幻想郷は今日も普通である。特にコレといった異変があるわけでもなく(まぁ、異変自体も、幻想郷では普通の事だが)平和も平和だ。
空がよく晴れていた。雲ひとつ無い快晴で太陽の日差しが何となくまぶしい、夏に照らされ、まばゆく暑さを放っていた。
絶え間ない暑さに耐え切れない人間は多いが、こと、博麗神社の博麗霊夢はそれを気にしない。暑さに強いとか、何か対策があるとかそう言うわけではなく、気にしない。
霊夢らしく、無頓着にすごしている。
恐らく、お膳立てを全て撤廃して言うならば、これは霊夢のとある一日の話し。
博麗霊夢は一人ふらふらと掃除を続けていた。口笛一つに境内の回りを一周中である。箒が置いてある場所から初めて、今は丁度賽銭箱の前。それを見て大分進んだなと、霊夢は額の汗をぬぐう。
今は時期的に落ち葉があったり桜が舞っていたり雪が積もっている季節ではないからゴミが見えにくい、ほこりは舞うが、舞い続ける、つまり先が見えない。
だがそれでも、霊夢は何となく掃除を続けるし、その何となくで半分程を終えたのだ。いつもよりも大分ペースが速い。
刻はすでに昼に近いだろうか、夏である証明する蝉の鳴き声が断続的に響き、それらしさをあらわしていた。
「夏ねぇ」
思わずそんな言葉が沸いて出る。夏をあらわすことなど暑さと蝉しかない、ただそれだけでも夏だと肌で感じられるくらい、夏が当たり前なのだろう。
当たり前のことを当たり前に言って、ふと当たり前のように目線を移す。
自分が手のひら越しに見上げる太陽の少し遠いところ、雲が見えた。自分の目線を横一直線に裂いていく飛行機雲、いや、直接ではなく端を切り取る。そしてその雲が途中で途切れる。この幻象に一つだけ霊夢は心当たりがある。
親友(霊夢がどう思っているかはさておき)、霧雨魔理沙の飛行である。たまに高いところを飛行するとこうなる。
暫くはその雲が消えたところを眺めていたのだが、やがて霊夢は何かを感じ取って、視線を少し下にする。
「……………………ぁぁぁ」
なにやら声が聞こえる。完全にコチラに向かってきているようだ、少しずつその声が大きくなる。霊夢は空を見ながらもぼんやりと掃いていた箒をとめて、賽銭箱に近寄って立てかける。このままお茶の準備でもしようかと思ったが、どうも魔理沙の方が早そうだ。
「ぁぁぁぁぁぁ」
伸ばすような魔理沙の声、のんきな感じで特にあせった様子も無い。この状況を一言で表すなら“ターザン”だろうか。
「ぁぁぁあああぁぁぁ」
途中、魔理沙が上空を通り過ぎていく、ドップラー効果やらなにやらを撒き散らしながら更に遠ざかって行くが、これは余談か。
直ぐに方向転換を済ませたようで、魔理沙が先ほどより遅めの速度で博麗神社に降り立った。
「よう」
「おはよう」
軽く挨拶、霊夢は魔理沙に背を向けながら、魔理沙は霊夢に近寄りながら。追いかけっこのような状態だが、霊夢が神社に上がった時点でそれが一度終了する。
霊夢の目的を魔理沙が察知したためだ。
「今は昼だぜ」
「昼行灯が何言ってるのよ」
よって、軽口だけを残して霊夢は去っていく。魔理沙は何となく霊夢が去ってから本殿に近づき、腰を下ろす。何となく上を見れば空が青くて、太陽が見えた。
なんだか暑くなったので見なければよかったなとは思いつつも、しかしそれを後悔に変えることはなく霊夢をぼんやり待っていた。
「おーっと、霊夢、霊夢じゃないか」
「それはそれ、これはこれよ」
茶と茶菓子を持ってきた霊夢を見て、魔理沙は脊髄反射的に何も考えずに言葉をかけると、同じく何も考えていないのであろう答えが即答で返ってきた。
魔理沙は楽しそうに笑い、視線を動かす。
