「なぁ、何やってるんださっきから」
夏の日差しが照りつける博麗神社。
縁側で寝転がる普通の魔法使い、霧雨魔理沙は額の汗をぬぐいながら、部屋の奥に佇む友人へと疑問を投げかけた。
それと言うのも、友人こと博麗霊夢が何時になく真剣な表情で、床の上の何かと睨み合っているからである。
先程魔理沙がやってきた時からずっとこの様子、いつもならば頼まなくても出てくるお茶も、今日は一向に出てくる気配が無い。
彼女がここまで熱中して何かに打ち込んでいるのは珍しい。
先程からみょんみょんと発せられている魔理沙の構って光線など意に介していないように、霊夢は何かに向けて意識を注ぎ続けている。
「……」
面白くない。
魔理沙はぷぅ、と頬を膨らませる。
小動物モードの魔理沙は構ってくれないと暇で暇で死んでしまうのだ。
「おーい」
「……」
「霊夢ー」
「……」
「聞こえてるんだろー?」
「……」
再三の呼びかけも霊夢は沈黙を返すのみ。
ぺちぺちと床を叩いて見ても、ゴミを投げつけてもまるで反応が返ってこない。
なんだよ、つまらない奴。
拗ねた様に鼻息を鳴らすと、魔理沙はどすどすと霊夢の元へと歩み寄り、正座する彼女の頭上に自分の体重を乗せた。
最早完全に嫌がらせの領域に入っている。
「なーに、やってるんだよー、れーいーむー」
「うるさいわねぇ……。スペルカード調整してるのよ、スペルカード」
流石の巫女もこれにはまいったのか。
これ見よがしに大きな溜息を吐いて、座ったまま魔理沙の方向へと向き直る。
対してようやく自分に意識を向けられた事で、満足げな表情を浮かべる魔理沙。
しかし霊夢の言葉の意味を理解すると一転、怪訝な顔をして霊夢の瞳を覗きこんだ。
「スペルカードぉ?」
それなりに長い付き合いのある魔理沙だが、霊夢がスペルカードを調整している所を目撃するなどこれまでほとんどない経験だった。
否、霊夢だけではなく、他人がスペルカードを作成している所なんて滅多に目にする機会は無い。
それも当然、スペルカードとは結局のところ、弾幕勝負の道具。
完成品ならまだしも、作成、調整途中のそれを見せると言う行為は、相手に自分の手の内を曝け出しているに等しい。
相手が弾幕に精通している者ならば、一目見ただけでそのスペルの特性や弱点までをも見抜いてしまうだろう。
その事を十二分に理解しているからこそ―――――弾幕を熟知しているからこそ魔理沙は首を捻る。
どうして霊夢は調整過程のスペルカードを、魔理沙に見られて平然としているのか。
スペルカードルールの第一人者である霊夢が何故、この様な迂闊な行為をしているのか。
彼女には霊夢の考えがさっぱり理解出来なかったのだ。
「何よ、なんか言いたそうね」
「あ、いや。何か随分特殊な弾幕だと思ってさ」
「まぁね、普通の奴じゃ作る意味無いし」
普通の奴じゃない……?
