嘲笑う姫君。狂える幼子。問題児。問答児。異端児。彷徨う暴力。稚拙な怪奇現象。――永遠と須臾の罪人。
あざなからも分かる通り、かなり異常な、異端な姫君らしい。当然会ったことは無いけれど、しかしそんな、いかにもできればお近づきになりたくないようなあざなばかりを持つ彼女が、いわゆるまともな人間であるとは思えない。失礼だが。少なくとも、何かが超越しているのは確かだ。
玄関口で姫を待ちながら、私は輝夜姫という人物像を想像しようとしてみた。高飛車で、常に人を見下したような目をしている、如何にも姫というような整った美しい容姿の、中背の女性が目の前に浮かんだ。さて、どうだろう。
「多分、あなたが想像してるような人じゃないわよ、姫は」
こちらの考えを見透かしたのか、隣に立つ師匠がくつくつと笑いながら言った。
「地上に来てから、随分と姫は丸くなったのよ」
「へえ。……昔は丸くなかったんですか?」
「そうね。なんというか、無理図形のような人だったわ」
「へえ……」
どんな人だ。
「それから、大丈夫だとは思うけど、あなたがここに住み込めるかどうかは姫の裁量次第だから、粗相の無いように」
「はい」
姫の気に召さなかったらどうなるのだろう。
ミンチか?
ちょっと暗くなる。私を一瞥し、「不合格」と言い捨てる姫君を幻視した。
と。
突然、なんの気配も無く、玄関扉が音もなく開いた。
あまりにも唐突だったため、体がびくっと震え、固まってしまった。馬鹿な。私は気配には敏感なはずなのに。まったく接近に気付かなかった。
頭を下げなくては。脳内で声がした。いやまてまだ早い。姫のお姿を確認してから――。
そして、姫様の姿を視界に捉えた。
私は絶句する。
「お帰りなさいませ、姫様」
「ん。ただいま」
姫、輝夜姫は師匠にそんな適当な返事をして、乱雑に靴を脱ぎ捨て、師匠を一瞥して、そして隣に佇む私に気付いた。
「ん?あれ?その子……」
輝夜様は訝しげな表情で私を見据えた。――私だってこの館の主、私がここに住みこむことの決定権を持つ彼女の前なので、神経を張り巡らせ集中して無表情に努めていなければ、私も彼女のことを訝しげな表情で見ていたに違いない。
「姫様、こちらは月から逃げ出してきた月の兎、鈴仙です」
そんな彼女に、師匠は特になんでもなさそうに話を続けた。珍しいことではないのか?これが姫様の常の姿なのか?
「月から?」
彼女は驚愕した表情になった。驚愕したいのはこちらも同じだ。
「はい。事情の説明は後にしましょう。鈴仙、挨拶を」
「初めまして輝夜姫様。私は鈴仙。月の兎です。衰弱しているところを、永琳様に救っていただきました」
言って、深々と頭を下げる。この人を前に流暢に己の紹介ができたことに、少し驚いた。少しでも気を抜けば、「本当にこの人が姫君なのですか?」と言いだすところだ。
目の前にいる輝夜姫様は、艶やかな黒髪、気品のあるお顔と身体のほうは姫という名に相応しかったが、相応しいのは身体だけだった。
彼女の着ている服は、黒ずみ、焼け爛れ、擦り切れ、切り裂かれ、ぼろを纏っていたほうが幾分かはましだろうと思ってしまうような、灰を固めたような物体だった。いや、これは最早服などとは言えない。なぜなら、その物体は彼女の体の一割程度しか覆っていなかったからだ。胸ははだけ、白く長い脚は剥き出し、辛うじで局部を覆う物体が、だらしなく垂れ下っている。そんな物体を纏っている者を姫だと思えというのは無理難題だった。
「ふうん」
しかし姫はそんなことは気にしていないらしく、私をまじまじと見つめるだけだった。私程度に今の自分の姿に対し気を使う必要が無いと思っているのか、それともこれが姫一流のファッションなのか。庶民どころか下民ですらない私には理解できない、芸術的な意味を持つ装飾なのか。どうだろう。
耳の天辺から爪先までじっと眺めて、そして姫様はやっと私から視線を外し、永琳様に視線を移した。
「永琳がここに運んできたのね?」
「はい」
「で、永琳がここに置いておいてもいいと判断した」
「はい」
「じゃ、私が言うことは何も無いわ。だけど後でその事情とやらは聞かせてね。ようこそ永遠亭へ、レイセン」
それだけ言って、姫様は再び私に視線をやることもなく、すたすたと立ち去ってしまった。
――滞在を、許されたのか。
なんだか呆気ない。
「おめでとう」
師匠は微笑み、小さく拍手して、私を祝福してくれた。
「……ありがとう」
「あ、そうだ」
と、程々の感傷に浸って礼の言葉を口にした瞬間、いつの間にか姫様が目の前に戻ってきていた。びくっ、と少し仰け反ってしまった。まるで空間から出現したように、近づく気配は微塵として無かった。
「なんでしょう、姫様」
しかし師匠はやはり、そんな姫様に、なんでもなさそうに少しも気を乱すことなく対応した。
「レイセン、お風呂に付き合いなさい」
「はい、分かりました」
間を置かず、答えることができた。こういうことにも慣れないといけない。こういったまったく新しい生活が、これから始まるのだ。
「お着替えはどうしましょう?」
などと危うく聞きそうになったが、なんとか踏み止まった。やはりこれが常の服装ではないだろう。一応そのことは聞かず、着替えを用意しておこう。
「それじゃ、その事情とやらも、お風呂の中で聞かせて頂戴な」
「……はい」
戦争。殺し合い。大量殺戮。殲滅。血と肉と想いと狂気が犇めく、加害者の世界。
死なないこの人は、それに師匠は、いったいそれにどういった感情を持つのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
「…………」
「大丈夫?」
「これが、本物の、彼岸……」
「……大丈夫?」
床にべったりと張り付いた紫。そしてその背をさする幽々子。
テーブルの上には、空になった鍋。
向こうでは、妖夢が食器を洗っている音が聞こえる。
「幽々子」
「なに?」
「あの子は天才よ」
「でしょう」
素直に喜ぶ幽々子。妖夢に関する皮肉は、彼女には通じないらしい。
「ああ、本当に、ぐう……」
『終焉の境界線』と呼ばれる大妖怪にぐうの音を出させる料理。
恐ろしいものがあった。
「で、どうするの?」
紫にお茶を差し出し、そのついでという風に尋ねる幽々子。紫は唸りながら、お茶を断った。液体も飲み込めない状態らしい。
「どうするもこうするも、こっちからじゃやることがないわ。情報収集が限界ね。まあ、あちらさんが自棄を起こさないように祈るのみよ。起こしたら消し去るだけだけど」
「ふうん」
「どんと構えてるしかないわねぇ。先手が不利な状況なんだから、こちらから攻め込む意味はないわ。奇襲としてはいいかもしれないけど、そもそも攻め込むための駒がこちらにはない」
「人手不足はお互いさまね」
「そうね。あーあ、近々、ちゃんとした式でも作ろうかしら」
「それ、多分意味無いわよ」
言って、なぜかくすくす笑う幽々子。
「……どういう意味?」
「だって紫、過保護そうだもん。ちゃんとした式ができたら、捨て駒にはしなさそう」
「はん」
鼻で笑う紫。
「手塩にかけて育てた式を、そう簡単に捨て駒にするやつなんていないでしょう」
「あなたは、どんな状況でも、その式を捨て駒にしなさそうだわ」
「…………」
低く舌打ちし、幽々子を蹴り飛ばす。
それでも幽々子は笑うだけだった。
「……まあ、当面の間は独りかな」
「私達がいるじゃない。独りじゃないわ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない」
「……不貞腐れた紫は可愛いわねえ」
くつくつと笑う口元を袖で押さえたその瞬間、幽々子の頭上から金だらいが降ってきた。
ガェン。
良い音が鳴り響いた。
「痛ったー……」
「よかった」
「もう。……ていうか、金だらい?」
「良い音がするのよね、それ。遠い未来に流行るわ」
「流行らねえよ」
そういえば、月から逃げ出してから、私も一度も体を洗っていなかった。しかし、私の体には土埃すら付いていなかった。あの人には世話になりっぱなしだ。そしてこれからも。少しでも多くの恩を返したいと思う。
そして今すべき恩返しは、姫の体を粗相の無いよう綺麗に洗うことだ。
異常にきめ細かな、しかし異常に生気を感じさせない肌を慣れぬ手つきで洗いながら、私は月に関するあれこれを色々と考えていた。もう自分とは関係無いはずなのだが、気を抜くと、抜かなくとも、自然と沼の底から湧き上がる泡のように思考の水面に浮かび上がってくる。
「レイセン」
姫の、上に立つ者特有の、相手に話しかけるというより独り言を呟くような呼びかけに、濁った泡は弾けて消えた。
「はい、なんでしょう」
「レイセンという名は、永琳から貰ったの?」
「はい。元々レイセンという名だったのですが、それに漢字を当てはめて私の名とさせていただきました」
「ふうん。どういう字?」
「鈴に、仙人の仙で、鈴仙です」
「ふうん。性は無いの?」
「はい。私はペットでしたので」
「ペットねぇ」
「……愛称なら、頂きました」
言おうか言うまいか少し迷ったが、どうせ後に知られることになる。白状をする気分だった。
「へえ。どんな愛称?」
「優曇華院。三千年に一度花を開き,そのときに如来が現れるとされる優曇華の花に、病院の院で優曇華院です」
より素の反応を見たいので、なるべくさらりと言ってみた。
しかし。
「へえ」
それだけだった。
「…………」
やはり地上ではそれが普通なのか?
