神社の鳴子が鳴った。
霊夢は居間の真ん中で立ち尽くしていた。
取り落とした湯飲みが足元に倒れ、茶が畳に染みを作っている。
実際に神社に鳴子があるわけではない。天井裏に張った御札から音が出ているのだ。
ガランガランとその音は鐘の音のように何重にも重なり頭に響いてくる。
めったなことではこの鳴子は鳴らない。
数々の異変の際にも霊夢がピンチの時にもこの鳴子は鳴らなかった。
霊夢自身も音を聞くのは始めてである。
この札は幻想郷の結界に繋がる式によって編まれている。幻想郷そのものに異変が訪れない限りこの鳴子は反応しないのだ。
霊夢は天井を睨みつけていた。何か大変なことが起こるのだ。
ばさばさばさっ!!
突然縁側に白いハトが舞い降りてきた。これは博麗のハトだ。
霊夢はどかどかと乱暴に縁側に出る。
博麗の式神であるこの白いハトは、代々巫女の霊力を込められ幻想郷中に放たれている。それこそ何百羽とだ。
霊夢はしゃがんでその白いハトにフッと息を吹きかける。とたんにそのハトは一枚の紙切れに変化した。
ハラリと舞う紙を、霊夢は奪うように掴む、そこには異変の内容が暗号化されて書かれている筈である。
たった一言の名詞のみであったり、歌のような内容であったり、霊夢自身にもそれは見てみるまで分からない。
それは紙面に釘で引っかいたような文字でかかれていた。
ニイタカヤマノボレ ~東方焼肉大戦~
「霊夢!」
いち早く異常を察知したらしい妖怪の賢者・八雲紫は直ぐに神社に駆けつけていた。
「いったい何があったの?」
「わからないわ。」
霊夢も何時に無く真剣な表情だ。紫に先ほどの紙をみせる。
紫は顔をしかめて渡された紙をみる。
「・・こ・・これは!!」
「何?いったい何の意味があるの!?」
霊夢は紫に食って掛かる。
「大変なことが起こるわ・・この郷を巻き込んだ大異変が・・!」
紫はまるでこの世の終わりを見るような顔だ。霊夢はそれを見て益々焦燥感に駆られていた。
「大異変て何なの!?もったいぶらずに教えてよ!」
霊夢のか細い腕が、紫の胸を夢中で叩く。霊夢は紫に中ば顔をうずめる形で必死に叫んだ。
紫の顔は明らかな危機感で沈痛な面持ちになっていた。
そしてその震える口がゆっくりと悲劇の内容を告げる。
「起こるわ・・・焼肉大戦争が・・!!」
静寂が辺りを支配していた。
(あら?)
紫は首をかしげた。
良く聞こえなかったのかしら?紫の胸で俯いてわずかに震えている霊夢の表情は今はうかがい知ることが出来無い。
そうだわもう一度やってみましょう!紫は心の中で名案だとばかり手を叩く。
紫の顔には再びこの世の終わりのような沈痛な影が一瞬のうちに浮かんだ。
「起こるわ・・・焼肉大戦争が・・!!」
・・・・。
神社の上空でトンビが輪を描いていた。鳴子の音はとっくに止んでいる。
紫がおかしいわねえと首を傾げていたら、胸の中の霊夢が突然ダンスを踊る様にくるりと回転した。
霊夢の後ろ回しが紫のわき腹を深々と抉っていた。
ごばぶと紫は意味不明な呻きを上げる。優美な余裕溢れる表情は一瞬にしてアレな感じに変わる。
紫の体は不自然極まりない角度で真横からくの字に折れ曲がった。
ブーメランが飛翔するように紫の体は回転しながら吹っ飛んだ。神社の中庭の石灯籠を粉砕し轟々たる煙をあげて、ようやく止まる。
「く・・くるわあ・・。レ・レバーが千切れるかとおもったわあ・・ぐ・がぼ・・!」
「からだ千切れちゃえばよかったのに。」
「げぶっ・・そ・そんなスプラッターな描写出来るわけない・いじゃない・・ごほ・・。」
紫は土気色の顔をしたままどこか幸せそうな表情で言う。
霊夢がやれやれと言った表情でようやく一息ついていると空から聞きなれた声が聞こえてきた。
「号外ー!号外でーす!」
上空を見上げると鴉天狗の射命丸文がチラシの束を撒きながらこちらにやってくるのが見えた。
「何かしら?」
霊夢はどうせくだらないことだろうとぼんやりその様をみていると文はバサリと神社の境内に降り立ちこちらに駆けてくる。
「どうも霊夢さん!」
そしていつもの満面の笑顔で文は霊夢に笑いかける。
その笑顔に霊夢はああ幻想郷は平和なんだと改めて実感した。
「どうしたの?またなにかくだらないこと?」
「あややや。のっけから随分ですねえ。これ見てください。」
文に渡された薄ぺらな紙に目線を落とす。
『紅魔館で焼肉大祭が開催』
霊夢はカッと目を見開いた。
「こ・・!これは・・!!」
焼肉大戦争だわ・・!!
