少女と眠そうな目をした少女が、
盤上から目を離さずに金と銀を窘める。
「この程度の暑さに音を上げるんだから人間って不便よね、パチェ」
コトリ、白い駒を動かして蝙蝠羽を優雅に広げる少女。
「魔女に成り切れない子の限界よ、レミィ」
コトリ、黒い駒を動かして横に置いた本のページをめくる少女。
口ではそう言っているものの、実際さほど気にしてはいない表情の二人。
喩え娯楽であっても脳と手だけを集中して動かしていれば、偶には別のところも動かしたくなるものだ。
白黒の魔法使いの雄叫びは、そんなパチェとレミィと互いを呼び合う少女達の気分転換に使われたのであろう。
申し訳ございません、とメイドは頭を下げるも、ハッ、と白黒は鼻で笑う。
「私はお前等みたいに冷血動物じゃないんでな。日の光も浴びるし、正義に血潮を燃やすこともある」
「本泥棒さんがよく言うわ。最近はパチュリー様もあまり言わなくなったけれども、少しは自重してよ?」
メイドは端正な眉を顰め三角帽子を軽くつつく。
盤上の黒い駒を玩んでいた紫髪の少女は、その台詞に些か不満気の様だ。
「言葉をかけないというのは黙認を示しているわけでは無いわよ」
目蓋の半分下がった下弦の月の如き瞳が白黒を映す。
「たとえ怒りに言葉を無くしてもコミュニケーションを拒否した時点で人間として失格だぜ」
「私は魔女よ」
「私だって魔法使いだ」
長考の末やっと動いた白い駒を瞬時になぎ倒す黒い駒。
カァン、と盤を打ち付ける心地良い音が図書館に響き渡る。
同時に、うー、という少女の声も響く。涙目である。
待ったをかけようと魔女の方を見る白の指揮官は、皺のよった眉間に圧倒され盤上に目線を戻した。
「本棚の隙間が気持ち悪くて仕方ないわ」
「隙間は気持ち悪いものだぜ」
「空けているのは誰かしら?」
「そりゃあ決まっている、あいつさ」
マヨヒガにクシャミ一つ木霊したであろう魔理沙の台詞に、
ティーポットを手に取った銀髪のメイドはクスリと笑った。
「まぁまぁ、パチュリー様。今度私がとり返してまいりますので」
ご機嫌直して下さいまし、と紅茶を差し出す。
戦況を延々見つめて唸っている主人にも一杯。慌しく動く羽にぶつからない場所にそっと置く。
「そう、なら頼んだわ。コイツに盗られた分をまるっとね」
差し出されたカップに口を付け一息つく魔女。温かい紅茶が眉間の皺をほどいていった。
「おいおい、私は盗ってなんかいないぜ?私は……」
聞き飽きた言い訳をしようとする魔法使いをトンと置いたカップで遮る。
折角の台詞が口に留まり頬を膨らませた彼女は、
こんな熱いのいらないぜ、と置かれたカップを手で除ける。
愛情込めて注いだのに、と軽口で責めてくるメイドをじぃと見つめ、
白黒の魔法使いは勢い良く跳ね起きた。
椅子が傾きよろけたところをすかさず支えるメイドの手。
「そうだ!人里に新しい茶房が出来たんだ。そこの氷は絶品らしいぜ」
「あら、私の紅茶よりも良いものなのかしら?」
「こんな暑い日に熱いもの飲むのは人外だけだぜ」
素早く立ち上がり魔法使いは支えてくれた細い手を引っ張った。
「人間の楽しみ方をお前にも教えてやる」
ちょっ、ちょっと、私はまだ仕事が……という言葉を遮り魔理沙は叫ぶ。
「レミリア!咲夜を借りてくぜ!!」
盤上を今だ睨んでいるメイドの主人は煩わしげに羽を動かした。
どうにも起死回生の一手を導き出せずにいる様だ。
魔女は眠そうな目を少しばかし見開き二人と蝙蝠羽の少女を交互に見つめる。
魔理沙は再び大声で呼びかける。
「レーミーリーアー!?」
「うー!うるさいわねぇ!! 邪魔しないで!いいわ咲夜行ってらっしゃい!その白黒をここから追い出しなさい!」
「よっしゃ。さすがレミリア」
箒とメイドを手にとって駆け出した魔理沙は、ふとっぱらぁと言う声と共に勢いよく扉から飛び出した。
反響する様々な音。
舞い上がる書類や埃が僅かな明かりを反射しキラリキラリと跡を残す。
ふぅ。
司書席に居た赤髪の悪魔が開け放たれた扉をゆっくりと優しく閉めた。
余韻と埃と少しばかりの星屑を残して図書館は漸く静寂を取り戻しつつある。