文化の違いなのか?
どうなんだろう。
「それで」
今度てゐに頼んで地上の様々の常識を教わろうかな、などと考えて少し気を抜いてしまった瞬間、姫がくるりと俊敏に反転し、私と向き合う形になり、私はまた一瞬びくりとしてしまった。隙を付くのが特技なのだろうか?
「そろそろ、月でのお話を聞かせてくれる?」
にこやかに微笑み、そう言った。
「……はい。その前に、お体を流しますので一旦あちらを向いてくれますか?」
「はいはい。あ、そうだ鈴仙、せっかくだからあなたも体を洗いなさいな。私が洗ってあげるから」
「そ、そんな……」
滅相もない。
「いいからいいから」
「あ、いえ、それに私、服のままですので……」
「いいからいいから」
いや。
良くない。
良くないよ。
……ああそうか、一緒に湯に浸かって話したいってことだろうか?
「で、では、一度服をぶっっ!!」
唐突に、頭からお湯をぶっかけられた。いつ湯を汲んだんだこの人。
ちょっと耳に水が入ったが、そんなことは些細だ。
「あ、あの、姫……」
「はいはい、そこに座って向こう向いて」
「いや、だから私、服のままで……」
「いいじゃない」
「…………」
こうして、結局私は服のまま姫に体を洗ってもらうことになった。
輝夜姫という人物の根本に、少し触れた気分だった。
服のまま湯に浸かると気持ちが悪い。
新発見だった。
うようよと湯に浸された服が体に張り付く形容しがたい感覚をできる限り無視しながら、相槌も打たずただ静かに私の話に聞き入る姫に、私が月から逃げ出し師匠に助けられるまでの、ただそうあっただけの現実を淡々と語った。
「――なるほどねぇ」
姫は話を聞き終えると感心するかのように息を吐き、頭に乗せていたタオルを空気を包むように湯に浸し、ぶくぶく湯を泡立たせながら、やはり感心するようにそう言った。どうでもよさげだった。
「とうとう地上に攻め込まれちゃったか」
「とうとう?」
まるで、ずっと以前からそのことを予見していたような口ぶりだ。
「私がまだ月に住んでる頃にね、いつか地上の民がこの彼の地、月に攻めてくるだろうって呟くように予言してたキチガイがいたのよ」
「へえ。……ああ、もしかしてその人、師匠ですか?」
「師匠?」
「あ、永琳様です。私のことはそう呼ぶようにと」
「ふうん。あなたは永琳の助手なわけね」
「それで、その予言師というのは」
「うん。私」
「…………」
あんたかい。
「目に見えた、あまりにも見え透いた結末だと思うんだけどねぇ。そう思ったのは私ともう一人だけだったらしい」
「ああ、もう一人というのが、永琳様なのですね」
「いや」
姫はゆるりと首を振った。
「あ、あれ……。違うのですか……」
「その未来を予見したもう一人は、月影っていう人。永琳を除けば、月で唯一私と親しかった人よ」
「へえ……」
ていうか。
どんだけ友好範囲狭かったんだこの人は。
『地上に来てから、随分と姫は丸くなったのよ』
師匠の言葉を思い出す。
なるほど。以前の姫を知らなくとも頷けようというものだ。
「月影……。聞かない名です」
一応私はお偉いさんのペット。有名人であれば多少なりとも情報が入ってくるはずなのだが。
「まあ、知らなくて当然よ」
よく分からない、軽く、光沢があり、硬い素材でできた鳥の玩具を弄りながら、姫はなんでもなさそうに言った。
「その人は月では極秘中の極秘の存在だったから。月讀様の姉なんだけどね」
「…………」
…………。
「…………………………………………は?」
脳髄がフリーズする。
意味が分からなかった。
「月讀様の姉。驚いたでしょ」
からからと笑う姫。
いや。
いやいや。
「月の神の、あ、姉?」
「そう」
「い、いや、いや。そんな、そんな人物……」
存在したら、大変な騒ぎになるでしょう……。
月の常識が根本から覆される……!
「だからこそ」
鳥の尻尾を引っ張りながら、姫は言った。
手を離すと、鳥はガアアという鳴き声を上げながら前進した。
「だからこそ、あの人は秘中の秘だったのよ。月の光と影。支配と暗躍。そう言えば聞こえはいいけど、あの人はただ単に自分の立場が面倒くさかっただけだったと思うわ。だから、自らを秘中の秘という立場に位置付けた」
「……にわかには、信じられません」
「でしょうね。まあ、力は月讀様ほどは無かったわ。当然、私よりは全然力を持ってたけど、永琳と比べても力の差は段違いだったわ。もちろん、永琳のほうが優れているって意味でね」
「へえ……」
「ただ、頭がとてつもなく切れた。回転が速いなんてレベルじゃない。そこは、まさに神の姉って感じね」
「なるほど……」
支配と暗躍、か。
「私が彼女とボードゲームで対戦してもいつだってボロ負け。一度永琳を彼女に当ててみたけど、永琳でも歯が立たなかったわ」
「……月の頭脳と呼ばれる永琳様がですか」
それは、確かに、異端ですらない超越だ。
「『私はただの薬師よ。』。それが永琳の口癖だった」
「あ、私もその話は聞いたことがあります」
「その台詞が口癖になったのは、彼女にボードゲームで負けた後からなの」
「そ、そんなに圧倒的だったんですか……?」
「軍旗って知ってる?」
「ああ、はい。知ってます」
「地上での将棋ね。そう、地上でも同じようなゲームがあるのよ。永琳が彼女と対戦したのはそれ」
軍旗。十三×十三のボードを使用し、二十五枚の札で相手の旗の札を取り合うゲーム。札ごとに動きが違い、最大の特徴は、取った相手の札を自分の札として使用できるということ。
「で、特別ルール」
「特別ルール?」
「彼女と私の間での、ね。永琳にもそのルールで戦ってくれたわ」
「どんなルールなんですか?」
月影様側は初期の札の枚数が少ない、とかだろうか?
「彼女が取った札は相手の札となる。それが私達の間での特別ルールよ」
「…………」
……終わらなくない?それ。
「……ああ、でも、札の初期枚数が少ない、とかじゃないんですね」
それで、札を取っても自分の札にできない、とか。
ハンデというなら、そちらの方が良いハンデになる気がするが。
「彼女はそんな無意味に勝率を下げるようなことはしないわ。勘違いしちゃ駄目よ。これは彼女のためのルールでもあるの」
「え?……んー、それって、月影様が有利に働く要素がありますかね?」
そのルールだと、札を取れば逆に不利になるという展開がざらなような気がするが。
「彼女は何十、何百枚という札を悠々と取っているのに、自分は一枚たりとも札を取れないで顔を真っ赤にしている。そんな対戦相手をにやにやと心底ムカつく笑みを浮かべながら観察する。それが彼女の楽しみなのよ」
「…………」
まるで無理図形のような人物だった頃の姫と、師匠を除けば唯一友好があった人物。
なるほど、とんでもない。
「あんな表情の永琳を見たのは、あれっきりね……」
思い出に浸るように目を細める姫。
私はカタカタと泳ぐ鳥の玩具を見つめながら、そのときの様子を思い浮かべた。顔を真っ赤にし、額に青筋を浮かべながら髪を掻き毟る師匠を幻視した。そしてそれをにやにやと、心底楽しそうに嬉しそうに見つめる月影様。
「馬鹿な永琳。彼女の挑発に乗って、一万手以内に札を一枚でも取れれば貴方の勝ちなんていう賭け勝負に乗っちゃって。そのせいで一生消えないトラウマを負うことになっちゃって」
「一生消えない、トラウマ……?」
永遠を生きる貴方達のトラウマ。
いったい、どういったものなのだろうか?