霊夢の体を電流のような衝撃が駆け抜けていった。
「月食?」
魔法使い霧雨魔理沙は紫に訪ねた。
「そうよ、お月様が隠れてしまうの。」
神社の縁側で紫は魔理沙の隣に腰掛けて茶をすすっている。
焼肉大会の情報は既に郷中に知れ渡っていた。大会を一週間後に控え魔理沙は霊夢を冷やかしに行こうと神社を訪れていたのだ。
「ただし今度の月食はただの月食ではないわ。幻想郷の結界の周期が最も安定する日と重なるのよ。十年か二十年に一度のことね。」
幻想郷の結界は常に湖の湖面のようにゆらゆらしているのだということは、いつか紫から聞いたことがある。そのため時に外の世界のモノや人間が迷い込んでしまうのである。
「それが何だって言うんだ?」
魔理沙は首を傾げた。紫は茶を一口すすり、口をひらく。
「太陽や月の力が届かなくなると言うことは昔から神隠れと言われてきたわ。人々は大地のパワーの源である月や
太陽の光が届かなければ聖なる力の恩恵が受けられなくなると考えたのね。」
「・・・。」
「同時にそれは神の目から人々を解放することを意味するわ。自然や神々の信仰は多くの戒律やきびしい掟に縛られている。人が自然の摂理に縛られるようにね。」
魔理沙はまっすぐに紫の目をみて話を聞いている。紫はつづける。
「だから人々はこう考えたのよ。今日一日は神様も見ていないから羽目をはずせるってね。」
「随分都合がいい話だぜ。」
魔理沙は掌を返してあきれている。紫は相変わらずの胡散臭い笑顔だ。
「ええそうね。でもそれは月食や日食と言った超常現象に対する不安の表れでもあるのよ?自分達の理解を超えた現象に人々は何とか明るく前向きに向き合おうとしたのだわ。それは彼らの逞しさとも言えるかもしれないわね。」
「その結果が『焼肉大会』か?」
「そうよ。」
紫は即答した。
幻想郷の全ての生物にとって、「焼肉」と言う言葉は大きな憧れの対象であった。
普段この郷ではあまりおおっぴらに肉食はなされていなかったからだ。
巫女や僧侶や神々はその役目柄、妖怪は人間を食らうことをしなくなった代わりに他の生き物の肉を食うことを許されているが、それも暗黙裡に歓迎されていなかった。なんとなく後ろめたくなるのだ。
しかしそこは幻想郷ルールだ。巫女も僧侶も妖怪も、普通に料理に肉を使っていた。使ってはいたが、それはあくまで料理の副食としての役割にとどまっていたのだ。
一部の勢力では肉食を『薬食い』と称した。
肉はあくまで滋養強壮の薬であるとの認識なのだ。猪を「ぼたん」馬を「さくら」と呼び、肉そのものを「山鯨」の名で呼んだ。
やはりおおっぴらな肉食をぼやかしたのだ。
それらを信仰する里の人間達も自然に肉食を避ける傾向にあった。本来わが国は肉を主食とはしていない。それを引き継いでいる幻想郷の住民も、やはり自然とその流れに沿っていったのは無理からぬ事と言えた。ただ、それは肉食が嫌悪されていたと言うわけではなかった。
外の世界では女も子供もばかばか肉を食っているらしい。
町のどこにでも焼肉屋があり、いつでも好きな時に肉が食えるらしい。
そんな認識が、いつの間にか誰が伝えるでもなく郷中に広がっていた。それは肉食に関する人々の関心の高さを物語っていた。
「だから年に数回おとずれる月食や日食の日は自然と『肉の日』になってしまったのね。」
結局なんだかんだでみんな肉が食いたいのである。ただそれだけだ。
そこへ来ての紅魔館主催の焼肉大会である。号外になるのも道理であった。
吸血鬼は粋なことをする。さすが紅魔館はやることが違う。この話に全幻想郷のすべての生物が喝采を送ったのである。
「それで霊夢も禊にはいってるわけだな。」
魔理沙はそう言って盆をもってきた霊夢に振り返る。
霊夢は昨日から「ミソギ」に入っていた。料理に肉を使わず、野菜と水だけで1週間過ごすのである。神に仕えるものにとってやはり肉食は穢れのもとであった。それらの穢れを段階を経て取り除いていくのである。
「そうよ。。あんまりふだんと変わらないところが悲しいけど。」
日に3度の沐浴をし、3日前には酒も絶つ。更に最後は丸一日水だけで過ごすのだ。この期間は神社への立ち入りも禁止される。
「1週間後には全幻想郷の猛者達が紅魔館にあつまるでしょうね。」
紫は新たに注がれたあたたかい茶の香りを吸い込んで言った。
「てことは今頃他の連中たちも霊夢みたいに準備に入ってるわけか・。」
「恐らくね。「巫女」として、「神」としては堂々と焼肉大会にでることは出来ないわ。その日は、その日だけは月食と結界安定の恩恵を受けて全ての肩書きを一時的に放棄するのよ。つまり一切をかなぐり捨てた一人の「個人」としてその身一つで勝負するの。」
魔理沙は思わずごくりと喉をならした。思ってた以上に大変なことになりそうな予感がしたからだ。
「こんな偶然が重なることはめったに無いでしょうね。だから瞬時に思ったわ。『戦争が起きる』ってね・・っ!」
さらに紫は決意を込めた口調で言う。
「・・もちろん私も出るわ。八雲の名を捨て一人の女、「ゆかりん」としてね・!」
いやな沈黙がその場に流れていた。
べつに「ゆかりん」に対しては誰も突っ込まない。
霊夢、魔理沙、紫。いまここで三人仲良くお茶を飲んでいる仲間が、その時は敵同士になるのである。
魔理沙ももちろんそれなりの覚悟で当日に望むつもりであった。しかしそんな半端な気持ちではとても彼女らに渡り合えないのだ。
霊夢も紫も、巫女と幻想郷の管理者の立場をかなぐり捨ててくる覚悟なのである。
魔理沙は身震いした。それが何によるものか自分でも判然としなかったが、とにかく彼女の決意は固まっていた。