「なんだ、今日はやけにノリがいいな……って、むぉ? ……いや、いいか。おいしそうな煎餅だな」
おいしそうだおいしそうだと、いつも以上に繰り返しながら、魔理沙は笑い続ける。笑みを浮かべて、彼女だしくその煎餅を頬張る。
「特に、これといって大した煎餅でもないわよ」
と、いいつつ霊夢は座り込み、自分も煎餅に口をつける。少しの間が空いて、その時間の中は、煎餅が食べられていく音だけが聞こえた。
「ああ、そういえば霊夢、なんと我が霧雨魔法店に依頼があったんだぜ」
「……何それ、そんなの聞いた覚えないわよ」
「だろうな」
沈黙を破って話題を振れば、その本筋を霊夢は知らないという。魔理沙は当たり前だと頷いて、茶を飲んでいく。
「私だってここ数日忘れていたんだ、霊夢が覚えているわけが無い」
覚えているとしたら香霖あたりなものだろうと、魔理沙は当たりをつけている。ちなみに、この後香霖に聞いてみるとそういえばそんな物もあったかと思い出されていた。
完全に忘却していなかったが、そもそも魔理沙が覚えていなかったのは別のことに集中していたからなので人のことは誰もいえない。
「さて、そもそも霧雨魔法店というのはだな、魔法による何でも屋だ、週休七日、昼寝つき、ただしおやつはつかないぞ?」
「そんなんで大丈夫なの?」
ごもっともだと、魔理沙は笑い続けている。
「それが大丈夫なんだよ、私の店に赤字なんてものはありえない。黒字に転換したんだからこのままずっと黒字だろうな」
何でだと、霊夢の視線が投げかけられる。魔理沙はそれに直ぐには答えず、煎餅を租借する。これはただ単に投げられたのが食べているときだったからだ。
煎餅一つを平らげて、魔理沙はコホンと意味もなく咳払いをする。
「家の店は赤字にはならない、コレは何でか、って言うとだな、元手がかかってないんだよ、マジックアイテムもいくつか置いてあっても元手はかかっていない。だから損はしないんだな」
多分、と何故か付け加えて閉める。
霊夢は半分まで飲み干した茶を眺めながら問いかける。
「それ、一体なんていうの?」
赤字でなければ黒字でもなく、じゃあ何だと、聞かれた魔理沙は唸って、暫く煎餅と茶を交互に飲食し続ける。
そうして、答えが出たのか霊夢を見て、にやりと笑う。……元々笑っていたが。
「多分、白地だな」
白く、黒い魔法使い、白黒普通の霧雨魔理沙はそういって見せた。
それから、暫く沈黙が続いていた。理由は特にない。話題を回帰させる気が二人にはなかっただけだ。よって沈黙、重くもなく軽くも無いがふって沸いた沈黙だ。
どうしたものかと思案する。別によくあることだ、気にすることは無い……が。
「んねぇ、魔理沙」
結局、霊夢は回帰を選択したようだ。
「なんだ?」
魔理沙は気軽に応えて、霊夢も気軽に聞く。
「依頼って結局なんだったのよ」
「それはだな、単なる妖怪退治だ。人里をぶらついたらハクタクに頼まれてな、悪さする妖怪を懲らしめてくれ、だそうだ」
ありふれた話だ、霊夢もたまに頼まれる。元々幻想郷で人が襲われたり、妖怪が悪さをしたり、なんてことで霊夢や魔理沙クラスの人間が出張ることはほとんど無いのだが、今回は単純な人手不足だろう。
というか、そもそもそれは魔法店への依頼ではなく、魔理沙本人の依頼ではないだろうか。
「さて、それじゃあ私はそろそろ行かせてもらうぜ」
だが、誰もそんな事を気にする人間はおらず、魔理沙は一人立ち上がる。丁度煎餅やお茶がなくなったところだし、これ以上話題も出なさそうだ。
やることもある、そういったいろいろが重なって、魔理沙は帰ることにしたようだ。
と、箒を手に持って、ふと気がついたように霊夢の方を見る。
「霊夢、お前……」