「一ヶ月間下着に猫耳生活。語尾はかならずにゃん」
「…………」
三千手辺りを過ぎた頃、真っ青に顔を染める師匠を幻視した。
「結局、七千百十一手目で永琳の投了。永琳にしてはとてつもなく往生際が悪かったわね。それで、一ヶ月間下着に猫耳生活、語尾はかならずにゃんな罰ゲームは勘弁してくれと懇願」
「そ、それで……」
「彼女は他の案を提示。こっちは一日もせずに終わる罰ゲーム。『私の足を舐めながら、「私は貴方様の犬、×××××ペットなんだにゃん」と私に聞こえる声で言う事』」
「…………」
「結局、一ヶ月間下着に猫耳生活、語尾はかならずにゃんの方にしたわ」
そりゃそうだ。
……ああ、もしかしたら、『永琳様はちょっと変わったお方だった』という噂はその辺りからきているのかもしれない。
「……でも、姫様」
「なに?」
「そんな超越した人がいれば、今回の月の戦争を、始まる前に終わらせることができたのでは?」
それくらいのこと、と言っても過言ではないだろう。月の賢者すら足元にも及ばなかった彼女からすれば。
「言ったでしょう」
しかし姫は、私のその当然の疑問に、肩を竦めるだけだった。
「あの人は、ただ単に自分の立場が面倒くさいだけなのよ。月の神の姉という立場がね」
「……月の都がどうなろうと興味が無い、と?」
「興味はあるだろうけど、行動するまでに感心があるわけじゃないんでしょ、きっと。月の戦争には干渉しないでしょうね、彼女は」
「……なるほど」
超越者の考えは、よく分からない。
まあ、でもしかし。
今の私も、月の戦争に興味はあるが、感心は無い。
私と月影様の違いとはなんだろうか。
分からない。
何も分からない。
真っ暗だ。
その後、湯に浸かりすぎて気を失った私は、師匠の部屋できりきりと締め付けられるような気まずい思いで寝かせられた。顔の赤みがなかなか引かないのは、兎鍋になったからだ。と、姫様に笑われた。
「月讀ちゃん」
ぴくっと、一瞬、体を震わせた。
彼女はゆったりを顔を上げ、左方向、月光が差し込む窓の方に顔を向けた。
「……いつからそこにいらしたんですか、月影様」
「あーあー、月影様やのうて、お姉ちゃんでええやん」
窓辺に寄り掛かっていつからかそこに立っていた彼女は、仕方なさそうな表情で腕を振り振り嘆くように言った。
それはいつものやり取りなのか、月讀はため息を吐いただけだった。
「一声、声を掛けてくださいよ」
「だから一声掛けたやん」
「入ってくる時にです」
「月讀ちゃんなら気付くかなー思うて。気ぃ緩みすぎちゃうん?」
「……なぜか、貴方の存在には気付きにくいんですよ」
「はあん。べつに特別なことはしてへんねんけどな。ははっ、姉妹だから安心するのかね」
姉のそんな台詞に、月讀は顔を顰めた。まるで、貴方に対して安心できる要素は何一つ無いというような表情だ。鉄面皮どころか蝋人形のように表情が変わることの無い月の神、しかし姉だけは例外らしい。
しかしそんなやり取りもいつものことなのか、月讀はただ黙っているだけだった。
「月讀ちゃん」
そんな月の神に、月影は微塵の遠慮もなく、別段なんでもないような口調で、言った。
「私はな、自分で言うのもなんだけど、結構頭良いつもりやねん」
「結構、ですか」
「結構、や。世界は広い。私の頭脳なんて朝食で例えるとヨーグルトシャーベットや」
「…………。よく、意味が分かりません」
「ん?ヨーグルトシャーベット、嫌いか?私、あれめっちゃ好きやねん。朝食べるともう最高やな」
「……はあ」
「まあとにかく、私の頭脳なんでそこそこだっちゅうこと。まあ、自分のことをそこそこだと誇れるっちゅうのは、結構凄いことだと思うねんけどな」
「そうですか」
「そうや。じゃあ月讀ちゃん。月讀ちゃんは、自分の力、どれくらいだと思う?」
「…………」
月讀は一瞬だけ思案し、
「結構、ですかねえ」
と、姉を見ずに床に向かって答えた。
「そっか。まあ、そうやろな。月讀ちゃんの場合、凄く、っていってもいい気がするけどな」
「そうでしょうか」
「私はそう思うで。さて、じゃあ月讀ちゃん」
人差し指を立て、妹をじっと、真っ直ぐ見つめながら、月影は問うた。
「世界には、凄くと言ってもいいような力を持った奴が、どれくらいいると思う?」
「…………」
月讀は、沈黙で答えた。
いや、――答えなかった。
それでも、月影は俯く妹を真っ直ぐ見つめたまま、月讀の答えを待った。
「…………。……凄く、でしょうね」
それからも、決して姉を見ようとせず人形のように黙っていたが、沈黙に、あるいは姉の直視する視線に耐えられなかったのか、月讀はそう答えた。
「そう、凄くやろうな」
月讀が纏う雰囲気をぶち壊すような能天気な口調で、月影は続けた。
「私が思うにな、世界は、六割の凡人と、三割の有能と、一割の超越者で構成されてる。そう思うねん」
「凡人が六割、ですか」
月讀は、意外そうに呟いた。
「結構少ないと思うたか?」
「…………」
図星だったのか、月讀は黙った。
月影は、ちょっと呆れたようにため息を吐いた。
「あんなあ、月讀ちゃん。世界は、人間だけで構成されてるわけじゃないんで」
「え、ああ、人間以外も含めるのですか?」
「人間以外も含めれば六割にはなるかな、と思うたか?」
「…………」
月讀は黙った。
再び、ため息を吐く月影。
「月讀ちゃん。ちょっと、他を見下しすぎちゃう?」
「見下して……」
「まあ月の神だかなんだか言われてればしょうがないと思うけど、無意識にでも、ちょっと見下しすぎやと思うで」
「…………」
「私が何言いたいか分かるか?」
「分かりません」
即答で、答えた。
貴方の考えなど私には一つも分からない、とでも言うように。
「最近、なにしようとしてるん?」
しかし、月讀の返答には突っ込まず、あくまで能天気に、月影は続ける。
「色々やってるみたいやけど」
「……月を、月の都を救うために、理を曲げる」
はっきりと、宣言するようにそう言い切った。
それに対し、月影は鼻から息を噴き出し、笑った。
「月の都を救う、ねえ。救う。はっはっは。そのために因果律を崩壊させる。あっはっはっは」
調子を変えることなく、笑うというよりは喋るように徴笑する。
「月のために世界を壊す気か?」
「私にとって、世界とは、月です」
これも、はっきりと、言い切った。
「はあん。自己中心的やな」
「私は自己中心的な人間ですよ」
「はあん。……さて、ここで問題や、月讀ちゃん」
「……何でしょう」
その声に抑揚は無かったが、身構えから来る堅さは隠せなかった。
そんな月讀を見て、薄く笑って、そして問うた。
「月讀ちゃんみたいな思想を持つ者は、世界で月讀ちゃんただ一人か?」
「…………」
「そう、思うか?」
「…………」
「ええか、月讀ちゃん。奪うということは、奪われるっちゅう可能性を自分から作り出すいうことや。壊すということは、壊されるっちゅう可能性を自分から作り出すこと」
「…………」
「なあ月讀ちゃん。自分、世界を敵に回してどうするつもりなん?」
「…………」
「まだ地上人が集団としての力を持っていないから大丈夫?はっ、阿呆か。世界の常識から外れた存在なんて、いつだっていくらでも、うようよいるわ。知られていないからこその常識外だっちゅの」
「…………」
「どうせ、幻想の郷を陥落させることだって失敗に終わるわ。そこを世界としその世界を情念の底から愛すような存在によってな。そしてもしかしなくても、それで月の都は終わりやろうな」
「…………」
「ま、私の言いたいことはそれだけや」
んー、と思い切り伸びをして、ぶはあと息を吐き出す。
終始能天気な様子に見えたが、彼女なりに適度に真面目だったのかもしれない。
「あー、やっぱこういう堅っ苦しい話は苦手や。今の都の状況とかにはあんまし興味無かったけど、ま、一応妹っちゅうことでな。いらん世話だったら聞き流してや」
「……はい」
「そんな暗い顔すんなや。やる決めてんやったらやればええと思うで。私はそれになんの興味も無いしの」
「そうですか」
「そうや。この戦争にも、その戦争にも私は干渉せえへん。まあ、やっても確実に失敗するでっていうお話だった、それだけや」
「…………」
「じゃ、私はもう行くわ。じゃあのん」
「はい」
言うべきことは全て言ったというように月讀からふいと視線を外し反転し、後ろ手に手を振って扉へと歩いていたが、その一歩手前で立ち止まった。
「あ、そうや。大切なこと忘れてたわ」
「なんでしょう?」
再び反転し、びっと月讀を指差した。
「自分の娘の面倒くらい、たまにでいいから見てやりや。寂しそうやで、月夜ちゃん」
「……はい。この件が終われば、会いに行きましょう」
「は。この件が終われば、ね」
月影は天井を仰ぎ、まるで月讀のように抑揚の無い声で言った。
「あんま私ばっかに世話させてると、月夜ちゃん、私みたいな性格になっちゃうでー」
そんな言葉を残して、扉を蹴り開け、月影は去っていった。
彼女が出て行った瞬間、部屋全体に沈黙の幕が降りてきたようだった。
しんと静まった部屋の中で、月讀は深いため息を吐き、心無しかちょっとぐったりした様子で天井を見上げ、呟いた。
「貴方は間違いなく超越者ですよ」
大妖怪と恐れられる妖怪だって、睡眠は取る。夢だって見る。当たり前だ。
ただし、紫が他人に寝顔を晒すことは、極めて珍しかった。
白玉楼の縁側で、紫は寝息も立てずに眠っていた。隣には、幽々子が枝だけとなった桜の樹を眺めながら、何をするでもなくただそこに座っている。