これは戦争になる。それもかつてない大戦争に。
魔理沙の小さな両手は知らずに熱い湯飲みを強く握り締めていた。
それから数日後。博麗霊夢は神前にあった。
目の前には稲の束で編んだ等身大の藁人形が備えられている。
人里には博麗の田んぼがある。
作物は普段は里の人々の物であるが、神事に用いる場合のみこれらを分けてもらうことができるのだ。
わずかなスペースだが、その田は下肥は絶対に使わず、妖怪は立ち入れないし、虫も念入りに取る特別な田んぼである。
霊夢はそこから刈入れ前の稲を分けてもらい、それで簡単な藁人形を作った。
その人形に普段着ている巫女服を着せ、リボンをのせ、祓い棒を藁束の間にさす。
これが霊夢の依り代となるのである。霊夢の巫女としての力を一時的にこの人形に移すのだ。そうすれば彼女は弾幕を撃つことも空を飛ぶことも出来なくなる。
「~~~~~~。」
霊夢はぶつぶつと印を唱え人形に貼り付けてあるお札に霊力を流す。
ぼうっとわずかに指先が温かくなった。
これで霊夢の能力は完全に依り代に移ったわけである。
もう彼女は博麗霊夢ではない。普通の少女、霊夢である。
彼女は今は空色のワンピース姿であった。紅白のリボンの替わりに白いリボンをしている。
あさってに迫った焼肉大会に備え、これで準備はほぼ完了である。
今日が禊の最終日であった為、神社には一日誰も来ていなかった。
明日はここを出発しなければならない。紅魔館までは飛べばすぐだが、なにせそれは今の彼女には出来ないため歩かなければならない。まともにここから徒歩で紅魔館に向かえば半日はかかる。なので霊夢は一日前に神社を出ることにしたのだ。途中で野宿である。
彼女の前の神棚には白い布で目張りがしてあった。外の賽銭箱にも同じく布が貼ってある。
これでこころおきなく焼肉が食える。
霊夢はにんまりと微笑んだ。禊によりやや痩せたた表情に凄みがかかっていた。
あさってはどんなやつが立ちふさがろうとも容赦はしないつもりだ。ただ、喰って、喰って、喰いまくるのみである。
その日は体力温存のため霊夢は早めに床についた。何よりハラが減るからだ。
翌日、霊夢は昼前に神社を出ることにした。
必要な荷物を風呂敷に包み背中に結わえつけ、準備完了である。
「いざ出陣。」
霊夢は勇んで神社を出発した。
神社を出て二時間ほど歩いた。
周りは一面の荒野である。普段空から見下ろすこの景色は、ほぼ神社の真下に感じていた。ところが今はどうだ。二時間たっぷり歩いてもまだこんなところまでしか来れていない。霊夢は巫女の力を失った自分に早くも不安を感じずにはいられなかった。
「おーーい」
憂鬱になりながらさらに暫く歩いた時、霊夢はどこからか誰かの声が自分を呼び止めているのに気づいた。見ると離れた所に見知ったシルエットが二つ並んでいるではないか。
「魔理沙ー!アリスー!」
霊夢は助かったと胸のうちで安堵していた。これからの旅路に正直嫌気が差し始めていたからである。
彼女らもまた、徒歩であった。魔理沙は魔法使いの象徴たる帽子と箒を持っていなかった。アリスもだ。いつも片手に持ってる魔導書を持っていないし、上海や蓬莱と言った人形達の姿も見当たらなかった。
魔法使いは特に肉食に関しての戒律などは無いはずだったから、魔力そのものはあるはずである。空を飛ぼうと思えば飛べるのだ。
「やる気ね・・アンタ達も。」
霊夢はにやりと笑いかける。二人は一度顔をみあわせ、不敵な笑顔を浮べた。
「まあな。こういうのは形が大事なんだぜ。」
魔理沙はそういって手を頭の後ろに回した。ブロンドの髪がふわりと風にゆれている。その顔はすこし痩せたようにも見える。明日に備え食事制限をしてきたのかもしれない。
三人で紅魔館に向かう道すがら、彼女らは歩いて目的地へと向かう人妖に何人も出くわした。
そういえは空を飛んでいる妖怪の姿を全く見かけない。いや、妖怪ならまだいい。普段空を駆け回って遊んでいる妖精達すら、皆元気に地上を歩いているではないか。
「皆同じなんだぜ。一個人としてこの戦いにのぞむつもりなんだ。」
魔理沙は独り言のようにつぶやいていた。
その目線の先の遠くで氷妖精の能天気な歓声が空に溶け込んでいた。
一夜明けて三人はようやく紅魔館を見渡せる丘にたどり着いた。
するとどうだ。
紅魔館まで繋がる平原に数え切れないほどの人妖が、皆一様に赤い館を目指して歩いているではないか。
何千人。いや何万人いるのだろうか?まるで蟻の大群が行進する様を見るようである。
「すげえぜ!これは・・。」
魔理沙は手のひらをかざして感嘆のため息をもらす。アリスはただただ絶句してその光景をながめている。
霊夢は胸を押さえた。なんだろう、なんだかわからないけどすごくどきどきする。
魔理沙やアリスも同じ気分なんだろうか?これだけの人妖が集まる中に自分は巫女としてではなく一人の少女として飛び込もうとしている。
大丈夫なんだろうか?怪我しないだろうか?様々な不安がよぎりはするのだが何故か心は高ぶったままだ。
館からはぼんぼんと花火が上がっている。おおきなバルーンが幾つも空に浮かんでいた。
霊夢は駆け出していた。魔理沙もアリスも後に続いた。
彼女らの影はやがて館を目指す人妖の群れに溶け込んでいった。
たどり着いた館の庭はひどい混雑だった。
おびただしい数の人妖がわいわいがやがやとひしめき合っている。
霊夢達はその様子に圧倒されていた。先ほどの胸の高鳴りは止んではいないが兎に角凄い数の人妖だ。
「やあ。」
不意に霊夢達は呼び止められた。
