Coolier - 新生・東方創想話

髪の毛抜いてかつらにでもしようかと

2010/08/15 15:23:42
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 ある日の宵のことである。幻想郷の一角を、一人の魔法使い(といっても人間の)が闇夜の空を箒に跨って飛んでいた。眼下に広がる森には、明りのひとつも見えない。ただ、時折人魂(あるいは鬼火の類)と思しき薄明かりがちらほらと見え隠れする。ここが魔法の森に近い以上、妖怪の一匹もありそうなものである。それが、どこを見ても見当たらない。
 なぜかというと、この先には無縁塚と呼ばれる場所があるからだ。冥界に近く現世の遺物が流れ着くこの場所は妖怪にさえ薄気味悪がられている。そんな場所だから、流れ着いた死体などは、もとより誰にも顧みられることはなかった。
 その代わりまた鴉がどこからか、たくさん集まってくるのである。鴉は、もちろん、打ち捨て得られた死肉を漁りに来るのである。もっとも今は日も隠れているためか、一羽も見えない。ただ、ところどころに、今にもくずれそうな遺物の山が積まれている。魔法使いはその中からお目当ての物を探した。
 「お目当ての物を探した」と書いたが、しかし、魔法使いにはこれといって明確な目標があるわけではない。単純に、金に換えられそうなものが混じっていないか探しているだけだ。だから「お目当ての物を探す」というよりも「金に困って行き詰っているから、他にあてもなくはないが物色している」というほうが、適当である。その上、今日の空模様も少なからず、この幻想郷の魔法使いの精神状態に影響した。先程から降り出した俄雨は、まるで魔法使いを急かしたてているように感じられ、その雨脚は弱まる気配を見せない。そうして魔法使いは、何をおいてもさしあたり明日の暮らしをどうにかしようとして――いわばどうにもならないことをどうにかしようとして、とりとめもなく、さっきから遺物の山を崩すことに精を出しているのである。
 雨は、遠くから、ざあっという音をあつめてくる。雨雲はしだいに厚みをまして、見上げると、せり出した帽子の鍔のはるか先には、雲はかたく門扉をとざして、微塵も月光をとおさないでいる。
 どうにもならないことを、どうにかするには、手段を選んでいるいとまはない。選んでいれば、道ばたの土の上で、飢死をするばかりである。そうして、ここいらにあるであろう外来人の骸にまじって朽ち果てるばかりである。いつも通りに選ばないとすれば――魔法使いの考えは、何度も同じ道を低徊したあげくに、やっとこの局所へ逢着した。「いつも通りに」の言葉通り、魔法使いは泥棒家業を生業としているところがある。もちろん、まっとうな稼ぎもある。それは主に妖怪退治の依頼であり、彼女の家で、一応は店をやっているものの、客足は某知人の店にもひけをとらないほどに閑古鳥が鳴きわめく始末。そんなものだから、どこかへ押しかけて、飯のひとつもたかってやろうかと思ったのだが、借りたものは「死んだら返す」といって借りたままの物も多く、某知人の店にはツケがたまっている。皆は、彼女はそういう性格だと容認しているふしがあるが、彼女だってたまには自らの行いを省みることもあろう。だれの手も借りずに、糊口をしのぐ術を模索したあげく、某知人の仕入れ先である無縁塚に足を運んだしだいである。
 魔法使いは、おおきく溜息をついて、大儀そうに立ち上がった。ここには彼女のお眼鏡にかなう品はなかった。日の没した雨の中はひどく冷え込み、魔法使いは八卦炉に魔力を注いで暖をとった。まるでそれすら死んでしまったかのように、風は一陣たりとも吹き抜けることはなく、雨は真上から、若干強さを増してふりしきる。
 魔法使いは、すこしふくらんだ袖の肩口を抱きかかえながら、あたりを見回した。ほかに山はいくらでもある。落ちているものに蹴躓かないよう足元をてらして慎重に歩を進めた。
 それから何分かの後である。遺物の山に囲まれて盆地のようになっているところ、その影でひとりの魔法使いが、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、中のようすをうかがっていた。中からもれるランタンの灯火が、かすかに、彼女の頬を濡らしている。まだ未完成な、にきびあとの残る頬である。魔法使いは、初めから、ここにいるのは死体ばかりだと高をくくっていた。それが、歩を進めてみると、誰かが火を灯して、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その幽かな明かりが、山間から見えたので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、無縁塚で、火をともしているからには、どうせただの者ではない。
 魔法使いは、守宮のように足音をぬすんで、山の影に近寄った。そうして顔をすこしだけ出して、恐る恐る中を見た。
 見ると、中には噂どおり、いくつかの死骸が、むぞうさにすててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。その死骸は皆、それがかつて生きていた人間だという事実さえ疑われるほど、土をこねて作った人形のように、口をあいたり手を延ばしたりして、ごろごろ土の上に転がっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分には、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影をいっそう暗くしながら、永遠に唖のごとく黙っていた。