問いかけに続けようとして、しかし魔理沙は言葉を失くす。
理由は簡単だ、無駄だと思ったから、彼女自身の霊夢に対する付き合いにおいて、無駄だと悟ったから、それだけだ。
「……いや、なんでもない、じゃあな」
一つ、手を振って、霊夢がそっけなく振り替えして、そして質問を追及することなく、魔理沙は当然に、そして必定に、神社を離れていった。
およそ昼過ぎ、霊夢の目測だが、太陽が上に昇りきっていたので間違いないだろう。掃除を終わらせて、その目測にのっとって昼食を済ませたところだ。
まぶしいまでに照らされる日だったが、霊夢は特に気にすることなく、縁側でお茶を飲んでいた。特に理由があるわけでもなく、今日は暑い暑いと適当に呟いているだけである。
「暑いわねぇ」
もうずっと言い続けている、大体一杯のお茶につき三回は言っているだろうか、もう10回は越えている。数日連続で大体コレである。
軽く百は超える程度は言っているだろうか。
「そうかしら、私の世界は心地よいわよ」
「お化け屋敷なんだから当然じゃない」
咲夜がちょこんと隣に座り、首をかしげている。霊夢はそっけなく着き返すと、むっとしたように咲夜が霊夢を睨みつける。
「今も涼しいわよ」
「びっくり箱なのは変わらないじゃない……ちょっとまってなさい」
当然のように言って、当然のように返し、霊夢は立ち上がる。ちなみに咲夜は普通に腰掛けているが霊夢は座布団の上で正座である。
この状態の霊夢は完全におばあちゃんであった。
「…………」
暫くは無言、特に何かあるわけでもなく、一人であるから沈黙するしかない、よって所在なさげに辺りを見渡すだけだ。それはぼんやりと何かを探しているように見えたが、最初から期待はしていなさそうだったs
そのまま待つこと数分、お盆を持った霊夢が現れる。今日二度目の出陣である。一度に二度三度お盆が出てくるのは珍しいことではない。
「って、いつからそこにいたのよ」
「暑いわねぇ、のあたりからよ」
いまさらのように驚いた霊夢が目の前の咲夜に問いかける。その咲夜はいつなのかまったく判断がつかない返答をして、霊夢を見る。立っている霊夢を見て、座っていくのを顔を動かして眺めた。
特に意味がありそうな気配はない。
「それで、何しに来たのよ」
「お嬢様、見なかった?」
お茶を飲み始めた咲夜に霊夢が質問を投げかける。するとそれに対する答えを最もよく表した質問が帰ってきた。説明も何も必要ない、鮮やかで瀟洒な十六夜咲夜である。
霊夢は知らないと一言返すだけだ。今日は魔理沙以外にあってはいない。
「それで、何しに来たのよ」
「休憩よ……本当はここにいると踏んでたのだけど、一体何処へ行ったのかしら」
あるとすれば、あの名前に矛盾ありなあの亭だろうか、と、咲夜は漏らす。
「ここや人里よりは無いと思うんだけどね」
レミリアの出現ポイントは大体ここであり、たまに人里に出向くことがあるが、それ以外は殆どない。他の場所は大抵何かがあるときである。
「今は何もない、普通なのよ、だからここにいるはずなんだけど……」
「残念無念、そこにはもぬけの殻が広がるばかり、よ」
「知っているわ、空人間」
ここで沈黙、話題が尽きたのである。恐らく空人間に食いつけばもう少し違うのだろうが、霊夢としてはそれに否定する要素がないので否定しない。
なのでつながらないのだ。冗談で否定する気もないのでいよいよまずい。
「…………」
暫くはそれでもいいのだが、いい加減やってきた方が沈黙に飽きてくる(魔理沙は例外で、居れればそれで構わないようだ)。案の定咲夜もその例にもれず、煎餅を飲み込むと話題を振ってきた。
「そういえば、妖怪に会ったわ」