振り向くと人ごみの中で三人の女性がこっちを見てにこにこしている。
「え?早苗?」
霊夢は一瞬の間のあとびっくりして言った。それもそのはず、彼女達はいつもの姿ではなく普段とは全く違う格好をしているのだ。
「やっぱ来たね。今日は容赦しないよ。」
そう言って元気に笑うのは神奈子である。いつものあの派手な格好ではなくTシャツにジーンズと言ったなんともラフな格好なのである。
「神奈子??どうしたの?」
アリスはびっくりして神奈子をまじまじと見つめる。
「神奈子は今日は神様じゃないよ。『神奈子ちゃん』さ。」
そういってアリスを見上げるのはおそらく諏訪子だろう。彼女もいつもの格好ではなかった。あのギョロ目帽子ではなく普通の麦藁帽をかぶっている。服装も普段とは全然違う。こうして見るとまるで別人のようだ。
アリスは目を丸くしていた。もはや言葉も無いのだろう。
「霊夢さん。ワンピースかわいいです!」
早苗が霊夢に抱きついてくる。彼女も普段とは見慣れない格好をしていたので、それと言われなかったら知らずにすれ違っていたかもしれない。
(つまりはそういうことね・・。)
現人神も、神も、己を神であることすら捨てて今日に望んでいるのである。
落ち着いて周りをよくよく見渡してみると、皆普段とは全く違う格好をしているのに改めて気づく。
「なんだか凄く新鮮ねえ。」
霊夢も暫く言葉を失っていた自分にようやく気づいていた。
皆まるで久々に会ったかのように抱きあったりハイタッチを交わしたりしている。
早苗達は自分達の力を御柱に封じてきたそうである。御柱はそもそも神の依り代だ。これ以上の方法は無いだろう。
スタート地点は数箇所に分けられていた。混乱を防ぐためのようだがそれすらも意味を成さないほどの人妖が集まっている。
混雑の中、霊夢はいつしか魔理沙やアリスらとはぐれてしまっていた。
(ええい。仕方ない。)
彼女は仕方なしに一人でスタート地点である門の前の人ごみに紛れ込む。
良く見れば周りにはちらほらと知り合いがいるのが見てとれた。少し離れた所では天狗の射命丸文が普段とは違うシャツ姿で首をコキコキまわしている。その横で犬走椛が動きやすそうなジャージ姿で屈伸体操をしている。文はカメラを持っていないようだ。やはり今日だけは一個の天狗として挑む決意のようである。
直ぐそばには阿求がいた。霊夢は驚いたが彼女もどうやら参加するようだ。
体が弱いと聞いているが大丈夫だろうか・
「ぶっ殺してやる・・ぶっ殺してやる・・!!みんなあたしのものよ・・稗田は最強なのよ・・稗田は一番だ!・・私が最強なんだ・・!!」
阿求は目を血走らせてぶつぶつしきりにつぶやいていた。頭にはハチマキを締め、襷で着物の袖を捲くっている。霊夢は話しかけようかと思ったがやめておいた。
不意に人ごみが動いた。霊夢はよろけて誰かにぶつかった。
「っと・・ごめんなさい。」
見るとそれは霊夢より年上のメガネを掛けた女性だった。金の髪をアップテールにまとめ、ワイシャツにジーンズといった簡単な服装をしているが背が高く、それが良く似合っていた。いかにも「お姉さん」といった感じの綺麗な人である。
見かけない顔だが人里から来たのだろうか?今日は人里からもかなりの人間が来ていた。さっきは何故か柔道着姿の霖之助を遠目で見かけたが今日は人間、妖怪関係なく本当に郷中から皆が集まっているようだ。
「ええ、いいのよ。」
その女性は気の良い返事をする。霊夢は笑ってなるべく門の近くまで寄ろうとその場を去ろうとしたが、はたと足を止めた。
もう一度ゆっくりと先ほどの女性に振り返る。
「・・?紫・・?」
霊夢はおそるおそる訪ねた。その女性は腰に手を当て満面の笑顔で微笑んでいた。
「ごきげんよう!霊夢!よく似合ってるわよ。」
ふだんの胡散臭い表情ではなく、爽やかな笑顔の紫がそこにはいた。
「さあそろそろね始まりそうね。うでがなるわぁ~!」
霊夢は紫と連れ立って門の近くまでなんとかやってきた。
紫は隣でぶんぶんと腕を回している。一方の霊夢はさっきとは違う胸の動悸を感じていた。
はっきり言って紫がこんなに美人だとは思わなかったからだ。普段と服が違うだけなのにどうしてこんなに印象がかわるのだろう。
彼女が出るのは聞いていたがまさか本当に個人としてやってくるとは思わなかったのだ。聞けば彼女も橙と連れだって歩いてきたそうである。マヨヒガからここまでまともに歩けば3日ほど掛かるはずである。それをすべて歩いてきたというのだろうか。
「藍は悪いけど残してきたの。もしもの時の為にね。」
紫はそう言っていたから彼女も恐らく八雲としての能力を捨ててきたのだろう。信じられないことだ。
「紫、それじゃは今はスキマとかは・・」
「開けないわよ?」
「空飛んだりとかは・・」
「出来るわけないでしょう?あなたもそうじゃなくて?」
霊夢が驚きと戸惑いで目をおよがせていると、突然館の方からけたたましいラッパの音が鳴り響いた。
二人は思わず館の方に振りかえる。
パンパカパ~~ン・・・
ファンファーレのようなメロディが辺りに響き渡っていく。
その場にいた人妖に一斉に緊張が走った。
ラッパの音は戦いの始まりを告げるように高々と館中にこだましている。
音が鳴り止むと、こんどは誰かがどこから持って来たのか法螺貝の音がいさましく鳴り始めた。
どこからかさっきとは違う進軍ラッパの音も聞こえてくる。
人ごみの中からオーという叫びがあがり始めた。まるで戦場さながらだ。
叫びはどんどんと広がって行き、瞬く間に紅魔館は地鳴りのような喚声に包まれていた。
ウオーー!ウオーー!!