 魔法使いは、それらの死骸の腐乱した臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻をおおうことを忘れていた。ある感情が、ほとんど悉くこの魔法使いの嗅覚を奪ってしまったからである。
 魔法使いの目は、その時初めてその死骸の中にうずくまっている人間を見た。背の高い、短い白髪の青年である。そして魔法使いは彼のことを知っていた。そのひとこそが某知人の店主であった。幼きときに家を出た彼女の、一時は父のように、または兄のように、面倒を見てくれたひとである。その店主は、火の灯ったランタンを右手に、その死骸を眺めていた。体格から察するに、おそらく男の死骸であろう。
 魔法使いは、夜遅くに知人が死体をあさっていることの不気味さと、怖いもの見たさのような好奇心にかられて、しばしは呼吸をするのさえ忘れていた。旧記(今昔物語巻二十四第二十話)の記者の語を借りれば、「身の毛も太る」ように感じたのである。すると知人は、ランタンを傍らに置いて、それから、眺めていた死骸を検めはじめた。服の中や、首や手足の装飾を確かめてひとつひとつ外していく。
 その装飾がひとつずつ外れるのに従って、魔法使いの心からは、不気味さが少しずつ消えていった。そうして、それと同時にこの知人に対する嫌悪感が、少しずつ動いてきた。――いや、この知人に対するといっては、語弊があるかもしれない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分ごとに強さを増してきたのである。この時、誰かがこの魔法使いに、さっき考えていた、飢死をするか盗みを働くかという問題を、改めて出したら、おそらく魔法使いは、なんの躊躇いもなく、泥棒することを選んだだろう。自分のことなど棚に上げて、この知人への嫌悪感は、強くなる雨脚のように、その勢いを増したのである。
 魔法使いは、もちろん、自身も人から物を盗んでいることを承知の上で、死体からまで物をかっ剥ぐことに憤りを感じていた。合理的に考えれば、それもなんら悪いことではないのだろう。しかし、魔法使いには、そのちんけな矜持によって、死体の遺物をとることが、それだけですでに許すべからざる悪に思えた。もちろん、魔法使いは、さっきあさっていた遺物が誰かの物であった可能性など、微塵も考えてはいないのである。
 そこで魔法使いは、いきなりランタンの明かりに全身をさらけだした。そうして八卦炉にふたたび魔力を注いで明かりとしながら、大股に知人の傍へ歩み寄った。知人はとくに驚いたようすもなかった。
 知人は、魔法使いの姿を認めると、気だるげな声で挨拶した。
「おや、こんな時間に珍しいね」
「それはこっちの科白だぜ。そっちこそ、こんな遅くに仕入れか?」
 知人曰く、寝付きが悪く、暇つぶしついでに実入りのありそうなことをしていたらしい。暇つぶしでこんなことをしていると分かった魔法使いは、ことさらに侮蔑の念をもって知人を見据えた。
「死人からまで物をとるなんて、どうかしてるぜ」
 思いをそのまま口にすると、知人も、聞いていて心外だったのか、作業をとめて反論した。
「ここの死体はすべて無縁仏なんだよ。その供養を行う対価として、僅かばかりの礼をもらっているのさ。君みたいに一方的にとっていっているわけじゃないよ。第一、持ち主が死んでしまっては、もはや誰のものでもないしね」
 そういわれて、魔法使いも黙ってはおれなかった。だがしかし、彼女なりの主張をしようとしたところ、「君は死んだら返すといって正当化しているみたいだけどね」と先に言われてしまった。こうなると彼女は返す言葉を持ち合わせていない。
「で、君こそこんなところになんの用だい。僕みたいに店の仕入れでもしにきたのかい」
 魔法使いは、ちょっと散歩みたいなもんだぜ、と歯切れ悪くいった。全身を雨で濡らして、散歩も何もないものである。しかし、知人は、別段気にする風でもなく、そうか、と流した。
「日頃の行いが良いと、たまにいい物も手に入る」
 そう言って、知人は、さきほどの死体から手に入れたのであろう、厳つい腕時計を見せた。手にとってみると、ずしりと重い。純金で出来ているらしく、穏やかな金色の光を跳ね返していた。ところどころに金剛石と思しき、小さな宝石が嵌め込まれている。
 それを見て、魔法使いは、その腕時計を懐にしまいこんだ。目の前で、こうも堂々と盗みを働かれて、呆気にとられている知人に、魔法使いは言った。
「これが誰のものでもないというなら、私が持っていこうが恨まないな。そうしないと、私も食いっぱぐれるんだ」
「いや、普通に恨むよ。それは僕が拾ったんだから、もう僕のものだ」
「それなら、こいつは借りていくぜ」
「いや、食いっぱぐれるっていうことは質にいれるんだろう? どうやって返すというんだ」
「ええい、うるさいうるさい、うるさい! ともかく、こいつはいただいていくぜ!」
 魔法使いは、駄々っ子のように喚き散らすと、箒に跨り、元来た空へと全速力で飛んで行ってしまった。やがてその姿も見えなくなり、知人の眺める空には、黒洞洞たる夜があるばかりである。
 あとに残された知人は、呆れながら呟いた。
「やれやれ、食うに困るなら家に来れば良いものを」
 知人の店主の馬鹿親心は、ふりしきる雨に同じく、止む気配を見せないのであった。
 傍らの死骸が、そんな彼を見てけたけたと笑った気がしたが、知人は、雨の音で聞こえないふりをした。