「そんなの日常茶飯事じゃない、というか、あなたの場合日常でしょう?」
紅魔館のメイドが何を言うか。と言内外に詰め込んで問いかける。そもそも妖怪は幻想郷では日常的幻想だから、そんな事はナンセンスなのだが。
「違うわよ、そういうんじゃない。解るかしら、お嬢様は妖怪だけれども、長く共に在ればそんなことは気にならなくなるわ、真紅の吸血鬼、と名を持つ……それだけなのよ」
「ああ、そういうこと」
霊夢は納得する、が咲夜は最後まで言わせてほしいと、霊夢の言葉を無視したように続ける。
「私が仕えているのは紅魔館の妖怪ではなくて紅魔館のお嬢様、なのよ」
お嬢様で区切って、しかしそのあと“レミリア・スカーレット”の存在を現さなかった。
その名は存在を現す名であり、咲夜にとってのレミリアではない。見る目線が近いのと遠いのでは、感じ方に違いが出るのと同じだ。
「だから私があったのは日常的妖怪ではなくて非日常的妖怪だったのよ」
妖怪は非日常であるからこそ妖怪なのだが、幻想郷では日常だ。まぁ、妖怪が非日常になったのはここ百年ほどになってからなのだが。
「それで、その見知らぬ妖怪がなんなの?」
「まぁ、大した話じゃあないんだけどね、人里の外れで人を襲っていたわ、場所的に人が通らないんだけど、お嬢様を探していたら底にたどり着いていてね、色々と運がよかったわ」
いえ、時間かしら? と首をかしげて、しかしその疑問の答えはなんとなくでしかでないものだったので無視してつなげる。
「わざわざ自分で自分の首は絞めないから、それを助けたのよ、それだけの話」
人里の中で起こった以上、助けなければ色々と大変なことになる。最悪幻想郷の瓦解である。まぁそんな最悪、少なくとも霊夢が生きている、もしくは人間である間はありえないだろう。
まぁそれでも丁度目の前でそれが起こっているのだからとめた、それだけの話だ。
「それだけ、ねぇ。……そういえば魔理沙が妖怪退治をするって言ってたわね」
言って、行った。とりあえずそこまでは聞いている。その後は知るよしもないが。
「まぁ、何もなかったけど、強いていうなら退治はせずに対峙しただけだったわね、ちょっと脅かしたら直ぐ逃げていきましたもの」
事が起こらなければそれで問題ない。恐らくああいった手合いは偶にいるだろうが全てどうでもよく処理されているだろう。人間でも妖怪でも、それは変わるまい。
「魔理沙と関係があったかは知らないけど、まぁよくあることでしょうからね、本当、それだけの話」
繰り返すように、回帰させて、咲夜は言う。
ちょっとした日常会話にしかならなかったが、まぁ暇つぶしにはなった。咲夜はお茶をいつもより勢いよく飲み干すと立ち上がる。
「あら、まだ残ってるわよ?」
と、そこに声をかけたのは霊夢だ。見れば、まだ数枚残っている煎餅を指差している。その光景に疑問を覚えたときには。
「えっ?」
既に言葉は漏れていた。
だからどうしたといわれればそこまでだが、咲夜は非常に驚いた様子で、言葉を隠すことも出来ずに愕然としている。
色々な感情が、少なくとも彼女の中には流れているが、その大半は驚愕で、微妙に不安が混ざっている。
「……じゃあ、じゃあ一つ、いただいていくわ」
「そう、わかったわ」
霊夢は特に何も感じていないように、実際何も感じておらず、平然とした彼女らしい態度で頷いて、咲夜は煎餅を手に取った。のりが巻いてあり、とりあえずどういう煎餅かといえば『煎餅!』と、煎餅のイメージが自己主張しているかのような一品だ。
醤油味のそれを少し食べながら、咲夜は飛び上がる。
首をかしげて、それでも十六夜咲夜は、普通に、平然と、煎餅と共に立ち去っていった。