館の向こう側からも喚声が聞こえてくる。あらゆる方向で人妖の群れが出来ているようだった。
それらがいっせいに喚声をあげはじめていた。
もう本当に地面が割れそうである。気がつけば周りの人妖達は拳を突き上げて喚いたり叫んだりしている。阿求が両手を高々と突き上げて何やら叫んでいるのがチラリと見えた。
(はじまる・・!はじまる・・!)
わわわわと唇が震え始めた。体の振えが止まらなくなっていた。
ぎゅ
誰かが霊夢の手を掴んだ。紫だった。
「なんだか・どきどきするわね・・!!」
紫は霊夢の手をしっかりと握り締め、もう片方の手で自分の胸を押さえている。
彼女の手を通して紫の震えが伝わってきた。
紫は今妖怪の賢者としての肩書きと、八雲の当主としての地位、郷の管理者としての能力と、大妖怪としての自分自身をすべてかなぐり捨ててここに居る。
それは長い長い時間を一人で生きてきた彼女にとっておそらく初めての経験だろう。
いや、そんな機会が訪れようとは夢にも思っていなかったに違いない。
彼女もまた、自分一個の体一つでここに来れたということに言い知れない喜びと不安を感じていたに違いない。
紫は霊夢の手を痛いほど握り締めていた。
霊夢もその紫の細い手を力強く握り返した。
ごんごんごんと門が開き始めた。
列の前に居る者が次々に叫びながら中に突入していくのが見えた。
周りの喚声と叫びは狂気の色を帯びはじめていた。
「行くわ霊夢!行くわよ!」
紫はうわごとのように叫んでいた。霊夢もまた、紫の名を叫びつつけた。
「行こう!紫!!行こう!」
突然窮屈だった前方の人ごみがずわっと開けた。
霊夢は走り出した。
紫も霊夢と手を繋いで走っていた。
はあっ!はあっ!!!
バクンバクンと心臓は張り裂けんばかりに鼓動している。
霊夢は夢中で走った。
霊夢達の一団は雪崩れるように紅魔館の門に殺到した。
紅魔館の中に入ると大勢の人妖の声が館に篭って反響し合っていた。耳を劈く大音響だ。
ワー!
霊夢達が突入したのは紅魔館の東側の門のようだ。
高い天井の大げさな装飾がゆっくりと流れていく。その下を霊夢達の一団は溢れる川の濁流のように突き進んでいく。
その流れは次々と後ろから後から増え続けている。
霊夢と紫の手が後ろの人ごみに押しやられた。霊夢は肩に痛みを感じた。
紫の手が離れる。霊夢の体を案じて紫自身が離したのかもしれない。
「霊夢!」
「紫!!」
二人の声は押し寄せる人妖の波に飲み込まれていった。
彼らの波は自然と二手に分かれたようだった。霊夢も流れに沿うままに片方の一団に身を投じた。
ウワーーーー!
視界に移るのは眩暈を起しそうなほど沢山の人の群れ。
紫の姿はもうどこにも見当たらなかった。
霊夢は一群の先頭に見知った人影を発見した。
「魔理沙!」
霊夢は叫んだ。
が、その声は周囲の大音響にかき消されて届くはずもない。
「すすめー!すすめー!!」
魔理沙は先頭に立って群衆を指揮しているようだった。生き生きとした表情であるのが遠目でもわかった。
気がつけば霊夢の周りには人間を中心とした群れが出来ていた。妖怪や妖精もかすかに混じっていたが、この混乱の中どういうわけか魔理沙に先導され人間中心の一団が出来上がっているようであった。
ワーーーー!!
正面から別の喚声が聞こえてきた。
人ごみの間から向こうがわずかに見えた。緑色の河童の一隊がこっちへ向かって突進してくるのが見える。
そして二つの一団の中心に、見えた!うずたかく積まれた肉の山が!
霊夢の周りの喚声がいっそう高くなった。
肉の山を挟んで人間と河童の一隊は正面から激突した。
ウオーーーー!
たちまちお祭り騒ぎの殴り合いが起きる。
人も河童も揉みくちゃの大乱闘である。ただ、皆はじけるような笑顔だ。笑顔で殴り合いをしているのである。
霊夢は必死で魔理沙の後を追った。
(魔理沙!待って!!私もそこに!!)
魔理沙は飛び上がって河童に蹴りを食らわせている。河童はくあー!と大笑いしながらのけぞっていた。
(私もアンタのところに!!)
