博麗霊夢はだれていた。
季節は夏。雨ばかりだった梅雨はとうに明け、幻想郷にもいよいよ本格的な夏が訪れていた。
じりじりと容赦のない熱気は霊夢が寝そべっている縁側すらも侵食し、彼女に夏の暑さとの対決を強いていた。
「うあー、あーつーいー……」
暑さを嘆く声にも元気がない。
のそのそと、霊夢は腹這いでわずかに位置をずらす。どうやら床板が温くなったので冷たい場所まで移動したようだ。
いつもの涼しい顔をした巫女はどこへやら。そこにいるのは、さながら巫女装束を纏った芋虫のようであった。
カシャリ、という軽い音がした。
霊夢が気怠そうに音のした方へと顔を向けると、そこにはカメラを構えた烏天狗が宙に浮かんでいた。
「どーも、清く正しい射命丸です」
ニコッと喜色満面の笑顔を浮かべているのはエリートジャーナリスト(自称)の射命丸文である。
文はふわりと地面に着地して、寝そべっている霊夢の隣に腰を下ろす。
「文じゃない……。こんな暑い日によく外に出られるわね……」
「まぁこれでも天狗ですからね、暑さ寒さには多少の耐性はありますよ。心頭滅却すれば火もまたすずなんとかです」
「使いどころ違うし、そこまで覚えてるなら最後まで言えるでしょうに……」
よいしょ、と小さく声を漏らして、ようやく霊夢は上体を起こす。ただその目はトロンととろけていて、明らかに焦点が定まっていない。
「だ、大丈夫ですか? なんか危ないクスリを使った人みたいですけど」
「暑いのは苦手なのよ。寒いのも苦手だけど、そっちは着込めばなんとかなるじゃない。暑いのだけはどうしようもないわ、本当」
「私個人としましてはサラシを巻いただけの霊夢さんというのも見てみたいものですね。シャッターチャンス的な意味合いで」
「……何? 退治されたいの?」
「いえいえまさかそんな」
霊夢にジト目で睨まれた文は両手をブンブン振って否定する。暑さに侵された今の霊夢には普段のような覇気はないが、(別の意味で)熱の籠もった目で見られると何とも言えない迫力がある。
「でしたら禊なんてどうです? こう頭から冷水をザバーっと」
「もうやったわ。でも暑い」
「そうですか」
「うん……」
「……」
会話が、止む。
会話が止むと、今まで意識から外れていた暑さが余計に意識されて、一層暑くなったような錯覚に陥る。
「……」
不意に霊夢が立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りでどこかへと歩いてゆく。戻ってきたときには、その手に湯飲みと茶菓子を乗せたお盆を持っていた。
「お茶」
「あ、どうもありがとうございます」
どんなに暑さでへたっていようとも、訪れた者へのもてなしを欠かさない。巫女の性分である。
「――ってあつっ!」
「……暑い時こそ熱いものらしいから淹れたんだけど、いらなかった?」
「い、いえ、頂きます」
舌を火傷しないよう、文はちびりちびりと熱いお茶を飲む。暑さと熱さのコンボにはさすがの天狗も堪えるようで、文の額にはうっすらと汗が滲み出していた。
ちらりと横を窺うと、霊夢も同じようにして少しずつお茶を飲んでいた。こちらは人間らしく、汗だくで。
「あついわね……どっちも」
「誰に教わったんです? 暑い時こそ熱いものだなんて」
「こないだ里までお茶っ葉買いに行った時に聞いたのよ。その店のおばあちゃんに」
「知恵袋ってやつですか。当てになるんですかそれは」
「さぁ? 少なくとも今は涼しくないわね」
ほぅ、と霊夢は小さく息を吐いた。冬の間ならば白く曇ったであろうそれは、夏の今は陽炎に呑まれて消えた。
「暑いわね」
「えぇ、熱いです」
とある夏の日。巫女と天狗が神社の縁側に腰掛け、あついあついと文句を言いながら過ごす、そんな夏の昼下がり。