一瞬どういう事かと思いつつも、魔理沙は先を促す。
「スペカ名は?」
「新聞拡張団調伏」
「……は?」
霧雨魔理沙、一瞬硬直。
「すまん、もう一回頼む」
「だから、新聞拡張団調伏」
「し、新聞……?」
「あの鴉天狗対策のスペルだからね。丁度いい名前でしょ?」
「おいおいなんだそりゃ、対文専用のスペカだってか、それ?」
「ええ、何かにつけて取材、取材。そろそろキツいお灸をすえてやらないとって思ってね」
どうやらこのスペルカード、天狗の新聞記者こと射命丸文対策の為に作られた物らしい。
確かに最近よく神社に来るのを見掛けていたし、霊夢も事あるごとに愚痴を零していたが……成程、対文のスペルならば文にさえバレなければいい、道理で自分に見られても平気だった訳だ。
魔理沙は納得したように頷きながら、同時にその頬を引きつらせる。
まさかあの鴉天狗相手にそこまでするとは、専用スペルカードなどと言う物を霊夢が作るとは予想だにしていなかったのだ。
そんな魔理沙の驚愕を知ってか知らずか、博麗の巫女は何処か楽しそうに胸を張る。
「この憎き鴉天狗対策に作り出した弾幕。アイツの行動、思考パターン、それらをきっちり分析して、なるだけ避けにくいように作られたこのスペルなら、あのパパラッチと言えどもそう簡単には潜り抜けられない。もう二度と私につきまとえないようにしてやるわ」
「うわぁ……」
思わず魔理沙の口から呆れたような声が漏れる。
確かに霊夢の言うとおり、文の動きを分析し、それにあわせて作ったスペルならば効果は絶大であろう。
だが同時に、そんな物を作り上げるには、物凄い時間と労力が必要となってしまう。
何せ相手の行動を事細かに観察し、分析するのは勿論、実際に作るスペルも全て相手にあわせた形で作らなければならないのだ。
自分の得意なように、やりたいように作る通常のスペルカードとは訳が違う、魔理沙の計算では恐らく丸々一週間使ってようやく形になるかならないか、と言うレベルの超難易度作業である。
しかし霊夢はそれをさも当然のように行い、こうして見事に形にしている。
それは詰まる所、彼女が文の為だけに物凄い時間と労力を消費してスペルを作り上げたと言う事なのである。
あのものぐさで、自分の修行すら面倒くさがる彼女が、である。
……そう考えると、魔理沙は不思議とほんの少しだけ面白くない気分になってきた。
どうしてか、専用スペルまで作られて追い返されようとしている文の事が、少しばかり羨ましく思えてしまう。
「なぁ、対私専用のスペカは無いのか?」
「はぁ? ある訳無いでしょ。これ一つ作るのにどれだけ労力が掛かってると思うのよ」
「でも文のは作ったんだろう?」
「……まぁ、それはそうだけど」
拗ねたような魔理沙の言葉に、気まずそうに頬を掻く霊夢。
どうやら彼女自身、文の為にそこまでの労力を掛けてしまった事を疑問には思っているようだ。
「それだけ迷惑してるって事よ。あのパパラッチには生半可な抵抗じゃ、まるで効果が無いんだから」
まるで自分に言い聞かせるかのような言葉。
小さく吐き捨てるように呟くと、霊夢はスペルカードへと向き直り、再び作業を開始する。
既に調整は最終段階に入っているらしく、巫女の動きはルーチンワークのように機械的且つ手早いものだった。
随分と御執心な事で。
友人の後姿を眺めながら、魔理沙はやれやれと首を振る。
何者にも縛られないとか誰が言い出したんだ、と思わず乾いた笑みが浮かんできてしまう。
「喉渇いた。お茶もらうぜ」
「あ、私の分もお願いー」
「はいはい」
こういう所はちゃっかりとしている霊夢に溜息を吐きながら、魔理沙はお茶を汲む為によっこらせとその場に立ち上がる。
丁度その時であった。
神社を包んでいた穏やかな空気が、俄かに騒がしい物へと変質する。