霊夢は人や妖怪や河童の群れを押し分けてそこに行こうとするが一向に体が前に進まない。
気持ちばかりが前に前に向かって体を置いていってしまうようだった。
霊夢は魔理沙がいつも彼女の背中を追いかけているのを知っている。
それは弾幕勝負のライバルとしてであり、博麗霊夢としての彼女の背中であった。
すべてのものに一途に、ひたむきに全力でぶつかる魔理沙という少女に霊夢はいつしか憧れを抱いていた。
何でもこれといって関心が持てず、これといった目標もない。
全てにおいて無関心ともいえる霊夢の心を、魔理沙という少女は強く揺さぶっていた。
今、博麗の巫女という鎧を脱ぎ去った一人の少女に、そんな彼女の姿は眩しいほどに輝いて見える。
霊夢もまた、魔理沙という一人の少女の背中を追っていたのだ。
人間の、それもか弱い体の少女である筈の魔理沙は、河童の顔面を蹴っ飛ばし、妖精の体を跳び箱のように飛び越え肉の山を目指している。
彼女にはもう山の頂しか見えていないのだ。
いつもそうだ。
必死になって、けれども満面の笑顔でただ、山の上をめざして突き進む。
そんな魔理沙の姿にいつも郷の多くの人妖が続いていた。
気がつけば魔理沙のまわりには沢山の仲間たちが集まっていた。
普段自分の研究にしか興味がなく、人を見下している魔法使いという種族。
閉鎖的な山に篭り、狭い世界の中で己を満足させている天狗や河童も、
強大な力を持ち、周りから恐れられ、後ろ指差される吸血鬼達も、
みんなそうだ。魔理沙と一緒に、山の頂を見たいのだ。彼女の思い描く山の頂上を見たいのだ。
そして、博麗の巫女たる霊夢も、いつも縁側で魔理沙を待っていた。
そう、魔理沙という少女が、霊夢という少女の心を揺さぶりに来てくれるのを待っていたのだ。
霊夢は今、初めて自分の足で、魔理沙の背中を一心に追いかけている自分自身に感動していた。
もうただ待っているだけの自分はいない。魔理沙の所に行きたい。
涙がとめどなく溢れた。
(わたしもアンタのところに!!)
いつも姉か母のように自分を見守ってくれていた紫はいない。空を飛べる博麗の能力もない。
この足を動かしているのは紛れもなく霊夢と言う一人の少女の力であり、彼女の強い意志が体を前に前に押し進めているのだ。
「待って!待って!!」
霊夢はうわごとのように叫び続けた。叫びに混ざって嗚咽がもれた。
人ごみに混ざって前に進むがやがてそれは何かに詰まったように止まってしまう。
霊夢は夢中で前の人ごみを押した。また一団が思い出したように前になだれる。霊夢はつんのめって必死になってそれに続く。また群集を押す。それの繰り返しだった。もう何が起こっているのかもわからない。
霊夢はわけのわからない言葉を叫びながら夢中で走っていた。
気がつくと人間の一団は河童の一隊を押し戻していた。
力では人間は絶対に河童には敵わない。それなのに彼女らは河童達の群れを力で押し戻しているのだ。
すごい!すごい!!
霊夢は必死で人ごみを押した。
見れば先頭の魔理沙は肉の山を駆け上っていた。天狗の文の顔面を踏んずけ、にとりの背中を這い上がっている。
その後にアリスが必死になって続いている。下の方では早苗が果敢に山に取り付いていた。
霊夢も夢中で叫びながら人ごみを掻き分けた。
随分おくれてやっとのことで山に取り付き、上を目指して這い上がる。
誰のものとも知れない背中を踏んずけ、先を行く妖怪を引き剥がし、必死で山をのぼった。
「ハア!!ハア!!ハアッ・・!!」
耳にはもう自分の上ずった呼吸音しか聞こえなくなっている。全身の筋肉は既に悲鳴をあげていた。
それでも霊夢は泣きながら山を這い上がった。不意に誰かに手首を掴まれた。
最初は右の手、次は左手。霊夢は上を見上げた。
「霊夢!!!」
魔理沙だった。
彼女は山の頂上から必死になって上体を投げ出していた。その体をアリスや文が歯を食いしばって押さえている。
「魔理沙!!魔理沙!!!」
霊夢は無心で叫んだ。
次の瞬間霊夢の体は浮き上がるように上に引っ張られた。空を飛んでいる感覚に似ていた。
視界が突然開けたかと思うと。仲間の汗と涙にまみれた顔があった。
「霊夢さん!!霊夢さん!!」
文が抱きついてきた。早苗とアリスも重なるように彼女に抱きついた。
何故かみんな霊夢と同じように涙で顔をぬらしていた。
「霊夢!!」
魔理沙も泣いていた。霊夢は赤子のように魔理沙に腕を伸ばした。
「魔理沙!!私!!やった!」
霊夢は泣きながら叫んだ。
魔理沙はよくやったぞ!!と叫びながら霊夢を抱きしめた。霊夢はしばらくその胸の中で泣き続けた。
「さあ!霊夢!!さあ霊夢!!肉だぜ!!!」
魔理沙は霊夢を抱き起こすと、皿にとった食べごろに焼けた肉を差し出した。
霊夢は涙をごしごしと拭い箸を手にした。そのままモノも言わず肉をふん掴むと大口を開けてそれに噛み付く。
おいしい!!!!!!