季節は冬だというのに、心身を蝕む寒さも、肌身を切り裂く風も無い、静かな夜。それはまるで――。
「嵐の前の静寂のよう、か」
呟き、微笑み、紫を見下ろす幽々子。
「まったく、いつでも貴方は無理しっぱなしね。この幻想郷のためとなると」
夜空に浮かぶ月からの微々たる干渉、しかしそれらの問題を独りで全て処理していれば、当然、強大な負担が掛かる。四六時中、常に適度に気を張っていなければいけない。当然、睡眠を取る間など無い。幽々子が酒を片付けている間に、ついついうとうととまどろんでしまっても、仕方の無いことだった。
「毛布をかけてあげたいけど、そうすると多分起きちゃうしね。天候もあなたに優しくしてくれてることだし、今夜は休みなさいな」
代わりに、妖夢に幻想郷の見回りをやってもらってるから。
囁くように、眠る紫に語りかけた。
紫がそれを聞いたらどのような反応を示すか、想像に難くない。
「それにしても、月が攻めてくる、ねぇ……。まるでお伽噺ね」
ため息を吐き、夜空を見上げる。月は、いつもと変わらぬ姿でそこに在る。今夜は暁月。
紫は眠り、幽々子は月を見つめたまま、時間は何事も無く過ぎていった。
一刻。
半刻。
時間は流れ。
そして、それは起こった。
いきなり。
突然としか形容のしようがない唐突さで。
世界が爆音と言ってもいいような音を立てて、世界のお終いと言われても信じてしまう程に強大な力で、次元単位で揺さ振られているような荒々しさで、天地が揺さ振られた。
まるで、星そのものを何者かが握りしめ、上下に振り回したかのような。
おそらく、誰も声など発しなかっただろう。お終いを鮮明に予期した者にとって、声など不要な機能でしかない。
しかし、お終いのような不可視の力は、ほんの数秒で去っていった。
数瞬だったかもしれない。
数分だったかもしれない。
とにかく、その僅かな時間が流れると、世界は何事も無かったかのように、さっきまでと僅かも変わらぬ姿で存在し続けた。
「……………………な、に。いまの」
しばらく茫然としていたが、我に返り、口を開けたまま無理矢理腹の底の底から捻り出したかのような声で、幽々子は呟いた。
震える体を押さえ付けるように強張り、倒れぬようにと腕に力を込め心拍――幽霊にとっては心の気概という意味――を落ちつけていたが、はっと、隣に紫がいることを思い出し、慌ててそちらを見やった。
紫は体を起こし、まるで世の恨みや妬みといった負の感情の全てを凝集したような瞳で、月をじっと見つめていた。
その禍々しい発気に押され、幽々子は思わず後ずさりしそうになった。
「……今の、なに?」
紫の放つ雰囲気に声が震えないようにと、不自然に平坦な声で、持てる気力の全てを注ぎ、紫に声を掛ける。
「……あの馬鹿共」
深淵の底から這い上がってくるような声で、紫は言った。
「自暴自棄どころじゃない、万象心中なんていう手を取りやがった」
劇の開幕まであと僅か。
「やってもうたな」
やはり、いつの間にか、彼女はそこにいた。
いつものように、月の光に紛れこんでそこに出現したように、窓辺に。
いつもと同じ口調で。
しかしいつもと違うのは、己の妹を見つめる瞳が、この世のどんな物質よりも冷たいということ。
じっとねめつけるように、妹を直視する。
妹は、じっと床を見つめたままだった。蝋人形のように。
「正直、失望したわ、月讀ちゃん」
「…………」
月讀は、黙ったままだ。
それでも、彼女は続ける。
「月と地上の理の繋がりを無理くり捻じったか。時間の概念。空間認識。次元まではいかんか。まあ、それくらいは月讀ちゃんならできるやろな。――はっ」
吐き捨てるように笑う月影。
「万象心中ってか。笑えるのん。なあ、月讀ちゃん」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「これでもう後戻りはできへんで。世界の理は捻じ曲がった。月は世界を敵に回した。月は地上の表の民を相手取る状況から、世界を相手取る状況に変わったわけや。……なにやっとんのん?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「世界の理を捻じ曲げることができる場に在った。世界の理を捻じ曲げることができる力が有った。だから世界の理を捻じ曲げました。――阿呆か。世界の理を捻じ曲げるような境遇に遭ったとでも言う気か?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「月を救うため理を捻じ曲げる。これならまあ、共感はできないけど、理解はできる。でもな、これじゃあ自殺やん。己の世界の自害に世界の全てを巻き込んでるだけとしか、私には思えん」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「こんなあまりにも露骨な曲げ方すれば、月にも多大な影響が出るやろ。もうこれまでのようには機能せん。それとも、これだけ長い間、世界の時間が止まったこの月で、たとえ変わっても前を見て進んでいけば大丈夫、とでも言う気か?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「私には貴方みたいな頭脳は無いからとでも言うつもりか?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「……月讀ちゃん、私がなんでこない怒っとるか、分かるか?」
月影は、静かに問うた。
それでも。
月讀は、黙っている。
本当に姉の考えが分からないのか。
分かっているのに黙っているのか。
おそらく、前者だろう。
ふん、と月影は息を吐き、しばらく黙って己の妹を見つめた。
時間が凍りついたかのように、しばらく、二人が対峙する空間は完全に停止した。
「……べつに世界が捻じ曲がろうが、月が滅ぼうが知ったこっちゃない。興味も無い。勝手にやってればええ。月讀ちゃんが月の全てを殺そうが、私はどうでもええわ。関係もせん。……だけどなぁ、だけどなぁ、月讀ちゃん。月の全てっちゅうことは、月に在る者全てってことなんやで。なあ……」
そして、生まれて初めて。
生まれて初めて、彼女は誰かに、自分の妹に。
大声を上げた。
「その月の全ての中には、自分の娘も在るんやぞ!!」
張り上げた大声に、部屋が振動する。
蝋人形のような月の神は、今すぐに崩れて砂になってしまいそうだった。
「分かっとんのか!?こんなことをすれば、もう月夜ちゃんに平穏は訪れないってことが!!お前の大切な世界には、彼女という一個存在は存在しないとでも言うつもりか!?」
「…………」
「そんなことも分からないくらいにお前は脳無しなのか!?それとも、月が存続すれば彼女の命運なんてどうでもいいと、そう思っとるのか!?こんな雲でできた綱を渡るような真似をして、彼女の命運をも絶対に救うなんて巫山戯た考えを持ってるとでも言うつもりか!?あの子は、あの子はお前の娘やろうが!!お前はあの子の母親やろうが!!」
「…………」
「自分は月の神だから月を救うのが使命なんだ、なんて風に考えとるんか……?」
最後は、静かに問うた。
それでも月讀は。
黙っている。
「……もうええわ」
月影は見下げ果てたかのようにそう言って、月讀から視線を外し背を向け、扉に向かって歩きだす。
「あ、そうや月讀ちゃん」
背を向けたまま、いつもの口調で、尋ねる。
「月夜ちゃん、私が殺しといてあげようか?」
「…………」
「だんまりかい」
ため息を吐き、扉を蹴り開け、月影は一度も振り返らずに去っていった。
独り残った月の神。
彼女は、蝋人形のようにそこに在り続けた。
まるで、幻想のように平穏な日々だった。
師匠の手伝いをして、姫様と他愛の無い会話を交わし、てゐの雑談をあるときは興味深く、あるときはなんだそれはと苦笑し、またあるときはそれは違うだろうと意見を交わしながら聞く。平穏を絵に描いたような日常だった。
月のことは、話題に出てもしかし、思い出すこと自体が少なくなってきた。毎晩、またふとしたときなどに月の現状を考えることはあっても、四十六区月のことが脳裏にべっとりと粘り付き離れない、ということはなくなった。
地上での常識も大分分かってきたし、永遠亭の日常にももう慣れた。
この永遠亭、師匠と姫様に関わっている者は妖怪兎と、私と、それともう一人、姫様と旧知の蓬莱人だということを知った。妖怪兎達のように何かの偶然で永遠亭の周辺に張られた高度な結界内に紛れこみ、その後結界内を徘徊してるとか。時折、姫様がその者と遊んでるとか。彼女も蓬莱人なので処理することができないため、結界内に閉じ込めているとか。しかし彼女はあまりにも長い間人と出会っていないため、本人は結界内に閉じ込められていることには気付いていないとか。
私の愛称、優曇華院は、地上でも一般的とは言えないということも知った。師匠のセンスは少し特殊だとかなんとか。わざとこんな愛称にした可能性もある。
あるとき、いつものよく分からない気紛れで姫様と二人で月見酒を楽しんでいるときに、師匠と姫様が地上で暮らす切っ掛けとなった話を聞いた。あまり聞いていて気分の良い話ではなかった。ていうかそんな重苦しくお二人にとっては大切な話、私なんかにそんなに気軽に話していいのだろうか。……いいのだろうな。そんなことあの人は気にしないだろう。そういう人だ。
地上から見上げる月は、所詮風景、風情の一つに過ぎなかった。宙に二次元として存在する月は、地上にとってはただの鏡だ。
平穏は罪なのだろうか?