今日、予定外最後の来客、東風谷早苗が博麗神社に訪れたのは夕刻前であった。居間にて夕食を何にしようかと考えていたところに来たのである。
唐突ですこし驚いたが、まぁ博麗霊夢のことだ、顔に出ることは無い。
「それで、何の用?」
と、霊夢の言葉、来て早々にお茶を夢中でのみ続けている早苗に向けたもの、来た当初から何しに来たのかよくわからない早苗だ。
普段ならよくわからないテンションで色々と話しかけてくるが、今日は何も言うことはない。
「さぁ」
答えは簡潔で、即行だった。
考えることすら行われていない回答で、恐らく何も考えずに言葉が出たのだろう、言った後から考え出し始めた。が、直ぐに答えが出るわけではないようで暫くうんうん唸っていた。
それが続くこと数分、唸りながらお茶と煎餅を消費していく。
「そうですね、強いていうなら何となくか……分社を確かめに来たなんて、もう理由にもなりませんわ」
何も無いからは理由にならない、どうせ何の変化もないのだから意味がない。最初のころはともかく、今はそんな事を確認する熱意もない。正確には熱意ではなく根気がない、一年観察してまったく量に変化がなかったときは絶望した。
「ここにいても対して変わらない気はするけどね、今日は特に」
人妖が一人ずつしか来ないのだから、暫く待っていれば今日唯一の予定された来客が来るが、彼女と好んで会話したい人間はいないだろう。妖怪もゼロのはずだ。
「そうはいっても、神社に誰もいなければ仕方ないの、神奈子様は山の宴会、諏訪子様は何処へ言ったのやら」
「着いて行けば良かったじゃない」
別に問題はない、ましてや、そちらの方が都合がいいだろう。
しかし早苗は無理でしたと否定する。
「丁度手が放せない内に消えていたもので、立ち入ったときにはもぬけのからです」
「探せばよかったじゃない」
そうも行かないとは返した早苗。お茶を一杯啜ってから切り出す。
「探せば疲れます。疲れれば眠くなります。そんな状態で酒気を思い切り浴びたら大変ですもの」
「そんなものかしら。疲れたら酒を飲んで休めばいいじゃない」
「お菓子なんて食べれませんよ」
横暴だと、早苗は文句を言う。霊夢としては、自分のことを言っただけなのだからたまらない。何を言っているんだかと、首をすくめる。
しかし横暴というのは自分の押し付けなのでここら辺は霊夢が悪い。
「……だから確実に休めるここを選んだのです。途中に変なのがあったし」
言い切って、煎餅を一つ割る。それを口に含み、霊夢の反応を待つ。
「変なの?」
「変なのです、これが。まぁ一言であらわすなら『ガン○ム』の『マ・○ベ』見たいなものですわ」
「変なの……ねぇ、具体的に言うと?」
変なのが三連コンボ、途中に早苗の幻想郷では絶対に通じないたとえを上げるが、霊夢がスルーした。当然それくらい解っているので、早苗も何事もなく説明を続けるが……言った理由はいいたかったからだろう。
「妖怪ですわ。誰かに手ひどくやられた様でかなり錯乱していたので、奇跡的に退治できましたが」
「ふぅん、まぁ小物ね、それ。……まったく、今日はよく出るわ」
途中でお茶を飲んで小休止を入れてから言葉を終わらせる。その後は煎餅に手をかける。大分在ったが、もう残りは少なかった。
早苗は特に何も感じずに唇を尖らせる。なにやら不満そうに霊夢を見ていた。
「それだと当然じゃないかとか、言ってほしかったんですが……どういう意味ですか? 引き出しが多かったの?」
よく解らないと、今度は言葉に表す。不満そうなのは冗談みたいなもので、もう既に何処にもない。
霊夢は簡単に今日一日のあらましを教える。