先程まで無音だった空間に、風の揺らす草木の音が混じる。
「来たな」
「来たわね」
二人はそう口にして、鳥居の方角へと視線を向ける。
姿を確認するまでもない。
この独特な空気と風の音色は、他ならぬ風を操る程度の能力を持つ彼女が纏うそれ、霊夢と魔理沙にはその事が十二分に理解できていた。
「さてと」
どうやら彼女の方の調整も、丁度終わったらしい。
スペルカードを懐にしまい、すくっと立ち上がる霊夢。
コイツら示し合わせてるんじゃないだろうな、と苦笑する魔理沙をよそに、ウズウズを抑えきれない子供のような表情を浮かべている。
「早速このスペルを使う時が来たわね。アイツに付きまとわれるのも今日で終わり、スペルを宣言した時の天狗の驚いた表情が目に浮かぶわ」
「楽しそうだなぁ、お前」
「何言ってるのよ。こんな手の掛かる厄介払いが楽しい筈無いじゃない」
などと言いつつ足取りは軽い。
鼻歌でも聞こえてきそうな背中が、ぴょこぴょこと離れていくのを魔理沙は呆れたような顔で見送った。
「お邪魔するぜー」
それから数日後、所は変わって妖怪の山。
霧雨魔理沙は今日も今日とて自身の暇を潰す為、天狗のパパラッチこと射命丸文のもとを訪れていた。
先日の霊夢との弾幕勝負の件についてでも話を聞こうと思っていたのだ。
あの後、戻ってきたホクホク顔の霊夢の話を聞くに、勝負は霊夢の完勝で終わった模様。
自分専用の弾幕などを作られてこてんぱんにやられた文は、果たして今頃どんな想いをしているのだろう。
それが気になってここまでやってきたはいいのだが、魔理沙の挨拶に対して文の返答は無し。
気配を探るに室内にいる事は間違いないのだが……魔理沙は気を取り直して再び部屋の奥へと声を投げる。
「おーい」
「……」
「文ー」
「……」
「聞こえてるんだろー?」
「……」
再三の呼びかけにも、やはり反応は無い。
ぺちぺちと床を叩いて見ても、ゴミを投げつけてもまるで効果なし。
どうやら完全にスルー体勢を貫いているらしい。
これには自称温和で包容力のある魔理沙さんも少しばかりカチンと来た。
霊夢といい文といい、人の構って光線を知らんぷりするとはいい度胸だ。
一方的な不満をエンジンにして、ずかずかと射命丸亭へとあがっていく。
そして廊下の突き当たり、文の気配が漂う部屋の前に辿り着くと、躊躇無くスパーンと襖を開いた。
そこには、魔理沙の予想通りと言うべき文の後姿。
「なんだ、やっぱり居るんじゃないか」
「ああ、魔理沙さん。どうもこんにちは。相変わらず妖怪の山に無断で侵入して、何時か酷い目にあっても知りませんよ?」
「いざとなったら匿ってくれるんだろ? 頼りにしてるぜ」
悪びれない魔理沙の態度に、文は背中を向けたままで溜息を吐く。
その様子はあたかも厄介な奴に絡まれた、と言わんばかり。
作業を止めず、視線をただ一点から逸らさないままに、背中越しで客人である魔理沙を応対する。
「お茶とお菓子はいつもの所にあります、どうぞご自由に」
「さんきゅ、随分と集中してるみたいだけど何やってるんだ? 新聞の締切りが近いとかか?」
「スペルカード調整しているんですよ、スペルカード」
「スペルカードぉ?」
つい先日霊夢と行ったものと、同じようなやり取り。
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう魔理沙に対して、文は一旦手の動きを止めて、くるりと身体の向きを変える。
「いや、実はですね。……霊夢が私用のスペルカードを用意していたんです」
間違いなく、先日霊夢の作っていたスペルカード『新聞拡張団調伏』の事であろう。
あたかも大ニュース、と言わんばかりに文は身振り手振りを交えて大仰に言葉を並べる。
しかして、魔理沙からすればそれは既知の事実。
驚けオーラダダ漏れの天狗に対して、魔理沙は余裕の表情で手をひらひらと振る。