地獄のような乱戦から一人のうのうと逃げ出した私にとって、平穏とは許されない罪なのだろうか。
あの日酒にほろ酔いになった私は、呟くようにそう姫様に尋ねていた。
てっきり「自分で考えて、それを答えとすればいいと思う」というようなことを言って突っぱねられるかと思ったが、姫様はこう答えた。
「罪ってさ、背負うとなんか不都合でもあるのかな」
「……え?」
「私は永遠と須臾の罪人とか呼ばれてるけど、今日も酒が美味しいんだけど」
真顔でそう答えた姫様に、私は苦笑した。私とこの人とでは存在する次元が違う。
架せられた罪の意味はともかく、今の私は幸せなのだろう。平穏の中に身を置き、そして、守りたいと想う者もできた。たとえ己の命を賭しても、その者達の平穏を願い、その者達を守りたい。そう、想えた。
願わくば、いつまでも、永遠にこの平穏な時が続きますように。
そう想い、願った。
あざなからも分かる通り、かなり異常な、異端な姫君らしい。当然会ったことは無いけれど、しかしそんな、いかにもできればお近づきになりたくないようなあざなばかりを持つ彼女が、いわゆるまともな人間であるとは思えない。失礼だが。少なくとも、何かが超越しているのは確かだ。
玄関口で姫を待ちながら、私は輝夜姫という人物像を想像しようとしてみた。高飛車で、常に人を見下したような目をしている、如何にも姫というような整った美しい容姿の、中背の女性が目の前に浮かんだ。さて、どうだろう。
「多分、あなたが想像してるような人じゃないわよ、姫は」
こちらの考えを見透かしたのか、隣に立つ師匠がくつくつと笑いながら言った。
「地上に来てから、随分と姫は丸くなったのよ」
「へえ。……昔は丸くなかったんですか?」
「そうね。なんというか、無理図形のような人だったわ」
「へえ……」
どんな人だ。
「それから、大丈夫だとは思うけど、あなたがここに住み込めるかどうかは姫の裁量次第だから、粗相の無いように」
「はい」
姫の気に召さなかったらどうなるのだろう。
ミンチか?
ちょっと暗くなる。私を一瞥し、「不合格」と言い捨てる姫君を幻視した。
と。
突然、なんの気配も無く、玄関扉が音もなく開いた。
あまりにも唐突だったため、体がびくっと震え、固まってしまった。馬鹿な。私は気配には敏感なはずなのに。まったく接近に気付かなかった。
頭を下げなくては。脳内で声がした。いやまてまだ早い。姫のお姿を確認してから――。
そして、姫様の姿を視界に捉えた。
私は絶句する。
「お帰りなさいませ、姫様」
「ん。ただいま」
姫、輝夜姫は師匠にそんな適当な返事をして、乱雑に靴を脱ぎ捨て、師匠を一瞥して、そして隣に佇む私に気付いた。
「ん?あれ?その子……」
輝夜様は訝しげな表情で私を見据えた。――私だってこの館の主、私がここに住みこむことの決定権を持つ彼女の前なので、神経を張り巡らせ集中して無表情に努めていなければ、私も彼女のことを訝しげな表情で見ていたに違いない。
「姫様、こちらは月から逃げ出してきた月の兎、鈴仙です」
そんな彼女に、師匠は特になんでもなさそうに話を続けた。珍しいことではないのか?これが姫様の常の姿なのか?
「月から?」
彼女は驚愕した表情になった。驚愕したいのはこちらも同じだ。
「はい。事情の説明は後にしましょう。鈴仙、挨拶を」
「初めまして輝夜姫様。私は鈴仙。月の兎です。衰弱しているところを、永琳様に救っていただきました」
言って、深々と頭を下げる。この人を前に流暢に己の紹介ができたことに、少し驚いた。少しでも気を抜けば、「本当にこの人が姫君なのですか?」と言いだすところだ。
目の前にいる輝夜姫様は、艶やかな黒髪、気品のあるお顔と身体のほうは姫という名に相応しかったが、相応しいのは身体だけだった。
彼女の着ている服は、黒ずみ、焼け爛れ、擦り切れ、切り裂かれ、ぼろを纏っていたほうが幾分かはましだろうと思ってしまうような、灰を固めたような物体だった。いや、これは最早服などとは言えない。なぜなら、その物体は彼女の体の一割程度しか覆っていなかったからだ。胸ははだけ、白く長い脚は剥き出し、辛うじで局部を覆う物体が、だらしなく垂れ下っている。そんな物体を纏っている者を姫だと思えというのは無理難題だった。
「ふうん」
しかし姫はそんなことは気にしていないらしく、私をまじまじと見つめるだけだった。私程度に今の自分の姿に対し気を使う必要が無いと思っているのか、それともこれが姫一流のファッションなのか。庶民どころか下民ですらない私には理解できない、芸術的な意味を持つ装飾なのか。どうだろう。
耳の天辺から爪先までじっと眺めて、そして姫様はやっと私から視線を外し、永琳様に視線を移した。
「永琳がここに運んできたのね?」
「はい」
「で、永琳がここに置いておいてもいいと判断した」
「はい」
「じゃ、私が言うことは何も無いわ。だけど後でその事情とやらは聞かせてね。ようこそ永遠亭へ、レイセン」
それだけ言って、姫様は再び私に視線をやることもなく、すたすたと立ち去ってしまった。
――滞在を、許されたのか。
なんだか呆気ない。
「おめでとう」
師匠は微笑み、小さく拍手して、私を祝福してくれた。
「……ありがとう」
「あ、そうだ」
と、程々の感傷に浸って礼の言葉を口にした瞬間、いつの間にか姫様が目の前に戻ってきていた。びくっ、と少し仰け反ってしまった。まるで空間から出現したように、近づく気配は微塵として無かった。
「なんでしょう、姫様」
しかし師匠はやはり、そんな姫様に、なんでもなさそうに少しも気を乱すことなく対応した。
「レイセン、お風呂に付き合いなさい」
「はい、分かりました」
間を置かず、答えることができた。こういうことにも慣れないといけない。こういったまったく新しい生活が、これから始まるのだ。
「お着替えはどうしましょう?」
などと危うく聞きそうになったが、なんとか踏み止まった。やはりこれが常の服装ではないだろう。一応そのことは聞かず、着替えを用意しておこう。
「それじゃ、その事情とやらも、お風呂の中で聞かせて頂戴な」
「……はい」
戦争。殺し合い。大量殺戮。殲滅。血と肉と想いと狂気が犇めく、加害者の世界。
死なないこの人は、それに師匠は、いったいそれにどういった感情を持つのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
「…………」
「大丈夫?」
「これが、本物の、彼岸……」
「……大丈夫?」
床にべったりと張り付いた紫。そしてその背をさする幽々子。
テーブルの上には、空になった鍋。
向こうでは、妖夢が食器を洗っている音が聞こえる。
「幽々子」
「なに?」
「あの子は天才よ」
「でしょう」
素直に喜ぶ幽々子。妖夢に関する皮肉は、彼女には通じないらしい。
「ああ、本当に、ぐう……」
『終焉の境界線』と呼ばれる大妖怪にぐうの音を出させる料理。
恐ろしいものがあった。
「で、どうするの?」
紫にお茶を差し出し、そのついでという風に尋ねる幽々子。紫は唸りながら、お茶を断った。液体も飲み込めない状態らしい。
「どうするもこうするも、こっちからじゃやることがないわ。情報収集が限界ね。まあ、あちらさんが自棄を起こさないように祈るのみよ。起こしたら消し去るだけだけど」
「ふうん」
「どんと構えてるしかないわねぇ。先手が不利な状況なんだから、こちらから攻め込む意味はないわ。奇襲としてはいいかもしれないけど、そもそも攻め込むための駒がこちらにはない」
「人手不足はお互いさまね」
「そうね。あーあ、近々、ちゃんとした式でも作ろうかしら」
「それ、多分意味無いわよ」
言って、なぜかくすくす笑う幽々子。
「……どういう意味?」
「だって紫、過保護そうだもん。ちゃんとした式ができたら、捨て駒にはしなさそう」
「はん」
鼻で笑う紫。
「手塩にかけて育てた式を、そう簡単に捨て駒にするやつなんていないでしょう」
「あなたは、どんな状況でも、その式を捨て駒にしなさそうだわ」
「…………」
低く舌打ちし、幽々子を蹴り飛ばす。
それでも幽々子は笑うだけだった。
「……まあ、当面の間は独りかな」
「私達がいるじゃない。独りじゃないわ」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない」
「……不貞腐れた紫は可愛いわねえ」
くつくつと笑う口元を袖で押さえたその瞬間、幽々子の頭上から金だらいが降ってきた。
ガェン。
良い音が鳴り響いた。
「痛ったー……」
「よかった」
「もう。……ていうか、金だらい?」
「良い音がするのよね、それ。遠い未来に流行るわ」
「流行らねえよ」
そういえば、月から逃げ出してから、私も一度も体を洗っていなかった。しかし、私の体には土埃すら付いていなかった。あの人には世話になりっぱなしだ。そしてこれからも。少しでも多くの恩を返したいと思う。
そして今すべき恩返しは、姫の体を粗相の無いよう綺麗に洗うことだ。
異常にきめ細かな、しかし異常に生気を感じさせない肌を慣れぬ手つきで洗いながら、私は月に関するあれこれを色々と考えていた。もう自分とは関係無いはずなのだが、気を抜くと、抜かなくとも、自然と沼の底から湧き上がる泡のように思考の水面に浮かび上がってくる。
「レイセン」
姫の、上に立つ者特有の、相手に話しかけるというより独り言を呟くような呼びかけに、濁った泡は弾けて消えた。
「はい、なんでしょう」
「レイセンという名は、永琳から貰ったの?」
「はい。元々レイセンという名だったのですが、それに漢字を当てはめて私の名とさせていただきました」
「ふうん。どういう字?」
「鈴に、仙人の仙で、鈴仙です」
「ふうん。性は無いの?」
「はい。私はペットでしたので」
「ペットねぇ」
「……愛称なら、頂きました」
言おうか言うまいか少し迷ったが、どうせ後に知られることになる。白状をする気分だった。
「へえ。どんな愛称?」
「優曇華院。三千年に一度花を開き,そのときに如来が現れるとされる優曇華の花に、病院の院で優曇華院です」
より素の反応を見たいので、なるべくさらりと言ってみた。
しかし。
「へえ」
それだけだった。
「…………」
やはり地上ではそれが普通なのか?