確実にその味は生涯忘れないだろう。口いっぱいに頬張った肉のとろけるような味を。
「うまいか霊夢!!」
「おいしいよ!!おいしいよ!!」
とたんに頭の中を生涯の様々な記憶が駆け巡った。
魔理沙が箒に乗って弾幕をかわしていた。
レミリアが不敵な笑顔で何かをしゃべっていた。
文が天狗の団扇を振りかざしている。
萃香と勇儀が真っ赤な顔で肩を組んで歌っている。
人里の市場の風景、地底の熱風、幻想郷の夕日、神社の宴会。
紫の包み込むような笑顔。
霊夢は口いっぱいの肉を噛み締めながらそれらの風景を頭の中で感じていた。
博麗の巫女はそこにはいなかった。
ただ霊夢と言う名の少女とその仲間達がいるだけだ。
山の下をみた。
びっくりするほど自分が高いところにいるのにようやく気がついた。
下では人間や妖怪や妖精達がめちゃくちゃになって入り乱れている。
満面の笑顔で殴り合いをする者、肩を組んで笑いあう者。先ほどの河童達もいた。
河童はみんな幸せそうに笑っていた。里の人間達と手と手をとりあって山を登って来ている。
人間を「盟友」と呼びながら妖怪の山でひきこもり、遠くからその様子を眺めているだけでしかなかった彼らが、今人間達と拳を重ねて殴り合い、肩を組んで笑いあっている。
周りを見ると同じような山がいくつも出来ているのがわかった。
向こうの山ではなんと阿求が、頂上で館の主であるレミリアと抱き合って泣いているのが見えた。
レミリアには羽根がついていなかった。「取り外せる」といつか聞いたことがあったが、彼女も一人の少女として群集に混じっていたようであった。阿求も、あのひ弱な体で、あれだけ高い山を登ったのだ。
霊夢は感動に打ち震えた。
「霊夢さん!ごはんはいりませんか!」
不意に耳元で叫び声がした。見ると文が串についた肉を片手に叫んでいる。
「おお!いいな!!焼肉にはごはんだぜ!!」
魔理沙は横から拳を突き上げる。声をめいっぱい張り上げないと、こんなに近くにいても聞こえないのだ。
「私!とってきます!!」
文は叫びながら向こうを指差した。遠くの巨大なテーブルに、やはり沢山の人の群れが山になってたかっているのが見えた。
「むりしないで!」
霊夢も力いっぱい声を張り上げた。
「大丈夫です!!」
文は這いながら山の端っこに移動する。
「待っていてください!!私の大切な人。」
そういって文は山から飛び降りた。彼女の姿はたちまち人妖の波に飲み込まれていった。
「いまさらっと爆弾発言していったな!」
魔理沙は豪快に笑っていた。横で早苗がきゃーきゃーと喚いている。
霊夢は顔を真っ赤にしながらせっせと肉を食べた。
「見て!紫だよ!!」
にとりが別の山を指差した。全員で振り向くと向こうの山の上で紫が天子を持ち上げているのが見えた。紫はおりゃー!と叫びながら天子を山から投げ落としている。天子は叫びながら人ごみの中に落ちていった。
「ゆーかりー!!」
霊夢達は大笑いでその様子に喝采を送った。紫は彼女らに偶然気づいたようで豪快にちからこぶをつくるマネをして見せている。彼女の金の髪は乱れ、メガネもどこかへ無くしてしまっているようだ。
普段の胡散臭い笑顔とはかけ離れた、ほんとうに弾ける様な笑顔をしている。霊夢はその姿を美しいと感じた。
たくさんの人と妖怪と妖精の笑い声と叫び声が、紅魔館の壁にぶつかっては反響していった。
日が落ち館内に明かりが灯されるようになっても、喧騒は全く収まらなかった。
その騒ぎはそのまま宴にかわっていた。
大量の酒が振舞われ、そこかしこで歌声がこだましている。
霊夢は紫とワインのビンを片手に湖のほとりに出ていた。
「たくさん食べた?」
紫は瓶に直接口をつけ、ぷは!と大きく息を吐く。
人妖は館の外にも溢れていた。
霊夢達のいる湖の周りにも明かりが灯され、人や妖怪たちが地べたに座って酒を飲み交わしている。
「もう入らない!くるしー!」
霊夢も地面に腰を下ろして、そのまま大の字に寝そべっていた。
「あー!楽しかった! ざまーみろ!」
普段の彼女なら絶対に言わなさそうなセリフを吐き、紫も満足そうに寝そべった。
館の方からは相変わらずやかましい人妖の声や楽器の音がこだましてくる。
霊夢と紫は手を握り合って夜空を見上げた。
「・・忘れないわ。今日の事。」
紫は楽しそうにつぶやいた。
霊夢の頬をまた涙が伝った。今日はもうどれだけ泣いただろうか。どれだけ笑っただろうか。
霊夢のワンピースはどろどろに汚れていた。リボンも知らないうちに取れてなくなっていた。
それでも霊夢は満足だった。この汚れが愛おしくさえ思える。
「魔理沙が・・フフフ・・!がんばってたわね。」
紫は今日のことを思い出すように笑っていた。
魔理沙は今も館の中で飲み歌っているに違いない。文の「爆弾発言」を茶化し、真っ赤な顔でそれを否定する文の姿がフラッシュバックして頭に浮かんだ。そこしれないパワーが、あの小さな体に溢れているのだ。
「アイツには敵わないわ。ホント。」
霊夢は半ば本心であきれて言う。
それから紫といろいろなことを話した。
今日の事、紫の事、霊夢の事、郷の事・・。
ふたりでただ夜空を見上げ、手を繋いで話した。
「紫は皆のこと好きなのね。」
紫が一番うれしそうに話すのは郷の皆のことだった。
魔理沙や、アリスや天狗や河童達、月の兎のことや、吸血鬼の事も、紫はほんとうに愛おしそうに彼らのことを話すのだ。
「ええ。この郷を愛してるわ。霊夢はどう?」
紫はそういって顔だけをこちらに向けて霊夢の表情をみる。
紫の目にも涙が光っていた。
「もちろん好きよ。皆のこと大好き。」
霊夢はよどみなく答えた。
紫の目から涙がいっきにツーと流れ落ちるのが見えたような気がした。
紫はあわてて向こうを向いた。
今までの博麗霊夢なら、こんなにすっきりとこの言葉がいえただろうか?