自分が掃除をしていると魔理沙が来て妖怪退治に行くと言って、その後来た咲夜が妖怪と対峙してその妖怪を脅かして、そして最後、早苗がやってきて、妖怪を退治したという。偶然が三つも重なったから“よく出る”だ。
そうだったのかと早苗は頷いて、考え始める。思考時間は十秒程度、殆ど思っただけ、という言葉だ。
「たしかに幻想郷は妖怪退治が当たり前です。けどそれが日常で連続するわけじゃない……そもそも妖怪と人間が相対するなんて異変でもなければ、酒宴の席しか殆ど起こりえません」
「どういうこと?」
察してくれない霊夢に、早苗は嘆息を一つ残しながらも、あくまで可能性の一つだと、前置きをしてからぴっと、指を霊夢の鼻先に突きつける。
「全部妖怪が同一なんですよ、魔理沙さんの時を除いて、その一つの妖怪は同一だったと思います」
魔理沙のときは集団だったが、その集団の中のひとつが逃げ出して、咲夜と早苗に遭遇した。というのが早苗の考えだ・
それに一言だけ付け加えた。
「まぁ妖怪退治なんてそんなものです。当たり前がつながってくるんですから、少なくとも幻想郷では」
まとめて、そうはいったものの霊夢にとっても早苗にとってもどうでもいい話。早苗はそれ以上言うことはないのか黙り込み、霊夢はそうなの、と返しただけで終わった。
さて、暇になったと早苗は考える。同時にお茶を飲み、それが最後だったことに置いた後に気がつく。煎餅がなくなっていたのには気がついていたが、お茶ももうなかったか。
大きな息を吐き出しながら伸びをして、どうしたものかと考える。
「暇になる……」
やることが無い、あると思ってきたのに、拍子抜けである。
「一日遅かったわね、明日になれば風物詩の方の西瓜が待ってたわ」
「それはそれは……仕方ないので今日は帰りますね。このままここにいるなら、空の散歩でもしたほうがよさそうで」
宴会を見つけたら乗り込もうかと、思案しながら立ち上がる。霊夢はお茶を飲み干しながらちらりと上を見て。
「そのほうがいいわ。まぁ暇になったら来なさい、お茶くらいならあるから」
一声かけると、早苗は振り返ってそうですかと返し直し、外に出る。
こうして平穏に、安穏と早苗と別れ、霊夢の暇を体現する一日は終わりを迎えようとしていた。
今日唯一の予定された訪問者、予定されなかった訪問者は全て人間(一部可笑しいもの含む)だったが予定された訪問者は妖怪である。
それも妖怪一といってもいいかもしれない厄介者、八雲紫である。
とはいえ、霊夢はそんな事はあまり気にしないのだが。
「おじゃまするわ」
とは既に夕食の席についていた彼女の言。あたかも当然そうであるかのような振る舞いで実際そうなることは大体決まっていたのだが。
まぁともかく、だ、ともかく。
「いらっしゃい」
必然的に霊夢が返して、立ち上がり紫の隣においてある西瓜に手を伸ばす。
コレが数玉、盥に入れられておいてある。
「いい感じね、きってくるわ」
「いってらっしゃい」
先ほどの霊夢の調子をまねして似通った言葉を放つ。意味は正反対なのだが。言ってくると霊夢が返し、西瓜を一つ、手にもって軽やかに台所へ消えていく。紫はそれを見送って、暫く思案顔で考える。どういうことかと、何事かと。
少し考えるが、紫にも皆目検討が着かない。
「どういうことかしらね」
手元にあった西瓜をなでるが、答えは返ってこない、当然だ。スイカにこれが解るはずが無い。
今日一日、それが解ったのは長い付き合いである魔理沙と、さすがというべき慧眼を持つ紫だけ。答えを出せたものは皆無である。
とはいえ魔理沙は無駄だと思って考えなかっただけで出そうと思えば出せたのだろうが。
「解らないわ」