文化の違いなのか?
どうなんだろう。
「それで」
今度てゐに頼んで地上の様々の常識を教わろうかな、などと考えて少し気を抜いてしまった瞬間、姫がくるりと俊敏に反転し、私と向き合う形になり、私はまた一瞬びくりとしてしまった。隙を付くのが特技なのだろうか?
「そろそろ、月でのお話を聞かせてくれる?」
にこやかに微笑み、そう言った。
「……はい。その前に、お体を流しますので一旦あちらを向いてくれますか?」
「はいはい。あ、そうだ鈴仙、せっかくだからあなたも体を洗いなさいな。私が洗ってあげるから」
「そ、そんな……」
滅相もない。
「いいからいいから」
「あ、いえ、それに私、服のままですので……」
「いいからいいから」
いや。
良くない。
良くないよ。
……ああそうか、一緒に湯に浸かって話したいってことだろうか?
「で、では、一度服をぶっっ!!」
唐突に、頭からお湯をぶっかけられた。いつ湯を汲んだんだこの人。
ちょっと耳に水が入ったが、そんなことは些細だ。
「あ、あの、姫……」
「はいはい、そこに座って向こう向いて」
「いや、だから私、服のままで……」
「いいじゃない」
「…………」
こうして、結局私は服のまま姫に体を洗ってもらうことになった。
輝夜姫という人物の根本に、少し触れた気分だった。
服のまま湯に浸かると気持ちが悪い。
新発見だった。
うようよと湯に浸された服が体に張り付く形容しがたい感覚をできる限り無視しながら、相槌も打たずただ静かに私の話に聞き入る姫に、私が月から逃げ出し師匠に助けられるまでの、ただそうあっただけの現実を淡々と語った。
「――なるほどねぇ」
姫は話を聞き終えると感心するかのように息を吐き、頭に乗せていたタオルを空気を包むように湯に浸し、ぶくぶく湯を泡立たせながら、やはり感心するようにそう言った。どうでもよさげだった。
「とうとう地上に攻め込まれちゃったか」
「とうとう?」
まるで、ずっと以前からそのことを予見していたような口ぶりだ。
「私がまだ月に住んでる頃にね、いつか地上の民がこの彼の地、月に攻めてくるだろうって呟くように予言してたキチガイがいたのよ」
「へえ。……ああ、もしかしてその人、師匠ですか?」
「師匠?」
「あ、永琳様です。私のことはそう呼ぶようにと」
「ふうん。あなたは永琳の助手なわけね」
「それで、その予言師というのは」
「うん。私」
「…………」
あんたかい。
「目に見えた、あまりにも見え透いた結末だと思うんだけどねぇ。そう思ったのは私ともう一人だけだったらしい」
「ああ、もう一人というのが、永琳様なのですね」
「いや」
姫はゆるりと首を振った。
「あ、あれ……。違うのですか……」
「その未来を予見したもう一人は、月影っていう人。永琳を除けば、月で唯一私と親しかった人よ」
「へえ……」
ていうか。
どんだけ友好範囲狭かったんだこの人は。
『地上に来てから、随分と姫は丸くなったのよ』
師匠の言葉を思い出す。
なるほど。以前の姫を知らなくとも頷けようというものだ。
「月影……。聞かない名です」
一応私はお偉いさんのペット。有名人であれば多少なりとも情報が入ってくるはずなのだが。
「まあ、知らなくて当然よ」
よく分からない、軽く、光沢があり、硬い素材でできた鳥の玩具を弄りながら、姫はなんでもなさそうに言った。
「その人は月では極秘中の極秘の存在だったから。月讀様の姉なんだけどね」
「…………」
…………。
「…………………………………………は?」
脳髄がフリーズする。
意味が分からなかった。
「月讀様の姉。驚いたでしょ」
からからと笑う姫。
いや。
いやいや。
「月の神の、あ、姉?」
「そう」
「い、いや、いや。そんな、そんな人物……」
存在したら、大変な騒ぎになるでしょう……。
月の常識が根本から覆される……!
「だからこそ」
鳥の尻尾を引っ張りながら、姫は言った。
手を離すと、鳥はガアアという鳴き声を上げながら前進した。
「だからこそ、あの人は秘中の秘だったのよ。月の光と影。支配と暗躍。そう言えば聞こえはいいけど、あの人はただ単に自分の立場が面倒くさかっただけだったと思うわ。だから、自らを秘中の秘という立場に位置付けた」
「……にわかには、信じられません」
「でしょうね。まあ、力は月讀様ほどは無かったわ。当然、私よりは全然力を持ってたけど、永琳と比べても力の差は段違いだったわ。もちろん、永琳のほうが優れているって意味でね」
「へえ……」
「ただ、頭がとてつもなく切れた。回転が速いなんてレベルじゃない。そこは、まさに神の姉って感じね」
「なるほど……」
支配と暗躍、か。
「私が彼女とボードゲームで対戦してもいつだってボロ負け。一度永琳を彼女に当ててみたけど、永琳でも歯が立たなかったわ」
「……月の頭脳と呼ばれる永琳様がですか」
それは、確かに、異端ですらない超越だ。
「『私はただの薬師よ。』。それが永琳の口癖だった」
「あ、私もその話は聞いたことがあります」
「その台詞が口癖になったのは、彼女にボードゲームで負けた後からなの」
「そ、そんなに圧倒的だったんですか……?」
「軍旗って知ってる?」
「ああ、はい。知ってます」
「地上での将棋ね。そう、地上でも同じようなゲームがあるのよ。永琳が彼女と対戦したのはそれ」
軍旗。十三×十三のボードを使用し、二十五枚の札で相手の旗の札を取り合うゲーム。札ごとに動きが違い、最大の特徴は、取った相手の札を自分の札として使用できるということ。
「で、特別ルール」
「特別ルール?」
「彼女と私の間での、ね。永琳にもそのルールで戦ってくれたわ」
「どんなルールなんですか?」
月影様側は初期の札の枚数が少ない、とかだろうか?
「彼女が取った札は相手の札となる。それが私達の間での特別ルールよ」
「…………」
……終わらなくない?それ。
「……ああ、でも、札の初期枚数が少ない、とかじゃないんですね」
それで、札を取っても自分の札にできない、とか。
ハンデというなら、そちらの方が良いハンデになる気がするが。
「彼女はそんな無意味に勝率を下げるようなことはしないわ。勘違いしちゃ駄目よ。これは彼女のためのルールでもあるの」
「え?……んー、それって、月影様が有利に働く要素がありますかね?」
そのルールだと、札を取れば逆に不利になるという展開がざらなような気がするが。
「彼女は何十、何百枚という札を悠々と取っているのに、自分は一枚たりとも札を取れないで顔を真っ赤にしている。そんな対戦相手をにやにやと心底ムカつく笑みを浮かべながら観察する。それが彼女の楽しみなのよ」
「…………」
まるで無理図形のような人物だった頃の姫と、師匠を除けば唯一友好があった人物。
なるほど、とんでもない。
「あんな表情の永琳を見たのは、あれっきりね……」
思い出に浸るように目を細める姫。
私はカタカタと泳ぐ鳥の玩具を見つめながら、そのときの様子を思い浮かべた。顔を真っ赤にし、額に青筋を浮かべながら髪を掻き毟る師匠を幻視した。そしてそれをにやにやと、心底楽しそうに嬉しそうに見つめる月影様。
「馬鹿な永琳。彼女の挑発に乗って、一万手以内に札を一枚でも取れれば貴方の勝ちなんていう賭け勝負に乗っちゃって。そのせいで一生消えないトラウマを負うことになっちゃって」
「一生消えない、トラウマ……?」
永遠を生きる貴方達のトラウマ。
いったい、どういったものなのだろうか?