この作品は「羅生門」のパロディとなっております。
愚迂多良童子
[email protected]
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コメント



0.780簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
なるほどなと思った
確かに魔理沙とりんのすけにらしょーもんやらせたら、こうなる気がするw
重いのか軽いのかよくわからん感じが東方っぽかった
3.無評価とくめーきぼー削除
羅生門は良く知らないけど、話は結構面白かったです。貴方のものをみて今更ながらおもいましたが地の文は句点ごとに区切れば良いということではありませんね
7.70名前が無い程度の能力削除
パロディばっかりだと、単に自分の創作能力に自信がないからとしか思えなくなるんですが。
内容はそこそこ面白いのでこの点数で。
15.無評価山の賢者削除
>>3 とくめーきぼー さん
改行はなるべくネタ元の「羅生門」に忠実にしてあります。
 
>>7さん
はたして自分の最初の作品はパロディと呼んでよいのやら。
一応、オリジナルの話を書いてはいるんですけど、色々読んでいるうちに変な妄想が生まれて魔が差すことが多くてw
22.80名前が無い程度の能力削除
とりあえず自分のことは棚に上げて泥棒するって辺りで吹きました
24.80ダイ削除
元ネタは芥川龍之介ですか。河童さんの本は読んだことありません
どことなく菊池寛の小説ににた感じを受けました…

ハッ…!、東方で青の洞門は新しいかも
25.90名前が無い程度の能力削除
好きよ
26.90名前が無い程度の能力削除
「魔理沙たちが無縁仏漁り」というシチュエーションが適役過ぎて
途中まで羅生門パロディだと気づきませんでした。
まさに彼らならこうするでしょうとも!
魔理沙と霖之助のドライなんだかウェットなんだか
分からない空気がたまらない。
28.80名前が無い程度の能力削除
言われてみれば羅生門かw
やたら重苦しい魔理沙と軽い霖之助のギャップがいいですね
29.40名前が無い程度の能力削除
なんかちがう・・・
30.90名前が無い程度の能力削除
羅生門は教科書で読んだだけという無学な私ですが、東方に置き換える際にグッドな人選、状況を設定した事でパロディとして成功していると感じました。名作の良いエッセンスを抽出して新たな物語に活かすというのは一種私の憧れでして……、私もこんな風に上手く調理してみたいと思った次第であります。
31.無評価愚迂多良童子削除
>>31さん
ほんとは羅生門ってもっと長いんですよね。情景描写がしっかりしているというか。
そういったところをしっかり再現できなかったのが残念です。 まだまだ地の文が未熟で・・・
33.90名前が無い程度の能力削除
羅生門に似てると思ったらまさかのパロディだったw

発想は面白いけど、少しくらい解釈とかを入れたらもっとオリジナリティがでて良かった気がする
34.無評価愚迂多良童子削除
>> 34 さん
>>オリジナリティ
その考えは無かった。
パロする以上、原作に忠実なほうがいいと思ったんですよ。