それは一つの確信から出た言葉でもあった。
今日、ここにいる郷の全ての人達。その一人一人の誰もが皆、郷を愛しているのだと分かったからだ。
皆それぞれの立場と力を捨て、平然と一個の自分をさらけ出せる。それは皆を信じているからだ。みんなを愛しているからだ。
霊夢は今日それを心から感じることが出来た。同時に思った。
自分にはそうする勇気が足りなかったのかもしれない。
みんなの輪に、山の頂に、ほんの少しの勇気を出して手をのばす。
巫女としての力の無い、力の弱い今の自分にそれが出来たことはいささか皮肉といえるかもしれない。
でもそれは郷の皆から分けてもらった力のおかげでもあった。
彼女の手を掴んで必死な表情で歯を食いしばっていた魔理沙。
山の上で、自分を涙を流して迎えてくれた仲間達。
ひょっとしてはじめて自分はひとりではないことに気がついたのかもしれない。
霊夢は自分が紫の手を強く握っていることに気がついた。
紫も彼女の手を強く握り返していた。
「さあて!」
霊夢は目をごしごし拭いて起き上がった。紫はちょっと不思議そうな顔をした。
「ここからが夜の始まりよ。まだまだいけるわよね?紫?」
そう言ってその手を紫の手に重ねる。
紫は驚いていた。霊夢からこんなことを言い始めるのはめずらしかったからだろう。
しかしすぐにその顔は喜びに替わった。
「ええ!そうね!まだ終わっていないわ!魔理沙も皆もまだいるんだもの!」
紫は起き上がった。
「そうよ。私達のお酒飲んでるやつらをぶん殴りにいくのよ!」
霊夢は力強くたちあがった。全身ががくがくと悲鳴を上げている筈なのに、不思議と力が漲って来るようだった。
霊夢は立ち上がった紫と手を繋いで、館の方に走り出した。
館からは人妖一体となった大合唱がこだましているところだった。
落ち葉は箒で弾むように舞い上がっていた。
博麗霊夢は神社で、ひとり箒を手に境内の掃除を始めていた。
いつもどおりの日常の光景がそこにあった。
彼女は巫女に戻り、郷にはいつもの景色がもどっていた。
魔理沙は今日も箒に乗って神社を訪れるだろう。空間のスキマから、紫は胡散臭い笑顔をうかべ現れるだろう。文はこりずに新聞の勧誘に来るだろうし、吸血鬼達は新たな異変を企んでいるかもしれない。
霊夢はそんな日常を待ちわびていた。
ふと彼女は考えた。
そうか・・今度は自分から異変を起してみるのもいいかもしれない。
なかなかぶっ飛んだ考えだが、みんな大いに驚くだろう。博麗異変だ。
異変は誰が解決にくるだろうか?
魔理沙は嬉々としてやってきそうだ。
紫も来るだろう。意外にレミリアや山の神が立ち上がるかもしれない。
早苗も黙ってはいないはずだ。
霊夢は空を見上げた。太陽の光が、ちょうど郷を照らしながら昇っていくところだった。
こんどは自分の方から手を伸ばしてみよう。
この愛する郷のみんなにせめてもの返礼だ。頭を下げるのはガラじゃない。
霊夢は知らないうちに陽の光に手をかざしていた。
ほんの少しの勇気を出して、手を伸ばしてみよう。
この声がどれだけ届くか叫んでみよう。
この思いが、どれだけ届くか信じてみよう。
かざした細い指の隙間から、陽の光がまっすぐに差し込んで来ていた。
一人の少女の伸ばしたその手から。
(了)
些か見過ごせない誤字が多かったような気がします。
面白かったけど、ちゃんと推敲すればもっと上々のSSになったと思う
作品はとてもおもしろかったです
けど、「博霊」は誤字として致命的です。
もったいない……
ゴジラですねぇ。。 超門番
うるさい!うるさい!うるさい!ちゃんと直してるじゃない!! ごめんなさいホント!! お嬢様
どうしてこうなった・・っ!? お嬢様
35番様 本当に感動していただきありがとうございますわ。 冥途蝶
どうしてこうなった・・っ!! お嬢様
読んでいて楽しい作品でした。
でかいですwww
コメントまで頂きありがとうございます。 冥途蝶
38番様 あれ!?ひょっとしてバーガー見てくれた人!??すばらしいわね!!読んでくれたんだ!!!ありがと~~~う!!!! お嬢様
作品はご投稿されていないのでしょうか?もしあればお教え下さいませ。 冥途蝶
長いお話でしたけど読んで下さってありがとうございます! 超門番
くれるなんてね!!ありがとう!!次回も覗きに来てね! お嬢様
これを褒める言葉が見つからん。
一番いいお肉、もとい一番いい点を贈らせてもらおう
これはとっても惜しいお話で、残念な思いをしたのよ。
今年中にリベンジしたいわね。本当にありがとう!! お嬢様
丁寧なコメントありがとうございます。
これで私達も浮かばれます。 冥途蝶
いいなあ、こういう幻想郷。ただ焼き肉してるだけなのに。
ぎゃおぴーーーーーー!!!!大作家さんだよーーーー!!!!!!!!
私八重センセイの作品大好き!!今まで名無しでコメントしてたけど、今
度から思い切って名前入りでやります!ありがとうございました!!
お嬢様
チョイスがさずがです!こんな有名な人に見てもらえて感激ですね!!!
ありがとうございます!!!! 超門番
(運悪く本日はお休みです。悪しからず) 冥途蝶
このお話はがんばったんだけど力不足で残念な思いしたから、見てもらえて最高!
いいお話だったのかな~?? お嬢様