「ああ、知ってるよ」
「……あやや残念、知ってましたか。流石は親友キャラ」
「キャラって何だ、キャラって」
思わず苦笑する魔理沙だが、文は気にせず先を続ける。
「いやぁ、本当びっくりですよね。専用のスペルカードなんて手間ばかり掛かって、しかも用途は限られている。あのものぐさ霊夢がそんな物を作るなんて、流石のこの射命丸も予想していませんでした」
「まぁなぁ、私も長い事アイツとつるんでるけど、専用スペルカードなんて作ってるのは初めて見たぜ」
「それ程までに彼女の中で、私の存在が大きくなっていると言う事でしょう。日々の触れ合いは勿論のこと、あの地霊殿での異変の際も、パートナーとして活躍しましたしね」
「えらくやりにくかったって文句言ってたけどな」
ちょっと凹んだ、何気に気にしていたらしい。
しかし動きだけでなく、立ち直りも早いのが彼女の持ち味、すぐに気を取り直したように顔を上げると、コホンと咳払いで気持ちを落ち着ける。
「とにかく、誠意には誠意で返さなければいけないと思うんです」
「……誠意?」
「霊夢は他ならぬ私の為に、スペルカードを作り上げたんです。それならこちらも、彼女の為にスペルカードの一つくらい用意してこそ、二人は対等でいられるとは思いませんか?」
そう口にする少女の顔は真剣そのもの。
冗談ではないと語る彼女の瞳、そして現に現在進行形で作成されているスペルカードを目にし、魔理沙は頭が痛くなってしまう。
全くコイツら二人して何してるんだか……。
ぶつぶつ零しながら、手近に落ちていたノートをぱらりとめくる。
「うへぇ」
思わずそんな言葉が漏れた。
魔理沙の拾ったノート、そこには今回の標的である霊夢の身長、体重、趣味、好きな物、嫌いな物、弾幕の傾向……ありとあらゆるデータが記されていた。
流石は新聞記者と言うべきか、友人である魔理沙でさえ知りえない情報までが事細かに記載されている。
恐らくこれらの情報をもとに対霊夢のスペルを組み上げているのだろうが……正直ここまでやる物なのか、と呆れを通り越して感心してしまうレベルである。
「こりゃ、随分手が込んでるねぇ」
「やるからには半端な事はしたくない物で」
「ふぅん」
そこで会話が途切れると、文は再び魔理沙に背を向けて作業をスペルカードの作成を再開する。
自称弾幕上級者である魔理沙の目から見るに、ある程度の構想は出来ているようだが、完成するまではそれなりの時間を要しそうであった。
恐らくそれまで彼女はここで缶詰状態を続けるつもりなのだろう。
よくこんな効率の悪い作業に、そこまで力を入れられるもんだ。
そんな事を考えながら、魔理沙は専用スペル作成に没頭する文の前へと回り込み、顔を覗き込む。
かつて新聞の締切りに追われていた時のような、切羽詰まった顔を期待して。
しかして、魔理沙の言う効率の悪い作業にのめり込む彼女は、とても充実していて、何処か楽しそうで。
今彼女が見ているのは、目の前の魔理沙ではなく、ここには居ない魔理沙のライバル博麗霊夢な訳で。
やはり、魔理沙はほんの少しばかり面白くない気分になった。
「なぁ、対私専用のスペカとかは作らないのか?」
「嫌ですよ、面倒くさい」
「……あっ、そう」
「まぁ、魔理沙さんが私専用の弾幕でも作れば考えない事も無いですけど」
「嫌だよ、面倒くさい」
二人顔を合わせて苦笑しあうと、一人はお茶を淹れに立ち上がり、一人は作業の続きへと舞い戻る。
どうやら当分はここに来ても、暇は潰せなそうだ。
やれやれと嘆息しながら台所へと歩みを進める魔理沙。
そんな彼女の背後からは、文の悩ましい声が聞こえてくる。
「名前は何にしようかなぁ、『スキャンダル巫女撮影』? 『巫女激写弾幕』? いやいやそれとも……」
霊夢、お前の苦労はどうやら思いっきり裏目に出てるみたいだぞ。