とはいえそんな事紫は知らないしわからない。彼女は一から十までをもったいぶって喋れるが、霊夢の一から十を知っているわけではない。
外を見るとやさしげな三日月と満天の星空が広がっている。暫くそこを眺めていたが飽きたのか視線を元に戻す。
タイミングよく、そこに霊夢も帰ってきた。西瓜を大きめに切って盆に載せている。
「ねぇ、霊夢?」
いただきますと、宣言をする霊夢に少しだけ顔を近づけ、不思議そうに紫は霊夢を見る。
笑みを浮かべて茶碗をとる霊夢が、ここで顔を上げる。
「なぁに?」
ポツリと一言。
「霊夢、あなた……」
考える。聞くことに意味はあるのか。
結論は直ぐに出した。意味があろうとなかろうと、別に構わない。食事ついでに聞けば十分だ。
「何で機嫌がいいのかしら?」
この日、霊夢の機嫌が非常によかった。
たとえば午前中、魔理沙が来る少し前まで彼女は神社の掃除を行っていた。今日やろうと思っていたことをやっていた、その速度がかなり安定し、早かった。
魔理沙がくるまで、ずっと口笛を吹いて上機嫌に掃除を進めていたのである。
他にも、彼女の行動の節々にその機嫌のよさが伺える。
昼過ぎには咲夜がきて、その時茶菓子を出していた。
『あら、まだ残ってるわよ?』
それが数枚、いつもより多かったのである。
大雑把にやって多かったのに、気がついても無視したのか、もしくはわざと増やしたのか。霊夢の気性からすれば前者だろうが、しかし本題はそちらではない。
茶菓子、まぁ普通の煎餅なのだが、本来これは出す枚数がある程度決まっている。別に霊夢本人がきっちりやっているわけではなく、多少の誤差はあっても大体同じ枚数なのである。
幻想郷における習慣の一つとして霊夢は来客に茶そのものと茶菓子などをだす。
これは知り合いであれば魔理沙のように毎日来る者からたまにしかこない者まで、全員例外はない。唯一あるとすればそれは知り合いではなく、且つ霊夢がなんとなくで妖怪を爆撃したときのみである。
霊夢が神社内(境内、本殿、その他問わず)で無差別に妖怪を爆撃することは皆無なのでこれはほとんどありえないことである。理由があれば爆撃するが。
『えっ?』
よって、霊夢の声掛けとその後の咲夜の反応、これは想定外のことが起こったためである。咲夜は比較的博麗神社によく訪れ、霊夢のサイクルもある程度理解している。
それに加え、彼女の体内時計は恐ろしいほど正確なので(何せ彼女自身が時間そのものであるのだから)霊夢のサイクルにあわせて、自分の話を切り上げることもたやすい。とはいえ体内時計で測っているのだから、魔理沙のように自然にあわせることは出来ない。
こういった案件が、霊夢の機嫌のよさを表している。
「それで、何で機嫌がいいのかしら?」
機嫌のよさに気がついているのは、こうしてここにいる八雲紫と霧雨魔理沙だけだ。他の二人は、咲夜が疑問に思ったものの、気がつかず、早苗は疑問にすら思わなかった。
そこに飛んできた魔理沙が諦めた霊夢への質問。聞いた違いと聞かなかった違い、これはただ単に付き合いの長さ故のものだろう。
「紫」
対して、霊夢は箸を動かし、食を進めながら応える。一言だけ八雲紫の名を呼んで。
前置きだろう。
「なにかしら?」
紫も、箸を止めることなくもう一度問いかける。今度は促すというのが正しいが。
「幻想郷の理想って何かしらね」
質問を質問で返して、しかしこの質問に応えることの出来る人間は(妖怪も含めて)少ないだろう。だがこの場においては通用しない。
霊夢の隣、もしくは目の前にいるのは幻想的な賢者、八雲紫である。言葉遊びはお手の物、口八丁は十八番であり、先見の明に関して右に出るものはいない。
「簡単な話よ、幻想郷は妖怪の楽園、そういえばほら、わかるのではないかしら?」