二人を目で追っていたパチュリーは溜息を吐き、今だ盤上を見つめる親友に呼びかけた。
「ねえ、レミィ」
「ちょ、もうちょっと待って。もう少しで私の奇跡の逆転劇が……」
右手を前に出し待ったを促すレミリアを見つめ、もう一度大きく溜息を吐いた。
「いいのかしら?」
「は、何が?」
「貴方は私を見て何も学んでいないのね」
辺りに疑問符を浮かべるお嬢様を横目に立ち上がった図書館の主は、
手元の本を隙間だらけの本棚にゆっくりとしまうのだった。
深く深く青い空。
一筋の箒雲が駆けていった。
全身に喜びを湛えた白と黒の魔法使いのその背中には
幸せそうに腕を絡ませる十六夜咲夜の赤い頬が寄り添っていた。
あらゆる本が集う紅い屋敷の地下図書館に少女の声が轟いた。
白と黒を基調としたエプロンドレスを身に纏い、特徴的な三角帽子を被った彼女は、
テーブルに置かれた本の上に頬を乗せ僅かな涼にしがみ付いている。
青く硬く装飾の少ないその本は地下特有の冷気を程よく有していて気持ちが良い。
しかし、少女の火照った頬はその冷たさもみるみる熱に換えてしまう。
うむぅ、と顔を顰め始めた彼女の目の前にグラスが静かに置かれた。
ガラス越しに感じる氷の冷気が、カランという音と共にやってくる。
頬を持ち上げてみればそこにはガラスの様に透き通った肌の涼やかな顔をしたメイドが一人。
よう、と軽く挨拶をする金の髪に、銀の髪は笑顔で返す。
「こんな暑い日に外に出るからよ、魔理沙」
ただでさえ貴方の服は熱を吸収しやすいんだから、とメイドは青い本をゆるりと裏返す。
持ち上げていた頬を本の上に戻した少女は復活した冷たさに顔を綻ばせた。
その顔があまりにも子供っぽくてついつい笑いが零れるのを抑えながらメイドは続ける。
「ここはまだ涼しい方なんだけれどもね」
「それを期待してここに来たんだがな。とんだ期待はずれだったぜ」
「勝手に裏口から進入してその言い草は酷いわね」
苦笑に揺れる銀髪をよそに白黒の少女はしたり顔である。
まったくもう、とその柔らかそうな頬を摘んでやろうと手を伸ばしたとき、
新たな声がそれをとどめた。
「ちょっとぉ、二人共うるさいわよ。集中できないじゃない」
「この程度で集中できないというのもあれだけど、概ね同意するわ。魔理沙うるさい」
テーブルの一角でチェスを嗜んでいる蝙蝠羽の少女と眠そうな目をした少女が、
盤上から目を離さずに金と銀を窘める。
「この程度の暑さに音を上げるんだから人間って不便よね、パチェ」
コトリ、白い駒を動かして蝙蝠羽を優雅に広げる少女。
「魔女に成り切れない子の限界よ、レミィ」
コトリ、黒い駒を動かして横に置いた本のページをめくる少女。
口ではそう言っているものの、実際さほど気にしてはいない表情の二人。
喩え娯楽であっても脳と手だけを集中して動かしていれば、偶には別のところも動かしたくなるものだ。
白黒の魔法使いの雄叫びは、そんなパチェとレミィと互いを呼び合う少女達の気分転換に使われたのであろう。
申し訳ございません、とメイドは頭を下げるも、ハッ、と白黒は鼻で笑う。
「私はお前等みたいに冷血動物じゃないんでな。日の光も浴びるし、正義に血潮を燃やすこともある」
「本泥棒さんがよく言うわ。最近はパチュリー様もあまり言わなくなったけれども、少しは自重してよ?」
メイドは端正な眉を顰め三角帽子を軽くつつく。
盤上の黒い駒を玩んでいた紫髪の少女は、その台詞に些か不満気の様だ。
「言葉をかけないというのは黙認を示しているわけでは無いわよ」
目蓋の半分下がった下弦の月の如き瞳が白黒を映す。
「たとえ怒りに言葉を無くしてもコミュニケーションを拒否した時点で人間として失格だぜ」
「私は魔女よ」
「私だって魔法使いだ」
長考の末やっと動いた白い駒を瞬時になぎ倒す黒い駒。
カァン、と盤を打ち付ける心地良い音が図書館に響き渡る。
同時に、うー、という少女の声も響く。涙目である。
待ったをかけようと魔女の方を見る白の指揮官は、皺のよった眉間に圧倒され盤上に目線を戻した。