魔理沙はここには居ない友人の姿を思い浮かべて、目を細めるのだった。
ぶすっ。
再び数日後、魔理沙が博麗神社を訪れた時の事だった。
縁側で御茶をすする霊夢は、長年を共に過ごした魔理沙でなくてもわかる程に明らかな不機嫌オーラをその身に纏っていた。
(……荒れてんなぁ)
縁側に向かって歩く途中、霊夢と目があった魔理沙は、その明らかな黒いオーラに一瞬眉を潜める。
喜怒哀楽の表現が激しいだけに、不機嫌状態の彼女は非常に達が悪い。
一瞬この場から逃げ帰りたくもなったが、ここまで来て踵を返すのは明らかに不振、今更引いて戻れぬ道も無しである。
魔理沙は諦めたように首を横に振ると、そのまま霊夢の元へと足を進め、「よっ」とばかりに右手を挙げた。
「何よ、なんか用?」
「いやぁ、巫女様の愚痴でも拝聴しようかと思ってな」
「帰れ」
氷のように冷たい言葉が魔理沙を襲うが、魔理沙は怯まない。
伊達に長年、彼女と付き合ってきた訳ではない、不機嫌な彼女と遭遇する事などこれまで数え切れない程あった。
だからこそ、魔理沙はこういう時の霊夢への接し方を心得ている。
「いやに荒れてんなぁ、話聞いてやってもいいんだぜ」
「別に頼んでない」
「わかってるって」
こういうやり取りを行うのも既に何回目だろうか。
彼女がこういう風に不機嫌を前面に出している時、実はそれは誰かに愚痴を聞いて欲しい時なのだ
決して自分からは頼まないが、本当は話し相手になって欲しい時なのだ。
その事をこれまでの経験から十二分に理解している魔理沙は、あえて馴れ馴れしく霊夢の隣にどかっと座る。
「……」
「……」
霊夢もそれに対して、過剰な拒絶反応をする様な事は無い。
二人の間をただただ沈黙が流れ、魔理沙は努めてご機嫌な表情で霊夢の言葉を待つ。
そしてそんな彼女の狙い通りと言うべきだろうか、境内を包む重苦しい静寂をぶち壊したのはやはり霊夢の方だった。
「アイツが来ないのよ」
「え、まさかにんし」
「……あぁ?」
「すいませんふざけました、続けてください」
一瞬ギロリと魔理沙を睨み付けながらも、霊夢はすぐに切り替えて言葉を続ける。
「前にアンタがウチに来た日あったでしょ? ……あの日から、文が来ないのよ」
「はぁ」
「せっかく新しく『パパラッチ撃退結界』まで作ったのに。アイツが来ないと使えないじゃない」
「……また新しいスペル作ったのかよ、しかもアイツ専用」
「全く、人が何の為に貴重な時間と霊力を裂いてスペル作ったと思ってるのよ」
「いや、文を追い返すためだろ? だったら当初の目的は達成できてるんだからいいじゃないか」
「そ、それはそうだけど。でも一回やられたくらいでアイツが諦めるなんて思わないじゃない」
追っ払う為のスペルを作っておいて、いざ来なくなったら憤る。
女心は複雑とは言うが、結局何がしたいのだこの巫女は、と魔理沙は眉をひそめる。
暑さで頭でもおかしくなったのでは、と少しばかり心配になってしまう程の理解しがたさである。
無論、魔理沙としては、天狗のパパラッチ、射命丸文が神社に訪れなくなった理由を知っている。
今頃彼女は部屋に閉じこもって、霊夢の為のスペルを作る事に己の全てを捧げているのだろう。
あの天狗はあれで凝り性な所があるから尚更である。
ならばその事を霊夢に伝えてやればいいのだろうが……何となく魔理沙はそんな気分にはならなかった。
文に断り無くバラすのは悪いとか、いざと言う時の霊夢の驚きが減るとかそんな理由じゃない。
自分でも何故かはわからないが、もう少しばかり霊夢には不機嫌な想いをさせて居たかったのだ。
「なんだお前、結局文に来て欲しいのか」
「はぁ? 何言ってるのよ、アイツの顔を見ないで済んでせいせいしてるくらいだわ」
「じゃあこのままずっと文が来なかったら?」