よって答えは簡単に出てくるし、それは他人にはわかりづらいことこの上ない。ただ他の人間ならともかく、霊夢はそんな事は気にしない。
そこからさらに派生すべき質問を何となくという理由ではあるが、見つけ出してくる。
「じゃあ、楽園って何? 平和なことかしら? 誰もが居られることかしら?」
「そんなものではありませんわ、そんなもの、武陵桃源に漕いでいってしまいなさい」
桃源郷は似合わない、幻想郷が妖怪の楽園と称されるのは、人間の隠遁思想によるものではなく、妖怪がそこに在るから楽園と呼ばれる。
「幻想郷に争いが無いというわけには行かない、妖怪が人間を喰い、妖怪と妖怪が争う以上……吸血鬼異変などの例もあるものね」
だから平和しかないというのは否定される。そして争いがある以上、否定も生まれる。たとえ全てを受け入れても、その後は自分しだいだ。
「それはどこでもいえることよ、外の世界しかり、月の裏側しかり、ね」
それが……それがどうして楽園であるといえるのかと、少なくとも疑問に思う、だがまだ説明の途中だ。紫の言葉は、最後まで聞かないと解らない。もしくは最後まで聞いてもまったく解らない。
「つまり、それが“普通”なのよ、幻想郷において、かの日丸の世界において妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治する循環があったように、この幻想において、それがある。循環が存在しうるのよ。
幻想郷が楽園たる理由はこうして循環が起きること、そしてそれが崩れないこと、人喰と妖怪退治、双方をイコールで結び、つながり続ける」
一種のシステムといってもいい、システムの中で暮らし、そしてそれが壊れない。不安定な世界ではなく、平和で安定した世界。
「幻想郷の理想は今日も普通。安穏ではなく、安定が理想の幻想郷」
「だったら、それが壊れたら? 幻想郷が壊れてしまったら?」
霊夢が紡いだのは的確な質問、今ではなく先の話。楽園が喪失してしまえば、意味がなくなる、楽園などと呼べなくなる。
「壊れないわ、楽園は壊れない、壊れた楽園は楽園にあらず、失楽園は楽園を喪っただけで、楽園が崩壊するわけではない」
楽園は、たとえ楽園を喪っても楽園が続く、知恵の実を食べたアダムとイヴが園から追放されても、園が消えたわけではない。
霊夢が消えても、紫が消えても、魔理沙が消えても、咲夜が消えても、早苗が消えても、楽園がなくなるわけではない。
「楽園が崩壊するのだとしたら、それはもう、そこは幻想郷ではありませんわ」
「そう、やっぱりね」
うん、うん、うんと三つ頷いて、納得したように言う。確認して頷いている。紫は、すでに霊夢の答えをある程度予想しているが、それでも促す。
これでもう、三度目だ。
「それで、どうしてそんなに機嫌がいいの?」
「まぁ何となく」
聞かれた霊夢は淀みなく応える。
今日という日がそうであったように、明日という日がもしかしたらそうであるように、もしかしたら明後日はそうではないかもしれないように。
霊夢は当然に、普通に、安穏と、空を見る。
「今日は空が晴れてたんだもの」
窓の外の空に浮かんだ三日月が、お月様の笑顔のように、ふと、思えた。
もう秋が訪れてきました。この暑さは、もう秋が来たことの象徴。
え、何を言っているのかって?まだ夏じゃないかって?
夕立ですね。最近は大きい雷に強い驟雨が頻繁にやってきますね。
ことに強い驟雨は、ゲリラ豪雨なんて呼ばれていますが、ちょっと怖いことに気付きませんか?
二つのことに気付いたら、きっと秋は近くなり、きっと環境問題に取り組むこと必至じゃないでしょうか。