「本棚の隙間が気持ち悪くて仕方ないわ」
「隙間は気持ち悪いものだぜ」
「空けているのは誰かしら?」
「そりゃあ決まっている、あいつさ」
マヨヒガにクシャミ一つ木霊したであろう魔理沙の台詞に、
ティーポットを手に取った銀髪のメイドはクスリと笑った。
「まぁまぁ、パチュリー様。今度私がとり返してまいりますので」
ご機嫌直して下さいまし、と紅茶を差し出す。
戦況を延々見つめて唸っている主人にも一杯。慌しく動く羽にぶつからない場所にそっと置く。
「そう、なら頼んだわ。コイツに盗られた分をまるっとね」
差し出されたカップに口を付け一息つく魔女。温かい紅茶が眉間の皺をほどいていった。
「おいおい、私は盗ってなんかいないぜ?私は……」
聞き飽きた言い訳をしようとする魔法使いをトンと置いたカップで遮る。
折角の台詞が口に留まり頬を膨らませた彼女は、
こんな熱いのいらないぜ、と置かれたカップを手で除ける。
愛情込めて注いだのに、と軽口で責めてくるメイドをじぃと見つめ、
白黒の魔法使いは勢い良く跳ね起きた。
椅子が傾きよろけたところをすかさず支えるメイドの手。
「そうだ!人里に新しい茶房が出来たんだ。そこの氷は絶品らしいぜ」
「あら、私の紅茶よりも良いものなのかしら?」
「こんな暑い日に熱いもの飲むのは人外だけだぜ」
素早く立ち上がり魔法使いは支えてくれた細い手を引っ張った。
「人間の楽しみ方をお前にも教えてやる」
ちょっ、ちょっと、私はまだ仕事が……という言葉を遮り魔理沙は叫ぶ。
「レミリア!咲夜を借りてくぜ!!」
盤上を今だ睨んでいるメイドの主人は煩わしげに羽を動かした。
どうにも起死回生の一手を導き出せずにいる様だ。
魔女は眠そうな目を少しばかし見開き二人と蝙蝠羽の少女を交互に見つめる。
魔理沙は再び大声で呼びかける。
「レーミーリーアー!?」
「うー!うるさいわねぇ!! 邪魔しないで!いいわ咲夜行ってらっしゃい!その白黒をここから追い出しなさい!」
「よっしゃ。さすがレミリア」
箒とメイドを手にとって駆け出した魔理沙は、ふとっぱらぁと言う声と共に勢いよく扉から飛び出した。
反響する様々な音。
舞い上がる書類や埃が僅かな明かりを反射しキラリキラリと跡を残す。
ふぅ。
司書席に居た赤髪の悪魔が開け放たれた扉をゆっくりと優しく閉めた。
余韻と埃と少しばかりの星屑を残して図書館は漸く静寂を取り戻しつつある。
二人を目で追っていたパチュリーは溜息を吐き、今だ盤上を見つめる親友に呼びかけた。
「ねえ、レミィ」
「ちょ、もうちょっと待って。もう少しで私の奇跡の逆転劇が……」
右手を前に出し待ったを促すレミリアを見つめ、もう一度大きく溜息を吐いた。
「いいのかしら?」
「は、何が?」
「貴方は私を見て何も学んでいないのね」
辺りに疑問符を浮かべるお嬢様を横目に立ち上がった図書館の主は、
手元の本を隙間だらけの本棚にゆっくりとしまうのだった。
深く深く青い空。
一筋の箒雲が駆けていった。
全身に喜びを湛えた白と黒の魔法使いのその背中には
幸せそうに腕を絡ませる十六夜咲夜の赤い頬が寄り添っていた。
どちらかと言うと咲マリというか、マリ咲ですね
そしてあとがきかっこよす
ただちょっと表現がくどかったような。ほのぼの(っぽい)なのに、頑なにキャラの名を出さずに比喩で通すことに意味はあったんでしょうか。ちょっと読みにくくてテンポが悪いかったのが気になりました。
それと、誤字。
危死回生 → 起死回生
二人のを → 二人を
>キャラの名
自分なりに意味は持たせてみました。
読み難いとは思ったのですが、初めての投稿でしたので自分のやりたいことをしたつもりです。
次回があればそのときはもう少し読み手側に意識を向けて書きたいものです。
これで俺が気づいてないだけだったら赤っ恥ですが
私は好きです。とっても。
咲マリやっほい!
このオチと後書きには心動きましたが、「なるほど」がなくて「ええっ!?」で終わってしまったので、個人的にはもう少しばかり伏線がほしかったかなあと。
パチュリーとレミリアのやりとりにセンスを感じました。