「……その時はこっちから乗り込んで、撃退結界喰らわせてやろうかしら。折角作ったんだし」
「本末転倒だぜ、それ」
魔理沙の口から大きな溜息が漏れた。
「あーもー、イライラする。何で私があんな奴に振り回されないといけないのよ」
がしがしと、苛立たしげに己の頭を掻き毟る霊夢。
魔理沙に言わせれば、何でお前ら二人の痴話喧嘩に巻き込まれにゃならんのだと言いたい所だが、今そんな事をしても火に油を注ぐだけ。
つくづく厄介な連中だと、皮肉めいた苦笑を浮かべるのが魔理沙のせいぜいであった。
……全く、せめてもう少し自分に素直になれば楽になれると言うのに。
素直じゃない友人こと博麗霊夢に向けて、魔理沙は哀れみに近い視線を向ける。
口では何と言おうとも、この巫女が心の奥底で何を望んでいるかなど、先程からの態度を見ていれば大体わかる。
否、本当は魔理沙は心の何処かでとっくに気付いていた。
彼女が文専用の弾幕などを作っていた時点で、気付かない筈が無かった。
霊夢は本当に気に入らない奴の為に、そんな労力を払おうとするような人間ではない。
それこそ完全に無視を決め込み、なるべく自分の意識の外に置こうとする。
それでも効果が無ければ実力行使とはなるだろうが……専用スペルカードまで作って、相手が来ない事に憤ったりするなんて、余程のお気に入り相手でも無い限り有り得ない。
旧知の友としてその事を誰よりも理解しているからこそ、魔理沙は件の話になる度に少しだけ面白くない気分になってしまうのだ。
親友として、ライバルとしての独占欲のような物が、文ばかりを気にかける霊夢に対して不満を漏らしているのだ。
……わざわざそんな事で不機嫌になるなんて、自分も大概つまらない奴だなぁ。
魔理沙が自嘲めいた笑いを浮かべた、その時だった。
「あ」
「お」
ふと、境内を包む空気の色が変わる。
それが誰の仕業なのか、そんな事は最早考えるまでも無かった。
「来た!」
待ち人来たり、とでも言うべきだろうか。
冷たかった彼女の表情が一転、ぱぁっと明るくなる。
「全く懲りない奴ねぇ。でも今度こそ完膚なきまでに叩いて、二度と私につきまとわせないようにしてやるわ。さてスペルカード、スペルカード」
鼻歌を歌いながら、ぱたぱたと小走りで部屋の奥からスペルカードを取り出してくる。
その様子はさながら、恋人とのデートの支度を整える恋する少女のようで。
先程までの不機嫌な様子は何処へやら、と魔理沙は呆れたように霊夢の背中に向けて大きく溜息を吐く。
「……はぁ」
「何よ」
「いや、お前が楽しそうで何よりだよ」
頭にクエシチョンマークを浮かべた巫女を、魔理沙はひらひらと手を振って送り出す。
一瞬首を傾げる霊夢だが、すぐに気を取り直してか、魔理沙に背を向けて上空へと飛び立って行った。
縁側から見上げれば、空には夏の太陽、天狗パパラッチ……そして彼女のもとへと向かう紅白巫女。
雲ひとつ無い青空の中、太陽の下で、今まさに少女達は始めようとしている。
世界でたった一人の為に作り上げたスペル、その二人きりの発表会を。
自分が相手をどれだけ理解しているか、その証明の仕合を。
そんな余りに不器用な少女達の戦いの下、取り残された黒白の傍観者は、一人我関せずとばかりに御茶をすする。
「こりゃ、熱すぎだな」
限りなく乾いた笑みを浮かべながら。
<了>
今回は二人のあまりの熱々ぶりにやられて後書き組の出番なしかー。ちょっと残念w
一生そうやっていちゃいちゃしてればいいと思います。
故に、あやれいむ。
ああ、お茶がうまい。ごちそうさまでした。
すばらしかった!
とても幸せな気分になれました
マリサはがんばれ超がんばれ
EXでまさかの対文用スペカで公式あやれいむキタ!と歓喜しましたとも…!
DSやってみようかな。
まさか同一人物と知らずに再びファンになるとは思いませんでした。びっくりです。