「一ヶ月間下着に猫耳生活。語尾はかならずにゃん」
「…………」
三千手辺りを過ぎた頃、真っ青に顔を染める師匠を幻視した。
「結局、七千百十一手目で永琳の投了。永琳にしてはとてつもなく往生際が悪かったわね。それで、一ヶ月間下着に猫耳生活、語尾はかならずにゃんな罰ゲームは勘弁してくれと懇願」
「そ、それで……」
「彼女は他の案を提示。こっちは一日もせずに終わる罰ゲーム。『私の足を舐めながら、「私は貴方様の犬、×××××ペットなんだにゃん」と私に聞こえる声で言う事』」
「…………」
「結局、一ヶ月間下着に猫耳生活、語尾はかならずにゃんの方にしたわ」
そりゃそうだ。
……ああ、もしかしたら、『永琳様はちょっと変わったお方だった』という噂はその辺りからきているのかもしれない。
「……でも、姫様」
「なに?」
「そんな超越した人がいれば、今回の月の戦争を、始まる前に終わらせることができたのでは?」
それくらいのこと、と言っても過言ではないだろう。月の賢者すら足元にも及ばなかった彼女からすれば。
「言ったでしょう」
しかし姫は、私のその当然の疑問に、肩を竦めるだけだった。
「あの人は、ただ単に自分の立場が面倒くさいだけなのよ。月の神の姉という立場がね」
「……月の都がどうなろうと興味が無い、と?」
「興味はあるだろうけど、行動するまでに感心があるわけじゃないんでしょ、きっと。月の戦争には干渉しないでしょうね、彼女は」
「……なるほど」
超越者の考えは、よく分からない。
まあ、でもしかし。
今の私も、月の戦争に興味はあるが、感心は無い。
私と月影様の違いとはなんだろうか。
分からない。
何も分からない。
真っ暗だ。
その後、湯に浸かりすぎて気を失った私は、師匠の部屋できりきりと締め付けられるような気まずい思いで寝かせられた。顔の赤みがなかなか引かないのは、兎鍋になったからだ。と、姫様に笑われた。
「月讀ちゃん」
ぴくっと、一瞬、体を震わせた。
彼女はゆったりを顔を上げ、左方向、月光が差し込む窓の方に顔を向けた。
「……いつからそこにいらしたんですか、月影様」
「あーあー、月影様やのうて、お姉ちゃんでええやん」
窓辺に寄り掛かっていつからかそこに立っていた彼女は、仕方なさそうな表情で腕を振り振り嘆くように言った。
それはいつものやり取りなのか、月讀はため息を吐いただけだった。
「一声、声を掛けてくださいよ」
「だから一声掛けたやん」
「入ってくる時にです」
「月讀ちゃんなら気付くかなー思うて。気ぃ緩みすぎちゃうん?」
「……なぜか、貴方の存在には気付きにくいんですよ」
「はあん。べつに特別なことはしてへんねんけどな。ははっ、姉妹だから安心するのかね」
姉のそんな台詞に、月讀は顔を顰めた。まるで、貴方に対して安心できる要素は何一つ無いというような表情だ。鉄面皮どころか蝋人形のように表情が変わることの無い月の神、しかし姉だけは例外らしい。
しかしそんなやり取りもいつものことなのか、月讀はただ黙っているだけだった。
「月讀ちゃん」
そんな月の神に、月影は微塵の遠慮もなく、別段なんでもないような口調で、言った。
「私はな、自分で言うのもなんだけど、結構頭良いつもりやねん」
「結構、ですか」
「結構、や。世界は広い。私の頭脳なんて朝食で例えるとヨーグルトシャーベットや」
「…………。よく、意味が分かりません」
「ん?ヨーグルトシャーベット、嫌いか?私、あれめっちゃ好きやねん。朝食べるともう最高やな」
「……はあ」
「まあとにかく、私の頭脳なんでそこそこだっちゅうこと。まあ、自分のことをそこそこだと誇れるっちゅうのは、結構凄いことだと思うねんけどな」
「そうですか」
「そうや。じゃあ月讀ちゃん。月讀ちゃんは、自分の力、どれくらいだと思う?」
「…………」
月讀は一瞬だけ思案し、
「結構、ですかねえ」
と、姉を見ずに床に向かって答えた。
「そっか。まあ、そうやろな。月讀ちゃんの場合、凄く、っていってもいい気がするけどな」
「そうでしょうか」
「私はそう思うで。さて、じゃあ月讀ちゃん」
人差し指を立て、妹をじっと、真っ直ぐ見つめながら、月影は問うた。
「世界には、凄くと言ってもいいような力を持った奴が、どれくらいいると思う?」
「…………」
月讀は、沈黙で答えた。
いや、――答えなかった。
それでも、月影は俯く妹を真っ直ぐ見つめたまま、月讀の答えを待った。
「…………。……凄く、でしょうね」
それからも、決して姉を見ようとせず人形のように黙っていたが、沈黙に、あるいは姉の直視する視線に耐えられなかったのか、月讀はそう答えた。
「そう、凄くやろうな」
月讀が纏う雰囲気をぶち壊すような能天気な口調で、月影は続けた。
「私が思うにな、世界は、六割の凡人と、三割の有能と、一割の超越者で構成されてる。そう思うねん」
「凡人が六割、ですか」
月讀は、意外そうに呟いた。
「結構少ないと思うたか?」
「…………」
図星だったのか、月讀は黙った。
月影は、ちょっと呆れたようにため息を吐いた。
「あんなあ、月讀ちゃん。世界は、人間だけで構成されてるわけじゃないんで」
「え、ああ、人間以外も含めるのですか?」
「人間以外も含めれば六割にはなるかな、と思うたか?」
「…………」
月讀は黙った。
再び、ため息を吐く月影。
「月讀ちゃん。ちょっと、他を見下しすぎちゃう?」
「見下して……」
「まあ月の神だかなんだか言われてればしょうがないと思うけど、無意識にでも、ちょっと見下しすぎやと思うで」
「…………」
「私が何言いたいか分かるか?」
「分かりません」
即答で、答えた。
貴方の考えなど私には一つも分からない、とでも言うように。
「最近、なにしようとしてるん?」
しかし、月讀の返答には突っ込まず、あくまで能天気に、月影は続ける。
「色々やってるみたいやけど」
「……月を、月の都を救うために、理を曲げる」
はっきりと、宣言するようにそう言い切った。
それに対し、月影は鼻から息を噴き出し、笑った。
「月の都を救う、ねえ。救う。はっはっは。そのために因果律を崩壊させる。あっはっはっは」
調子を変えることなく、笑うというよりは喋るように徴笑する。
「月のために世界を壊す気か?」
「私にとって、世界とは、月です」
これも、はっきりと、言い切った。
「はあん。自己中心的やな」
「私は自己中心的な人間ですよ」
「はあん。……さて、ここで問題や、月讀ちゃん」
「……何でしょう」
その声に抑揚は無かったが、身構えから来る堅さは隠せなかった。
そんな月讀を見て、薄く笑って、そして問うた。
「月讀ちゃんみたいな思想を持つ者は、世界で月讀ちゃんただ一人か?」
「…………」
「そう、思うか?」
「…………」
「ええか、月讀ちゃん。奪うということは、奪われるっちゅう可能性を自分から作り出すいうことや。壊すということは、壊されるっちゅう可能性を自分から作り出すこと」
「…………」
「なあ月讀ちゃん。自分、世界を敵に回してどうするつもりなん?」
「…………」
「まだ地上人が集団としての力を持っていないから大丈夫?はっ、阿呆か。世界の常識から外れた存在なんて、いつだっていくらでも、うようよいるわ。知られていないからこその常識外だっちゅの」
「…………」
「どうせ、幻想の郷を陥落させることだって失敗に終わるわ。そこを世界としその世界を情念の底から愛すような存在によってな。そしてもしかしなくても、それで月の都は終わりやろうな」
「…………」
「ま、私の言いたいことはそれだけや」
んー、と思い切り伸びをして、ぶはあと息を吐き出す。
終始能天気な様子に見えたが、彼女なりに適度に真面目だったのかもしれない。
「あー、やっぱこういう堅っ苦しい話は苦手や。今の都の状況とかにはあんまし興味無かったけど、ま、一応妹っちゅうことでな。いらん世話だったら聞き流してや」
「……はい」
「そんな暗い顔すんなや。やる決めてんやったらやればええと思うで。私はそれになんの興味も無いしの」
「そうですか」
「そうや。この戦争にも、その戦争にも私は干渉せえへん。まあ、やっても確実に失敗するでっていうお話だった、それだけや」
「…………」
「じゃ、私はもう行くわ。じゃあのん」
「はい」
言うべきことは全て言ったというように月讀からふいと視線を外し反転し、後ろ手に手を振って扉へと歩いていたが、その一歩手前で立ち止まった。
「あ、そうや。大切なこと忘れてたわ」
「なんでしょう?」
再び反転し、びっと月讀を指差した。
「自分の娘の面倒くらい、たまにでいいから見てやりや。寂しそうやで、月夜ちゃん」
「……はい。この件が終われば、会いに行きましょう」
「は。この件が終われば、ね」
月影は天井を仰ぎ、まるで月讀のように抑揚の無い声で言った。
「あんま私ばっかに世話させてると、月夜ちゃん、私みたいな性格になっちゃうでー」
そんな言葉を残して、扉を蹴り開け、月影は去っていった。
彼女が出て行った瞬間、部屋全体に沈黙の幕が降りてきたようだった。
しんと静まった部屋の中で、月讀は深いため息を吐き、心無しかちょっとぐったりした様子で天井を見上げ、呟いた。
「貴方は間違いなく超越者ですよ」
大妖怪と恐れられる妖怪だって、睡眠は取る。夢だって見る。当たり前だ。
ただし、紫が他人に寝顔を晒すことは、極めて珍しかった。
白玉楼の縁側で、紫は寝息も立てずに眠っていた。隣には、幽々子が枝だけとなった桜の樹を眺めながら、何をするでもなくただそこに座っている。
季節は冬だというのに、心身を蝕む寒さも、肌身を切り裂く風も無い、静かな夜。それはまるで――。
「嵐の前の静寂のよう、か」
呟き、微笑み、紫を見下ろす幽々子。
「まったく、いつでも貴方は無理しっぱなしね。この幻想郷のためとなると」
夜空に浮かぶ月からの微々たる干渉、しかしそれらの問題を独りで全て処理していれば、当然、強大な負担が掛かる。四六時中、常に適度に気を張っていなければいけない。当然、睡眠を取る間など無い。幽々子が酒を片付けている間に、ついついうとうととまどろんでしまっても、仕方の無いことだった。