そんな、日常茶飯事。
季節は夏。雨ばかりだった梅雨はとうに明け、幻想郷にもいよいよ本格的な夏が訪れていた。
じりじりと容赦のない熱気は霊夢が寝そべっている縁側すらも侵食し、彼女に夏の暑さとの対決を強いていた。
「うあー、あーつーいー……」
暑さを嘆く声にも元気がない。
のそのそと、霊夢は腹這いでわずかに位置をずらす。どうやら床板が温くなったので冷たい場所まで移動したようだ。
いつもの涼しい顔をした巫女はどこへやら。そこにいるのは、さながら巫女装束を纏った芋虫のようであった。
カシャリ、という軽い音がした。
霊夢が気怠そうに音のした方へと顔を向けると、そこにはカメラを構えた烏天狗が宙に浮かんでいた。
「どーも、清く正しい射命丸です」
ニコッと喜色満面の笑顔を浮かべているのはエリートジャーナリスト(自称)の射命丸文である。
文はふわりと地面に着地して、寝そべっている霊夢の隣に腰を下ろす。
「文じゃない……。こんな暑い日によく外に出られるわね……」
「まぁこれでも天狗ですからね、暑さ寒さには多少の耐性はありますよ。心頭滅却すれば火もまたすずなんとかです」
「使いどころ違うし、そこまで覚えてるなら最後まで言えるでしょうに……」
よいしょ、と小さく声を漏らして、ようやく霊夢は上体を起こす。ただその目はトロンととろけていて、明らかに焦点が定まっていない。
「だ、大丈夫ですか? なんか危ないクスリを使った人みたいですけど」
「暑いのは苦手なのよ。寒いのも苦手だけど、そっちは着込めばなんとかなるじゃない。暑いのだけはどうしようもないわ、本当」
「私個人としましてはサラシを巻いただけの霊夢さんというのも見てみたいものですね。シャッターチャンス的な意味合いで」
「……何? 退治されたいの?」
「いえいえまさかそんな」
霊夢にジト目で睨まれた文は両手をブンブン振って否定する。暑さに侵された今の霊夢には普段のような覇気はないが、(別の意味で)熱の籠もった目で見られると何とも言えない迫力がある。
「でしたら禊なんてどうです? こう頭から冷水をザバーっと」
「もうやったわ。でも暑い」
「そうですか」
「うん……」
「……」
会話が、止む。
会話が止むと、今まで意識から外れていた暑さが余計に意識されて、一層暑くなったような錯覚に陥る。
「……」
不意に霊夢が立ち上がり、ふらふらとおぼつかない足取りでどこかへと歩いてゆく。戻ってきたときには、その手に湯飲みと茶菓子を乗せたお盆を持っていた。
「お茶」
「あ、どうもありがとうございます」
どんなに暑さでへたっていようとも、訪れた者へのもてなしを欠かさない。巫女の性分である。
「――ってあつっ!」
「……暑い時こそ熱いものらしいから淹れたんだけど、いらなかった?」
「い、いえ、頂きます」
舌を火傷しないよう、文はちびりちびりと熱いお茶を飲む。暑さと熱さのコンボにはさすがの天狗も堪えるようで、文の額にはうっすらと汗が滲み出していた。
ちらりと横を窺うと、霊夢も同じようにして少しずつお茶を飲んでいた。こちらは人間らしく、汗だくで。
「あついわね……どっちも」
「誰に教わったんです? 暑い時こそ熱いものだなんて」
「こないだ里までお茶っ葉買いに行った時に聞いたのよ。その店のおばあちゃんに」
「知恵袋ってやつですか。当てになるんですかそれは」
「さぁ? 少なくとも今は涼しくないわね」
ほぅ、と霊夢は小さく息を吐いた。冬の間ならば白く曇ったであろうそれは、夏の今は陽炎に呑まれて消えた。
「暑いわね」
「えぇ、熱いです」
とある夏の日。巫女と天狗が神社の縁側に腰掛け、あついあついと文句を言いながら過ごす、そんな夏の昼下がり。
そんな、日常茶飯事。