「毛布をかけてあげたいけど、そうすると多分起きちゃうしね。天候もあなたに優しくしてくれてることだし、今夜は休みなさいな」
代わりに、妖夢に幻想郷の見回りをやってもらってるから。
囁くように、眠る紫に語りかけた。
紫がそれを聞いたらどのような反応を示すか、想像に難くない。
「それにしても、月が攻めてくる、ねぇ……。まるでお伽噺ね」
ため息を吐き、夜空を見上げる。月は、いつもと変わらぬ姿でそこに在る。今夜は暁月。
紫は眠り、幽々子は月を見つめたまま、時間は何事も無く過ぎていった。
一刻。
半刻。
時間は流れ。
そして、それは起こった。
いきなり。
突然としか形容のしようがない唐突さで。
世界が爆音と言ってもいいような音を立てて、世界のお終いと言われても信じてしまう程に強大な力で、次元単位で揺さ振られているような荒々しさで、天地が揺さ振られた。
まるで、星そのものを何者かが握りしめ、上下に振り回したかのような。
おそらく、誰も声など発しなかっただろう。お終いを鮮明に予期した者にとって、声など不要な機能でしかない。
しかし、お終いのような不可視の力は、ほんの数秒で去っていった。
数瞬だったかもしれない。
数分だったかもしれない。
とにかく、その僅かな時間が流れると、世界は何事も無かったかのように、さっきまでと僅かも変わらぬ姿で存在し続けた。
「……………………な、に。いまの」
しばらく茫然としていたが、我に返り、口を開けたまま無理矢理腹の底の底から捻り出したかのような声で、幽々子は呟いた。
震える体を押さえ付けるように強張り、倒れぬようにと腕に力を込め心拍――幽霊にとっては心の気概という意味――を落ちつけていたが、はっと、隣に紫がいることを思い出し、慌ててそちらを見やった。
紫は体を起こし、まるで世の恨みや妬みといった負の感情の全てを凝集したような瞳で、月をじっと見つめていた。
その禍々しい発気に押され、幽々子は思わず後ずさりしそうになった。
「……今の、なに?」
紫の放つ雰囲気に声が震えないようにと、不自然に平坦な声で、持てる気力の全てを注ぎ、紫に声を掛ける。
「……あの馬鹿共」
深淵の底から這い上がってくるような声で、紫は言った。
「自暴自棄どころじゃない、万象心中なんていう手を取りやがった」
劇の開幕まであと僅か。
「やってもうたな」
やはり、いつの間にか、彼女はそこにいた。
いつものように、月の光に紛れこんでそこに出現したように、窓辺に。
いつもと同じ口調で。
しかしいつもと違うのは、己の妹を見つめる瞳が、この世のどんな物質よりも冷たいということ。
じっとねめつけるように、妹を直視する。
妹は、じっと床を見つめたままだった。蝋人形のように。
「正直、失望したわ、月讀ちゃん」
「…………」
月讀は、黙ったままだ。
それでも、彼女は続ける。
「月と地上の理の繋がりを無理くり捻じったか。時間の概念。空間認識。次元まではいかんか。まあ、それくらいは月讀ちゃんならできるやろな。――はっ」
吐き捨てるように笑う月影。
「万象心中ってか。笑えるのん。なあ、月讀ちゃん」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「これでもう後戻りはできへんで。世界の理は捻じ曲がった。月は世界を敵に回した。月は地上の表の民を相手取る状況から、世界を相手取る状況に変わったわけや。……なにやっとんのん?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「世界の理を捻じ曲げることができる場に在った。世界の理を捻じ曲げることができる力が有った。だから世界の理を捻じ曲げました。――阿呆か。世界の理を捻じ曲げるような境遇に遭ったとでも言う気か?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「月を救うため理を捻じ曲げる。これならまあ、共感はできないけど、理解はできる。でもな、これじゃあ自殺やん。己の世界の自害に世界の全てを巻き込んでるだけとしか、私には思えん」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「こんなあまりにも露骨な曲げ方すれば、月にも多大な影響が出るやろ。もうこれまでのようには機能せん。それとも、これだけ長い間、世界の時間が止まったこの月で、たとえ変わっても前を見て進んでいけば大丈夫、とでも言う気か?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「私には貴方みたいな頭脳は無いからとでも言うつもりか?」
「…………」
それでも、月讀は黙っている。
それでも、彼女は続ける。
「……月讀ちゃん、私がなんでこない怒っとるか、分かるか?」
月影は、静かに問うた。
それでも。
月讀は、黙っている。
本当に姉の考えが分からないのか。
分かっているのに黙っているのか。
おそらく、前者だろう。
ふん、と月影は息を吐き、しばらく黙って己の妹を見つめた。
時間が凍りついたかのように、しばらく、二人が対峙する空間は完全に停止した。
「……べつに世界が捻じ曲がろうが、月が滅ぼうが知ったこっちゃない。興味も無い。勝手にやってればええ。月讀ちゃんが月の全てを殺そうが、私はどうでもええわ。関係もせん。……だけどなぁ、だけどなぁ、月讀ちゃん。月の全てっちゅうことは、月に在る者全てってことなんやで。なあ……」
そして、生まれて初めて。
生まれて初めて、彼女は誰かに、自分の妹に。
大声を上げた。
「その月の全ての中には、自分の娘も在るんやぞ!!」
張り上げた大声に、部屋が振動する。
蝋人形のような月の神は、今すぐに崩れて砂になってしまいそうだった。
「分かっとんのか!?こんなことをすれば、もう月夜ちゃんに平穏は訪れないってことが!!お前の大切な世界には、彼女という一個存在は存在しないとでも言うつもりか!?」
「…………」
「そんなことも分からないくらいにお前は脳無しなのか!?それとも、月が存続すれば彼女の命運なんてどうでもいいと、そう思っとるのか!?こんな雲でできた綱を渡るような真似をして、彼女の命運をも絶対に救うなんて巫山戯た考えを持ってるとでも言うつもりか!?あの子は、あの子はお前の娘やろうが!!お前はあの子の母親やろうが!!」
「…………」
「自分は月の神だから月を救うのが使命なんだ、なんて風に考えとるんか……?」
最後は、静かに問うた。
それでも月讀は。
黙っている。
「……もうええわ」
月影は見下げ果てたかのようにそう言って、月讀から視線を外し背を向け、扉に向かって歩きだす。
「あ、そうや月讀ちゃん」
背を向けたまま、いつもの口調で、尋ねる。
「月夜ちゃん、私が殺しといてあげようか?」
「…………」
「だんまりかい」
ため息を吐き、扉を蹴り開け、月影は一度も振り返らずに去っていった。
独り残った月の神。
彼女は、蝋人形のようにそこに在り続けた。
まるで、幻想のように平穏な日々だった。
師匠の手伝いをして、姫様と他愛の無い会話を交わし、てゐの雑談をあるときは興味深く、あるときはなんだそれはと苦笑し、またあるときはそれは違うだろうと意見を交わしながら聞く。平穏を絵に描いたような日常だった。
月のことは、話題に出てもしかし、思い出すこと自体が少なくなってきた。毎晩、またふとしたときなどに月の現状を考えることはあっても、四十六区月のことが脳裏にべっとりと粘り付き離れない、ということはなくなった。
地上での常識も大分分かってきたし、永遠亭の日常にももう慣れた。
この永遠亭、師匠と姫様に関わっている者は妖怪兎と、私と、それともう一人、姫様と旧知の蓬莱人だということを知った。妖怪兎達のように何かの偶然で永遠亭の周辺に張られた高度な結界内に紛れこみ、その後結界内を徘徊してるとか。時折、姫様がその者と遊んでるとか。彼女も蓬莱人なので処理することができないため、結界内に閉じ込めているとか。しかし彼女はあまりにも長い間人と出会っていないため、本人は結界内に閉じ込められていることには気付いていないとか。
私の愛称、優曇華院は、地上でも一般的とは言えないということも知った。師匠のセンスは少し特殊だとかなんとか。わざとこんな愛称にした可能性もある。
あるとき、いつものよく分からない気紛れで姫様と二人で月見酒を楽しんでいるときに、師匠と姫様が地上で暮らす切っ掛けとなった話を聞いた。あまり聞いていて気分の良い話ではなかった。ていうかそんな重苦しくお二人にとっては大切な話、私なんかにそんなに気軽に話していいのだろうか。……いいのだろうな。そんなことあの人は気にしないだろう。そういう人だ。
地上から見上げる月は、所詮風景、風情の一つに過ぎなかった。宙に二次元として存在する月は、地上にとってはただの鏡だ。
平穏は罪なのだろうか?
地獄のような乱戦から一人のうのうと逃げ出した私にとって、平穏とは許されない罪なのだろうか。
あの日酒にほろ酔いになった私は、呟くようにそう姫様に尋ねていた。
てっきり「自分で考えて、それを答えとすればいいと思う」というようなことを言って突っぱねられるかと思ったが、姫様はこう答えた。
「罪ってさ、背負うとなんか不都合でもあるのかな」
「……え?」
「私は永遠と須臾の罪人とか呼ばれてるけど、今日も酒が美味しいんだけど」
真顔でそう答えた姫様に、私は苦笑した。私とこの人とでは存在する次元が違う。
架せられた罪の意味はともかく、今の私は幸せなのだろう。平穏の中に身を置き、そして、守りたいと想う者もできた。たとえ己の命を賭しても、その者達の平穏を願い、その者達を守りたい。そう、想えた。
願わくば、いつまでも、永遠にこの平穏な時が続きますように。
そう想い、願った。